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アジ研ワールド・トレンド No.226(2014. 8) ●アンダの大結婚式 東アフリカとマダガスカルの 間、モザンビーク海峡に浮かぶ四 つの島からなるコモロ諸島には 、 コモロ語を話し、イスラーム教徒 であるコモロ人と呼ばれる人々が 住んでいる。コモロ諸島のなかで も一番大きなンガジジャ島の社会 は母系制の特徴をもっており、ダ ホと呼ばれる母系出自集団のまと まりが強い 。ダホの共有するマ ニャフリという土地や家屋は母系 的に相続され、妻方居住婚が行わ れているため、結婚すると花婿は 花嫁の実家に婿入りし、妻の母系 親族集団のなかで暮らすことにな る。婿入りのよそ者であり、しば しば離婚することで家族から離れ てしまうことも多い父親に対し 、 家族の結びつきは土地と家を所有 し、母系親族のなかで暮らす母親 と子供を中心としている。 しかし、母系制であるから女性 の社会的地位が高いというわけで はない。イスラーム社会でもある ため、公的領域だけでなく、家庭 内でも男性優位で家父長的な傾向 が強い。結婚に関しても、娘の結 婚相手は、父親やダホの長である 母方オジが決めることが多く、逆 らうことは許されていない。とり わけ、アンダという慣習による結 婚では、親の選択により、若い娘 が年の離れた男性と結婚させられ ることが多くみられる。 アンダとは、村を単位とした男 性の年齢階 梯制のことである。ア ンダは、六つの階梯をもつ﹁村の 子供﹂ ︵ワナ ・ムジ︶と 、五つの 階梯をもつ ﹁父なる者たち﹂ ︵ワ ンドゥ ・ ワババ︶の階層から成る。 男性は ﹁村の子供﹂から 、﹁父な る者たち﹂の階層に上るために 、 生涯に一度﹁大結婚式﹂ ︵ンドラ ・ ンク︶を行わなければならない 。 アンダの大結婚式は村の男性の義 務であり大きな名誉とされ、それ を成就することで男は﹁一人前の 大人﹂ ︵ワンドゥ ・ワズィマ︶と みなされ 、﹁父なる者たち﹂にの み許された豪華な衣装を身に着 け、村の集会で発言する権利をも つことができる。 大結婚式を実施するには多額の 資金が必要である。大結婚式は村 全体に結婚式の開始を告げるウバ イニショという行事に始まり、そ の一週間後に花婿が花嫁の家に入 り、初夜の日から数えて九日目ま での二週間以上続く。この長い期 間に、花婿側と花嫁側がさまざま な贈与交換をくり返すだけでな く、アンダの成員や村人全員に対 して肉やお菓子や食事などがふる まわれ、マジリシというイスラー ムの祈祷式や、ターラブというダ ンスパーティーなどさまざまな祝 いの行事が開催される。大結婚式 を行うために、花婿側は多額の婚 資や金の装飾品、家具や衣装など を準備しなければならない。 また、 妻方居住婚なので花嫁側が新居を 用意しなければならず、その建築 費用のほかにも花婿側への贈り物 や提供する食事のための米や肉な どを準備しなければならない。 お金を持たない若者が大結婚式 を実現するのはたいへん困難であ る。そこで、一般に、男性は若い 時にイスラーム法に則った身内だ けの ﹁小さな結婚式﹂ ︵ムナ ・ ダ ホ︶ で一度結婚し家庭をもち、四〇代 後半から五〇代になり大結婚式の 資金が準備できると大結婚式を行 うことが多い。 このとき 、長年連れ添った妻 と大結婚式を挙げることもある が、第二夫人として新たに若い妻 と結婚するケースや、妻と離婚し て新たに若い女性と結婚するとい うケースもある 。ア ン ダ の結婚で は 、 一〇代の若い娘と五〇歳を過 ぎた男性が結婚することもめずら しくない 。長女はアンダで結婚さ せなけれ ば ならないという慣 習 が あり 、その義務を果たさない親は 社会的に非難される 。 そ のため 、途上国
の
出会い
と
結婚
特 集花
渕
馨
也
アンダの花嫁
︱コモロにおける女性と結婚
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特 集アンダの花嫁 ―コモロにおける女性と結婚―
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アジ研ワールド・トレンド No.226(2014. 8) 長女をもつ親は 、娘が年をとりす ぎて行き遅れる前に 、早くアンダ で結婚させてしまおうとする傾向 がある。長女が生まれると、 親は、 すぐに家の建築や牛を買うための 資金準備を始め、 また幼少の時に、 親が将来の花婿と婚約を結ぶこと もしばしばある。 かつて、アンダの花嫁は処女で あることが条件とされていた。ア ンダの結婚式を行う前には、親族 の女性によって花嫁の処女膜の検 査が行われ、初夜の後には、流さ れた血液のついたシーツを花嫁の 父親が家の外に広げ、娘の名誉を 公に証明してみせるということも 行われていた。アンダでの結婚が 義務付けられた長女は、箱入り娘 として幼い頃から両親や男兄弟た ちの強い監視のもとに置かれ、日 中はほとんど家から出ることさえ 許されていなかったという。 ●高校生の花嫁 アンジザはンガジジャ島の小さ な漁村に住む二一歳の女性で、ま だリセ ︵高校︶の三年生である 。 二〇一四年の八月に、フランスに 住む同じ村出身の五四歳の男性モ ハメッドとアンダの大結婚式を行 う予定である。 相手のモハメッドは初婚ではな く、アンジザはモハメッドの第二 夫人として結婚する。モハメッド は村で若い時に結婚し、二人の子 供をもうけたが 、その後離婚し 、 一九九三年に親戚が住んでいたフ ランスに渡った。長くフランスの マルセイユ市に住んでおり、レス トランで皿洗いの仕事をしてい る。フランスで別の村出身の女性 と結婚し、三人の子供もいる。フ ランスで子供をもうけたことで 、 モハメッドはフランス国籍を取得 し、フランスとコモロの二重国籍 をもつ 。現在の妻も再婚であり 、 彼女は前の夫と結婚したときにア ンダを行っている 。フランスに 渡って二〇年あまり、いつかアン ダを行うためにと、安い給料のな かから少しずつお金を貯めてきた のだという。 フランスでは重婚は禁止されて いるが、コモロはイスラーム社会 なので一夫多妻が認められてい る。役所に婚姻届を出すことはほ とんどないので、事実上、フラン スに住むコモロ人移民は一夫多妻 をすることができる。ただし、や はり妻同士の嫉妬はある 。モハ メッドがアンジザとの結婚を言い 出したときには、夫婦の間でかな りもめたそうだ。 しかし、 モハメッ ドもすでに五〇歳を越え 、﹁村の 子供﹂の階梯のなかでも最上階に 属しており、長年恥ずかしい思い をしていたので、なんとか妻を説 得して結婚を認めさせたのだとい う 。﹁二人の妻をもつのはたいへ んだよ。でも、若くて美人な妻と 結婚するのはうれしいよ。アンダ で若い妻と結婚するのはコモロの 男の名誉なんだよ。 ﹂ 現在の妻が いない時に、モハメッドはにやけ た顔でこんな風に言っていた。 アンジザがまだ一七歳だった 時、モハメッドの妹がアンジザの 母方オジとアンダで結婚し、その 結婚式でアンジザを見初めたモハ メッドが、その母方オジに婚約を 申し込んだ。承知したオジがアン ジザの母親に話をし、母親から結 婚をすすめられたアンジザは婚約 を承諾した。フランスに住むモハ メッドはめったに村に帰郷しない ので、二人がこれまで会ったのは 数回だけであり、相手のことはよ く知らないらしい。それでも、 ﹁コ モロの女性はアンダで結婚するの が習慣だから、母親がそうであっ たように自分もそれに従う﹂のだ という。 アンジザの大結婚式をサポート するのは、実の母親ではなく、ア ンジザの母方オバである。女性に は男性のアンダのような年齢階梯 制はないがベヤという互助グルー プがあり、女性が自分の娘をアン ダで結婚させる時には、ベヤの女 性メンバーが大結婚式の料理や花 嫁の世話などを行う。女性が長女 をアンダで結婚させることはベヤ の互 酬的義務だとされており、娘 をアンダで結婚させた母親は﹁ア ンダの母親﹂と呼ばれるようにな る。娘のアンダを果たせないこと は女性にとって恥とされ、ベヤの 成員から公然と揶揄されることも ある。 アンジザの母親の姉であるオバ には娘がいないため、母親として アンダを行うことができなかっ 伝統的衣装を着たアンダの花婿と花嫁(著者撮影)38
アジ研ワールド・トレンド No.226(2014. 8) た。そのため、妹の娘であるアン ジザを実の母親の代わりにアンダ で結婚させてアンダの母親になろ うというのだ。実の母親もまだ娘 のアンダを行っていないが、彼女 には娘が三人いるので次の娘の結 婚は自分が行うという。コモロ社 会では、母親の姉妹も母親と同じ く﹁ムザゼ﹂と呼ばれ、母親と同 等な存在とみなされているので 、 このような代替が認められる。 アンジザは五人の兄弟と三人の 姉妹の八人キョウダイで、姉妹の なかでは次女である。長女は大学 生で、婚約者はいるがまだ結婚し ていない。アンジザの三人の兄た ちがフランスで暮らしており、お 金を送金してくれたおかげで、ア ンジザの家族は花嫁の新居を建築 することができ、大結婚式の準備 を整えることができた。 しかし、結婚してもアンジザは 新居に住むのではなく、実家で暮 らすのだという。新居には代わり に兄夫婦が住む予定だ。モハメッ ドは結婚後も現在の妻子とともに マルセイユに住むが、アンジザは コモロ大学に進学して観光学につ いて勉強するため村に残り、大学 を卒業したら、いずれフランスに 渡って仕事をみつけたいと考えて いる。モハメッドもそれを認めて いるが、実は、フランスで二人の 妻と子供を養うのは大変だし、妻 同士のもめごとを避けたいからと いうのが本音らしい。 ●移民がもたらす変化 コモロ諸島は一九世紀半ばにフ ランスによって植民地化され、一 九七五年になって独立を果たし た。しかし、独立以降は度重なる クーデタや汚職などによって不安 定な政治が続き、これといった資 源も、産業もないため経済的発展 も低迷してきた。コモロの困窮し た状況を背景として、九〇年代以 降フランスに移民する人々が急激 に増加し、現在では推定三〇万人 以上がフランスに暮らしている 。 特にモハメッドの住むマルセイユ 市には約八万人のコモロ人移民が 住んでおり、今ではコモロの﹁第 五の島﹂などといわれている。ア ンジザの住む村でも人口二〇〇〇 人のうち八〇〇名ほどがフランス に住んでいる。 移民たちは、 同郷組合を組織し、 活発に村への援助活動を行ってお り、道路や水道の整備、モスクや 広場の建築など村の公共事業のほ とんどを担っている。海外移民が 故郷に送金する金額は、コモロの 国家予算の二倍以上にもなるとい う推計もあり、今では、村の生活 は移民による経済的援助なしには 成立しない状況となっている。 コモロ人移民がコモロにもっと も多くのお金を故郷に落とすの は、アンダが開催される時期であ る。ンガジジャ島の村々では、毎 年、八月のヴァカンスの時期にな るとフランスに住む移民が一斉に 帰郷し、毎日のように村をあげて アンダの大結婚式が開催される 。 この時期には大量の米や牛肉など が蕩 尽的に消費されるため、その コモロ経済への影響はとても大き い。 一九九〇年代以降、移民の経済 力や彼らが持ち込む西欧文化の影 響によって、アンダは大きく変化 してきた。故郷に錦を飾りたいと いう移民の見栄の張合いによっ て、花婿の支払う婚資や金の装飾 品の費用も、花嫁側が用意する贈 り物の費用も、村人たちへの御馳 走やお菓子の費用もすべて高くな り、アンダにかかる費用は高額化 してきた。また、オマーンの王族 が着ていた衣装を模倣した豪華な 金刺繍の衣装が取り入れられた り、花婿と花嫁が西欧的なフォー マルスーツとウェディングドレ スを着て行われる華やかなパー ティーが導入されたりと、より派 手で、豪華な結婚式が行われるよ うになってきた。 大結婚式の見栄えだけでなく 、 結婚のあり方にも変化が生じてき ている。かつては、年齢を重ねて ある程度財力をもたないと大結婚 式を行うことはできなかったが 、 公務員や政治家、商人など若くし て経済力をもつようになった世代 や、フランスに移民してある程度 お金を貯めた若者が、現金収入の ない年配の世代を追い越して大結 婚式を行うケースが増えてきてい る。若くしてアンダの階梯の上位 に上るものが出てくる一方で、い つまでも﹁大人﹂の階梯に登れな い年長者も増えているのだ。その ため、アンダにおける長 幼の序列 の規則も変化してきており、かつ ては、母系親族集団のなかで年配 の男性から順にアンダを行うとい う規則があったが、この順序が守 られないケースもでてきている 。 また、長女のみがアンダの結婚式 を行うという規則も変化し、アン ジザの場合のように次女を長女よ りも先にアンダで結婚させたり 、 長女だけでなく、全ての姉妹をアアンダの花嫁 ―コモロにおける女性と結婚―