感染症の流行を起因とした緊急事態宣言下における
遠隔授業の研究
─理学療法士養成校において得られた実践知から
学校が備えるべきことを考案する─
A Study of Distance Learning under the State of Emergency Announced during the
COVID-19 Pandemic: What Schools Need to Prepare under Emergency Conditions
山下 喬之
1)川元 大輔
1)長津 秀文
1)Takayuki YAMASHITA, RPT, MEd1), Daisuke KAWAMOTO, RPT, MS1), Hidefumi NAGATSU, RPT1)
1) Department of Physical Therapy, Kagoshima Medical Professional College: 5417-1 Aza utoguchi, Hirakawa-cho,
Kagoshima-shi, Kagoshima 891-0133, Japan TEL +81 99-261-6161 E-mail: [email protected] Rigakuryoho Kagaku 36(1): 91–99, 2021. Submitted Aug. 19, 2020. Accepted Sep. 28, 2020.
ABSTRACT: [Purpose] This study investigated distance learning conducted after the state of emergency announced
during the COVID-19 pandemic to determine issues arising from distance learning, and to propose specific countermeasures. [Participants and Methods] The replies to a questionnaire survey sent to 169 first to third year students enrolled in a physical therapist training school were analyzed using KHCorder3. [Results] Four problems were identified: the lecture environment, audiovisual situation, understanding of lesson contents, and the physical condition of students. [Conclusion] Based on these findings we propose specific countermeasures for emergency classes of preparedness, planning, and practice. In the future, teachers and students will also have to improve their ability to utilize ICT. In addition, technical and clinical practice issues need to be considered.
Key words: physical therapy education, distance learning, emergency
要旨:〔目的〕本研究は,感染症の流行に伴う緊急事態宣言下の専門学校において,遠隔授業を受講した学生のアン ケート結果の分析から遠隔授業の課題を抽出し,緊急事態に備えるべき具体策を得ることを目的とした.〔対象と方 法〕理学療法士養成校に在学する,1年生から3年生169名を対象とした調査結果を,KHCorder3を使用して解析し, 分析した.〔結果〕遠隔授業の実践から,受講環境,視聴覚状況,授業の内容理解,受講生の身体不調に関する課題 の4つを抽出した.〔結語〕課題から,養成校が緊急事態に備えるべき授業に対するレディネスや授業デザイン,授 業実践の具体策を見出した.今後は,教員・学生ともにICTの利活用能力を高める必要があり,また,実技を伴う 専門科目・実習の在り方等も検討しなければならないことが示唆された. キーワード:理学療法教育,遠隔授業,緊急事態 1) 学校法人原田学園 鹿児島医療技術専門学校 理学療法学科:鹿児島県鹿児島市平川町字宇都口5417-1 (〒891-0133)TEL 099-261-6161 受付日 2020 年 8 月 19 日 受理日 2020 年 9 月 28 日
I.はじめに
2019年12月,中華人民共和国において確認された新 型コロナウイルス感染症1)(以下,新型コロナ感染症) であるが,日本国においては,2020年1月に初の感染 者が確認された.同年4月7日に7都府県に対して緊 急事態宣言(以下,宣言)が発令され,4月16日には 全都道府県が対象となり,5月31日まで延長された. これらを受け,文部科学省2)は“専門学校等における 遠隔授業の実施に当たっての生徒への通信環境への配慮 等”において,生徒の通信環境への配慮の必要性と,遠 隔授業の実施に当たり,授業方法の組み合わせやオンラ イン教材の低容量化,特設教室の設置などの各校の状況 に応じた工夫を求めた.厚生労働省3,4)による同時期の 調査では,9割の専門学校が授業の開始時期の延期また は遠隔による実施を検討していることがわかり,5月1 日の“専修学校等における遠隔授業などの実施に係る留 意点及び実習などの授業の弾力的な取り扱い”にて,本 来,教室等において対面で授業を行うことを想定してい る専修学校にも,特例的な措置として遠隔授業の弾力的 な運用が認められた. 調査対象校(以下,本校)は,鹿児島県にキャンパス を置く.人口60万人の鹿児島市内の中心部と郊外に 2ヵ所のキャンパスを構え,約1000名の学生が公共 交通機関や自家用車を利用して県内各地から通学して いる.情報通信技術(information and communication technology:以下,ICT)ツールの導入~活用状況とし ては,2018年度より校務・学生支援システムとしてMicrosoft Teams(以下,Teams)5)が導入されており,
教員と学生間において,ICTツールを活用した情報提供 や連絡を取り合う習慣が存在した. 宣言の延長を受けた鹿児島県の対応は6),学校につい ては5月11日からの再開,ゴールデンウィーク終了か ら概ね2週間を「警戒期間」と定め,5月24日までの 期間を各学校の状況に応じて工夫した教育活動を行うよ うに促した.宣言期間中の鹿児島県の新型コロナ感染者 総数は10名7)で,特定警戒都道府県などと比較すると 穏やかな状況ではあったが,授業の形式や,その実施方 法,後に控える臨床実習を見据えた対応の検討と決断を 余儀なくされた.これらの状況に対する本校における教 育活動の具体は,県の奨励と学校法人が策定した行動指 針に準じ,遠隔授業の検討と試行,実行と修正を同時進 行で行う流れとなった. 遠隔授業を受講する本校理学療法学科の学生(以下, 学生)の通信に関連する環境は,遠隔授業開講の事前調 査において,回答者全員がパソコン(以下,PC),スマー トフォン(以下,スマホ),タブレットのいずれかを所 有しており,回答者の95.4%がオンラインによる配信 を自宅で受信できるネットワーク環境にあった.また, 遠隔形式への転換にあたっては,授業方法をはじめ,受 講端末の設定方法,ソフトウェアの使用方法,資料の閲 覧方法,教員との連絡方法の説明などを,多人数の集合 を避ける目的で日程と時間帯を分けた出校日を設定し, 必要な講義資料の配布と遠隔授業に対する質疑ができる 機会を設け,自宅のネットワーク環境が整っていない場 合と接続不良などの場合に対しては,2ヵ所のキャンパ スに遠隔授業を受講できる特設教室を準備した. 遠隔授業の形態には,同時双方向型とオンデマンド 型8)などが存在し,文部科学省9)は6月に,新型コロ ナ感染症対策として全国的に行われた遠隔授業の取り組 み24例 を 紹 介 し て い る. 本 校 理 学 療 法 学 科 で は, Zoom10)とプレゼンテーションソフトを使用した同時双 方向形式と,TeamsやE-mailなどを活用し,動画教材 やPDF資料を共有して実施したオンデマンド形式を, 教科担当教員が科目内容に合わせて双方を自由に組み合 わせて授業を行った. 久保田ら11)は,大学の学習環境のデザインに活用で きるICTツールとして,協働を促す活用,知の共有の ための活用,人間関係構築のための活用を,事例を通し て紹介している.本来,大学機関には,多様な学びと知 の公開化が求められており,ICTを利活用した学びの機 会が一般的になりつつある.しかし,今回の本校におけ る遠隔授業の導入は,大学機関に準じたICTの利活用 の趣旨とは異なり,緊急事態に対応すべく実践の必要に 迫られた状況下でのものであった.震災に代表される大 災害時などの学校においては,侵される心身の安全性や 枯渇する教育資源に対する行動指針や教材の開発12), ネットワークを活用したそれらの準備や共有の必要 性13)が示唆されているが,通学や他者との交わりが制 約される感染症の流行を主たる要因とした事態に対して 行われた授業実践の知見は少ない. したがって本研究は,新型コロナ感染症の流行下で専 門学校において実施された,遠隔授業に対する取り組み の報告と,学生のアンケート結果の分析から得られた課 題から,今後起こりうる可能性を孕む様々な緊急事態に 際し,安定した授業の運用を可能とするための具体策を 考案することを目的としている.
II.対象と方法
1.対象 対象は,4年課程専門学校の理学療法士養成校に在学 する学生で,新型コロナ感染症に伴う宣言下における, 2020年5月7日から5月30日の間に実施された遠隔授 業を受講した1年生54名(45回受講),2年生64名(48 回受講),3年生51名(47回受講),合計169名を対象 に実施したアンケート結果とした(年齢:19.1±1.2 歳:平均 ±標準偏差,男性:74.1%,女性:25.9%).鹿児島医療技術専門学校倫理審査委員会の承認を得て 行った(承認番号:20004).
2.方法
アンケートは,回答者の個人を特定できない形式で作 成し,調査の趣旨に同意できる者のみ回答させた.調査 は,対象者にTeamsの掲示板を用いてMicrosoft Forms
で作成した様式を開示し,宣言の解除に伴った遠隔授業 (同時双方向形式とオンデマンド形式,または双方を組 み合わせた形式)の終了後,1週間の回答期間を設けて オンライン上にて行った.アンケート項目の作成は,授 業 へ のICT導 入 が 先 駆 的 で あ る 大 学 機 関 の 公 開 情 報14-16)を参考に行い,遠隔授業の実施について,学生 の受講状況と困りごとに関する全体像を聴取する選択式 の一般項目に,受講して感じた内実を自由な形で表出で きる自由記載項目を設けた様式で作成した(表1). 結果の解析方法は,一般項目の結果から学生の受講状 況,困りごとの全体像を量的データとして集計して可視 化し,自由記述の内容は,テキストマイニングのフリー ソフト,KHCorder317)を使用して,学生の回答した文 字データを計量的に行った.また,解釈は,頻出語上位 (1~5位)の語を主なサンプルとして抽出し,共起ネッ トワーク図に描写された語同士のつながりと照合しなが ら質的な観点から行った.共起ネットワーク図は,抽出 語を用いて出現パターンの類似した語同士が線で結ばれ る.円の大きさは出現回数を,リンク(線)の太さと数 値(jacquard係数)は,語と語の関連の強さをそれぞれ が表す.また,抽出語と共起ネットワーク図上の語の表 記は,抽出された語に活用がある場合,基本形に直して 描写される17). 困りごとの共起ネットワーク図は,授業前の「準備」 段階から「授業中」,「授業後」のそれぞれで抽出される 語の特徴を比較しながら分析しやすいように,同じネッ トワーク上に3つの要素を表す形式で描写させ,学生視 点からの工夫案の共起ネットワーク図は,抽出された複 数の要素をグルーピングした状態で描写できる方法を とった.それぞれの語が表す意味の解釈は,研究者の主 観的解釈に偏ることを防ぐために,全ての回答中で,そ れぞれの語がどのような文脈で使用されたかを一覧表に て確認できるKWICコンコーダンス機能17)を用いて, 語の意味と語同士の関連を確認しながら文章化を行っ た. 考察は,解釈した遠隔授業の困りごとを分類して内実 の可視化を行った.分類後,抽出された語の質的な内容 を異なる観点から複合して解釈することを目的とし18), 遠隔授業に対する学生の「準備」の段階,「授業中」の 段階,「授業後」の段階という経過を段階別に捉える観 点と,学生の使用したPC,スマホ,タブレットなどの ハードウェア,TeamsやZoomなどのソフトウェアに関 する「受講に必要なICT環境」,見え方,聞こえ方に関 する「視聴覚状況」,授業に関する「内容理解」,頸肩部 痛,腰痛などに関する「身体的不調」の観点からマトリ クス図を用いて整理し,本校において実践された遠隔授 業に対する課題を生成した.最終的に,関連する先行研 究の示唆と学生視点からの提案を併せて,課題に対する 具体的な対応策をまとめた.
III.結 果
アンケートの有効回答者数は,124名(有効回答率 73%)であった.選択式の一般項目の結果は表2に示 した.また,KHCorder3を用いて解析した頻出語一覧 は表3に示し,困りごとに関する自由記述項目の結果は 表4に示した.それぞれの語の後に記すカッコ内の数字 表1 アンケートの設問項目 Ⅰ.一般項目 1) 受講環境に関して ①あなた自身は,これまでにオンライン授業を受講した経験がありますか? ②オンライン授業の受講に使用した,主な端末はどれですか? ③オンライン授業の主な受講場所は,どこでしたか? 2) 授業に関して ①オンライン授業を受ける際に心掛けたことはどんなことですか? ③オンライン授業について,最も困ったことはどれですか? Ⅱ.自由記述項目 1) オンライン授業を受講する準備に関して,実際に感じた困りごとを具体的に教えてください. 2) オンライン授業の受講中に,実際に感じた困りごとを具体的に教えてください. 3) オンライン授業の配信後に,実際に感じた困りごとを具体的に教えてください. 4) 今回オンライン授業を受講してみて,どんな工夫があると,よりよい授業になると思いますか? 自由に書い てください.は,分析対象となった語の出現回数である. 図1の困りごとの共起ネットワーク図は,授業前準備, 授業中,授業後の要素(四角の見出し)ごとに関連する 語が表出されてリンクでつながり,四角い見出しで記さ れた要素同士と共通する語は,授業前準備,授業中,授 業 後 そ れ ぞ れ の 集 合 の 間 に 描 写 さ れ た(Node41, edge60,Density0.73).図2の工夫案の共起ネットワー クは,7つに分類されたグルーピングで描写された (Node31,edge30,Density0.65).
IV.考 察
本研究は,新型コロナ感染症の流行に伴って発令され た緊急事態宣言の下,対面式の授業が継続困難となった 措置として実施された理学療法士養成校における遠隔授 業に関する研究である.遠隔授業を受講した学生のアン ケート結果を分析し,遠隔授業実践までの取り組みの報 告に併せ,学生の困りごとから抽出した遠隔授業の課題 に対する具体策を考案する. まず,学生が遠隔授業を受ける際に心がけたことは, 頻出語を参考に解釈した.遠隔授業に特化した,音(3), 充電(3),カメラ(2)は,20回近く出現した上位頻出 語と比較すると少なく,PCやスマホなどの受講端末に 関すること,音声や映像に関することへの配慮を心がけ ている程度に留まった.これらは,視聴する端末が自ら の生活音を拾わないように配慮していたことや,あらか じめバッテリーの残量を確認して授業に臨んでいたこと, 表2 選択式の一般項目 設問 人数(%) オンライン形式授業の経験 ない 116(94) ある 6(5) わからない 2(2) 受講した場所 自宅 124(100) 自宅以外 0(0) 受講に使用した端末 スマホ 67(54) パソコン 41(33) タブレット 16(13) その他 0(0) 困りごとの全体像 授業内容 41(33) ソフトウェア 32(26) ハードウェア 31(25) その他 20(16) 表3 抽出語結果一覧 総抽出語数/ 異なり語数 頻出1位 頻出2位 頻出3位 頻出4位 頻出5位 1)オンライン授業に 臨む際の心がけ 989/226 授業(19) 聞く(17) 集中(16) 寝る(13) 遅刻(7) 2)準備に対する困りごと 907/247 授業(12) パソコン(9) 入れる(7) 資料(6) 回線(5) 3)授業中に対する困りごと 1369/301 聞こえる(16) 見える(13) 声(13) 先生(12) ボード(ホワイト 11) 4)授業後に対する困りごと 671/170 質問(7) 疲れる(7) 目(7) 授業(6) わかる(6) 5)学生視点での工夫案 1336/370 思う(22) 授業(22) チャット(14) 使う(12) 動画(11) 表4 困りごとのまとめ 授業準備段階 授業中段階 授業後段階 受講に必要なICT環境 関連 ・パソコンをを所有しておらず,スマホで受講するしかない ・パソコン用カメラ,マイクが品薄で入手できないため,スマホで受講するしかない ・バッテリーの減少が速い ・インストールが上手くできない ・課題提出の手順がわからない ・ソフトウェアにログイン,入室できない 視聴覚関連 ・ホワイトボードが見えにくい ・音声が途切れる,聞こえない 内容理解関連 ・授業前の確認事項などの対話ができない ・直接教員に質問ができない ・学生同士で授業内容を確認し合えない 身体的不調関連 ・眼精疲労 ・肩,腰の痛みカメラやマイク機能のON/OFFを確認したことという 使われ方がなされていた.上位頻出語は,授業内容をよ く聞く,集中して取り組む,寝ないように受講する,時 間に遅れないように気を付けるといった使われ方をして おり,学生は受講環境が異なろうとも,普段のキャンパ スにて実施される対面式の授業と変わらない心がけで授 業に臨んでいたことがわかった. ここからは,学生が感じた遠隔授業の困りごとを,「準 備」,「授業中」,「授業後」それぞれの頻出語と共起ネッ トワークを用いて分析する(図1). まず,「準備」に関する困りごととして抽出された頻 出語句は,授業(12)の他に,パソコン(9),入れる(7), 資料(6),回線(5)で,これらの具体は,“パソコン” を所有していなかったためにスマホで受講するしかな かった,ソフトウェアのインストールが上手く行えな かった,PC用のカメラとマイクが品薄で入手できな かったなど,受講に必要な媒体に関する要因であった. 加えて,“回線”がつながらない,遠隔授業の招待URL からログインできない,授業者の操作遅延などで入室が 許可されないなどが“入れる”という語を特徴として解 釈できた.“資料”については,遠隔形式を採ると,学 生の目前は教壇や教員ではなく自宅における個人のPC やスマホなどの受講媒体となる.授業者側が開始操作や マイクのON/OFF操作を行わない限り,教員と学生間 でのやり取りは一切できず,かつ,感染症の流行により 登校が制限されていたことから,授業に関連する準備や, 必要だと感じた事項の確認,資料の順番整理などが効率 よく行えずに困ったというもので,ここでの学生の困り ごとを,受講に使用する端末や授業資料などの準備物に 関すること,回線やログインなどの通信に関することと 分類した. 次に,「授業中」に関する困りごととして抽出された 語は,聞こえる(16),見える(13),声(13),先生(12), ホワイトボード(11)が上位頻出語で,“先生”の“声” が受講している端末から“聞こえない”,もしくは画面 が“見えない”という記述が目立った.これらは,授業 図1 共起ネットワーク(困りごと)
を配信する教員側のPCのマイクのON/OFF切り替えや ボリューム設定,ソフトウェア上での同様の設定,ネッ トワーク環境による音声の途切れなどの音声にまつわる ものと,受講端末の画面に映った“スライド”は見やす くてよいが,通常講義で使用される“ホワイトボード” を使用した板書を遠隔形式にてそのまま映写されると, 小さな受講端末の画面では見えづらかった,ネットワー ク環境の状況に影響を受け,動画が“途切れ”て見にく かったという視覚にまつわる内容で,ここでの困りごと を,聞こえと見え方に関することと分類した.また,「準 備」と「授業中」に共通して描写された,悪い,見える, 理解,先生という4つの語に関しても,学生は授業の準 備段階から授業中にかけて,相手側の見えにくさが内容 理解のしにくさにつながっていると感じていることが伺 えた. 最後に「授業後」に関する困りごととして抽出された 語は,質問(7),疲れる(7),目(7),授業(6),わ かる(6)が頻出語上位となり,これらの大半は授業前 後の困りごとと共通した.学生同士で行われる学習内容 に関する要点の共有や確認,受講して感じた疑問点をそ の場で教員に直接“質問”しにくい,PCの使用方法が “わからず”不便したという困りごとであった.また, 遠隔授業の導入に伴い,授業後の教育的やり取りの機会 として設けた課題の提出~添削の機会に関して,教員が 指定するソフトウェアを自らの受講端末にインストール して,作成した提出課題のファイルを保存し,指定され た宛先に添付して提出する方法がわからず上手くいかな かったという困りごとであった.加えて“疲れる”,“目” は眼精疲労を指し,頻出語句には含まれなかったが,頚 肩部痛や腰痛などの訴えも存在し,通常教室のスクリー ンやPC,タブレットよりも画面の小さいスマホを注視 し続ける状況となった受講状況が,これらの要因となっ たことが表れている. これらの困りごとは,授業の内容理解に関すること, 図2 共起ネットワーク(学生視点からの工夫案)
序や要点が見やすい教材は,学習がしやすいと評価が高 いが,模型教材や身体の一部を見せながら動作の理解を 促すなどの,理学療法技能に関連の強い授業によっては, スライドショーに加えて,見せたい媒体や身体運動,板 書を同時に映写しなければならない場合も存在する.そ のような場合は,必要な情報が相手側に見やすい状態で 描写されなければならないため,PCカメラをそのまま 使用して板書を映写するのではなく,既存のカメラに加 え,板書や補足事項専用の固定カメラを準備し,必要に 応じ切り替える,カメラの設置場所アングルの設定と操 作を行うなどの環境を整えることが必要となる. 聞こえに関しては,ネットワーク環境に影響された音 声の遅延や途切れに加え,授業者側のハードウェア・ソ フトウェア上でのマイクのON/OFF切り替えや,ボ リューム設定や操作ミスなどの人的要因が考えられ, 「慣れ」が必要である.また,ネットワーク環境を要因 とする音声や映像の途切れに関しては,あらかじめ受講 者の端末に動画データをダウンロードして保存できるオ ンデマンド形式による配信であれば,安定した教材の提 供とデータのスリム化などにも対応できたが,緊急を要 する今回の事態においては,遠隔授業用に授業を録画す る,資料を再編集するなどの教材開発を行う時間の捻出 が困難で,そのまま配信ができる同時双方向形式が主と なった.したがって,遠隔形式に慣れない教員と学生は, お互いに視聴覚状況を定期的に確認することを心がけ, 日頃からデジタル教材の利活用の頻度を上げ,動画教材 の利用やオンライン上におけるグループでの対話など, カメラやマイクを中心とした機器の利活用に慣れておく と,緊急時に教員が実践で使える授業形式や教材の選択 肢が広がり,安定した視聴覚状態での配信に近づけるこ とが可能となるのではないだろうか. 課題3点目(理解を深めるための双方向性に関する課 題)に対する対応策は,対話の機会と手段を工夫した双 方向性の高い学習者への配慮である.学生は教員に対し, 「もっとチャットを見て,活用してほしい」と感じてい る.今回は,同時進行型でお互いの顔が見えるソフト ウェアを用いたが,学生は小さな画面上での見づらく, 聞きづらく,伝えづらい環境を補うために,チャットを 活用した教員との対話を求めていた.学生は遠隔授業に おいても,教師との双方向性を求めているという植野 ら20)の示唆と共通し,本稿における学生らも,教員か らの何らかの認識を望んでいると解釈できる.谷田貝 ら21)はこれらを追究し,学習者と授業者のたがいの認 識感や視線が一致する遠隔教育は,教育効果への影響力 を有し,対面一斉講義の教示方略を適応できると論じて おり,遠隔授業における双方向性への配慮の必要性は, 通常の対面式授業の際と共通して捉えることができる. また,今回の緊急事態において暫定的に実施された遠 隔形式という受講環境においても,学生は教員との対話 事後の課題提出と添削に関すること,身体的不調に関す ることに分類した. ここまでの困りごとを,授業の「準備」,「授業中」, 「授業後」の経過順に捉えた観点と,それぞれを分類し た要素を複合させて捉えたマトリクス図を用いて整理し てまとめ(表3),課題の1点目「受講に必要なICT環 境に関する課題」,2点目「視聴覚状況に関する課題」, 3点目「理解を深めるための双方向性に関する課題」,4 点目,「健康に関する課題」の4つの課題を生成した. ここからは,まとめた課題と学生の考える遠隔授業に 対する必要な工夫案を,先行研究の知見と併せて解釈し, 本稿の結論を見出す.遠隔授業に対する必要な工夫案と して抽出された頻出語は,思う(22),授業(22),チャッ ト(14),使う(12),動画(11)で,共起ネットワー クを用いてグルーピングした特徴と併せ(図2),1.動 画教材の活用を充実化してほしい,2.チャット機能の 活用を充実化してほしい,3.授業後に再受講できる仕 組みを準備してほしい,4.視覚的に見やすいものに改 良してほしい,5.画面を共有してグループで話し合う 機会がほしいという5つの工夫案を抽出した.学生は, 遠隔授業を強いられた状況下においても,理解の深化の ための双方向性の充実化と,遠隔授業という環境を活か した新しい学びの方法を求めていたと推察できる. まず,課題1点目(受講に必要なICT環境に関する 課題)に対する対応策は,文部科学省2)の推奨に準じ, 学生の通信環境への配慮と受講に必要な各種準備状態を 作っておくことである.本校においては,普段からの授 業へのICTの利活用状況が充実しているとは言いがた い状況であった.宣言発令以降に,自宅のネットワーク 環境や遠隔授業の受信媒体などの通信に関する調査を実 施し,PCやスマホ,カメラなどのハードウェア,ソフ トウェアの使用方法や視聴に関する不調が出た場合の対 処法などに関する問い合わせ受ける窓口の準備を行い, 通信環境が不安定で,自宅での受講が困難な学生に対し ては特設教室を開放した.今回は,事態を受けた後の対 処となったため,緊急事態に柔軟に対応できる基盤を構 築するためには,普段からの自校における学生の学習環 境や状況を調査し,データベース化しておくことが必要 であることがわかった. 課題2点目(視聴覚状況に関する課題)に対する対応 策は,見やすく,聞きやすい授業の配信に努めることで ある.今回授業者側は,ソフトウェア上のホワイトボー ド機能やオンラインでファイルを共有して編集する機能 を利用した工夫も実践したが,学生は小さな画面上に映 し出される教員と板書の見づらさに困りごとを感じてい た.冨永ら19)は,講師のプレゼンスとして,講師映像 が入った教材よりも矢印ポインタのみの教材の方が十分 な情報が得られ,集中でき学習しやすかったと報告して いる.画面上の視覚的なアクション機能などを用いた順
問題を悪化させる可能性が考えられる.したがって授業 者側には,収束の見通しが立たない状況下において学生 の健康面に配慮するために,通常の対面式の授業と同等 の内容をそのまま配信するのではなく,画面の連続視聴 を強いないような授業の組み立てや,同時双方形式とオ ンデマンド形式を使い分けるなどの手段の選択,短縮し た視聴時間から生まれた時間を活用できるような柔軟な 授業への参加,課題提出方法などの工夫が必要となる. ここまでに,感染症を起因とした緊急時の対応として 導入された遠隔授業実践の報告と,学生のアンケート結 果から抽出した4つの課題に対する具体策を論じてきた が,事態から得られた経験と示唆を参考に実践に移すこ とが新たな事態への備えとなる. 今回,緊急事態宣言を受けて実践した遠隔授業から, 教員はデジタル教材の開発や授業を配信する準備,ICT ツールを利活用した授業に関する経験を得た.加えて, 同時双方向型授業の録画データ,一部実施したオンデマ ンド形式の動画教材,課題添削に関する教員と学生との やり取りの記録がデジタルデータとして形となった. データとして残った学習履歴の可視化は,教育目標や指 導内容の効果判定の指標になりうる30)ことや,デジタ ル化して蓄積した形の公開の必要性31)が述べられてい ることからも,ICTを利活用して形となった媒体そのも のは学習者の学びだけでなく,教員自身が学びを得るた めのツールとなることも示唆された.また,複数回以上 のICTに関する職員研修を受講すれば指導能力は向上 すること,ICTの使用頻度が高い教員はその指導力も高 い32)ことも立証されている.今後は,本稿で考案した 具体策に加え,得られた経験と形となったデータベース をもとに,全ての教員が日常からICTに積極的に触れ て学び,授業に利活用することが,指導力,能力を高め ることにつながり,その授業力が緊急事態への即応性と レジリエンスを兼ね備えた学校環境の構築に役立つので はないだろうか. 最後に,単一の養成校を対象とし,キャンパスにて行 われる座学形式の科目を中心とした調査から得られた本 研究の示唆は,養成機関ごとに状況の異なる全ての授業 を対象に,一般化して適用することは困難である.また, 今回実施されなかった実技を主体とした授業や臨床実習 を対象とした調査に関しては,今後の実践と継続研究が 必要であり,新たな課題を得ることもできた. 利益相反 本研究に関連して,開示すべき利益相反はな い. 謝辞 緊急事態宣言に伴って行われた,本取り組みと調 査研究に御協力下さった皆様方に深謝するとともに,事 態収束への祈念とお見舞いを申し上げます. を通した関わりに加え,「グループで話し合う機会がほ しい」をといった理解の深化につながる学習者同士の関 わりを求めていることが再確認できた.このような学生 の求める授業の双方向性への配慮は,遠隔授業の特性に 前向きな影響を及ぼす20)ことも論じられていることか ら,教材を媒介とする教師と受講生のコミュニケーショ ン過程22)に加え,オンライン環境下においても,ソフ トウェアの機能を活用して学習者と意図的な対話をつく り,視線の一致やお互いの認識感を充実させる工夫が必 要である. 加えて,学生は授業後に行われる課題を通した教員と のやり取りの充実化と,インターネット上の動画公開サ イトに授業内容を公開するなどして,授業をいつでも再 視聴でき,いつでも再学習できる環境を望んでいた.梅 田ら23)の,オンラインによる掲示板を用いた学習の機 会は,双方のコミュニケーションを促進できるという示 唆にあるように,ICTツールを用いた事前・事後課題の 提示やそれに伴う添削,質疑応答などの授業後における 学生と教員とのやり取りは,学習内容の理解の深化に加 え,教員と学生間の関わりを充実化させる具体策とな る.また,アーカイブ教材活用の有用性を示した通信課 程教育のWeb教材を転用した事例研究24)や,対面授業 相当か,それ以上の教育効果を示したストリーミングに よるコンテンツを活用したオンライン授業の示唆25)も 存在する.すなわち,これらの知見は,自分のペースで 学べる機会26)の提供と授業内容の理解深化のために, 併せて取り組むべき具体策の一つであると解釈でき,こ こでは,オンライン学習支援システムの構築とWeb教 材の開発~運用が,想定しない事態下における教育資源 としての備えとなりうることが再確認できた. 最後に,課題4点目(健康に関する課題)に対する学 生の健康面に対する訴えは,先行知見と共通した目の疲 れが大半で,その他に肩こりや腰痛,疲労などがあった. 現代におけるスマートフォンの世帯普及率27)は75.1% といわれており,本稿における学生も全員がスマート フォンを所有し,過半数が遠隔授業の受講に使用してい た.久保谷ら28)の調査では,対象となった大学生の半 数は1日当たり3~5時間スマートフォンを使用してお り,情報の検索やLINEやTwitter,Instagramなどのコ ミュニケーションツール,ゲームや動画視聴,音楽鑑賞 の用途で利用していることが明らかにされている.また, スマートフォンの多用群には疲労や眼精疲労,貧血など の健康面の不調愁訴が有意に存在し,生活行動や健康状 態にまで影響を及ぼす29)ことが示されており,これら の示唆を併せて,スマホを1日当たり3~5時間使用 するという学生の使用状況に,緊急事態下での恒常化せ ざるを得ない遠隔授業を受講するという特別な用途が加 わることを考慮すると,半数以上の学生は,スマホ過用 の継続を余儀なくされ,遠隔授業を起因とした健康面の
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