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特別支援教育における「支援」概念の検討

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教育社会学研究第92集(2013)

特別支援教育における「支援」概念の検討

金澤 貴之

【要旨】 特別支援教育は,通常教育との本質的同一性を目的・目標としてきたことで, 障害への対応としての「支援」を外在化させる状況を生み出してきた。通常教育 へのプラスαとしての概念として「特別な支援」を捉える考え方は,今後ますま すインクルーシブ教育が加速化していく中,通常教育関係者にとってのわかりや すさを生み出すことになると考えられる。その一方で,重度の知的障害児および 知的障害を併せ有する重複障害児においては,「支援」は教育に内在化したもの として,引き続き使用させ続けていくと考えられる。 また,障害当事者の望む「支援」のあり方が,障害のない教員のそれとは必ず しも一致するわけではないこと,そして健常者である教育者から見れば障害当事 者はしばしば支援のあり方を決定する成員の外部に位置していることを鑑みるな らば,特別なニーズを持った子どもたちの支援のあり方について検討する際,そ の支援の方法を誰が決定するのかということにも十分留意しておかなければなら ない。 キーワード:特別支援教育,インクルーシブ教育,通常教育,障害への特別な 「支援」 群馬大学

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ઃ. はじめに 特別支援教育において,「支援」はいかなるものとして位置づけられてきたのか。 このことを考えるためには,まずは,そもそも特別支援教育は「何を目指してきた のか」を検討し,その目的において「支援」がどのように位置づけられていたのか を検討しなければならない⑴。より正確に言えば,何を実際に「目指してきたか」 ではなく,何を「目指すべきもの」として謳ってきたのかということであり,その 目指す射程に「支援」なる行為やその指し示す概念が含まれてきたのかについての 検討である。 次に,「特別支援教育」それ自体の名称も含め,用語としての「支援」がどのよ うに用いられてきたのかについて検討していく必要がある。「特殊教育」から「特 別支援教育」への移行は,法制度上は平成19年度とされるが,なぜここで「支援」 が用いられることになったのだろうか,そして実践レベルで「支援」はどのような 文脈で語られてきたのだろうか,ということである。 その上で,つの現在進行中の問題について検討していく。つは,障害者権利 条約批准に向けたインクルーシブ教育の推進によって,通常学校における特別支援 教育が求められていく中で,今後,「支援」はどのような意味を持っていくのかに ついての検討であり,もうつは,障害者の権利性の観点から,その「支援」が, 誰のための支援を意味するのかについて,聾コミュニティとの関連性からの検討で ある。 「支援」概念の検討には本来つつの事象について詳細な分析が必要であり, 特別支援教育における「支援」の全体像について,一本の論文で論じること自体に かなり無理があることであり,大胆で乱暴な論考とならざるを得ない点は否めない が,今後のたたき台のつになればと考え,以下に考察を進めていくこととする。 ઄. 特別支援教育の目的 特別支援教育の目的は,学校教育法第72条において,以下のように規定されてい る。 特別支援学校は,視覚障害者,聴覚障害者,知的障害者,肢体不自由者又は病 弱者(身体虚弱者を含む。以下同じ。)に対して,幼稚園,小学校,中学校又 は高等学校に準ずる教育を施すとともに,障害による学習上又は生活上の困難

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を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とする。 すなわち,一方では,心身に障害があったとしても,障害のない子どもが通常の学 校で受ける教育と同等の(準ずる)教育を受けるべきであるとしつつ,その一方で, 特別支援学校として,その障害に関わって必要な知識技能を授けることを求めてい る。この文言は,名称変更に伴う修正はあったものの,学校教育法制定当時(1947 年)から継承されているものである。そしてこの構成は,特別支援学校小学部・中 学部学習指導要領(平成21年)第章総則の第節教育目標においても繰り返され る。 第節 教育目標 小学部及び中学部における教育については,学校教育法第72条に定める目的を 実現するために,児童及び生徒の障害の状態及び特性等を十分考慮して,次に 掲げる目標の達成に努めなければならない。  小学部においては,学校教育法第30条第項に規定する小学校教育の目標  中学部においては,学校教育法第46条に規定する中学校教育の目標  小学部及び中学部を通じ,児童及び生徒の障害による学習上又は生活上の 困難を改善・克服し自立を図るために必要な知識,技能,態度及び習慣を養う こと。 特別支援学校であっても「目標」は通常学校と変わらない,という主張がまず示さ れ,その目標の実現のために,障害に伴う困難への対応がなされる,という構造を とる。ここで重要なことは,「障害がある子どもの教育にあっても,教育目標は通 常教育と変わらないのだ」というメッセージが,まず最初に示されているというこ とである。すなわち,通常教育との本質的同一性が示され,その上で,その教育目 標からは外在的なものとして,障害に関する専門性が位置づけられているというこ とである。 そしてこの関係性は単なる理念でとどまるものではなく,学習指導要領に基づく 特別支援学校の教育課程編成においても,通常学校の教育課程にはない,「自立活 動」という領域が設置されるという形で具現化されている。特別支援学校学習指導 要領解説自立活動編(平成21年)では,学校教育法72条と教育課程の各領域との関 係が以下のように示されている。

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この「準ずる教育」の部分は,教育課程の観点から考えると,例えば小学校の 場合には,各教科,道徳,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動の指 導に該当するものである。後段に示されている「障害による学習上又は生活上 の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授ける」とは,個々の幼児 児童生徒が自立を目指し,障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改 善・克服するために必要な知識,技能,態度及び習慣を養う指導のことであり 「自立活動」の,指導を中心として行われるものである。すなわち,自立活動 は,特別支援学校の教育課程において特別に設けられた指導領域である。 つまり,自立活動という固有の領域が特別支援学校の教育課程において特設される 一方で,他の領域は通常学校のそれがそのまま位置づけられることで,やはり通常 学校との本質的同一性が示されつつ,障害への専門的対応がそれとは概念上は分離 されて位置づけられている。 અ. 実践レベルでの通常教育との本質的同一性 3.1. 盲学校,聾学校における教育内容と障害への対応の分離 この概念上の分離は,盲学校,あるいは聾学校⑵では実践レベルでもわかりやす い。盲学校では,自立活動の時間を除けば,通常の学校と同様に教科学習等が行わ れる。ただしその方法において,全盲であれば点字を用い,弱視であれば拡大読書 機等を用いるなどの専門的な対応が必要となる。同様に聾学校においても,自立活 動の時間を除けば,通常の学校と同様の内容で授業が行われ,その方法において手 話が用いられたり集団補聴システムが設置されていたりするなどの専門的な対応が 必要となる。また,クラスの人数が概ね名以下の少人数で構成されていること も,特別な措置といえる。一方で,自立活動の時間では,盲学校であれば点字や歩 行の学習,聾学校では手話や発音の学習など,障害に特化した学習がなされる。そ して領域としての自立活動は,「授業時間を特設して行う自立活動の時間における 指導を中心とし,各教科等の指導においても,自立活動の指導と密接な関連を図っ て行われなければならない」(特別支援学校学習指導要領解説自立活動編)とある ことから,例えば手話を用いて国語の授業を行うという行為は,教科指導としての 国語を行う中で,自立活動的な要素として手話を用いていると解することになる。 すなわち,通常教育との本質的同一性を保持しつつ,それとは概念上分離した形で 「自立活動」の中で点字や手話による専門的対応がなされるという形になる。知的

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障害のない肢体不自由児の場合も,バリアフリーな教育環境が用意されることで, 授業そのものには通常教育との本質的同一性が保持される。 3.2. 知的障害児教育における「合わせた指導」 さて,問題は,いわゆる教科教育の実施が困難なほどに知的障害が重度であった 場合である。この構造は,知的障害の程度が重度になればなるほど,理論レベルで は概念上の分離を図りつつも,実践レベルでは曖昧さを呈していくことになる。特 別支援学校小学部・中学部学習指導要領第章総則「第 内容等の取扱いに関す る共通的事項」では以下のように述べられている。 知的障害者である生徒に対する教育を行う特別支援学校の中学部においては, 国語,社会,数学,理科,音楽,美術,保健体育及び職業・家庭の各教科,道 徳,総合的な学習の時間,特別活動並びに自立活動については,特に示す場合 を除き,すべての生徒に履修させるものとする。(下線部は引用者) このように,通常教育で設けられている各教科・領域については知的障害があった としても同様に履修が求められている。しかしながら,知的障害の程度が重度であ り,知的発達が未分化である場合,教科学習には現実問題として困難が伴う。例え ば生活年齢は14歳であっても,精神年齢が歳未満で,発語もほとんどなく,数の 概念を理解し得ていない生徒に対して,「数学」の授業を成立させることは極めて 難しい。そこで,「合わせた指導」という考え方が採用されることになる。学校教 育法施行規則第百三十条では,以下のように示される。 特別支援学校の小学部,中学部又は高等部においては,知的障害者である児童 若しくは生徒又は複数の種類の障害を併せ有する児童若しくは生徒を教育する 場合において特に必要があるときは,各教科,道徳,外国語活動,特別活動及 び自立活動の全部又は一部について,合わせて授業を行うことができる。 そして「合わせた指導」として,「日常生活の指導」「生活単元学習」「作業学習」 「遊びの指導」といった,通常学校では耳にすることのない独特の「指導の形態」 が生み出されることとなった。これらはあくまで「各教科・領域を合わせた指導」 であるため,教科学習が困難なので各教科を行・わ・な・い・ということではなく,生活に

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密着した「指導の形態」の中で,国語,社会,数学等の各教科を行・う・という解釈が なされる。そこに「各教科や領域に分けて教育内容が示されているが,実際は各教 科や領域を合わせて指導することができるという二重構造」(齋藤,2011)が生じ ることになる。すなわち,二重構造を生み出すことで,理論上は通常教育との本質 的同一性が保持されている,との解釈が示されることになる。 では各教科や領域が示されることが,どれだけ知的障害児教育の実践レベルでリ アリティを持ちうるだろうか。例えば「日常生活の指導」(衣服の着脱,排尿・排 便など,日常生活の中で繰り返し行われる活動)は知的障害特別支援学校では恒常 的に実践される「合わせた指導」であり,その指導方法の工夫やポイントに関する 記述は,入門書から専門書まで,枚挙に暇がない。しかしながら,でははたして 「日常生活の指導」の中で国語や数学の各教科の要素をどのように扱えばよいのか といった点については,実のところ,ほとんど言及したものが見られない。実際の 授業においても,例えば衣服の着脱の最中に,それが何と何の教科を合わせた活動 なのかを意識している教員はほとんどいないのではないか。 発達が「未分化」なのだから各教科に分けて意識すること自体困難だが,(未分 化な)各教科がそこに「ある」のだ,というロジックもありうるし,本稿はそのロ ジック自体を否定するつもりもない。ここで指摘しておきたいのは,実践レベルで は知的障害特別支援学校の授業において通常教育における各教科・領域が保持され ていると認識されているとは言えないにも関わらず,概念上は,通常教育と同じ目 標のもとに各教科・領域の学習が実現されているのだ,とするメッセージを読み取 ることができるということである。特別支援教育における「支援」とは何かを検討 する際,まずはこのような二重構造が,特別支援教育(特殊教育)において「支 援」という言葉が多用されるよりも前から存在しており,通常教育との本質的同一 性が強調されてきたということ,そして障害に関する対応の専門性は,少なくとも 概念上は分離され,その外に位置づけられていたということを踏まえておかなけれ ばならない。この障害に関する対応の専門性が概念上分離されていたことで,その 後に「(特別な)支援」へと置き換えられていく土壌が作られていたと考えること ができる。 આ. 「特別支援教育」という名称 平成19年度は「特別支援教育元年」とも呼ばれ,法制度上はここから特別支援教 育がスタートしたといわれる。平成18年度に学校教育法などの法改正がなされ,

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「特殊教育諸学校(盲学校,聾学校,養護学校)」は「特別支援学校」へ,「特殊学 級」は「特別支援学級」へと名称変更がなされたからである。では,この「特別支 援教育」なる名称はどのようにして決まったのだろうか⑶。 特別支援教育の制度化は,つの有識者会議を経て実現された。 つは平成13年月に示された,「21世紀の特殊教育の在り方について〜一人一 人のニーズに応じた特別な支援の在り方について〜(最終報告)」である。ここで は「特殊教育」という用語が使用されているものの,「盲・聾・養護学校や特殊学 級などの特別な場において,障害の種類,程度に応じた」教育という従来の考え方 から,「障害のある児童生徒等の視点に立って児童生徒等の特別な教育的ニーズを 把握し,必要な教育的支援を行う」と述べられているように,「特別な教育的ニー ズ」という概念が導入されている。これにより,盲・聾・養護学校の一元化の必要 性や,通常学校で学ぶ発達障害児への対応といった,「特別支援教育」への制度改 革の検討が始まっていく。また,「児童生徒の特別な教育的ニーズを把握し,必要 な教育的支援を行う」といった言い回しにも注目しておく必要がある。つまり, 「特別な教育的ニーズ」と「必要な教育的支援」が対応関係で語られている⑷。 次に,平成15年月に「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」が 示され,ここで「特殊教育」は「特別支援教育」へと姿を変えることになる。個別 の教育支援計画の作成,特別支援教育コーディネーターの配置,盲・聾・養護学校 から特別支援学校へ,通常学校における LD,ADHD 等への対応など,「特別支援 教育」の制度改革の骨子はここでほぼ固められる⑸。 そして最終的に,中央教育審議会において,「特別支援教育を推進するための制 度の在り方について(答申)」が平成17年12月 日に示された。これに基づき,翌 年度に法改正が実施されるに至り,平成19年 月から,「特別支援教育」が「スタ ート」した。 ただし,平成19年度が特別支援教育元年とされていることと裏腹に,重要なこと を点指摘しておく必要がある。 つは,こうした制度化に先立って,すでに平成13年月の省庁再編の際に,文 部省初等中等教育局特殊教育課の名称は,文部科学省初等中等教育局特別支援教育 課へと変更されていたということである。つまり,「特別支援教育」への変更は, 一見,有識者会議等での検討を積み重ねてようやく実現したかのようにも見える反 面,実は本丸とも言える文科省の担当部署の名称自体が,平成19年 月の制度化か ら見れば年以上前に変更されていたということである。ではなぜ文科省は「特別

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支援教育」を名称として採用したのかについては,有識者会議等での検討も経てい ないために議事録等の資料もなく,時の文科省内部の少数の関係者のやりとりで決 められたことと思われるので,よくわからないのが実のところである。ほぼ同時期 に発表された,前述の「21世紀の特殊教育の在り方について〜一人一人のニーズに 応じた特別な支援の在り方について〜(最終報告)」を見ても,国際的潮流に乗る ならば「特別ニーズ教育(Special Needs Education)」を採用すべきだったかもし れない⑹。しかしカタカナの混じる「特別ニーズ教育課」は日本の省内の部署の名 称になじまないと考えたのかもしれない。「特殊」の語感に対する批判への対応な ら「特別教育」でもよかったかもしれないが⑺,時代の潮流を受けての変更として, 「ニーズ」のかわりに「支援」を入れ込んで,これでよしとしたということなのか, 真相は明らかではない。 そしてもうつは,法制度上の名称変更に先立って,「今後の特別支援教育の在 り方について」(最終報告)で示された内容のうち,個別の教育支援計画の作成な ど,教育委員会レベルの判断で実施できることは,すでに平成16年度以降具体化さ れていたし,改革の「目玉」である通常学校での発達障害児支援についても,学校 教育法施行規則の一部改正により,法律改正を伴わず実現されていたということで ある。障害児の教育の名称において「支援」という言葉が明記された,「特別支援 教育」の法的な名称改正は,実質的な中身の制度改正から見れば最後のおまけのよ うなものだった,と言えなくもない。 ઇ. 「支援」の広がり 「特別支援教育」の法制度化は平成19年度以降であったものの,「特別支援教育」 の語の使用は平成13年度からであり,特に平成15年月の「今後の特別支援教育の 在り方について(最終報告)」以降,急速に広まっていく。そして時期的にはそれ と重なる形で,つの形で,特別支援教育分野において,「支援」の語の使用が多 用されるようになっていく。 つは,「特別支援教育支援員」制度の発足に見られるように,発達障害児を中 心に,通常学校で学ぶ障害児への特別支援教育においてであり,授業担当教員とは 別に配置される者を「支援者」と称し,その者が行う活動を「支援」と称する形で 用いられてきたことである。3.1. で述べたように,知的障害を伴わない視覚障害 や聴覚障害等の場合には,通常教育の内容と障害への対応(支援)を分離して考え ることができる。通常学校内で行われる特別支援教育の場合もそれと同様であり,

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すでにそこにある通常教育が利用されるがゆえに,そこで障害のある子どもが学ぶ ために必要な手段としての「支援」を,外在化させて位置づけることになる。むし ろ盲学校や聾学校以上に通常教育においてこそ,外在的概念として「支援」を用い ることが,通常教育関係者にとっての理解が得られやすい状況もある。 そしてもうつは,知的障害児あるいは知的障害を伴う重複障害児への教育にお いて,「指導」が「支援」に置き換わる形で,「支援」という言葉が多用されるよう になっていったことである。主体が教員に置かれる「指導」よりも,「支援」の方 が主体を子どもに位置づけることができるために好んで使用されるようになってい ったという理由もあるが,この背景として,3.2. で述べた中に,より本質的な理 由も見いだされる。すなわち,知的障害が重度であればあるほど,実践レベルで通 常教育の教育内容との本質的同一性と障害への対応を分離させることが困難な状況 が生じるため,概念上の整理として「合わせた指導」が運用されることになるとい うことである。それは,「支援」を「教育」の外在的な概念として位置づけること が困難であることを意味する。「支援」概念を「教育」と分離させることが困難で あるがゆえに,教育的営みそれ自体を「支援」として置き換える状況が生まれてい ったと考えられる。ここに,「教育」に内在する「支援」の使用の広がりの契機を みてとることができる。 ઈ. インクルーシブ教育における「支援」 日本の特別支援教育では,戦後に義務教育が始まっていながらも,「就学猶予」 「就学免除」の名の下に重度の障害児を不就学としてきたが,1979年の養護学校義 務化により,全ての子どもの完全就学が実施された。これにより,日本の重度重複 障害児の教育水準は世界的にも誇れるものとなっていった反面,分離教育が進んで いった。ところが「サラマンカ宣言」以降の国際的潮流の影響を受け,21世紀に入 ってから,通常学校における特別支援教育は広がりを見せるようになってきた。 そして今日,「障害者権利条約」の批准を目指して,法制度改革が進められてい る。障害者権利条約は,2006年12月に国連総会において採択され,日本政府は2007 年月に署名をしている。そして2012年12月現在の批准国は126カ国であるが,日 本政府は国内法の整備が十分でないとの判断(民主党政権のもと)から批准に至っ ていない。そこで必要な法改正を行うべく,障がい者制度改革推進会議が2009年12 月15日に発足した(2012年月24日廃止)。この会議の構成員の多くは障害当事者 の代表が占めており,障害当事者の権利擁護の観点から大きな意味を持つものであ

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った。2010年月29日の閣議決定(「障害者制度改革の推進のための基本的な方向 について」では,以下のようにインクルーシブ教育へのシフトが求められた。 障害のある子どもが障害のない子どもと共に教育を受けるという障害者権利条 約のインクルーシブ教育システム構築の理念を踏まえ,体制面,財政面も含め た教育制度の在り方について,平成22年度内に障害者基本法の改正にも関わる 制度改革の基本的方向性についての結論を得るべく検討を行う。(下線部は引 用者) そしてこれを受け,2011年 月日に施行された改正障害者基本法16条では以下の ように明記された。 第十六条 国及び地方公共団体は,障害者が,その年齢及び能力に応じ,かつ, その特性を踏まえた十分な教育が受けられるようにするため,可能な限り障害 者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよ う配慮しつつ,教育の内容及び方法の改善及び充実を図る等必要な施策を講じ なければならない。  国及び地方公共団体は,前項の目的を達成するため,障害者である児童及 び生徒並びにその保護者に対し十分な情報の提供を行うとともに,可能な限り その意向を尊重しなければならない。 (下線部は引用者) さて,今後の特別支援教育が,このように通常学校での教育を(重度の知的障害 や重複障害のある子どもはともかくとしても)ある程度は前提として進められてい く中にあって,「支援」という言葉は,前述した「特別支援教育支援員」のように, 外在的概念として示されることで,通常教育関係者への説得性が高まっていくと考 えられる。それはこれまでは特別支援教育を「自分たちには縁遠いもの」と考えて いた通常教育関係者にとっての安心感でもある。すなわち,必要に応じて「特別な 支援」が入るものの,今まで通常教育で行われてきた教育活動は本質的には変わる ものではない,ということである(もちろん現実的には一定の障害に関する理解や 指導技術が必要となる局面もあるし,研修も行われているが)。そしてこの教育の 本質的同一性は,本稿ので述べてきたように,そもそも特別支援教育側が歴史的

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に作り上げてきた目的・目標でもあった。すなわち,特別支援教育側が「障害があ る子どもの教育も,本質的には通常教育と同じなのだ」と主張し続けてきたことが, 結果的にインクルーシブ教育における「支援」の外在化を導くことにもなったと言 えなくもない。 このことは,やはり障害者権利条約を受けて検討が進められてきた,高等教育に おける障害学生支援についてもあてはまる。2012年月から文科省高等教育局にお いて,「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」が発足し,障害のある学生 への「支援」のために手話通訳者や介助者などの「支援者」を配置する方策が検討 された。これは障害のある学生の修学について行政が権利性を認め,修学環境の措 置を講じることになった点では非常に画期的であるが,大学教育そのものへの本質 的変更を求めるものではなく,別途(外在的に)「支援」を用意するという考え方 にとどまっていると見ることもできる。 ઉ. 障害者当事者の権利性と「支援」 障害者権利条約は,インクルーシブ教育の促進を促す一方で,障害当事者の自己 決定権も尊重している。ここで問題となるのは,では,教育における「支援」は誰 が求める支援なのかということである。最後にこの問題について,聾者における手 話言語獲得の観点から指摘したい。 障害者権利条約の批准を踏まえ,改正障害者基本法では,以下のように手話が言 語として位置づけられ,その選択および習得の機会の確保が求められた。 第三条三 全て障害者は,可能な限り,言語(手話を含む。)その他の意思疎 通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに,情報の取得又は 利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること。 附帯決議(衆議院および参議院) 一 国及び地方公共団体は,視覚障害者,聴覚障害者その他の意思疎通に困難 がある障害者に対して,その者にとって最も適当な言語(手話を含む。)その 他の意思疎通のための手段の習得を図るために必要な施策を講ずること。 成人聾者で,自らが手話を使用している者がその使用の権利を主張するのは当然 のことであるし,その機会の確保が法的に認められたこともまた,わかりやすい。

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そして手話を用いる成人聾者は聾者同士でコミュニティを形成し,独自の文化を形 成している。彼らは自らを「聴覚障害者」としてよりは「聾者」として規定する (木村・市田,1995)。もちろん手話を用いない聴覚障害者も多くいるが,ともかく 手話を用いる成人聾者がおり,彼らが自らの存在を自己規定し,その使用言語を自 ら決定する権利を主張することはわかりやすいし説得性もある。 しかし「手話の習得」となると問題はややこしい。手話を言語として習得するた めには,幼児期からの教育環境の選択が大きな意味を持つ。そしてその選択の決定 権は前述した16条と照らしても,保護者にあることは明白である。問題は,聴覚障 害児の親となる,聴覚に障害のない者(聴者)にとっては,手話も聾者の文化も全 く未知の世界だということである。 ・聾者の約割は聴者の親のもとに生まれる。 ・聾者の約 割は聾者同士で結婚する。 ・聾者の約割は聴者の子どもを産む 「90%ルール」と言われるこれらつの現象が意味することは,聾者は,新しいコ ミュニティの成員となる聾児を,自分たちが望むように育てていくことを許さない 再生産システムが存在するということである。聾者夫婦が聾である我が子には手話 で教育をしてほしいと願って聾学校に通わせても,その他割の聴者の親がインク ルージョン教育環境を選択した場合,聾学校の児童数は激減していき,聾者コミュ ニティは聾学校という結びつきの場を失っていくことになる。実際,デンマークな ど北欧では人工内耳の普及も相まって,インクルーシブ教育が加速化し,聾学校が 廃校となるケースが見られている。通常学校で学ぶ聴覚障害児は,大学に進学し, 支援の必要性を実感することなどをきっかけに,手話や同じ聴覚障害を持つ「同 胞」と出会うケースが散見されることを考えると,今後,高等教育機関が新たな聾 コミュニティ形成の場となる可能性もないわけではない(金澤,2012)。しかしそ の可能性は未知数であり,現時点では決して十分ではなく,インクルーシブ教育が 進み,その「支援」が「充実」していくことは,聾コミュニティからすれば「壊滅 の危機」を招くことになっていくのである(図)。 ઊ. 結語 特別支援教育は,通常教育との本質的同一性を目的・目標としてきたことで,障 害への対応としての「支援」を外在化させる状況を生み出してきた。そしてインク ルーシブ教育が加速化していく中で,通常の教育へのプラスαとしての「特別な支

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援」という考え方は,通常教育関係者にとってわかりやすいレトリックとして機能 していくであろう。その一方で,重度の知的障害児および知的障害を併せ有する重 複障害児においては,実質的に教育に内在する(指導の置き換えとしての)「支援」 が引き続き使用されていくであろう。ただしこうした教育関係者による「支援」は, 「健常者」が,それとは異なる価値を構築していく「障害者」のありようを,特定 のベクトルに向けていく作用を持つものであることを念頭に置いておく必要がある。 すなわち,「教育の外なるもの」として位置づく「支援」のあり方を検討する際, その対象が,健常者である「教育者の外なる者」として存在することをも,注意深 く意識に留めておかなければならないといえよう。 図 聾コミュニティの継承過程 DD(聾両親をもつ聾者) DH(聴両親をもつ聾者) CODA(聾両親をもつ聴者) Hearing(聴者) 親から子へ 聴者の親が通常学 校を選択すると… DD 児を核に聾学校で聾文化を形成 DD 児を核に聾学校で聾文化を形成 DD 児を核に聾学校で聾文化を形成 聾学校の縮小 聾学校の縮小 聾学校の縮小 通常学校への離散 通常学校への離散 通常学校への離散 後に聾文化と接触 後に聾文化と接触 (大学等で) (大学等で) 後に聾文化と接触 (大学等で)

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〈注〉 ⑴ 「特別支援教育」は平成19年度から,学校教育法等の改正に伴い,「特殊教育」 から名称変更されたものといえるが,これにあわせて発達障害児が対象に含まれ たため,「特殊教育」や「障害児教育」の単純な言い換えとも言えない側面があ る。しかしながら本稿では,その目的の変遷などを確認していく作業において, 「特別支援教育」への制度変更以前からの連続性の中で捉えて議論を進めざるを 得ないところもある。そこで,従来の特殊教育と異なるものとして言及したい時 には括弧書きで「特別支援教育」と示すが,そうでない場合は特別支援教育なる 用語を特殊教育との連続性の中で論じることとする。 ⑵ 平成19年度に学校教育法等が改正され,「盲学校」,「聾学校」,「養護学校」は 「特別支援学校」となり,複数の障害種にまたがる特別支援学校も設置されるよ うになった。とはいえそれは少数の事例であり,現実的にはこれらの障害による 校種別はほとんどそのまま維持されている。一方,名称については,聴覚障害領 域を例に挙げれば「聴覚支援学校」,「聴覚特別支援学校」,「聾学校」,「聾学園」 など,全国で不統一な状態となっている。また,名称変更に対する反対運動も各 地で起こっており,「盲学校」や「聾学校」の名称に愛着を感じる関係者も少な くない。そうした現状を鑑み,本稿では旧来からの「盲学校」等の名称を用いる こととする。 ⑶ 国内の制度改革の背景には,ユネスコにおける「サラマンカ宣言」(1994年) 等のインクルーシブ教育(様々な特別なニーズを有する子どももすべて包括して 通常学校で学ぶ環境を整えていくという考え方)を指向した国際的潮流があるが, 本稿ではそこまでは詳述せず,文科省による制度化の流れを押さえておくに留め ておく。 ⑷ 「特別な教育的ニーズ」は,イギリスの調査委員会報告(ウォーノック報告) が1978年に示されてから広まった概念であり,従来の特殊教育(障害児教育)の 対象児童が%程度であったのに対し,障害の有無に関わらず何らかの特別な教 育的ニーズを有する子どもは20%にのぼるとするものである。それゆえに,国際 的潮流を受けて国内で検討された「特別支援教育」への転換も,通常学級におけ る特別なニーズを持つ子ども(主として発達障害児)への対応に主眼が置かれた ものであった。 ⑸ 文部科学省が「発達障害」の名称を採用したのは特別支援教育の制度化直前の 2007年月からである。「『LD,ADHD,高機能自閉症等』との表記について,

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国民のわかりやすさや,他省庁との連携のしやすさ等の理由から(中略)発達障 害者支援法の定義による『発達障害』との表記に換える」と発表されている。 ⑹ インクルーシブ教育化への潮流を受け,日本では1995年に「特別なニーズ教育 とインテグレーション学会(SNE 学会)」が発足し,1999年には「特別ニーズ教 育学会(SNE 学会)」へと名称変更している。「21世紀の特殊教育の在り方(最 終報告)」が発表された2001年,すでに少なくとも当該分野の学術関係者の間で は,「特別ニーズ教育」という概念は珍しいものではなかった。 ⑺ そもそも日本においてなぜ「特別教育」ではなく「特殊教育」が用いられてき たかについては,別の概念で「特別教育」が使用されてきたという歴史的経緯も ある。ただ,日常用語的な語感としても,「特殊」と「特別」が似て非なるもの であることは,「特殊な料理」と「特別な料理」(「記念日」,「人」,…)などを想 起すればわかりやすい。 謝辞 本稿を執筆するにあたり,文部科学省初等中等教育局特別支援教育課特別支 援教育調査官大西孝志氏に貴重な助言を頂きました。心より感謝申し上げます。 〈引用文献〉 金澤貴之,2012,「インクルージョンと聴覚障害児教育」渡邉健治編著『特別支援 教育からインクルーシブ教育への展望』クリエイツかもがわ,pp.205-221. 木村晴美・市田泰弘,1995,「ろう文化宣言」『現代思想』23(),pp.354-362. 齋藤一雄,2011,「学習指導要領と埼玉県教育課程編成要領の変遷」『上越教育大学 特別支援教育実践研究センター紀要』第17巻,pp.25-32. 中央教育審議会,2005,「特別支援教育を推進するための制度の在り方について (答申)」文部科学省初等中等教育局特別支援教育課。 特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議,2003,「今後の特別支援教育 の在り方について(最終報告)」文部科学省初等中等教育局特別支援教育課。 21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議,2001,「21世紀の特殊教 育の在り方について(最終報告)」文部科学省初等中等教育局特別支援教育課。 文部科学省,2009,「特別支援学校小学部・中学部学習指導要領」文部科学省。 文部科学省,2009,「特別支援学校学習指導要領解説自立活動編」文部科学省。 文部科学省高等教育局,2012,「障がいのある学生の修学支援に関する検討会報告 (第一次まとめ)」文部科学省高等教育局。

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文部科学省初等中等教育局特別支援教育課,2007,「『発達障害』の用語の使用につ いて」文部科学省初等中等教育局特別支援教育課。

文部科学省初等中等教育局特別支援教育課,2007,「『特別支援教育支援員』を活用 するために」文部科学省初等中等教育局特別支援教育課。

Department for Education and Science (1978): Special Educational Needs: Report of the Committee of Inquiry into the Education of Handicapped Children and Young People. London: HMSO.

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ABSTRACT

Examining the Concept of ʻSupportʼ in Special Needs Education

KANAZAWA, Takayuki

(Gunma University) What have been regarded as the educational goals of special needs education are assumed to be essentially the same as regular education. Therefore, the ʻsupportʼ for disability was placed outside the educational goals. This was usually compelling for educators, who must accept more and more children with disabilities in regular schools in the inclusive education system. On the other hand, ʻsupportʼ and ʻtrainingʼ are not separated in the context of children with severe intellectual disabilities or multiple disabilities with intellectual disabilities.

When considering the support for children with special needs, the question of “who desires this support?” should be noted. The desirable nature of support which non-disabled educators hold to and that of people with disabilities is not necessarily the same.

Keywords: special support education, inclusive education, regular education, special ʻsupportʼ for disability

参照

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