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常磐松文庫蔵『宗安小歌集』(異本)一册 (調査報告3)

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Academic year: 2021

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本学常磐松文庫蔵﹃宗安小歌集﹄︵異本︶の全文を影印・翻刻する。﹃宗安小歌集﹂は、中世末期から近世初頭の間に流布した 小歌の集成として、昭和六年九月、笹野堅氏により同氏所蔵の巻子本が﹁室町時代小奇集﹄と題して影印・翻刻されたが、現在の ところその原本は所在不明である。この本は、久我有庵三体なる人物が、宗安老︵沙弥宗安︶なる人物の依頼によって序文を付 し、かつ奥書を加えたものであり、宗安はその小歌集の編者であることが、序及び奥耆の内容から確実視される。所収歌数は数え 方により二二○首又は二二一首とされ、書写年代については諸説があって一定しないが、室町末期以後江戸初期以前の間に想定す る立場が一般的といってよかろう。その成立・書写年代を厳密に限定できぬこともあって、﹁室町時代小牙集﹂は後に﹃宗安小歌 集﹄とも便宜的に別称され、後者の呼称が現在では一般化したが、本来は無題の書である。今仮に笹野氏の影印本﹁室町時代小吾 集﹂︵万葉閣刊︶を、笹野本と略称しよう。又、笹野本及び本学常磐松文庫本を包括する作品名として、﹃宗安小歌集﹄の名を用 ﹁宗安小歌集﹂の編者宗安や笹野本奥書に名の見える久我有庵についても、現在までのところ必ずしも一致した見解を見るにい たってはいないが、いずれにせよ本書が、﹁閑吟集﹂と﹁隆達小歌﹂との間にあって、小歌の過渡的形態を伝える好資料であるこ とに変りはあるまい。笹野本は浅野建二氏﹁室町時代小歌集﹄︵新註国文学叢書︶・北川忠彦氏﹁宗安小歌集私註︵上︶︵中︶︵下︶﹂ ︵﹁論究日本文学﹄第妬・訂・記号︶・小笠原恭子氏﹁﹁宗安小歌集﹄私解㈲目白﹂︵﹁武蔵大学人文学会雑誌﹂第八巻4号・九巻1 2号・十巻23号。未完︶等によって、関連歌謡との比較研究が推進されたが、原本自体の所在が不明であることや、異本の存在 いることとしよう。

調査報告三

常磐松文庫蔵﹃宗安小歌集﹄異本二冊

一はじめに

担当者品い

本幹夫

− 9 5

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本学常磐松文庫蔵。写本。一冊。縦加”・横剛”の美濃本。列帖装。地紋暦り出し紺色表紙。表紙裏打は金梨打地料紙。綴じ糸 緑。料紙鳥の子︵布目入り・一部色替り︶。全十七丁、うち墨付十二丁。冒頭にあそび紙一丁、墨付第皿丁の次に白紙一丁、末尾に あそび紙三丁。墨付第7丁裏は藍色で紗綾型模様が部分的に刷られ、同じく第4丁表・5丁裏︵一連の料紙片面の半折分︶は黄色 に彩色され、墨付第皿丁の次の白紙︵第皿丁として数える︶とそれと一連の最末のあそび紙とは、小豆色がかった色替り料紙であ る。虫損が多少あるが大体は補修済みである。題簑・外題・内題等はなく、奥書等もない。後補の峡︵鶯色布張り︶の上面左肩に ﹁宗安小歌集﹂と別筆で記した長形題筌がある。書式は、墨付第1丁表より第加丁裏まで、第加丁表を除き、一頁につき小歌一首 を散らし書きにし、第、丁表のみは何も書かれてはいない。全十九首で、うち墨付第7丁表裏の小歌が重複する。第皿丁に小豆色 の白紙一丁を置き、第哩丁表より第昭丁裏4行目まで、笹野本﹁宗安小歌集﹄序文の後半に相当する部分を、片面六行書きで記 す。全文一筆で、とくに小歌の分は散らし書きという視覚的効果をねらった書式をとるが、全体の印象としては、麗筆とはいいが たい癖の強い筆跡であり、崩し方や字形などにも無理な点が少なくない。書写者・伝来等は不明ながら、装丁や書風の印象から、 江戸前期以前の写本と見てさしつかえあるまい。墨付最終丁︵第昭丁裏︶の奥に、﹁常磐松文庫印﹂﹁実践女子大学図書館印﹂の縦 長の朱印二種を押す。前者の空欄に﹁七四一○この番号をも記入する。 該本は、笹野本﹁宗安小歌集﹂序文の後半に相当する文章を付載し、全十九首のすべてが笹野本所収歌謡と重複し、かつ、﹁宗 安小歌集﹄に独自とされる歌謡がその過半を占めるなどのことから、﹁宗安小歌集﹄の一異本であると断言できる。しかしながら 〃序″の位置と分量、及び各小歌の配列のあり方などは笹野本と大異し、又、笹野本との間に校合可能な程度の異文をも有する。 該本自体の誤写の例は稀れであり、錯簡や落丁の可能性も想定しがたい。これらのことは、該本が笹野本からの抄写本であるとの を影印・翻刻する。 の事情に鑑み、その存在はきわめて貴重である。以下、該本の書誌や笹野本との校異を示してその性格等を論じ、さらにその全文 稿に紹介する常磐松文庫蔵の異本は、笹野本の二二一首に対してわずかに十九首︵うち一首重出︶しか収めぬものではあるが、右 を聞かぬ孤本であったという事情のため、笹野本自体の性格把握においてすら、なお不明確な点が少なくないように思われる。本

二聿自垂恥

− 9 6 −

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常磐松文庫本の全文と、笹野本の当該個処との、草仮名字母の文字遣の相違を除く校異を掲げる。校異は常磐松文庫本l笹野 本という形で掲げ、通し番号を付す。小歌の部分はその全文と墨付丁数︵1オ・1ウなどと表記︶、該当する笹野本の歌番号︵本 稿第一章に掲げた浅野氏校注本による︶を示し、〃序″の部分は常磐松文庫本の丁数の承を掲げる。 ︻いと上名のたつ不破の関なむそ嵐のそょノ、と︼1オー副番歌 仙名’な②不破の関lふわのせき⑧なむそlなんそ *﹃宗安小歌集﹄に独自の歌謡。次歌とともに恋の浮名が主題。 ︻雲の上まて浪のはてまてとてもたつ名に︼1ウー姐番歌 書に独自の歌謡。 剛雲の上l雲のはて⑤浪のはてl波の底 ︻木ハた山路に行暮て月をふし見の草枕︼2オー犯番歌 ⑥木ハたl木幡いふし見Iふし承⑧草枕lくさまくら *小笠原氏は旅寝の歌とされつつも恋の気分のあることをも指摘される︵﹁私解﹂㈲︶。該本の場合、女のもとに通う男のイメー ジをもあえて重ねあわせれば、次歌と対になる構成かとも思われるが、一首の内容にはそこまでの具体性はない。 ︻なかj、の竹のませ垣ゆひそめてをりノ、人の恋しかるらむ︼2ウー配番歌 ⑨なかl、l中j、⑩ゆひlゆい⑪をりノ、lおりノ、⑫らむlらん *待つ恋を主題とする。以下の五首は本書独自の歌謡。 ︻夢ょj、あふとなゑせそ夢はさむるに︼3オー”番歌 想像を拒否するものであり、該本が﹃宗安小歌集﹄の研究上少なからざる価値を有することを示唆するのである。 ⑬あふI逢 *側⑤はどちらが原形とも即断はできないが、﹁立つ名﹂との関連からは、常磐松文庫本の形の方がよりふさわしい。これも本

三笹野本との校異

− 9 7 −

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*次歌とともに叶わぬ恋を主題とする。 ︻神も六借と覚す覧叶ぬ恋を祈れは︼3ウー2番歌 ⑭神もlかミ⑮六借とlむつかしく⑯覚す覧Iおほすらん⑰叶いlかなハぬ⑱祈れはlいのれは *⑭は常磐松文庫本・笹野本どちらでも意味は通るが、神ですら成就させがたい恋を歌ったものであるから、|神も﹂とある常 磐松文庫本の方に文脈上の整合性がある。⑮はどちらか一方が誤写かとも疑われるが、どちらが原形か判断不能。 ︻恨つくれはうらみなひ中もうら象らる坐恨つけしのうらj、染よの︼4ォ−6番歌 ⑲恨lうら象鋤なひlない伽恨つけしIうらミつけし *常磐松文庫本、﹁中﹂字を抹消上書。原文判読不能。以下三首は恋の恨みを主題とする小歌がならぶ。 ︻しの田のもりょうら承葛の葉︼4ウー肥番歌 鰯しの田lしのた⑬もりよ’森のい葛の葉lくすのは *伝承歌﹁恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信田の森の恨み葛の葉﹂の下旬と同型︵北川氏﹁私註﹂八上V︶。鋤の異文は笹野本が 和歌とまったく同型だが、常磐松文庫本の方に歌謡としての独自性を認め得る。どちらが本来の形かは判断不能。 ︻恨恋しやうらみし程はきし物を畠5オー創番歌 偽恋しやIこひしや㈱程lほと⑰きし物をl来しものを *恋の恨みの歌で、閨怨のイメージから次歌へと連想する構成か。 ︻月になきそるあの野に鹿かた些二長5ウー鴻番歌 *笹野本とまったく同型。本書独自の歌謡。妻恋いの歌として前歌と対照をなすとともに、後の二首とあわせて一人寝を主題と 鰯見てlミて鋤悌︲ *本書独自の歌謡。 田ものl物 する歌でもある。 ︻思ひきりしに又見てよの中j、っらきは人の悌︼6ウー詑番歌 画見てlミて⑩悌lおもかけ ︻ひとりねしものうやなふたりね寝初てうゃなひとりね︼6オー認番歌 − 9 8 −

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︻衣ノーのまくら︵枕︶にはらノーほろj、と別を慕ハ泪よのJ、︼7オ・ウー如番歌 ⑳まくら︵7丁裏の分は﹁枕﹂︶l枕勧慕ハーしたふ鋤泪lなみた *常磐松文庫本重出歌。笹野氏の翻刻以来、笹野本如番歌冒頭句を﹁むく︵椋︶の枕﹂とするが、﹁衣﹂字の草体を﹁む﹂、重点を ﹁く﹂と誤読したもので、常磐松文庫本を参照するまでもなく、﹁衣ノ、の枕﹂とするのが正しい。常磐松文庫本の本歌謡の重出 は、次章に詳述するごとく、該本がこの歌を重出させた系統の本の写しであることを示すものとは考えられず、該本書写者の誤記 と解すべきもののようである。一丁の表裏にそれがあることも、右の想定と矛盾しない。7オと7ウとでは、まくらl枕、永’耳、 本呂ノ、1本路j、、よ乃lよの、と文学遣が相違し、散らし書きの書式も大異する︵影印参照︶。右の想定をふまえる限り、親 本の文字遣に対する該本筆者の忠実さの程度を知る上での好資料たりうる事例といえ、又、散らし書きが該本筆者によって独自に とられた書式であったことをも示すものともみなしえよう。 類歌は﹃閑吟集﹄醜番歌などに見えるが、まったく同型の歌謡は他に見えない。⑫の異文は、﹁は﹂を伴なう常磐松文庫本が自 然であり、笹野本の誤脱とも考えられる。本歌は後朝の歌で、以下、閨怨の歌と後朝の歌とが数首ずつ置かれる。 ︻あはせけむひとこそうけれたきもの些独ふせこにくゆる思を︼8オー剖番歌 “けむ’けん㈲ひと1人駒たきものl焼もの ︻人の情のありし時なとひとりねをならハさるらむ軍9オー剥番歌 ⑳情lなさけ③ひとりねl独ね⑫らむlらう *⑫は、﹃閑吟集﹄剛番歌や﹃隆達小歌﹄所収の同型歌では﹁らん﹂とあり、常磐松文庫本の形が正統と考えうるが、この程度 の相異は実際の歌唱の上では容易に起こりうるであろう。むしろ小歌の流動の相が両本の比較から知られる一例とすべきか。 ろう。 歌﹄奉 ⑰松に垣ほl枩にかきほ⑬仮l所的狄Iか ︻松に垣ほの八重葎か上る仮にもすまる上狭湿8ウー妃番歌 *上句から判断してこれも荒れはてた空閨をかこつ歌であろう。田の異文、常磐松文庫本の﹁仮﹂では意味が通らず、一隆達小 歌﹄所収の継承歌にも﹁所﹂とある。﹁所﹂の草体を誤写したのが常磐松文庫本の﹁仮﹂であると思われ、笹野本の形が本来であ “けむ’けん㈲ひと1人駒たン一 *以下三首、閨怨の歌であろう。 − Q Q − J ゾ

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八喝ウV御璽長l天なかく“莚lむしろ鶴謡物lうたひもの駒絶’たふる勧なからむlなからん 八笹野本の象にあって常磐松文庫本にない序の前半V 千早振神代はもしのかすさたまらす/人の世となりて三そち一もしの奇にさためし/より此かた吾国の風俗として花になく鶯 /水にすむかはつまても計をなんさへつりあ/ヘリしかはあれと此道にたへさる人ハ六儀/十躰のすかたをわきまへす耳とを にき上しる/事もかたくそ有けるちかき比小吾とて乱/僻遊宴にたはふる上折ノ、伊せこまちか/うたのことはをかり白楽院 籍か句をいきて/はかせをつけうたひ物になしたげきものLふの/心をもやハらけをんあい恋慕の道のたより/ともし侍りけ る︵以下常磐松文庫本岨オ冒頭に接続する形︶ *笹野本に序として巻頭に記される一文の後半︵右に掲げた部分に接続︶のみを、常磐松文庫本では巻末に白紙一丁を隔てて付 載する形である。内容的には政文というよりは序と考えてしかるべきであり、やはり一巻の冒頭にあるのが正しい位置であろう。 ︻笹野本の序文との異同︼ 八吃オV働愛にlこ上に勧戸ほそlとほそ働閉てlとちて田小うたlこうた倒詠つ上lうたひつ坐⑬高きlたかき駒 ましわりlましハリ働賤きIいやしき鶴伴ひl友なひ田若lわかき 八吃ウV⑩云lいふ③古き新きIふるきあたらしき働小奇lこうた⑬付てlつけて“世ミーょ塁田翫lもてあそひ㈹ 疎かlをろか㈱至るlいたる田覚侍りしI覚えはへりし 八昭才V倒皆lミな⑩郭IほとLきす仙慕ゐIしたひ⑫鶯lうぐひす⑬谷の古巣lたにのふるす㈲はつ音l初音⑬心

地l心ち⑱望lのそミ㈲はな鳥lはなとり⑱顕しlあらハし㈲風其I風月の倒影lかけ例よってlよせて勧猶’な

を 飼扣てlひかへて倒斗 *本書に独自の歌謡。 ︻かへる後影を見むとしたれぱ霧かの朝きりか︼9ウー第調番歌 ㈱後影Iうしろかけ倒見むlミん㈱朝きりlあさきり *類歌は多いがまったくの同型歌は他にない。次歌とともに後朝の名残りが主題。 ︻袖を扣てまたよといへは涙にかきくれてとも角も︼蛆ウー鋤番歌 個扣てlひかへて㈲またよ’又ょ⑬涙l泪㈱とも角もlともかくも − 1 Ⅸ ) −

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吃ウ5行目﹁なつかしせられたる﹂は笹野本と共通し、従来は﹁なつかしう︵又は﹁く﹂︶せられたる﹂の誤写かと考えられて いた。筆勢上は確かにこうした誤脱のおこりやすい部分ではあるが、有庵がこの序文の執筆者でもあるからには、常雌松文庫本と 笹野本とが同一の親本にもとづき、しかもその親本こそが有庵自筆本であるという場合を除いては、両本の序文における誤写の共 通ということはおこりえぬ現象であろう。なお、常盤松文庫本が笹野本に直接もとづく抄写本ではないことは、今までの両本の異 同のあり方からみて明らかである。こうした異文のうち、1ウ側⑤、3ウ⑭⑮、4ウ⑬、7オウ鋤、9オ⑫は、両者が親子関係に はないことを示すばかりか、兄弟関係にすらないとの想像をも可能にする事例をも含むとの見方もできよう。一方、﹁なつかしせ られたる﹂を、﹁う﹂又は﹁く﹂の誤脱ではなく、﹁なつかしゑせられたる﹂の溌音便形﹁なつかしんぜられたる﹂から、溌音 表記の省略せられたものとの解釈も不可能ではあるまい。むしろ該部分の解釈としては、こちらの方がはるかに合理的であり、 ﹁う﹂又は﹁く﹂の誤脱とする立場はとらぬこととしたい。 過オ⑩例倒﹁風其影によって﹂は、該本独自の誤写と認めうる。すなわち、﹁風其﹂は、﹁風月﹂を﹁フゲッ︵シ入一己﹂と発音し たために﹁風玄﹂と表記した本文にもとづき、﹁風玄の﹂を﹁風其の﹂と誤読して﹁風其﹂と表記したものであろう。常盤松文庫 本の癖の強い筆跡や宛字の多用の例からすると、該本自体が﹁玄﹂のつもりで書いていることも考えられるが、そう読むのはやや 無理を感ずる。⑳﹁よって﹂は、㈲を﹁風其﹂と記したことに導かれての意改かも知れないが、該本に原文意改の明らかな例が他 にないことを考えあわせると、﹁よせて﹂の誤写又は﹁寄て﹂の誤読と象た方がよかろう。 * * * * 常盤松文庫本と笹野本の該本に重複する部分との異同のあり方は、異同の甚しい順に、大別して次の四種になる。 と考えてよかろう。仮名序よりの引用はとくに前掲の前半部分に顕著であり、後半の冒頭は﹁ここに桑門の戸ぽそを閉て﹂云々と 全体が﹃古今集﹂仮名序のパロディーとして首尾一貫していることからも、笹野本の序の位置と内容がその本来の形を伝えたもの あって、﹁ここに一人の桑門あり﹂で始まる﹁閑吟集﹄の仮名序の影響を見ることも可能であるが、それだけでは、例えば本書序 文の前半と後半とが本来は別個の文章であったなどといった想像をなすことはできまい。和歌の起源←小歌の起源←宗安の紹介と 宗安小歌節の隆盛←小歌の長久ならんことの祝言、と﹁古今集﹄仮名序の構想を全体にふまえた一貫性のある笹野本の序に対し、 後半に相当する部分の象の常盤松文庫本の〃序″は、首尾対応しない中途半端な内容であり、後半の桑を抄写した付録的なものと 考えてよかろう。 − 1 0 1 −

(8)

Aについては、笹野本との異同自体からはとくに注意すべき特徴的事例を指摘することができない。しかしながら、第7丁の重 出歌相互の使用字母・書式の相違︵既述︶や、Bで後述する該本の文字遣の特色との関連から、該本がその親本の文字遣や書式を 無視して、独自の立場から字母を選択し、書式を決定したであろうことが想像される。つまり書写者は意図的に散らし書き形式を とり、自由な文字遣で親本を書写したのであろうと思われる。 Bについては、笹野本では仮名書きになっている部分を該本では漢字を用いる例が圧倒的に多い。過オ⑩の﹁郭﹂は﹁烏﹂の字 を誤脱した可能性すら考えうるし、過ウ鰯の﹁負長﹂を天ナガクと訓ませるのもかなり無理である。過ォ⑬﹁風其﹂が﹁風玄﹂の つもりで書いたものとすれば、やはり不相応な宛字の例となろう。3ウ⑮コハ借﹂、、ウ㈹﹁扣て﹂、皿オ“﹁詠つ上﹂なども、該 本が宛字や異体字を好み用いることを示す例である。その大半は必ずしも特殊な用字とはいえないが、散らし書きという草仮名に より相応するであろうような書式をとることに反して、好んで漢字を用いるのが、該本の用字法の特色と考えてよかろう。断言は できないが、こうした傾向は該本の書写者の好みを反映している可能性が強いように思われる。 Cについては、特色といえるほどの事例はなく、親本にどこまで忠実であるのかも判断できない。 Dについては、該本独自の誤写はあるものの、明らかな意改の形跡は皆無と象なしてよかろう。文字遣についてはかなりの改変 を加えながらも、本文自体はその親本のままに書写していると考えておくp語句に関する異文のすべてが笹野本の誤写を補訂しう る類いのものではないにせよ、﹃宗安小歌集﹄伝承の過程における小歌の流動の相について、かなり具体的な材料のいくつかを、 該本が提供できるのではなかろうか。笹野本との系統関係は次章に述べるが、Dに分類さるべき異文の数々を見ただけでも、該本 が笹野本からの抄写本でないことも確実視されよう。 常盤松文庫本﹃宗安小歌集﹄十九首は、うち一首が重出し、かつその配列は笹野本のそれと大異する独自の構成を備えたもので あった。すなわち、笹野本二二一首の前半四分の一にあたる第2番歌以下第副番歌までの中の十八首と、該本の十九首とが共通す るわけである。又、序文の後半の承が巻末に付載されるという不雰な形式をもあわせ持っていた。該本は、いかなる形態の本から

A草仮名の字

B漢字・仮名

C音韻表記上

,語句の異同

Aについては、 漢字・仮名の使い分けの異同 音韻表記上の仮名遣の異同 草仮名の字母の異同 −102−

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︻笹野本について︼ 笹野本は、自ら序文を執筆して宗安に与えた久我有庵が、序文以下二二一首の小歌を書写し、さらに奥書を加えた、いわば再写 本系統の本文である。序以下奥書にいたるまでの全文が、影印によれば同筆と認めうるし、紙継ぎ部分にも本文が書かれ、奥書に 署名と花押とを記す笹野本が、有庵自筆の浄書本であることは、ほとんど動かしがたいようにも見える。しかしながら、有庵自筆 の浄書本であるにしては、笹野本には不雰な誤写が多くあるようである。弱番歌の見せ消ちや剛番歌の誤写の訂正︵墨色が異なる が本文と同筆のようにも思われる︶はとくに不審とはいえぬかも知れぬが、M番歌は誤写の可能性が強い︵北川氏﹁私註﹂八下V︶ にもかかわらず何らの訂正もなされておらず、又、妬番歌 あちき花のもとに君としっと里手枕入て月をなかみようなおもひハあらし の﹁あちき﹂は﹁あはれ﹂︵安ハ連・安者連︶の誤写であることが確実である。川番歌の﹁なょなまくらうなょまくら﹂の﹁う﹂ も、先行の﹁閑吟集﹂刷番歌のごとく﹁よ﹂とあったのが誤写されたことが考えられぬこともない。叫番歌﹁おれハ明年十四にな るしにかせうすらうあちきなや﹂云々とある部分は、浅野氏注のごとく﹁十四﹂から﹁死﹂を連想したものと解しても、﹁か﹂ ︵力︶の補入は不審であり、﹁に﹂と﹁せ﹂の間に文字︵例えば﹁も﹂など︶を補入しようとしてそのままに放置されたものとも 考えられよう。如番歌で﹁したふ﹂の次に﹁は﹂を脱した可能性や、常磐松文庫本とのその他の重複歌の一部に、笹野本の誤写を 正しうる事例もあることは、前章に既述した。 以上の例は、浄書本である笹野本に必ずしも全幅の信頼を置きがたいことの事例であるが、小歌集に序を付すほどに編者と踞懇 で、小歌に無知又は無関心ではなかったろう人物が、自ら﹁騎竹の年に与へんが為﹂︵笹野本有庵奥書︶にその小歌集を写すに際 しての誤写にしては、やや不審ではある。判読不能な点は宗安自身にただしうる立場にあったであろうし、﹁あはれ﹂を﹁あち き﹂とするような機械的な誤写の生ずる可能性は、皆無とはいえぬもののそれ程多くはないのではなかろうか。すなわち、断言は できぬものの、笹野本が有庵自筆の本ではなく、有庵の署名・花押までを摸したその転写本である可能性も、念頭に置くべきでは の写しなのであろうか。又、それは笹野本といかなる関係にあるのであろうか。

四常磐松文庫本の性格

− 1 0 3 −

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ところで、常磐松文庫本所収の十幸 構成を再見すると次のごとくである。 常磐松文庫本﹁宗安小歌集﹄墨付第7丁に笹野本如番歌の歌謡が重出することの意味を考察する。笹野本にも鯛番歌と加番歌、 M番歌と棚番歌の二例の重出があるから、常磐松文庫本が笹野本如番歌に相当する歌謡を重出する系統の本からの写しである場合 と、常磐松文庫本独自の重出である場合との両様が考えられるが、重出歌をあえて抄出するとは思えず後者の可能性がより強い。 常磐松文庫本の製本の仕方をみるに、冒頭のあそび紙と墨付第9丁とが一枚の料紙の半折で、以下第1丁と第8丁、第2丁と第 7丁、第3丁と第6丁、第4丁と第5丁の各丁が一枚の料紙の半折として前半の一帖を構成する。後半の一帖は、白丁である第n 丁と最末のあそび紙とが小豆色料紙の半折、第哩丁と巻末のあそび紙第2丁、第過丁とあそび紙第1丁とが、それぞれ一枚の料紙 の半折である。ところが第n丁の前に、半分に裁断された第、丁が貼付され︵裏表紙綴じ代にのり付け︶、都合全Ⅳ丁、墨付第1 丁から第加丁までのうち第、丁表を除く各頁に小歌一首が書かれ、小豆色の白丁を隔てて第姐・過丁に序の後半が書かれている。 この装丁から考えて、墨付第皿丁の存在はいかにも余計であり、その原因は第7丁両面における小歌の重出にあるのではないかと 思われる。すなわち前半の帖の冒頭をあそび紙とし、以下九丁に十八首を写して一まとまりとなし、後半の帖の冒頭に色替り料紙 の白丁を置き、序文の象で一まとまりとなすはずであったのが、誤まって第7丁裏に表と同じ小歌を書き、全体の構成に支障をき たさぬ形で料紙の不足を補うべく、墨付第9丁の後、第n丁の前に半切した料紙を貼付して第加丁とし、第四首目︵実は岨首目︶ を写したのであろう。第岨首目が第加丁表を白紙のままに裏頁に記されたのは、次丁見開き両面が白紙になってしまうことを避け た措置と考えられ、それは又、常磐松文庫本が十八首の象を抄録することを目的として書写された本であることI換言すれば、 該本の親本がすでに十八首の抄出本であったこと︵親本に重出歌を想定するのは両本が同形態の場合を除き不自然︶をも示唆して いよう。十九首以上を収める本を底本としていれば、第加丁表が白紙のまま放置されることはなかったであろうからである。 ところで、常磐松文庫本所収の十九首は、前章に略記したごとく、ある特定の主題ごとに構成されていた。該本の配列順にその 常磐松文庫本﹁宗安小歌集﹄墨伴 ︻常磐松文庫本の形態上の問題点︼ あるまいか。右の考え方を証拠立一 恋の浮名︵1オⅡ砲、1ウⅡ妃︶・旅寝︵2オⅡ蛇︶と待つ恋︵2ウⅡ妬︶・叶わぬ恋︵3オⅡ”、3ウⅡ2︶・恋の恨象︵4 オⅡ6,4ウⅡ肥、5オⅡ皿︶・一人寝︵5ウⅡ記、6オⅡ錫、6ウⅡ調︶・後朝︵7オⅡ鉛、7ウⅡ伽︶・閨怨︵8オⅡ証、 8ウⅡ蛆、9オⅡ弘︶・後朝︵9ウⅡ羽、、ウⅡ釦︶ 右の考え方を証拠立てるべき材料を他に確認しえたわけではないので、 ここに一応の問題提起をするにとどめたい。 − 1 0 4 −

(11)

常盤松文庫本﹃宗安小歌集﹂が、いかなる形態の祖本からの、いかなる抄出の仕方をした本にもとづくのかにつき、考察する。 常盤松文庫本の親本の性格については、基本的には次の両様が考えられる。 ︹I︺笹野本とほぼ同規模・同配列の別本からの窓意的な抄出本である場合。 ︹Ⅱ︺笹野本とは規模・構成の異なる祖本からの窓意的な抄出又は断簡。 該本の重出歌を除く十八首の中の九首が、笹野本では互いに連続しない位置にあること、十八首の選択基準に一貫したものが認め られぬこと、序の後半の染が、巻頭ではなく巻末に記されること、所収歌数の少ないことなどが、︹Ⅱ︺の、とくに断簡の写しが常 盤松文庫本の親本であるとする想定を支持するかに見える。しかしながら、右の十八首のすべてが笹野本の前半四分の一に相当す る部分の中に存在しており、。ハラバラの第2.6.肥・虹番歌や記・伽・蛇・妃・副番歌以外の九首は、笹野本では第妬l誕番歌 の九首に一致することから、常盤松文庫本の祖本が笹野本とその構成の大異する本であったと考えるのは無理であろう。笹野本と 同じ構成の祖本を想定する場合には、番号の連続しない九首の存在から、錯簡や断簡の可能性を考えるわけにはいくまい。もと色 紙形に書かれたものの一部などと考えるには、序文の存在が障害となろう。序文の位置とその分量とは、常盤松文庫本の親本に落 丁又は錯簡等のあったことを示すかに見えるが、→一’九首という小歌の総数からは、冒頭よりも巻末に置いた方が均衡がとれるであ るはずであったのが、誤写による重出の結果、このような構成となったものであろう。 ゑる︶の間に後朝の歌一首が重出するが、恋の恨み以降三首ずつ一まとまりとするつもりで、一人寝六首の間に後朝三首を配置す のないように配慮されてもいる︵第皿丁オの白頁はこれとも関連するかも知れない︶・後半で、一人寝の歌六首︵閨怨も一人寝と すなわち、比較的まとまった主題ごとにはじめは二首ずつ各丁の表裏に記す形式を基本とし、同題の歌が見開き両面にならぶこと しかしながら、前半六首分が二首ずつ、後半十二首分が三首ずつという配列は、旅寝と待つ恋がはたして対をなしうるのか否 か、一人寝と閨怨との各歌相互に主題上の本質的相違があるのか否か、等々の疑問を起こさせる便宜的印象の強い構成であり、こ れらの歌が本来こうした構成の下に配列されていたとは必ずしも信じがたいようである。もともと十八首しかないバラ琴ハラの歌群 を強引に主題別に再構成しようとした無理が、旅寝の歌と待つ恋とを結びつけるなどの結果を招来したのではなかろうか。誤写に よる重出が十八首の配列のあり方に若干の変化をもたらしたらしいこと、それが該本の製本のあり方とも一体の関係にあるらしい ことなども、この小歌の構成が該本書写者独自の工夫によるものであることを示すものといえよう。 ことなども、この小歌︵ ︻常盤松文庫本の祖本︼ 常盤松文庫本﹃宗安心 −105−

(12)

常盤松文庫本は所収歌数が少なく、したがって笹野本との具体的な系統関係を想定することは困難である。両本の異同が一方が 他方の誤写を訂正しうるものばかりではなく、当時の小歌の流動の反映とも考えうるものをも含んでいること、そうした異同が両 本が成立する以前の段階で生じたものであるらしいこと等々から、両本は、規模や構成をほぼ同じくする二種の祖本をそれぞれに 書写した別系本ということになるであろうが、それらの原本はすでに序文を備えたものであったはずであり、結局は同一の原本か ら派生した両系統の祖本の一方又は双方が、書写の過程で当時の流行歌謡の実情に応じて部分的に改変を加えたか、又は単純な誤 写を重ねたかして異文を生じたものなのであろう。いずれにせよ、常雛松文庫本は笹野本に直接もとづく転写本ではないだけに、 ﹃宗安小歌集﹄の現存唯一の完本たる笹野本を補訂し得るのみならず、笹野本の性格を考える上でも重要な材料を提供する可能性 をも備えた新資料であることが、確信されるのである。 1オ︶の順にならべていたのであろう 常盤松文庫本は所収歌数が少なく、したがって笹野本との具体的な系統関係を想定することは困難である。 他方の誤写を訂正しうるものばかりではなく、当時の小歌の流動の反映とも考えうるものをも含んでいるこ祉 本が成立する以前の段階で生じたものであるらしいこと等々から、両本は、規模や構成をほぼ同じくする一二 彗享し上刊系本ということになるであろうが、それらの原本はすでに序文を備えたものであったはずであり、 番歌︵該本では3ウ・4オ・4ウ・5オ・2ウ・3オ・5ウ・9ウ.、ウ・8オ・2オ・6ォ・9ォ・6ゥ・7ォ・1ゥ・8ゥ. されたと考える他はあるまい。その親本自体は、十八首を笹野本の配列に準じた、2.6・肥・型・妬I弧・錨・鉛・蛇・妃・副 現段階では、︹I︺のごとく笹野本とほぼ同規模・同配列の祖本︵別本︶からの窓意的な抄写本を親本として、常盤松文庫本が書写 い。該本の序が本来の形‘からの脱落か抄写か、又、何故この十一ハ首のみを抄出したのかといつ、た未解決の問題は残るのであるが、 であった︵従って親本には序文が完備していた︶のを、何らかの事情により後半のみを写すにとどめた場合すら想定不可能ではな ろうし、又、最末の色替りのあそび紙一丁の他になお二丁の余日を序の後に残す該本の体裁からは、本来は序の全体を写すつもり 再凡例︼ 一、本学常盤松文庫蔵﹃宗安小歌集﹄の全文を影印・翻刻する。上段に影印、下段にそれに対応する翻刻を収める。 一、影印にあたり、白紙の分はこれをすべて省略する。省略したのは冒頭のあそび紙・第加丁表・第n丁・巻末のあそび紙二一丁の 一、丁数は墨付第1丁より起算し、白紙の第n丁をも数えて第里jまでとする。各丁数は1オ・1ウなどの形で表裏の別を注し、 影印にあたり、︷ 計四丁半である。 の順にならべていたのであろう。

五影印と翻刻

−106−

(13)

一、翻刻にあたり、字配り等は原本に準じ、句読点・濁点等は一切加えていない。 一、文字遣は、偕書体の変体仮名は草書体のそれに準じて通行の平仮名に改め、漢字の異体字は﹁妄﹂二采﹂の二例を﹁髪﹂﹁桑﹂ と改めた他は原文のままとし、その他の漢字は新字体に統一した。 言明らかな誤写と認めうる部分の象につき、翻刻本文の右側に︵ママ︶と傍注した。

翻刻部分の下に記す。 膨一 .・・︾一・・︾一.討舗︾一一琢脚認一識錘 郷知識録鐸

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今に至るまてか、るため

こきいにしへより疎かなる

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をも伴ひ若にもなつ

賤きにもむつひ老たる

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ひとり酒をたのしみ小うたを

麦に桑門の戸ほそを閉て

︵ママ︶

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ほしさにと慕ゐ鶯の

聞人皆郭の一こゑのきかま

︵ママ︶

烏の色音を顕し風其

影によって猶すゑの世まて

(13 ウ) (13 オ) 118

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