緒言
サルコイドーシス(以下サ症)は,原因不明の全身性肉 芽腫性疾患で,約80~100%に肺病変を生じる1,2).全身症 状ならびに呼吸機能障害を有する症例は,全身性ステロイ ド治療の適応となる3).今回,全身性サルコイドーシスに 対して,患者の希望により漢方薬(人参養栄湯(ニンジン ヨウエイトウ),桂枝茯苓丸加薏苡仁(ケイシブクリョウ ガンカヨクイニン))を使用したところ,奏功した稀な症 例を経験したので報告する.症例
症例:36歳,女性. 主訴:乾性咳嗽,労作時呼吸困難. 既往歴:X-2年(34歳)気管支喘息,副鼻腔炎を発症. 家族歴:特記すべきことなし. 喫煙歴:5本/日×10年間. 飲酒歴:機会飲酒. 職業歴:薬剤師. 粉塵暴露歴:なし. 鳥飼育歴,羽毛布団使用:なし. 現病歴:X-8年頃より左下腿腓骨部に皮下腫瘤を自覚した が放置.X-4年8月に顔面神経麻痺,右眼瞳孔散大が出現 し,プレドニゾロン40 mg内服により約1 ヶ月で治癒.そ の後,原因不明の頭痛,難聴,嗅覚異常が出現したが,X-3 年3月頃から自然軽快した.X-2年11月頃より乾性咳嗽お よび軽度の労作時息切れが出現.X-1年4月の健康診断に て胸部異常陰影を指摘され前医を受診.胸部CT上,両側 上葉優位に気管支血管束に沿った塊状病変,多発粒状病 変,上縦隔・肺門リンパ節腫大を認めた.右鎖骨上窩リン パ節および皮膚病変の生検で,非乾酪性類上皮細胞肉芽腫 を認め,精査の結果,全身性サルコイドーシス(肺,副鼻 腔,神経,皮膚,肝臓)と診断された.挙児希望およびス漢方薬治療が奏功した全身性サルコイドーシスの一例
杉野圭史1),仲村泰彦1),鏑木教平1),佐野剛1),磯部和順1),坂本晋1),高井雄二郎1),奈良和彦2),渋谷和俊3), 本間栄1)【要旨】
症例は36歳女性.主訴は乾性咳嗽,労作時息切れ.X-8年頃より左下腿腓骨部に皮下腫瘤を自覚したが放置.X-4年8月に 顔面神経麻痺,右眼瞳孔散大が出現し,PSL 40 mg内服により約1 ヶ月で治癒.その後,原因不明の頭痛,難聴,嗅覚異常 が出現.X-2年11月頃より乾性咳嗽および軽度の労作時息切れが出現.X-1年4月の健康診断にて胸部異常陰影を指摘され全 身精査の結果,全身性サルコイドーシス(肺,副鼻腔,神経,皮膚,肝臓)と診断された.挙児希望およびステロイド恐怖 症のため,吸入ステロイドを約1年間使用したが,自覚症状の改善は得られず中止.当科紹介後にご本人の希望で漢方薬(人 参養栄湯7.5 g/日,桂枝茯苓丸加薏苡仁9 g/日)を開始したところ,開始4 ヶ月後より咳嗽および労作時の息切れはほぼ 消失,開始6 ヶ月後には,胸部画像所見,呼吸機能検査所見の改善を認めた.その後も本治療を継続し,現在まで3年間に わたり病状は安定しており,再燃は認めていない. [日サ会誌 2017; 37: 51-55] キーワード:サルコイドーシス,非乾酪性類上皮細胞肉芽腫,漢方薬Successful treatment with Japanese herbal medicines for systemic
sarcoido-sis
Sugino Keishi1), Nakamura Yasuhiko1), Kaburaki Kyohei1), Sano Go1), Isobe Kazutoshi1), Sakamoto Susumu1),
Takai Yujiro1), Nara Kazuhiko2), Shibuya Kazutoshi3), Homma Sakae1) Keywords: Sarcoidosis, non-caseating epithelioid cell granuloma, Herbal medicine
1)東邦大学医療センター大森病院呼吸器内科 2)同 東洋医学科 3)同 病理科 著者連絡先:杉野圭史(すぎの けいし) 〒143-8541 東京都大田区大森西6-11-1 東邦大学医療センター大森病院呼吸器内科 E-mail:[email protected]
Toho University Omori Medical Center, 1)Department of Respiratory Medicine 2)Department of Oriental Medicine 3)Department of Pathology.
テロイド恐怖症のため,ブデソニド・ホルモテロールフマ ル酸塩水和物吸入剤を約1年間使用したが,自覚症状の改 善は得られず中止となったが,徐々に乾性咳嗽,労作時の 呼吸困難が悪化したため,X年6月に精査・加療目的で当 科紹介入院となった. 入院時理学所見:身長155 cm,体重59 kg,体温36.3℃,血 圧110/62 mmHg,脈拍74回/分・整,呼吸回数18回/ 分,眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし,表在リンパ節 触知せず,呼吸音清,ラ音聴取せず,心音純,心雑音なし, 腹部平坦かつ軟,肝脾触知せず,浮腫なし,ばち指なし, 皮膚:左下腿伸側に色素沈着と硬結を伴った触れる皮疹 を認める. 東洋医学的所見:舌質:淡紅色やや胖大,瘀斑あり(水分 代謝不良,血流障害を示唆).舌苔:軽度白膩(肺,胃機 能低下を示唆),舌下静脈怒脹あり(血流障害を示唆). 脈:沈細緩,腹部:グル音亢進,他覚的に冷感顕著. 検査所見:血算・生化学検査では,白血球数5200/μL, KL-6 385 U/mL,SP-D 102 ng/mL,ACE(angiotensin converting enzyme)16.6 U/Lと正常範囲であったが,リ ゾチーム13.6 mg/mL,sIL-2R 1320 U/mLと上昇してい た.室内空気吸入下の動脈血液ガス分析では,PaO2 84.6 Torr,PaCO2 44.1 Torrと酸素化は保たれていた.呼吸機 能 検 査 で は,VC 2.84 L, % VC 100.4%,FEV1 1.93 L, FEV1% 69.4%,V50/V25 6.58,%DLco 70.3%と閉塞性 換気障害,末梢気道障害ならびに軽度の拡散能障害を認め た.喀痰培養では,一般細菌(常在菌も含む)ならびに抗 酸菌はすべて陰性で,尿所見にも異常は認められなかっ た.ツベルクリン反応は陰性であった(Table 1).6分間 歩行試験では,歩行距離は495 mで最低SpO2値は96%と 労作時のdesaturationは認められなかった. 画像検査:胸部X線写真では,両側中肺野を中心に粒状~ 結節陰影,塊状陰影を認めた(Figure 1 A).同時期の胸部 CTでは,両肺上葉の気管支血管壁肥厚ならびに周囲に多 発性の粒状~結節性病変を認め,一部,融合傾向にあり塊 状病変を呈していた(Figure 1B,1C).腹部CTでは,肝 臓に低吸収域を多発性に認めた.なお,心電図,心臓超音 波検査では異常は認められなかった. 病理所見:左下腿伸側の浸潤性紅斑;弱拡大では,真皮下 組織内に肉芽腫の集簇を認めた(Figure 2A).強拡大で は,周囲との境界明瞭な非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を認 め,肉芽腫内には多核巨細胞,リンパ球浸潤がみられた (Figure 2B).右鎖骨上窩リンパ節;数珠状に癒合した非 乾酪性類上皮細胞肉芽腫を認めた(Figure 2C). 臨床経過:StageⅡのサルコイドーシスで,咳嗽,労作時 の息切れの自覚症状に加えて,閉塞性換気障害を伴ってい たため,全身ステロイド投与の適応と判断したが,患者の 漢方薬治療への強い希望があったため,X年7月から人参 養栄湯7.5 g/日,桂枝茯苓丸加薏苡仁9 g/日)を開始し た.開始3 ヶ月後より体調の改善を認め,4 ヶ月が過ぎた 時点で,咳嗽および労作時の息切れはほぼ消失(mMRC 1⇒0)し,開始6 ヶ月後には,胸部画像所見(両側上葉を 中心に気管支血管肥厚像,粒状・塊状病変),呼吸機能検 査所見(閉塞性換気障害,肺拡散能)の改善を認めた.一 方,肺門リンパ節腫脹および肝病変は不変であった(Fig-ure 3).治療開始12 ヶ月後にご本人の希望で転院となっ たが,その後も本治療を継続し,現在まで3年間にわたり 病状は安定しており,再燃は認めていない.また,経過を 通じて明らかな副作用はみられていない. Table1. Laboratory Data
<Blood chemistry> <Peripheral blood> <Sputum culture> Na 142 K 3.9 Cl 110 Ca 8.8 TP 7.5 Alb 3.7 T-bil 0.3 BUN 15 Cr 0.75 GOT 23 GPT 19 mM mM mM mg/dL g/dL g/dL mg/dL mg/dL mg/dL IU/L IU/L CRP 0.1 IgE 21.9 IgG 1,678 IgM 148 IgA 268 RF ANA MPO-ANCA PR3-ANCA Anti-SS-A Ab Anti-SS-B Ab mg/dL IU/mL mg/dL mg/dL mg/dL <5 (-) <10x <10x (-) (-) WBC 5200 Baso 0.2 Eo 10.5 Neu 69.7 Lym 11.9 Mono 6 RBC 4.29 Hb 12.9 Hct 38.7 Plt 31.8 /mL % % % % % ×106/mL g/dL % ×104/mL nomal flora Gaffky (-) LDH 247 CK 47 KL-6 385 SP-D 112 IU/L IU/L U/mL ng/mL Anti-Jo-1 Ab Anti-Scl-70 Ab ACE 16.6 Lysozyme 13.6 (-) (-) U/L mg/mL
<Blood gas analysis> Room air pH 7.38 PaCO2 44.1 PaO2 84.6 Torr Torr slL-2R 1320 U/mL <tuberculin skin test> HCO2 25.6 mEq/L
<Pulmonary function test> VC 2.84 %VC 100.4 L% <Urinary test> FEV1 1.93
FEV1% 69.4 %FEV1 72.6 V50/V25 6.58 %DLco 70.3 L % % % pH 5.0 Glu (-) Pro (-) Blood (+) 0×0 (0×0) 5×4
考察
サ症は壊死を伴わない類上皮細胞肉芽腫を特徴とする 原因不明の全身性疾患であり,様々な臓器を侵し,各臓器 別に特徴的な症状に加えて,不定愁訴ともいえる易疲労感 や息切れ,全身痛(関節痛,筋肉痛,頭痛,胸痛など)が 認められる1).臨床的には自然寛解もみられる一方で,一 部のサ症は慢性・難治化し予後不良となり得る4). 本症例は,StageⅡのサルコイドーシスで,咳嗽,労作 時の息切れの自覚症状に加えて,画像所見の悪化,閉塞性 換気障害を伴っていたため,全身ステロイド投与の適応と 判断したが,患者の漢方薬治療への強い希望のためにステ ロイド薬の使用は行わなかった.患者の主訴は咳嗽と息切 れであり,日々の不安感も強かったこと,東洋医学的には 全身臓器の機能低下に伴い血液の質と量が低下する気血 両虚に陽虚を伴った状態(易疲労感,息切れ,四肢冷感な どの症状を呈する)であったことから,五味子,遠志を含 む人参養栄湯を選択した.さらに,瘀血(血流障害)の所 見が顕著であったことから,桂枝茯苓丸加薏苡仁を併用し た.これら治療を開始して3 ヶ月目頃より全身症状の改善 がみられ,治療開始後6 ヶ月で胸部画像所見ならびに呼吸 機能検査所見の明らかな改善が認められた.なお血清sIL-2R とACE値も治療開始12 ヶ月後には低下を認めた. サ症は発症から2年以内に約50%が自然寛解することが 知られており5—7),本症例もその経過を見ているに過ぎな い可能性は否定できない.しかしながら,当院初診の約2 年前から病状が慢性的に悪化し続けていた点,漢方薬内服 後に全身症状が速やかに改善した点,漢方薬内服後も3年 以上の長期にわたって治療効果が維持できている点など を考慮すると,本症例はこれら漢方薬が奏功したサ症とも 考えられる.過去の諸家らの報告では,副作用のためにス テロイド薬の継続使用ができず,小柴胡湯や柴苓湯を投与 したサ症患者では, 肺病変や眼病変の改善を認めてい Figure 1.(A) Chest x-ray on admission shows multiple small nodular shadows and infiltration, predominantly affecting the hilar region of the bilateral lung fields.
(B) Chest high-resolution computed tomography(HRCT)scan on admission shows thickening of bronchovascular bundles with diffuse small and coalescent nodules in the peribronchovascular regions predominantly in the bilateral upper lobes. (C)Conglomerate masses are visible predominantly in the bilateral upper lobes.
A B
た8,9).小柴胡湯や柴苓湯には柴胡や黄芩といった抗炎症 効果のある生薬が含有されており,これらがステロイド薬 の代わりにサ症を改善させたと推測される.最近,同様に ステロイド薬の副作用のために,真武湯合人参湯(真武湯 と人参湯を合わせた煎じ薬)と鎮痛作用を有する烏頭(熱 処理をしていないトリカブトの塊根)で治療を行い,胸背 部痛および息切れが改善したとする報告が認められる10). 彼らはサ症に伴う小径線維神経障害によるものと考えら れる臓器非特異的全身症状(倦怠感や疼痛など)も,これ ら漢方薬が作用機序は不明であるものの有効であったと 推測している.本症例でも,用いた漢方薬に抗炎症作用を 有する黄芩や薏苡仁が含まれており,その他,漢方薬特有 の薬理作用により東洋医学的病態を改善させたものと考 える.芦川ら11)は,ステロイド外用薬に治療抵抗性を示し た皮膚サルコイドーシスの患者に柴苓湯を開始したとこ ろ,直後より皮疹は消褪し始め,約4 ヶ月後にはほぼ消失 した.その後,柴苓湯を減量したところ,同様の皮疹が増 悪したため,再び投与量を増加した結果,皮疹は再度消褪 傾向にあった.また渡辺ら12)は,サルコイドーシス患者に 桂枝加朮附湯を投与した結果,血清ACEおよびsIL-2Rの 低下とともに3~4 ヶ月で肺門リンパ節腫大や神経症状の 改善,消失を認めたと報告している.これら限られた報告 ではあるものの,漢方薬は最低でも3 ヶ月以上の継続投与 が必要であり,短期間で減量・中止することによって再燃 する可能性が示唆される.したがって,本症例のように漢 方薬の明らかな副作用がなく,効果が維持できる症例は継 続的に使用することが有効と考えられる.これら漢方薬 は,サ症の代用薬として期待されるが,適応患者の選択, 投与期間と中止基準など,そのメカニズム解明も含めてさ らなる症例の蓄積が必要である.
結語
全身性サルコイドーシスに人参養栄湯と桂枝茯苓丸加 薏苡仁が奏功し,長期間にわたり経過が良好である症例を 経験したので報告した. Figure 2.(A) Low magnification shows granulomatous inflammation within the subdermis of biopsied skin specimen(arrow) (Hematox-ylin-Eosin stain)(Scale bar=500μm).
(B) Higher magnification shows well-circumscribed, non-necrotizing epithelioid cell granulomas involving multinucleated giant cells and lymphocytes within the subdermis(Hematoxylin-Eosin stain)(Scale bar=100μm).
(C) At higher magnification confluent small, non-caseous epithelioid cell granulomas are seen in right supraclavicular lymph node specimen(Hematoxylin-Eosin stain)(Scale bar=200μm).
A B
本稿の要旨は,第35回サルコイドーシス・肉芽腫性疾 患学会総会(2015年11月7日,大阪)で発表した. 稿を終えるにあたり,本症例のご助言を賜りました医療 法人社団 鶴亀会 新宿海上ビル診療所 山口哲生博士に 深謝いたします.
引用文献
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Figure 3. Clinical course
Jul.X Ninjinyoueito 9g Keishibukuryugankayokuinin 7.5g Cough Dyspnea on exertion(mMRC 1) slL-2R(U/mL) FEV(L)1 %FEV(%)1 %DLco(%) 72.6 70.3 1.93 81.9 77.1 2.17 93.5 80.4 2.45 ACE(U/L) 1200 19.6 1360 22.6 1040 18.5 mMRC 0 Dec.X Aug.X+1