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名水を訪ねて(132)信州・上高地の名水

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Academic year: 2021

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(1)地下水学会誌 第 63 巻第 1 号 19 ∼ 27(2021). 訪 問 記. 名水を訪ねて(132) 信州・上高地の名水* 原厚一 **・鈴木啓助 **. Visit to valuable water springs (132) Valuable water springs in Kamikochi, Shinshu Koichi SAKAKIBARA ** and Keisuke SUZUKI ** 1 .はじめに  信州・上高地は飛騨山脈(北アルプス)南部に 位置する山岳景勝地である。土砂や砂礫が長い年 月をかけて堆積することによって形成された山間 盆地であり,周囲には槍ヶ岳・穂高岳といった 3000 m 級の名峰が連なっている。長野県松本市 と岐阜県高山市を結ぶ狭く・急勾配の国道158号 線から,釜トンネルを抜け上高地へ踏み入れれば 景色は一変する。なだらかな盆地と背後にそびえ 立つ穂高連峰が「ようこそ」と言わんばかりに迎 えてくれるのである。平地と山岳地のコントラス トが上高地の穏やかで威厳に満ちた景色を形作っ ているといえよう。上高地は,我が国で 2 ヶ所し か認定されていない特別名勝かつ特別天然記念物 の一角であり,年間観光客数が120万人を超えて いる(長野県,2019)ことも十分うなずける。  上高地には清流・梓川が流れている。この梓川 は,上高地を流れ出ると,松本平・善光寺平・越 後平野を通り,新潟市で日本海へ流出する。この 過程で,河川名を梓川・犀川・千曲川・信濃川と かえる。すなわち,上高地は信濃川の源流域の一 つであり,その水は,松本市・長野市・新潟市と * **. いった都市と周辺の工業・農業を支えている。観 光や自然環境保全の対象地というだけでなく,大 きなスケールで考えれば,山岳地から海洋に至る 一連の水循環・水資源に関して極めて重要な場所 であるといえる。上高地を取り囲む2000-3000 m 級の山々に降り注いだ降水が上高地盆地へ集まる ため,盆地内には至る所に湧水が存在している。 その湧水が大小様々な渓流と池を形成し,魚類・ 水草類・鳥類を含む豊かな生態系を育んでいる。  明神岳 5 峰(標高2726 m)山麓部の上高地明 神地区には,著者らが所属する信州大学・上高地 ステーション(宿泊可能・外部の方々も利用可 能)があり,山岳フィールド研究の拠点となって いる。本稿では,上高地ステーションの研究環境 とその周辺に分布する湧水や渓流水を紹介する。 2 .上高地の自然環境  上高地は,中部山岳国立公園を構成する山岳地 の谷底に広がり,中央部を梓川が流れている(図 1 )。長野県松本市の西部に位置しており,JR 松 本駅から直線距離で約30 km 離れている。さら に,槍ヶ岳,穂高岳,焼岳といった北アルプスを. 本稿内の SF6 データに関連する箇所の一部は,2018年度「若手地下水研究助成」報告書に記載した 信州大学理学部(〒390-8621 長野県松本市旭3-1-1) Faculty of Science, Shinshu University, Matsumoto, 390-8621, Japan. ― 19 ―.

(2) (訪問記)名水を訪ねて, 信州・上高地の水(榊原・鈴木)図表写真 *図表写真:全て著者の榊原が作成・撮影したものである. 地下水学会誌 第 63 巻第 1 号 19 ∼ 27(2021). 図. カラー希望. で,急峻な山岳域でも珍しい,約 8 %という緩や かな勾配を有する平坦地形が形成されたと考えら れている。この緩やかな傾斜によって,上高地は 土石流や山体崩壊によって供給される土砂や砂礫 が堆積しやすい環境になっている。また,土砂・ 砂礫の供給は,現在も山岳部から続いており,梓 川の河床上昇が災害に結びつく課題となってい る。そのため,11月中旬から 4 月末の上高地閉山 期間中には,河床上昇抑制のため,堆積した土 砂・砂礫を取り除く浚渫作業が行われている。  上高地を含む梓川流域は,最下流部を大正池 とすれば,流域面積106 km 2(鈴木,2017),標高 1490 m から3190 m である。上高地はどの部分を いうのかという厳密な定義はないものの,少なく とも上高地は3000 m 級の山々に囲まれた山岳地 域といえる。そのため,気候は平野部と比較を しても特異的である。気象庁による地域気象観 測システム(アメダス)が上高地内(標高1510 m)に設置されており,1976年から降水量の観測 が行われている。直近20年間(2000年から2019 年)に焦点を当て,上高地と松本(アメダス,標 高610 m)の降水量年平均値を比較すると,上高 地:2646 mm,松本:1055 mm である。直線距 図高1 地 の 上高地の地形・地質と採水地点(国土地理院 基盤 1 上 地形・地質と採水地点(国土地理院 基盤地図 情報,産 離で約30 km しか離れていない 2 地点でおよそ2.5 地図情報,産業技術総合研究所 シームレス地質図 業技術総合研究所 シームレス地質図を基に作成) を基に作成) 倍の降水量の違いがあることとなる。鈴木(2017) では,航空レーザー測量を用いた積雪水量の算出 を行い,さらに,降水量の標高依存性を考慮す 代表する山々の山稜を境に岐阜県高山市とも隣接 ることで,3000 m 級の高山帯を含む上高地梓川 35 km と している。JR 高山駅から北東方向へ約 流域の流域平均年降水量は4035 mm であること 1 いうことで,長野県松本市と同じく岐阜県高山市 を指摘した。松本市の降水量の 4 倍近い量が降り 注ぐことになり,この豊富な降水により流域下流 も上高地へアクセスするための拠点となってい 部に位置する上高地には豊かな水環境が形成され る。 ・ る。  上高地の地形・地質については,原山(1990) 原山(2015)に詳しいので,これらの文献を参照  気象庁・上高地アメダスでは,降水量以外の観 し,以下に概説として記す。上高地の形成プロセ 測は実施されていない。信州大学上高地ステー スは,信州大学山岳科学総合研究所(現:信州大 ションで観測された2008 年から2017年までの気 温データ(鈴木・佐々木,2019)によると,最暖 学理学部附属湖沼高地教育研究センター)が2008 年から2009年に実施した300 m 深のボーリング調 月は 7 月か 8 月,最寒月は 1 月か 2 月であり,月 査によって詳細が明らかとなった。最も重要な過 平均気温は−10 ℃から20 ℃の間を示すことが分 か る。 一 方,2011年11月 か ら2012年10月 ま で の 去の出来事は,約12400年前の焼岳火山群の火山 1 年間のデータを公開している倉元ほか(2013) 活動である。この火山活動によって旧梓川がせき によれば,観測期間中の上高地ステーションに 止められ,古上高地湖が形成された。その後,約 5000年以上の年月をかけて湖が埋積されたこと おける気温は,最高気温で30.5 ℃,最低気温で ― 20 ―.

(3) 地下水学会誌 第 63 巻第 1 号 19 ∼ 27(2021). − 24.0℃,年平均気温で5.5℃であった。2011年に おいては,最高気温と最低気温の差は54.5℃とい うことになる。冬季の低温と極めて大きい気温差 は上高地における自然環境を記述する上で,重要 な特徴といえる。. 中央には,囲炉裏が設けられており,現在も利用 可能となっている。調査・研究後の囲炉裏を囲ん での団らんは,格別なものである。 4 .採水概要と分析方法.  信州大学理学部付属上高地ステーション(写真 1 )は,上高地中央部の明神池東側に位置してい る。宿泊部屋・キッチン・実験室だけでなく,電 気・ガス等のインフラが整っている。これらの 設備に加え, 3000 m 級の名峰にほど近い立地に よって,気象学・水文学・雪氷学・地質学・生態 学を含む山岳科学研究の拠点として機能し,現在 まで,国内の数多くの研究者や学生の方々に利用 されている。  上高地ステーションは,著者の鈴木が信州大学 山岳科学総合研究所所長の時に,安曇漁協から譲 渡を受け,研究拠点として整備した施設である。 敷地内にある養魚池と囲炉裏小屋(写真 2 )は, 昭和初期に内水面漁業振興のために設置された施 設の名残である。海なし県である長野県の水産業 発展へ向けた取り組みは,残念ながら低水温のた めに中止されてしまった。しかしながら,それら の施設(養魚池・囲炉裏小屋)は,上高地の歴史・ 文化を今に伝える貴重な建造物であるといえる。 そのことが評価され,2011年10月28日に国の登録 有形文化財として登録されたことは,当然の結末 であった。とりわけ,木造平屋の囲炉裏小屋内部.  2018年 9 月 3 日に現地を訪れ,上高地ステー ション周辺の 7 か所(湧水 4 か所[地点1-4],渓 流 3 か所[地点5-7])にて採水し,さらに観光名 所の河童橋近くの渓流 1 か所[地点 8]でも採水 した。具体的な採水場所[地点1-8]は地形・地 質図とともに図 1 に示した。  地点 7 は梓川本流の渓流水採水地点であるが, 地点1-6は全て,梓川の支流とその源である湧水 に関連する。これらの水は,明神池に流入したの ち梓川本流へ合流する。明神池は,上高地公式 ウェブサイトにて「“水と岳,緑が織りなす神秘 の池”」と紹介されているように(上高地観光旅 館組合,2020),透明感あふれる清涼な水を有す る風光明媚な池である。池の畔には,穂高見命 (ほたかみのみこと)を祀る穂高神社奥宮が鎮座 しており,春から秋の観光シーズンには多くの人 が参拝する。地点1-4では,明神池へ流入する渓 流の源である湧水を採水した。地点 5 と 6 では, 湧水点から明神池に至るまでの渓流水を採水し た。倉元ほか(2013)では,水素の安定同位体比 (δ 2H)をトレーサーとして用いた渓流水の成分 分離を行うことによって,明神地域の渓流水は主 に明神岳の地下水と梓川の伏流水の混合によって 形成されていることを示唆している。. 写真 1 信州大学理学部付属上高地ステーション. 写真 2 囲炉裏小屋. 3 .上高地ステーションの紹介. ― 21 ―.

(4) 地下水学会誌 第 63 巻第 1 号 19 ∼ 27(2021).  地点 8 の渓流水採水場所は,上高地のシンボル ともいえる河童橋近くの善六沢の水である。穂高 連峰や焼岳の眺望もよいため,河童橋は上高地へ 訪れた旅人の主要な観光スポットとなっている (口絵写真 A)。また,河童橋は芥川龍之介が1927 年に発表した短編小説「河童」に登場することで も有名である。善六沢付近の梓川本流は,善六沢 が形成した扇状地の末端を流れる。土石流が頻繁 に発生しているという事実や,安曇地区ハザード マップにて土石流警戒区に指定されていることか ら分かるように,善六沢は非常に多くの土砂・砂 礫を流出させているのである。その影響により, 河童橋近くで梓川の流路は屈曲し善六沢扇状地を 迂回する形状となっている(原山,2015)。  採水地点の様子を写真3-10(それぞれ地点1-8 に対応)に示している。写真11-14は,採水地点 2 , 3 , 7 , 8 の冬季の様子である。上高地(大 正池)における累積年降雪量は500 cm を超える ことがしばしばあり(鈴木,2018),冬季の景色 は一変する(口絵写真 B)。なお,本採水は,環. 境省・林野庁・文化庁等の各省庁から,調査・研 究許可を得たうえで入林・採水を行っている。上 高地は,文化財かつ中部山岳国立公園内であり, 無許可で遊歩道を逸脱して入林することや土地の 壊変を行うことは法令違反である。見学をご希望 される場合は,著者らに連絡をいただければ幸い である。  現地訪問時に,100 mL のポリ瓶を用いて水試 料を採水した。採水時に,ポータブル水質計によ り,水温・pH・電気伝導度(EC)を測定した。 採水した水試料は,実験室にて,主要無機溶存 イオン濃度,シリカ(SiO 2)濃度,酸素・水素 安定同位体比を分析した。陽イオン(Na +,K +, Ca 2+,Mg 2+)と SiO 2 は ICP 発光分光分析法,陰 イオン(Cl −,NO 3 −,SO 4 2−,HCO 3 − )はイオン クロマトグラフィー及び硫酸滴定法,酸素・水素 安定同位体比はキャビティリングダウン分光分析 法によって分析した。また,2018年 9 月 3 日と は別日程で再度現地を訪れ,湧水(地点1-4)に おいて,溶存 SF 6濃度分析用の採水をチューブポ. 写真 3 採水地点 1(湧水). 写真 4 採水地点 2(湧水). 写真 5 採水地点 3(湧水). 写真 6 採水地点 4(湧水). ― 22 ―.

(5) 地下水学会誌 第 63 巻第 1 号 19 ∼ 27(2021). 写真 7 採水地点 5(渓流). 写真 8 採水地点 6(渓流). 写真 9 採水地点 7(渓流[梓川本流]). 写真 10 採水地点 8(渓流). 写真 11 採水地点 2(冬季). 写真 12 採水地点 3(冬季). 写真 13 採水地点 7(冬季). 写真 14 採水地点 8(冬季). ― 23 ―.

(6) 表 1. 測定・分析結果. 地下水学会誌 第 63 巻第 1 号 19 ∼ 27(2021) 表 1 測定・分析結果. 水温 pH EC mS/m ℃ sp 9.6 7.1 3.0 sp 10.7 7.2 3.2 sp 8.8 7.3 3.1 sp 6.5 7.3 3.1 st 8.4 7.3 3.0 st 8.5 7.3 3.0 st 10.8 7.3 3.2 st 10.3 7.2 3.8 sp:湧水,st:渓流水. ID 1 2 3 4 5 6 7 8. +. Na mg/L 0.74 0.74 0.72 0.84 0.72 0.73 0.67 0.88. +. 2+. K Ca mg/L mg/L 0.02 3.8 0.02 4.1 0.02 3.9 0.02 3.7 0.02 3.9 0.02 3.9 0.02 4.1 0.02 4.2. 2+. Mg mg/L 0.37 0.38 0.37 0.40 0.37 0.37 0.38 0.65. −. −. − 18 2 Cl NO3 SO4 HCO3 SiO2 δ O δ H mg/L mg/L mg/L mg/L mg/L ‰ ‰ 0.17 0.38 2.1 13.4 6.9 -13.3 -89.9 0.20 0.46 2.1 13.4 6.6 -13.1 -90.4 0.17 0.47 2.1 14.6 6.5 -13.2 -89.9 0.17 0.73 2.1 13.4 8.9 -13.1 -88.4 0.19 0.47 2.0 14.0 6.9 -13.3 -90.3 0.20 0.49 2.0 13.4 6.9 -13.3 -90.1 0.18 0.29 2.4 12.8 6.2 -13.4 -91.4 (訪問記)名水を訪ねて, 信州・上高地の水(榊原・鈴木)図表写真 0.27 0.44 5.6 13.4 8.7 -12.8 -85.2 *図表写真:全て著者の榊原が作成・撮影したものである 2−. d値 ‰ 16.1 14.4 15.8 16.2 15.8 16.0 15.7 16.8 ⽩⿊の図. ンプ(GEO-pump-CFC-a,株式会社地球科学研究 所),500 mL 褐色瓶を用いて行った。溶存 SF 6に 関連する事項は,第 6 章に詳しく記述した。 5 .水質および水の酸素・水素安定同位体比の 特徴  採水した水試料の水温,pH,EC,主要無機溶 存イオン濃度,SiO 2濃度,酸素・水素安定同位体 比の測定値・分析値を表 1 にまとめた。また,分 析値を基にヘキサダイアグラムとトリリニアダイ アグラムを作成し,図 2 に示した。  採水時の水温は6.5-10.8 ℃を示した。調査時間 (2018/9/3 10:00-15:00)における上高地の気温が 18-22℃であったことを考えると,湧水・渓流水 の水温は気温よりも明らかに低い。お互いに数百 メートル程度しか離れていない湧水(地点1-4) において,水温は最大で4.2 ℃異なっていること から,伏流水の影響が地点によって異なる可能性 があると考えられる。pH は7.1-7.3の範囲内であ り,ほぼ中性を示した。また,EC は地点 8 の渓 流水を除き3.0-3.2 mS/m を示した。地点 8 は, 採水した水試料の内で最も EC が高く,3.8 mS/ m を示した。  上高地における渓流水・湧水は,他の多くの地 域と比較して,溶存イオン濃度が低い特徴がある (表 1 )。これは,上高地が人間活動の制限された 5 場所に位置し,かつ,降水量が多く,急峻な山岳 に囲まれているためであると考えられる.図 2 か ら,全ての水試料の水質組成はアルカリ土類炭酸. 図 2 水質組成. 塩型(カルシウム重炭酸型)を示し,一般的な地 図 2 水質組成 下水や地下水を起源とする河川水の水質を示すこ とが分かる。この結果は,梓川源流域の水質組 成・水質形成過程を報告している田中・鈴木(2007) と同様であった。一方で,EC が最も高い値を示 した,地点 8 の渓流水に着目すると,水質組成と してその他の水とは若干異なることが示唆され る。一般的に熱水や化石水に影響された環境水が 示すことの多い,アルカリ土類非炭酸塩型へ近づ くようにトリリニアダイアグラム上でプロットさ れている。地点 8 は,他の地点と比較をし,地理 2 的に焼岳方向の上高地温泉近くの谷(善六沢)に 源を発していることから,火山活動の影響を受け ている可能性が考えられる。地点 8 の硫酸イオン 濃度(5.6 mg/L)がその他の水試料の硫酸イオン 濃度(2.0-2.4 mg/L)と比べ,明らかに大きいこ とも,地点 8 の水が火山活動の影響を受けている という考えを支持している。活火山である焼岳や. ― 24 ―.

(7) *図表写真:全て著者の榊原が作成・撮影したものである. ⽩⿊の図. ⽩⿊の表. 地下水学会誌 第 63 巻第 1 号 19 ∼ 27(2021). -84. δ2H (‰). -86. 数字︓地点ID ⿊丸︓湧⽔ 白丸︓渓流⽔. 8 (善六沢). -88 -90 -92 -13.5. 表 2  2 水 試 料 の 水 温 , 溶 存 酸 素 濃 度 , 六 フ ッ 化 硫 ⻩ (  6S) F6 ) 濃 度 , 表 水試料の水温,溶存酸素濃度,六フッ化硫黄(SF 種の条件を仮定した場合の大気中 濃度 2 種濃度,2 の条件を 仮 定 し た 場 合 の 大 気 中 S F 6 濃 度 換 SF 算値  6 換算値. ID. 4 1. 3. 5. 6 7 (梓川). 2. -13.2. δ18O. -12.9. -12.6. (‰). 1 2 3 4 1 2 3 4 1 2 3 4. 採水日. sp 2018/11/22 sp 2018/11/22 sp 2018/11/22 sp 2018/11/22 sp 2019/3/6 sp 2019/3/6 sp 2019/3/6 sp 2019/3/6 sp 2019/5/15 sp 2019/5/15 sp 2019/5/15 sp 2019/5/15 sp:湧水. 水温. DO. ℃ 7.9 7.4 7.5 6.4 6.4 5.1 6.1 6.4 6.1 5.7 5.9 6.5. mg/L 10.3 10.6 10.6 9.8. 溶存SF6 濃度 fmol/L 4.16 4.98 5.19 4.67 4.66 4.56 4.91 4.53 4.78 4.84 4.54 4.88. 大気中SF6 濃度換算値 条件 A 条件 B pptv pptv 10.9 10.0 12.7 11.6 13.4 12.3 12.0 11.0 12.2 11.2 11.6 10.6 12.7 11.6 11.7 10.7 12.5 11.4 12.3 11.2 11.7 10.7 12.6 11.5. 図 3 水の酸素・水素安定同位体比の関係. 図 3 水の酸素・水素安定同位体比の関係 周辺の温泉と上高地環境水との相互作用について で,若い地下水の年代算出を目的として,湧水中 は,より詳細な調査が必要である。 溶存 SF 6濃度の分析・解析を試みた。結果を次章 に示す。  酸素・水素安定同位体比が最大値を示した水試 料は,地点 8 の渓流水(善六沢,δ 18O:− 12.8‰, 6 .湧水中溶存 SF 6濃度と湧水年代 ,最小値を示した水試料は地点 7 δ 2H:−85.2‰)  18  2 の渓流水(梓川,δ O:−13.4‰,δ H:− 91.4‰)  SF 6を用いた地下水(湧水)年代測定は,大気 であった(図 3 )。善六沢流域の最高標高点は西 穂山荘(山小屋)近くの稜線(標高:2360 m 辺り) 中の SF 6濃度が1960年以降単調に増加している であり,梓川流域の最高標高点は奥穂高岳(標高: ことを利用した手法で,60年未満の年代を有す 6 3190 m)や槍ヶ岳(標高:3180 m)を含む地域 る若い地下水に対して有効である( 原ほか, 2017)。湧水中溶存 SF 6濃度を定量するための採 である。そのため,集水平均標高が高いと考えら 水は, 4 か所の湧水において計 3 回実施した。採 れる梓川にて,水の同位体比は低い傾向が観測さ 水時期は,積雪0 cm の冬季前(2018/11/22),積 れたと考えられる。ここで,地点 5 , 6 の渓流の 始点である地点1 4の湧水に着目する。水の起源 雪100 cm の冬季(2019/3/6),融雪後(2019/5/15) を反映する酸素・水素安定同位体比はδ 18O で− である。SF 6の定量分析は著者らの所属する信州  2 13.3から−13.1‰,δ H で−90.4から−88.4‰を示 大学理学部において,2018年に構築した「地下水 した。同位体比の値が,分析誤差の範囲と大きく 中溶存 SF 6分離・分析システム」を用いて行った。 なお,本システムにて,同条件で採水した10個の 異ならないことから,それぞれの湧水は起源とし 水試料を分析したところ,変動係数(標準偏差 / ては,類似していると考えられる。ただし,地点 2 の d 値が他の 3 地点と比較をして1.4から1.8 ‰ 平均値)は,0.038であった。すなわち,水試料 低いこと(表 1 ),前述のように水温で最大4.2℃ の分析誤差は変動係数を用いることで,3.8 %と 異なっている点,岩石との接触時間の指標である いうことができる。 SiO 2濃度が地点 4 のみ明らかに高いこと(地点  採水時に測定した各湧水の水温と溶存酸素濃 1 3:6.5 6.9 mg/L, 地点 4:8.9 mg/L)から,隣 度,分析した溶存 SF 6濃度を表 2 に示した。採水 接する湧水ではあるが,地下水涵養・流動過程は した湧水の水温は5.1-7.9 ℃の範囲内であった。 SF 6分析用の採水を行った2018年11月から2019年 湧水ごとに異なっていることが示唆される。そこ 3. ― 25 ―.

(8) ⽩⿊の図. 地下水学会誌 第 63 巻第 1 号 19 ∼ 27(2021). 較しても高い水準であった。Excess air は,SF 6 濃度の大気中濃度換算値を大幅に過大評価するパ 14 (北半球平均) ラメータであることが知られている(Gooddy et 12 al., 2006)。今回のパラメータ設定では,Excess 10 air を一律に1 ml/L と設定したが,再考が必要で 8 Excess air を推定 あると考えられる。一般的に 1 2 3 4 1 2 3 4 6 地点 地点 するためには,地下水・湧水中に溶存している 4 (湧⽔) (湧⽔) アルゴンやネオンや窒素を定量する必要がある 2 (Plummer et al., 2001)。しかしながら,本調査で 条件A 条件B 0 はそれらの成分の分析を行っていないため,正確 1960 1990 2020 な Excess air の推定は困難であることが現状であ 涵養年代 る。今後,Excess air の推定等を行ったうえで, 図 4 大気中 SF 6 濃度の経年変化(USGS, 2020)と湧水 上高地湧水の年代推定を実施したいと考えてい 中 SF 6 の大気中濃度換算値の比較 る。  以上のことから,本調査では湧水中の溶存 SF 6 図 4 大 気 中 SF6 濃 度 の 経 年 変 化 ( USGS, 2020) と 湧 水 中 SF6 の 大 気 5 月の夏季を除く約半年間において,湧水温の時 濃度を用いて,具体的な湧水年代を推定するこ 5 ℃(地点 間変化は最大でも とはできなかった。しかしながら,溶存 SF 6が大 中 濃 度 換 算1.値 の 比 較1 )であることが 分かる。2019年 5 月の調査では現地にて湧水の溶 気中 SF 6との平衡濃度を超える濃度であったこと 存酸素濃度をポータブル水質計で測定を行った。 は,上高地地域における湧水の年代は,非常に若 その結果,溶存酸素濃度は9.8-10.6mg/L の範囲 いと判断される。 内であった。水温と採水地点標高を加味して,酸 7 .おわりに 素の飽和度を計算すると97-104%となり,飽和に 近い状態,または,若干の過飽和状態であるこ  信州・上高地は,我が国を代表する山岳景勝地 とが分かった。全ての試料における溶存 SF 6濃度 として国内外から人気が高い観光地である。上高 は,4.16 5.19 fmol/L の範囲内であり,時間変化 はあるものの,その傾向は明瞭ではなかった。 地に一歩足を踏み入れれば,穂高連峰,清流梓  湧水の年代推定を行うために,湧水中溶存 SF 6 川,様々な動植物に迎えられ,心の底から訪れて 濃度をヘンリーの溶解平衡の法則に基づき大気中 良かったと思うだろう。散策・ハイキングコース 濃度へと換算をした。大気中濃度への換算時に適 が整備されているだけでなく,山小屋や登山コー 用したパラメータによって条件 A と条件 B の場 スが無数にあることで,子供からお年寄り,また 合に分けることとした。条件 A は,“excess air: 熟練の登山者まで,全ての人々が満足できる環境 1 ml/L,涵養温度:平均湧水温,涵養標高:流域 が上高地にはある。 最大標高と湧水点標高の中央値”,条件 B は条件   一 方, 上 高 地 は 標 高3000 m 級 の 山 々 に 囲 ま れ,極めて厳しい自然環境を有するといえる。こ A に対して涵養標高のみを湧水の採水地点標高と の環境下において,水循環はどのようになってい した場合として設定した。大気中濃度へ換算した るのかと,自然と疑問が浮かんでくる。大きな動 SF 6値(表 2 )を,北半球平均大気中 SF 6濃度の 経年変化データ(USGS, 2020)と共に,図 4 に 水勾配を有する地形,多量の降雨と降雪をもたら 示した。 す気候,融雪がトリガーとなる春の流出現象,こ  本調査で定量した湧水中 SF 6濃度の大気中濃度 れらに関連する高山域における水文過程は十分に への換算値は,条件 A で10.9-13.4 pptv,条件 B 明らかになっていない。さらに,高山域は気候変 4 で10.0 12.3 pptv であった(表 2 )。この値は,実 動に大きく影響されることも,種々の文献により 測した上高地大気中の SF 6濃度(9.0 pptv)を少な 指摘されている。今後,気候変動による適応策を くとも1.0 pptv 上回っており,北半球平均値と比 考え・着実に実行していくうえで,高山域におけ 大気中SF 6濃度換算値. SF6 濃度 (pptv). 大気中SF 6濃度の 経年変化. ― 26 ―.

(9) 地下水学会誌 第 63 巻第 1 号 19 ∼ 27(2021). る水循環を含めた研究はその重要性を増すものと 考えられる。  上高地は,都市部(例えば,長野県松本市)か らのアクセスが非常に容易な地理的な好条件を有 している。著者らは,10年,30年後を見据えた, 山岳域における水環境の観測網を構築し,今後も 継続的にデータの蓄積を進めたいと考えている。 なお,著者らが整備している気象観測網について は,鈴木・佐々木(2019)やホームページ「http:// ims.shinshu-u.ac.jp(信州山の環境研究センター, 2020)」を参照されたい。. 信州山の環境研究センター(2020) :ライブ映像と気象. http://ims.shinshu-u.ac.jp(2020.2.10閲覧) 鈴木啓助(2017) :山岳渓流における近年の流出高変動. 日本水文科学会誌,47(2),87-96. 鈴木啓助(2018):上高地における近年の気候・水循環 変動.日本雪氷学会誌,80(2),103-113. 鈴木啓助・佐々木明彦(2019):中部山岳地域における 気象観測網の展開.地学雑誌,128(1),9-19. 田中基樹・鈴木啓助(2007):山岳地の渓流水質形成 に及ぼす流域平均傾斜の影響.日本水文科学会誌,. 37(3),115-121. 長 野 県(2019): 平 成30年 観 光 地 利 用 者 統 計 調 査 結. 謝 辞. 果.https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/sangyo/ kanko/toukei/riyousya.html(2020.1.27閲覧).  本研究で使用した六フッ化硫黄(SF 6)分析シ ステムを構築するにあたり,筑波大学生命環境系 の 村真貴教授には多くのご助言をいただきまし た。ここに記して,感謝の意を表します。また, 本調査・研究の一部は,日本地下水学会「2018年 度 若手地下水研究助成」による補助を受け実施 したものです。. 原山 智(1990):上高地地域の地質.地域地質研究報 告( 5 万分の 1 地質図幅),地質調査所,175p. 原山 智(2015) :上高地盆地の地形形成史と第四紀槍・ 穂高カルデラ−滝谷花崗閃緑岩コンプレックス.地 質学雑誌,121(10),373-389. Gooddy, D.C., Darling, W.G., Abesser, C. and Lapworth, D.J. ( 2006 ): Using chlorofluorocarbons (CFCs) and sulphur hexafluoride (SF  6) to characterise. 引用文献. groundwater movement and residence time in a lowland Chalk catchment. Journal of Hydrology, 330,. 上高地観光旅館組合(2020) :上高地公式ウェブサイト. https://www.kamikochi.or.jp(2020.1.27閲覧). 44-52. Plummer, L.N., Busenberg, E., Bohlke, J.K., Nelms, D.L.,. 倉元隆之・佐々木明彦・鈴木啓助(2013):上高地にお. Michel, R.L. and Schlosser, P. (2001): Groundwater. ける湧水の特性.上高地・槍・穂高地域における自. residence times in Shenandoah National Park, Blue. 然環境の変動と保全・適正利用に関する総合研究,. Ridge Mountains, V irginia, USA: a multi-tracer. 平成20-24年度文部科学省特別教育研究経費報告書,. 91-96.. approach. Chemical Geology, 179, 93-111. USGS( 2020 ):The Reston Groundwater Dating. 原厚一・辻村真貴・浅井和由(2017):六フッ化硫黄. Laboratory. https://water.usgs.gov/lab(2020.9.1閲覧). (SF 6)を用いた地下水の滞留時間推定の課題と展望.. (受付:2020年 2 月11日,受理:2020年 9 月14日). 地下水学会誌,59,87-103.. ― 27 ―.

(10) 信州・上高地の名水. A 上高地・河童橋からの風景. B 冬季の上高地 (写真提供:榊原厚一).

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参照

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