─隣接領域としての教育経営学との対比および研究対象の分布状況から─
山 下 晃 一(神戸大学)
西 川 潤(京都大学大学院・院生)
船 越 大 地(京都大学大学院・院生)
松 本 圭 将(京都大学大学院・院生)
李 林イク(京都大学大学院・院生)
1 .はじめに
2018年 9 月例会では、本学会の研究活動のさらなる推進を期して特別企画を実施した。当日は、今号 掲載の例会概要に示した通り、前半で京都大学教育行政学研究室の大学院生にお願いして、教育行政学 関連の全国学会(日本教育経営学会・日本教育行政学会)における研究動向についてレビューを行って いただいた。後半では、これからの本学会を担う世代の会員のうち 3 名にお願いして、「関西から発信 する教育行政学の魅力・あり方・方法論」をテーマにご報告いただいた。 これらはいずれも理事会および研究推進担当理事から特に依頼したものである。ご多用中にもかかわ らずご快諾いただいた各位に、この場を借りて厚く御礼申し上げる。 本稿では上記企画のうち、前半の研究動向レビューについて要約および加筆修正を行い、改めて報告 するものである。膨大な量の文献を渉猟して、限られた字数でまとめあげるという負担の大きな作業に 対して、大変真摯に向き合って下さった院生の皆さんに、深く敬意を表したい。 以下、本稿の検討作業は次のように進められている。まず、教育行政学における研究動向を把握する ための前提として、「 2 .教育経営学の動向レビュー」において、隣接領域としての教育経営学の研究 動向が整理される。本稿にとって時宜を得た素材として、昨年(2018年)、日本経営学会60周年事業の 一環で発刊された講座の中に、まさに同学会の研究動向を俯瞰した巻が収められている。そのことを手 がかりとして、同巻の書籍紹介の形を取りながら具体的な動向整理を試みたものである。 次に「 3 .教育行政学の動向レビュー」では、日本教育行政学会と本学会の学会誌それぞれにおける 個人研究(研究報告・自由研究など)について、過去10年間での全体的な分布状況が検証されている。 作業手順としては、教育行政のテキストの一つを参照し、その章立てに即して(教育政策、教育法規、 中央・地方、教員養成、教育課程など)、やや形式的・外形的ではあるが、研究の対象・素材が各々に 該当する論文の数を両学会誌からカウントしている。さらに個人研究のみならず、両学会としての全体 的な取り組み(年報特集・シンポジウムなど)についても、それぞれの種類ごとに大まかな傾向が整理 された。その上で執筆者の立場から見た両学会における研究概況の特徴について付言される。 最後に「 4 .考察」では、「 2 .」で扱った巻に加えて、上記の日本教育経営学会60周年記念事業とし て刊行された講座と、かつて40周年記念事業として刊行された講座とが比較される。それを皮切りに、 これまた執筆者なりに、教育経営学との対比の下で教育行政学の位置づけ・方向性について、若干の言 及が試みられている。もとより、研究動向レビューには定型的な手法や執筆スタイルが一般的に確立されているわけではな い。本稿のように、論文の数的側面を中心として整理するだけではなく、例えば戦後教育行政学の草分 け的存在の一人として著名な宗像誠也の示したように、教育行政をめぐる精神活動である教育行政学 が、いかなる目的や方向性に即して知的な営為を進めていくのか、どのような「思惟の様式」を展開す るのか、といった発想・思想の質的側面に着目した本質的な整理も可能・必要である1。現に上記例会 での発表時にも、大先輩の会員からそのようなコメントを頂戴した。 とはいえ、本稿のいずれの箇所も、これから学問的研鑽に励み、やがては本学会の未来を担ってくれ るであろう、若い力によって執筆されたものである。教育行財政を学び初めて間もない時期に、全体 的・包括的な研究動向のレビューという困難な課題に立ち向かってくれた執筆陣に対して、改めて会員 諸氏からの温かいまなざしとご教示・ご鞭撻を賜るよう心からお願いしたい。
2 .教育経営学の動向レビュー
本章では教育経営学の研究動向について、日本教育経営学会の60周年記念で発刊された「講座 現代 の教育経営」(全 5 巻)のうち、第 3 巻『教育経営学の研究動向』の内容を通じて検討する。同巻は、以 下の 3 部構成である。第 1 部は学校組織マネジメントやカリキュラム・マネジメント、教職員人事、組 織文化、学校財務など学校を対象とする研究の動向を取り上げた「学校の組織と経営」、第 2 部は地域コ ミュニティからソーシャル・キャピタル、少子高齢化まで、広く教育と地域や社会との関係を対象とす る研究を取り上げた「社会と教育経営」、第 3 部は特定のフィールドについて取り上げるのではなく、実 践との関係や、教育経営学における人間の取り上げ方について、さらには教育経営学会としての研究の あり方について論じるなど、教育経営学における課題を広く扱った「教育経営のパラダイム」となって いる。なお、紙幅の都合、その概要についてのみ触れることとし、詳細については同書をご確認いただ きたい。また、地方教育行政について政治学的観点から取り上げた第 8 章など、教育経営学の研究動向 と見なし難い章や箇所もあったため、その部分については今回のレビューでは取り上げないこととする。 まず第 1 部についてみていく。学校組織を直接的に扱う研究として、マネジメント、開発、文化の 3 つが挙げられる。マネジメントについては、学校評価が学会内での関心の高まりと政策上の位置づけか ら、急速に発展しているテーマとして挙げられている(第 1 章)。開発については 3 つの動向が指摘さ れている。それは第一に、学校改善のための働きかけをする上での学校組織の見方(「組織学習」論と 「学習する組織」論)について、第二に、学校の目標管理について、そして第三に、学校改善プロセス の循環に注目する学校組織開発研究である(第 5 章)。また組織文化については、校長のリーダーシッ プ、学校の自律性、教育活動とその成果と関連付けた研究が主流である(第 6 章)。さらに、学校組織 と関連するものとして以下のようなものも挙げられている。リーダーシップ研究では、「分散」「変革」 「エンパワーメント」の 3 つのアプローチのうち、「分散」が近年発展したものであり、特に学校改善の ためのフォーマル、インフォーマルを問わない教員リーダーシップ論の発展が著しい(第 2 章)。カリ キュラム・マネジメント研究については、実践的研究方法が中心で、具体的方法論や自治体・学校レベ ルでの実践開発や教員研修の開発的研究がなされている(第 3 章)。教職員人事や職能開発については、 まず人事について、管理職の選抜や異動とそれによる学校への影響に関心が集まり、また職能成長と評 価に関しては、人材育成システムが注目されている状況にある(第 4 章)。次いで学校財務研究について、自律的学校経営研究の中でその重要性に着目する研究や、社会的資源配分における公正や機会均等 の実現手段としての学校財政に着目する研究、実施体制やマネジメントに着目する研究、投資効果につ いての研究が動向として挙げられる(第 7 章)。 次に、第 2 部についてみていく。学校経営参加に関しては、学校選択制、学校評議員制度、学校運営 協議会制度、学校関係者評価制度が挙げられており、いずれも制度研究から事例研究まで幅広く検討さ れている(第 9 章)。地域コミュニティと学校地域コミュニティと学校については、90年代の災害時に 学校が果たした役割や98年中教審答申での地方教育行政改革、また都市の過密化・地方の過疎化による 人口構造の変化などを通じて議論がなされてきた。日本教育経営学会はこれに関連して、地域社会が教 育経営の主体になりうる視点を示唆している(第10章)。ソーシャル・キャピタル論に関しては、教育 経営学と「人間関係を扱う学」として共通しているとされており、人的資本をどう扱うか、またその効 果をもたらす資本がどのように働いていくかを扱う点に教育分野におけるソーシャル・キャピタル研究 の視座があるとされている。(第11章)。また、日本における重大な課題である少子化について、教育経 営の分野での議論では学校の小規模化と学校統廃合に関わる研究が行われていきた。この分野に関連し て学校規模と教育効果に関する研究も数多く蓄積されてはいるが、一般化された研究成果が共有されて いないというのが現状である(第12章)。 最後に第 3 部についてみていくが、ここでは動向というよりも教育経営学が抱える今後の課題につい て議論がなされている。まず研究と実践の関係について、研究者と実践者が継続的で対等に学びあえる コミュニティであるとともに、研究・コンサルテーション技法の開発や共有、実践研究論文の投稿促進 といった課題が挙げられている(第13章)。教育経営学における人間への視線については、近年の研究 において、「人間」という存在を「操作の客体」として捉える傾向があるが、子どもvs大人、児童生徒 vs教職員、教職員vs保護者といった対立構造ではなく、それぞれが自立する主体である協働する人間像 を想起すべきであるということが指摘されている(第14章)。最後に、現代における教育経営学研究の 組織と構造については、大学、学会、教育センター等、市販雑誌という教育経営学研究の場の傾向とし て、アカデミックな研究、一定の学問的基盤をもった実践的研究、具体的な実践に焦点化したマニュア ル的研究の 3 つのタイプがあるが、これらが分離することのないよう求められると述べる(第15章)。 以上のように、近年の経営学会の動向をレビューしてきたが、経営学会では研究のトピックとして、 カリキュラム・マネジメントやコミュニティスクールなど、現代的な課題に積極的に取り組んでいるこ とが見て取れる。このように、時代の変化によって研究の視点が変容した一例として、学校財務研究が 挙げられる。40周年記念講座本当時と60周年記念講座本出版時では学校への財務権限移譲の進行の状況 がそもそも異なっており、前者が「学校経費」としての財政であり、国の補助金・予算や自治体間の格 差などマクロな視点でとらえているのに対し、後者は「移譲権限された財務管理がどのように機能して いるか」「学校予算が投資効果をあげているか」「資源配分として適正か」など、よりミクロな視点でと らえられている。
3 .教育行政学の動向レビュー
本章では日本教育行政学会の第34~43号および関西教育行政学会の第36~45号を対象とし、①個人に よる研究、②学会としての取り組みに分けて、課題と展望を整理する。過去10年とした理由は、『教育行財政研究』第36号における大会シンポジウム「教育行政学の課題と展望 ─学問的アイデンティティ─」 の報告の中で、それ以前の研究が表の形式でまとめられていることから2、その後の状況を追うものと して位置づけるためである。 3 - 1 .個人による研究のトレンド 個人による研究は研究論文(日本教育行政学会は「研究報告」、関西教育行政学会は「自由研究」お よび「研究ノート」)のほか、関西教育行政学会の例会発表も対象とする。後者を含める理由は、関西 教育行政学会が創設以来月例会を重視していることによる。 研究のトレンドを検証するために、研究対象に ついては『教育行政提要(平成版)』(高見茂・服 部憲児(編)、協同出版、2016年)の章立てを基 本に一部修正を行い、表1に示す14領域への分類 を行った。なお、「 1 .教育政策」と「11.教育 改革」の違いは、前者が政策形成のプロセスを強 く意識しているもの、後者が制度自体に注目し、 政策過程分析という視点はあまり強くないものと した。 当然のことながら、対象が複数の項目に跨る研 究も多く存在するため、その場合は 1 つの論文に つき複数の領域をカウントした3。よって、数字の 合計と論文数(および例会報告数)は一致しない。 本来ならば全ての領域における論文、例会発表 の内容を詳細に検討していくことが望ましい。実 際、例会報告の段階では全ての論文の分類をリス ト化して参考資料として示し、同時に全ての領域について代表的な論文を示しながら確認していくとい う方法を採ったが、本稿では紙幅の関係上、そのような詳細な記述は困難である。そこで、特に研究の 数の多い領域に絞って代表的な研究にも触れながら紹介していきたい。 領域別の件数を見ていくと、「14.その他」を除けば「 1 .教育政策」、「 4 .地方」、「10.学校経 営」、「11.教育改革」の4領域が合計30件を超えており、特に盛んであると言える。 「 1 .教育政策」に関しては、全国・関西を問わず主要な研究課題となっている。取り上げる政策の 対象は様々であるが、日本教育行政学会で海外を対象とした研究が目立つのに対し4、関西教育行政学 会では日本の政策を対象とするものが多く、モデルを活用した政策分析も行われている5。 「 4 .地方の教育行政」は、国内外を問わず、地方教育行政機関を主たる対象とするものであり、日 本の場合は教育委員会が主たる対象となる。特に日本教育行政学会においては非常に関心の高い領域で あり、一時は学校評価など評価に関する研究が盛んであったが6、ここ数年は社会の変化や行政システ ムの変化により生まれた新たな研究課題に取り組んだ研究が目立つ7。一方、関西においては外国研究 や歴史研究の論文はあるものの、今日の日本の地方教育行政に切り込んだ論文は見られなくなっている。 表 1 研究内容の分類
「10.学校経営」を教育行政学の一領域とすることが妥当であるかはさておき、実際には教育行政学 の学会においても、大学経営を含めて学校経営を主たる対象とする研究は少なくない。全国学会では、 学校内部の事象を扱う教育経営学の側面が強い研究よりも、その他はある特定の制度に関連したもので ある8。関西教育行政学会の論文 2 件はいずれも(当時)高等学校に籍を置く会員による論文であり9、 例会報告も多くの教育現場に勤務する会員によって行われている。 「11.教育改革」は、教育改革によって新たに生み出された制度、もたらされた変化を研究対象とし て取り上げるものである。他のカテゴリと比べると対象とする範囲が広いようにも思えるが、教育行政 学が幅広いテーマを扱う学問であり、絶えず移り変わっていく教育制度のあり方を踏まえれば、それら を包括する広いカテゴリを用意する必要性が生じる。このようなカテゴリの特質から、含まれる論文の 内容は多様であり、その多くは他のカテゴリにも属しているものである。 これらに加えて、「 5 .教員(養成・採用・研修)」と「 6 .教員(人事・制度)」を「教員」というカ テゴリでまとめるとすれば、同じく盛んに研究されている領域となる。その他で特筆すべき領域として は「 8 .教育財政」が挙げられる。こちらは純粋な財政学観点からの研究よりも、財政に関わる制度・ 政策について検討したものが主流である。日本教育行政学会では論文の発表も多い一方で、関西教育行 政学会での論文発表は 0 本となっているが、前者に該当する 7 本のうち 4 本は関西教育行政学会の会員 によるものであるため10、全国学会での発信が目指されるテーマとみなされていることが推察できる。 また、研究対象を「就学前教育」、「初等中等教育」、「高等教 育」、「社会教育」に分けて分類すると表 2 のようになった。圧倒 的に初等中等教育を対象とした研究が多いが、特に関西の例会に おいては高等教育研究も一定の割合で行われていることは注目に 値する。なお、ここでも、複数のカテゴリに跨る研究は重複して カウントしている。 表 2 から読み取れることとして、就学前教育に関する研究があ まり盛んでない点がある。就学前教育は無償化政策の展開によ り、財政面からも今後重要な課題となっていくことが予想される ため、今後はトレンドが変化していく可能性もあり、動向を注視したいところである。 社会教育を対象とした研究も少ないが、これに関しては日本社会教育学会や日本生涯教育学会といっ た関連学会の存在によりやむを得ないところもある。しかし、学校と地域の連携という観点の研究は増 加しており、「社会に開かれた教育課程」「地域とともにある学校」という観点からも今後更に勢いを増 していくことも考えられる。 3 - 2 .学会としての取り組み 学会としての取り組みは、日本教育行政学会の場合は大会シンポジウム、課題研究、「年報フォーラ ム」、関西教育行政学会の場合は大会シンポジウムおよび紀要第40号以降に掲載されている「研究ト ピック」を対象とする。個人による研究と同様、例会報告時には個別の論文レベルまで落とし込んでレ ビューを行ったが、本稿では対象を大枠となるテーマのレベルに絞り、その傾向を捉えることを目的と する。 表 2 研究対象の分類
○『日本教育行政学会年報』「年報フォーラム」 「年報フォーラム」は紀要冒頭の特集論文集であ り、個人による研究発表とはまた違った傾向が見ら れる。 まず、政治を絡めたテーマが意識的に取り上げら れている。教育政治という文言がタイトルに含まれ た第35号に加え、自民党の政権復帰に伴って特集が 組まれた第39号が該当する。 続いて、教育行政機関を主たる対象としたものと しては、第34号および第37号がある。前者では国レ ベルの教育行政機関の問題や行政学的視点による論 稿が見られるのに対し、後者では地方分権が主要なテーマとなっている。 さらに、教育財政については第36号、第42号で、教員に関するテーマでは第38号および第43号におい て特集が組まれている。 以上に示した「年報フォーラム」のテーマは教育行政学における「王道」とも呼べる内容であり、ほ ぼ毎号そうしたテーマが設定されているという点で、より多様な課題を追求する個人研究とは一線を画 している。紀要の冒頭を飾る「年報フォーラム」は教育行政の名を背負う全国学会としてのアイデン ティティが発揮される場所であると言えよう。 ○日本教育行政学会 大会シンポジウム 本稿で対象とした過去10号に掲載の公開シンポジウムのうち、国際交流委員会の企画による国際シン ポジウムが 2 回実施されている(第36号、第40号)。 その他 7 回の公開シンポジウムは、( 1 )地方教育行政に関するもの、( 2 )国の地方教育行政に関す るもの、( 3 )教員に関するものの 3 種類に区分できる。 このうち、( 2 )国の地方教育行政 に関するものに該当する第42号は学会 創設50周年記念シンポジウムとして開 催され、紀要創刊号に掲載されたテー マ「現代における教育と国家」を50年 の時を経て再検討するという趣旨で あった。つまり、学問上求められる課 題が選択されたというよりは、記念企 画としての意味合いが強い。 シンポジウムのテーマから見えてく るのは、教員に関するテーマへの関心 の高さである。第43号の年報フォーラムにおいて2010年代は「教員政策の大転換」であったという記述 があったことからも、日本教育行政学会として教員政策に強い関心が示されていたことが伺える。 表 3 過去10年の「年報フォーラム」タイトル 表 4 大会シンポジウムのタイトルと分類
○日本教育行政学会 課題研究 課題研究は第39号(2013年)を除いて年 2 本が紀要に収録されている。期間内の18件の課題研究につ いて、特徴的と考えられる 4 点を指摘したい。 第一に、地方教育行政への高い関心である。特に、第40号(2014年)から第42号(2016年)にかけて は教育委員会制度の改変時期にあたり、 6 本の課題研究のうち 4 本が地方教育行政を主たる議題として いる。 第 2 に、教育財政に関するテーマが定期的に取り上げられている。その対象も、第36号(2010年)で は義務教育財政、第38号(2012年)では高等教育と再配分のあり方の 2 本立て、第43号(2017年)では 教育資源調達方法と、趣向を変えて実施されている。 第 3 に、格差や貧困といった社会的課題に対して積極的に取り組んでいる点が挙げられる。第35号 (2009年)の格差社会における教育機会の問題、第37号(2011年)の子ども・若者の貧困の問題、第40 号(2014年)の社会的排除の問題に加え、前述した第38号(2012年)の再配分の問題もここに含めるこ とができるだろう。 第 4 に、 課題研究においては、題目に「教育行政」が含まれることが非常に多い。全18件のうち、 10件に「教育行政」が含まれ、その他にも「教育行財政」、「教育財政」が用いられているものもある。 「教育行政」のように学会の名称となっている語を用いることで、学会として取り組む研究であるとい う意識付けがなされているようにも感じられる。 ○関西教育行政学会 大会シンポジウム シンポジウムにおいては、現職または元教育行政職員や学校教職員がゲストとして招かれることが多 く、現場経験を有する会員が登壇するケースも多いため、アカデミックな視点以外からの情報を享受 できる貴重な機会となっている。シンポジウムのテーマについては特に明確な傾向は見られないもの の、その当時に注目を集めているタイムリーな話題が取り上げられることが多い。なお、スクールリー ダー、高大接続、教員養成については後述の研究トピックのテーマとしても採用されており、旬のテー マであったことが読み取れる。 表 5 関西教育行政学会大会シンポジウム(過去10号分) 号 年 テーマ 36 2008 37 教育行政学の課題と展望 ―学問的アイデンティティ― 2009 38 2010 スクールリーダーの人事行政 ―校長の登用・配置・異動を中心に― 教育行政学教育を考える 39 2011 戦後教育行政の基本原則の再検討 40 2012 41 2013 メガコンペティション時代の大学経営 ―現状と課題― 教育と福祉の連携:ジョインドアップ・ガバメント 42 2014 43 2015 「高大接続」問題の論点整理 ―大学入試制度改革に焦点をあてて― 新教育委員会制度について考える 44 2016 45 2017 教員養成・研修における大学・学問の役割の再検討 ―教員政策の「中間評価」と教育行政学の教育・研究上の課題― 学校経営参加政策の変容と教育行政研究の課題
○関西教育行政学会 研究トピック 研究トピックが創設された第40号 (2013年)から第45号(2018年)ま での 6 本の中で、教員に関する研究 が 4 本を占めている。表 2 で示した ように、自由研究論文では教員に関 する論文が占める率がさほど多くな いのに対して、研究トピックでは盛 んに取り上げられているということ は、教員に関する問題が研究課題と して発展していくことが期待されているとみなしていいだろう。 3 - 3 .学会の特徴 関西教育行政学会と日本教育行政学会は、同じ教育行政学を扱っており、前者の会員の多くは後者の 会員でもある。そのため、当然のことながら研究テーマにも類似性が見られる。 ただし、研究対象や事例研究に関して言えば、全国学会である日本教育行政学会は日本の幅広い地域 の教育行政/政策に関する研究が比較的多い。一方、本学会では関西地域を取り上げた研究の割合が高 いかというと、そのような研究は一定割合存在するものの、必ずしも関西地域がメインとなるわけでは ない。また、関西地域を対象としていても、そのことに重要な意義があるわけではなく、地理上、人脈 上の研究のしやすさから単なる参照事例になっている例も多いと考えられる。ただし、学会としての取 り組みでは、2017年には関西地方の学校運営協議会制度導入状況の特異性に着目した大会シンポジウム が実施されるなど、関西地方の特有の問題に取り組む動きも見られる。 両学会の比較を困難にしているのは、関西教育行政学会の会員の多くが日本教育行政学会の会員でも あり、『日本教育行政学会年報』において研究成果を発表しているという事実である。厳密に両学会の 特徴を見出そうとすれば、関西教育行政学会に所属する会員を除いた日本教育行政学会の研究動向を見 極める必要があるが、本稿ではその段階まで到達することはできなかった。またの機会に検討したい。
4 .考察
まず、教育経営学について日本教育経営学会40周年記念講座と60周年記念講座の内容を比べてみる と、後者ではカリキュラム・マネジメントを筆頭に、学校統廃合、コミュニティスクールなど、現代的 な課題に積極的に取り組んでいることが見て取れる。リーダーシップ論、組織開発などの領域において も、最新の理論をもとに従来の知見をさらに発展させようとしている。学校を取り巻く環境も大きく変 化する中で、日々新たな課題が生まれてくる。しかも、学校現場における変化は、法改正のようにはっ きりとは見えない形で起こることが多い。そのような変化に対して、教育経営学はアカデミックと実践 の往還を意識しながら、問題解決型の学問としての立ち位置を定めようとしている。 教育行政学では、時代の流れを反映してか、地方教育行政や教員に関する問題への関心が優勢であ る。かつては主要なテーマであった中央と地方の関係などは、今日ではその地位を低下させているよう 表 6 研究トピックのタイトルに見える。ただし、これは個人レベルでの研究における話で、学会としては『日本教育経営学会年報』 の「年報フォーラム」や「公開シンポジウム」、「課題研究」において「教育行政」をより強く意識した 研究が展開されている。特に「年報フォーラム」では教育行政学の王道とも言えるテーマが並び、「課 題研究」では題目に「教育行政」という言葉が頻繁に登場している。 その一方で、教育行政学においても学校経営に関わる研究が盛んに行われているという状況も存在す る。両実際、日本教育経営学会と日本教育行政学会・関西教育行政学会の会員の多くが重複している。 また、会員の重複は全国と関西の 2 つの教育行政学会の間にも存在する。ここで敢えて学会間の差異を 見出すとすれば、日本教育経営学会は学校経営に関して、関西教育行政学会は制度、行政、政策に関し て、それぞれ強みを発揮する学会であり、扱う研究テーマに応じて研究者が任意に選択しているという ことだろう。関西教育行政学会の場合、「関西教育経営学会」が存在しないためか、表 1 の通り「学校 経営」に関する報告が非常に多いのも事実である。 以上のように考えると、教育経営学と教育行政学の差異はあまり意識されなくなっているのかもしれ ない。もちろん、政策として決定した事項が行政という機能を通して教育現場へと繋がっていき、日々 の教育活動に反映されるという捉え方をすれば、両者を分離して捉えることは適切とは言い難い。しか しながら、幅広い対象を包括する教育学という学問においては、ある程度対象を絞って研究を行うのが 現実的である。このように対象が細分化される中で、教育行政学は教育を制度、行政、政策の面から捉 える、すなわち学校現場に入らないマクロな視点から教育を捉えることに存在意義があるように思われ る。それに対して、教育経営学は人(教員・子ども等)の姿が見えてくるミクロな視点での学問という 位置付けとなる。もちろん、これは単純な二項対立ではなく、それぞれが強みを発揮する分野と捉える べきであろう。故に、境界線上に位置する問題であれば、どこに力点が置かれるかの違いに応じてどち らの学会にも登場し得るのである。 ミクロな視点を意識する場合も、教育方法学・教育課程論等の他分野との関係性は問われてくる。だ からこそ、日本教育経営学会が「短期的な成果を求められる環境でアカデミックな研究がたこつぼ化 することが懸念される」11環境にあるという葛藤の末に、学会の方向性を「研究と実践の促進」として、 会則における学会の目的の改正まで行ったことの意義は大きい。 他方で、日本教育行政学会・関西教育行政学会では会則における目的は変化していない。教育経営学 におけるアカデミックと実践という論点を借りれば、マクロな視点からのアカデミックな研究をより追 求していくのか、実際の政策に反映できるような実用性を持った活動にも力を入れていくのか、あるい はその両方を均等に追うのか、といういくつかの方向性が考えられる。日本教育制度学会、日本教育政 策学会といった類似学会や、特定のテーマ別の学会が林立していると言っても過言ではない状況の中 で、将来的には教育行政学もその身のあり方の明確化が迫られるようになるのではないだろうか。 ※お忙しいところ院生にご指導いただいた服部憲児会員(京都大学)に厚く御礼申し上げる。 ※執筆分担 【 1 】山下 【 2 】船越・松本・李 【 3 ・ 4 】西川
註 1 宗像誠也『教育行政学序説』有斐閣、1954年(増補版1969年。著作集第 3 巻所収)。 2 雲尾周「教育行政学研究方法試論」『教育行財政研究』第36号、2009年、63-67頁。 3 突き詰めれば、どの研究も間接的にはあらゆる領域に関わってくるものであるとも考えられるが、本報告では 研究のトレンドを検証するために、その研究が主に取り上げている 1 つまたは 2 つ(最大 3 つ)の対象に絞っ て集計を行った。 4 安宅仁人「英国『子ども法2004』の制定に見る子ども行政の一元化の理念と動向─『社会投資国家』論の批判 的検討を土台として─」『日本教育行政学会年報』第36号、2008年、108-124頁。 谷川至孝「福祉多元主義のもとでの英国教育政策の展開─ボランタリー・アンド・コミュニティ・セクターの 活動─」『日本教育行政学会年報』第36号、2008年、125-142頁。
桐村豪文「有効性のエビデンスに基づく教育ガバナンス─Success for Allの取り組みにおけるメタ・ガバナンス の分析─」『日本教育行政学会年報』第39号、2013年、97-114頁。 5 近藤千寿枝「スクールカウンセラー事業の展望と課題─政策形成過程分析からの考察─」『教育行財政研究』第 37号、2010年、12-23頁。 犬塚典子「大学教員採用に関するポジティブ・アクションの政策過程─中央省庁等改革後のアクターとネット ワーク─」『教育行財政研究』第44号、2017年、25-30頁。 6 大畠菜穂子「地方教育行政における評価制度の導入─行政統制機能に着目した東京都中野区の事例分析─」『日 本教育行政学会年報』第36号、2010年、106-122頁。 西野倫世「現代米国の学校改善事業にみる学力測定結果の活用状況と課題─テネシー州チャタヌーガ市の Value-Added Assessment をめぐる動向─」『日本教育行政学会年報』第42号、2016年、130-146頁。 7 臼井智美「外国人児童生徒教育の拡充に向けた教育委員会の役割─三重県松阪市の事例分析から─」『日本教育 行政学会年報』第41号、2015年、92-108頁 本田哲也「指定都市の区長による教育行政への関与の分析─大阪市教育委員会の区担当理事を事例として─」 『日本教育行政学会年報』第41号、2015年、126-143頁。 榎景子「米国における学校再編への都市再開発政策の影響と課題─シカゴを事例とした教育政策の空間的分析 の試み─」『日本教育行政学会年報』第41号、2015年、109-125頁。 8 大林正史「学校運営協議会の導入による学校教育の改善過程─地域運営学校の小学校を事例として─」『日本教 育行政学会年報』第37号、2011年、66-82頁。 柴恭史「高等教育改革の普及を促す実効的政策の検討─イノベーション普及論にもとづく組織形成条件の抽 出─」『日本教育行政学会年報』第40号、2014年、55-72頁。 9 棚野勝文「大正期─昭和初期の中学校における職員会議機能─『職員会議録』の分析による実践史研究を通し て─」『教育行財政研究』第42号、2015年、13-24頁。 野田正人「研究開発学校事業の学校改善への効果の定量的調査─スーパーグローバルハイスクール事業からの 検討─」『教育行財政研究』第44号、2015年、11-22頁。 10 末冨芳「教育財政システムにおける学校分権の比較研究─日本・イギリス・スウェーデンを中心に─」『日本教 育行政学会年報』第34号、2008年、160-178頁。 田中真秀「公立義務教育諸学校における教員給与都道府県の差異─近年の47都道府県における教員の初任給を 分析して─」『日本教育行政学会年報』第36号、2010年、141-157頁。 櫻井直輝「学校統廃合政策の財政効果─基礎自治体に着目した事例分析─」『日本教育行政学会年報』第38号、 2012年、99-115頁。 吉田武大「1970年代アメリカ連邦政府における高等教育財政援助政策の変容─機関援助とFIPSE型援助に焦点 を当てて─」『日本教育行政学会年報』第39号、2013年、150-166頁。 11 水本徳明「『教育行政の終わる点から学校経営は始動する』か?─経営管理主義の理性による主体化と教育経営 研究─」『日本教育経営学会紀要』第60号、2018年、2-15頁。