臨床報告 〔東女医大誌 第64巻 第1号頁 90∼94 平成6年1月〕
難治性腹水症例に対する経皮的肝内門脈静脈短絡術の経験
東京女子医科大学附属第二病院 オガワ 小川 ミ ウラ三浦
カジワラ梶原
ケンジ ナリタカ健治・成高
カズヒロ ワガツマー浩・我妻
テツロウ トォダ哲郎・遠田
ヨシピコ シマカワ義彦・島川
ヨシヒサ ヤガワ美久・矢川
ジヨウ ヤマダ 譲*・山田 外科(指導:梶原哲郎教授),*放射線科 タケシ カツベ タカオ武・勝部 隆男
ヒロカズ ハ ガ シユンスケ裕一・芳賀 駿介
タカユキ オノ ユウコ 隆之*・小野 由子* (受付 平成5年9月20日) Clinical Experience Using TIPS for the Treatment of Intractable Ascites Kenji OGAWA, Yoshihiko NARITAKIA, Takeshi SHIMAKAWA, Takao KATSUBE, Kazuhiro MIURA, Yoshihisa WAGATSUMA, Hirokazu YAGAWA, Shunsuke HAGA, Tetsuro KAJIWARA, Jo TODA*, Takayuki YAMADA*and Yuko ONO* Department of Surgery and*Department of Radiology, Tokyo Women’s Medical College Daini Hospital はじめに 肝硬変症に伴う腹水は,肝硬変の進行に従って 利尿剤投与をはじめとする保存的療法では治療に 抵抗し,そのコントロールに難渋する症例も少な くない.今回,われわれはこのような難治性腹水 を伴う食道静脈瘤出血例に対し,内視鏡的硬化療 法後に経皮的肝内門脈静脈短絡術(transjugular intrahepatic portosystemic shunt;TIPS)を行 い,腹水の著明な減少をえた1例を経験したので 報告する. 症 例 患者:69歳,男性. 家族歴:特記すべきことなし. 既往歴:50歳時,痔核切除術. 現病歴:1981年頃より近医にて肝機能障害を指 摘され,通院加療していた.1988年3月,初回の 吐血あり,他院にて硬化療法を2回受けた.1993 年1月頃より,腹水の貯留が著明となり,5月に 2回目の吐血あり,6月11日当科に紹介入院と なった入院時血症:身長165cm,体重52kg,体温
36.8℃.血圧96/58mmHg,脈拍78/分,整眼瞼 結膜に貧血を,皮膚,眼球結膜に軽度黄染を認め た.四肢に浮腫はなく,表在リンパ節も触知しな かった.腹部は高度膨隆し,肝脾は触知しなかっ た.胸部の理学的所見には特に異常を認めなかっ た. 入院時検査成績:血色素量9.8g/dl, Ht 30.8% と貧血を呈し,血清アルブミン値2.8g/dl,コリン エステラーゼ値2.361U/1と低下していた.総ビリ ルビン値は3.1mg/d1とやや高値を示し, ICGRI5 は43%で肝機能障害を認め,その重症度はChild 分類でCであった(表). 腹部CT所見:肝の表面は不整,辺縁は鈍,両葉 共に著明に萎縮していた.肝静脈の描出も不良で, 肝内胆管および総胆管の拡張はなく,S8に径2cm の腫瘤を認めた.膵,腎に異常はなかったが,大 量の腹水貯留および中等度脾腫を認め,肝癌合併一90一
Ht Hb
WBC
Plt 生化学 NaK
BUN
CRTN
T.P. T.B. D.B.GOT
GPT
ALP ChE 30,8% 9.89/d1 8,300/mm3 6.5x104/mm3 132mEq〃 4.7mEq〃 32.4mg/d1 1.26mg/d1 5.8g/d1 3.1月頃/d1 1.8mg/dl 481U〃 361U〃 1121U〃 2.361U〃 AFP CA.19−9 TPA 出血凝固 出血時間 凝固時間 PTAPTT
FDP 肝機能検査 ICG R15 K ICG HT 22ng/m1 17U/m1 90U/m1 2分30秒 9分30秒 19.0秒 34.5 秒 8.6μg/dl 43% 0.05 52.4% 図1 TIPS前の腹部CT所見 大量の腹水の貯留を認めた. 図2 TIPS前の腹部 著明に膨隆している. 図3 Rosch・Uchida経頚静脈門脈アクセスセット, Cook社 肝硬変と診断した(図1). 上部消化管内視鏡所見:中部食道より食道胃接 合部にかけて,数条のF2の食道静脈瘤がみられ, その表面にはcherry−red−spot様の発赤所見が認 められた.3時方向のF2の静脈瘤に白色のフィブ リン栓塞がみられたが,活動性の出1血はなかった. 一方,胃体下部から胃前庭部にかけて発赤びらん を認めるが,明らかな潰瘍性病変はなかった. 臨床経過:以上より,食道静脈瘤出血と診断, 5%EO(ethanolamine oleate)による硬化療法を 施行した.また,S8の径2cmの腫瘤に対し,経動 脈的腫瘍塞栓術を行った.一方,アルブミン製剤 の輸注,利尿剤の大量投与にもかかわらず,腹水 減少の徴候が全く認められず,難治性の腹水と判 断した(図2).そこで,肝機能の障害程度がChild Cと手術適応もないため,門脈圧減圧の目的で TIPSを行った. TIPSの方法:手技はすべて透視下で行った. その方法は,まず10Fのouter catheter(Rosch− Uchida経頚静脈門脈アクセスセット,Cook社, 図3)を右頚静脈から上大静脈,右房を経て右肝 静脈に挿入した.そして,このカテーテルを通じ て金属針を右肝静脈から肝実質を貫通して右門脈 枝に到達させ,肝実質に痩孔を形成した(図4). ついで肝実質の痩孔をバルーンカテーテルで拡張図4 経皮経頚静脈的門脈造影像 図5 右肝静脈と門脈右枝との間の痩孔内に留置した 径8mmの5連のZ−stent したのち,径8mmの5連のZ−stentを留置した (図5).
TIPSの術後経過:術前に34mmHgあった門
脈圧は24mmHgまで低下し,特記すべき合併症は みられなかった.スワンガンツカテーテルによる 循環動態のモニタリングでは,中心静脈圧の一過 性の上昇,心拍出量の増加がみられたが,血圧, 心拍数には明らかな変動はなく,心不全症状も認 めなかった.また,術後の肝機能に著変はなく, 血清アンモニア値の一過性の上昇は見られたが, アミノレバンENやラクツローズの経口投与に て次第に低下し,肝性脳症の発生もなく,腹囲も 術前の95cmから80cmまで減少した(図6).TIPSの術後1ヵ月の腹部CTでは腹水が著明に
減少し(図7),内視鏡検査では食道静脈瘤もほぼ 消失した。現在経過観察中である. 図6 TIPS後の腹部 膨隆は著明に改善した, 図7 TIPS後の腹部CT所見 腹水は著明に減少した. 考 察 肝硬変症では,肝小葉構造の改築により類洞内 圧が.ヒ昇し,さらにアルブミン合成能の低下,栄 養障害が加わり,血漿膠質滲透圧が低下し,間質 (Disse腔)へのリンパ液の漏出量が増加してい る.このように過剰に産生された肝リンパ液は, 肝被膜下リンパ管を通じて腹腔内に直接漏出し, 腹水の貯留となる.また,腹水を有する肝硬変症 の腎での水・Naの貯留機序には,交感神経系の神 経性因子やRenin−Angiotensin系の体液性因子 などが複雑に関与しているといわれている1)∼5).一92一
て,しだいにcontrolが困難となる症例が多い.ま た,難治性腹水に対する手術療法して,Le Veen ら6)が考案したperitoneovenous shuntがあるが, 心不全,肺水腫,shuntの閉塞,凝固異常症候群, 敗血症などの合併症の頻度が比軟的高く,普及し た治療法とは言い難い.このように,現状では難 治性腹水に対しては効果的な治療はなく,より有 効な治療法の開発が望まれている. =方,TIPSは経皮面内頚静脈的にカテーテル を肝静脈まで挿入し,肝実質を貫通して門脈を穿 刺し,門脈と肝静脈との間に短絡路を形成させて 門脈系の減圧をはかる方法である.その歴史は, 1969年Rocheら7)がブタで成功したのが最初とさ れるが,臨床応用はなされなかった.1980年代に 入って,優れたステントが開発され,1988年Rich− terら8)によって初めてヒトでのTIPSが成功し た.以来,欧米では放射線科医を中心に臨床応用 が行われ,食道静脈瘤や難治性腹水に対する新し い治療手技の一つとして確立ざれようとしてい る.本邦では,1992年の高橋ら9)の報告以来,各施 設で追試がなされつつあるのが現状であり,その 報告例はいまだ少ない.著者らも1993年4月以降 難治性食道胃静脈瘤症例を対象に施行している が,本報告例においても,硬化療法後にTIPSを 併用することにより単なる硬化療法の止血効果の 延長のみでなく,4週後の腹部CT所見では腹水 が著明に減少し,その有用性を実証する成績がえ られた. TIPSの施行にあたり,その手技上のポイント は,いかに正確かつ円滑に肝静脈より門脈を穿刺 するかである.自験例では手技の不慣れからうま く門脈を穿刺するまでに複数回の穿刺を要した. 胆管や肝被膜外への誤穿刺も1回ずつあったが, 著者らはRoschらが開発した先端が柔軟なスタ イレット針を用いたため,特に問題は生じなかっ た.従来の16Gの太く硬い針による盲目的穿刺よ りは危険が少ないと思われる.しかし,正確かつ 円滑に穿刺するためには,CTあるいは超音波が 大静脈吻合術が衰退したのは,肝性脳症が高率に 発生したことが原因である.TIPSでの肝性脳症 の発生について,欧米では発生率が10%以下とさ れており,発生してもコントロール不能のものは 比較的少ないと報告されている10).このTIPSが 門脈減圧手術に比べ肝性脳症の発生が少「ない理由 として,山田ら11)はTIPSの場合,シャントが肝内 に形成されるため,門脈血流の方向が肝に向かう 点を指摘しでいる.自験例では術後血清アンモニ ア値の一過性の上昇こそみられたが,アミノレバ ソENやラクツローズの経口投一与にてコント ロールが可能であり,肝性脳症の症状はみられな かった.しかし,シャント血流量が多ければ,肝 性脳症の発生の危険性は高くなることが考えら れ,慎重なstent径の選択が重要と考えている. 以.ヒ,述べてきたように,TIPSは今後の難治性 腹水例の治療の有効な手段の一つになりうると考 えられる.しかし,その歴史は未だ浅く,手技に 起因した致死的な合併症の報告もあり12),安全性 も確立しているとはいえない.著者らは,現時点 で本治療法の適応は手術不能例で硬化療法に抵抗 する難治例や難治性腹水例としている.こうした 症例に慎重に施行しながら,安全性も確立してい きたいと考えている. おわりに 難治性の腹水を伴う食道静脈瘤出血例に対し て,硬化療法施行後に門脈圧減圧の目的でTIPS を行い,腹水の著明な減少が得られた.本治療法 は,今後の難治性腹水の治療の極めて有効な手段 になりうると考え,若干の文献的考察を加えて報 告した. 文 献 1)川崎誠治,出月康夫:肝硬変腹水.臨床外科 45: 1241−1247, 1990 2)Roso仔1、, Zia P, Reynolds T et al:Studies of renin and aldosterone in clrrhotic patients with ascites. J Clin Invest 72:1594−1604, 1983 3)Willkinson SP, Williams R:Renin− angiotensin・aldosterone system in cirrhosis.
Gut 21:545−554,1980 4)Zipser RD, Hoefs JC, Speckart PF et al: Prostaglandins;Modulators of renal functlon and pressor resistance in chronic liver disease, JClin.Endocrinol Metab 48:895−900,1979 5)福井博:肝硬.変における心房性Na利尿ホルモ ンの変動とその意義.肝臓 27:667−669,1986 6)Le Veen HH, Christoudias G, Moon IP et al: Peritoneo・venous shunting for ascites. Ann Sμrg 180:580−585, 1974 7)Rosch J, Hanafee WN, Snow H.:Trans・ jugular portal venqgraphy and radiologic port− caval shunt:An experimental study。 Radiology 92:1112−1115, 1969 8)Richter GM, Palmaz JC, Noeldge G:Der tガansjugulare intrahepatische portosystemische Stent Shunt(TIPSS), Radiologe 29:406−411, 1989 9)高橋元一郎,岡和田健敏,加藤良一ほか:経頚静 脈肝内門脈体静脈ステントシャント形成術.B医 放線会誌 52:1328−1329,1992 10)Rosch J, Barton R, K611er FS:Transjugular Intrahepatic Portosystemic Shunt. Probl Gen Surg 9:502−512, 1992 11)山.田龍作,佐藤守男,岸 和史ほか:経皮的肝.内 門脈.静脈短絡術.(TIPS)の経験.日医放線会誌 52:1328−1330, 1992 12)Richter GM, Noeldge G, Palmaz JC et al: The transjugular intrahepatic portosystemic stent−shunt(TIPSS):ResUlts of a pilot study. Cardiovasc Intervent Radiol 13:200−207,1990 、