学生交流に見る高等教育の国際化 東洋大学 1985
∼2006
著者
宇田川 晴義
著者別名
Haruyoshi Udagawa
雑誌名
dialogos
号
7
ページ
19-47
発行年
2007-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00004987/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja学生交流に見る高等教育の国際化
東洋大学 1985∼2006
宇田川 晴義
目 次 本稿の目的 はじめに rP教審答申q974) 国際化の三指標 留学生IO万人計画(1983) 外国人留学生の推移 日本人留学生の推移 東洋大学の国際交流一1980年代 東洋大学の国際化一私費留学生数 大学間交流協定件数 東洋大学の海外協定校 東洋大学の留学制度 協定校交換留学制度 ISEP交換留学制度 短期語学研修 結び 注・参考文献20 〆手: 出 llll|青 義
本稿の目的
本稿の目的は、日本の高等教育の197〔}年代から199(1年代にかけての国際 化の歩みに、199,・O年代の揺藍期から現在に至る東洋大学の国際化の歩みを 重ねて、その国際化θ)基盤整備の一端を、東洋大学国際交流センターの学生 交流事業である「交換留学生の受入と派遣」そして「海外語学研修」の推移 を通して検証することである.本学の私費留学生は、1985年当時1(IO人で あったが、2006年度は543人にまで増加している 同様に、交換留学生のプログラムは、1990年に開始以来、受人は179人になり、派遣は181人を
数える 海外語学研修は、1983年に開始以来、2006年度までに総計L768
人が参加している はじめに 19・9,・O年代から1990年代にかけて、アメリカのレーガン政権、イギリスの サッチャー政権、フランスのミッテラン政権そしてソ連のゴルバチョフ政権 と世界的に改革の嵐が吹き荒れた時代であった.教育の分野でも、各国が国 際的競争力の保持を目的とする教育改革が提案され実行に移された時代であ る.その代表的な教育改革が、レーガン政権In[‘とサッチャー政権‘イロの 改革であった, 同じ1980年代に日本の政権を担い、この世界的変革を共有した政権が中 曽根内閣である一/当時、日本は国家、大学など組織そして個人レベルで国際 社会との通用性、交流性、開放性を目指した時代であった。1980年代、「国 際化」は時代そして社会の要請であり、高等教育の世界の改革のキーワード であり、教育・研究活動の国際化がスローガンになった時代である,.当時の 高等教育の国際化の課題は、欧米諸国と対等な立場で学問と人材の交流を行 う基盤を整備することであった.さて、国際化の意味を定義することは容易ではない なぜなら、日本語の 国際化の意味するところが、たいへん多義だからである その日本の高等教 育の国際化の大枠を捉えて、江淵は、「1本語の国際化の概念を、英語の “internationa]ization“の概念との比較から違いを説く‘’13. 英語の“internationalization“の原義、”To make international in rclations. efi’ect. or scope. esp.、 to place under international control or protectioll.”lu4は、その国 際化の対象は、自分ではなく他者であるから「他動詞としての国際化」であ り、その一方、日本での教育の国際化は、自らを国際化の対象とし、自らを 外にある対象に近づけ「一になる」、すなわち「自動詞としての国際化」で あると説明する 1970年代から1980年代の国際化は、欧米諸国と対等な立場で学問と人材 の交流を行う基盤を整備するための「自動詞としての国際化」であったこと は事実である.=国際化揺藍期の時代に必要であったのは、諸制度を国際化す る、すなわち外の世界との価値・システムそしてルールを共有化し共同化す るための基盤整備であったからである、、その基盤整備が、外にある対象に近 づける「自動詞としての国際化」になったのである. 中教審答申(1974)
日本の高等教育の国際化に向けての動きは、1971年のOECD教育視察団
の四提言、「L外国語教育の改善、2.外国留学の正式認定、3.外国人への 日本の教育機関の開放、4.世界性を持つ人材の育成」を嶋矢とするのが定 説である.そして日本の留学生問題が政策課題として出てきたのが文部省の 中央教育審議会の答申「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための 基本的施策について」(1971年11月)そして1974年5月に出された同審議 会の文部大臣への答申書「教育・学術・文化における国際交流について」で ある その1974年の答申書の前文は、わが国の国際化への提言として「…ま ずもって、国際理解と協調の精神をもち、国際社会において信頼と尊敬を受22 弓…:出川日青義 けるに足る日本人の育成に積極的に取り組むとともに、相互の連帯発展向上 の基盤となるべき教育・学術・文化における国際交流活動を、国内における これら振興策を踏まえて抜本的に改善し拡大しなければならない」と述べる、 そして、具体的提言として、1.国際理解教育の推進、2.外国語教育の改善、 3,大学の国際化、4,海外子女教育・帰国子女教育の充実、5.留学生受け入れ、 6,日本語教育の振興の6項目の改革が提言されている、ここに、1970年代 の教育国際化の揺藍期の精神が表れている すなわち、大学の国際的役割と 国際理解のために教育研究を奨励し、学生、教師の国際交流推進を訴えるこ れら提言は、外の世界と価値・システムそしてルールを将来、共有化し共同 化するための基盤整備の必要性からの提言だからである
国際化の三指標
1980年代、日本の大学は、それぞれの国際化の基本的課題が何か、いか にして国際性を持たせるかの検討を重ね、国際化に向けて歩みだした時代で ある一喜多村はLi’1’ St、日本の高等教育の国際化を計る三指標を提示した。す なわち、db通用性=「自国の文化が国籍・民族・文化を異にする世界に対 して、認識や評価の面で承認され、受け入れられ、ないしは理解されること」、 (2)交流性=「国籍・民族・文化を異にする人間間の交際・交流・交渉の活 発化」、そして(3)開放性=「異質な文化を背景とする人々を制度のみなら ず意識のレベルで、自国のものと対等な立場で、自分のグループないし組織 に受け人れること」の三指標である、 その三指標の具体的な課題が、学術研究、高等教育が外国人研究者を受け 入れる通用性であり、外国人研究者との交流、共同研究や留学生の受け入れ・ 派遣する交流性、そして外国人研究者を日本人と同等の地位と資格で受け入 れる開放性である「 この三課題は、少なくとも1960、1970年代の高等教育の国際化の課題と比べると、国際化にパラダイム・シフトが生まれている一黄福寿は、1960 年代までは、国際化は、国際研究、国際化プログラム、異文化間プログラム、 外国地域研究、非西洋研究などの比較的、国際的研究、すなわち‘」inteinational education”ェ国際化の内容であったと述べている」‘‘これらの国際教育を”受 信型’国際化と括るならば、三課題の実現を目的とする国際化は、外に向け ての“発信型国際化へと国際化がパラダイム・シフトしていることが分かる
留学生10万人計画(1983)
1980年代は、日本は、国家レベル、大学などの組織レベル、そして個入 レベルで、国際社会との通用性、交流性、開放性を目指した時代であった. この1980年代に政権を担い、世界的変革の時代を共有した政権が中曽根内 閣である・ 1983年、中曽根康弘首相は、アセアン諸国を訪問して間もなく、21世紀 の初頭までに国費留学生を1万人、私費留学生9万人を受け入れる計画を発 表する.IO万人という数値目標は、当時のフランスが受け入れていた留学 生がほぼ10万人であったことから、目標数となったと言われる、、当時(1983 年)の日本が受け入れていた留学生数は、IO.428人、日本からの留学生総数 は18,066人であった、 1983年6月、中曽根首相の要請で生まれた「21世紀への留学生政策懇談会」 は、同年の8月に、「21世紀への留学生政策に関する提言」(通称、留学生 IO万人計画)を提出する,この「二f一世紀を望む日本にとって、留学生 政策は、その文教政策、対外政策の中心に据えてしかるべき国の重要な政策 の一つ」と主張し、提言には、21世紀初頭に留学生受入れ規模を先進国並 みの10万人を実現するために、以下の施策が出された、 (O留学生受入れ体制の整備 (2)日本語教育体制の改善 (3)帰国留学生に対するアフターケアーの充実24
宇田川晴義
(4}民問団体等の留学生援助活動の充実と連携・協力の確保 (引留学生政策の推進のための財政ヒの配慮 1984年,内閣総理大臣直属の審議機関として認可された臨時教育審議会 は、1.21世紀に向けての教育の基本的な在り方、2,生涯学習の組織化・体 系化と学歴社会の弊害の是正、3、高等教育の高度化・個性化、4.初等中等教 育の充実・多様化、5教員の資質向一ヒ、6.国際化への対応、7.情報化への対 応、8.教育行財政の見直しの8項LJの主要課題を掲げて調査審議を行った そして、1985年の第一次答申に於いて、改革の必要性がある課題としての 以下の6項目を取上げた (D海外f女・帰国子女教育への対応と国際的に開かれた学校 (2)留学生受け人れ体制の整備 (3)外国語教育の見直し (4)日本語教育の充実 (5)国際的視野における高等教育の在り方 (6)主体性の確立と相対化 1980年代の後半、日本経済は、1985年のプラザ合意により、急激な円高 が進行し、経済規模が急拡大する.プラザ合意の翌Hのドル円レートは、1 ドル215円であったが、1年後には120円台にまでなる急激な円高となり、 その結果、外国資産買いや、海外旅行がブームとなる この急激な円高が、 バブル経済を招いた訳であるが、それは同時に、「留学生10万人計画」には プラスの風となった 即ち、バブル経済の進展により、「10万人計画」の実 現に必要なさまざまな施策を支援する政府予算が増加したからである㌦川 1986年の第二次答申.19R、 7年4月の第三次に続いて8月に最終答申が提出 された.最終答申は、今次教育改革の基本的な考え方として,「個性重視」,「生 涯学習体系への移行」,一国際化・情報化など変化への対応」のE原則を示した。政府は、最終答申が出る前、第2次答申が出た後、1986年(昭和61年) 5月1日の閣議にて、「臨時教育審議会第二次答申に関する対処方針」とし て閣議決定され、「10万人計画」を政府施策として決定する∴パ
外国人留学生の推移
以下の図表Aは、1983年(昭和58年)から2005年(平成17年}までの
外国人留学生の推移である。1990年の受入は41.347人、1993年は52,405人, そして、その後、n本の留学生の受入数は急激に増加し、2003年(平成15年) には前年より14.6%増の109,508人となり、初めて目標の10万人を突破した この間、各大学は、留学生の受入に積極的に取り組み、結果として大学の「外 の世界との交流性そして開放性」が著しく進展した時代であった。2005年( 平成17年)には、前年度より4,510人(3.8%)増の過去最高の121,812人 に達している。男女別では、男子50.7°/,、女子49.2%である。 (図表A) 外国人留学生の推移1983−2005(平成16年5月1日現在)㌫
1tq〔〔0 1〔Lco:) 1〔qロlh 9〔∼〔〔迫 Ud4ローu 7[v工[1 0qu⊥1 5Ll、⊂1]:t 4Lb“ll 、‘‘ユ白v〕 2q「「’、 1 CL 1)−n ヨ召和5eさ9 乃1一 冗1 Cご m F.di元三 1 4 。 FJ 7 Ll 9 」、 11 1: 日 ]斗 1「 16 ↑マ串豆 (参照)日本学生支援機構(』ASSO) 留学生受け入れの概況(平成17年度版)26
宇田川晴義
咽表B) 出身国別留学生数1平成16年51jlH現在:・ 国く地域)名 留学生数 構成比 中国 80592人 (77,7131 66.2% {66.3、 韓国 】5、606人 ll5,533) 128% U32). 台湾 4.B4人 (4、096ノ 3.4% 〔35) マレーシア 2Jl4人 〔2.OIO) [.7% q.7) ベトナム L745人 (1570} L4% q.3) タイ L734人 (L665} |.4% 〔1.4). アメリカ 1、646人 U、456) 1.4% (1.2/ インドネシア 1、488人 (L45川 L2% (L2} バングラデシュ L331人 (Ll26) Ll% q.0) モンゴル 924人 (806) 0.8% (0.7) スリランカ 907人 (764) 0.7% (0.刀 ミャンマー 651人 (59D 05% (05) 、 o sバール 617人 (462) 05% (o.4> フィリピン 544人 (525) 0.4% (0,4) インド 410人 (327) 0.3% ω,3) フランス 380人 (339) 0.3% (0.3) ロシア 346人 ほ66) 0.3% (03) ブラジル 338人 (330) 03% (0.3) ドイツ 336人 (315) 0.3% (0.3) イギリス 326人 (35D 0.3% (0.3) オーストラリア 300人 (348/ 0.2% (0.3) カンボジア 298人 (283) 0.2% (02} カナダ 279人 (256) 02% 10,2) ラオス 266人 (263) 02% (0.2) イラン 235人 (227) 0.2% (0,2) エジプト 219人 (237) 02% (0.2) トルコ 164人 (157) 0.1% (0.D ブルガリア 145人 (128) 0」% (o.D ウズベキスタンB9人
(127) 0.1% (OD メキシコB7人
(133) 0.1% (0,D その他 3.461人 (3347) 2.8% (29) 計 121β12人 dl7.302) |00.〔}% (10〈),1)) (参照)日本学生支援機構(JASSO)留学生受け入れの概況(平成17年度版)日本人留学生の推移
図表C〔Study Abroad−Nuniber of Japane.s’t’ Students l983−2000)は、1983年か ら2000年の期問の日本人留学生の総数〔棒線)の推移と、留学国先(点線} 人数の推移である 図表Cの次に、2005年度の日本人留学生の留学先の一ヒ位 10力国とその人数を示したが、留学先は米国が60°。である 図表D(Japanese Students in the US.1954−20e4}により、1954年から2004年σ)期間の米国日本 人留学生の総数の推移が分かる 1984年から2000年の期間、米国への日本 人留学生が3倍も増加していることを示している (図表C)Study Abroad
Number of Japanese Students(1g83−2000)
‘pa:so:b.‘ 10c卯o eo OftS 二46「‘‘v 勒‘ユLWO 400M〔E Lh 1兜ヨg況]碗ら1螂)球丁[︾
フ 1謝1⑳」‘1寧パ」9219コol99419 ー叶川[は‖
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ご三 ≦ NCte;The nt」購b6r◎f ind}vl醐1s who e眠e study「㎎aOre己d for etftrc且tiun纏{研tra輌ntng【遵∬培ses or to l飽rn te叢hnlca{sk[lls 、 Sour⊂e『Web Japan, Educatlon, Japa∩ese StL]dents Overseas「h甘p,・web.iapan.org stat/stats’16EDU62,btml Minltryof Just‘ce28 二」・:[日 ltl H青義 日本人の海外留学国上位10力国と留学生総数(2005年度)
(国名) W} 咽名) (人)
米「司 45、960 フランス 1.483中国 16.084 カナダ L460
イギリス 5.741 韓国 721
オーストラリア 3271 ニュージーランド 502
ドイツ 2:, 17 オーストリア 284 (参照・Open DooTs. ll 2004∼200s掲載. (図表D)Japanese Students in the U.S
1954−2004
50、000 45ρ00 40,000 35,000 30,000 251000 20.000 15,000 10ρ00 5,000 o寸1≒ぎ欝響』る富…き浮警響る七響箋攣雀響合¥wmpst ば) ⑩ 「S 卜・ ド ト、 卜 OO OO OD Oつ OO σ〕 σ) σ) σ) σ) O O O σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) σ) o oo
r ←一 ▼一 ▼− r r−一 ▼一 ▼一 ▼一 ¶− r T 1− 1− r ▼一 ▼一 ぐv CM N (Open Doors, IIE 2004/2005)東洋大学の国際交流一1980年代
本学の国際化への推進活動が開始されたのも、プラザ合意の1985年(昭和60年)の頃である 東洋大学の国際化の基本的課題を検討し、いかにし
て国際性を持たせるか検討を重ね、国際化に向けて歩みだした時期であ
る.,ny 先ず、1984年、当時、西忠雄学長のもとで創立100周年記念事業の一環 として、国際交流実施の検討・推進が始まる その成果が、本学の国際学術 交流の最初の協定、1985年10月、復旦大学・華中理工大学(現華中科技大学}・ 上海対外貿易学院の中国三大学であり、1985年ユ2月、フランスσ)アルザス 4大学との協定締結である 1987年(昭和62年)、創立IOO周年記念事業年に、教務部に国際交流課 が設置される そして、翌年、1988年、学則第49条1項に基づき、「東洋 大学国際交流センター規定」が制定され、国際交流センター、国際交流セン ター会議、国際交流センター所員会議が設けられ、下記の国際交流事業を行 うことが規定される (D外国人招聴教員、外国人研究員等の受け人れ (2)外国人留学生および帰国子女の受け入れ (3)本学学生の海外留学および海外研修 (4)国際的な学術会議および講演会等の開催 (5)学術出版物、資料および文献の交換 (6)その他国際交流の推進に必要な事項 (7)日本語・日本文化講座の開講 (8)その他,国際交流の推進に必要な事項 上記の事業には、外の世界との通用性、交流性そして開放性の国際化の課 題が反映されている、これは、本学の国際化に特有の課題というよりも、当 時、一部の大学を除き、多くの日本の大学が抱えていた国際化への整備課題 であった30
宇田川晴義
東洋大学の国際化一私費留学生数
以下に、JASSOの調査(平成17年度版)から、留学生受入れ主要大学上 位10校を、国立大学と私立大学に分けて表示した、国立大学
1.東京大学 2.111 2.京都大学 1277 3.東北大学 1」73 4,筑波大学 IJ63 5,名古屋大学 L150 6.九州大学 1」〔B 7.大阪大学 1,029 8.東京工業大学 982 9。神戸大学 963 10、千葉大学 818 (参照) 主要大学上位10校 私立大学 1.早稲田大学 2.立命館アジア太平洋大学 3.大阪産業大学 4.日本大学 5,拓殖大学 6,国士舘大学 7.流通経済大学 8.東京国際大学 9.立命館大学 10.帝京大学 1,949 1,884 1,259 1,100 1,084 1,071 1,026 883 836 808 口本学生支援機構(JASSO) 留学生受け入れの概況(平成17年度版) 次に、東洋大学の私費留学生の1985年から2006年に至る推移の一覧(表E)を下記に示した・この20年間で、1985年当時の100人から2006年には
543人と5倍も私費留学生が増加している。この10年間の私費留学生の大
量増加は、東洋大学だけでなく、日本の大学に共通したものである.東洋大 学の場合は、この増加の最大の理由は、2000年に国際地域学部が新設され た結果、多くの私費留学生の受入れが可能になったためである、出身国別の 一覧が示すように中国からの留学生が80%近くを占めている、(図表E) 東洋大学私費留学生在籍数の推移 (1985∼2006)
「言名
1985 1986 N度 年度 l l987 @年度 1988N度
1989 N度 1990 N度 1991 N度躍」
ト。国
10 19 37 97 130 157 台湾 「出身国 @不明 75 88 ll2 103 87 72 韓国 II+1身国 s明 18 57 31 36 46 43 マレーシア 14 12 10 13 10 11 その他 9 17B
13 lI 11 合計 100 95 126 193 203 262 284 2941 1 国名 1993N度
1994N度
1995N度
1996N度
1997 N度 1998 N度 1999 N度 2000N度
中国 154 147 152 137 150B4
151 182 台湾 53 55 40 32 38 38 40 37 韓国 46 52 67 75lB
125 124 125 マレーシア 15 13 9 5 0 0 1 1 その他 10 ll ll 7 Il 18 16 20 合計278
278
279
256
312 315 332 365」 国名 2001N度
2002 N度 2003N度
2004 2005N度
年度 2006 N度 中国 232 304 374 449 397 438 台湾 23 19 17 19 10 14 韓国 112 91 83 74 43 52 マレーシァ 2 4 5 6 5 4 その他 21 19 23 29 14 35 合計 390 437 502 577469
543 国際交流センター事務局作成 平成18年11月日本の大学間交流協定件数
文部科学省が通常述べる大学等間交流協定は、両国の大学等が教育・学術 の相互交流の必要性に基づいて独自に締結を行う協定(覚書等を含む)とし、 学部、大学院、研究所等間の協定等も対象としている、.その交流の内容とし32
宇田川晴義
ては、日本人学生の派遣、外国人学生の受入れ、共同プログラムの実施、研 究者の相互交流、共同研究の実施、国際シンポジウムの開催、情報交換等で ある. 下記のグラフ(図表1,:)が“示すように、大学等間交流協定に定められた 交流プログラムの事業を展開するために、海外の大学と交流協定を締結する 大学の協定総数が、1995年(平成7年)3、881件であったが、2004年(平成 14年)には、10、Ol4件にまで増加している一特に、私立大学の協定件数が 5、060件と、国立.公立大学の合計数よりも多い件数となっている= (図表F) 海外交流協定締結件数 (件) lo.oool 8,000 6,000 1’ 4.ooo 2,0・oo「 4001 300・ 200・ 1〔}o・ o・ ○態数 ▲私立大学 圃立大宇 公立大学 愈 Ptこ学共圏罰涕用機関 工コ 高等専門学校等 ia、o情 θ.sフ3 フ.4㈱ 5.06[1 3.8田 ’4、32? 3β81 3・2ao ・・』』包B23 a5532・810. 3.,?69 2・口” 21フ91 “K、5eo 22G9 1..梱9 22、し’ 355隅_望一士葦≡一,、・㍗24
95 s7 98 gg oo 〔}l o2(隼) 文繍学鴇汰臣富房͡曖謂整鐘劉ぺこの調査は、文部科学省が、国公私立大学、国立短期大学、大学共同利用 機関、国、「)1高等専門学校等を対象に毎年実施しているものである 文科省は、 平成16年lo月|日現在の大学等問交流協定締結状況を調査し公表している 以下、上記のグラフと重複する年度もあるが、この調査には、従来の大学間 協定校に加えて、新しい交流形態で丈科省が推奨するコンソーシアム形式の
件数(表2}が初めて報告されているので、参考に以下の項目を引用す
る ci[a大学等間交流協定締結数の推移(平成16年10月1日現在)
表1.協定数の推移(設置形態別、年度別) 単f立:件数 国立大学 公立大学 私立大学 その他 協定総数平成12年度
2,791 184 3260 826317
平成13年度
3,823 320 4540 ‘ 196 8,879平成14年度
4,3225」)6・1 277
lo,ol4平成15年度
4,674 393 5フ24 298 lLO89平成16年度
4,788 3625・6041 538
1L292 表2.我が国の大学等におけるコンソーシアム形式の協定の締結数(設置形態別) 単位’件数 国立大学 公立大学 私立大学 その他 コンソーシアム協定総数平成16年度
40 3 39 1 83 注:本調査では、コンソーシアム形式の協定数は15件 ヒ記の数値は、我が国の各 人学等がコンソーシアム形式の協定を締結した数の合計34 宇田川晴義
主な協定相手国
平成16年度に我が国の大学等が最も多く協定を締結している相手国は、 アメリカで2.105件(全体の18.6%)、中国の2.054件q8.2%)、韓国の LI4g件(10.2%)である、 表3.協定相手国の上位5か国(設置形態別) ( )は設置形態別該当国の構成比 ’10成16年10月1日現在 国立大学 公立大学 私立大学 全体 1位 中国 955件 88件 1,299件 2,105件 199% 中国 24.3% アメリカ 23.2% アメリカ 18.6%2位
アメリカ 629件 73件 944件 2、054件 13.1% アメリカ 202% 中国 16.8% 中国 18.2%3位
韓国 522件 40件 528件 Ll49件 109% 韓国 11.0% 韓国 9.4% 韓国 10.2%4位
ドイツ 242件 20件 383件 634件 5.1% オースト 宴潟A 5.5% イギリス 6.8% イギリス 5.6%5位
タイ 230件 19件 283件 488件 4.8% イギリス 5.2% オースト 宴潟A 5.0% オースト 宴潟A 4.3% 協定総数に占める交流内容(設置形態別) 単位:件数 学生交流 単位互換 共同プログラム 教員・研究@者交流
事務職員交@ 流
国立大学 4,252 L628 34455
1,171 公立大学 303 40 0 314 34 私立大学 5,174 L661 57 4,149 LO76 その他 84 2 0 521 43 合計 9β13 3,331 60 9,439 2,324 大学等問交流協定締結状況等調査(V一成16年10月1口現在)平成16年10月1日現在東洋大学の海外協定校
本学も、1987年の創立100周年記念事業年に、教務部に国際交流課を設 置し、本格的に国際化の歩みを始める 1990年、国際交流センター規定第3 条によりセンターの事業事務を担当するセンター事務室を設ilするこの間、 海外協定校も当初(1985年∼1995年)の下記1]校から、1995年から2005 年の間に協定校となった9校を合わせると現在、台湾を含めて10力国20校 にまで拡大している一 1985年度締結協定校 中国:復旦大学・華中理工大学嘩中科技大学)・上海対外貿易学院 フランス:ルイ・パスツール大学(ストラスーブール第・大学)・ マルク・ブロック大学(ストラスーブール第二大学) ローベル・シューマン大学(ストラスーブール第三大学) 1987年度協定校 アメリカ:モンタナ大学1990年∼1994年協定校
ドイツ:マールブルグ大学 アメリカ:オレゴン州立大学 アイルランド:ダブリンシテイ大学 インドネシア:スラバヤ工科大学1995年∼2006年協定校
韓国:韓国外国語大学、東国大学、大邸大学 中国:中国人民大学、大連外国語大学 アメリカ:ミズーリ大学セントルイス校 オーストラリア:セントラル・クイーンズ大学 台湾:天主教輔人大学36
宇田川晴義
ベトナム:ベトナム国家大学ホーチミン校人文社会科学大学東洋大学の留学制度
本学の留学制度は、協定校交換留学、iSEP(lnternational Exchange Student Pmgram)交換留学そして各自が学位授与権のある海外の大学へ出願し留学 する認定留学制度からなる.英語圏、ドイツ語圏、フランス語圏、韓国語圏、 中国語圏の各言語圏別の選抜試験に合格した者は、休学することなく留学が でき、留学中に修得した単位は本学の卒業単位として認定され、また奨学金 が付与される,学部1∼3年生、本学大学院出願予定の学部4年生、大学院 生がllM願できる一1985年に開始以来、現在までに受け入れた学生数は179人を数える、
2006年度は、6力国14大学から、これまで最大20人の留学生を特別聴講生 として受け入れている、そして本学学生の派遣は、これまでに181名を選抜 派遣し、2006年度は同数の6力国14大学へ20人を派遣している・、協定校交換留学制度校
本学との間で学術交流協定を結んでいる大学と学生交流に関する覚書を交 わし、交換留学を実施しているプログラムが協定校交換留学であるtt以下の 10校と学生交換を行っている 協定校名 U.M. (The University ofMontana} D.C.U, (Dublin City University) P.U.M. (Philipps−Universitaet Marburg) O.S.U (Oregon State University) U.M.S⊥.(Universlty ofMissouri St.Louis) U.R.S. {Universite Robert Schunian) 協定締結年 (1987.9∼) (1990.9∼) (1991.4∼ ) (1997.8∼ ) (2000.5 ∼) (2001.2∼ )U.M.B. (UIliversite Marc Bloch) U.L.P. (Universite Louise Pasteur} D.し「. (韓国 大邸Umversitv) 大連外国語大学 (2001.5 ∼ ) (2001、4 ∼ } (2004.2−} (2007,9 ∼ 1
ISEP交換留学制度
本学は、2004年にISEP(lnternational Exchange Student Prograin}に加盟した ISEPは、1979年にアメリカ政府広報文化交流庁(USIA)の助成によりワシ ントンD.C.に設立されたNPOの大学連合組織(コンソーシアム)である米国大学が、131校、世界37力国265大学が加盟している、本学は、2005
年度から本制度による交換留学を開始し、2007年度は、アメリカ10大学か ら10名を受け入れ、本学学生を10名派遣している ISEP加盟は、2003年4月に文科省が発表した「先導的留学牛交流プログ ラム支援制度」に応答するものである.この支援制度は、学生交流を目的と し、日本の複数の大学が連合体(コンソーシアム)を形成し、同じくコンソ ーシアムを形成した海外の大学と「大学コンソーシアム間交流協定一を取り 交わすことを推奨し、派遣交流留学生に対し給付金を出すことにしている 従来のJASSO(日本学生支援機構)も、2003年度より、新しい支援制度に より、従来の奨学金制度の変更をした それまでは、各大学が個々に開拓した協定校と1対1の関係の留学生交換に奨学金支援をしてきたが、2003年
以後は、協定校間の留学生交換への支援を止める方針に変更している 個々の大学が、留学生受け入れ、そして派遣に必要なコストが、これから ますます増えることが確実であることを考えると、今後は、協定校交流によ る学生交換に代わって、コンソーシアムとの交換留学が主流になると考える その理由は、協定校交流の場合、協定に至る手続きと時間、そして、教員個 人の負担などがあまりに大きいからである JASSOも、「大学コンソーシア38
宇田川晴義
ム間交流協定」を取り交わすことを推奨している.ISEPに加盟している日 本の大学は中京大、関西外大、南山大、立命館大、立命館太平洋大そして東 洋大の6校である (図表G> 派遣年度 1990∼1991 1991∼1992 1992∼1993 1993∼1994 1994∼1995 1995∼1996 1996∼1997 1997∼1998 1998∼1999 1999∼2000 2000∼2001 2001∼2002 2002∼2003 2003∼2004 2004∼2005 2eo5∼2006 2006∼2007 交換留学生派遣(1990∼2006) 学生交換大学名(協定締結順) U.M, D.C.U、 Rし‘.M, 0.S.し, U.MS.L. U.R.S, U、M.B, U.L.P. ISEP D.U.lllll133354233523
5534545542233353
1 1 2 2 2 1 2 1 1 2 1 1 1 2 1 3 2 1 1 3 2 1 1 3 1 1 1 1 1 1 1 2 2 1 1 2 3 2 1 1 1 1 3 1 1 2 2 1 1 (参照)国際交流センター白書 く﹂7 1三ロー7767913661074590
合1−1111
1112
第1号、第2号、第3号(図表H) 交換留学生受入(ig90∼2006) 学生交換大学名(協定締結順) し‘.M, D、C.U, RU.M. 0.S.U, UM,S.L. UR.S, U.M.B、 U、L.R 受入年度 1990∼1991 1 10 1991∼1992 10 2 |992∼1993 1 6 2 1993∼1994 5 2 1994∼1995 1 4 3 1 [995∼1996 2 8 3 1 1996∼1997 3 6 2 1 2
1997−“1998|621i2
1998−1999 8 2 1 1 1999∼2000 3 6 3 22000∼2001142
2001∼2002 2 3 2 3 1 1 2002∼2003 2 1 2 1 2003∼2004 4 2 1 2004∼2005 1 3 2 1 2005∼2006 2 2 2 1 2006∼2007 1 3 2 1 1 1 (参照)国際交流センター白書 [SEP D.し、 合計 lI l2 9 7 9 14 14 13 12 14 7 12 6 7 7 5 12 9 2 2() 第1号、第2号・、第3号40
〔図表D
アメリカ アイルランド ドイツ フランス 韓国 アメリカ アイルランド ドイツ フランス 韓国 (図表J) アメリカ アイルランド ドイツ フランス 韓国 1990− ▲ |999∼ 9 4 | 2 1990−− 1 10宇田川晴義
国別交換留学生数(派遣) 1991、 1992∼ 1993∼ 1994− 1995∼ 1996∼ l l l l 2 5 5 5 3 4 5 4 1 1 2 2 2 2 2000∼ 2001∼ 201〕2∼ 2003s 2004∼ 2005∼ 8 4 4 6 7 11 2 2 3 3 3 5 1 1 0 2 3 1 0 3 0 4 2 2 1 (参照)国際交流センター白書 第1号、 国別交換留学生数(受入) 1991∼ 1992− 1993∼ 1994∼ 1995∼ 1996∼ 0 | 0 2 3 4 10 6 5 4 8 6 2 2 2 3 3 2 2 1997∼ 1998∼ 5 7 { 「 つ つ 1 2 2006 12 3 2 2 1 第2号、第3号・ 1997、 1998∼ 3 1 6 8 2 2 2 11999∼ アメリカ 3 アイルランド 6 ドイツ 1 フランス 2 韓国 2000∼ 20〔,1一
14﹁10
6ス>ll
2002∼ 2 1 0 t 2003∼ 1 4 2 0 〔参照)国際交流センター白書 2004∼ 2005∼ 2006∼ 2 R 11 3 2 2 3 2 2 0 〔} 22
第|号、 第2号、 第3膓ナ短期語学研修
1980年代の前半、すでに多くの民間会社がビジネスとして語学研修を、 主にイギリス、アメリカそしてカナダで開催していた・多くの学生は、そう した民間の運営するプログラムに、さまざまなリスクをかけて参加していた 訳である、・また、当時、すでに多くの大学が主催者となり、大学のカリキュ ラムを補完する語学研修を実施していた 東洋大学は、先行大学の後塵を拝 することになったが、海外語学研修を開始したのが1983年である、・第1回研修は、教養課程英語科とオレゴン州立大学ELIが協力して運営
され、参加者は38名の大グループとなった、本研修は1983年度卒業式にて、 東洋大学の教務報告となった 1988年からは、国際交流センターの開設に 伴い、海外語学研修は正式に国際交流センター主催となり、協定校との共催 で行われる各語学研修は語学科目(英語.中国語)として単位が認定されて いる. 国際交流センター主催の海外語学研修は、現在、英語研修を春期2プログ ラム、夏期2プログラムが運営され、これまでの英語研修の春期、夏期合わせた参加者の総数は、平成16年度夏期プログラムまででL512名、そして
42
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中国語プログラムは266名になる,両プログラムの参加者総数はL768名で ある 1983年、オレゴン州立大学英語研修所の協力で開始して以来、米国 の9・llテロそして中国の鳥インフルエンザ問題で中止した一一時期を除き、 この間、継続して催行され2006年で23年の歳月を数える 海外語学研修は、言うまでもなく、大学における外国語教育を補完する目 的で始まった・1970年代ごろまでは、異文化を受信するための外国語教育 の傾向が強かったが、国際化が進行する中で、外国語教育への期待と役割は、 異文化の伝統・歴史などの理解に並んで、外国人とのコミュニケーション能 力の育成、国際マナーを身につけること、日本の情報を世界に発信する能力 育成、インターネットで情報を自由に得る能力へと拡大している。それに並 行して、海外語学研修への学生の期待も拡大してきたと言える。 長い間、この研修に関係してきた立場からの実感は、海外語学研修は、参 加者の語学力並びに国際理解力の養成に止まらず、参加者の将来の進路選択 に繋がる機会を多く与えてきたというものである。この短期研修をステップ にして、次に1年間の短期留学に挑戦し、卒業後、さらに米国大学院へ進学 し、国際分野で働く人材になった学生を多く見てきたからである一 (図表K) 0.SU U,M. DCU. 海外語学研修参加者数の推移(1983∼2005) ’83 ’84 ’85 38 22 25 ’86 ’87 ’87 ’88 ’89 ’90 24 37 40 40 40 2828 37 28
10
ーQ/02
●341
92 R8 R9 W 93 R2 Q6 P446459221
シ95 ’96 0.S.U. 41 39 U.M. 27 40 DCU 13 36 C.QU. 大外大(夏期) 大外大(春期) 北京師範大 20 20 英語夏期研修 英語春期研修 中国語春期研修
7つ﹂02
℃.442
23 ’98 ’99 ’OO ’Ol 29 17 35 28 22 32 33 2720 13 31中止
18713叶1」上二
26 28 28 22 2つ一 〇つ]00■、↑7
32−2
’03 ’04 シ05 「}」1ヒ 14 [キコ1(一 中止 21 32 25 12 22 16 17 34 中1ヒ 22 中止 22 13 20 O.S.U(1983∼) UM(1988−) D.C.U.( 1990∼) C.QU.(1998∼} 大連外国語大学春期(1997−一)夏期{2002∼) (参照)国際交流センター白書 第1号、第2号、第3号結び
1980年代から1990年代にかけての教育改革は、レーガン政権、サッチャ ー政権の改革に代表されるように、公教育への強烈な危機意識から生まれた ものであった。あの時点で、改革の機会を逃したら、米国の教育危機は、政 治・経済そして外交の危機感を更に拡大させたかもしれない。英国も、教育 そして経済の危機状態から抜け出せず、英国病を引きずっていったかもしれ ない。ともかく、両国とも、危機状況から国家再生への道に踏み出した教育 改革は、現在も高く評価されていることに異論はないであろう、 その同時代に巡り合わせた中曽根政権の教育改革の目玉が「留学生10万 人受入計画」、すなわち高等教育の国際化であった、これは、日本の教育分 野の国際的競争力を整備するための改革に繋がり、高等教育が、外国の機関 との共通性の基盤を築くべく、国際社会との通用性、交流性、開放性を目指44 弓t田川日青義 した時代であった 英米の改革が、日本など新興国との国際的競争力を保持 するための内容であったのに対して、日本の教育改革は、欧米諸国と対等な 立場で学問と人材の交流を行う基盤を整備するのが目的であった、政府が
1983年に立てた国費1万人、私費9万人の留学生受入計画は、2003年(平
成15年)に▲0951)8人となり、初めてFl標の10万人を突破し、量的には、「10 万人計画」は達成された 20〔)5年(平成17年)は、前年度より4.510人〔3.8%) 増の過去最高の121.812人に達している 特に、私学の私費留学生受入数は、 「10万人計画」の目標達成に、これまで多大な貢献をしてきた訳である。 一ヒ述してきたように、日本の高等教育の1970年代から1990年代にかけて の国際化の歩みに、東洋大学の国際化の揺藍期であった1980年代から現在 に至る留学生の受入数、派遣数そして語学研修参加者の歩みを重ねて、学生 交流に見る国際化の発展の歩みを辿ってみた、当然ながら、この23年間の 国際化の歩みは、日本の国際化という軌道上を同じような歩調で進んだ軌跡 となった.留学生の派遣数そして派遣先の両面で、まだ量的にも拡大をする 必要があると思われるが、これからの課題、否、今すでに問われているのは、 量的次元以後の課題である 留学生の急増に伴う学生の質への懸念が出てきているが、優秀な留学生を 確保そして交換留学を拡大するためには、日本語教育の充実、カリキュラム の国際化、英語使用科目の拡充、留学生用宿舎の用意、教職員の外国語運用 能力などの受入れ対策の整備がこれからも必要である、そして優秀な留学生 を多く派遣するためには、留学希望者への語学教育、質の高い留学情報の提 供、留学相談そして奨学金などの留学支援の強化が整備課題であるtt留学準備のための語学教育に関しては、2008年度から開始された英語特別科目
(SC創Dの開講は、東洋大学にとり画期的施策であり、その成果が将来期待 されるところである 了注 (注川1983年,レーガン政権ドで教育長官の諮問機関から出された報告「危機に、’t. つ国家F’ANation At Rig. k”は.公こr二学校を中心とする教育の衰退が、アメリ カ経済の国際競争力を低下させているとの危機感から警鐘を鳴らした すな わち、1970年代中頃から、公立初等中等学校び)教育の質について、特に学力 低下および規律の乱れの懸念が高まっていたため、この報告書の発表と四提言 を契機に、ほとんどの州がそれぞれ改革に取り組んだ (注2}イギリスでは、1979年に誕生したサッチャー政権が、「イギリス病」克服ぴ)た めに、数々の初等中等教育そして高等教育の改革を行った サッチャー政権は、 |970年代からのイギリスの児童生徒の学力の低下に対する懸念から、教育改 革の最重要課題に、初等中等教育の教育水準の改善を掲げ、1988年教育改革 法を制定した.そして、高等教育の改革でも、市場を優先する教育システムの 必要性を強調した改革を行った一すなわち、大学に「投資した金額に見合う価 値」‘Va|ue for Monev’を求めたのである一大学システムの効率性をあげるこ とにより学生数を増やし、アメリカ式に、より多くの学生が単位交換liJ’能な選 択科目を受講できるよう学生の選択肢をふやすことを重要視した (注M江淵一一公,tg97「人学国際化の研究」寸ミ川大学、35−58頁 (注4)Webster’s New Twentieth Dictionary第3版 (注5)喜多村和之,1984「大学教育の国際化」刊11大学、12−21頁 (注6)黄福寿.2003「高等教育の国際化一定義に関する検討」「大学論集』広1島人学 高等教育開発センター、6−10頁 (注7)平成15年度の国の留学生受人れ推進関係扮算額は519億Plであった 国費留 学生は、奨学金の支給、入学金・授業料が免除される、国費留学生1人当たり の奨学金及び入学金・授業料の免除合計額は、年間約300万円である 優秀な 私費留学生には、学習奨励費の支給、授業料の減免がある 〔参照)http:〃www.soum.go.jp/s−news/2005/050111.html (注8)’ド成17年1月、総務省は、「留学生受人れIO万人計画」の推進施策に関して、
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政策の総合性を確保するための政策評価を公表した 」‘国費留学生・私費留学 生数の増加状況互.留学生へのアンケート、留学動機・満足度、3.留学生受入れ に影響を及ぼす要因、④留学生受入れに関する行政コストなど調査,分析によ り、その政策効果を評価している、, {参照)http:〃www.soum.go.jp/s−news/2005/050111.html (注9)国際化の要請に応えるべく1985年(昭和60)、筆者も当時の学術公開交流委 員会(委員長新田俊三経済学部教授)から委嘱された国際交流小委員会(委員 長小刈米清弘経済学部教授)の委員として、国際化での先進大学を調査し、本 学の国際交流の基礎となる国際交流規定案の原案作成に関わった、 〔注10)大学等間交流協定締結状況等調査(平成16年10月1日現在) {参照)www.mextgo.jp/a_menu/kokusai/teiketsu/16/OOI .pdf 表A: (参照)日本学生支援機構(JASSO) 留学生受け人れの概況(’ド成17年度版) 表B: (参照)H本学生支援機構(JASSO) 留学生受け入れの概況(平成17年度版) 表C: (参照)Open Doors. II 2004∼2005掲載。 表D: (参照)Open Doors, ll 2004∼2005掲載。 表E: 国際交流センター事務局作成 平成18年II月 表F: 〔参照)文部科学省大臣官房国際課企画調査室調べ 表H: 〔参照)国際交流センター白書第1号、第2号、第3号 表1: (参照)国際交流センター白書 第1号、第2号、第3号 表」, (参照)国際交流センター白書 第1号、第2号、第3号参考文献 文部科学省白書「我が国の文教政策」(平成元年度} 文部科学省審議会情報「我が国の高等教育の将来像」塔申) http:〃211.120.54/153/b_menu〃shingi/chukyo/chukyo/touin/05013101/htm 中央教育審議会中間報告「新たな留学生政策の展開について」2003 http:〃www.mext.go.jp/b_menu/public/2003fO31 00701 /htm 大学審議会「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について(答申)」 2000 http:〃www,mext.go.jp/b_menu/shingi/12/daigaku/tousin/001101.htm 権藤与志夫編「世界の留学」東信堂、1991 東洋大学「211tl:紀の国際社会におけるH本」1994 東洋大学「21世紀の国際社会における日本」II、1997 天野郁夫『大学一試練の時代j東京大学出版会、1gge 天野郁夫『大学一変革の時代』東京大学出版会、1994 「危機に立つ国家一アメリカの教育改革」京大出版会、 Stuart Maclure Education Reformed Hodder&Sloughton,1992 武田里子『日本の留学生政策の歴史的推移』日本人学大学院総合社会情報研究科紀要 No.7, 77−78(2006) 堀江学『留学生IO万人計画と大学の対応を考える』Be亡ween 2002 H 斉藤諦淳編「開かれた大学へ一大学の開放及び大学教育改革の進展一」ぎょうせい 昭和57年