論説:
Post-racialism 社会に臨む平等保護法理 ―
Schuette v. Coalition to Defend Affirmative Action,
134 S. Ct. 1623 (2014).
を機縁として―
西 條 潤*
Article:Equal protection Jurisprudence in a Post-Racial
Era
Jun SAIJO
1.【はじめに】 2.【PPD の来歴】
2.1【Hunter v. Erickson】
2.2【Washington v. Seattle School District No.1】 2.3【Crawford v. Board of Education】
2.4【小括】 3.【連邦最高裁判所判決】 3.1【Kennedy 裁判官相対多数意見】 3.2【Roberts 首席裁判官補足意見】 3.3【Scalia 裁判官結果同意意見】 3.4【Breyer 裁判官結果同意意見】 3.5【Sotomayor 裁判官反対意見】 *近畿大学工学部教育推進センター
Center for the Advancement of Higher Education, Faculty of Engineering, Kinki University
4.【分析】 4.1【PPD の本件への忠実な適用】 4.2【アファーマティヴ・アクションに関する平等保護法理 対 PPD】 4.3【反分類原理 対 反従属原理】 4.3.1【反分類原理について】 4.3.2【反従属原理について】 4.3.3【反分類原理と反従属原理の対立と、 その調停者としての相対多数意見】 4.4【意図テスト 対 効果テスト】 4.4.1【意図テスト】 4.4.2【効果テスト】 4.4.3【意図テストと効果テストの対立と、 その調停者としての相対多数意見】 4.5【州の主権 対 立法過程に実効的かつ平等に参加する権利】 4.5.1【PPD によって脅かされる民主的政治過程】 4.5.2【PPD によって保障される立法過程に実効的かつ平等に参加する権利】 4.5.2.1【Carolene Products 判決の妥当性 -人種的マイノリティは政治的強者である】 4.5.2.2【Carolene Products 判決の妥当性 -人種的マイノリティはそれでも政治的弱者である】 4.5.2.3【小括】 5.【結びに代えて】 1.【はじめに】 「アメリカ合衆国憲法修正14 条の平等保護条項は、その文言が明確に要請し ていることを禁止しているのだろうか」1。この「驚くほど奇妙な問い」2をアメ リカ合衆国連邦最高裁判所(以下、「連邦最高裁判所」と略記する。)に投げかけ たのは、以下の規定を含むMichigan 州憲法第 1 節第 26 条である3。
(1)Michigan 大学、Michigan 州立大学、Wayne 州立大学その他いかなる公立 大学(public college or university)、コミュニティー・カレッジ(community college)、学校区(school district)も、公職雇用(public employment)、公教育 または公共契約の実施に際し、いかなる個人または集団に対しても、人種、
性別、肌の色、民族または出身国(national origin)を根拠として、差別を行 い、または優遇措置を講じてはならない。 (2)Michigan 州は、公職雇用、公教育または公共契約の実施に際し、いかなる 個人または集団に対しても、人種、性別、肌の色、民族または出身国を根拠 として、差別を行い、または優遇措置を講じてはならない。 (3)本条にいう“州”は、州それ自体に限られず、市、郡、公立大学、コミュ ニティー・カレッジ、学校区、第1 項に含まれない本州または本州内のその 他 の 政 治 的 下 級 機 関 ま た は 政 治 的 関 係 機 関(political subdivision or governmental instrumentality)を含むものとする。 上記規定の誕生の契機をつくったのは、他ならぬ連邦最高裁判所である。 2003 年、連邦最高裁判所は、Michigan 大学における入学者選抜制度がアメリ カ合衆国憲法修正 14 条の平等保護条項(以下、「平等保護条項」と略記する。) に違反しないか否かを争う2 つの訴訟において、結論を異にする判決を下した。 Michigan 大学の学部入学者選抜制度の合憲性が争われた Gratz v. Bollinger4に おいては、連邦最高裁判所は、「すべての“不十分な数の入学者しか出ていない マイノリティ集団(underrepresented minority)”に属する志願者に対し、人種 のみを理由として、入学を認められるために必要な点数の5 分の 1 である 20 点 を自動的に与える入学者選抜制度は、教育上の多様性に関する利益を得るために 厳密に設えられた(narrowly tailored)ものではない」として違憲判断を下した5。 対照的に、Michigan 大学ロー・スクールの入学者選抜制度の合憲性が争われた Grutter v. Bollinger6に お い て は 、 連 邦 最 高 裁 判 所 は 、「 平 等 保 護 条 項 は 、 Michigan 大学ロー・スクールが学生集団の多様性によって生み出される教育上 の利益を得ることに関するやむにやまれざる利益(compelling interest)を促進す る た め に 合 否 判 定 に お い て 厳 密 に 設 え ら れ た や り 方 で 人 種 を 考 慮 す る こ と (narrowly tailored use of race)を禁止していない」としたうえで、「各志願者の 個別の適性(particular qualifications)に鑑みて多様性と直接関連するすべての 要素を考慮に入れ」、「“‘加点要素’”の1 つとしてのみ人種または民族を考慮に 入れる」入学者選抜制度に合憲判断を下した7。これらの2 つの判決を受けて、 アファーマティヴ・アクションを廃止するべく提案された提案2 号(Proposal 2) が、2006 年に実施された州民投票を経て、上記規定として Michigan 州憲法に 加えられたのである。 提案2 号の可決後、2 組の原告が、提案 2 号は公教育に適用される限りにおい て平等保護条項に違反しているとし、Michigan 大学その他の Michigan 州内の 公立大学に提案2 号を適用することを禁止するよう求める訴訟を提起した8。 一見したところ、人種に基づく別扱いを禁止する提案2 号が、人種に基づく差
別を禁止する平等保護条項に違反しているかどうかを問うことは、「驚くほど奇 妙な問い」9でしかないように思われる。連邦最高裁判所がかつて、Washington v. Davis において、「アメリカ合衆国憲法修正14 条の平等保護条項の中心にある 目的は、国家機関による人種に基づく差別を抑止することにある」と述べたよう に10、これが平等保護条項の目的であるなら、Michigan 州憲法中の上記規定が 同条項に違反するとは考え難い。本件訴訟において、「州の有権者は、合衆国憲 法修正14 条の平等保護条項を採択したことによって同条項に違反したと結論す れば、それは逆説的であろう」11。にもかかわらず、このような問いが有意であ りうるのは、連邦最高裁判所がこれまで、いくつかの事案において、political process doctrine(以下、「PPD」と略記する。)と呼ばれる法理を展開してきたか らである。同法理は、マイノリティに恩恵をもたらす法制度を一定の問題のある 態様で(in certain problematic way)廃止することは平等保護条項によって禁止 されるとするものである12。こうして、本件においては、マイノリティに恩恵を もたらすアファーマティヴ・アクションを廃止する提案2 号が PPD の適用を受 けるか否かが主たる争点になったのである。
2.【PPD の来歴】
PPD は、Hunter 判決三部作(Hunter trilogy)とも呼ばれる 3 つの判決を通じ て構築された13。以下、この法理の来歴を簡潔に振り返ることにする。
2.1【Hunter v. Erickson】
連邦最高裁判所が初めてPPD を「もっとも明確に表現した」とされるのは14、 Hunter v. Erickson15である。Hunter v. Erickson において、連邦最高裁判所は、 「マイノリティ集団が自分たちに利益をもたらす法(beneficial legislation)を獲 得することに対して特殊な負担を課す態様で政治過程を巧妙に歪曲させる」こと は平等保護条項に違反すると述べている。
Hunter v. Erickson に お い て 問 題に な った のは 、 Akron 市 基 本 憲 章(city charter)である。本件の発端は、Akron 市議会(City Council)が住宅供給におけ る差別を禁止する条例(fair housing ordinance)を制定したことにあった。このこ とを受けて、Akron 市民が同市基本憲章を改正し、これに伴い、「人種、肌の色、 宗 教 、 出 身 国 ま た は 祖 先(ancestry) 」 に 基 づ き 不 動 産 取 引 (real estate transactions)を規制する住宅供給差別禁止条例は Akron 市の有権者の過半数に よる承認を経なければ施行されないことになった16。基本憲章の改正以前におい
ては、住宅供給に関する差別を禁止する条例は、Akron 市の有権者の 10%が住 民投票の実施を請求した場合にのみ、住民投票(referendum)に服することになっ ていた17。このように、改正後のAkron 市基本憲章は、「住宅供給に関する差別 を禁止する現行の条例の適用を停止した(suspended)だけにとどまらず、有権者 (electors)による承認を経ないかぎり住宅供給に関する差別を禁止するいかなる 条例も施行できないことにする」ものであった18。くわえて、Akron 市基本憲章 は、「不動産の売買および貸借(sale and rental of real estate)における人種、宗 教および祖先に基づく差別からの法的保護を求める集団と、他の目的を追求する なかで不動産取引の規制を求める集団を別扱いする」ものでもあった19。この点 に着目して、連邦最高裁判所は、Akron 市基本憲章は文面上中立的であるものの、 「住宅供給において人種に関連することがら(racial housing matters)と、人種 に 関 す る こ れ 以 外 の こ と が ら お よ び 住 宅 供 給 に 関 す る こ れ 以 外 の こ と が ら (other racial and housing matters)とで異なる取り扱いを行う、明らかに人種を 基準にする分類を含んでいる」としたうえで20、「人種を基準にする分類は、“合 憲性の疑わしい”ものであるため、“もっとも厳格な審査”に服せしめられる」 とした21。
以上のことをふまえ、連邦最高裁判所は、8 対 1 で、Akron 市基本憲章は平等 保護条項に違反していると判断した。このとき、連邦最高裁判所は、次のように 述べている。「州は、個人の投票価値を希釈し(dilute any person's vote)または あ る 集 団 が 他 の 同 規 模 の 集 団 と 比 較 し て 過 少 代 表 さ れ る よ う に す る こ と(give any group a smaller representation than another of comparable size)が許され ないのと同様に、特定の集団が自分たちに利益をもたらす法律を獲得することを 困難ならしめることによって当該集団に不利益を与えることも許されない」22。 この一節から、連邦最高裁判所が次の点を重要視したことがうかがわれる。それ はつまり、Akron 市基本憲章は、文面上は人種を基準にする分類を用いていない という点においては文面上中立的であるものの、それでもなお、人種的マイノリ ティが差別禁止法の獲得を求めて活動するに際して、他の集団が同様の活動を行 う際には求められない有権者による承認という試練を課すことによって、差別禁 止法の受益者である人種的マイノリティに対し他にはない不利益を課している、 という点である23。
2.2【Washington v. Seattle School District No.1】
連邦最高裁判所が次にPPD を適用したのが、Washington v. Seattle School District No. 1 である。本件において問題になったのは、Washington 州におけ
る州民発案350 号(Initiative 350)である。
州民発案350 号は、州内自治体の教育委員会(local school boards)が人種を根 拠にして児童・生徒の就学先再割り振り(pupil reassignments)を命じることを禁 止するものであった。この州民発案 350 号の契機になったのが、Seattle 計画 (Seattle program)である。同計画のもとで、Seattle 第 1 学校区は、単一の人種 の児童・生徒のみが通学する学校を無くし、同学校区において広く浸透していた 事実上の人種別学状態を是正するために、大規模な児童・生徒の就学先再割り振 りおよびバス通学(busing)を行うことにした。これに対抗するためにとられた措 置が、いかなる教育委員会も直接的にであれ間接的にであれ、地理的にもっとも 隣接する学校以外の学校に通学するよういかなる児童・生徒に対しても求めては ならないとする、州民発案350 号であった24。もっとも、州民発案350 号は、例 外を数多くもつものであったため、州民発案 350 号が州内自治体の教育委員会 に対しもたらす実際の効果は、次のようなものであった。それは、州内自治体の 教育委員会が人種統合のために児童・生徒の就学先再割り振りまたはバス通学を 命じることが妨げられることになるが、教育上妥当とされる理由に基づくもので あればいかなる理由のものであろうとも児童・生徒の就学先再割り振りまたはバ ス通学を命じることが許される、というものであった。つまり、連邦最高裁判所 が指摘するように、「州民発案 350 号の起草者は、人種ごとの釣り合いをとる (effect racial balancing)ために児童・生徒の就学先の割り振りを行うことを除き、 児童・生徒の就学先の割り振りに関する裁量を最大限学校区に保持させようと試 みた」のであって25、州民発案350 号は、人種統合目的のバス通学の実施を困難 ならしめるものであった。 以上のことをふまえ、連邦最高裁判所は、5 対 4 で、州民発案 350 号は平等保 護条項に違反していると判断した。法廷意見を執筆したBlackmun 裁判官は、「マ イノリティ集団が自分たちに利益をもたらす法を獲得することに対して特殊な 負担を課す態様で政治過程を巧妙に歪曲させる」ことは平等保護条項に違反する としたうえで26、以下のように述べている。まず、公立学校の人種統合は、「主 と し て マ イ ノ リ テ ィ の 利 益 に な り(inures primarily to the benefit of the minority)、かつ、そのために立案・実施(designed)される」ものであって27、「マ イノリティは人種統合目的のバス通学を実施する“法が自分たちに利益をもたら すものである”と考える可能性がある」28。次に、「州民発案350 号がもたらす 実際上の効果(practical effect)」は、「人種問題(racial problem)に取り組むため の権限をマイノリティの利益にとって不利に作用する態様で現在の意思決定機 関から奪い去る」というものである29。つまり、人種統合目的で児童・生徒の就 学先を割り振りし直すことによって「事実上の人種分離教育を是正したいと考え
る人々は、今や、州議会または州全体の有権者に支援を求めなければならない」 にもかかわらず、人種統合目的以外の目的で児童・生徒の就学先を割り振りし直 すには、現状と同じく、自治体の教育委員会にはたらきかけるだけでよい30。こ の点において、州民発案350 号は、「明らかに、学校の人種統合を支援する人々 に、同様の立法を求める人々と比べてきわめて大きな障害を克服することを余儀 なくさせる」ものであって、「Hunter 判決においてそうであったように、自治 体の政治構造(political mechanisms)が修正され、人種にまつわる争点に関する 即応的な意思決定権限(effective decisionmaking authority)が統治構造上従来 とは異なる段階に配置されている」31。これに伴い「生じる不利益は、現実には、 必然的に人種的マイノリティにもたらされる」32。このように、「人種を意識し た立法を扱う―もっぱらそのような立法を扱う―ために利用される政治過程ま たは意思決定構造が選び出されて独特かつ不利益な取り扱いをなされている場 合、当該行為は、明らかに“‘人種に基づく区別’に依拠している”のである」33。 このように、連邦最高裁判所は、州民発案 350 号の違憲性を次の点にみてい るといえよう。それは、州民発案 350 号が、人種的マイノリティにとって重要 な法政策である人種統合目的のバス通学を特に、自治体における意思決定組織に よる統制から引き離し、マイノリティが民主的政治過程を通じて成功を収められ る可能性の低そうな州全体における集権的管理のもとへと移行させ、その結果と して人種的マイノリティにのみ不利益をもたらした、という点である34。
2.3【Crawford v. Board of Education】
Hunter 判 決 3 部作を織 りなす 3 つ目 の判決は 、 Crawford v. Board of Education である。Seattle 判決と同日に判決が下された本件は、一見したとこ ろ、Seattle 事件と類似する事案であった。しかしながら、連邦最高裁判所は、 本件においては、Hunter 判決に立脚した原告の主張を、8 対 1 で斥けている。 本件において問題になったのは、州民発案によって修正条項としてCalifornia 州憲法に付加されることになったProposition Ⅰである。Proposition Ⅰは、以 下のように定めている。
本州裁判所は、本州その他本州機関、委員会、公務員(public entity, board, or official)に対し、児童・生徒の就学先の再割り振りまたは児童・生徒の輸送 を実施することに関するいかなる義務(obligation or responsibility)も課して はならない。ただし、(1)上記機関が平等保護条項に違反する行為を行った場 合で、当該特定の行為によって生じた違憲状態を是正するとき、および、(2) ア メ リ カ 合 衆 国 憲 法 の も と で 連 邦 裁 判 所 で あ れ ば 連 邦 判 例 法(federal
decisional law)の適用を受けて、上記機関に対し、当該機関の特定の行為によ って生じた違憲状態を是正する義務を課すことが許される場合は、この限りで はない。 こ の よ う に 、Proposition Ⅰ は 、 州 裁 判 所 が 人 種 統 合 目 的 の バ ス 通 学 (desegregative busing)を命じることを原則として禁止し、平等保護条項違反の 状態を是正するために連邦裁判所が強制的な児童・生徒の就学先再割り振りを命 じることが許容される場合に限り例外的に、州裁判所が同じことを命じることを 可能にするというものであった。 Hunter 判決に依拠しつつ Proposition Ⅰは違憲であるとする原告の主張を斥 けるにあたり、法廷意見を執筆したPowell 裁判官は、まず、Hunter 判決の骨 子を次のように整理している。「Hunter v. Erickson において、連邦最高裁判所 は、政治過程において人種的マイノリティに対し特殊な負担を課しているAkron 市の基本憲章が平等保護条項に違反していると判断した。連邦最高裁判所は、同 市の基本憲章は文面上人種中立的であるものの、“現実には、同市の基本憲章の 効果は人種的マイノリティに及んでいる”と判断した。この現実と、同市の基本 憲章が政治過程の歪みを生じさせていることに鑑み、連邦最高裁判所は、同市の 基本憲章は文面上人種中立的であるにもかかわらず、人種を基準にする分類を採 用していると判断したのである」35。Hunter 判決の骨子をこのように示したう えで、Powell 裁判官は、「本件においては、Hunter 判決を下す根拠になった諸 要素が存在しない」36、換言すれば、「Proposition Ⅰは人種を基準にする分類を 行うものではない」とし37、Proposition Ⅰは平等保護条項に違反しないと結論 した。 Powell 裁判官によると、「Proposition Ⅰは、個人が人種に基づき異なる取り 扱いを受けるべきであると定めてもいなければ、そのようなことを含意してもい ない。Proposition Ⅰは、平等保護条項に違反する行為が存在しないにもかかわ らず California 州裁判所が児童・生徒の就学先の再割り振りまたは児童・生徒 の輸送の実施を命じることを禁止しているにすぎない。Proposition Ⅰがもたら そうとしている利益は、近隣の学校に就学できること(neighborhood schooling) であって、当該利益は、教育委員会の裁量の範囲内において、人種にかかわらず 得ることができるものである。実のところ、かりにProposition I が人種差別的 効果を有するものであるとしても、問題になっている学校区における人種構成の 観点からすれば、どの人種にどのような点において人種差別的効果がもたらされ ることになるのかが、明らかでない」38。このように、Powell 裁判官は、Hunter 事件とは異なり本件においては、「問題になっている法が人種的マイノリティに 効果を及ぼすという現実」39が存在しないことを指摘している。
さらに Powell 裁判官は、Hunter 事件とは異なり本件においては「政治過程 の歪み」40が生じていないことを、以下のように説明している。Powell 裁判官に よると、Seattle 判決においても認められているように41、人種統合政策または 差別禁止法のように人種的マイノリティに利益をもたらす法政策を「単に撤廃し、 または修正するだけ(simple repeal or modification)で、それ以上のことが行わ れていない場合には、平等保護条項違反の推定を受ける人種を基準にする分類が 行われていることにはならない」42。Seattle 事件において問題になった「州民 発案 350 号は、人種統合問題に関する意思決定権限を統治構造内における従来 と は 異 な る よ り 影 響 力 を 及 ぼ し に く い 段 階(new and remote level of government)に配置することによって、Washington 州全域の学校区において人 種統合を図ろうとする試みすべてを将来にわたって阻害するものである」ため、 「人種統合を目的にする法(desegregation law)を“単に撤廃する”以上の機能を 有している」とされた43。これに対し、Proposition I の可決・成立後も、「学校 区自体は、人種統合に向けた合理的にみて実行可能な措置を実施する州法上の義 務を負っており、さらに、従来どおり、人種統合を実施するための児童・生徒の 就学先の再割り振りおよびバス通学計画を随意に採用することができる」のだか ら44、「Proposition I は California 州憲法の平等保護条項を“撤廃するもの (repeal)”ではない」し45、「California 州憲法は依然として、人種統合に関し、 アメリカ合衆国憲法を上回る義務を課している」46。以上のことをふまえると、 「Proposition I は、人種に基づく理由によって政治過程を歪曲させているとは いえないし、差別的な原理に基づき統治権または裁判所の権限を配分していると もいえない」47。 なお、Powell 裁判官が、Proposition I は政治過程を歪曲させるものでないと した点について、結果同意意見を執筆した Blackmun 裁判官は、次のように述 べている。Proposition I は、「人種統合を実現することをより困難にしたかもし れない」が、「政治過程における構造を変容させることによってそうしたのでは なくむしろ、バス通学実施という救済策を裁判所に要求する権利を単に撤廃する ことによってそうした」のである48。つまりProposition I は、「人種統合を行う べき義務を裁判所が実現させることを不可能に(judicially unenforceable)する」 ものにすぎず49、したがって本件においては、「“人種を意識した立法を扱うため に利用される政治過程または意思決定構造が選び出されて独特かつ不利益な取 り扱いをなされて”はいない」50。 2.4【小括】
以上の3 つの判決を通じて、連邦最高裁判所は、2 つの部分からなるテストと してPPD を形成してきた。「第 1 に、原告は、問題になっている法が、人種的 マイノリティの利益ととりわけ結び付いている争点を選び出してこれに特別な 取 り扱 いを 行って いる とい う点 にお いて 、“人 種に 関連 する 特質を 有し てい る (racial in character)”か、または“人種に根差す性格(race-based in character)” のものであることを証明しなければならない。第2 に、原告は、問題になってい る法が、“人種的マイノリティの利益ととりわけ結び付いている争点”に関して、 不 利 な 解 決 法 を 固 定 化 さ せ る こ と に よ っ て 、 政 治 過 程 に お け る 不 公 正 な 負 担 (unfair political process burden)を課すものであることを証明しなければなら ない」51。原告がこれら2 点につき証明することができた場合にのみ、問題にな っている法は厳格審査に服せしめられることになる。 3.【連邦最高裁判所判決】 本件訴訟においては、まず、Michigan 州東部地区連邦地方裁判所が、2 組の 原告の提起した訴訟を併合審理し、提案2 号は PPD の適用を受けないとしたう えでこれを合憲とする判決を下した52。しかしながら、連邦第6 巡回区控訴裁判 所は、提案2 号に PPD を適用したうえでこれを平等保護条項違反と判断し、連 邦地方裁判所の判決を覆した53。この後、Michigan 州が全員法廷における審理 を求める申し立てを行ったことを受けて、連邦第6 巡回区控訴裁判所は、8 対 7 で、提案2 号に PPD を適用したうえでこれを平等保護条項違反とする判決を下 した54。Michigan 州はさらに上訴の申し立てを行い、これを受理することにし た連邦最高裁判所は55、2014 年 4 月 22 日、連邦第 6 巡回区控訴裁判所判決を破 棄し、提案2 号を合憲とする判決を下した56。
Kennedy 裁判官が相対多数意見を執筆し、これに Roberts 首席裁判官、Alito 裁判官が同調している。Roberts 首席裁判官が補足意見を執筆しているほか、 Scalia 裁判官と Breyer 裁判官がそれぞれ結果同意意見を執筆し、Scalia 裁判官 結果同意意見にThomas 裁判官が同調している。これに対し、Sotomayor 裁判 官が反対意見を執筆し、これにGinsburg 裁判官が同調している。なお、Kagan 裁判官は本件の審理および判決に加わっていない。 3.1【Kennedy 裁判官相対多数意見】 「本件は、人種優遇措置をめぐる論争がどのように解決されるべきか、という ことに関する事案ではない。本件は、誰がその論争を解決するか、ということに
関する事案である」57。 本件における問題は、「Michigan 州の有権者が、政府の意思決定において、と りわけ教育機関による入学志願者選抜において、人種優遇措置の実施が検討され ることを禁止できるかどうか、そして、それはどのような態様であれば可能か、 ということである」58。 「連邦第6 巡回区控訴審裁判所は、Michigan 州立大学による入学者選抜の文 脈において、Michigan 州憲法第 1 節第 26 条を違憲とするにあたり、その判断 の主たる部分においてSeattle 判決に依拠している。同裁判所は、Seattle 判決 が本件の結論を決定するものと考えている。しかしながら、その判断は、まった く異なる問題を提起している事案において、Seattle 判決を拡大解釈し、誤った 結論に達するものである」59。 当裁判所は、Seattle 判決において、「新たな、そして広範囲に影響を及ぼすこ とになる理論を打ち立てた」60。「Seattle 判決を拡大解釈することには、理にか なった歯止めが何ら存在しないうえに、そのような解釈は、当裁判所の確立した 平等保護法理との整合性について、重大な疑念を生じさせる」61。「そのような 解釈は、否定されなければならない」62。 Seattle 事件は、「問題になっている政治的に設けられた制約が、人種がもとで 不利益が生じることを助長するために用いられることを企図したものであるか、 または、そのように用いられる可能性のある(designed to be used, or was likely to be used, to encourage infliction of injury by reason of race)事案であった」63。 「Seattle 事件は、問題になっている州の行為が」、「意図的にではなくとも、人 種 を 理 由 に 明 確 な 不 利 益 を 生 じ さ せ る 重 大 な 危 険 性 を 有 し て い る(had the serious risk, if not purpose, of causing specific injuries on account of race)事 案として、もっとも適切に理解できる」64。 「州が立法その他の行為を通じて人種的マイノリティが不利益を被ることを 助長し、またはこれを命じた場合、合衆国憲法は、裁判所による救済を命じる」65。 「Seattle 事件においては、当裁判所は、このような状況が現に存在していると 判断した。しかしながら、本件においては、そのような状況は存在しない」66。 「合衆国憲法のなかにも、当裁判所の先例のなかにも、本件において問題になっ ている政策決定を有権者に委ねることにするMichigan 州憲法を裁判所が無効に することを正当化するものは存在しない」67。 3.2【Roberts 首席裁判官補足意見】 「Sotomayor 裁判官反対意見は、次のことを認めている。それは、Michigan
州立の様々な大学の理事会(governing boards)は、いかなる個人に対しても人種 を根拠として“差別を行い、または優遇措置を講じる”ことを禁止する方針を策 定・実施することができた、ということである。反対意見によれば、理事会が、 大学入学者選抜制度における人種に基づく別扱いが好ましくないか、または逆効 果であると結論した場合、理事会による方針決定権限の行使は許容されるもので あるが、理事会以外の者が同じ結論に達した場合には、人種が真剣に考慮されて いないということになる」68。 「人種優遇措置は、それがもたらす恩恵をうわまわる弊害をもたらす(do more harm than good)ものである。人種優遇措置が生み出す利益と不利益に関する Sotomayor 裁判官反対意見の見解と意見を異にするからといって、人種間の不 平等に“立ち向かうのではなくむしろそれがなくなるように願う”ということに はならない。この争点について、人々は善良な信念のもとに(in good faith)見解 を異にする可能性があるが、同様に、その論争のいずれかの側に立つ人々の公明 正大さおよび率直さ(openness and candor)を疑うことは、そうすることによっ てもたらされる恩恵をうわまわる弊害をもたらすことになるのである」69。 3.3【Scalia 裁判官結果同意意見】 「Hunter 判決および Seattle 判決は、覆されるべきである」70。 「相対多数意見は、Hunter 判決および Seattle 判決の根拠になった PPD に賛 同しないとしながらも、これらの判決を覆すという次の段階には進まなかった。 むしろ、相対多数意見は、これらの判決を原型がなくなるほどにまで再解釈して いる」71。 「Hunter 判決、Seattle 判決、そして相対多数意見も、文面上中立的な法が 人種ごとに異なる効果を生じさせることだけで平等保護条項に違反することに なるという命題に関する見解を支持している」72。相対多数意見は、「Hunter 判 決およびSeattle 判決に従って形づくられたわずかばかりの逃げ道を効果テスト に残している。これらの定式化は、差別的意図が存在しない場合においても平等 保 護条項 違反の 判断を 下す ことを 可能に するも ので あるた め、Washington v. Davis 以来長く積み重ねられてきた一連の判決と相いれない」73。 3.4【Breyer 裁判官結果同意意見】 「Hunter 判決も Seattle 判決も本件には適用されない」74。 「Hunter 判決および Seattle 判決は、本件において問題になってはいない態
様で政治過程を操作しようとする試みに関する事案であった。いずれの事案も、 法政策が策定される政治の段階を変更する政治過程の変容に関するものであっ た」75。「対照的に、本件は、政治過程の変容に関する事案ではない。;本件は、 ある政治段階から別の政治段階へと意思決定権限を移動させることに関するも のではない」76。本件において問題になっているMichigan 州憲法は、「公選の大 学理事会(university board)が入学者選抜に関する意思決定権限を委任した非公 選の大学教職員(university faculty members and administrators)」から当該権 限を「有権者の掌中に配置する」77ものなのである。 3.5【Sotomayor 裁判官反対意見】 「Hunter 判決および Seattle 判決において、当裁判所は、今では PPD と呼ば れるものを認めた。マジョリティが人種的マイノリティにのみ不利益を与える態 様で政治過程を変容させる場合、厳格審査がなされることになる」78。「PPD を 徹底的に忠実に適用すれば、本件においては、被上訴人に有利な判決が下される」79。 「Michigan 州は、同州憲法第 1 節第 26 条がやむにやまれざる州の利益をみ たすものであると主張していない。そのことによって、事案は解決するはずであ る」80。 「相対多数意見は、Michiagn 州憲法第 1 節第 26 条が生じさせる不正の本質 を根本的に理解していない。本件は、相対多数意見が想像するような、高等教育 機関の入学者選抜において人種を考慮することをめぐる論争を“誰が解決する か”ということに関するものではない」81。「むしろ本件は、人種を敏感に意識 する入学者選抜制度を用いることをめぐる論争をどのように解決するかという ことに関するものである」82。「この論争は、合衆国憲法の許容するやり方にお いて解決されなければならないのである」83。 「合衆国憲法は、マイノリティ集団が政治過程において勝利を収めることを保 証してはいないが、マイノリティ集団が当該過程を実効的かつ平等に利用しうる ことを保証している。合衆国憲法は、次のことを禁止している。それは、マジョ リティが、政治過程がマイノリティに不利にはたらくように不正工作を行い、マ イノリティ集団のみが目的を追求するに際して他にはない障害を乗り越えなけ ればならないようにすることによって勝利を収めることである。本日、当裁判所 は、Michigan 州の有権者の多数派が合衆国憲法によって禁止されていることを 行うことを可能にすることによって、当裁判所が先例において長きにわたり認め てきた憲法上の保障と矛盾するやり方で、人種を敏感に意識する入学者選抜制度 をめぐる論争に終止符を打ったのである」84。
4.【分析】 連邦最高裁判所判決においては、8 名の裁判官が 5 つの意見を執筆しており、 いずれも多数意見を形成するには至らなかった。5 つの意見は、PPD が本件に 適用されるか否か、より根本的には、PPD が廃棄されるべきか否かという点で 分岐している。そこでまず、「PPD を徹底的に忠実に適用すれば、本件において は、被上訴人に有利な判決が下される」85とする Sotomayor 裁判官反対意見の 内容を分析し、これを足がかりにして考察を進めることにする。 4.1【PPD の本件への忠実な適用】 Sotomayor 裁判官反対意見によれば、以下のとおり、Michigan 州憲法§26 は、PPD の適用を受け、違憲と判断されるべきものである。 「Hunter 判決および Seattle 判決は、当裁判所の平等保護法理にとって不可 欠であるのと同時に基本的でもある、ある原理を守るものである。:その原理と は、マジョリティは、マイノリティのもつ、対等に(equal terms)政治過程に参 加する権利を抑圧してはならない、というものである。この原理によると、マイ ノリティ集団から平等な保護を奪う政府の行為とは、以下のようなものである。 それは、(1)人種に焦点をあてる、つまり、“主としてマイノリティの利益になる 効果を有する”法政策または制度(policy or programs)を標的にするものであっ て、かつ、(2)人種的マイノリティが政治過程を通じて目的を達成することに対 して他にはない独特な負担を課す態様で政治過程を変容させるものである」86。 第1 の点についていえば、「Michigan 州憲法第 1 節第 26 条は、人種に焦点を あてるものである」87。というのも、「人種を意識した入学者選抜制度は、公立 教育機関(public school)における人種統合と同じく高等教育機関のマイノリティ の合格者を増加させるために創設されているため、主としてマイノリティの利益 になる効果を有する」からである88。 第2 の点についていえば、「Michigan 州憲法修正第 1 節第 26 条は、人種的マ イノリティに対して他にはない独特な負担を課す態様でMichigan 州の政治過程 を変容させている。Michigan 州憲法第 1 節第 26 条は、人種の多様性を考慮す る入学者選抜制度を構築することにつき、独特な、より大きな負担を要する政治 過程を確立している」89。提案2 号の可決・成立以前は、「Michigan 州憲法によ って、入学者選抜基準を含め、Michigan 州立大学に関係するすべてのことがら に対する全権が、各大学の8 名からなる理事会(governing board)に与えられて
いた」90。理事会の組織・構成については、「各政党が各大学の理事の候補者を2 名ずつ選び、そのなかから州全体の選挙において、8 年の任期を務める理事が選 出される」ことになっている91。提案2 号の可決・成立以前、「Michigan 州の政 治過程においては、人種を意識した入学者選抜制度に賛成する者も反対する者も、 自分の好む候補者に投票し、選挙において選ばれた、政治的責任を負う理事にロ ビー活動を行うこともできた」92。提案 2 号の可決・成立後においては、「理事 会は、人種を意識した入学者選抜基準を除き、すべての入学者選抜基準について 全権を留保している。この争点1 つに関する入学者選抜基準を変更するために、 Michigan 州民は、Michigan 州憲法を改正しなければならない。それは、ちょ っとしたことなどではない」93。「マイノリティ集団は、とりわけ骨の折れる戦 いに直面することになるのである」94。 「本件のように、マジョリティが政治過程を変容させて人種的マイノリティに 不利益を及ぼしている場合には、当該政府の行為は厳格審査に服せしめられる。 Michigan 州は、同州憲法第 1 節第 26 条がやむにやまれざる州の利益をみたす ものであるとする主張をしていない」ため、同規定は違憲である95。 このように、Sotomayor 裁判官反対意見は、PPD の妥当性を疑うことなく、 同法理を適用したうえでMichigan 州憲法第 1 節第 26 条が違憲であると結論し ている。しかしながら、本判決においては、Breyer 裁判官結果同意意見を除き、 反対意見とは対照的に、PPD の妥当性そのものが疑問視されている。 4.2【アファーマティヴ・アクションに関する平等保護法理 対 PPD】 まず問題になるのは、本件にPPD を適用することは、高等教育機関の入学者 選抜制度におけるアファーマティヴ・アクションに関する連邦最高裁判所の平等 保護法理と矛盾するのではないか、ということである。
連邦最高裁判所は、Fisher v. University of Texas at Austin において、「人種 を基準にする“分類は、これがやむにやまれざる政府利益を促進するために厳密 に設えられている場合にのみ合憲である”」としている96。ここにいうやむにや まれざる政府利益について、Grutter 判決は、「学生集団の多様性は、大学の入 学者選抜制度において人種を考慮することを正当化しうる、やむにやまれざる州 の利益である」97と述べたうえで、学生集団の多様性のもたらす教育上の利益に ついて、以下のように詳説している。 第1 に、人種を加点要素として考慮する入学者選抜制度は、「“人種相互の理解” を促進し、人種に関する偏見を打破する一助になり、“学生が異なる人種の個人 をより理解できるようにする”」98。「“最大限多種多様な背景をもつ”学生が集
まれば、“教室における討議は、より活発な、より生気のみなぎる、より一層啓 発的で興味深いものである”ため、これらの利益は、“重要で、賞賛すべき”も のである」99。 第2 に、「学生集団に多様性があれば、“ますます多様化しつつある職場と社会 によりよく適応できるよう学生を訓練し、さらに彼らを専門家としてよりうまく 訓練することができる」100。 第3 に、「分裂のない 1 つの国という夢が実現されるべきであるなら、ありと あらゆる人種集団および民族集団がわが国における市民生活に実効的に参加す ることがもっとも重要である」101。「市民の目からみて正当性を有する一群の指 導者を養成するには、指導者へと続く途がありとあらゆる人種および民族の有能 かつ適格性を有する個人に目に見える形で開かれていることが必要不可欠であ る。我々の住む多種多様な社会のすべての構成員が、この訓練をさせてくれる教 育機関の門戸は開かれており、当該機関は信頼に値する清廉なものであるという 確信をもてなければならない」102。「わが国において成功を収めるために必要な 訓練および教育を提供する教育機関に、我々の住む多種多様な社会の構成員すべ てが参加することができるように」、高等教育機関、とりわけロー・スクールへ の「入学の可能性は、ありとあらゆる人種および民族の有能かつ適格性を有する 個人に開かれていなければならない」103。 高等教育機関の入学者選抜制度において人種を加点要素として考慮すること によって多様性のある学生集団を獲得することは、以上のやむにやまれざる州の 利益に資する。ここで重要なのは、学生集団の多様性が生み出すこれらの教育上 の利益は、人種にかかわらずすべての学生に均霑されるものであって、人種的マ イノリティのみに、または主として人種的マイノリティに与えられるものではな いということである104。Scalia 裁判官結果同意意見の指摘するとおり、「人種を 考慮に入れる入学者選抜制度は、主として人種的マイノリティに利益を与えるこ とを目的として設計されてはならず、すべての人種の学生にとって教育上の利益 をもたらすために設計されなければならない」のである105。つまり、入学者選抜 制度が、人種的マイノリティのみに、または主として人種的マイノリティに利益 を与えるものであるとすれば、当該制度は、「学生集団の多様性によって生み出 される教育上の利益を得ることに関するやむにやまれざる利益を促進するため に合否判定において厳密に設えられたやり方で人種を考慮するもの」106ではない ため、違憲である107。 付言すれば、人種的マイノリティのみに、または主として人種的マイノリティ に利益を与えるということが、人種を加点要素として考慮する入学者選抜制度を 通じて人種的マイノリティの入学者数を増加させるということを意味している
なら、そのような試みは、違憲である。というのも、連邦最高裁判所によれば、 高等教育機関の主張する利益は、「単に、“ある特定の集団が単に人種または民族 的出自(ethnic origin)を理由として学生集団のなかにある特定の割合含まれてい るようにすること”というものであってはならない」のであって、「そのような こ と を 行 え ば 、 人 種 均 衡 状 態 を 生 み 出 そ う と す る あ か ら さ ま な 行 為(outright racial balancing) も 同 然 で あ っ て 、 明 ら か な 憲 法 違 反 (patently unconstitutional)」108にほかならないからである。 このように、本件にPPD を適用することは、高等教育機関の入学者選抜制度 におけるアファーマティヴ・アクションに関する連邦最高裁判所の平等保護法理 と矛盾するのではないか、という疑問が生じることになる。Michigan 州憲法第 1 節第 26 条によって廃止されることになる高等教育機関の入学者選抜制度が、 「主としてマイノリティに利益をもたらす効果を有し、かつ、当該目的のために 設 計 さ れ て い る(inures primarily to the benefit of the minority, and is designed for that purpose)」109ものであるとするならば、当該制度は違憲であ るため、本件にPPD が適用されるか否かを論じるまでもないことになるのであ る110。 これに対し、Sotomayor 裁判官反対意見は、次のように反論する。「Grutter 判決が述べたことと、人種を意識する入学者選抜制度がマイノリティに利益を与 えるという常識ともいうべき現実(common-sense reality)は、何ら矛盾しない。 人種を意識する入学者選抜制度が多様性ある学生集団を獲得することに関する やむにやまれざる州の利益を促進するのは、当該制度が、マイノリティの入学者 数を増加させるからにほかならず、そのことは必然的にマイノリティに利益をも たらすのである。換言すれば、憲法上許容されうる人種を意識する入学者選抜制 度は、多様性のある学生集団が生み出す教育上の利益を得ることに関するやむに やまれざる利益に資するとともに、人種的マイノリティに利益をもたらす効果を も有するのである。これら2 つのことがらは、相互に排他的なものではない」111。 たしかに、このような理解は常識的なものであるかもしれない。しかしながら、 人種を考慮に入れる入学者選抜制度がマイノリティに利益を与えるという常識 そのものに疑義を呈する見解もある。Thomas 裁判官は、Texas 大学における人 種を加点要素として考慮する入学者選抜制度が平等保護条項に違反しないか否 か が 争 わ れ た Fisher 事 件 に お い て 、 当 該 制 度 が 「 悪 し き 帰 結 (insidious consequences)」を生むものであることを、以下のように詳細に説いている。第 1 に、「Texas 大学は、同大学に入学しなかったならば、さほど優秀ではない(less selective)大学に入学していたであろうマイノリティ集団に属する個人を入学さ せている」ため、この「不適当なめぐり合わせ(mismatching)の結果として、さ
ほど優秀ではない教育機関(less elite schools)でならより成績が優秀だったであ ろう多くの黒人およびヒスパニックが、競争しなければならない白人およびアジ ア人の学生ほど学問に向かう準備ができていないために平均を下回ることがほ とんど避けられない状況におかれている」。第2 に、人種を加点要素として考慮 する入学者選抜制度のおかげで入学できた学生は、「さほど優秀ではない教育機 関(less selective schools)に入学した同等の適性を有する学生よりも、科学者お よび技術者になろうとする当初の熱意を棄てる可能性が高いようで」112、当該入 学者選抜制度の生む「不適当なめぐり合わせ(mismatch)のためにより厳しい専 攻において競争することが困難になるため、これらの学生がさほど競争の激しく ない専攻へと移動する」113ことになりがちである。第 3 に、人種を加点要素と し て 考 慮 す る 入 学 者 選 抜 制 度 は 、「[黒 人 お よび ヒ ス パ ニ ッ ク ]に劣 等の 烙 印 (badge of inferiority)を押し付ける」114ことになる。具体的にいえば、立身出世 を成し遂げた黒人またはヒスパニックが、人種を加点要素として考慮する入学者 選抜制度の恩恵によって現在の地位にいる場合においては、彼らは当該制度がな かったならその地位につくことは叶わなかったとみられるであろうし、反対に、 彼らの現在の地位が当該制度の恩恵に浴した結果ではない場合においても、彼ら の成功はその人種によるものではないかと猜疑の眼を向けられることになるで あろう115。つまり、人種を加点要素として考慮する入学者選抜制度は、当該制度 のおかげで入学を果たした学生はもちろん、当該学生と同じ人種の学生すべてが 成し遂げた功績(accomplishments)に汚点を残すことになるのである116。このよ うに、Thomas 裁判官によると、アファーマティヴ・アクションは、その意図す るところとは裏腹に、人種的マイノリティに対し利益を上回る不利益をもたらす ものなのである。 アファーマティヴ・アクションがもたらすとされる害悪は、これだけではない。 Scalia 裁判官によると、「特定の人種集団に対して恩恵をもたらす施策を実施す るという考え(concept of racial entitlement)を追求すれば」、具体的にいえば、 アファーマティヴ・アクションを実施すれば、「―それが非常に賞賛されるべき、 良性の目的のためであるとしても―人種奴隷制度、人種に基づく特別扱いおよび 人種に基づく敵意を生み出した、災いのもとになる思想を、将来にわたって、増 幅させ、残存させることになる」117とされる。この憂慮に共鳴するかのように、 Roberts 首席裁判官もまた、本判決補足意見において、「人種優遇措置は、それ がもたらす恩恵をうわまわる弊害をもたらす(do more harm than good)もので ある」118と述べている。以上の見解においては、アファーマティヴ・アクション は、人種的マイノリティのみならず社会全体にも、それがもたらす利益を上回る 害悪をもたらすものととらえられている。以上の指摘を重く受けとめるならば、
人種を加点要素として考慮する入学者選抜制度が「主としてマイノリティの利益 になる効果を有する」119ものであると判断することには、疑問が残る120。 とはいえ、以上の指摘がありとあらゆるアファーマティヴ・アクションに当て はまるとすることにも、疑問が残る。というのも、厳格審査に耐えうるアファー マティヴ・アクションであれば、それがもたらす害悪以上の利益をもたらすもの といいうるからである。
連邦最高裁判所は、Adarand Constructors v. Pena において、次のように述 べている。「国家機関がある個人をその人種を理由にして不平等に取り扱う場合 は常に、当該個人は、アメリカ合衆国憲法の平等保護条項の文言およびその精神 が直接関わる害悪を被っている」121。「厳格審査を行った結果として、当該害悪 を も た ら す こ と が や む に や ま れ ざ る 政 府 利 益(compelling governmental interest)によって正当化されるか否かが決まる」122。このことに示されるとおり、 厳格審査は、アファーマティヴ・アクションがもたらすとされる先述の害悪が、 それが生じさせる社会的利益、換言すればやむにやまれざる政府利益によって相 殺可能であるか否かを比較考量する機能を担うものである123。厳格審査がこのよ うな機能を有していることをふまえれば、これに耐えうるアファーマティヴ・ア クションは、それがもたらす不利益を上回る利益をもたらすといえよう。つまり、 厳格審査に耐えうるアファーマティヴ・アクションであれば、それがもたらすと される害悪以上の利益を、人種的マイノリティを含め社会全体にもたらすといい うるのである124。 このように、アファーマティヴ・アクションが人種的マイノリティに利益をも たらすものか否かという点をめぐり、見解の対立がみられる。もっとも、この対 立は、PPD を適用すべきか否かを判断するうえで、さほど重視すべきことがら ではないかもしれない。本件においても、連邦第6 巡回区控訴審裁判所が、「標 的にされている法政策(targeted policy)は、マイノリティにのみ利益をもたらす ものである必要はない」のであって、当該法政策が自分たちの利益になると「マ イノリティが考える可能性があることだけで、十分である」125としている。つま り、Scalia 裁判官結果同意意見の指摘するように、PPD の適用に際しては、「問 題になっている法政策が“自分たちの利益になる”と“マイノリティが考える可 能性がある”」ならば、裁判官は、目下の事案においては人種に焦点をあてる政 府の行為を扱っていると確信してよいのである126。しかしながら、次にみるよう に、このような判断を行うことについては、より深刻な難点が指摘されている。 4.3【反分類原理 対 反従属原理】
4.3.1【反分類原理について】 相対多数意見によれば、PPD は「連邦最高裁判所の確立した平等保護法理と の整合性について、重大な疑念を生じさせる」127ものである。というのも、PPD は、平等保護条項と抵触する前提に依拠するものにほかならないからである。そ の前提とは、「同じ人種の個人は誰もが同じように考える」128というものである。 PPD の適用に際しては、連邦第 6 巡回区控訴審裁判所がそうしたように129、 問題になっている政府の行為によって標的にされている法政策が「主としてマイ ノリティの利益になる効果を有する」ものであって、かつ、「自分たちにとって 利益になるとマイノリティが考える」ものであるか否かを判断しなければならな い130。このとき、問題になるのは、人種的マイノリティが 1 つの集団として当 該法政策をどのようにみているかということであって、当該集団に属する個々人 が当該法政策をどのようにみているかということではない。そこでは、ありうる はずの個人の見解の相違は一切捨象され、「同じ人種の個人は誰もが同じように 考える」131ということが必然の前提になっているのである。このような前提はま さに、これまで連邦最高裁判所が否定してきたものにほかならない132。 相対多数意見によれば、「人種を基準にして個人を分類する国家機関の行為は、 本 質 的 に み て 合 憲 性 の 疑 わ し い も の で あ っ て 、 人 種 間 の 分 断 ・ 対 立(racial devisions)という、わが国が克服しようとしているものそのものを永続させる危 険性をもつものである」133。「裁判所がこの危険な試みに着手すれば、明確な法 的基準または裁判所の判断を導く許容しうる根拠が何らないままにそのような こ と が 行 わ れ る ば か り か 、 そ う す る こ と に よ っ て 、 個 人 を 貶 め る 固 定 観 念 (demeaning stereotypes)、すなわち、それそのものが合憲性の疑わしい分類に 依拠した詮索または範疇化(inquiries and categories)を招来するか、少なくとも、 それらを強いる高度の危険性を生じさせもするのである」134。人種を基準にして 人々を分類すれば、人々が人種に基づく固定観念ないし偏見に基づいて他者を扱 うようになり、ひいては、人種がもはや重要な意味をもつことがらとして扱われ なくなる日の到来が遠ざかることになりかねない135。相対多数意見はそのことを 危惧しているのである。 相対多数意見は、この他にも、PPD に対する「重大な疑念」136を、次のよう に説明している。PPD の適用に際して、裁判所は、人種的マイノリティが「ど の政策領域に政治的利害関心をもつのかということを決定しなければならなく なる」137。しかしながら、どのような法政策が、主として人種的マイノリティの 利益になる効果を有する政策であるのか、または人種的マイノリティが自分たち の利益になると考える政策であるのかということを判別できる明確な基準は存
在しない138。裁判所が、許容しうる何らかの法的基準に依拠しないままにそのよ うな判断を行えば、次には、ある法政策に賛成または反対の立場をとる人々が、 当該法政策がある人種的マイノリティに利益をもたらすのか、それとも不利益を もたらすのかという観点からの論争を巻き起こすことになりかねず139、ひいては、 「特定の人種集団の利益を代表しようとする人々が、平等保護条項によってかな り多くのことがらが有権者の判断または参加から予め除外されているとする判 決を求めることによって、それらの目的を達成しようとすることになりかねな い」140。相対多数意見によれば、裁判所が、ある法政策が人種的マイノリティに とって有利なものとして分類されると宣言すれば、「結果的に人種間の敵意と衝 突(racial antagonisms and conflict)が生じることになりかねない」141。つまり、 PPD と「本件における第 6 巡回区控訴審裁判所の理由づけを妥当なものとして 認めれば、人種間の分断・対立(Racial devision)は抑止されるどころか、法的に 助長される(validate)ことになるのである」142。アファーマティヴ・アクション のような特定の人種集団に恩恵をもたらす法政策を獲得しうるか否かが政治目 標化すると、政治的な敵・味方関係が人種を基準にして定まることが不可避にな り、人種間の政争が激化・長期化することになりかねない。こうして、人種間の 分断・対立が激化すれば、人種がもはや重要な意味をもつことがらとして扱われ なくなる日の到来はそれだけ遅れることになる143。相対多数意見は、裁判所が PPD を適用することによって人種間の分断・対立を激化させ、人種がもはや重 要な意味をもつことがらとして扱われなくなる日の到来を遅延させることにな りかねないことを懸念しているのである。 このように、相対多数意見によれば、PPD の難点は、以下の点にあるとされ る。それは、「同じ人種の個人は誰もが同じように考える」144という前提に基づ き人種を基準にして個人を分類することによって、①「個人を貶める固定観念、 すなわち、それそのものが合憲性の疑わしい分類に依拠した詮索または範疇化を 招来するか、少なくとも、それらを強いる高度の危険性を生じさせ」る点、くわ えて、②「人種間の敵意と衝突」145を生み、「人種間の分断・対立を法的に助長 することになる」146点である。 以上の難点を相対多数意見によって指弾されるPPD は、Scalia 裁判官結果同 意意見においても、同様に論難されている。 Scalia 裁判官結果同意意見は、ある法政策が主としてマイノリティの利益にな る効果を有するものであるか否かを判断することを、以下の2 つの点において批 判している。それは、当該判断が、①「アメリカ合衆国を“人種ごとの個人の集 まり(racial blocs)へと”分断するという不正な所業(dirty business)に裁判所を 加担させるものである」147ということ、②「個人の肌の色または民族が分かれば、
当該個人が予めどのような政治的利害関心を有しているかを確信することがで きるという有害な虚構(noxious fiction)を助長し、それとともに、同じ人種の個 人は―年齢、教養、経済的地位または生活している地域社会とは無関係に―同じ ように考え、同じ政治的利害関心をもつという考えを強める」148ということであ る。Scalia 裁判官によれば、「そのような人種に基づく固定観念をつくりだすこ とは、平等保護条項の要請とは相いれないものである」149。 以上のことからすれば、相対多数意見とScalia 裁判官結果同意意見は、次の 点において軌を一にするものであることが分かる。それは、両者がともに、「政 府が分類を行うこと、さらには、その結果として個人が人種を基準にして異なる 取り扱いを受けること」150を、平等保護条項にとっての害悪とみている点である。 この見地においては、平等保護条項は、「政府は市民を個人として扱わなければ ならず、人種集団、民族集団または宗教集団の一員として扱ってはならない」151 ということを要請していると理解されることになる。平等保護条項のこの要請は、 学説上は反分類原理(anti-classification principle)として知られるもので、同原 理によれば、人種を含め、一定の基準を用いる分類は、「個人の価値を貶めステ ィグマを強める」152ため、「国家機関は、禁じられた一定の基準に基づいて、公 然と、または内密に(overtly or surreptitiously)人々を分類してはならない」153と される。Scalia 裁判官が Harlan 裁判官の言を引用して述べているとおり、「“合 衆国憲法は、肌の色を顧慮しない(color-blind)ものであって、市民のなかに分類 (classes)が存在するということを知りもしなければ、そのようなことを許容して もいないのである”」154。 以上の反分類原理の見地からすれば、国家機関が人種を基準にする分類を行う ことの合憲性は、いかなる場合においても疑わしい155。このことについて、Scalia 裁判官は、以下のように述べている。平等保護条項は、「人種を基準にして分類 を行うという実践を後押しするためではなく消し去ることを意図して、不利益を 被りまたは利益を受ける者がどの人種かということにかかわりなく、同じ拘束力 をもって適用される」156べきものであって、「ある個人に適用される場合と別の 人種の個人に適用される場合とで、異なる意味をもってはならない。いずれの個 人にも同じ保護が与えられなければ、平等ではないのである」157。「自らの利益 を民主的政治過程において守る能力には集団ごとに差異があり、それに応じて司 法審査基準が変動するとする平等保護条項解釈を当裁判所が繰り返し否定して きたのは」、このためである158。「集団ではなく個人を保護している」平等保護条 項のもとでは159、「すべての個人が不利な取扱いから同様の保護を受ける」ので ある160。にもかかわらず、PPD は、「人種的マイノリティに不利益をもたらすよ うな政治過程の変更だけが平等保護条項に違反することを強調している」161点に
おいて、「平等保護条項が特定の集団を保護しているとする誤った解釈をしてい る」162。このように、Scalia 裁判官の見解においては、良性の目的に基づくも のとされるアファーマティヴ・アクションとて、人種に基づく区別を行うもので ある点において合憲性が疑わしいことに変わりはなく163、PPD もまた、人種的 マイノリティに特別な保護を与える点においては同断である。 以上のことからすれば、反分類原理に立脚するMichigan 州憲法第 1 節第 26 条が平等保護条項に違反しているはずはない。むしろ、人種を加点要素として考 慮する入学者選抜制度が特定の人種集団に利益をもたらすものであることは当 該集団にとって「常識」164であるとする、いわば人種に基づく区別に依拠する Sotomayor 裁判官反対意見こそ、反分類原理に違背し、平等保護条項の解釈を 誤ったものなのである165。 4.3.2【反従属原理について】 これに対し、PPD は平等保護条項に「根差した(grounded)」ものであって166、 これを廃棄することこそ、「法の下の平等という思想とまったく相いれない」167と、 Sotomayor 裁判官反対意見は反論する。 Sotomayor 裁判官によれば、「そもそもマイノリティに不利益を課すのではな く利益を与えることを企図している行為に対して厳格審査を行うこと」は、「平 等保護条項の要請に背いている(departed)」168という。裏を返せば、反分類原理 のように、「不利益を被りまたは利益を受ける者がどの人種かということにかか わりなく」169、国家機関が人種に基づく区別は一様に合憲性の疑わしいものであ るとすることは、平等保護条項の解釈を誤っているということになる。つまり、 Sotomayor 裁判官のいう「法の下の平等という思想」170のもとでは、換言すれ ば、正しい平等保護条項解釈のもとでは、「国家機関の行為が“人種的マイノリ ティを排除しようとするものであるか、それとも包摂しようとするものである か”」を区別することが求められるのである171。 学 説上は反 従属原 理(anti-subordination principle)として知られる以上の見 解によれば、「ある社会集団を従属させる目的または効果をもついかなる行為も」 許されないが172、アファーマティヴ・アクションのように、ある社会集団を従属 させる目的または効果をもたない行為は許容されうることになる173。この見地か らすれば、平等保護条項を含め、南北戦争後に合衆国憲法に組み込まれた修正条 項(Reconstruction Amendments) は 、「 奴 隷 制 お よ び 白 人 至 上 主 義 (white supremacy)という古い価値観にとって代わる“反奴隷制(nonslavery)”および反 従属(antisubordination)という新たな実体的価値」を具現するものである。つま