日本の行政指導 : 繊維産業を事例として
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(2) 36. (206). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). 行研究に基づいて,日本の行政指導に独自の視. 2 先行研究. 角から分析を行う.分析の枠組みとしては,大 きく 2 つに分けられる.まずは先行研究を纏め. 2―1 行政指導についての先行研究. た上で,独自の歴史研究を行う.これまでの研. 2―1―1 行政指導の法律的根拠. 究は行政指導が行われた理由を主として国内視. 行政指導の法律的根拠というのは,特定の行. 角から分析しているが, 本稿は国内視角のほか,. 政機関が一定の要件の下において,ある行政指. 国際貿易摩擦の場で日本が多用していた輸出自. 導をなしうる旨を定める法律の規定を指す3).. 主規制措置と行政指導の関連性についても論じ. 戦前にさかのぼる伝統的な学説では,法律の根. る.. 拠が必要なのは,国民の自由と財産権を制限す. ここで改めて本稿で用いる実証分析の視角. る規制行政だけだとされていた.これによれば,. ──「内因」と「外因」──について説明する.. 行政指導はもちろん,給付行政の決定でも,行. 「内因」というのは行政指導が行われる日本の. 政の自由裁量の対象となる.それに対して,戦. 国内原因を指す.この内因を 2 つの角度から分. 後の民主憲法の下では,法律から独立した行政. 析できる.一つは,先行研究の示すとおり,行. 権は認められないという見地から,私的経済活. 政学,行政法学において,主に「法律による行. 動と同じでない公的行政にはすべて法律の根拠. 政の原理」との関連で,行政指導の法律の根拠. が必要だとする『全部留保』説が,相当に有力. の要否,法的限界などが論じられている.いま. になっている.そこでは,単なるサービス的助. ひとつ,政治学の角度から,行政指導が行われ. 言を超えた勧告・要請の行政指導,つまり『規. る官僚制的な要因を強調したい.. 制的行政指導』には個別法律の定めが要ること. また,「外因」というのは行政指導が行われ. になる.ところがそのように考えると,組織法. る背景としての国際的な原因を指す.行政指導. だけに基づく行政指導はすべて違法ということ. は一見日本国内の一つ独特な行政手段であり,. になってしまい,かえって,行政指導一般に手. 国際的な要因とは無関係ではないかと思われや. 続法ルールを作ろうという話には繋がらないと. すいが,日本戦後の通商史を研究する過程で,. いう問題がある.そうした学界での「法治主義」. なぜ他の国ではあまり使われない輸出自主規制. 論争をリアルに決着を付ける意味でも,行政指. 措置が日米通商摩擦の歴史の中で常に姿を現し. 導の問題をよく考えていくべきだという指摘が. たのかという疑問が浮かんでくる.輸出自主規. ある4).. 制は,輸出国国内の業界で自主的な数量制限を. 行政指導に関する従来の研究の多くは,訴訟. 通じて始めて成立するのである.日本でこの自. 法上の法理や行政法の基本原理の構築という視. 主的 な 数量制限 の 実施 は 行政指導 と は 不可分. 角からの分析であった.下命や許認可,確認や. な関係があるということは後の分析から理解で. 受理といった行政行為の形式を中心に,その法. きよう.言い換えれば,国際社会からのプレッ. 律の根拠や問題を個別に検討してきた.. シャーが日本国内の行政指導にとって外的な要. 行政指導の法律上の根拠について,法学上の. 因を成したと考えることが出来る. 行政指導は,. 多数説は「行政指導には法律上の定めを不可欠. 貿易摩擦の場で便利な手段として摩擦解消の機. の要件とはしない」というのである.行政指導. 能を果たしていたのである.本稿はこの「外因」. の根拠規定がある場合といっても,その根拠が. を 2 つの角度から,つまりアメリカ側の事情と. 各省庁設置法のように各省庁の所管事務を定め. 当時の国際貿易体制(ガット)を中心に解釈す る.. . 3)山内一夫(1984) ,p. 73. 4)兼子仁(1994) ,pp. 7─8..
(3) 日本の行政指導(王). (207). 37. た行政組織法の中にこれを設けている場合と,. との関連性からさらに分類した.それは法律. 各省庁の権限行使の根拠又は基準を定めた行政. に直接の根拠ある行政指導と直接根拠がない. 作用法の中にこれを設けている場合とを区別し. 行政指導の 2 つに分け,前者は更に①法律上,. なければならない5).組織法上の根拠とは,2. 勧告,助言,指導のみを行うことができると. つの意味があるようである.第 1 の意味では,. 定めているケース10)と②行政処分の前提とし. 行政指導を一定の行政機関又は行政組織の任務. て勧告などをすることができると定めている. 又は所掌事務に属させる法律の規定をいう.第. ケース11)と分けられる.後者も 2 つに分けられ,. 2 の意味では,その達成上行政指導をすること. ①行政指導を行おうとする事項について,勧. を必要とする任務を一定の行政機関又は行政組. 告などの規定はないものの,それに関連する. 6). 織に与える法律の規定をいう .行政組織法は,. 許可,免許,承認,届出 な ど の 許認可権限 を. 各行政機関の権限分配に関する定めであって,. 定めた法律が存在している場合12)と②事項に. 一般には,各行政機関の権限行使の根拠を定め. 直接関連 す る 許認可権限 の 規定 も な く,一般. たものとはいえない7).例えば,通商産業省設. 的 か つ 総則的規定 で もって,行政指導 が 行 わ. 置法は「通商産業省の任務」を大項目で挙げ, その中に 「工業品の生産,流通及び消費の増進, 改善及び調整」と規定していた(第 3 条 2 号) . ついで,同省の「所管事務」を中項目で並べ, その中には「所掌に係る物資に関する価格等の 統制」や「石油」製品の生産・流通の増進・調 整を含めていた(第 4 条 36・84 号) . 作用法上の根拠とは,特定の行政機関が一定 の要件の下において,ある行政指導をなしうる 旨を定める法律の規定を指す.作用法上の根拠 は,別の言葉で言えば,授権規定といってもよ いと思われるが,それは行政機関の特定と要件 の限定という 2 つの要素からなっている8).例 え ば,国民生活安定緊急措置法第 7 条,石炭 工業合理化臨時措置法第 60 条・61 条 な ど が あ る. 新藤(1992)は,行政指導 を 行政作用法9) . 5)田中二郎(1976),p. 267. 6)山内一夫(1977),pp. 132─133. 7)田中二郎(1976),p. 267. 8)山内一夫(1977),p. 132. 9)『日本大百科全書』(小学館)に よ る と,行 政作用法は国民と行政との法律関係に関する法の 体系を言う.行政に関する法律は,行政の機関の 権限,所掌事務,構造などを定める行政組織法と, 行政機関 が 国民 と の 関係 で 法律関係 を 形成,変 更,消滅させるための法,即ち行政作用法の二つ に大別される.同一の法律にこの両方の法が定め. . られていることが少なくない.例えば,独占禁止 法のうち公正取引委員会の組織権限を定めるのは 行政組織法であるが,私的独占,不当な取引制限, 不公正な取引方法を禁止し,違反行為の排除を定 める規定は行政作用法である.行政作用法の仕組 みは個々の法律に定められ,あらゆる行政法規の 全体に通ずる行政作用法の共通原理を定める統一 的な法典はない. 10)例えば,騒音規制法第 9 条にいう計画変更 の勧告,都市計画法第 80 条にいう法律の施行に必 要な範囲内の報告若しくは資料の提出要請や勧告・ 助言などが挙げられる.これらは少なくとも法律 上から言う限り勧告・助言・指導にとどまるもの であり,それ以上の行政処分に至るものではない. 11)例 え ば,騒音規制法第 12 条 は 一定基準 を 超えた騒音を排出している施設に,改善勧告を出 せることを定め,これに従わなかったときには改 善命令を出すことができるとし,さらに第 29 条で, この改善命令違反に対する罰則を規定している. また,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関す る 法律(独占禁止法)第 48 条 1 項 は,公正取引委 員会 は,独占禁止法違反行為 に 対 し て,適当 な 措 置を取るべきことの勧告をすることができると規 定している. 12)例えば,国土交通省がタクシー,バス,トラッ ク,航空事業 の 免許申請 に 先立って,事業者間 で 管轄領域を設定するものであるが,業界団体にこ うした指導が可能となるのも,免許制度に支えら れているからである.また,各種の補助金の交付 決定に当たっての事業内容への助言,指導なども この種である.何しろ,中央省庁の許認可権限は, 1 万件を越えるとされており,このような多数の 許認可権限が行政指導の温床となっているといえ る..
(4) 38. (208). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). れている場合13)に分けられる.. 政指導に分類して研究する.規制的行政指導と. 2―1―2 行政指導の分類. は「公益の維持増進を図るために,公益に反す. ⒜ 機能(目的)による分類. る行為を規制することを目的とする行政指導」. 成田(1966)は,行政指導を機能から 3 つの 14). をいう.規制的行政指導は,既存の権力的制度. 主要タイ プに分類している .第 1 は, 「規制. との関係の有無によって,独立的行政指導と付. 的・抑制的行政指導」 ,第 2 は, 「調整的行政指. 随的行政指導に分かれる.独立的行政指導とは,. 導」 , 第 3 は, 「促進的・助成的行政指導」 である.. 権力的制度とは関係なく,独自に行われる行政. 「規制的・抑制的行政指導」と は, 「行政目的 の. 指導をいい,付随的行政指導とは,既存の権力. 達成上,秩序維持の障害となる行為又は公益を. 的制度を背景とし,それに付随して行われる行. 阻害する行為を規制し,予防し,抑制するため. 政指導をいう.両者は,それが行われる理由に. になされる行政指導」 である. 「調整的行政指導」. おいても,また,その実効性においても著しい. は「関係団体・関係業界などの利害が対立して. 差異があるから,区別する必要があるとされる.. 好ましい一定の秩序又は目的の実現・達成が不. そして,独立的行政指導は,更に応急的行政指. 可能な場合に,関係官庁が介入して,利害の調. 導16)と 代替的行政指導17)の 2 つ に,付随的行. 整と妥協のために働きかける形の行政指導であ. 政指導 は,事前勧告18)・是正勧告19)・申請者 に. る」 . 「促進的・助成的行政指導」とは「中小企. 対する勧告20)の 3 つに分けることができるも. 業の合理化・近代化のための指導,農家に対す る作物・家畜などの指導,職業指導,生活指導 な ど,相手方 に 対 す る 促進的・助成的目的 を 持って行われるものがこれに当たるとされる. 山内(1984)によって,上記の 3 類型のうち, 助言的行政指導に服従するかどうかは名実と もに相手方の任意であるのに対し,規制的行政 指導及び調整的行政指導に服従するかどうか は,実際上必ずしも相手方の任意ではなく,事 実上の強制を伴うものであることが指摘され た15).そこで,山内(1984)は助言的行政指導 を除き,行政指導を規制的行政指導と調整的行 . 13)例えば,農業基本法第 21 条は「国は,農業 生産の基盤の整備及び開発,環境の整備,農業経営 の近代化のための施設の導入等農業構造の改善に 関し必要な事業が総合的に行われるように指導,助 成を行う等必要な施策を講ずるものとする」と,広 範な範囲の行政指導を規定していた.これに基づい て多様な範囲にわたる農業構造の改善のための行 政指導が行われたが,これもまた行政指導の対象と する事項に直接関係するものではない.このような 包括的 な 規定 は,林業基本法第 15 条,中小企業基 本法第 10 条にも見られる. 14)成田頼明(1966). 15)山内一夫(1984),pp. 4─5.. . 16)応急的行政指導とは,権力的行政を必要と する緊急な行政需要があるにもかかわらず,法律 的根拠がないために,それをすることができない 場合,応急的にその行政需要に対応するために行 政機関が行う行政指導を言う. 17)代替的行政指導とは,法律なり条例なりを 制定 し て,法律的根拠 を 設 け,下命等 の 権力的行 為をするより,行政指導で行政需要をまかなうの が賢明であるという政策的判断に基づいて行われ る行政指導を言う. 18)事前勧告とは,行政機関が法律上下命をす る権限を有している場合に,それをする前に,相 手方に対して一定の行為をするように,又はしな いように行政指導をすることを言う.下命権は, 相手方がその行政指導を聞き入れなかったときに 始めて発動される. 19)是正勧告とは,法律の定める基準──簡単 に 「法律」といってもいいが──に適合しない状態, 即ち違反状態が存在する場合に,それを是正する ように勧告する行政指導を言う.具体的な内容は 山内一夫(1984)を参照. 20)申請とは,行政機関に対して,許可,認可, 承認等一定の授益的行為をするように求める私人の 意思表示を指すが,この申請に対して,行政機関は, これを拒否する権限を有する.申請者に対する勧告 とは,行政機関がこの権限を背景にして,申請をし た者又はこれから申請しようとするものに対して行 う行政指導を指す.さらに三つの態様に分かれる. 第一,申請の取り下げ勧告である.第二,申請の変 更勧告である.第三,申請の不作為勧告である..
(5) 日本の行政指導(王). (209). 39. のとされた21).また,調整的行政指導とは,相. 題となっている.そして, 「自発的同意」が行政. 対立する当事者の利害を調整することを目的と. 指導が効果をあげるための条件であるとしても,. 22). する行政指導をいうものとされた . (b)具体的目標による分類. それがなければ行政指導ではないのだろうか. 塩野(1964)によると,相手方の自発的同意まで,. 前述した機能による行政指導の分類は,行政. 行政指導の概念の構成要素に含めるべきではな. 目的についての分類であるのか,それとも行政. いという見解がある. 「事実上の強制」について,. 手段についての分類であるのか,明確に識別さ. 山内はそれを検討するには,行政指導を「規制. れていない .また,1 つの行政指導の中は複. 的行政指導」と「調整的行政指導」に 限定 し て. 合的な目的を持って,あるいは複合的な手段を. いることに目を向けておかなくてはならないと. 使い,行政指導を行う場合もある.. 述べたが,新藤によると,行政指導の保証力と. そこで,新藤(1992)は行政指導の主要な目. して「事実上の強制」を強調するのは,行政指. 標と機能している領域を基準として,7 つのカ. 導についての考察の視野を狭めてしまうおそれ. テゴリーに分類している24).第 1 は,産業の育. があると反論している.経済産業界を対象とし. 成・構造転換のための行政指導である. 例えば,. た行政指導は確かに「事実上の強制」が重要な. 1950 年代 の 石油化学,自動車産業 の 育成,60. 手段であるが,それ以前に,官僚と業界関係者. 年代の重化学工業の育成,そして 70 年代以降. は行政指導の内容や方法をめぐって,様々な取. の知識集約型産業の育成などがその例である;. 引を重ねているのが実態であろう. 「諸権限をち. 第 2 は,事業の監督・保護のための行政指導で. らつかせた服従要求」とか, 「事実上の強制」に. ある;第 3 は,秩序の形成・維持のための行政. のみ,実効性の保証の根拠を求めるならば,石. 指導;第 4 は,紛争調停のための行政指導;第. 油ヤミカルテル事件から証券スキャンダルのよ. 5 は,社会保障・社会福祉のための行政指導;. うに, 「官民癒着」が問題となった経済事件を説. 第 6 は,組織管理 のための行政指導;第 7 は,. 明できないのである(新藤宗幸 1992,pp. 35─38) .. 23). その他──表現,思想,信条の自由などに関係 する行政指導である.. 2―2 繊維産業についての先行研究. 2―1―3 行政指導の定義. 戦後日本の繊維産業についての先行研究は数. 多くの行政法学者は行政指導の定義の中で,. 多くあるが,本稿は主として境野美津子(1987). 「非権力的・任意的手段 を 持って の 働 き か け」. と渡辺純子(2010)の研究をとりあげる.. であるとか, 「それ自体法的拘束力がない」と. 繊維 の 種類 に は 大 き く 分 け て,天然繊維25). かという表現を用いているが,それでは,行政. と 人造繊維26)が あ る.一般的 に は 化合繊 メー. 指導の実効性を保証する力はどこにあるのであ ろうか. その保証は,まず「相手方の自発的同意」が 挙げられ,また, 「事実上の強制」も挙げられて いる. 「相手方の自発的同意」について,まず, それはどのような契機から生じているのかが問 . 21)山内一夫(1984),pp. 14─15. 22)同上,p. 23. 23)伊藤大一(1981). 24)新藤宗幸(1992),pp. 55─62.. . 25)天然繊維には植物性のもの(綿,麻など) , 動物性のもの (絹,羊毛など) ,鉱物性のもの (石綿) がある. 26)人造繊維は人工的に分子を連結させたもの である.化学的には金属繊維とガラス繊維,炭素 繊維を除いては,高分子化合物である.一方,人 造繊維 は 有機質 と 無機質(炭素繊維,金属繊維 な ど)に分類される.有機質のものはレーヨンなど, パルプを原料とした再生人造繊維とポリミックス, アセテートなどの半合成繊維,ナイロン,ポリエ ステル,アクリルなどの合成繊維に分類される. 形状的には長繊維(フィラメント)と短繊維(ステー プル)に分けられる..
(6) 40. (210) 繊維製造業. 原料 糸. 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月) 繊維流通業. パルプ・石油. 商社・問屋. 原糸 天然繊維・化合繊維. 商社・問屋. 織物・編物. 糸製造 紡績・製糸. 商社・問屋 染色・加工 商社・問屋. 織物・ニット. 製品製造. 染色・加工. 問屋 製品製造業 小売店. 消費者. 出所:境野美津子『繊維業界』教育社,1987. p. 22. 図 1 繊維生産・流通路線簡略図. カーも紡績メーカーも繊維産業と解釈される場. 失った商社にかわって,化合繊の隆盛を背景に,. 合が多いが,石油からナフサをとり,繊維を作. 東レを初めとした化合繊メーカーが流通のリー. り出しているのが化合繊メーカーで,政府の決. ダーシップ を 取って き た.そ し て,1970 年代. めた 標準産業分類によると化学工業に分類さ. 末から 1980 年代に入ると,小売店を持つアパ. れ る.一方,紡績 メーカーは 繊維工業 に 所属. レル業者が次第に主導権を得てきている(境野. し,その他,捻糸工業,織物業,染色・加工業. 1987,pp. 16─23).. もここに所属する.その他,繊維産業の分類に. 日本で繊維産業の歴史は古くて,日本で最も. 入っているものに,繊維製造業(アパレルを始. 速く産業化した業界であるが,長い年月の間に. めとした二次製品製造業)がある.また,生産. 幾度となく不況に見舞われ,また一方で,吸収,. と流通を分けてみると,繊維産業は生産過程だ. 合併を繰り返し,今日まで成長してきた27).. けでも何段階もあり,複雑なのに加えて,総合. 日本近代紡績産業の基礎は明治 16 年(1883). 商社,専門商社,服地卸,集散地卸など様々な. に大阪紡績(のちの東洋紡績)が民間企業とし. 繊維卸業があり,卸業でありながら同時に生産. てはじめて大規模な経営形態(10800 錘,資本. 業の役割を兼ね備えた卸業が多く,それらが複. 金 25 万円)として株式会社の形で操業を開始. 雑に絡み合っている(図 1 を参照) .江戸時代. したことである.明治 20 年前後に,鐘ヶ渕紡. 末期には,すでに産業化の基礎が築かれていた. 績(28920 錘,資本金 100 万円),東京紡績(一万. が,第二次大戦前までは商社・問屋が一貫して 流通の主導権を持っていた.戦後に入って力を. . 27)境野美津子(1987) ,p. 17..
(7) 日本の行政指導(王). (211). 41. 錘,資本金 50 万円) ,平野紡績(11520 錘,資. を引き起こし,後には逆に途上国の追い上げを. 本金 25 万円) ,尾張紡績(1.5 万錘,資本金 50. 受けて構造調整ないし衰退,或いは事業転換を. 万円)などが続々と設立された.. 経験してきた29).. 1938 年アメリカのデュポン社がナイロンを. 渡辺純子(2010)は,日本の繊維産業におけ. 発表し, 戦争中には飛躍的な発展を遂げた一方,. る産業調整の特徴を以下のように纏めた.第 1. 生糸需要は激減した.そのため,戦後の復興に. に,1960 年代から 90 年代にかけての長期にわ. あたり,生糸,綿中心に政府の再建構想は大き. たって,漸進的に調整を進めたことである.こ. く転換し,合成繊維育成政策を打ち出した.ビ. の点,例えば石炭やアルミ製錬などのように産. ニロンを倉敷レイヨン(クラレ) ,ナイロンを. 業全体として需要が一気に縮小した産業とは異. 東洋レーヨン(東レ)で企業化,工業生産させ. なる繊維産業の独特な特徴であり,紡績企業が. ることを決定した.倉敷レイヨンは戦前から手. おかれた環境 ・ 条件の一つと言えるだろう.そ. 掛けてきたビニロンの工業生産を開始したのが. の間の内外の環境変化によって日本の綿紡職業. 1945 年 で あった.同時 に,大日本紡績(ユ ニ. は大きな調整圧力を受けていたが,一方では産. チカ)が工業化試験に成功したことで,二社体. 業内での競争力を維持しつつ,他方では漸進的. 制でスタートした.一方,ナイロンは東洋レー. に他の諸産業への転換を進めることに成功し. ヨンが独自技術で開発を行っていたが,デュポ. た.こうしたことから,他産業や他国の事例と. ン社との特許上のトラブルを回避して技術導入. 比較して,転換に伴うコストや摩擦が相対的に. の形式で 1946 年より工業生産に入り,独自体. 小さかったと考えられる.第 2 には,その主要. 制でスタートして,合成繊維時代が始まった.. な担い手である紡績企業(「10 大紡」)の企業. 1955 年日本レイヨンがナイロン事業に参入し. 内資源(土地などの資産や内部資金,技術者な. たが,1957 年にデュポンの基本特許が期限切. どの人的資源)が効果的に活用されたことであ. れしたことから,鐘紡がスニア社(伊) ,帝人. る.第 3 には,マクロ的に見ても,戦前の工業. がアライド社(米) ,呉羽紡(今の東洋紡)がチ. 化の時代から戦後復興期に至るまで,日本の産. ン マー(東独) ,旭化成 が チ ン マー(西独)と. 業 ・ 貿易構造や就業構造に占める綿紡職業のウ. 提携し,ナイロン生産に参入した(境野 1987,. エイトが大きかったことである.第 4 に,日本. pp. 29─31) .. の産業調整の特徴は,活発な開・廃業など市場. 1970 年代 に 入って,1971 年 の ニ ク ソ ン・. メカニズムや競争的産業組織によって促進され. ショックによる円の大幅な切り上げ,対米輸出. ている部分もあるものの,大企業を中心とする. 規制といったダブルパンチを受け, 輸出の低迷,. 組織的調整の部分がより大きな比重を占めてい. 国内経済不振による内需低迷,原燃料の高騰に. ることである.また,政府(所管官庁の通産省). よるコストアップで需給バランスは急激に悪化. の政策介入も一般に指摘されるところである.. し,加えて,活発する公害運動への対応などで,. 組織による調整や政策的支援は,前進的スムー. 繊維業界は構造不況業種に認定されるまでに転. ズな転換を促進すると言う点で優れた側面を持. 落した .. つと考えられるが,他方で市場メカニズムにさ. 繊維産業 は 戦前・戦後 を 通 じ て 日本 の リー. らされていないために,過剰人員の抱え込みか. ディング・インダストリーであり,特に戦後の. 過剰投資,限界企業の温存を誘発しやすいと言. 復興期 か ら 高度成長期 に は 輸出産業 の 花形 で. う点で非効率な側面もある.が,渡辺はそれを. あった.また,その過程において日米貿易摩擦. 肯定的に評価している.それは,ある種の無駄. . . 28). 28)同上,p. 31.. 29)小野五郎(1999) ,p. 225..
(8) 42. 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). (212). や過剰を抱え,最適であったとはいえないもの. を行いえたのは,不況期にあっての物価の低落. の,大きな破綻や停滞,社会的コストの発生を. が設備投資を容易にしたことと,操短によるカ. 招くことなく比較的順調に調整を進展させるこ. ルテル価格の維持によって相対的に高い利潤率. とに寄与したと考えられるからである.いずれ. が投資を誘発しえたことによるものであろう.. にしても,市場と非市場の微妙なバランスの上. 第 5,6 次操短は日露戦争後,明治 39 年(1906). に成り立つのが,日本における産業調整の特徴. 鉄道国有化,満鉄創立などに伴って,日清紡な. と言えよう(渡辺純子 2010,pp. 4─13) .. どが新設されたが,1907 年アメリカに端を発. 3 歴史的沿革. した世界恐慌は日本資本主義をも巻き込んで, この後第一次大戦勃発まで慢性不況から抜け出. 3―1 戦前日本の繊維産業における操業短縮. すことができずに終わった時期に行われた.第. ―行政指導の前身. 7,8,9 次操短は第一次大戦の勃発で,1915 年. 岡本清(1998)は,明治時代から戦前にかけ. から 1918 年までの間,実に 14 億円の輸出超過. ての総計 11 回の紡績操業短縮の歴史をまとめ,. とそれに 14 億円の貿易外収支を加えて 28 億円. 日本資本主義の有する特殊性を紡績操短史の視. の 黒字 で あった 一方,1914 年(大正 3 年)に. 角から分析した.. 株の暴落などによって経済界が撹乱させられ. 第 1 次操短 は 明治 23 年(1890)の 恐慌 に,. て,紡績業界については中国市場への輸出不振. 糸価は低落し,在庫は増大したとき行われた.. などに依って資本設備の過剰状態の下で 3 回の. 明治 15 年に紡績連合会が設立されていて,紡. 操短が行われた.1927 年 3 月 14 日,東京渡辺. 績業者の殆どが加盟し,しかもその殆どが初発. 銀行の破綻に端を発する金融恐慌によって,当. から株式会社で全体で数十社に限られていたた. 時紡績業で決定的な地位を占める五大紡即ち大. めカルテル化が容易であったことによる.紡. 日本紡,東洋紡,鐘紡,富士紡,日清紡の決議. 連は明治 23 年 6 月 15 日より向こう 3 ヶ月間,. の下で第 10 次操短が決められた.第 11 次操短. 1 ヶ月 8 昼夜休日を設けることを決議しその監. は 1929 年アメリカで発した恐慌が世界を席巻. 督は各府県知事に委嘱している.しかしなが. し,日本の紡績業においても輸出は停滞し,在. ら,市況が速やかに回復したため,7 月 9 日を. 庫は増す一方で糸価は大暴落した背景の下で行. 持って操短決議は解除された.第 2,3,4 次操. われた(岡本清 1998).. 短 は 日清戦争後,明治 32 年 1 月,明治 33 年 5. 岡本 の 分析 に よって,戦前 の「操短 は 範疇. 月からの 10 ヶ月間,明治 35 年 7 月から半年間. 的には独占段階におけるカルテル問題である.. となる.この時期にいたって漸く優勢な資本と. 自由競争を前提とする限り,操短は不可能であ. 弱小資本が利害関係を対立させ,次第に大資本. る.……資本は集中と集積の進展に伴って,自. が紡連のヘゲモニーを握っていくはしりとなっ. 由競争の持つかかる矛盾を克服し,競争の排除. た.また,この時期には銀行業における集中化. によって独占利潤獲得の途を見出す.その一方. が進んでその関係から紡績業の合併が著しかっ. 策が生産カルテルである.その目的は生産の協. た.操短が生産の集積と資本の集中の条件とな. 定による制限でありそれによる価格のつり上げ. る原因は:まず,操短が実施されると各企業は. と利潤の増大である.……日本紡績業の操短は. 操短の意図とは一見矛盾して生産拡大を目指し. 産業資本が漸く確立期に入るか否かの明治 23. て設備拡大を図ることにより集積が起こる.他. (1890)年に既に行われている.これは日本資. 方,恐慌期にあって経営不振となった弱小資本. 本主義再生産構造に重要な意義を持つ紡績業が. の合併や合同によって大資本の集中がますます. 移植産業として政府の保護奨励策を受けた後,. 進むからである.このように操短期間中に増錘. 株式会社の形態をとった紡績会社が陸続として.
(9) 日本の行政指導(王). (213). 43. 表 1 勧告操短の年代別実施頻度 年. ~ 1955. ~ 1960. ~ 1965. ~ 1970. ~ 1975. ~ 1980. 実施業種数. 3. 30. 5. 1. 0. 5. 4. 1. うち継続. 出所:公正取引委員会『独占禁止法政策二十年史』1968. p. 669. 設立され,さらに明治 15 年(1882)の紡績連. また,操短の約束を破るアウトサイダー企業. 合会の創設などによって初発から『端緒的生産. に対し,指示を守らせるために通産省と業界主. カルテル』をなしうる基盤を有していたからで. 要企業とが共同で監視機関を設置したり,違反. ある.紡績資本は踵を接して次々と起こる恐慌. 企業に罰則を課したりしている.例えば,スフ. の度毎に操短に依って恐慌の被害を最小限に喰. 綿生産調整実施会や綿紡績操短実施委員会など. いとめ,有利な条件で急速に独占資本へと転化. の監視機関である.勧告操短の抑制的な措置と. していった.その独占化の進展に伴ってカルテ. して,例えば輸入原材料割当の削減や,違反の. ル政策としての操短の持つ意味は当然のことと. 公表や,次期操短率の強化などがある.. して変化してきたはずである.また独占化の進. 勧告操短 の 生産調整効果 に つ い て,松井. 展に伴ってカルテル内部で大資本と中小資本の. (1997)がスフ綿,人絹糸などの合計 9 業種の. 抗争が起こることが予想される.規約がカルテ. 勧告操短の実態を調べ,次の結論を出した.第. ル内の企業の全てに均一に利益をもたらすわけ. 1 に,指示と実績の差はおよそ 1 割前後であり,. ではなく,ヘゲモニーをとる大資本こそその恩. 両者が大きく離れることが少なくないのがわか. 恵に最もよくすることは当然である」というこ. る.統計に表れないヤミ生産があるにしても,. とが明らかになった30).. 一定の生産調整効果は否定できない.第 2 に, 後の期間になる生産超過傾向が見られるものが. 3―2 戦後綿紡績業の第一次勧告操短―戦後行政 指導の始まり. 多い.第 3 に,繊維における比較から,企業数 が少ないほど生産調整効果が高い,即ち産業組. 3―2―1 勧告操短とは何か. 織の影響があることが推測できる32).. 勧告操短は行政指導による生産調整として最. 3―2―2 勧告操短の歴史的背景. も知られているのである.勧告操短というのは. 戦後から 1949 年まで日本の繊維生産設備は. 行政機関が,商品供給量を制限して市況を安定. GHQ の方針によって限度が設定されていた.. させることを目的に, 法律の明確な根拠なしに,. 朝鮮戦争を契機として,こうした生産設備制限. 企業に対してある商品の生産を短縮するように. が撤廃されたが,綿紡績業にしても羊毛紡績業. 31). なされることである .勧告操短は主として高. にしても原料輸入産業であって,原料輸入に関. 度成長期前半に実施されている.表 1 は公正取. して外為法による外貨割当があった.紡績業者. 引員会が公布した勧告操短の年代別実施頻度で. が原料外貨割当を求める設備が通産省の定めた. ある.. 用件を満たしたことを証明した上で,通商繊維. . 30)岡本清(1998). 31)伊従寛(1966).. 局が確認して設備を確定するという設備確認制 . 32)松井隆幸(1997) ,pp. 63─64..
(10) 44. (214). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). 度が採られた.朝鮮戦争が終わって,1951 年. 内容 は 1952 年 3 月 5 日付 け の「綿紡績適正稼. 下期 に は 海外需要 も 減少 し,国内 で は 不況色. 動実施要領」37)という通商繊維局長の通牒で示. を強めた.1951 年 6 月から 1952 年 3 月までに. された.3 月 10 日,理事が 1700 万ポンドを目. 260 社ほどの中小繊維商社の倒産が発生した33).. 安に企業生産量を決め,通産省の勧告として,. 価格の低下と綿糸布在庫の急増という悪条件を. 協会スフ部会で各社に指示した.一部に反対. 解決するために,需給調整を求める声が 1952. があったものの減産体制へと一致した.4 月 8. 年から高まった.様々な対策を検討した上通産. 日,スフ部会に通産省繊維局長が出席し,融資. 省は各社別の勧告操短という方法を採用した.. 斡旋に差別を設けることをほのめかして生産調. これが独禁法に違反することを避け,全紡績会. 整への協力を求めた38).これに対し,公正取引. 社に一斉に操業短縮を行わせる唯一の方法と考. 委員会はこの一斉操短の内に事業者の共同行為. えられた34).. があったことが確認できたので,独占禁止法違. 3―2―3 1952 年スフ綿業に対する勧告操短の 政策過程. 反として審決を下し,共同行為の中止を命じた (東洋レーヨン(株)他スフ製造業者 11 名及び. 1952 年不況時の背景の下で,通産省はスフ. 日本化学繊維協会 に 対 す る 件,昭和 28 年 8 月. 綿業の 12 社に対する勧告操短を行った.1952. 6 日審決).. 年 2 月から 3 月にかけて,通産省化学繊維局長. 松井隆幸(1997)はアウトサイダーの違いに. は 関西業界 の 意向 を 打診 し た 後,日本化学繊. よって,勧告操短の政策過程を 3 つの種類に分. 維協会理事 と 協議 を 行った.局長 は 操短額 が. けた.第 1 は,アウトサイダーが中小企業であ. 1600─1700 万ポンドを適当と考え,理事に業界. る場合である.中小企業はフリーライダーとし. のとりまとめを依頼した.. て減産の成果を享受し,増産する行動を採るこ. 1952 年 2 月 25 日付 け の 通商繊維局長名 の. とが可能である.この場合,通産省の主な役割. 「紡績設備の適正稼動について」は次のように. は,監視機関や抑制的措置をとって,これらの. 35). 勧告した .即ち, 「国民衣料の豊富低廉なる. フリーライダーの行動を抑制することと公正取. 供給を確保しつつ市場の安定を図るため,当面. 引委員会と折衝することである.第 2,アウト. 3,4,5 各月の適正稼働率としては他繊維の混. サイダーが大企業である場合である.住金事件. 用を含めて現有確認設備能力の 6 割程度が妥当. がその一例である.1965 年,大手の中で下位. と考えられる」として,この稼働率を守ること. にあって急速にシェアを伸ばしつつあった住友. を求めた.この勧告は行政指導であって強制力. 金属はシェア固定的な生産調整に反発し,これ. はなかったが,「適正稼動を確保するため今後. を抑えようとしたのが,シェアの伸び悩む老舗. の綿花輸入ドル資金の割当に際し適当な措置を. の大手企業と通産省であった.通産省は住金事. とる予定である」としていた.つまり,外貨割. 件において原料炭輸入の外貨割当を削減する可. 当制度の運用によって操業短縮の実効有らしめ. 能性を明言した.第 3 は,明確なアウトサイダー. ようとしたわけである36).この規制の具体的な. が存在しない,上位企業のシェアが小さい業界. . 33)日本銀行「最近における繊維商社等の倒産に ついて」 『日本金融史資料 昭和続編 15 巻』1984. 34)通商産業省・通商産業政策史編纂委員会(平 成 2 年),pp. 642─644. 35)通商産業省(昭和 47 年),p. 294. 36)通商産業省・通商産業政策史編纂委員会(平 成 2 年),p. 644.. である.この場合,意思決定の核事態が流動的 にならざるを得ないため,業界の要請を受けて 通産省が行政指導によって調整に乗り出すこと . 37)通商産業省(昭和 47 年) ,pp. 294─295. 38) 『公正取引委員会審決集』昭和 27 年(判) 2 号,pp. 351─367..
(11) 日本の行政指導(王). (215). 45. になるが,立法措置により強力で固定的な介入. 事業者の自主的協定に基く共同行為を禁止して. が併用されることが多くなる39).つまり,行政. いる独占禁止法違反を直ちに構成するものでは. 指導の効果は意思決定の核の安定度,アウトサ. ないが,前記操短は自主的協定による共同操短. イダーの相対的大きさ,抑制的措置(奨励的措. と同様の事態を生ぜしめており,このような行. 40). 置)の強さによって決められるのである .. 政措置に基づく事実上の共同操短がしばしば行. この 3 種の分類に一つ共通するところがあ. われることになれば,独占禁止法の特定共同行. る.それは勧告操短に先立って,通産省と業界. 為禁止の規定は空文化されることにもなる.第. との間に密接な意思疎通が図られていたと考え. 2 に,勧告操短の実施により,綿糸価格はまも. られることである.しかも多くの場合は業界の. なく持ち直し,5 月初旬には採算点をはるかに. 合意内容をそのまま受け継いで指示がなされ,. 上回るにいたったが,それとともに種々の弊害. 意思決定の主導権は業界側にあった.. が現れることとなった.即ち,一部の紡績会社. 3―2―4 勧告操短と独占禁止法の関係. は操短による品薄を利して,売惜しみ,売り止. 3―2―4―1 勧告操短が独占禁止法上における問題. め,抱合せ販売更には事実上の押売等を行った. 1947 年に制定された独占禁止法は,カルテ. ため,一部商社の営業に種々の支障が生じ,ま. ルを厳しく規制していた.不当な取引制限を禁. た,中小企業からなる織布専業者は操短による. 止し(第 3 条) ,その予防措置として事業者が. 原糸高と有効需要に制約された製品安のため赤. 共同して対価,生産などを決定するような特定. 字生産を余儀なくされた.. の共同行為について,その影響が軽微な場合以. 公正取引委員会は,このような綿紡の勧告操. 外は全て禁止する(第 4 条)とともに,私的統. 短に関して,1952 年 6 月 28 日,通産省に対し. 制団体などの設立も禁止していた41).しかし,. て「綿紡績勧告操短に関する件」を題とする申. 朝鮮戦争後の不況期になって,戦前の統制とカ. 入れを行うとともに,審査手続きを開始した.. ルテルに慣れた産業界は生産数量の削減や設備. 公正取引委員会 の 申入 れ に 対 し,通産省 は 29. の調整を図るために,カルテルを強く指向する. 日,独占禁止法違反ではなく,規定どおり実施. ようになった.この背景の下で通産省が 1952. す る 旨発表 し た が,8 月以降,生産限度 が 15. 年に勧告操短をはじめた.勧告操短は行政面,. 万梱から 16 万梱に増加され,制限は緩和され. 法運用面でカルテルの実質的な容認の途が開か. た.. れた.法制面においても,独占禁止政策の範囲. 3―2―4―2 勧告操短の独占禁止法への統合. を超えて合法的カルテルを認めるための適用除. 公正取引委員会 は 1952 年以来,勧告操短 は. 外法の制定が開始された.. 独占禁止政策上問題が多いので,必要があれば. スフ綿業に対する勧告操短をめぐって,独占. 不況カルテルに移行させるよう通産省に申し入. 禁止法上 2 つの問題が指摘された42).第 1 に,. れた.勧告操短に対する批判が高まるにつれて,. 本操短は通商産業省の勧告に基づくものであ. 次第 に 廃止 さ れ る 傾向 に あった が,1965 年 7. り,また,違反者には米綿輸入割当外貨の削減. 月通産省は鉄鋼市況の低迷と一部鉄鋼企業の倒. という制裁措置もあって,紡績各社は同勧告を. 産及び関連企業への影響等の事態に対処するた. 事実上遵守せざるを得なかった.この勧告は,. め,粗鋼の生産調整を行政指導によって実施す る方針を決め,公正取引に対してあらかじめこ. . 39)松井隆幸(1997),pp. 68─70. 40)同上. 41)公正取引委員会事務局(昭和 52 年) ,p. 95. 42)同上,p. 96.. れについて意見を求めてきた.公正取引委員会 は独占禁止法に基づく不況カルテルとして行う べきであり,行政指導によってこれに対処する ことは好ましくないとの見解を述べたが,通産.
(12) 46. (216). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). 表 2 50 年代に結成された不況カルテル 品 目. 実施時期. 制限内容. 麻糸. 1956.4─1961.9. 販売数量. 圧さく酵母. 1958.6─1960.12. 生産数量. 塩化ビニル樹脂. 1958.11─1959.3. 生産・販売数量,価格(1958.12─1959.3). セルロイド生地. 1958.12─1959.11. 生産・販売数量,価格(1949.4─1959.11). 塩化ビニル管. 1959.3─1960.5. 生産・販売数量,価格(1959.12─1960.5). 出所:公正取引委員会事務局『独占禁止政策三十年史』,昭和 52 年.p. 141.. 省は粗鋼の生産調整を不況カルテルによって行. 需給の自動調節作用のおもむくままに任せてお. うことは,同業界の内部事情から非常に困難で. くと企業の共倒れ現象が生じ,当該産業に容易. あること,及び今回の措置は鉄鋼業の日本経済. に回復し難い打撃を与えるだけでなく,関連産. における比重と影響力から景気振興の槓杆とし. 業にも重大な損害を及ぼす等国民経済全体に悪. て早急に実施する必要性があることを理由とし. 影響をもたらす恐れがある.このような場合に. て,1965 年度第 2 四半期からこれを実施に移. は,カルテルによって需給の不均衡を人為的に. し,1964 年度下期平均生産量 の 10% 減 を 基準. 調節することもやむをえないと考えられるが,. として各社別に生産限度量を指示した43).. 不況期に安易にカルテルを認めることは,過剰. 1970 年代にカルテルをめぐって提起された. 設備や非能率な限界企業をいたずらに維持温存. 重要な問題の一つとして,行政指導とカルテル. させて当該産業の効率化を防げるばかりでな. との関係がある.具体的には,石油元売各社に. く,需要者や一般消費者の利益を侵害すること. よる石油製品価格の引き上げカルテル,石油. にもなるため,法律で厳格な認可要件を定め,. 危 機 直 後 に お け る「石油需給適正化法」及 び. 一時的例外的にカルテルを許容しようというも. 「国民生活安定緊急措置法」い わ ゆ る 生活 2 法. 45) のである」 .表 2 は 1950 年代に結成された不. の制定過程,あるいは昭和 49,50 年不況時にお. 況カルテルを示している.. ける需要ガイドライン方式についてであった44).. 1965 年不況期に不況カルテルが著しく増加し. ①不況カルテル. た(表 3 を参照) .その理由は以前の不況期に行. 1953 年独占禁止法改正が行われ,その結果,. われた行政指導による生産制限,即ち勧告操短. 第 24 条の 3 項においていわゆる不況カルテル. が数多く見られたが,公正取引委員会が生産調. 制度が,また第 24 条の 4 項においていわゆる. 整を必要とする場合は独占禁止法に基づく共同. 合理化カルテル制度が創設された.不況カルテ. 行為によるべきであり,勧告操短は独占禁止政. ルの立法趣旨は「自由競争経済においては市場. 策上好ましくないとの態度を堅持したため,通. メカニズムを通じて需給が調整され,その結果. 産省等の関係官庁も公正取引委員会の意見を容. 非能率な限界企業が徹退していくものである.. れ,不況のため生産調整が必要とする場合は,. しかし,不況が特に深刻化した場合には,その. 原則として独占禁止法の不況に対処するための. . 43)同上,p. 234. 44)同上,p. 273.. . 45)同上,p. 141..
(13) 日本の行政指導(王). (217). 47. 表 3 1965 年不況期に結成された不況カルテル 品 目. 実施時期. 制限内容. PCP 除草剤. 1964.11─1966.7. 販売数量. 構造用合金鋼. 1965.1─1966.8. 生産数量,価格(1965.3─66.8). 自動車タイヤ. 1965.6─1965.12. 生産数量. カメラ. 1965.6─1966.3. 同上. 砂糖. 1965.7─1966.5. 設備,販売数量(1966.9─1967.2). 厚中板. 1965.8─1966.6. 販売数量. 塩化ビニル管. 1965.9─1966.6. 生産数量. 白板紙. 1965.9─1966.8. 設備. 綿糸・スフ糸. 1965.10─1967.3. 設備,販売数量(1967.1─1967.3). ドリル. 1965.10─1966.9. 生産数量. 塩化ビニル波板. 1965.10─1966.6. 同上. 外装用ライナー. 1965.11─1967.6. 設備. 中芯原紙. 1965.11─1966.7. 同上. マッシュポテト. 1965.11─1966.3. 生産数量. ハードボード. 1965.11─1966.2. 同上. フエロアロイ. 1965.11─1966.9. 生産数量,販売数量. ステンレス鋼. 1965.12─1966.9. 生産数量. 軸受鋼. 1966.1─1966.6. 同上. 出所:公正取引委員会事務局『独占禁止政策三十年史』,昭和 52 年.p. 226.. 共同行為の認可を得て実施するよう指導したこ 46). するためには,企業間の協力が必要とされる場. と等が考えられる .. 合がありうる.例えば,規格の統一,製品の標. ②合理化カルテル. 準化,生産品種 の 制限,副産物・廃物 の 共同利. 合理化カルテル制度の立法趣旨は「企業の合. 用などにより,生産費の引き下げ,技術の向上. 理化は個々の企業の自由な競争及びその結果と. 等の合理化の推進が企業間の実質的な競争を阻. しての企業内における利潤拡大のための努力を. 害することなく達成されることがある.そのよ. まつべきことはもちろんである.しかし,企業. うな場合には,一定の認可要件に適合するもの. 内部の合理化には限界があり,個々の企業が単. について,いわゆる合理化カルテルを実施する. 独では推進しがたい合理化の面を効果的に遂行. ことを認めようというものである.なお,この. . 46)同上,p. 226.. 規定の創設の背景には,わが国の産業における 技術的後進性の克服及び企業合理化の促進によ.
(14) 48. (218). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). 表 4 1950~60 年代に結成された合理化カルテル 品 目. 実施時期. 制限内容. 銅くず. 1955.4─1957.3. 購入価格,購入数量,購入方法. 鉄くず. 1955.4─1974.9. 同上. 綿糸及び綿とスフとの混紡糸. 1955.5─1968.5. 品質規格. 純スフ糸. 1955.9─1971.11. 同上. ベアリング. 1956.7─1966.9. 生産分野. マーガリン及びショートニング. 1959.5─1969.9. 品質規格. 合成染料. 1961.8─1969.1,1970.7─1972.1. 品質規格,生産分野. 麻糸. 1962.3─1967.4. 品質規格. 自動車タイヤ. 1963.7─1967.11. 品質規格,生産分野(1966.2─1968.11). ポリノジック綿. 1963.11─1973.12. 品質規格. そ毛糸. 1963.12─1971.12. 同上. 出所:公正取引委員会事務局『独占禁止政策三十年史』,昭和 52 年.p. 142,p. 226.. る国際競争力の強化という強い要請があった」. 数の企業における損失など)が極めて厳格であっ. とされている47).この立法趣旨に基づいて,表 4. た.第 2 に,手続きが繁雑で認可まで時間がか. が示すように,1950 年代から 60 年代にかけて,. かり,しかも原価計算書など公表したくない資. さまざまな業界で合理化カルテルが結成された.. 料を提出せねばならない.第 3 に,合法的に意 思疎通や相互監視が行える反面,アウトサイダー. 3―3 ガ イドライン方式の登場―行政指導の弱 体化. 的行動を採る企業を抑える決め手がないことで ある.第 4 に,勧告操短が広汎な関連製品で一括. 勧告操短は 1950 年代から 1960 年代前半まで盛. して行われているが,不況カルテルでは不況要. んになり,1966 年の粗鋼を最後として打ち切ら. 件を個別市場ごとに厳密に審査するため,連産. れ,それ以降は過去に勧告操短を実施していた. 品や競合品の一括調整は困難である.連産品を. 業種は不況カルテルを選ぶようになった.その. 調整できないと,不況品種の生産を削った分を. 一番大きな理由は貿易自由化に伴って,通産省. 他の品種に振り向け,減産が尻抜けになる可能. が持っている勧告操短における強力な抑制的措. 性が高い.更に,企業ごとの多角化の違いによっ. 置であった外貨割当権がなくなったことである.. て利害が対立し,競合品を放置して減産すれば,. 勧告操短と比べ,不況カルテルと合理化カルテ. シェアを奪われるだけに終わる可能性がある.. 48). ルはいくつかのデメリットがある .第 1 に,認. 1970 年代にガイドライン方式が多く登場し,. 可されるための要件(価格の生産費割れ,相当. その多くが不況カルテル期限切れのアフター. . 47)同上,pp. 141─142. 48)松井隆幸(1997),pp. 79─95.. ケアとして行われている49).具体的にガイド 49)同上,p. 91..
(15) 日本の行政指導(王). (219). 49. ライン方式とは何かというと,3 つの要件があ. 析を行っている.山内(1984)の研究によれば,. る50).第 1 に,通産省による,業界全体の短期. 行政指導には 5 つの効用がある.第 1 に,行政. (通常は四半期)の需要見通し,又は生産見通. 指導の応急性,第 2 に,行政指導の簡便性,第. しを提示する.第 2 に,それをもとにした各企. 3 に,行政指導の温情性,第 4 に,行政指導の. 業の自主的な生産量決定を任せる. 第 3 に, 個々. 穏便性と第 5 に,行政指導の隠密性が挙げられ. の生産計画の変化が見通しと大きく食い違う場. る52).これは官僚側にとっての便利性を主とし. 合,通産省は「助言」する.このようなガイド. ている.. ライン方式は勧告操短と較べたら,生産量は自. 小野(1999)によると,行政指導と法律は車. 主的に決定され,監視機関も持たないという点. の両輪を形成し,行政指導は「産業政策の神髄」. から見れば,勧告操短よりソフトで間接的な行. ともいえるものである.産業政策の方法論的側. 政指導であると考えられる.. 面から見ると,その多くは法的手段よりも「行. 外貨割当権限を喪失した通産省は,勧告操短の. 政指導」に依存している.即ち,通商産業省が. ような強力な行政指導を放棄せざるを得なかっ. 対象とする業界の広汎さからすれば,同省所管. た.しかし,ガイドライン方式のようなソフトな. の法律がカバーする分野は極めて限られたもの. 行政指導の効果はどのように確保されるのだろ. となっている.又,その数少ない法律そのもの. 51). う.松井(1997)と西田(1973) の分析による. にしても,いわゆる「法律事項」はほとんど存. と,まず,ガイドライン方式は比較的集中度の. 在しないと認められる.まさに,そのことが,. 高い産業に使われやすい.そして,不況の深刻. 産業政策の「ソフト・時限性」という性格を担. さにもよるのである.1970─72 年の不況は二重の. 保してきたのである53).. 意味で重要性を持つと指摘されている.第 1 に,. 1960 年代半 ば,通商産業省 が 全力 で 取 り 組. 大きな需給ギャップから産業の成長見通しに対. んだ特振法の挫折のあとになって,方法論とし. し危機感が生まれ,企業間協調を促したことで. ての「官民協調・コンセンサス」方式の必要性. ある.第 2 に,1970 年代にガイドライン方式が. 及び有効性が再認識されるようになった.その. 実施された 16 業種のうちに 12 業種は不況カル. 結果,行政指導の役割が増大し,世間ないし海. テルを経験し,不況カルテルの期限切れに引き. 外からも「最も通商産業省らしい政策ツール」. 続いてポスト・カルテル政策として,ガイドラ. あるいは「極めて日本的な政策手段」と見なさ. イン方式を実施しているのである.不況カルテ. れるようになっている.また,それはかつての. ルの長期の継続は認められ難い.その代わりに,. ように先の見通せない成長経済下では,それな. 不況カルテルでシェアを固定しておくことによ. りの効果を発揮し,「日本株式会社」の強みの. り,需要見通しにシェアを乗じて生産量を決定す. 原因とも言われてきた54).. るガイドライン方式が導入されやすいのである.. しかし,成熟社会においては行政指導の不透. 4 実証分析:行政指導が行われた内因と外因 4―1 内 因 4―1―1 行政学における原因 行政指導が行われる内因について,山内や小 野などの研究者が行政学と行政法の視角から分 . 50)同上,p. 70. 51)西田稔(1973).. 明性や国際ルールとの乖離が,日本における「行 政の不透明性の元凶」だともされた. これらの行政指導に対する批判に対し,小野 (1999)は行政指導への弁護意見を述べた.ま ず,行政そのものが有する「立法府からの委任」 . 52)詳しくは山内一夫(1984)を参照. 53)小野五郎(1999) ,p. 29. 54)同上,pp. 31─32..
(16) 50. (220). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). という性格から,必然的に法理論上も認められ. 新藤(1992)の研究によって,行政指導が行. ることになる「行政裁量」が有するあいまいさ. われた理由は第 1 に,官僚にとっての行政指導. からしても,不可避に存在することになる.そ. のメリットである.行政指導による行政の迅速. うした曖昧さは,産業政策のような「臨機応変」. 性や,日常的な行政裁量による行政の妙味,不. が期待される場では,単に欠点というだけでは. 作為への批判の回避,損害賠償請求の回避,対. なく,それなりに意義を認めざるを得ない.行. 象集団の確保と行政の安定などという便利性が. 55). 政指導は成文法の限界を補完するもの ,世論. 挙げられている.第 2 に,行政指導の相手方に. の支持があることと個別効果よりも総合的効果. とって,例えば,共同行為のカモフラージュと. が期待されるものであると認識されている.ま. して業界は官僚制の蓑の中に隠れることによっ. た,小野(1999)は行政指導を以下の 4 種類に. て,共同行為が可能となると説明されている.. 分ける.第 1 に,法的権限に準ずるもの56),第. 4―1―2 日本の官僚制における原因. 57). 2 に,法令 を 補完 す る も の ,第 3 に,金融・. このことを更に深く追究すると,日本の行政. 税制等助成策を絡めたもの58),第 4 に,臨時的. 指導を生み出す官僚制の構造の特徴から言え. なもの. 59). である.. . 55)行政指導は成文法の限界を補完するものと いうのは 2 つの点から考えられる.まず,法律は 時日を要するものであるため,どうしても予測で きない新規の問題や緊急案件には対処できないか ら,行政指導はそれを補完し,緊急性へ対応する ことができる.また,法律に規定しうることには おのずから限界があるため,完全に脱法行為を防 止することは不可能であるため,行政指導は脱法 へ対応できる. 56)例えば,外為法の権限に基づいて,住友金 属と住金以外との間で生産調整基準をめぐって対 立 が あ り,当時 の 佐橋滋事務次官 が「生産指示 に 従わないのであれば,輸入炭の割当を削減する」 旨宣言して,事態が解決に向かったという例が有 名である. 57)例えば,新しい経済犯罪や緊急事態の発生 などに伴い,近々立法することが決まっている事 項について,法制定までの「つなぎ」として行う もの. 58)例えば,将来に向けての指針・ビジョンを 産業界全体上げて実行しようという場合に,アウ トサイダーあるいはフリーライダーを防止するた めに行うもの. 59)例えば,オイルショック等の異常事態の発 生に際して,産業界に協力を求めるもの.実際の 事例として,オイルショック時のアセアンに対す る肥料・農薬輸出がある.オイルショックによる 品不足の影響で,日本の大手商社がアジア各国と の肥料・農薬の輸出契約を破棄するという問題が 発生した.このため,各国から「何とかしてほしい」 という要望を受けて調査したところ,契約料には 全く満たないものの多少の在庫量があることがわ かった.そこで, 「アジアとの友好」という長い目. ば,第 1 に,伊藤大一は行政指導の特質として, 行政指導が不完全主義を前提としていることで ある.つまり, 「政策目標と現状の間のズレが 確率的であれば,むしろ現状に妥協して,目標 自体を切り下げる」不完全主義ないし弾力的対 応を基本としているとする.第 2 に,行政指導 は,「関連あるほかの事案との相対比較,優先 順位を考慮しつつ,他者指向的に決められるこ とが少なくない.言い換えれば,行政指導は複 数案件ないし多数当事者の要求を一括して処理 するのに適している60)」とする.第 3 に,大森 彌の研究により,中央省庁の組織構造を特徴付 けている「大部屋主義」61)も挙げられる.最後, 日本の通産官僚の話を借りて, 「日本の企業は 業界というグループを構成しており,その中で アウトサイダー的な行動はとりにくい.また特 に大企業は,自分たちで業界を構成していると いう意識が強く,業界の秩序が混乱して自らの 基盤が脅かされるのが嫌う.こうした業界秩序 . に立つよう各社を説得し,それぞれの保有在庫量 を既契約量に応じて配分してもらうことにした. そ れ に よって,戦中 の「大東亜共栄圏」に 対 す る 警戒心からアセアン総体としては日本との接触を 拒んでいた構成各国が軟化し,初めて「日本=ア セアンフォーラム」が開催されることになった. 60)伊藤大一(1981) . 61)大森彌(1986) ..
(17) 日本の行政指導(王). は,行政に保ってもらえばコスト・ゼロであ 62). (221). 51. たのである67).. る 」.また, 「通産省の行政指導の技術面にお. 繊維産業に当てはめると,戦前から戦後の日. ける第 1 の特色は,業界・業界団体が,行政指. 本繊維産業発展の歴史から見れば,業界団体の. 導の受け入れ窓口兼個々の企業に対する指示の. 役割は非常に目立つのである.理由として,ま. 徹底化のためのエージェントになっていること. ず,戦前の 11 回にわたって行われてきた操業. である63)」 .さらに,新藤(1992)によると, 「行. 短縮において政府からの行政指導はきわめて強. 政指導の技術面における第 2 の特色は業界・業. 力ではなかった.代わりに,日本紡績連合と言. 界団体が役所の『片割れ機関』となって指導の. う業界団体は重要な役目を果たした.戦前日本. 中身を決め,時には業界団体の発案したものを. の紡績業操業短縮の歴史を見て,それは独占化. 役所がオーソライズし,個々の企業に対する指. の歴史でもあるともいえるだろう.その中で紡. 示の徹底化を図っていることである64)」と述べる.. 績業連合はカルテル形成において重要な役割を. 西欧諸国 の 場合,仮 に 近代化 の 原動力 と し. 果たし,政府と業界のパイプ役でもある.第一. ての官僚制というものがあったとすれば,そ. 次大戦後,5 大紡即ち大日本紡,東洋紡,鐘紡,. れ は自己完結性 を持ち,名実ともに近代化政. 富士紡,日清紡がカルテルの主導権を握って,. 策の担い手となる「活動集団」65)を指すもので. 自己に有利な形で操短を推し進め,中小資本の. あった.こ れ に 対 し,日本 の 場合 に は,儀式. 主張はまったく無視されてしまった.しかし,. と実務の間に分裂があり,そのこととの関連. これらの中小資本は利潤最大化を追求するには. で,官僚制の自己完結性が著しく弱められて. しばしばカルテル破りの行動を行っていた.そ. いたという指摘がある.すなわち,ここでは,. こで,監督と罰則は次第に行われ,例えば第 1. 行政幹部が儀式を独占する半面で,実務が拡. 次操短では監督は各府県知事に委嘱していた.. 散し,官僚と民間人によって分有されること. 第 3 次の操短から紡連内に専任の監督員を置い. の結果として,官僚制の外延が著しく不明確. て各社を視察させ,また第 3 次の第 2 回操短決. になっている.言い換えれば,官僚の世界と. 議では付帯決議を行って制裁方法までとってい. 民間人 の 世界 と の 間 に,大規模 な 相互浸透作. た68).. 用が起こっているのである.そのため,日本. また戦後になって,政府が繊維産業におけ. では,官僚制が行政という相対的に閉鎖的な. る勧告操短を指導したが繊維業界もその中で. 活動体系 の 組織化 で は な く,む し ろ,民間人. き わ め て 重要 な 役割 を 果 た し た.1882 年 10. まで含む,その意味で底から抜けた──とい. 月に創設された紡績業連合は幾多の変遷を経. う表現が悪ければ,開放的な──組織として. て,戦後 1948 年(昭和 23 年)4月に日本紡績. 66). の 性格 を 強 く 持 つ こ と に なった .つ ま り,. 協会として再組織された.2011 年 5 月までは. それは体制ないし支配過程全体の組織化だっ. 16 社69)の会員を抱えている.日本紡績協会の. . . 62)「通産省 の 行政指導」行政管理庁『行政指 導に関する調査研究報告書』,1981. 63)同上. 64)新藤宗幸(1992),p. 115. 65)Fritz Morstein-Marx, “The Higher Civil Service as an Action Group in Western Political Development ”, in Bureaucracy and Political Development, ed. By J. LaPalombara, 1963, pp. 62─ 95. 66)伊藤大一(1980),p. 26.. 67)Bernard S. Silberman, “The Bureaucratic Role in Japan 1900─1945” , in Japan in Crisis, ed. By B. S. Silberman and H. D. Harootunian, 1974, pp. 183─ 216. 68)新藤宗幸(1992) ,p. 115. 69)ユニチカ,東洋紡績,シキボウ,ダイワボ ウホールディングス,倉敷紡績,富士紡ホールディ ン グ ス,日清紡 ホール ディン グ ス,日東紡績,龍 田紡績,オーミ ケ ン シ,長谷虎紡績,旭紡績,綾 部紡績,ユウホウという 16 の株式会社からなる..
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