イギリスの経済における貨幣需要の研究
地主重美
イ ギ リス経 済に おけ る貨 幣需要 の研 究
ケインズ理論の最大の貢献の一つは貨幣経済を導入したことにあったにもかかわらず︑その後貨幣経済を抽象した
形で理論的にも実証的にも展開されてきたということは︑たしかに皮肉というべきであろう︒勿論貨幣経済と実物経
済を総合させる作業がなかったわけではないが︑それはむしろ極度に抽象的なスキームでソフィステケイテッドな
( 1 )
理論家の興味をひくというにとどまっていたようである︒このギヤップをうめる一つの方法は︑貨幣と所得との理論( 2 )
的︑経験的関係をいま一度たしかめてみることにあるようである︒これによって︑貨幣と所得との関係を含むモデルを確立することができるであろう︒貨幣ー所得関係の短期的︑長期的変動が実証的に確かめられると︑われわれは︑
( 3 )
貨幣行動を含む成長モデル︑循環モデルを見出すこともできるだろう︒つまり︑目下極度に不毛の状態におきすてられている貨幣需要・供給方程式の長期動学化にも一歩を進めることができるだろう︒
本研究では︑実質貨幣需要および所得速度で︑イギリス経済における貨幣需要のモデルをつかんでみようと思う︒
本論にはいる前に︑二︑三の仮定についてのべておこう︒
eこのモデルはイギリス経済の部門分割を行なわない集計モデルであるQ明らかに︑それぞれのモデルはそれぞ
れ違った経済行動を持つものであるから︑集計モデルは構造をかくしてしまう危険はあるが︑本稿の問題に対する第
]次接近だと考える︒各部門の経済行動を解く長期の時系列データーをもたないことがそうせざるを得なかった理由
( 4 )
の一つである︒⇔貨幣需要に関する仮説を検定するに当って︑ここでは時系列分析にかぎることにする︒実証的なモデル・ビル
( 5 )
ディソグをなす場合には︑クロス・セクション分析を同時に行なう必要があるのであるが︑これは別の機会にゆずることにしよう○
日所得変化は通常分配態様に影響を与え︑従って貨幣需要および所得速度は︑しからざる場合とは異なる動きを
( 6 )
するのであるが︑ここではこの効果を無視することにする︒じじつ︑多数の変数の貨幣需要に影響を与える場合には分配効果だけを抽象することが甚だ困難である︒貨幣需要と所得との間に単純な一次性の仮説を立てた理由である︒
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( 2 ) こ の 分 野 で の 理 論 的 ︑ 実 証 的 研 究 と し て ︑ た と え ぽ
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付録1参照︒
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イ ギ リス 経 済 に お け る 貨 幣 需 要 の 研 究
二
さて︑次のような貨幣需要の一般的なモデルを考えてみよう︒
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ここで・さN3達肉および壼はそれぞれ銀行保有以外の現金ご三要求払預範要素費用国民純生産・利
子率︑価格変化率(ここでは小売物価水準変化準)︑実物資産ストックおよび前期貨幣保有量を示している︒この仮説方
程式は︑財に対する伝統的需要方程式ときわめて類似しており︑貨幣需要︑すなわち流動性需要は︑当該価格︑連関
財の価格︑所得および所与の資本ストックに依存している︒ここで流動性の価格は貨幣保有に伴う費用であり︑端的
には利子率である︒然らば︑これは短期利子率なのか︑長期利子率なのかいぜん問題になるだろう︒ここではケイソ
ズの取り扱いにしたがい︑長期利子率を貨幣保有の費用とみなすことにしよう︒連関財の価格とは何だろうか︒ここ
では少なくとも二種類の連関財が考えられる︒株式と実物資産がこれである︒しかしながら金融市場の発達している
経済では株式利回りは実物資産の収益率を反映していると仮定してよかろうから︑株式利回りをもって連関財の価格
を代表させることにする︒ただ本稿がカヴァーするような期間について︑適当な株式利回りのデーターがないため
に︑ここでは第一次接近として価格水準の変化率をとることにする︒所得はとりわけ重要な説明変数である︒貨幣が
上級財であるかぎり︑所得の増加とともに貨幣需要は増加するが︑明らかに人々は貨幣よりも他の財に相対的に移転
( 8 )
する傾向があるために︑所得の増加に比例しては増加しないだろう︒別の表現を用いると︑貨幣需要は現実所得よりもむしろいわゆる正常所得しているものとみなされる︒正常所得仮説は︑本稿の主要テーマであり︑第二節以下で立
ち入った検討を試みるであろう︒次の決定因子は初期のストックであり︑これは二つの要因からなっているものと考
えられる︒一つは実物資産であり︑他は前期から持越される貨幣保有高である︒国内の債権︑債務は相殺するからマ
ク#・モデルからは排除できるだろう︒ところで前期からの持越貨幣保有高の変化については︑貨幣需要に対する最
終的効果を論ずることは困難であるが︑一応理論的には二つの効果を区別することができよう︒一つは︑すなわち実
( 9 )
質残高効果(8寧σ巴ρ口8Φ詩3他は惰性効果(ぼΦ註9轟Φ8である︒前者は︑何らかの原因で前期の実質貨幣量が増加(減少)したら︑今期の貨幣需要を抑制(増大)しようという効果であるから︑貨幣需要に対して負の関係を持
つ︑逆に後者は前期の実質貨幣量の増加が貨幣需要をなお一層増加させようという効果で︑今期の貨幣需要に対して
正の関係をもつ︒それ故︑前期の貨幣保有量がもたらす最終効果は︑これら二つの効果の強さいかんにかかってい
( 10 )
る︒実質資産ストックについてはどうだろうか︒経済主体は富の保有について︑貨幣か︑実物資産かの選択にさらされていると考えられるから︑富の保有に当っ
て︑貨幣と実物資産とは競争関係にたっているものと考えられる︒つまり︑実物資産ストックは貨幣需要と負の相関
関係に立っている︒
以上が仮説に関する一般的な説明である︒次に具体的な検討に入ろう︒
(7)
(8)
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(10)
こ の よ う に 定 義 さ れ た 貨 幣 は ︑ ケ イ ソ ズ の 活 動 貨 幣 に 似 て い る ︒ こ れ は 最 狭 義 の 貨 幣 概 念 と い っ て よ か ろ う ︒ 貨 幣 を
よ り 広 義 に 規 定 し ︑ そ の 構 成 因 子 の 変 動 を 長 期 に わ た っ て 検 討 す る 作 業 は こ こ で は 行 な わ な い ︒ 広 義 の 貨 幣 に つ い て ご
く 限 ら れ た 期 間 で は あ る が か な り 信 頼 度 の 高 い 包 括 的 デ ー タ ー は ジ ョ ソ ソ ソ 教 授 に よ っ て 与 え ら れ る ︒
旨oゲ昌ωoP口・O・"切ユ賦ωげ]≦o口Φ$目嘱ω富怠ω二8鳩H㊤ωOlα8智ミoミミ§HOU㊤
た と え ぽ ︑ 腎 ユ Φ α 日 9︒ P 竃 ." 愚 . 9 計 智 ミ ミ ミ 旦 ぎ Nミ § ︑ 肉 8 § o ミ ミ . し か し 彼 の 恒 常 所 得 仮 説 は 本 稿 の 正 常 所 得 仮 説 と は
若干異なっている︒
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イ ギ リス 経 済 に お け る 貨 幣 需 要 の 研 究 モデル1
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三
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憶 お よ び ㌻ 奪 筒 ︑ そ れ ぞ れ 実 質 貨 幣 需 要 ( 不 変 価 格 で 表 示 さ れ た 銀 行 外 現 金 保 有 量 プ ラ ス 要 求 払 預
金 ) ︑ 実 質 所 得 ( 不 変 価 格 表 示 の 要 素 費 用 国 民 純 生 産 ) ︑ 利 子 率 ( ・︒ 呼 パ ー セ ソ ト ・ コ ソ ソ ル 利 回 り ) お よ び 価 格 変 化 率 ( 小 売 物 価
( 11 )
水準変化率)を示している︒われわれの第一の仮説は︑実質貨幣需要が︑今期の実質所得︑利子率および価格変化率(これは株式利回りの代用とみなされている)によって決定される︑というのである︒明らかにこの方程式は︑マネー・イ
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リュージョンをもたない典型的なケースの一つと考えられる︒ここで回帰係数を推定するために︑とりあえず第二次大戦の時期を含む一九二〇ー五七年の時系列データーを用いることにする︒
推定結果は次の通りである︒
(§)鄭"lP切二十〇・蕊Q︒(誉)聯19留Q︒§lO﹄零G奪)⇔
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われわれの予想通り︑実質所得への回帰係数はきわめて大きく︑所得が最重要な説明変数であることを示してい
る︒興味あることは利子率の影響で活動貨幣に対する需要も利子率に対してはかなり感応的であるとみられる︒その
上︑各回帰係数の符号もわれわれの期待通りである︒戦時のような異常な期間を含むデータ1を用いながらかような
結果が得られたのは驚ろくべきことであろう︒
Fテストを用いて係数の信頼性を確かめてみると︑
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が得ら些謹入塵)あ回帰係数は五%の有意水準では受容されないことを示している︒別言すれば︑これらの
一係数はその散らばりが大きいためにかなり不安定なものとなり︑信頼度がおちる︒
モデル皿
(§)ー+慧)・+ミ)ヰ・(㍗)"
( 13 )
これは︑マネ!・イルージョソをもつヶースの一つである︒イギリス経済がマネー︒イルージョン的なタイプに属するかどうかは興味ある課題であるが︑ここでは︑その一つをテストしてみることにする︒推定結果は︑
イ ギ リ ス 経 済 に お け る 貨 幣 需 要 の 研 究
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重 相 関 係 数 は 高 く な っ て い る が ︑ ざ 辱 の 係 数 は 非 現 実 的 と 思 わ れ る ほ ど 低 く ︑ 更 に 常 数 項 お よ び 利 子 率 の 係 数 は ば
ら つ き が 大 き く 受 容 で き な い だ ろ う ︒ し た が っ て ︑ マ ネ i ・ イ ル ー ジ ョ ソ ・ モ デ ル の 妥 当 性 は ︑ こ の 期 間 に つ い て は
甚 だ 疑 わ し い も の と な る ︒
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モデルー︑∬の不首尾な推定結果は︑一つに戦争の時期を含めたこと︑二つには︑戦争を境にして生起した経済構造の変動を考慮しなかったことに帰せられるかもしれないQ経済構造の変動が貨幣需要に如何なる影響をもたらしたかは
それ自身興味ある問題ではあるが︑ここでは取扱わないことにする︒したがって︑上の困難から脱け出す一つの方法
は︑経済状態がややノーマルと見なされ︑統計データーでかなり信頼度の高いものが得られるとみられる戦前の時期
に限ることであろう︒
三 そ 峡 実 証 の 時 期 を
些 δ
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元
窪
饗 莞
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ア ノレ
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