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イギリスの地方自治体における最近の予算編成について-香川大学学術情報リポジトリ

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イギリスの地方自治体における

最近の予算編成について

西 山 一 郎

I はじめに 1970年代後半におけるイングランドの地方自治体の予算編成過程は,ノ4ーミ ンガム大学のグリ ンウッド氏らによって研究されてきたが,同氏の結論はつ ぎのようなものである。「地方自治体の 1974年から 80年までの経験の示すとこ ろでは,伝統的な増分主義的手法 (incrementalarrangements)は,うち続く財 政逼迫下の運営には不適当であるということである。このことは,地方自治体 が非増分主義になったというのとはまったくことなる。われわれは,自治体が 増分主義的な方向に多少とも向っている場合にはその程度を考躍、して増分主義 を注意深く定義してきた。結論は, うち続く財政逼迫が相対的に言って増分主 義的ではおれない状況を生みだしているということである。」この結論は,はな ( 1) Royston Greenwood et a!, ln Pursuit

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Corporate Ratzonalzty, (1976J, Institute of Local Government Studies, University of Birmingham, pp 241; Greenwood et a!‘,The Politics of the Budgetary Process in English Local Government', Political Studies, Vol.XXV, March 1977, pp. 25-47; Greenwood‘,The Local Authority Budgeting Process', in Timothy Booth ed, Planning for Welfare, Oxford, 1979, pp 78-96; Greenwood et al‘,Incremental Budgeting and the Assumption of Growth', in Maurice Wright ed, Publた めending Decision, London, 1980, pp 25-48; Green -wood‘,Fiscal Pressure and Local Govemment in England and Wales', in Christopher Hood and Maurice Wright eds, Big Gover招mentin Hard Times, Oxford, 1981, pp

77-99; Greenwood, 'Changing Pattems of Budgeting in English Local Govemment', Publie Administration, VoL 61, Summer 1983, pp.. 149-168; Greenwood‘,In -cremental Budgeting: Antecedents of Charge', lournal

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/

Public Poli.じy,Vo! 4 No 4, 1984, pp. 277-306

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20ー 第61巻 第2号 174 はだ歯切れのわるいものであるが,その核心は, イングランドの地方自治体が 1970年 代 後 半 の 労 働 党 政 権 下 に お け る 地 方 財 政 の 引 き 締 め の 中 に あ っ て も 依 然として増分主義的予算編成をとり続けているということである。しかし,グ リーンウ y ド氏らは,地方自治体が増分主義的な予算編成から多少とも脱却し ようとしている気配を感じとり,そこに予算編成における新しい潮流を発見し ようとしたのである。 ところで,地方財政の本格的な引き締めは,周知のように, 1980年代のサッ チャ一政権の下において一層厳しく実施されてきているようにみえる。そこで, グリーンウッド氏らの研究の結論の示唆するところに従えば,サッチャ一政権 下 に お い て こ そ 予 算 編 成 は 増 分 主 義 的 な 傾 向 か ら 一 層 議 離 し て 行 っ て い る は ず である。そこで,われわれは,地方自治体の予算編成の手法が1980年代に入っ てどのようになっているのかを知りたいと思う。ところが,グリーンウッド氏 らの研究は, 1970年代後半に限定されているため, 1980年代における地方自治 体の予算編成に関する研究が待たれていたのである。他方,私自身は,グリー ンウ y ド氏らの研究の補完というような大それた意図からではなく,現地での 見聞や新聞の切り抜き,あるいはたまたま入手できた資料を使って,リヴァプー ル市議会の財政危機や北ヨークシャー・カウンティ議会の1986年 度 予 算 の 編 成 過程を分析し,事例研究として発表してきたが,その際1980年代におけるその 他の自治体の予算編成がどのようになっているのかを知りたし、と思っていた。 したがって, イギリスの研究の状況から言っても私自身の関心からいっても, 1980年代の地方自治体の予算編成の実態の解明が待たれていたのである。 ところが,昨年,ニューカースルーアポンータイン・ポリテクニグク (Newcastle -upon-Tyne Polytechnic)のエルコック教授らのグループによって, 1986年 度 f司μblicAdministratzo,悶VoL 61, Summer 1983, p.167 傍点は,特に断りのなし、かぎ り,版文がイタリ y!1であることをノ示す。以下同じ。 ( 3 ) グリーンウ yト氏らの研究のー端につし、ては,拙稿「イギリス地方自治体の予算循環J, Iイヰ川大学経済学部研究年報J25, 1986年3月, 71-75ページ,をみよ。 ( 4 ) 担Il制「!Oj綾j前のリヴァプーノレ市財政J,香川大学:経済論叢』第59巻第4号, 1987年 3 Jl t:u稿「イギリス・北ヨークンャー県の1986年度予算の編成につレてJ,同誌,第60 ~第 2 り, 1987勾9月。

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175 イギリスの地方臼治体における最近の予算編成について -21-予 算 を め ぐ る イ ン グ ラ ン ド や ウ エ ー ル ズ , ス コ ッ ト ラ ン ト ¥ 北 ア イ ル ラ ン ド の 16の 自 治 体 の 予 算 編 成 過 程 が 調 査 さ れ , そ の 成 果 が 刊 行 さ れ た の で あ る 。 こ の 調 査 は , 連 合 大 学 協 議 会 ( Joint University Council)の 行 政 学 委 員 会(Public Administration Committee)の26名 の メ ン バ ー に よ っ て お こ な わ れ た も の で , 16の 自 治 体 を 分 類 し て 示 せ ば 第 1表 の よ う に な る 。 し か し , こ れ ら 16の 自 治 体 は4つ の 地 域 の 典 型 的 な 事 例(sample)を示すものではなし、。それらは,調査 に あ た っ た 研 究 者 が お の お の の 自 治 体 と 恒 常 的 な 関 係 を も っ て い た り , 興 味 ぶ か し 、 現 象 を 示 す 自 治 体 に 近 い と こ ろ に 研 究 者 が し 、 た り し て 選 定 さ れ た も の で あ り , 純 粋 な 抽 出 調 査 で は な い 。 し か も 調 査 の 対 象 と な っ た 予 算 編 成 過 程 は , 原 則 と し て 1986年 度 予 算 の 編 成 を め ぐ る 1985年 か ら 1986年 に か け て の 出 来 事 に 限 定 さ れ て お り , こ の 研 究 テ ィ ー ム の1人がし、みじくも言うように,-スナッ フ 写 £ な の で あ る 。 し か も , 日86年 3月 末 に は 6つ の 大 都 市 圏 カ ウ ン テ ィ と イングラントとウ エーノレズ(]2) 第1表調査対象自治体一覧 非大都市圏カウンティ 議会(3) 市(4)れl エイヴオンiランカシャー, ミッドーグラモーカ、ン パーミンカ約ム, リヴァプー ノレ, シェフィーノレト, ポー Yマ ス ディストリクト議会(8)i ディストリク r(2).キングスウッド,シアディ ジオン 大都市圏パラ(2) リオーノレタム, レディッチ ロントン・パラ議会(1) 山 川ノ、ロー fリージョン議会(1) テイサイド スコ yトヲント(3H Lディストリクト議会(2)..パンフ・パハン,スターリング アイノレラント(l) ベノレファスト市議会 注) ( )内の数字は自治体の数を示す。

(5) Howard Elcock and Grant Jordan eds, Learning斤omLocalAuthori~y Budgeting,

Aldershot, England, 1987 ( 6) Ibid, p.1 なお, 1986年度のイングランドとウエーノレズにおける非大都市圏カウン ティ議会は47,ディストリクト議会は369であり,大ロンドン・カウンティ内のバラ議会 は32である。また,スコットラントには, リージョン議会が 9,ディストリクト議会が 53ある。十 ( 7 ) Ibid, p..196

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-22- 第61巻 第2号 176 大ロンドン・カウンティが廃止されることになっていたのである。したがって, これらの 16の自治体における 1986年度予算の編成過程をもって 1980年代の 自治体の予算編成過程を直ちに代表させるわけにはゆかないであろう。しかし, そのような特殊事情と制約を念頭におけば,現時点においては(傍点は西山), この調査は地方財政の引き締めが強行されているサyチャ一政権下の地方自治 体の予算編成過程をみるのに格好の素材を提供してくれるものと私は思う。 ところで,小論においては, 16の自治体のうち,主としてイングランドとウ エールズに限定したうえで,そこの12の自治体の中から 5つの自治体を取りあ げ,その調査を紹介したし、。すなわち

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つの自治体とは, ランカシャー・カ ウンティ議会,リヴァプール市議会,ポーツマス市議会,ミッドーグラモーガン・ カウンティ議会,ハロー・ロンドン・パラ議会である。これら

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つの自治体の うち,資本予算の編成をみるために取りあげたノ、ロ一議会を別にすれば,それ らの

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つを特に取り出したのは,予算編成過程が私のような第三者にも理解で きるように説明されていて, しかも,なんらかの興味ある特色が予算編成過程 にみられるという理由からである。 II ランカシャー・カウンティ議会における予算編成 ま ず 最 初 に ラ ン カ シ ャ ー ・ カ ウ ン テ ィ 議 会 の 予 算 編 成 を み る 。 ラ ン カ シャー・カウンティは人口 138万人を擁し,シャイアー・カウンティではイン グランドにおいて4番目に大きい。カウンティ議会は 1974年から 1981年まで は保守党が与党であったが, 1981年 5月の地方選挙において労働党が 99議席 中53議席を獲得し政権の座についた。ところが, 1985年 5月の選挙において労 働党は48議席となり,第 l党の地位は維持したものの,保守党が 42議席,自 由党が9議席となり,過半数をしめる政党がなくなった。ランカシャー・カウ ンティ議会もいわゆる「伯仲 J~義会 ('hung' council)の仲間入りをしたのである。 イングランドとウエーノレズにおいては 1974年の地方行政制度の再編以降,地

(8) John Barlow‘,Lancashire County Council', in Elcock and Jordan eds.., o

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cil, pp

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177 イギリスの地方自治体における最近の予算編成について -23-方議会の政党化が急速に進展し, 1981年には無所属の与党はコーンウオールた だlつとなった。そして,同年における地方選挙においては保守党,労働党, そして自由党の

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党の合計した議席の割合は,大都市圏カウンティ議会の議席 総数の 993パーセント,シャイアー・カウンティ議会のそれの 906パーセン トをしめるに至ったのであよそこで,ハンプトン教授は,-どの政党が政権を とるかは別にして,政党政治による地方議会の支配は今日ほとんど完成してい 札という。そして, 1980年代に入って顕著になった地方政治の新しい特徴は, 地方議会において過半数の議席をとる政党が漸減し,-伯千中」議会が増加してき たことである。たとえば,イングランドとウエールズの

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の非大都市圏カウ、/ ティ議会のうち過半が絶対多数の政党をもたない議会となったのである。すな わち,保守党が過半数をしめる議会が10,労働党が過半数をしめる議会が 9, 自由党が過半数をしめる議会が1,無所属が過半数をしめる議会が 2であるの にたいして,残りの

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は過半数をとれない政党の合従連衡によって議会が運営 されるという状況になったのである。そこで,ハンプトン教授は,-絶対多数〔の 政党〕をもたない議会はますます通常のこととなっ芯」と言う。したがって, 今日,-伯仲」議会の予算編成がどのようにおこなわれるかを研究することは重 要であり,意義のあることなのである。そして,ランカシャー・カウンティ議 会の 1986年度予算の編成を調査したノミーロウ氏の中心テーマ (keytheme)も そこにあったのである。 さて, ランカシャー・カウンティ議会の予算編成の手IJ債であるが,第 l段階 は,各委員会による継続見積り (ContinuationEstimates)の作成である。継続 見積りとは,翌年度予算の基準(baseline)になるもので,当該自治体の政策を反 映し,経費の削減と増大を含む。そして,それを算式で示せば,つぎのように なる。 1985年度予算一削減経費 =1986年度の基礎見積り (BaseEstimate) ( 9)

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ohn Gyford andl¥1ari

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ames, Natio問。lParties and Local Politics, London, 1983, p 2

(10) William Hampton, Local Governmenf and Urban Politics, London, 1987, p.120

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-24- 第61巻 第 2号 178 1986年度の基礎見積り+新規経費+当然増経費=継続見積り 削減経費とは,その年度限りの支出とか生徒数の減少による教育費の減少で あり,当然増経費とは,公務員の増員による平年度負担とか現行制度の下での 経費の膨張である。 1986年度の継続見積りは, 1985年8月15日に財政部長が 行政各部局にその作成を要請し,各部局と財政部との協同作業によって 12月初 旬には完成した。 1985年10月1日に議会の財政小委員会が開催され, 1986年度の財政見積り に関する財政部長の報告が検討された。財政部長の報告によれば, レート援助 補助金についての「楽観的な」見積りに従えば1986年度のレートの増税は29

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ペンス

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パーセント〕であろうし r非観的な」見積りに従えば, 45ペン ス(284パーセント〉であろう。与党である労働党グループのリーダーは,現 行のサービスと雇用の水準は維持するという彼女の見解を示し,それを保守党 と自由党のスポークスマンは支持した。そこで,財政小委員会は,各行政部門 の部長たちに,各委員会の議長と協議して継続見積りの

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パーセント削減の可 能性と最重点施策を中心に継続見積りを最高5パーセント増加させるケースの 検討を要請した。ところが, 10月31日のカウンティ議会総会において,他の政 党のスポークスマンも委員会の議長と同様に歳出の検討に参加すべきであると いう自由党の修正動議が可決され,保守党や自由党も経費の削減と増加に関す るリスト作りに参画することになったのである。野党も予算編成に参加すると いうことになったわけで,ここに「伯仲」議会の予算編成の特色がうかがえる。 1986年1月に入り,予算編成作業も本格化する。 l月15日に財政小委員会が 開催され, 1986年度の資本計画, 1985年度の歳入予測, 1986年度の歳入・歳出 見積り等を示す財政部長報告が提出された。財政部長によれば,継続見積りを 尊重すればレート委任課税

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は20471ペンスとなり,前年度に比 較し, 46 21ペンス (292パーセント〉の増税となる。他方,財政小委員会は, 各サービス部門の歳出内容の検討をおこなったが,同小委は,歳出に関しては 経費のガイドラインを設定し,その範囲内で各委員会は歳出の優先順位を自由 に決定できることにしたのである。

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月に入って

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日に,財政小委員会が開催

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179 イギリスの地方自治体における最近の予算編成につし、て -25 され,同小委の議長は,各委員会の歳出計画を承認するとした。しかし,そう すると,レートの増税は 512ペンスとなり,明らかに受け入れがたいものとな る。しかし 2月 20日の政策・財源委員会は 1点の修正を除いて労働党の提 案を承認した。 3月 6臼のカウンティ議会の開催までに, 320万ポンドの特別の補助金がラ ンカシャー・カウンティ議会に交付されることになり,各政党はレート委任課 税の税率の変更をせまられた。 3月 6日のカウンティ議会において, 30ペンス のレートの増税をおこなうという政策・財源委員会の決議が財政委員会の議長 によって提出されたが, これにたいして3つの修正案がカウンティ議会の議長 に提出された。労働党は30ペンスの増税を 27ペンスに引き下げ,自由党は 28 ペンスの増税案を 25..5ペンスに引き下げ,保守党は 255ペンスの増税案を 25 ペンスに引き下げるようそれぞれ提案したのである。そして,採決の結果,保 守党の修正案は41票対 57票で否決されたが,自由党の修正案が 50票対 48票 で可決され,労働党の修正案は否決されたのである。結局,レート税率は255 ペンス 061パーセント〕の増税で, 184ペンスとなったのである。 このようにして 1986年度予算は成立したが,パーロウ氏は以上の経緯につい て,.総括すれば,最終的なレート委任課税は自由党と保守党の議員によって決 定されたけれども,労働党は 1月の各委員会において提示された歳出に関す るすべての提案を事実上なんとか通過させたのである。結果的には, レートに 関する勧告を実現することには失敗したが,それは議長職の辞任をもたらすほ どの敗北ではなかった。」と言う。要するに,労働党は名を捨てて実をとったと いうことになるのであろう。 以上のような1986年度の予算編成過程からバーロウ氏は 2つの結論を得て いる。 1つは,.イ白仲」議会における予算編成をめぐる政党聞の駆け引きについ てである。自由党は9名とし、う少数会派ながら保守党や労働党との合従連衡に よって会派の独自性を主張しようとしたし,保守党は,.人々が支払いうる価格 でのサービス〔の水準〕の維持」をかかげ,経費削減をおしすすめる保守党と (2) Barlow',Lancashire County Council', p..46

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-26- 第61巻 第 2号 180 いうイメージを変えようとした。「そこで,自由党と保守党は,雇用とサービス を守り可能なところで町はそれらを増進しようとする労働党の一連の提案にたい する『カウンター・パンチ』的戦略の実行に的を絞った。各々の政党は,予算 において何とか得点を入れようと試み,乙の最初の予算循環が示唆するように, 政治的駆け引きで大声をあげ,なわ張りを主張して他の政党と自らの立場を明 確に区別したいという欲望よりも警戒とプラグマティスムが勝っていたのであ ど」したがって, 1986年度予算の編成をめぐるカウンティ議会における合従連 衡も,おっかなびっくりで,その場その場のプラグマティ yグな判断でおこな われたということであろう。 第

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に予算編成の手法であるが, これについてノミーロウ氏はつぎのように言 う。「予算過程においては根本的な〔経費の〕再検討はほとんどおこなわれなかっ たようにみえる。毎年の出発点は,近年においては膨張と削減のリストの作成 によって補足される継続見積りの準備である。前者の作業は,現行の限られた 0986年度は5パーセントの〉再検討をおこなう機会を提供することはたしか であるが,産出予算(outputbudgeting)やゼロ・ベース予算ほど革新的ではな い。」したがって, ランカシャー・カウンティ議会の予算編成は,基本的には増 分主義的な手法によっておこなわれていると考えてよいであろう。 III リヴァプール市議会における予算編成 つぎは 1984年春以来センセーショナルな反響をよんできたりヴァプール市 議会の予算編成過程をみる。ただし,パーキンソン氏は, 1986年度予算の編成 (2) Barlow,'Lancashire County Counci,'lp.46 (3) Ibid, pp 47-48 (14) Ibid,十p..48 (5) Michael Parkinson,‘Liverpool City Council', in Elcock and Jordan eds, o

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cit, pp68-87 なお,パーキンソン氏は, リヴァプーノレ大学都市問題研究センター(Centre for Urban Studies)所長で,著書のlつに,Liveゆoolon the Brink, Hermitage, U K,

1985,がある。この毒物は,破産寸前においこまれたリヴァプーノレ市議会を1983年 5月か

ら1985年 9月まで追跡したものであるが,論文,‘LiverpoolCity Council'は,予算編成 に焦点をあて 1986年 3月まで論じたところに新味がある。

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181 イギリスの地方自治体における最近の予算編成について -27-だけではなく, 1984年度以降 3カ年聞の予算編成を分析している。これは, 16 の自治体の1986年度予算の編成過程を分析対象とする共同研究における唯一 の例外である。 リヴァブール市はマージー河北岸に位置する人口 49万人の港湾都市である。 リヴ7プール市の特徴は,エルコック教授によれば,J2つある。第 1は,近年 ますます深刻となっている失業の増大と都市の荒廃である。企業はリヴァプー ルを見限って脱出し,多くの工場が閉鎖されているし,市内の住宅の状況は悪 化しつづけている。その結果, リヴァプールのレート課税標準は小さくなり, 市の提供するサービスの経費はますます少数の低所得者層が負担することにな る。第2は, リヴァプール市政の特徴であるが,保守党でも労働党でも強度の 中央集権的な指導体制としみ伝統をもち,ごく少数の人々が市政を牛耳る。リ ヴァプール市議会は, 1974年に発足して以来 10年間過半数の議席をもっ政党 がなく,労働党,自由党,保守党の

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党聞の合従連衡によって市政が運営され てきたが, 1983年 5月の選挙によって労働党が 51議席を獲得し,はじめて単独 で与党となったのである。 ところが,リヴァプールの労働党の指導権は1970年代において中道右派から 極左に移り,特に戦闘派 (MilitantTendency)と称される一派がリヴァプール 市議会の労働党グループを支配するようになったのである。そして,彼らは破 産政綱 (bankruptcyplatform)を推進しようとして,サッチャ一政府や労働党 中央の指導部と対立するのである。では,破産政綱とは何か。「それは赤字』 予算を編成し, レートや家賃の引き上げを拒否したり補助金削減を埋め合すた めのサービスの引き下げを拒否したりして,保守党政府を脅迫してリヴァプー ルがより多くの財源を獲得できるようにすることである。もし政府が同意しな かったら,市の資金は底をつき,学校や保育所,老人ホームが閉鎖され,

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市営〕 住宅の修理がおこなわれなくなり,死者は埋葬さえされないであろう。すべて

(6) Howard Elcock,‘Learning from Local Authority Budgeting', PubliιPolic'yand

Administration, Vol 1, N o. 2, 1986, pp.5-6 (17) 議席総数は99である。

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-28- 第61巻 第2号 182 の市の被雇用者は失業するであろう。」このような破産政綱は一見して明らかな ように,中央政府を相手にして勝算の見込みのすくない極左官険主義的な政策 である。しかし, リヴァプール市議会の労働党にしてみれば,このようなーか 八かの捨て身の政策をとらざるをえない事情も存在していたのである。という のは,リヴァプール市議会は1983年に労働党が過半数の議席をとるまでは, 3 党の合従連衡であったため財政運営に 貫した方針がなく,与党であった自由 党と保守党は歳出の圧縮を競いあったのである。その結果, リヴァブール市の レートの水準は1973年度には全国平均を 45パーセントも上回っていたのが, 1978年度には全国平均との差がわずか 1パーセントになったのである。すなわ ち, レートの引き上げ率はインフレ率にも追いつかなかったので、あり,中央政 府のガイドラインにそった増税さえもおこなわれなかったのである。そして, 1980年代に入るとサッチャ一政府の補助金制度はりヴァブールを不当に圧迫 していると理解された。「労働党の主張によれば,リヴァプールは,他の自治体 と対照的に1970年代には経費を抑制したのであり,それ故に, 1980年代に再び 経費を削減する必要はないし,できないということであった。ところが, 70年 代に財政規模を膨張し,それによってヨリゆるやかな目標が今日設定されてい る労働党支配の自治体よりもヨリ厳しい経費目標を政府はリヴァプールに課し た。目標をこえて支出した地方自治体のレート援助補助金を政府が削減したた め,

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リヴァプールの〕労働党は,他の自治体は浪費で得をしたのにたいしてリ ヴァプールは過去の善行が罰せられたと理解した。これこそが政府の補助金制 度にたいして労働党が刃向うのを助長した点でーある。」したがって, リヴァプー ル市議会の予算編成は

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つの地方自治体内部の問題ではなく,最初から中央 政府との対決を運命づけられていたのである。パーキンソン氏は,いみじくも, '1983年 5月に労働党が議会の多数を制した時に,予算の編成は,財政技術的な 過程であることをやめ,激しい論争をひきおこす政治的行為 (politicalact)と (18) Parkinson,‘Liverpool City Counci,'lp 70 (19) Ibid, p 69

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183 イギリスの地方自治体における最近の予算編成につし、て -29-なったのである。」と言う。 前置きが長くなったが,つぎに予算編成過程をみることにしよう。まず1984 年度の予算編成であるが,それをのべる前に 1983年度末の財政状況を瞥見して おく。労働党は, 1983年5月にリヴァプール市の台所を自由党から引き継いだ が,自由党が計画した経費の削減を実行せず,歳出は1983年度の目標2億 1200 万ポンドを超過した。その結果,目標超過の罰則により国庫補助金が1700万ポ ンド減額され,結局1983年度末の赤字は 3400万ポントとなった。さて, 1984 年度の予算であるが, 1984年度のりヴァプールの目標は2億 1600万ポンドと 設定された。しかし,リヴァプール市議会は 2億9600万ポンドの歳出を計画 した。ところが,その歳出規模では国庫補助金は2700万ポンドしか交付されず, 2億6900万ポンドがレート収入から補填されなければならない。しかし,労働 党は9パーセントのレートの増税しか考えておらず, レート収入はわずか1億 800万ポンドにしかならない。したがって,リヴァプール市の破産は必至であっ た。ところが, 1984年5月の選挙で労働党は更に議席をふやし, 58議席となっ た。この余勢をかつてリヴァプール市議会は政府と交渉した。サッチャ一政府 は,労働党が破産政綱を捨てるならば800万ポンドの援助をすると約束した。 市議会は,政府の提案を奇貨とし, 1984年7月に,均衡予算を成立させたので、 ある。 しかし,市議会の財政当局は,資本予算から 1300万ポンドを経常勘定に移転 したり,元利払いを繰延べたりして当初の歳出2億6900万ポンドを2億2300 万ポンドに圧縮したのであった。「議会は,家賃や手数料を引き上げなかった。 職員数,したがって俸給額を削減する努力もしなかった。レートは原案の9パー セントを上まわって, 17ノと一セント引き上げられただけであった。しかし,そ れは,市議会の財政を健全な長期的基盤にのせるのに必要であると中央官僚が 考えた率よりもはるかに低かった。別言すれば, 1985年 度 予 算 は 創 造 的 経 理 (creative accounting)によって均衡したのであった。市議会の根本的な財政問 (20) Ibid, p.68

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30ー 第61巻 第 2号 184 題は 1985年度に単に繰延べられただけであった。」パーキンソン氏のこの指摘 は,たしかに正鵠を射ている。問題は全然解決されず持越されただけであるが, リヴァプール市議会の労働党グループはサッチャ一政府との駆け引きにおいて 第

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回戦は勝ったのである。 つぎは, 1985年度予算の編成であるo労働党市議会は, 1984年度予算が成立 すると直ちに1985年度予算の編成にむけてサッチャ一政府との駆け引きを再 開した。しかし,政府は前年度の轍をふまないことに決め,市議会との取り引 きを拒否した。他方,今年度は新しいやっかし、な問題が発生した。というのは, 市議会は,サッチャ一政府のレート規制法制化(1

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に抵 抗して, 1985年度のレートの決定を故意に遅らせたのである。すなわち,リヴァ プールの 1985年度のレート税率は, 1985年 6月 14日に決定された。これにた いして,地区監査人

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は, レート決定の遅延により市議会が 106,000ポンドの損害をうけたとして,労働党市議に同額の加重罰金を課すと ともに議席の取り消しを求める予備調査を開始した。労働党市議は, 1986年 1 月に,地区監査人の訴えは,不当であると高等法院

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に提訴したが, 高等法院の 3人の判事は,同年3月にその訴えを却下した。そこで,労働党市 議は,控訴院

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に提訴したのである。 ところで,労働党市議会は,地区労働党の指示と市職員の合同ショップ・ス チュワード委員会との支援をうけて, 1985年 6月 14日に再び赤字予算を提案 した。 1985年度の経費目標は 2億 2200万ポンドであったが,議会は 2億 6500 万ポンドの歳出を計画した。この歳出規模ではレート援助補助金が2900万ポン ドとなり,残額の2億 4100万ポンドがレート収入で補填されなければならな い。その場合,レート税率は 170パーセント引き上げられなければならないが, 労働党はわずか9ノミ一セントの増税しか考えていなかった。その結果, レート 税収は l億 2500万ポンドとなり, 1億 1700万ポンドの赤字が出ることになる。 リヴァプール市議会は, 1985年秋に財源が再び払底し,破産は必至となった。 市議会の労働党は,市の財政担当職員の助言や地区監査人の警告,政府の勧 (21) lbid, p 74

(13)

185 イギリスの地方自治体における最近の予算編成について -31-告,労働党中央の要請を無視して

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日に,

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人の職員の一時解雇通 知

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を出した。その結果,地区労働党は混乱し,合同ショッ プ・スチュワード委員会は分裂した。労働党中央は,

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月の労働党大会におい て,第三者によるリヴァブール市財政の調査をおこなうことを決定し,ストー ンフロスト氏を団長とする調査委員会を発足させた。同委員会は, 11月に報告 書を発表し, リヴァブール市議会は破産を回避すべきこと,経常経費をまかな うために資本基金を利用すること,サービスを縮小し手数料を引き上げること, そしてレートを

1

5

ノf一セント増税することを勧告した。特に,同委員会は,レー ト税率を更に

1

5

パーセント引き上げることが「財政基盤を回復する要石」であ るとした。 市議会は,労働党中央の反対に直面して,破産の数日前に政策を転換し 2 年間に経常経費を

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万ポンド繰延べることに同意した。これによって,国庫 補助金の減額をまぬがれるとともに,歳出は

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万ポンドとなり,それは 6月 14日に提案されたレートの増税でまかなわれることになった。結局,ス トーンフロスト報告が重視したレートの大幅な引き上げはおこなわれなかっ た。他方,市議会は,繰延べられた

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万ポンドの経常経費をまかなうために, ロンドンの株式仲買人フィリップス・ドウノレーと

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万ポンドの据置き支払い 協定

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を結んだが,これは将来,市議会の大きな 財政負担となる一ーその返済は年間

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万ポンドに達する一一ことが懸念され る。パーキンソン氏は,

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年度予算の編成を総括して,-市議会は再び創造的 経理によって帳尻をあわせたのであり,根本的な問題はまたもや無視された。」 と言う。 最後は

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年度予算の編成である。その作業は,

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年度の予算の成立が

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年11月下旬になってしまったために大幅に遅れた。

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年度の予算案は,

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日にはじめて財政・企画委員会

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に提出された。同委員会にたいする財政部長の報告によれば,

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月 (22) Ibid, p..73 (23) Ibid, p 74

(14)

-32 第61巻 第 2号 186 に,環境省は,リヴァブーノレ市の歳出の上限を2億7400万ポンドと設定し直し た。しかし, 1986年3月末に廃止されるマージーサイドの行政サービスを負担 するための経費2400万ポンドを加算すると, 1986年度の歳出は 3億 1100万ポ ンドとなる。そこで, 3700万ポンドの経費が削減されなければならない。財政 部長は,職員の俸給とサービス,市営住宅の家賃の検討を至急に行うべきだと した。しかし,市議会は, 1986年3月27日に,経費の削減は不聞に付して 1986 年度予算を承認したのである。したがって, 1986年度も赤字予算で出発するこ とになる。もっとも,市議会は,同年

6

月に財政問題を検討する特別委員会を 発足させることにした。しかし, 6月10日に開催された財政・企画委員会は, 経費の削減は最高2900万ポンドであることを明らかにしたが,実際に同委員会 が承認した経費の削減はわずか400万ポンドであった。そこで,財政部長は, 同委員会にたいして年度末の違法の赤字を避けるためできるだけ早く経費の削 減と市営住宅の家賃の引き上げを検討するよう強く求めた。リヴァプ}ル市議 会は,三たび破産の測に立たされることになったのである。 以上が

3

カ年聞のリヴァプール市議会の予算編成の概略である。まず第1に 指摘しなければならないことは,中央政府,労働党中央,地区監査人,地区労 働党,合同ショップ・スチュワード委員会等をまきこんだ激しい政治的ないし 司法上の争いにもかかわらず,与党の労働党グループは予算編成において一貫 して破産政綱を推進してきたということである。労働党グループは,財政部長 を中心とする市の財政専門家の意見にもほとんど耳をかさない。実は, 1986年 3月24日には,地区監査人がりヴァプール市議会の財政の現状に関する手厳し い検討結果を発表した。彼は,-財政と行政運営はもう手が付けられないほど深 刻になっており,現状を直すために早急な方策(urgentsteps)が必要である。」 (24) と言い,-正当に組み立てられた,詳細な均衡予算の作成が至急必要である。」 と訴えた。しかし,この提言も 1986年度予算には反映されなかった。 では何故,このような政治的色彩の濃い予算編成が推進されるのであろうか。 その秘務についてパーキンソン氏はつぎのように言う。「本質的に赤字予算は, (24) Ibid.pp 74-75

(15)

187 イギリスの地方自治体における最近の予算編成について -33-労働党内で計画された政治的決定そのものであった。議会の専門職員はその戦 略に一貫して反対したが,労働党はその助言を受け入れなかった。……政策は 市議会外の地区労働党によって決定された。〔労働党〕グループは単にそれを実 行しただけであるが,地区労働党内でさえも政策を発案する権限は執行委員会 の独占するところであり,その勧告は常に支持された。労働党グループそれ自 身内でもその権限は,広範な権限が付与された財政・企画委員会の議長の手中 ににぎられていた。言いかえると,労働党は予算戦略の輪郭をきめたが,実際 には一般原則の論議に限られていた。労働党内の政治権力の非公式の集中と実 行が意味するものは,政策が公開ではなく,少数のエリートによって秘密裡に 作られるということであった。」すなわち,リヴァプール市の財政政策の立案は, 地区労働党と市議会の労働党グループのごく少数の者の手にゆだねられている のである。そして,労働党は,戦闘派と称される一派によって牛耳られていた から,破産政綱という,財政運営の常軌からはずれた瀬戸際政策が推進されて きたのである。 しかし,私は, リヴァプール労働党の破産政綱を一方的に非難することは片 手落ちであることを付言しておきたし、。リヴァプール労働党市議会の財政運営 を客観的に評価するためには,

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6

0

年代以降のリヴァプールの地域経済の急速 な悪化,高い失業率,

1

9

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0

年代におけるサyチャ一政府の地方財政対策等を総 合的に考察する必要があるということである。

I

V

ポーツマス市議会における予算編成 ポーツマス市は,非大都市圏ディストリクトの

l

つで,人口は

1

8

万人である。 岡市はかつては軍港に大部分依存していたが,近年は軍港一辺倒から脱却し観 光,商業,更にはハイテク産業の誘致に力を入れている。政治的には国政選挙 においても地方選挙においても保守党の金城湯池であり,ポーツマス市議会は (25) Ibid, pp 76-77

(26) Sylvia Horton‘,Portsmouth City Counci,'lin E1cock and Jordan eds, op

α

l, pp 125-138 なおホートン女史は,ポ-;;'-0-ス・ポリテクニ y!lの行政学担当の主任講師

(16)

-34- 第61巻 第2号 188 過去40年間保守党が支配している。1986年5月の地方選挙においては,保守党 が22議席,労働党が10議席,連合(Alliance)が6議席,無所属が1議席をそれ ぞれ獲得したが,与党としての保守党の地位は不変である。 ところで,ボーアマスは,シャイヤー・ディストリクトの中でも上位10番以 内に入る,いわゆる「大浪費団体(“bigspender")Jとして有名である。市の総経 費(grossexpenditure)は1978年度から 1984年度までに837パーセントも膨 張し, 1979年以来中央政府と歳出規模をめぐって論争してきた。モして, 1985 年度にはサッチャ一政権下においてレート規制をうけた唯一つの保守党自治体 となったのである。その聞の事情についてホ一トン女史は,つぎのように言う。 「新しい包括補助金制度が導入された1981年以降,ポーツマスが予定した歳出 は常に補助金関連経費見積り (GREA)を上まわり,歳出目標を超過した。それ が原因で 1985年度のレート規制をうけたのであった。ポーツマスは, GREAs を 基 礎 に し た 補 助 金 制 度 に よ っ て 損 害 を こ う む っ た が , そ の 理 由 は , 前 者 CGREAsJがシャイヤー・ディストリクトの平均的経費を反映したものであり, 『標準からはず、れた』自治体を充分に配慮しなかったからであった。」そのこと を,具体的に言えば,第

1

は,ポーツマスが力を入れていた観光とそれに関連 した美術館や博物館の経費がGREAの算定のさいに十分反映されなかったこ と,第2は,ポーツマスは 1980年代初頭にinfrastructu日の整備をはかるため 公共投資に力を入れ,そのために公債費の負担が増加したが,これも GREAに は含まれなかったこと,そして,第3は,公営住宅のための経費が全シャイ ヤー・ディストリクトの中で最高水準であったが,これに寄与したGIA(Gen -eral Improvement Area)計画も GREAには反映されなかったということであ る。このような事情によって,保守党市議会にもかかわらず1985年度において は予定された経費がGREAを346パーセント超過し, 目標を53パーセント 上回ったのである。市議会は, 'GREAの構造が市の巨大な公債費負担や例外的 に大きいGIA計画,観光と観光客に関連した活動のための大きな経費を考慮す (27) Ibid, p 127

(17)

189 イギリスの地方自治体における最近の予算編成につし、て -35-(28) るようにはなっていなL、」として, レートが規制されることに反対したが,結 局,レート規制をうける羽目になったのである。そして, 1985年度にレート規 制をうけたということが1986年度予算編成にも影響をあたえ,中央政府が 1986年度の新しい補助金政策とポーアマス市の GREAを発表した 1985年 12 月まで,市議会の予算編成は暗中模索であった。 1986年度の予算編成を順を追ってみよう。編成作業は新年度早々から開始さ れたようである。まず

5

月までに資本計画

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に関する情報が部 局内で集めらね 6月には物価と賃金の予測がおこなわれた。また,財政部長 は,保守党グループの幹事会

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に提出する財政予測をおこなうにあたっ て,議会のリーダーに探りを入れ,予算に関する彼の考えを聞きだした。そし て,財政部長は, 1986年度の経常経費が目標を 40万ポンド上回ると予測し,そ の結果生じる厳しい罰則や一層のレート規制を議会は避けるべきだと勧告し た。したがって,財政当局は,レート規制という事態を1986年度はなんとして も回避しようと当初から考えていたのであろう。また

7

月までに国庫補助金 の最初の予測がおこなわれた。 正式の予算編成は, 1985年 9月初旬に開始された。財政部長の第 2回目の報 告が部局長会議に提出された。財政部長は,予算編成のガイドラインを示し, 1986年度には大幅な補助金減額という罰則をさげるため歳出の膨張を前年度 比 17パーセントとした。政策・財源委員会は, このガイドラインを承認した。

1

0

月には,財政部長と首席支配人の

2

人の共同の覚え書きが部局長に配布さ れ,ガイドラインにそった資本予算と経常予算の作成についての指示が与えら れた。 11月8日までに,各部局長は,資本予算と経常予算の新規経費について は優先順位をつけて財政部長に提出するよう要請された。そして,予算編成に あたっての注目すべき指針が職員に示された。すなわち r彼らは増分主義で行 うのではなく,経費の節約が実施できる箇所を確認するためにすべての標準経 費

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を検討するよう指示をうけた。」また, レート援助補助 (28) lbid, p.129 (29) lbid, p.132

(18)

-36ー 第61巻 第2号 190 金が減額となった場合を考えて,職員は,予算の lパーセント, 2パーセント,

4

パーセントの削減がそれぞれできる緊急計画を考えておくよう求められた。 他の自治体の予算編成には見当たらないので,ポーツマス市議会だけかと思 うが,すべての予算は各委員会に割振られた主計係

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の承認をえな ければならなし、。したがって,主計係は相当の権限をもっているわけだが,行 政部局と主計係の見解がことなる場合はまれで,全体の80ノミ一セントは問題な く了承される。残りの20ノミ一セントが両者の聞での論議の対象となる。 11月末から 12月初めにかけて経常経費と資本経費の総額の調整がはかられ た。前者はそれほど問題がなかったが,資本歳出は財政当局のガイドラインで ある 100万ポンドを大幅に上回って 500万ポンド以上の膨張となり, 12月初め におこなわれたリーダー,リーダ一代理,首席支配人,財政部長の会議で200万 ポンドをすこし超える金額まで圧縮された。 12月に発表されたボーツマス市の 1986年度の

GREA

は予想よりかなり高額のもので,前年度比19ノf一セント増 の1648万

3

千ポンドであり,ゲタ

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GREA

を7パーセントこえる 1768万ボントであった。ポーツマス市議会は,ゲタ一杯まで支出することにし た。というのは,

rGREA

の水準で支出すれば,補助金の損失も少なくなるが, しかしこれは, リーダーや保守党グループ,あるいは野党にとって受け入れる ことができなかった」からであった。そLて,最終的に経常勘定の歳出は, 1767 万5千ポンドとなり, レートの増税は前年度比41パーセント増の, 1 12ペ ニーの引き上げとなる。 このようにして出来上った最終見積りは, 1986年1月 2月にそれぞれの委 員会に提出され,承認された。そして, 3月4日の政策・財源委員会において レートはポンドあたり 28ペンスと決定され,これが本会議に提出されて 1986 年度予算は成立したのである。 以上のようなポーツマス市議会の 1986年度の予算編成はどのような特徴を (30) この邦訳は,高橋教授にならう(高橋誠「イギリスW1980年地方政府法』の財政的意義J, 『経済JE林1第49巻第3号, 1981年12月, 83ベージ)。 (31) Horton‘,Portsmouth City Council'p.133

(19)

191 イギリヌの地方自治体における最近の予算編成につし、て -37-もつのであろうか。ホートン女史は,まず,-ポー Yマスは,膨張があたりまえ であった,ヨリ伝統的な増分主義的予算戦略から離脱し,標準予算(basebudg -ets)と当然増経費(committedexpenditure)が毎年検討され,可能ならば新規 増加と節約がみあう戦略へと移ったのである。議会は,すべての部局が標準経 費(baseexpenditure)を毎年検討することを求め,増分主義あるいは減分主義 (decrem倒 alism)を避けようとしたのであと」と言う。たしかに, 1985年10 月頃にはすでに紹介したように標準経費の洗い直しが指示されたので、ある。し かし,それは, ゼロ・ベース予算を採用したということではなかった。女史は, 続けて「しかしながら,それは完全なゼロ・ベース方式とは同じではない。ポー ツマスは,

PPBS

を決して実施しなかったし,総合計画の理念を避けた。しか し,自治体にたいする財政引き締めは予算の編成と統制に一層合理的な方式を 導入し不必要で浪費的な経費を排除するようになったと思われる。」と言う。し かし,伝統的な増分主義がまったく姿を消したのかというとそうではなし、。「増 分主義の若干の要素は今なお見られる。部局は依然として政策発案の主たる源 泉であり,彼らはいずれ実現したいと考える新規支出や支出の増大には規則正 しく申しこむ。そして, ヨリ多く要求すればするほどヨリ多く獲得できる傾向 があ立」これがホ一トン女史の評価である。したがって,たしかにゼロ・ベー ス予算の編成をうかがわせる側面があることも否定できないが,制度的には ポーツマス市議会の予算編成も依然として増分主義的なものと判断してよいで あろう。 V ミッドーグラモーガン・カウンティ議会における予算編成 ウエールズのミグドーグラモーガン・カウンティは,スワンジ}がある西グラ モーガン・カウンティとカーディフがある南グラモーガン・カウンティにはさ まれた,人口53..7万人のカウンティであるが,カウンティ内には人口4万人以 (32) Ibid, p..136 (33) Ibid (34) Ibid

(20)

38- 第61巻 第2号 192 上の町は存在しない。カウンティ議会は労働党の金城湯池であり, 1919年以来 労働党が圧倒的優勢を保持している。現在の議席の構成は労働党が

8

3

議席中 68を占め,他は PlaidCymruが 6議席,無所属が 5議席,自由党が 2議席,共 産党と保守党が各1議席である。したがって野党はほとんど物の数に入らず, 議会の論議も労働党グループ内のものに限られ,議会の運営も勢い閉鎖的なも のになるようである。 4ッドーグラモーガン・カウンティの 1986年度予算の編成においてわれわれ が興味ぶかく思うことは,いったんは政策志向的(policy-oriented)合理的な予 算編成をめざしたが,結局はそれが政治的増分主義的な手法のために敗北を喫 したという点であり,このことがグリフィス氏の調査の焦点にもなっている。 さて, 1985年初めに管理チーム (ManagementTeam)は,カウンティ議会の 予算過程を検討した。そのさい財政部長は,現行の予算編成には2つの問題点, すなわち第

1

は,部局聞の財源配分の際に根本的な検討がくわえられることが なく,予算編成が増分主義にあまりにも片寄っていること,第

2

は,予算配分 が各行政サービスの意義(implications)を十分にくみとっておこなわれている わけではないことを指摘した。第

2

の問題点は私には今ひとつはっきりしない が,行政サービスの重要性の比較検討を回避し,経費を一律に増加したり削減 したりするそれまでのやり方を反省する必要があるということであろう。管理 チームは 3月に,ゼロ・ベース予算制度の導入を含んで「予算編成助言グルー プ(BudgetAdvisory Group)J (以下, BAGと略称〉を編成した。 BAGは,選 ばれた7人の一一主として第2層,第3層の一一職員で構成され,純粋に事務 サイドの組織であった。したがって, ゼロ・ベース予算の導入にあたり,事前 に議会との十分な打合せがおこなわれたようにはみえなし、。私が思うに, これ がゼロ・ベース予算の導入に結局は失敗したlつの原因であろう。 さて, 1985年 4月には, BAGは,ゼロ・ベース予算を先駆的に導入したアメ (35) Paul Griffiths,‘Mid-Glamorgan County Council,'in Elcock and .Jordan eds, op cil, pp..214-224 なお,グリアイス氏は, ウエーノレズ・ポりテクニ Yl'の行政学上級講 師(SeniorLecturer)である。

(21)

193 イギリスの地方自治体における最近の予算編成について -39ー リカのジョージアナトいと同様に,歳出を根本的に検討す}るさいのベースを経常経 費の

8

5

ノミーセントとした。そこで,各部局は残りの

1

5

ノミ一セントの歳出の優 先順位とその意義を検討することになった。

6

月に入ると,

BAG

は,各部局の 経費の

1

5

パーセントの限界部分の優先順位

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を判定し,経常経費の

9

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パーセントを「基準ライン」予算とすることを勧告した。そして

BAG

の最 初の報告が管理チームと総合目標委員会

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に提 出され,承認された。

8

月には

BAG

の第

2

報告が作成された。それは,現在の経費の

9

8

ノミーセン トから

05

ポイント刻みで

1005

パーセントまでの6つの歳出パターンを想定 し,その比較をおこなうものであった。まず,歳出を

05

パーセント増加させ る場合が検討された。

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パーセントの歳出の増加とは,

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年度の歳出がl 億

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8

千ポンドであるから,ほぼ

1

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万ポンドに相当するが,その場合, 教育費は変化がなく,大部分の部局は歳出がlパーセント増加し,社会サービ スだけが22パーセント増加する。そして「その他の選択肢をいろいろ考えた 結果,

BAG

は,優先順位は〔経費の〕増加選択肢

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のケースで 決定すべきであること,それ故に,増加選択肢から比例基準に立ちかえる必要 があると判断した。そこで,社会サービスは据え置き予算では

2

5

万ポンドの増 加となり,

1

0

0

万ポンドの予算削減では小額の増加となった。ゼロ・ベース予算 の理論がひっくり返された。有効なベースは

1

0

0

万ポンドの増加の配分であっ 芯」 このようなグリフィス氏の経緯の説明は不明なところが多く,十分理解 できないが,

BAG

自身,ゼロ・ベース予算の編成には難点があると判断したの であろう。続いて同月,管理チームが

BAG

の第

2

報告を検討し,了承した。し かし,論議の中で財政部長は社会サービスを優遇することに反対し,教育局長 は経費の削減は一率であるべきだと主張したようである。そして,部局長たち は,総合目標委員会にたいして彼らの意見を留保すると報告した。

9

月に入ると,総合目標委員会は

BAG

の報告をうけ,それに従って財政部長 は経費規模のちがし、による委任課税案

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を説明した。

1

0

(36) Ibid, p 221

(22)

-40ー 第61巻 第2号 194 月から

1

1

月にかけて各部局は,

BAG

報告にそって一層詳細な見積りを準備し たが,カウンティ議会の労働党ク守ループはリーダーの裁定により

1

0

0

万ポンド の削減案を採用した。それは,予算選択肢案における一率削減を示す,第2表 の第

5

欄である。そこに示されているように,

BAG

が勧告した教育から社会 サーヒスへの財源の配分はおこなわれず,教育の既得権は守られたのである。 このような結果になった状況について,グリアイス氏はつぎのようにいう。

rCBAG

の〕報告のこの誤用には

2

つの説明ができる。若干の議員は,

BAG

の データ提供をまったく理解しなかった。委員会での討論と〔労働党〕グループ の職員にたいする接触を与件とすれば,ミッドーグラモーガンは,閉鎖的な自治 体がし、かに運営を誤り,誤解を重ねるかの例示である。」結局,事務サイドで計 画されたゼロ・ベース予算の導入も,議会の議員たちの無理解と労働党が万年 与党であることにより,実現できなかったのである。「議員たちは優先順位を査 定する手聞を拒否した。彼らは,組織全体の一律の削減を実行した。 1…"ミッ 第2表 予 算 選 択 肢 案 (単位 1000ポント) 1985年(度1) 100万ポント 1の00削万減ポント 据置き予算 一 率 削 減 100万ポント 予 算 の膨張 (2) (3) (4) (5) の節約 (6) 教 育 129.575 + 47 -513 466 -760 -1,226 社会サービス 24,642 +545 -306 +239 145 + 94 道 路 ・ 運 輸 14,004 + 125 -125 - 82 - 82 消 防 5,842 + 6 + 6 + 6 無 宿 者 保 護 1,763 - 48 48 - 48 財 政 部 1,731 + 28 - 28 - 10 10 職 員 関 係 費 1,135 + 17 - 17 上 地 ・ 建 物 1,002 - 11 一 11 -11 画 815 + 3 - 3 消 費 者 保 護 542 + 10 - 6 + 4 - 3 + 1 1司 度 471 + 2 一 2 経 済 開 発 410 + 22 十 22 + 22 年 金 +250 +250 十250 ムo ~t 182,088 + 1 ,000 + 1 ,0001) -1,000 -1,000 注1) 表の通りである。もっともプラスではなく,マイナスの誤りかと思う。

[出所JEJcock and Jordan eds, Learning斤omLoω1 Authori(y Budgeting, p.. 222

(23)

195 イギリスの地方自治体における最近の予算編成について -41ー トーグラモーガンでは職員と議員の聞に明白な区分がある。結局,職員の合理主 義的熱意は議員の保守的な政治価値によって潰され詑」ただ,予算編成過程の 説明からもうかがえるように,職員自身も格差をつけた経費の増減よりも,一 率の増加または削減を望んだフシがうかがわれることに注目しなければならな L 。、 グリアイス氏は, ミソドーグラモーガン・カウンティ議会へのゼロ・ベース予 算導入失敗の原因には,手続き面と制度面と文化面の3つの側面があることを 指摘し,なかんずく最大の原因は文化の問題だと言う。「組織内の文化価値が閉 鎖的中央集権的な政策過程を支持する。これが,合意、を生み出すのに必要な広 範な論議を排除する。そのような文化は,隔意のない質問を通じて革新 (innova -tion)に必要な深い理解を作り出さないし,検討することがで、きなど」結局, ミッド,グラモーガンは,圧倒的な優勢をほこる労働党政権が長期にわたって続 いている状況の下では増分主義的予算編成から脱却することは困難だったので ある。

V

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ハロー・ロンドン・パラ議会における資本予算の編成 以上の

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つの自治体の予算編成は主として経常勘定に関するものであるが, 周知のようにイギリスの地方自治体は経常勘定とは裁然と区別された資本勘定 をもっ。したがって,資本予算の編成についても言及しなければならないが, それにふれた調査は,イングランドとウエールズの

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2

の自治体ではハローだけ である。そこで,ハローの資本予算の編成の概略を, コープ氏の調査によって みておく。 ハロー・パラ議会は,大ロンドンの北西にあり,人口は199万人である。議 会は保守党の支配下にあり,財政は浪費的 (high-spending)である。ここでは, ハロー議会の資本予算の編成についてみるのが目的であるが,資本予算と対を (38) Ibid (39) Ibid, p 224

(40) Stephen Cope‘Harrow London Borough C, ounci,'Iin Elcock and Jordaneds.., op cit, pp 88-101 なお, コープ氏は, LSEの大学院生である。

(24)

42- 第61巻 第 2号 196 なし,その前提となる経常予算の編成についてもほんのすこし触れておく。 ハローの歳出は一貫して経費目標を超過していたので,経費の削減をはかる た め 議 会 の リ ー ダ ー が 交 替 し た の を 契 機 に 中 期 予 算 戦 略

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(以下,

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と略称)を

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年秋に作成し,初年度の

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年度には支出を

25

パーセント,つぎの

2

年聞は同じく支出を

2

.

7

5

ノ之一セント 削減することにした。

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3

月に,財政部は,

MTBS

の方針にそって部局の 予算目標を設定した。

9

月までに,各委員会は,

MTBS

の予算の予測とサービ スについての意義を考慮して経費節約をはかろうと考えたが,不十分であった。

1

2

月にはレート援助補助金の最終案が政府により発表された。それは,

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年 3月の GLCの廃止に伴う行政機能の移譲によって生じる経費負担を補填する ための追加の財源

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万ポンドを含み,以前に比較して優遇された金額であっ た。

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月には,物価の変動や政策の変更,資本計画が経常予算にあたえ る影響等を反映する修正予算が作成された。そして, 2月末には,議会は政策・ 財源委員会の勧告に従い, レートを

2

パーセント以上引き上げる経常予算を承 認したのである。 さて,資本予算であるが,それは

4

年間のローリング方式にもとづくもの であり,資本計画

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lprogramme)

は,毎年,工期の遅れやその他の事情 を考慮して再検討され,現実に合致するように修正される。中央政府は,毎年, 教育,住宅,社会サービス,運輸,その他という

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つの分野に区分して資本支 出の承認を与える。

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つの分野ごとの金額は,政府の優先順位を示すものであ り,地方自治体は,資本支出の定義に合致しておれば自由にその配分を考える ことができる。 ハロー・バラ議会の資本計画の検討は,

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5

月に開始された。財政部は, 資本支出の契約が継続されるものと想定して再検討のための種々のガイドライ ンを設定する。このガイドラインはのちに政策・財源委員会によって承認され るが,財政部と関係のサービス部局はこのガイドラインに従って

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年度

-89

年度の資本計画を準備する。これは部局にまたがる作業であるが,議員はほと (41) Ibid, pp.

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-

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(25)

197 イギリスの地方自治体における最近の予算編成について -43 んど関係しない。 11月までに職員による作業が終り,関係す町る中央省庁への金 額の上申

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がおこなわれる。そして,資本計画の検討結果は,それが,住民 へのサービスを正しく反映しているか,財源、は大丈夫かなどを確認するため, 委員会にも提出される。 1985年 12月から 1986年 1月にかけて政府は,ハロー議会にたいして 1986 年度の分野別認可

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を通知するとともにむこう

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年間の 認可の暫定指標を示した。

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つの分野の認可は,一般的に言って過去の支出と 必要度を基礎にしている。分野別認可の通知に従い,資本計画の検討を支持す るガイドラインが政策・財源委員会によって検討された。 l月には,各委員会 は,分野別配分と修正されたガイドラインに則って資本計面を修正した。すな わち,社会サービス委員会は,低額の配分のため大規模な計画を延期せざるを えなかったし,教育委員会もいくつかの計画の延期を考えた。このような年度 ごとの検討をへて,財政部は,資本計画の財源、の手当てと経常勘定の負担を承 認するよう議会に助言した。 コープ民の調査はここまでであるが

2

月に入り,ハロー議会は,このよう にして成立した資本予算と 1986年度の経常予算を一緒に承認したということ であろう。 以上の経過から明らかになることは,ハロー議会の資本予算の編成は大部分, 職員によっておこなわれるということである。議員たちは,資本計画にくみこ まれる「買い物リスト」の順番の徴調整をするだけのようである。

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予算編成にみるこ,三の特徴 さて,イギリスの地方自治体の予算編成の特徴としてどのようなことが指摘 できるであろうか。ここではすでに紹介したイングランドとウエールズの

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つ の自治体のみならず,今回の調査で取りあげられた自治体をも含めて二,三の 特徴をあげてみよう。 (42) lbid, pp. 97-98 (43) lbid, p99

(26)

-44- 第61巻 第2号 198 まず第 lは,地方自治体の予算編成がごく少数の者によっておこなわれると いうことであろう。エルコック教授は,

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の地方自治体の

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年度予算編成の 種々の側面を分析したあと,その結論の第1と第 2をつぎのようにまとめる。 「第1に,予算編成は,通常,少数の指導的政治家と幹部職員によって指揮監督 されるということである。第2に,彼らはしばしば主要な決定をおこない,正 式の委員会と本会議一ーその任務は通常,別のところでおこなわれた決定を正 当化することに限定される一一ーを通じてよりもむしろ小さな,非公式のグルー プでおこなわれる交渉の大部分を指揮するということである。『伯仲』議会にお いてさえ,議員全体の影響力は通常限られたものであり,予算編成の最終段階 においてだけ発揮される。」自治体は,予算編成において重要な役割をおこなう 非公式のグループをほとんど持っており,それらは iスペイン異端審問所 (Spanish Inquisition) jとか「素晴らしい 7人衆 (MagnificentSeven)j (スコッ トランドのテイサイド・リージョン議会〉とか「懲罰独房(SweatBox)j (パー ミンガム市議会)とか「星法院(StarChamber)j (スコットランドのスターリ ング・ディストリクト議会〉とかのおどろおどろしい名前で呼ばれる。したがっ て, ミッド,グラモーガンのように,第

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層,第

3

層の職員からなる

BAG

が予 算編成の中心的役割を演じるのは例外である。そして,このような非公式クソレー プの重要性は,一般的に言って地方自治体の経費の削減が厳しく求められてい る状況の下では増大している。 ところで, このような非公式の少数者のグ、ループが予算編成において中心的 役割をはたすことを最初に指摘したのは,グリーンウッド氏であろう。氏は, 非公式クゃループに2つのタイプ,すなわち,予算編成の初期の段階において財 源配分の任務をになう「スペイン異端審問所」と,予算編成の後期の段階にお いて経費の削減を課題とする「懲罰独房」があるとした。そこで,グリーンウッ ド氏の説明をすこし紹介しよう。まず iスペイン異端審問所」であるが iそ (44) Elcock, 'Conclusion: dimensions of the budgetary process', in Elcock and Jordan eds, op.α,.1p..255. (45) Ibid, p 253

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