1
ド
イ
ッ文 学
に
お
け
る
「
人 間 」 観
の変 革 (
2
)
一
ル イー
ゼ・
オ ッ トー ・
ペー
ター
ス の場合
田
村 光 彰
Die
veranderung
des
Beri
任sdes
“Mensch6n
”in
der
.
deutscheh
Literatur
(
2
)
−
Im
Fall
vonLuise
O
もto.
Peters
Mitsuaki
Tamura
序 章 ル イー
ゼ・
オ ッ ト』
一・
ペー
ター
ス第
一
章厂人 間」
観
の変革を めざして団
18世 紀 まで の 「人 間 」 観
,
ル ソー,
ゲー
テ,
シ ラー
の 「人間 」・
観 古 典 主 義の 「人 間 」 観へ のプロ テス ト古 典 主 義 まで の 「人 間 」 観
ζ
自立の思 想の歩み圍
両 性に平 等の文 学 研 究を.
(以上先 号 )第ヒ章
.
ル イー
ゼ・
オッh − ・
ペー
ター
ズの作 品r
女 性の国 政 参 加』匠]
は じめ に匳
]
作 品の概観團
作品OP
検 討 政 治 宗 教 女 性の文 学の受容 暑 ル イー
ゼ・
ア ス トンとル イー
ゼ・
オ ッ トー・
ペー
ター
ス 教育へ の提案 (1
)上流 階級へ 教育へ の提 案 {2
)下 層 階 級へ匿]
お わりに一
T−
「人 間 」 観の変 革 (以上 本号)第
二章
.
ル イー
ゼ・
オ ッ トー ・
ペー
ター
ス の作
品 『女 性の 国政 参加
』口
は じめに序
章
で ふ れ たように,1843
年 秋,
『ザ クセ ン祖 国 新 聞』 はロー
ベ ル ト・
ブルー
ムRobert
BIUm
によ る記事
厂女性
の国 政参
加」を掲 載 した。
こ こ にはル イー
ゼ・
オッ トー ・
ペー
ター
スLuise
NII-Electronic Library Service 2
田
村 光
彰 {1)
・
Otto − Peters
に と?て,
「今 だ 言 わ れたことのな か っ た衝 撃 的な テー
マ が表 現 さ れて い た 。」3
年
前の感 動をもとに,1846
年,
同 じタイ トル でル イー
ゼ・
オ ッ トー ・
ペー
ター
ス に よ る 「女
性の国 政 参 加』 が出版された。こ の
論文
は,序文 ,
第一
章,第
二章,
あと がきの四部
か ら成
立して いる。序文
では第
一
に,
彼 女 がブルー
ムの筆になる記 事 を 読んだときの心の躍 動 と,
これ を 公 けに発 表 することがいかに (2) 困難
か が 述べ られて い る。 「親 しい 仲 間た ちの 間で もつ い ぞ口 に出
す 勇気
が な か っ た もの 」を これ から書こ うと決心する。 第二 に,
女 性だ け が国 政 参加 を妨 げられて い る の は 「人倫に反 し」 (3} C4[ unsittlich,
「自 然に反 して いる」。 ところで,
時 代 は 下っ て,1918
年、
ようや く実 現 した女 性 の参
政 権は,
国 家 社 会 主 義に よっ て さげす
ま れ る。 ナ チス に よ れ ば,
女性
は国家
の主体
を構成
する役 割 を もつ べ き もので は なく,
国 家に奉 仕 する子 を産 む 機 能にお と しめ られた。r
国 家 社 会主義 入 門』け
女 性の務め を次のよ うに規
定 し た。
「 ドイッ の 婦人
たちは,第
一
に妻
で あ り,
母 たること を 望ん でいる。 (略 ) 彼女
た ちには,
工場へ の,事
務所へ の憧 れ はない し,
議 会へ の欲
望 もなU
・ 。 和 や かな家 庭,愛す
る夫 ,
そ して たくさ んの幸
せ な子供
た ち が彼女
7c
ちの 心の (5) そばに い る。」 こうした男 性一
議会,
女 性=
家庭 という性 別 役 割 分 担は,
ル イー
ゼ に とっ て人倫 に背 き,
人 間性に反 するもの であっ た。 第三に,
この 序来
には 彼 女が当 時r
ザ クセ ン祖 国新
聞
』ズ
に書
い て い た他の記事に対 する女 性 読 者か らの反響
が 記 さ れ ている。
「書 くこ とに躊 躇 してい た他の女 性たちは,
私に手 紙を くれ た。 こ の ように して、
私は自分の見解
が他
の女性
たちと は 〔6]私
が 思っ てい た ほどは決
してか け離
れていない こと を 知っ た。」こう した 読 者 か らの共 感に も 基 づ いて.
こ の論文 は 成 立 し た もの と 思 わ れ る。
女性の 国 政 参加 が義 務で あ る との主張を ふ ま えて,
第 四にこ の主 張を具 体 的に行 為に移
さ なけれぼな らない と 訴え る。 「今
や この 主張
を 確 認する こ と が大酪
ので
は な く・
これ }こた だ 生命の息吹を駅
るこ と・
これを 実現する こと が 問われて い るのだ」圍
作 品の概観各
章
の検討
に入る前
に二 つ の章
の概
観 を して おこ う6
第一
章
は 内容 か ら判
断 して 二つ の 部 分に分 け られる。 初め
め
部 分では,
近年
増 加 して きた
女 性の政 治 参 加の実例
が 述べ られ ている。世 間 も女 性たち か ら政 治 参 加へ の機 会を以 前よりは奪 わな くなっ て いる。 そ して
女性
た ちもすす
んで それを逃 さな くなっ て き た。
例
えば、 女性が ザ クセ ン邦
に おい て 「議 会の審 議 を傍 聴 して 〔Bl 【7}い る」 事 実。 女 性 同 盟 が 多 数 創 ら
鈴
,
「カ トリ、
ッ クを支
援 して い る」とい う指摘。
シ ュ レー
スヴィ ヒ
,
ホルシ ュ タ イ ン両
公国
の帰属
を め ぐる独
立運動
に む け て,
バー
デ ン邦
の女 性 た ちが寄せ た署 名。
.
ライプツィ ヒや ザクセ ン邦の議 員 集 会,
政 治 的 祭 典へ の 女 性た ちの出席
。 女性作
家たちが
宗
教や社
会問
題 を叙
述の対象
にして い る事 実。 これ らは数 年 前ま
で は全く
生じない現象
で
あ
っ た。何故
か。後半
の部分
はこれに解 答 を与え る構
成 となっ て い る。 その理 由 は,
ナ ポレオ ンに対 する闘い の中で は確 かに目覚めて いた ドイツの 自 由な精
神
が,
その後 眠 り込 ん で しまっ・
{9}た が
,
今や はっ き りと 「墓 場か ら蘇
っ て 」 き た か らであ る。
「花
期
を告
げる聖な る春の 息吹
き’
はド イツめ国中
を お お う撃
ようic
なっ た か らで あ る。 こ こ には三月 革 命 前の自 由の発 展が詩 的に語 られて い る。 では何が
,
1
男 性の,
では な く.
女 性の 「自 由な精神
」を目覚め さ せ たのか。
彼 女に よれ ば,
それ は第一
に,
ヘ ル ヴェー
グ,
フ ライ リヒ ラー
トらの政 治 詩で あり,
第二 に はシ = レ
ー
ジ ェ ン地方
に広がっ た ド イツ・
カ ト リッ ク内の改革
運 動で ある。第
三 は時 事 問 題を扱152
N工 工一
Eleotronio Libraryド イ ツ文 学にお ける 「人間 」観の変 革 (2)
3
う小説
を女性
たちが書
き,社
会 問 題に ふれる作 品 が 女 性ゐ
手で創 られ た き たことであ
る。第二章は 三 つ の部 分か ら成立 してい る。
そ
の第一
は,
今や時 代が力 強 く叫ぶ ようにな り,
新 しい生命
が女 性を も活 動 的 な領 域へ と 誘っ て はいるが,
依然 と して 旧態 然た る状
況 が社
会の隅々 までを お おっ て い る現実
に ふれ る。すな
わ ち, ドイツ の 女 性たちは 四 六時 中 両 親の監 督 下にあ り,
両 親の考
え と は 別 の考えを もとうと は せず ,
両 親の言 葉を く り返 す。 嫁い では夫の言葉
を その ま まに言
う オー
ム にな っ て しまっ て い る。 こう した 没個性
,非 自
立性
をう みだす
元 兇は何
か。
第二IC,
こ の原 因 が貧 困な女 子 教育
にあると彼 女は考え る。
小 手 先の技 術や知 識の つ め 込 み を目標
とするの では な く,
もっ と より普
遍 的な ものを教
え,
思考を養
うこと だ とい う。 ゲレー
ル ト,
ゲー
テ,
シラー
が嫌っ た 理性 〔紀 要 先 号 参 照 〕 を もっ た人 間 と して育て る よう訴え る。
こう した教 育 方針に則っ て,
第三 に具体
的 な案を提出
して い る。
その第一
は世 界 史を特に教え ること,
第二 に私塾や 日曜 学 校の設 立,
第三に上 流 階 級の娘たち だ けでは な く,
下 層 階 級め娘 た ち に も教 育を 与 え るべ きであ る,
と。 Ul)あ とが きでは 「
自
由を 求 め る者 はすべ て互いを高めあい,
互いを発 展 させ な けれ ば な らない」 が ゆ え に,
一
方の 性が他 方の 性の自
由 な 発 展 を押えてい る現実
は変
えて い か な け ればな ら ない,
と論 文を し め くくっ て い る。
團
作 品の 検討 二 つ の章
の全体
を概
観 し終
え た ところで,次
に各章
を詳 細に検
討してみ よう。
政
治第
一
章
で は,初
めに政治詩
die
politische
Poesie
}こよ る時代精神
の覚醒 ,女 性
の時
事
問 題へ の関心の喚 起に感 謝レ
て,
彼 女は次のように書い て い る 。 「あ りが とう,
あな た方,
詩 人 たち。 あな た方は民 衆が眠 りか ら醒め る ように歌おうと し た。 その歌 声によっ て,
現 実に女た ちは眠
りか らさめている !」更
に授業
の教 材に ふれ る。 政治
が新
聞に載っ て くると むず
か し く,
女 性には わ からない 。 詩の翼に乗 っ て くる政 治な らば 理解 しやすい 。 地理 が紀 行 文 学をテ キス 面 トに とりあげるこ とによっ て 「学 校の,
退 屈な授 業」 に陥 入る ことを 避 けて い る ように,
政 治 は詩を通して学 校教育
の場
で もとりあげ
るべ きである とい う。紀要先
号 〔9
頁
〕で言
及 したよう に,
フ ッ クス,
ル ソー,
ゲー
テ,
シ ラー
のような巨 匠 た ちが作 りあげ,
規 範 化して き た男 =
理 性,
女=
感情
という図
式 が ま か り通 り,
人 閤= 男 性 とい う意 識 的,
無 意識
的 通 念 が 堅 固にそび え たつ のは,
政 治へ の無 関心 に も原 因が あ る とい うこ と に な る。彼
女は政 治 詩に よ る役割分 担 の図 式や社 会 通 念へ の批 判 を 主 張 し,
理 性へ の 目 ざめを
説 く。 「子 供の 時 か ら女 性 を か 弱い も の に,
頼 り ない もの に,
お とな・
しい もの に の み育
て て きた。 (略 ) (女 性は) 感 情の甘 や かな 発 露よりも強し〕もの をよ しと する,
真に女 性の性 質に 目覚めて い る。」 宗 教次に彼 女の
賞
讃は,19
世 紀に復 興・
隆 盛 期を迎え た ド イ・
ツ・
カ トリッ クにむ け られ るg こ の 「新
しい宗教
改 革」 は神の前で の 司 祭と平信徒 ,
学 者と一
般
の人,
そ して 男性 と女 性の精 神 上 の平 等とい う合 言 葉を与え た。」 彼 女に依 れ ば, 従来
の 改 革運動
は 重箱の ス ミをつ つ くような 教義
問答
に終始
し,結
局は教会 内
の論 争や改革
に収斂
して きた。 これに対 して,
こ の改革
運動
NII-Electronic Library Service 4 田 村 光 彰 聞 は教 義 を 独 占 して い た教 会 か らの 「宗 教の解 放 」で ある という。 女 性の第
一
の特
徴を 「自 由な 心の欲求
」 に従 う性 質であ る と考え る彼
女 に とっ て は,宗教
と はこれを 助け るもので なけ れ ば な らない。 これ まで の教会
は,
こ う した欲求
を抑
圧 してきた と と らえ る彼 女 は,今
ま さに蘇 生 し た宗 教改革
を 通 して,
教会 に よっ て タ ガ を は め られ て き た 心 と感 情の 解 放 を得よう とする。 ザ ク セ ンの説教
壇から呼び かけたヨ ハ ネス・
ロ ンゲ神
父め
言葉
を彼
女は引 用し てい る。 「宗 教改革
の 精 神は目覚
め た。祖
国 ドイツ のす
みず
み に ま で みず
みず
しく蘇っ た。 老い た る者 は今や突 如 青 春 の覇 気に満 ち溢れ,
真理の た めに精 神の 刃 を高く か ざすこ と がで き るの は 何故
か。 老 い も若き も 女 性も目を 見 開 き,
国 民の現 状 を 凝 視し,
歴 史の闘い に参 加せ よと呼び かけるのは何故
か。彼
女 らもわ れ わ れに歩み よ りこ う言っ た,
r
私 た ち も あなた 方の 活 動に参 加 したい 。 私 た ちも
あ な たx
N
h
N
h
h
h 方に連
帯
し たい !』ぜひ そ うし よ う 【女性
もま た 独自
の方 法で,
こ の聖 な る活 動に共に建 設の 手を かす尺
き
七
ある
。 退い ては な らない。 民 衆と祖 国と神 聖な人 権を守ることが大
切なこの今
魅
女 性の文 学の受 容続
く部分
はル ィー
ゼ・
オ ッ トー ・
ペー
ター
ス が 同時 代の女 性 文 学 者をい かに とらえて い たか を 示 して い る。
政 治 詩,宗
教を と りあ げて き た 彼 女は再 び来
学 をテー
マ にする 。 端 緒は,
小 説’
]
を 書 くこと が彼
女た ち にとっ て はむ ずか しい こ とで は ない,
という主 張である。 理 由 は,
小 説 を書く上で,
最 も 重 要 な条件 を 女 性 は古 来より求め て きた か ら で あ るという・
。 条 件 とは(1
)人 間 をよ く知っ て いる こ と人 間の心の
奥
底にある知 られていない部分
を 知っ てい ることである。 次の主張は,
二 年 前まではベ ッ ティー
ナのK6nigsbuch
が唯一
の 例 外で,
他は時 事 問 題に無 関 心 な 女 性の作
品が ほとん どであ り,
こ う した作 品は結 婚 を して いる女 性の立 場の み を問題 に し て い た とい う。 「時 事 問 題に関心を もつ とい うこと は自分
た ちの価値
が下
っ て しまう 」 と思い こん でい る よ うであ る と。だ が
,
二年 後の1846
年 現 在,
イー
ダ・
フォ ン・
デュー
リン グス フェ ル トIda
vonDtiringsfeld
が 「我 が 教 会の歌」等によっ て改 革 運 動へ の参 加 を 示 し
,
フ ラ ウ・
フ ォ ン・
バ ッ ハ ラ ッ ハ トFrau
vonBacheracht
は 『ハ イ ン リヒ・
ブル クハ ル ト』の中に社
会 的な問 題 をとり入 れ た。
「女性の隷 属と自 由』 で イー
ダ・
ブ リッ クIda
Frick
は女性
の 教 育 と教 養が これ までなおざ なりにされてきた事 実を指 摘 して い る。 ドイツ カ ト リッ ク婦人同盟の代 表 者は、
雑 誌r
改 革』 を出
版し,
1
女性
と新
しい宗教
運動
の立 場 か ら社 会 問 題 を と りあ げた。これ らに続 けて彼 女が と りあ げるのは
,1845
年 に娘一
人 を 連 れて,
夫と別 れてベ ル リンに移 り,
後に プロ イセ ン邦に とっ て危 険 人 物であ る と して ベ ル リンを追わ れ たル イー
ゼ・
アス トンLouise
Aston
である。 彼 女 は(1
)男 性の協 会 を 訪 れた こと(2
)婦 人 解 放を め ざすサー
クル を創っ たこ と神
を信じ な かっ たこと{
4
〕
ゴッ トシ ャ ル の詩 ,
『マ ドンナ とマ グ ダレr
ナ 』が彼
女に捧 げ られたこと等 を理由 と して,
首 都ベ ル リンで の滞 在 許 可 証の延 長が認め られ な か っ た。 ル イー
ゼ・
オ ッ トー ・
ペー
ター
ス は,自
分がア ス トン と 「同じ目 的 をめざして い る」 女 性で ある と み・
な さ れ たくは ない の で,
首 都ベ ル リンを 追放さ れ たこの女 性につ いて何 ら かの説明をせざるをえ ない と前 置 き して,
以 下の 論 評 を 行 っ て い る。 第一
に、
確かに彼 女の行 動に同情
はす
る。 とい うの も,
その行 動は ドイツ の女性
た ち にの しか かっ て いる抑
圧に原 因があるか らで ある。 だ が,
第二 に,
ア ス トンは 「ドイッの女 性たちが求めて い る地 位 向 上へ の努
力の敵
対者
」 で あ る , と。 こうし た判 断の根 拠は何か。 その一
つ を,偶然
の事情
でア ス トン家の家庭
の様 子 を 熟 知 して い154
N工 工一
Eledtronio Libraryド イツ文 学に おけ る 「人 間 」 観の変 革 (2) 5 たエ ル ン ス ト
・
ライルErnst
Reil
の書・
いた 『ラテル ネ 』 か ら引用 し,
三点
にわ けて掲 げてい る。 これによ れ圃1
)ア ス トンは 並 みの教育
し か受 けてい ない 。 誤っ た概 念の 使い方。 これに よっ て 「眉態 をふ りま き,
もてはや さ れ な が ら,
なる ほ ど彼 女の 同志たちは確かに ひきつ ける、
、
一
鵬} こ と が可 能 か も しれない が,
理性 〔傍 点田村 〕 を もっ た男 性 を 決 して 魅了 しは しない。
」(3
}ア ス トンは人々 の話
題は
何で も利
用’
し て し ま う。例
えば,
宗教
と は何か,
信 仰と は何か を全 く知 らずに,
宗 教 が 社 会 問 題 と なる やいなや 自 己の解 放の論 理の な かに これ を と り入 れて い る。
「ぬ け めな く」彼 女は自
分 を 無 神 論 者に仕 たてあ げて しまっ た。第
二の根
拠は,
ア ス トンの詩 集 『野バ ラ』につ い て論 評 し た 『ハ ン ブル グ四 季 』か らの引用の中に,2
点にわた っ て示 され てい る、 ωこの作 品に は 「真の詩人 」が宿 り浪 所
ほ
,
「美しい 言 葉 激 し瞹 湧 気と覇 気,
熱 き空 想 」で ある。 短所は,
「女 性 ら しさが微 塵 も感 じ られ」ず,
「うんざ りする ほ どい や気 を催す
流 行の 語 句を用い,
人に媚を うる異常な欲
望が 目に つ く」作
品で あ る とい う。 し た がっ て,
彼 女の作 品に は不 満なの で 「手
にと るのは や め よ う 」 と。
「真の 詩 人」 の 心の 宿る詩 を 「手に とるの はや め よう」と は矛 盾した評 論だ。 ま た,
女 性 らし さ は 全 く ない が.
「真の詩人 」一
これ も奇 妙な評 価で ある’
e.
.
と も あれ
,
ル イー
ゼ・
オ ッ トー ・
ペー
ター
ス は こ の二つ の引用を もとに,
自分とアス トン と の異な りを 主 張 して いる。 人 間 すべ て が その時 代の 歴 史 的 制 約 性の中
で生 きて い る 以 上,
アス トン といえど も男 性の 視 点,
男性の 眼 で社 会 化さ れ て きた事 実を改めて 指摘せ ざ る を え ない 。 ル イー
ゼ・
ア ス トン とル イー
ゼ・
オッ トー ・
ペー
ター
スこ こで
簡単
にア ス トンの行為
を明
ら かにして お こう。 ア ス トンは1830
年 代に,
自分の夫であ る 工場
主に雇わ れて いた無 数の第四階 級の生を凝 視し,
・
「福祉
をど
んなに拡 大 して も過酷
な社 ,
餡 会 的 対 立 を緩 和 するこ とはで きず,
自由 な正 しい社
会秩
序は闘
いと ら ねばな らない」 と考える。彼
女は同時
代の,
ハ イネや グ ッ コ ウ ら三月 前 期の男 性 作 家たちが直 視 した第四階 級の 救 済と,
彼 らが軽 視 した 女 性の自 立 とい う 双方の課 題 を 追 求 する。自
由 な物
の見 方 と強い意 志 に よ る個 性の確 立,
よ り高い教 育 と学 問へ の情 熱 を 満た し,
これ を職業
にいかすた め にベ ル リン へ 移る。 紀 要先号
で述べ た ように,
男性
」合
理,
理性 ,
職 業 t 女 性需
感 情,
感悔,
家 庭が規 範 と な り,
人間
とは 男 性で しかなかっ た 当 時に あっ ては,
こう した生 き 方は 「女 性 らしく」な かっ た。ベ ル リンで の滞 在 許
iil
証が1846年
12
月
2
・
日 で切
れ ること に なっ たアス トンは,
延 長 願いを申
し込 む。 当 局 はこれ を 拒 否 した。 その理 由は
,
彼 女を非 難 する多 くの手 紙が国王の もと に届いた か らだ という。 そ の内 容はすで に述べ たよ
う
1
に,
男 性の会の訪 問,
,
女 性解
放サー
ク!レの 創 設,
無 神 論 者,
ゴッ ト シャ ル の詩の彼 女へ の献 呈で あっ た。 手 紙で彼 女は反 論 し た。 「思 想・
信 条は 個 人の財 産と
.
同 じで,誰
もこれを 犯 し て は な ら ない のです。 匿 名の手 紙は私に反 対 する特 定の人か ら来たもの です。 私の
文
学 活 動,
とりわけま も な く出 版さ れ る私
の 詩集
r
野
バ ラ』のた にPめに こ こに滞 在
す
ること が是 非 と も必 要です。」 翌1847
年2
月,
彼 女は当 局の呼 びだ しを う け・
る 。 担 当の参 事 官が彼 女を別 室で待た せて い る間に,部
下の係官
との対
話
が知ら ない うち に調書
と して記 録され
て いた。3 月21
日,一
通の命令
書 が 届 く。
「ベ ル リンを8
日以 内に立 ち去る よ.
翩うに。 理 由は市 民の安 寧
と
秩 序を危 険に陥入 れ る 思想を うみ,
表 現し よ う と し た か らである。」彼 女は首 相 あて に丁 重な手 紙を か き ,
次
の点
を訴
え た。 (1
}
詩
集r
野バ ラ』 が出
版さ れ るベ ル リNII-Electronic Library Service
6
田 村 光 彰 ン に滞在できることは,
娘 と目分の 境 遇に良い影 響 を 与え る。
調 書は 全 く私
的な会 話であ り、
公 けの審問
では なV
)。
{3
)プロ イセ ン邦で の良心の 自 由,
思 想 信 条の 自 由が 男 子 臣 民の みに許
さ れて い て,
女 性の場 合には同 じこと を行 っ て も 「市 民の安寧
と秩 序G
を犯す
と判 断さ れ ること は不 思 議で あ る。 (4
)献 詩r
マ ドソナ とマ グ ダ レー
ナ 』の内 容と自分の思 想と は別で ある 匿 名 の手紙
の出
所 があいまい である。3
月24
日,
内務 大 臣 か ら一
片
の手紙
が届く。当
局の処
置は正 し く,
こ の件は打 ち 切 りにす る、
とい う内賽
であっ た。 こ れ で諦
めず
,内務大臣
との面会
を甲
し込 む。彼女
は.対話
を し た大
臣 の言 葉の中に,
上に述べ た追 放の理由 とは 異 なる別の理 由 も あることを知 る。 大 臣 : 「あ な た が誘
惑さ れ ない ように,小
さ な場
所が あ な た に与
え ら れ ねばな らな い の です。あ な たの魂の救 済に配 慮がい くように
。
」
・
.
一
ア ス トン : 「しか し私 が 文 学で成功
するためには,
常に新 しい 刺 激 が得 られるベ ル リン に滞 在すること が必
要
なの です。 大 臣 : 「あ な た が 考 えて いるよ うに,自由
に将来
もこ こで作品
を書
いてい けるか ど うか な ど と 倒 いうことに,
私たちは全 く関心 が ない 」 彼 女はこ こ に、
自分 が 「市 民の安 寧 と秩 序 」 を 乱 す 者,す
な わち,
市 民に対
す る加 害 者であ る1 とい う断 定 と は 正反 対に
,
男 性 ジャー
ナ リス トや男 性 学 者たちか ら誘惑 さ れ ない ように保 護され
る対象 ,
つ まり,被害者
であ る という見 解 を 見い だ し た。 時 代の
思想や運
動が彼
女 を誘
い だ さ ないように配 慮 し,
隔 離 してや るとい う措
置の中に は,
保 護 する国 家 と保 護 される臣 民 とい う図 式 が あっ た。
と同時に,
男 性 学 者や男 性ジャー
ナ リス ト に誘 惑さ れ,
「女 性 ら し さ」 を 失 わ ないよ.
うに,
保 護し,
後 見 する,
すなわ ち,
配 慮 する男 性と配 慮される女 性とい う関 係に彼 女 は気づ き,
これが自 分の自立 を妨 げる壁と なっ て い るこ と を知る。当
局,
内 務 大 臣に拒 絶されたアス トンは更に最 終 審 と して国 王に直 訴 状を書 く。 ベ ル リン滞 在が自分
の職業
と教養
の獲得
に有 利であ ること,
ま た,
生 計を維持
できるだ けの収 入を示せ れ ば,
プロ イ セ ンにはい か なる臣 民 も滞在
をし,
居 住で きるとい う1843
年の 法 を 楯に滞 在 延 長を
訴えた。 これ も拒否
さ れ た。 そ こで 「プロ イセ ンQ
す
べ て の機
関に訴え た今 ,私
は もう一
つ よ り高い機 関に自分 を 委 ね るよう,
す な わ ち、
最 終 審 と して こ の身 を ドイツ国 民にゆ だ ねよう。」.
こ こでル イー
ゼ・
オ ッ トー
一
一
・
}
ペー
ター
ス の アス トン評にも どろう。 第一
のf
並み の教
育 しか 受 けてい ない 」とい う批 判は,
ようや く作 品を書き始め,
書 くとい う職 業に就
くこ とによっ て 自立 しよ うと苦 難の道 を歩ん で い た女 性 作 家た ちに,
男 性か ら浴び せ られ た批 判で ある。
先 号 でふれ た よ うに (ル ソー ・
シ ラー
の・
「人 間 」 観 p.63
),
芸術
活 動 とは 学 問 を 積 ん だ後
で初めて行
うべ し とい う規 範の下で,
多 くの女 性作家
たちがペ ンを捨てざ
る を え な かっ た。 能 力 ゆえ に・
で は な く,性
別 ゆ え に男性
と対等
な教育
を受 けること を許
さ れ なかっ た女性
た ち は,作
品の質
と内容
で評 価 されるの で はな く,
ま ず 初め に,教
育の有 無が
規 準であっ た。 ル イー
ゼ・
オッ トー
・
ペー
ター
ス の先の批
判は男性
の側
か らの門 前 払い そのもので あ る。第
二 の彼 女の批 判は,
理性 を もっ た男 性 をひきっ け られ ない となっ てい る。 だが,
理 性 を もっ た男 性 こそが,
女 性=
家 庭,
,
感 性,
男性 =
職業
, 理性
という図式
を拡大再
生産
していた。 この批 判 も,先
号で考察
し た よ う に.
男 性 側 か らの視 点で しか ない。 第三は 宗 教と は何 か をよ く知 らずに,
自 らを無 神 論 者に し たて た とい う。 こ の批判
は,
ル イー
ゼ・
オ ッ ト宀
・ ペー
ター
ス がカ トリックの復
興 運動
を評
価1
するの に対 して,
ア ス トン が無 神 論を信 じてい た とい う世 評の対 照に起 因 すると 思われ る。 福156
N工 工一
Eleotronio Libraryドイツ文学に おける 「人 聞 」 観の変 革 (2)
7
祉の拡 大に よっ ては過酷
な社会的対立
の緩和
は不 可 能で あ り,
闘い によっ て新
しい社会
は創
り だ され ね ばならない と主 張 して い たアス トンは,
先 述 し たよ うにプロ イセ ン の検閲制 度に よっ て ベ ル リンを 追放
に なっ た。 ハ イネ らの男 性で あっ て も,
追 放は一
大セ ン セー
シ ョ ンをひき おこ し たの に,
本 来 家に閉 じ込も
っ て い るべ き女 性で あ れ ば,
な お さ ら で あ っ た。 国王 に届いた と された無神
論 者とい う投書
は,実際
に神
を信じ な か っ た か どうかは別として,
人 非 人 という意 味である。 ル イーtf ・
オッ トー ・
ペー
ター
ス がこ う した世間
の評
に乗
っ て、
無神論
者 批 判を行 うこ とは軽
卒 と言わ ざ る を え ない。
教 育へ の提案Cl
)一
上 流 階級へ第二
章
は,
国 家と社 会が女 子 教 育を無 視 しつ づけて い る事 実の指 摘で始 まる。1815
年,
対ナ ポレオン戦争
に女
性は参 加 したのに,
その後 現実
の問題へ のとり組み が許されなくなっ て しまっ 鬮 た・ 塒 代が力 強 く叩
び・
「嘱
ツ の雄 たちが以 前に も増 して 訟 けの・
国 家 的な政
治’
的・
な事 柄へ の 関 心 を 示 してい る 」 とき,1815年
以後
と同じ ように こ の関心 が押
えつ け られ ない よ うに し な くてはな らな い。 それには 女子教育を変え て いか な け れ ばな らな い という。では
,
現 実の女 子 教 育の問 題点
は 何か。 第一
に教 育 年 限であ る。 「知 力 がよ うや く花 開 き始 田酒 鬮 め 」,
「や っ と学 問 的 関 心 に ひ か れ始め る 」15
才以降は教 育は な さ れ ていない。 女子教 育が14
才 まで でス トッ プ し,
これ で完 了 して しまっ て い る現状
では、深
い知 識 も,
「盲従
し な くて もい 囎’
い判 断 力 」 もつ か な くなっ て しま う。.
第二
lc−,
社会
が女 子に与え る教 育 内 容の貧 困が述べ られて い る。 自立 化を促さな い教 育の 原 因は,
まず 第一
に女 子 教 育 を ダン ス,
フ ラン ス 語,
英 語そ して ピ ア ノに限 定 して しまっ てい る現状
にある という。 「自分
の健康
と無邪気す
ぎる ほ どの思 慮 分 別を ダンス の神々に捧
げ,
官 能 的な満 足 」へ の誘 惑、
母 国 語の軽 視 かつ外 国 語の機 械 的 な 暗 誦,受動
・
非 個 性 的 な巧
みさを 指 に覚
えこませ る ピァ ノー
これ らは精 神を高め,
祖 国 や 人 間へ の共 感の喚 起と はべ ク「
トル が 異 なるとい う。 こう し た彼 女の 批 判は,
ピア ノも ダン ス も外国 語 も,
外 国入を意識し た サ ロ ン の た めの もの であ り,
自己の啓 発と精 神性
の高揚
に は役だ た ない.
とい う判断
に基づい て い る。 非 自.
圓 立 化 教 育の原 因の第二は,
教 育 が 「かいがい し く働 く家 庭の主 婦にな るたあ
に のみ」 行 われ て い るの な らばまだしも現
谿
も。 とひど く測 性
たちの 「灘 ものeiS
に、
「人形
14
” にな る よ 働 1・
う に な さ れて い る。社会
で 「相手
に目立ち」,
「他
人を冷
や や かにけな し」,
「な ま半
可な知 識 」 〔蚓 で 「他 入の う けう りを する」 こと
が 目標 と なっ て いる教 育 か らば,
さ さいなも
の,
と るに足ら ないもの へ の 関心 し か よびさ ま さ れず,
「普 遍的
な もの,
よ り高度
な もの,
全体的
で総体
的な もの へ の関 心 」 は奪わ れて し ま う。
思考を ない が し ろ に し た教 育が,
買い 手を見つ ける だ けの 「人 形 と して生 命 を 売る市 場に送 られる」 現 実 を 疑 問 視 しない人 間に育て て い る。こ こか ら
彼
女の 具体
的な 三つ の提案
が始
ま る。 この うち初
め の2
つ は上 流階級
に向
けられ,
他
は下 層 階 級の女子
教 育に言
及 して いる。 初めの提案
は世
界史
の教育
で あ る’
e そ れ も,
「た
だ支
配 者、
戦,
年 代 を暗
記する だ けの,
事 実の死 んだ寄せ集
め と して の世 界 史では な い。
個 別 と個別 が内 的必然 性に基づ い て 関 与し あっ てい る 生 き た有機
的 総体
」 と して,
ま た,
民衆
と国家
双方
の発 展 とし
ての歴史
を提
言 している。 世 界 史に加 えて,
ド イツ史,
現 代 史一
般
があっ て こそ,
世
界史
の 中に現わ れ る精神
が生
き生 き と生徒
の前に姿 を 現 わす
のだという。 次の提 案は教 育 環 境の充 実である。 具 体 的には第一
に私 塾の設 立 を 提 唱して いる。 彼 女に依 れNII-Electronic Library Service
8
田 村 光 彰 ば,
家 庭 と知,
家事
と学問 は本
来結
びつ い て い る に もか か わらず ,
現 実は男 性が一
方
を,
女 駐 が他
方を分 担 することが 自然 だ と見 な されてい る。今
以 上に知 的 向 上を目 ざ す 姿 勢はす
べ ての 人間の義 務であ り,
キ リス ト教の要 求にも合致 して い る,
と。
こうし た 理念で,
私 塾 を 設立す べ き だ とい う。 かっ て中小都
市では,
男 子に対して 共 同で先 生 を雇
っ て授業
を受け さ せ た。 同.
様に 週 三日「
でよいか ら娘たち を 教 育 するべき
で ある,
と。 ヒ こで も教 育の 目標は,
既 成の知 識 の獲得
で は なく,
より高度
なものへ の関 心と 「自
分で考 え,
自分で努 力 する」 契 機 をつ か むこ とであると される。 第二 に,
教 員 はド イツの女性
た ち か ら選 ぶべ きだ といつ
。 フ ラン ス 人や イギ リス人よ りも祖 国愛に あふれ た ドイツC[?
女 性たちが好 適である,
と。 同 時に ,世
界史
の他に 自然 科 学 と体
操 を加え ること を 主張して い る。 第三 に,
これ らに基づ く教育
施 設は大都 会では な く,
励 小 都 市や 田舎に建て るべ きで ある とい う。 「享 楽 と不 道徳
に満
ち た 大都 会 」で はな く,
そ れ 以 働 外の場で 「しっ か り と し た 知 力,
敬 虔な 感覚、
ドイツ 式の 内 面 性 と深い感 情」を 身につ けて ほ しい,
と。社
交 婦 人にな るの では な く, 1
人だち を すること
がで きる人間
にな る た めに。 教 育へ のee
案C2
}一
下 層 階 級へ 今まで 述べ て き た対 象は 上流 贓 で あ・ たの に上ζ
べ・
縣
の第譖
穉 騰 を も鋤 て L1.
る・
含
め る 理由は,
第一
に教 養のある国 民 と は 「市 民 階 級と農 民 階 級 」だけでは ない。 すべ て の国 民は対 等な権 利 を 持つ べ きで あ り,
それには今 まで悔 蔑 的な名 称で 呼ば
れて き た人々,
すなわ ち下
階民Pbb61
を国 民 教 育の対 象にするべ き で あ る,
と。第
二 にこれを 怠る と,権利
か ら除
外さ れ た プロ レ タ リアー
トや下 層 民が ブル ジョ ア ジー
にとっ て代 わる時 代がや っ て くる。 今ま さ に貴 族 を 倒 してブル ジョナ
ジー
が 登 場 して きた ように。 第一
の理 由にある平 等 観 と第二 の打 倒 さ れる危 機ゆ えの下層 民へ の 教 育の配 慮一
これは,
こ の 作品 が書かれた三月 前 期で も教 育 に よっ て人 間が自立 し,平
等な権利
を獲得
で きるの で あ る とい う彼女
の視点
を表
わ して い る。「
ところで 三月 前 期の下 層 民の生 活はいか なる状 態であっ たか。 ヨー
ロ ッ パ におけ る 「飢 餓の 30 年 代 」の プ ロ レタ リアー
ト,
下 層 民の生 活 は悲 惨 を 極め てい る。彼
らは都 市に も農 村に も定 住 する権
利は な く,
自治 体 も保 護の対 象に し な かっ た。 彼 らは 「過渡 的 かつ 流 動 的 存 在と して都 市の生 活 秩 序か ら排 除されて い る だけで な く,
農 村の最 下 層 の生活圏
か らす
ら閉
め出
さ れている。 それ は も はや奴婢
です
らな く, あ るいは ま た しば しばア 勢 イ リンガー
な ど といわ れる ような農 村の 日傭 労 動 者で す らない 。」 急 速 な資 本主義
化に よっ て 生 じ た プロ レ タリァー
トは,資本
によっ て好 景 気の と き は迎 え 入 れ られ,
不 景 気の時は追いだ される景気
調 節の安 全 弁の役
割 を担
わ さ れ た。
不景気
のときは プ ロ レ タリア の若 年結婚
の禁
止 が提 案さ
れる。 出 生 数の 増 大 が 社 会の ピラミッ ド型の 支 配 構 造 を 崩 す という恐 れ か ら男30
才,
女24才
まで結婚
を制
限す
べ きだ とい う論
がまか り通る。 民衆
の貧困化
はt資本
の原始的蓄積
に よ る収 奪に原 因があるに も拘 わ らず,
逆に個々 のプ ロ レ タ リアー
ト に責 任 が 転 化 さ れtt
「定 職 のな いr
の ら く ら者』 な ど は,南欧
かアメ リ カ か オー
ス ト ラ リァに送り
だす
か,少
な くともこ1
の連 中に夫 とか 父 な どと呼 ば れる資 格 を与 えては な らぬ」 とい う論 が 大 手 を振るう。さて
,
ル イー
ゼ・
オ ッ トー ・
ペー
ター
ス の下
層階
級へ の提案
に戻
ろ う。 資本
の論
理 に より, 歴 史的,社会的
に市
民社
会が
ら排
除 さ れ,
失業
者 とな り、街
頭にあふれ 出 ざるを え な かっ た プ・
ロ レ タi!
アー
ト.
下 層 民を,
彼 女は教
育の対 象に含
め た。.
とこ ろで,
その プロ レタリ
アー
ト観 は,
「ブル ジ ョア社
会の墓掘
人 」 と してで もな く,
社 会 変革
の 担い手で もな か っ た。 彼 女にとっ 158 N工 工一
Eleotronio Libraryドイツ文学にお ける 「人 間 」観の変革 (2)
9
て
,
彼 らは 「諸階
級の 中の怠 惰 な 汚 点der
faule
Fleck
」であっ た。 私は時 代に 先ん じて彼らへ の教 育 を主張した先 見性 と共に
,
こ こ に彼 女の 限 界も ま た存在
する と考
え るq 彼 女の説 、
く下
層 階 級の子 女た ちへ の具体
的 提 案と は何か。
第一
に t 人生 の危 機に対処する た めに確 固 と し た道 徳の支 えと
,
第二 に,
パ ンを 手に入 れるための 「器 用 さ と知 識ll
を 与 え るべ き だ とい う。
これ ら が 欠 け る と,
自 分 と同様 に貧 しい男 性と結 婚 し,
子供を育て る必 要か ら,
道 徳的 に悲 惨にお ち込んで い く。 そ してま と も な知 が 欠 落 す る と,
悲 惨 か ら身 を 守 れ ず,
恥 辱の極に 身 を落 とす
とい う。彼
女は,
今ま で力 説し てきた高度
なもの,普
遍 的な もの,
全 体 的で より総 体 的な もの は下
層 民の娘たちには望んで いない。 道 徳によっ て恥 辱 か ら身 を 守 り,
最 低 限 食べ て い ける だけの知一
前 者 は 売 春の防
止であ り,
後 者は自 活で き る知 を 授 けようと して い る。知と道徳に よ る自立
,
すな わ ち、
教育
と啓 蒙に よ る自
立 は確か に 必要不 可欠で あ ろ う。 だ が, そ のた めの 具 体 的な提 案 はこれ 以 降 こ の作 品では全く
言 及 されて い ない。 貧 困と無
権利
が 歴 史 的にプ ロ レ タ リアー
ト個人の責
任で は な く,
都市
化 と資本
の 肥大化
に基 く社
会 的,
制度
的 問 題 ゆ えに,
プロ レ タリァー
ト個 人へ 道徳
と知¢)勧め を説
い て も,
それ を具体
的な場で教
育と して 実 施で きる制 度 をいかに実 現 するか とい う視 点は彼 女は もたない。 これは社 会の汚 点 はプロ レ タ リアー
トの 「怠惰
」 に あ る とい う視
座に由来す
ると思われ る。 よっ て,
怠惰
の代 わりに知 と’
道徳に よ る勤 勉が対 置される。 怠惰を払 拭し,
清 潔にする ものば,
個々 人へ の説 教と な る。 社 会 r制
度 的 提 言を行えば,
必 ず 資 本 との 軋 轢を うん だであ ろう。 こ うし た史 的・
社 会 的 視 点の 欠 如か らくるプロ レタリアー
ト個 人へ の責 任 転 嫁 論が彼 女の思想の中にあり,
それ ゆえ,
制 度 的 に彼 らへ の具 体 的教 育 方法を展 開で き な かっ たこと は彼 女の一
つ の限 界を示して い る と思 わ れる。囚
おわ りに一
「人間 」観の変 革し か し,
私
は, こ の ことを もっ て彼 女の作 品の価 値 を減 じ,
彼 女 は 歴 史 的に は使 命 をすで に 終え た と断 定 されるブル ジョ ア婦 人運動 論 者の一
人で あっ た と して 片づ けう
論 に は与しな い 。 その 理由
は ,第
一
に女性史
におい て は上 流 階 級の自
立は,下
層 階 級の それへ も影 響を与えて き たか らである。 第二 に上 流 も,
下 層 も,
階 級T 階 層の観 点か らは 互い に異っ て はい る が,共
通す
る面 ,す
な わ ち,
男=
理性 ,
女=
感 情 とい う図
式 を破
るζ とに よ る男女
と して の 平 等 を 求 め る意識
は,階級
とは相関関係
にあ りつ つ も,
別の フ ァ ク ター
で あるか らで ある。
す な わ ち,
女性史
は賃労働
一
資本
の関係
に お け る階級 視 点 と,
男 性IC
よ る女性
の 抑 圧 とい う視 点一
互 いに関 係し あう二 重の,
複眼視 点を もう必 要 が あ る。
ル イー
ゼ・
オッ トー ・
ペー
ター
ス の この 第二章で の提 案は階 級 視 点は確 かに弱いが,
性 差 別 視 点は貫 徹 して い る。 そ して こ の立 場は,
現在の 文学 研究
に おい て も 必要不可 欠で あ る。70
年
代の ラ ディ カル・
フ ェ ミニ ズム は,
こ の視 点の存在
の重 要 性を運 動・
理論の 双 方に わ たっ て示し た。 17 世 紀に 「ペ ン もヒゲも男の もの だ 」 と して詩 作を女 性か ら奪っ た ヨア ヒ ム・
ラ ッ ヒ ェ ル。
「才を み が くな か れ 」 と理 と知を奪
い,
サー
カ ス の駄 馬の調 教 を 女 性に も行 うべ きだと説いたエ ドゥ ア ル ト・ フ ッ クス 。 女 子 教 育 とば,
より高
い人 間 性を め ざすもの では な く,す
べ て男 性の ために あ るべ き だ と主
張し たル ソー。
意 識 的な女 性たちの意 見や判 断を嫌っ た ゲー
テ,
そ して,
女 性=
家 庭,
男 性耳 職業
を詩にうたっ たシ ラー
。 彼 らに とっ て いずれ も 「人 間 」 と は男子 のみ で あっ た。 男性
が作
品を書 き.
受 容 す る の は女 性一
という規 範の下で はT 女 子 教 育が求
め られ た ものは男性
の作
品 を読
む能
力 と男
性との会 話の中で潤 活 油に な る資質
で しか な か っ た。 作品の創造と,
これ を 通 して の職 業と しNII-Electronic Library Service 10 田 村 光 彰 て の 自立を
,
古 典 主 義ct)「人 間 」 観 は 許 容 しな
い。
古 典主義を讃
美 する次の ような評 価,
「入
へ
h 間 性の究 極 的 勝 利へ の健全 な
信
仰 」こそ が再
検 討さ れ ね ば な らない。 人 間の申に男 子の みしか 含 まない 「人間」観を 洗い 直し,
その上で再 評 価をすべ き だ と私 は 思 う。 時 代に先ん じて,
ル イー
ゼ・
オ ッ トー ・
ペー
ター
ス は,
彼 女に先 立つ 古 典主義の規 範に異を唱えて いた。 彼 女を含 め た三月 前期
の女駐作家
の作
品を とりあげ,
そ れ を手が かりとして ドイ
ツ文 学にお ける 「人 間」観
を 再考 すべ きであ る。 存 在の痕
跡 す ら消 され,
闇に葬
られ た無数
の作
品のかすか な光を通し て,
ド イツ 文 学全体
は 逆照 射さ れ ね ば な らない 。1
.
注(
1
)〜
(4・
)Otto−Peters,
Luise
:Die
Theilnahme
der
weiblichen Welt amStaatsleben,
AmneStierte
der
Zei
ヒ.
Hrsg .
vonRobert
Blum .
Eine
neueAusgabe
des
gleich nachde
皿Ers6heinen
Konfis−
zierten und
jetzt
freigegebenen
Volkstasche
曲 uches Vorwarz.
、
5.
Jg.
ぬ eipzig 1847.
S.
38〔
5
)Menschik,
Jutta
;Gleichberechtigung
oderEmanzipatiQ .
n ?F
エscherTaschenbuch
Verlag
1978S ,
48 〜〔
6
)Otto−Peters,
Luise
:Dib
Th
もilnahme
der
weiblichenWelt
amStaatsleben.
S.39
(
7
×8
}Ebd .
S.40
(9
姫0
)Ebd .
S.
41an
Ebd .
S.63
0
助〜
〔1
Ebd .
S.42
05
)〜
征8
)Ebd .
S.
46 (16} Ebd.
S.
47 }Ebd ,
S.
48 岔1
)〜
Ebd .
S,
49
〜
9) Ebd.
S.
50・
M6hrmann ,
Renate
:Frauene
皿 anzipationim ’
deu
/tsch’
en
VOrmtirz
, Texte undDoku
エnente ,Philipp
Reclam
Jun .
,
Stuttgart
,1978,
S.
226翩 Ebd
.
S.
71(
3
助Ebd .
S .73
3
)Ebd .
S .
77図
Ebd .
S.
82鰍謝
Otto−Peters
,L
唾se ;Die Theilnah 皿eder
weiblichenWelt
amStaa
もslebenS.51
{
3T〜C40
)Ebd ,
.
S
.
52t49iV
〔49
) Ebd.
S.
536
Ebd ,
S
.
57・
価1
×5
鋤Ebd .
S:
56』
鬪Ebd .
S.
57 観 良知 力 『向う岸か らの世 界 史』未来社 1980,
p.
98
団 同 上 p.
109Otto
−
Peters,
Luise
:Die Theilnahme der weiblichert”
Welt
a皿 Staatsleben S.
59.
160
F4 ・yy\Ictstr4
rf.ma]
eeaafg
(2)
11
T
Die
Veranderung
des
Beriffs
des
"Menschen"in
der
deutschen
Literatur
'
'
Im
Fall
vonLuise
Otto-Peters
'
'
tt
t
'
tt
tt
-
t
Mitsuaki
Tamura
'
・
'
'
'
(1)
'
.Im
Herbst
1843
standin
den
,,SiichsischenVaterlandsblattern"
eiriArtikel
vonRobert
'
Blum
:Die
Theilnahme
der
weiblichenWelt
amStaatsleben.
Luise
Otto-Pete.rs
hielt
ihn
fUr
.einenbisher.
noch niealinlich
angelegtenStoff".
Aufgrund
ihrer
BegeiSterung
・
・
・L.
brachte
sie1846
ihre
Meinung
mitdemselben
Titel
vordie
Offent!ishckeit.
'
Mati
kann
ihre
Arbeit'in
vierHaupttteile
einteilen :Einleitung,
erstesKapitel,
zweites・Kapitel
undNachwort.
In
der
Einleitung
wird zuerstbeschrieben,
wie schwer einMtidchen
damals
6ffentlich
seineGedanken
zumAusdruck
bringen
kann.
Dann
ist
vonder
Ungleichheit
zwisehenMtinnern
undFraue'n
im
politischenLeben
die
Rede,
Es
ist
.upsittlich,
wen4die
.Theilnahmeder
Frauen
amStaatsleben
unterbleibt".Die
Einleitung
behandelt
schlieBlichpositive
Echos,
die
Luise
Otto-Peters
bei
den
Leserinnen
fand,
die
andereArtikel
vonLuise
in
den
,,StichsischenVaterlandsblattern"
gelesen
hatten.
.So sah
ich
mieh'p16tzlich
mit meinenAnsichten
keineswegs
allein stehen, wieich
tt/
f.urchtet
Eatte."
Ihice.
Arbeit
stUtzt sich aufden
Widerhall
der
unbekannten, vielenLese'
.
'
'
'rmnen.
・
'
'
'
(2)
'
'
Inn6rhalb
des
ers.tenHauptteils
werden nechihrer
Aussage
zweiTheMen
unterschieden.'
Das
ersteist
durch
die
zvnehmendeTeilnahrne
der
Frauen
ampolitischen
Leben
bestimmt,
'
'
'wie
zumBeispiel
'
'
'(1)
.das zahlreiche
Erscheinen
dg,;
Frauen
bei
den
Kammerverhandlungen
in
Sachsen"
(2)
die
Grimdung
der
vielenFrauenvereine
'
.
(3)
"die weiblichenUnterschriften
bei
der
Adresse
anSchleswig-Holstein
ausBaden"
'
(4)
die
Teilnahme
der
Frauen
ampolitischen
Fest
in
Sachsen
und'Leipzig(5)
das
Interesse
der
Schriftstelierinnen
fUr
die
religi6sen undgesellschaftlichen
Fragen
.
Warum
hat
die
Zeit
dieses
lnteresse
bei
den
Frauen
erweckt?
Darauf
antw6rtetdas
'
'
t
.
t/.
zweite
Thema.
Luise
siehtden
Grund
dazu
darin,
daB
"derfreie
deutsche
Geist"
'
cht