学習者
C
の就学前期﹁書くこと﹂の実態
︱︱国語学習個体史の研究︱︱
渡
辺
春
美
はじめに ︱問題の所在︱ 学習者の言葉とその力の獲得はどのようになされるのであろ うか。国語科の学習指導を組織的、系統的に行うためには学習 者の学びの実態と可能性の把握が必要になってくる。そのため には 、実態把握のための ﹁縦断的研究は欠かすことができ な 1 い﹂といってよい。しかし、 これまで、 書くことに関する個々 の学習者の縦断的研 2 究は、その困難 3 性によって、十分な蓄積が なされてこなかったのが現状である。 ここで対象とする学習者 C に ついては、後に挙げる就学前期 の資料が残されており、困難性を克服して、言葉とその力の獲 得を個体 4 史として記述することが可能である。 以下、学習者 C ︵女児︶の就学前期︵一九八八年一〇月、四 歳半から一九九〇年三月、六歳二ヶ月まで︶の﹁書くこと﹂の 学習に関する考察を進めていきたい。 一 就学前幼児 C の生育略歴 C は、一九八四年二月四日に生まれた。家族構成は、父母と 五歳下の妹の四人家族である 。一〇ヶ月から保育園に通った 。 一九八八年一〇月 、四歳半のころから 、﹁ あじさいしんぶん﹂ に文章を書き始めている。 C は、一九九〇年四月に小学校に入 学した。 ﹁あじさいしんぶん﹂は、 六年をかけ、 一九九四年七月、 小学校四年生、一〇歳半の時に一〇〇号が書き上げられた。そ れを一書にまとめたのが ﹃あじさいしんぶん﹄ ︵一九九四年九 月一日 株式会社イシダ測機 以下、特に断らない限り﹁あじ さいしんぶん﹂の各号からの引用は﹃あじさいしんぶん﹄に基 づく︶である。そのうちの三三号は、就学前に書かれた。 C は 、 小学校を一九九六年三月に卒業している。 二 研究方法 1 幼児 C の個体史研究対象資料 ﹃あじさいしんぶん﹄掲載の C の文章を考察の対象とする 。 文章は、誤りが訂正されることなく掲載されている。就学前期 に書かれたのは、次の三三編である。︿表 1 ﹀ ①﹁うんどうかい﹂ ︵創刊号 一九八八年一〇月一日︶ ②﹁おうちのこと﹂ ︵二号 一九八八年一〇月一一日︶ ③﹁ C より﹂ ︵三号 一九八八年一〇月二五日︶ ④﹁いえにかえった C ﹂︵四号 一九八八年一一月一日︶ ⑤﹁無題﹂ ︵五号 養護学校 注 文章の内容を渡辺が示した。以下同 じ。一九八八年一一月一四日︶ ⑥﹁無題﹂ ︵六号 みかんがり 一九八八年一一月二二日︶ ⑦﹁無題﹂ ︵七号 妹と一緒のお風呂 一九八八年一二月一日︶ ⑧﹁マラソンした C ちゃん﹂ ︵八号 一九八八年一二月一四日︶ ⑨﹁たのしいくりすますかい﹂ ︵九号 一九八八年一二月二四日︶ ⑩﹁しこくにいったの!﹂ ︵一〇号 一九八九年一月一八日︶ ⑪﹁ごさいになったのよ﹂ ︵一一号 一九八九年二月一五日︶ ⑫﹁無題﹂ ︵一二号 発表会 一九八九年三月一五日︶ ⑬﹁無題﹂ ︵一三号 サーカス 一九八九年五月一二日︶ ⑭﹁無題﹂ ︵一四号 飯盒炊飯 一九八九年五月二五日︶ ⑮﹁ピアノじょうずなのよ﹂ ︵一五号 一九八九年六月六日︶ ⑯﹁うみはひろいな﹂ ︵一六号 一九八九年七月二九日︶ ⑰﹁無題﹂ ︵一七号 テント泊 一九八九年八月二一日︶ ⑱﹁無題﹂ ︵一八号 映画﹁魔女の宅急便﹂ 一九八九年九月一一日︶ ⑲﹁無題﹂ ︵一九号 祖母のところへ帰省 一九八九年九月二一日︶ ⑳﹁うんどうかい﹂ ︵二〇号 一九八九年九月二六日︶ ﹁無題﹂ ︵二一号 予行練習 一九八九年一〇月三日︶ ﹁無題﹂ ︵二二号 大阪城 一九八九年一〇月三〇日︶ ﹁無題﹂ ︵ M ちゃん 二三号 一九八九年一一月一三日︶ ﹁きくにんぎょう﹂ ︵二四号 一九八九年一一月二二日︶ ﹁みかんがりにいったのよ﹂ ︵二五号 一九八九年一一月三〇日︶ ﹁フィリピンのないせんについて﹂ ︵二六号 一九八九年一二月一八 日︶ ﹁ M ち ゃんのこと﹂ ︵二七号 一九八九年一二月二〇日︶ ﹁無題﹂ ︵二八号 S さんへの手紙 一九八九年一二月二六日︶ ﹁おしょうがつもたのしかった﹂ ︵二九号 一九九〇年一月二三日︶ ﹁無題﹂ ︵三〇号 Y ち ゃんへの手紙 一九九〇年二月一三日︶ ﹁たのしいおゆうぎかい﹂ ︵三一号 一九九〇年三月七日︶ ﹁はがぬけた C ﹂︵三二号 一九九〇年三月二二日︶ ﹁えんそくのこと﹂ ︵三三号 一九九〇年三月三一日︶ 2 研究方法 −文章分析の基本的観点 − 蒲池美鶴 ﹃新版 わたしは小学生﹄ ︵一九七八年六月 、 青葉 図書︶を対象とした先行研究における文章分析の観点を、①作 文の内容に関わる認知 ・ 技能、②認知 ・ 技能を発動させる興味 ・ 関心 ・ 表現意欲、①②を育てる③学習環境 ・ 主体的学びに整理 ・ 分類し、構造化して︿表 2 ﹀のとおりに設定し 5 た。 ︿表 2 ﹀ 三 C の学びと学習環境 まず 、︿ 表 2 ﹀に従い 、 C の ﹁学び﹂と ﹁学習環境﹂につい て実態をとらえておきたい。 学び ⑴主体的学びの様態・素地 学習 環境 ⑵家庭︱①家庭教育/②家庭環境 ⑶学校︱①学校教育/②学校環境 ⑷生活環境 認 知 技 能 問い 疑問 観察 時間 認識 発見 思索 空間 主題 意図 因果 その他 取材力/構想 ︵構成︶力 / 叙 述 力 ︵ 主 述 ・ 段 落 ・ 会話 ・ 歴史的現在 ・ 的確性︶ /推敲力 文字力 表記力 語・語彙 興味・関心 表 現 意 欲
1 C の学び C が 、初めて﹁ぱいぱい︵バイバイ︶ ﹂とことばを発したのは、 七ヶ月のこととされてい 6 る 。一〇ヶ月から保育園に通ったが 、 慣らし保育の時期に 、先生の後をいながら追って 、﹁ ちゃー ちゃん︵母さん︶ ﹂と言ったことが記録されてい 7 る。 C が最初に読んでもらったのは 、交通安全のためのパンフ レット﹁ピクニックへいこう﹂であった。ムーミン ・ ノンノン ・ スナフキン・ミー達が登場するパンフレットを、よろこんで聞 いた。 C は、大通りに飛び出し、車にひかれそうになるミーに、 ムーミン達が ﹁あぶない﹂と言ったことばをおぼえ 、﹁あーぶ ないョ﹂と言うようになってい 8 った。読書に関しては、 ﹁ C ちゃ んは、ほんをよむのが だいすきです。どんなときでも ほん を よみはじめると すっと ほんの せかいに はいって いきます。 4 じゅっぷんも 5 じゅっぷんも かかる ながい はなしも とちゅうで あきることは ありません。いまでは そのような ほんを ひとりで よみきることも できるよう に なりまし 9 た 。﹂と書かれている 。 C は 、一〇時までに寝る 準備ができると父母に本を読んでもらえる約束であった。枕元 には、本が何冊か積み上げられていた。この時期に好んで読ん だのは、 ﹃愛の若草物語﹄ ︵上・中・下︶ ・﹃小公女セーラ﹄ ・﹃ シ ンデレラ﹄ ・﹃ねむりの森のひめ﹄ ・﹃白雪姫と七人のこびとたち﹄ ・ ﹃花さき山﹄などであった。五歳をすぎてからは、 C は 、﹁ひと りで どんどん すらすら 読めるようになってきました。い きいきとしたぶんしょうを書くこともできるようになりま し 10 た。 ﹂、 ﹁きがむけば 四 ・ 五さつの本をたてつづけに よむこ ともありま 11 す 。﹂と記されている 。五歳九ヶ月の頃に読んでい る本に、 ﹃赤毛のアン﹄ ︵世界名作童話全集、ポプラ社︶ ・﹃マコ チン﹄ ︵灰谷健次郎、あかね書房︶ ・﹃ひみつの花園﹄ ︵世界名作 童話全集、ポプラ社︶ ・﹃小公女﹄ ︵同︶ ・﹃ アンデルセンどうわ﹄ ︵おはなし文庫二年、 宮脇紀雄、 偕成社︶ ・﹃トムソーヤーの冒険﹄ ︵長谷川甲二訳、集英社︶ ・﹃エルマーのぼうけん﹄ ︵ R ・ S ガネッ ト、わたなべしげお訳、福音館︶ ・﹃北極のムーシカ ・ ミーシカ﹄ ︵いぬいとみこ、理論社︶ ・﹃ピーターパン﹄ ︵バリー作・大石真 訳 集英社︶があ 12 る。 ﹁あじさいしんぶん﹂の発行に関して 、 C は創刊号を一生懸 命書いたが 、二 ・ 三 号目はかき渋った 。しかし 、四号目からは 進んで書き 、一〇〇号を目指すようになったという 。﹁ あじさ いしんぶん﹂の送り先の祖父母や叔母・叔父から寄せられる暖 かい励ましが、 C の書く意欲と力になったものと考え 13 る。 2 学習環境 ⑴ 家庭 両親は、 C が伸びやかに健やかに育つことを大切にしている。 C が興味をもって学んでいけるように環境を整えることに配慮 した。ことばは、できるだけ幼児語を用いず、はっきり明瞭に 言うことを心掛けたという。絵本の読み聞かせは、ことばの習 得のためにも、意識的に行っている。意図したことではなかっ たが、読むときに文字を指でなぞるようにしたことで、自然に
C は文字を覚えていった。文字を書くことは、小学校に入学し てから学習することに新鮮さを失わないように、意識的に家庭 では教えなかった。しかし、 C は自然に文字を書くことも覚え ていった。 C の思い出のために、また、発達・学習の跡を記録 するために意図的に﹃あじさいしんぶん﹄が刊行された。なお、 妹も﹃あじさい新聞 Ⅱ ﹄を刊行している。 ⑵ 学校︵保育園︶ ﹁あじさいしんぶん﹂は、保育園の C の担任にも届けられた。 担任の先生からは 、﹁ あじさいしんぶんを よませてもらうの も とても たのしみです。おとうさん おかあさん、 M ち ゃ ん、そして C ち ゃんのことが とてもやさしく、たいせつに、 そして、たのしくかかれているからです。また おてがみをく ださいね。 ﹂と手紙をいただいている。卒園時には、 ﹁たくさん の あじさい新聞をありがとうございました。毎回楽しく読ま せていただきました。全号、大切に保管させていただいていま す 。﹂とメッセージをいただいている 。先生が受け止め 、励ま してくださることが、 C の書く力になったものと考えられる。 ⑶ 環境 C の住む地域は一九七〇年代に開発された、緑豊かな閑静な 住宅街である。二〇〇世帯に満たない住宅地で、中には二つの 公園がある。同世代の子供も多く、地域には子供会があり、夏 祭りやクリスマス会などの行事が行われている。 C は、その中 で同世代の子供たちと遊びながら伸びやかに育っていった。 四 ﹁書くこと﹂の実際 ﹁書くこと﹂の実際を 、便宜上 、四歳後半期と五歳期 、就学 前六歳期に分け 、それぞれを 、︿ 表 2 ﹀の ﹁認知﹂と ﹁技能﹂ を観点として考察を加えたい。以下の文中、アルファベットは 人名を略したものである。斜線は、実際には文字が続けて記さ れているが 、文の切れ目を示すために付した 。傍線 ・番号は 、 いずれも渡辺が付けたもので、以下同じである。 ︵一︶四歳後半期の文章の考察 1 四歳後半期の文章 対象は、 創刊号 ︵一九八八年一〇月一日︶ から第一一号 ︵一一 号、一九八九年二月一五日︶までに掲載された文章である。 ⑴ C より/ C がかきました うんどうかい ①おもしろかつたのわたまいれとつなでした/② C わあかでした/ C がかちました/ おとうさんわあめくいにでました 。 Y H J も M もきました 。おじ いちやんもきたよ ︵創刊号 一九八八年一〇月一日︶ ︿技能﹀主述が整った文が書けている 。句点が用いられてい るが、各文末に打つという意識は乏しい。長音・拗音・促音に は 、小文字ではないが 、誤ることなく文字が当てられている 。
係助詞﹁は﹂は、すべて﹁わ﹂になっている。傍線部①﹁おも しろかったのわ﹂と、準体助詞﹁の﹂を用いて主語を作ってい る。 ︿認知﹀主題は ﹁うんどうかい﹂である 。傍線部②で運動会 の﹁おもしろかつた﹂ことが、 ﹁たまいれとつな﹂ととらえられ、 その理由にあたることが ﹁ C わあかで﹂ ﹁かちました﹂とされ ている。勝ったことが、おもしろさを意識させたといえよう。 ⑵おうちのこと M ︵渡辺注 C の妹︶わほっぺお①まんまるくしてわらつたよ/②だ んごみたいだつたよ/③ないたらおおきなこえでした。/ C ︵第二号 一九八八年一〇月一一日︶ ︿技能﹀ ⑴と同様であるが一部促音に ﹁っ﹂ が用いられている。 ︿認知﹀ ﹁おうちのこと﹂の一つとして妹のことを書いている。 絞り込まれてはいないが、主題意識が窺える。妹の笑った様子 が 、傍線部①の ﹁まんまるくして﹂ ︵隠喩︶と②の ﹁だんごみ たい﹂ ︵明喩︶でとらえられている 。比喩を用いた認知がなさ れている。また、傍線部③では、 ﹁ないたら﹂と係助詞﹁たら﹂ を用いることで 、﹁おおきなこえ﹂が予想外の発見であったこ とを表している。 ⑶まらそんした C ちやん/ C はまらそんたいかいにでました。 ①さむかつたからあしがこごえそうになりました 。②でもがんばりよ んとうしようでした 。③でもほんとうはせんせいにがんばりいちばん といわれました。 ︵第八号 一九八八年一二月一四日︶ ︿技能﹀⑴と同様であるが 、係助詞 ﹁は﹂が正しく使われる ようになっている。文章が敬体で書かれている。 ︿認知﹀マラソンの体験を書くという主題意識が見える 。傍 線部①の第一文は、接続助詞﹁から﹂を用い、因果関係を明ら かにしている。傍線部②・③で、接続詞﹁でも﹂を二つ用いて 論を転換し、もっとも︿主張﹀したいことを強調している。 ⑷たのしいくりすますかい! はじめにみかんおくばりました 。そのあとげきおしました 。 C はうた おうたいました 。いちばん①おもしろいのはやぎがうそおついたやぎ のえいがでした 。②おひるねおしてせんせいがいないときみんながさ わいでいたのでおきるとみんながきいろいはこ ︵渡辺注 中は ﹁かる た﹂ ︶をもつてさわいでいました。 プレゼントにケーキおもらいました/かえつてみんなでたべました。 ︵第九号 一九八八年一二月二四日︶ ︿技能﹀格助詞﹁を﹂がすべて﹁お﹂になっている。句点は、 ほぼ各文末に打つことができるようになっている。傍線部①で は、準体助詞﹁の﹂を用いて主語を作っている。表記上の課題 はあるが、整った文を書いている。傍線部②﹁おひるねおして ∼さわいでいました。 ﹂は、複雑な複文になっている。文章は、
敬体で書かれている。 ︿認知﹀楽しいクリスマスのことを書くという主題意識が窺 える 。傍線部②では 、﹁せんせいがいないとき﹂と時間的場面 を設定し 、﹁ おきる﹂ことと ﹁みんながさわいでいた﹂ことと を ﹁ ので﹂を用いて因果関係として表現している 。また 、﹁お きると﹂と接続助詞の﹁と﹂を用いることで﹁みんながきいろ いはこをもつてさわいでい﹂ることに同時的・継起的に気づい た様子が表現されている。 2 四歳後半期の文章考察のまとめ ⑴ 技能 C は 、四歳半後期の最初から主述が整った文を書いている 。 文章は、構成を考えて書くのではなく、主題に基づいて想起さ れることを付加的に書いている。今期後半には、複雑な複文を 用いて文を書いている。文章は、今期前半は、敬体と常体が混 じっていたが、後には敬体で書かれるようになった。 また、長音・拗音・促音・撥音には、誤ることなく文字が当 てられている。促音の小文字の﹁っ﹂が、一部に用いられるよ うになるが、定着はしていない。 今期の最初は、 係助詞﹁は﹂とすべきところが、 ﹁わ﹂になっ ていたが、この時期後半には、正しく﹁は﹂が用いられるよう になった 。格助詞 ﹁を﹂は 、すべて ﹁お﹂と表記されている 。 準体助詞﹁の﹂を用いて主語を作っている。 句点は、この期の最初から用いられ、最初は各文末に打つと いう意識が乏しかったが、しだいに文末に句点が打たれるよう になっている。 ⑵ 認知 未分化ながら、主題、主張、発見や気づきを基に文章が書か れている。文章に時間的・空間的把握が窺える。事象を因果関 係において把握している。また、比喩による把握も見える。 ︵二︶五歳期の文章の考察 五歳期は 、﹁あじさいしんぶん﹂の一二号 ︵一九八九年三月 一五日︶から三〇号︵一九九〇年二月一三日︶の範囲である。 1 五歳期の文章 ⑴ごさいになったのよ ①ごさいになったのは 2 月 4 っ かです。 じもじよずになってます。 ケーキをたべました。 ロウソクをご本たてました 。 C がふきました/ケーキはおいし かったです 。②うれしいとおも いました。 ︵第一一号 一九八九 年二月一五日︶
︿技能﹀題名を付け 、一文を除くすべての文に句点が打てて いる。文章が敬体で書かれている。格助詞﹁を﹂が正しく表記 されるに至った 。傍線部①では 、﹁ ごさいになったのは﹂と 、 準体助詞を用いて主語としている。また、ケーキ・ロウソクを カタカナで書き、漢字﹁本﹂を用いている。促音に、適切に文 字が当てられている。拗音は﹁じよず﹂と、 ﹁う﹂が抜けている。 ︿認知﹀主題意識が窺える 。主題意識に基づいて 、ここでも 想起されたことを付加的に記述している。傍線部②の﹁うれし いとおもいました 。﹂ は 、格助詞 ﹁と﹂を用いて 、﹁うれしい﹂ 気持ちを対象化して認識している。 ⑵うみはひろいな/ ① C ははじめてほいくえんでかだのうみへいってきますとバスにのっ てうみへいきました。 そしてかえってきたときおとうさんは② ﹁おかえり/やけてまっくろ だね﹂といいました 。③せんせいはいきているかいをみつけてないろ んぶくろにいれていました。④ C はかいがらをさがしていました。 ︵第一六号 一九八九年七月二九日︶ ︿技能﹀主題意識は見られるが 、題名と内容との間にずれが 生じている 。傍線部①の複文も含めて 、主述は整合している 。 敬体で書かれている 。傍線部②では 、﹁ ﹂を用いて父のこと ばを引用している。引用を除いて、句読点が各文末ごとに打た れている。促音に小文字の﹁っ﹂が用いられている。 ︿認知﹀文章に主題意識が窺える。 一 ・ 二文目は、 行く時と帰っ た時とを対比的に記述している。ここには、時間認識も窺える。 傍線部③と④とは、生きている貝を見つけてナイロン袋に入れ る先生と C 貝殻を探す C とを対比させて書いている。その対比 の根底には、きれいな貝殻を探すのではなく、生きている貝を 見つけてナイロン袋に入れる先生への興味が見てとれる。 ⑶わかやまのえいがかんにいきました。 ﹁まじよのたっきゆうびん﹂をみにいきました。 とてもおもしろかつたです。 ①さいごまじよはブラシにのってトンボというおとこのこをたすけだ すというおはなしです。 まじよのな ﹁きき﹂くろねこのジジといつしょに②ひとりだちしたお んなのこのおはなしです。 ︵第一八号 一九八九年九月一一日︶ ︿技能﹀題名は付けられていない 。映画の題名 、魔女の名に ﹁ ﹂が使用されている。敬体で書かれている。促音﹁っ﹂に、 大文字小文字の乱れがある。傍線部②に﹁ひとりだち﹂という 語が用いられている。再現的な叙述︵ ﹁∼た﹂ ︶とテーマに関す る叙述︵ ﹁∼のおはなしです。 ﹂︶が書き分けられている。 ︿認知﹀主題意識が見える 。傍線部①は映画の筋について 、 ②はテーマに関する認識が窺える。 ⑷おおさかじようへいきました。
かわのちかくでおべんとうをたべました。 C は わくわくしながらおしろにはいるとエレベーターがありました 。 でぐちでしやしんをとりました。 おもしろかったよ。 ① ﹁ようこそおおさかじようへ﹂といったみたいにもんがひらいてい ました。 ②しかくみたいないしのかいだんがありました 。そこをのぼってもん のまええきました。ひとがひとりふたりさんにんたくさんいました。 ここはしゃしん ︵渡辺注 写真も掲載されている︶をおしろのまえで とりました。 うしろはもんでした。 おしろはたかかったよ/下には川がありました。 木がみえました。 川にははしがかかっていました。 ︵第二二号 一九八九年一〇月三〇日︶ ︿技能﹀主題意識に基づいて書かれているが構成が整ってい ない。敬体を中心に記述されているが、 ﹁おもしろかったよ﹂ ﹁た かかったよ﹂と情意を記述する箇所で常体になっている。助詞 の使い方の多くは適切であるが、格助詞﹁へ﹂が﹁え﹂になっ ている箇所がある 。また 、情景の重複と思われる記述があり 、 推敲意識の乏しさを示している 。﹁エレベーター ﹂とカタカナ が使用され 、川 ・下と漢字が使われている 。﹁わくわくする﹂ を用いて気持ちが表されている。 ︿認知﹀傍線部①の門 、②石の階段の様子を比喩を用いてと らえ、 表現している。表現における空間の把握は 、 門 ・ 階 段 ・ 川 ・ 橋・木といった点景的な事物と、近い・高い・下・後ろ・前と いった距離・位置を表す語によってなされている。 ⑸フィリピンのないせんについ 14 て・・・・ C はせんそうが大きらいです。 日本はせんそうがもう①おわったのだから・・・・ せんそうって②たてものがこわれたりひとがしんだりするから C は き らいでした。 でもテレビでせんそうがおわったのきいてとってもうれしいきもちで した。 ︵第二六号 一九八九年一二月一八日︶ ︿技能﹀ ﹁ ・ ・ ・ ・ ﹂を用いて意味を込めようとしている。 ﹁な いせん﹂ ﹁せんそう﹂という語を用いている 。﹁日本﹂ ﹁大﹂と 漢字、 ﹁フィリピン﹂ ﹁テレビ﹂とカタカナが使われている。傍 線部①には、準体助詞﹁の﹂が用いられている。傍線部②では、 ﹁から﹂を用いて戦争が嫌いな理由を述べている 。文章は 、敬 体で書かれている。再現的な叙述︵ ﹁∼た﹂ ︶と執筆時に存在す る気持ちの叙述︵ ﹁∼です。 ﹂︶が書き分けられている。 ︿認知﹀主題意識が窺えるが 、構成は整っていない 。文章に よれば ﹁ せんそう﹂が 、傍線部②にあるとおり 、﹁ たてものが こわれたりひとがしんだりする﹂と認知されているのがわかる。 また 、﹁から﹂の使用によって因果を把握していることが看て
とれる。認知対象が広がりを見せている。 ⑹こんにちは S さんぴえろのおにんぎょうありがとう。 とどいたらさっそく①おしやべりさせてみました。 ②おとうさんが ﹁ M ち やんおへんじして﹂といったらピエロが ﹁ M ち やんおへんじして﹂といいます。 とても③おしやべりの大すきなピエロくんですね。 C はとてもピエロがきにいりました。 M ちやんもおきにいり﹁はい﹂としやべってはにこっとわらいます。 ④︵みんなとてもピエロがきにいったわ︶と C はおもいます。 ⑤﹁クリスマスおめでとう﹂といってみたいな。 もうすぐクリスマス 。 C はサンタさんがこなかったらどうしようって おもいます。 ほしいものはジェニーちゃんです。 ⑥おとうさんはきてくれるよっとおもったみたいでした。 12月 24日おかあさんはけーきをつくってくれました 。けーきはふっく らふっくらおいしそうでした。 M ちやんもおにんぎようをもってうれしそうでした。 S さんもおげんきでくらしてくださいね 。またあそびにきてください /まっています。 ︵第二八号 一九八九年一二月二六日︶ ︿技能﹀手紙文として書かれ、前書きと結びを記述している。 傍線部②④に複文がある。主述は整っている。傍線部⑤の気持 ちを表した一文を除いて、敬体で書かれている。再現的な内容 を含むが、記述に現在形を用いた箇所が見える。傍線部①には、 使役の助動詞﹁させる﹂が用いられている。会話に﹁ ﹂を用 い、内面の思い︵声︶を、 ︵ ︶を用いて表している。 ﹁クリス マス﹂ ﹁ピエロ﹂ ︵一部ひらかな︶ ﹁サンタ﹂ ﹁ ジェニー﹂にカタ カナが用いられ、 ﹁けーき﹂はひらかなになっている。 ︿認知﹀ ﹁ S さん﹂に向けた手紙として認識している。ピエロ の機能の特色を 、擬人化し 、傍線部③のとおり 、﹁ おしゃべり の大すきな﹂と認識している 。傍線部④ ﹁︵みんなとても∼き にいったわ︶と C はおもいます 。﹂や⑥ ﹁おとうさんは∼みた いでした。 ﹂という記述には内面の対象化が窺える。 2 五歳期の文章考察のまとめ ⑴ 技能 格助詞は、ほとんどが正しく表記されるに至った。また、促 音・拗音は、小文字にすることについては不十分であるが、誤 りなく文字を当てている。ほとんど全てに句点が打てている。 多くはないが、カタカナで書き、漢字を用いることができる ようになった 。﹁ ﹂を引用 、題名 、登場人物名 、内面の思い の表現に用い、 ︵ ︶を内面の表現に使っている。 文章が敬体で書かれている。複文・重文も含めて、主述は整 合している。準体助詞を用い主語や目的語を形成している。接 続助詞を用いて理由を述べ、使役の助動詞も用いている。 再現的な過去の叙述︵ ﹁∼た﹂ ︶の中に、現在に存続する思い
や気持ちを現在形︵ ﹁∼です。 ﹂︶で表現している。 主題意識はあるが、関連したことを想起的に記述する傾向が 強く、主題からずれることもある。推敲はなされていない。 ⑵ 認知 主題意識が窺える。主題意識に関連して体験や事象が想起さ れている。自己の内面や他者の思いを ︵ ︶ や ﹁ ﹂、 格助詞 ﹁と﹂ を用いて記述しているところからは、徐々に内面を対象化する 認識力が発達していることが推察される。 対比的把握、時間認識、中心︵要点︶把握、空間把握等の認 識力の発達が窺える。また、事象の比喩による認知も窺え、因 果関係の認識力の発達も看て取れる。特定のことば︵戦争・独 り立ち等︶の概念理解の芽生えも見える。 ︵三︶就学前六歳期の文章の考察 ﹁あじさいしんぶん﹂の第三一号 ︵一九九〇年三月七日︶∼ 三三号︵一九九〇年三月三一日︶の範囲である。 1 就学前六歳期の文章 ⑴﹁はがぬけた C ﹂ うごいたりぬけたりしていなかった①のにはがうごいてとれてしまい ました。 ほいくえんで②わ﹁はぬけ﹂ともいわ③れます。 ﹁はぬけ﹂といわれます④がとってもうれしくておとなのはが⑤ ﹁は やくはえないかな﹂とおもうこともあります。 うごいたははとれましたがまたはがうごきだしました。 そのはも⑥ ︵は やくぬけろ︶とおもいます。 C のつくえもきまりました。 ⑦おじいちやんとおばあちやんがいすをもってきてくれたのでいすも きまって C はそこでおえかきをしたりします。 ﹁いすとかはなんのためにかってもらつたの﹂ とおとうさんがいいます。 ﹁⑧それはね! 1 ねんせいになるから!﹂と C はこたえます。 1 ねんせいにはやくなりたいな。 ︵第三二号 一九九〇年三月二二日︶ ︿技能﹀自らの気持ちを書いた末尾の一文を除き 、敬体で書 かれている。複文になっている文があるが、全ての文の主述は 整っている 。再現的な文章であるが 、﹁ 現在形﹂を用いて文を 記述している箇所が見える。傍線部①④のように、逆接の接続 助詞を用い、また、③は、受け身の助動詞を用いて表現してい る。内面の思い︵声︶を﹁ ﹂や︵ ︶を用いて表現し、思い を﹁!﹂を用いて強調している。傍線部②の通り、 係助詞﹁は﹂ が一箇所 ﹁わ﹂になっている 。題名は ﹁はがぬけた C ﹂だが 、 一行空けた後半は、話題が変わっている。 ︿認知﹀傍線部⑦⑧のとおり、接続助詞﹁ので﹂ ﹁から﹂を用 いた文章によって事象の因果関係をとらえていることが看て取 れる。また、逆接の接続助詞を用いて、自らの成長への喜びを 主張している。歯が抜けることに、自らの成長を認知し、実感
をもって喜んでいる。また、机や椅子が整えられることによっ て一年生になることを実感し喜び、期待している。 2 就学前六歳期の考察のまとめ ⑴ 技能 基本的に敬体で書かれ、複文を含め、全ての文の主述は整っ ている。過去の再現的な文章の中に、現在形を用いて記述して いる箇所が見える。逆接の接続助詞、また、受け身の助動詞を 用いて表現している。内面の思い︵声︶を記号を用いて表現し、 ﹁!﹂を用いて思いの強調を試みている。 ⑵ 認知 事象の因果関係をとらえていることが看て取れる。また、逆 接の接続助詞を用いて 、自らの成長への喜びを主張している 。 歯が抜けることに、自らの成長を認知し、実感をもって喜んで いる。また、机や椅子が整えられることによって一年生になる ことを実感し喜び、期待している。 おわりに ︱考察のまとめ︱ 学習者 C は、生後一〇ヶ月から保育園に通った。両親による 本の読み聞かせを通して本好きの子どもに育った。 C の﹁書く こと﹂の発達は、 多く読書に拠っていよう。四歳半からは、 ﹁あ じさいしんぶん﹂を書き始めた。両親、祖父母、保育園の先生 に励まされ、小学校一年生になるまでに三三号を刊行している。 学習者 C の言葉の獲得と言葉の力の発展を 、①四歳後半期 ︵五ヶ月間︶ 、②五歳期︵一年間︶ 、③就学前六歳期︵二ヶ月間︶ に分け、各期を技能と認知に分けて考察した。学習者 C の就学 前期の﹁書くこと﹂の特色をまとめれば、以下の通りである。 ⑴ 技能 ○学習者 C は、四歳半後期の最初から主述が整った文を書いて いる。五歳期、就学前六歳期には、複文・重文も含めて、主 述の整合した文章を、基本的に敬体で書くに至っている。 ○四歳後半期から、就学前六歳期にかけて文章量は増えている。 文章に主題意識があるが、構成を整える意識は弱く、展開は 想起されることに従って書かれている。 ○四歳後半期から 、一部に欠落があるが 、長音 ・拗音 ・促音 ・ 撥音には、ほぼ正しく文字が当てられていた。五歳期・就学 前六歳期にかけて促音の﹁っ﹂がほぼ小文字で書けるように なっている。係助詞﹁は﹂は、四歳後半期のおわりには、ほ ぼ正しく書けるようになった。句点は四歳後半期には全ての 文末に打つという意識はなかったが、五歳期には正しく句点 を打つことができるに至っている。読点は打っていない。 ○四歳後半期から、 準体助詞 ﹁の﹂ を用いて体言化し主語を作っ ている。五歳期には目的語を作っている。 ○五歳期・就学前六歳期に至り、多くはないがカタカナで書き、 漢字を用いることができるようになった。 ○五歳期から就学前六歳期に至り、 ﹁ ﹂を会話、引用、題名、 登場人物名 、内面の思いの表現に用い 、︵ ︶を内面の表現
に使っている。 ﹁!﹂を用いた強調表現も試みている。 ○五歳期から接続助詞を用いて事象の因果関係を記述したり 、 係助詞を用いて意外性を記述したりしている。受け身、使役 の表現も加えるようになった。 ○五歳期からは、特定の分野については抽象的なことばを用い ている。 ○五歳期から、再現的な過去の叙述の中に、現在に存続する思 いや気持ちを現在形で表現している。 ⑵ 認知 ○四歳半後期には、未分化ながら、主題、主張、発見や気づき を基に関連したことを想起してる。五歳期には、自己の内面 や他者の思いを書いているところから、徐々に内面を対象化 する認識力が発達していることが推察される。 ○四歳後半期には、時間的・空間的、因果関係、比喩による事 象の把握が窺える。五歳期には、対比的把握、 ︿時間﹀認識、 中心︵要点︶把握、空間把握等の認識力の発達が窺える。ま た、事象の比喩による認知も窺え、因果関係の認識力の発達 も看て取れる。また、六歳期には自身の変化に自らの成長を 認知している。 ○五歳期には、特定のことばの概念理解の芽生えも見える。 ︻注記︼本研究は 、個人情報等の扱いに関してプライバシー保 護の立場から十分に配慮して行ったものである。また、引用 に関しても著作者・関係者からの承諾を得たものである。 注 ︵ 1 ︶牧戸章 ﹁ 5 書くこと ︵作文︶の教育の発達論的研究の 成果と展望﹂ ︵全国大学国語教育学会著 ﹃国語科教育学研究 の成果と展望﹄二〇〇二年六月、明治図書、一九一頁︶ ︵ 2 ︶飯田恒作 ﹃綴る力の展開とその指導﹄ ︵一九三五年九月 、 培風館︶ 、蒲池文雄﹁父親としての作文教育論﹂ ︵﹃国語研究﹄ 三二号 、一九五九年一一月 、愛媛国語研究会︶ ・同 ﹁わが子 の作文を見つめる﹂ ︵同、一九六〇年一一月︶ ・同﹁わが子の 作文のあゆみ﹂ ︵同、一九六一年九月︶等がある。 ︵ 3 ︶注︵ 1 ︶ に同じ。困難性について、牧戸章は、①時間的 ・ 物理的負担 、②対象者と調査者の関係の調査資料への反映 、 ③研究の視点やパラダイムの変化による調査資料の活用不足 を挙げる。 ︵ 4 ︶野地潤家﹃国語教育︱個体史︱﹄ ︵一九五六年三月、光風 出版、五四頁、参照︶ ︵ 5 ︶渡辺春美 ﹁国語学習個体史の研究 2 学年時の学習者 M の﹁書くこと﹂を中心に﹂ ︵﹃京都ノートルダム女子大学研究 紀要﹄四九号、二〇一九年三月、四七頁参照︶ ︵ 6 ︶﹁あじさいしんぶん﹂ ︵第二号、一九八八年一〇月︶ ︵ 7 ︶﹁あじさいしんぶん﹂ ︵第四号、一九八八年一一月︶ ︵ 8 ︶﹁あじさいしんぶん﹂ ︵第七号、一九八八年一二月︶ ︵ 9 ︶﹁あじさいしんぶん﹂ ︵第三号、一九八八年一〇月二五日︶ ︵ 10︶﹁あじさいしんぶん﹂ ︵第一四号、一九八五年五月二五日︶
︵ 11︶﹁あじさいしんぶん﹂ ︵第一五号、一九八九年六月六日︶ ︵ 12︶﹁あじさいしんぶん﹂ ︵第二五号、 一九八九年一一月三〇日︶ ︵ 13︶﹁あじさいしんぶん﹂ ︵第六号、一九八八年一一月二二日︶ ︵ 14︶ C の父による﹁ C ち ゃんとせんそう﹂に、 次のようにある。 ﹁ C ちゃんが、 ﹃ないせん﹄ということばをつかっているので おどろきました。テレビのニュースで﹃ないせん﹄というこ とばをつかっていたので 、せつめいはしておいたのですが 、 このようにつかうとは思いませんでした。/︵渡辺注 改行 以下同じ︶ C ち ゃんは、せんそうをこわがっています。こわ いので 、つよいかんしんをもっています 。︵中略︶/ C ち ゃ んが 、せんそうにかんしんをもつようになったのは 、﹃ ひろ しまのピカ﹄ ︵丸木俊 ・小峰書店︶を読んでからだとおもい ます。まだ、三さいにならないころ、 C ち ゃんは、この本を よむことをせがみ、おとうさんは、なんどもよまされました。 とうとう C ち ゃんは、さいしょの十ページほど、本をめくる とほとんど、そらでいえるくらいになりました。 ﹂︵第二六号、 一九八九年一二月一八日︶また、 C は、三歳の時に広島にい き、原爆ドーム・資料館を観ている。 ︵わたなべ・はるみ 京都ノートルダム女子大学︶