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移民労働者と社会的費用 : Eric Weinsteinの問題 提起

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(1)

提起

その他のタイトル Migrant Workers and Social Costs : Eric Weinstein's new Proposal

著者 鍜治 邦雄

雑誌名 關西大學商學論集

巻 50

号 6

ページ 15‑28

発行年 2006‑02‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/4678

(2)

移民労働者と社会的費用

Eric 

Weinsteinの問題提起—

鍛 治 邦 雄

労働力の国際的な移動は衰えを見せてはいない。また.外国人労働者は.いったん入国する と.受入国での滞在が長期化し.定住者化していく。受入国政府が,入国規制や滞在期間厳守 を強めても.その効果はせいぜいのところ,程度の差を生むにすぎない。むしろ,それらの措 置により,不法入国者や不法滞在者の数が増え.問題をいっそう複雑でやっかいなものにして しまう。一方で.開発途上国を中心に国外での就労を希望する人々が大量に存在し.他方で,

収益性を高め国際競争力を強化するために,外国人労働者の受け入れを求める経営者たちが存 在する。労働力の国際的な移動を生み出す経済的な推進力は弱まることがない。「いたし方ない」

というしかないこの状況に対処し.送出国労働者と受入国経営者の希望にも応え,なおかつ.

入国規制や定住者化制限の実をあげるために,近年試みられるようになったのが.出稼ぎ移民 労働者計画

(migrantworkers program (me) s) l

である。しかし.この計画は期待されたほ どの効果を生んでいるとは必らずしもいえない。

EricWeinstein

は.この計画のもつ問題点を 詳しく検討し,それらを改善して,計画の採用をひろげていくための独自の案を提示している又 本稿では.まず.彼の問題提起および改善案について紹介する。そして.彼の主張が持つ一つ の弱点とその原因についても考察することにしたい叫

1)  2004

1

7

日にアメリカ大統領が公示した,短期労働者プログラムも同じ試みの新たな一つといえる。

TWP

と略称されるこの計画では,アメリカ国民を雇用できないと雇用主が証明することができる仕事につ いて,それに就業する外国人労働者に短期ビザが与えられる。このビザは,労働者が雇用されているかぎ り

3

年間有効であり,少くとも

1

回はその更新が可能であるとされている。このプログラムには,さらに,

出身国での利用のための抽き出しを有利にする税優遇貯蓄口座開設や,

TWP

労働者のアメリカでの所得が 出身国での年金プログラムで配慮されるように求めるアメリカ政府の働きかけの実行など,出身国への帰 国の円滑化を進める措置もふくまれている。『

2005

年経済諮問委員会年次報告』エコノミスト

2005

5

23

日号

112

ページ。なお,この報告では,近年においてはアメリカが低熟練労働力の増加をすべて移民によ って補ってきた,という興味深い事実が指摘されている。同上,

96

ページ。

2) Eric Weinstein, "Migration for the benefit of all: Towards a new paradigm for economic immigration." 

International Labour Review, Vol 141 No.3, 2002. 

3) 日本においても,東南アジアの国々との自由貿易協定 (FTA) 交渉の中で,外国人労働者の受け入れが 合意事項の一つとなるなど,外国人労働者政策の本格的な策定が緊急性を帯び始めている。依光正哲編著『日 本の移民政策を考える一人口減少社会の課題』明石書店,

2005

8

月,手塚和彰「外国人労働者研究』信 山社,

2004

8

月,依光正哲編著『国際化する日本の労働市場』東洋経済新報社,

2003

12

月をはじめ,

近年この問題にかんする研究がさかんとなっているのはその証左といえよう。

(3)

I.

現行の計画はどこが問題なのか

出稼ぎ移民労働者計画が,受入国の多くで, とりわけ代議制民主主義をとる国々で,国民の 中に小さくはない不快感を生じさせるのはなぜであろうか。計画にたいして持ち出されるさま ざまな反対論の根拠を検討したうえで,

Weinstein

は,意見の対立を生む真の原因が経済的利 害の不一致にあり,そのことは歴史的な経験からも明らかであると指摘している

4

)。したがっ て,計画にたいする広い国民層の支持を得るためには,計画が受入国の国民にとって明白な利 益をもたらすことを保証しなければならない。この点で,諸国での計画の実施内容には共通し て三つの問題が認められるが,それらを適切に解決することが何よりも大切となる。

三つの問題とは,まず,雁用主による出稼ぎ移民労働者への束縛である。ほとんどの国の計 画では,出稼ぎ移民労働者の受け入れにあたっては雇用主が受入国での後見人となる制度が採 用されている。雇用主が後見人であることは,出稼ぎ移民労働者の就労上の諸権利や就業機会 の利用を制約する結果となることが多い。市場の自由なシステムの作用が防げられて非効率が 生じるとともに出稼ぎ移民労働者の人権が侵害されるおそれもある。つぎに,低所得水準の 国からの出稼ぎ移民労働者の受け入れは,労働生産性の上昇よりも,むしろ,受入国での賃金 水準の押し下げをもたらし,労働者から雇用主への所得移転を生じさせる。このことが,受入 国労働者の計画にたいする強い反撥の原因となっている。最後に,そしてもっとも重要な問題 は,出稼ぎ移民労働者の導入によって生じる費用がどの計画においても十分には配慮されてい ないことである。とりわけ,費用が雇用主によっても出稼ぎ移民労働者によっても負担され ない場合には「外部性

(Externalities)

」が発生するが,それにたいする対処が考えられてい る計画はほとんどない。むしろ,出稼ぎ移民労働者数の割当制実施で事足れりとするものが多 い。しかし,こうしたやり方は問題をすりかえるだけであり,さらに行政的官僚的な規制は,

不法入国や違法取引などの有害な結果を生じさせる可能性も持っている。

Weinstein

はこれらの三つの問題について詳細な検討を行っているのであるが,彼自身の主 唱する「出稼ぎ移民労働者計画の新たなパラダイム」との関連で,注目すべき論点を少し詳し

くみておきたい又

国外での就労を求める労働者にたいして,受入国の扉用主が保証人となって費用とリスクを 負担して,受け入れを行うという「直接保証人制度」が現在のところでは採用されている。ビ ザの手数料,法的な手続き,本国帰還の保証, さらに,後見している外国人労働者の行動にた いする法的責任など関連する責任は多く,雇用主にとって相当に大きな出費が必要となる。こ のため,被雇用者である外国人労働者に「自由な職探しの権利」を認めることを保証人である

4) E. Weinstein, op.cit., p.226.  5)  ibid., p.22836. 

(4)

雇用主に求めることは,不公正であるという判断が行われやすい。後見を受けている外国人労 働者は,受入国で代わりの雇用主を探す自由がないという結果となる。本来,労働者は,賃金 シグナルと雇用条件に反応して行動し,もっとも有効に充用されるところで最大の賃金を獲得 するというのが,仮想であるにもせよ,労働市場の基本ルールであり,それによって最大の効 率性が生じることになる。雇用主による束縛は,このルールを歪め,市場のもたらしうる効率 性を傷なう。また,雇用主による束縛は所有と類似していることから「権利の濫用」も生じゃ すい。外国人労働者は,本国による保護から切り離されていることが多く,また,雇用主にた いする苦情を申し立て補償を得ることは受入国において困難である。唯一可能と思われる選択 肢は,雇用主を替えることであるが「直接保証人制度」のもとではそれは不可能に近い。さら に,受入国の内国民労働者にとっても,雇用主による外国人労働者の束縛は自分たちにとって 無関係なことではない。企業への忠誠心は,内国民労働者にたいしては,賃金や待遇など雇用 主にとって獲得するのに小さくない出費を必要とするが,束縛しうる外国人労働者の場合には,

出費ははるかに小さくてすみ,同じ能力をもつ場合,雇用主にとっては,外国人を内国民より 優先して雇用しようという動機が強められることになるからである。

Weinstein

は雇用主による束縛の問題を解決するには,外国人労働者に

votingwith feet", 

移動の自由を与えるしかないと考えている。それ以外で適切な規制を労働市場内に設けること は難しいしまた,市場に与える歪みや非効率をとり除くことはできない。それゆえに,

「もし移動の自由にたいする障壁を国際的に低くするために,単純な経済的議論を受け容れ るのであれば,出稼ぎ移民労働者を受け入れている部門の内部では,受入国内の職探しにつ いても,修正をくわえたうえで,同じ議論を受け容れることになる\」

出稼ぎ移民労働者が受入国にもたらす経済的利益については,

Weinstein

は厳しい見方をし ている。国外からの労働力の補充によって,当該の職種において労働コストの低下が生じ,雇 用主には利澗の増加を,消費者には価格低下をもたらすが,出稼ぎ移民労働者がもたらす経済 的利益はほぽこれに尽きる。したがって,経済的利益の大きさは,受入国の賃金の水準を押し 下げる力の大きさ次第で決まるのであり出稼ぎ移民労働者の導入が労働生産性を高めて,所 得の全体での増加につながると期待することはできないというのがその基本的立場である。こ の主張を裏付けるために,

Weinstein

は,入移民のもたらす余剰

(immigrationsurplus)

にか んする

GeorgeJ. Borjas

の論文を参照して

7)

,その原理的部分からつぎのような含意をひき出 している。すなわち,(

1)

負の外部性

(Externality)

がなければ入移民は受入国に経済的純

6)  ibid., p.229. 

7)  George J. Borjas,  "The Economic Benefits from Immigration," Journal of Economic Perspectives, Vol.9  No.2, Spring 1995. Borjas

は入移民による余剰

(immigrationsurplus)

を入移民労働が生産性の上昇や雇 用の追加的増加によって直接にもたらす余剰と考えている。そして,種々の条件をパラメーター化して,

それらの変化により生じる余剰の増減を詳しく検討しているが,

Weinstein

が注目するのは,その部分では

なく,

Borjas

が,研究の出発点に置いた原理とその含意

(ibid.pp.89

,およぴ,

pp.1011.

)の部分である。

(5)

利益を与えると期待できる。(

2)

受入国での所得再分配効果は大きく.生産性上昇による利 益がごく小さいため,それをはるかに凌駕している。もし資本の所有が集中していれば,入移 民の生む利益もそれに応じて集中することになる。(

3)

受入部門の内国民労働者は経済的利 益をまったくうけない。雇用される労働者数の増加にともなって賃金水準が押し下げられ受入 国での経済的利益が生じるのであるから,何らかの補償措置が採られなければかなりの大きさ の所得の損失を蒙ることになる。入移民が受入国の社会に及ぽす効果の正負を考えるときに.

結局は受入国社会の福祉

(welfare)

を示す尺度として.平均値を採るのか中央値を採るのか がその判断を分けることにつながる。多少強引な理解ではあるが,

Weinstein

は .

Borjas

の議 論が,入移民のもたらす経済的利益にかんする賛否は内国民の所得の再分配をめぐって分れて

くるりという考えを支持していると結論づけている。

Weinstein

は.賃金押し下げ

(wagedepression)

が受入国の社会にもたらす影響をさらに検 討して,受入職種におけるゲットー化

(ghettoization)

を生むこと,訓練を要する職種での一 時的労働力不足が長期化することに注意を促している。出稼ぎ移民労働者計画の対象となりや すいのは.雇用主にとって十分な数の内国民労働者をひきつけるのが難しい職種であり.賃金 や待遇が他の職種に比して見劣りする場合が少くない。このような職種に計画により出稼ぎ移 民労働者が導入されて賃金押し下げが強まれば,この職種が特殊化され.内国民労働者の退避 が起こって移民労働者のみが集中する職種(職業上のゲットー)が創り出されることになる。

また,訓練を要する職種で一時的な労働力不足が生じたとき,新たな内国民労働者を誘い入れ るための努力を行って.労働市場の反応によって問題を解決するのではなく,出稼ぎ移民労働 者の受け入れが利用される場合がある。市場の反応を回避して.就労ビザの発行というその場 しのぎの方法が採られることで.不足が慢性化し長期化する。賃金押し下げはこの過程をさら に加速し,ついにはこの種職でもゲットー化が起きる結果となる

9)

Weinstein

は,労働市場 の対外的開放が,受入国の労働市場の持っている歪みをさらに大きくし固定化する可能性を持 つことをきわめて重視している。

出稼ぎ移民労働者計画が実施されることになれば,経済的・文化的利益とともに無数の費用 やリスクが発生する。計画の実施により生じると期待される歳入増(手数料,税金,場合によ っては社会保険料など)では,出稼ぎ移民労働者の受け入れに要する費用(計画の運営に直接 必要な費用など)だけでも十分に回収できるとはかぎらない。さらに出稼ぎ移民労働者の存 在が受入国の社会に負の効果を与え,それを解決するための間接的な費用を生じさせる。しか し,この,いわば社会的な費用を賄うための資金を計画自体からひき出すことは不可能に近い。

これらにくわえて,

Weinstein

は,計画の実施によって,内国民が本来享有していた「社会契約」

の一部と考えうる権利(たとえば,自国の労働市場に優先的にアクセスしうる権利)が失われ

8) E. Weinstein, op.cit., pp.2312.  9)  ibid., pp.2323. 

(6)

ることになると主張する

10)

。「社会契約」の構造の中に織り込まれている市民権が傷なわれ,

実質的な「社会契約」の書き換えが行われるのであれば,そのことにたいして,内国民(とり わけ労働者)は協議を行い,同意・不同意を意思表示し,必要な補償を求めることができる権 原

(entitlement)

を持つと

Weinstein

は力説する。

出稼ぎ移民労働者計画は,運営のために必要な直接的な費用を回収できるだけではなく,計 画に関連して発生する「外部性

(externalities)

」といえる問題にも対処しうるものであらね ばならない。これが

Weinstein

の主張を貫いている基本的立場なのである。

II.  Weinstein

の新しい解決案

現行の出稼ぎ移民労働者計画がぶつかっている困難や問題点を検討することによって,

Weinstein

は,受入国の国民の中でひろい支持を得るためには,計画が三つの条件を満たすこ とが必要であることを示した。何よりも市場(とりわけ労働市場)に歪みをもたらさないもの であること, というよりも逆に市場のメカニズムを利用し,その作用をさらに円滑化するよう なものが望ましいこと。また,計画の実施により生じる所得分配の偏りをできるかぎり小さく できるものであること。さらに,計画の実施にともなう費用を付随的な社会的費用をもふく めて,計画の内部で回収する仕組みを備えたものであること,それが三つの条件である。

現行の出稼ぎ移民労働者計画でも改善が図られなかったわけではないが,その多くは,計画 の実施過程で生じる個別の問題への対応に終わり,対応策を採ることが逆に新たな問題を生じ させる例も少くなかった。

Weinstein

は,計画を失敗に終わらせている真の原因が,不適切で 不十分な市場化にあると判断して,出稼ぎ移民労働者の導入が,労働生産性の上昇にもつなが

りうるような,真に市場に基礎を置く解決案(モデル)を提示しようとする

11)

Weinstein

が主張する現行計画の根本的構造的改革の核心となっているのは,保証人制度に もとづく就労ビザ発給システムから「売買しうる労働許可証の発行を応用した自己資金調達方 式 の 市 場 シ ス テ ム 」

(aself funding market system for the licencing of tradeable work  permits)

への転換である叱

Weinstein

は従来のシステムとの違いを,(

1)

出稼ぎ移民採用

にあたって恣意的な雇用主への割り当てがなくなり,市場によって受け入れ移民の総数が決定 されるので,受け入れ数が受け入れ能力を超えることがない。逆に,雇用主は,市場のシグナ ルに従って生産性の向上や賃金の調整を図ることができる,(

2)

システムのもたらす主たる 収入は,許可証発行料と移民労働者の所得税であるが,これが内国民労働者の賃金損失分や受 入国民の蒙る社会的費用をかなりな程度に償うことができれば,受入国の労働者や市民と雇用

10)  ibid., p.234.  11)  ibid., pp.23747.  12)  ibid., p.238. 

(7)

主の利害が同調する,(

3)

移民労働者にとっても,許可証が売買可能であることで,許可証 を購入した新しい雇用主の許で就労する途が拓かれ,同一労働同一賃金が実現することなどを 強調している。以下では,彼の主張をもう少し詳しく見ることにしたい。

Weinstein

は,出稼ぎ移民労働者が受入国の労働市場で,受け入れを認められた部門内では,

自由な移動が可能となることが重要だと考える。売買しうる労働許可証のシステムに切り換え ることにより,移民労働者は市場の示す賃金シグナルに反応して雇用主を替える自由を得るこ とになるが,それによって,雇用主への束縛がもたらしがちであった,非効率や低い生産性,

さらには,雇用主による濫用や虐待という事態を防ぐことができる。移民労働者は,同じ能力 を持つ他の移民労働者との,また,状況によっては内国民労働者との競争にさらされることに もなり,能力の十分な発揮が必要となる。他方,雇用主にとっては,入国までの手続きから本 国帰還までの費用を一括して負担する責任から免れ,移民労働者の充用予定に合わせて必要な 量の労働許可証を購入すればよいことになる。その結果,受け入れのために雇用主が負担する 費用は,移民労働者の雇用期間の長さに応じて雇用主間で分担される。

生産性の上昇を何を基準にして考えるのかは微妙な問題であるが, もし賃金コストとの対比 によるのであれば,出稼ぎ移民労働者計画は十分に生産性の上昇をもたらしうる。計画は,賃 金にたいして押し下げの圧力を生み,それは内国民労働者の賃金に影響を与える。

Weinstein

は受入国において賃金押し下げが生産性の上昇(ひいては収益性の上昇)を生む主原因となる ことから眼を逸らせるべきではないとする

13)

。内国民労働者は,賃金押し下げによる賃金所得 の損失を蒙るのであるから,この損失を補う(あるいは,補って余りある)具体的な給付がな いかぎり,出稼ぎ移民労働者計画に支持を与えることはないと考えられる。

Weinstein

が注目 するのは,主権国家における社会契約にもとづく権利—内国民労働者が保持する労働市場へ の優先的アクセスの権利—である。この価値ある権利(むしろ権原)の移転が, もし市場に おいて可能となるのであれば,出稼ぎ移民労働計画は公正な価格と引き換えに得られる権利に 基礎をおくものとなる。売買しうる労働許可証という構想はここを出発点としているが,許可 証の市場は,雇用主をライセンシーとし,内国民労働者をライセンサーとする,一種のライセ

ンス市場となる

14)

雇 用 王

< 

13)  ibid., p.240.  14)  ibid., p.240. 

許可証の 新規販売

)  購入支払い

許可証発行

二 三 配 分

(8)

主たる問題は.労働許可証の価格と内国民労働者への給付額であるが.許可証の価格水準は 賃金所得の押し下げによる損失予想額を十分に補うことができるだけのものでなければならな い 。

労働許可証のシステムにおいては,出稼ぎ移民労働者の受け入れ数(労働許可証の発行数)は,

受け入れにより生じる総費用を総収入がカバーしうるところで決定されるということになる が,この点については,

Weinstein

自身必らずしも十分な確信を持っているわけではない。経 済的分析では,確かに受入国は移民労働者の導入によって,大小の違いはあるものの,利益を 得ることができる。しかし,受入国が移民労働者から受ける損失については,受入国の持つ国 民的特殊性が大きくかかわってくる。移民労働者の生み出す経済的利益,直接的また間接的費 用にくわえて,受入国社会の固有の好みにもとづいて,相当する金額を見積もらねばならない 非金銭的な効果が存在するからである。これにはもちろん,利益となるものと費用となるもの の両者がふくまれている。受入国の社会の持つ性格が,これらの利益や費用の査定を大きく左 右するが,それは国民的主権にかかわる問題であり,それぞれの国の内部でとり扱われるべき ことである。十分に組織された市場であっても,許可証の価格がこの評価困難ともいえる費用 を十分に取り込むことに失敗すれば,「市場の失敗」を生じさせることになる

15)0

Weinstein

は,労働許可証のシステムを理論的に根拠づけるために,経済理論の分野で周知 の「コース的モデル」

(Coasianmodel)

を援用している

16)

。彼はこのモデルを二段階での考 え方として理解する

17)

。まず,社会契約にもとづく本来的権利(権原)の存在が非効率さを生 む原因となっているときには,可能であれば,それらの権原

(entitlements)

を売買しうる所 有権

(tradeableproperty rights)

に転換する,売買しうるようになることで,権利はもっと も高い金銭的価値

(value)

を持つと期待しうるし,他方で,権利の所有者は, どのように高 い指し値であろうと拒否して,権利を留保しつづけるという選択肢を確保できることになる。

つぎに,この所有権の取引のために市場が形成される。それによって,本来的で非効率な仕組 みの存在で自らの財産の運用に制約を受けていた人々は,この所有権を市場で買い取ることが でき制約から自由になることができる。二段階を経て,権利の当初の所有者はより高い金銭的 価値を得ることで,また,権利の購入者は自らの資産をより効率的に運用することで,ともに 状態を改善する結果となる。全ての当事者にとって衡平

(equity)が確保され,厚生 (welfare)

が最大に改善される。ただし,出稼ぎ移民労働者計画の場合には,コース的モデルに厳密にも

とづいた解決策がつねに実施できるとは,

Weinstein

自身考えてはいない。彼は,社会的厚生

15)  ibid., p.2412. 

16)  ibid., p.228.

純経済理論の世界,完全な市場を想定し,そこで問題を論じれば,解決案は.ロナルド・コ ースが主唱したといわれる定理にもとづくものとなる。しかし,

Weinstein

は,受入国の市場が「完全市場」

とは距りを持つことや,受入国の持つ制度の質や国民的な諸条件に特有のさまざまな細目への配慮を忘れ ているわけではない。ただ,それらは,政策の実施にあたって考慮すべき課題であると考えている。

17)  ibid., p.242. 

(9)

を極大化することはできないが,全ての当事者の状態を改善しうる次善,三善,さらに劣る解 決案を計画を実施する受入国の持つ制度的能力に応じて,完全市場を想定して作られた解決案

に,現実に適合させるための修正をくわえることによって提示していく

18)

Weinstein

は,コース的モデルにもとづく完全に内生的な「自然な市場解決案」

(natural market solution)

をまず提案する。労働許可証が取引される市場は,新規許可証の発行市場

と中古許可証の流通市場の二つから成っている。

Weinstein

の記述をもとに新規許可証の取引 の仕組みを図示すれば,つぎのようになる。

者 働 労

用 関

移民労働者を受け入れる 部門の雇用主を代表する

団体

当該部門の内国民 労働者を代表する

団体

渡航や手続きでの

許 三 分 府

ライセンス料 の支払い

中古許可証は,交換所で需給に応じた価格で取引される。他方で出稼ぎ移民労働者は,自由 な契約主体として行動し,許可証を有する雇用主であれば, どの雇用主のところでも就労する ことができる。受入国政府が負担した費用は,本来は移民労働者が負うべきものであるから,

許可料に含められて雇用主が支払い,就労後に移民労働者の賃金からさし引かれることになる。

新規許可証の取引においては,原理的には許可証の需要と供給の均衡によって,許可証の価 格と取引数(すなわち,出稼ぎ移民労働者の受け入れ数)が決定される。政府は,予想される 移民労働者由来の費用を移民労働者数の関数として見積もる。また,受け入れ部門の現役内国 民労働者は,許可証のライセンス料金表を雇用主が必要とする移民労働者数の関数として確定 する。この両者を合せたものが供給量に, したがって,受けとるべき補償の大きさを表す供給 関数になる。他方,受け入れ部門の雇用主は,許可証にたいして支払いうる最大限価格を示す 表を許可証数の関数として確定する。この需要関数とさきに見た供給関数が均衡点を持てば解 が得られることになる。

ところで,個人から成る多様な集団で合意が形成され,それらを公正に代表するという結果 が生み出されることは,内国民労働者の側でも,雇用主の側でも,それほど容易ではない。

18) ibid., pp.2437. 

(10)

Weinstein

はこのような場合には,政府の命令と統制の機能が重要であるとして,政府の役割 に重きを置く次善の解決案を提案する。さらに.受入国政府の計画立案者に創意工夫が欠け.

また.改革を公正に実行しうる制度的能力も存在しない場合には政府の関与で混乱を招くよ りはむしろ.市場の自由な作用に事態を委ねることを

Weinstein

は選んでいる。たとえさきに 見たようなゲットー化が進行したとしても,少くとも受け入れ部門では内国民労働者の賃金押

し下げによる所得の損失が生じないからである。これが三善の解決案となる。

Weinstein

は結論の部分で.移民労働者にたいする抵抗が国家全体のレベルで少くなるなら,

移民労働者は世界的に生産性の向上に貢献しうるのであり.移民労働者にたいする健全な市場 を創出するための積極的なビジョンを提出することが.論文の目的であるとのべている

19)

。国 家全体のレベルでの支持を得るのには.移民労働者によって生み出される生産性の向上が.よ

り多くの内国民に利益となるような所得の分配と結びつくことが必要であるというのが.彼の 主張の核心的部分であるが,国家のレベルでの問題を重視しなければならないのは.いうまで もなく,市場(とりわけ労働市場)が国家ごとに編成されており.労働者の移動がまったく自 由な「世界市場」は理論の中での抽象的な存在にすぎないからである。抽象的な理論から導か れる労働移動の自由がもたらす経済的利益が,現実の世界で実際に実現しうるためには検討し 解決しなければならない具体的な問題が存在する。

Weinstein

の言によれば.「国民国家の現代 においては.諸市場は諸国民の道具であって,その逆ではないという認識がもっとも重要であ る 。 」

20)

ということになる。

内国民雇用主により多数の移民労働者を移民労働者により大きな自由をそして,内国民 労働者により強い安心感をもたらすことをめざした,純理論的な市場解決案を,実施の可能性 を重視して,受入国の制度の質「完全市場」との乖離の程度,さらに,それぞれの国に特有 な事情を考慮に入れて,修正変形させる必要を認めるのも同じ認識によるものである。

m. 

コースの定理とは何であろうか

出稼ぎ移民労働者計画をふくめて.外国人(移民)労働者の受け入れについては国内にお ける労働力不足解消のための応急的手段や,外交・通商交渉における有効な取引材料として論 じられることが多い。

Weinstein

の提案は,より健全な労働市場の育成を意図するものであり,

個々の仕組みの細部については検討の余地を残すとはいえ,外国人労働者の受け入れ問題にか んする真摯な研究の成果であり,学ぶべき点が少くない。とりわけ,受入国の内国民労働者の 持つ社会契約上の権利(自国の労働市場への優先的なアクセスの権利)にかんする主張は,今 後の検討に値する重要な問題提起であると思われる。

19)  ibid., p.247.  20)  ibid., p.248. 

(11)

しかし,

Weinstein

の提示する解決案は.その本来の形(純理論な市場解決案)では,あま りにも抽象的であり現実との距りが大きすぎる

21)

。また.現実の諸事情を考慮に入れて解決案 を修正すれば,安易ともいうべき.国家(政府)の力能への僑りかかり(次善の案)や市場の 機能を信頼しての丸投げ(三善の案)に陥ってしまい.解決案を提示することが意味を失う。

抽象的に考察すれば理想的ともいえる解決案が得られるが.現実の具体的な諸条件の下ではそ の理想性はすっかり色褪せてしまう。この理想と現実の大きすぎるギャップはいったいどこか ら生まれるのであろうか。

Weinstein

が利用した,コース的モデルにその秘密が隠されている のではないだろうか。

コース的モデル

(Coasianmodel)

の理論的な基礎となっているのは,いわゆるコースの定 理

(Coase'stheorem)

である。経済学のテキストプック(とりわけ日本で出版されたもの)

には.必らずといっていいほど採りあげられ.外部性の内部化論の代表的なものとされる「定 理」であるが竺社会科学の分野(経済学もその一部にふくめると仮定して)の研究者の中で 無条件に支持されているというわけではない

23)

。たとえばある法学者は.

「権限

(entitlement)

の配分が争われているものとしよう。いまある者に権原が付与さ れているとしてその者が権原を手放してもよいとする金額と.権原が付与されていないとき にそれを取得するのに支払ってもよいとする金額をくらべよう。この場合,権原が付与され ているケースの方がそのものの財産状態がよいことから,その支払ってもよいと思う金額に 差異が生じる。……中略……たとえばある工場の設置により付近住民に騒音その他の著しい 悪影響が及ぶケースを考えよう。地域住民に損害賠償権が認められていない場合にその悪影 響を止めさせるのに支払ってもよいとする額が,その悪影響に起因する財産状態の悪化から 彼らに平穏に生活する権利が与えられている場合に当該権利を手放してもよいとする額を下 回る場合がありうる。この場合どちらの価格を基準に「富」を測定すればよいか問題である。

というのは.いずれを基準にするかはまさにルールの選択いかんによっているからである。

なおこの設例は.取引費用が存在しない場合は損害賠償ルールがいかに設定されようとも.

21)

あえて意地の悪い見方をすれば,移民労働者が雇用主にもたらす所得増加分の一部を割いて,受入部門 の内国民労働者を「買収」して受け入れへの支持をとりつけることを骨子にした提案であると受け取られ るかもしれない。

22)

「外部性」

(externality)

とは,「ある経済主体が財・サービスを生産したり消費したりする行為が,他の 経済主体に対して付随的な効果—望ましいものにせよ望ましくないものにせょ—を市場機構を媒介す ることなく及ぽす現象」をさしている。奥野正寛・鈴村興太郎『ミクロ経済学

I1

』岩波書店,

1988

年1

2

月 ,

271

ページ。外部性とその制御法(いわゆる内部化をふくめて)については同書第

32

章「外部性とコース の定理」で詳しく考察されている。

23)

外部性を財として市場機構の枠組みに取り込もうとする構想には,いくつかの問題が含まれている。現

実の外部性の事例においては,所有権の正当な所在をどう認定すべきかという判断が誰にとっても明瞭で

あるとはいえない場合が多いこと,また,「所得分配に関する判断」と「経済的効率性に関する判断」とを

分離する考え方であることなどの問題点が指摘されている。奥野・鈴村同上書,

2823

ページ。

(12)

自然的交渉の結果同じ効率的な資源配分が達成されることを主張するコースの定理にも限界 があることを示すものである。」

24)

と主張している。コースの定理にたいして無条件には同意できないという考えを持っているこ とが分かる。とはいえ,権原を売買しうる形に変え市場で取引できるようにし,また,その取 引に費用がかからないのであれば「富」の測定基準をめぐる問題は価格を標識とする選択を つうじて,市場のルールによって最適に解決されてしまう。「富」の価格についてのルールの 選択という問題は,コースの定理にかんしては存在しない。取引費用がゼロの世界では,権原 がどのようなものであろうと所有関係がいかなるものであろうと,それらを売買しうる所有権

(私的財産権)に変えることができ しかも,そのための費用はかからないのである。

別の法学者はコースの定理を解説して,つぎのようにのべている。

「交渉に費用がかからないとすれば外部性の問題は権利の設定によって解決可能であると いう主張である。ロナルド・コースが,

1960

年の論文で示したものである。……設例による 説明部分省略……ただ,この定理が前提とする取引費用がゼロという仮定の現実性は低く,

また,実際には利害対立者間に交渉力の差があり,外部性を解決するには,権利の設定を超 えた政府による規制が必要である。

25)

さきに引用したものと同様に,コースの定理の妥当領域に限界があることに言及しているが,

この定理の前提条件とされる取引費用

(Transactioncost) 

0 についての理解には大きな違 いがある。初めのものでは,どちらかといえば,市場における取引自体に付随している費用と いう意味あいが強いのにたいして,あとのものではむしろ,議論を展開するうえでの基本的諸 条件(場)そのものの設定という理解がなされている。

コースの定理において,取引費用と呼ばれているものの中味はいったい何であるのか,そし て,それがゼロであるというのはどういう意味であるのか,については必らずしも明確な理解 が一般的になされているとはいえない。しかし,この点について,コース自身の考えは明快で あり,終始一貰している。宮澤健ーは,コースの著書の訳書に付した解説のなかでそれをつぎ のようにまとめている。

「定理の焦点は,一方の権利の割当てのあり方が,他方の市場メカニズムや個別交渉による 効率的資源配分と,いかなる関係にあるかを明確に位置づけたことにある。その前半部分の ポイントは,権利の割当てと資源配分の効率的結果とは,ある条件が満たされるとき,相互 に独立となるという点にある。つまり,財産権や賠償責任が当事者間にどのように割り当て られていようとも,当事者間の自由な交渉を認めれば,問題の相互的性質によって,最終的 に達成された資源配分の決着点は同一となり,同じ効率が達成される。

24)

川濱昇「第

4

章 法と経済学」田中成明編『現代理論法学入門』法律文化社,

1993

11

月 ,

184

ページ。

25)

交告尚史・臼杵和史・前田陽ー・黒川哲志『環境法入門』有斐閣,

2005

年1

0

月 ,

127

ページ

(Column34

コースの定理)

(13)

・ ・ ・ ・ ・ ・ 中 略 ・ ・ ・ ・ ・ ・

しからば,コースの定理を成り立たせる「ある条件が満たされるとき」とは何か。それは 権利の割当てが明確に定義されていて,かつ交渉が支障をともなわずになされること,つま

り,取引コストがゼロであることである。現実世界ではこの条件は満たされていない。

ここから後半部分が始まる。ひとたび取引費用を認めるや,権利の割当てのいかんは,到 達される資源配分の結果を左右する。ある法制のもとでの最適な調整が,他の法制のもとで は最適たりえないことは,大いにおこりうるものとなる。伝統理論では取引費用ゼロの世 界にもっぱら関わってきた。そのために,権利の法的な境界画定と経済的均衡決定との,深 いつながりと依存関係が見失われてきたのである。」

26)

権利にかんする法的な諸関係(制度的配置)と経済的価値の最大化のあり方とのかかわりを 現実の世界の中で研究することそれこそがコースのめざしたことであり,取引費用という概 念はそうした研究を行ううえで重要な役割を担うものであった。取引費用ゼロというのは,こ のかかわりが消滅するところ,すなわち,法的な議論が一切必要ではなくなったこところで,

経済学の抽象的理論のみが支配する世界で議論をすすめるという,場の設定そのものを行う担 し書きなのである。

宮澤の解説がコースの意図を正しく伝えたものであることは,コース自身が自らの研究を回 想していることばによって確めることができる。ノーベル経済学賞のその年の受賞者としてス トックホルムで行った講演

27)

の中で,受賞対象の一つとなった

1960

年の論文にふれて,「……

私は,この論文が法学に与える影響について,ここで多くを語るつもりはない,それはすでに 大きくなっているから。しかし,経済学に与える影響をそれがいまだ大きくなっていないの で,主に話すことにしたい, もっとも時がたてばそうなるだろうと信じてはいるのだが。あの 論文の中で用いられたアプローチが結局はミクロ経済学の構造を変えてしまうだろうというの が私の考えだ。」

28)

とのべたあと,つぎのようにつづけている。

「……私の考えるところでは,私があの論文で示したことは,標準的な経済理論の想定で ある,取引費用ゼロの体制では,当事者間の交渉が富を最大とする取り決めを結ぶことに向 う , しかも,このことは当初の権利割当てとは無関係だということである。これが,私の研 究にもとづいているけれど,評判の良くないコースの定理である。名付けたのと定式化した

26) 宮澤健一「訳者あとがきと略解」ロナルド• H ・コース,宮沢健一・後藤晃•藤垣芳文訳『企業・市場・

法』東洋経済新報社,

1992

10

, 月

2456

ページ。取引費用ゼロという前提は,法の存在や機能を顧慮する 必要なく,理想化された競争的市場で問題をとり扱うという「議論の場」を設定することだといいかえる ことも可能である。

27)

この講演は,

1991

12

9

日に,ストックホルムで行われたが,

TheAmerican Economic Review,  Vol.82 No.4, September1992

に , R .

H. Coase,  "The Institutional Structure of Production."

として掲載され ている。

28)  ibid., p.717. 

(14)

のはジョージ・ステイグラー

29)

だが。……中略……しかしながら,私は,コースの定理を 正の取引費用をもつ経済の分析への途上の踏み石とみなしがちである。……中略……私の結 論:正の取引費用の世界を研究しようではないか。」

30)

「取引費用ゼロの体制から正の取引費用の体制に移れば.直ちに明らかになるのは,この 新しい世界での法的システムの決定的な重要性である。私は「社会的費用の問題」の中で,

市場で売買されるものは経済学者たちがよく考えるような物体なのではなくて.ある行 為を為す権利であること, また,諸個人が持つ権利は法的システムによって定められている

ことを説明した。取引費用ゼロの仮説的世界では,やりとりを行う当事者たちは,生産物の 価値を増大させるために必要なあらゆる手段を尽くすことを妨げている法の条項を変えるよ うに交渉するだろう,と想定することができるけれど,正の取引費用をもつ現実の世界では,

そのようなやり方はとても高くつくし. また,たとえそれが認められていても,法をめぐっ てそのような契約をたくさん結ぶのは得にならない。このために,諸個人の持つ権利は,彼 らの義務や特権もともに,ほとんどが,法の決定するものになっている。結果として.法的 システムは経済システムの働きに深い影響を及ぽし,いくつかの点では支配しているともい いうるのだ。」

31)

コースが取り組もうとするのはあくまでも.取引費用がゼロではない世界,法と経済が交 錯しおたがいに作用しあう世界,現実の世界である。そこでは.抽象の世界で構成され純化さ れた理論が無条件で通用するとはかぎらない。法の機能が完全にマヒした,取引費用ゼロの世 界で形成されたコース的モデル

32)

に依存することによって.

Weinstein

が,現実の世界にたい

29)

定式化と普及には.

HaroldDemsetz

の果たした役割も大きい。外部性の問題では

G.Stigler

が.独占と競 争政策の問題では

H.Demsetz

が「コースの定理」を用いて議論を組み立てている。

HaroldDemsetz, "The  Cost of Transacting,"  Quarterly Journal of Economics, Vol.82 No.I, 1968, pp.335. 

30)  R.H. Coase. op.cit., p.717.  31)  ibid., p.717. 

32)

取引費用ゼロの世界では他のシステム,たとえば法的システム,の機能がマヒ・消滅して,市場機構 のみが機能しているのであるから.問題は市場の内部でしか解決されないのでありまた,市場の内部で 適切に解決されるのである。内部化による解決と同様に,法的システムのマヒ・消滅を前提にして組み立 てられているのが.「コモンズ(共有地)の悲劇」という瞥え話である。共有地は「無主の土地」ではない のであるから.その用益にはルールや規制(法)が存在し,また.それらの運営にあたる共同社会(共有 者の社会)も存在する。共同社会の衰退とともにルールや規制も機能を失い,共有地の実体は無主の土地 に近いものとなる。悲劇の臀え話はこの状態を出発点にしている。法の機能がマヒした状況では.諸個人 はそれを無視して自由に土地を用益し.その結果として生み出されるものを私的に取得し領有しうること になる。土地の自由な(勝手な)用益を諸個人が行うことによって土地の荒廃がもたらされる。この悲劇 を終らせるには,土地を私有地化して所有者一人ひとりが責任を持って自分の所有地を管理するようにす ればよい。いかにも尤もらしい議論であるが,大事な問題を巧みに避けて通っている。法的システムの問 題を考慮に入れないから,私的財産権(所有権)の設定は費用ゼロで行いうる。本当にそうであろうか,

共有地に存在していた(マヒ状態ではあるが)ルールや規制とそれと結びついていた利害関係はどうなる

のかまた.土地を分割して私有地化するとき.誰にどんな分割の仕方で配分するのか。土地にかんす?

(15)

し て 提 示 す べ き 解 決 案 を 見 失 う 結 果 に 陥 っ た の は 仕 方 の な い こ と か も 知 れ な い 。

ヽる権利義務関係(法的システム)の一切を自由に決定できる.その問題については考える必要なしという

前提で議論をすすめるから所有形態の変更によって問題が解決するかのように見える。薔え話としてはお

もしろくても.この解決法は現実の世界では.せいぜいのところで.一つの選択肢を提示するだけのこと

である。現実の世界には法的システムが存在するし.取引費用はゼロではないからである。巧みに設定し

た仮想の世界で組み立てた議論が.現実の世界でベストの結論を与えるという根拠は何もない。

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