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サイバー空間とフィジカル空間を癒合するアメーバ計算パラダイム

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1.は じ め に

サイバー(仮想)空間とフィジカル(現実)空間を高 度に融合させる社会変革の重要性が認識されている [ 内 閣府 16].1990 年代以降のインターネットの普及は,「ア トムからビットへ」をテーマに [Negroponte 96],物理 的な実体から独立した情報をサイバー空間に集約して処 理するアプローチを加速し,多くの技術革新をもたらし た.2010 年代を迎えると,Internet of Things,3D プ リンタ,スマート工場,ドローン,自動運転,物流自動 化などの新しいキーワードが次々に登場し,飛躍的に発 展した人工知能技術の普及と相まって,サイバー空間で 確立された高度な情報処理技術をフィジカル空間におけ る物理的実体を伴う対象の運用上の諸問題の解決へと応 用する,いわば「ビットからアトムへ」のアプローチに よる技術革新への期待が高まっている.しかし,これら のアプローチは「ビット」と「アトム」を峻別し,サイバー 空間とフィジカル空間を異質で断絶したものとして規定 するチューリング機械以来の計算パラダイムに基づいて いるため,両空間をそのまま接続することは容易ではな い.「フレーム問題」は,実社会において自律的に活動 できることを期待される人工知能ロボットが,その頭脳 のサイバー空間中で実現される情報処理能力の有限性ゆ え,無際限の複雑性をはらむフィジカル空間中で直面す る想定外の状況に臨機応変に対応できる能力を獲得する ことには原理的に困難であると予見する [Dennett 87]. フレーム問題の回避が実用的レベルで可能かどうかは議 論の分かれるところであるが [柴田 04],少なくともす でにサイバー空間とフィジカル空間の狭間では,新たな 可能性とともに新たな問題群も生じつつある [三木 16]. 問題が先鋭化しているのは物流の分野である [国交省 17].サイバー空間で大量の商品をワンクリックで注文 可能になった一方で,フィジカル空間でそれらを宅配す る業者は深刻な労働力不足に直面している.自動運転ト ラックによる無人配送に期待が集まっているが,トラッ クから宛先玄関までの「ラストマイル」の荷物運搬を担 うのは,依然として人である [林 17].ラストマイルの 労働力となり得る自律ロボットも多数提案されている が,いまだ人を代替できる段階にはない.それらは平坦 な路面を走行したり規則的な階段を昇降したりはできる ものの,各戸で異なる未知の複雑な物理的条件をもつ環 境を,既知の制御情報のみに基づいて走破することが困 難なのである.こうした従来のロボットは,環境の情報 として物質から独立した「ビット」のみをセンサから取 り込んで処理し,そこからの状況判断に環境とコンタク トするアクチュエータを構成する「アトム」が直接関与 することはない [新山 18, Pheifer 07].このように「ビッ ト」と「アトム」が断絶したままでサイバー空間におけ る情報処理能力をどれだけ向上させても,フィジカル空

サイバー空間とフィジカル空間を癒合する

アメーバ計算パラダイム

Amoeba-inspired Computing Paradigm for Bridging the Gap between

Cyber and Physical Spaces

青野 真士

慶應義塾大学環境情報学部,Amoeba Energy 株式会社

Masashi Aono Faculty of Environment and Information Studies, Keio University. / Amoeba Energy Co., Ltd. [email protected], http://web.sfc.keio.ac.jp/~aono/

[email protected], http://www.amoebaenergy.com/

鯨井 悠生

Amoeba Energy株式会社

Yusei Kujirai Amoeba Energy Co., Ltd.

[email protected], http://www.amoebaenergy.com/

野﨑 大幹

(同   上)

Hiroki Nozaki [email protected], http://www.amoebaenergy.com/

Keywords:

natural computing, combinatorial optimization, amoeba-inspired computing, non-Neumann type

computer, soft robotics.

(2)

間の無際限の複雑性を乗り超えることは難しいだろう. 本来,情報と物質は分かちがたく結び付いている [堀 08].情報としての属性をもつ物質,例えば,状況に対 する知識を蓄えて正しい判断をできる物質は存在し得る し,質量や体積をもち物体を動かす力を伝達できる信号, すなわち,物質としての属性をもつ情報も想定できるだ ろう.これを実証しているのは生物やそれを構成するさ まざまな生体システムである.本稿で紹介するアメーバ 生物・粘菌(以降「アメーバ」)は,単細胞ながら置か れた環境に適応できる高度な情報処理能力を有してい る.そこでは,センサ系,情報処理系,アクチュエータ 系が明確に分離していない.言うなれば,「アトム」と 「ビット」が未分化なシステムである.我々がこうした 始原的なシステムに注目するのは,もちろん懐古趣味か らではない.環境とコンタクトする身体の物質の複雑な 運動をも情報として取り込んで処理することで,事前に 規定しきれない環境の無際限の複雑性を懐柔する,現実 的な解決策の可能性を探るのである. 本稿では,アメーバの情報処理原理に着想を得た新た な計算パラダイムに関する著者らの研究をいくつか紹介 する.まず,アメーバの変形行動を光刺激により誘導す ることで組合せ最適化問題「巡回セールスマン問題」の 解を探索させる実験システムである「アメーバ計算機」 [Aono 07, Aono 09, Iwayama 16, Zhu 13],およびその解 探索プロセスの数理モデル [Zhu 18] を紹介する.そして, より抽象度の高い「充足可能性問題」の解を探索する「ア メーバ型最適化アルゴリズム」[Aono 12, Aono 15a] に ついて説明したうえで,このアルゴリズムをアナログ電 子回路 [Kasai 13, Saito 18] やディジタル電子回路 [Ngoc 18,Takeuchi 18] により実装する「アメーバ型最適化チッ プ」の研究開発の現状を紹介する.最後に,伸縮素材の 膜が外界形状に適合しようとする物理過程とそれを柔軟 に制御できるアメーバ型最適化チップを組み合わせるこ とで,未知の複雑な環境をも走破し荷物を運搬する仕事 を担う「アメーバ型移動ロボット」の開発構想について 述べ,サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合に資 する技術革新の可能性を展望する.

2.アメーバ計算機

2・1 真性粘菌変形体 真性粘菌(Physarum polycephalum)変形体は,不 定形でネットワークのような形状になることもできる単 細胞のアメーバ生物である(図 1).アメーバの構造(図 2(a))は,内部隔壁のない 1 枚の細胞外質(一種の膜)と, それが取り囲む原形質(流体)から成る.細胞外質はア クトミオシン系が架橋することで構成されており,その 各所は収縮と弛緩を周期的(1 ∼ 2 分)に繰り返している. そこから,細胞全体の時空間振動ダイナミクスが生じる. このダイナミクスは,細胞外質に局所的な収縮力勾配を もたらし,それにより原形質が受動的に流動する.細胞 外質の振動の時空間パターンに応じて,原形質の流動方 向は繰り返し反転する.この往復流動がアメーバの足(体 の一部)の伸長・縮退運動を駆動し,全体の変形や移動 (速度:∼時速 1 cm)をもたらす.よって,アメーバの 変形や移動に関する判断は,時空間振動ダイナミクスの 自己組織化により実現しているといえる [Iwayama 16]. アメーバは,中枢神経系のような中央集権型の情報処 理ユニットをもたないにもかかわらず,全体として高度 な情報処理機能を発揮することができる.例えば,複数 のエサを空間的に配置すると,それらを結ぶ最短経路を とる形状に変形することで,栄養物質の吸収効率などの 生存に有利になる複数の指標を最適化できる [Nakagaki 00].これは,この単細胞生物が環境の情報(エサの位置 関係)を処理し,ある種の最適化問題を自律分散的なや り方で解く計算能力を有していることを意味している. 2・2 アメーバ計算機 Aonoらは,培地上にアメーバが足を伸縮できる溝を もつ障壁構造(図 2(b))を設置し,各溝にアメーバが 忌避応答を示す光刺激を照射できるシステム(図 2(a)) を構築した [Aono 07].アメーバは栄養吸収量を最大化 するべくすべての足を伸ばしたいが,光照射されると縮 退を促される.このとき,光照射のオンオフをアメーバ の形状に応じて更新するフィードバック規則を適切に設 図 1 単細胞の粘菌アメーバ. 時空間振動ダイナミクスの自己組織化により環境を知覚し, 判断し,移動する 図 2 アメーバ計算機. (a)光照射システム,(b)障壁構造

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定すると,アメーバが被照射リスクを最小化できる組 合せの足だけを伸ばそうと試行錯誤する過程で,組合 せ最適化問題の近似解を探索できる [Aono 07, Aono 09,

Iwayama 16, Zhu 13].

「巡回セールスマン問題(Traveling Salesman Problem: TSP)」とは,n 個の都市と各都市間の移動距離を定め た地図を与えられたセールスマンが,すべての都市を一 度だけ訪問して出発都市に戻る巡回ルートのうち,総移 動距離が最短になるものを求める組合せ最適化問題であ る(図 3).n の増大に伴い許容解(巡回ルート)の総数(n− 1)!/2 は階乗的に成長するが,NP 困難問題である TSP の厳密解を多項式時間で得るアルゴリズムは知られてい ない. アメーバ計算機は,TSP の近似解を探索できるリカ レントニューラルネットワークである Amari-Hopfield-Tankモデル [甘利 78, Hopfield 86] の定式化にならい, 都市名 V とその訪問順 k を示すラベル Vk で識別される n2本の溝をもつ障壁構造を用いる(図 3).状態 X Vk(t) ∈ [0.0, 1.0] は,時刻 t に溝 Vk 中で伸びているアメーバ 足の面積の割合を表す.溝 Vk に照射される光の強度は LVk(t)∈(0.0, 1.0)で表される.照射パターン(すべて の LVkの状態)は , 次式(1)∼(3)によりΔt=6 秒ご とに更新される [Aono 09]. LVk(t+ t) = -1 , WVk,Ul 35, 0.6( XUl(t)) Ul Δ σΓ Θ σ (1) , (x)=1/ (1+exp (- (x- ))) (2) WVk, Ul= if V= ≠ U and k l ( ) if V U and k=l ( ) dst(V, U) (if V U and|k l|=≠ − 1) 0 (otherwise) − − − μ ν ≠ (3) σΓ, Θ(x)∈(0.0, 1.0)はシグモイド関数で,パラメータΓと Θにより,それぞれ傾きとしきい値を調節する.Γ= 1 000, Θ=− 0.5 である.WVk,Ulは溝 Vk と Ul の結合強度で, パラメータλ=0.5,μ=0.5,νは,それぞれ同一都市の 再訪問禁止,複数都市の同時訪問禁止,都市 V-U 間の距 離 dst(V, U)に比例した被照射リスクを調節する.νは, 都市間距離の差をできるだけ大きく反映しつつすべての 巡回ルートを探索可能にするため,最遠距離で隣接する 三都市 {V, V*, V*}=argmax {V, V*, V*(dst} (V, V*)+ dst(V*, V*))が決める上限ν=− Θ(dst(V/ *, V* dst(V*, V*))を超えない,できるだけ大きな値に設 定する [Zhu 18]. 実験に先立ち,まずアメーバを障壁構造中央の円形部 分を埋め尽くすよう広がらせ,全初期値を XVk(0)=0 に そろえる.そして,式(1)∼(3)に基づく照射パター ンの更新を有効にすることで,探索が開始される.アメー バの足は,原則として光照射オフの溝で伸長し,光照射 オンの溝で縮退する.しかし,アメーバの時空間振動ダ イナミクスは,その位相が決める原形質流動の方向によ 図 3 アメーバ計算機が導出した TSP の近似解. 異なる n に対し,アメーバおよび実験環境の物理的サイズ を固定するべく,64 本の溝をもつ障壁構造を用い,n2本の 溝(黒字ラベル)のみが利用可能となるよう,64−n2本の 溝に常に光を照射しアメーバが侵入できないようにした

(4)

り,足を光照射オンの溝で伸ばしたり,オフの溝で縮め たりする動作を確率的に発生させる.こうした「揺らぎ 動作」がアメーバの形状を多様化し,広範な解空間を探 索できる.アメーバは,どの組合せの足を伸ばせば被照 射リスクを最小化できるか判断する試行錯誤を重ね,光 刺激に関する情報を蓄積し,最終的に n 本の光照射オ フの溝の中でその足を完全に伸長できることを発見する (図 3).このとき,伸長した(XVk= 1.0 となる)足の組 合せが,巡回ルートに対応する近似解を表現する.図3(a) の n=4 の例では,4 本のアメーバ足 D1, C2, B3, A4 の みが伸長し,最短の巡回ルート D → C → B → A → D を 表現している. TSPの許容解の総数は都市数 n に対し組合せ爆発を 起こすが,アメーバはそれにどう対抗し,探索の時間と 質(ルート長の短さ)は n の関数としてどう変化するだ ろうか? こうした疑問から,Aono と Kim らは n を 4 ∼ 8 まで変えて実験を行った [Zhu 18].この実験の目的 は,解空間の増大(図 4(a))が探索の時間と質に与え る影響を評価することであり,それは物理空間の拡張に よる影響とは区別されなければならない.そこで,異な る n に対しても同サイズの障壁構造を用いることで,足 どうしの距離やそれらの間の情報伝達に要する時間は変 わらない状況で,環境(解くべき問題)の複雑性の増大 にアメーバがどう対応するかに焦点を当てた(図 3).一 方,より大きな n の実験も原理的には可能である.アメー バ個体は数平方メートルにも広がるので,必要なサイズ の障壁構造と光照射システムを構成すれば,n は数百ま で拡大できるだろう. 図 3 で示される実験で用いた地図は,すべての n に対 し,距離 100 の最短ルートと距離 200 の最長ルートが一 意に存在し,解の分布が平均ルート距離 150 をとる正規 分布に近くなるように設定した.n=4, 5, 6, 7, 8 につき, それぞれ 12, 11, 12, 11, 23 回の実験を行った.90%に近 い割合で,アメーバは少なくとも一つの許容解を発見で きた(図 4(b)).図 4(c)と図 4(d)は,それぞれ許 容解を発見するまでの時間の平均値とその許容解のルー ト長の評価値を n の関数として示したものである.前者 は,最初に照射が点灯した時点から巡回ルートを表現す る照射パターンが現れるまでの経過時間をカウントして いる.後者は,図 3 の地図をもとに列挙される全許容解 のルート長の平均値(白)を 1 としたときの,実験で発 見された許容解のルート長の平均値の割合(黒)を示し ている.これらの結果は,アメーバ計算機は,TSP のそ こそこ質の良い近似解を,n が増大してもその質を劣化 させることなく(図 4(d)),探索に要する時間の増大 を n のほぼ線形関数に抑えながら発見できている(図 4 (c))という事実を示している. このアメーバ計算機において,アメーバの足やそれら のハブとなる部分(障壁構造中央の円形部分)は,そこ で発生する大自由度の複雑な時空間振動ダイナミクスに より,光照射の経験を記憶し,光刺激応答の適切な揺ら ぎを生成する役割をもつ.実際,アメーバのハブ部分を 分断する対照実験を行うと,発見できた解の質とその探 索に要した時間が著しく劣化した [Zhu 13].また,アメー バのハブ部分の時空間振動ダイナミクスの時系列を解析 すると,ダイナミクスがよりコヒーレントである(同位 相で同期する傾向が強い)ほど,より質の高い解が発見 されることがわかった [Iwayama 16].このことは,本 システムの制御ダイナミクスは時間的・空間的相関をも つ揺らぎを発生するダイナミクスとカップルすること で,より高い探索性能を発揮し得ることを示唆している. 2・3 アメーバ計算機の数理モデル TSPの近似解を線形時間で探索できるアメーバの情 報処理はどのような原理だろうか? Aono と Kim ら は,アメーバ計算機では許容解到達時の全状態値の総和 が n になること( VkXVk=n)に注目した [Zhu 18]. もし光照射が導入されない状況で,単位時間当たりにア メーバのハブ部分からすべての足に対し供給される原形 質量の総和が一定値Δinであるなら,時刻 t = n/Δinには VkXVk(n/Δin)=n が実現される.このときすべての足 は均等に n−1だけ伸び,許容解を表現しない.しかし, この一定の原形質供給の原則が,もし照射パターンが更 新される状況で,光照射によりアメーバの足からハブ部 分に戻される原形質量を勘定に入れてもなお遵守される 図 4 アメーバ計算機およびその数理モデルの TSP 解探索性能

(5)

なら,線形時間 t = n/Δin後には VkXVk(n/Δin)=n が 実現し,かつ,許容解を表現する n 本の足のみが伸びて XVk(n/Δin)=1 となるはずである. この仮説を数値シミュレーションで検証するため,ア メーバ足の時間発展を次のようにモデル化した [Zhu 18]. XVk(t+1) = XVk( ) OtVk(t+1)+ Vk(t+1) if L( Vk(t+1) > 0.5) XVk( ) + It Vk(t+1)+ Vk(t+1) (if LVk(t+1) 0.5≦ ) (4) 全初期値は式(2)のシグモイド関数がσ35, 0.6(X0)= (n2−1)−1となる X Vk(0)=X0とし,ξVk∈ [−δ, δ]はノイズ で,最大振幅をδ= 0.003 と設定する.OVkは溝 Vk が 光照射オン(LVk> 0.5)のときアメーバの足 Vk からハ ブ部分に流出する原形質量であり,次式(5)で定義さ れる. ≦ OVk(t+1) 2 out 20, 0.6(XVk( )t) if L( Vk(t+1) > 0.5) 0 (if LVk(t+1) 0.5) = Δ σ (5) Δout=0.001 は,光照射により単位時間当たりにアメー バ足 Vk から流出する原形質量を調節する定数である. 式(4)の IVkは光照射オフ(LVk≦ 0.5)のときハブ部 分からアメーバ足に流入する原形質量であり,次式(6) で定義される. IVk(t+1) ( in+S t( )) / Loff(t+1) if L( off(t+1) > 0) 0 (if Loff(t+1) = 0) = Δ (6) Δin=0.001 は,単位時間当たりに全アメーバ足に流 入する原形質量の総和を調節する定数である.S(t)は, 次式(7)で定義されるアメーバのハブ部分にストック されている原形質量で,単位時間にすべて消却され得る と仮定している.Loff∈ {1, 2, …, n2}は光照射オフの溝の 数を表す. S t( +1) OVk(t+1) Vk if L off(t+1) >0 ( ) S t( ) + in+ O Vk(t+1) Vk if L off(t+1) =0 ( ) = Δ (7) すなわち,アメーバのハブ部分から原形質を供給可能 な光照射オフの足が 1 本もないとき,原形質流入定数 と全足からの原形質流出量の総和がストックに累積され る. 式(4)∼(7)に基づきアメーバ足の状態を更新しな がら式(1)∼(3)に基づいて照射パターンを更新する モデル(ただし,Δt =1)の解探索性能を,n を 10 ∼ 20 まで変えて図 3 と同様の方法で作成した地図を用いて検 証した.図 4(e)と図 4(f)は,それぞれ許容解を発 見するまでの反復回数(時間ステップ t)の平均値とそ のルート長の評価値を示しており,図 4(c)と図 4(d) の実験結果をよく再現している.これらの結果は,一定 の原形質供給の原則を遵守できるような物理デバイスを 用いれば,NP 困難問題の近似解をその質を維持しつつ 線形時間で探索できる新たな組合せ最適化マシンを構築 できる可能性を示唆している.そのような物理デバイス としては,一定の電流を循環できるアナログ電子回路な どが考えられる. 式(4)で導入された揺らぎξVkは無相関白色ノイズ であり,アメーバの時空間振動ダイナミクスから生じる 時間的・空間的相関をもつ揺らぎを表現していない.今 後こうしたダイナミクスを表現できるモデルやデバイス を用いることで,探索性能の向上を見込めるかもしれな い.

3.アメーバ型最適化アルゴリズム

Aonoらは,アメーバ計算機の研究から得られた知見 をもとに,より抽象度の高い組合せ最適化問題「充足可 能性問題(Satisfiability Problem:SAT)」の解を探索 するアルゴリズム「AmoebaSAT」を定式化した [Aono 12].SAT とは,複数の論理的制約条件を満たすように 論理変数 xi( i ∈ {1, 2, …, N})に真偽値(1 または 0) を割り当てられるかを判定する一種の制約充足問題であ る.図 5 の問題例は,SAT 解(x1, x2, x3, x4)=(1, 1, 1, 1) をもつ.N に対し解候補の数は指数関数的(2N)に増大 するが,NP 完全問題である SAT を多項式時間で解くア ルゴリズムは知られていない. AmoebaSATは,各変数 xiの真偽値 xi=v(v=0 または v=1)を,アメーバの足 Xi, v∈{−1, 0, 1} が伸びた状態 Xi, v=1もしくは縮んだ状態Xi, v≦0により表現するため, N変数の SAT を解くのに 2N 本の足が必要になる(図 5). 図 5 (a)AmoebaSAT のバウンスバック制御と(b)SAT 解 到達状態

(6)

変数割当て x=(x1, x2, …, xN)は,時間ステップ t の状態 X(t)=(X1, 0(t),…,XN, 1(t))から次のように判定される. xi( )t 0 1 xi(t 1) (otherwise) if Xi, 0( )t =1 and ( if Xi, 1( )t =1 and ( Xi, 0( )t ≦0) Xi, 1( )t≦0) - = (8) 各足 Xi, vの時間発展は,その伸長と縮退を決定する変 数 Yi, v∈ {0, 1} の関数として,次式(9)で定義される. Xi, v(t+1) otherwise ( ) = Xi, v( ) +1 if Yt ( i, v(t+1) =1 and Xi, v( ) <1t ) Xi, v( ) 1t Xi, v( )t if Yi, v(t+1) =0 and ( Xi, v( ) > 1)t - - (9) 各足 Xi, vは,「バウンスバック信号」と呼ばれる抑制信 号 Li, v∈ {0, 1}(光照射の類推)が適用されるとき(Li, v =1)縮退し(Yi, v=0),適用されなければ(Li, v=0) 伸長する(Yi, v=1).ただし,後者のとき(Li, v=0), 伸長すべきところで伸長しない(Yi, v=0)「揺らぎ動作」 が確率的に発生する必要がある.Xi, vが三値を取るのは, 二値ではバウンスバック信号が連続して適用された経験 を記憶できないからである.Yi, vの時間発展は次のよう に定義される. Yi, v(t+1) 0 (if Li, v(t+1) = 1) sgn 1( --Zi, v(t+1)) if L( i, v(t+1) = 0) = (10) εは揺らぎパラメータ,Zi, v∈ [0.0, 1.0] は揺らぎ源か ら発生する時系列,sgn(z)=1(if z > 0),0(otherwise) であり,Zi, vが 1−εより大きな値をとるときに揺らぎ 動作が発生する.ここでは,ロジスティック写像Zi, v(t+1) =4Zi, v(t),(1−Zi, v(t))が生むカオス振動を用い,ε= 0.24とした.Zi, vの時系列がもつ時間的・空間的相関や εの設定は,解探索性能に大きな影響を与える興味深い 研究対象である [Aono 15a]. 時間ステップ t のすべてのバウンスバック信号 Li, v(t) は,問題例に応じ定義される「バウンスバック規則」と 呼ばれる禁止則に従い,すべての Xi, v(t)を参照し決 定される.例えば,図 5(a)の例では X2, 1(t)=1 と X3, 0(t)=1 が成立しており,これは x2=1 と x3=0 とい う割当てを含意する.ここで条件(¬ x2∨x3∨¬ x4)に 注目すると,これを充足するには x4=1 は許されない. そこで,x4=1 を禁じるバウンスバック信号 L4, 1(t)=1 を適用する.同様に,条件(x1∨¬ x2)と(x1∨x3)か ら L1, 0(t)=1 が,(x3∨¬ x4)から L4, 1(t)=1 が決定さ れる.図 5(a)では,x2=1 と x3=0 に対する無矛盾律 を成立させるため,L2, 0(t)= 1 と L3, 1(t)= 1 にも信号 が適用されている.こうした方針に従い,全条件につき 変数間の相互依存関係を調査し,バウンスバック規則が 定義される. バウンスバック規則とそれに基づくバウンスバック制 御を正確に定義しておく.すべてのバウンスバック規則 の集合 B の要素は(P, Q)の形をしており,集合 P に含 まれるすべてのアメーバ足(j, u)が伸長している(Xj, u= 1)ならば,集合 Q で指定されるすべての足(i, v)にバ ウンスバック信号(Li, v=1)を適用する意味をもつ.こ れを以下で定義する. Li, v(t+1) = 1

if (P, Q) B such that (i, v) Q

and ( j, u)P( Xj, u( ) =1t ) 0 (otherwise) (11) すべてのバウンスバック規則の集合は B=INTRA ∪ INTER∪ CONTRA として定義される.各変数内での 無矛盾律を担う INTRA は,すべての i につき,INTRA ∋({(i, v)},{(i, 1−v)})が成り立つよう構成される. SAT問題例が複数のリテラルの論理和である節を複数 もつ論理積標準形で与えられるとき,各節 C がリテラ ル xiと ¬ xiを含むことを i ∈ C と−i ∈ C と書くことに する.図 5(a)で説明された方針に則り,INTER はす べての節 C につき変数間の相互依存関係を参照し,次の ように定義される.すべての i ∈ C に対し,集合 P を, j≠i となるすべての j ∈ C につき P ∋( j, 0),すべて の−j∈ C につき P ∋( j, 1)として構成し,INTER ∋ (P, {(i, 0)})を追加する.すべての−i ∈ C に対し,上 と同様に P を構成し,INTER ∋(P,{(i, 1)})を追加す る.一方,こうして構成された INTER がある変数 i に 対し(P, {(i, 0)})と(P, {(i, 1)})を含む場合,P に含ま れる全足が伸長すると Li, 0=Li, 1=1 となり,変数 i は 0 と 1 のいずれの値も許されなくなる.こうした相反を排 除するため,その原因をつくった P 中の全足自身にバウ ンスバック信号を適用するのが CONTRA である.すな わち CONTRA は,すべての i に対し,集合 Pi, 0={P|(P, {

(i, 0)})∈ INTER} と Pi, 1={P|(P, {(i, 1)})∈ INTER}

をつくり,それらの直積の全要素(Pi, 0, Pi, 1)∈ Pi, 0×Pi, 0 について,CONTRA ∋(Pi, 0∪ Pi, 1, Pi, 0∪Pi, 1)となる よう構成される. AmoebaSATのダイナミクスは,望ましくない状態遷 移をバウンスバック規則により禁じられる環境下で,す べての足が同時並行的に伸び縮みすることで,試行錯誤 を反復しながら解を探索する過程である.そして,バウ ンスバック信号が適用されないすべての足が伸びた状態 を維持できる安定状態に到達したとき,SAT 解が発見

(7)

される(図 5(b)).AmoebaSAT の状態 Xi,v(t)は,す

べての(i,v)について Xi,v(t)=1 ⇒ Li,v(t)= 0 または

Li,v(t)= 1 ⇒ Xi,v(t)≦ 0 が成り立つとき安定である.こ のとき,AmoebaSAT のダイナミクスが安定することと, その状態が SAT 解を表現することが同値であることが, 数学的に証明されている [巳波 14].バウンスバック規 則は不正解に関する部分的な既知の情報であり,それら に抵触しない足の伸ばし方が発見されるとき,全体的に 整合性のとれた未知の正解が得られる.アメーバ計算は 既知の断片的な不正解の否定を通して未知の正解に遭遇 しようとするのである. AmoebaSATを CPU による実装のために洗練したア

ルゴリズムと,SAT Competition 2013 の Random SAT 部門優勝の確率的局所探索アルゴリズム「ProbSAT」 [Balint 12]を,同条件の CPU 上で実行したときの探索 性能を比較した.ここでは SATLIB[Hoos 00] が公開す る,N = 50 で節の数 M = 218 の Uniform Random-3-SATの例「uf50-100.cnf」に注目した.この問題例は, SAT解をただ一つもつ.そこで,h 個コピーした uf50-100.cnfを変数の共有がないよう連結すると,N=h・50 で M=h・218 の唯一解をもつ問題例を構成できる.この 特殊な方法で問題例を生成すると,解探索時間が N の 関数としてどう成長するか外挿して見積もりやすくな る.図 6 は,N が 50 ∼ 6 000 までの範囲で,各アルゴ リズムが解探索に要した反復回数の平均値(500 回試行) を示している. ProbSATの反復回数は O(N)で成長した.この結果 は,この問題例が N に比例する数の独立な部分問題に 分割されること,ProbSAT の 1 回の反復処理が一つの 変数状態のみを更新する逐次動作であることを考えれ ば,妥当である.一方,AmoebaSAT は O(Log N)で 成長する圧倒的に少ない反復回数で解を探索できた. AmoebaSATでは,全アメーバ足の変数状態が並列的に 更新されることが功を奏していると見られる.この並列 動作は,しかし,逐次動作の CPU による実装では擬似 的にしか表現できない.実際,CPU 時間での比較では, AmoebaSATは ProbSAT より長い探索時間を要する. よって,並列に動作する物理デバイスで AmoebaSAT を 実装すれば,CPU 実装時と比較して 1 回の反復処理の 時間を大幅に短縮でき,SAT 解探索を劇的に高速化でき る可能性がある.

4.アメーバ型最適化チップ

Kasaiらは,コンデンサを並列接続して AmoebaSAT を実装する「アナログ電子アメーバ」[Kasai 13](図 7) を開発し,小規模の SAT(N = 12)で解探索動作を実証 した [Saito 18].この回路を大規模集積化する技術基盤は すでに確立しており,大規模問題への適用も可能である. Kasaiらは,室温の熱揺らぎを利用し確率的に動作する 半導体ナノワイヤ素子「電子ブラウンラチェット」を用 い,小型・低消費電力で動作する電子アメーバも提案し ている [Aono 15a].一方,Hara らは,AmoebaSAT をディ ジタル電子回路(Field Programmable Gate Array: FPGA)で実装し,N = 50 の SAT 解探索を実証した [Ngoc 18].Takeuchi らは,断熱的超伝導論理回路と その確率的論理演算を用い,簡単な制約充足問題の解 を探索している [Takeuchi 18].さらに Takeuchi らは, AmoebaSATの条件分岐を簡略化し論理ゲートの組合せ で表現する「ディジタル電子アメーバ」を考案し(特許 出願済),その FPGA 実装により,従来の逐次動作アル ゴリズムの CPU 実装を上回る高速な SAT 解探索の実現 を見込んでいる. これらの「アメーバ型最適化チップ」はアーキテクチャ が簡潔であり,小型・低消費電力化が可能である [Aono 15a, Kasai 13].アナログ電子アメーバは,センサやア クチュエータからアナログ信号として流れてくる環境情 報を探索プロセスに直接取り込めるため,ロボット制御 などの即応性を要するエッジ処理に好適である.実際, 多足歩行ロボットに組み込むと,未知の環境を踏破でき る運足パターンを探索できる [Saito 18].バウンスバッ ク制御は,実社会の多様な応用問題を容易に回路にマッ

図 6 AmoebaSAT(黒)および ProbSAT(白)の SAT 解

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ピングできる.Aono らは,化学反応を原子集団による 安定な制約充足解の探索過程として表現する反応シミュ レータを提案した [Aono 15b].さらに,バウンスバック 制御は,更新が必要な(制約未充足)変数状態のみが確 率的に揺らぐよう導くので,要求が動的に変化する状況 でも,揺らぎレベルを一定に保ちながら,更新が不要な 変数状態を改悪せずに探索を進行でき,常に質の良い解 を提示し続けられると期待される.著者らは,電子アメー バのこれらの特長を生かし,要求変化の激しいスマート 工場内の搬送経路最適化や,複雑な環境への適応を要求 される自律ロボットの制御最適化に応用する研究開発を 開始している.

5.アメーバ型移動ロボット

サイバー空間における情報技術の応用範囲が拡大し続 ける現代にあっても,ロボットの活動空間は依然として 限定的である.ロボットがフィジカル空間で活躍するに は,不確実性や多様性が高い複雑な環境であっても,そ の機能をロバストに発揮できる必要がある.しかし,従 来の工業用ロボット制御の延長上にある現在のフィード バック制御によっては,そのために要求される動作の速 度と精度を保証することが難しい.そこで注目されてい るのが,フィジカル空間で歩行,走行,飛行などの複雑 な運動をロバストに実現している,生物に学んだロボッ トの制御・設計パラダイムである [新山 18, Pheifer 07]. 著者らは,生物がロバスト性を実現できるのは,その 身体を構成する素材の柔軟性と,それらを制御する頭脳 の情報処理原理の柔軟性が併立しているからであると考 える.そこで,空気圧により自在に膨張・収縮する幕で 区画化された空気室が複数設置されたクローラ(図 8(a)) を柔軟に変形させることにより,接地面の凹凸などの複 雑性を懐柔しながら,未知の階段や畦道であっても重た い荷物を載せながらロバストに走破できる「アメーバ 型移動ロボット」(図 8(b))の研究開発を進めている. こうしたクローラを制御する頭脳には,動的に変化する 環境中で複数の空気室への加圧・減圧の最適な組合せを 高速に探索できるアメーバ型最適化チップを組み込む. 複雑な環境からセンサやアクチュエータを介してアナロ グ信号として流れてくる情報は,バウンスバック信号と してアメーバ型最適化チップが解くべき問題の制約条件 を直接規定する.こうすることで,ロボットは未知の複 雑地形をも踏破できる創造的な動作パターンを高速に探 索できるようになるかもしれない.これが実現すれば, 物流「ラストマイル」において,ロボットが人に代わっ て荷物を運搬できる場面を少なからず拡大できると期待 している.

6.お わ り に

アメーバのように,情報としての属性をもつ物質であ り,物質としての属性をもつ情報でもあるような人工シス テムを構築することで,サイバー空間とフィジカル空間 の断絶した傷口を癒合することができないだろうか?  著者らは,アメーバのようにその身体を環境に応じて柔 軟に変形させられる「ソフトロボット」[新山 18] の開 発を通し,状況に対する知識を蓄え正しい判断をできる 物質や,質量や体積をもち物体を動かす力を伝達できる 信号が活躍するプラットフォームを構築し,従来技術で は難しい,フィジカル空間中で発生する想定外の事態に も臨機応変に対応できる能力を具現化することを目指し ている.

◇ 参 考 文 献 ◇

[甘利 78] 甘利俊一:神経回路網の数理,産業図書(1978) [Aono 07] Aono, M., Hara, M. and Aihara, K.: Amoeba-based

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[Zhu 18] Zhu, L., Kim, S.-J., Hara, M. and Aono, M.: Remarkable problem-solving ability of unicellular amoeboid organism and its mechanism(submitted) 2018年 7 月 17 日 受理

著 者 紹 介

青野 真士 1999年慶應義塾大学環境情報学部卒業.2004 年神 戸大学大学院自然科学研究科博士課程後期課程修 了.博士(理学).2004 年理化学研究所入所.以来, 複雑系,自然計算の研究に従事.2013 年東京工業大 学地球生命研究所入所.2013 年科学技術振興機構さ きがけ研究者(兼務).2016 年文部科学大臣表彰若 手科学者賞受賞.2017 年より慶應義塾大学環境情報 学部准教授. 鯨井 悠生 2018年慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学 科卒業.機械制御を専攻し,生命のもつロバストな 運動能力とモルフォロジーの関係を追求.2016 年よ りカーネギーメロン大学に 1 年間留学,計算機工学 を専攻し機械学習とロボティクスを学ぶ.2018 年よ り Amoeba Energy 株式会社勤務. 野﨑 大幹 2015年未踏 IT 人材発掘・育成事業採択.2016 年 慶應義塾大学環境情報学部卒業.2018 年同大学院政 策・メディア研究科修士課程修了.ソフトロボティ クス,サイバーフィジカル,マンマシンインタラク ションの研究に従事.2018 年より Amoeba Energy 株式会社勤務.

図 8 アメーバ型移動ロボットの構成(a)と動作(b)の模式図

参照

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