はじめに
門脈腫瘍塞栓は肝細胞癌ではしばしば見られる が胃癌では比較的稀であり1),その多くは肝転移 やリンパ節転移を伴い進行が早く予後も不良であ る.今回われわれは門脈腫瘍塞栓を合併した胃癌 を経験したので報告する.症 例
症 例:75歳,男性. 主 訴:心窩部痛. 既往歴:特記すべきことなし.喫煙歴,飲酒歴な し. 家族歴:特記すべきことなし. 現病歴:2005年6月頃より心窩部痛を自覚し,7月 に松下記念病院消化器科外来を受診した.上部消 化管内視鏡検査にて胃体下部から前庭部に3’型の 胃癌を認め,精査加療目的で入院となった. 入 院 時 現 症 : 身 長 1 6 2 c m , 体 重 6 4 k g . 血 圧 122/76 mmHg.脈拍72/分,整.体温36.7℃.眼 瞼結膜はやや貧血.眼球結膜に黄染なし.心窩部 から右季肋部に鶏卵大の硬い腫瘤を触れ,軽い圧 痛を認めた.入院時検査所見(表1):軽度の貧血 を認めた.肝機能は正常で肝炎ウイルスマーカー門脈腫瘍塞栓を伴った胃癌の1例
今本栄子,安藤貴志,松本次弘
*,沖田美香
*,
小松晶子
*,石川 剛
*,長尾泰孝
*,加藤治樹
** 社会保険京都病院 内科 *松下記念病院 消化器科 **大寿会病院要旨:症例は75歳男性.2005年6月頃より心窩部痛を自覚し,同年7月松下記念病院
消化器科を受診し,上部消化管内視鏡検査を行ったところ 3’
型の胃癌を指摘された.
腹部CT,腹部血管造影検査では明らかな肝転移を認めないものの,門脈本幹から左
右枝に門脈腫瘍塞栓を認めた.年齢等考慮し,手術は行わず化学療法を選択した.
TS‐1の投与を開始し,原発巣は若干の縮小を得ていたが2コース目途中である10月
の腹部CTで大量の腹水と多発肝転移,門脈腫瘍塞栓の増大を認め,11月初め永眠さ
れた.門脈腫瘍塞栓を合併した胃癌は稀であるが肝転移やリンパ節転移を伴い進行
が早く予後が不良であるといわれている.門脈腫瘍塞栓合併胃癌に対する治療法は
いまだ確立されておらず,さまざまな集学的治療が試みられている.
キーワード:胃癌,門脈腫瘍塞栓,化学療法
2007年5月19日受付 連絡先:〒603-8151 京都市北区小山下総町27 社会保険京都病院内科(今本栄子) e-mail : [email protected]Peripheral blood AMY 114 U WBC 7400×102 /μL TP 6.5 g/dL R B C 415×104 /μL Alb 3.5 g/dL Hb 8.9 g/dL CRP 0.3 mg/dL Ht 29.0 % BUN 17 mg/dL PLT 39.1×104 /mL Cre 0.84 mg/dL Blood chemistry UA 4.8 mg/dL T-Bil 0.3 mg/dL FBS 93 mg/dL AST 14 IU/L Viral marker
ALT 10 IU/L Hbs Ag (-) LDH 191 IU/L HCV Ab (-) ALP 181 IU/L Tumor marker
γGTP 19 IU/L CEA 4.7 ng/mL CA19-9 12 U/mL
はB型,C型とも陰性であった.腫瘍マーカーは CEA,CA19-9とも正常範囲内であった. 上部消化管造影検査(図1):胃体下部から前 庭部にかけて不整形の潰瘍形成を伴う全周性の隆 起性病変を認めた. 上部消化管内視鏡検査(図2):胃体下部から 前庭部にかけて後壁側を中心に潰瘍を伴う一部全 周性の不整な隆起性病変を認め,3’型の胃癌と診 断した.スコープは十二指腸へ容易に通過した. 生検による病理組織診はpoorly differentiated adenocarcinomaであった(図3). 腹部CT検査(図4):胃前庭部で胃壁の不整な 肥厚を認めた.胃小彎側および幽門部大彎側のリ ンパ節は腫大し,リンパ節転移と考えられた.ま た門脈本幹から左枝にかけて門脈内に腫瘍を認 め,造影早期で造影効果が観察された.明らかな 肝転移,腹水は認めなかった. 腹部血管造影検査(図5):上腸間膜動脈造影 門脈相で脾静脈合流部から門脈本幹にかけて陰影 欠損を認め,門脈本幹から左右枝は描出されず, 側副血行路を介して肝右葉内の門脈末梢枝が造影 された.CTAPでは脾静脈から門脈本幹,左右枝 まで門脈内は閉塞していた.腹腔動脈造影では門 脈相での欠損部に一致してthread and streak sign を認め,門脈腫瘍塞栓と診断した.また胃原発巣 や大彎リンパ節転移部に一致して腫瘍濃染が観察 された. 以上より門脈腫瘍塞栓を合併した進行胃癌と診 断し,年齢も考慮すると積極的な手術適応はなく, QOLも考慮すると外来での化学療法が望ましいと 考え,7月中旬からTS - 1の投与(100 mg/日,28 日投与,14日休薬)を開始した.1コース終了時 a b c d 図4 入院時腹部CT検査 胃前庭部で胃壁の不整な肥厚を認めた(a).胃小彎側およ び幽門部大彎側のリンパ節腫大も見られ,リンパ節転移 と考えられた(b).また門脈本幹から門脈左枝にかけて門 脈内に腫瘍を認め(b,c),造影早期で造影効果が観察され た(d).明らかな肝転移巣,腹水は見られなかった. 図1 上部消化管造影検査 胃体下部から前庭部にかけて3’型の胃癌を認めた. 図2 上部消化管内視鏡検査 胃体下部から前庭部にかけて後壁側を中心に3'型の胃癌を 認めたが十二指腸へのスコープの通過は容易であった. 図3 胃生検病理所見
の上部消化管内視鏡検査では腫瘍は縮小傾向を示 した(図6a,b).心窩部の腫瘤はやや縮小し, 圧痛も軽減した.腹部超音波検査では門脈内の腫 瘍塞栓に変化なく腹水や明らかな肝転移も認めな かった.腫瘍縮小効果があると判断し2コース目 を開始したが腹部膨満感を訴えて10月初旬当科を 受診し,腹部CT検査にて大量の腹水を認め再入院 となった.他に多数の肝転移を認め,門脈腫瘍塞 栓も増大していた(図7).上部消化管内視鏡検 査では腫瘍は明らかな増大は見られなかった(図 6c,d)が,全体に効果は乏しくperformance statusも低下しておりこれ以上の化学療法は継続 不能と判断した.腹水のコントロールが出来ず, 肝不全も進行し11月初め永眠された.
考 察
肝細胞癌において門脈腫瘍塞栓を合併すること はしばしば見られるが,胃癌ではその頻度は稀と いわれている.門脈腫瘍塞栓合併胃癌は診断時す でに肝やリンパ節に転移を伴った進行胃癌のこと が多いため,手術不能例が多く予後は不良である ことが多い1,2).今までに門脈腫瘍塞栓合併胃癌 は本邦では80数例が報告されている3).胃癌の肉 眼型は2型と3型が8割を占め,進行例が多く肝転 移を伴うものが6割といわれている.門脈腫瘍塞 栓の発生機序として①胃癌が直接門脈内に浸潤し 腫瘍塞栓を形成した,②胃癌の肝転移巣から門脈 内へ浸潤し腫瘍塞栓を形成した,③胃癌と門脈腫 瘍塞栓を伴う肝細胞癌を合併した,の3つが考え られている4).本症例は診断時明らかな肝転移が なかったこと,胃側に近い門脈内にも腫瘍塞栓が 見られたこと,胃小彎側リンパ節転移を認めたこ とより原発巣からの静脈への浸潤が強かったこと が推測され,①の経門脈的進展により門脈腫瘍塞 栓をきたしたと考える.原発巣が下部胃癌のもの は右胃静脈や右胃大網静脈に,上,中部胃癌のも のは左胃静脈や脾静脈に腫瘍塞栓を形成する傾向 a b a b c d 図7 10月3日再入院時の腹部CTでは大量の腹水を認める他肝内 に多数の大きな転移を認め(a,b),門脈腫瘍塞栓も増大し ていた(c,d). a b c d 図6 1コース終了時での上部消化管内視鏡検査では腫瘤は縮 小傾向を示し,診断時見られた前庭部小彎側の隆起は潰 瘍形成を示していた(a,b).2コース途中の時点でも内視鏡 的には腫瘍はさらに縮小傾向を示していた(c,d). d c e 図5 腹部血管造影検査 上腸間膜動脈造影門脈相で脾静脈合流部から門脈本幹に かけて造影欠損を認め(黒矢印),門脈本幹から門脈左右枝 は描出されなかった (a).腹腔動脈造影では門脈造影での 欠損部に一致してthread and streak signを認め(白矢印), 門脈腫瘍塞栓と診断した.また胃原発巣や大彎リンパ節 転移で腫瘍濃染が観察された(b).CTAPでは脾静脈から門 脈本幹,門脈左右枝まで門脈内は閉塞していた(c-e).←
があるといわれている5).本例では腫瘍の主座は 下部胃癌に相当するが胃体下部の腫瘍部分から門 脈へ進展した可能性がある. AFP産生胃癌も脈管浸襲をきたしやすく肝やリ ンパ節への転移が多く悪性度が高い予後不良な胃 癌であるが6‐8),門脈腫瘍塞栓合併胃癌はその半 数がAFP産生胃癌であるといわれている1).本症例 では初診時の原発巣の生検組織でのAFPの免疫染 色は陰性であった.AFP産生胃癌は原発巣でAFP の免疫染色が陰性であっても転移巣で陽性を示す 場合もあるといわれているが9),初診時のAFPは 不明であるものの腹水が出現し腫瘍が進行した時 でも1 ng/mLと上昇していないことを考慮すると 本例はAFP産生胃癌でなかった可能性が高い. T S - 1は外来で経口投与が可能であるという利便 性と良好な奏功率からわが国において手術不能進 行,再発胃癌に対して広く用いられ,低分化型胃 癌や原発巣のみでなくリンパ節,肝転移巣や腹膜 播種例に対しても高い奏功率を示している10).本 症例では手術不能進行胃癌として,また予後が厳 しいことも予想されるためQOLも尊重し外来で経 口投与できるT S - 1を選択し,経過中著明な副作用 も出現せず継続が可能であった.しかし進行が早 く,second - line化学療法として他剤を加えること も検討したが,患者がこれ以上の抗癌治療を望ま なかったため緩和ケアに移行し,診断してから4 カ月という短期間で死亡した.一見原発巣は縮小 傾向を示し治療が奏功していると思われたが転移 巣では腫瘍が増大しており,原発巣の検索のみで なく画像診断を含めた全身的な経過観察が必要で あったと反省する.門脈腫瘍塞栓合併胃癌に対す る治療の一般的な見解は定まっていないが,FAM 療法とUF T経口投与の併用化学療法にて6年以上 無再発生存例11),T S -1+CDDPやUF T+CDDPの 併用化学療法例や12,13),化学療法後手術を追加し14), 胃全摘術後門脈腫瘍塞栓に対して放射線療法を行 い免疫化学療法も併用した例15)などで長期生存し た例が報告されている.密な治療経過観察を行う とともにさまざまな治療方法を積極的に複合させ て選択することが望まれる.
結 語
門脈腫瘍塞栓を伴った胃癌の1例を経験した. 門脈腫瘍塞栓合併胃癌は進行例が多く予後が不良 であるといわれており密な経過観察とさまざまな 集学的治療によって生存期間の延長や治療成績の 向上が望まれる.文 献
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α
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A case of Advanced Gastric Cancer Associated with Portal Tumor Thrombus
Eiko Imamoto, Takashi Ando, Tsuguhiro Matsumoto*, Mika Okita*,
Akiko Komatsu*, Takeshi Ishikawa*, Yasuyuki Nagao* and Haruki Kato**
Department of Internal Medicine, Kyoto Social Insurance Hospital*Department of Gastroenterology, Matsushita Memorial Hospital
**Daijukai Hospital
A 75-year-old man consulted our clinic for epigastric pain on July 2005. Advanced gastric cancer was detected at the antrum of the stomach by gastroendoscopy. Abdominal CT and abdominal angiography showed portal tumor thrombus. Although administration of TS‐1 decreased the size of gastric cancer, massive ascites and multiple liver metastatic lesions appeared and portal tumor thrombus also increased. He died four months after treatment. Gastric cancer with portal tumor thrombus is rare and its prognosis is very poor because of the rapid progression associated with liver and lymph nodal metastasis.