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代理人の忠実義務の内容及び善管注意義務・委任事務処理義務との概念的関係について

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Academic year: 2021

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代理人の忠実義務の内容及び善管注意義務・委任事務処理義務との概念的関係について

代理人の忠実義務の内容及び善管

注意義務・委任事務処理義務との

概念的関係について

絵理子

は じ め に   代理人︵ないし受任者︶が、本人︵ないし委任者︶との対内 関係において、本人に対し負う義務には、まず、委託された事 務を行う義務として、委任事務処理義務がある。この委任事務 処理義務を履行する際に、当該代理人に類型的に要求される注 意を払うことを要求する合理的注意の標準として、善管注意義 務がある。ここに忠実義務が加わる。民法上、忠実義務の明文 規定は存しないも、代理人が忠実義務を負うと解すことに特段 の異論はない。問題は、忠実義務の内容と性質が不明瞭な点で ある。そこで本稿では、忠実義務の内容・性質を明確にし、忠 実義務と他の二つの義務との関係を明らかにすることを試みる。 なお、検討の際には、適宜、信託における受託者の忠実義務を 参照する。その理由は、第一に、代理人の忠実義務に関しては 議論が余り多くないのに対し、受託者の忠実義務に関しては、 明文規定と共に議論も豊富であること、第二に、代理人と受託 者は、同じ財産管理者として、可能な限り同内容の義務を負う べきと解されており、受託者の忠実義務に関する議論は、基本 的に、代理人の義務に関する議論として理解できるからである。 一   代理人の忠実義務に関する既存の理解   忠実義務の内容の不明瞭さ   代理人︵ないし受任者︶の忠実義務は、 ﹁積極的には、 ﹃委任 の本旨﹄ ︱︱ 委任者の意思と利益 ︱︱ に従って行為すべく、消 極的には、自己または第三者の利益をはかってはならない﹂義 務であり、積極的に﹃委任の本旨﹄に従い行為するという積極 的行為規範︵以下、積極的側面︶と、消極的に、自己又は第三 者の利益を図ってはならないという消極的禁止規範︵以下、消 極的側面︶の二つの側面があるとされる。この内、消極的側面 については、民法一〇八条が、反射的に、代理人・本人間の関 係での規範として示すところの利益相反禁止の規範や、信託法 三一・三二条など、一定程度、その内容が明確にされている。 これに対し、積極的側面は、本人の最善の利益の為に行為する 義務ともいわれるも、その実質は、善管注意をもって委任事務 処理義務を履行することの言い換えであり、注意義務と重複し てしまっている。この重複領域が意味することは、同一の行為 が、忠実義務違反にも注意義務違反にも該当する領域が存する ということである。もっとも、この重複領域の存在は、民法上 は、両義務の相違が不明瞭であるとの概念上の問題に過ぎない ともいえる。どちらの義務違反でも、債務不履行責任等、同様

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研 究 報 告 の救済法理に従うからである。しかし信託法では、忠実義務違 反には、受託者が得た利得を損失額と推定するとの特別規定が あり ︵四〇条二項︶ 、 注意義務違反の場合とは 、その救済法理 が異なる。そのため、同一の行為が忠実義務違反にも注意義務 違反にも該当しうると解すことには、実際上の問題がある。実 際、同法三〇条が、三一・三二条の禁止行為類型に該当しない 場合でも忠実義務違反を認める一般規定として存在し、本条の 忠実義務が積極的側面を含むと解す余地があるため、両義務の 重複領域を放置してはおけない。また、民法でも、仮に、利得 の吐出しのように忠実義務違反に固有の救済を認めるべきとす るなら、忠実義務が積極的側面において注意義務と交錯するこ とは、実際上、問題となる。そのため、忠実義務の内容を明確 にし、この重複領域を解消する必要がある。   この点、忠実義務と注意義務の相違に関しては、取締役の忠 実義務に関する異質説と同質説が示されてはいる。しかし、両 見解とも、先述した忠実義務の内容の不明瞭さに答えるもので はない。異質説は、忠実義務の内容を利益相反行為の禁止とい う消極的側面に限定することで、注意義務との差異を強調する。 しかし、同質説の中にも、忠実義務を消極的側面に限定する見 解があるのであるから、これでもって忠実義務の異質性が示さ れているとはいえない。同質説にあっては、忠実義務を、注意 義務を敷衍・具体化した義務と位置づけるも、仮にそうであれ ば、忠実義務は注意義務を具体化したところにある別個の義務 であるはずで、積極的側面において忠実義務と注意義務が重複 することについての説明はない。そのため、忠実義務の内容は、 同質説・異質説の対立とは別に、改めて問い直す必要がある。   忠実義務が予防的であるという性質の意味の不明瞭さ   忠実義務の性質に関しては、とりわけ会社法や信託法におい て、忠実義務は予防的な義務であると説明される。しかし、こ の予防的性質に関しても不明瞭さがある。例えば、受託者が信 託財産に存する動産を自己の固有の資格で取得する場合、受託 者が、信託財産に属する財産を自由に買うことができるとすれ ば、安い値付けをして買う危険があるため、受託者が利益を得 ることを防止すべく、信託事務処理から利益を得ることが可能 となるような行為類型を一般的に禁止するといい、この点を指 して 、忠実義務は予防的であると説明される 。しかし 、﹁ α 利 益を得てはならない﹂というのも忠実義務の内容をなすとする ため、実際に自己の利益を図れば、傍線を付した α の忠実義務 違反を構成する。その上で、利益を図ることを防止すべく﹁ β 自己契約等の利益相反行為を禁止する﹂という忠実義務を課す。 これでは、利益を得てはならないという α 忠実義務違反を防止 すべく、利益相反等の行為をしてはならないという β 忠実義務 を課すといっており、忠実義務違反を防止するために忠実義務 を課すというのでは、意味が通らないのである。 二   Lionel Smith の見解   かような忠実義務の不明瞭さを解く鍵となる見解が、カナダ の McGill 大 学 に い る Lionel Smith に よ り 示 さ れ て い る 。

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代理人の忠実義務の内容及び善管注意義務・委任事務処理義務との概念的関係について Smith は、イギリス・カナダ・オーストラリアを中心とするコ モンウェルス圏での信認義務の性質を明らかにすることで、信 認義務の内容の明確化を試みる。彼の研究対象は信認義務であ るも、現在、コモンウェルス圏では、信認義務と忠実義務は同 じ義務であるとの理解が 、ほぼ共通理解となっており 、 Smith も、この理解に従う。そのため、彼の理論は、忠実義務のそれ として捉えられる 。以下では 、 Smith の見解を紹介 ・検討し 、 日本法への示唆を得る。   コモンウェルス圏での忠実義務の理解 ︱︱ 議論の前提として   コモンウェルス圏での忠実義務は 、通常 、 No confl ict rule と No profi t rule という二つの準則として説明される 。 No confl ict rule とは 、代理人は 、自己が負う義務と利益が相反す る状況に身を置くことを禁じるという準則であり、自己契約等 のいわゆる利益相反行為の禁止を意味する。 No profi t rule と は、代理人たる地位を利用して利益を得ることを禁じるとの準 則である 。両準則の関係について議論はあるも 、本稿では No confl ict rule にのみ焦点をあてる 。その理由は 、第一に 、忠実 義務の中心的意味をなすのは No confl ict rule であり 、 Smith も同様の理解から 、 No confl ict rule に焦点をあてて検討して いること、第二に、日本における受託者の忠実義務も、両準則 に置き換えて説明されることがあるところ、現行信託法では、 No profi t rule は、 No confl ict rule に吸収されており、独自の 意義はないと考えられるからである。   Lionel Smith の見解   ⑴   予防的性質の意味を問い直す   Smith が最初に着目したのは、忠実義務が予防的であるとい う意味である。コモンウェルス圏では、予防的性質は、一般に、 以下のように説明される 。すなわち 、 No confl ict rule は、 自 己契約など利益相反に相当する行為を行えば、それをもって忠 実義務違反と判断するのであり、例えば、取引価格が市場価格 によっているなど 、代理人が実際には利益を得ていなくとも ︱︱ たとえ実際に忠実義務違反はなくとも 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ︱︱ 敢えて 0 0 0 忠実義務 違反を認定するという 、 over-inclusive に義務違反を認定する 点に特徴がある。確かに、かように義務違反を認定すると、実 際には忠実義務違反を犯していないにも関わらず、責任追及を 受ける無実の代理人が現れうる。しかし、代理人が、私利によ り事務の履行にバイアスをかける一般的危険性を除去するとい う社会的利益と、無実の代理人まで責任追及を受けるという社 会的損失を天秤にかけた場合、前者の方が優る。なぜなら、そ れにより忠実義務違反を犯すインセンティブを事前に削ぐこと ができ、忠実義務違反の一般予防に資するからである。この一 般予防を指し、忠実義務は予防的であるという。   しかし 、かような説明につき 、 Smith は 、 実際に義務違反が あったかに関わらず、義務に反するかもしれないというだけで 義務違反を認定するというのは、法の対応として﹁尋常ではな い﹂と評価する。そして、その正当化根拠は、一般予防に求め られてはいるも、一般予防は私法の目的を超えており、一般予

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研 究 報 告 防を果たすためとの説明では、この尋常でない法の対応を正当 化するには不十分であると批判する。   そこで、 Smith は、忠実義務の予防的性質の意味を問い直す べく 、 No confl ict rule に目を向ける 。本準則は 、自己が負う 義務と利益が相反する状況に身を置いてはならないという義務 を課す準則であると説明される。ここで、利益と相反対象とな る と こ ろ の 義 務 を DUTY1 と し 、 相 反 状 況 を 避 け る 義 務 を DUTY2 とすると 、本準則は ﹁ DUTY1 と利益が相反する状況 に身をおいてはならないという DUTY2 を課す﹂準則となる 。 仮に 、 DUTY1 と DUTY2 が同じ義務 ︵例えば忠実義務︶を指 すとすると 、﹁忠実義務と利益が相反する状況に身を置いては ならないという忠実義務を課す﹂準則となり、これでは意味が 通らない 。従って 、 DUTY1 と DUTY2 は異なる義務を指すは ずである。では、どちらが忠実義務となるか。仮に、忠実義務 を 、利益相反を避ける義務と捉えるなら 、 DUTY2 が忠実義務 となる 。しかし 、 Smith は 、この理解を支持しない 。というの も、かく解しては、忠実義務が予防的であるとの説明ができな いからである 。つまり 、仮に DUTY2 を忠実義務とすると 、 DUTY1 は忠実義務以外の義務 、具体的には委任事務処理義務 と注意義務となり、予防性は、次のように説明される。例えば、 本人から動産の売却を依頼された代理人が、自己を買主として 当該動産を取得するという自己契約を例にすると、代理人は、 動産売却という委任事務処理義務を、合理的注意を払い行うこ とが要求され、結果として、出来る限り高値で売却することが 求められる。しかし、ここに﹁安く買いたい﹂との代理人の私 利が絡むと、合理的注意を払って行うべき委任事務処理義務と、 代理人の私利との間に相反が生じる。代理人が自由に買えると すると ﹁安い値付けをして買う危険がある﹂という時の ﹁危 険﹂とは、具体的には、委任事務処理義務・注意義務違反の危 険を意味し 、この注意義務違反を防止すべく 、﹁注意義務と利 益が相反する状況に身を置いてはならない﹂という内容の忠実 義務が課せられる。こうして、忠実義務は、注意義務違反を予 防し、もって、注意義務を保護する義務となる。   一見すると 、この説明に問題はないようにみえるが 、 Smith は、これでは、忠実義務ではなくて、注意義務が予防的である との説明になっているという。すなわち、私法上の義務は、原 則として、義務違反に対しては損害賠償等の事後救済があるに 過ぎず、それ以上に義務違反を防止するための特別な方策を伴 うことはない。従って、仮に、ある義務︵=注意義務︶が、他 の義務︵=忠実義務︶を従えて、自らの違反を防止するという ような特別な予防策を有し、それでもって自らを守る義務とし て存在するとすれば、かような予防策は、守る側の義務︵=忠 実義務︶の特質ではなく、守られる側の義務、つまり注意義務 の特質として存するはずだからである。とすれば、この説明は、 注意義務が予防的であると説明してしまっており、忠実義務の 予防性の説明にはならないというわけである。   従って、忠実義務を、利益相反を避ける義務と捉えるわけに はいかない 。 No confl ict rule との関係でみれば 、 DUTY2 を

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代理人の忠実義務の内容及び善管注意義務・委任事務処理義務との概念的関係について 忠実義務と捉えるべきではない 。そこで Smith は発想を転換 し 、むしろ DUTY1 の方が忠実義務となるといい 、 DUTY2 は、 義務ではなく 、一つの準則であると捉え直す 。そうすると 、 No confl ict rule は ﹁自己が負う忠実 0 0 義務と利益が相反する状 況に身を置いてはならない﹂準則である、と再定義される。か く再定義すると、忠実義務は、利益と相反対象となる義務とな るため、この準則からは忠実義務の内容は見えてこないことに なる。   ⑵   権限行使の対内制約法理としての忠実義務   そこで Smith は視点を変える 。着目したのは 、代理人や受 託者が負う各種の義務は、権限行使の統制規範の一つであると いう点である。すなわち、一定の事務を託された者は、そのた めの権限を取得するため、権限を濫用的に行使する危険が常に 存する。この危険に対処すべく、法は、多様な法理を発展させ てきたのであり、対外制約法理としては、権限外行為は無効と の法理が典型である。代理人らが対内関係において負う義務、 例えば注意義務は、権限行使を対内的に制約する法理である。 こうした各種の権限制約法理を概観すると、対外制約法理の一 つに Fraud on a power 理論がある。これは、不適切な動機で 権限を行使した場合、当該行為は無効ないし取消しうるという 法理である。例えば、母が、未成年の子を受益者として信託を 設定し、母の死後、信託財産から生じる収益から、子の教育に 要する額を給付する権限を受託者に与えている場合、仮に、受 託者が、父親の浪費のためなど、受益者の利益を図る目的以外 の目的で給付したのであれば、たとえ形式上は受託者の権限内 の行為であっても、不適切な動機でなされていることを理由に、 給付の対外的効力が否定される。この法理は、本人の利益を図 るという動機以外の動機でなされた権限行使の効力を否定する ため、この法理の背後には﹁事務処理に際しては、本人の利益 を図るという動機で行為しなければならない﹂との規範がある といえる。この規範を、対外制約法理として具体化したところ に Fraud on a power 理論がある。しかし、この規範を対内制 約法理として具体化した義務は存在しないのである。そのため、 例えば、権限外行為があった場合、対外的には権限外行為は無 効との法理が対処し、対内的には注意義務違反として対処でき るのに対して、不適切な動機で権限が行使された場合、対外的 には Fraud on a power 理論があるも、それに対応する対内制 約法理たる義務がない。 Smith は、ここに法の欠缺があるとい い、忠実義務を、本人の利益を図るという動機で意思決定する 義務と再定義することで、この欠缺を埋めることを提唱する。   ⑶   意思決定過程を規範付ける義務という理解   Smith によれば、忠実義務は、本人の利益を図るとの動機で 意思決定する義務である。ここにいう本人の利益とは﹁委任の 本旨に適う﹂ことと同義であり、忠実義務は、委任事務処理に おいて一定の行為をなす際、当該行為が﹁委任の本旨に適う行 為だから行う﹂との動機に基づくことを要求する、意思決定過 程を規範付ける義務である。代理人が事務を処理する際の動機 を問うため、なされた行為が作為であれ不作為であれ、その際

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研 究 報 告 の意思決定が、例えば、自己の利益を図るため、あるいは第三 者の利益を図るためなど、委任の本旨に適うとの動機以外の動 機に基づく場合に、忠実義務違反を構成する。 三   日本法への示唆   意思決定過程を規範付ける義務との理解   Smith は 、﹁忠実義務=利益相反禁止﹂という 、コモンウェ ルス圏での一般的な説明から離れ、権限行使の対内制約法理た る義務という新たな視点から、忠実義務を再定義する。そのた め、彼の理解は、唐突に現れた感もあるが、この理解に至る理 由は、日本法での忠実義務の理解に極めて親和性が高い。つま り、 Smith は 、 忠実義務を 、委任の本旨に適うとの動機で意思 決定する義務として、忠実義務に、いわば積極的な内容を含め る 。その背後には 、﹁ 忠実であれ loyalty ﹂との規範には 、一定 の状況を避けるという消極的意味にとどまらない積極的な内容 があるはずだという、彼の確信がある。日本法でも、会社法で の異質説のように、忠実義務を消極的禁止と捉える見解が示さ れながらも、専門家責任論における忠実義務のように、忠実義 務には、常に、なにか積極的な意味が込められてきた感が強い。 もっとも、日本法では、積極的側面を行為義務と捉えているが ため、注意義務と重複する点に問題があった。この点に関連し ては 、 Smith の次の指摘が参考になる 。すなわち 、 私法上の義 務は、通常、行為義務として確定されてきたがため、ある義務 をみて﹁この義務は、いかなる内容を有するか﹂との問いに直 面した場合、外的に現れる行為を捉えてそれを行為義務として 同定するという方法が、半ば衝動的にとられる。これまでの忠 実義務︵=信認義務︶の内容を巡る議論も、外部に表見する作 為または不作為をみて﹁行為義務として同定できるはず﹂との 暗黙の前提の下でなされてきた。しかし、忠実義務を、利益相 反禁止という不作為義務と解しては、予防的性質の説明ができ ない。だからといって、積極的な作為義務、例えば﹁本人の利 益のために行為する義務﹂と捉えては、注意義務と重複してし まう。 Smith は、そうであれば、 ﹁忠実義務は行為義務である﹂ との前提から問い直すべきだと主張するのである。   確かに、日本法でも、私法上の義務は、通常、行為義務とし て観念されており、意思決定過程を規律する義務というのは特 有な捉え方ともいえる。しかし、日本法には、信義則や権利濫 用等の適用場面で、行為者の主観を法的に評価する規範であれ ば多数存する 。実は 、 Smith も 、こうした大陸法における行為 者の主観を捉えた法規範を参照しつつ、大陸法で可能であれば、 コモンロー圏でも、意思決定過程を規律する規範を義務として 観念しうるはずだと主張する。加えて、日本法の代理権濫用事 例で指摘されるところの忠実義務が、 Smith の理解に沿うこと は説明を要しない 。そうであれば 、日本法での忠実義務を 、 Smith の理解に従って解すことを提案したい。   なお、忠実義務をかく解した場合、その法的根拠は、事務処 理を引き受けた者の合理的意思に求められると解する。一定の 事務を引受ける旨の代理人︵=受任者︶の意思には、当然、当

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代理人の忠実義務の内容及び善管注意義務・委任事務処理義務との概念的関係について 該事務をなす際には﹁なされる行為は、委任の本旨に適う行為 だから行う﹂との動機に基づくことの引受けも含まれるはずだ からである。この意味で、忠実義務は、他人のために一定の事 務処理を引受けた者であれば、当該事務の内容いかん︵あるい は、事務処理に際し有する裁量の広狭いかん︶に関わらず、常 に、そして一律の内容をもって存すべき、委任契約における本 質的な義務であると考える。   利益相反禁止準則の位置付け ︱︱ 忠実義務に付随する予防準則   この忠実義務の理解によれば 、 No confl ict rule は忠実義務 の内容ではない。本準則は、文字通り、準則として、忠実義務 に付随すると位置づけられる。自己契約を例にすれば、忠実義 務は、代理人がなす価格決定にかかる意思決定が﹁委任の本旨 に適う﹂との動機に基づくことを要求する。しかし、ここに、 安く買いたいとの私利があると、代理人の意思決定が、本人の 利益に適うとの動機でなされない危険が生じる 。﹁ 安い値付け をして買う危険﹂とは、忠実義務違反の危険 0 0 0 0 0 0 0 0 0 を指し、この忠実 義務違反を防止すべく 、﹁利益と忠実義務が相反する状況に身 をおくことを禁じる﹂という利益相反禁止準則が存する。この ように、本準則は、忠実義務違反を防止する役割を果たすべく、 忠実義務に付随する。換言すれば、忠実義務は、自らの違反を 防止するための特殊な準則を従えた義務であり、これが、忠実 義務の予防性の意味である。かような予防性を忠実義務が有す る理由は、動機を問うという忠実義務の特殊性から根拠付けら れる。すなわち、忠実義務は動機を問う義務であるがため、実 際に義務違反を証明するには、本人は代理人の動機を証明しな ければならず、極めて大きな困難を伴う。それゆえ、予防準則 が、適切な動機で行為しているかが疑わしい類型を捉え、その 行為を代理人がしたことでもって責任追求を可能にする準則と して存在する。民法一〇八条の反射として見えるところの自己 契約等の禁止や、信託法三一・三二条は、忠実義務それ自体の 内容を示すのではなく、付随準則であるところの利益相反禁止 準則を具体化した規定として位置付けられる。   委任事務処理義務・注意義務・忠実義務の概念的関係   この理解によれば、忠実義務に積極的意味をもたせつつ、注 意義務との重複を避けることもできる。すなわち、代理人は委 任事務処理義務を履行する際、合理的注意を払うことを要求さ れ、代理人のなす行為は、客観的な注意の標準でもって事後的 に評価される。忠実義務は、代理人の同一の行為を捉えて、そ れが﹁委任の本旨に適う﹂との動機で意思決定されていたか否 かという、いわば主観的な標準で評価する。それにより、委任 事務処理義務の適切な履行を確保すべく、客観と主観の両面か ら事務処理の仕方を規範付ける義務として、注意義務と忠実義 務が両輪となって存在すると考える。 四   今後の課題   本稿での理解は忠実義務に関する基礎理論に留まるため、忠 実義務及び利益相反禁止準則の具体的な機能の仕方については、

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研 究 報 告 個別具体的事例に即した更なる検討を要する。併せて、忠実義 務違反の効果も、今後の課題としたい。忠実義務違反の効果は、 これまで、利得の吐出し請求が主張されながらも、損害ベース の日本法にそぐわないことが問題とされてきた。しかし、忠実 義務を一定の動機で意思決定する義務と捉えるなら、その違反 は、意図的な債務不履行と同列で捉えられる。そのため、故意 による債務不履行に関する賠償法理と接続させつつ、忠実義務 違反の効果を、改めて考え直す理論的基礎が生まれるとも考え るからである。 *   紙幅の関係で引用は省略した。議論の詳細は、拙稿﹁受託者の忠 実義務の本質的内容と信託事務遂行義務・善管注意義務との概念的 関係についての一試論﹂ ﹃信託の理念と活用﹄ ︵トラスト未来フォー ラム、二〇一五︶一〇三 ︱ 二二五頁を参照されたい。 ︵国士舘大学准教授︶

ヨーロッパにおける夫婦財産制の

新展開

一   問題の所在   現行法の枠組みと議論状況   日本の夫婦財産制は、夫婦財産契約の自由を認め、この契約 を締結しなかったときに、法定財産制を適用する︵民法七五五 条︶ 。しかし 、夫婦財産契約は 、婚姻前の登記を要件とし ︵民 法七五五条︶ 、婚姻後の変更を認めない ︵民法七五八条一項︶ 等形式的な内容が定められているのみで、具体的な内容はなく、 活用しにくい要因となっている。夫婦財産契約を締結するカッ プルは少数であり、実際には法定財産制が日本の夫婦の多数の 財産関係を規律している。法定財産制は、わずかに三か条のみ を規定するだけであり、また法定財産制に関するこれまでの議 論の中心は、財産の帰属・管理を定める民法七六二条をめぐる ものであった。判例・通説は別産制と解し、別産制という婚姻 中の夫婦財産の規律であっても、離婚や死亡のときには、財産 分与制度︵民法七六八条︶や配偶者相続権︵民法八九〇条︶を

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