バランス評価のピットフォール 597
バランス能力の評価法には,機能的リーチテスト,3 m 椅子 間歩行,timed up and go test など様々なパフォーマンステス トが用いられている。一方,効果的な理学療法アプローチを導 くためには,バランス障害の要因を姿勢制御に基づいた機能別 に分析することが求められる。Horak ら1)は,バランス能力 を 6 つの姿勢制御機能のシステムとして捉えることを提唱して いる(生体力学的な制約,安定性限界/姿勢の鉛直性,予測的 姿勢調節,姿勢反応,感覚適応,歩行時の安定性)。臨床では これらの機能を総合的に評価する必要がある。本稿では,講演 で紹介した安定性限界,予測的姿勢調節および姿勢反応の 3 つ の機能について最新の知見を交えて説明する。 安定性限界(Stability limits) 安定性限界は,バランス能力の定義にかかわる重要な制御機 能である2)。報告されはじめた当初は,固定した支持基底面内 における体重心(COM)の鉛直方向の投影点(本稿では COG とする。)の最大移動範囲と定義されていた3)。しかしながら, 実際に測定しているのは床反力から算出される圧中心(COP) であり,最近の報告を概観しても COP の移動可能な範囲と捉 えるのが妥当であろう。安定性限界に関する既往報告では加齢 の影響を調べているものが多く,障害特性に関する報告が待た れている。健常者では,立位時の支持基底面に対して前後左右 ともに 20 代で約 70%の可動範囲が 70 代では 50%以下にまで 狭小化する4)。また,安静立位時の COP 位置からの最大移動 距離は前側方がもっとも長い5)。片手による機能的リーチテス トにはこの機能が大きく貢献している。さらに,前後および側 方へのウェイトシフトでは,それぞれ股関節・足関節の屈曲伸 展筋群および股関節内外転筋群が主働作筋となることに留意す る必要がある。たとえば,体幹の回旋運動を妨げるために両手 による機能的リーチテストを行った場合は,側方へのウェイト シフトも妨げられるために片手の場合とは姿勢戦略が異なって くる。 前述したこの機能の定義に関する混乱は,COG と COP との 関係が不明瞭であることに起因する。安静立位時においては, COP の振幅は COG よりも大きいものの類似した動揺を示し, COP 振幅の役割は COG の振幅を小さくするためであるとい う解釈に異論を唱える者はいないであろう6)。もし COP 振幅 の役割がそれのみであるならば,COG の動揺を減少させれば COP 振幅も減少するはずである。しかしながら,Carpenter ら7) は COG の前後動揺を減少させた結果,COP 振幅が有意に増加 することを示し,COP 振幅には探索的役割があることをあき らかにした。つまり,中枢神経システムは COG の位置を探索 するために一定量の感覚情報を必要としており,COG 振幅が 減少した場合は COP 振幅を増加させることによって感覚入力 を補っているのではないかと考察している。この理論では,た とえば,感覚機能が低下した高齢者は若年者よりも COP 振幅 が増加することは理にかなった戦略であり,必ずしも姿勢動揺 の増加を示していることにはならない。周知の通り,重心動揺 計の測定値は床反力の垂直成分のみから算出された COP 変位 量である。したがって,重心動揺計を用いて安静立位時の姿勢 動揺を推測することには“落とし穴”が潜んでいる。
予 測 的 姿 勢 調 節(Anticipatory Postural Adjust-ments: APA) Feed-forward 制御による姿勢反応で,随意運動に先行して 出現する8)。その役割は,随意運動に伴う姿勢動揺を予め減 弱させることと,歩行開始や停止またはリーチ動作のように COM を加速または減速させること9)に大別される。Ng ら10) は,片手の前腕部に負荷された荷重を他方の上肢によって取り 除く直前の 400 ms 間の脳活動を脳磁界計測装置によって計測 し,運動前野・補足運動野・被殻・淡蒼球・視床が関与してい ることをあきらかにした。したがって,以前から報告されてい た11)パーキンソン病患者では歩行開始などで APA が減弱す ることの根拠が示されたといえる。姿勢反応といえば後述する 外乱後の姿勢制御に注目されがちだが,日常生活では姿勢を保 持しながら上肢や頭部などの随意運動を伴う場面は頻繁に生じ ており,臨床においても APA についてさらに注目されるべき である。 この機能の評価および運動療法には幾つかの特性を理解して おく必要がある。Aruin ら12)は,支持基底面の安定条件を変 えて両上肢で把持した重りを離す直前の姿勢筋活動量を算出 し,姿勢の安定性が低下するほど APA の筋活動量も低下する ことを報告した。一方,Weaver ら13)は,椅子座位において 一側上肢の拳上運動直前には腹筋群の筋活動増加はみられない が,バランスボール座位で一側下肢の拳上運動直前には APA が出現することを示した。つまり,APA は随意運動中の姿勢 安定性が低過ぎても高過ぎても生じにくいという特性をもつ。 理学療法学 第 40 巻第 8 号 597 ∼ 598 頁(2013 年)
バランス評価のピットフォール
*
浅 賀 忠 義
**専門領域研究部会 基礎理学療法 特別セッション「ミニレクチャー」
*Pitfalls of the Evaluation for Postural Balance
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北海道大学大学院保健科学研究院
(〒 060‒0812 札幌市北区北 12 条西 5 丁目)
Tadayoshi Asaka, PT: Faculty of Health Sciences, Hokkaido University
キーワード:安定性限界,予測的姿勢調節,代償的姿勢反応 Japanese Physical Therapy Association
理学療法学 第 40 巻第 8 号 598 したがって,この姿勢反応を最大に誘発するためには個々の対 象者の姿勢安定性を考慮したきめ細かな条件設定が求められ る。また,Adkin ら14)は 1.6 m の高さのプラットフォーム上 でつま先立ちをさせることによって,踵が上がる直前の COP 軌跡と筋活動量から,恐怖感によって APA は減弱すると考 察している。よって,転倒の恐怖感が強いバランス能力の低 下した対象者には安心感をもたせる充分な配慮が必要となる。 Santos ら15)は,天井に吊り下がった重りを振り子状に落下さ せ,それを両上肢で受けることによって姿勢動揺を発生させる 実験を開眼または閉眼で行い,開眼では外乱前に姿勢筋群の筋 活動が開始することを報告した。つまり,外乱のタイミングが わかれば APA が誘発されることを示唆している。この反応は 随意運動に伴う APA とは神経回路は異なるものの,運動療法 では有用な知見といえる。たとえば,姿勢動揺を伴うような ボールのキャッチングなどで外乱前の姿勢筋活動の誘発を促す ことの根拠となる。 Feed-forward 制御に着目した運動学習に関する報告はきわ めて少ない16)。Manista ら5)は,リーチ動作に伴って姿勢動 揺を誘発する力が発生するロボットアームを用いることによっ て,動作直前の COP 速度から繰り返し動作による APA の学 習効果を示した。APA に着目した有効な理学療法に関する研 究が待たれている。
代 償 的 姿 勢 反 応(Compensatory postural re-sponse: CPR) 外乱刺激後に Feedback 制御によって誘発される姿勢反応 で,外乱刺激から脊髄反射よりも遅い 70 ∼ 120 ms 後に姿勢筋 活動が開始する。周知の通り,安定条件の違いによって中枢筋 群と末梢筋群の活動開始時間が違うことと,加えて,下肢関節 運動の特徴から足関節戦略または股間節戦略と命名された17)。 この姿勢反応を誘発する感覚入力が大脳皮質を経由するかどう かは長らく論争の的であった。Mihara ら18)は,床面水平刺 激後の大脳皮質の活動を機能的近赤外分光法(fNIRS)を用い てあきらかにした。さらに,Mochizuki ら19)は脳波計を用い てボタンを押すと同時に外乱が発生する条件下において,被験 者自身が押した場合は外乱に先行して大脳皮質が活動し,CPR にも影響を及ぼすことを報告した。つまり,外乱前の中枢神経 システムの興奮状態を“central set”と称されている20)が, これが大脳皮質の部位で証明されたといえる。 したがって,外乱後の姿勢反応検査では,たとえば指示のあ るなしや指示内容によって大きく影響を受けることに留意しな ければならない。Weerdesteyn ら21)は,15°後傾した立位状 態を保持するために前方へ体幹を紐で牽引し,予め姿勢を回復 するように指示した場合は指示がなかった場合と比較して,紐 がリリースされた後の腹側の筋活動量がより大きく観察される ことを報告した。また,前述した Mochizuki らの報告から外乱 のタイミングがわかっている場合は姿勢を回復させるための主 動作筋は促通され拮抗筋は抑制される相反的な活動パターンを 示し,一方,タイミングがわからない場合は同時収縮の活動パ ターンとなることを示唆した。筆者らは姿勢筋群の活動パター ンに着目して高齢者は若年者と比較して,軽度失調症患者は健 常者と比較して,いずれも同時収縮パターンを強めることを報 告してきた22)23)。したがって,バランス能力の低下した対象 者は外乱に対して重心動揺を軽減させるための戦略として同時 収縮活動パターンを強めることが示唆される。つまり,観察で は関節運動が制限されるために姿勢反応を捉えにくいことを意 味する。よって,臨床では観察のみで姿勢反応を評価すること には限界があるといえる。 文 献
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Japanese Physical Therapy Association