Title
細胞周期制御異常に着目したin vivo短期発がん性予測指標
の探索に関する研究( 本文(Fulltext) )
Author(s)
八舟, 宏典
Report No.(Doctoral
Degree)
博士(獣医学) 甲第408号
Issue Date
2014-03-13
Type
博士論文
Version
ETD
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12099/49031
※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。1
細胞周期制御異常に着目した
in vivo 短期発がん
性予測指標の探索に関する研究
2013 年
岐阜大学大学院連合獣医学研究科
(東京農工大学)
八舟 宏典
2 目次 序論 4 第1 章 肝発がん物質のラット 28 日間反復投与例を用いた肝発がん性予測指標の探索 緒言 7 材料および方法 10 結果 16 考察 22 小括 27 第2 章 標的臓器の異なる発がん物質のラット 28 日間反復投与例を用いた短期発がん 性予測指標のバリデーション 緒言 29 材料および方法 30 結果 34 考察 37 小括 42 第3 章 ラット二段階発がんモデルを用いたプロモーション過程早期に対する短期発 がん性予測指標の役割 緒言 44
3 材料および方法 45 結果 50 考察 54 小括 58 総合考察 59 結論 64 謝辞 67 引用文献 68 要旨 76 Abstract 80 図表 85
4 序論 食品添加物, 環境化学物質, 農薬, 動物用医薬品などの化学物質の発がん性評価手法 であるげっ歯類を用いたがん原性試験は, 長期間に及ぶ投与のため, コスト, 評価の効 率性や動物愛護の面等で課題があり, 短期検出系の確立が求められている。本研究では, 諸臓器全般の発がん性に対応可能な短期発がん性予測指標の確立を目標として, 肝発 がん物質の投与過程早期にしばしば出現し [5, 24] , 細胞周期異常を介した発がん機序 に関与することが推定されている巨大核形成という細胞変化に着目した [36] 。 巨大核形成は, いくつかの肝発がん物質において, 投与の用量および期間依存的にみ られ, すなわち核と共に細胞質の拡大を伴う“cytomegaly”として知られるものを, その 投与早期過程から実験動物の肝細胞に誘発することが知られている [5, 24] 。核の巨大 化は腎臓および大腸の発がん過程でも認められている [2, 87] 。肝臓および腎臓の巨大 核形成はいずれも DNA ゲノムの異数性の増加を反映しているものと考えられており [8, 12, 59] , これらの誘発には標的臓器を問わず発がん性に共通したメカニズムを内在 している可能性が示唆される。近年の研究では, cytomegaly が細胞分裂の分裂異常を介 した染色体不安定性を示唆する細胞周期異常を示し, 細胞周期のチェックポイント機 能不全による細胞分裂の破綻がゲノムの異数性や倍数性を誘導するとされている [36] 。そのため, 本研究では細胞周期制御の破綻により, 巨大核が出現する分子メカニ ズムに諸臓器の発がん性に共通する異常が存在するものと仮定した。
5 第1 章では, 肝臓を標的とした, 肝発がん物質のラット 28 日間反復投与実験を実施し て, マイクロアレイを用いた網羅的分子解析を行い, 細胞周期関連分子を中心に肝発が ん物質に共通して反応する分子の抽出を目的とした検討を進めた。すなわち, 巨大核誘 発発がん物質のマイクロアレイ発現解析から得られた分子群を中心に, 既に知られて いる主要な細胞周期関連分子を, 主として免疫組織化学染色により検討した。第 2 章で は, いずれの発がん標的にも共通して 28 日間の投与試験の枠組みで発がん性を予測し 得る指標の確立を目的とした検討を進めた。すなわち, 標的臓器の異なる複数の発がん 物質のラット28 日間反復投与実験を行い, 肝臓を標的とした 28 日間反復投与実験で得 られた短期発がん性予測指標候補のそれぞれの臓器での反応性を検討した。第3 章では, 発がん過程早期に対する関与の有無を検討する目的で, 二段階発がんモデルを利用し て短期間の発がんプロモーション過程での反応性を検討した。発がん物質は二段階発が んモデルを用いた発がんプロモーション過程早期において, がんに至るまでの増殖性 病変としての前がん病変や過形成病変を誘発することが知られている [31, 34, 37, 44, 85] 。そのため, 複数の異なる標的臓器に対する二段階発がんモデルを利用して, それ ぞれの発がん標的に対するプロモーション早期過程に形成される前がん病変および過 形成病変に対する指標候補の反応性を検討した。
6 第1 章
7 緒言 短期間のin vitro, in vivo 遺伝毒性試験は発がん性予測に広く用いられており, 遺伝毒 性物質の初期評価に有効であると考えられている。しかしながら, がん原性試験で発が ん物質として判定された化学物質の約 60%が遺伝毒性試験では陰性とされる [6, 66] 。 現在のところ, これらの非遺伝毒性発がん物質に分類される化学物質の潜在的な発が ん性を早期に評価する系は確立されていない。実験動物を用いたがん原性試験は長期間 にわたり高コストかつ多数の動物の利用を必要とするため, 代替試験法として, トラン スジェニック動物や遺伝子ノックアウト動物を用いた短期試験系 [16] , 肝中期発がん 性試験法や多臓器中期発がん性試験のような二段階発がんモデル [78] が開発されて いるが, これらもまた高コストであり, 標的臓器も限定される。したがって, 短期間で 合理的に諸臓器全般にわたる発がん性を予測し得る指標を確立することが必要とされ ている。
U.S. National Toxicology Program (NTP) で行われた発がん性試験では, 肝発がん性を 示す物質の特徴として, ラットなどの亜急性毒性・慢性毒性試験等において, 肝重量増 加, 肝細胞過形成や変性, 巨大核の出現, チトクローム P450 酵素誘導の所見が多ければ 多いほど, 肝発がん性の陽性頻度が高くなる可能性が示唆されている [5] 。特に, いく つかの肝発がん物質は, 投与の用量および期間依存的に核の巨大化, すなわち核と共に
8 細胞質の拡大を伴う“cytomegaly”として知られるものを, その投与早期過程から実験動 物の肝細胞に誘発することが知られている [5, 24] 。核の巨大化は腎臓および大腸の発 がん過程でも認められており [2, 87] , 腎臓においては, クロマチンに富むいびつな大 型核は“karyomegaly”と呼ばれている [2] 。また, 肝臓の cytomegaly および腎臓の karyomegaly はいずれも DNA ゲノムの異数性の増加を反映しているものと考えられて おり [8, 12, 59] , これらの誘発には標的臓器を問わず発がん性に共通したメカニズム を内在している可能性が示唆される。近年の研究では, cytomegaly が細胞分裂の分裂異 常を介した染色体不安定性を示唆する細胞周期異常を示し, 細胞周期のチェックポイ ント機能不全による細胞分裂の破綻がゲノムの異数性や倍数性を誘導するとされてい る [36] 。 さらに, 腎発がん性のマイコトキシンである ochratoxin A (OTA) 投与により巨大核を 出現する近位尿細管上皮領域において, 細胞周期関連分子の発現異常が見出されてお り, 染色体不安定性の進行が発がんメカニズムに関与していることが指摘されている [2] 。また, karyomegaly を誘発する腎発がん物質を 28 日間反復投与した実験より, 巨大 核誘発性の有無に関わらず, 発がん物質による Ki-67 や Mcm3 の陽性細胞の増加で示さ れる細胞増殖活性の亢進が見出され, それには Topo IIα と共に細胞周期異常を反映する Ubd 発現細胞の増加およびアポトーシスの誘発を伴うことが確認されている [80] 。そ れゆえ, 本研究では細胞周期制御の破綻により, cytomegaly や karyomegaly が出現する分
9 子メカニズムに発がん性に共通する異常が存在するものと仮定した。 本章では肝発がん物質のラット 28 日間反復投与実験を実施し, 肝細胞において変動 を認める細胞周期関連分子群から, 肝発がん物質に共通して反応する分子の抽出を目 指した。すなわち, 代表的な巨大核誘発肝発がん物質を選択し, マイクロアレイ発現解 析の結果, 選別された分子群を中心に既に知られている主要な細胞周期関連分子を主 として免疫組織化学染色により検討した。
10 材料および方法
化学物質
Thioacetamide (TAA) および 0.5% (w/v) methyl cellulose 400 solution は和光純薬工業株 式会社 (Osaka, Japan) より購入した。Acetaminophen (APAP), methyleugenol (MEG), -naphthyl isothiocyanate (ANIT) は東京化成工業株式会社 (Tokyo, Japan) より購入した。 Fenbendazole (FB) は LKT Laboratories, Inc. (St. Paul, MN, USA) より, piperonyl butoxide (PBO) は長瀬産業株式会社 (Osaka, Japan) より購入した。
供試動物 5 週齢の雄性 F344 ラットを日本エスエルシーより購入し, 温度 23±3°C, 湿度 50± 20%, 照明サイクル 12 時間明/12 時間暗条件, 粉末 CRF-1 (オリエンタル酵母工業, 東京) および飲料水の自由給水下で飼育し, 一週間の馴化期間の後, 異常が認められなかった 動物を実験に供した。 実験デザイン 本実験として, 6 週齢の雄性 F344 ラットを各群 10 匹に分け, 以下の化学物質を 28 日 間反復投与した (Fig. 1-1) 。肝発がん物質については, 肝発がん用量ないし発がんプロ
11 モーター用量を設定し [37, 54, 61, 75] , TAA (400 ppm) , FB (3,600 ppm) および PBO (20,000 ppm) は混餌投与を, MEG (1,000 mg/kg 体重) は強制経口投与を行った。巨大核 誘発性発がん物質として, TAA, FB および MEG を, 巨大核非誘発性発がん物質として PBO を選択した。発がん陰性対照群として設定した非発がん肝毒性物質である APAP および ANIT は, 13 週間ないし 16 週間投与で肝毒性を誘発する用量を設定した [60,
68] 。APAP (12,500 ppm) および ANIT (1,000 ppm) は混餌投与で開始したが, ANIT は動 物の健康状況の悪化に伴い, その後段階的に 800 ppm (14 日間) , 600 ppm (7 日間) と用 量を減少させた。無処置対照群は基礎飼料と飲料水で維持した。実験終了後, すべての 動物は深麻酔下で安楽殺し, 肝臓を摘出し, 重量を測定後, 各葉に分割した。遺伝子解 析用に-80°C 冷凍庫にて保存し, 残りは 4%パラフォルムアルデヒドで固定し, パラフィ ン包埋した。 動物実験計画は, 国立大学法人東京農工大学の動物実験倫理委員会に提出して承認 を受け, 動物の取り扱いについても, 同大学および株式会社ボゾリサーチセンターの実 験動物指針を尊守した。 RNA 抽出およびマイクロアレイ発現解析 巨大核誘発肝発がん物質の遺伝子プロファイリングを得るため, 核の巨大化が顕著 なTAA 群を選択し, 無処置対照群と合わせて計 2 群でマイクロアレイ発現解析を行っ
12 た。結果は無処置対照群と比較した (n = 4/群) 。
各個体の採取したサンプルよりRNeasy Mini Kit (QIAGEN, Hilden, Germany) を用い
てtotal RNA を抽出した後, SuperscriptTM Double-Stranded cDNA Synthesis kit (Invitrogen
Corp., Carlsbad, CA, USA) を用いて, 二本鎖 cDNA を合成した。Cy3 によりラベル化し た4 μg の cDNA を Rattus norvegicus Roche NimbleGen microarray for Gene Expression (Roche NimbleGen: Euk Expr 4x72K Catalog Arr Del, 26,208 targets; Roche Applied Science, Penzberg, Germany) と 共 に ハ イ ブ リ ダ イ ゼ ー シ ョ ン し た 。 Innoscan7000 (Inopsys, Carbonne, France) に て シ グ ナ ル デ ー タ を 取 り 込 ん で 定 量 後 , 各 デ ー タ の robust multi-array average normalization method [39] を行い, TAA 群で無処置対照群に比して発 現変動した遺伝子について, Student’s-t 検定を実施し, 有意差水準 5%以下を選別した。 このうち, TAA 群が無処置対照群と比較して 2 倍以上発現増加した遺伝子群が選別され た 。 遺 伝 子 情 報 の 検 索 は , National Center for Biotechnology Information (http://www.ncbi.nlm.nih.gov) website を用いて実施した。
Real-time RT-PCR
マイクロアレイ発現解析によって, TAA 群で無処置対照群と比較して有意な発現増加 が認められた遺伝子について, real-time RT-PCR により mRNA 発現の定量解析を実施し た。すなわち, TAA 群, FB 群および無処置対照群を対象に, マイクロアレイ発現で抽出
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した2 μg の total RNA より cDNA を合成した (n = 6/群) 。PCR 反応は SYBR®Green PCR
Master Mix (Applied Biosystems Inc., Carlsbad, CA, USA) を 用 い , Step One Plus™ Real-time PCR System (Applied Biosystems Inc.) にて, 製造元のプロトコールに従って実 施した。プライマーはPrimer Express software (Version 3.0; Applied Biosystems, Inc.) を用 いて設計し, Table 1-1 に示した。各遺伝子の mRNA 発現量は, 無処置対照群での発現値 に対する相対値として求め, 内因性コントロールとして β-actin の検量線を求め, 2–ΔΔC T method [48] にて算出した。 病理組織学的染色および免疫組織化学染色 パラフィン固定した肝臓を 3 μm の厚さに薄切した後, ヘマトキシリン・エオジン (HE) 染色および免疫組織化学的解析に供した。遺伝子発現解析より選別された分子群 を中心に既に知られている主要な細胞周期分子群について, 免疫組織化学的解析を実 施した。用いた抗体, 賦活化方法および抗体希釈条件は Table 1-2 に示した。シグナル検 出はVECTASTAINⓇElite ABC Kit (Vector Laboratories Inc., Burlingame, CA, USA) のプロ
トコールに従い, 免疫反応は 3,3’-diaminobenzidine/H2O2を用いて可視化した後, ヘマト
14 TUNEL 染色
発がん物質投与早期のアポトーシス誘導性の有無を検討するためにTUNEL 染色を実
施した [80] 。シグナル検出は, ApopTag® Peroxidase In Situ Apoptosis Detection Kit
(Millipore, Billerica, MA, USA) のプロトコールに従い, 反応を進め, 免疫染色と同様の 手順で染色を施した。 免疫組織化学染色およびTUNEL 染色陽性細胞の定量解析 肝臓の評価領域は, 200 倍の倍率で, 1 個体当たりランダムに 10 視野選択した。陽性細 胞数は視覚的にカウントし, 総細胞数は画像解析ソフト WinROOF (三谷商事, 東京) を 用いて定量化し, 陽性細胞率を算出した。免疫組織化学染色の評価方法は, 二段階に分 け, 一段階目はスクリーニング解析とし, 各群 5 個体における評価を行った。ここで無 処置対照群ないし非発がん肝毒性物質と発がん物質間に有意な変化が認められた場合, 二段階目として残る5 個体の解析を同様に行い, 一段階目のスクリーニング解析と合算 した総合値を算出した。 統計解析 定量データについて平均値および標準偏差を求めた。体重, 肝臓重量, Real-time RT-PCR および免疫組織化学染色の多群間比較は, Bartlett 検定で等分散を確認した後,
15 一元配置分散分析を行った。有意差が認められた場合はDunnett 検定を行った。Bartlett 検定で等分散でなかった場合, Steel 検定を行った。なお, 有意水準 5%以下を有意差あり とした。体重, 肝臓重量及び Real-time RT-PCR の場合は, 無処置対照群と比較した。免 疫組織化学染色の場合は, すべての投与群で無処置対照群と比較し, APAP もしくは ANIT とその他の投与群間の比較では無処置対照群を除いて解析を実施した。
16 結果
体重および肝臓重量
TAA 群, PBO 群, MEG 群, APAP 群および ANIT 群では無処置対照群に比較して, 体重 の有意な減少が認められた (Table 1-3) 。
TAA 群, APAP 群および ANIT 群では無処置対照群に比較して, 絶対肝重量の有意な減 少が認められ, PBO 群および MEG 群では有意な増加が認められた。一方, FB 群は有意 な変動は認められなかった。相対肝重量では, すべての投与群で無処置対照群に比較し て有意な増加が認められた。
病理組織学的解析
TAA 群では以前の報告と同様に, 核の大小不同, 有糸分裂異常およびアポトーシスと 共に, “cytomegaly” が認められ, び漫性に分布が認められた。胆管増生および oval cell 増生も軽度の間質線維化と共に小葉辺縁性に認められた。FB 群では肝細胞肥大がみら れ, 小葉中心性に分布しており, cytomegaly も小葉辺縁性に散在性に認められた。PBO 群では肝細胞の肥大が認められ, すりガラス状変性と共にび漫性に分布していた。MEG 群では, cytomegaly がみられ, び漫性に分布しており, 肝細胞壊死が小葉中心性に認め
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められた。ANIT 群では, 胆管増生が小葉辺縁性に分布しており, 肝細胞壊死および微小
肉芽腫が散在性に認められた。APAP 群および ANIT 群では karyomegaly もしくは cytomegaly は認められなかった。 マイクロアレイ発現解析およびmRNA 発現解析 マイクロアレイ発現解析より, TAA 群において, 無処置対照群と比較して 2 倍以上発 現増加した1681 遺伝子と, 2 倍以上発現減少を示した 1207 遺伝子が得られた。このう ち, 発現増加が見られた 1681 遺伝子の中で, 細胞周期, 細胞増殖, アポトーシスもしく は細胞内シグナル伝達に関連する遺伝子群が得られた。その内, 細胞周期関連遺伝子群 に着目した (Table 1-4) 。本研究で実施されたマイクロアレイデータは NCBIs Gene Expression Omnibus (GEO, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/) の Series ナンバーGSE43066 にアクセスすることが可能である。
Table 1-4 に示した遺伝子のうち, 13 遺伝子の mRNA 発現を real-time RT-PCR により検 証した (Table 1-5) 。Cdkn2b, Cdkn1a, Ccnd1, Ccna2, Ccne2, Cdr2, Wee1, Tpx2, Gadd45a,
Cdk1, Ccnb1, Aurkb および Aurka は TAA 群で無処置対照群に比較して有意な発現増加を
示した。また, Cdkn2b, Cdkn1a, Ccnd1, Ccne2, Cdr2 および Cdk1 については FB 群でも無 処置対照群に比較して有意な発現増加が認められた。
18 細胞増殖活性およびアポトーシス
Ki-67 は代表的な細胞増殖指標であり, 細胞周期の G1期からM 期にかけて発現する
核抗原として知られている [71] 。Ki-67 陽性細胞率は巨大核誘発性の有無に関わらず, TAA 群, FB 群および MEG 群で, 無処置対照群に比較して有意な増加が認められた (Fig. 1-2A) 。また, TAA 群および MEG 群で, APAP 群および ANIT 群に比較して Ki-67 陽性 細胞率の有意な増加が認められた。一方, PBO 群では Ki-67 陽性細胞率の増加は認めら れなかった。
TUNEL 陽性細胞率は, TAA 群および MEG 群で, 無処置対照群もしくは非発がん肝毒 性物質群に比較して有意な増加が認められた (Fig. 1-2B) 。また, FB 群で, APAP 群に比
較してTUNEL 陽性細胞率の有意な増加が認められた。一方, PBO 群では TUNEL 陽性
細胞率の増加は認められなかった。
G1 /S 期関連分子の変動
p21Cip1はCyclin-dependent kinase (CDK) の一つであり, G
1期の細胞周期停止に機能す ることが知られており, 肝細胞の核に局在が認められた。p21Cip1陽性細胞率は, すべて の肝発がん物質投与群で無処置対照群および非発がん肝毒性物質群に比較して有意な 増加が認められた (Fig. 1-3A) 。 p16Ink4aおよびp27Kip1は, CDKs の結合を介して G 1期の細胞周期停止に機能することが
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知られており, 肝細胞の核に局在し, 弱~中等度の陽性が認められた。p16Ink4a陽性細胞
はTAA 群のみで核および細胞質に局在し, 強度の陽性が認められた。一方, 他の発がん
物質投与群および非発がん肝毒性物質投与群では, 核の局在のみが認められたが, 発現
変動は認められなかった (Fig. 1-4A) 。p27Kip1陽性細胞率は, どの発がん物質投与群で
も無処置対照群もしくは非発がん肝毒性物質群に比較して, 有意な変動は認められな かった (Fig. 1-4B) 。 G2/M 期関連分子の変動 Cdc2 の局在性は, 核, 細胞質, そして核および細胞質の 3 パターンが認められた。 Cdc2 が有糸分裂初期に Cyclin B1 と共に核に局在する活性型と, 細胞質に局在する非活 性型に分けられることより, 今回は核への局在を示す活性型について解析した。その結 果, 核局在 Cdc2 陽性細胞率は, TAA 群, FB 群および MEG 群で無処置対照群, APAP 群お
よびANIT 群に比較して有意な増加が認められた (Fig. 1-3B) 。一方, PBO 群で核局在
Cdc2 陽性細胞率の発現変動は認められなかった。
Phosphorylated-Wee1 (p-Wee1) は, 核へ局在して弱~中等度の陽性が認められた。 p-Wee1 陽性細胞は, 肝発がん物質に特徴的な細胞率の変動を示さなかった (Fig. 1-4C) 。
20 M 期関連分子の変動
Aurora B および Incenp は複合体を形成し, 紡錘体の形成と細胞分裂に重要な役割を果 たし, M 期に機能することが知られており, 両分子ともに肝細胞の核に局在が認められ た。Aurora B 陽性細胞率は, すべての発がん物質群で無処置対照群および APAP 群に比 較して有意な増加が認められた (Fig. 1-3C) 。ANIT 群との比較では, FB 群, PBO 群およ
びMEG 群で有意な増加が認められた。Incenp 陽性細胞率は, すべての発がん物質群で
無処置対照群および ANIT 群に比較して有意な増加が認められた (Fig. 1-3D) 。一方,
APAP 群はすべての発がん物質群と同様に増加した。
Phosphorylated-Histone H3 (p-Histone H3) は, Aurora B キナーゼ活性によりリン酸化さ れ, ヘテロクロマチンから HP1α の解離を引き起こし, M 期に機能することが知られて おり, p-Histone H3 および HP1α は肝細胞の核に局在性が認められた。p-Histone H3 陽性 細胞率は, すべての発がん物質群で無処置対照群および APAP 群に比較して有意な増加 が認められた (Fig. 1-3E) 。ANIT 群との比較では, TAA 群, FB 群および MEG 群で有意
な増加が認められた。HP1α 陽性細胞率は, 無処置対照群に比較して TAA 群, FB 群およ
びMEG 群で有意な増加が認められた (Fig. 1-3F) 。非発がん肝毒性物質群との比較では,
TAA 群および MEG 群で有意な増加が認められた。一方, FB 群で非発がん肝毒性物質群 に比較して有意な変動は認められず, PBO 群では反応を示さなかった。
21 p53 分子の mRNA 発現解析と変動
Tp53 は TAA 群で無処置対照群に比較して有意な mRNA 発現増加が認められた (Fig.
1-5A) 。Tp53 の制御分子の一つである Mdm2 は TAA 群および FB 群で無処置対照群に 比較して有意な発現増加が認められた。 免疫組織化学的な陽性細胞の解析では, p53 陽性細胞率は, TAA 群, FB 群および MEG 群で無処置対照群および非発がん肝毒性物質群に比較して有意な増加が認められた (Fig. 1-5B) 。一方, PBO 群では p53 陽性細胞率の変動は認められなかった。 Ndrg1 および Klf6 の mRNA 発現解析
N-myc downstream regulated gene 1 (Ndrg1) は TAA 群で無処置対照群に比較して mRNA の有意な発現増加が認められた (Fig. 1-6) 。Kruppel-like factor 6 (Klf6) は TAA 群, PBO 群および MEG 群で無処置対照群に比較して有意な mRNA 発現増加が認められた。 一方, FB 群では発現変動を示さなかった (Fig. 1-6) 。
22 考察 本章では, マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析から選別された分子群を中心に 既に知られている主要な細胞周期関連分子を肝発がん物質の28 日間反復投与例を用い て, 免疫組織化学的解析および TUNEL 染色を通じて解析した。その結果, 巨大核誘発 性の有無に関わらず, G1/S 期チェックポイントに機能する p21Cip1, M 期分子である Aurora B および Incenp 陽性細胞の増加が, すべての肝発がん物質において認められた。 また, 増殖指標である Ki-67 陽性細胞の増加を示した発がん物質においては, p53, M 期 異常を反映する核局在Cdc2, p-Histone H3, HP1α 陽性細胞の増加が認められた。 ラットを用いた発がん物質の反復投与により, しばしば標的細胞の増殖活性が高ま ることが報告されている [49, 79] 。これまでに, 高い増殖活性を示す発がん物質におい て, Topo IIα および Ubiquitin D (Ubd) の共発現細胞が標的臓器を問わずに増加すること
を見出されている [81] 。Topo IIα は G2/M 移行期の重要な制御因子であり [86] , 一方,
Ubd は正常の発現時期こそ知られていないものの, G2/M 期に発現異常を起こし, M 期ス
ピンドルチェックポイント分子Mad2 のキネトコア局在を減少させることで染色体不安
定性を誘導することが示唆されている [28, 46] 。本研究において, 核局在 Cdc2 陽性細
胞がTAA 群, FB 群および MEG 群で Ki-67 陽性細胞と同様の増加傾向を示した。Cdc2
23 よびM 期初期を促進することが知られている [10, 43] 。以前の報告より, 二段階甲状 腺発がんモデルを用いた増殖性病変において, Ki-67 陽性細胞と並行して核局在 Cdc2 陽 性細胞が増加し, 細胞増殖活性を反映する可能性が示唆されている [3] 。また, 高い細 胞増殖活性を示す発がん物質が, M 期に機能する p-Histone H3 とその会合分子である HP1α 陽性細胞の増加させることを見出した [33] 。本研究では, p-Histone H3 陽性細胞 数が, 高い細胞増殖活性を示さない PBO 群でも増加を示したのを除いて, p-Histone H3 およびHP1α は細胞増殖を反映する可能性が示唆されている [7, 14] 。本研究の解析の 結果から, 過去の研究と一致して, 細胞増殖活性の亢進を示した発がん物質は, 細胞傷 害に起因するであろうDNA 損傷の結果, M 期に停滞する細胞と損傷を修復できずにア ポトーシスに陥る細胞の増加を引き起こしている可能性が示唆された。
核局在Cdc2 と同様に, p-Histone H3 および HP1α, Aurora B との会合分子である Incenp
はM 期分子である。Aurora B と Incenp は, Survivin および Borealin と複合体を形成し動
原体とスピンドル微小管との結合を不安定化する活性を有している [70] 。本研究にお いて, 非発がん性肝毒性物質である APAP 群での Incenp 陽性細胞数の増加を除いて, 細 胞増殖の誘導性の有無に関わらず, すべての肝発がん物質で無処置対照群および APAP
群もしくはANIT 群に比較して, Aurora B もしくは Incenp 陽性細胞数の増加が見出され
た。Aurora B の過剰発現は様々ながん細胞で染色体の不安定性の増加を引き起こし [67] , Incenp 陽性細胞の異常発現がヒトがん乳腺細胞において異常分離もしくは染色体
24
不安定性を引き起こす可能性が示唆されている [55] 。したがって, 肝発がん物質は肝 発がん早期過程において染色体不安定性を引き起こし, M 期に停滞する細胞数を増加さ せることが示唆された。
本研究において, p21Cip1陽性細胞は肝発がん物質に特異的に増加を示した。一方, 他の
CDK 阻害機能を示す p16Ink4aおよびp27Kip1陽性細胞率は変動を示さなかった。p21Cip1発
現はG1停止を介するp53 によって制御されている [72] 。p53 陽性細胞率は p21Cip1と同
様にTAA 群, FB 群および MEG 群で増加を示したが, PBO 群では反応を示さなかった。
p21Cip1発現誘導にはp53 非依存的な経路が存在し, Klf6 および Ndrg1 が関わることが報 告されている [1, 45] 。今回, マイクロアレイ発現解析により TAA 群で Klf6 および Ndrg1 遺伝子発現の増加が確認された。また, RT-PCR 解析より Klf6 は TAA 群, PBO 群 およびMEG 群で無処置対照群に比較して増加することが確認された。したがって, 肝 発がん物質の28 日間反復投与例において, p53 非依存的な経路を介した p21Cip1の発現増 加に起因するG1期停止細胞集団の増加が示唆された。 本研究では, p53 および Mdm2 の遺伝子発現が TAA 群で有意な増加することが認めら れた。さらに, p53 陽性細胞率は, 細胞増殖の亢進を示した肝発がん物質で増加した。p53 はDNA 損傷応答でアポトーシスを誘導することが知られており [22] , また, 高い増殖 活性を示した肝発がん物質が肝細胞にアポトーシス誘導を増加させることを示した [81] 。このことより, 細胞増殖活性の亢進を示した肝発がん物質は, G1期もしくはM 期
25 に停滞する細胞数の増加に反応したアポトーシス誘導を肝細胞に引き起こし, p53 シグ ナル伝達経路を活性化することが示唆された。また, Mdm2 の遺伝子発現の増加は, p53 の代謝回転の促進を反映する可能性が示唆された [17] 。 PBO 群と他の肝発がん物質群間での M 期分子の発現変動の違いは, 発がん物質が示 す細胞増殖活性の違いを反映している可能性を考えた。過去の研究から, 肝発がん物質 であるTAA, FB および MEG 投与により, 肝細胞の増殖およびアポトーシスの増加が見 出された [81] 。しかしながら, PBO 投与では増殖と共にアポトーシスの増加は認めら れなかった。肝細胞のアポトーシスと代償的再生 (増殖) が肝発がん性に関与するとの 報告を考慮すると [15] , PBO 以外の肝発がん物質では増殖とアポトーシスが共に誘導 される可能性が示唆された。このことから, 発がん標的細胞に対する細胞増殖とアポト ーシスの誘導性は, それぞれの発がん物質が持つ腫瘍誘発能の強度(発がん強度)に依 存すると仮定できる。ラット肝二段階発がんモデルを用いた, 肝発がんプロモーション 過程において, 発がん物質のプロモーション作用は肝発がん強度と一致していること が報告されている [74] 。今回用いた肝発がん物質のうち, TAA および FB は PBO に比 較して腫瘍プロモーション作用が高いことが示唆されている [37] 。一方, MEG は強力 な肝発がん物質で300 mg/kg の 1 年間の強制経口投与でも肝細胞腺腫および癌を誘発し [61] , この用量は本研究の MEG 投与用量より 1/3 以上低い。それゆえ, 今回 PBO での み細胞増殖活性が亢進されなかったことは, PBO の発がん強度が TAA, FB および MEG
26
に比較して弱いことを反映した結果と考えられた。
結論として, 肝発がん物質は, 巨大核誘発性の有無に関わらず, G1/S 移行期に細胞周
期停止に機能するp21Cip1, 染色体不安定性を反映する Aurora B および Incenp の陽性細
胞が増加を示し, G1期に停止する細胞もしくは染色体不安定性を示す細胞の増加が示唆 された。また, 細胞増殖活性の亢進を示した肝発がん物質は, DNA 損傷によりアポトー シスを誘導するp53, M 期に機能する核局在 Cdc2, p-Histone H3 および HP1α 陽性細胞が 増加を示したことより, 細胞傷害に起因するであろう DNA 損傷の結果, M 期に停止す る細胞と停滞時に損傷を修復できずアポトーシスに陥る細胞を増加させることが示唆 された。このことより, 本研究で得られた Ki-67, p21Cip1, M 期関連分子および p53 がラ ット28 日間反復投与試験における肝発がん物質の予測指標となる可能性が示唆された。
27 小括
第1 章では, 巨大核誘発性の背景に存在する細胞周期異常を起点に, 肝発がん物質の
28 日間反復投与実験より, マイクロアレイ発現解析の結果選別された分子群を中心に 関連する細胞周期関連分子を主として免疫組織化学染色により検討した。その結果,
G1/S 移行期に細胞周期停止に機能する p21Cip1, M 期に機能する Aurora B および Incenp
が, 巨大核誘発性の有無に関わらずに肝発がん物質に共通して反応し, 陽性細胞の増加 することを見出した。このことより, 肝発がん物質は, 巨大核誘発性の有無に関わらず, G1期に停滞する細胞および染色体不安定性を示す細胞を増加させることが示唆された。 また, 細胞増殖指標である Ki-67 陽性細胞の増加を示した肝発がん物質は G2/M 移行期 にM 期の進行に機能する核局在 Cdc2, DNA 損傷によりアポトーシスを誘導する p53, M 期に機能するp-Histone H3 および HP1α の陽性細胞の増加を示すことを見出した (Fig. 1-2 および 1-3) 。したがって, 細胞増殖活性の亢進を示した肝発がん物質は, 細胞傷害 に起因するであろうDNA 損傷の結果, M 期に停止する細胞と損傷を修復できずアポト ーシスに陥る細胞を増加させることが示唆された。以上の事より, Ki-67, p21Cip1, M 期関 連分子および p53 が短期間で肝発がん物質に共通して反応する発がん予測指標候補に なり得る可能性が示唆された。
28 第2 章
標的臓器の異なる発がん物質のラット28 日間反復投与例を用いた短期発がん性
29 緒言 第1 章の結果より, 肝発がん物質のラット 28 日間反復投与実験において, 巨大核誘発 性の有無を問わず, 肝発がん物質に共通して細胞増殖指標の Ki-67, G1/S 期に機能し G1 期に細胞周期を停止するp21Cip1, G 2/M 移行期に機能し M 期進行に関与する Cdc2, M 期 に機能するAurora B, p-Histone H3 および HP1α を発現する細胞が増加し, これらの分子 は, 肝発がん物質に共通して反応性を示す短期発がん予測指標になり得る可能性が示 唆された。 本研究の最終目標として, いずれの発がん標的臓器にも共通して 28 日間の投与試験 の枠組みで発がん性を予測し得る指標の確立が挙げられる。このことより, 本章では第 1 章で得られた指標候補が, 標的臓器を問わず発がん性に対応可能であるか検討するた め, 標的臓器の異なる発がん物質のラット 28 日間反復投与実験を実施した。すなわち, 甲状腺, 膀胱, 前胃, 腺胃および大腸を標的として, 第 1 章の肝臓と同様に免疫組織化 学染色を用いて検討した。
30 材料および方法
化学物質
Butylated hydroxyanisole (BHA; CAS No. 25013-16-5, ≥98.0%), caprolactam (CL; CAS No. 105-60-2, 98%) および catechol (CC; CAS No. 120-80-9, >99.0%) は和光純薬工業株式会 社 (Osaka, Japan) より購入した。Chenodeoxycholic acid (CDCA; CAS No. 474-25-9, ≥98.0%), および phenylethyl isothiocyanate (PEITC; CAS No. 2257-09-2, ≥97.0%) は東京化 成工業株式会社 (Tokyo, Japan) より購入した。Sulfadimethoxine sodium salt (SDM; CAS No. 122-11-2) は Sigma-Aldrich (St. Louis, MO, USA) より,
2-amino-1-methyl-6-phenylimidazo[4, 5-b]pyridine (PhIP; CAS No. 105650-23-5, ≥98.0%) は ナード研究所 (Hyogo, Japan)より購入した。 供試動物 5 週齢の雄性 F344 ラットを日本エスエルシーより購入し, 温度 23±3°C, 湿度 50± 20%, 照明サイクル 12 時間明/12 時間暗条件, 粉末 CRF-1 (オリエンタル酵母工業, 東京) および飲料水の自由給水下で飼育し, 一週間の馴化期間の後, 異常が認められなかった 動物を実験に供した。
31 実験デザイン
本実験として, 6 週齢の雄性 F344 ラットを各群 10 匹に分け, 以下の化学物質を 28 日
間反復投与した。甲状腺のSDM (1,000 ppm) は飲水投与で, 膀胱の PEITC (1,000 ppm),
前胃のBHA (20,000 ppm), 腺胃の CC (8,000 ppm), 大腸の CDCA (1,000 ppm) および PhIP (400 ppm) は混餌投与で実施した。SDM および CDCA は発がんプロモーター用量を [20, 38] , PEITC, BHA, CC および PhIP は発がん用量を用いた [23, 40, 42, 76] 。発がん陰性
対照群として用いた遺伝毒性非発がん物質であるCL は, 発がん性の報告がない最大用 量の10,000 ppm を混餌投与した [18, 35, 58] 。実験デザインを Fig. 2-1 に示したように, 無処置対照群および発がん陰性対照群を設定して動物実験を実施した。無処置対照群は 基礎飼料および飲料水で維持した。実験終了後, すべての動物は深麻酔下で安楽殺し, 標的臓器を摘出した。臓器は 4%パラフォルムアルデヒドで固定し, パラフィン包埋し た。剖検時, 膀胱, 胃および大腸は 4%パラフォルムアルデヒドを注入し, 内部の移行上 皮ないし粘膜の固定促進に努めた。4%パラフォルムアルデヒド固定後, 左右甲状腺, 膀 胱の縦断面 (長軸に沿って正中面で半割した両面) , 前胃および腺胃を含む胃の 3 断面, そして大腸の結腸上行部, 横行部および下行部の横断面を包埋した。 動物実験計画は, 国立大学法人東京農工大学の動物実験倫理委員会に提出して承認 を受け, 動物の取り扱いについても, 同大学の実験動物指針を尊守した。
32 病理組織学的染色および免疫組織化学染色
パラフィン固定した各臓器は第 1 章の肝臓と同様に薄切後, HE 染色および免疫組織
化学的染色に供した。免疫組織化学染色に用いた抗体は, 第 1 章で短期肝発がん性予測
指標として得られた, Ki-67, p21Cip1, Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 および HP1α を用いた。
賦活化方法, 希釈条件はともに第 1 章と同様の条件で実施し, 染色を施した。 免疫組織化学染色陽性細胞の定量解析 甲状腺および膀胱の評価領域として, 400 倍 (甲状腺) および 200 倍 (膀胱) の倍率で, 1 個体当たりランダムに 8 視野 (4 視野/組織片側) を選択した。前胃の評価領域として, Ki-67, Aurora B および HP1α 陽性細胞が基底細胞層に限局性に分布したため, 200 倍の倍 率で基底膜基部から粘膜表層に向けての陽性細胞分布を1 個体当たりランダムに 10 ヵ 所計測した。p21Cip1, Cdc2 および p-Histone H3 陽性細胞は散在性に分布したため, 1 個体 あたりランダムに10 視野選択した。腺胃の評価方法は, 200 倍の倍率で, 1 個体あたりラ ンダムに10 腺管選択した。大腸の評価方法は, 200 倍の倍率で, 1 個体当たり粘膜筋板に 近い腸陰窩の横断像の10 陰窩を選択した。陽性細胞数は視覚的にカウントし, 甲状腺, 膀 胱, 腺胃および大腸においては , 総細胞数は第 1 章と同様に画像解析ソフト WinROOF (三谷商事, 東京) を用いて定量化し, 陽性細胞率を算出した。前胃では, 粘膜
33 およびp-Histone H3 陽性細胞は上皮の単位長さ (1,000 μm) 当たりの個数で表した。 統計解析 定量データについて平均値および標準偏差を求めた。甲状腺, 膀胱, 前胃, 腺胃およ び大腸について, Student’s t 検定を行った。有意水準は, ボンフェローニ補正した 0.0056 (甲状腺及び膀胱), 0.0071 (前胃及び腺胃), 0.0045 (大腸) 以下を有意差ありとした。統計 解析は, すべての投与群および無処置対照群間で実施した。また, 無処置対照群を除い て, 標的臓器に対する発がん物質群, 非発がん物質 CL 群もしくは標的以外の臓器に対 する発がん物質群の間でも統計解析を実施した。
34 結果
病理組織学的解析
SDM 群は, 甲状腺に薄いコロイド液を貯めた小胞形成を伴うび慢性の甲状腺濾胞細 胞過形成が認められた (Fig. 2-2A) 。PEITC 群は, 膀胱の移行上皮の単純性過形成ない し結節状および乳頭状過形成 (PN 過形成) が認められた (Fig. 2-2B) 。BHA 群は, 前胃 粘膜上皮のび慢性過形成が認められた。また, 前胃粘膜の過角化/錯角化が認められた (Fig. 2-2C) 。CC 群は, 幽門部腺胃に胃底腺の過形成が認められた (Fig. 2-2D) 。CDCA
群およびPhIP 群は共に大腸に著変を示さなかった。発がん陰性対照の CL 群は, 甲状腺,
膀胱, 前胃, 腺胃および大腸に著変を示さなかった。
甲状腺における短期肝発がん性予測指標の変動
SDM 群では, 無処置対照群, CL 群および甲状腺非標的の発がん物質投与群に比較し
てKi-67, p21Cip1, 核局在 Cdc2 および p-Histone H3 陽性細胞率の有意な増加が認められた
(Fig. 2-3A-D) 。甲状腺非標的発がん物質群は無処置対照群に比較して Ki-67 陽性細胞率 の有意な減少が認められた。CC 群は無処置対照群に比較して核局在 Cdc2 陽性細胞率 の, BHA 群は無処置対照群に比較して p-Histone H3 陽性細胞率の有意な減少が認められ た。また, Aurora B 陽性細胞率に関しては, SDM 群では CL 群ないし甲状腺非標的発がん
35 物質群に比較して有意な増加が認められた (Fig. 2-3E) 。一方, HP1α 陽性細胞率に関し ては, SDM 群では BHA 群に比較して有意な増加を示したことを除いて, 無処置対照群, CL 群および甲状腺非標的発がん物質投与群に比較して, 陽性細胞率の変動は認められ なかった (Fig. 2-3F) 。 膀胱における短期肝発がん性予測指標の変動 PEITC 群では, 無処置対照群, CL 群および膀胱非標的発がん物質投与群に比較して Ki-67, 核局在 Cdc2 および p-Histone H3 陽性細胞率の有意な増加が認められた (Fig. 2-4A, C および D) 。Aurora B 陽性細胞率に関しては, PEITC 群では CL 群, CC 群および
PhIP 群に比較して有意な増加が認められた (Fig. 2-4E) 。一方, p21Cip1およびHP1α 陽性
細胞率に関しては, PEITC 群では BHA 群に比較して p21Cip1陽性細胞率の有意な減少が
認められたことを除いて, 無処置対照群, CL 群および膀胱非標的発がん物質投与群に比 較しての有意な変動は認められなかった (Fig. 2–B および F) 。
前胃における短期肝発がん性予測指標の変動
BHA 群では, 無処置対照群, CL 群および前胃非標的発がん物質投与群に比較して Ki-67, 核局在 Cdc2, p-Histone H3, Aurora B および HP1α 陽性細胞率の有意な増加が認め
36
処置対照群, CL 群および前胃非標的発がん物質投与群に比較して, 有意な変動は認めら れなかった (Fig. 2-5B)。
腺胃における短期肝発がん性予測指標の変動
CC 群は無処置対照群, CL 群および腺胃非標的発がん物質投与群に比較して Ki-67,
p21Cip1, 核局在 Cdc2, p-Histone H3 および Aurora B 陽性細胞率の有意な増加が認められ
た (Fig. 2-6A-E) 。一方, PhIP 群は無処置対照群に比較して p21Cip1陽性細胞率の, CL 群
は無処置対照群に比較してAurora B 陽性細胞率の有意な増加が認められた。HP1α 陽性
細胞率に関しては, CC 群では無処置対照群に比較して陽性細胞の変動を示さなかった (Fig. 2-6F) 。
大腸における短期肝発がん性予測指標の変動
CDCA 群および PhIP 群は, 無処置対照群, CL 群および大腸非標的発がん物質投与群 に比較して, Ki-67, p21Cip1, 核局在 Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 および HP1α 陽性細胞率
37 考察
第2 章では, 複数の異なる標的臓器を対象に, 発がん物質の 28 日間反復投与実験を行
い, 第 1 章で得られた肝発がん性予測指標候補が標的臓器の異なる発がん性にも対応可 能かどうかを検討した。その結果, 甲状腺, 膀胱, 前胃および腺胃において, 細胞増殖指
標のKi-67, M 期関連分子の Cdc2, Aurora B および p-Histone H3 陽性細胞率の増加が認め
られた。一方, 大腸における二つの発がん物質では細胞増殖活性の亢進は認められず, これらはM 期関連分子の増加も示さなかった。 実験的に, 発がん物質の短期投与で標的細胞に増殖活性を賦与することが知られて いる [4, 51] 。本研究において, 発がん物質の 28 日反復投与によって, 甲状腺標的の SDM, 膀胱標的の PEITC, 前胃標的の BHA, および腺胃標的の CC は高い増殖活性を示 した。その一方で, 発がん標的以外の臓器に高い増殖活性を示す発がん物質は見出さな かった。SDM は甲状腺ホルモンの血清中レベルの減少によるネガティブフィードバッ クを誘発し, 血清中の TSH レベルを上げ [38] , この TSH レベルの増加は甲状腺機能を 刺激し, 発がん過程に関連した甲状腺上皮細胞の増殖を促進することが知られている [26] 。また, 膀胱標的の PEITC は酸化的 DNA 損傷に起因して, 胃標的の BHA および CC は胃上皮のびらん/潰瘍に対して, 上皮の細胞増殖活性を亢進することが報告されて いる [4, 9, 30, 32] 。これらのことから, 標的臓器に関わらず, 28 日間反復投与において
38 発がん物質は増殖活性の亢進を示す可能性が示唆された。以前の報告では, BHA の 14 日間反復投与により前胃に加え, 食道, 腺胃, 小腸および大腸において, 上皮細胞の増 殖活性が付与されることが知られている [84] 。しかし, 本研究において, BHA は腺胃 および結腸で細胞増殖を示さなかった。発がん物質誘導の細胞増殖活性は投与期間によ り変動する [4, 32] 可能性を考慮すると, BHA は 28 日間投与の枠組みでは腺胃および大 腸にはもはや高い増殖活性を示さないことが示唆された。 Cdc2 の活性型である核局在 Cdc2 の陽性細胞は, Cyclin B と共に複合体を形成し, G2/M 移行期およびM 期初期の進行に関わることが知られている [10, 43] 。p-Histone H3 は 細胞分裂期で染色体凝集および分離に機能し [57] , Aurora B は細胞分裂期で染色体の 凝集と分離において機能していることが知られている [52] 。本研究では, 甲状腺, 膀 胱, 前胃および腺胃において, 発がん物質とその標的臓器組織の組み合わせで, 無処置 対照群, CL 群及び発がん非標的の発がん物質群に比較して, 核局在 Cdc2, Aurora B およ びp-Histone H3 陽性細胞率の有意な増加が認められた。Aurora B の過剰発現は様々なが ん細胞で染色体不安定性を引き起こし [67] , その過剰発現による p-Histone H3 の増加 も染色体不安定性の一因となることが示唆されている [65] 。また, 細胞分裂期の特に 前中期に留まっている細胞において, Cdc2 の過剰発現が認められている [11] 。以上の ことから, 発がんの標的細胞に対して細胞増殖活性を増加させた発がん物質は, 標的臓 器を問わず, M 期停止に陥る細胞もしくは染色体不安定性を示唆する細胞を増加してい
39 ると考えられた。この事は, Ubd が M 期でのスピンドルチェックポイント破綻に機能す ることを考慮すると, 既に見出されている, 28 日間反復投与の枠組みで細胞増殖活性を 増加させた発がん物質によるG2期でのUbd 陽性細胞数の増加は, M 期に留まる細胞数 の増加を反映している可能性を示唆している [81] 。 p21Cip1 はサイクリン依存性キナーゼの一つで, G 1/S 期チェックポイントに機能する [72] 。p21Cip1の分子の発現増加は, p53 依存的に G 1停止およびアポトーシスにリンクす る可能性が示唆されている [47] 。私は第 1 章で, ラット 28 日間反復投与試験において, アポトーシスと共に細胞増殖活性の増加を示した肝発がん物質が p53 の活性化を示す 可能性を示唆した。また, 検討したすべての肝発がん物質が, 細胞増殖活性の亢進の有 無に関わらず, p21Cip1陽性細胞の増加を示した。したがって, p21Cip1は, 細胞増殖活性を 誘導性に関わらず, 発がん物質の短期発がん性予測指標となり得る可能性が見出され た。しかし, 本研究において, 細胞増殖活性の増加を示した PEITC および BHA は各々 の標的臓器でp21Cip1陽性細胞率の増加を示さなかった。これは, 発がん過程における増 殖性病変の進展において, p21Cip1発現および細胞増殖活性の間の相関性は見出せなかっ た以前の報告と一致している [50] 。 HP1α に関して, BHA のみが前胃上皮における陽性細胞の増加を示した。一方, 細胞 増殖活性の増加を示したSDM, PEITC および CC は, 各々の標的臓器で HP1α 陽性細胞 数の変動を示さなかった。HP1α は細胞分裂時に染色体凝集に重要な役割を果たし [62] ,
40
そのリン酸化がゲノムの安定性に必須であることが知られている [29] 。以上の事から, HP1α を発現する細胞集団ではなく, HP1α のリン酸化を示している細胞が染色体の維持 機能の増強を示しているかもしれない。
一方, 大腸標的の CDCA および PhIP では, 第 1 章で得られた指標候補が発現変動を 示さなかった。CDCA は azoxymethane (AOM) のイニシエーション後に, CDCA 濃度依 存性に大腸粘膜上皮の増殖を誘導することが知られている [77] 。しかしながら, CDCA は AOM のイニシエーションがない場合, 低用量のみで細胞増殖を誘導するが, 今回用 いた用量は高用量の範疇に入るため, 大腸粘膜上皮の増殖が誘導されなかったものと 考えられた。一方, PhIP は今回用いた 400 ppm では, 投与 8 週目以降で大腸粘膜上皮の 増殖を誘導するが, 4 週目時点では誘導しないことが報告されている [63] 。それゆえ, これらの大腸発がん物質は, 今回の 28 日間反復投与の枠組みで細胞増殖を誘導しなか った可能性があるものと考えられた。 結論として, 28 日間反復投与により高い細胞増殖活性を示した発がん物質では, 標的 臓器の有無を問わず, 細胞周期破綻を反映した M 期分子の異常発現が誘導され, M 期停 止に陥る細胞もしくは染色体不安定性を示す細胞の増加が示唆された。一方, 細胞増殖 活性を示さなかった発がん物質では, これらの変化を引き起こさないことが見出され た。これらの結果より, 28 日間反復投与後に高い細胞増殖活性を示す発がん物質の短期 発がん性予測指標として, M 期分子の核局在 Cdc2, Aurora B および p-Histone H3 が機能
41 し得る可能性が示唆された。
42 小括 第2 章では, 標的臓器の異なる発がん物質の 28 日間反復投与実験より, 第 1 章で得ら れた肝発がん物質に共通して反応性を示す発がん予測指標候補分子の反応性について 解析した。その結果, 甲状腺, 膀胱, 前胃および腺胃の発がん物質は Ki-67 の増加を反映 する細胞増殖活性を亢進し, これらは核局在 Cdc2, Aurora B および p-Histone H3 陽性細 胞の増加を示した。このことは, 細胞増殖活性の亢進を示す発がん物質では, 細胞周期 破綻を反映したM 期分子の異常発現が誘導され, M 期停止に陥る細胞もしくは染色体不 安定性を示す細胞の増加が示唆された (Fig. 2- 3~6) 。一方, 大腸を標的とする二つの発 がん物質は細胞増殖活性を亢進せず, これらは指標候補分子にも反応性を示さなかっ た (Fig. 2-7) 。以上のことより, 発がん物質の 28 日間反復投与後に高い細胞増殖活性を 示す発がん物質では, 核局在 Cdc2, Aurora B および p-Histone H3 が短期発がん性予測指 標になり得る可能性が高いことが示唆された。
43 第3 章
ラット二段階発がんモデルを用いた発がんプロモーション過程早期に対する 短期発がん性予測指標の役割
44 緒言 第1 章および第 2 章より, 発がん物質のラット 28 日間反復投与実験において, 細胞増 殖活性を亢進した発がん物質では, 細胞増殖指標 Ki-67 を含め, 核局在 Cdc2, M 期分子 であるAurora B および p-Histone H3 が短期発がん性予測指標になり得る可能性が高い ことが示唆された。 第2 章で用いた発がん物質は, 二段階発がんモデルでの発がんプロモーション過程早 期において, がんに至るまでの増殖性病変として前がん病変や過形成病変を誘発する ことが知られている [31, 34, 37, 44, 85] 。第 3 章では, この短期発がん性予測指標であ る核局在Cdc2, Aurora B および p-Histone H3 の細胞周期機能分子が, 発がん過程早期に 関与するかどうかを明らかにするため, 発がんプロモーション過程早期に形成される 前がん病変ないし過形成病変を標的とした反応性を検討した。すなわち, 肝臓, 甲状腺, 膀胱, 前胃および腺胃を対象とし, 二段階発がんモデルを用いて, プロモーション過程 早期に出現する前がん病変ないし過形成病変について, 短期発がん性予測指標の反応 性を免疫組織化学染色を用いて検討した。
45 材料および方法
化学物質
Methapyrilene hydrochloride (MP) , N-diethylnitrosamine (DEN) および sulfadimethoxine sodium salt (SDM) はシグマアルドリッチジャパン株式会社 (Tokyo, Japan) より購入し た。1-Methyl-3-nitro-1-nitrosoguanidine (MNNG), N-butyl-N-(4-hydroxybutyl)nitrosamine (BBN) および phenylethyl isothiocyanate (PEITC) は東京化成工業株式会社 (Tokyo, Japan) より購入した。Catechol (CC) は和光純薬工業株式会社 (Osaka, Japan) より購入 した。N-bis(2-hydroxypropyl)nitrosamine (DHPN) はナカライテスク (Kyoto, Japan) より,
piperonyl butoxide (PBO) は長瀬産業株式会社 (Osaka, Japan) より購入した。
供試動物
5 週齢の雄性 F344 ラットを日本エスエルシーより購入し, 温度 23±3°C, 湿度 50± 20%, 照明サイクル 12 時間明/12 時間暗条件, 粉末 CRF-1 (オリエンタル酵母工業, 東京) および飲料水の自由給水下で飼育し, 一週間の馴化期間の後, 異常が認められなかった 動物を実験に供した。
46 実験デザイン
本実験として, 6 週齢の雄性 F344 ラットを各群 10-12 匹に分け, 二段階発がんモデル を用いた発がんプロモーション実験に供した (Fig. 3-1) 。肝臓は肝中期発がん性試験法 を用いて [74] , 32 匹の F344 ラットに DEN (200 mg/kg) を単回腹腔内投与し, その 2 週 間後からPBO 20,000 ppm (DEN + PBO, 10 匹) ないし MP 1,000 ppm (DEN + MP, 11 匹)
を6 週間混餌投与, または基礎飼料 (DEN-alone, 11 匹) で維持した。また, 動物は定法
に従い, 3 週目に 2/3 部分肝切除を実施した。PBO および MP は, 同様の実験で前がん病
変指標であるglutathione S-transferase placental form (GST-P) に陽性を示す前がん病変が
誘発される用量を投与用量として設定した [34, 37] 。 甲状腺については, 24 匹の F344 ラットに DHPN (2,800 mg/kg) を単回皮下投与し, そ の1 週間後から, SDM 1,500 ppm (DHPN + SDM, 12 匹) を 4 週間飲水投与, ないし飲料水 (DHPN-alone, 12 匹) で維持した。SDM は, 二段階発がんモデルを用いたプロモーショ ン13 週間後に甲状腺濾胞上皮細胞癌を誘発する用量を投与用量として設定した [44] 。 膀胱については, 23 匹の F344 ラットに BBN (500 ppm) を 4 週間飲水投与し, その後 PEITC 1,000 ppm (BBN + PEITC, 11 匹) を 8 週間混餌投与, ないし基礎飼料 (BBN-alone, 12 匹) で維持した。PEITC は, 二段階発がんモデルを用いたプロモーション 32 週間後 に膀胱に移行上皮がんを誘発する用量を投与用量として設定した [31] 。
47 口投与し, その 1 週間後より catechol 8,000 ppm (MNNG + CC, 12 匹) を混餌投与, ない し基礎飼料 (MNNG-alone, 12 匹) で維持した。Catechol は, 二段階発がんモデルを用い たプロモーション51 週間後に前胃および腺胃にがんを誘発する用量を投与用量として 設定した [85] 。 実験終了後, すべての動物は深麻酔下で安楽殺し, 標的臓器を摘出した。臓器は 4% パラフォルムアルデヒドで固定し, パラフィン包埋した。臓器摘出, 固定および包埋は 第2 章と同様の方法で実施した。 動物実験計画は, 国立大学法人東京農工大学の動物実験倫理委員会に提出して承認 を受け, 動物の取り扱いについても, 同大学の実験動物指針を尊守した。 病理組織学的解析および免疫組織化学染色 パラフィン包埋した各臓器は第 1 章と同様に薄切後, HE 染色および免疫組織化学的 解析に供した。免疫組織化学染色に用いた抗体は, これまでに見出した短期発がん性予
測指標であるp21Cip1, Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 および HP1α を用いた。抗原の賦活化
方法, 希釈条件は共に第 1 章と同様の条件で実施し, 染色を施した。肝臓と甲状腺につ いては, 前がん病変を周囲細胞から識別可能であると考えられる前がん病変指標とし
て以下の抗体を用いた:肝臓については GST-P (rabbit polyclonal antibody; 1:1,000;
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phospho-p44/42 mitogen-activated protein kinase (Thr202/Tyr204) (p-Erk1/2; rabbit monoclonal antibody; 1:400; Cell Signaling Technology, Inc.) を用いた。抗原の賦活化方法 は, GST-P では実施せず, p-Erk1/2 ではオートクレーブ処置を施した。
免疫組織化学染色に対する解析
肝臓の前がん病変と考えられる GST-P 陽性肝細胞巣は, 以前の報告と同様に, 直径
0.2 mm 以上の病変数と面積, そして肝臓の総面積を計測した [37] 。甲状腺の p-Erk1/2
陽性focal follicular cell hyperplasias (FFCHs) は 4 細胞以上から成る病変数と面積, また,
甲状腺の総面積を計測した。肝臓および甲状腺の陽性細胞の定量解析では, 400 倍の倍 率で, 1 個体当たりランダムに直径 0.2 mm 以上の肝 GST-P 陽性肝細胞巣ないし 200 細胞 以上から成るp-Erk1/2 陽性 FFCHs を 10 病変選択し, 病変の内外で陽性細胞数を計測し た。免疫組織化学染色では, イニシエーション単独群の前がん病変外についても行った。 膀胱の陽性細胞の定量解析は, 400 倍の倍率で, 1 個体当たりランダムに 5 箇所, BBN-alone 群の移行上皮ないし BBN + PEITC 群の単純性過形成, PN 過形成およびその 周囲細胞を選択した。前胃の解析では, 400 倍の倍率で, 1 個体当たりランダムに 10 箇所, MNNG-alone 群の粘膜上皮ないし MNNG + CC 群の過形成およびその周囲細胞を選択し た。腺胃の解析では, 400 倍の倍率で, 1 個体当たりランダムに 5 個の MNNG-alone 群の 増殖帯を除く腺管, MNNG + CC 群については, 異常な形態かつ細胞密度が高い 4-10 腺
49 管から成る小過形成病変や, 杯細胞への分化を高率に認める腺管から成る大過形成病 変, そして増殖帯を除いた周囲の腺管を選択した。すべての臓器の陽性細胞数は視覚的 に計測し, 肝臓, 甲状腺および腺胃では総細胞数も同様に計測し, 陽性細胞率を算出し た。また, 膀胱および前胃は陽性細胞数を粘膜筋板の単位長さ (1,000 μm) 当たりで表 した。 統計解析 定量データについて平均値および標準偏差を求めた。p-Erk1/2 FFCHs の数と面積は, DHPN-alone 群と DHPN + SDM 群で比較し, F-検定で分散の同等性を評価した後, Student’s t 検定ないし Welch’s t 検定を実施した。上記以外はすべて多群間比較を用い, Bartlett 検定で等分散を確認した後, 一元配置分散分析を行った。有意差が認められた場
合はTukey’s 多重比較検定を行った。Bartlett 検定で等分散でなかった場合, Steel-Dwass
50 結果 肝臓および甲状腺の前がん病変の病理組織学的解析 肝臓において, PBO ないし MP のプロモーション 6 週間後に, GST-P 陽性前がん病変が 誘発され, これらは両群共に, 数および面積が DEN-alone 群に比較して有意な増加が認 められた (Table 3-1) 。また, 甲状腺の前がん病変と考えられている FFCHs が p-Erk1/2 に反応性を示したことより, p-Erk1/2 陽性 FFCHs を前がん病変とみなした。SDM プロモ ーション4 週間後に形成された p-Erk1/2 陽性 FFCHs は, 数および面積が DHPN-alone 群 に比較して有意な増加が認められた (Table 3-2) 。 肝発がん過程早期における短期発がん性予測指標の変動
DEN + PBO 群および DEN + MP 群では, GST-P 陽性前がん病変内の p21Cip1, 核局在
Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 および HP1α 陽性細胞率が病変外と比較して有意な増加が 認められた (Fig. 3-2A-E) 。GST-P 陽性前がん病変外においては, DEN + PBO 群および DEN + MP 群の Aurora B および p-Histone H3 陽性細胞率が DEN-alone 群に比較して有
意な増加が認められ, p21Cip1陽性細胞率がDEN + MP 群のみで DEN-alone 群に比較して
有意な増加が認められた (Fig. 3-2A, C および D) 。その一方で, 核局在 Cdc2 および HP1α 陽性細胞率は DEN-alone 群と DEN + PBO 群もしくは DEN + MP 群間で明らかな
51 変動を示さなかった (Fig. 3-2B および E) 。
甲状腺発がん過程早期における短期発がん性予測指標の変動
DHPN + SDM 群では, p21Cip1陽性細胞率はp-Erk1/2 陽性 FFCHs 外で病変内と比較して
有意な増加が認められた (Fig. 3-3A) 。一方, p-Erk1/2 陽性 FFCHs 内の核局在 Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 および HP1α 陽性細胞率が病変外と比較して有意な増加が認めら れた (Fig. 3-3B-E) 。p-Erk1/2 陽性 FFCHs 外においては, DHPN + SDM 群の核局在 Cdc2, Aurora B および HP1α 陽性細胞率が DHPN-alone 群と比較して有意な増加が認められた
(Fig. 3-3B, C および E) 。p21Cip1およびp-Histone H3 陽性細胞率は DHPN-alone 群および
DHPN + SDM 群間で明らかな変動を示さなかった (Fig. 3-3A および D) 。
膀胱発がん過程早期における短期発がん性予測指標の変動
PEITC のプロモーション 8 週間後, 膀胱の移行上皮に単純性過形成および PN 過形成 が誘発された。BBN + PEITC 群内では, p21Cip1, 核局在 Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 およ
びHP1α 陽性細胞率は BBN + PEITC 群の単純性過形成および PN 過形成でその周囲細胞
と比較して有意な増加が認められた (Fig. 3-4A-E) 。また, これらの陽性細胞率は PN 過 形成が単純性過形成に比較して有意に増加した。一方, Aurora B 陽性細胞率は BBN + PEITC 群の周囲細胞で BBN-alone 群に比較して有意な増加が認められた (Fig. 3-4C) 。
52
前胃発がん過程早期における短期発がん性予測指標の変動
Catechol のプロモーション 12 週間後, 前胃の粘膜上皮の過角化/錯角化および過形成
巣が形成された。MNNG + CC 群内では, p21Cip1, 核局在 Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 お
よびHP1α 陽性細胞率が, MNNG + CC 群の過形成巣で周囲細胞と比較して有意に増加し
た (Fig. 3-5A-E) 。一方, p21Cip1, 核局在 Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 および HP1α 陽性細
胞率は, MNNG + CC 群の周囲細胞で MNNG-alone 群の周囲細胞と比較して有意な増加 が認められた (Fig. 3-5A-E) 。 腺胃発がん過程早期における短期発がん性予測指標の変動 Catechol のプロモーション 12 週間後, 幽門部腺胃に大小の過形成巣が誘発された。 MNNG + CC 群内では, 核局在 Cdc2, p-Histone H3 および HP1α 陽性細胞率は, MNNG + CC 群の大小過形成病変でその周囲細胞と比較して有意な増加が認められ (Fig. 3-6B, D および F) , これらの陽性細胞率は小過形成巣で大過形成巣に比較して有意な増加が認 められた。p21Cip1陽性細胞率はMNNG + CC 群の小過形成巣で, 大過形成巣もしくはそ
の周囲細胞と比較して有意な増加が認められた (Fig. 3-6A) 。Aurora B 陽性細胞率は MNNG + CC 群の小過形成巣で, 大過形成巣と比較して有意な増加が認められた (Fig.
53
54 考察 肝臓, 甲状腺, 膀胱, 前胃および腺胃を標的として, 二段階発がんモデルを用いた発 がんプロモーション過程早期に対する短期発がん性予測指標の変動を解析した。その結 果, 核局在 Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 および HP1α 陽性細胞が肝臓の GST-P 陽性前が ん病変, 甲状腺の p-Erk1/2 陽性 FFCHs で非前がん病変領域と比較して増加することを 見出した。一方, p21Cip1陽性細胞が肝臓の GST-P 陽性前がん病変で増加したが, 甲状腺 において, p-Erk1/2 陽性 FFCHs で非前がん病変領域と比較して減少することを認めた。 また, p21Cip1, Cdc2, Aurora B, p-Histone H3 および HP1α 陽性細胞が, 膀胱の PN 過形成,
前胃の過形成および腺胃の小過形成で, 非過形成病変領域と比較して増加することを 見出した。既に本研究の同動物のサンプルを用いた実験より, GST-P 陽性前がん病変, 甲 状腺のp-Erk1/2 陽性 FFCHs, 膀胱の PN 過形成, 前胃の過形成および腺胃の小過形成で 非前がん病変領域もしくは非過形成病変領域に比較してKi-67 陽性細胞が増加すること を報告している [82] 。 一般的に前がん病変は周囲細胞に比較して細胞増殖活性が高いことが知られている [53, 64] 。今回, 肝臓の GST-P 陽性前がん病変および甲状腺の FFCHs は以前の報告と一 致して, 増殖活性を亢進し [73, 83] , がんへ進展する可能性が考えられる [3, 41, 73, 74] 。一方で, 膀胱, 前胃および腺胃の過形成病変では適切なマーカーが知られておら