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ネパールにおける教育とジェンダー: 2008年調査より

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ネパールにおける教育とジェンダー

2008年調査より―

服 部 範 子 (社会・言語教育学系) ネパールでは世界的にみると依然として識字率・就学率ともに低く,かつジェンダー差のある状況が続いている。しかし, 近年,識字・初等教育の推進及び女性のエンパワーメントのための取組みがなされ,教育を受けることの重要性は,かなり 認識されている。 ネパールでは都市部に近年,人口が集中し,貧富差,地域差やジェンダー差は拡大する傾向にある。経済的に余裕のある 家庭では,子どもの教育や進学への意欲が強く,その結果,都市部では私立学校が急成長しつつある。このような学校には, 地方からも小さい頃から親元を離れて通っている子どもがいるが,それはほとんど男子である。その一方で,貧しい家庭の 子どもは依然として不就学で働いているが,それは女子に多い。 山岳地帯では,成人世代の男性は小学校に行っているが,女性は不就学が一般的である。しかし,最近,男女とも学校に 行くのが急速に普及してきている。 ネパールの教育とジェンダーについてみると,経済的に豊かな家庭では男子は女子よりも高い教育を受けており,貧しい 家庭では男子の教育は女子よりも優先されている。 キーワード:ネパール,教育,ジェンダー,エンパワーメント, シェルパ族 服部範子:兵庫教育大学大学院・社会・言語教育学系・准教授,〒673-1494 兵庫県加東市下久米942-1, E-mail: nhattori@hyogo-u.ac.jp

Education and Gender in Nepal: The Field Research Project in 2008

Noriko Hattori

(Social Studies and Language Education)

The purpose of the present study is to clarify the current state of the education in gender perspective in Nepal by the investigation in 2008. The rate of literacy and school attendance is still low. The importance of receiving the education, though, is recently recognized by many people, in the effort of having tried to promote for children to go to school.

Various gap and variation seems to expand recently between the rich and the poor, the urban and the rural, and the man and the woman.

Speaking of education, private schools are increasing rapidly for the rich people in the urban area. There are boys who are going to these schools, leaving from their families in the rural. On the other hand, there are still poor children who are not going to school.

It is common that men have gone to the elementary school, but not women in the adult generation in the mountainous region. But it is becoming common recently for children, both boys and girls, to go to school. Key Words : Nepal, Education,gender,empowerment, Sherpa

Noriko Hattori : Associate Professor, Social Studies and Language Education, Hyogo University of Teacher Education, 942-1 Shimokume, Kato-city, Hyogo 673-1494 Japan. E-mail: nhattori@hyogo-u.ac.jp

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1.問題の所在

南アジアは世界的にみると貧しくジェンダー不平等の 著しい地域である。1970年代から「開発と女性・ジェ ンダー」の取組みが始まった。南アジア地域での相互交 流などを促進するため1985年に結成された南アジア諸 国 協 力 連 合 (the South Asian Association for Regional Cooperation, SAARC)では、南アジア全体 で女児・女性への特別な支援が重要であると認識される ようになった。1991年には「女児の10年」が定められ, 女児に対する初等教育の推進や女性のエンパワーメント のための諸政策・援助が開始されたⅰ。21世紀に入ると 国連でミレニアム開発目標(2015年までの世界的な貧 困撲滅,初等教育の実現など)が定められた。近年,途 上国への世界的な規模での支援や取組みが活発化してい る。このような国際的な潮流の中で,南アジア諸国にお いては女性関連施策や識字率や就学率を上げる試みが強 力に推進されている。 ネパールについてみると,1970年代から「開発と女 性・ジェンダー」の取組みが始まった。また,子ども労 働,ホームレス,人身売買などの解決を目指し,識字率 や就学率の上昇や女性・子どもをエンパワーする政策が 開始された。1980年代には初等教育を普及させるため, 山間部の地域までも小学校をつくる政策や,公立学校で は授業の無料化が推進された。そして,ネパールでは 1995年に女性・社会福祉省が新設された(現在の「女 性 ・ 子 ど も ・ 社 会 福 祉 省(Ministry of Women, Children and Social Welfare )」にあたる)。

1990年代には,教育において特に女子教育を推進す る政策,たとえば,8年生まで学費無料,教科書無償配 布,貧困女子には奨学金を支給するなどが実施されるよ うになった。そして,女子が高校を卒業すれば小学校教 員になれるなどの特別な配慮が始められたⅱ 1990年代に市街地には貧しいストリートチルドレン があふれ,子どもを学校に行かせるには,その前段階と して,親に教育の必要性を理解させなければならないな どの話を,筆者は聞いていた。しかし,ある山間部では 不就学の女子が多かったが,1990年代後半には学校に 通う女子が増えるようになり,その中から村の教員にな る女性が誕生するなど,人々の暮らしに変化が見えられ たⅲ ネパールでは多様な民族が居住し,多様な宗教が信じ られている。産業があまり発達しておらず,「世界の屋 根」ヒマラヤ山脈による観光産業で外貨を獲得できるく らいである。経済は諸外国やNGOなどによる援助・支 援に依存してきた。国内に車道が整備されているのは一 部に過ぎず,人々は日常生活では徒歩や馬で移動するし かないところが多い。また,首都カトマンズのあるカト マンズ盆地でさえ,日常生活に基本的に必要な電気,水 道設備さえ不備で,人々は不便で不自由な生活を強いら れている状況である。しかし,2000年代に入ると子ど もが初等教育を受けるのがカトマンズ盆地内では一般的 になり,一見しても不就学の貧しい子どもはかなり少な くなってきた。 ネパールは地域的には北からヒマラヤ山脈の山岳地帯 に位置する高地である①ヒマラヤ地域(Mountain), 中間地域である②丘陵地域(Hill),そして南の低地でイ ンドに接した ③タライ地域(Tarai)の3地域に分類され ている。 ネパール北部の山岳地帯にはチベット系の民族が多く, 宗教は広義にはチベット仏教が信じられている。丘陵地 域であるカトマンズ盆地の先住民族であるネワール族は 仏教徒だが,盆地内ではヒンズー教徒が多い。南部の平 野部・タライはインド系住民が多い。 本研究ではネパールにおける最近の教育事情について, 全体的な動向をふまえた上で,地域的には,ネパールの カトマンズ盆地のほかネパール北東部の山間地域におい て,チベット系の民族であるシェルパ族を対象にした調 査結果を報告する。 ネパールは世界的に見ると高所にあるが,大半の人々 は比較的低地に居住している。その中でシェルパ族はネ パールでも数少ない高地に居住する少数民族であるⅳ 彼らは20世紀に入りヒマラヤ登山のガイド・ポーター として働き,世界的に有名になった。「シェルパ」は一 民族名であるが,最近ではエベレストなど高所の登山ガ イドやポーターなどと同義にされ,ネパールのシンボル のように見なされることもある。彼らの中には急に経済 的に豊かになり,カトマンズに仕事のため一時的に滞在 するのみでなく,家族単位で移住してきている人々もい る。そして,カトマンズにコミュニティをつくり,ネパー ルでは富裕な部族として一目おかれるようになっているⅴ 2.調査方法 本研究では最近のネパールにおける教育事情について, 全体的な動向のほか,地域差に着目し,ネパールのカト マンズ盆地と,ネパール東北部のチベット系民族の多い 地域の現状を明らかにする。現地では関係機関や学校現 場を訪問し資料収集や事情聴取のほか関係者への聞取り 調査を実施した。 現地調査は2008年に2回,実施した。第一回調査は2 月29日∼3月11日で,カトマンズ盆地において,ネパー ル全体と都市部の現状について実施したⅵ 第二回調査は12月14日∼27日にネパール東北部のサ ガル マー タ (Sagarmatha) 県ソ ル・ クン ブ

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(Solu-Khumbu)郡において現地調査を実施したⅶ 3.ネパールの全体的な状況 1) 最近のネパール社会の状況 ネパールの生活環境条件の厳しさは,平均寿命の短さ 一つにも表れている。すなわち,平均寿命は1971年に は男性42歳,女性は40歳であった。20年後の1991年に は寿命は10年以上のびて,男性55歳,女性53歳になっ た。2001年には女性60.7歳,男性60.1歳で,男女とも に60歳を超え,初めて女性の方が長くなった。平均寿 命はわずか30年間に20歳も延びたことになるⅷ ネパールの年齢別人口構成をみると,2001年現在,15 歳未満が39.4%,15-24歳は19.4%で,24歳未満が全体 の約60%を占め,65歳以上は4.2%に過ぎないⅸ

健康人口省(Ministry of Health and Population)は 一家庭に子ども2人という家族計画を推進しているが, 2004年に子ども数は3.7人で,計画よりも多い状況が続 いている。そこで,若年層の就学を促進することは,結 婚年齢を遅れさせ,少子化や子どもの死亡率を低下させ るなどして,人口を減らす上で有効であると重視されて いる。 さて,ネパール全体での最近の大きな変化としては, 人口が都市部へ急激に集中していることが挙げられる。 それに伴い環境汚染・ゴミ問題などが深刻化している。 また,カトマンズ盆地では日常生活に必要な電気・水道 さえ不備であるが,最近ではそれが一層,深刻化して社 会的な問題となっている(写真1・写真2)。 すなわち,ネパールにおいて都市部人口の占める割合 は,1960年代まで約3%に過ぎなかった。ところが,19 81年には6.8%に増え,1991年には10.1%と10%台になっ た。そして,2001年には16.2%に急増している。 写真1 盆地内では毎日,計画停電が実施されている。 停電時間をさらに延長する案が出され,2008年12月末 には反対デモが連日,行なわれていた(バクタプル) また,最近のネパールにおいて大きな社会問題となっ ていることは,ネパールでの人口移動が,単に国内で農 村部から都市部への移動に留まっているのでなく,国内 から国外への移動がさらに増加する傾向にあることであ る。 ネパールでは古くから生活のためインドに働きに出か ける人が多かった。また,働き口を求めて短期,長期に 家を離れるのはごく当たり前のことであった。またイン ドとチベットとの間でヒマラヤ山脈を南北に移動する 「ヒマラヤ越え」と呼ばれる塩や穀物などの交易が盛ん になされてきた。 写真2 毎日の水汲みは女性がしていることが多い (パタン) このような国情であるため,国外への出稼ぎ労働者が 1990年代にはサウジアラビア,カタール,アラブ首長 国連邦などの中東・湾岸諸国を中心に多かった。2000 年代に入ると,国際的な人口移動が世界的な規模で大き な社会問題になっているが,ネパールでは東南アジアの マレーシアなど,より広域に多人数が移動するようになっ ている。ネパールでは労働年齢にある人々は男女を問わ ず国外に出かける人が増えているが,希望者は若者中心 にさらに増加する傾向にあるⅹ このような状況下において,近年,ネパール人が海外 で劣悪な労働環境・条件での労働を強制されていたり性 的搾取などの人権侵害や危害を受けていることが大きな 社会問題になっている。そこで,政府は特に「子どもと 女性の性や労働を搾取することを目的とした人身売買に 反対する国家行動計画」を決めて取組みを推進している (写真3)。 これに関する女性の問題としては,1990年代前半に インドのムンバイでネパール少女の強制売春の事件が発 覚し社会問題化した。女性NGOのABCネパールによる と,当時,ネパール女性約20万人がインドで売春婦と して働いており,年間5000人の女性がインドに行って いると報告されている 。

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写真3 商業的な性的搾取のための人身売買に対して 注意を呼びかけるパンフレット 写真4 女性のエンパワーメントと選挙を呼びかける ポスター(L)と,外国で働くネパール女性に 関するシンポジウムの報告書(R) 2000年代に入るとネパール政府や国連女性開発基金 (UNIFEM)も,この問題に対して取組みを進めている。 2003年6月には国外で就労するネパール女性のエンパワー メントについて多方面から専門家が集まり,現状や今後 の取組みについて活発な論議がなされた (写真4)。 国連の『世界人口白書 2006』には,ネパール女性 が毎年約12000人,インドに人身売買されていること, インドのムンバイなどでは10∼20万人のネパール女性 が売春宿で働いており,その1/4は18歳以下であると推 定されている 。 ネパールの国全体としては,教育を受けた人材の流失 が続いていることも由々しき事態である。以下では,ネ パールの教育状況について,全体を概観した後に,山間 部での現状を検討する。 2)ネパールの教育状況 ネパールでは,他の南アジア諸国と同様に,現在でも 不就学者が多く識字率も低い状況が続いている。 ネパールの識字率の推移は表1の通りである。 表1 ネパールにおける識字率の推移(6歳以上)

出所: Ministry of Health and Population, Population Division 2007“Nepal Population Report 2007”p.69

20世紀中頃には男女とも文字を読み書きできる人は きわめて少なかった。21世紀に入り,約半世紀後には, 半数を超えたところである。識字率について表2による と,15歳以上では48.6%で,男性は62.7%に対して, 女性はその半分の34.9%に過ぎない。しかし,15-24歳 の若年層に限定してみると,69.4%で,男性80.2%,女 性59.2%である。近年,識字率を上げる試みがされてい るのが,このデータからも明らかである。 表2 ネパールの教育状況(2001)

出 所: Statistical Facts on Central Bureau of Statistics, Government of Nepal, 2007 “ Some Statistical Facts on Nepalese Women : 2007”

次に就学状況について検討するが,その前にネパール の学校制度について概観しておく。ネパールでは6歳で 小学校に入学し小学校は5年制で,これが初等教育であ る。その上の中学校2年が前期中等教育,そして,高校 3年を含めて中等教育である。 学校は小学校のみの学校,中学校まである学校,高校 まである学校がある。カトマンズでは小学校に3歳から 通うプレイグループが含まれるところもある。2005年

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からネパールの公立学校では英語を教えるようになって いる。 小学校レベル以上の教育を受けている者(6歳以上) は22.6%に過ぎず,性別では男性は25.7%,女性は19.6 %である。中等教育卒,つまり10年間の教育を受けた 者は9.5%に過ぎない。性別でみると,男性13.3%,女 性5.7%である。 2005年に小学校入学者のうち小学校5年生まで残って いるのは79.1%,男性82.1%,女性75.9%である。女性 の4人に一人は中退していることになる。ネパールの学 校制度では,小学校に入学以後,進級は年齢ではなく学 力が問題にされる。学期中には3回進級試験が実施され, 100点満点の32点以上が合格で,この試験に合格しなけ れば進級できない。それが一因で中退者が多い。15歳 以上で学校に行った経験があるものは,2003年に全体 は45.8%,男性61.2%,女性32.6%で,年数は男女とも 7.5年である 。 前述のように,ネパールでは女子教育を推進するため, 女子を教員に優先に採用して教員不足を解決する政策を している。高校卒業時に全国一斉に実施される試験があ り,それに合格しなければ教員になることも,高等教育 への進学もできないことになっている。しかし,実際に は教員不足を解消するため,高校を卒業していなくても 教員になれるため,全体的な教員のレベルが低いといわ れる。2005-06年に女性の教員が占める割合は,小学校 は37.8%で1/3を占めている。そして,中学校(前期中 等学校)20.4%,高校(中等学校)10.1%となっている。 子どもの就学を促進するため,最近では子どもの生活 実態に配慮し,きめ細かい工夫がなされている。たとえ ば,公立学校の授業は平日の日曜日から木曜日までは 10時から4時まで,金曜日は10時から午後1時までであ る。しかし,子どもの伝統的な技能の習得や,家庭の事 情,家事,労働などを可能にしつつ,就学させるため, 朝6時頃から11時頃までの学校もつくられている。たと えば,バクタプルのある仏教画の学校では,一番小さな 子どもは11歳であったが,朝は普通の学校に通い,そ の後,午前11時から17時まで,毎日,絵を学んでいる。 一人前になるには12年間かかると語っていた(写真5)。 成人女性のための識字学級・コースも,女性たちが参加 できる時間帯や場所で開かれている。期間やコースはさ まざまであるが,このようなコースに参加すると,ほと んどの女性たちが読み書きできるようになるという。 このようにネパールでは全体的な教育状況の底上げが 試みられている。その一方で,カトマンズ盆地には,近 年,経済的に余裕のある階層では,より高い教育を望み, 教育熱,進学熱が高まっている。近年,このような人々 のために私立学校が相次いでつくられている。このよう な学校には,地方からも子どもを小学校の段階から入学 写真5 仏教画の学校で修業中の人々(バクタプル) させる教育熱心な家庭もある。地方の公立小学校では教 育内容が不十分であるとか,中学校以上は少ないためで ある。親元を離れて生活する子どものために,私学では 寮を完備するなど,教育産業は巨大ビジネスと化してい る。 高等教育を受けているのはごく少数で数%であるが,そ のうち女性の占める割合は32.7%である(写真6・写真 7)。 写真6 写真7

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女性の占める割合が多いのは医学,人文・社会科学, サンスクリットである。多い人数順では人文・社会科学, 経営,教育である(表3参照)。

表3 学部別に女性の占める数(割合)

出所: Central Bureau of Statistics, Government of Nepal, 2007,“Some Statistical Facts on Nepalese Women:2007” 若い人々は首都カトマンズで教育を受けた後,高等教 育や良い仕事を求めてアメリカ,オーストラリア,イン ドなど外国に行くのを望み,最近では人々の海外流出が さらに増えている。また,都市部には山村部の貧しい女 子が多く住込みで安い報酬で働いている。彼女たちの多 くは不就学のままである。 4. ネパール東北部における人々の生活・教育 1)山間部の人々の生活・教育状況 次に,ネパール東北部の山間部での人々の生活状況及 び教育の現状について検討する。東北部の山岳地帯には チベット系のさまざまな少数民族が住んでいる。彼らは ヒマラヤを南北に移動する移動農牧や交易を生業として きた。彼らの日常生活は貧しく危険で過酷なものであっ た。20世紀前半に高地民族であるシェルパ族は,イン ドに生活のため出かけてヒマラヤ登山のガイドやポーター として働き,その有能さが知られるようになった(写真 8)。この地域の人々は現在,毎日のようにジャガイモ を食べている。山本紀夫氏によれば,ジャガイモが栽培 されるようになってから,人々は食べられるようになっ たと指摘されている 。 エベレストに初登頂したのは1957年,E. ヒラリー (Edmund Hillary)と知られているが,その時ガイドや ポーターをしたのはシェルパ族のテンジン(Tenzing)ら である。ナムチェ博物館にはエベレスト登頂者の写真と 名前が並べられている。男性数はかなり多いが,シェル パ族の男性がかなりの割合を占めている。少ない女性の 中にはシェルパ族の女性もいる(写真9)。 写真8 中国在住のチベット人が今でも交易のため 「エベレスト越え」してネパールにやって来る (ナムチェ) 写真9 エベレストに登頂した女性たちの写真 中央の大きな写真はシェルパ族のパサン・ハモ 上左端は田部井淳子(ナムチェ博物館にて) 20世紀の中頃から,ネパールには登山などの外国人 観光客が来るようになった。ナムチェに居住するシェル パ族の中には,登山ガイドや高所ポーターをして貨幣収 入を得る人が出てくるようになり,中には急に経済的に 豊かになる人も出てきた。その一方で,危険な登山によ り多くの人々が命を落とした 。地元では後に残された 家族の悲惨な生活や,幼い頃,父親が亡くなったために 苦労した話を伺った。 この地域では,1960年代からヒラリーを中心に,こ

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の地方の開発や人々の生活向上のための援助活動,いわ ゆる「ヒラリー・プロジェクト」が展開された。これに は①環境・森林保護,②医療援助,③教育支援などが含 まれる 。 シェルパ族の中には外国人向けのレストラン,ゲスト ハウスやロッジなどにより仕事を広げ一代のうちに大金 持ちになる人も出てきた。地元の男性の中には若い頃に はカトマンズで働き,そして金や仕事上のネットワーク をつくり戻ってきて,今も一代で財を成そうと後追いす る人々が続いている。しかし,多くの人々は現在も農業 では食べられない貧しい生活が続いている(写真10)。 写真10 山間部の女性たちの日常生活風景 教育を受けておらず農地を持たない貧しい家庭では, 男性はポーターや肉体的な重労働の仕事を求めて短期・ 長期に出稼ぎに行くのが一般的である。昔は国外ではイ ンドに出かけたが,最近では中東のサウジアラビアに行 く人が多いという。貧しい女性は他家に住み込んで農業 や家事労働に従事する人が多い。家を離れて働くという のは近くとは限らず,カトマンズなど都市部のみでなく, 国外のアメリカ,ドイツまで出かける人々もいる。夫婦・ 家族が別々に暮らすのはごく当たり前で,人々の血縁・ 地縁ネットワークは国際的である。 この地域の伝統的な生活についてみてみる。ネパール 東部では名前は個人名のみでさまざまな部族がいるため か,個人名の後にシェルパ,マガールなど部族名をつけ ている。ファミリーネームはない。シェルパ族の世帯は 核家族が多かったとか,一妻多夫婚がなされてきたなど と指摘されている 。シェルパ族の人々は,結婚は男性 が女性の家へ通い,そのうち男性が女性のところに落着 いてしまう妻問婚が一般的である。きちんとした婚約儀 礼・結婚式はないようで,日常的な会話の中に,「あの 家は男性が出て行った」とか,「今は(男性が)いるの かいないのか」などが出てくる。 生活環境条件の厳しさから,伝統的に老若男女を問わ ず助け合い,各人が責任を持って生活してきた。それゆ えか,シェルパの女性は日常生活ではてきぱきと行動し, たくましい印象である。男女一緒に台所しごとをし,男 性は実に身軽に動き,よく気がつく。そして,ヒンズー の男は何もしないと対比していう(写真11)。 写真11 シェルパ族の日常生活 夫婦で料理している(L) 男性が子守りしている(R) この山岳地帯にも,近年,小学校が作られるようになっ たが,親子ともに子どもが学校に行く意味が理解できな かった。伝統的な生活においては,子どもは家のしごと を手伝って覚えていくことの方が重要だと考えられてき たためである。 30−40歳の男性に何人か尋ねると,きょうだいのう ち男性は小学校に行ったが,女きょうだいは不就学が一 般的である。妻たちのきょうだいについても,男は小学 校に行ったが,女は皆が不就学である。1980年代後半 から男子は学校に通うのが徐々に一般化している。20-30歳代の女性に尋ねると,皆が不就学であった。それ 以上の年齢の女性も学校に行っている人はいない。女子 が就学するようになったのは,ほんの最近のことで,上 の年齢層は10歳代後半である(写真12)。 写真12 女子小学生はスカートの下に白ズボン をはいている 学校教育の進展には男女差が見出されるが,それは以 下のような背景があると考えられる。すなわち,男性は 農業に従事するのみではなく,外国人が来るようになる

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とポーターなど貨幣収入の得られる労働の従事者が増え, 読み書きの能力が重要だとわかってきた。それに対し, 女子は家庭や農作業の手伝いで忙しく,女性の日常生活 は最近まで文字を必要とするような生活ではなく,女子 に教育は不必要だと考えられてきたのである。 最近では男女とも学校に行くのはかなり一般化してき た。2000年代に入ると新たに中学校や高校ができるな ど,地域での学校教育レベルはアップしている。 最近のこの地域の生活では,女性の労働は以前よりも 荷重になっている。すなわち,一般的な農業世帯では現 在,男は出稼ぎに出て,子どもは学校に行くため,残っ た女性に労働が集中する。そこで,人手不足のため,よ り貧しい山間部の家の女子を住み込みで安く使おうとす る。その結果,貧しい家庭では女子が現在も家の用事を していたり,子どもの頃から他家に住込みで働いており, 不就学の子どもは,女子に多い。あるロッジに中学生の 女子2人が住み込みで働きつつ学校に通っていた。頑張っ て勉強し医者志望であるという。雇い主が使っている子 どもを学校に行かせているのは,ここでしか聞かなかっ た。裕福な家庭の子どもは,親元を離れて寮や下宿生活 をしても男女とも上の学校に行くようになっている。 2)ナムチェ村の教育事情 ナムチェは古くからこの地域の交易の中心地で,ナム チェ・バザールと呼ばれ,毎週土曜日に大きな定期市が 開かれている(写真13)。 写真13 ナムチェ村を展望する ナムチェには現在,ヒマラヤ小学校がある(写真14)。 この学校はヒラリーの協力により,1957年に最初は子 ども2−3人でスタートした。さて,ナムチェの小学校 は1970年代には子どもが約20人在籍していたが,現在 は90名在籍している。当初,小学校は3年制であったが, 1980年代に5年制になった。ナムチェの人々は早くか ら外国人との接触が多かったため,英語を学ぶことや学 校教育の重要性が認識されていたという。 写真14 ヒマラヤ小学校の様子と校舎の壁に貼ってあっ た皆が学校に行こうというポスター この学校には4-5歳児から入る。 ナーサリー(nurs-ery) の子ど もの年齢は 4.5歳 , L.K.G (lower kids group)は5.6歳, U.K.G.(upper kids group)は7歳 である。小学校の一年生は7-8歳で,小学校5年生まで ある。 訪問日には80人登校していた。学校には5クラスあっ たが,幼い子どもが多く,U.K.Gと小学1年生のクラス, 2・3年生のクラス,4.5年生のクラスである。上の年齢 のクラスほど子ども数は少ない。 ヒラリーは1960年代にはナムチェよりも高所に位置 するクムジュンに学校をつくっており,地元では現在, これがヒラリー学校と呼ばれている。最初は小学校のみ であったが,現在は高校まである。この学校で幼い年齢 層が多いのは,多くの子どもが小学校ぐらいから少し離 れたクムジュンの高校まである学校に行くためである。 最近では小学校段階からカトマンズの私立学校に出る男 児もいる。女子は小学校からカトマンズに出ているケー スは聞かなかった。 4・5年生のクラスで子どもに将来の希望を聞いたと ころ,医者3,パイロット3,教員2,俳優1,法律家 1であった。山の中で生活する子どもたちに,医療不足 で医者が求められていることや,パイロットはあこがれ の職業に見えていることが感じられた。 ナムチェの学校の子どもたちの家庭では,最近では子 どもは一家庭に多くても3人である。すべて親は「トレッ キング」の仕事をしており,きちんとした結婚はしてい

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ないと,他所から短期間,赴任して来ている校長が自ら 話してくれた。カトマンズ盆地では仏教徒もヒンドゥー 教の影響を受け,時間とお金をかけた婚姻儀礼をするの が一般的である。それゆえ,そのように思うのだろうと 推測される。 この地域では公的な学校制度の不備を補うため委員会 がつくられ,学校の改善が試みられている。これは主と して外国からの登山客による個人的な支援によっている。 たとえば,この小学校には公立の教員は男3人である。 公立学校の教員の給料は安く,教員はなかなか来てくれ ないし,学校の教員のレベルは低い。そこで,この委員 会ではこの学校をレベルアップするために,赴任する教 員のための宿舎を準備し,3人の教員を追加雇用し,さ らに学校独自に英語の教師を雇っている。この学校では 運動場のほか,2000年代に入ると新校舎,コンピュー ター室などもつくられている。 地元に小学校しかない場合,その上に進学するため, 子どもは早くから少し離れた中学校や高校まである学校 に通わざるを得ない。しかし,親たちはできれば親元か ら通えるように学校の質を改善したいと考えている。ま た,この地域では医療機関が全くなかったが,現在,診 療所がつくられている。カトマンズで生活する人々もふ えているが,生活しやすいまちづくりも試みられている。 5.まとめ 本研究ではネパールにおける2008年の2回の現地調 査に基づき,ネパールの教育事情について若干の検討を した。 ネパールでは近年,識字や初等教育の推進や女性のエ ンパワーメントのための取組みが積極的になされている。 しかし,世界的にみると依然として識字率・就学率とも 低い状況が続いている。しかし,教育を受けることの重 要性については,かなり認識されるようになっている。 現地調査は,カトマンズ盆地のほか山間地域のシェルパ 族に注目して実施した。 ネパールでは近年,都市部へ急激に人口が集中しつつ あり,ネパール全体では貧富の差が拡大する傾向にある。 教育についてみると,経済的に余裕のある階層では子 どもに公立学校ではなく私立学校へ,そして,より高い レベルの教育を受けさせようとする。その結果,カトマ ンズ盆地においては,私立学校が急増しつつある。これ らの学校には地方からも子どもに早くから親元から離し ても入れる家庭も生じている。その一方で,貧しい家庭 の子どもは依然として学校に行かず働いている。ネパー ル東北部の山間地帯の教育状況についてみると,20歳 以上の人々では,男性は小学校に通う程度であり,女性 は不就学が一般的である。やっと近年,男女とも急激に 学校教育が普及してきたところである。 ネパールでは全体的にみると,識字率や就学率が徐々 に上がりつつある。しかし,親世代の経済的格差は子ど も世代の教育格差にも反映しているように思われる。 教育におけるジェンダーについて,豊かな家庭では男 子は女子よりも高い教育を受けさせようとしている。貧 しい家庭では教育は男子優先で,女子は余裕がある場合 に行かせてもらえる傾向がある。家庭の貧富差は子ども の教育に反映し,その結果,貧富差は再生産され,さら に拡大しつつある。 付記 本調査研究は「南アジアにおける女子教育及び女性の ライフコースに関する総合的研究」(科研・基盤研究 (B)海外学術調査)の一部をなす研究として実施した ものである。 注

ⅰ Indra Majupuria 2007“Nepalese Women[Status & Role] Gender Approach to development ”(new edition, SAARC & UNIFEM 2007“Gender Initiatives in SAARC: A Primer”UNIFEM ⅱ プラティヴァ・スベディ著 1993 横山學編 1996『立ち 上がるネパールの女性たち』 花林書房,石井溥編 1997 『ネパール』河出書房新社,日本ネパール協会編 2000 『ネ パールを知るための60章』 明石書店 ⅲ 中島徹郎・服部範子 2000 「ネパールの山村女性とエン パワーメント」 『現代の社会病理』第15号 pp.69−82 ⅳ Dor Bahadur Bista 1996 “ People of Nepal ”(6th Edition) Ratna Pustak Bhandar, pp.167-176

ⅴ 結城史隆・稲村哲也・古川彰 2000 「変容するシェルパ 社会―外部世界との関わりのなかで―」 山本紀夫・稲村哲也 編 2000 『ヒマラヤの環境誌―山岳地域の自然とシェルパ の世界―』 八坂書房 pp.295-316, 鹿野勝彦 2001 『シェルパ・ヒマラヤ高地民族の20世紀』 茗渓堂 ⅵ ネパール盆地の先住民族であるネワール族の伝統的な結婚・ 家族については他で報告した。服部範子 2009 「ネパール・ ネワール族少女の擬似結婚の儀礼―その実態と意味について―」 『家政学研究』第55巻2号 pp.86-94 ⅶ エベレストは現地ではサガルマータと呼ばれており,この あたりは古くからソル・クンブ地方と呼ばれている。 ⅷ Ministry of Health and Population, Population Division, Government of Nepal,2007"Nepal Population Report 2007"p.17

ⅷ Ministry of Health and Population, Population Division, Government of Nepal,2007“Nepal Population Report 2007”p.62

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ⅸ Nepal Institute of Development Studies (NIDS) 2007 “Nepal Migration Year Book 2006”Heidel Press Pvt. Ltd.

ⅹ ABCネパール編 1994 矢野好子訳 1996 『ネパール の少女買春―女性NGOからのレポート―』 明石書店 p.18

Ministry of Labour and Transport Management, United Nations Development Fund for Women 1995 “National Consultation on Empowering Migrant Women Workers of Nepal ” Forum for Women, Law and Development, UNIFEM-Nepal & SAMANATA(Institute for Social and Gender Equality) 2003“Policies, Service Mechanisms and Issues of Nepali Migrant Women Work ers”UNIFEM

United Nations Population Fund (国連人口基金) 2006 『世界人口白書 2006』 特集・希望への道―女性と国際 人口移動 p.50

Central Bureau of Statistics, Government of Nepal, 2 007,“Some Statistical Facts on Nepalese Women: 2007”

ネパールの休日は日曜日ではなく土曜日である。 山本紀夫 2008 『ジャガイモのきた道―文明・飢餓・戦 争―』 岩波新書 pp. 95-121 根深誠 2002 『シェルパ―ヒマラヤの栄光と死―』 中 央公論社 結城史隆・稲村哲也・古川彰 2000「変容するシェルパ社 会―外部世界との関わりのなかで―」 山本紀夫・稲村哲也編 2000 『ヒマラヤの環境誌―山岳地域の自然とシェルパの 世界―』 八坂書房 pp.295-316 鹿野勝彦 2001 『シェルパ・ヒマラヤ高地民族の20世紀』 茗渓堂 pp.76-77 (2009.8.19受稿,2009.11.19受理)

参照

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