代理人の忠実義務の内容及び善管注意義務・委任事務処理義務との概念的関係について
代理人の忠実義務の内容及び善管
注意義務・委任事務処理義務との
概念的関係について
田
岡
絵理子
は じ め に 代理人︵ないし受任者︶が、本人︵ないし委任者︶との対内 関係において、本人に対し負う義務には、まず、委託された事 務を行う義務として、委任事務処理義務がある。この委任事務 処理義務を履行する際に、当該代理人に類型的に要求される注 意を払うことを要求する合理的注意の標準として、善管注意義 務がある。ここに忠実義務が加わる。民法上、忠実義務の明文 規定は存しないも、代理人が忠実義務を負うと解すことに特段 の異論はない。問題は、忠実義務の内容と性質が不明瞭な点で ある。そこで本稿では、忠実義務の内容・性質を明確にし、忠 実義務と他の二つの義務との関係を明らかにすることを試みる。 なお、検討の際には、適宜、信託における受託者の忠実義務を 参照する。その理由は、第一に、代理人の忠実義務に関しては 議論が余り多くないのに対し、受託者の忠実義務に関しては、 明文規定と共に議論も豊富であること、第二に、代理人と受託 者は、同じ財産管理者として、可能な限り同内容の義務を負う べきと解されており、受託者の忠実義務に関する議論は、基本 的に、代理人の義務に関する議論として理解できるからである。 一 代理人の忠実義務に関する既存の理解 1 忠実義務の内容の不明瞭さ 代理人︵ないし受任者︶の忠実義務は、 ﹁積極的には、 ﹃委任 の本旨﹄ ︱︱ 委任者の意思と利益 ︱︱ に従って行為すべく、消 極的には、自己または第三者の利益をはかってはならない﹂義 務であり、積極的に﹃委任の本旨﹄に従い行為するという積極 的行為規範︵以下、積極的側面︶と、消極的に、自己又は第三 者の利益を図ってはならないという消極的禁止規範︵以下、消 極的側面︶の二つの側面があるとされる。この内、消極的側面 については、民法一〇八条が、反射的に、代理人・本人間の関 係での規範として示すところの利益相反禁止の規範や、信託法 三一・三二条など、一定程度、その内容が明確にされている。 これに対し、積極的側面は、本人の最善の利益の為に行為する 義務ともいわれるも、その実質は、善管注意をもって委任事務 処理義務を履行することの言い換えであり、注意義務と重複し てしまっている。この重複領域が意味することは、同一の行為 が、忠実義務違反にも注意義務違反にも該当する領域が存する ということである。もっとも、この重複領域の存在は、民法上 は、両義務の相違が不明瞭であるとの概念上の問題に過ぎない ともいえる。どちらの義務違反でも、債務不履行責任等、同様研 究 報 告 の救済法理に従うからである。しかし信託法では、忠実義務違 反には、受託者が得た利得を損失額と推定するとの特別規定が あり ︵四〇条二項︶ 、 注意義務違反の場合とは 、その救済法理 が異なる。そのため、同一の行為が忠実義務違反にも注意義務 違反にも該当しうると解すことには、実際上の問題がある。実 際、同法三〇条が、三一・三二条の禁止行為類型に該当しない 場合でも忠実義務違反を認める一般規定として存在し、本条の 忠実義務が積極的側面を含むと解す余地があるため、両義務の 重複領域を放置してはおけない。また、民法でも、仮に、利得 の吐出しのように忠実義務違反に固有の救済を認めるべきとす るなら、忠実義務が積極的側面において注意義務と交錯するこ とは、実際上、問題となる。そのため、忠実義務の内容を明確 にし、この重複領域を解消する必要がある。 この点、忠実義務と注意義務の相違に関しては、取締役の忠 実義務に関する異質説と同質説が示されてはいる。しかし、両 見解とも、先述した忠実義務の内容の不明瞭さに答えるもので はない。異質説は、忠実義務の内容を利益相反行為の禁止とい う消極的側面に限定することで、注意義務との差異を強調する。 しかし、同質説の中にも、忠実義務を消極的側面に限定する見 解があるのであるから、これでもって忠実義務の異質性が示さ れているとはいえない。同質説にあっては、忠実義務を、注意 義務を敷衍・具体化した義務と位置づけるも、仮にそうであれ ば、忠実義務は注意義務を具体化したところにある別個の義務 であるはずで、積極的側面において忠実義務と注意義務が重複 することについての説明はない。そのため、忠実義務の内容は、 同質説・異質説の対立とは別に、改めて問い直す必要がある。 2 忠実義務が予防的であるという性質の意味の不明瞭さ 忠実義務の性質に関しては、とりわけ会社法や信託法におい て、忠実義務は予防的な義務であると説明される。しかし、こ の予防的性質に関しても不明瞭さがある。例えば、受託者が信 託財産に存する動産を自己の固有の資格で取得する場合、受託 者が、信託財産に属する財産を自由に買うことができるとすれ ば、安い値付けをして買う危険があるため、受託者が利益を得 ることを防止すべく、信託事務処理から利益を得ることが可能 となるような行為類型を一般的に禁止するといい、この点を指 して 、忠実義務は予防的であると説明される 。しかし 、﹁ α 利 益を得てはならない﹂というのも忠実義務の内容をなすとする ため、実際に自己の利益を図れば、傍線を付した α の忠実義務 違反を構成する。その上で、利益を図ることを防止すべく﹁ β 自己契約等の利益相反行為を禁止する﹂という忠実義務を課す。 これでは、利益を得てはならないという α 忠実義務違反を防止 すべく、利益相反等の行為をしてはならないという β 忠実義務 を課すといっており、忠実義務違反を防止するために忠実義務 を課すというのでは、意味が通らないのである。 二 Lionel Smith の見解 かような忠実義務の不明瞭さを解く鍵となる見解が、カナダ の McGill 大 学 に い る Lionel Smith に よ り 示 さ れ て い る 。
代理人の忠実義務の内容及び善管注意義務・委任事務処理義務との概念的関係について Smith は、イギリス・カナダ・オーストラリアを中心とするコ モンウェルス圏での信認義務の性質を明らかにすることで、信 認義務の内容の明確化を試みる。彼の研究対象は信認義務であ るも、現在、コモンウェルス圏では、信認義務と忠実義務は同 じ義務であるとの理解が 、ほぼ共通理解となっており 、 Smith も、この理解に従う。そのため、彼の理論は、忠実義務のそれ として捉えられる 。以下では 、 Smith の見解を紹介 ・検討し 、 日本法への示唆を得る。 1 コモンウェルス圏での忠実義務の理解 ︱︱ 議論の前提として コモンウェルス圏での忠実義務は 、通常 、 No confl ict rule と No profi t rule という二つの準則として説明される 。 No confl ict rule とは 、代理人は 、自己が負う義務と利益が相反す る状況に身を置くことを禁じるという準則であり、自己契約等 のいわゆる利益相反行為の禁止を意味する。 No profi t rule と は、代理人たる地位を利用して利益を得ることを禁じるとの準 則である 。両準則の関係について議論はあるも 、本稿では No confl ict rule にのみ焦点をあてる 。その理由は 、第一に 、忠実 義務の中心的意味をなすのは No confl ict rule であり 、 Smith も同様の理解から 、 No confl ict rule に焦点をあてて検討して いること、第二に、日本における受託者の忠実義務も、両準則 に置き換えて説明されることがあるところ、現行信託法では、 No profi t rule は、 No confl ict rule に吸収されており、独自の 意義はないと考えられるからである。 2 Lionel Smith の見解 ⑴ 予防的性質の意味を問い直す Smith が最初に着目したのは、忠実義務が予防的であるとい う意味である。コモンウェルス圏では、予防的性質は、一般に、 以下のように説明される 。すなわち 、 No confl ict rule は、 自 己契約など利益相反に相当する行為を行えば、それをもって忠 実義務違反と判断するのであり、例えば、取引価格が市場価格 によっているなど 、代理人が実際には利益を得ていなくとも ︱︱ たとえ実際に忠実義務違反はなくとも 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ︱︱ 敢えて 0 0 0 忠実義務 違反を認定するという 、 over-inclusive に義務違反を認定する 点に特徴がある。確かに、かように義務違反を認定すると、実 際には忠実義務違反を犯していないにも関わらず、責任追及を 受ける無実の代理人が現れうる。しかし、代理人が、私利によ り事務の履行にバイアスをかける一般的危険性を除去するとい う社会的利益と、無実の代理人まで責任追及を受けるという社 会的損失を天秤にかけた場合、前者の方が優る。なぜなら、そ れにより忠実義務違反を犯すインセンティブを事前に削ぐこと ができ、忠実義務違反の一般予防に資するからである。この一 般予防を指し、忠実義務は予防的であるという。 しかし 、かような説明につき 、 Smith は 、 実際に義務違反が あったかに関わらず、義務に反するかもしれないというだけで 義務違反を認定するというのは、法の対応として﹁尋常ではな い﹂と評価する。そして、その正当化根拠は、一般予防に求め られてはいるも、一般予防は私法の目的を超えており、一般予
研 究 報 告 防を果たすためとの説明では、この尋常でない法の対応を正当 化するには不十分であると批判する。 そこで、 Smith は、忠実義務の予防的性質の意味を問い直す べく 、 No confl ict rule に目を向ける 。本準則は 、自己が負う 義務と利益が相反する状況に身を置いてはならないという義務 を課す準則であると説明される。ここで、利益と相反対象とな る と こ ろ の 義 務 を DUTY1 と し 、 相 反 状 況 を 避 け る 義 務 を DUTY2 とすると 、本準則は ﹁ DUTY1 と利益が相反する状況 に身をおいてはならないという DUTY2 を課す﹂準則となる 。 仮に 、 DUTY1 と DUTY2 が同じ義務 ︵例えば忠実義務︶を指 すとすると 、﹁忠実義務と利益が相反する状況に身を置いては ならないという忠実義務を課す﹂準則となり、これでは意味が 通らない 。従って 、 DUTY1 と DUTY2 は異なる義務を指すは ずである。では、どちらが忠実義務となるか。仮に、忠実義務 を 、利益相反を避ける義務と捉えるなら 、 DUTY2 が忠実義務 となる 。しかし 、 Smith は 、この理解を支持しない 。というの も、かく解しては、忠実義務が予防的であるとの説明ができな いからである 。つまり 、仮に DUTY2 を忠実義務とすると 、 DUTY1 は忠実義務以外の義務 、具体的には委任事務処理義務 と注意義務となり、予防性は、次のように説明される。例えば、 本人から動産の売却を依頼された代理人が、自己を買主として 当該動産を取得するという自己契約を例にすると、代理人は、 動産売却という委任事務処理義務を、合理的注意を払い行うこ とが要求され、結果として、出来る限り高値で売却することが 求められる。しかし、ここに﹁安く買いたい﹂との代理人の私 利が絡むと、合理的注意を払って行うべき委任事務処理義務と、 代理人の私利との間に相反が生じる。代理人が自由に買えると すると ﹁安い値付けをして買う危険がある﹂という時の ﹁危 険﹂とは、具体的には、委任事務処理義務・注意義務違反の危 険を意味し 、この注意義務違反を防止すべく 、﹁注意義務と利 益が相反する状況に身を置いてはならない﹂という内容の忠実 義務が課せられる。こうして、忠実義務は、注意義務違反を予 防し、もって、注意義務を保護する義務となる。 一見すると 、この説明に問題はないようにみえるが 、 Smith は、これでは、忠実義務ではなくて、注意義務が予防的である との説明になっているという。すなわち、私法上の義務は、原 則として、義務違反に対しては損害賠償等の事後救済があるに 過ぎず、それ以上に義務違反を防止するための特別な方策を伴 うことはない。従って、仮に、ある義務︵=注意義務︶が、他 の義務︵=忠実義務︶を従えて、自らの違反を防止するという ような特別な予防策を有し、それでもって自らを守る義務とし て存在するとすれば、かような予防策は、守る側の義務︵=忠 実義務︶の特質ではなく、守られる側の義務、つまり注意義務 の特質として存するはずだからである。とすれば、この説明は、 注意義務が予防的であると説明してしまっており、忠実義務の 予防性の説明にはならないというわけである。 従って、忠実義務を、利益相反を避ける義務と捉えるわけに はいかない 。 No confl ict rule との関係でみれば 、 DUTY2 を
代理人の忠実義務の内容及び善管注意義務・委任事務処理義務との概念的関係について 忠実義務と捉えるべきではない 。そこで Smith は発想を転換 し 、むしろ DUTY1 の方が忠実義務となるといい 、 DUTY2 は、 義務ではなく 、一つの準則であると捉え直す 。そうすると 、 No confl ict rule は ﹁自己が負う忠実 0 0 義務と利益が相反する状 況に身を置いてはならない﹂準則である、と再定義される。か く再定義すると、忠実義務は、利益と相反対象となる義務とな るため、この準則からは忠実義務の内容は見えてこないことに なる。 ⑵ 権限行使の対内制約法理としての忠実義務 そこで Smith は視点を変える 。着目したのは 、代理人や受 託者が負う各種の義務は、権限行使の統制規範の一つであると いう点である。すなわち、一定の事務を託された者は、そのた めの権限を取得するため、権限を濫用的に行使する危険が常に 存する。この危険に対処すべく、法は、多様な法理を発展させ てきたのであり、対外制約法理としては、権限外行為は無効と の法理が典型である。代理人らが対内関係において負う義務、 例えば注意義務は、権限行使を対内的に制約する法理である。 こうした各種の権限制約法理を概観すると、対外制約法理の一 つに Fraud on a power 理論がある。これは、不適切な動機で 権限を行使した場合、当該行為は無効ないし取消しうるという 法理である。例えば、母が、未成年の子を受益者として信託を 設定し、母の死後、信託財産から生じる収益から、子の教育に 要する額を給付する権限を受託者に与えている場合、仮に、受 託者が、父親の浪費のためなど、受益者の利益を図る目的以外 の目的で給付したのであれば、たとえ形式上は受託者の権限内 の行為であっても、不適切な動機でなされていることを理由に、 給付の対外的効力が否定される。この法理は、本人の利益を図 るという動機以外の動機でなされた権限行使の効力を否定する ため、この法理の背後には﹁事務処理に際しては、本人の利益 を図るという動機で行為しなければならない﹂との規範がある といえる。この規範を、対外制約法理として具体化したところ に Fraud on a power 理論がある。しかし、この規範を対内制 約法理として具体化した義務は存在しないのである。そのため、 例えば、権限外行為があった場合、対外的には権限外行為は無 効との法理が対処し、対内的には注意義務違反として対処でき るのに対して、不適切な動機で権限が行使された場合、対外的 には Fraud on a power 理論があるも、それに対応する対内制 約法理たる義務がない。 Smith は、ここに法の欠缺があるとい い、忠実義務を、本人の利益を図るという動機で意思決定する 義務と再定義することで、この欠缺を埋めることを提唱する。 ⑶ 意思決定過程を規範付ける義務という理解 Smith によれば、忠実義務は、本人の利益を図るとの動機で 意思決定する義務である。ここにいう本人の利益とは﹁委任の 本旨に適う﹂ことと同義であり、忠実義務は、委任事務処理に おいて一定の行為をなす際、当該行為が﹁委任の本旨に適う行 為だから行う﹂との動機に基づくことを要求する、意思決定過 程を規範付ける義務である。代理人が事務を処理する際の動機 を問うため、なされた行為が作為であれ不作為であれ、その際
研 究 報 告 の意思決定が、例えば、自己の利益を図るため、あるいは第三 者の利益を図るためなど、委任の本旨に適うとの動機以外の動 機に基づく場合に、忠実義務違反を構成する。 三 日本法への示唆 1 意思決定過程を規範付ける義務との理解 Smith は 、﹁忠実義務=利益相反禁止﹂という 、コモンウェ ルス圏での一般的な説明から離れ、権限行使の対内制約法理た る義務という新たな視点から、忠実義務を再定義する。そのた め、彼の理解は、唐突に現れた感もあるが、この理解に至る理 由は、日本法での忠実義務の理解に極めて親和性が高い。つま り、 Smith は 、 忠実義務を 、委任の本旨に適うとの動機で意思 決定する義務として、忠実義務に、いわば積極的な内容を含め る 。その背後には 、﹁ 忠実であれ loyalty ﹂との規範には 、一定 の状況を避けるという消極的意味にとどまらない積極的な内容 があるはずだという、彼の確信がある。日本法でも、会社法で の異質説のように、忠実義務を消極的禁止と捉える見解が示さ れながらも、専門家責任論における忠実義務のように、忠実義 務には、常に、なにか積極的な意味が込められてきた感が強い。 もっとも、日本法では、積極的側面を行為義務と捉えているが ため、注意義務と重複する点に問題があった。この点に関連し ては 、 Smith の次の指摘が参考になる 。すなわち 、 私法上の義 務は、通常、行為義務として確定されてきたがため、ある義務 をみて﹁この義務は、いかなる内容を有するか﹂との問いに直 面した場合、外的に現れる行為を捉えてそれを行為義務として 同定するという方法が、半ば衝動的にとられる。これまでの忠 実義務︵=信認義務︶の内容を巡る議論も、外部に表見する作 為または不作為をみて﹁行為義務として同定できるはず﹂との 暗黙の前提の下でなされてきた。しかし、忠実義務を、利益相 反禁止という不作為義務と解しては、予防的性質の説明ができ ない。だからといって、積極的な作為義務、例えば﹁本人の利 益のために行為する義務﹂と捉えては、注意義務と重複してし まう。 Smith は、そうであれば、 ﹁忠実義務は行為義務である﹂ との前提から問い直すべきだと主張するのである。 確かに、日本法でも、私法上の義務は、通常、行為義務とし て観念されており、意思決定過程を規律する義務というのは特 有な捉え方ともいえる。しかし、日本法には、信義則や権利濫 用等の適用場面で、行為者の主観を法的に評価する規範であれ ば多数存する 。実は 、 Smith も 、こうした大陸法における行為 者の主観を捉えた法規範を参照しつつ、大陸法で可能であれば、 コモンロー圏でも、意思決定過程を規律する規範を義務として 観念しうるはずだと主張する。加えて、日本法の代理権濫用事 例で指摘されるところの忠実義務が、 Smith の理解に沿うこと は説明を要しない 。そうであれば 、日本法での忠実義務を 、 Smith の理解に従って解すことを提案したい。 なお、忠実義務をかく解した場合、その法的根拠は、事務処 理を引き受けた者の合理的意思に求められると解する。一定の 事務を引受ける旨の代理人︵=受任者︶の意思には、当然、当
代理人の忠実義務の内容及び善管注意義務・委任事務処理義務との概念的関係について 該事務をなす際には﹁なされる行為は、委任の本旨に適う行為 だから行う﹂との動機に基づくことの引受けも含まれるはずだ からである。この意味で、忠実義務は、他人のために一定の事 務処理を引受けた者であれば、当該事務の内容いかん︵あるい は、事務処理に際し有する裁量の広狭いかん︶に関わらず、常 に、そして一律の内容をもって存すべき、委任契約における本 質的な義務であると考える。 2 利益相反禁止準則の位置付け ︱︱ 忠実義務に付随する予防準則 この忠実義務の理解によれば 、 No confl ict rule は忠実義務 の内容ではない。本準則は、文字通り、準則として、忠実義務 に付随すると位置づけられる。自己契約を例にすれば、忠実義 務は、代理人がなす価格決定にかかる意思決定が﹁委任の本旨 に適う﹂との動機に基づくことを要求する。しかし、ここに、 安く買いたいとの私利があると、代理人の意思決定が、本人の 利益に適うとの動機でなされない危険が生じる 。﹁ 安い値付け をして買う危険﹂とは、忠実義務違反の危険 0 0 0 0 0 0 0 0 0 を指し、この忠実 義務違反を防止すべく 、﹁利益と忠実義務が相反する状況に身 をおくことを禁じる﹂という利益相反禁止準則が存する。この ように、本準則は、忠実義務違反を防止する役割を果たすべく、 忠実義務に付随する。換言すれば、忠実義務は、自らの違反を 防止するための特殊な準則を従えた義務であり、これが、忠実 義務の予防性の意味である。かような予防性を忠実義務が有す る理由は、動機を問うという忠実義務の特殊性から根拠付けら れる。すなわち、忠実義務は動機を問う義務であるがため、実 際に義務違反を証明するには、本人は代理人の動機を証明しな ければならず、極めて大きな困難を伴う。それゆえ、予防準則 が、適切な動機で行為しているかが疑わしい類型を捉え、その 行為を代理人がしたことでもって責任追求を可能にする準則と して存在する。民法一〇八条の反射として見えるところの自己 契約等の禁止や、信託法三一・三二条は、忠実義務それ自体の 内容を示すのではなく、付随準則であるところの利益相反禁止 準則を具体化した規定として位置付けられる。 3 委任事務処理義務・注意義務・忠実義務の概念的関係 この理解によれば、忠実義務に積極的意味をもたせつつ、注 意義務との重複を避けることもできる。すなわち、代理人は委 任事務処理義務を履行する際、合理的注意を払うことを要求さ れ、代理人のなす行為は、客観的な注意の標準でもって事後的 に評価される。忠実義務は、代理人の同一の行為を捉えて、そ れが﹁委任の本旨に適う﹂との動機で意思決定されていたか否 かという、いわば主観的な標準で評価する。それにより、委任 事務処理義務の適切な履行を確保すべく、客観と主観の両面か ら事務処理の仕方を規範付ける義務として、注意義務と忠実義 務が両輪となって存在すると考える。 四 今後の課題 本稿での理解は忠実義務に関する基礎理論に留まるため、忠 実義務及び利益相反禁止準則の具体的な機能の仕方については、
研 究 報 告 個別具体的事例に即した更なる検討を要する。併せて、忠実義 務違反の効果も、今後の課題としたい。忠実義務違反の効果は、 これまで、利得の吐出し請求が主張されながらも、損害ベース の日本法にそぐわないことが問題とされてきた。しかし、忠実 義務を一定の動機で意思決定する義務と捉えるなら、その違反 は、意図的な債務不履行と同列で捉えられる。そのため、故意 による債務不履行に関する賠償法理と接続させつつ、忠実義務 違反の効果を、改めて考え直す理論的基礎が生まれるとも考え るからである。 * 紙幅の関係で引用は省略した。議論の詳細は、拙稿﹁受託者の忠 実義務の本質的内容と信託事務遂行義務・善管注意義務との概念的 関係についての一試論﹂ ﹃信託の理念と活用﹄ ︵トラスト未来フォー ラム、二〇一五︶一〇三 ︱ 二二五頁を参照されたい。 ︵国士舘大学准教授︶