補償基準(土地)の運用・策定における
土地価格算定の効率化について
○桐 山 竜 二
概要: 豊川用水では、平成 20 年 1 月に主務大臣より石綿管除去対策及び大規模地震対策を現行二期事 業に追加する旨の事業実施計画の変更の認可を受け、これらの対策事業を実施している。そのう ち、石綿管除去対策については、限られた工期内に 107 支線、400 ㎞を越える支線水路の改修を 行うため、用地取得をはじめとする膨大な補償業務の早期解決が求められている。 そのため、工事に伴い必要となる事業用地や支障となる物件等に関して速やかな解決を図るべ く補償協議を進めているが、取りわけ用地の取得等に伴う補償基準については、これまで主に幹 線水路をその適用範囲とし策定してきたが、追加された事業の用地取得等の補償範囲は非常に広 範囲に亘るため、別途、補償基準を変更(適用範囲の拡大)または策定する必要が生じることに なった。しかしながら、石綿管除去対策における用地取得は事前に把握することが困難な場合が 多く、土地価格の算定において十分な時間が確保できない問題を抱えているなかで、土地価格の 算定に必要となる様々な作業の効率化を図り土地価格の算定を円滑に行うシステムを構築し、管 理所等の現場においても活用できるよう取り組んだ事例を紹介する。 キーワード:土地評価の複雑な流れ、土地価格算定の効率化、管理所等での汎用性 1. 事業紹介 豊川用水は、昭和 43 年の全面通水開始以来 40 年余り が経過しており、支線水路等において漏水・破損事故の 発生が顕著になり適切な水配分や施設の安全性及び維持 管理にかかる費用が受益者の負担に繋がることから、早 期の施設改修を求める声があがっていた。そこで、平成 11 年よりはじまった現行の豊川用水二期事業に加え、平 成 20 年 1 月末に事業認可を受けた石綿管除去対策は、総 延長 414 ㎞、総事業費 296 億円、2県6市町に亘り 100 を超える支線水路の石綿管を除去し新たな管を敷設する 事業であり、限られた工期内で事業を完遂するため、愛 知・静岡両県並びに関係する土地改良区等の皆様の協力 を得ながら一部の工事を両県に委託する形で計画的に進 めることになった。併せて、幹線水路を中心に、大規模 地震対策も事業化され、それぞれ平成 27 年度完了を目指 し工事を実施している。図-1 1.豊川用水総合事業部 第三用地課 主幹 の 図−1 豊川用水流域図2 補償基準(土地) 補償基準とは、損失補償額等の算定のための共通の包 括的かつ統一的な指標となるものを指し、土地の場合は、 事業の用に供する土地を取得するためその地域において 一定の土地取得単価を決定することを言う。ダム事業等 においては地元地権者の公平性、さらには事業の円滑化 を図るため、極力統一単価を設定することにより、補償 金の算定を行う例も見受けられる。 現行二期事業では、主に幹線水路を中心とした地域に 補償基準を策定しており、追加事業後も含めこれまで 5 つの市に跨り 9 つの基準を設けている。 3 検討課題(概括的課題) 前述のとおり、石綿管除去対策における用地取得にお いては、工事工程に支障を来すことのないよう早期の用 地取得が求められ、ひいては用地取得に伴う土地価格の 算定を円滑に進めることが緊急の課題となっていた。ま た、石綿管除去対策に係る補償基準について、衡平かつ 適正に運用するためには、主に次のような課題の検討が 必要となった。 3.1.1 事業用地の範囲・分布 平成 20 年度に追加された石綿管除去対策等の追加事 業における改修工事は、総延長 400 ㎞を越える支線水路 も含まれており、取得が必要となる範囲も自ずと広範囲 に拡がることが予想され、既に承認を得ている補償基準 のエリアを大幅に越えることが確認された。図-2 本来、補償基準の適用範囲を超えた位置に取得する対 象地(以下、「対象地)という。)が発生した場合は、対 象地が属する地域において標準的な画地(以下、「標準 地」という。)から地域要因の比較を行い、著しい格差が 認められるようであれば適用範囲の拡大が困難となるた め、新規に標準地を設け補償基準の承認を受けることに なる。一方、概ね同一な状況を持つ地域と認定されれば 適用範囲を隣接地域に拡大し、価格の算定を行うことが できる。(補償業務規程細則第3条第2項第三号)つまり、 石綿管除去対策では、現行基準を適用できると思われる 地域(範囲)と、それ以外の地域が生じることになった。 図−2 補償基準承認エリアと石綿管の分布図
3.1.2 石綿管除去対策の特徴 通常の用地取得においては、事業計画が決定され事業 に必要となる取得範囲の測量を実施することになるが、 石綿管除去対策においては、事業の経緯や資金面におけ るユーザー負担等の問題により、公図を基に現況確認を 行うことで進められている。したがって、工事着手後に 管の埋設位置が地上権の設定位置と著しく相違している ことで新たに地上権の設定が必要となる場合や、地権者 要望等により突発的なルート変更が生じるような問題も 見受けられる。これらは事前に把握することが困難であ り、さらに、工事の進捗に合わせ、急遽補償基準の策定 を迫られるケースも少なくない。 3.2 適用期限と地域情勢 現行二期事業の補償基準は、概ね平成 13 年から平成 19 年の間に策定されており、土地価格については、近年、 横ばい、またはやや下落傾向にある。しかしながら、豊 川用水が流れる地域においては、国道 23 号線バイパス事 業のような都市計画幹線道路事業をはじめとして、土地 価格に多大な影響を及ぼすような事業が展開されており、 土地価格の成り立ちや諸要素が、当時の補償基準と異な る場合は、時点修正により土地価格を算定するだけでな く、別途、補償基準を策定する必要があると考えられ、 よりきめ細やかに評価を行う必要が生じている。 3.3 土地評価(補償基準作成)事務の専門性・習 熟度 土地の評価は、各取引事例を吟味し、地域の属性、個 別不動産の属性を認定した認定基準表を作成し、地域要 因の判定、個別的要因の判定を行ったうえで、実際に取 引事例があった土地(以下、「事例地」という。)の属す る標準地への標準化補正、事例地と対象地が存する地域 (以下、「近隣地域」という。)の地域要因比較を行い、 時点修正したうえで、試算価格を算定するという多段階 で複雑かつ専門的な事務作業を行うことになり、携わる 担当者の経験や知識も異なることから、作業の習熟度や 客観性について内部においてもばらつきが見られた。 4 補償基準策定の課題(実務の流れと諸課題) 4.1 土地価格の求め方と標準地の選定 対象地の土地価格を求めるには、その地域において同 様の土地が一般にどれくらいの価格で取引されているの か調査することからはじめ、具体的な価格の求め方は、 「標準地比準評価法」により求めることになっている。 この標準地比準評価法とは、標準地を設け、その標準地 との様々な比較を行うことで価格を導き出すという方法 である。標準地は、その地域内において、標準的な要素 を持つ画地となるため、不整形な土地や角地、または特 殊な要因を含む土地を選定することはできない。 4.2 取引事例比較法 標準地の価格については、主に「取引事例比較法」に より求めることになっている。(土地評価事務処理要領 第 10 条)取引事例比較法とは、その地域内において、事 例地を調査し、標準地と事例地の間で様々な要因の比較 を行い価格を求める方法である。 4.3 地域分析(地域要因) 地域分析とは、事例地や対象地が、どのような地域に 属しているか、その地域はどのような特性を有するか及 びその特性はその地域内の不動産の利用形態と価格形成 について全般的にどのような影響力を持っているかをな どを分析し判定することをいう。具体的には、近隣地域 を設定し、様々な比較を行うための認定基準を設け最寄 り駅までの距離や接面道路の幅員などの項目において優 劣を決める。これにより、事例地や対象地の地域の格差 が求められ、格差が大きく(±10%超過)、価格形成要因 の各要因に乖離が見られる場合は、別の地域と判定し、 新規の補償基準を策定することになる。格差が小さく、 価格形成要因に類似性が見られる場合は、補償基準の適 用地域の拡大として取り扱うこととする。図-3 図−3 地域要因格差率算定書(抜粋イメージ)
4.4 個別分析(個別要因) 個別分析とは、個別的要因を分析してその最有効使用 を判定するものであり、事例地や対象地について、面積 や土地の形状、間口・奥行きの状態などの比較を行う。 これを個別的要因の比較と呼び、地域・個別それぞれ比 較する作業のことを「比準」という。地域要因は事例地 や対象地が存する地域の環境、利便性等の比較を行うも のであり、個別要因は間口や形状、面積等の差を求める と理解される。つまり、マクロに検証を行ったうえで、 細かな比較はミクロに行うというものである。図-4 4.5 時点修正作業の煩雑 時点修正とは、事例地の取引時点から求めたい価格の 時点までに価格水準の変動があると認められるときに行 う作業で、価格水準の「変動率」を求め事例地の価格に 乗じる方法が一般的である。これを踏まえて補償基準を 策定しているが、補償基準策定年から取得する年までの 変動率を考察するため時点修正を行うこととしている。 この時点修正においては、取得する土地の地目により 採用する変動率が異なるため、例えば宅地の場合におい ては地価公示や地価調査価格の変動率となり、田や畑と いった農地については、日本不動産研究所が発行する資 料や全国農業会議所が定めたものを採用することとされ ている。これらの価格時点は必ずしも統一されていない ため、この変動率の計算においては、日割り計算や端数 処理といった問題も含め複雑な計算となっている。 図-5 5 用地事務の効率化∼評価認定シートの活用∼ 5.1.1 評価認定シートの作成 土地価格を求めるための作業については、前記 3.3 で 述べたとおり、的確な取引事例の収集、適正な評価、時 点修正等の多段階で複雑かつ専門的な事務作業を行うこ とになる。そこで、より効率的かつ迅速に、加えて衡平 かつ適正に作業を行う必要があることから、土地価格の 算定、即ち評価・比準作業については、当事業部で作成 した独自の評価認定シートにて行うこととした。 この評価認定シートは、それぞれのセクションにおい て独自の評価手法により行われてきた従来の方法と異な り、統一的な考え方に基づき構成されており、なるべく 作業手順を意識しながら土地価格の算定が行えるよう、 また、誰もが容易に理解できるように心がけ試行錯誤の うえまとめたものである。図-6 5.1.2 評価認定シートによる効果① これまでは複数で構成されていた比準作業のシート を1枚にすることにより、取得や使用しようとする土地 が、従来の補償基準の標準地と同一状況地域にあるかど うかを、即座に比較・確認できるようになった。また、 対象地調書を同時に閲覧できることで、現地写真や図面 等の複数の情報により対象地をイメージしやすくなるよ う工夫されている。併せて、個別要因認定シートにおい 図−5 時点修正率計算表 図−4 個別要因格差率算定書(抜粋イメージ)
ては、時点修正の計算結果を同一シートに載せることで 最終的な算定価格まで反映できるように構成されてお り、土地価格の算定結果を一目瞭然で確認できることに なった。 5.1.3 評価認定シートによる効果② 豊川用水のように大所帯の事務所となると日常業務 を中心に事業部及び各支所間の連携を常に保つ必要があ り、特に土地評価においては、その補償基準を複数の担 当者が比較的長期にわたって運用することになることか ら、判定の根拠等が明確であり、常に統一的な手法を共 有する、或いは客観的な視点で捉えることが重要となる。 認定基準表の適用についても個人的な主観により運 用されがちであったものを、従前の認定基準表を同一シ ート上に開示することによって、第三者による検証作業 も同時に実施することが可能となり、常に統一されたデ ータのもと各自が作業する環境が整えられた。 5.1.4 評価認定シートによる効果③ 評価認定シートとは地域、個別それぞれにおいて 1 枚 のシートで比準作業が容易に実施できるものであり、基 準価格の基になる取引事例の入手が前提であるが、補償 基準価格のように標準地となる価格が決定していれば、 仮に土地評価において熟知、精通していない担当者であ っても容易に土地価格の算定が可能となる。本シートは、 各項目の比準結果(優・劣)欄にチェックマークを入力 することで瞬時に自動計算され、格差率が求められるよ う構成されている。時点修正においても取扱う地目によ り対象地の取得時点を入力するのみで計算結果が反映さ れるため、操作性においては非常に扱いやすく土地価格 算定の事務処理に費やされる時間が大幅に軽減されるこ とが期待される。 図−6 評価認定シート(個別要因)
6. 評価認定シートの汎用性(個人的提言) 評価認定シート及び時点修正計算システムを活用す ることにより、土地価格の算定がスムーズとなり、迅速 かつ適正な用地取得の実現が可能となった。引き続き、 これらのシート等は適宜改良を加え、より運用しやすい ものとなるよう改善していく予定である。 また、評価認定シートの効果については、先に述べた とおりであるが、実務において活用できる可能性につい て具体的に検討を行ってみた。 機構が管理するダムや水路等の管理所等において用 地取得が発生するケースとして、主に地滑りなど法面の 崩落等による追加買収や、未処理用地の取得などが想定 されており、この他にも管理所等においては、出水期に おける洪水警報などの情報を下流域へ伝えるための反射 版や、主にダムの下流に設置されている数十箇所を越え る警報局舎などの施設があり、管理以降、数十年以上が 経過している場合、周辺の立木などの成長により反射版 からの電波が阻害されるなどの通信障害により支障を来 しているケースも少なくない。しかしながら、周辺の立 木を伐採する場合、土地及び立木の所有者に対して伐採 の許可などを得る必要があり、比較的狭小な範囲では十 分な補償を行えるケースは希で、雑木にいたっては補償 金を捻出することができない場合が大半を占めている。 したがって、反射板から発信される通信電波等に支障を 来さないよう周辺の立木を定期的に伐採し適正に管理し ていく必要があるが、伐採等の権利を取得するためには 土地の取得、或いは地役権という権利の設定が考えられ る。そのような場合においても、用地取得等を行う際の 土地価格の算定は避けられないため、管理所のように用 地職員が常時在籍しないような職場においては、管理所 職員が自ら土地評価を実施することにより、土地価格を 算定するための土地評価業務や或いは複数の不動産鑑定 評価の依頼などにかかる多額の費用を抑えられるため、 コスト面においても非常に有効であると考えている。 評価に携わる管理所の担当者においては、急場を凌ぐ ための“臨時用地屋さん”という立場になるが、知識と 経験が必要なことから内部研修等により人材育成したう えで、全国の管理所等に配置されることになれば、より 一層管理の充実が図られるのではないかと考えている。 今後は、機構事業が管理主体となっていく時代でもあ り、6月から10月における洪水期、出水期における洪 水警報などの重要な情報は、決して通信障害などの理由 により下流域へ伝達されないなどの事態を招いてはなら ない。まさに機構の存在意義でもある国民の生命と財産 を守るという役目を全うするため、常に管理以降後の問 題点を予測し、これまで培った経験則を十分に発揮し、 日々の業務においても本シートが建設・管理と用地を繋 ぐツールとして、全国の管理所等において活用されるこ とを期待している。 7. おわりに 補償基準の策定においては、事業用地内における地権 者の皆さまの土地を取得させて頂くため、様々な情報を 基に公平公正な価格の算定が求められている一方、その ような時代のなかでも要求されるスピードや社会のニー ズに対し、常に問題意識を持ったうえで新たな発想を生 みだす柔軟な姿勢を併せ持つことが重要であると考える。 また、実務においては誰もが容易に理解でき、作業する ことが可能な手法等を研究し形にしたうえで、会計検査 等に対する説明責任についても同時に構築していくよう 努めなければならない。併せて、我々機構は、地域に信 頼され必要とされる組織であり続けるため、困難な事情 に対しても事業の円滑な推進を目標とし、あらゆる努力 を惜しんではならない。 参考文献 1)公共用地の取得に伴う損失補償基準 用地対策連絡会 決定 昭和 37 年 10 月 12 日 2)公共用地の取得に伴う損失補償基準細則 用地対策連 絡会決定 昭和 38 年 3 月 7 日 別記1 土地評価事務処理要領 3)土地価格比準表〔六次改訂〕監修 国土庁土地局地価 調査課 編著 地価調査研究会 4)用地取得と補償 財団法人 全国建設研修センター 日吉ダム 日吉反射板