1.超高齢社会におけるエンドオブライフケアへ
のニーズと会話支援によるアプローチ
人生の始まりと終わりは自分で選ぶことができない が,「終わり良ければすべて良し」ということわざにも あるように,より良く死ぬことを意識してそのために必 要な努力や工夫をすることは,より良く生きることに つながると考えられる.医療の高度化や療養場所の選 択肢の増加により,人生の終わりにおける延命治療など の意思決定が求められる際に,本人の意識がないことも 多いことから,人々の認知機能や身体機能が低下し,コ ミュニケーションが取れなくなる前に,価値観や意思 を明示しておくアドバンスケアプランニング(Advance Care Planning:ACP)が推奨されている [Brinkman-Stoppelenburg 14, Butler 14, 御子柴 16].人生をより 良く終わることが困難になる中で,エンドオブライフケ ア(End of Life Care:EOLC)という概念が注目を集 め,議論されている [長江 14, 長江 16, Steinhauser 00]. その中で,最も広義の定義は,「診断名,健康状態,年 齢にかかわらず,差し迫った死,あるいはいつかは来る 死について考える人が,生が終わるときまで,最善の生 を生きることができるように支援すること」とされる [Izumi 12].エンドオブライフケアへのニーズは,高齢 者の健康状態に応じて異なるが,地域で自立して生活す る高齢者は,健康であるほど,将来意思創出ができなく なった自分の意思を描くことが難しい [御子柴 16].こ のため,地域で暮らす高齢者を対象に,エンドオブライ フに関するディスカッションを行うための知識や態度を 涵養するためのプログラムを実装し,その実行可能性を 検討した研究がある [Matsui 10].介入の結果,アドバ ンスケアプランニングへの関心が高まり,周囲の人々と エンドオブライフに関するディスカッションを行う傾向 があることが示唆されている.すなわち,エンドオブラ イフについて考えたり,語り合う機会を地域につくるこ とが求められている. 著者は,最後まで意思決定可能な認知機能を保つため にできることをするという観点で,廃用による認知機能 低下と認知症発症を防ぐために,高齢者の認知機能訓練 を目的とした双方向会話支援技術,共想法を,高齢者と ともに開発している [Otake 11, 大武 12, 大武 16].共想 法は,「話すこと」すなわち情報の出力と,「聞くこと」 すなわち情報の入力を,バランス良く行う会話を確実に 発生させることができる.参加者がテーマに沿って話題 と写真を用意し,持ち時間を決めて会話する.会話を通 じて,参加者一人一人の,一人称視点の語りが得られる [大武 13].遠い過去よりも,現在,未来に目を向け,日々 新たな発見をするとともに,それを記憶に残すことで, 加齢とともに衰えやすい,最近の体験を記憶する近時体 験記憶を訓練する効果を高めることができる [Khoo 16, Onoda 15, 大武 15, Otuki 15].高齢者が,現在,未来を 考えるためには,人生の終わりから目を背けないことが 必要となる.エンドオブライフケアの考え方に基づき, 死が避けられないとしたらどのように生きたいかを,元 気なうちに語る場として共想法を活用することは,認知 機能訓練という本来の趣旨からも,意義あるものと考え られる.共想法では,任意のテーマを設定できることか ら,エンドオブライフを意識したテーマで共想法を実施 し,高齢者が人生の終わりを前向きに捉え,会話するこ とができるかを試行した.本稿では,共想法の仕組みと 実施手順を述べた後,集まった話題を紹介し,エンドオ ブライフケア,および生活と人生の質向上の観点から議 論する.2.認知機能を活用する会話を支援する共想法
共想法は,高齢者の認知的健康につながる会話を確実 に発生させることができるよう工夫を加えた会話支援手高齢者が人生の終わりを前向きに捉える
ための会話支援
Assisting Conversation of Older Adults for Positive Attitude Towards the
End of Life
大武 美保子
千葉大学,NPO 法人ほのぼの研究所Mihoko Otake Chiba University, Fonobono Research Institute. [email protected]
Keywords:
conversation assistive technology, end of life care, older adults, coimagination method. 「Well-being Computing」法で [Otake 11, 大武 12, 大武 16],著者が 2006 年に考 案した.高齢者の認知的健康につながるとは,高齢期に 衰えやすい認知機能を積極的に使うことで,使わないこ とによる認知機能低下のリスクを低くすることを指す. 具体的には,出来事を記憶して思い出す体験記憶機能 [Craik 83, Glisky 01],複数の作業を並行して行うとき に注意を振り分ける注意分割機能 [Rentz 00],手段的に 日常生活に反映される計画力 [Barberger-Gateau 99] を 積極的に活用する.共想法は,(1)あらかじめ設定され たテーマに沿って,写真やイラストを持参し素材ととも に話題を参加者がもち寄り,(2)参加者全員の持ち時間 を均等に決めて,話題提供する時間と,質疑応答する時 間に分けるという,二つのルールに沿って行われる.こ れら二つのルールで定義される会話支援手法が,共想法 である.運用では,参加者が用意した写真を,独自に開 発したタブレットアプリを用いて共想法支援システムに 登録し,パソコンに接続されたスクリーンに映し出す. 参加者は,スクリーンを囲むように配置された椅子に座 り,それぞれの話題とともに,スクリーン上に大きく映 し出される写真を見て会話する.実施者は,参加者の後 ろに座り,スクリーンを見ながら,システムを操作し, 司会したり記録したりする.
3. 人生の終わりを意識するテーマを設定した
共想法の実施
本研究では,認知症の予防を目的として,継続的に共 想法に参加している健常高齢者を対象に,継続プログラ ムの一環として,人生の終わりを前向きに捉えることを 意識したテーマを設定した共想法を,4 回実施した.参 加者は,実施時における平均年齢が 74 歳の男性 5 名で ある.継続プログラムは,月 2 回の頻度で,4 回のセッ ションを 1 シリーズとし,春,夏,冬休みを挟んで,年 間 3 シリーズのペースで実施している.参加者には,参 加した会話セッションの次の会話セッションのテーマを 伝えた.参加者は,テーマに沿った写真と話題を三つず つ用意した.持ち時間は,一人当たり,話題提供 5 分, 質疑応答 5 分で,前半,参加者全員が話題提供一巡した 後,後半,質疑応答を一巡した.参加者 5 名のため,所 用時間は,話題提供 25 分,質疑応答 25 分である.1 シ リーズごとに,参加者が自分の話題の要旨を 200 字程度 にまとめ,システムに登録した.本稿では,この要旨を もとに話題を分類し,典型的なものを紹介する. 会話セッションのテーマは,エンドオブライフケアの 研究と実践に取り組む看護学の研究者との議論に基づい て,比較的取り組みやすいと考えられるものを,実施し た反響を見ながら順に四つ設定した.そのテーマとは, 1)最期に食べたいもの,2)これを機に捨てる・捨てた もの,3)捨てられないもの,4)今後に残したいもの, の四つである.一つ目は,人生に終わりがあることを実 感するためのテーマである.二つ目は,死を意識して身 辺整理を実行することができるかを確かめるテーマであ る.思い入れが強く,捨てようとして結局捨てられなかっ たとの話題が多く集まったため,逆転の発想で,三つ目 のテーマを設定し,掘り下げて聞くこととした.四つ目 は,自分の死を意識したうえで,自分が死んだ後のこと を想像するためのテーマである.4.人生の終わりを意識するテーマを設定した
会話で提供された話題
4・1 最期に食べたいもの 人生の終わりを前向きに捉えるための入口として,食 べ物と絡めたテーマを設定した.好きな食べ物に関する 話題は,会話が盛り上がりやすいことが,これまでの実 施でわかっているからである.最期に食べたいものとい うテーマに対して,集まった話題を表 1 に示す.話題に ついて,内容から,好物,非常時で食糧不足,ルーツ, 縁起物,自分以外の人や生き物という,5 種類に分類さ れた. 話者 A は,カレーライスやサーモン,ロールキャベツ など,好物を具体的にあげ,食べたときの思い出,これ からの季節に食べたいという計画などを述べた.話者 B は,他の人とは違う視点から,ユーモアに富んだ話題を 提供するよう意識して,周囲の参加者を楽しませている 参加者である.このテーマに対し,非常時で食糧不足と 話者 話 題 分 類 A カレーライスサーモン ロールキャベツ 好物 好物 好物(手づくり) B 非常用レトルト白ガユ木の実 かわいいかわいい池の鯉 非常時で食糧不足 非常時で食糧不足 非常時で食糧不足 C 赤飯水 残り物 ルーツ ルーツ 縁起物 D 感謝と慈悲最後の食べ物の後の大仕事 自分で決めた最後の食事 自分以外(鳥) 自分以外(蚕) 自分以外(即身仏) E 焼き鳥御酒 もり蕎麦 好物 好物 好物(手づくり) 表 1 最期に食べたいもの 話 題 俺の家の一坪ほどの池に 7 匹の錦鯉が泳いでいる.もう 30 年 も前からかわいがっている.奴らのでかいのは 70 センチ,5 kgを超えて丸々と肥え太っている.でもいつかもしも,もしも だが非常時で食料不足のときに,俺に食われる運命だとは夢に も思っていまい.もちろん,そんな日の来ないことを心から祈っ ているが,それまで俺の目を今までどおり楽しませてくれ.エ サもたっぷりやるから.たっぷりと今以上に太って,そのとき に備えてくれ!! 表 2 最期に食べたいもの:かわいいかわいい池の鯉いう最期の場面を想定し,最後の手段として食べたいも の,具体的には池の鯉などをあげ,笑いを誘った(表 2). 話者 C は,最期の場面から逆に,自分が生まれたルーツ に思いをはせ,故郷の水(表 3,図 1)や,生まれた日 に毎年食べている赤飯,さらには,縁起物ということで 残り物を食べたいという希望について語った.話者 D は, 最期の食事という場面を,自分自身のものとして捉える ことが難しいと感じ,自分以外の人や生き物の最期の食 事,具体的には,即身仏の食事などについての話をした (表 4).話者 E は,最期の晩餐を想定し,焼き鳥や御酒, もり蕎麦など,好物をどのように食べたいか,好物自体 も年齢とともに変化することを含めて述べた. 話者 B,D は,人生の終わりを正面から捉えることに 多少の戸惑いが見られたが,話者 A,E は,好きな食べ 物について語り,話者 C は,人生の終わりを考えること をきっかけに,人生の始まりについて考え,始まりから 終わりまでの幅をもった話題を提供した.いずれの話題 も,それぞれの価値観が表出される興味深いものとなり, 食べ物という切り口で,どのような最期を迎えたいかを 考えることは,どのように生きたいかを考えることにつ ながることがわかった. 4・2 これを機に捨てる・捨てたもの 高齢者が元気なうちに,本人がしておきたいこと,周 囲がしておいてほしいことの筆頭に,身辺整理がある. いわゆる断捨離は,生活の質を高めるものとして,高齢 者だけでなく,世代を超えて,魅力的なテーマと考えら れる.そこで,人生の終わりを前向きに捉える建設的な テーマとして,捨てることに関するテーマを設定した. ものを捨てるためには,計画力と実行力が必要であり, これらの機能は,高齢になると衰えやすく,機能を活用 することが,認知機能訓練という観点からも有用と考え られる. これを機に捨てる・捨てたものというテーマに対して, 集まった話題を表 5 に示す.話題について,内容から, 捨てたものと,これから捨てるものの,2 種類に分類さ れた.その後,これから捨てるものについて,実際に捨 てることができたかどうか,経過を確認したところ,捨 てたもの,部分的に捨てたもの,捨てている最中のもの, 捨てられないものの,4 種類に分類された. 話者 A は,自分が使えるかどうかという観点で,使 わないバッグや,気付いたら使えなくなっていた CD や DVD,いつか使うと考えていたが,使う見込みがない手 帳を捨てた.話者 B は,趣味の釣りと帽子と野球の道具 について,使えるけれども使わないものと,使えないの に何となく残っていたものに気付いて捨てた.話者 C は, 愛着があるが使わないリュックを捨てた.そして,周囲 の植栽に悪影響がある庭木,自分以外の家族の視点で不 要な写真(表 6)を,話題提供の段階で捨てることとした. 後日確認したところ,次のように,全部および部分的に 捨てたとのことである.「庭木は切った.写真は少なく 話者 話 題 分 類 経 過 A バッグCD,DVD 手帳 捨てた 捨てた 捨てた B リール帽子 バット 捨てた 捨てた 捨てた C 椿の植木写真 リュック 捨てる 捨てる 捨てた 捨てた 部分的に捨てた D コート書類 カード 捨てる 捨てる 捨てる 捨てられない 捨てている最中 捨てた E 硬式テニスラケットミットとボール 地図 捨てる 捨てる 捨てる 捨てた 捨てている最中 捨てた 表 5 これを機に捨てる・捨てたもの 話 題 これは,水です.谷川連峰の天然水です.上越新幹線を造ると きに掘ったトンネル内から湧き出た水です.カルシウム,マグ ネシウム,カリウムが含まれています.私の生まれたときに使っ た産湯は,私の家の井戸水で,この地下水と同系統です.最後 の水は,これを飲みたい. 表 3 最期に食べたいもの:水 話 題 人間,これが最後の食事と自覚する人はほとんどいないと思い ます.あるとすれば死刑囚と即身仏ぐらいではないかと思いま す.これは有名な役行者が修行した場所と言われています.1 時間ぐらい這い上がる場所にありました.いろいろなところに ある即身仏はこんなところで修業し,最後の食事をした後,穴 の中でお経を上げながら死を待ったのでしょう.最後の食事は どんな味がしたものか? 表 4 最期に食べたいもの:自分で決めた最後の食事 図 1 最期に食べたいもの:水
することができた.写真は,女房も写っていたりするか ら,自分のではなく共有する部分があって,自分の意思 では捨てられなくて,でも,自分に関係するものは処分 した.すでに処分したものについては,写真に残せてな いけれど,あの話題で捨てようと意識してたものがちゃ んと捨てられた」.話者 D は,思い出の詰まったコート(表 7),いつか役立つととってあった書類,今は使えないカー ド類を捨てることとした.後日確認したところ,「使え ないカード類は捨てた.書類はシュレッダーを借りて捨 てている最中,細かくすることで捨てる決心がついた. コートはまだ捨てられないがいらないもの」とのことで ある.話者 E は,新たに趣味にしようと買ったものの使っ ていない道具や,もう使うことがない趣味の道具を捨て ることとした.後日確認したところ,宝物のミットとボー ル(表 8,図 2)については,寄贈することとしたが準 備中,それ以外は捨てたとのことである. これを機に捨てる・捨てたものというテーマに対して, 集まった感想を表 9 に示す.捨てようとすることで,自 分や周囲の参加者の価値観がわかったという意見(A) のほか,整理が大変だった(A),死ぬまで自分としては 捨てられないものがある(B),愛着がジャマしてなかな か捨てられない(C),捨てる勇気がなかなかもてなかっ た(D),捨てに捨てられず困っている様子だった(E), と,「捨てられない」という感想が共通に見られた.良 い機会だった(A),案外楽しく答えられた(B),思い切っ て捨てたい(C),話が盛り上がった(D),大変おもし ろい共想法になった(E),と,全員が話題提供のための 準備や会話を楽しめた様子がうかがえる.人生の終わり を前向きに捉えるという趣旨に対して,話者 C が明確に 意識し,感想において,「まもなく「あの世」に行く身 としては,思い切って捨てたいものです」と述べ,話題 提供においても,「私の終末に家族が捨てるのに大きな 負担とならぬよう,捨てることとした」と述べている. 4・3 捨てられないもの これを機に捨てる・捨てたもののテーマにおいて,な かなか捨てられない,という一致した意見が得られたこ とから,逆に,捨てられないもの,というテーマを設定 した.捨てようとすることで,それぞれが大切にしてい るものが何かがわかったことから,捨てられないものを 通じて,価値観がさらに浮き彫りになると考えた.また, 周囲から見てなぜ捨てられないかわからないものでも, 捨てられない理由をあらかじめ聞いておくことができれ ば,後に残される家族らが整理をする際に,役立つ情報 が得られると期待できる. 捨てられないものというテーマに対して,集まった話 題を表 10 に示す.捨てられない理由から,まだ活用で きるもの,記念のもの,思い出が詰まっているもの,形 見を含む先祖からのものの,4 種類に分類された. 話者 A は,古いけれどもまだ使える机と,記念の万 年筆やボールペン,四季折々目を楽しませてくれ,近所 の人も喜んでくれる桜の木(表 11)をあげた.長く伸 話 題 卒業写真,友人との写真,山や観光地での写真,会社関係,仲 人した記念写真など私個人の写真は,なかなか捨てられず,相 当積み上げられている.私の終末に家族が捨てるのに大きな負 担とならぬよう,捨てることとした.写真は,そこに写ってい る本人だけに関心があるので,家族から見れば関心はなく,葬 式が済めばごみとなるのですから……. 表 6 これを機に捨てる・捨てたもの:写真 話 題 物置に懐かしい物が残っていました.捨てることにしました. このコートは私が初めてヨーロッパ出張のとき,40 年ほど前 5 万円位で買いました.アンカレッジ経由でパリ,ロンドン, ニュールンベルグ,ベルリンと回りました.当時のベルリンは 東ドイツにありました.とても寒くマイナス 10 度位だったと 思います.欲しい人がいればあげます. 表 7 これを機に捨てる・捨てたもの:コート 話 題 私の宝物として,共想法で出した品物であるが.もう使用する 事もないと思う.東南アジアに中古の野球道具を送るシステム が有るとの事である.そこに寄贈しようと思う.自分の手元か ら離れるのだから捨てる事と同じであると思う. 表 8 これを機に捨てる・捨てたもの:ミットとボール 図 2 これを機に捨てる・捨てたもの:ミットとボール 話者 感想 A いい機会だった.みなさんと同じ,不要のもの,残しておきたいものがあり,整理が大変だったことがわかった. 自分にとって大切なものと,違いがわかり参考になった. B 今回の題材は案外,楽しく答えられた.捨てるものといっ ても,いざとなったら本当に捨てられるか,わからない けど.捨てるものによっては,死ぬまで自分としては捨 てられないものもある. C 「捨てたいもの」はたくさんあるのに,「愛着」がジャマをしてなかなか捨てられないものです.まもなく「あの 世」に行く身としては,思い切って捨てたいものです. D テーマが少し難しかった.捨てる勇気がなかなかもてなかった.話が盛り上がった. E 大変おもしろい共想法になった.自分の周りにあるものを整理しはじめたが,捨てるに捨てられずに困っている 様子であった. 表 9 これを機に捨てる・捨てたもの:感想
びた枝が電線に接触して剪定するのに,自分の年では剪 定するのに大変だが,いつまで自分で剪定できるのか, と,今後のことを心配している.話者 B は,磯釣りのと きに 2 回お世話になり命拾いしたライフベスト救命胴着 (表 12, 図 3),先祖から何代かわたって守られた木,所 属する野球チームが結成記念大会に初出場して初優勝し た記念の賞状をあげた.ライフベスト救命胴着について は,「果たしてこれがなかったらと思ったら…….たと え古くなっても捨てられないものだ」と述べている.話 者 C は,交通博物館が開館 50 年の記念品の鉄道のレー ル,転勤先支店の倉庫に眠っていた仏像などの,貴重な 記念の品のほか,卒業写真を別にすれば小学生時代の写 真はこれしかないという,小学校 2 年の教室での写真(表 13)をあげた.話者 D は,思い出の詰まった若い頃の 写真,旅行用鞄,父親の形見のキセルをあげた.話者 D は,これを機に捨てるもの・捨てたもののテーマでも, コートが捨てられなかったように,持ち物に思い出がた くさんあることがうかがえる.なお,この回,話者 E は 都合により欠席であった.捨てられないものの一つずつ に,本人の人生が凝縮していることがわかった.思い出 のほか,記念,先祖,活用,と分類したが,幅広くいえ ばすべて思い出に相当する.すなわち,捨てられないも のには,その人が大切にしているこれまでの人生の思い 出が詰まっている.一見しただけでは,どのように価値 があるかが本人以外にはわからないものについても,捨 てられないものというテーマで語り合う機会をつくるこ とで,その価値が明らかになることがわかった. 4・4 今後に残したいもの 捨てられないものというテーマでは,人生の終わりを 含む未来のことよりは,過去のことが話題になる.捨て られないものが,本人にとって捨てられないのは確かで あるが,本人以外の周囲にも残したいものか,本人が生 きている間だけあればよいのかがわからない.そこで, 人生の終わりを前向きに捉えるという目的に即し,今後 に残したいもの,というテーマを設定した. 今後に残したいものというテーマに対して,集まった 話題を表 14 に示す.残したい理由は,捨てられないも のと同様,まだ活用できるもの,記念のもの,思い出が 詰まっているもの,形見を含む先祖からのものの,4 種 類に分類された.残したい対象は,自分と次代の 2 種類 に分類でき,次代については,個別の対象を定めないも のと,自分の子供,寄贈による第三者への,3 種類に分 類できた. 話者 A は,自分が生きている間活用したいものをあ 話 題 長く伸びてしまった桜の木,花弁が散ったり,葉が散ったり, また長く伸びた枝が電線に接触して剪定するのに,自分の年で は剪定するのに大変だが,四季折々私の目を楽しませてくれ, 近所の人も喜んでくれる.我が家の目印になる.この木を眺め てつくづく思うのだが,大変でも自分で剪定ができる限り残し ておきたいし,さていつまで自分で剪定できるのか? ソメイ ヨシノが散ったころ,我が家の八重桜は満開となる. 表 11 捨てられないもの:桜の木 話 題 磯釣りの三種の神器.ライフベストとスパイクシューズ.救命 ロープの三つのうちのライフベストです.いろんなものが発売 されているが,このベストが用を足してお世話になったことは 2回あった.果たしてこれがなかったらと思ったら…….たと え古くなっても捨てられないものだ.2 度と使用することはな かろうが……. 表 12 捨てられないもの:ライフベスト救命胴着 話者 話 題 分 類 A 古い机 活用 桜の木 活用 万年筆とシャーペン 記念 B ライフベスト救命胴着 思い出 欅 先祖 賞状 記念 C 双頭軌条 記念 仏像 記念 古写真 思い出 D 写真 思い出 鞄 思い出 キセル 先祖 表 10 捨てられないもの 図 3 捨てられないもの:ライフベスト救命胴着 話 題 1946年の写真で,小学校 2 年の教室でのもの.卒業写真を別 にすれば,小学生時代の写真はこれしかない.中央の先生は軍 服を着ており,私は着物姿で,戦後 1 年の時代を感じさせる. 学芸会で「なまけもの」を演じた仲間です. 表 13 捨てられないもの:古写真
げた.東京大空襲の焼け跡から掘り返した茶こぼし(表 15),季節によって,気分によって変えて使っている財 布,博物館のパンフレットにあった屏風の絵の部分など で,特に茶こぼしについては,「私の代までは保管する つもりである」と述べている.話者 B は,自分が生まれ る前からある,先祖から引き継いだものに目を向け,由 緒ある神社,家代々の仏壇,雪景色と,次代に対して残 したいものをあげた.話者 C は,自分のふるさとが発祥 の地のカスタネット,筋力増強に使うトリム運動器具で あるブルワーカ,ふるさとの友人の作品である剪画・高 輪亭と,自分にとって大切なものをあげた.話者 C は, 最期に食べたいもののテーマにおいても,自分のふるさ とについて述べたように,人生の終わりを考えると,始 まりを意識することがうかがえる.話者 D は,青い空(表 16,図 4),きれいな空気と,きれいな水など,幅広く 次代に残したい自然をあげるとともに,貴重な象牙の像 を子供に残したいと述べた.特に,青い空,きれいな空 気については,過去の日本の汚れた空気,現在の中国の 汚れた空気と,過去と現在の他地域にも目を向けて,「何 とかきれいにしてほしいものです」と述べている.話者 Eは,出雲大社の門前で求めた大黒様と恵比須様,茶道 の先生の形見分けとネットオークションで手に入れた茶 釜,秩父,坂東,西国の百観音と四国八十八寺のお遍路 の掛け軸(表 17)をあげ,茶釜は二人の娘に,置物は 神社に,掛け軸はお寺さんに寄贈したいと述べた. 今後に残したいものというテーマに対しては,自分が 生きている間の人生の終わりまでの過ごし方や,自分一 人の人生だけでなく,先祖から引き継がれ,未来に引き 継ぐ命の流れに目を向ける話題が集まった.人生の終わ りを前向きに捉えるという目的にかなうテーマであると 考えられる.捨てられないものに重なる面があるが,生 きている間に使いたいのか,次代に引き継いで欲しいの か,その意向が明示される点で有用な情報が得られる.
5.エンドオブライフケアにおける共想法実施の
位置付け
人生の終わりを意識するテーマを設定した会話で提供 された話題について整理し,エンドオブライフケアの観 点から考察する.一つ目のテーマ,最期に食べたいもの では,思い入れのある食べ物や,終わりから逆に始まり を意識して,生まれたときのことなどが披露された.二 つ目のテーマ,これを機に捨てるもの・捨てたものでは, 思い入れが強く,捨てようとして結局捨てられなかった 話者 話 題 分 類 経 過 A 茶こぼし財布 松林図屏図(部分) 思い出 活用 活用 自分 自分 自分 B 身代宮神社仏壇 雪の我が家 先祖 先祖 先祖 次代 次代(子供) 次代 C カスタネットブルワーカ 剪画・高輪亭 記念 活用 記念 自分 自分 自分 D 青い空きれいな水 象牙の像 先祖 先祖 思い出 次代 次代 次代(子供) E 大黒様と恵比須様茶道の釜 掛け軸 思い出 思い出,先祖 思い出 次代(寄贈) 次代(子供) 次代(寄贈) 表 14 今後に残したいもの 話 題 昭和 20 年 3 月 10 日,我が家はこの東京大空襲で焼失したが, 父が焼け跡から掘り返してこの茶こぼしはを持ち帰った.残念 ながら父に頼んでおいた私のビー玉は,熱で固まって使いもの にならなかったそうだ.この茶こぼしは妻が“お茶”をやるので, 実家からもらったもので保管してある.たいして値打ちになら ないと思うが,当時の思い出が残り,時折使用しては大切に保 管してある.これからも私の代までは保管するつもりである. 表 15 今後に残したいもの:茶こぼし 話 題 第一に残したいものは青い空,きれいな空気です.周りにある もので一番大事なものです.これがないと 5 分と生きていられ ません.昭和 30 ∼ 40 年代前半までの日本の空気はとても汚れ ていました.川崎の上空にはいつもキントン雲のような黄色い 雲がありました.今の北京,上海,広東省はひどい状態です. 何とかきれいにしてほしいものです. 表 16 今後に残したいもの:青い空 話 題 秩父,坂東,西国の百観音と四国八十八寺のお遍路の掛け軸 4 房があるが,今の家は床の間の有る家ではないので引き継いで 貰えないと思う.どこかのお寺さんに寄贈するように検討した いと思っている. 表 17 今後に残したいもの:掛け軸 図 4 今後に残したいもの:青い空との話題が多く集まり,高齢者にとって,身辺整理が難 しいことが改めて明らかになった.そこで,逆転の発想 で,三つ目のテーマ,捨てられないものを設定した.こ の話題で会話をすると,その人の価値観がわかり,捨て られない理由がわかるので,残っているものの意味を周 囲が知ることができる.設定したときに予想したとおり, 周囲が遺品整理をする際の手掛かりになる情報が得られ た.四つ目のテーマ,今後に残したいものでは,自分が 生まれる前の先祖や,自分が死んだ後の子孫について考 える話題を提供する人と,自分が生きている間に,使い 続けたいものについて話題にする人とがいた. テーマを考えた背景である,エンドオブライフにつ いて参加者に説明したところ,ちょうど身近に突然亡く なった人もいたことから,しんみりとした雰囲気になっ た.その雰囲気を打ち破るように,「End of Life(エン ドオブライフ:人生の終わり)は嫌だけれど,Enjoy of Life(エンジョイオブライフ:人生の楽しみ)ならよ い」とのコメントがあった.すなわち,エンドオブライ フを考えることを通じ,エンジョイオブライフにつなが るように活動をデザインすることが重要であるとの示唆 が得られた.実際に,エンドオブライフを意識したテー マを設定してみたところ,たいへん興味深い話題が集ま り,参加者が楽しむことができた様子が,参加者が記し た話題の要旨(表 2 ∼表 17)や感想(表 9)からうか がえる.エンドオブライフケアの実践の六つの構成要 素は,1)疼痛・症状マネジメント,2)意思決定支援, 3)治療の選択,4)家族ケア,5)人生の QOL の焦点 化,6)人間尊重,とされる [長江 14].この中で,人生 の終わりを意識するテーマを設定した共想法の実施は, 2)意思決定支援と,5)人生の QOL の焦点化に関連す る.すなわち,2)意思決定支援とは,その人が「どう 生きたいか」について,自分の言葉で表出することを支 援することである.これまで生きていた人生を振り返り, 自分が何を大事にして生きてきたかを意識化するための 働きかけであり,これに基づいて,これからどう生きた いかについて表現できるよう支援する.5)人生の QOL の焦点化とは,その人自身が人生の質や幸福とは何かに ついて考え,意識化するように働きかけることである. 2)の意思決定支援のほか,3)治療の選択,6)人間尊 重,とも関わる.日常的には表現していないことも多く, 抽象的で曖昧なことであるため,暗黙化していることが 多い.このため,自分自身で気付くように働きかけて, 言語化することが必要であるとされる. 最期の水として,ふるさとの水を飲みたい(表 3,図 1)という話題や,庭の桜の木を,剪定ができる限り残 しておきたい(表 11)という話題に,これからどのよ うに生きたいか,もしくは,死にたいかという具体的な 希望が現れており,2)意思決定支援に対応する.また, これを機に捨てるもの・捨てたもの,捨てられないもの の話題から,野球(表 8)や磯釣り(表 12)が好きであ ること,現役時代,世界中を訪れたことや(表 7),人 数の少ない小学校に通っていたこと(表 13),東京大空 襲で自宅が焼失したこと(表 15)など,好きな物事や, 重要な人生の出来事などが明らかになった.これらは, 5)人生の QOL の焦点化に相当する.おそらく,家族は すでに共有している情報と考えられるが,将来より切実 にエンドオブライフケアが必要になった場合に,ケアに 当たるチームが共有することができれば有用である.病 気をもった患者としてでなく,人として,これまでどの ように生きてきて,これからどのように生きたいか,と いうことを踏まえて,満足度の高い,エンドオブライフ ケアを創造することができると考えられる.本格的にエ ンドオブライフケアが必要になったとき,必要な手掛か りが得られた.
6.生活と人生の質を高める会話支援に向けて
本稿では,会話支援手法,共想法を用いて,高齢者が 人生の終わりを前向きに捉え,会話することができるか を試行した.共想法の仕組みと実施手順を述べた後,集 まった話題を紹介した.エンドオブライフを意識した四 つのテーマで共想法を実施し,エンドオブライフケアに おける位置付けについて考察した.最後に,得られた結 果について,より踏み込んだエンドオブライフケアと, 生活および人生の質向上の観点から議論する. 今回の共想法の実施では,延命治療の意向など,より 差し迫った情報を得るに至っていない.自分自身や身近 な家族・友人の死と生を見つめる作業は,時に哀しみや 怖さ,苦しみを伴うため,医療機関との連携が求められ ると考えたからである [増島 14].ナラティブの大切さは, 最期までどう生きたいかの意思を聞くプログラムの先行 研究からも得られている [Chan 10].生きてきた道のり を話すことによって,最期までどう生きたいか,延命治 療の意向なども含めて,表現するに至ったとされる.人 生を構造的に振り返るライフレビューの実践でも,同様 の知見が得られている [Haight 07].現在と未来を考え るための手段として,過去を振り返ることも含めて,ス テップを踏み,より時間をかけることが必要と考えられ る.また,実施のタイミングなども検討する必要がある. 認知機能を活用する会話を支援する手法として開発し てきた共想法は,自分の大切にしてきたことを意識化す る,言語化することを助けるという観点で,エンドオブ ライフケアの手法としても位置付けられることがわかっ た.もしくは,共想法に,エンドオブライフケアの要素 を取り入れることで,無機的な認知機能訓練ではない, 生活と人生の質を高める会話支援手法となることが示唆 された.地域高齢者対象のプログラム [Matsui 10] を参 考に,より踏み込んだテーマでの実施についても,実施 体制を整えながら,挑戦したい.生活と人生の質を高め る会話支援について,特に,それに資するテーマ設定について,さまざまな分野の研究者,実践家とともに,実 施を通じて検討する計画である. 謝 辞 本研究は,科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 の支援を受けて行った.エンドオブライフケアについて は,千葉大学グローバルプロミネント研究基幹リーディ ング研究育成プログラム「超高齢社会におけるエンド・ オブ・ライフケア学の確立と人生を豊かに生ききるアド バンスケアプランニングの社会実装」の推進責任者であ る千葉大学大学院看護学研究科増島麻里子准教授を中心 に,中核推進責任者の先生方にご指導いただいた.ご指 導,ご協力,ご支援いただいたすべての関係者,特に共 想法実施者と参加者に感謝の意を表す.
◇ 参 考 文 献 ◇
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2016年 12 月 1 日 受理