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『鮭馬の声』 (安岡章太郎)の作 品分析

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167

『 鮭馬の声』 ( 安岡章太郎)の作 品分析

襲 悼

この作品 は,安 岡幸太郎が

1956

5

月 に試 みた最初 の長編小説 『 遁走』か ら切 り取 って きた ものである。 『 遁走』の主人公が 「 駿馬 の異様 な鳴 き声 を耳 にす る印象的 な場面が,文章 もその ままに移 し換 え られて」

,1)

『 駿馬 の声』と 題名付 け られて,短編小説 としてそれ 自体 で完結 してい る 。

中 日戦争 を背景 にす るこの作 品 をかつて私 自身が選 んで,中国の 日本語学

習者 に教 えた ことが ある 。 日本 の政府 は戦争 を起 こす張本人 として加害者 だ

が, 日本 の一般的 な国民 はや は り被害者 で はないか。 当時の極端 な状況 を強

い られた人々 は,熱狂的 に政府 のや り方 に拍手 し,勇 んで戦場 に赴 いた人 も

いれ ば,流れ に流 されて戦場 に赴 いた人 もいる。半信半疑 だが,行 か ざるを

得 ない人 もいれば,反対 す る ことによって命 を奪 われて しまう人 もい る。戦

争 によって もた らされて きた, その ようない ろい ろ複雑 な事態 を作家 は一体

どの ように考 えて, どの ように描 いてい るのか。 また実際侵略行為 をしなが

ら, なお人 間 らし く生 きてい こうとあが く日本兵士 のあ り方 を, ひいて は戦

争が押 しつ ける人 間の普遍的 な心情 と反応 の一端 を,自分 自身が知 りた くて,

同時 に私 の教 える相手 に も知 って もらいたか った

したが って, 当時 この作

品 を選 んだ理 由は作 品の完成度 に とい うよ り, そ こに訴 えてい るテーマ に魅

かれていたのである 。 もちろん授業 を進 め る時 は, ほ とん ど思想 内容 の よう

な ところばか りに注 目していた。た とえば,「や る気」の内容 とか,軍隊 の組

織 とか についての理解や説 明 に大分 の時間 を潰 して しまった。肝心 な駿馬 の

声 によって もた らされて きた文芸的 な効果や,滑稽 あるい はユーモアな表現

か ら渉 んで きた可笑 し くて面 白いが,や り切 れない哀 しい雰 囲気 な どについ

ての吟味 は, あま り重要視 していなかった。 に もかかわ らず全体 として, こ

の作 品 は中国の戦争小説 と違 って,直接 に政府,軍部 の激 しい動 きや戦場 の

(2)

168

86

悲惨 な場面 な どを描 き, はっき り戦争 は悪 い と批判 はしていないが,極端 な 状態 に置 かれ る人間 の非 日常的な, ばか ばか しい行動 と恐怖 の心理 な どを, 滑稽 な笑 いを伴 って描写 してい るので, それ まで に単 なる不正義,不道徳 だ と理解 していた戦争 その もの は,滑稽 で ばかばか しい ように も感 じさせ られ ることがで きた。戦争 に対す るこの ような,いわ ばまった く違 う面 か らの一 種 の新鮮 な驚 きを得 られたので,私 に とって も学習者 に とって もいい作 品に 触 れた, と思 った。

1

)川嶋至 「 安 岡幸太郎私論 」 『 安 岡幸太郎 ・吉行淳之介』 有精堂

1983

37

ペ ー ジ 。

1

既 存作 品論 の検 討

『 駿馬 の声』がほ とん ど単独的 に論 じられていないた め, ここで取 り上 げて い るのは主 として 『 遁走』 に関す る評論 で ある。

まず村上兵衛 は, この作 品 には戦争 とい う異常 な体験 を題材 に してい るに もかかわ らず, む しろ 「 豊 かな 日常性 に彩 られて」, 「 人 間の もつ本能的 な狭 さ,動物 的な欲望,エゴイズムの姿 を,屈折度 の高い レンズ を とお してい き い き と描 きだ」している

「 小説世界 のお もしろさは,人 を神 の ような高 みか ら見 お ろす ところにはない。逆 に人間の足裏 の ような位置か ら,人 間 を見上 げる ところにある」。人 間「ゼロ」に輪落 した主人公 と「その上 に押 しかぶ さっ てい る巨大 な 『 天皇制』 ピラ ミッ ドの重量 をひ しひ しと」感 じさせ る 「 す ぐ れた思想小説 の世界 を創 り出 してい る

。1)

この ように軍隊 に仮託 した人生 の 不条理 とい う思想 的な ものが措 かれてい る と評価 してい る。一方 『 遁走』 の 主人公安木加介 を 「 単純 にダラ しない人間 として受 け とめ る意見 に」対 して, 氏 はむ しろ安木 を 「 人 間や人間の組織 が持 つ, あの滑稽 な までの悲惨 さ,悲 惨 な までの滑稽 さにめ ぐりあ うことのなか った, あるい は見逃 して しまうこ

とので きた幸福 な人種

」2)

として受 け とめてい る。

白川正芳 は, 『 遁走』の軍隊 にお ける 「内務班 の苛酷 な」日常生活が 「 克明

(3)

『 麗属 の声』 ( 安 岡幸太郎)の作品分析

169

に描 かれてい るが,食物 にまつわ る話が生々 し く最 も

「印象

」3)

深 く受 け とめ られてい るようであ る。「 二六時 中完全 に束縛 された ところで,自由に自分 の 意志だ けで行動 で きるの は, 自分 の内臓 の諸器官 だ けで はないか

。4)

人 間 は 考 えることが奪 われ る と,同時 に喜怒哀楽 のすべ ての感情 も踏 みに じられ て しまう

す る と単 な る肉体 を もった生 き物 としての人間 に とって は,ただ食 べ ることしか残 されていない。 その結果,加介 は慢性 的 に下痢 を患 って,下 痢 のおか げで前線 に行 くことか ら免 れ る運命 にめ ぐまれ る

氏 は 「 一個 の平 凡で卑小 な自我 である との認識

」5)

として, この作 品 を説 明 してい る

駒 田信二 は,他 の作者や 自分 自身の書 いた戦争小説 は,「 肩肱 をいか らせ歯 を くい しぼった ような硬 い姿勢 の」ものだが, それ に比 べて, 『 遁走』には戦 争 を批判 す る強烈 な思想 原理 を持 ち合 わせ て いな く, む しろ 「 柔軟 な姿勢 で」

,6)

「 奥深 い ところで戦争 とい うもの を とらえてい る

」7)

と認 めてい る。『 遁 走 』 には 「 戦 闘の場面 はない。敵軍が襲 いかかって きた り,弾丸が飛 んで く

るおそれ もほ とん どない, 内務班や病院のなかが舞台である

その舞台の上 で余儀 な く踊 らされてい る 『 被害者』 たち,奇怪 な世界 のなかの奇怪 な 『 頗 民』た ちを, 同 じ く 『 賎民』で ある主人公 の眼 を通 して描 きつづ けてい くと い う手法 を取 って」

,8)

しか も 「『 賎民』たちの言動 の滑稽 さは,同時 に哀 しさ であった

」9)

と論 じている

氏 は安 岡の代表作 『 海辺 の光景』を,措 かれた時 点で は最 も美 し く見 える絵 に誓 えるな らば,『 遁走』は「 歳 月 を経 る ことによっ て却 って, それが創 られた ときよ りも深 い輝 きをに じみだ させ る

「 陶器

」10)

である, と絶賛 を惜 しまなか った。

磯 田光一 も 「日常生活 に耐 えるの と同 じように,軍隊 に耐 える以外 に生 き るすべ を知 らない 」 『 遁走』の 日常性 を首肯 してい る

一方, その 「日常生活 が,"附着力〟を もって迫 って くるところの異物 であ るな らば,軍隊 の秩序 と は, その " 附着力〝が数倍 に増大 した地獄以外 の何 であ りえたであろ うか」

,ll)

と鋭 く指摘 している

いわ ば軍隊 の秩序 は強権 によるものであ り, その強権

の合理化 され る ことによって,閉鎖 された共 同体 の本質 を突いてい る。氏 は

その ような軍隊の姿 は,「どことな く家畜小屋 を想 わせ」, 『 遁走』の視点 はま

(4)

170

86

さし く 「 地上 を四つ足 で よろめ きなが ら歩 き,時た ま異様 な ものを目撃す る と,前足 を宙 に浮 か して後ず さ りし,猛獣が通 りかかれ ば身 を縮 めてその通 過 を待 つ ところの,憐 れ な家畜 の視点で ある」,1 2 )と的確 に 『 遁走』の作 品世 界 を把握 してい る。

それ に 「 軍隊が 自分 に とって耐 え難 い にして も, その耐 え難 さは この世 の 耐 え難 さに通 じる もので あった。軍隊 と世 間 との差 は, どこまで も苦痛 の量 的差異 として現れたのであって, けっ して質的差異 として意識 されたので は ない。軍隊 は この世 の奇怪 さが その まま濃縮 された場所 であった」

,13)

と磯 田 は述べて, 『 遁走』を単 なる戦争小説 として見 てい るので はな く, そ こに含 ま れてい るよ り一般的,かつ広 い意味 に注 目している 。 さ らに氏 は次の ように 語 ってい る

「 すで に普通 の社会生活 において先天的 とも言 いたい くらいの 『 脱落者』で あった安 岡 は, 世 の常識 の奇怪 さが濃縮 されてい る軍隊 とい う組織 において, い よい よ自分 の脱落者意識 を確認 したのであるO戦争 とO う時代が, 『 個人』

を して 『 全体』 に対 す る 『うしろめたい』存在 として意識 させた時代 であっ たな らば, 自己 をつね に 『うしろめたい』存在 と意識 していた安 岡 は, まさ し く彼 のそ うい う性格 的な弱点 ゆえに,軍隊 とい う組織 の悲惨 なまでの荒唐 無稽 さをよ く把握 す るこ とがで きた ので あ る 。

」14)

この段落 は主 に磯 田の安 岡論 で ある

しか し裏 を返せ ば,私 はむ しろ 『 遁走』 に現れてい るペ ー ソス を交 えたユーモアの味わいの源 として見 てい きたい。 いわ ば 「 戦争 とい う時 代」 と主人公 の 「 性格 的 な弱点」 によって, は じめて 『 遁走』の 「 悲惨 な ま

での荒唐無稽 さ」 とい う作 品世界 を作 り出す ことがで きたので はないか, と 考 える

また,吉 田照生 は次の ように語 ってい る。「 安 岡章太郎 の文学の特質 として は,や は り正統か らの くずれ > とい うことが あげ られ よう 」。 「 『 遁走』で この

<ずれ >が明確 な輪郭 を もって現れ るのは‥実 は安 岡の方法 によってではな

く, む しろ軍隊 とい う素材, さらに軍隊 についての人 々の通念 によってであ

る, とい うことも指摘 してお く必要が あ ると考 える

。15)

(5)

『 駿馬の声』 ( 安 岡幸太郎)の作品分析

171

上述 の諸作品論 は,共通点 もあ り,それ ぞれ違 う着眼点 も持 ってい る。『 遁 走』 は戦争体験,軍 隊体験 とい う特異 な世界 の物語 であ るに もかかわ らず, 主人公 の戦争や軍 隊 に限 らず,人生 その もの とうま く折 り合 いがつか ない よ うな,人 間 の もっ とも一般 的 な 「 生」 の問題 が扱 われてい る

この点 につい て,論 じ方 は多少異 な るが,根本 の ところはあい通 じてい る

しか し作 品の この ようなモチー フよ り,私 は もっ と駒 田信二 の作品 に表れてい る 「 言動 の 滑稽 さは, 同時 に哀 しさで あった」 とい う指摘,村上兵衛 の安木 を 「 人 間や 人 間の組織 が持 つ, あの滑稽 な までの悲惨 さ,悲惨 な までの滑稽 さにめ ぐり

あ うこ とのなか った, あ るい は見逃 して しまうことので きた幸福 な人種」 と しての受 け とめ方 に引かれ, また磯 田光一 の 「 憐 れな家畜 の視 点で あ る」 と い う見地, そ して作家論 だが, 「 戦争 とい う時代」 と人物 の 「 性格 的 な弱点」

へ の抽 出 に注 目したい。

1

)村上兵衛 「 戦中派 としての彼 と作品

『 国文学』 学燈社

1977

8

月号

61

ページ0

2

)村上兵衛 「 戦中派 としての彼 と作品

『 国文学』

60

ページ。

3)白川正芳

「 『 遁走 』」 『 国文学 解釈 と鑑賞』 至文堂

1972

2

132

ペー

4

)白川正芳 「 『 遁走

」 『 国文学 解釈 と鑑賞』

134

ページ。

5)

白川正芳 「『 遁走

『 国文学 解釈 と鑑賞』

132

ページ。

6

)駒田信二 「 私の 『 遁走』論 」 『 国文学』 学燈社

1977

8

月号

32

ページ。

7

)駒田信二 「 私の 『 遁走』論

『 国文学

34

ページ。

8

)駒田信二 「 私の 『 遁走』論 」 『 国文学

34

ページ。

9)

駒田信二 「 私の 『 遁走』論

『 国文学

33

ページ。

10)

駒田信二 「 私の 『 遁走』論

31

ページ。

ll) 磯田光一 『 安岡章太郎 吉行淳之介集』解説 現代 日本文学全集補巻

39

筑 摩 書房

1978

416

ページ。

12)

磯田光一 『 安岡章太郎 吉行淳之介集』解説 現代 日本文学全集補巻

39 416

ペ ー ジ 。

13)

磯田光一 「 安岡幸太郎論‑「 戦中派の蓋恥 について‑ 」 『 安岡幸太郎 吉行 淳之介』 有精堂

1983

4

ページ。

14)

磯田光一 「 安岡章太郎論‑一 丁戦中派の蓋恥 について‑

『 安岡章太郎 吉行 淳之介』

4

ページ。

15)

吉田照生 「 海辺 の光景 」 『 国文学 解釈 と鑑賞』 至文堂

1972

2

134

ペ ー ジ O

(6)

172

86

2 作 品の分析

安木加介が初年兵 として戦場 に送 られ てか ら, もの を考 える暇 もない。 い や,考 える ことも許 され ない軍 隊 とい う環境 に置 かれたので, その環境 に順 応 しな けれ ばな らない。 まわ りにはすで に軍 隊 に しっか り従 ってい る人 が い るが,加 介 は不器用 なのか, だ らしが ないのか,失敗 ばか りを してい る

そ もそ も彼 の常識 として は,人 間 は<眼 をつむ って 「 見 ない」 でい るように, 心 を閉 して 「 考 えない」 でい る ことはで きない > と思 ってい る。 どうせ この よ うな状 況 に耐 え られ ないな らば, む しろ戦場 に行 った方が いい。 そ こで遺 書 を一律 に書 か され る 。 しか し彼 は戦場 に行 きた くないので あ る 。 その中で 病気 にかか った。 <自分 の病気 をねが うあ ま りに>, なるべ く医者 にかか ら ないで, どん どん病気 をひ ど くして しまう。 いわ ばそ うい う状況 にお ける彼 の意志 の表現 で あ る

だか ら病気 は本 当 になって,彼 は夜 中 に発熟 して,何 も分 か らな くな る状 態 に陥 って しまう 。 周 囲か ら上 司や同年兵 に見下 ろされ る ことに気づ き,彼 は< うー ん, キ ュル, キ ュル, キ ュル, ・ ‑‑ > と無意識 に駿 馬 の声 を<口走 っていた >。 彼 はつい に考 える ことので きる人 間で あ る こ とを放棄 し,駿 馬 にな る解放感 を最後 に味 わ ってい る。

まった く不条理 で,非 日常 的 な軍 隊 に置 かれ る兵士 は,人 間 らし く振 る舞 うことがで きず,へ マ ばか りや って しまい,最後 に駿馬 の声 を まね して, 自 らの溜 め息 を洩 らす, とい う特定 な過程 にお ける人 間 の どうしようもない も たれ,辛 さを十分感 じさせ られ る重 た い小説 であ る。戦争 が愚劣 で,苛酷 な 現実 で あ るか ぎ り,人 間の 自由 を踏 み に じる

自由 を踏 み に じられた人 間 は ただの生 き物 同然 で,駿馬 その もので はないか。主人公 の屈折 した心情 は悲

しい とい う単純 な言葉 で は表現 しきれ ない。

ここで は戦争 を批判 す る とい うよ り,文 明社会 に生 きてい る人 間が,駿馬 同然 に扱 われてい る ことは一体 どうい うことなのか.駿 馬 になる以外 に救 わ・

れ る道 はないのか。人 間 は如何 に愚か な ことがで きるか,そのや り切 れ な さ,

馬鹿 らしさを描 き出 してい る。 しか し, この ような効果 に達 したの は,決 し

(7)

『 駿 馬 の声』 ( 安 岡章太郎) の作 品分析

17:3

て悲痛 な訴 えや,熱狂 的 な叫 びや, む き出 しの反戦 イデオ ロギー を通 しての こ とで はない。井伏鱒 二 の 『 黒 い雨』 について,安 岡章太郎 はかつて次 の よ うな感想 を書 いた ことが ある

「 原爆 を描 いた小説 とい うよ りは,原爆 の落 とされ る戦争 を 日常 として生 き て行 か ざるを得 ない現代 とい うもの を,叔 父 と姪 との手記 を借 りて措 いた も の とい える。 そ こには昂 った叫 び声 も,悲憤 な怒号 もない。 あた りまえの暮

らしを, あた りまえに生 きて行 くとい うこと自体 が,読 む者 に とって は限 り な く悲痛 な想 い を起 こさせ られ る とい うだ けであ る

そ こには原爆 の悲惨 が 語 られてい る と同時 に, いか な る事 態 に もた じろが ぬ人 間 の強 さ と,尊厳 な 意志 とが, ひ とりで に感 じられ, それがわれわれ を勇気 づ けて くれ る 。

」 1)

実際氏 の 『 艦 馬 の声』 も 『 黒 い雨』 に似 た ような手法が使 われ てい るので はないか, と思われ る。 『 盤 馬 の声』において は,一番肝 心 な ところが あ ま り 深 く追求 され ないで, さ らっ と流 す ように書 かれてい る。具体 的 には加 介 の 失敗談 を次 か ら次へ と書 くこ とによって,軍 隊 に対 して,加介 の覚 めた心 を 辿 ってい る

換 言すれ ば,軍 隊 とい う組織 に対 す る認識 は, すべ て加介 の眼 を通 して,彼 の心情 に受 け とめ られた印象 として捉 え られてい るのであ る。

彼 はか らかわれ てい るよ うな存在 なのだが,実際 は軍 を客観視 してい る立場 に置 かれてい る。

それ に,対立 の ような存在 として加介 の心理 をいつ もいち早 く見破 って し まい,加介 を余計 に悩 ませ る教育係加藤上 等兵 の登場 ,駿馬 の奇妙 な鳴 き声 との結 びつ き,ペ ー ソス を交 えたユーモアの味 わ い,片仮名 の頻 繁 な使 用 な どのユニー クな表現手法 も大 きな役割 を果 た してい る

1

)安岡章太郎 『 安岡章太郎随筆集』

3

岩波書店

1991

69

ページ。

2.1

作 品の構造 と主人公

作 品全体 は

1

行 あ きによって, 自然 に

6

つの段落 か ら成 り立 ってい る。軍

隊 とい う集 団 に追 い詰 め られ て, ついその組織 に順応 で きず,人 間か ら駿馬

への道 を歩 まなけれ ばな らない加介 の悲惨 な運命 の展開 に したが って,以下

(8)

174

人 文 研 究 第

86

の ように分 け られてい る 。

1

段落 :

「 行 こうか ?

行 くまいか ? 」とい う自問の書 き出 しで ある。 どこに行 こうか,行 くまい か ?明示 されていない。 その後 にす ぐ 「 動員 が下 って以来 ‑‑」 と続 くが, 学徒動員 か, それ とも戦場動員 か も示 されていない。 しか しここ以下 か ら第

4

段落 の途 中 まで は追憶 が書 かれてい る ものなので, ここの 「どこに」 は戦 場 だ と理解 していい と思 う。 だが, 目的語が な く,ただ動詞 の肯定表現 と否 定表現 を並べてい るだ けの この書 き出 しを よ く吟味す る と, 目的地 は どこで あ るか について は,最初 か ら問題 にされていない と感 じられて くる

軍隊 の 何事 に対 して も<ヤル気 >のない主人公 に とって は,行 く先 を悩 む よ り, む

しろ行 くとい う行動 自体 を悩 むのであ るか らで あ る。

主人公 の加介 は, 「 一 日中その ことばか りを考 えていた

」.

だが軍 隊 は兵士 達 に考 える こ とを許 さない集 団で ある。兵士 の一挙手一投足 を 「 二六時 中, 監視 されてい る

」。

まして加 介 の ような初 年兵 を。そのた めに,加介 は どれ ほ ど怒鳴 りつ け られたか知 らない。加 介 の苦 い追憶 が展開 され てい く。あ る 日,

「オ ィ,安木。 そんな ところで何 をボ ンヤ リ考 えていやが るんだ」と教育係 の 加藤上等兵 に, 「ドナ リつ け られ」た。 自分 も 「 一体, どうしたのか ? 」と分 か らないが, その時,軍 帽 のかわ りに, 「 水 のついたアル ミニ ュームの食器」

を奇妙 に頭 に乗 せ てい るので あった。起床,点呼準備 ,点呼,間稽 古, ・ ‑‑

無意味 に,限 り無 くくりか えされ る兵営生活 のすべ て は,加介 に とって は「 厄 介 きわ ま」 りない こ とで あ る上,大儀 で あった。彼 は未 だ に脚粁 さえ旨 く巻 くこ とがで きず, それ に悩 まされ てい る 。 しか し加藤上等兵 に ドナ リつ けら れ る と,彼 自身 も実 に驚 いた。「この ような拘束 された環境 で なお 自分 が何 か

を考 えつつ あ る とい うことに

」。

2

段落

その時彼 が考 えていたの は,確 か に駿 馬 の嘆 きのイナナキに似 た発声法 で

あった。塵 馬 は「ただいか に も所在 なげに,首 をふ りふ り,『キー コ,キー コ,

(9)

『 駿馬の声』 ( 安岡幸太郎)の作品分析

1/JT5

ヒュル ヒュル ヒュル』と鳴 いてい る」。 しか し,加介 に とって は 「いや な労役 を逃 げ出す こ ともで きず,噛 みつ くこ ともで きな」 く, まった く 「 仕方が な い」駿 馬 の 「 溜 め息」 と聞 こえてい る。考 える ことのない動物 の生態 を通 し て,加介 は哀 れ な 自分 自身が思 い知 らされた。 そ して 「 何 か失敗 を引 き起 こ して叱 られ るたび に, 口の中で知 らず に同 じような叫 び声 を上 げ 」 てい る, と彼 の心 はいつの間 にか駿 馬 とだんだん一体 化 してい く

まるで泣 きっ面 に蜂 の ご と く,点呼 の時,加介 はズ ボ ンの尻 に縫 いつ けた イ ピッの毛布 のた め, また「てめえはヤル気 がね えんだ ろ う」, と加藤上等兵 にズバ リと言 われて しまう。

3

段落

ツギ当て も不器 用 な加介 は,毛布 は 「 万事 に悪影響 をお よぽ した」 と毛布 を恨 め し く思 ってい る。 その内 に彼 自身 も 「ヤル気」が ない と素直 に自認 す る。軍 隊 とい う仕組 み に不適応 な劣等初 年兵 の主人公 で あ る一 方, まった く うらみ ご との ない ような姿勢 で もあ る。 この段落 には加藤上等兵 が現 れてい ない。 に もかかわ らず加介 は加藤 を十分意識 して, 自分 の ことを後 ろめた く

とらえているように書 かれ てい る。

第 4段落

あ る夜 間演習 の時,教官 の号令 で兵隊 た ちは闇夜 の草原 をめいめいに駈 け 出 していった。加 介 だ けは歩 いていった。彼 は走 れ ないので はな く,最初 か ら走 る気が なか った。教官 を ごまかすための理屈 も前 もって用意 してお いた。

門 の そば までつ いてか ら駈 け出 す恰好 を見 せ,遅 れ た言 い訳 を途 中 の道 を 迷 った こ とにす る とい う計算 であ った。 ところが,「お前 は,まった く誠意 の ない歩 き方 を していた な」,と今回 も加藤 の「 桐眼」を逃 れ る ことがで きなか っ た。 だが,加藤 は軍 隊 や教官 に対 す る忠誠 を尽 くすため に,加 介 を監視 して い るので はな く,あ くまで もた とえば 自分 自身 が加 介 の脱走 したせ いで,「 外 出止 め」とい う兵営 の処分 に見舞 われ ないた めに, いわ ゆ る保 身 の術 か ら「ツ ケて見 て0た」 ので あ る

.

兵 営 に戻 った彼 らに待 ち受 けてい るのは動員令 で あった。いつ もと違 って,

(10)

1716

86

部隊全部が移動す る ことになっている

それ を耳 に した兵隊たちは激 し く動 揺 し混乱 す る

イ ライラした古兵 は,初年兵 を理 由なしに殴 る

す る ともと

もと軍隊の一番低 い地位 に置かれている初年兵 は, なお さ ら自 らの前途 に大 きな不安 と恐怖 を予感 して しまう。 それ を見 る と,古兵 は また ます ます荒れ 狂 ってい く

加介 に とって も 「 行 こうか ? 行 くまいか ?」 と思い煩 って く

5段落

命 を奪 われ るか もしれない動員 なのに, 加介 を「 最初 にマ ゴつかせたの は」,

「 丸坊主 に散髪 した ばか り」 なた め,「 遺髪」 を とれない ことであ り, それ に 忙 しい兵営勤務 の合 間 に両親へ遺書 を書 くことで ある。何 とか して形式的で 架空 な遺書 を班長 に出 してか ら,加介 は湯沸か し所で,盗 んで きたマ メを噛 んでい る。 そ こへ背後 よ り出 し抜 けに加藤上等兵 か ら突 き飛 ばされ, 「 手前, いったい これか ら皆 といっ しょに,戦地へ行 きたいのか,行 きた くね えのか 」

と答 えをせ め られ る。加介 は内心 は 「 行 きた くあ りませ ん」 と思 って ち, ロ には出せず,「 行 きた くあ ります」 と答 えざるを得 ない。

第 6

段落

翌朝,加介 は左腕 に痛 みが出た。ついに もの も上 げ られないほ ど痛 みはひ ど くなった。仮病 だ と週番上等兵 の加藤 に見 られ る と,陸軍刑務所へぶち込 まれ る恐れが あったため,軍 医の診断 を受 けようともしなか った。が,実 の ところ,加介 は病気 を願 って,熱 の上が りに身 を任せ て もいたのである。 こ うしてず るず るしている内 に,病状 はす ばや く悪化 した。やがて衛生兵 は加 介 の病気 に気がつ き,軍 医 を呼 び寄せ て くる。高熱 に苦 しみ,昏睡 に陥 り, この まま死 んで しまうか もしれない加介 だが, まわ りか ら自分 を見 お ろして い る班長,加藤上等兵 たちの顔 を,「 家族 や友人 たちの顔 と混 同 して」眺 めて しまう。 「うーん, キュル, キュル, キュル, ‑‑ これが駿馬 の鳴 き声 だぜ。

管,わか るかい 」 と自覚せず に, 口が滑 ってい る。何 よ りも兵営生活 の無意

味 な本質 を,彼 は家族 に知 らせたかったので あろ う

今 まで軍隊の中に拘束

された彼 は, ただ 口の中で駿馬 の声 と「同 じような叫び声 を上 げるのだ った」

(11)

『 塩馬の声』 ( 安 岡章太郎)の作品分析

177

が,今 は もはや軍隊か ら解放 され,家族 の人 たち と一緒 になって,忌慣 な く おおび らに塵馬 の声 を鳴 らしている

一人前 の軍人 にな りそ うもない加介 は, ある意味で は文字通 りの弱者 と言 えよう 。 しか しここで は佐伯彰一が述 べてい るように,「た えず,弱者,敗者 の立場 と反応 を描 きなが ら,陰 に こもった怨 みが ましさが ない。甘 ったれた 責任転嫁 が跡 かた もない

」1)

いわば加介 は軍隊へ の遺恨 を秘 めた まま,適応 不能 な脱落者 の立場 で開 き直 り,軍隊への復讐 を決意 す るような動 きを一 つ も取 っていない。 また脱落者 は脱落者 な りに,外界への適応 の努力 をす る と い う積極性 も終始見 えない。 に もかかわ らず,加介 は一応後者 の道 を選 びな が ら, そ こに微妙 な屈折がある

つ ま り外界へ の適応が不可能で あ り, まっ た く不器用 な ように見 えなが ら,彼 な りに彼 らし く振 る舞 い とおす ことがで きたので ある 。 最後 に櫨. 馬の声 を真似 す る場面 はむ しろ軍隊 をか らか うよう に感 じられ,「これ は軍隊 の本質 じゃないか . /」 とい う響 きが伝わ って くる。

駿馬 の声 の真似 によって,一見哀れで,滑稽 な人 間喪失 に見 えるが, また軍 とい う巨大 な機構 と一個 の不器用で間抜 けた もの との関係 が確実 に逆転 され ている感 じもす る

人間が駿馬 と一体化す る ことによって解放 され る軍隊 の おぞ ましさ も,軍隊 とい う絶対服従 しか ない機構 によって もてあそばれてい た人間の姿が同時 に伝 わ って くる。一方, 『 駿馬 の声』のお もしろさは, いつ も失敗 を くりか えす加介 のおお らかな明 るさにあ り,特 に最後 の駿 馬 の声 を 真似 す るイメー ジに‑兵卒の哀歓がみ ご とに凝縮 されてい る。兵士,及 び人 間 はこの ように哀 し く, そ して どこかおか しい存在 なのである。味 わいの深 い結末 である。

1)佐伯彰一 「 安 岡章太郎」 『 小島信夫 と安 岡章太郎 国文学 解釈 と鑑 賞』 至 文堂

197

2年

165

ページ0

2.2

他 の登場人物

不器用 で間抜 け ものの加介 と対照 して,加藤上等兵 は一人前の兵士 として

配置 されてい る。 この脇役 はただ作 品世界 の空間 を塞 ぐだ けの 目的で登場 さ

(12)

178

86

せ られ るので はな く,彼 は兵営生活 のはみ出す失敗者 であった加介 の心象風 景 を覗 き見 た り,妨 げた りしてプロ ッ トの必要 な役 目を担 ってい る

加藤 は

ワキの存在 に過 ぎないが, ワキ として こそ,欠 くべか らざる重要 な役割 を果 た してい る

したが って, この人物 の性格 を明 らかにす る と同時 に, その役 割 を明 らか にす る必要が ある

加藤 は,登場 の第一段落 か ら,加介が病気 に なる最後 の段落 に至 るまで,影 の ように加介 に密着 してい るが, その人 間像 はすべて加介への言 いつ けによって完成 されてい る。彼 の言葉 を通 して しか, 彼 の思想,意見,態度,感情 を知 ることがで きない。加介 の心理 をおそ るべ

く通暁 して,的確 に見破 ったので,む しろ加藤 は加介 の中 に自分 の姿が映 り, 自分 自身 の本音 を見 つけることがで きたので,面当た ったので はないか と思 われ る。同時 に加藤 の怒鳴 りつ けは,加介 に とっては,絶 えず不意打 ちの よ

うに鋭 いほ ど一々当たって,加介 をます ます居心地 の悪 い境地 に陥れ る

加 藤 は主人公加介 の行為,態度 と異 なって,強硬 な兵営生活 の中で生 きる術 が 身 についた対照的 な人物 として,主人公 を引 き立 て る役 目をしてい る。 また 加介 と加藤 の まった く監視 と被監視 の人 間関係 によって, 兵営 の 自由のない, 閉鎖的な世界が作 り上 げ られている。

一方同時 に加藤 はひ とりの登場人物 として, また彼独 自の働 きを持 ってい る

厳 しい兵営の中で,間抜 け者 は間抜 けの仕業 によって, それな りに緊張 さを緩和 させ,痛快 な一時 を味わ うこともで きる 。 だか ら読 み手 は加介の失 敗 な どか ら一種 のユーモア さえ感 じる ことがで きる. 加 島祥造 の言 うように,

「お きま りの リズムや,パ ター ン化 した思考 はかな らず 『 一定 の間』とい う機 械 的 な もの となる

それ を破 り, そ こに 『 期待通 りでない リズム』が生 じる とき, しば しばユーモアが生 まれ る 。 なぜ な ら人 は 『 正常 の』 『 お さま りの』

『 狭苦 しい』 『 機械 的な』間 をきざむ生活 に息のつ まる思 いを してい るか らで

あ り,間 をぬ くことはその息苦 しさか ら解放 され ることであ り,解放 は人 に

喜 びや くつ ろぎを‑ すなわ ちユーモアの心 を生 じさせ る

」1)

しか し,加藤

の ような間 の抜 けない兵士 は, た とえ 「 兵隊が どの ようにすれ ば怠 け られ る

か, その大抵 の手管 を知 ってい」 て も,「 正常 の

「お きま りの

「 狭苦 しい」

(13)

『 盤馬の声』 ( 安 岡章太郎)の作 品分析

179

「 機械 的な」兵営 を,「きざむ生活 に息のつ まる思 いをし」 なが ら, ちゃん と 振 る舞 うように我慢す るしかない。加介以上 に哀れな存在で はないか0

1

)加島祥造 『アメ リカ ン ・ユーモア』 中公文庫

1990

202

ペー ジ。

2.3

駿馬 の視点

駄馬 は馬科 のほに ゅう動物 で あるが,馬 よ り小柄 で耳が長 く, うさぎうま とも呼 ばれてい る

主 として農耕,運搬 に使 われ,鳥 の ように乗用,食用 な どには使用 されていない。何故直接馬 で もな く,兎 で もな く,「 馬 ともウサギ ともつかぬ役畜 の」駿馬 を この作 品に引 き出すのか。 「 馬 を牛 に乗 り換 える」

とい う諺 が あるように,馬 は普通 よい もの として人 間 に大事 にされている 。

人間 は兎 に餌 をや った り,可愛が った りす るが,兎 は結局 その肉 も毛皮 も奪 われて しまう 。 しか も兎 は鳴 き声一 つ もあげず,黙 った まま自 らの命 を人 間 に任せてい る

それ にひ きか え,駿馬 は馬 の ように大事 にされていないかわ りに, 兎 の ようにお とな し く人 間 に気儀 に利用 されていない ように も見 える

0

駿馬 はまわ りに十分 「ひびかせなが ら

30

分 で も

1

時間で も」鳴 きつづ ける も のである。「まるでそれ は自分で面 白が って,あるいは職業的 に,嘆 いてみせ てい るかの ようで ある」。 また「いや な労役 を逃 げ出す こともで きず,噛みつ くこともで きない」 ことに対 しての不満 を嘆 いてい るように も聞 こえる

そ れ は如何 に も仕方が な く,来 た くもない兵営へ引っ張 られて きた加介や兵隊 たちの状況 に似 ていて, その鳴 き声 も加介 たちの心 の底 のつぶや きにあい通 じているで はないか。 いわばいつ も他人 の存在 とその圧力 を肌身 に感 じてい な けれ ばな らない加介 には,軍隊の仕組 みは家畜小屋 の ような ものである。

自分 が その中に閉 じ込 め られてい る哀れ な駿馬 であ り,軍隊の構成貞 もまた 例外 な く駿馬 であった。換言すれ ば,『 駿馬 の声』の視点 は駿馬 の視点 である。

駿馬 と人 間 との結 びつ けによって,卓抜 であ りなが ら説得力 を持 って書 かれ

ている

哀れな家畜 の実体 を措 くことを通 して,人 間の生 の問題 を問 い詰 め

ている。主人公 の 「 食 いたい」一心 とか, マメ を盗 んで噛 る行為 な どの描写

も,や む を得ず 自 らの思考 を断 ち切 る一種 の手段 の ように理解す る ことがで

(14)

180

86

き, また人 間の生 きる意欲 を,動物 の食べ る本能 の ように扱 ってい る書 き方 として読 み取 る こともで きる。駿馬の登場 によって,主人公 の思考や感受 を もっ とも効果的 に発揮 す ることがで きた。

また前節 の登場人物 な どとあわせて考 える と,この作 品で は,加介初年兵, 加藤上等兵 のイメージの外 に,駿馬 のイメー ジが ある。駿馬 は家畜 の中で極

めて見 すぼ らしいイメー ジを もった存在 である。 ある こき使 われ る ことは対 す る悲 しみの感情 さえ体験 させ るイメー ジ とす る。この作品 にお ける比瞭 「 駿 馬」 は, ほかな らぬ語 り手 ( 視点)で ある 「 加介」 の目 と心 とが認識,表現 した 自分 自身 の存在 の意味 とイ メー ジなのだ。加 介 は駿 馬 のイ メー ジ と重 なってい ることを自覚 してい る といえば,加藤 は自覚 していない, あるいは その認識 を避 けよう としてい る と言 えよう

駄馬 とい うのは人 に使 われ るた め,いつ も受 け身的 な立場 であ り,自 らの意志 を許 されず,常 に人 間 に従 う, 人 間 に尽 くす受 け身的 な状況 を生 きてい る存在 なのだ。 その ことこそが,考

える ことも認 め られず,軍隊,兵営 に順応 しなければな らない とい う兵営 に い る加介や加藤 の受 け身的な存在 を比喰 してい る。

2.4

ペ ー ソス を交 えたユーモア

簡潔で分か りやすい言葉で一々の事実 を綴 り, また独語 の形で主人公 の心 理描写 を してい る。一方,ペ ー ソス とユーモアのある描写 によって,独特 な 生彩 を放 ってい る。小 島信夫が安 岡章太郎 と同時代 のいわ ゆる戦 中派 の小説 家 であ る。彼 の書 いた 『 汽車 の中』は 「 第一級 の笑 いの文学

」1)

だ, と曽根博 義が挙 げてい る

混雑 した汽車 の中で,「 大学 の先生」が, 「自然 の要求 に耐 えきれず, とっさに水筒 を使 って用 を足す」。 それ を「 覗 き見 て, しめた とば か りに」思 う主人公 に対 して, 「そのお通 じのお近 いの はです な, それ は,心 の迷 いか ら来 てお るんです よ」, と 「 霊戒師」 は 「 滑々 と 『 霊魂』 を説 く」。

「 一方で,われ先 に とまわ りの人混 みのなか に尻 を押 しこんで 自分 の 『 身』の 置 き場所 を確保 し」 て しまう

その笑 いの源泉 について,曽根 は次の ように論 じてい る。「 身動 きひ とつで

きないほ ど」,「 終戦後」 の 「 混雑 した満員列車 に乗 って長旅 をす る七 と自体

(15)

『 駿馬の声』 ( 安岡幸太郎)の作品分析

181

は本来命 が けの真剣 な行動 で あるはずだ。 そ こに滑稽 の要素が入 り込 んで く るのは」,「 人 間の 自然状態,つ ま り肉体 的生理的側面が,人 間の精神的 な側 面 との対比 において眺 め られた ときである。 いいか えれば,精神的 な ものが 肉体 的な ものにあざ笑 われ る姿」が,「いい ようもな く滑稽 なのである

。2)

ま た加 島の言 うように,

混沌や混乱 を平静 な心で語 れ ば」,「ユーモアが生 まれ る」。なぜ な ら,「 激 しい混乱 も, あ とで冷静 に ( 暖か く)見れば,‑場 の茶番劇 となるのであ り, 深刻 な混乱 と落着 いた眼 との間 の隙間か らユーモ アが渉 み出 て くる

」3)

ので

ある。

『 駿馬 の声』もこれ に似 た ような笑 いがあるが, おか しいだ けで はな く,一 種 の悲 しさ も同時 に伴 っている

戦争物語 として否応 な く時代 の暗 い陰が流 れてい るので悲 しい はずである。 しか しそ こに書 かれてい る出来事が登場人 物 に とっては大変 な ことであるが,第三者 に とって は,或 い は時代 に過 ぎた 人 に とっては,「 茶番劇」であ る

た とえ混沌極 まる戦時下 であって も,語 り 手 の平静 な述べ方 によって, 読 み手 は時代 や人生の悲 しみを感 じる と同時 に, 独特 なユーモアのニ ュア ンス を味わ うこともで きる

特別 な状況 に置 きなが

ら,笑 うべ き性格 を持 った人 間 を見 てみんなで笑 うとい う, そ ういった状況 による もの ともい えよう

したが って, 『 駿馬 の声』で は,ペ ー ソス を交 えたユーモアの笑 い を誘 う源

泉 は, い うまで もな く,戦時下 において,命 がいつ奪われ るかの厳 しい情勢

の中にあ らわ された兵士の 日常性 にあるので ある。 しか し日常性 その ものの

中に可笑 しみが あるわ けで はない。考 えることも許 されない軍隊,兵営 の中

にいること自体 は,本来命 が けの真剣 な行動である筈だ。 そ こにおか しい要

素が入 り込 んで くるのは,理屈 では精神 的 に積極 的 に適応 しようと努力すべ

き環境 だ と分 か っていなが ら,肉体 的 には消極的 にまった く 「ヤル気」 のな

い主人公 の実際行動 とのズ レによって,笑 いが生 じているのである

その笑

いによって, 当事者 の立場 が ます ます苦 し くなるので,おか しいだ けの笑 い

で はな く,悲 しみ も感 じられ る笑 いである。た とえば以下 の ような例が ある

(16)

182

86

(

<中隊 内で初 年兵 は二六時 中,監視 され てい る。 それ は文字 どお り二六 暗 中なのだ。朝 か ら晩 まで,夜 眠 ってい る ときに も誰 か しらの監視 を受 けて い る

口の きき方,手脚 の うごか し方,胸 の は り方,腎 の は り方,腎 の出 っ ぼ り方, な ど一 つ一 つが みんな絶 え間 な しに見 られてい る.>

監視 され てい る中身 をあ りの ままに この ように並べ られ る と,一種 の真実 性 を持 って迫 って くる一 方,大袈裟 な ところに笑 いが誘 われ る 。

② <「カ ンカ ン 日の当た るゴ ミ棄 て場 の穴 のほ と りに腕 組 み して突 っ立 っ てい る」 加介 は, 「お どろいた ことにグ リグ リ坊主 の頭 の上 には粗末 な フェル トの軍 帽 のかわ りに,水 の つ いた アル ミニ ューム の食 器 が乗 って い るの で あった

>。

真夏 の <太 陽 は頭上 にかがや いてお り, セメ ン ト煉瓦 の四角い兵 舎 も,踏 みかた め られた赤土 の常庭 も,貯 炭場 の石炭 も,一様 に白 く光 って み えた。 しか し, アル ミニ ュームの どんぶ りをかぶ った頭 は冷 くすず しい空 気 につつ まれ てい るようで あった >。

食器 を頭 に乗せ る妙 な様子 , しか も本人 はそれが馬鹿 らしい様子 だ とは気 づかない描写 はおか し くて面 白い。決 して <すず しい >た め にその どんぶ り を頭 にかぶ ったので はないが,直接 にはその原因 あ るいは目的が書 かれてい ない。突飛 な発想 で あ る

読 み手 の笑 い を誘 いなが ら, どうして そんな馬鹿 な こ とをす るのか, しか も上 司 に見 つか るまで間抜 けな ことをす るのか, と 同情 の気持 ち も呼 び起 こす。

③ くまだ巻脚辞 の問題 がの こってい る。一体, とるに もつ けるに も, これ

ほ ど面倒 な もの を採用 してい る軍隊 は世界 中 に どれ ほ どあ るだ ろうか。 どん

な に熟練 した者 で もそれ を両 方 の脚 にシ ッカ リと巻 きつ けるためには最小 限

1

分間 は要す るだ ろう

イ 酎 こ整列 まで に

3

分 しかない とすれ ば, その

3

分 の

1ない し半分 まで は どうして も脚辞 のた めについや さな くて はな らないわ け

だが, それ も順調 に行 っての ことだ。脚秤 を巻 くた めには体 を前 にかが ませ

な くて はな らないが, す る と胸 の前 にぶ ら下 げた防毒面や ら何や彼 やが,逮

らんぶ らん垂 れ下 って,手 が い う こ とを きか ない >。<そ う して苦 心惨 惰,

や っ と膝頭 のちか くまで巻 きおわ ろ う とす る とき,突然,

(17)

『 駿馬 の声』 ( 安 岡章太郎) の作 品分析

183

「 敬礼 !

と,声 がかか るのだ。 み る と, はるか彼方 に豆粒 ほ どの大 きさに長靴 をは いた将校 の姿が こっちへや って こよう としてい る

それでや む をえず直立不 動 にか えって, 「 捧 げ銃」しな くて はな らない。勿論巻 きか けた脚辞 はダラ リ

と足 もとにほ どけて しまってい る。 ひ ろい上 げた脚幹 を, もう一度巻 きか え しなが ら加 介 は,支那 や, ドイ ツや, フランスや, ブラジルや の国々で,兵 隊た ちが 自分 と同 じ く海 老 の ような上体 を曲 げて, この厄介 きわ まる布切 れ

と闘 って い る ところを想像 した >。

軍隊 のゲー トル は服装 の厳正 を示すた めの ものの外 に,本来実用 的 には行 動 しやすいた めに巻 くもので もあ る

しか し<ヤル気 >のない加 介 に とって は, まった く意味 のない もので あ る。 なのに折 角一所懸命 に苦労 して巻 き上 げたが, また全部 あっさ りと戻 して しまった ところのおか しさ, むな しさが 面 白い。 ゲー トル を器 用 に巻 けない加介 が面 白いの は,織 田正吉 のい うよう

に,

「 人 を笑 わせ よう と意 図 して笑 い を生 み出」 そ うとす る どころか, 「む しろ 懸命 に努力 した結果,た また まおか した小 さな失敗 が人 間 の弱 さをのぞかせ

る とい うその ことに,私 たちはユーモア を感 じ,失敗 す る人‑ 不完全 な人 間‑ の ほ うに人 間 らしい親 しさや共感 をおぼ えるのです 」

。4)

「 間抜 け,薄 の ろ,の ろ ま とい った人 はた しか に笑 いの対象 にな るが,そ う した人 を笑 うの は自分 が間抜 けで も薄 の ろで もない と思 う者 の ほ うだ 」。 「 人 は優越感 か ら笑 う」

,5)

と加 島 は また逆 な面 か らも述 べてい る。

読 み手 は傍観者 だか ら, おか しいが, しか し<初年兵 >のつ らさが深 か っ た ろ う。何 もブ ラジル な どの ことを考 えな くて もいいの に,如何 に加介 はゲー トルで 悩んで いたか,よ く浮 かび上 が る と同時 に,ゆ とりとい う感 じもさせ, くす ぐりみたいな効 果 にな る

ベル ク ソンは言葉 のおか しみ を論 じる とき,

「 不条理 な観念 をよ く熟 した成句 の型 の中 に挿入すれ ば,滑稽 な言葉 が得 られ

る」

,6)

と語 ってい る。 だが, 「 不条理 な観念」を, 「 成句」に限 らず,一 つのセ

ンテ ンスの中 に並べ て 「 挿入 すれ ば」, 同様 に 「 滑稽 な言葉 が得 られ」 よ う。

(18)

184

86

ここで は,<支那 や, ドイツや,フランスや,ブラジルやの国々 >の並べ方 に は,明 らか に条理性 も共通性 もない。 これ は加介 の思考 の脈絡が ない ことを 意味 して, まさにそれ によって 「 滑稽」 な効果 を もた らしてい る

④ <加 介 は 日夕 点 呼 間 際 の あわ た だ し さの 中 で >,<中 隊 に配 給 され た ><補修布 の函 >か ら取 って きた く不等辺五 角形 を した毛布 の切 れ は し を>,<破れたズボ ンの><尻 に縫 いつ けた >.<す ると点呼 の とき一列横隊 にな らべた兵隊 を横 か ら眺 めていた班長が,「 安木,尻 をひ け,尻 を」と, し き りに云 っていたか と思 うと,近 よって きて, けげんな顔 つ きで加介 のズボ ンを見た。 そ して毛足 のなが い毛布 の端切 れが星型 にその尻 に貼 りつ 打 られ て い るの を認 め る と,腹 立 た しげ に加 介 の尻 を蹴 り上 げて行 って し まっ た > 。<あのイ ピッな五角形 の毛布 を どの ように処理 すれ ば, 厳粛端正 な軍人 にふ さわ しい服装 に密着 させ ることがで きるだ ろうか。 それ はむ しろ加介が 苦心 して工夫 し,縫 いなおせ ば縫 いなおす ほ ど, ます ます不体裁 にふ くらん で しまうばか りだ った。 そ して所詮 は半 ば運命 的 に,毛布 の方か ら加介 の尻 に意固地 な女 のふか なさけの ようにブラ下 って きた もの と解釈 す るよ り仕方 が なか ったのだ >。

<星型 >の <切 れ はし>はいつの間 にか,加介 の<「 仕方が ない 」 > 表情 を 帯 びて くるよ うな気 さえさせ られ,<尻 を蹴 り上 げ> られた加介 は泣 き出 し たいだ ろう。だが,<尻 に貼 りつ け られてい る><毛足 のながい毛布 の端切 れ が >,気 まずい<イ ピッ>その ものであ り,描写が細 かいほ ど,漫画 めいた 可笑 しみが浮かんで くる

困惑 と不安 に似 た表情, まさにユーモ リス トの共 通 なユーモア ・コンプレックスの表情 の ようである。織 田のい うように,

「この ように,本人 に とっては,泣 いた り怒 った りしたい状況 も,す こし距 離 をおいて見 る第三者 の 目にはおか し く見 える ものです。本人 に とっての悲 劇 は第三者 の 目には喜劇 に映 ります」. あたか も「 道で ころぶ人 を見 て笑 うの は関係 のない第三者 であって, ころんだ本人 に とって は泣 きだ したい ような 状況 です

。7)

したが って, ここの表現効果 は,軍 の <厳粛端正 >なイメー ジにふ さわ し

(19)

『 駿馬の声』 ( 安岡幸太郎)の作品分析

185

くない ことは,加介 に とって も上司 に とって も不都合で,深刻 な ことであ る が,また矢野峰人 の言 う如 く,「 第三者 の位置 に立 って これ を見 る時 は,不快

また は失望 よ りも, む しろ軽 い滑稽感 を催 すので ある

。8)

自分 の気 に食 わない もの も, 自分 を不愉快 に,不幸 にす るような ことを も 自分 の 目か ら隠 さないで, む しろ不幸 な り不器用 な りをその まま出 して しま い, 自らを笑 う。いわ ば快感 を生 み出すエネルギー に変換 して しまう 。 これ はユーモアで はないか。

自分 の不幸や不器用 を も笑 って しまうのがユーモ アであるが,しか し,けっ してあ きらめで はない。不幸や 自分 自身が受 けた心 の傷 を笑 って諦 めて しま うので はな く, む しろ一種 の反抗 の表 れ と見 えよう 。

( 参 <彼 は風 呂の往 きか え りまでタオル を銃剣 に見立 てて,「えい, えい」と 剣術 の踏切 の型 で歩かせ られ る こととなった >。

おか し くてお もしろいポーズであ る.織 田の言 う通 りに,

「この ようなユーモア感覚が もっ とも住 みに くい場所 は,一般 に< まじめ>

と呼 ばれてい る性格 の中です。 まじめ とは,物 ご との一面 しか とらえる こと ので きない,精神 の変 り身の遅 さや不器用 さをいい, カーブで曲が ることを 知 らずハ ン ドル を握 った まま直進 す る ことしかで きない自転車乗 りに似 てい ます。 精神が当然持 ちあわせ ていなければな らない柔軟性 の欠落 を, 一般 に<

まじめ> と呼ぶのです

。9)

確 か に加介 は外界,兵営生活 への不適応 は不器用 な性格 の上, それ な りに懸命 に振 る舞 う言動, いわ ば 「<まじめ >」 そ うな ところに もある

間の抜 けた ことによってへ まをし, また真剣 なほ どます ま すおか し くな り,笑 い まで を催 す。

( 多 く動貞が下 って加介 を皐初 にマゴつかせたの は,隊長 の命令 で,切 りとっ た髪 の毛 や爪 といっ しょに遺 書 をかいて班長 にあず けさせ られ る こ とだ っ

た 。

あいに く, その 日は,前 日内務班 のバ リカ ンで丸坊主 に散髪 したばか りで

「 遺髪」を とろうに も

1

分 か

2

分 ほ どのゴ ミの ような もの しかな く, それ と爪

とをハ トロ ン紙 の封筒 に入れ る>。

(20)

186

文 研 86 輯

散髪 は もともと日常 な ことなの に,戦 時下 に置 かれ る と,不都合 で,非 日 常 な ことにな る と思 うと,暗潅 た るイメー ジが あ る。一方,<死 は目前 にひか えて >,髪 の毛 を形見 に取 るの に,加介 が あたか も散髪 された あ との ごみ を 取 り合 わせ て い る に過 ぎな い よ うな書 き方 が され る と,<戦 闘 > とか く命 令 > とかが無意味 にな り,おか し く思 われて くる。また動員 が下 ってか ら,<

中隊全員 が イライ ラ し, その余波 をうけて初 年兵 た ちが整列 して理 由な しに 殴 られ >,<初 年兵 た ち は眼 に見 えて前途 に対 す る不安 と恐怖 の色 を濃 くし は じめて行 った >, ま ことに<荒 れ狂 った >兵営 に置 かれてい るの に,加介 の上述 した動 きは如何 に も平静 に語 られてい る。 加 島の指摘 してい るように,

「 平静 に語 る内容 が ( 逆 に)心 の動転 した状 態 なので, そ こにユーモアが生 まれ るので ある

それ ゆ え もしそ うい う混乱 や錯乱 の状態 や思 い違 い を騒々 し く語 るのであれ ば,上質 のユーモアが生 まれ ない. それ を 『 平静 に』思 い 起 こして語 ることで ほん とうのユーモ アが生 じる

。10)

( 診

<30

分 間考 えた あげ く, ようや く, 御両親様

加介 はい よい よ名誉 の死 を とげ るこ ととな りました どうかお よろ こび下 さい 天皇 陛下 皇后 陛下 万歳

安木加 介 とだ け したた め る と,封筒 の中 にほ う りこんで開封 の まま班長 に差 し出 し た。>

心 に もない ことが如何 に も厳 か そ うに書 かれ る と,思わず吹 き出 した くな る。 ここに示 され てい る もっ ともらしい文面 と加介 の遺書 自体 に対 す る馬鹿 げた心境 とのズ レには,加 島の言 うような効 果 が あ る

「 荘厳 な対 象 を上 か ら上へ と押 し上 げてゆ き,最後 に どさん と落 とす。聞 き 手 の興 味 を右 へ右へ とひっぼってゆ き最後 に左 を刺 す。観念 や理想 や空想 を 重 ねておいて現実 をぬ っ と出す

「 人 は このズ レ

incongrui

t y ( 不調和 ,対 照, 段差,裏表) を示 されて驚 く。ハ ツとす る。 そ して それ と同時 に笑 いが生 じ

るので あ

」11)

る。

(21)

『 駿馬の声』 ( 安岡幸太郎)の作品分析

187

⑧ < ( 前略)班長室 の掃除 をおわ った あ と,加介 は便所 の入 口近 くにある 湯沸 し所 で,交替 した当番 の椅子 に腰 をか けて,通信隊か ら盗 んで きた伝書 鳩 のマ メを噛 んでいたが, ひ どく落着か ない気持 であった >。

動員が下 った後,戦地 に行 く恐怖感 におそわれ,命 がいつ奪われ るか を心 配 す るのは普通 であるが,加介が落 ち着か ないの は変 な遺書が家族 の人 たち に見 られ る とい うことである

矢野 はイギ リス人 のユーモアを論 ず る とき, I 次の ように述べた ことが ある。

「 英人 は,人生 を極 めて真剣 な態度 で取扱ふ国民 であ るに もかか は らず,そ の一面 には」,人生 に「 正面的 には激突す ることを避 けようとす る本能 を有 し て居 る。 これ は,極端 に走 る前 に, 自ら其処 に或距離 を保留 させ よう とす る 本能 であ る。 それ は意識 的 に巧 んで飴裕 を残すので はな く, 自 ら其処 に徐地

を残すが如 き態度 を本能的 に取 るか らで ある。而 も, それ は,激突 を恐れひ るむ本能 で もない。如何 に も徐裕縛々 と,優者 の態度 を失ふ事無 くして一定 の距離 を,すべての対象 との間 に保留す るのであ る。英人 の生活 に於 て, こ のや うな働 きをす る もの こそ,実 に, ユーモア と呼 ばれ る一種 の精神作用 な のである

。」12)

架空 の <遺書 > と<ゴ ミ>に しか思われ ない<遺髪 >を出 した り,<伝 書 鳩 のマメを><盗 んで きた >まで,<噛 ん>だ りす る加介 は,<中隊全員がイ ライラ し>てい る兵営 とは対照的 に もなってい る。初年兵 なのに,加介 の こ の 「 如何 に も鈴裕綿々 と,優者 の態度 を失ふ事無 くして一定 の岸 巨離 を,すべ ての対 象 との間 に保留 す る」,暢気 そ うな ところが面 白 くておか しいため,読 み手 も<ふ と吹 き出 した くなる >。

⑨ 加介 は<周囲か ら,班長や加藤上等兵や同年兵 の顔 が見下 ろ しているこ とに気づ くと,半 ば無意識 で口走 っていた。

「うーん,キ ュル,キュノ ㌧,キュル,‑‑・ これが駿馬 の声 だぜ,皆,わか る

か い 」

彼 は, まわ りか らのぞ きこむ兵隊たちの顔 を,家 の者 や友人 たちの顔 と混

同 してい るのだ った >。

(22)

188

人 文 研 究 第

86

河盛好蔵 は

,

束縛か らの解放 よ り生 じる笑 いのタイプは疑 い もな くユーモ ア感覚 の重要 な構成分子 で はあるが」, 「 注意 すべ きことは,ユーモア感覚 は あ らゆる束縛 よ りの解放 に関係 す るので はな くて,特定 の形 の解放 にしか関 係 を もたない とい うことである。例 えば運動場 を笑 いなが ら駆 け抜 けてゆ く 少年 はユーモア感覚 を楽 しんでい るので はない。彼 らは活気 にあふれてい る だ けである

い うな らば,ユーモア感覚 は解放 を 『 たた える』 ので はない, 自由を 『 楽 しむ』 のである

それ は束縛 を攻撃 す るので はな くて,束縛 は退 屈 な もので ない とい うふ りを しよ う と努 め るので あ る」

,13)

とこの よ うに述 べてい る

加介が駿馬 の鳴 き声 を口に出す ところの描写 を,単純 に軍隊の非 人 間性 への指摘 として読 み取 る と,如何 に も狭 い感 じがす る。加介が駿馬 の 鳴 き声 を真似 す る ことによって,軍隊 の厳 しい束縛 を攻撃 す るので はな く, 単 な る軍隊で は もっ とも欠 けてい る自由 とい うことを自分 な りに楽 しんでい るだ けの ことである。 その自由を楽 しむ心境 を裏付 けるかの ように, 「 彼 は, まわ りか らのぞ きこむ兵隊たちの顔 を,家 の者や友人 たちの顔 と混 同 してい るのだ った」, と書 かれてい るので はないか。だか らこそ,嘆 くことよ り駿馬 の声 を真似 す ることしか出来 ない ことは,悲 しいであるが,同時 に一種 のユー モアを感 じさせ られ る 。

『 アメ リカン ・ユーモア』 とい う本 の中で,話芸 のオチの しゃれ について, 加 島 はまたマー ク ・トウェイ ンの言葉 を次 の ように引用 してい る

「 滑稽 な語 り手 は自分 か ら先 に大笑 い して同感 の笑 い を誘 う。それ は情 けな い光景 だ。 ( 中略)多 くの場合,語 り手 はそのオチをご くさ り気 な く使 う‑

ご く何 げない口調で, それがオチだ と気づかれない ように使 う 。 自分で はそ れがオチだ とは気づいていない ような振 りさえす る

。14)

その通 りで ある

駄馬 の声 をまねす る場面 は, 「ご くさ り気 な く」 作品の題 名 『 駿馬 の声』 と照 らしあわせ なが ら, この作品で は重要 な役割 を果た し, 名 にふ さわ し く興味深 いオチである

「 哀愁 といっ しょに感 じるおか しさ,涙 ととけあった笑 い は,もちろん,人

を攻撃す る笑 いで はな くて, ( 中略)それ は人 間の弱 さ,人 間が生 きてい くこ

(23)

『 駿馬の声』 ( 安岡幸太郎)の作品分析

189

とのつ らさ,か な しさへの同情 を笑 い とい うかたちで示 した ものです」

,15)

と 織 田 は言 ってい る

故 に 『 駿馬 の声』 においては,厳 しい戦時下 の極 限状況

に主人公 は最初 か ら置かれてい る。 この特定 で,悲惨 な歴史 の上 に,主人公 の とん まを加 える と,作 品全体 に一種 のペー ソスを交 えたユーモアの味わい が盛 り込 まれて くる

もともと如何 に も軍隊 らしい習慣 なの に,た とえば, 脚幹 を巻 くことで ある

不器用で,間抜 け者 の主人公 には, そんな ことが面 倒 くさ くて, ようや く片づ けた ら,やがて現れ る偉 い人 に敬礼す るため, そ れ はまた不 甲斐 もな くず るず る落 ちて しまう

彼 に とって は, この ように軍 規 的な ところか らいつ もはずれている。 アル ミニ ュームの どんぶ りをかぶ っ た り,毛布 の端切 れ を不体裁 にズボンの尻 に縫 いつ けた り,マメを盗 んで噛 んだ り,駿馬 の鳴 き声 を真似 した りす る。 しか もこの種 の表現 の可笑 しさは 笑 うべ くして笑 えないのである

いわ ばユーモアによる笑 い には, おか しさ と同時 に,一抹 の悲 しみが同居 してい る。 まさにペ ー ソス を交 えたユーモア の味わいその ものである。 この ようなペ ー ソス とユーモア との入 り交 じる微 妙 な味具合が, この短編 の欠 くべか らざる要素 となってい る

直接 に軍 や戦争 を批判 す る よ うな書 き方 とい うよ り, む しろ この ような もっ とも滑稽 な例 な どをあげる ことによって,やんわ りとその反動 の本質 を 剥 ぎ落 とし,軍隊 の中で,集 団の中で,人 間 はいか に愚か になったかが, よ り効果的 に描 き出 されてい るのである。 おか し くてお もしろい失敗談 の裏 に 流れてい る一抹 の淋 しさが,読 み手 の心 を とらえている。加 島の言 うように,

「ユーモアに とどまったために,この笑 いか ら実相 が伝 わ り,現実が提示 され る

とすれ ば これ は大変 に高級 な表現方法 なのであ り,大変 に有効 な手段 な のだ

。16)

しか も実際常識 か ら見 る と,軍 の中では普通 の人 な らそれ を こな し て,却 って軍隊 の本質が見 えない。 円滑 に対応 で きない加介 は不器用 そ うに 見 えるが, む しろ間の抜 け目のない人 の方が本 当に不器用 ではないか とも読

み取れ る 。

「 何 をや って もへマばか りや って しまうような,非社会的 な主人公 の感覚 を

通 して,戦争下 の 日本軍隊 の内務班生活が,鮮 明 に措 かれてい る 。 軍隊生活

参照

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