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地震保険の意義と役割

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(1)

地震保険の意義と役割

リスクコントロールの観点から

恩 藏 三 穂

■アブストラクト

地震リスクが高まるなか,我が国の地震保険制度への期待はますます大き くなっている。というのも,地震保険は自助の保険でありながら,被災者の 生活の安定に寄与することを目的とした公共性の高い保険だからである。そ の一方で,地震保険制度自体の持続可能性が危ぶまれているのも事実である。

本論では,リスクコントロールの観点から地震保険制度を見直すことで,

あらためて地震保険制度の位置づけと役割について検討する。まず,リスク コントロールによって経済的損失を減らしつつ被災者の生活を安定させるた めの制度的検討事項を整理し,①

PML

の抑制,②支払保険金総額の抑制,

③地震保険制度の持続可能性と加入者ニーズの最大公約数の追及,について 考察した。次に,一災害救済制度である地震保険制度が十分機能するために は,他の制度をうまく活用する必要があるとした。そのためには,官の役割 として,耐震診断助成制度や耐震改修促進事業制度等を充実させることが,

また,民の役割として,地震保険普及の一環として商品の多様性等の加入者 ニーズに応えることが求められる。

■キーワード

地震保険,リスクコントロール,耐震化促進

*平成24年3月10日の日本保険学会関東部会報告による。

/平成24年10月20日原稿受領。

(2)

1.はじめに

地震保険は地震保険法によって被災者の生活の安定に寄与することを目的 としている。民間による任意保険であるものの,政府が再保険をするなど国 策で作られた公共性の高い保険であることから,特に東日本大震災以来,我 が国において地震保険に対する社会的期待はますます大きくなっている。

だが新たに地震リスクの認知が高まるなか,地震保険制度の持続可能性が 問われている。今後,地震保険の準備金不足が危惧される事態に陥ったとき,

さらなる支払限度額の引き上げで対応できるのだろうか。また,準備金が不 足すれば保険金は減額されるが,そのことで被災者への救済が十分できるの だろうか。いずれにしても,地震保険制度はどのように被災者の生活を安定 させるのに寄与できるのかは重要な課題といえよう。

他方,地震保険普及のためには,加入者ニーズにも対応する必要がある。

たとえば地震保険制度の創設当初は全損のみを支払い対象としていたが,現 在,保険金の支払い方法は全損・半損・一部損の3段階に区分されている。

支払段階の増加は商品としての魅力を増す一方,支払段階が増えた分,保険 金の総支払額を増加させるだけでなく,支払自体に要するコストを上昇させ,

また保険金支払いの迅速性を鈍らせる一面もある。地震保険制度の効率化と 加入者ニーズをうまく両立させながら,どのようにして地震保険としての役 割が効果的に発揮できるのだろうか。

以上のような背景から,本稿では地震保険の役割を改めて確認しながら,

リスクコントロールという視点で地震保険制度における課題を検討する。具 体的には,リスクコントロールによって経済的損失を減らしつつ被災者の生 活を安定させるための制度的検討事項を整理し,地震保険制度における官民 の課題について考察したい。

2.地震保険の見直しの必要性

地震保険制度の検討が必要となった背景の一つとして,近年,地震リスク

(3)

の高まりが指摘されている。首都直下地震の防災対策を検討している文部科 学省の研究チームは2012年3月7日,東京湾北部でマグニチュード7級の地 震が発生すれば,東京湾岸の広範囲で,従来想定の震度6強より大きい震度 7の揺れが予想されるとの研究成果を公表した。震源プレートの境界が,従 来想定より約10キロ浅いことが明らかになったためである。震度6強の地域 も広がり,国は最悪ケースで死者1万1,000人,経済被害は112兆円としてい た従来の被害想定を見直す方針を伝えた 。

このような地震リスクの高まりの結果,持続可能性という観点から,地震 保険制度は大きく見直すべき時期にきている。東日本大震災の発生によって 1兆円を超える保険金の支払いが行われた結果,制度全体の準備金は震災前 の約2.4兆円からほぼ半減しており,保険金支払いの原資となる準備金の確 保が重要な課題となっている 。他方,東日本大震災以後,地震発生リスク の見直しが進んだ結果,予想支払額は大幅に増加している。図表1が示すよ うに,今後30年間で発生が予想されている東海大地震(確率88%),東南海 地震(同70%程度),南海地震(同60%程度),首都直下地震(同70%程度),

および毎年発生する小規模地震が全て発生すれば,収入と支出の単純計算を すると,収入見込みが約4.9兆円〜5.9兆円に対し支出見込みが約7.2兆円と,

収入が支出を約1.3兆円〜2.3兆円下回るという試算が出ている 。

1) 震度7 木造全壊39万棟に倍増 首都直下地震 文科省が試算 朝日新聞 夕刊,2012年3月23日,15頁。

一方,首都圏でマグニチュード(M)7級の直下型地震が発生する確率は 4年以内に70% であると,東京大地震研究所の研究チームは試算した。そ の試算は波紋を広げたが,気になる筋はこれだけではない。政府の予想は 30 年以内に70% ,また京都大防災研究所は 5年以内に28% とはじいた。

( M7首都圏直下型地震 京大は 5年以内に28% 朝日新聞 朝刊,2012 年2月1日,38頁。)

2) 日本損害保険協会・日本地震再保険株式会社 安定的な地震保険制度の運営 に向けて(第2回 地震保険制度に関するプロジェクトチーム資料) 2012年5 月25日,7頁。

3) 同上,7頁。

(4)

高まる地震リスクが認知される一方で,東日本大震災以来,地震保険の加 入率も増加傾向にある。2011年度の新規火災保険契約のうち,地震保険の付 帯率は過去最大の53.7%という上昇率を示し,初めて50%を超えた 。また 世帯加入率でみると,現在(2012年3月時点)では26.1%にまで上昇してい る。したがって,PML(Probable Maximum  Loss:予想最大損失額)の 上昇は確実である。地震保険制度が制定されて以来,PMLの上昇にともな い総支払限度額の拡大(図表2)といった,再保険スキームの改正が行われ てきた。地震保険制度の変遷を見れば,総支払限度額の引き上げといった再 保険スキームの改正は,今回で13回目になる。

1966年6月,総支払限度額は3,000億円からスタートして,2012年5月の 改正では6兆2,000億円へ引き上げられた(図表3)。当制度を所管する財務 省は,関東大震災級の大地震が発生しても保険金が削減されない水準に総支 払限度額を想定したという。だが,今後も加入者や契約金額が増加し続け,

また

PML

が上昇すれば,加入者が受け取る保険金が目減りする可能性が高 図表1 今後30年間に4地震が発生すると想定した場合の予想支払保険金額

出典:日本損害保険協会・日本地震再保険株式 会社 安定的な地震保険制度の運営に向 けて(第2回 地震保険制度に関するプ ロジェクトチーム資料) 2012年5月25 日,7頁。

東海地震(88%) 1.6兆円 1.4兆円 8,000億円 3.1兆円 3,000億円 7.2兆円 東南海地震(70%程度)

南海地震(60%程度) 首都直下地震(70%程度) 毎年発生する小規模地震

合 計

4) 地震保険,火災保険と同時契約 加入率,初の50%超え 日本経済新聞 朝刊,2012年8月24日,5頁。

(5)

図表2 総支払限度額と PML の推移

出典:高橋康文 地震保険制度 きんざい,2012年,108頁。

図表3 東日本大震災に伴う官民負担割合の変更と改正

出典:日本地震再保険株式会社 日本地震再保険の現状2012 2012年,10,30頁 より作成。

(6)

まるのではないだろうか。すなわち,こうした状況下において,今回の総支 払限度額の引き上げによって,将来的においても再保険スキームを維持でき るのだろうかと危惧される。地震保険制度は,地震リスクの高まりと加入者 の増加,度重なる支払限度額の引き上げによって,制度の持続可能性という 観点から見直しの必要性が高まっているといえよう。そこで,次章では,地 震保険法において地震保険の役割を改めて見直し,リスクコントロールとい う視点から地震保険制度の検討事項を整理してみたい。

3.地震保険の見直しに関する検討事項

⑴ PML 抑制―耐震化の促進

地震リスクの高まりのなかで制度の持続可能性を考える場合,PMLの抑 制は,その存続を左右する重要な課題である。とりわけ

PML

の抑制には,

地震保険制度を通じた耐震化の促進が大きな課題といえるだろう。

もっとも現行の地震保険でも,住宅の耐震性能に応じた割引制度である免 震建物割引,耐震等級割引,耐震診断割引,建築年割引が存在する。しかし,

図表4が示すように,建築年割引以外の割引の適用率は低く,1等から3等 まで総合しても2.8%に過ぎず,耐震化のインセンティブとして機能してい るかは疑問である。他方,建築年割引の適用契約率は50%を超えており,割 引としての意義が薄れている 。そもそも建築年割引の対象となる耐震基準 は震度6強の地震に対して倒壊しない強度を有するという意味であり,現在 想定される首都直下型地震に対して万全な建築強度を保証するというもので はない。したがって,ある程度の耐震化による減災にとどまらず,十分な安 全性を確保する程度まで耐震化を促すことによって,来たる災害の被害を最 小限にとどめるための枠組みが別途求められることになろう。

その際,地震保険制度に求められるのは,保険料や耐震割引などによって,

5) 日本損害保険協会・日本地震再保険株式会社 安定的な地震保険制度の運営 に向けて(第2回 地震保険制度に関するプロジェクトチーム資料) 2012年5 月25日,21頁。

(7)

加入者に自身の保有する地震リスクを正しく認知させ,自助努力を促進させ るような制度設計である。地震保険料が ノーロス・ノープロフィット 原 則に基づき算出されていることや,新耐震基準が最低限の損害を回避する程 度のものである点を知る加入者は必ずしも多くない。実際,2009年の調査に よれば,非加入者の66.7%は地震保険の内容をよく検討しておらず,加入者 ですら22.4%は十分な検討をしないまま地震保険に加入しているという結果 が報告されている 。こうした制度の理解不足によって,高い保険料の適用 になる立地や耐震割引の適用にならない住宅を保有したままという状況が作 られている可能性がある。 保険料は地震リスクが高いかどうかを加入者が 知るための情報となる という観点からすれば,現在の地震保険制度は,高 い地震リスクにさらされていることを認知するためのシグナルとして十分機 能していないことを意味する 。

一方,地震保険料における割引制度の適用が耐震化コストに見合うのかど 図表4 地震保険の割引種類と適用契約率(2010年度)

出典:日本損害保険協会・日本地震再保険株式会社 安定的な地震保険制度の運営 に向けて(第2回 地震保険制度に関するプロジェクトチーム資料) 2012 年5月25日,21頁。

割引率 適用契約率

0.1%

1.4%

0.4%

1.0%

0.1%

52.6%

30%

30%

20%

10%

10%

10%

免震建築物割引

耐震等級割引(等級3)

耐震等級割引(等級2)

耐震等級割引(等級1)

耐震診断割引 建築年割引

6) 野崎洋之 消費者の期待に応える地震保険の検討に向けて 損害保険研究 第72巻,第3号,2010年11月,148頁。

7) 佐藤主光・齊藤誠 地震保険加入行動におけるコンテクスト効果 ,齊藤 誠・中川雅之編著, 人間行動から考える地震リスクマネジメント 新しい社会 制度を設計する 勁草書房,2012年,146‑147頁。

(8)

うかといった費用対効果を考えると,割引制度による耐震化へのインセンテ ィブに懐疑的な向きがあるかもしれない。そもそも,これだけの地震リスク の高まりが叫ばれているなか,財だけでなく人の生命をも脅かす被災の度合 いを軽減する耐震化コストと,自助努力をせずそのまま災害を受け入れた結 果の災害コストを同列に比較すること自体に疑問がある。この費用対効果の 問題については,以下の点を考慮して検討することができるだろう。例えば,

プロスペクト理論を用いた耐震化に関する議論では,被災リスクが相対的に 低い居住者は被害を深刻に見積もるため耐震化投資を行い,結果として安全 性が保証されるため土地や住宅価格が高くなるのに対し,相対的にリスクの 高い地域の居住者は現状維持を望む傾向にあるので耐震化を進めるインセン ティブを持ちにくく,減災に対して自治体の積極的な介入が必要になると説 明されている。したがって,プロスペクト理論を応用した分析結果から,

人々のリスクに対する行動のゆがみを考慮した保険選択方法や耐震化基準制 度の設計を行えば,耐震化対策が促進されるのではないかと考えられる 。

以上の点は,耐震補強工事と地震保険への加入の関係を示した図表5から も読み取ることができる。地震による倒壊リスクの高い住宅ほど耐震補強を 行わず,地震保険にも加入しないのに対し,耐震工事を行った人の方が相対 的に地震保険への加入が多いという結果が見られる。現在,地震保険料は耐 震化コストに比べ低廉で提供されているため,耐震化のインセンティブをそ ぐ状態となっている。このように,保険制度の設計がリスクを適切に把握す るシグナルとして十分機能する制度となっていない現状下では,震災後の公 的救済など,事後の支援に対する過度な期待が形成され,むしろマイナスの 効果をもたらすとも指摘されている 。

2008年時点で我が国の耐震性不足の住宅は8割弱(約79%),2015年まで

8) 山鹿久木 都市の構造と課題7 効果的な防災対策 日本経済新聞 朝刊,

2012年8月24日,25頁。

9) 佐藤主光 地震保険 一段の普及促せ(経済教室) 日本経済新聞 朝刊,

2009年4月3日,25頁。

(9)

に耐震化率を少なくとも9割にするという目標がある 。図表5より,建築 年が古いほど 工事を行ったことがない 世帯の割合(建築年1960年以前の 場合は94.4%)が大きく,また地震保険加入世帯よりも未加入世帯の方が

工事を行ったことがない 割合(90.4%)が大きいことがわかる。つまり,

築年数が古く工事を行わない世帯ほど地震に対して知覚リスクが低いことを 表しているのかもしれない。だが,同アンケート結果によると,旧耐震基準 の住宅を所有する世帯の約6割が大地震後は 居住不能になるほどの被害が 出る と回答している。地震に対する知覚リスクが低いというだけなく,居 住者の高齢化や,むしろ金銭的理由などから,約9割弱(89%)が耐震化を 行わず,また9割以上(90.4%)が地震保険に加入していないという現実は 重く受け止める必要があるだろう。一方で,こうした現状ではリスクコント ロールを行った加入者が,高リスクを抱えた自助努力不十分な旧耐震基準住 宅を所有する加入者を支えているという制度上の不公平が存在することにな る。なお,地震保険の加入率が上昇しても適格建物の所有者の加入であれば

PML

は抑制できるとの指摘もあり ,地震保険は自助努力を促進する制度

10) 国土交通省 耐震化の進捗について 2011年。

11) 高橋康文 地震保険制度 きんざい,2012年,218頁。

図表5 居住建物の耐震改修(補強)工事の有無

出典:佐藤主光 地震保険の一段の普及促せ 日本経済新聞 朝刊,2009年4月 3日,25頁。

注: 地震保険に関する消費者意識調査 をインターネットで実施。実施期間は,

2008年12月2日〜15日,回答者数は3,381人。なお,アンケート実施年度末の 地震保険加入率は,22.4%。

旧耐震基準の住宅のうち

地震保険加入

工事を行った ことがある 工事を行った ことがない

1960年以前

5.6%

94.4%

61〜70年

12.9%

87.1%

71〜80年

12.1%

87.9%

合 計

11.0%

89.0%

加 入

17.9%

82.1%

未加入

9.6%

90.4%

(10)

としての位置づけをより明確にすべきであろう。そうした制度設計は

PML

を抑制する結果,地震保険制度の持続可能性を強め,制度の信頼をより強固 にするものと思われる。

⑵ 支払保険金総額の抑制⎜支払方法の検討

リスクコントロールという観点から見た地震保険制度の持続可能性につい ての第二の課題として,支払保険金総額の抑制が挙げられる。

現在,保険対象の範囲の拡大や付保割合の引き上げ等が課題となっている が,保険対象の拡大や付保割合の引き上げは,総リスク量の増加をもたらす。

例えば,保険対象に車両を追加するとリスク量は約9%,中小企業物件を追 加すると約23%増加し,また,付保割合を80%まで引き上げた場合を前提に 現行付保割合50%の加入者が全て80%に引き上げ,かつ付保割合80%におい て約10万件新規加入があったと想定した場合のリスク量は54%増と試算され ている 。

また,東日本大震災では,各損害保険区分の保険金格差が大きく,一部損 の保険金が少ないといった震災区分に対する批判も多く寄せられた。実際,

今回の震災では,約77万件の支払いのうち,一部損の件数割合が約70%と最 も多い 。

こうした状況に対して,加入者からは損害状況に応じた支払体制を望む声 もある。このため,半損と一部損の間に新たな基準を作り,より被害の実態 にあった支払いができるように改定する という検討も進められている。

しかし,一部損の一部を5%払から一定程度引上げて4区分とし,半損(50

%払)との格差縮小を図る方策は保険料負担を増加させることになる。支払

12) 日本損害保険協会・日本地震再保険株式会社 安定的な地震保険制度の運営 に向けて(第2回 地震保険制度に関するプロジェクトチーム資料) 2012年5 月25日,16頁。

13) 同上,17頁。

14) 地震保険,改定を検討 損保協会長 支払基準細かく 日本経済新聞 朝刊,

2012年3月16日,4頁。

(11)

件数の大半を占める一部損を2つの区分に分離することになるため,査定の コスト増とその迅速性を大きく損ねるおそれが指摘されている。

また,半損を2つの区分に分離し,一部を50%払から一定程度引き上げる とともに,残りの一部の支払割合を50%払から一定程度引下げて4区分とす る方策も考えられる 。だが,実質的にはその大半が一部損に区分されてい る現状にあって,それらを対象としない区分変更は,商品性の魅力を向上さ せ加入者の要請に十分応えたことになるといえるのだろうか。現状の地震リ スクの高まりを前提とすれば,地震保険制度の持続可能性の観点からすべて の加入者ニーズを満たすことが果たして必要かどうかについて改めて検討す る必要がある。次にこの点に関する論点を整理しよう。

⑶ 地震保険制度の持続可能性と加入者ニーズの最大公約数の追及

以上で検討したように地震保険制度の持続可能性を優先すれば,支払区分 の見直しなどを行わず支払保険金総額の抑制を図ることとなり,加入者ニー ズが満たされず,普及の妨げになるという危惧があるかもしれない。そこで,

以下では,普及という観点から加入者ニーズの問題を考えてみたい。

地震保険の検討事項として重要なのは,地震保険制度の持続可能性と加入 者ニーズの最大公約数を追及することであろう。この場合,リスクコントロ ールのインセンティブを高める仕掛けの中には,加入者ニーズにそぐわない ものもあるかもしれない。加入者の多様なニーズにすべて対応できればよい が,地震リスクの特殊性によって,他の保険のように多くのニーズにこたえ るのは難しい。また,地震保険は社会保障的な色彩が濃いが福祉ではなく,

かといって純粋な民間保険とも言い難く,その点が地震保険の役割や加入者 ニーズに関する課題として難しい点と言えるだろう。

2009年に実施された地震保険に関するアンケート結果によれば,保険加入

15) 日本損害保険協会・日本地震再保険株式会社 安定的な地震保険制度の運営 に向けて(第2回 地震保険制度に関するプロジェクトチーム資料) 2012年5 月25日,18頁。

(12)

者の地震保険の補償内容に対する不満の第1位として 保険金が支払われる 場合の基準(全損・半損・一部損)がわかりにくい が挙げられており,加 入者の半数以上(51.9%)にものぼる。これに続く不満として 総支払限度 額が設定されており,大地震が発生した場合に保険金額の全額が支払われな い可能性がある が4割以上(40.9%)である 。こうした結果からみる限 り,加入者が不満に思うものは,支払基準の不明確さと準備金不足であって,

必ずしも商品内容の見直しではない。

地震保険加入を促進するために,加入者あるいは見込み客のニーズに応え る必要はある。だが,予算制約の下,あらゆるニーズに応えることが厳しい ゆえ,ニーズをすべて取り入れるのではなく優先順位を決めることが必要と なってくる。ただ,上記アンケート結果から言えるのは,地震保険制度の役 割である 国民生活の安定 という枠組みで考える,地震保険制度の持続可 能性の追求に他ならない。つまり,地震保険制度の持続性の維持と加入者ニ ーズの追求とに大きな隔たりはないのではないかと考えられる。いずれにし ても,地震保険制度は公共性の高い保険でありながら,自助の制度でもある という役割を明確にしたうえで,消費者ニーズとのバランスを図ることが必 要であろう。

4.官民の課題―結びにかえて―

地震保険の持続可能性について,リスクコントロールの観点からその課題 について検討してきた。最後に,地震保険制度をめぐる官民の課題について 触れながら全体のまとめとしたい。

まず,耐震化などの減災対策という点で見ると,官の役割としては耐震診 断助成制度や耐震改修促進事業制度などを充実させることである。一部,国 16) 野崎洋之 消費者の期待に応える地震保険の検討に向けて 損害保険研究

第72巻,第3号,2010年11月,150頁。数値は,20歳以上の家計の主たる担い 手2,500人を対象としたアンケートのうち, 地震保険制度(補償内容や保険 料)に満足しているわけではないが,大規模な地震に遭遇した場合の補償とし て地震保険に勝る制度を知らないから と回答した人235人の結果。

(13)

や自治体はこれらの制度に補助金を出している。特に東日本大震災以後,各 自治体を中心とした防災対策の一環として,減災のための支援制度が拡充さ れつつある。たとえば,東京都は2012年度予算において東日本大震災を受け た震災対応に1,240億円を,特別会計など全会計を合わせると2,281億円を計 上している。また,緊急輸送道路沿いの建築物の耐震化助成として100億円 以上増やしている。こうした各種制度は個別に設計されており,地震保険な ど個々の制度との組み合わせを通じた減災が必要である。たとえば,リスク コントロールの視点から他の制度との関連として,税制を通じた減災促進の ための施策が考えられる。耐震基準を満たさない場合の固定資産税の増額,

基準を満たした場合の税制の減額なども考慮の対象になるのではないかなど が議論にのぼっている 。本来,地震保険は災害対策としての一つの制度で あり,地震保険だけで減災するのは難しい。したがって,現実には地震保険 制度の役割を明確にしつつ,他の公的制度との組み合わせが重要な意味を持 つと考えられる。今後も,地震保険制度を含む官の役割の拡充がより議論さ れるべきである。

次に,地震保険普及の一環として,商品の多様性といった加入者ニーズに 応える点では,民の担うところが大きいといえよう。たとえば,地震保険金 額が主契約の3〜5割に過ぎないため,加入者の保険金額に対する個別のニ ーズに対応し地震保険を補完するという観点では,地震保険以外の商品を利 用するということが考えられる。すでに販売されている民間の地震保険を購 入することで,保険金額の上乗せが可能である。また,少額からのニーズや 損害に応じた支払いについては,共済等が提供するものもある。今後,加入 者ニーズに対応するには,保険会社等の商品開発が望まれるが,これは企業 の社会的責任という観点からも重要な民の課題といえるだろう。

最後に震災弱者への対応という点では,官民ともに検討される課題がある だろう。たとえば図表6にみられるように,本来,震災後に保証が必要とな る低所得者ほど,地震保険の加入率は低い。この課題は,住宅ローンの二重

17) 高橋康文 地震保険制度 きんざい,2012年,219頁。

(14)

返済などの問題も包括しており,何らかの対策が講じられる必要がある。地 震保険制度は被災者救済を目的としながらも,自助の保険制度であるため,

保険料を払う余力がない場合は加入できない。したがって,前述のように民 による少額からの保障商品の提供が望まれるとともに,さらに自助努力が難 しい災害弱者には,前述の耐震化コストのサポートや福祉制度の充実を考え る必要があるだろう。いずれにしても,一災害救済制度である地震保険制度 だけですべての被災者を救おうとするのではなく,官民の役割をそれぞれ認 識し,バランスのとれた役割分担によって相乗効果を生みながら被災者救済 を進めなければならない。

(筆者は高千穂大学商学部教授) 図表6 所得階層別地震保険加入率

出典:佐藤主光・齊藤誠 地震加入行動におけるコンテクスト効果 ,齊藤誠・中 川雅之編著 人間行動から考える地震リスクマネジメント 勁草書房,

2012年,141頁。

(15)

主要参考 献

佐藤主光・齊藤誠 地震保険加入行動におけるコンテクスト効果 ,齊藤誠・中川雅 之編著 人間行動から考える地震リスクのマネジメント 勁草書房,2012年。

佐藤主光 地震保険 一段の普及促せ(経済教室) 日本経済新聞 朝刊,2009年 4月3日,25頁。

高橋康文(2012) 地震保険制度 きんざい,2012年。

多田健太郎(2011) 地震被災者のための生活再建費用保険 レスタ について 損害保険研究 第73巻,第3号,2011年11月。

中川雅之・齊藤誠(2012) プロスペクト理論とマンションの耐久性能の選択 齊 藤誠・中川雅之編著 人間行動から考える地震リスクのマネジメント 勁草書 房,2012年。

日本損害保険協会・日本地震再保険株式会社(2012) 安定的な地震保険制度の運 営に向けて(第2回 地震保険制度に関するプロジェクトチーム資料) 2012年 5月25日。

野崎洋之 消費者の期待に応える地震保険の検討に向けて 損害保険研究 第72 巻,第3号,2010年11月。

平泉信之・小黒一正・森朋也・中軽米寛子 地震保険改善試案―高まる地震リス クと財政との調和を目指して ―

PRI Discussion Paper Series, No.06 A‑14

(財務省財務総合政策研究所研究部)2006年5月。

山鹿久木 都市の構造と課題7 効果的な防災対策 日本経済新聞 朝刊,2012 年8月24日,25頁。

損害保険協会

HP http:

//

www.sonpo.or.jp

/ 損害保険料率算出構

HP http:

//

www.nliro.or.jp/

日本地震再保険株式会社

HP http:

//

www.nihonjishin.co.jp

/

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