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社会との関わりを意識した法教育実践―模擬裁判実践を通じて―

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1

弘前大学 教育学研究科 教科教育専攻 社会科専修 法学分野

2018

年度 修士論文

社会との関わりを意識した法教育実践

―模擬裁判実践を通じて―

指導教員名 宮崎 秀一 学籍番号

16GP212

論文執筆者名 湯澤

(2)

2

2017

1

30

社会との関わりを意識した法教育実践

―模擬裁判実践を通じて―

教育学研究科 教科教育専攻 社会科専修 学籍番号

16GP212

湯澤拳

はじめに

1

法教育

1

法教育とは-意味と意義-

2

法教育を通じて育成されるべき能力・資質

3

法教育と主権者教育との関係から見る両者の目指す目標

2

法教育実践-模擬裁判を軸に-

1

学校における法教育実践の現状と課題

2

市民に向けた法教育実践の現状と課題

3

法教育における模擬裁判実践の意義-

3

つの視点から-

3

学校現場における実践結果と課題

1

実践の概要

2

「当事者意識」をテーマとした

S

高等学校での模擬裁判実践

3

「裁判員制度の意義」をテーマとした

H

中学校での実践

4

学校現場での模擬裁判に関する考察-

2

つの実践を通して見えた成果と課題-

4

コミュニティコートにおける実践結果と課題

1

コミュニティコートとは

2

「多世代交流」をテーマとした中泊町でのコミュニティコート実践

3

評議の活性化を図った、むつ市でのコミュニティコート実践

4

コミュニティコートでの模擬裁判に関する考察-

2

つの実践を通して見えた成果と課題-

5

より良い法教育の創造に向けた本模擬裁判実践の総括

1

模擬裁判実践と法教育との関係について

2

模擬裁判を行う意義の再認識-

4

つの実践を振り返って-

おわりに

はじめに

卒業論文は、『法教育の意義と未来』と題し、法教育について取り扱った。その中で、法教育の重要な 目標は、法の知識や制度の知識・理解だけでなく、法的リテラシーなどの技能や意欲・態度の習得にあ ると考察した。しかし、法的リテラシー獲得の方策や、授業実践の検討はしたものの、実際に実践する までには至らなかった。法的リテラシーの獲得など明確な目的、目標を設定した法教育実践を実際に行

(3)

3

い、考察を深めることが本論文の目的である。

裁判員制度は

2009

年に施行され、今年で

9

年目である。まず、制度開始直後、学校現場、市民を対象 とした場で行われた様々な模擬裁判実践を概観する。そのうえで、明確な目標を定めた模擬裁判実践の 再検討を試み、公職選挙法改正を機により重要視されている主権者教育とのかかわりも考察する。研究 の対象となる実践は、

2016

12

12

日に弘前市内の

S

高等学校で行った出前模擬裁判、

2017

1

21

日に中泊町で行ったコミュニティコート

1

(以降

CC

2017

9

30

日にむつ市で行った

CC

2017

10

23

日から

27

日まで

H

中学校で行った授業実践の計

4

回である。それぞれの実践から結果及び 課題を抽出し検討する。

4

つの実践は、実践対象

2

、実践場所、実践時間及び構成が異なる。それら実践 を比較検討し、模擬裁判実践を行う上で外すことのできない要点や注意しなければならない点などを考 察し、提示する。

本研究においては、「社会との関わり」を意識した模擬裁判実践を試みている。「社会」となると、広 く壮大であるため、自分と関わっているとの意識が希薄になりがちであるが、本研究で取り扱う模擬裁 判実践では、「当事者意識」をキーワードに挙げている。日常生活に起きる様々な出来事や、犯罪被害者 や加害者、及び事件の社会的背景に対し、当事者意識をもって考察し、社会との関わりを意識しつつ、

法的に思考し判断できる能力の育成を目標とする。最終的に、模擬裁判実践を題材とし、「社会培った経 験や、感覚を活かして模擬裁判に参加すること」「模擬裁判に参加したうえで、身に付けた知識や能力、

態度を社会において活かすこと」といった二つの視点に着目した実践検討を試みる。社会との関わりを 意識することで、社会へ参画・参加するとの意識を高める。そして、法とのつながりを意識することで、

社会における紛争やトラブルを法的な視点から解決し、「法化社会」へ対応することのできる能力の育成 を目指した法教育実践のあり方を考察する。

1

法教育について

1

法教育とは―意味と意義―

法教育という言葉は、アメリカの

Law-Related Education

LRE

)という言葉を訳したものである。

法律の専門家ではない人々を対象に、法、法の制定、法の運用、法に関する知識の習得にとどまらず、

それらの基礎にある原理や価値、例えば、自由、責任、人権、権威、権力、平等、公正、正義などを教 えるとともに、その知識等を応用し、適用して使いこなす具体的な技能と、さらにそれを踏まえて主体 的に行動しようとする意欲態度についても併せ学習し習得させる教育が法教育である

3

。社会科における 法教育では、「法を作る」「法を使う」「法を考え、判断する」等の視点を取り入れた学習活動を展開する ことが重要であるとしている

4

。法教育の特徴として、憲法教育や人権教育といった特定の専門分野に限 らず、広義的に法を取り扱い、法の支配の理念に根ざした自由で公正な民主主義社会を実現する自律的 かつ自主性を重んじた人材の育成を目指している点が挙げられる。

法教育が必要とされる背景として、第

1

に、法が身近になっていることが挙げられる。かつて「法律 は家庭に入らず」との格言が存在したが、近年では児童虐待法や

DV

防止法など、この格言を超えて積 極的に法が関与する例が多い。また、中高生にとっても、昨今いじめ防止対策推進法など法が日常生活

1

市民参加型の架空の裁判類型である。詳しくは第

4

章にて後述する。

2

本研究で取り扱う実践の対象は主に学校現場では中学生、高校生、

CC

実践では市民となる。

3

関東弁護士連合会『これからの法教育 さらなる普及に向けて』

(

現代人文社、

2011

) 17

頁。

4

磯山恭子「法教育」日本社会科教育学会編『社会科教育事典』

(

ぎょうせい、

2012

) 197

頁。

(4)

4

に深く関わるっている。第

2

に、司法制度改革により裁判員制度が開始されたことが挙げられる。司法 制度改革は、

21

世紀の複雑、多様化した社会、国際化、規制緩和などの変化に伴って司法の役割を見直 し、国民が身近に利用でき、社会の法的ニーズに的確にこたえることのできる司法制度の構築を目指し たものである

5

。司法制度の見直し、法曹の在り方が改革されると同時に、国民の司法参加を求めた影響 によって、学校教育において法教育が注目されることとなった。しかし近年、主権者教育及びシティズ ンシップ教育の台頭により、法教育との関係性を明確する必要性が生じている。

2

法教育を通じて育成されるべき能力・資質

従来、法教育は断片的な知識の習得にとどまっていた。事実、知識は重要であるに違いはない。しか し、法教育は知識だけでなく、法的リテラシーの獲得を目標とする。具体的には、第

1

に、公正に事実 を認識し、問題を多面的に考察する能力、第

2

に、自分の意見を明確に述べ、また他人の主張を公平に 理解しようとする姿勢・能力、第

3

に、多様な意見を調整し、合意を形成したり、また公平な第三者と して判断を行ったりする能力、そしてこれらを支える根源的な資質としての自尊感情および他者に対す る意識である

6

。これらのことは特段法教育に限定されることなく、日常生活においても必要となる資質 である。

18

歳以上に選挙権年齢が引き下げられたことによって、より若年で、様々な課題に対し、主体 的に考え、行動することが求められることとなった。「判断する能力」、「聞く能力」「伝える能力」の 必要性はますます生じていると考える。

3

法教育と主権者教育との関係から見る両者の目指す目標

2011

年に総務省の研究会が常時啓発事業として主権者教育を打ち出し

7

、公職選挙法改正により

18

以上が選挙権を持ったことで、主権者教育に注目が集まった。選挙に向け、高校生、教師用に副教材

8

作られるなど主権者教育を推進する手立てもなされている。しかし、岡田(

2015

9

が指摘するように、

主権者教育と法教育は類似の理念

10

を掲げているが、連携及び調整に課題がある。学校現場において両 者を区別し、それぞれを単独で取り入れることは限られた時間の中では難しい。よって、両者の共通点 を抽出し、共通点を主軸とした実践に重きを置くことが最良である。法教育、主権者教育は、ともに問 題を多面的に考察する能力や、社会に対して、主体的に参画・形成することを求めている。しかし、「問 題」や「課題」を見出す過程や、主体的に社会に対してアプローチする意欲や態度の養い方は、両者の 理念や目標の中で深く言及されていない。そこで、本研究は「当事者意識」

11

の形成を、法教育、主権者 教育の重要な共通項として提案する。社会における様々な事象を「問題」として捉えるかどうか、問題

5

法務省「司法制度改革について」(最終閲覧日

2018

1

3

日)

http://www.moj.go.jp/housei/servicer/kanbou_housei_chousa18.html

6

大村敦志・土井真一『法教育のめざすもの―その実践に向けて―』

(

商事法務、

2009

) 17

頁。

7

総務省「常時啓発事業のあり方研究会」最終報告書 社会に参加し、自ら考え、自ら判断する主権者を 目指して~新たなステージ「主権者教育」へ~(平成

23

12

月)

8

生徒を対象とした総務省・文部科学省「私たちが拓く日本の未来 有権者として求められる力を身につ けるために」

(2015

)

と、教師を対象とした、総務省・文部科学省「私たちが拓く日本の未来 有権者 として求められる力を身に着けるために 活用のための指導資料」

(2015

)

9

岡田順太「主権者教育と法教育―政治参加の模擬体験を通じて」『白鴎法學

22

巻』

149

171

2015

年。

10

1

、図

2

参照。

11

自分自身が、その事柄に直接関係すると分かっていること。関係者であるという自覚。

(5)

5

や課題に対し主体的に「行動」を起こすか否かは個人の自由である。しかし、自身が社会(地域、国等)

の一員であり、社会に起こる事象が自分と大いに関わりがあるとの認識を持つことは重要であると考え る。当事者意識を持つことで、「問題」をとらえ、それに対し、「行動」しようとする意欲が生まれる。

本研究で扱う法教育実践は、法や社会との関わりを実感することで、当事者意識の向上を目指す。そし て、当事者意識を持ったうえで、多面的・多角的思考、論理的思考の醸成を図っている。

1

主権者教育で求められる指針について 主権者教育で求められる指針

①主権者として社会の中で自立し、他者と連携・協働しながら、社会を生き抜く力や地域の課題解決を 社会の構成員の一員として主体的に担う力を育む主権者教育を推進

12

②主権者教育は、国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく主権 者を求める

13

1

、論理的思考(とりわけ根拠をもって主張し、他者を説得する力)

2

、現実社会の諸課題について多角的・多面的に考察し、公正に判断する能力。

3

、現実社会の諸課題を見出し、協働的に追求し解決する力。

4

、公共的な事柄に自ら参画しようとする意欲や態度

14

12

文部科学省 主権者教育の推進プロジェクト 最終報告(平成

28

6

13

日)

13

総務省 前掲

7 5

頁。

14

総務省・文部科学省(教師用) 前掲

8 7

頁。

主権者教育 法教育

2

法教育と主権者教育の関係について

法的リテラシー 基本理念

法教育における法的リテラシー及び基本理念は合致する。

(6)

6

2

法教育実践について-模擬裁判を軸に-

1

学校における法教育実践の現状と課題

現行の学習指導要領

15

では法教育に関する学習項目が増加しており、さらに今後も法教育の進展が望 まれている。一例を挙げると、高等学校公民科「政治・経済」、「現代社会」の法に関連する学習内容に おいて、「法に関する基本的な見方や考え方を身に付けさせる」としている点があげられる

16

。中学校で は「対立と合意」「効率と公正」といった現代社会をとらえるための法的な考え方の基礎を取り扱うこ ととしている。また、各学校段階において裁判員制度について取り扱われている。本研究で取り扱う模 擬裁判実践は、学習指導要領上大きな位置づけを担う。「現代社会」に代わり今後導入予定である「公共

(仮称)

17

においても、構想案の段階ではあるが、

2

)自立した主体としての国家・社会の形成に参画 し、他者と協働するために」「ウ 法的主体となる私たち」といった項目が設けられている。よって、次 期高等学校学習指導要領においても、法教育の重要性は増すと思われる。

実際に法教育実践は、近年

18

数多く行われてきた

19

。社会科、公民科に限らず、国語科や技術科、道 徳等の授業や教育活動において、法教育実践が試みられている

20

。日本弁護士連合会ではウェブサイト 上に学習モデルを提示し、小中学生を対象とする子どもの疑問に答える紙芝居形式の質問コーナーを設 けるなどの取り組みを講じている

21

。法務省では学校段階に応じ、法教育における教材や指導案を作成 し、誰でもダウンロードできるようにしている

22

。実際に学校現場にて法律実務家と連携した実践を試 みた例もいくつか見られる。

2017

3

11

日に明治大学リバティータワーで行われた「法教育教材作 成ワークショップ」研究成果発表会では、金沢大学法科大学院教授野坂佳生(弁護士)、明治大学特任教 授藤井剛両名からローマ法を用いた法教育実践の実例が紹介された

23

このように、様々な法教育に対する取り組みが行われていることは確かではある。しかし、それが広 く浸透し、効果をなしているかに関しては不安材料が数点挙げられる。まず、先述したように主権者教 育など、法教育以外に注目されている分野の教育との時間の関連性が挙げられる。仮に解決策を考える ならば、先述したように、他教育との共通項を挙げ、その点を重視した実践を検討するなど、柔軟なカ リキュラム作成を行うことが挙げられる。次に、法教育として何を行い、何を目標とするべきかといっ

15

小中第

7

次改訂・平成

29

年度告示、高校第

8

次改訂平成

21

年度、一部改正学習指導要領平成

27

度。

16

江口勇治「法学と社会科」日本社会科教育編 前掲

4 383

頁。

17

教育課程部会 高等学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チーム「高等学校の地歴・公民科科 目の在り方に関する特別チーム(第

5

回)資料

12

1

平成

28

6

13

日。

18

関東弁護士連合会による

2002

年に行われた、「子どものための法教育―

21

世紀を生きる子どもたちの ために」をテーマとしたシンポジウムである。ここで、「法教育」の定義づけがなされ、法教育を根付か せる方向性等が話し合われた。

19

模擬裁判実践やルール作り実践、公立公平、配分的正義に関す実践などがあげられる。

関東弁護士連合会 前掲

3 201

263

頁。

20

江口勇治 大倉泰裕『中学校の法教育を創る―法・ルール・きまりを学ぶ―』(東洋館出版社、

2008

年)

152

214

頁。

21 JFBA

日本弁護士連合会「法教育(市民のための法教育委員会)」(最終閲覧日

2017

12

19

日)

https://www.nichibenren.or.jp/activity/human/education.html

22

法務省「法教育」(最終閲覧日

2017

12

19

日)

http://www.moj.go.jp/housei/shihouhousei/index2.html

23

野坂佳生 藤井剛「法教育におけるローマ法活用の試み―法学導入教育への示唆を含めて―」『金沢法

59

巻第

2

号』

331

352

2017

年。

(7)

7

た法教育自体の理解が不十分であること。また、現行の学習指導要領との関係など明確に意識して実践 できる教員は少ないことが挙げられる。法教育が「教育」である以上目的を定め、達成度を図る必要が あるう。実際に法教育を行うとしても、教員自身の法への知識理解が十分に備わっていることが前提で あるため、模擬裁判など専門性が高い実践の実施は難しいと考えられる。すなわち法曹関係者および法 実務家との連携が重要であるとの結論に至るが、教員の中でそれら関係者とのコネクションを持つ者は 少ない。弁護士会などと、関係を築いていくことは有効であると考えられるが、今後とも連携は課題で あり、多忙な現状を考慮しつつ、方策を模索する必要がある。

2

市民に向けた法教育の現状と課題

市民に向けた法教育実践も多岐に渡り行われている。筆者が在住している青森県でも、憲法週間

24

は記念行事として、裁判所が模擬裁判及び模擬評議を行っている

25

。しかし、学校教育に比べると市民 に向けた法教育実践の頻度は劣ると思われる。種村(

2017

26

は、学校教育においては、社会科の授業 としての取り組みを通じ一定の蓄積があるとしているが、学校教育以外の場で市民が模擬裁判に参加し て何を学ぶかについて言及している実践はわずかしかないとしている。つまり、法教育については、専 ら学校教育を中心に議論されており、社会教育、生涯教育といった視点の弱さ、市民の法的リテラシー 育成に関するねらいや、実践手法がないことを指摘している。学校教育として行う場合、先述したよう に学習指導要領との関わりが重要となり、「教育」という視点が色濃くなる。しかし、市民に向けた法教 育実践では、自由な目標設定が可能であると同時に、時間設定等も比較的自由であるため、その利点を 生かした実践を試みることが可能なはずである。本研究では、この点に着目し、新たな法教育実践の形 として、大学・市・学校が連携した

CC

の実践を試みた。

3

法教育における模擬裁判実践の意義-

3

つの視点から-

高等学校での新設教科である「公共(仮称)」では、考えられる学習活動の例として模擬裁判を挙げて いる。そこで想定されるねらいとしては、法的主体となること、意見調整すること、個人や社会の紛争 を調停・解決することを求めていることなどがある

27

。杉山(

2015

28

は模擬裁判における法教育効果 について、

1.

社会規範を認識することができる(犯罪の身近さを知る)

2.

論理的な思考の醸成を図るこ とができる。

3.

自己表現力を向上させることができる。

4.

意思決定力と責任感を醸成できる。」としてい る。これらを参考にしつつ、他の先行研究で指摘された課題を踏まえた上で、本研究で取り扱う模擬裁 判実践の意義を

3

つ挙げてみたい。

24

毎年

5

3

日の憲法記念日を含む

5

1

日から

7

日までの

1

週間を「憲法週間」とし、法務省の機関 では、裁判所や弁護士ともに協力の上、憲法の精神や司法の機能を国民に理解してもらうための取り組 みを行っている。

法務省「憲法週間を迎えて」(最終閲覧日

12

26

日)

http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_00024.html

25

青森市「憲法記念行事」(最終閲覧日

12

26

日)

https://www.city.aomori.aomori.jp/event/20170511-02.html

26

種村文孝「市民の法教育における模擬裁判の位置づけと意義」『京都大学生涯教育フィールド研究

vol5

通巻第

16

号』

51-59

2017

年。

27

教育課程部会 高等学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チーム「公共(仮称)の構成②(案) 平成

28

6

13

日。

28

杉山和之「模擬裁判の法教育効果について」『九州法学会会報

2015

9-13

2015

年。

(8)

8

司法制度の理解、裁判員制度の理解を進める。その上で、制度自体に関し自身の意見を形成すること。

模擬裁判における「個人の感覚や視点」の尊重は難しい。法務省は裁判員に国民の視点・感覚をもっ て、裁判に参加することを求めている。しかし、中平(

2017

29

が主張しているように、自らの経験と 感覚に基づく判断をかたくなに変えない人の存在は課題である。裁判における判断の基準はあくまで裁 判原則や法であり、それらをベースとした経験、感覚による判断を模擬裁判では学習する必要がある。

個人が用いる「感覚」や「視点」は、裁判員制度導入の目的でもあり、市民の多面的多角的な視点を取 り入れる意味で重要である。しかしながら、日常生活において個人の「感覚」や「視点」が、時として 他者の権利や公共の福祉に反する事例があることも確かである。裁判員制度において、どの程度「市民 感覚」を重要視するかについては、議論が絶えない点である。裁判原則を基にした思考プロセスは、単 なる「感覚」にとらわれることのない論理的な意見形成を求めている。この思考プロセスは、法教育の 目標である民主主義社会を実現する自律的かつ自主性を重んじた「市民」の育成において重要な位置づ けを担うと考える。そこで本研究で扱う模擬裁判実践では「疑わしきは被告人の利益に」等、評議の際 に必要とされる原則を押さえることで、実際の裁判との差異をなくし、単なる感情による「市民感覚」

にならぬよう努めた。

また、三浦(

2012

30

は模擬裁判実践の問題点として、裁判員制度の意義を子どもたちに考える機会 を保障する必要性、裁判員制度の是非を問う視点の必要性を挙げている。

2009

年に裁判員制度がスター トし、約

9

年が経過した。

9

年間で裁判員制度そのものに対する議論も多岐にわたっている。模擬裁判の 目的は、裁判員の卵を育成することではない。そのため、現存する制度について、制度が施行されてい る事実を受け入れたうえで、その制度自体を見直す機会の確保は必要であると考える。そこで、

H

中学 校の実践(後述第

3

2

節)では、模擬裁判体験をもとに制度自体を「裁く側」「裁かれる側」の視点 から検討を加えることを試みた。裁判員制度の意義を検討することで、既存の司法制度のみならず、社 会における他の制度等に目を向けるきっかけづくりを担う模擬裁判実践を目指している。

模擬裁判における評議・評決を通し、法的リテラシーの獲得を目指すこと。

本研究で取り扱うすべての実践において、最も重要視している活動は「評議」である。裁判の争点や 問題に対し、多面的・多角的に考察し、自己の意見を主張すること。その上で他者の意見を聞き、公正 公平な視点から意見調整する活動を、評議の中で行うことが可能であると考える。この点は、先述した 杉山(

2015

)が指摘している、

2

3

4

」の三点と共通している部分である。模擬評議の特徴は、「個」

の決断ではなく、「全体」としての合意に基づく判断を重要視する点にある。「個」の意見を尊重しあう 中で、「合意」にもとづく「全体」の意見を形成する過程を重視する。「公共(仮称)」においても、合意 形成や社会参画を視野に入れながら、構想したことの妥当性や効果、実現可能性などを指標にして議論 する力の育成を求めている

31

。しかし、

S

高等学校、中泊町

CC

での実践では評議に重きを置いたものの、

29

中平一義「模擬裁判を活用した法教育実践研究―シナリオに基づいた模擬裁判と私法の原則の認識に ついて―」『兵庫教育大学教育実践学論集第

18

号』

117-130

2017

年。

30

三浦朋子「司法制度改革の進展を背景とした学校教育の現状と課題―法務省作成教材「ルールづくり」

と「模擬裁判」の分析を通じて―」『千葉大学教育学部研究紀要第

60

巻』

9-17

2012

年。

31

教育課程部会 高等学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チーム 「公共(仮称)において重 視する思考力等と授業イメージ(案)参考資料

7

」平成

28

6

13

日。

(9)

9

評議活動に様々な課題が残った。それら課題を克服するべく、

H

中学校、むつ市

CC

を実施している。

また、三浦(

2012

)は、自分が導き出した判決をどのように評価するかについて課題があるとしてい る。つまり、判決を客観的な観点から検証する機会が確保されていないという指摘である。この課題提 起を受け、我々の実践においては、評議後の判決のまとめ方について理想の形式を検討し、示す予定で あった。しかし、実践構成は本研究で取り扱った実践ごとに異なっており、それぞれ評議結果のまとめ 方を統一することに困難を感じた。次善の方策として、全

4

実践の判決において、「決めきれない」とい う選択肢を用意した。本来であれば、実際の裁判員裁判においては、最終的に多数決を用いて判決を出 さなければならない。しかし、模擬評議では十分な時間が取れないことから、判決を決めことが目標で はなく、合意に至る難しさや責任の重さを感じ得る実践を目指していることを共通理解するよう努めた。

また、判決の出し方に限らず評議形態等も柔軟に変更を重ねており、変更したことによる効果等も次章 以降で比較検討を行う。また、実際の裁判員制度をもとに、より良い評議形態を模索している

32

CC

では、「世代間対話」を実践の核としており、評議において多世代交流が図られている。そのため、

多面的思考や、自分の意見を明確に述べ、また他人の主張を公平に理解しようとする姿勢・能力の向上 は、学校での実践以上に効果が期待される。本論文の目的である「社会との関わり」の視点に関しても、

多世代との意見交換の中で、社会との接続を図り、かつ新たな視点から物事を考えるきっかけになると 考える。学校現場での実践と

CC

での実践結果を比較し、「世代間対話」の効果を検討する。

模擬裁判全体を通し、「社会との関わり」を意識すること。-当事者意識を軸に-

本研究のメインテーマであり、キーワードは「当事者意識」である。諸課題を多面的に考察するには、

課題を他人事ではなく、自身と関わりのある「問題」と捉えることが必要である。裁判員という立場か ら当事者意識をもって、被害者の立場や被告人の立場、事件の背景と向き合うことのできる実践構成を 考察している。裁判員として裁判に当事者意識を持つことにより、人を裁くことの難しさや責任を実感 できる実践を目指している。当事者意識の向上を目指すため、模擬裁判で扱われるシナリオは実践者及 び大学生の手によってすべてオリジナルで作成されている。詳細は

4

章にて後述するが、中泊町

CC

は、

40

代男性がコンビニでおにぎりを盗み、店員に傷害を加えるシナリオを利用した。しかし、参加し た市民に

40

代の人いなかったことや、子どもたちにとってなじみのないシナリオであったことから、個々 のシナリオ理解が十分でない印象を受けた。実践後の反省でも、評議の冒頭に再度シナリオ内容の確認 に時間を割かれたことや、どこか他人事のように話す人の存在が挙げられた。以上からシナリオの内容 により、参加者の裁判への理解度や当事者意識、評議活動の深化に差異が生じると推察された。本来、

裁判員に選ばれた場合、担当となる事例は多岐にわたり、自身の経験や感覚を照らし合わせることが困 難なことも想定される。しかし、本研究で取り扱う実践は「模擬」であり、評議時間が限られている。

実践の主な活動を評議とする上で、シナリオ内容を参加者の実情に合わせ考慮することは肯定的にとら えるべきである

33

32

青森地方裁判所で

2017

5

11

日に行われた憲法週間記念行事の一環で行われた模擬裁判に参加し、

裁判官主導の評議を体験することができた。法曹が企画立案する模擬裁判を参考にしつつ、実際の裁判 と乖離しすぎることのない実践構成を検討している。

33

注意点として、シナリオ内容は大学生の手によって作成されているため、現実離れする危険性を回避 しなければならない。ここで取り扱うシナリオは宮崎ゼミのメンバー、弘前大学教育学部宮崎秀一教授、

弘前大学人文学部平野潔教授と検討を重ね作成したものであり、その危険性は回避している。

(10)

10

基本的に模擬裁判では、参加者は「裁判員」の役割を全体を通して担い、学習していく。裁判員とし て、模擬裁判に参加することで、裁判(司法)そのものの理解を進めることができる。勿論、模擬裁判 では、シナリオ上演

34

において、裁判官、弁護士、検察官といった法曹三者のキャストとして体験する こともできるが、いずれのキャストを担当しても、評議段階では裁判員として当事者意識をもって事実 認定及び量刑判断を行うこととなる

35

なぜ現代において「社会」に対する当事者意識を持つ必要があるのか。それは、社会の中で生きてい る、社会との関わりの中で生きていると意識し、社会を形成する人材の育成が求められる傾向にあるか らである

36

。先にあげた公職選挙法改正や、主権者教育の進展からもこのことはうかがい知ることがで きる。よって、「社会」を意識することを第一に求められているのは「実践者(教師など)」など、教育 活動において授業や実践を執り行う者である。社会科教育に例えると、単語を暗記するような授業をす るのではなく、授業者自らが取り扱う題材やテーマに関し社会との関わりを見出す必要がある。本研究 で取り扱う実践は「模擬」であるが、現実社会に踏み込んだ題材を取り扱っている。裁判で扱われてい る事件には様々な社会背景等が見受けられる。司法はやってしまった事実に対し、機械的に判断を下す のではなく、それら事情を考慮する面を有する。裁判員という体験を通し、題材となるシナリオから社 会的背景・事情等を考察し、社会と自分との関わりを見出すことが期待される。実践後は、「裁判員」の 立場ではなく、社会に生きる一人として、社会的課題など様々な事例に対し、当事者意識を持って向き 合う態度を養うことを目標とする。

3

学校現場での実践結果と課題

1

学校現場での実践概要

3

章では、第

2

節で高等学校(

S

高実践)、第

3

節では中学校(

H

中実践)での実践を取り扱う。両 者を比較検討し、より良い模擬裁判実践を模索する。分析材料は、模擬裁判前後に配布したアンケート 及び、評議で使用したワークシートの記述、授業風景をビデオ撮影した録画記録である。また、各実践 後に、反省会を開き、そこでの内容を生かして、シナリオ、評議形態の再検討を行い、一部修正も行っ た。そのため、完全に共通した授業構成のもとでのアンケート調査ではない。その点を考慮しつつ、実 践検討を行う

37

2

「当事者意識」をテーマとしたS高等学校での模擬裁判実践

34

実際の裁判に見立て、被告人弁護士等に学生及び生徒、市民にキャストを振り分け模擬の裁判を行う。

35

これらキャストとなる体験は役割体験学習の一端を担っている。役割体験学習とは、学習者がある役 割を担うことによって、対象を理解し、問題を解決しようとする学習方法であり、学習者の社会的実践 力を培うべく知識と行為の統一的な学習を図るためのものである。しかしながら、本研究で取り扱う全

4

実践において完璧な役割体験学習形態であるとは言い切れない。よって、役割体験学習についての詳し い言及は割愛する。

井門正美『役割体験学習論に基づく法教育』(現代人文社、

2011

年)

12

頁。

36

草原和博「社会と学校と子どもを結ぶ社会科授業づくり」『教育科学社会科教育

9

月号・

701

号』(明 治図書出版

2017

年)

8

11

頁。

37

本章の第

2

節以降の実践内容をまとめた文章は、地域未来創生センターから出された、『弘大生から見 た青森県の司法および司法関係機関―裁判員制度・司法アクセス・更生保護―』に寄稿した報告書の内 容を加筆修正している。同じく第

3

節の中学校での実践も、今年度地域未来創生センターから出される 報告書に寄稿予定である。

(11)

11

2016

12

12

日(月)青森県内

S

高等学校で行った、「私たちと裁判員制度-人を裁くということ

-」を題材とした模擬裁判の実践内容と結果を振り返る。

1

学年

28

名を対象に

50

分授業の

2

時間構成で行った。授業の流れは以下の通りである。

構成

導入(裁判に向けての要点整理、事件概要のビデオ上映)→シナリオ上演→ワークシートへ記入(殺意 の有無について判断)→

10

分休憩→罪状決定、裁判原則の理解(「疑わしきは被告人の利益に」の説明)

→評議(グループ評議)→まとめ(模造紙の内容を集約)

ねらい

本時で扱われる裁判に関し、裁判員として当事者意識を持って参加し、自身の考えや意見を形成したう えで、他者と共有することをねらいとする。

評価

1

.犯罪被害者や加害者、あるいは法曹三者などの立場に立って、シナリオの内容に関心を持とうとし ている(関心・意欲・態度)

2

.日常生活と司法との関連性に気付き、生徒自身の経験を基にした考えを言語化し他者との合意形成 を図ろうとしている(思考・判断・表現)

本実践のキーワードは「当事者意識」である。第

2

章、第

3

節で提示した③の目標を中核に置いた実 践である。日常生活に起きる様々な出来事や模擬裁判に出てくる犯罪被害者や加害者、あるいは法曹三 者に対し、当事者意識をもって接することができることを最終目標としている。また、評議では他者と の意見共有することにより、多面的・多角的な考察力を養うことを目指している。以上を踏まえ、シナ リオや実践内容を振り返るとともに、アンケート結果をもとに目標の到達度を検証する。

1

、シナリオ

38

制作について

1

)概要

S

高等学校で行った模擬裁判のシナリオは「つがる大学

LINE

いじめ事件」

39

を利用している。本シナ リオは、架空のものであり、筆者を含めた学生の手によって作成されたものである。事件概要を簡単に 概括すると以下の通りである。

○被告人、被害者ともに野球サークルに所属している。被告人は日常的に被害者を含めた複数のサー クル員から嫌われ、練習中などに軽い嫌がらせを受けていた。

○被害者とのサークル方針を巡る口論をきっかけに、被告人に対する、被害者を含めたサークル員か らのいじめが激化する。

○被告人がサークルを退部する決意をするものの、やめる際に被害者とサークル室で取っ組み合いと なり、落ちていた金属バットで被害者を複数回殴打し(頭部を含める)、死に至らしめてしまう。

次に、シナリオの要点を簡単にまとめると以下の通りである。

38

シナリオとは本時に扱う裁判の内容のことである。(模擬裁判を実際に上演する際は、シナリオが台本 となる。

39

別途資料①を参照。

(12)

12

1

)争点は殺意の有無である。(弁護側は傷害致死罪を主張。検察側は殺人罪を主張)

2

)被告人は日常的にいじめを受けていた。

LINE

でのいじめ等)

3

)更生の可能性。

1

)では、構成要件該当性を審議することが重要となる。殺人罪

40

、傷害致死罪

41

の分かれ目は殺意の 有無である。

2

)は事件背景についての言及である。被告人がいじめを受けていたことを「怨恨」「情状」

といった視点から議論できるような設定としている。また、

3

)で示す通り、「更生」にも重きを置いて おり、執行猶予制度について触れている。

2

)シナリオ作成詳細

本シナリオは、

SNS

など情報ツールがトラブルの原因(図

3

)となり、事件に発展している現代の状 況を反映した内容となっている。生徒に身近な

SNS

をシナリオに盛り込むことで、生徒が模擬裁判の中 で当事者意識を持って取り組めるよう工夫している。現代情報ツールの取り扱いは、情報教育の側面も あり、情報リテラシーの必要性を訴えた内容となっている。シナリオにおける登場人物の年齢は、対象 学年の年齢と近く、より当事者意識を持ち、意見を形成できるように考慮した。裁判で争われているト ラブルに関し、自分自身と遠いものとして捉えるのではなく、トラ

ブルとなった背景を見出すことができれば最良であるとの意図が ある。

シナリオ作成で配慮した点として、第

1

に、実際に本授業実践を 行ったクラスにおける

SNS

等のトラブル有無の確認など、クラス 状況の把握があげられる。いじめを題材としているため、このシナ リオを活用することにより、いじめを助長するような危険性の回避 が最優先となる。その点を念頭に置き、実践準備の段階で

S

高等学 校の先生方と打ち合わせを行い、シナリオや授業構成を確認してい ただいている。第

2

に、シナリオの内容は実際の裁判内容に近いも のとなっていたため、生徒にとって内容理解が困難な場面があると 想定された。そこで、常時

PP 42

で注目すべきポイントや弁護側・

検察側の主張をまとめたもの、証拠品等を投影している。実際の裁 判を目指し、臨場感を出すことも重要視したが、一番には生徒の公

判内容の理解に重きを置いた。

(図

3

証拠として挙げた

LINE

の内容)

2

、実践の概要

1

)第一部(審理)

模擬裁判は、裁判長、裁判官、裁判員、弁護士、検察官、被告人、証人

43

にキャストを振り分け、弘

40

刑法第

199

人を殺したものは、死刑又は無期若しくは

5

年以上の懲役に処する。

41

刑法第

205

身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、

3

年以上の有期懲役に処する。

42

別途資料②を参照。

43

裁判長、被告人、証人に関しては大学生のみ配役された。他は大学生と高校生が混じって参加してい

(13)

13

前大学の学生と

S

高等学校の学生とで行った。

実践後のキャストの感想として、以下のようなものがあげられた。

検察官役「セリフが多くて大変だったけど、検察官の仕事がわかった気がする。

弁護士役「弁護人は被告人の人生を決める

1

人であるので、しっかり考えなければならない仕事だと思 いました。いい経験になりました。

裁判員役「オリジナルの質問を考えようとしたが、難しかった。しかし、今後なるかもしれない裁判員 を体験することができ、よかった。

共通して、「模擬」裁判ではあるものの、法曹三者・裁判員の役割を体験できたことに対する満足度が 高いことがうかがえる。弁護士役を務めた生徒の感想からは、「弁護士」という職業の重要性を実感する とともに、被告人の人生に寄り添うような感想が寄せられている。被告人の人生に関し、直接かかわっ ているとの意識を持って、模擬裁判に臨んでおり、目標に掲げた当事者意識の形成がなされているとい ってよいだろう。しかしながら、弁護士の役割を体験できている部分は一部であり、シナリオを読むと いった作業等に限られている点を念頭に置かなければならない。弁護士及び法曹関係者の職業を知ると いう目的を本実践は想定していないが、裁判の様子を体験、経験するという意味では重要な実践となる といえるだろう。裁判員役を担った生徒の感想からは反省点が抽出できる。裁判員のキャストには、模 擬裁判中に生じた疑問を証人や被告人に対し、率直に質問してもらうことが最良である。そのため、質 問を考えやすいようにあらかじめ、シナリオを配布している。しかし、シナリオは一読するだけで非常 に時間を要し、難解であったため、質問が浮かばず、大きな負担であったと考えられる。よって、シナ リオの簡略化や、キャストに負担のかからない事前準備や当日準備の仕様を模索する必要性が浮き彫り となった。

2

)第二部(評議)

シナリオ上演後、参加した生徒全員に本事件に適用されると考える罪名を個々ワークシート

44

に記入 してもらった。休憩を挟んだ後に罪状決定を全体で共有した。今回のシナリオでは、罪状は傷害致死に 傾くよう設定されている。「疑わしきは被告人の利益に」といった裁判原則に則った判断である。本来で あれば、生徒自身に罪状の判断を行ってもらうのが良い。しかし、時間の短縮及び事前学習の習熟度を 考え、授業者が罪状を誘導し、導き出す形をとった。

評議では、量刑判断を行った。生徒

28

人を

5

グループに分け、

1

グループに大学生が

2

人、高校生が

5

6

人の計

7

8

人で構成した。進行役の大学院生

2

人はグループ全体を回る形式をとった。評議に移 る前に、評議の進め方についての説明を全体で行い、評議で話し合うことのポイント等、大枠の共通理 解を図った。評議の具体的な進行に関しては、各班の

FT 45

役の大学生に任せたが、共通してポストイッ トに各個人の意見を抽出→全体の意見を共有→グループの意見として集約→模造紙にまとめるといった 一連の流れを設定している。評議では、「決めきれない」という答えを意図的に用意している。重要視す るのは評議の結果ではなく、話し合いの過程である。

FT

には決めきれないようであれば、無理に量刑判 決を出さなくてもよいとの共通理解を図ったうえで評議に臨んでいる。実際の裁判員裁判では一定期間

る。

44

別途資料③を参照。

45 FT

facilitator

)の略であり、促進者・調整役の意味。本実践では大学生がその役を担った。

(14)

14

の中で、裁判員と裁判官との評議の結果、判決を下す。しかし、本実践において評議時間は約

25

分(当 日は延長し、

35

分程度要した。)と限られており、

25

分」という時間で、人の人生に関わる結論を下す には早急かつ、酷である。評議において、被害者、被告人の立場に寄り添い、人の人生に「当事者意識」

を持つことをねらいとするのであれば、意見交換・合意形成がおろそかなまま、多数決等による意思決 定を行うことは最良でない。この点は模擬裁判を実践する上で一つのジレンマであり、本末転倒となら ないよう留意しなければならない。

(写真

1 4

班の評議の様子)

3

)評議結果

評議内容について、今回は全体の判決結果と

3

班の評議内容に着目し検討する。以下、全体の評議結 果をまとめたものである。

(表

1

判決 理由

1

懲役

3

年・執行猶

4

・人を殺したことには変わらない。

LINE

の内容を考慮(情状)

・家族や恋人がいる(更生基盤あり)

・小松さん(被害者)が先に殴っているから。

2

懲役

9

年~

17

○懲役

9

年派

・いじめが継続してあったから。

○懲役

17

年派

・最初に手を出したのは三浦さん(被告人)だから。

・部員へ被告人が罵倒を浴びせていたから。

3

懲役

8

年(

2

人)

懲役

3

年執行猶

5

年(

4

人)

○懲役

8

年派

・普段の言葉づかいや態度が悪かったことから再犯をする可能性がある。

○懲役

3

年執行猶予

5

年派

・計画性がなかった。過剰防衛の可能性。いじめ。

・若いので更生の余地があると考える。

(15)

15

4

懲役

6

・いじめというつらい過去があったため。

・更生の余地があるから。

・社会復帰がしやすい年齢だから。

5

決めきれず

3

年~

15

・いじめによる苦痛は測りしきれない。

・人の命を奪ってしまった事実は変わらないから。

先述した通り、「決めきれない」という選択肢を各班に提示しているため、議論が白熱し、判決に至ら なかった班がある。また、各班には判決にいたった理由を模造紙(図

4

)にまとめて記入してもらった。

班ごとに、議論において着目した内容が異なっていたことがわかる(表

1

3

班の評議内容に着目する(図

5

3

班では結果的に懲役

8

年(

2

人)、懲役

3

年執行猶予

5

年(

4

人)

に意見が分かれており、時間内に一つの判決に絞ることのできなかった班である。懲役

8

年を主張して いる

2

人は、罪状決定の際に殺人罪の適用を求めており、殺意の証明の不十分さに納得したものの、人 の死という結果を重く受け止め、厳罰志向が強かった。模造紙に貼られたポストイットの内容を抽出す ると、「被告人は被害者以外に対しても言葉づかいや態度が悪かった。再犯の可能性がある。「人を殺 してしまったことは変わらない。自分がもし被害者の立場だったらと考えるとやっぱり刑務所に入るべ き。」と記述されており、被害者の立場に立った意見もみられた。一方、懲役

3

年執行猶予

5

年を主張し

4

人は、被告人の犯行に至った背景や経緯、更生の可能性などに着目していた。「被告人は以前からい じめを受けており、実際に殴られていて、自分の身を守ったことによって起きた事件といえるのではな いか。「社会復帰ができる環境にあり、被害者への反省の意思が読み取れるため、執行猶予を付けたい。 などの意見が抽出でき、被告人に寄り添った意見が多々見られた。

ポストイットを詳しく見ると、評議当初は、懲役

3

年執行猶予

1

年を主張する人もいれば、懲役

15

を主張する人もいたことがわかる。

3

班の

FT

は執行猶予を付けたい派と、執行猶予を付けなくてもよい 派とで分け、両グループで意見を一定程度集約したのちに、全体で意見共有を行った。結果的に、当初 執行猶予を付けたいと考える人たちは、懲役

3

年執行猶予

5

年が妥当とした。執行猶予の年数は増えた が、執行猶予付き判決は譲れなかった。当初執行猶予を付けなくてもよいと考える人たちは、懲役

8

と刑期は短くなったが、執行猶予付きは認められないとした。議論した結果、時間内に

1

つの結論を導 くことはできなかった。しかし、懲役年数の変化や執行猶予年数の変化からわかるように、評議を進め ることよって自身の意見と他者の意見とを共有し、納得のいく結論を出そうする試みを垣間見ることが できた。

3

班では様々な視点から議論がなされており、活発な評議であったといえる。しかしながら、反 省点として、なぜいじめられていたことに着目するのか、なぜ被害者の立場を考えると懲役(実刑)が 妥当かなど、一人一人の意見を深く、丁寧に議論する時間が不足していたことが挙げられた。

参照

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