【学位論文審査の要旨】
1 研究の目的
Riemann
が与えた多様体のように線形近似できる空間においては,n
次元の点の近傍の様子は
n
個の局所座標の組で与えられる.しかし円錐の頂点のようにこの記述が不可能な点も 自然に現れる.これが特異点であり,次元個のパラメータだけでは近傍の様子を記述でき ない.特異点の解析のためには特別な技術が必要であり,Whitney, Thom, Malgrange, Mather,
Arnold
ら多くの数学者による精力的な研究によって,幾何的な特異点研究の礎が築かれた.どのような特異点があるか目録を作ることはまったく自明ではない.超曲面孤立特異点 の場合で言えば,多変数の
Taylor
級数の全体を座標変換で移り合うものは同じとみなして 分類するようなものであり,そのまま無限次元の巨大なパラメータ空間として扱うのは得 策ではない.Thom
は実特異点に対し,まず連続パラメータが消えるような分類手法を与えることを求めた.複素代数幾何に比較すると実代数幾何は柔らかい.例えば,コンパクトな実解析多 様体は微分同相であれば実解析的に同型である,という
Nash
の定理がある.実射影直線(円 周)上の相異なる有限個の点集合は,円順列として同じであれば,向きを保つ実解析的写 像で互いに移り合う.つまり点集合は連続パラメータをもたない.ところが,Whitney
によ る例では,平面で原点を通る異なる4
直線を考えると,平面のC
1同相写像では傾きの複比 が保たれるため,連続パラメータが残ってしまう.かといって単なる同相写像では特異点 の分枝すらあいまいになってしまい,分類としては弱すぎる.適切な分類基準を与えるこ とが問題となるのである.ところで,特異点がある図形を考察するにあたり,特異点がない図形の情報に帰着する 手法がある.爆発という改変操作を用いると,Hirzebruch,Zariski,広中の特異点解消定 理により,任意の実・複素特異点を特異点のない多様体とその因子(余次元
1
の部分多様 体の形式和)の組に直すことができる.この爆発を用いて,
Kuo
は画期的な分類基準の概念を見いだした.単なる同相写像ではなく,さらに爆発を何度か施したあとで解析同値になるもののみ考えるという爆発解析同値であ る.まず主に写像芽について,爆発解析同値で連続パラメータが消えることが示され,福 井,Paunescu,小池,Parusiński らにより様々な興味深い結果が見いだされてきた.部分 多様体の爆発解析同値については,端緒が指導教員と
Kuo
氏の共同研究にあり,平面曲線 の孤立特異点は分枝が1個ならば直線と同値であるという意外な結論が得られていた.こ れにはNash
の定理が本質的に効いている.また,射影直線上の直線束が,複素解析的場合 は第1Chern 類という整数の不変量で分類されるのに対し,実解析的場合は第1Stiefel-Whitney
類という偶奇のみになるため,複素解析的にはあり得ない柔軟な同一視が存在することが特徴的である.
本研究の目的は小林-Kuoの研究をさらに推し進めて,一般に,実平面曲線の孤立特異点 に対し,よい分類の手法を与えることである.
2 研究の方法と結果
本論文は導入と5つの章からなる.各章の内容は以下の通りである.
導入で本研究の背景と課題について述べた後,第1章では,基礎となる爆発解析同値の 概念と,道具となる向き付け可能とは限らない曲面における交点理論を解説し,分枝数が 2以下の場合に知られている結果について紹介している.
第2章からが主たる結果を述べている部分である.これは以下の3点に集約される.
・ 分枝数が2以下で使われていた不変量μ'を,道の持ち上げを用いてより精密な一連の 不変量に拡張した.
・ 複素解析的特異点に対する最小特異点解消の類似物であるグラフの標準形を定義した.
爆発解析同値ならば同じ標準形が対応すること,および,任意の特異点に対し標準形が 存在することを示した.標準形の一意性については一般には未解決であるが,主定理の 有限性には影響がない.
・ 主定理として,分枝数と不変量μ'に対し,標準形,ひいては爆発解析同値類が有限個 しか存在しないことを示した.
第3章・第4章では個別の場合により精密な結果を与えている.
・ 分枝数が
3
の場合に不変量μ'ごとの標準形の個数に関して,具体的な上界を与えた.・ 分枝数と不変量μ'が小さい場合に,爆発解析同値類の分類を具体的に与えた.
第5章では標準形と爆発解析同値の差異について解説を加えている.
以上により,平面曲線の孤立特異点に対し,爆発解析同値を用いれば同値類の集合は連 続パラメータを持たず,分枝数と不変量μ'により的確に分類ができることが示されたと考 えられる.
3 審査の結果
本論文では,特異点のトポロジーに代数幾何的手法を応用して,特に実平面曲線の孤立 特異点に対しては爆発解析同値で分類できることを示した.適切な不変量,特異点解消グ ラフを定義し,この分類による同値類の大きさが抑えられることを示した.不変量が小さ い部分について具体的な分類も与え,ここは特に精密な議論を用いた結果である.分枝数 が
2
の場合には標準形はμ'のみで完全に分類されるが,3以上の場合は全くそれでは不足 であり,著者により拡張された不変量とグラフによる表現が効果的に用いられている.何れの内容も,方向性として新機軸を含み,特異点の研究,延いては代数幾何とトポロ ジーの融合分野の発展に寄与するものである.本研究の一部は国際学術雑誌に
1
篇の単著 論文として掲載が決定している.10
回以上の研究発表を博士後期課程在学中に行っており,中には海外での当該分野の研究集会や国際数学者会議での研究発表も含まれる.首都大学 東京の大学院
GPTA
として理系女子啓蒙活動にも参加し,多面的かつ積極的に研究活動を行 った.以上の理由から,本論文は学位論文として十分な内容をもつと考える.4 最終試験の結果
11
月4
日16
時30
分より17
時30
分まで非公開の予備審査を行った.それを踏まえて,1
月27
日10
時30
分より11
時30
分まで8
号館610
室において口述発表を行い,口頭試問を 行った.直後に数理情報科学専攻教授会メンバーと外部副査による判定会議を行った結果,申請者は博士(理学)の学位を得るに十分な資格を有するものと認めた.