11 は じ め に 会社の経営には、様々な判断が必要です。そのなかには、税金に 関連することも多いでしょう。間違った判断をしてしまった結果、 受けられるはずの特例が受けられなかった、本来より多額の税金を 支払うことになってしまった、という事態になり、場合によって は、会社の経営に大きな影響を及ぼすこともあります。また、会社 の税金に関する判断は、会社だけにとどまらず、経営者の個人の税 金にも関係します。 税金の問題は複雑で、税制は毎年改正されるため、経営者や経理 担当者が常に適切な判断をすることは簡単ではありません。そのよ うな場合には、専門家である税理士に相談して、アドバイスを受け ることによって、適切な経営判断をすることができます。 ただし相談する場合でも、早い時期に正しい情報を伝えなけれ ば、税理士も正しい判断ができません。税理士の立場からの声とし て、「もっと早く相談してくれれば…」「相談された内容と事実が違 う…」ということもよく耳にします。日頃から税理士とのコミュニ ケーションをとっておくことも重要でしょう。 この冊子では、設立時、日常経営、相続や事業承継といった、会 社の様々な局面で発生する課題、起こりがちな間違いに対する、税 理士のアドバイス、適切な経営判断をするための留意点を事例でま とめました。 この冊子を通じて、会社経営者や経理担当者の皆さんが、税金に 関する経営判断の重要性をご認識いただき、今後の経営に役立てて いただければ幸いです。
創業するには 個人か法人か…4
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. (1)個人事業と法人の違い (2)税金の違い 法人を設立する場合の 注意点…62
. (1)法人設立時に決めること (2)設立時の注意点 法人設立初年度の 消費税申告 …83
. (1)法人設立初年度の消費税 (2)その他の届出 決算直前の節税対策…104
. (1)節税対策の考え方 (2)タイミングによる区分 役員給与の変更…125
. (1)法人税法上の役員給与の取扱い (2)損金にならない定期同額給与の改定 決算賞与の支給…156
. (1)賞与の損金算入時期 (2)決算賞与支給の注意点 多額の設備投資をした 場合の消費税…177
. (1)消費税の計算方法 (2)簡易課税制度の届出 土地を譲渡した場合の 消費税…198
. (1)消費税の納税額の計算 (2)「課税売上割合に準ずる割合」による計算 増資する場合の 注意点…219
. (1)資本金・資本金等と会社の税金 (2)増資の引受け株価 所得拡大促進税制の 申告…2310
. (1)所得拡大促進税制の概要 (2)当初申告要件とは 交際費の帳簿への記載…2511
. (1)交際費の税務上の取扱い (2)少額な飲食代の除外要件 福利厚生と給与課税…2712
. (1)福利厚生費と給与課税 (2)社員旅行の基準 取引先の倒産と 貸倒処理…2913
. (1)貸倒損失が計上できる場合 (2)貸倒損失として処理できる時期 実態のない資産が ある場合…3114
. (1)決算書上の実態のない資産 (2)実態のない資産がある場合の留意点 税理士がアドバイスする経営判断目
次
子会社に対する 債権放棄…33
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. (1)子会社への債権放棄は寄附金となる 可能性がある (2)債権放棄が寄附金に該当しない場合 個人的な支出を会社の経費に 入れてしまった場合…3516
. (1)個人的な支出を会社に負担させてしまうと (2)個人と法人の区分をする 個人と会社の 土地の貸し借り…3717
. (1)個人と法人の土地の貸借に関する問題 (2)認定課税を避ける方法 社長から 会社への貸付金…3918
. (1)社長から会社への貸付金 (2)生前の対策が必要 社長の資産を 会社に贈与…4119
. (1)個人から会社への贈与 (2)予期せぬ税金がかからないために 社長親族への 役員給与…4320
. (1)過大な役員給与の取扱い (2)税務調査で否認されないために 役員退職金の決め方…4521
. (1)役員退職金の税務上の取扱い (2)その他の注意点 分掌変更による 役員退職金…4722
. (1)役員が分掌変更した場合の退職金 (2)退職金と認められなかった場合 相続税と贈与税の違い…4923
. (1)社長の相続と会社経営 (2)相続税と贈与税の違い 社長の考える資産価値と 相続評価のギャップ…5124
. (1)社長の相続の特徴 (2)早めの試算と対策が大事 自社株の生前贈与…5325
. (1)生前贈与の基本的な方法 (2)自社株生前贈与の留意点 赤字にすると 株価が下がる?…5526
. (1)取引相場のない株式の評価方法 (2)業績が悪化して株価が上がるケース 借入・不動産取得による 株価対策…5827
. (1)不動産取得による株式評価引下げ効果 (2)不動産取得の留意点 (本文の記述は平成29年 9 月10日 現在の法令等に基づいています)4
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創業するには
個人か法人か
独立して創業を考えています。個人事業と法人(会社) のどちらを選択すればよいのかわかりません。 個人事業と法人(会社)では、様々な点で違いがあるの で、業種、事業規模、将来の見通し等によって、どちら を選択するか考えましょう。 ●一般的に法人のほうが個人に比べて信用が高い等のメリットはあ るが、法人設立手続、社会保険の適用等に違いもあるので、それ ぞれのメリット、デメリットを確認して決める必要がある。 ●個人の所得税は、利益が増えて所得が高くなると税率も高くなる ので、見込まれる利益と税金負担を考慮すべきである。 (1
)個人事業と法人の違い 個人事業と法人(株式会社)の主な違いは、以下のとおりです。 社長の 誤解・思惑 税理士の アドバイスP O I N T !
解 説
5 1. 創業するには個人か法人か 個人事業 法人(株式会社) 開業手続 法人に比べて手続が簡易で、費用も少な く済む 資本金払込み、定款作成、役員選任、会 社設立登記等の手続と費用がかかる 対外的な信用 一般的に、法人に比べて信用力が劣る 個人事業より信用力が高く、新規取引、 人材募集、金融機関からの借入等の面で 有利な場合が多い 事業主の報酬 事業主報酬は給与とならず、経費控除後 の利益が事業主の所得となる 事業主は代表取締役(社長)となり、法 人から役員給与を受け取る 親族の報酬 一定の要件を満たせば、「専従者給与」 を支給することができる 法人の役員または従業員として、適正額 を給与として支払うことができる 経理と決算 法人に比べてやや簡易である。決算は暦 年(12月決算)となる 個人事業に比べてやや複雑である。決算 は、定款で定めた事業年度単位となる 保 険 事業主は、国民健康保険、国民年金に加 入。一定規模以上の場合、従業員は政府 管掌健康保険※と厚生年金に加入 代表取締役の他、従業員も政府管掌健康 保険※と厚生年金に加入 ※政府管掌健康保険とは、自社または業種別等の健康保険組合がない、中小企業の従業員を対象と して、全国健康保険協会が運営する健康保険。愛称は「協会けんぽ」という。 (
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)税金の違い 個人事業では、事業主に個人の所得税が課税されます。所得税の税率 は 5 %から45%まで(その他、住民税、事業税等も課税されます)で、所 得が高くなるほど、税率も高くなります。 法人の場合、社長の給与には個人所得税が課税され、法人の所得には 法人税が課税されます。法人税の税率は、中小企業の場合、所得800万 円までの部分は15%(平成30年 4 月 1 日以後開始事業年度は19%)、800万 円超の部分は23.4%(平成30年 4 月 1 日以後開始事業年度は23.2%)です (その他、法人住民税、法人事業税、地方法人特別税等も課税されます)。 その他、個人事業と法人の税金計算には違いがありますが、一般的 に、利益が大きくなれば、法人のほうが税務面で有利となることが多い でしょう。 法人税法66、租税特別措置法42の3の26
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法人を設立する場合の
注意点
この度、独立にあたり、法人を設立しました。対外的な 信用を考えて、資本金は1
,000
万円としましたが、自 分だけでは資金が足りなかったので、友人数名に出資し てもらいました。 法人の資本金や株主、役員は、その後の経営にとって重 要であり、その影響も考慮して、慎重に決定しなければ なりません。 ●法人では資本金によって、税金面で違いがある。 ●株主や役員は、会社経営上重要な存在なので、あまり広げ過ぎな いほうがよい。 (1
)法人設立時に決めること 法人の設立登記をする際には、以下の事項を決めなければなりません (法人の種類には、株式会社の他、合同会社等の形態もありますが、以下で は株式会社を前提にしています)。 社長の 誤解・思惑 税理士の アドバイスP O I N T !
解 説
7 2. 法人を設立する場合の注意点 決める事項 内 容 商号 いわゆる会社名 本店所在地 一般的には、事務所や店舗の所在地 目的 会社が行う事業を記載 資本金の額・発行株式数 会社法では、最低資本金の制限はない 事業年度 会社の決算期であり、任意に決定する 株式に関する事項 株券を発行するか否か、株式譲渡に制限(取締役会の承認等)を 設けるか等 取締役・監査役に関する事項 取締役・監査役の人数、任期、代表取締役・取締役会を設置す るか否か等 出資に関する事項 当初の出資者、引受株式数 (
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)設立時の注意点 法人設立時の決定事項は、その後の経営上、いずれも重要です。その うち資本金については、会社法では最低金額は定めていませんが、資本 金の額によって、税金面で以下のような違いがあります。 ①資本金1,000万円未満の法人は、最長で設立事業年度と翌事業年度 について、消費税の申告義務が免除されますが、資本金1,000万円 以上の場合、設立事業年度から消費税の申告が必要となります。 ②資本金等(資本金と資本剰余金の合計)が1,000万円以下か1,000万円 超かによって、法人住民税の均等割(所得に関わらず課税される税 金)の額が違います。 資本金の額を決める際には、対外的な信用、手元資金の他、このよう な税金面の違いも考えるべきでしょう。 また、役員や株主は、法人の意思決定機関であると同時に、一定の責 任も負担することになります。共同経営等の場合を除けば、中小企業の 場合、設立当初は親族にしておき、ある程度軌道に乗ってから、友人や 取引先に加わってもらうほうが無難でしょう。 消費税法9、12の28
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法人設立初年度の
消費税申告
社長の 誤解・思惑 当社は昨年4
月に設立した3
月決算法人です。設立の 際に、初年度の消費税の申告義務が免除となるように、 資本金900
万円(1,000万円未満)としました。3
月が 終わり、決算数値を集計したところ、赤字で消費税も支 払のほうが多いことが判明しました。資金繰りも厳しい ので、消費税の還付を受けたいと思っています。 消費税の申告義務が免除されている会社が還付を受ける ためには、届出書の提出が必要ですが、提出期限が定め られています。御社の場合、提出期限を過ぎてしまって いますね。 ●資本金1
,000
万円未満で設立した法人は、設立初年度は消費税 の申告義務が免除されているが、支払った消費税が多い場合でも 還付を受けることができない。 ●還付を受けるためには、設立事業年度末日までに「消費税課税事 業者選択届出書」を提出しなければならない。 (1
)法人設立初年度の消費税 新規に法人を設立し、設立時の資本金が1,000万円以上の場合、初年 度から消費税の申告をする必要があります。一方、資本金1,000万円未 満の場合、申告・納税義務が免除されます。この場合、納税が免除され 税理士の アドバイスP O I N T !
解 説
9 3. 法人設立初年度の消費税申告 るだけでなく、受け取った消費税より支払った消費税のほうが多くて も、還付を受けることはできません。 ただし、自ら課税事業者となることを選択して届け出た場合、申告義 務が発生して、還付を受けることが可能です。この場合、「消費税課税 事業者選択届出書」(以下、届出書)を設立事業年度末までに提出しなけ ればなりません。 設立初年度は赤字になったり、設備投資が多額になることにより、消 費税が還付になることも少なくないでしょう。届出書の提出期限は事業 年度末なので、決算が確定してからでは遅く、事前に業績のチェックを して、届出をするかどうかの判断をしなければなりません。なお、この 届出書を提出すると、売上に関係なく、最低 3 年間は免税事業者になる ことができないので、 1 年間だけでなく、最低 3 年間の見込みも考慮し て判断する必要があります。 (
2
)その他の届出 届出書以外に、設立初年度から申告義務がある法人が、小規模事業者 に認められている「簡易課税制度」を選択する場合にも、設立事業年度 末日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出する必要がありま す。 なお、これらの提出期限は、新規開業の場合は事業年度末日までです が、既存の法人の場合、適用を受けようとする課税期間の初日の前日ま で、とされています。したがって、決算前に翌事業年度の計画や見込を 検討しておく必要があります。 消費税法9、12の2、3710
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決算直前の節税対策
当社は12
月決算法人です。今年は新製品が計画以上に ヒットしました。年明けに決算確定作業をしたところ、 大幅な増収増益となりそうなので、何か節税対策を考え たいのですが。 節税対策には、決算まででないとできない対策と申告期 限までできる対策がありますが、決算を過ぎてしまうと 対策も限られてしまいます。早めに決算を予測して、対 策を検討するようにしましょう。 ●節税対策には、決算期末までに実行しなければならない対策と、 申告期限まで実行可能な対策がある。 ●効果的な対策を検討するには、なるべく早い時期に決算数値の予 測が可能となるような体制を整えるべきである。 (1
)節税対策の考え方 会社は決算の結果としての利益に基づいて所得を計算し、法人税を納 税します。利益が増加した場合は法人税も増加し、逆に赤字になった場 合は法人税は発生しません。会社は毎年同じように利益が出るわけでは ないので、利益が多額になった場合に節税対策を検討して、利益が低く なる年度に利益を繰り延べることにより、会社の内部留保、財務体質を 強化することができます。 社長の 誤解・思惑 税理士の アドバイスP O I N T !
解 説
11 4. 決算直前の節税対策 節税対策の基本は、翌期に予定していた支出の前倒し、決算処理での 調整といった「利益の繰延べ」といえます。よく「納税するくらいなら 使ったほうがよい」という社長がいますが、必要のない支出は、結果的 に会社の資金繰りにはマイナスの影響を与えるということを認識しなけ ればなりません。 また節税対策は、会計や税法のルールに沿って考えなければならない ことはいうまでもありません。 (
2
)タイミングによる区分 節税対策は、タイミングでみると、決算期末までにしなければならな い対策と申告期限まで可能な対策に分けて考えることができます。 決算期末までの対策の例 申告期限までの対策の例 ・費用、備品等の前倒しでの購入 ・保険の加入 ・含み損のある不動産、有価証券等の売却 ・決算賞与の支給 ・未払費用、引当金の計上 ・棚卸資産、有価証券等の評価損の計上 ・使用していない固定資産に関する帳簿上の除却(有 姿除却) ・特別償却、税額控除等の特例の検討 決算期末までにしなければならない対策は、資金の増減を伴うものが ほとんどです。逆に決算後から申告期限までにできる対策もあります が、選択肢は限られてしまいます。 月次決算をタイムリーに行い、正確な決算予測を早めに試算すること で、効果的な節税対策が可能となります。12