武蔵野音楽大学大学院
平成 25 年度学位(博士)論文
論文題目
「日本におけるオルフ・アプローチの適用と展開に関する研究
―バイ・ミュージカリティーを培うオルフ・シュールヴェルクの
2つの系統の提案に向けて―」
A research study on the application and development of Orff approach in Japan
―To a Proposal for two systems of Orff-Schulwerk to cultivate a bi-musicality―
研究領域 音楽教育
研究指導教員 丸山忠璋先生
博士論文指導教員 清野美佐緒先生
学籍番号 118-501
氏名 佐藤
さ と う
恩
め ぐ
実
み
附属資料 有(別冊資料)
①別冊資料1(WEB 公開部分)
②別冊資料2(WEB 非公開部分)
武 蔵 野 音 楽 大 学 大 学 院
学 位( 博士 )論 文 要 旨
学籍番号 118-501 研究領域 音楽教育
氏名 佐藤 恩実
研究指導教員 丸山 忠璋 先生 博士論文指導教員 清野 美佐緒 先生
論文題目(日本語)「日本におけるオルフ・アプローチの適用と展開に関する研究
―バイ・ミュージカリティーを培うオルフ・シュールヴェルクの 2つの系統の提案に向けて―」
論文題目(外国語)A research study on the application and development of Orff approach in Japan ―To a Proposal for two systems of Orff-Schulwerk to cultivate a bi-musicality―
要 旨
オルフ・アプローチは、ドイツの作曲家カール・オルフCarl Orff(1895‐1982)によっ て創始された音楽教育の理念と方法であり、世界各地に普及し、実践されている。今日、
わが国においても、オルフ・アプローチの特徴とする概念や方法論が音楽科授業に浸透し、
教師は実践的に授業に取り入れていく必要性に迫られている。
しかしながら一方で、1990 年代以降、「オルフ・アプローチの衰退」の文字が多くの文献 に見られるようになり、次世代への普及が停滞しているという見方もできる。
筆者は日本においてオルフ・アプローチの適用と展開をさらに発展させるために、以下 の3つの疑問点を解決することが急務であると考えた。
①先行研究では、オルフの教育理念は「曖昧」であるとか「わかりにくい」と言われてき たが、オルフの教育理念の理解を促進するような思想は存在しないのだろうか。
②日本におけるオルフ研究者・実践者はどのようにオルフの理念を理解し、実践している のだろうか。文献上には示されない、日本の研究者・実践者特有のオルフ観や思考に基づ く指導実践の功績や問題点が存在しているのではないだろうか。
③我々日本人のオルフ実践者は、「その国の言語や伝統音楽文化から音楽教育を出発する」
というC.オルフの教育理念に基づく「日本適用型」のシュールヴェルクの系統と、オリ ジナルのシュールヴェルクの系統をどのように選択して実践を展開すればよいのだろうか。
以上の問題意識に基づき、序章では、研究の動機について述べ、先行研究を検討した上 で、研究の目的および方法と内容を示した。第1部では、文献研究を通して、研究の前提 となるオルフ・アプローチの理論的枠組みと日本における受容史について概観した。第2 部では、それを踏まえて、文献に明文化されていない実践者や研究者の思想や思考から、
問題点の要因を読み取る必要があると考え、オルフ研究者・実践者を対象に、日本のオル フ・アプローチ適用の実態調査・分析と考察を行った。第3部では、日本におけるオルフ・
アプローチ受容の問題点を浮き彫りにし、その解決に向けての方策を示した。
以上の研究から得られた結論を踏まえて、本博士論文は、以下の点については、日本に おけるオルフ・アプローチの適用と展開に関して貢献することができたと言えるだろう。
①先行研究では、オルフの教育理念は「曖昧」であるとか「わかりにくい」と言われてき たが、ゲーテの思想に基づいて見れば、明確で誤解の余地を挟まない音楽教育理念である ことが明らかになった。
オルフの音楽教育にはゲーテの自然観・教育観の大きな影響が見られた。ゲーテの思想 に基づけば、オルフ・シュールヴェルクにおいて従来個別に捉えられていた、「創造性の 伸長」、「自発性」、「自然素材の使用」、「過去への回帰」、「子どもに内在する音楽 の発展」というキーワードが関連づけられ、根拠をもって理解できる。
②文献上には示されない、日本人オルフ研究者・実践者のオルフ観や思考をM-GTAの 手法によって詳細に分析し、明解に整理することができた。
予備調査の結果では、オルフ・アプローチへの実感と音楽的な思考の関連が見られた。
本調査の結果を総合的に分析したところ、対象者らは「音楽系」、「教育系」、「心理系」
のオルフ研究者・実践者グループに大別することができ、それぞれの特徴的な思考が見ら れた。オルフ研究所への留学経験をもつ対象者らには、留学時期が 1980 年代以前か以降か によって、シュールヴェルクに対する考え方に大きな違いがあった。さらに、ユングマイ ヤー博士へのインタビューから、ドイツにおける 1968 年以降の社会運動や新しい芸術運動 が、オルフ研究所の活動に大きく影響していたことが明らかになった。
③日本におけるオルフ実践の最大の問題点であった「適用型のシュールヴェルク」の系統 を、オリジナルのシュールヴェルクの芸術性と日本伝統音楽の研究動向とを踏まえて再考 し、新たな構想を示唆することができた。
インタビュー調査によって浮き彫りにされた日本におけるシュールヴェルク実践上の問 題点は、ゲーテの思想を踏まえて再考することにより解決可能であることが明らかになっ たが、「適用型」のシュールヴェルクの系統に関しては、再検討が必要であった。
本博士論文は、新しいシュールヴェルク実践においては、ドイツ語から出発するオリジ ナルの系統と、日本語から出発して、日本伝統音楽の様式を踏まえた適用型の系統を2系 統つくり、それらを並行して実践するのが望ましいという結論に至った。
本博士論文は、「オルフの理念は曖昧である。シュールヴェルクは誰もが参加できる易し い音楽である。」という先行研究の見解を覆し、「オルフの理念は明解である。シュールヴ ェルクは確かなテクニックに支えられるべき芸術性の高い音楽である。」という見解に至っ た点にプライオリティーがあるといえる。
i
目次
序章 本論の課題と研究の方法 ... 1
第1節 問題の所在 ... 2
第2節 先行研究の検討 ... 5
2-1.オルフ・アプローチに関する博士論文の動向 ... 5
2-2.オルフ・アプローチに関する先行研究(博士論文)の検討... 6
2-2-1.オルフ・アプローチに関するアメリカの博士論文の検討 ... 6
2-2-1-1.北アメリカにおけるオルフ・アプローチ適用に関する研究 (オスタービー論文の検討) ... 7
2-2-1-2.オルフ教師の歌唱に対する信念に関する研究 (スコット論文の検討) ... 7
2-2-1-3.アジア地域での適用に関する研究 (シャムロック論文の検討) ... 8
2―2-2.オルフ・アプローチに関するドイツ語圏の博士論文 「オルフ研究所の教育法についての研究」(ヴィドマー論文)の検討 ··· 11
2-3.本博士論文に関する先行研究の検討(日本国内の先行研究、博士論文以外) ··· 14
第3節 本博士論文の目的と対象および研究方法 ... 17
第1部 オルフ・アプローチの理論的枠組みと日本における受容に関する基礎的研究 ... 19
第1章 C.オルフの音楽教育理念と中心概念としての エレメンターレ・ムジークについて ... 20
第1節 オルフの音楽教育理念に見るゲーテの思想の影響 ... 20
1-1.オルフ・シュールヴェルクに見るゲーテの「神即自然」の思想 ――形成意志と創造性―― ... 21
1-2.オルフ・シュールヴェルクにおける 「過去への回帰」と「大地に対する畏敬の念」 ... 25
1-3.ゲーテの思想を踏まえたシュールヴェルクの音楽的特徴の再考 ... 28
第2節 オルフの音楽教育理念とゲーテ、ホイジンガ、ユンガーの遊戯論 ... 31
第3節 中心概念エレメンターレ・ムジークにおける「エレメンタールなもの」 ... 37
3-1.「エレメンタール」の語源 ... 37
3-2.W・クラフキの理論とオルフ・アプローチ ... 38
3-2-1.ユングマイヤー論文が指摘する W・クラフキとオルフの関連 ... 38
3-2-2.W・クラフキの理論の概要 ... 39
3-2-3.クラフキ論文におけるオルフ・シュールヴェルクの評価 ... 42
ii
3-2-4.ユングマイヤー論文における W・クラフキの理論に基づいた
シュールヴェルクの解釈 ... 42
3-2-5.エレメンタールなものとは ... 43
第4節 エレメンターレ・ムジークにみる系統発達と個体発達的特徴... 43
第5節 オルフの音楽教育に関する否定的見解とそれに対するケラーの反論 ... 46
第6節 C.オルフの音楽教育理念に関する本論の見解と問題点の提示 ... 54
第2章 日本におけるオルフ・アプローチの受容 ... 59
第1節 導入期(1953~1968) ... 59
第2節 展開期(1969~1987) ... 60
第3節 拡張期(1988~) ... 62
第4節 『オルフ子どものための音楽通信』掲載の実践事例の分析... 63
第5節 日本のオルフ・アプローチ受容における問題点 ... 73
第2部 日本におけるオルフ・アプローチ適用の実態調査・分析と考察 ··· 76
第3章 調査の手続きと予備調査の実施 ··· 77
第1節 調査の目的 ··· 77
第2節 調査方法と面接調査の手続き ··· 79
第3節 オルフ・アプローチを学んでいる学生を対象とした予備調査の実施 ··· 82
3-1.予備面接調査の実施と分析 ··· 82
3-1-1.対象者の選定 ··· 82
3-1-2.面接の実施とデータ収集の方法 ··· 82
3-1-3.調査内容および質問項目··· 83
3-1-4.分析ワークシート ··· 89
3-1-5.分析ワークシートの精緻化 ··· 90
3-1-6.概念のカテゴリーへの統合と関連図の作成 ··· 92
3-2.考察 ··· 98
第4節 質問項目の修正 ··· 113
第4章 オルフ研究者・実践者を対象とした調査の実施(本調査) ··· 114
第1節 面接調査の実施と分析 ··· 114
1-1.対象者の選定 ··· 114
1-2.面接の実施とデータ収集の方法 ··· 115
1-3.質問内容および項目 ··· 116
1-4.分析ワークシート ··· 120
1-5.分析ワークシートの整合性の検討 ··· 120
1-6.概念のカテゴリー化と関連図の作成 ··· 120
iii
第2節 対象者①~⑲についての考察 ··· 120
第3節 総合的な分析と考察 ··· 121
〈Ⅰ.対象者の音楽的背景〉についての考察 ··· 166
〈Ⅱ.対象者のオルフ研究〉に関する考察 ··· 170
〈Ⅲ.対象者のオルフ観〉についての考察 ··· 178
〈Ⅳ.対象者の指導実践〉についての考察 ··· 192
〈Ⅴ.後進へのアドヴァイス〉についての考察 ··· 207
〈最終的なまとめ〉 ··· 209
第4節 ウルリケ・ユングマイヤー博士との質疑応答 ··· 214
第5節 ユングマイヤーのオルフ観と日本人オルフ研究者・実践者への影響 ··· 218
第3部 日本におけるオルフ・シュールヴェルク適用の問題点とその解決に向けて··· 225
第5章 日本におけるオルフ・シュールヴェルク適用の成果と問題点 ··· 226
第1節 日本におけるオルフ・シュールヴェルク適用の成果 ··· 226
第2節 カール・オルフの音楽教育理念に対する共通理解の不足による発展の停滞 ··· 227
第3節 オルフ・アプローチにおける日本伝統音楽の扱いに関する問題 ··· 231
第4節 その他の実践上の課題 ··· 234
第5節 日本におけるオルフ・アプローチ適用の問題点のまとめ ··· 238
第6章 オルフ・シュールヴェルクの日本への適用における課題と展望 ――バイ・ミュージカリティー育成の視点からの提案に向けて―― ··· 241
第1節 バイ・ミュージカリティーとは ··· 242
第2節 シャムロック論文におけるバイ・ミュージカリティー育成への示唆 ··· 242
2-1.西洋音楽とその国固有の伝統音楽との関係について ··· 243
2-2.非西欧地域におけるシュールヴェルク導入の問題について··· 245
2-3.適用の妨げになるその他の要因について ··· 246
2-4.シャムロック論文が提案するシュールヴェルクの構成要素の適用方法 ··· 247
第3節 適用の前提となるシュールヴェルクの系統と音楽的な特徴について ··· 254
3-1.オリジナルのシュールヴェルクの系統と音楽的な特徴 ··· 255
3-2.エレメンターレ・ムジークの視点からみる日本伝統音楽(伝統文化)の特徴 ··· 274
第4節 バイ・ミュージカリティーを培うエレメンターレ・ムジークの二つの系統の提案 ·· 276
終章 研究の総括と今後の課題 ... 280
第1節 研究の総括 ... 281
第2節 今後の課題 ... 291
iv
引用文献・参考文献 ... 292
図表一覧
図目次 図 1-1:高橋によるゲーテの自然観の図示 ··· 25図 1-2:ユンガーの遊戯論の構造(筆者作成) ··· 34
図 1-3:クラフキの「二面的開示」の理論モデル ··· 39
図 1-4:C.オルフに影響を与えた思想の関連図 ··· 54
図 2-1:『オルフ子どものための音楽通信』における実践事例のそれぞれの実践型の割合 ··· 72
図 3-1:予備調査のカテゴリーの関連図 ··· 96
図4-1~4-19 ··· 別冊資料② 図 4-20:〈Ⅰ.対象者の音楽的背景〉の関連図 ··· 165
図 4-21:〈対象者のオルフ研究〉の関連図 ··· 169
図 4-22:〈対象者のオルフ観〉の関連図 ··· 176-177 図 4-23:〈対象者の指導実践〉の関連図 ··· 188-191 図 4-24:〈後進へのアドヴァイス〉の関連図 ··· 206
図 4-25:系統選択に着目した対象者のグループ分け ··· 209
図 4-26:人間関係に着目した対象者の相関図 ··· 212
図 4-27:理念理解の流れの関連図 ··· 221
表目次 表 1:オルフ・アプローチに関する博士論文のテーマの分類 ··· 6
表 2:ヴィドマー論文の面接対象者(Widmer 2011:156) ··· 11
表 1-1:オルフ・アプローチにおける系統発達と個体発達の互発達性··· 44
表 2-1:『オルフ子どものための音楽通信』における実践事例の分析 ··· 68
表 3-1:予備調査の対象者一覧 ··· 82
表 3-2:予備調査分析ワークシートのサンプル ··· 89
表 3-3:5回の暫定的な概念化で生成された概念一覧··· 90
表 3-4:概念のカテゴリー・カテゴリーグループへの統合 ··· 92
表 4-1:本調査の対象者(2012 年3月8日~2013 年7月4日実施分) ··· 114
表 4-2:概念/小カテゴリー/大カテゴリー/カテゴリー・グループのまとめ ··· 124
v 凡例
本論中の各種記号、略号等の使用法は以下の通りである。
「 」・・・強調、発話、文献(論文)名
『 』・・・書名、「 」内における強調および発話
《 》・・・音楽作品名
( )・・・補足的な説明
JS・・・Japanese Schulwerk(日本適用型のシュールヴェルク)の略号 OS・・・Original Schulwerk(オリジナルのシュールヴェルク)の略号 EX・・・Extension(拡張型)の略号
NS・・・Not Schulwerk(非シュールヴェルク型)の略号
GTA・・・Grounded Theory Approach の略号
M-GTA・・・Modified Grounded Theory Approach の略号
Pre・・・Pretest(予備調査)の略考:Pre①で第1予備調査対象者を表す
1
序章
本論の課題と研究の方法
2 第 1 節 問 題 の 所 在
オルフ・ア プロ ーチ1は、カー ル・オル フ Carl Orff( 1895‐ 1982)に よっ て創 始され た音 楽教育 の理 念と 方法 であ り、世 界各 地 に普及 し、 実践 され てい る。オ ルフ ・ アプロ ーチ の 中心概 念で ある「エ レメ ンタ ーレ・ム ジーク 」の 理念 の特 徴は、「高 度な 芸術 性」と「 技術 的抵抗 の軽 減」 の同 時実 現によ って 、 子ども たち の 創 造性 の伸 長を第 一の 目 標とす る点 に ある。
日本に は 1953 年に 福井 直弘( 武蔵 野 音楽大 学第 2代 学長 )に よって 初め て 紹介さ れ、
60 年 に わ た っ て さ ま ざ ま な 研 究 と 実 践 が 蓄 積 さ れ て き た 。 今 日 で は 、「 ペ ン タ ト ニ ッ ク 」、
「オス ティ ナー ト」、「動 き・こ とば ・ 音が一 つに なっ た活 動」、「 即興 」な ど 、オル フ・ ア プロー チの 概念 や方 法論 が音楽 科授 業 に浸透 し、 小学 校学 習指 導要領 にも こ のよう なキ ー ワード が見 られ るよ うに なった 。ま た 、平成 23 年度か らの 新指 導要 領実 施に 伴い、「共 通 事項( 音色 、リ ズム 、速 度、旋律 、強 弱 、フレ ーズ 、反 復な ど)」が重 視さ れる ように なり 、 教師は 、こ うし たキ ーワ ードを 含む オ ルフの 音楽 教育 理念 を理 解して 、実 践 的に授 業に 取 り入れ てい く必 要性 に迫 られて いる 。 こうし た現 状を 踏ま え、 研究者 たち は 多くの 実践 者 を啓発 して いく 必要 があ るので 、今 後 とも研 究が いっ そう 盛ん に行わ れ、 発 展・進 歩し て 然るべ きで あろ う。
しかし なが ら一 方で 、 1990 年 代以 降、「オル フ・ アプ ロー チの 衰退」 の文 字 が多く の文 献に見 られ るよ うに なっ た( 藤井 1995: 13)。実際 には 、1960 年代 の熱 狂的 な オルフ ・ブ ー ムが去 り、 本質 的な 実践 を模索 する 中 で、 さ まざ まな 研究 の方 向性が 生ま れ 、かつ てほ ど
「オル フ」 とい う語 を前 面に押 し出 さ なくな った こと が考 えら れる。 また 、 多くの 文献 が 実践事 例の 紹介 のみ にと どまっ てい た という 現実 もあ り、 次世 代への 普及 が 停滞し てい る という 見方 もで きる 。
「オル フ・ アプ ロー チの 衰退」 の一 因 として 、教 育実 践者 のオ ルフ理 念に 対 する理 解不 足が指 摘さ れて 久し いが 、教育 現場 に おいて は未 だ改 善の めど が立っ てい な い。C .オ ル フが説 明し てい るよ うに 、オル フの 音 楽教育 はカ リキ ュラ ムや マニュ アル に できな い「 野
1本研究 にお いて「 オル フの 音楽教 育」とは、カ ール・オル フの 理念に 基づ く 音楽教 育(実 践、方法 )のこ とを いう 。本 研究 にお いて、「オ ルフ・ア プロ ーチ 」と いう語 を用い る場 合 には、 中心 概念 エレ メン ターレ ・ム ジ ークの 解釈 が拡 張さ れた 活動( 前衛 的 な活動 )を 含 むオル フの 音楽 教育 (実 践・研 究も 含 む)の こと を示 して いる 。
3
生の植 物」 のよ うな 特徴 をもち 、根 づ いた国 や地 域の 言語 や音 楽文化 から 、 それぞ れの 音 楽教育 が展 開さ れて いく 、とい う理 念 をもっ てい る。 した がっ て、教 育実 践 者は、 彼の 理 念を理 解し て、 それ に基 づいて 、自 身 の国や 地域 にお ける 言語 、文化 など を 出発点 とす る 音楽活 動を 展開 する 必要 がある 。
しかし 、こ れは 多忙 を極 める教 育現 場 の実践 者に とっ ては なか なか困 難な 現 実を抱 えて いる。 その 結果 、多 くの 実践者 は、 オ ルフ・ アプ ロー チを テー マにし たセ ミ ナーな どに 参 加し、 そこ で行 われ てい る活動 を、 そ のまま 自身 の授 業に 取り 入れる とい う 、表面 的な 受 け止め に終 始し がち であ る 。
「オル フの 理論 は曖 昧」 で「わ かり に くいも の」 であ ると いう 見解を 示す 研 究者も おり
(酒井 1992: 75) 、 実 践者の 間で も 、オル フの 理念 に対 して さまざ ま な 受 け止め 方が な されて いる のは 確か であ る。例え ば 、星野圭 朗(1979: まえ がき )は、「工 業 廃材を 材料 と した手 作り 楽器 活動 はや めるべ きで あ る」と、オル フ本 人か ら指 摘され たと 述 べてい るが 、 その理 由に ついて 40 年近 く過 ぎた 今で も、研 究者 ・実 践者 の間 では、「単 に音 がよけ れば いい」 とい うよ うな 誤解 に近い 受け 止 め方が なさ れて いる 。
また、 若い 教育 者た ちが オルフ ・ア プ ローチ に取 り組 もう とす る時に 最も 不 安に感 じる ことは 、「 どの よう に( 長期 的・体系 的 に)授業に オル フ・アプ ロー チを 取り 入れた らよ い のかわ から ない」、「自分 のオ ルフ ・アプ ローチ の実 践が 、オルフ の理 念と 一致 してい るか 確 信がも てな い」 とい うこ とであ るだ ろ う。オ ルフ ・ア プロ ーチ の概念 は さ ま ざまに 解釈 さ れてい るが 、研 究者 ・実 践者の 間で 共 通の理 念が 共有 され てい るわけ では な い。し たが っ て、オ ルフ ・ア プロ ーチ の今後 の発 展 のため には 、「研 究者 ・実 践者 間の 共通 理解を 示し 、 中心概 念を 共有 する こと 」がま ず必 要 なので はな いだ ろう か。
さら に、 音楽 教育 者が 直面す る課 題 として 、オ ルフ ・ア プロ ーチを 日本 に 適用す る 際 の
「日本 伝統 音楽 の扱 い」 が挙げ られ る 。
オ ル フ の 理 念 と し て は 、「 各 文 化 の 言 語 か ら 生 ま れ た 伝 統 的 音 楽 様 式 を 、 音 楽 学 習 の 出 発点と して 重視 する 」と いうこ とが 示 されて いる が、 日本 の場 合は、 この 理 念の実 践が 非 常に難 しい ので ある 。な ぜなら ば、 日 本語や 日本 伝統 音楽 とオ リジナ ルの シ ュール ヴェ ル
4
ク2の系 統が 、全 く異 なる 特徴 をも って いるか らで ある 。オ ルフ の理 念を 実現 するに は、オ リジナ ルの シュ ール ヴェ ルク と は別 の 日本語 のリ ズ ム から 出発 する系 統を 用 いなけ れば な らない 。こ の点 は、 オル フ自身 が「 日 本の子 ども は、 先ず 日本 の楽器 で教 育 されな けれ ば ならな い」(星野 1979: まえ がき )と 指摘し てい る通 りで ある 。
こ の オ ル フ の 指 摘 を 踏 ま え て 、「 日 本 語 か ら 出 発 し 、 西 洋 音 楽 に 至 る 系 統 」 や 和 楽 器 を 用いた オル フ・ア プロ ーチ が一部 の研 究者ら によ って 提唱 され、実践さ れて きた。し かし 、 わらべ 歌の 音階 から 日本 の旋法 を経 て 教会旋 法に 移行 する 系統 や、ボ ルド ゥ ーン伴 奏に 編 曲した 童謡 など には 検討 の余地 があ る かもし れな い。 こう した 実践で は、 オ リジナ ルの シ ュール ヴェ ル ク と同 等の 「高い 芸術 性 」が保 証さ れて いる とは 言いが たい の ではな いか 。
また、 西洋 音楽 を専 門に 勉強し てき た 若い教 育者 たち が、 日本 伝統音 楽を 扱 うこと に不 安を覚 える のは 当然 であ る。た だし こ の点は 、学 習指 導要 領に おいて も「 国 際社会 に生 き る日本 人と して の自 覚の 育成が 求め ら れる中 、我 が国 の郷 土や 伝統音 楽に 対 する理 解を 基 盤とし て、 我が 国の 音楽 文化に 愛着 を もつと とも に他 の国 の音 楽文化 を尊 重 する態 度等 を 養う観 点か ら、 学校 や学 年の段 階に 応 じ、我 が国 や郷 土の 伝統 音楽の 指導 が 一層充 実し て 行われ るよ うに する 」と 示され てい る ように 、音 楽教 育者 に求 められ てい る 重要な 役割 な のであ る。 言い 換え るな らば、 オル フ ・アプ ロー チが 、こ の「 日本へ の適 用 」の問 題を 乗 り越え たと き、 普通 教育 の音楽 教育 に おける 音楽 文化 と、 日本 伝統音 楽文 化 との間 に広 が る乖離 を解 消す るこ とに 貢献で きる よ うにな るの では ない だろ うか。
以上に 述べ た問 題点 をま とめる なら ば 、日本 にお いて オル フ・ アプロ ーチ の 適用を さら に発展 させ るた めに 、以 下の 3 つの 疑 問点を 解決 する こと が 急 務であ ると 考 える。
① 先 行 研 究で は 、オ ルフ の 教育 理 念は「 曖 昧 」であ る とか「 わ か りに く い」と 言 わ れて き た が 、オ ル フの 教 育理 念 の理 解 を促進 す る よう な 思想 は 存在 し ない の だろう か 。従来 個 別 に 考 察さ れ てき た オル フ 教育 の さまざ ま な 特徴 を 、一 つ にま と める よ うな思 想・概念 は 存 在 す るの だ ろう か 。
2 本研究において、「オリジナルのシュールヴェルク」はカール・オルフが存命中に行って いた教 育実 践( と同 様の 系統) の意 で 用いて いる 。こ れは 主に 南ドイ ツの 子 どもた ちに と っての エレ メン ター レ・ ムジー クを 顧 慮した もの であ る。
5
② 日 本に お ける オ ルフ 研 究者・実践者 は ど のよ う にオ ル フの 理 念を 理 解し、実 践 して い る の だ ろう か 。文章 化 され て いな い 、日 本 の 研究 者・実践 者 特有 の オル フ 観や 思 考 に基 づ く 指 導 実践 の 功績 や 問題 点 が存 在 してい る の では な いだ ろ うか 。
③ 我 々 日 本 人 の オ ル フ 実 践 者 は 、「 そ の 国 の 言 語 や 伝 統 音 楽 文 化 か ら 音 楽 教 育 を 出 発 す る 」 と い う C . オ ル フ の 教 育 理 念 に 基 づ く 「 日 本 適 用 型 」 の シ ュ ー ル ヴ ェ ル ク の 系 統 と 、 オ リ ジ ナ ル の シ ュ ー ル ヴ ェ ル ク の 系 統 を ど の よ う に 選 択 し て 実 践 を 展 開 す れ ば よ い の だ ろ う か 。
以上 のよ うな 問題 意識 に基づ き、 以 下に論 を進 める こと にす る。
第 2 節 先 行 研究 の 検討
2 - 1 .オ ル フ・ ア プロ ー チに 関 する博 士 論 文の 動 向
ここ では 、世 界的 なオ ルフ・ アプ ロ ーチに 関す る博 士論 文の 動向を 把握 し たい。
日本 にお ける オル フ・ア プロ ーチ を テーマ にし た博 士論 文は、2013 年 現在 執筆さ れて い ない。
国外 での オル フ・ア プロ ーチに 関連 する博 士論 文は、2013 年 1月 現在、『 RILM Abstracts of Music Literature』、『 Eric( Educational resources information center)』『 Orff Research Webliography( AOSA)』 に よ れ ば 48 本 を 確 認 す る こ と が で き る 。
オル フ・ア プロ ーチに 関す る博 士論 文は 、そ の大 多数(43 本 )がア メリ カ の大学 に提 出 されて いる。その 他で は、ド イツ 語圏( 3本)、エス トニ ア(1 本)、アルゼ ン チン(1 本)
の大学 のも のが 見ら れる 。こ れら の研 究の対 象地 域と して は、ミク ロネ シア 、台湾 、日 本、
韓国な ども 含ま れて おり 、国際 的な 研 究の発 展を 見る こと がで きる。
本研究 の一 環と して 、こ れら 48 本 の 博士論 文の 要旨 を用 いて 、テー マ別 の 分類を 試み た。オ ルフ・アプ ロー チに 関する 博士 論 文のテ ーマ は表 1の よう に整理 する こ とがで きる 。
6
表 1 : オ ル フ ・ アプ ロ ーチ に 関す る博 士 論 文の テ ーマ の 分類
博 士 論 文 のテーマ 本 数 リズムと動 き 2
音 楽 科 授 業 への 適 用 11 リズム 1
他 のメソードとの 比 較 7 演 劇 1
教 科 学 習 への 効 果 5 器 楽 技 能 1
歴 史 5 宗 教 音 楽 学 習 1
教 師 教 育 3 障 害 児 1
他 のメソードとの 組 み合 わせ 3 打 楽 器 合 奏 1
即 興 2 アジアでの適 用 1
信 念 2 哲 学 的 研 究 1
(※複 数の テー マに 分類 されて いる 論 文あり )
博士論 文の テー マで、11 本 と最も 本数 が多か った のは 、オル フ・アプ ロー チ の「音 楽科 授業へ の適 用」 をテ ーマ にした もの で あった 。
ついで 7本 と多 かっ たの は、オル フと「 他のメ ソー ドと の比 較」を 行った 論文 であっ た。
また「 他の メソ ード との 組合せ 」を テ ーマに した もの も 3 本見 られた が、 こ の「他 のメ ソ ード」 のほ とん どは コダ ーイで あっ た 。これ らの 結果 から 、ア メリカ では 、 教員養 成課 程 などで も、 オル フと コダ ーイが 組み 合 わされ て学 習さ れて いる という 傾向 を 読み取 るこ と ができ る。
全体 的な 傾向 をま とめ ると、「 歴史」などを テー マに して も、文 献研 究よ り は、実 践者へ の面接 など をメ イン にし てまと めた も のが多 く、 実際 の指 導場 面に即 して 理 論構築 がな さ れてい るこ とが うか がわ れる。
2 - 2 . オ ルフ ・ アプ ロ ーチ に 関する 先 行 研究 ( 博士 論 文) の 検討
筆者 はオ ルフ ・ア プロ ーチに 関す る 博士論 文の うち 、特 に重 要と思 われ る アメリ カの 博 士論文を 15 本 、ド イツ 語圏 の博 士論文 を3本 入手 し詳 細に 検討 した 。以 下に それら の概 要 を示し て考 察し たい 。
2 - 2 -1 . オル フ ・ア プ ロー チ に関す る ア メリ カ の博 士 論文 の 検討
前述 のよ うに 、最 も多 くのオ ルフ ・ アプロ ーチ に関 する 博士 論文が 提出 さ れた国 はア メ
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リカで ある 。し かし 、日 本の先 行研 究 におい て、 アメ リカ の博 士論文 に立 脚 したも のは 見 られな かっ た 。そ こで 、検 討した 15 本 のアメ リカ の博 士論 文の 中でも 筆者 の 博士論 文執 筆 にとっ て重 要な 資料 とな りうる もの を 、以下 の 3 項目 に分 類し 、その 概要 を 論じる 。
2 - 2 - 1 - 1 . 北 ア メ リ カ に お け る オ ル フ ・ア プ ロ ー チ 適 用 に 関 す る 研 究 ( オ ス タ ー ビ ー 論 文 の検 討 )
オル フ・ アプ ロー チ を テーマ にし た アメリ カの 博士 論文 の中 で、ま ず参 照 したい のは 、 オスタ ービ ー論 文「 北ア メリ カにお け るオル フ・シュ ール ヴェ ルク」(Osterby, Patricia M.
1988. Orff Schulwerk in North America, 1955-1969. M.Ed.D., University of Illinois, Urbana-Champaign.)である。
オスタ ービ ー論 文は 、北 アメリ カに お けるオ ルフ ・ シ ュー ルヴ ェルク 導入 期 の 1955 年 から、 AOSA( American Orff –Schulwerk Association)が 設立さ れて 、 1969 年 のカリ キュ ラ ム( Curriculum in Music Education) 改 訂によ りオ ルフ ・シ ュー ルヴェ ルク が 後退す るま で の発展 史3 を 、 AOSA 主 要 メン バーへ の 面接か ら得 られ た情 報を 整理す るこ と で、詳 細か つ分か りや すく 示 す こと に成功 して い る。こ の論 文に よっ て、 我々は アメ リ カやカ ナダ に おける 、オ ルフ ・ シ ュー ルヴェ ルク 導 入期の 経緯 を把 握す るこ とがで きる 。 口述歴 の資 料 のまと め方 も、 筆者 の論 文に対 して 示 唆に富 むも ので ある 。
し か し な が ら 、 オ ス タ ー ビ ー は 、「 オ リ ジ ナ ル 版 で は 、 オ ル フ の 原 始 的 な ス タ イ ル で 、 ドミナ ント とサ ブド ミナ ントの 扱い が 終始一 貫し て不 足し てい た( Osterby 1988: 258)」と 指摘し てお り、『 シュ ール ヴェ ルク 』の 構造に つい ての 理解 が十 分でな い点 も 見て取 れる 。
2 - 2 -1 - 2 . オ ルフ 教 師の 歌 唱に対 す る 信念 に 関す る 研究 ( スコ ッ ト論文 の 検 討)
つ い で 、 ス コ ッ ト 論 文 「 オ ル フ ・ シ ュ ー ル ヴ ェ ル ク 教 師 ・ 教 育 者 の 歌 唱 に 関 す る 信 念 」
(Scott, Julia Kay. 2010. Orff Schulwerk teacher educators' beliefs about singing. Ph.D., University of Rochester.)を検討したい。
この スコ ット 論文 の目 的は、 子ど も と社会 人学 生の 両方 を教 えてい る 、 指 導経験 の豊 か な8人 のオ ルフ ・ シ ュー ルヴェ ルク 教 師を対 象に 、彼 らの 歌唱 に対す る教 育 信念を 調査 す
3 1968 年以降(1998 年まで)の AOSA の活動については、ワイザート =ピートウの博士 論文(Weisert-Peatow 2002)のテーマになっているが、この論文は協会の運営や、首脳 陣の指 導性 に主 眼を 置い て調査 され て いるた め、 北ア メリ カに おける オル フ 受容史 につ い ては、 今後 、別 の文 献か ら把握 する 必 要があ る。
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ること であ った 。ス コッ ト は膨 大な ト ランス クリ プト から デー タを収 集し 、 詳細な 分析 を 行い、「 面接 者と 被面 接者の 対話 によ っ て、新 しい事 実が 創造 され る」と いう 、社会 学から 起こっ た質 的な 調査 方法 を適切 に実 践 してい る。
ス コ ッ ト は 、 8 人 の 教 師 へ の 面 接 調 査 か ら 、「 こ の 研 究 の 対 象 と し た 教 師 は 、 歌 唱 が オ ルフ・ シュ ール ヴェ ルク の媒体 の一 つ であり 、意 図的 に指 導に 加えら れる も のであ ると 信 じてい る」、と結 論づ けて いる ( Scott 2010: 89)。
指導者 の信 念は 、授 業に 大きな 影響 を 与える もの であ るが 、文 章化 さ れな い ことが 多い ので、 面接 によ って 明ら かにし たス コ ット論 文は 、大 いに 評価 される べき 研 究であ ると 思 われる 。日 本の オル フ・アプ ロー チでは 、「面 接」によ る調 査研究 は未 だ行 われ ていな いが 、 示唆に 富む もの にな るだ ろうと 推察 さ れる。
2 - 2 -1 - 3 . ア ジア 地 域で の 適用に 関 す る研 究 (シ ャ ムロ ッ ク論 文 の検討 )
次に、 シャ ムロ ック 論文 「日本 、台 湾 、タイ にお ける オル フ・ シュー ルヴ ェ ルクの 適用 と 適 応 」( Shamrock, Mary Elizabeth. 1988. Applications and adaptations of Orff-Schulwerk in Japan, Taiwan and Thailand. M.Ed.D., University of California, Los Angeles. )を取り上げたい。
シャム ロッ クは 、オ ルフ ・ シュ ール ヴ ェルク の世 界的 な広 がり を受け て、 比 較文化 的な 視点が 必要 とな って きた ことを 指摘 し ている 。特 に、 アジ ア地 域では 、イ ン ド、ス リラ ン カ、イ ンド ネシ ア、 韓国 、フィ リピ ン 、中国 など を含 む多 くの 国に紹 介さ れ 、大き なイ ン パクト を与 えた 。シ ャム ロック はア ジ ア地域 から 、日 本、 台湾 、タイ を選 択 して、 その 実 態を調 査し 、分 析、 評価 した。
シ ャ ム ロ ッ ク は 、 日 本 に お け る オ ル フ ・ ア プ ロ ー チ の 適 用 に つ い て 、「 日 本 は 非 西 洋 国 家では じめ てシ ュー ルヴ ェルク に精 通 し、自 分た ち自 身で の適 用を始 めた 国 である 」と 説 明して いる( Shamrock 1988: 70)。シャ ムロッ クは 、特 に武 蔵野音 楽大 学 に お け る オ ル フ ・ アプロ ーチ の実 態に つい て「武 蔵野 音 楽大学 の音 楽教 育学 科の 卒業生 たち は 、シュ ール ヴ ェルク 教育 を日 本の 音楽 教育に 結び つ けるの に必 要な 準備 が与 えられ てい る 。… 20 年以 上、
武蔵野 音楽 大学 は1 週間 のサマ ー・ワー クショ ップ を開 講し てい る。柳 沼講 師と 宮﨑教 授、
その他 の教 授陣 は、 この 講座の 指導 者 として 活動 され てい る。」 と詳 述し、「 武蔵野 音楽 大 学にお ける シュ ール ヴェ ルクの 適用 は 、世界 のど こよ りも 理想 的なも ので あ る。教 授陣 は
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優秀で 、授 業の 規模 も必 要性に 応じ て 適用さ れて いる ( Shamrock 1988: 141)」と高 く評 価 してい る。
1980 年 代後 半の 時点 で、日本 にお け るオル フ・アプ ロー チ( 特に 武蔵 野音 楽大学 での 実 践)が 「理 想的 であ る」 とされ てい た 点は、 日本 国内 の文 献に は見ら れな い 点であ った 。
シャ ムロ ック は 台 湾で のオル フ・ シ ュール ヴェ ルク 実践 につ いて、 台湾 に 教育者 とし て 永住し てい るベ ルギ ー人 の司祭 (牧 師 )によ って 導入 され てか ら、 1988 年当 時で 18 年に なると 説明 して おり 、 子 どもに 専門 的 な早期 音楽 教育 を受 けさ せたい と希 望 する「 中流 階 級 の 両 親 」 の ニ ー ズ 応 じ て 、「 私 立 学 校 で 次 第 に 開 講 さ れ つ つ あ る 」 と 説 明 し て い る
( Shamrock 1988: 143-145)。当 時の 台 湾での 実態 とし て、 教育 熱心な 生徒 の 両親の 様子 が 詳しく 調査 され てお り、 オルフ がヤ マ ハ・メ ソー ドと 比較 され て、読 譜指 導 に時間 を割 か れ、本来的 な創 造活 動が ほと んど され ていな かっ たと 説明 され ている( Shamrock 1988: 200)。
この点 につ いて は、 今後 日本で も大 い に留意 すべ き問 題点 では ないだ ろう か 。
また、 シャ ムロ ック は、 タイに おけ る オルフ ・ シ ュー ルヴ ェル クにつ いて 、「 概ね 18 年 間の歴 史を 持っ てい る 」点や 、あ まり 大きな 発展 は見 られ ない ものの 、「 何人 かの個 人や 研 究 機 関 が 発 展 と 適 用 に 大 変 献 身 的 に 尽 力 し 続 け て い る 」 点 に つ い て 詳 述 し て い る
( Shamrock 1988: 205)。
シャム ロッ クは 日本 、台 湾、タ イな ど のアジ ア地 域に おけ る 長 年の西 洋音 楽 の影響 によ って、 欧米 を規 範と した 展開が 主流 と なって いる こと を繰 り返 し指摘 し、 日 本にお いて 試 みられ てい るよ うに 、そ れぞれ の文 化 の言語 的、 音楽 的特 徴を 踏まえ 、そ れ らに適 した リ ズム、旋 法、楽 器、動 きな どを 模索 する 必要が ある と 結 論を まと めてい る( Shamrock 1988 : 247-254) 。
一方 で、 シャ ムロ ック は日本 の伝 統 音楽を 踏ま えた オル フ・ アプロ ーチ の 適用を 示唆 し つつも 、以 下の よう な警 鐘を鳴 らし て いる。
固有の 様式 での 即興 は、通 常許 され て いない 。それ はそ の様 式の 伝統 的指 導 者を敵 に 回 す こ と に な る か も し れ な い 。 ま た 、 そ の 伝 統 の 中 で ど の よ う に 音 楽 が 作 ら れ て
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きたか とい うこ とに つい て、全 く間 違 った印 象を 残す かも しれ ない( Shamrock 1988 : 277)。
ここ から 、シ ャム ロッ クが、 アジ ア 地域で の伝 統を 尊重 した 上で提 言し て いるこ とが 見 て取れ る。 その 上で 、以 下のよ うに 最 終的な 結論 を導 き出 して いる。
制限は ある が、与 えら れた 文化 の中 で 、音楽 が作ら れて いる 原則 を破 らな い で行え る 即 興 が 、 い く つ か の 伝 統 様 式 に あ れ ば 、 そ れ が シ ュ ー ル ヴ ェ ル ク 教 育 法 に 最 適 で あ ろ う 。 シ ュ ー ル ヴ ェ ル ク 教 育 法 を 適 用 す る こ と の 最 も 良 い 可 能 性 は 、 そ れ ぞ れ が 必 要 な 長 所 を 保 つ こ と が で き る よ う な 、 シ ュ ー ル ヴ ェ ル ク と 固 有 の 伝 統 音 楽 の 両 方 を 自 由 に 選 択 で き る 点 に あ る 。 こ の 点 で 、 さ ま ざ ま な 文 化 圏 に お け る シ ュ ー ル ヴ ェ ル ク の 実 践 に 詳 し い 人 は 、 そ の よ う な 修 正 に 非 公 式 に 気 づ い て い る が 、 徹 底 し た 研 究は始 めら れて いな い( Shamrock 1988: 277-278)。
シャ ムロ ック によ って 、日本 の伝 統 を尊重 しつ つ適 切に オル フ・ア プロ ー チに適 用さ せ る方法 を模 索す ると いう 、重要 な方 向 づけが なさ れた とい える 。この 「徹 底 した研 究」 に 貢献す るこ とを 筆者 の今 後の研 究目 的 とした い。
また 、筆 者は 、シ ャム ロック が「 音 階の発 展 」 につ いて 以下 のよう に説 明 してい る点 に 着目し た。
重要な 点は 、 シュー ルヴ ェル ク ・モデ ルを適 用し てい るそ れぞ れの文 化圏 が 、音 階 の 到 達 点 や 順 序 を 、音 階 の 構 成 音 の 特 徴 に 従 っ て 、 決 定 する と い う こ と で あ る。
そこに は複 合的 な音 楽の 到達点( bi-musical goals)が 存在 する こと だろう 。その到 達 点 は 、 西 洋 音 楽 の 発展 が 、 固 有 の 伝 統 音 楽 の 発 展 と 同 程 度に な っ て い る 。 多 くの 時 間 と 努 力 を つ ぎ 込 んで 、 そ れ ぞ れ の 場 面 で 、 個 人 個 人 が 、こ の こ と に 専 念 す る必 要があ るだ ろう ( Shamrock 1988 : 272)。
この「bi-musical goals」こそ が 、日本 のオル フ・ア プロ ーチが 目指 すべ き新 しい方 向性 に思え てな らな い。 これ はつま り、 西 洋音楽 と日 本伝 統音 楽が 両立す る音 楽 教育の 構想 で あ る 。 そ こ で 筆 者 は 、 こ の シ ャ ム ロ ッ ク の 用 語 を 援 用 し 、「 バ イ ・ ミ ュ ー ジ カ リ テ ィ ー
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(bi-musicality)」と いう 用語 を、 博士 論文の キー ワー ドの 一つ として 用い る ことに する 。
2 ― 2 -2 . オル フ ・ア プ ロー チ に関す る ド イツ 語 圏の 博 士論 文
「オ ル フ 研 究所 の 教育 法 につ い ての 研究 」(ヴ ィ ドマ ー 論文 ) の検 討
マ ヌ エ ラ ・ ヴ ィ ド マ ー 論 文 「 ザ ル ツ ブ ル グ に お け る オ ル フ 研 究 所 の 教 育 法 」(Widmer, Manuela. 2011. Die Pädagogik des Orff-Instituts in Salzburg. Ph.D,Education;
Universität Salzburg. )は、オルフ・アプローチをテーマとした、ドイツ語圏における 博士論 文で ある 。ヴ ィド マー は、ケラ ーの娘 として 1952 年 に生 まれ 、幼 少期 にはオ ルフ 研 究所附 属音 楽教 室に おい て、カ ール ・ オルフ から 直接 オル フ・ アプロ ーチ の 指導を 受け た 経験を もち 、 20 年 間に およ ぶ研 究の集 大成と して 、こ の博 士論 文を完 成さ せ た。
ヴィ ドマ ー論 文は 、ザ ルツブ ルク に おける オル フ研 究所 の設 立から 、現 在 に至る まで の 歴史を 詳細 にま とめ てい る。内 部の 研 究者な らで はの 視点 で、 発展の 状況 と 問題点 が浮 き 彫りに され て お り、 オル フ研究 所の 全 体像を 把握 する ため の重 要な資 料で あ る 。
ヴ ィ ド マ ー 論 文 は 、 質 的 研 究 と し て 、「 複 数 の 資 料 か ら あ る 事 実 の 信 頼 性 を 保 証 す る 」 トライ アン ギュ レー ショ ン構造 をも っ ており 、複 数の 観点 から オルフ 研究 所 の発展 の歴 史 を捉え てい る点 で、 信ぴ ょう性 の高 い 資料と なっ てい る 。 ヴィ ドマー は、 オ ルフ研 究所 に 関係す る専 門家 にイ ンタ ビュー を行 い 、その トラ ンス クリ プト をグラ ウン デ ッド・ セオ リ ー・ア プロ ーチ (以 下 GTA) の手法 で 分析・ 考察 して いる 。 こ こで は GTA のうち 、グ レ イザー とロ ーデ ル の 分析 手法が 用い ら れてい る。 面接 対 象 者は 以下の 表2 の 通りで ある 。
表 2:ヴィドマー論文の面接対象者( Widmer 2011:156)
研究所 の所 属年 代 男性対 象者 の人 数 女性対 象者 の人 数 合計人 数
1961- 1969 2名 5名 計7名
1970- 1988 4名 13 名 計 17 名 1989- 1999 4名 12 名 計 16 名 2000- 2007 0 名 8名 計8名
以上 の合計 48 名の 対象 者に 半構 造化 面接を 行っ てい る。
ヴィド マー は調 査結 果と してオ ルフ 研 究所の 歴史 を時 系列 でま とめて いる 。 ここで 、ヴ
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ィドマ ーは 、創 設の 年代 (「パ イオ ニア の段階 」 1961-1969)、発 展の 年代 (「 革新の 段階 」 1970- 1988)、新 たな 組み換 えの 年代(「危機 に満 ちた段 階」1989- 1999)、ア ンビバ レン ト な( 両価的 )年代(「新 しい 方向 の段 階 」2000-2008)とい う4 つの 年代 に分 けて考 察し て いる。
ヴィ ドマ ー に よる それ ぞれの 年代 に おける 詳細 な「 出来 事年 表」は 、 オ ル フ研究 所の 発 展の歴 史を 概観 する のに 重要な 資料 で あるが 、紙 面の 都合 によ り別冊 資料 に 譲るこ とと す る。筆 者は 、こ の年 表と 日本の 研究 者 の留学 時期 を照 らし 合わ せるこ とで 、 今後の 調査 研 究の分 析に 活用 した いと 考えて いる 。
ヴィ ドマ ー の 時代 区分 のうち 、1989 年から 1999 年に あた る第 3段 階「 変革 の年代― 危 機 に満 ち た 段階 」(Widmer 2011:343-344) に 関 する 記 述 は 注目 に 値 する 。 こ の 「危 機 」に ついて、ヴィ ドマ ーは、1980 年 代に お ける EU の教育 改革 の影 響に よる もの である こと を 強調し てい る。 特に 、ヴ ィドマ ーは 「 教師・ 助手 ・学 生の 三者 が同数 代表 制 で参加 する 学 科会議 」の 運営 につ いて、「 草 の根 民主 主義 」 と繰 り返 し強 く批 判し、「 時 が過 ぎると とも に、論 争の 発端 にな った 」と述 べて い る。 そ して 、こ の 「 三者 同数会 議」 の 影響に より 、 小グル ープ が多 数形 成さ れ、グ ルー プ 間での 見解 の衝 突が 見ら れ、そ の中 で 戸惑い を隠 せ ない学 生が いた とい う事 実が明 らか に されて いる 。
以上 の「 危機 に満 ちた 段階」 でヴ ィ ドマー が述 べた こと は、 日本に おい て あまり 知ら れ ていな い。オー ストリ アは EU にお け る「ボ ロー ニャ 宣言」4に先 行し て、先 進的な 教育 改 革を行 った 国と して 知ら れてい るが 、 こうし た改 革が 、オ ル フ 研究所 にお い ては、 逆効 果 であっ たと いう こと が こ こから 読み 取 れた 。
また 、オ ルフ 研究 所へ の留学 経験 を もつ日 本人 研究 者の 中で 、この 時期 に 留学し た研 究 者たち は、 当時 のこ とに ついて 詳し く 語りた がら ない 傾向 があ るよう に思 わ れる。 筆者 が インタ ビュ ーの 依頼 をし た際に も、「 私 が留学 した 時は、研究 所の 中で 大き な対 立があ って 、 落ち着 かな い学 生生 活だ った。 単位 取 得に追 われ 、前 衛的 なダ ンスの 表現 活 動ばか りで 、 期待し たよ うな 音楽 教育 の勉強 がで き なかっ たか ら、 イン タビ ューに 回答 で きない 」と い
4 ボローニャ宣言とは、「1999 年に欧州地域の 28 カ国の教育大臣ならびに代表、そしてベ ルギー の2 つの 行政 区域 代表が 2010 年までに実施するボローニャ・プロセス(欧州高等 教育改 革)を謳 っ た」宣言 を発 表し た もので ある(堀 田 2010:306)。欧州全体の高等教 育を一 つの もの とす るた め、単 位の 互 換性や 学位 の取 得制 度の 整備な どの 抜 本的な 改革 を 行うも ので あっ た。
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う内容 の回 答が 複数 の研 究者か ら寄 せ られた 。こ のよ うな 日本 人研究 者の 抱 える葛 藤も 、 ヴィド マー 論文 によ って 、具体 的に 理 解する こと がで きた 。
さら に、 ヴィ ドマ ーは 2000 年から 2008 年 を「二 つ の 相 反 す る価 値 を含 んだ 時 代― 新 し い 方 向づ け の段 階 」と称 し てい る(Widmer 2011 : 390-391)。この 段階に つ いての 考察 か ら、研究所 の状 況に 関す る最 新情 報を 得るこ とが でき る。ヴィ ドマ ーは 、2000 年代初 頭の 新カリ キュ ラム 制定 会議 につい て、「 残 念なが ら話 し合 いは 終結 せずに 、欲 求 不満、 侮辱 、 期待外 れ 、個 人の離 脱を 招い た 」と振 り返り 、「 私は 、『 現在 、わ れわ れは お互 いにつ いて 、 こんな にも 分 か り合 って いない のか 』 と痛感 した 」と 述懐 して いる。 さら に 、新カ リキ ュ ラムの 完成 に従 事す る学 生委員 会の 下 部委員 会に 対し て、「教 師た ちは 、疎 外 感を感 じる よ うにな り、 それ によ って 反対運 動が 再 び激化 して しま った 」と 分析し てい る 。
ヴィ ドマ ーは オル フ研 究所に おけ る 教授陣 の人 事に 関す る訴 訟など にも 触 れ、「 教 師た ち も学生 たち も、2000 年か ら相 反す る感 情によ って たび たび 不安 になり 、確 か な方向 性が 見 いだせ ない と感 じて いた 」と振 り返 る 。
以上 のヴ ィド マー の言 説から 、内 容 的な問 題で はな く、 カリ キュラ ムの 構 成や、 組織 運 営、人 事な どで 派閥 間の 争いが 激化 し 、研究 所の 運営 が困 難に なった こと が 読み取 れた 。 この第 4段 階の「 アンビ バレ ント 」と は、40 周年 の祝 典や 、個 人レ ベル での 共同研 究な ど では成 果を 上げ てい た一 方で、 派閥 争 いが絶 えな い現 状を 指し ている もの と 読み取 れる 。 この ヴィ ドマ ー論 文か ら推察 する に、現在の オル フ研 究所 は、「 前衛的 な動 き の表現 」を 、 表現者 とし て追 及す る者 にとっ ては 、 学位の 取得 など も補 償さ れるな ど、 環 境が整 って い るのだ と思 われ るが 、カ ー ル・ オル フ の教育 理念 とそ の実 践を 志す者 の期 待 には添 えな い という のが 現状 なの であ ろう。 カー ル ・オル フ研 究所 は、 前衛 的な音 と動 き の表現 、特 別 支 援教 育 、 音楽 療 法 など 、 多 く の分 野 に 拡張 し た こと と 、 EU の 教 育 改革 の は ざま で 、も はや身 動き の取 れな い状 況にな り、 カ ール・ オル フの 理念 に基 づく音 楽教 育 研究を 追求 す る場で はな くな って いる のでは ない だ ろうか 。
以上 のよ うな 点を 今後 考察し てい く 資料と して 、ヴ ィド マー 論文は 示唆 に 富むも ので あ ると思 われ る。
また ヴィ ドマ ー論 文は 、日本 人の 研 究者が しば しば 強調 する 、 コミ ュニ ケ ーショ ン能 力 の伸長 や指 導者 と受 講者 の支援 的関 係 の重要 性を 説く 一方 で、「 教師 の示 す芸 術的な 手本 」
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が必要 であ るこ とに も言 及して いる 点 が興味 深い 。日本 のオ ルフ・アプ ロー チ におい ては 、 教師の 受容 性が こと さら に強調 され が ちであ るが 、教 師の 芸術 性も重 要な 要 素であ るこ と を再考 する 必要 があ るだ ろう。
2 - 3 .本 博 士論 文 に 関 す る先 行 研究の 検 討 (日 本 国内 の 先行 研 究、 博 士論文 以 外 ) これま でに 、本博 士論 文に 関す る先 行 研究と して 、アメ リカ とド イツ 語圏 の 博士論 文を 検討し てき た。こ こで は、 特に本 研究 と関連 が深 い博 士論 文以 外の国 内の 先 行研究 を検 討 するこ とに する 。
まず、 日本 におけ るオ ルフ の音 楽教 育 に関す る受 容史 をま とめ た先行 研究 と して、 藤井 康之論 文(1995 『日本におけるオルフの音楽教育受容の歴史的変遷とその展望』 武蔵野 音楽大 学平成 6 年度修士論文)が挙げられる 。藤井論文は、膨大な資料を緻密に読み込ん だうえ で、 オルフ ・ア プロ ーチの 受容 の時代 区分 を学 習指 導要 領の改 訂に 沿 って考 察し て いる 。藤 井の 時代 区分は「 第二 次改 訂 学習指 導要 領(昭和 30 年代)」、「第三次改訂学習指 導要領(昭和 40 年代)」、「第四次改訂学習指導要領(昭和 50 年代)」、「第五次改訂学習指 導要領(平 成元 年か ら平成 6年 当時 ま で)」となっ てい る。藤井は 1960 年代のオルフ・ブ ームに 比し て、1990 年代当時の日本におけるオルフ・アプローチの 受容の段階が、衰退傾 向にあ り、「惑う 時代 」で ある と位 置づ けて い る。
この藤 井の 研究 は、日 本に おけ るオ ル フ・ア プロ ーチの 受容 史を 概観 する う えで非 常に 重要な 資料 であ る。し かし 、藤 井の 時 代区分 は学 習指 導要 領を 基 準に して い るため 、オル フ・ア プロ ーチそ のも のの 受容 の状 況 で区分 され てお らず、 この 4段 階の 区 分が妥 当であ るとい う根 拠が 示さ れて いない 。
さらに 、 藤 井は「 オル フの 音楽 教育 の 衰退」 とい う語 を繰り 返し 用い てお り 、その 原因 と し て 日 本 の オ ル フ 研 究 者 に お け る 「 オ ル フ 理 念 の 理 解 不 足 」 を 指 摘 し て い る 。 し か し 、 柳生(1974)の研究など、深いオルフ理念理解を示したもの も散見されるため、必ずしも 理 念 理 解 が 不 足 し て い た と は 言 い 切 れ ず 、「 理 念 理 解 不 足 」 の み に 「 衰 退 」 の 原 因 を 求 め ること はい ささ か早 計で はない だろ う か。
藤井論 文は 1995 年当時までのオルフ受容史をまとめているが、それ以降の研究動向を ま と め た 論 文 と し て 田 中 美 帆 論 文 (2009『 日 本 に お け る オ ル フ 音 楽 教 育研 究 の 動 向 ― 1993 年~2009 年の先行研究の分析を通して―』武蔵野音楽大学平成 21 年度修士論文)
が挙げ られ る。田中論 文は 、1993 年から 2009 年に刊行されたオルフ・アプローチに関す
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る文献 をて いね いに 読み 込んで いる が 、論文 の内 容が先 行研 究の 紹介 のみ に とどま り、 今 後の日 本に おけ るオ ルフ の音楽 教育 実 践に関 する 展望 は示 され ていな い。
また、オル フ・アプ ロー チの受 容史 に関 する研 究と して は、中地 雅之 論 文( 2000 (a) 「オ ルフ・ アプ ロー チの受 容と 実践 的展 開 におけ る問 題と 可能 性」東 京: 音楽 之 友社『 音楽教 育学研 究』1: 307-321)が特に重要である。中地はオルフ・アプローチの中心概念 である エレメ ンタ ーレ ・ムジ ーク につ いて 5 つの視 点か ら整 理し てい る。エ レメ ン ターレ ・ムジ ークの 特徴 につ いて は、カ ール ・オ ル フの発 言な どを 引用 して いる文 献が 多 いが、 中地論 文のよ うに 明確 に整 理さ れたも のは 見 られな い。
以下に、中地 のエ レメ ンタ ーレ・ム ジー クの5 要素 によ る分 析的 解釈を 示す( 2000a: 309)。
<オリ ジナ ルの シュ ール ヴェル クに お けるエ レメ ンタ ーレ ・ム ジーク の解 釈 >
表現 形態 〔 E・ M①〕: 音 楽単 独で なく 言語 や舞 踊と 結合 した 、未 分 化な 、ま た総 合的 な全 人的表 現形 態を 持つ 。
音楽構 成要 素〔 E・M②〕:音楽・言 語・舞踏に 共通 する リズ ムの 統一的 な力 が 重視さ れる 。 また他 の諸 要素 であ る、形 式・旋律・重なり にも 単純 な原 始性 が求 められ る。
表現 媒体 〔 E・ M③〕: 複 雑な 構造 を持 たな い、 動き が表 現に 直結 す る身 体楽 器・ 打楽 器・
音板楽 器・ 声・ リコ ーダ ー・手 作り 楽 器等を 基本 的に 用い る。
活動 方法 〔 E・ M④〕: 個 人ま たは グル ープ によ る即 興表 現、 楽譜 に 依存 しな い生 産的 活動 を学習 の過 程で 重視 する 。
音楽 様式 〔 E・ M⑤〕: 各 文化 の言 語か ら生 まれ た伝 統的 音楽 様式 を 、音 楽学 習の 出発 点と して重 視す る。
この 中地 の分 析的 解釈 は特徴 的な 要 素が過 不足 なく 整理 され ており 、大 変 分かり やす い もので ある 。そ して 、中 地は、 オル フ 没後に 起こ った 新し い解 釈を以 下の よ うにま とめ て いる( 2000a: 313)。
表現形 態〔 E・M①′ 〕: 音楽・ 舞踏 ・ 言語か ら視 覚・ 造形 への 創造性 の拡 張 。 構成要 素〔 E・M②′ 〕: リズム から 音 自体や 音の 属性 ま で の要 素の細 分化 。 表現媒 体〔 E・M③′ 〕: 手作り 楽器 、 邦楽器 、民 族楽 器の 導入 。
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活動方 法〔 E・M④′ 〕: 読譜活 動、 音 楽聴取 活動 への 展開 。
音楽様 式〔 E・M⑤′ 〕: 母国語 様式 か ら多様 な音 楽様 式へ の展 開。
中地は 日本 にお ける オル フ・ア プロ ー チの受 容の 時代 区分 を「 導入期 」、「 展 開期」、「拡 張期」 と3 段階 で示 して いる。 この 時 代区分 につ いて は後 述す るが、 藤井 の 時代区 分と 異 なり、 オル フ・ アプ ロー チの中 心概 念 エレメ ンタ ーレ ・ム ジー クの解 釈の 変 遷に 即 した も のであ る点 が評 価で きる 。
中地は 1980 年代のオルフ研究所におけるエレメンターレ・ムジークの解釈の拡張が、
日本の 指導 実践 にも 大き く影響 して い ること を踏 まえ て、1989 年以降の日本の受容段階を
「拡張 期」 と位 置づ けてお り、「今後 、〈メソ ード〉〈音 楽教 育〉〈 わら べう た 〉とい う視点 からの 開放 によ って、 オル フ・ア プロ ーチ の 可能 性は 多様 な領 域へ拡 張さ れ ていく であ ろ う」と いう 展望 を示 してい る。 この よ うに、 中地 は 「 拡張」 とい う語 に「 多 様化」 の意味 も含め て肯 定的 に捉 えて いる の であ る 。しか しな がら 、中 地論 文が発 表さ れ た 2000 年に は 、 す で に 「 オ ル フ ・ ア プ ロ ー チ 普 及 の 停 滞 」 が 指 摘 さ れ て い た に も か か わ ら ず 、「 拡 張 期」の 問題 点に つい ては 言及さ れて い ない。
ところ で 、エ レメン ター レ・ム ジー クの「各 文化 の言 語から 生ま れた 伝統 的音 楽様式 を 、 音楽学 習の 出発 点と して 重視す る 」と いう理 念に 基づ く実 践を 提唱し た先 行 研究と して は、
星野 圭朗 (1979 『オルフ・シュールベルク理論とその実際』)と 花井清( 1978 『オル フ に よ る 音楽 教 育 1 ; 音 楽 ・ 言 葉 の指 導 』 、1987 『即興表現の指導』)が挙げられる。
星 野 や 花 井 の 研 究 に つ い て は 後 述 す る が 、「 シ ュ ー ル ヴ ェ ル ク の 翻 訳 移 入 」 の 段 階 か ら 、 わらべ 歌や 日本 語の リズ ム、和 楽器 な どを用 いた 独自 の「適 用」 を試 みた 点 にプラ イオリ ティー があ った 。
ただし 、両 者の研 究は わら べ歌 を日 本 におけ るエ レメ ンタ ーレ・ ムジ ーク と 捉えた もの で、最 終的 な到 達点 を西 洋音楽 の学 習 に 設定 して いる 点に 検討 の余地 があ る だろう 。
以上 の先 行研 究を 踏ま えて、 以下 に 本博士 論文 の論 を進 める ことに する 。
17 第 3 節 本 博 士論 文 の目 的 と対 象 および 研 究 方法
以上に 述べ た 問 題意 識 と 先行研 究に 示 されて いる 課題 に基 づき 、筆者 の博 士 論文の 目的 は、日 本に おけ るオ ルフ ・アプ ロー チ 適用の 実態 を把 握し 、そ の問題 点を 明 らかに する と ともに 、その 解決 を図 るた めに、『 バイ・ミュ ージカ リテ ィー を培 うエ レメ ン ターレ・ムジ ークの 2つ の系 統の 提案 』とい う新 し い展望 を示 すこ とと する 。
バイ・ミュ ージ カリ ティー につ いて は 後述す るが 、シ ャム ロック 論文 にお け る bi-musical goals と い う 概 念 を 援 用 し た も の で 、言 語 に お け る バ イ リ ン ガ ル の よ う に 、西 洋 音 楽 の 系 統 と、固 有の 伝統 音楽 (日 本の場 合は 、 日本伝 統音 楽や 日本 の民 俗音楽 )の 系 統を、 並行 し て学習 し、 2つ の音 楽感 覚をも つ人 ( 状態) のこ とを 指し てい る。そ もそ も 、 バイ ・ミ ュ ージカ リテ ィー とい う概 念は、 アメ リ カの音 楽学 者マ ント ル・ フッド が提 唱 した概 念で 、 世界各 地の 異な る音 楽を 同時に 身に つ けるこ とを 意味 して いた ( Hood 1960: 56)。 フッ ド はこの 概念 に基 づい てカ リフォ ルニ ア 大学に 民族 音楽 研究 所を 創設し 、多 く の研究 者を 育 成した 。日 本の 民族 音楽 学者小 泉文 夫 は、フ ッド の弟 子の ロバ ート・ ブラ ウ ンとイ ンド 留 学中に 親交 を深 め、 ウェ スリア ン大 学 に客員 准教 授と して 招か れるこ とに な り、こ こで 参 加した ガム ラン の講 座に 大きな 影響 を 受けた と言 われ てい る。
バイ・ ミュ ージ カリ ティ ーの概 念は 、 音楽学 のみ なら ず ア メリ カにお いて 音 楽教育 学の 分野で 特に 注目 さ れ た。日 本に おい ては 、「西洋 音楽 と日 本伝 統音 楽の両 方を 習 得する こと 」 という 意味 に解 釈さ れる ことが 多い ( 木村 1995: 16)。
このバ イ・ ミュ ージ カリ ティー とい う 概念は 、筆 者の 博士 論文 におい てプ ラ イオリ ティ ーのあ る重 要な 概念 であ る。シ ャム ロ ック論 文に おい ては 、日 本人の オル フ 実践者 たち が あえて 西洋 音楽 のみ を指 導して いる 点 が指摘 され てお り、 カー ル・オ ルフ の 「その 国の 言 語や伝 統音 楽文 化か ら音 楽教育 を出 発 する」 とい う理 念を 踏ま えたオ ルフ ・ アプロ ーチ 実 践の必 要性 が示 唆さ れて いた( Schamrock 1988: 108)。一方 で、シ ャム ロッ ク は「日本 伝統 音楽」 に対 して 創造 的な アプロ ーチ を するこ との 難し さや 問題 点につ いて も 一定の 理解 を 示した うえ で、 日本 人自 身がそ れぞ れ の学習 到達 点を 設定 する 必要性 を説 い ている 。筆 者 はこの シャ ムロ ック 論文 を踏ま え、 学 習到達 点を 2つ に設 定す るの で あれ ば 、それ ぞれ の 系統を 定め てお く必 要が あると 考え て いる 。
従来 のオ ルフ・アプロ ーチ にお いて は、「 オリ ジナ ルの 系統( 西洋音 楽の み の系統 )」、「日 本適用 型の シュ ール ヴェ ルクの 系統 ( 日本語 ・日 本伝 統音 楽か ら西洋 音楽 へ と発展 させ る 系統)」、「 前衛的 な活 動( 系統 のな い活 動)」 の 3 つの方 法が 行わ れて きた が、 前述の よう
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に、それ ぞれに 問題 が指 摘さ れて きた 。そ れら の解決 策と して 、「 西洋 音楽 と 日本伝 統音 楽 の2系 統を 並行 して 行う 」活動 を提 案 したい 。
なお 、本 博士 論文 の対 象とす る研 究 範囲は 、オ ルフ ・ア プロ ーチ( オル フ の理念 に基 づ く音楽 教育 活動 )と し、 オルフ ・ム ジ ークテ ラピ ー等 の音 楽療 法、療 法的 音 楽活動 はそ の 範囲と しな い。 ま た 、国 際的な 動向 に おける 日本 の位 置を 把握 するた め、 必 要に応 じて 海 外の先 行研 究を 参考 とす るが、 実践 事 例は国 内で 行わ れ、 記録 が出版 され て いるも のを 対 象とす る。
研 究 方 法
本 研 究 は 、 文 献 研 究 お よ び 研 究 者 ・ 受 講 者 へ の 面 接 の 分 析 的 考 察 に よ っ て 進 め ら れ る 。 面接の 分析 方法 とし ては、修正 版グ ラウ ンデッ ド・セオリ ー・アプ ロー チ( Modified Grounded Theory Approach、 以 下 M-GTA と 略 記 ) を 用 い る 。 分 析 方 法 の 詳 細 に つ い て は 後 述 す る 。
本 研 究 にお け る専 門 用語 の 扱い に ついて
本研究 にお ける 専門 用語 の扱い は以 下 の通り であ る。( すで に脚 注に おい て示 したも の も含め る。)
○オル フの 音楽 教育 =カ ール・ オル フ の理念 に基 づく 音楽 教育 (実践 、方 法)。
○オル フ・ アプ ロー チ= 中心概 念エ レ メンタ ーレ ・ム ジー クの 解釈が 拡張 さ れた活 動( 前 衛的な 活動 )を 含む オル フの音 楽教 育 (実践 ・研 究も 含む)。
○『( オル フ・) シュ ール ヴェ ルク 』= カール ・オ ルフ が出 版し た5巻 の楽 譜 集。
○オル フ・ シュ ール ヴェ ルク = 『シ ュ ールヴ ェル ク 』 によ る( その系 統を 用 いた) 教育 実 践
○(面接 対象 者の 語り の中 での)オ ルフ =カー ル・オ ルフ の人 名以 外で用 いら れる場 合は 、 オルフ ・ア プロ ーチ 、オ ルフの 音楽 教 育の意 味で 語ら れて いる 。
○オリ ジナ ルの シュ ール ヴェル ク = カ ール・ オル フが 存命 中に 行って いた 教 育実践 (と 同 様の系 統)。これ は主 に南 ドイ ツの 子ど もたち にと って のエ レメ ンター レ・ ム ジーク を 顧慮し たも ので ある 。
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