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4 インサイダー取引

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Academic year: 2021

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インサイダー取引

本ワークショップの趣旨 従来、インサイダー取引に関する議論のフィールドは、主に金融商品取引法の領域 で、刑法上の議論は必ずしも十分でなかった。しかし、インサイダー取引が、 年以 上の懲役もしくは 500 万円以下の罰金またはその併科という重い法定刑の定められた 犯罪である以上、同罪について、刑法上も検討を加えておく意義は小さくない。そこ で、本ワークショップでは、金商法の専門家にも参加いただき、インサイダー取引規 制の今日的な課題を取り上げ、検討を加えた。 報告の概要 まず、川崎が、基本的な論点を整理した。インサイダー取引に関する規定は、正当 な取引の萎縮を回避する趣旨で形式性が重視され、極めて詳細な規定が設けられ、加 えて、経済犯罪の中でも群を抜く頻度で改正が繰り返されてきた。このため、インサ イダー取引の規定に対しては、行為規範としての機能に疑問が生じる。この点と関連 して、金商法 157 条 号のような包括規定をインサイダー取引に適用することの可否 も問題となる。また、刑法の観点からインサイダー取引罪にアプローチした場合、同 罪の法益についても検討が必要となる。さらに、個々の構成要件要素の解釈について も、判例を踏まえた議論が求められる。加えて、インサイダー取引に対する刑事制裁 と課徴金との関係も注目に値する。 以上のような論点について、金商法の観点から若林泰伸氏(早稲田大学)、刑法の 観点から樋口亮介会員(東京大学)および平山幹子会員(甲南大学)の 名が報告を 行った。その概要は以下の通りである。 ⑴ インサイダー取引規制について──金商法研究者の立場から(若林) 資本市場の機能の十全な発揮や投資者の保護を目的とする金商法において、インサ イダー取引は不公正取引の一類型であり、また、同法上の情報開示規制と関係を有す る。すなわち、重要情報が発生した場合、直ちに開示しなければならないが、重要情 報の発生と開示との間に時間差が生じることは不可避であり、また、情報の種類によ っては、直ちに開示することが不適切であるものもある。このように、適時開示が機 能的に限界に達した際にインサイダー取引の禁止という行為規制に転化するのである ( 開示せよ、さもなくば断念せよ(disclose or abstain rule))。

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括的な、いわゆるプリンシプル・ベースの規制に改正することを主張するものが多い。 その理由としては、①一義的かつ形式的な規制では、証券市場を巡る多様な事象を捉 えきれず、過小規制・過大規制のおそれがあること、②詳細に過ぎる規制は、かえっ て規制対象者の行為の自由の妨げとなることがあげられる。プリンシプル・ベースの 規制が罪刑法定主義に反するとの批判に対しては、規制当局によるガイドライン等の 活用によってカバーできるというのが、金商法学者の一般的な見解である。 形式的な行為規制を設ける現行法では、金商法 157 条 号や 158 条の包括規定の適 用の可否を問題にせざるを得ない。スカルピング等、包括規定の適用が考えられるそ の他の違法行為類型には、情報格差の利用というインサイダー取引的な要素をもった ものも存在しているところ、インサイダー取引そのものと位置づけられる(しかし、 同法 166 条、167 条には当たらない)不公正取引に対しても、包括規定の適用の余地 を残しておくべきである。また、不公正取引の一般規定としては、同法 157 条よりは 規定が明確であることから、同法 158 条を用いることがほぼ確立しつつある。もっと も、同法 158 条による偽計取引の運用にあたっては、積極的に虚偽の情報を公表する などの方法により、投資者を 欺いた ケースが多いということも指摘できよう。 エンフォースメントにかかるインサイダー取引規制の立法課題としては、①被害者 救済の不十分性(民事責任の規定の欠如)、②課徴金の上限額、③包括的な立法と刑 事罰との関係、が問題となる。①②に関して、アメリカでは、同時取引者に被害者と して損害賠償請求権を認めつつ、同時取引者は多数に上ることから、賠償額を利益額 に制限し、 課徴金(民事制裁金) との調整規定を置いていること、さらに、その課 徴金の上限を利得額の 倍と定めていることが参考になろう。③に関しては、包括的 な規定に対し、可罰的行為を限定するための、付加的な規制を設けることが考えられ る。情報伝達・取引推奨行為の規制(平成 25 年改正)において、情報受領者が実際 に取引を行った場合に処罰するとの制限を設けたのは、その一例と解されよう。 ⑵ インサイダー規制における形式的ルールと実質的処罰根拠(樋口) インサイダー取引につき、形式的な規制を徹底することには問題がある一方で、一 般的には何らかの利益保護を目指しつつ、ルールとしては形式性を徹底するという規 制は十分ありうる(たとえば、 赤信号では止まれ というルール)。よって、考慮さ れるべきは、形式的ルールの正当化根拠とその限界づけであり、①刑法の基本目的で あるところの法益保護に対する有効性、②国家機関によるエンフォースメントコスト の効率性、③規制目的に照らした弊害の非過剰性、という視点に基づいて、その検討 を行うことができる。特に、インサイダー取引規制における③の視点に関しては、従 来指摘されてきた 取引の不当な萎縮 に加え、 情報開示コスト という弊害をも 加味する必要があろう。

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このような視点を前提にした場合、現行法は、インサイダー情報を現に投資判断に 取り入れたか否かを度外視しているが、これは、個別取引における動機等の証明の必 要をなくす点で、エンフォースメントコストを軽減するための形式的ルールとして支 持されうる。政令において形式的に定められた 公表 の要件については、公知とい えるほどの状態に至った情報について、なお情報開示を求めるのは過大な負担となる。 公知性という限定的で、判断も比較的容易な基準であれば、エンフォースメントを害 するおそれも低いと言え、重要事実が公知のものになった限りにおいて、重要事実性 を欠くという解釈を行う余地はあろう。決定事実の解釈について、最決平成 23 年 月 日は、決定に関する事実の実現可能性が全くあるいはほとんど存在しない場合に は 決定 には当たらないとする余地を認めている。かかる留保は、不確定な情報を 逐一開示するコストが過大なものであることに着目したと理解することもできよう。 金商法 166 条、167 条には当たらない行為を、包括規定により捕捉することは考慮 されてよい。明確性の原則との関係について、アメリカでは、何が処罰価値を備えた 行為であるかが事前に明らかにされていること( 公正な告知 )を重視していること に注目すべきである。すなわち、今日、わが国において、不公平な情報格差を利用し た投資の禁圧というインサイダー処罰の最も中核にある発想が、少なくとも、市場の 参加者には公正に告知されるに至ったといえる以上、包括規定の適用は許容されると 言えよう。そして、その具体的な適用範囲を画するに際しては、実質的処罰根拠に加 えて、包括条項の法定刑の重さ、情報開示に適さない情報に基づく取引であっても処 罰できることによる自由制約の大きさを考慮すべきであろう。よって、①当該情報の 投資判断への影響に加えて、②当該情報の入手プロセスの不正さ、③当該情報の投資 判断への利用および利益の獲得、を考慮要素とすることが考えられる。このような悪 質性が十分に備わったと言える行為を、包括規定の文言に包摂するとの解釈は、偽計 業務妨害罪の適用例にも見受けられる。 ⑶ インサイダー取引と刑事規制(平山) インサイダー取引罪の保護法益に関しては、証券市場の公正性・健全性に求める見 解や、市場における一般投資家の経済的利益に求める見解などが主張されているが、 前者には、内容が不明確であるといった点、後者には、経済犯罪の抑止という政策的 見地から、法益を個人の具体的利益に限ることは適切でないといった点が指摘されて いる。一方、今日、このような法益論自体を刑事立法の基準とすることの正当性に疑 問がもたれ、法益論に代わる立法原理が探求されつつある。つまり、法益侵害が当該 犯罪の結果および実質的処罰根拠であるとは限らないのであり、解釈論の拠り所は、 条文そのものや、その背後にある行為規範等に求めるべきであるとされている。 他方、インサイダー取引の刑事規制の範囲に関する問題として、平成 25 年金商法

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改正による規制対象行為の拡大が注目される。従来、内部者および第一次情報受領者 による取引において、その情報伝達者も共犯として処罰される可能性があったが、実 際に処罰されたケースは少なかった。しかし、近年、公募増資インサイダーをはじめ、 第一次情報受領者によるインサイダー取引の割合が増加したことから、そのような取 引を防止する機運が高まった。そこで、会社関係者および公開買付者等関係者による 情報伝達行為を規制し、当該規制の潜脱行為となりうる取引推奨行為をも規制する趣 旨の改正がなされたのである。この情報伝達等の罪については、受領者に利益を得さ せる、又は損失を回避させる目的という要件が課されているが、 利益 損失 の範 囲が問題になりえよう。また、同罪の成立には、情報受領者または取引の被推奨者に よる実際の取引行為が要件とされているが、情報伝達・取引推奨行為と当該取引との 因果関係の要否等も問題となる。このような新たな規制対象が、従来、インサイダー 取引罪の共同正犯や教唆犯として処罰できた行為に限られているとすれば、本罪の規 定により実質的な変化は生じないとも言える。しかし、情報伝達等の行為が幇助とし てしか評価できない場合でも、本罪に減軽規定はない。また、取引推奨に基づいて取 引が行われてもインサイダー取引罪は成立しない以上、その共犯も成立しないが、取 引推奨罪では有罪となりうる。これらのことから、新たな規制対象行為は、必ずしも インサイダー取引罪の共犯的性格からのみ導き出されているわけではないと言えよう。 もっとも、改正金商法は共犯規定の適用を排斥しておらず、本罪と共犯の両方が成立 しうる場合がある。この点、共同正犯が成立しうる場合には、情報伝達者自身がイン サイダー情報に基づく株式の売買を実現したとみるべきであろうから、共同正犯とし て処理する方が実際に則した判断と言えよう。他方、教唆・幇助が成立しうる場合、 情報伝達等の罪については、課徴金が課されうること、また減軽規定がないことが考 慮されよう。特に、取引推奨行為については、従来は全く処罰されていなかったもの であり、その点も含めて、今後の規制の運用方法が注目される。 質疑応答の概要 以上の報告を受けて、質疑応答が行われた。その概要は以下の通りである。 まず、法益論との関係について、判例には、保護法益の観点から解釈論を導いてい るように見えるものもあるが、その点はどう評価すべきかとの質問があった。それに 対しては、法益論は立法論においては無益であるが、判例において、法益を考慮して 構成要件を解釈するのは当然ありうるとの回答がなされた。 次に、 公表 の要件に関し、公知になった場合には、インサイダー取引規制を制 限する余地があるが、判例のように 会社の正式な意思の表明 というものを要求す ると、実質的にはその余地がなくなるのではないか、との質問があった。これに対し

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ては、ある企業が既に新製品を売り出しているような場合に、適時開示のためのコス トに照らして、なお、公知性を理由に、規制を限定する余地はあるとの発言があった。 また、そのような限定の要否は、当該情報が発生事実(当該事実の発生の有無が重 要)か決定事実(段階的に中身が変わりうるもの)かによっても変わりうるとの指摘 もあった。さらに、決定事実や決算変動事実については、企業内部から発信されたも のとそうでないものとの間には、信用度に大きな違いがあり、また、企業が正式に開 示する情報は、利害関係者の意思決定に資するような網羅的・体系的なものであるこ とも影響してくるとの指摘もなされた。他方で、形式的ルールを強制することに関し て、強姦罪における同意年齢等、明確な数字で一律に規制している条文は他にも多く あるとの意見もあった。 続いて、課徴金制度について、利得の剥奪を超える部分は、ある種の制裁として理 解してもよいかという質問があった。これに対しては、利益の剥奪もある種の 制 裁 と言えるが、利益剥奪か制裁かということよりも、何を具体的要件・基準として それを科すのかが重要なのではないかとの回答がなされた。また、刑事司法における 没収・追徴額が課徴金からは控除されることに照らして、利益剥奪を超える部分につ いては調整しなくてよいのかとの質問もあった。これに対しては、刑事訴追されれば、 量刑理由の段階で罪刑均衡を保つことはできるとの回答がなされた。しかし、そのよ うな調整は、刑事裁判が、課徴金が課された後であることを前提としており、課徴金 から追徴額を控除できるといった場合には、刑事裁判が先行していることが前提であ り、課徴金の額はきわめて形式的に決まるので、調整するのが困難となり、やはり二 重処罰の禁止が問題になってくるのではないかとの意見があった。もっとも、金商法 の課徴金制度は、 機動的な行政措置 をその特色としており、通常、課徴金の納付 が刑事裁判に先行するとの指摘もなされた。 包括規定について、金商法 157 条ではなく同法 158 条が適用されている根拠とその 是非に対する質問がなされた。これに対して、158 条における 偽計 や 風説の流 布 という文言は刑法にもあることから、157 条よりは、罪刑法定主義違反の疑いが 低くなるとの判断だと考えられるが、157 条における 不正な手段 というのは罪刑 法定主義違反で、158 条における 偽計 というのは違反ではないという判断が妥当 なものであるかは疑問の余地があるとの回答があった。また、金商法の観点からは、 日々進化していく取引形態と、それを開発しうる企業等の影響力の大きさに照らして も、もう少し積極的な包括規定の運用がなされてもよいのではないかとの指摘があっ た。その他、包括規定を適用するにあたって、インサイダー取引の悪性の中核部分が 告知されていたとしても、それが包括規定の条文そのものから読み取れるのかとの質 問もあった。これに対しては、立法時に参考にされたアメリカ証券規制の Rule

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10b-では、同じような包括的な文言でインサイダー取引を処罰しており、また、他にも 茫漠たる条文は数ある中で、悪質性の高いインサイダー取引に限って処罰することを 読み取ることはなお可能ではないかとの回答がなされた。なお、インサイダー取引を 直接的に規制する条文には該当しない行為につき、より重い法定刑をもつ包括規定で 処理するのが妥当かとの問題意識も提示された。これに対しては、法定刑の下限がそ れほど重くないことに加え、同法 166、167 条には該当しないが、当該規制が予定す る行為以上に悪質な行為は十分にありえ、それに対してより重い法定刑で臨むことに は合理性があるとの回答がなされた。加えて、166、167 条では捕捉されない第二次 情報受領者の取引等についても、なお包括規定の適用の余地があるのかとの質問もな された。これに対しては、情報受領過程を経ることによって、悪質性が薄まっていく との説明を類型的に尊重するか、悪質性を補てんする事情を重視するかによって、結 論が異なってくるとの回答がなされた。 最後に、立法論に関して、インサイダー取引を包括的に規制するとした場合、どの ような文言が考えられるのかとの質問があった。これに対しては、詳細な規定を羅列 するという方法を採らない EU 法を参考に、投資判断の影響、情報を獲得しうる地位、 さらには、情報入手過程の不正性等を考慮して、ある程度類型化した条文を作れば、 運用しやすいものとなるのではないかとの回答がなされた。新たな立法において、現 行の 166、167 条には見られない利得要件を設けることの是非に関する質問もあった。 これに対しては、利得の有無は、市場に対する影響という観点からは重要な点になり うるとの指摘がなされた一方で、内部情報の利用だけでなく、利得が処罰根拠に関わ ってくるとしても、利得要件と利得目的要件のいずれが妥当かは議論の余地があると の意見もあった。加えて、実際には、実害犯しか起訴されていないという状況に鑑み れば、実態に即した立法として利得要件を定めることも可能と言えるが、ただ、その 立証ができない場合に問題となりうるとの指摘があった。 (川崎友巳〈かわさき・ともみ〉記)

参照

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