格付売買に於ける格差の決定 : 商品取引所格付売 買の研究、その3
著者 今西 庄次郎
雑誌名 關西大學經済論集
巻 3
号 特
ページ 9‑27
発行年 1953‑12‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/15814
格付賓買に於ける格差の決定 価格差である︒斯る価格差は供用銘柄中の栽準たる銘柄即ち標準品を某として統一的に決定せられること既に述べ
たところである︒
D i f f
e r e n
t i a l
s とは各銘柄の品質︑倖絞︑声価
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Fa
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縮に苺づく
盆
i )
格付西買に於ける洛差の決定を格付と呼ぶ人がある︒併し格付疫買に於ける格付とは︑格差の決定だけでなく供用範園の 確定︑標準品の選定をも含めた仕事全体に用うる方が適当と底うのである°尤も此の揚合にも格差の決定だけを指して格付 と呼ぶのも不当とは云えないが︑この時は狭義の意味と解すべきである︒
柊差の訣定は︑勿論︑正当に行われねばならないが︑それに入るに先立ち︑格付売買に於て何が故に格差決定が 行われるのであるか其の意味をはつきりさして置こうと思う︒泄間一般の認識をみるに︑彼等の多くは︑格差の袂 定は売予買手をして標逗品以外の銘柄を受渡しするも損得の無いようにすることであると考えているようである︒
このことは︑彼締が柁差が不当たれば売手買手に損得を与えるということのみを問即としているところから推察出
柊付売買に於ける供用銘柄の柊差
第 格付以買に於ける格差決定の意義
今 西 庄 次 郎
ーー商品取引所杵付売買の研究︑その
l ‑ l l )
格 付 賣 買 に 於 け る 格 差 の 決 定
︐
第
或る銘柄を不営に俊遇或は冷遇した場合
来る︒けれでも格差が正当でなければならないのは︑そのように売手買手に損得を窟すというだけでないのだ︒格 差が不当たるによってはもつと取引所としてよくない事態が起るのである°而してこのよくない事態の認識は︑結 局格差決定の意味をはつきり把握するによって生まれるのだ°斯くて格芸正当決定論の胃頭に︑先ず其の決定の意
味を今一度再認識して置く必要ありとなるのである︒
格差の決定は何のために行うか︑これは矢張り取引所に於ける格付売買の役割と結付けて理解すべきである°今 更繰返す迄もなく︑格付売買は商品の全体価格を立てんとするものであり︑そのため全体価格的牽聯関係にある多
数銘柄を適当たる楳準品の下に統一して売買する仕法である︒この埒合︑多数の銘柄を統一すると一云つても夫々品
質︑布級雰が異り︑延いて銘柄価格を異にしているのであり︑従てそれらを標準品の価位にするため加減すぺき価 格上の開きを定める必要が生ずるのである︒これ格埜に外ならたい︒斯くて格差の決定ということは︑多数銘柄の 価格上異ることをはつきりさすがようであって︑実は全体の銘柄を価格上裸にし価格上︱つのものに返元する手段
たのである︒
第一段の格塗決定の謡義から︑格塗を正当に定めねばならないのは︑それが不当であると全銘柄が価格上︱つに
ならず︑立つ相均が正当でなくなるからであることを知り得た︒以下︑不当に定められた場合.に起る事態を取上げ︑
格恙が如何に正当でなければならないかを明かにしようと思う︒
凡そ或る銘柄の格党が正当に決められないと一云つてもそれに二つの場合がある︒ーは正当た格差よりも割よく定
格付賣買に於ける格差の決定
められる場合で︑普遥侵遇と呼ばれ︑他は正当な格差よりも割悪く定められる場合で︑普通冷遇と呼ばれる︒前者
は標準品より五円方柊上げが花当であるA銘柄の格楚を一
0
円格上げとなし︑或は一0
円方柊下げが正当である
B
銘柄の格塗を五円格下げとするのを指称され︑後者は標準品より一
0
円方格上が正当であるC
銘柄の格差を五円格
上げとなし︑或は五円方格下げが正当であるD銘柄の格差を一
0
円格下げとするのを指称する︒先ず︑或る銘柄が優遇された場合から考察するが︑今仮りに格差五円格上げであるのが一
0
円格上げとされたと(J
O園格下げであるのを五闘格下げとした場合も起る事態は以下と同じであるので改めて取上げないこととする︶︒
場合︑優遇銘柄は好.んで受渡に使われんとする0
而してそれが分掻の少い銘柄であるときは︑立つ相場はそれによ
つて影惣されたものとならな翌0例えばその格差が正当であった場合ー
00
円と立つとしたとき︑依然一00
円の相場が立つ︒そこに現れるのは︑ただ︑その銘柄の渡し方は一︱
0
円の計算となるがゆえ実物市場に於ける一0
五円に比べ得となb︑それを渡された者は損となるという事態である︒
処が︑優遇された銘柄の分地が大となれば︑立つ相場は影響を受けるに至るのだ0
優遇された銘柄の分蓋が大で
あると一ぞう︑それは一つの銘柄だけでそのような分量とたることは稀で︑通常複数の銘柄でたければならなぃ°但
し複数の優遇された銘柄の場合は︑凡てが平等に優退されるとは限らず︑甲は五円︑乙は人円︑丙は三円というよ
うに不揃いであることもあり得るわけであるが︑この不揃いのときの話は後に臨り︑今は複数銘柄にても優遇度は
凡て同じく︑五円方優遇されたとしよう0
而してそこに起る事態であるが︑取引所に於ける売手は争つて似遇銘柄
を渡さんとし︑ する
取引所研究者がグレシ・
1 1
一方それを見てとる買手の中の実物引取りの需要者は取引所を敬遠し︑投機需要者は買い申出値段
を下げんとするのである︒その優遇銘柄のみ横行し他の銘柄が殆ど姿を現さないのをみて︑
この
ャムの法則が行われると称すること既に柊付売買供用範囲論で要言したところである︒彼等の多くはグレシャムの 法則の行われることを取上げるのみであるが︑実はそこに立つ相場が正当性を喪ったものとなるのだ︒乃ち︑仮り
に格差が正当に定められていた場合全体価格たる相場が一
00
円と立つものならば︑俊遇銘柄の横行によりそれは
1 0
0
円以下となり︑最悪の場合九五円とならんとする0如何なる場合に九九円となり如何なる場合に九五円とた るか、•これは理論的には、主として銘柄の分批によると一云つてよぃ°素より一00円と立っ.べきところが九九円と 立てぱ俊遇銘柄の実際の俊遇度は四円となり︑九五円と立てぱ実際優遇度は全くはげてしまうわけである︒この俊 遇度のはげることは関係者としては兎も角︑相場が次第に正当度よりそれることは相場公定機関たる取引所として
迫憾であること最早云う迄もない︒
右に述べたところは優遇銘柄が一種か︑二種以上で俊遇度が仝一である場合の事態であった︒が︑現実に於ては
二踵以上の銘柄が不揃いに俊遇された格疫に定められるという例も珍しくないのである0
今︑話を判り易くするた
めA銘柄は五円方︑
B
銘柄
は一
0
円方不当に俊遇された格恙を与えられたとして起る事態に就いて究明しよう
0先
ず ︑
A銘柄B銘柄を併せても少ふ恥であれば︑立つ相均は殆ど影特を受けないこと︑既述俊遇銘柄一`種で少最の時と
変らた兄°而して
A
B併せて共の分"露が大とたり取引朋に横行するが如き欣態とたれば︑立つ相場は影網を受ける
を免れないのだ︒この場合Aと
B
の分虻廠係が問阻とたり︑B
銘柄の分是が少掻たれば︑格差が正当に定められた
とき祖均が一
0C
円と立つと仮定して︑九五円見当となる︒之に反し
B
銘柄の分拉も大なるときは相場は九
0
円に近い貯に定まら︐ダくする︒勿論︑前︑布の勾合B
釣柄の渡し方は相均九五円まで下つても五円方得をし夫を渡された
者は五円方損するが︑後者の場合A鈴柄の疲し方は初めから俊退の利を享受しないこととなるわけである︒
格付賣買に於ける格差の決定
に騒がれて訂正せざるを得ないこととなる筈であるのだ︒
以上述べたところに従えば︑或る銘柄乃至敗穂の究柄が極端に優過された場合には相場は何処までも低められる ように恩わす︒肉えは或る銘栢が五円栓上けを至当とするとき二
0
円杵上げとせられたならば一
0
0円と立つべき
祖均は八0
円となりそうである°碓に理定から云えばそうであるが︑実際にはそうはならないことを知つて置かね ばならない︒先ず︑格差決定に当つては決定機関は懸命に正当た大いさ裟与えるよう努力するところであり︑少し の外れはあるにしても︑そのような極端な俊遇はあり得たいことが一字われるのである0
次に︑仮りにそのような大 いに外れた俊遇がなされ馬鹿に低い相均か立たんとしても︑
その時はそのようた相場は疾くに批間に相手にされ ず︑進んではその市場は取引所と待遇されないに至るのである︒つまり︑そのようた事態は最早取引所としての権 威を有たない市均に於てのみあり得ることで︑摸言せば吟常の取引所に於てはそのような事態が起らんとせば直ち 咳で或る銘柄が冷遇された場合の考察に入る炉︑格差一
0
円格上げを至当とするのが五円格上げとされたとして
話を進めよう盆論︑五闘格下げであるのを一〇闘格下げとしても同じである︶︒この場合︑冷遇銘柄は︑取引所での売買
は不利であるがゆえ︑市切に現れない︒結局︑当該銘柄を一応供用範囲から除外した形となるが︑分擾の少い銘柄 であれば立つ相渇はそれによつて艇孵されたものとならな愕併し冷過された銘柄の分●軍が非常に大であると相場 が影孵を受けるに至る︒この冷遇された銘柄の分最が大ということは︑
一穂の銘柄だけでそうなるのは稀で︑矢張 り数個以上の銘柄が等しく冷過されたときに出来上るのが普通である
0而してその影郷1
の程度であるが︑正当な柊
差の場合一
00
円と立つ相碍が一
00
円以上となり︑最悪の場合一
0
五円たらんとする︒何故そのようになるかと 云えば︑不利な銘柄が市場に姿を瑛さないによ
b︵これが亦グレジャム法則の事象に入れられると註舞する迄もなかろう︶
l3
こと言を侯たぬ︒
一方これを見た投機買が買煽る情勢となるからであり︑斯の事態は相場上昇時に著しくなる
1 0
五円となれば冷過銘柄も採算がとれるので姿を現し常態に戻る︒廷和局︑冷遇された銘柄の不
利を除くような回復作用が市場的に行われるわけである︒前︑冷遇の場合に於ても︑
A銘柄は五円方冷過︑B
銘柄
は一
0
円方冷遇というように複数の銘柄につき夫々冷遇度の異る例を取上げねばならないが︑そこに起る事態は大 体前の優遇の場合の事態を逆にしたものと考えてよい
0
即ち
︑ A銘柄B
銘柄併せても少拉なればそれらが取引所に 姿を硯さないだけで︑セつ相均には影褥なく︑共の歯が大となるにつれ︑相場は五円方︑更に
B
銘柄の分拭が大な
るときは最悪一
0
円方Cこの
時は
A銘柄は次第に姿を現すが︶正当絲より上廻った大いさたらんとする︒
優遇の場合︑極端た優過をなしたときの郡態は観念的には兎も角︑余り現実的とならないことを述べたが︑この
事は今冷遇の均合も変りはない︒
最後に︑不当柊差決定による那態として取上げて置こう
A E
心うのは︑優過と冷遇が共存する坦合︑即ち或る銘柄乃至銘柄群を俊遇すると同時に︑或る銘柄乃至銘柄群を冷過した均合である︒今仮りに︑
A
銘柄五円格上げのもの
を一
0
円格上げ即ち五円方俊過し︑B銘柄
一
0
円杵下げのものを一五円格下げ即ち五円冷遇したとし︑然も
A
銘柄
︑
B
銘柄とも相当に大筑であるとして起る事態を巧えてみよう︒この場合︑簡単に︑優遇により相場が正当絲より五 円押され冷遇により五円吊上げられるので恰度相殺して正当絲が維持されると考えては︑全く幼稚である︒先ず︑
A銘柄とB銘柄の"冥炉偶々同じ位であるというようなのは稀なことであり︑何れか一方がより大であるのが普通で
ある︒今Aの方がより大であるとせば田均は押下げられて九丘円とたり︑B
は一
0
円でも市均から姿を泊さんと
0
する位なるがゆえ益々姿を消すことにたるのだ︒次に︑B
の方がより大であるとせばそれは市場から姿を消して和
出廻り商品抵焚減り︑
格付賓買に於ける格差の決定
銘柄が標準銘柄との間に有する価格差を取入れる態陵である︒前者は︑取引所は相場公定機関である以上︑各銘柄 実際にも存在したとこみである︒ 凡そ格差を定める方法︑否方法というより態度として二つある︒この二つは観念的にも考えられるのみたらず︑
一は取引所が自主的︑専制的に定めんとする態度であり︑他は実物市場に於て各
を知った°然らば格差は如何にせぱ正当に定め得られるであろうか︒
第
つ の 態 度
場を押上げんとするが︑この押上げは市場に流通する品不足によるとして︑
が大抵の銘柄であってもそのようた
不足となるのは取引所として余程のことであるので押上げが鈍いところへ︑
A
の践屈による押下げが働くため︑こ
の場合は大低相場は一
00
円より少し上の線に押上げられる程度となる︒乃ち先に冷遇のみの場合︑その銘柄が大 散なれば相場を押上げることを述べた際には触れたかったが︑優遇が押下げる力に比べ冷遇が押上げる力は翻して
弱いことを今知らねばならたいのだ︒言う迄もたく︑取引所商品は全体として大最物件であり︑一種或は数種の銘
柄が抜けたぐらいで︑相場上昇時で煽揚のきく場合は別として︑直ちに投機の買占めが効くほどとなることは少い
からである°既に冷遇
B
銘柄が俊遇A
銘柄に比べ相当に大産であっても押上げる力弱いとせぱ︑A
︑B
両銘柄が同
最ぐらいのときでも押上げ押下げが平筒する欣態とならず︑寧ろ
A
の押下げが勝つことが蜘れよう︒ただ︑A
のみ
であれば例えば一
0
円と立たず九五円とならんとする相場が︑そこ迄到らず九七円︑九六円の程度に止まること
0
となるわけである︒
格 差 決 定 の 前段により柊付売買に於ては飽く迄柊差を正当に定めねばならないこと︑殊に大童銘柄の格差はそうであること
Is
の価格も取引所が自主的に定与し実物市場以下に従わす力を有たねぱたらぬ︑有つてよい筈だという考に立つもの である°之に対し後者は︑各銘柄の銘柄価格は実物市場以下に於て生ずるのであり︑従て格差もこの市場の現実に
従つて定めねばならぬという考に立つものである︒
従来格付売買の格差決定のやり方に品質主義と市価︑主義の二つがあるとされた︒一体︑商品の各銘柄価格は当該
銘柄の品質︑等紋のほか︑市場に於ける膝史や馴染︑所謂声価︑その時の需給の最関係などによって定まるもので
あり︑従て市価に従つて格差を決めると一云つても品質等殺は充分中味に入っているのである︒ただ品等中心の立場
からみれば外れていると思われる一畢冽もなしとせず︑そこに市価︑主義に対立するものとして品質主義を取上げるの
も︑全く意味無しき云えないことも一云える°併しこの品質︑主義も品質一点張りで他のファククーは全く考慮しない
とぃうものであり得ないのである0斯くて品質主義と市価︑主義と一云うも︑実質は相対的は開きを有つに止まり︑そ
れほど対立せしめてよい︑主義とはならたいのだ︒仰すら決定に取入れられる中味よりも︑外部的乍ら︑格差決定が取
引所自主的に行われるか実物市鴻本位こ行われるかに箸限し︑取引所自主主義と実物市場本位︑主義の二つとなすが
適当しているのである︒
然らば正碓な格塗を決定する態度として取引所自主ヽ主義と実物市場本位︑主義の何れが支持されるであろうか︒先
ず︑私は取引所自主宅義は一つの大きい錆党に立つていることを指摘し度いのである︒上に述べた如く此の主義の 根底は︑取引所は当該商品の旧場公定磯閂であb各銘柄り価格を決めるものとして夫等の格差を自主的に定めてよ い︑香定むべきであるというのである°併し︑性て柊付売買根拠四で明かにしたように︑商品の各銘柄の銘柄価格
は共の全体価格を禁とし︑印叩わぱそれを各個の品等に応ずる価格に返元する形にて定まるものであり︑この遮元は
格付賓買に於ける格差の決定
実物市場以下の取引に於て果たされるのである︒この事をよく認識すれば︑格差決定に当り取引所が価格公定機関 と℃う仕事の範岡を勝手に廣く解釈し︑銘柄価柊まで自分が沢めるべきものとなす態度を以て臨むことが誤りであ 取引所自主主義が支持され得たいとすれば柊差の訣定は実物市均本位主義によるべしと考えられるが︑これに砒
いては少しく述べたければならない︒
一体︑実物市場なるものは中枢市場たる取引所を太陽とすれば衛星の如く︑主 要都市に複数に存立するのであり︑各実物市場毎に多少異った価格を出すところである︒従て取引所格付売買に於 ける格差決定には実物市塙価格を本位とするというに︑何れを採るべきやとなる︒これに就ては取引所お膝元の実 物市場価格を採るか各地実物市場価格を平均することが提案される︒後者の方がより穏当であり︑特にアメリカな ど多数の実物市場を掟している所ではこれが採用されている
6
処で︑右の点よりも今一闇問四となるのは︑実物市 塙価柊ぱ一時的た霞給関係で脩り易く正当でないとみら訊る均合のあることである︒丑布し実物市場本位主義に徹`す れぼそれをも構わデ其の大いさを基として柊差を決定テベしとたる°併し斯る情依した市価は間もたく正当線に向
つて勁くこと必せられ︑
そのまま取入れることは決して正しいとは云えないのだ︒結局︑市場情勢を勘案し 品質を考慮すべしとは云わぬ︶適当な是正をなすことが大切となるのである°要するに︑格差決定は実物市場価格を本 位とするとして︑それは実物市場追随主義であってはならず︑実物市場導重主義であるべきであるのだ︒
註
C 1
例えばニュョーク棉花取引所では一0ヶ所の究物市場債洛を平均することとしている︒)
J .B .
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Tr
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g,
1
94 9, p . 13 9.
正当たる格差を訣定する態度としては実物市場尊重︑主義が採るに値することを明かにしたが︑最後にそれと関聯 ること︑容品に舞鮮されると思うのだ︒
︵敢 て
f7
し念のため一言して置こうと思うこと炉ある︒第一段に述べた如く格付売買に於ける格差の決定は︑多数の銘柄を 結合し価格上︱つのものとするという性質を有つが︑この事は今実物市場の価格を本位として格差を決めるという 場合に於ても何等変りはないのである︒泄人︑往々にして︑実物市場の価格を基としてきめた格付表を以て恰も各 銘柄の銘柄価格が既に与えられたが如くに考えんとする°併しこれは全く誤解である︒現時の各銘柄価格は︑右の 格付によって統一された対象につき売買が行われて立つ全体価格を基とし︑実物市場以下が与えるによって始めて 得られるのだ︒要言すれば︑実物市場の価格を本位として格差を決めるという其の市価は一時点以前の市価に外た
らないものとなるのであり︑其の格付はこれから全体価格を立てんがための準備︑
格 差 決 定 時 期 の
お陪立に過ぎたいのである︒
格差は︑前段に述べたが如く︑実物市場価格本位︑主義を以て定めるのが最も優遇冷遇少く正当に与えられる0而
してこれによれば︑各銘柄の銘柄価格の開きは常に変化するのが普通であるがゆえ︑格差も亦変更しなければなら なくなるわけである°尤も何れの商品界にありても十日や半月で銘柄の市価差がそう問顔となるほど勤くことはな いが︑ニヶ月︑三ヶ月ともなれば充分あり得る事実となる°処が︑周知のように︑商品取引所の取引は定期取引で ぁり︑数ヶ月以上の期阪を有つのが通常である︒その間に格差変更の必要が問願となること︑云う迄もない︒
一部の人々は︑格差の沢定を取引開始に先立ちて行わず︑受渡期日に接近せる頃に遮当に行ぅに如かず と提案する︒この提案は格付売買は供用範囲を碓定し標準銘柄を定めただけで行い得ないことはないとの見解に立
つて
5
る°勿論︑これは︑標準銘柄の関係者以外が売買しないというのでなく︑各銘柄の関係者も︑受渡の時に適
斯く
て︑
第四
問 題
格付賣買に於ける・格差の決定
前者は固定主義と呼ばれ︑後者は時価主義と呼ばれている︒ 当た格差が与えられるがゆえ︑自己の銘柄を一応標準銘柄だと思うて売買する︑
と考えるのである°併し乍らこの 提案は正しくないと云わねばならない︒蓋しこの提案の根底をなしている︑格付売買は供用範囲を碓立し標準品を 選定しただけで行い得るという見解は通用しないからだ︒若しこの見解が通用するとすれば︑第一段の格差決定の 意義論で述べた︑格差の決定により全銘柄が価格上一体とたるという康は観念的な意味合いしか有たないものとな るわけである︒けれどもそれは決して観念的に止まらないのだ︒と云うのは︑格差が決定せられるにより各銘柄の 需要者供給者は格付売買に出勤する意思と態度を涙し得るからである︒
上に述べたところから格付売買に於ては取引開始に先立ち格差の決定を行うべきことを知るが︑勿論これには胃 頭に述べた︑格差は実質的に往々変化するという問願が終らんでくる°而してこれに対しては二つの態度が考えら れ︑それらは過去に於て実際にも行われたところである︒
一は当初定めた格差をそのまま受渡にも使うというやり 方であり︑他は当初一応定めるが受渡に接近し余りに不当となった銘柄の格差は之を訂正するというやり方である︒
註
C 1 )
固定主義は従来品質主義に涌ずるものとされた°併し固定主義をとるものが嘗初格差を決めるとき市債によることもあ り得︑又その褻更しないのは品質に立脚している限り格差は動かないからというのでなく︑動かすと不公平になるというよ
うな事楠に基くものが多いのである︒
註
( 2 )
餘り有力ではないが︑一部に歩合格付なる方法を提案する者がある︒これは格差が銘柄の債格水準によって必然的に動 く点を取上げたものである︒或る銘柄の銘柄債洛五〇閾の時︑模準銘柄との格差五岡格上げ或は格下げなれば︑相場が上昇
し七0
倒ぐらいとなるにつれ格差も必然的に七闘格上げ或は格下げとならざるを得ない点が︑其の着眠点である︒この方法 のやるところは︑格差を決める時絶対値で五圏格上げとか烙下げとせナ︑比率で︑例えば
A
銘 柄 は 標 準 銘 柄 に 対 し 一
・ 一 或
19
は0
・九というように示すのである°思うに︑歩合格付法は賓体は時慎主義とみられないでもないが︑それに於ける格差の 礎化は嘗初の洛差を基としており︑共の後に於ける銘柄慣沿の動きを無諷している︒即ちそれは固定主義的な性格をも哉し ているという意味に於て︑雨主義の中問的なものとも云えるのである︒
然らばこの二つの態度の何れが正しいであろうか︒まず︑固定主義支持の主たる論拠は︑
一度定めた格差を変更
するやり方は売買者に違算を生ぜしめ︑取引所の取引仕法としてフニア﹈でないというところにある°勿論︑格差 は絶対に変化しないとなすものでないがゆえ︑結局固定︑主義としては現在の市価のみに捉われることなく寧ろ受渡 期日を目標に︑よく将来の情勢を加味し︑出来るだけ変更の必要の起らないような格差を定めるやり方をとること
となる︒併し固定︑主義ではこのようた努力が払われるとしても︑矢張り時日のな﹄過と共に格差が実物市均の実際と
一致しない噸態●生ぜざるを得ないのである︒当誌銘柄の梢費謳情︑生産事情等に予測以外の変化が起るものであ るからである︒而して定められている格差が実際の格差と一致したい噸態は︑当該銘柄が侵遇或は冷遇せられてい ることに外ならぬ︒これは当初誤つて優遇或は冷遇した格差をきめた場合と何憚変わるところはない︒即ちそこに は第二段に述べた︑侵遇或は冷遇した場合の相均が歪められる現俊を生ずることとなるのである︒
同定︑主義が甜す如上の相均咀曲り事態に対・てはそれは大した悪形惑を及ぽさないとも考えられる︒凡て荊品取
引所の定期取引は限月閲となつており︑例えば三ヶ月期限ならば当月限念自限︶︑翌月眼︵中限︶︑翌々月限︵先限︑
先物︶と三本立とたり︑その相均も期近︑中間︑先物と一一一種に分たれる︒この中︑翡間の取引所相塙を標準視する
眼は主として先物に注がれるのであるが︑今右の事態は性質上︑主として当限に起り︑中限︑特に先物に至つては未
だ現れないのを普通とするがゆえ︑悪"汐野は余り発抑されない︑
というのが其の考である︒この言い分は多少肯け
格付習買tこ於ける洛差の決定
る︒併し取引所相場は期近︑中物︑先物と三種に分れるといつてもそれは一応であり︑結局相互に問聯せしめられ て一つの当哀商晶の相場として受取られるのであり︑従て当眼相場の歪みは矢張り人々の相場観を狂わすのを免れ
得ないのである︒
固定主義格差訣定が祖男に与える影噸りはそれとして︑そのやり方が支持される砧極的な論拠たる︑一度定めた格 差を変更することは売買者に迎竹介を生ぜしめフェアーでないという点に就いても実は問阪があるのだ︒一体︑売買 喜 輝 窒 与 え る と い う が
︑ 例 え ば 掛 繋 ぎ 目 的 の 売
︑ 買 で も 喜 決 済 を な す も の は
︑ 相 場 が 正 常 で あ る 方 が そ の 目 的に適うところで︑格差の変夏は寧ろ結樽だとたすくらいである︒結局︑柊差変更が利害に嗚くのは実物受渡をな す売︑買であり︑例えば柊上げ一0
円の銘柄を五円格上げと変更し或は五円格下げの銘柄を一
0
円格下げと変更す るとき占立し方.ぷそ虹だけ受取る金悶が少くなるのは雫実である°併しよく考えてみれば︑当該銘柄の実物市場に 於ける価格は五円方低落しているのであり︑彼が受取る金額誓︳円方少いとしても実質的には損害となったとは一
H
えないのだ︑8にいいち︑相手方たろ共の釣柄を渡された買手も支払は五円方少くたったとしても其の時の実物市場 の銘柄佃柊がそ虹だけ下つているので︑別段利益を得たことにたつていたいのだ°強いて云えば︑渡し方は変更し ただけ信け損い︑受け方は合理的な時価にして貰ったというところである︒
フ=アーであると結餡されるのである︒
一歩進んで考えると︑実物市場の銘柄 価格炉変化しているに拘らデ柊付売買の格差を飽く迄そのままにして受渡することは︑全体価格たる相場の変動の ほかに銘柄価格の変助分だけ投椴を行うているともみられるのだ︒斯<吟味すれば︑格差の訂正は︑受渡金額が売 買者の当初予想していたご変わりその意味では違尊かも知札ないが︑実質的な損得を惹起せず寧ろそうする方が
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位論で詞れて置いた如く︑ 上に於ては格上げが少くなるよう格下げが多くなるよう訂正される場合を例に用いたが︑格上げが多くなるよう格下げが少くなるよう訂正される場合も筋は同じである︒即ち︑営該銘柄の渡し方は富初計益していたより多く受取るが賀物市場で共の債格が上つているので合理的にして宜っただけであり︑受け方は多く支柳わねばならないが損でなく儲け損うたというに
過ぎ
ない
︒ これ迄述べて来たところにより格差の決定は固定主義よりも時価︑主義に従うべしとたった︒吾々の謂う時価主義 とは一応新甫開始に先立ちて快定すると共に其の後市価に変化があれぱ適当に訂正するやり方であるが︑今考察の
一方の立場から一云えば実物市褐価格に相当な変化がある以上格差を訂正 し 相 場 が 歪 ま な い よ う に す べ き で あ る が
︑ 他 の 立 場 か ら は 可 及 的 に 訂 正 を 行 う 必 要 の な い よ う に す る こ と も 大 切 な のである︒後者は︑勿論︑取引所は実物市場を指甜するほどのものという見地に立つものでたく︑余り変更するこ とは格付表に対する権威が蒋くなるからである
0
実 物 市 場 な る も の は 一 時 的 た 事 情 で 或 る 銘 柄 の 市 場 価 格 を 勤 揺 さ すことがあり︑僅かの変化をも取上げていては問もなく再訂正を要するというようにならんとする
0
時 に は 取 引 所 の格差変更を目指し実物市培にて策勁するということもあり得る
G之に対應するてとしては︑先に格差決定の賀物市場本
︱つの穴物市場によらず多数の究物市場を平均することが畢げられる︶°何れにしても格差の訂正
は仲々六ヶしい仕事であり︑それが理想通り行われるか否かは絣局格差決定機関の有能無能に帰滸することとなる︒
詢
︑ 柊 辛 芸 二 屈 は
︑ 受 渡 準 備 の た め
︑ 受 波 期 日 に 先 立 つ 一 定 の 期 間 を 以 て 打 切 り
︑ 最 後 的 な 格 差 の 碓 定 を 行 わ ね ば たらない︒この期間が幾昨であるかは商品界の事情にもよるが︑
一般的には半ヶ月位でないかと思われる︒
丘︶我図の曲品取引所に於ける格差決定の時期をみるに︑少し践論の餘地がありそうである︒砂糖取引所の如く取引開始の前に 宜点が訂正の方にあること一云う迄もない︒
︵註
︶
格付賣買に於ける洛差の決定
登表している所もあるが︑綿糸取引所︵六ヶ月定期瑕引︶では受渡ニヶ月前に洛差登表を行い︑人繕糸取引所︵六ヶ月定期 瑕引︶では受渡一ヶ月前に登表している︒後者らは格差を定めずして格付喪買を始め受渡日に近附いてそれを決定するよう
で︑吾人の論旨と違った時蹟主義を採つているよう}亡見える︒併し格付賓買の本質からして格差が判らずに取引が闘滑に行
われるものでなく︑右の綿糸︑人絹糸も汲近受渡のために登表せられた格差を新しい限月の格差として公例︐ズば綿糸の場合︑
一月苛lll—六月末受渡ーーの取引には十二月末頃凌表される二月限受渡の分の格差>非公式乍ら一般の取引者が取上げて
いるものに外ならぬ︒つまり綿糸の受渡ニヶ月以前︑人組糸の受渡l
ヶ月以前に格差を決定するというのは︑最終的に確定
せられる格差のことと解稗するの外ないのである︒この場合︑綿糸ニヶ月以前︑人絹糸一ヶ月以前は夫々綿糸界︑人繕界の
事個によるのでもあろうが︑少し期間が長過ぎることが一本われるのだ︒
以上述べたように正当な格差の決定は仲々六ヶしい仕事であり︑さればこそ如何にせば正当な格差が得られるか に就き真剣な取組みをなして来たところである︒処が︑この格差にも亦価格政策︑生産政策の働く場合があり︑却 てわざわざ不当た格差即ち優遇︑冷遇された格差が定与されんとするのだ°然もこれを供用範囲︑標準品に比べて︑
その政策利用は一層多いと一云われるのである︒蓋しわざと供用品に加え或はそれから削りへ標準品を変更すること
は︑反対論も起り易く︑大儀た仕事であるが︑格差の加減は格付の当初でも後でも比較的抵杭少く行い得る可能性
を有つからである︒以下その効果に就いて眺めてみよう︒
先ず相場引上げ政策であるが︑少最の銘柄を優遇しても効果はないとして︑大董の銘柄乃至銘柄群を優遇すると きは夫等がはびこり取引所相場が正当線より低まることは既述の通りである︒上等品銘柄よりも下等品銘柄の優遇
第 五 債 格 政 策 並 び に 生 産 政 策 と 格 差
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る ︒ したとするも︑取引所の支配性が蒋らぎ︑実物市場に於ては取引所相場を無視し依然高い価格が行われるからであ 鋤きかけねばならず優遇をひどくしなければならないが︑これには反対論も高くたるのみならず︑縦令無理に弛行 のである︒蓋し相場乎静の時ならば少しく優遇しても相当の影響が現れるのだが︑今暴謄を引下げんとせぱ力強く もな唸併し相場引下げの効果を果して欲するが如く発揮し得るやに至つては︑矢張り疑問としなければならない の方が一層その事象を現すが︑これは格差優遇に加え下等品の受取りを敬遠する嫌気が働くからであること云う迄 次に相楊引上げ政策としての格差対策が相当大拙の銘柄を冷遇して市場から姿を消さし上昇力を培わんとするも
のであることは一ぞう迄もない︒而してこれの効呆も第二段の極端た不当冷過の場合の相場影懇論で述べた通
D
である︵官て述べた︑供用範岡の縮少による相場吊上げ策の放果とも同じ︶°相場平静時には割合相場を引上げる事態を起すに
拘らず︑さて下落時に引上げんとするときは余り効果を発揮し得ないという次第である︒
生産政策としての格差政策は対象たる銘柄を優遇するやり方によって行われる
0
観念的には対象銘柄を冷遇して 密発さすということも考えられるが︑これが実行されたことのないのは︑生産政策としての格付供用範囲政策が加 える方向ばかりで供用品より除外する方法がとられたことのないのと全く同じである︒供用範囲に関する生産政策 は劣等晶に対するのを尊らとするのに対し︑格差に関する生産政策は当然供用範囲に入っている銘柄に対して行わ れ︑従て対象詭間り廣いこと自ら理解されるであろう︒扱︑その効果であるが︑
の効果が発揮されないではない°併しこれは場合を分ちて取上げるが適切のようである︒今︑対象銘柄の実物市場
一般的に一云つて︑或る程度生産上
に於ける価格が充分品質を織込んでいる場合は︑取引所に於ける格差を優遇しても生産面に於ける品質の向上は剌
格付窟買に於ける格差の決定
ないとどう事を述べる方法を採ることにしたのであった︒ 戟されず︑刺戟されるのは専ら増産の方となる︒従てその銘柄が少量の間ならば兎も角︑間もなく増産されて来れば取引所相場を圧迫し︑当該銘柄優遇の作用も自らなくならんとするに至るのだ︒之に対し対象銘柄の実物市場に於ける価格が充分品質を織込んでいないような場合は︑取引所格差の優遇によりて直接には品質への努力が刺戟されることとなり︑堺産の方はそれほどでない︒元来︑実物市場の価格は品質のほかに声価其他をも加味するので品質一点張りにゆかないのであるが︑取引所格差の優遇が動機とたり実物市塙に於ける待遇︑価格も改まることとならんともする︒処で︑注意すべきは︑以上述べた効果は対象銘柄誠が比較的少最なときに表れるのであり︑大葦銘柄たるときは相場への圧迫が当初から蜆紅てそれらの効果は痒蝶しないのである︒この事は実物市場が品質通りの価格を与えていない銘柄に就いても同様であり︑結局品質への努力を続けさせんがためには取引所の格差政策以外によるべしとなるわけである︒
枯付売買に於ける様準品は全体価格の価位の尺度たる役割と柊差決定の基準たる役割を果たす使命を有つのであ り︑従て欅準品として如何たる銘柄がよいかは︑価位の尺度としての造格性を論じただけでは決まらず︑柊差論で 格差訣定の雄準としては如何なる銘柄たるべきかを把握して後︑最後的に定まるのであるが︑ただこの順序による ときは標年品が価位の尺度であるという踵要な役割を有つことが隠れる線があるので︑吾々としては一応価位の尺 度としての様造品を餌じ︑柊差論の終りに追加的に標準品たるには斯<斯くの性質をも有った銘柄でなければなら
第六
格 差 決 定 と 糠 準 品
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れていた︶自ら回避されるところである︒品質の退下は農産物たる商品にみるところで︑
ので︑大禁銘柄という条件が取入れられる眼り
然らば格差論を経て其の角度から格差沢定の基準として必要なる性格︑つまり既述標準品の選定に追加すべき事
先ず何より要諮される性質は︑
その銘柄価格が独自的に変動したいことである°標準品とされる銘柄も銘柄価格 を有ち︑そ柁か変勁することは最早云ぅ迄もない︒それが独自的に変勤したいとは︑多数の銘柄との正常な牽聯関 係を逸するような︑独特た勝落をなさないことである︒例を挙げて説明せんに︑仮りに
A銘柄が候補たる銘柄であ
るとし︑或る時の価格五
0
円︑その時の
B銘柄の価格五五円︑
C
銘柄の価格六0円 ︑
D銘柄の価格四五円だとする︒
今当該商品の相場が上
bB
が六
C
円 ︑
C
が六
六円
︑
Dが四八円となるようなとき︑Aも五四円前後となるようであ
れば︑それは謡他の銘柄と正常た牽聯関係を有った勝落をしているのであるが︑Aが六五円となったり或は五0円
に止まったりするようであつては︑それは独自的な勝手な勝落をなすものである
0何故全体との牽聯関係を無視し
て謄落するような価格が格差決定の基準として不可であるかは︑多く説明を要しないと思うが︑その不調和の度毎 に格差を変更しなければならないからである
0
標準品でない銘柄が仮令そのような謄落をなしてもそれは其の銘柄 だけの格差を訂正すれば足り事簡単であるが︑標準品では一切の銘柄の柊差を勤かさなくてはならなくなり煩雑極
まることとなるのだ︒
銘柄価甜が諦他の銘柄と不釣合に独自的な謄落をなす原因は︑種々あるであろうが︑
殊な需給関係を有つこと︑品質が諦他の銘柄より変化︑就中退化し易いことである︒前者は大載でない銘柄に多い 柄
如何
︒
一般的な事情としては︑特
︵この條件は債位の尺度としての模準品の所で︑他の立揚から既に要蘭せら
銘柄の中には其の退下が
烙付賣買に於ける格差の決定
急速ァ↑来るものがあるのである0
勿論︑斯る銘柄は当初は比餃的歩調を保つて勝落するがやがて他との銘柄価格差 炉びどくなるので︑格差沃定の基準としての適格を有たたくなるのである︒
次に格牽沢定の茄準として要請される性質は︑名の売札ている銘柄たることである°何故名の売れていることが
必要であるかと一云えば︑それと比紋される諦他の銘柄の格差がはつきりと印象されるからである︒
銘柄の名が売れる事情としては︑大菌の銘柄で市場︵厳義︶によく出廻わること︑
る°或る商品界として大栽の銘柄が可成り在るときは歴史の古い馴染の深いということが寧ろ強く働いてそのよう
なものが最も名が売れることとなる︒
先に価位の尺度としての様準品選定の所で一言して濫いた如く︑標準品たる銘柄の要件が数個存在するときは結 局各要件の何れをも比絞的によく満たしている銘柄を棋準品として選ぶほかないのであるが︑今以上の如く︑更に
二つの条件が加わるとすれば此の言は一層用いられるところとなるわけである︒
歴史の古いこと簿が挙げられ
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