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ドイツ文学における「人間」観の変革(2) : ルイーゼ・オットー・ペータースの場合

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(1)

1

文 学

人 間 」 観

変 革 (

2

   

オ ッ ト

ー ・

ス の

場合

      

   村     光   彰

Die

 

veranderung

 

des

 

Beri

任s 

des

Mensch6n

in

 

der

 

deutscheh

 

Literatur

2

      

Im

 

Fall

 von  

Luise

 

O

to.

Peters

Mitsuaki

 

Tamura

            序 章   ル イ

オ ッ ト

一・

       

  

厂人 間」

の変革を めざして

      

 

18世 紀 まで の 「人 間 」 観

        ル ソ

ー,

シ ラ

の 「人間 」

観           古 典 主 義の 「人 間 」 観へ のプロ ス ト

       

  古 典 主 義 まで の 「人 間 」 観

ζ

自立の思 想の

       圍 

両 性に平 等の文 学 研 究を

       

                                                         (以上先 号 )

       

第ヒ章

 

ル イ

オッ

h − ・

ズの作 品        

r

女 性の国 政 参 加』

       匠]

は じめ に

      

作 品の概観

       團

作品

OP

検 討           政   治                       宗  教          女 性の文 学の受容 暑                      ル イ

ア ス トンとル イ

オ ッ ト

ー・

ス                       教育へ  

1

流 階級へ         教育へ の提 案 {

2

)下 層 階 級へ

       匿]

お わりに

T

「人 間 」 観の変 革                                                         (以上 本号)

   

ル イ

オ ッ ト

ー ・

ス の

品 『女 性の 国

政 参加

は じめに

 

で ふ れ たように

,1843

年 秋

『ザ クセ ン祖 国 新 聞』 はロ

ベ ル ト

ブル

Robert

 

BIUm

によ る記

厂女

の国 政

加」を掲 載 した

こ こ にはル イ

オッ ト

ー ・

Luise

(2)

NII-Electronic Library Service 2

      

 

村 光

 

彰       {1)

Otto − Peters

に と?て

「今 だ 言 わ れたことのな か っ た衝 撃 的な テ

マ が表 現 さ れて い た 。」

3

前の感 動をもとに

,1846

同 じタイ トル でル イ

オ ッ ト

ー ・

ス に よ る 「

性の国 政 参 加』 が出版された。

 

こ の

論文

,序文 ,

,第

章,

あと がきの四

か ら

立して いる。

序文

では

彼 女 がブル

ムの筆になる記 事 を 読んだときの心の躍 動 と

これ を 公 けに発 表 することがいかに       (2) 困

か が 述べ られ い る。 「親 しい 仲 間た ちの 間で もつ い ぞ口 に

す 勇

が な か っ た もの 」を これ から書こ うと決心する。 第二 に

女 性だ け が国 政 参加 を妨 げられて い る の は 「人倫に反 し」         (3}      C4[ unsittlich

「自 然に反 して いる」。 ところで

時 代 は 下っ て

,1918

ようや く実 現 した女 性 の

政 権は

国 家 社 会 主 義に よっ て さ

げす

ま れ る。 ナ チス に よ れ ば

は国

の主

を構

する役 割 を もつ べ き もので は なく

国 家に奉 仕 する子 を産 む 機 能にお と しめ られた。

r

国 家 社 会主義 入 門』

女 性の務め を次のよ うに

定 し た

「 ドイッ の 婦

たちは

,第

で あ り

母 たること を 望ん でいる。 (略 ) 彼

た ちには

工場へ の

,事

務所へ の憧 れ はない し

議 会へ の

望 もな

U

・ 。 和 や かな家 庭

,愛す

夫 ,

そ して たくさ んの

せ な子

た ち が

彼女

7c

ちの 心の       (5) そばに い る。」 こうした男 性

議会

女 性

家庭 という性 別 役 割 分 担は

ル イ

ゼ に とっ て人倫 に背 き

人 間性に反 するもの であっ た。 第三に

この 序

には 彼 女が当 時

r

ザ クセ ン祖 国

        ズ

い て い た他の記事に対 する女 性 読 者か らの反

が 記 さ れ ている

「書 くこ とに躊 躇 してい た他の女 性たちは

私に手 紙を くれ た。 こ の ように して

私は自分の見

の女

たちと は       〔6]

が 思っ てい た ほどは

してか け

れていない こと を 知っ た。」こう した 読 者 か らの共 感に も 基 づ いて

こ の論文 は 成 立 し た もの と 思 わ れ る

女性の 国 政 参加 が義 務で あ る との主張を ふ ま えて

第 四にこ の主 張を具 体 的に行 為に

さ なけれぼな らない と 訴え る。 「

や この 主

を 確 認する こ と が大

は な く

これ }こた だ 生命の息吹を

るこ と

これを 実現する こと が 問われて い るのだ」

作 品の概観

  

検討

に入る

に二 つ の

観 を して おこ う

6

は 内容 か ら

断 して 二つ の 部 分

 

に分 け られる。 初め

部 分では

増 加 して き

女 性の政 治 参 加の実

が 述べ られ ている。

 

世 間 も女 性たち か ら政 治 参 加へ 機 会を以 前よりは奪 わな くなっ て いる。 そ して

女性

た ちも

すす

 

んで それを逃 さな くなっ て き た。

えば、 女性が ザ クセ ン

に おい て 「議 会の審 議 を傍 聴 して       〔Bl       【7}

 

い る」 事 実。 女 性 同 盟 が 多 数 創 ら

「カ トリ

ッ クを

援 して い る」とい う指

摘。

シ ュ レ

 

ヴィ ヒ

ホルシ ュ タ イ ン

帰属

を め ぐる

立運

に む け て

デ ン

の女 性 た ちが寄

 

せ た署 名。

ライプツィ ヒや ザクセ ン邦の議 員 集 会

政 治 的 祭 典へ の 女 性た ちの

出席

。 女

性作

 

たちが

教や

題 を

述の対

にして い る事 実。 これ らは数 年 前

で は全

生じない現

 

っ た

。何故

。後半

部分

はこれに解 答 を与え る

成 となっ て い る。 その理 由 は

ナ ポレ

 

オ ンに対 する闘い の中で は確 かに目覚めて いた ドイツの 自 由な精

その後 眠 り込 ん で しまっ      

{9}

 

た が

今や はっ き りと 「墓 場か ら

っ て 」 き た か らであ る

げる聖な る春の 息

はド イツめ

国中

を お お う

よう

ic

なっ た か らで あ る。 こ こ には三月 革 命 前の自 由の発 展が詩 的

 

に語 られて い る。 では何が

1

男 性の

では な く

女 性の 「自 由な精

」を目覚め さ せ たのか

  彼 女に よれ ば

それ は第

ヘ ル ヴェ

フ ライ リヒ ラ

トらの政 治 詩で あり

第二 に は

 

シ = レ

ジ ェ ン地

に広がっ た ド イツ

カ ト リッ ク内の改

運 動で ある。

三 は時 事 問 題を扱

152

N工 工

Eleotronio  Library  

(3)

ド イ ツ文 学にお ける 「人間 」観の変 革 (2)

3

小説

女性

たちが

,社

会 問 題に ふれる作 品 が 女 性

手で創 られ た き たことで

る。

 

第二章は 三 つ の部 分か ら成立 してい る。

の第

今や時 代が力 強 く叫ぶ ようにな り

新 しい

生命

が女 性を も活 動 的 な領 域へ と 誘

依然 と し 態 然た る

況 が

会の隅々 までを お おっ て い る現

に ふれ る。

すな

わ ち, ドイツ の 女 性たちは 四 六時 中 両 親の監 督 下にあ り

両 親の

え と は 別 の考えを もとうと は せ

ず ,

両 親の言 葉を く り返 す。 嫁い では夫の

言葉

を その ま まに

う オ

ム にな っ て しまっ て い る。 こう した 没

個性

非 自

をう みだ

元 兇は

第二

IC,

こ の原 因 が貧 困な女 子 教

にあると彼 女は考え る

小 手 先の技 術や知 識の つ め 込 み を目

とするの では な く

もっ と より

遍 的な ものを

思考を

うこと だ とい う。 ゲレ

ル ト

シラ

が嫌っ た 理性 〔紀 要 先 号 参 照 〕 を もっ た人 間 と して育て る よう訴え る

こう した教 育 方針に則っ て

第三 に具

的 な案を提

して い る

その第

は世 界 史を特に教え ること

第二 に私塾や 日曜 学 校の設 立

第三に上 流 階 級の娘たち だ けでは な く

下 層 階 級め娘 た ち に も教 育を 与 え るべ あ る

       Ul)

 

あ とが きでは 「

由を 求 め る者 はすべ いを高めあい

互いを発 展 させ な けれ ば な らない」 が ゆ え に

方の が他 方の

由 な 発 展 を押えてい る現

えて い か な け ればな ら ない

と論 文を し め くくっ て い る

作 品の 検討 二 つ の

の全

観 し

え た ところで

,次

各章

を詳 細に

討してみ よう

 

政  

 

で は

,初

めに

政治詩

die

 

politische

 

Poesie

}こよ る

時代精神

覚醒 ,女 性

問 題へ 喚 起感 謝

彼 女い て い 。 「あ りが とう

あな た方

詩 人 たち。 あな た方は民 衆が眠 りか ら醒め る ように歌おうと し た。 その歌 声によっ て

現 実に女た         ちは

りか らさめている !」

に授

の教 材に ふれ る。 政

聞に載っ て くると む

か し く

女 性には わ からない の翼に乗 っ て くる政 治な らば 理解 しやすい 地理 が紀 行 文 学をテ キス       面 トに とりあげるこ とによっ て 「学 校の

退 屈な授 業」 に陥 入る ことを 避 けて い る ように

政 治 は詩を通して学 校

教育

で もとりあ

るべ きである とい

紀要先

号 〔

9

〕で

及 したよう に

フ ッ クス

ル ソ

ー,

シ ラ

のような巨 匠 た ちが作 りあげ

規 範 化して き た

男 =

理 性

という

式 が ま か り通 り

人 閤= 男 性 と う意 識 的

無 意

的 通 念 が 堅 固び え たつ のは

政 治へ 無 関 原 因が あ る とい うこ と に な る。

女は政 治 詩に よ る役割分 担 の図 式や社 会 通 念へ の批 判 を 主 張 し

理 性へ の 目 ざめ

説 く。 「子 供の 時 か ら女 性 を か 弱い も の に

頼 り ない もの に

お とな

しい もの に の み

て て きた。 (略 ) (女 性は) 感 情の甘 や かな         発 露よりも強し〕もの をよ しと する

真に女 性の性 質に 目覚めて い る。」       宗   教

 

次に彼 女の

讃は

,19

世 紀に復 興

隆 盛 期を迎え た ド イ

カ トリッ クにむ け られ るg こ の         「

しい

宗教

改 革」 は神の前で の 司 祭と

平信徒 ,

学 者と

の人

そ して 男性 と女 性の精 神 上         の平 等とい う合 言 葉を与え た。」 彼 女に依 れ ば, 従

の 改 革運

は 重箱の ス ミをつ つ くような 教

終始

し,

局は

教会 内

の論 争や

改革

に収

して きた。 これに対 して

こ の

改革

(4)

NII-Electronic Library Service 4 田  村  光 彰       聞 は教 義 を 独 占 して い た教 会 か らの 「宗 教の解 放 」で ある という。 女 性の第

徴を 「自 由な           心の

欲求

」 に従 う性 質であ る と考え る

女 に とっ て は

,宗教

と はこれを 助け るもので なけ れ ば な らない。 これ まで の

教会

こ う した

欲求

圧 してきた と と らえ る彼 女 は

,今

ま さに蘇 生 し た宗 教改

を 通 して

教会 に よっ て タ ガ を は め られ て き た 心 と感 情の 解 放 を得よう とする。 ザ ク セ ンの説

壇から呼び かけたヨ ハ

ロ ン

女は引 用し てい る。 「宗 教

改革

の 精 神は目

め た

。祖

国 ドイツ の

み に ま で み

しく蘇っ た。 老い た る者 は今や突 如 青 春 の覇 気満 ち溢

真理の た めに精 神の 刃 を高く か ざすこ と がで き るの は 何

か。 老 い も若き も 女 性も目を 見 開 き

国 民の現 状 を 凝 視し

歴 史の闘い に参 加せ よと呼び かけるのは何

か。

女 らもわ れ わ れに歩み よ りこ う言っ た

r

私 た ち も あなた 方の 活 動に参 加 したい 。 私 た ち

あ な た

         

x

 

 

 

N

 

 

 

h

 

 

 

N

 

 

 

h

 

 

 

h

 

 

 

h 方に連

し たい !』ぜひ そ うし よ う 【女

もま た 独

の方 法で

こ の聖 な る活 動に共に建 設の 手を かす

ある

。 退い ては な らない。 民 衆と祖 国と神 聖な人 権を守ることが

切なこの

    女 性の文 学の受 容

 続

部分

はル ィ

オ ッ ト

ー ・

ス が 同時 代の女 性 文 学 者をい かに とらえて い たか を 示 して い る

政 治 詩

,宗

教を と りあ げて き た 彼 女は再 び

学 をテ

。 端 緒は

小 説      

を 書 くこと が

女た ち にとっ て はむ ずか しい こ とで は ない

という主 張である。 理 由 は

小 説 を書く上で

最 も 重 要 な条件 を 女 性 は古 来より求め て きた か ら で あ るという

。 条 件 とは(

1

)人 間 をよ く知っ て いる こ と

 

人 間の心の

底にある知 られていない

部分

を 知っ てい ることである。 次の主張は

年 前まではベ ッ ティ

ナの

K6nigsbuch

が唯

の 例 外で

他は時 事 問 題に無 関 心 な 女 性の

品が ほとん どであ り

こ う した作 品は結 婚 を して いる女 性の立 場の み を問題 に し         て い た とい う。 「時 事 問 題に関心を もつ とい うこと は

自分

た ちの価

っ て しまう 」 と思い こん でい る よ うであ る と。

 だ が

二年 後の

1846

年 現 在

フォ ン

デュ

リン グス フェ ル ト

Ida

 von  

Dtiringsfeld

が 「我 が 教 会の歌」等によっ て改 革 運 動へ の参 加 を 示 し

フ ラ ウ

フ ォ ン

バ ッ ハ ラ ッ ハ ト

Frau

 von  

Bacheracht

ン リヒ

ブル ハ ル ト』の中に

会 的な問 題 をとり入 れ た

「女性の隷 属と自 由』 で イ

ブ リッ ク

Ida

 

Frick

は女

の 教 育 と教 養が これ までなおざ なりにされてきた事 実を指 摘 して い る。 ドイツ カ ト リッ ク婦人同盟の代 表 者は

雑 誌

r

改 革』 を

版し

1

女性

しい

宗教

の立 場 か ら社 会 問 題 を と りあ げた。

 

これ らに続 けて彼 女が と りあ げるのは

,1845

年 に娘

人 を 連 れて

夫と別 れてベ ル ンに移 り

後に プロ イセ ンに とっ て危 険 人 物であ る と して ベ ル リンを追わ れ たル イ

アス トン

Louise

 

Aston

。 彼 女 は(

1

)男 性の協 会 を 訪 れた こと(

2

)婦 人 解 放を め ざすサ

クル を創っ たこ と

  神

を信じ な かっ たこと

4

ゴッ トシ ャ ル の

詩 ,

『マ ドンナ とマ グ ダレ

r

ナ 』が

女に捧 げ られたこと等 を理由 と して

首 都ベ ル ンで の滞 在 許 可 証の延 長が認め られ な か っ た ル イ

        ゼ

オ ッ ト

ー ・

ス は

,自

分がア ス トン と 「同じ目 的 をめざして い る」 女 性で ある と み

な さ れ たくは ない の で

首 都ベ ル リンを 追放さ れ たこの女 性につ いて何 ら かの明をせざるをえ ない と前 置 き して

以 下の 論 評 を 行 っ て い る。 第

確かに彼 女の行 動に同

る。 とい うの も

その行 動は ドイツ の女

た ち にの しか かっ て いる

圧に原 因があるか らで ある。 だ が

第二 に

ア ス トンは 「ドイッの女 性たちが求めて い る地 位 向 上へ

」 で あ る , と。 こうし た判 断の根 拠は何か。 その

,偶然

事情

家庭

様 子 を 熟 知 し

154

N工 工

Eledtronio  Library  

(5)

ド イツ文 学に おけ る 「人 間 」 観の変 革 (2) 5 たエ ル ン ス

イル

Ernst

 

Reil

の書

いた 『ラテル ネ 』 か ら用 し

にわ けて掲 げてい る。 これによ れ

圃1

)ア ス トンは 並 みの教

し か受 けてい ない 。   誤っ た概 念の 使い方。 これに よっ て 「眉態 をふ りま き

もてはや さ れ な が ら

なる ほ ど彼 女の 同志たちは確かに ひきつ ける      

 

     

      鵬} こ と が可 能 か も しれない が

理性 〔傍 点田村 〕 を もっ た男 性 を 決 して 魅了 しは しない

」(

3

}ア ス トンは人々 の

何で も

し て し ま う

。例

えば

と は何か

信 仰と は何か を全 く知 らずに

宗 教 が 社 会 問 題 と なる やいなや 自 己の解 放の論 理の な かに これ を と り入 れて い る

「ぬ け めな く」彼 女は

分 を 無 神 論 者に仕 たてあ げて しまっ た。

二の

拠は

ア ス トンの詩 集 『野バ い て論 評 し た 『ハ ン ブル グ四 季 』か らの引用の中に

,2

点にわた っ て示 され てい る、 ωこの作 品に は 「真の詩人 」

 

が宿 り浪 所

「美しい 言 葉 激 し瞹 湧 気と覇                気

熱 き空 想 」で ある。   短所は

「女 性 ら しさが微 塵 も感 じ られ」ず

「うんざ りする ほ どい         や気 を催

流 行の 語 句を用い

人に媚を うる異常な

望が 目に つ く」

品で あ る とい う。 し た         がっ て

彼 女の作 品に は不 満なの で 「

にと るのは や め よ う 」 と

「真の 詩 人」 の 心の 宿る詩 を 「手に とるの や め よう」と は矛 盾した評 論だ。 ま た

女 性 らし さ は 全 く ない が

「真の詩人 」

れ も奇 妙評 価

e       

       

 

と も あれ

ル イ

オ ッ ト

ー ・

ス は こ の二つ の引用を もとに

自分とアス トン と の異な りを 主 張 して いる。 人 間 すべ て が その時 代の 歴 史 的 制 約 性の

で生 きて い る 以 上

アス トン といえど も男 性の 視 点

男性の 眼 で社 会 化さ れ て きた事 実を改めて 指摘せ ざ る を え ない     ル イ

ア ス トン とル イ

オッ ト

ー ・

  

こ こで

簡単

にア ス トンの

行為

ら かにして お こ ア ス トン

1830

年 代

自分の夫であ る 工

主に雇わ れて いた無 数の第四階 級の生を凝 視し

「福

んなに拡 大 して も過

社 ,

      餡  会 的 対 立 を緩 和 するこ はで きず

自由 な正 しい

いと ら ねばな らない」 と考える。

女は同

代の

や グ ッ コ ウ ら三月 前 期の男 性 作 家たちが直 視 した第四階 級の 救 済と

彼 らが軽 視 した 女 性の自 立 とい う 双方の課 題 を 追 求 する

。自

由 な

の見 方 と強い意 志 に よ る個 性の確 立

よ り高い教 育 と学 問へ の情 熱 を 満た し

これ を

職業

にいかすた め にベ ル ン へ る。 紀 要

先号

で述べ た ように

性 ,

職 業 t 女 性

感 情

悔,

家 庭が規 範 と な り

とは 男 性で しかなかっ た 当 時に あっ ては

こう した生 き 方は 「女 性 らしく」な かっ た。

  

ベ ル ンで の滞 在 許

iil

証が

1846年

12

2

日 で

れ ること に なっ たアス トンは

延 長 願いを

 

し込 む。 当 局 はこれ を 拒 否 した。 その理 由は

彼 女を非 難 する多 くの手 紙が国王の もと に届い

 

た か らだ という。 そ の内 容はすで に述べ たよ

1

男 性の会の訪 問

女 性

放サ

ク!レの 創 設

無 神 論 者

ト シャ ル の詩の彼 女へ の献 呈で あっ た。 手 紙で彼 女は反 論 し た。 「思 想

信 条

 

は 個 人の財 産と

同 じで

,誰

もこれを 犯 し て は な ら ない のです。 匿 名の手 紙は私に反 対 する特 定

 

の人か ら来たもの です。 私の

学 活 動

とりわけま も な く出 版さ れ る

の 詩

r

バ ラ』のた       にP

 

めに こ こに滞 在

ること が是 非 と も必 要です。」 翌

1847

2

彼 女は当 局の呼 びだ しを う け

。 担 当の参 事 官が彼 女を別 室で待た せて い る間に

,部

下の係

との

が知ら ない うち に調

と して記 録さ

て いた。

3 月21

,一

通の

命令

書 が 届 く

「ベ ル リンを

8

日以 内に立 ち去る よ      

                                                                翩

 

うに。 理 由は市 民の安 寧

秩 序を危 険に陥入 れ る 思想を うみ

表 現し よ う と し た か らである。」

 

彼 女は首 相 あて に丁 重な手 紙を か き ,

え た。 (

1

r

野バ ラ』 が

版さ れ るベ ル リ

(6)

NII-Electronic Library Service

6

田 村  光  彰 ン に滞在できることは

娘 と目分の 境 遇に良い影 響 を 与え る

  調 書は 全 く

的な会 話であ り

公 けの審

では な

V

3

)プロ イセ ン邦で の良心の 自 由

思 想 信 条の 自 由が 男 子 臣 民の みに

さ れて い て

女 性の場 合には同 じこと を行 っ て も 「市 民の安

と秩 序

G

を犯

と判 断さ れ ること は不 思 議で あ る。 (

4

)献 詩

r

マ ドソナ とマ グ ダ レ

ナ 』の内 容と自分の思 想と は別で ある  匿 名 の

手紙

所 があいまい である。

  3

24

内務 大 臣 か ら

手紙

が届

く。当

局の

置は正 し く

こ の件は打 ち 切 りにす る

とい う内

であっ た。 こ れ で

内務大臣

との

面会

し込 む。

彼女

.対話

を し た

臣 の言 葉の中に

上に述べ た追 放の理由 とは 異 なる別の理 由 も あることを知 る。 大 臣 : 「あ な た が

惑さ れ ない ように

,小

さ な

所が あ な た に

え ら れ ねばな らな い の です。

   

あ な たの魂の救 済に配 慮がい ように

      

ア ス トン : 「しか し私 が 文 学で成

するためには

常に新 しい 刺 激 が得 られるベ ル リン に滞 在

     

すること が必

なの です。 大 臣 : 「あ な た が 考 えて いるよ うに

,自由

に将

もこ こで

作品

いてい けるか ど うか な ど と       倒      いうことに

私たちは全 く関心 が ない 」 彼 女はこ こ に

自分 が 「市 民の安 寧 と秩 序 」 を 乱 す 者

,す

な わち

市 民に

す る加 害 者であ る

      

1 とい う断 定 と は 正反 対に

男 性 ジャ

ナ リス トや男 性 学 者たちか ら誘惑 さ れ ない ように保 護さ

る対

象 ,

つ まり

,被害者

であ る という見 解 を 見い だ し た。 時 代

思想や

動が

女 を

い だ さ ないように配 慮 し

隔 離 してや るとい う

置の中に は

保 護 する国 家 と保 護 される臣 民 とい う図 式 が あっ た

と同時に

男 性 学 者や男 性ジャ

ナ リス ト に誘 惑さ れ

「女 性 ら し さ」 を 失 わ ないよ

うに

保 護し

後 見 する

すなわ ち

配 慮 する男 性と配 慮される女 性とい う関 係に彼 女 は気づ き

これが自 分の自立 を妨 げる壁と なっ て い るこ と を知る。

  当

内 務 大 臣に拒 絶されたアス トンは更に最 終 審 と して国 王に直 訴 状を書 く。 ベ ル リン滞 在が

自分

の職

教養

獲得

に有 利であ ること

ま た

生 計を維

できるだ けの収 入を示せ れ ば

プロ イ セ ンにはい か なる臣 民 も滞

をし

居 住で きるとい う

1843

年の 法 を 楯に滞 在 延 長

訴えた。 これ も拒

さ れ た。 そ こで 「プロ イセ ン

Q

べ て の

関に訴え た

今 ,私

は もう

つ よ り高い機 関に自分 を 委 ね るよう

す な わ ち

最 終 審 と して こ の身 を ドイツ国 民にゆ だ ねよう。」

こ こでル

ス の ス トンも ど

f

並み の

育 しか 受 けてい ない とい う批 判

ようや く作 品を書き始め

書 くとい う職 業

くこ とによっ て 自立 しよ うと苦 難の道 を歩ん で い た女 性 作 家た ちに

男 性か ら浴び せ られ た批 判で ある

先 号 でふれ た よ うに (ル ソ

ー ・

シ ラ

「人 間 」 観 p

.63

活 動 とは 学 問 を 積 ん だ

で初めて

うべ し とい う規 範の下で

多 くの女 性

作家

たちがペ ンを捨て

る を え な かっ た。 能 力 ゆえ に

で は な く

,性

別 ゆ え に男

対等

な教

を受 けること を

さ れ なかっ た女

た ち は

,作

品の

内容

で評 価 されるの で はな く

ま ず 初め に

,教

育の有 無

規 準であっ た。 ル イ

オッ ト

ス の先の

判は男

か らの門 前 払い そのもので あ る。

二 の彼 女の批 判は

理性 を もっ た男 性 をひきっ け られ ない となっ てい る。 だが

理 性 を もっ た男 性 こそが

女 性

家 庭

感 性

性 =

, 理

という図

拡大再

していた。 この批 判 も

,先

号で

考察

し た よ う に

男 性 側 か らの視 点で しか ない。 第三は 宗 教と は何 か をよ く知 らずに

自 らを無 神 論 者に し たて た とい う。 こ の

批判

ル イ

・ ペ

ス がカ トリックの

興 運

1

するの に対 して

ア ス トン が無 神 論を信 じてい た とい う世 評の対 照に起 因 すると 思われ る。 福

156

N工 工

Eleotronio  Library  

(7)

ドイツ文学に おける 「人 聞 」 観の変 革 (2)

7

祉の拡 大に よっ は過

社会的対立

緩和

は不 可 能 あ り

い によっ て

しい

社会

り だ され ね ばならない と主 張 して い たアス トンは

先 述 し たよ うにプロ イセ ン の閲制 度に よっ て ベ ル リンを 追

に なっ た。 ハ イネ らの男 性で あっ て も

追 放は

大セ ン セ

シ ョ ンをひき おこ し たの に

本 来 家に閉 じ込

っ て い るべ き女 性で あ れ ば

な お さ ら で あ っ た。 国王 に届いた と された無

論 者とい う投

,実際

を信じ な か っ た か どうかは別として

人 非 人 という意 味である。 ル イ

ーtf ・

オッ ト

ー ・

ス がこ う した世

っ て

神論

者 批 判を行 うこ とは

卒 と言わ ざ る を え ない

      教 育へ の提案

Cl

上 流 階級へ

 

第二

国 家と社 会が女 子 教 育を無 視 しつ づけて い る事 実の指 摘で始 まる。

1815

対ナ ポレオン

戦争

性は参 加 したのに

その後 現

の問題へ り組み が しま       鬮 た・ 塒 代が力 強 く

ツ の雄 たちが以 前に も増 して 訟 けの

国 家 的な

な事 柄へ の 関 心 を 示 してい る 」 とき,

1815年

と同じ ように こ の関心 が

えつ け られ ない よ うに し な くてはな らな い。 それには 女子教育を変え て いか な け れ ばな らな い という。

 

では

現 実の女 子 教 育の問 題

は 何か。 第

に教 育 年 限であ る。 「知 力 がよ うや く花 開 き始   田酒                                鬮 め 」

「や っ と学 問 的 関 心 に ひ か れ始め る 」

15

才以降は教 育は な さ れ ていない。 女子教 育が

14

才 まで でス トッ プ し

これ で完 了 して しまっ て い る現

では

、深

い知 識 も

盲従

し な くて もい         囎      

判 断 力 」 もつ か な くなっ て しま う。     

 

第二

lc−,

が女 子に与え る教 育 内 容の貧 困が述べ て い る。 自立 化を促さな い教 育の 原 因は

まず 第

に女 子 教 育 を ダン ス

フ ラン ス

英 語そ して ピ ア ノに限 定 して しまっ てい る

現状

にある という。 「自

健康

無邪気す

ぎる ほ どの思 慮 分 別を ダンス の神々に

官 能           的な満 足 」へ の誘 惑

母 国 語の軽 視 かつ外 国 語の機 械 的 な 暗 誦

,受動

非 個 性 的 な

みさを 指 に

えこませ る ピァ ノ

これ らは精 神を高め

祖 国 や 人 間へ の共 感の喚 起と はべ

トル が 異 なるとい う。 こう し た彼 女の 批 判は

ピア ノも ダン ス も外国 語 も

外 国入を意識し た サ ロ ン の た めの もの であ り

自己の啓 発と精 神

高揚

に は役だ た ない

とい う判

に基づい て い る。 非 自

      圓 立 化 教 育の原 因の第二は

教 育 が 「かいがい し く働 く家 庭の主 婦にな るた

に のみ」 行 われ て い るの な らばまだしも

谿

も。 とひど く

測 性

たちの 「灘 もの

eiS

「人

14

” にな る よ       働      1     

う に な さ れて い る。

社会

で 「

相手

に目立ち」

人を

や や かにけな し」

「な ま

可な知 識 」       〔蚓 で 「他 入の う けう りを する」 こ

が 目標 と なっ て る教 育 か ら

ば,

さ さいな

と るに足ら ないもの へ 心 し か よさ ま さ れ

ず,

普 遍

もの

よ り

高度

な もの

体的

総体

的な         もの へ 関 心 」 はわ れ し ま う

を ない が し ろ に し た教 育が

買い を見つ る だ けの           「人 形 と して生 命 を 売る市 場に送 られる」 現 実 を 疑 問 視 しない人 間に育て て い る。

 

こ こか ら

女の

な 三つ の

提案

ま る。 この うち

め の

2

つ は上 流

階級

けられ

は下 層 階 級の女

教 育に

及 して いる。 初めの提

界史

教育

で あ る

e そ れ も

配 者

年 代 を

記する だ けの

事 実の死 んだ寄せ

め と して の世 界 史では な い

個 別 と個別         が内 的必然 性に基づ い て 関 与し あっ てい る 生 き た

有機

的 総

」 と して

ま た

と国

の発 展 と

ての歴

言 している。 世 界 史に加 えて

ド イツ

史,

現 代 史

があっ て こそ

の 中に現わ れ る精

き生 き と生

の前に姿 を 現 わ

のだという。   次の提 案は教 育 環 境の充 実である。 具 体 的には第

に私 塾の設 立 を 提 唱して いる。 彼 女に依 れ

(8)

NII-Electronic Library Service

8

田  村   光   彰 ば

家 庭 と知

と学問 は

びつ い て い る に もか か わら

ず ,

現 実は男 性

女 駐 が

方を分 担 することが 自然 だ と見 な されてい る

。今

以 上に知 的 向 上を目 ざ す 姿 勢は

べ ての 人間の義 務であ り

キ リス ト教の要 求にも合致 して い る

こうし た 理念で

私 塾 を 設立す べ き だ とい う。 かっ て

中小都

市では

男 子に対して 共 同で先 生 を

っ て

授業

を受け さ せ た

様に 週 三日

でよいか ら娘たち を 教 育 するべ

で ある

と。 ヒ こで も教 育の 目標は

既 成の知 識 の獲

で は な

く,

より

高度

なものへ 関 心

考 え

自分努 力 す」 契 機 を か む とであると される。 第二 に

教 員 はド イツの女

た ち か ら選 ぶべ きだ とい

。 フ ラン ス 人や イギ リス人よ りも祖 国愛に あふれ た ドイツC[

女 性たちが好 適である

と。 同 時に ,

の他に 自然 科 学 と

操 を加え ること を 主張して い る。 第三 に

これ らに基づ く教

施 設は大都 会では な く

      励 小 都 市や 田舎に建て るべ で ある とい 。 「享 楽 と不 道

ち た 大都 会 」で はな く

そ れ 以       働 外の場で 「しっ か り と し た 知 力

敬 虔な 感覚

ドイツ 式の 内 面 性 と深い感 情」を 身につ けて ほ しい

と。

交 婦 人にな るの では な く

, 1

人だち を するこ

がで きる人

にな る た めに。       教 育へ の

ee

C2

下 層 階 級へ 今まで 述べ て き た対 象は 上流 贓 で あ・ たの に上

ζ

の第

穉 騰 を も鋤 て L1

め る 理由は

に教 養のある国 民 と は 「市 民 階 級と農 民 階 級 」だけでは ない。 すべ て の国 民は対 等な権 利 を 持つ べ あ り

それには今 まで悔 蔑 的な名 称で 呼

れて き た人

すなわ ち

階民

Pbb61

を国 民 教 育の対 象にするべ き で あ る

。第

二 にこれを 怠る と

,権利

か ら

外さ れ た プロ レ タ リア

トや下 層 民が ブル ジョ ア ジ

にとっ て代 わる時 代がや っ て くる。 今ま さ に貴 族 を 倒 してブル ジョ

が 登 場 して きた ように。 第

の理 由にある平 等 観 と第二 の打 倒 さ れる危 機ゆ えの下層 民へ の 教 育の配 慮

これは

こ の 作品 が書かれた三月 前 期で も教 育 に よっ て人 間が自立 し

,平

等な

権利

獲得

で きるの で あ る とい う

彼女

視点

わ して い る

ところで 三月 前 期の下 層 民の生 活はいか なる状 態であっ たか。   ヨ

パ におけ る 「飢 餓の 30 年 代 」の プ ロ レタ リア

下 層 民の生 活 は悲 惨 を 極め てい る。

らは都 市に も農 村に も定 住 する

利は な く

自治 体 も保 護の対 象に し な かっ た 彼 らは  「過渡 的 かつ 流 動 的 存 在と して都 市の生 活 秩 序か ら排 除されて い る だけで な く

農 村の最 下 層 の生

活圏

か ら

さ れている。 それ は も はや

奴婢

らな く, あ るいは ま た しば しばア         勢 イ リンガ

な ど といわ れる ような農 村の 日傭 労 動 者で す らない 」 急 速 な資 本主

化に よっ て 生 じ た プロ レ タリァ

トは

,資本

によっ て好 景 気の と き は迎 え 入 れ られ

不 景 気の時は追いだ される景

調 節の安 全 弁の

割 を

わ さ れ た

不景

のときは プ ロ レ タリア の若 年

結婚

止 が提 案

れる。 出 生 数の 増 大 が 社 会の ピラミッ ド型の 支 配 構 造 を 崩 す という恐 れ か ら男

30

24才

まで

結婚

べ きだ とい う

がまか り通る。 民

貧困化

はt

資本

原始的蓄積

に よ る収 奪に原 因があるに も拘 わ らず

逆に個々 のプ ロ レ タ

ト に責 任 が 転 化 さ れ

tt

「定 職 のな い

r

の ら く ら者』 な ど は

,南欧

かアメ リ カ か オ

ス ト ラ リァに送

,少

な くともこ    

1

        の連 中に夫 とか 父 な どと呼 ば れる資 格 を与 えては な らぬ」 とい う論 が 大 手 を振るう。

 

さて

ル イ

オ ッ ト

ー ・

ス の

級へ の提

ろ う。 資

理 に より, 歴 史

的,社会的

除 さ れ

者 とな り

、街

頭にあふれ 出 ざるを え な かっ た プ

ロ レ タi

下 層 民を

彼 女は

育の対 象に

め た。

とこ

その プロ レタ

ト観 は

「ブル ジ ョア

会の墓

人 」 と してで もな く

社 会 変

の 担い手で もな か っ た。 彼 女にとっ 158 N工 工

Eleotronio  Library  

(9)

ドイツ文学にお ける 「人 間 」観の変革 (2)

9

彼 らは 「諸

級の 中の怠 惰 な 汚 点

der

 

faule

 

Fleck

あっ た。 私は時 代に 先ん じて彼

らへ の教 育 を主張した先 見性 と共に

こ こ に彼 女の 限 界も ま た存

する と

え るq 彼 女の

説 、

層 階 級の子 女た ちへ

的 提 案と は

t 人生 の危 機に対処する た めに確 固 と し た道 徳の支 え

第二 に

を 手に入 れるための 「器 用 さ と知 識

ll

を 与 え るべ き だ とい う

これ ら が 欠 け る と

自 分 と同様 に貧 しい男 性と結 婚 し

子供を育て る必 要か ら

道 徳的 に悲 惨にお ち込んで い く。 そ してま と も な知 が 欠 落 す る と

悲 惨 か ら身 を 守 れ ず

恥 辱の極に 身 を落 と

とい う。

女は

今ま で力 説し てきた高

なもの

,普

遍 的な もの

全 体 的で より総 体 的な もの は

層 民の娘たちには望んで いない。 道 徳によっ て恥 辱 か ら身 を 守 り

最 低 限 食べ て い ける だけの知

前 者 は 売 春の

止であ り

後 者は自 活で き る知 を 授 けようと して い る。

 

知と道徳に よ る自立

すな わ ち

と啓 蒙に よ る

立 は確か に 必要不 可欠で あ ろ う。 だ が, そ のた めの 具 体 的な提 案 はこれ 以 降 こ の作 品では全

言 及 されて い ない。 貧 困と

が 歴 史 的にプ ロ レ タ リア

ト個人の

任で は な く

化 と

資本

の 肥

大化

に基 く

会 的

的 問 題 ゆ えに

プロ レ タリァ

ト個 人へ

¢め を

い て も

それ を具

的な場で

育と して 実 施で きる制 度 をいに実 現 するか とい う視 点は彼 女は もたない。 これは社 会の汚 点 はプロ レ タ リア

トの 「怠

」 に あ る とい う

座に由

来す

ると思われ る。 よっ て

の代 わりに知 と

道徳に よ る勤 勉が対 置される。 怠惰を払 拭し

清 潔にする ものば

個々 人へ の説 教と な る。 社 会 r

度 的 提 言を行えば

必 ず 資 本 との 軋 轢を うん だであ ろう。 こ うし た史 的

社 会 的 視 点の 欠 如か らくるプロ レタリア

ト個 人へ の責 任 転 嫁 論が彼 女の思想の中にあり

それ ゆえ

制 度 的 に彼 らへ の具 体 的教 育 方法を展 開で き な かっ たこと は彼 女の

つ の限 界を示して い る と思 わ れる。

囚  

おわ りに

間 」観の変 革

 

し か し,

は, こ の ことを もっ て彼 女の作 品の価 値 を減 じ

彼 女 は 歴 史 的に は使 命 をすで に 終え た と断 定 されるブル ジョ ア婦 人運動 論 者の

人で あっ た と して 片づ け

論 に は与しな い 。 その 理

は ,

女性史

い て 上 流 階 級

,下

層 階 級の そへ も影 響を与えて き たか らである。 第二 に上 流 も

下 層 も

階 級T 階 層の観 点か らは 互い に異っ て はい る が

,共

面 ,す

な わ ち

性 ,

感 情 とい う

式 を

ζ とに よ る男

と して の 平 等 を 求 め る意

,階級

とは

相関関係

にあ りつ つ も

別の フ ァ ク タ

で あるか らで ある

す な わ ち

性史

賃労働

資本

の関

に お け る階級 視 点 と

男 性

IC

よ る女

の 抑 圧 とい う視 点

互 いに関 係し あう二 重の

複眼視 点を もう必 要 が あ る

ル イ

オッ ト

ー ・

ス の この 第二章で の提 案は階 級 視 点は確 かに弱いが

性 差 別 視 点は貫 徹 して い る。 そ して こ の立 場は

現在の 文学 研

に おい て も 必要不可 欠で あ る。

70

代の ラ ディ カル

フ ェ ミニ ズム は

こ の視 点の存

の重 要 性を運 動

理論の 双 方に わ たっ て示し た 17 世 紀に 「ペ ン もヒゲも男の もの だ 」 と して詩 作を女 性か ら奪っ た ヨア ヒ ム

ラ ッ ヒ ェ ル

「才を み が くな か れ 」 と理 と知を

カ ス の駄 馬の調 教 を 女 性に も行 うべ だと説いたエ ドゥ ア ル ト・ 。 女 子 教 育 と

ば,

より

い人 間 性を め ざすもの では な く

,す

男 性の ために あ るべ き だ と

し たル ソ

ー。

意 識 的な女 性たちの意 見や判 断を嫌っ た ゲ

そ して

女 性

家 庭

男 性耳 職

を詩にうた たシ ラ

。 彼 らに とっ て いずれ も 「人 間 」 と は男子 のみ で あっ た。 男

品を書 き

受 容 す る の は女 性

という規 範の下で はT 女 子 教 育が

め られ た ものは男

品 を

力 と

性との会 話の中で潤 活 油に な る資

で しか な か っ た。 作品の創造と

これ を 通 して の職 業と し

(10)

NII-Electronic Library Service 10 田  村   光  彰 て の 自立を

古 典 主 義ct)「人 間 」 観 は 許 容 し

古 典主義を

美 する次の ような評 価

 

 

 

h 間 性の究 極 的 勝 利へ 全 な

仰 」こそ が

検 討さ れ ね ば な らない。 人 間の申に男 子の みしか 含 まない 「人間」観を 洗い

その上で再 評 価をすべ き だ と私 は 思 う 時 代に先ん じて

ル イ

オ ッ ト

ー ・

ス は

彼 女に先 立つ 古 典主義の規 範に異を唱えて いた。 彼 女を含 め た三月 前

の女

駐作家

品を とりあ

げ,

そ れ を手が かりとして ド

ツ文 学にお ける 「人 間」

を 再考 すべ あ る 存 在

跡 す ら消 され

闇に

られ た無

品のかすか な光を通し て

ド イツ 文 学全

は 逆照 射さ れ ね ば な らない

      

1

     

1

4・

Otto−Peters,

 

Luise

Die

 

Theilnahme

 

der

 weiblichen  Welt am  

Staatsleben,

 

AmneStierte

 der

 

Zei

 

Hrsg .

 von  

Robert

 

Blum .

 

Eine

 neue  

Ausgabe

 

des

 gleich nach  

de

Ers6heinen

 

Konfis−

 

zierten  und  

jetzt

 

freigegebenen

 

Volkstasche

曲 uches  Vorwarz

5

Jg

ぬ eipzig  1847

 S

38

5

)Menschik

 

Jutta

Gleichberechtigung

 oder  

EmanzipatiQ .

n ?

F

エscher  

Taschenbuch

 

Verlag

 

1978S ,

48       〜

6

Otto−Peters,

 

Luise

Dib

 

Th

ilnahme

 

der

 weiblichen  

Welt

 am  

Staatsleben.

 

S.39

7

×

8

} 

Ebd .

 

S.40

9

0

) 

Ebd .

 S

41

an

 

Ebd .

 

S.63

0

1

   

Ebd .

 

S.42

05

8

) 

Ebd .

 

S.

46 (16} Ebd

 

S.

47   } 

Ebd ,

 

S.

48 岔

1

   

Ebd .

 S

49

 

 9) Ebd

 S

50                   

  M6hrmann , 

Renate

Frauene

皿 anzipation  

im ’

deu

/tsch

en

 

VOrmtirz

 Texte und  

Doku

エnente ,

  Philipp 

Reclam

 

Jun .

 

Stuttgart

,1978,

 

S.

226

翩  Ebd

 S

71

3

助 

Ebd .

 

S .73

 

3

) 

Ebd .

 

S .

77

図  

Ebd .

 S

82

鰍謝

Otto−Peters

 

L

se ;Die Theilnah 皿e 

der

 weiblichen  

Welt

 am  

Staa

もsleben  

S.51

3T〜C40

) 

Ebd ,

S

52

t49iV

49

) Ebd

 S

53

6

  

Ebd ,

 

S

57

1

×

5

 Ebd .

 

S:

56

     

鬪  

Ebd .

 

S.

57 観 良知 力 『向う岸か らの世 界 史』未来社  1980

p

98

団 同 上 p

109

  Otto

Peters

 

Luise

:Die Theilnahme  der weiblichert

Welt

 a皿 Staatsleben S

59

160

(11)

F4 ・yy\Ictstr4

rf.ma]

eeaafg

(2)

11

T

Die

Veranderung

des

Beriffs

des

"Menschen"

in

der

deutschen

Literatur

'

'

Im

Fall

von

Luise

Otto-Peters

'

'

tt

t

'

tt

tt

-

t

Mitsuaki

Tamura

'

'

'

'

(1)

'

.Im

Herbst

1843

stand

in

den

,,Siichsischen

Vaterlandsblattern"

eiri

Artikel

von

Robert

'

Blum

:

Die

Theilnahme

der

weiblichen

Welt

am

Staatsleben.

Luise

Otto-Pete.rs

hielt

ihn

fUr

.einen

bisher.

noch nie

alinlich

angelegten

Stoff".

Aufgrund

ihrer

BegeiSterung

・L.

brachte

sie

1846

ihre

Meinung

mit

demselben

Titel

vor

die

Offent!ishckeit.

'

Mati

kann

ihre

Arbeit'in

vier

Haupttteile

einteilen :

Einleitung,

erstes

Kapitel,

zweites

・Kapitel

und

Nachwort.

In

der

Einleitung

wird zuerst

beschrieben,

wie schwer ein

Mtidchen

damals

6ffentlich

seine

Gedanken

zum

Ausdruck

bringen

kann.

Dann

ist

von

der

Ungleichheit

zwisehen

Mtinnern

und

Fraue'n

im

politischen

Leben

die

Rede,

Es

ist

.upsittlich,

wen4

die

.Theilnahme

der

Frauen

am

Staatsleben

unterbleibt".

Die

Einleitung

behandelt

schlieBlich

positive

Echos,

die

Luise

Otto-Peters

bei

den

Leserinnen

fand,

die

andere

Artikel

von

Luise

in

den

,,Stichsischen

Vaterlandsblattern"

gelesen

hatten.

.So sah

ich

mieh'

p16tzlich

mit meinen

Ansichten

keineswegs

allein stehen, wie

ich

tt/

f.urchtet

Eatte."

Ihice.

Arbeit

stUtzt sich auf

den

Widerhall

der

unbekannten, vielen

Lese'

.

'

'

'rmnen.

'

'

'

(2)

'

'

Inn6rhalb

des

ers.ten

Hauptteils

werden nech

ihrer

Aussage

zwei

TheMen

unterschieden.

'

Das

erste

ist

durch

die

zvnehmende

Teilnahrne

der

Frauen

am

politischen

Leben

bestimmt,

'

'

'wie

zum

Beispiel

'

'

'(1)

.das zahlreiche

Erscheinen

dg,;

Frauen

bei

den

Kammerverhandlungen

in

Sachsen"

(2)

die

Grimdung

der

vielen

Frauenvereine

'

.

(3)

"die weiblichen

Unterschriften

bei

der

Adresse

an

Schleswig-Holstein

aus

Baden"

'

(4)

die

Teilnahme

der

Frauen

am

politischen

Fest

in

Sachsen

und'Leipzig

(5)

das

Interesse

der

Schriftstelierinnen

fUr

die

religi6sen und

gesellschaftlichen

Fragen

.

Warum

hat

die

Zeit

dieses

lnteresse

bei

den

Frauen

erweckt

?

Darauf

antw6rtet

das

'

'

t

.

t/.

zweite

Thema.

Luise

sieht

den

Grund

dazu

darin,

daB

"der

freie

deutsche

Geist"

'

cht

ist,

der

seit

dem

Ende

des

Kampfes

gegen

Napoleon

'sichlummernd

blieb.

Was

dann

ihn

denn

aufgeweekt

hatte,

das

wird mit

drei

Faktoren

beantwortet:

'

{1)

Die

politische

Poesie

Georg

Herweghs

und

Ferdinand

Freiligraths

werde von vielen

Frauen

gelesen.

.

'

tt

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