からの批判的考察
著者 下村 真裕佳
雑誌名 コミュニケーション文化論集
巻 18
ページ 21‑43
発行年 2020‑03‑19
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00006937/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止
http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
チップ制度は必要なのか?
―「チップなし」社会からの批判的考察 ― Is the Tipping System Necessary?
― A critical consideration from the society without tipping ―
下 村 真裕佳
(コミュニケーション文化学科 H30 年度卒)
はじめに
海外ではサービスを受けたらチップと呼ばれるお金を相手に渡す習慣があ る。日本には無いこのチップ文化は日本人が海外へ旅行した際に直面する問 題の一つになっている。なぜならばチップが必要な場面は多岐にわたり、状 況によって渡す金額も変わってくるからだ。チップというのは感謝の気持ち を示す為に渡すお金であるのだが、近年、アメリカではチップに対し、払わ なければならないものという「強制力」が働いているのが現状である。
(1)研究の目的
チップに強制力が働いている米国のこの傾向は、チップが生まれた起源と
照らし合わせるとチップ本来の意味とのズレが生じている。その為、チップ
制度を廃止しようとしている運動も起こっており、実際に廃止した飲食店も
あるのだ。チップは働く人にとってはモチベーションの一つであるが、世界
的に接客のレベルが高いと言われている日本にチップ制度は無い。ヨーロッ
パも以前はこのようなチップ文化があったが、今ではほとんど浸透していな
い。このようにチップを支払う必然性が低下している国が増えていることに
反し、アメリカでは未だに払わなければならないチップ文化が根強く残っ
ている。そこで、米国ではなぜチップが強制力を持つようになったのか、ま
た、米国とその一部が突出するチップへの依存度の高さから、米国社会を社
会経済的に解読することを試みていく。それらを基に最終的にチップ制度は
必要かを論じる。
(2)研究方法
チップ制度に馴染みが無い日本では、先行研究を進めるために必要なチッ プに関する書籍が極めて少なかったため、主に Web から得られる海外の記 事や論文、米国の労働省のホームページから得られる「生情報」を収集し研 究を進めた。これらのツール上では強制力を持つ米国のチップ制度に関して は廃止しても良いという声が多いことが先行研究で分かった。しかし、実際 にチップ文化圏で生活をしている人の生の声はどうなのか、それらをこの論 文に反映させるべく、アメリカ人へのインタビュー調査も独自に行い、多角 的な視点からチップ制度の現状について調査した。
第一章 チップ制度とは
1. チップの起源と現在のチップ制度
現在、アメリカ、カナダ、メキシコ、アラブ首長国連邦、インドが最も多 くの場面でチップを必要とする国であるとされている
(注 1)。他の国もチップ が必要な場面はあるが、上記の国ほど必要とされていない。チップ制度は とても複雑で、場所や状況によって払う金額が変わってくるのだ。例えば、
チップを必要とする国はタクシーやレストランで料金の 10~20% ほどのチッ プを支払う。チップに厳しいアメリカは 2018 年 9 月時点だと、ニューヨー クでタクシーに乗った場合、チップは最低でも 20% 払う必要がある
(注 2)。 更に、ホテルで荷物を運んでもらった際やハウスキーパーに部屋を掃除して もらった際にはチップを 1~5 ドル払うのが平均的である。もちろんこれら の金額は客が受けたサービスの度合いにより変わる。
エジプトに関しては、トイレチップというものが存在している。トイレの 前に門番として人が立っているのである。トイレットペーパーがトイレに置 かれていない為、番人にお金を払い、それと引き換えに一切れのトイレット ペーパーをもらうという日本では考えられない文化である
(注 3)。著者もこの トイレチップはメキシコへ旅行した際に入った路上のトイレで経験した事が あるが、ポケットティッシュを持参していた為、チップは払わなかった。こ のように外国へ行った際には思わぬ場面でチップ文化に遭遇する時もある。
チップに適切な先行研究がないため、筆者による「旅行体験談」を中心に
編集され、国別・地域別に出版されている『地球の歩き方』という書籍を調
べ、そこからチップの実態を研究した。この書籍に載っている各国のチップ 事情を地域別にまとめたものが以下である。
①北米(アメリカ・カナダ)
チップの習慣がある。レストランやタクシーでの清算時にアメリカは 15
~ 20%、カナダは 10 ~ 15%程度のチップを払う
(注 4)。
②ヨーロッパ(イギリス・イタリア・フランス)
サービス料があらかじめ含まれているため追加でチップを払う必要はな い。しかし心づけとして渡すチップはある。この場合は会計に対し 5 ~ 10%のチップを払うか、お釣りの小銭でキリのいい数字を渡す
(注 5)。
③中南米(メキシコ・チリ)
チップの習慣がしっかりと根付いている。サービス料が含まれている場合 でも料金の 10 ~ 15% (メキシコ)、10% (ペルー)が目安だ
(注 6)。
④中東(アラブ首長国連邦)
伝統的にチップの習慣はなく、レストランなどではサービス料に加算され ている。心づけとしてのチップを渡したい場合、庶民的なレストランでは 必要ないが、高級な場所では会計の 10%を払うと良い
(注 7)。
⑤アジア(シンガポール)
ほとんどのレストランではサービス料があるため、チップを払う必要は ない。しかし、日本の心づけ同様に高級な場所ではチップを渡した方が スマートである。チップをあげる場合は会計の 10%かおつりの小銭を残 す
(注 8)。
このように地域別でまとめてみると、欧州、アジアや中東などではチップ の額もそれほど多くなく、サービス料があらかじめ含まれている場合が多 い。それに対し、北米と中南米はチップに対してとても厳しい事が分かっ た。これには全ての国が「アメリカ文化圏」に属している事が関係している のではないか。
では反対にチップが必要の無い国はどれほどあるのだろうか。チップが必
要無い国は日本、クウェート、イエメンなどごく少数である
(注 9)。その中で
も特に日本人は外国人からチップをもらっても受け取らない人がほとんどだ
ろう。日本にはチップ文化が無い為、チップとして現金を受け取ってもその
お金の対処方法が分からないからではないか。チップをレジに入れるとレ ジを締める際に売上金との兼ね合いが上手くいかなくなる。加えて自分のポ ケットマネーにしてしまったとしたら罪悪感のような感情を抱く人もいるの ではないか。このような混乱が起きてしまうなら、最初からお金を受け取ら ずに「気持ちだけで充分です。」と言ってしまうのが日本人的な考え方なの ではないかと思う。
このように現在のチップ文化は様々な形に派生している。一体何故チップ 制度が生まれ、広まったのか。まず、チップ(tip)というのは
“ToInsurePromptitude” (迅速な対応を保証する)という文の単語の頭文字を取って 名付けられたと言われている
(注 10)。また、
“TakeItPlease”(どうぞ、お納 めください)という説もある。これらは一方が受け取る側の解釈、もう一方 が渡す側の解釈となっている。Tip という言葉以外に Gratuity という単語 があり、これは日本語でいう「心付け」という意味に近いもので、英語圏で はこちらの言い方をする人も多い
(注 11)。
チップが生まれた起源を調べてみると 18 世紀、ロンドンのコーヒーハウ スで客が、迅速なサービスを受けたいが為にウエイトレスに小銭を渡した のが始まりだと言われている
(注 12)。しかし、チップに決まった金額は無く、
サービスを受ける側の「気持ち」で決められるものであった。つまりチップ は元々「サービスの対価」という意味合いとして始まった文化である事が分 かる。そしてこの昔からの習慣が継続され、現在でもチップ制度は残ってい るというわけなのである。チップの起源の地であるコーヒーハウスにはロン ドンの市民たちが集まってきて、世界中の植民地から集まる情報の交換、そ して情報の発信地となり、新聞もそこに置かれて人々に回覧された。さらに コーヒーハウスを利用して手紙を交換する郵便の役割や、株式取引、保険な どの役割も果たしたと言われている
(注 13)。このように、現代まで社会で受 け継がれている様々な文化を生み出したコーヒーハウスからチップも生まれ た。つまり、コーヒーハウスで誕生したチップは歴史社会学に深く関わって いるともいえる。
2. チップと最低賃金事情
現在、チップが生まれた起源である欧州では、起源の説と同じように
「サービスのお礼」の位置づけとしてチップ文化が残っているが、基本的に
会計にサービス料があらかじめ含まれている為、チップを支払う必然性が相 対的に低下している。その理由は、欧州ではウェイターたちがチップの収入 だけに頼り、生活が不安定になるのはよくないという流れが出来たからだ。
チップは従業員がもらっている最低限の賃金に上乗せされる仕組みである 為、チップが少ない日と多い日の差が出る事は避けられない。つまりチップ は彼らの生活に多大なる影響を及ぼすのである。そこで 1943 年にイギリス で最低賃金に関する規定が制定され、1955 年にフランスでサービスチャー ジの導入が決められた
(注 14)。サービスチャージとは飲食店やホテルなどで、
チップがあらかじめ物の対価に上乗せされることである。フランスに続き イギリスでは 1999 年に全国最低賃金制度を実施し、従業員が働いた分だけ 給料がしっかりと貰える「働くに値する賃金」を保証した
(注 15)。強制的に チップに頼らなくても収入が得られる最低賃金を設定した事により、貧困者 救済制度を補完出来ると政府は考えたのだ。従業員の給料をチップでまかな われているということはないため、欧州でのチップ制度は北米ほど厳密では ない。サービスのお礼の気持ちとしてのチップは残ってはいるが、北米のよ うに払わなければならないという義務的なチップ制度は廃止に向かってい る。
反対に、北米ではチップが「労働の対価」の意味合いを持つ。2018 年 現在、米国が定める連邦最低賃金は時給 7 ドル 25 セント(日本円で約 740
円)
(注 16)。下の表のように連邦最低賃金は過去に比べると上がってきている。
しかしサービス業に従事する人々は、チップを受け取る事を前提とされて いる為に、賃金が上の表の最低賃金よりも低く設定されているのだ。さら に、アメリカではこの連邦最低賃金の他に、最低賃金が州法によって定めら れている場合がある。その為、州によっては最低賃金が連邦で定められてい る金額よりも高かったり低かったりするのだ。もし最低賃金法が州法で制定 されている場合、雇用者は、州法で規定された金額か連邦で規定された金額 のどちらか金額が高い方を支払うようになっている
(注 17)。定期的に月 30 ド
(単位 :US ドル / 時間あたり)
1988 1995 2005 2009 2014 2017
3.35 4.25 5.15 6.55 7.25 7.25
資料出典:U.S.DepartmentofLabor,WageandHourDivision https://www.dol.gov/whd/state/stateMinWageHis.htm
ル以上のチップを得る職業に従事する労働者に対して、雇用主は 1 時間あた り 2.13 ドル以上の賃金で雇用することが可能である。その為、低賃金労働 を強いられている労働者が多くいる事がアメリカの現状である。つまり、お 店側から最低賃金すら保証してもらえず、「足りない分はチップで稼ぎなさ い」と言われているのと同じだ。
ここで更に問題なのは、このような低賃金のサービス労働に従事する労 働者の多くは高校や大学に行けなかった者や十分に英語を話す事が出来な い移民などの貧困層であることだ。彼らは最低賃金以下の時給で働いてお り、チップに頼るしかない不安定な生活を送っている。チップをもらってい る労働者の貧困の割合は 12.8% で、反対に、チップをもらっていない労働 者の貧困の割合は 6.5% だったという結果がシンクタンクの経済政策研究所
(EPI)が発表した数値を見るとわかる
(注 18)。つまり、チップを受け取る労 働者の貧困率は、チップ受け取らない労働者に比べて 2 倍にも及んでしまう のだ。又、雇用者は従業員の基本給とチップを足して最低限度額
(注 19)を満 たしていない場合、その差額を支払い、補わなければならない。ところが、
これを守っていない雇用者がいるのが現実である
(注 20)。
このような労働者の酷い現状や貧富の差を少なくする為に、最低賃金自 体を引き上げる事を目的とした運動が起こるようになった。2012 年 11 月に ニューヨークで起こった労働者によるストライキを皮切りに、米国各地での 賃上げデモ開催に発展したのである。
カリフォルニア州ではサンフランシスコ市が 2014 年の住民投票で、2018 年 7 月までに段階的に 15 ドルに引き上げることを決定。カリフォルニア州 の最低賃金は 2016 年、それまでの 9 ドル(約 1000 円)から 10 ドル(約 1100 円)に引き上げられ、既にアメリカ国内では最低賃金が最高水準にあ
る
(注 21)。しかし、連邦最低賃金や州が制定する最低賃金が引き上げられて
も、チップ労働者が受け取る最低賃金が変わらない限り、チップ労働者が貧
困で苦しむ状況も変わらないのである。米国各地で起こっている賃上げデモ
は、彼らにとってはあまり意味がないともいえる。その為、チップ制度自体
の廃止も懸念されるようになってきたのが最近の傾向だ。チップを無くす事
で、チップ労働者の最低賃金も無くなり、多くの労働者が保証された賃金で
生活を送る事が出来るようになるだろう。もちろん要因は他にも多くあるだ
ろうが、アメリカが抱えている問題の 1 つである富裕層と貧困層の格差を広
げているのは、上記で述べたようにチップと最低賃金の問題が少なからず関 わっているはずである。
3. 歴史と繋がる北米のチップ制度
欧州では、既に「サービスの対価」としてチップを払うことが多いがアメ リカではチップが「労働の対価」という見方をされている事が未だに多い。
これにはアメリカの歴史に基づく「奴隷制度」が関係している。実は奴隷 制度があった時代にもチップ制度は存在していた
(注 22)。同サイトによると、
主に綿花やサトウキビ農園などのプランテーションで働いていた奴隷たちだ が、プランテーションというのは 1 年中忙しいわけではなく、忙しくない時 期もあった。そのため暇な期間はレストランの給仕として働きに出ていたの である。この時代、奴隷の生活の面倒はすべて雇い主の責任のもとに行われ ていた。その為、奴隷の生活の費用を全部出す代わりに、奴隷が稼いできた 賃金は雇い主のものになるという感覚が当たり前であった。つまり、奴隷は 持ち主の「所有物」であったため、彼らが働いて得たものは全て「持ち主」
のものになっていた。奴隷は自分の生活費を稼ぐ必要が無いため、実際には 賃金をもらわなくても困らない現状であったが、タダ働きではかわいそうと 思ったレストランの客が奴隷にチップを渡すようになった。この奴隷がもら うチップは「労働の対価」の意味合いがある。つまり、現在の北米のチップ の意味とほぼ同じなのだ。その名残で、今でもレストランの従業員がもらう チップは給料であるという習慣が根強く残っているのではないか。
さらに、全米で人気店となり、日本にも進出したハンバーガーショップ
“ShakeShack”
を設立し、チップ制度に反対している DannyMeyer 氏に よると、チップは雇用者が労働者に賃金を払わない方法として確立された 制度だと言っている
(注 23)。奴隷制度が廃止された後に、元奴隷達は仕事を 見つける為に主要な都市へ移り住んだ。彼らの多くは、レストランなどで
“UnskilledLabors”として雇われた。UnskilledLabors とは日本語で「非専
門、非熟練労働者」を意味する。元奴隷を雇った雇用者は、客に対し労働者
にチップを払うよう求めたのだ。そうする事により、雇用者が賃金を元奴隷
の労働者に払わなくても、彼らが無給で働いているという事にはならないか
らである。つまり、ここでのチップは元奴隷達を奴隷のように扱っていない
と見せかける逃げ道として使われていたのだ。雇われた元奴隷達もチップを
貰っていた為、しっかりと賃金を受け取っていると思っていた。だから奴隷 制度が廃止されたにも関わらず、奴隷にされていると告発する労働者が誰も いなかったというのである。まだこの奴隷制度が廃止されたばかりの時代、
彼らの人権や権利は低かった。それ故に、元奴隷だった労働者はこの事につ いて不信感があったとしても意見を述べ、どこかにこの現状を告発すること が出来なかったということが関係しているだろう。さらにレストランに来る 富裕層の客は、「黒人への優越感」の象徴としてチップを元奴隷の労働者達 にしきりに与えたがった
(注 24)。チップを黒人の労働者に渡す事で富裕層の 客は自分たちが上にいるという事を再確認出来るからである。このように チップは奴隷制度や人種差別など米国の歴史と深く関わっているのだ。
第二章 広まるチップ制度廃止の声 1. チップ制度を廃止すべき理由
今まで批判的にチップ制度について論じてきたが、もちろんチップにもメ リットはある。まず従業員はチップを沢山もらうために質の良いサービスを 提供しようと努力する為、失礼な接客をする従業員が減る。また、クリスマ スなどのホリデーシーズンには高額のチップをもらえる可能性もある。チッ プは従業員にとって仕事に対するモチベーションが上がるものであり、自分 の努力次第で沢山お金を稼ぐことが出来る、まさに「アメリカンドリーム」
的考え方である。利用者は自分がとても良いサービスを受けたと感じたら感 謝の気持ちをチップに込めて自分が渡したい分だけ渡す事が可能だ。このよ うにチップは従業員と客の双方間に利点がある。
アメリカではチップを払う事は当たり前という文化が根付いている。しか
しながら現在、北米でチップ制度を廃止しようとする運動が広まっている
のだ。アメリカの TheFoodChannel
(注 25)が 2016 年に発表した
“TopTenFoodTrendsfor2016” という 2016 年度における食品動向のリストに、チッ
プの廃止が NO.2 にランクインされた
(注 26)。チップ文化が深く根付いてい
るアメリカでチップ制度廃止というトピックが注目され始めているのであ
る。実際にニューヨーク・マンハッタン市内で名店と名高い寿司店
“SushiYasuda” (スシ ヤスダ)では、2013 年以降チップ制度をやめており、レ
シートには日本の習慣に基づき、十分な給料が支払われているためにチップ
を遠慮する旨が書かれている。ニューヨーク以外でもサンフランシスコやシ カゴなどの有名店の数々がチップを廃止している
(注 27)。これらの店はチッ プを廃止した代わりにサービスチャージを導入している。
なぜ多くのレストランがチップ制度を廃止し始めているのか。その要因は 3 つある。
まずこれにはチップによる不平制を無くすという目的が関係しているの だ。例えば、賃金は同じだがチップをもらえるスタッフ(ウェイター)とも らえないスタッフ(キッチン担当者)がいるため、チップをもらえないス タッフはその収入の差に「不公平感」が募り、双方間でトラブルが起こって しまう事がしばしばあり、実際に訴訟にまで至ったケースもある
(注 28)。
また、第一章の「チップと最低賃金事情」で述べたようにチップ労働者は 最低賃金が低い分、チップでその分の報酬を得なければならない。良く言え ばウェイターは頑張った分だけ大きな報酬を得られる可能性を持っている が、それは毎回保証されるものではない。なぜならば、チップ収入は利用者 の気分や属性に大きく左右されてしまうため、収入が不安定になってしまう のである。チップをもらわない代わりに、利用者の明細にサービス料を含め て掲載・請求をすることで、店が受け取るサービス料をウェイターだけでな く、シェフを含めた従業員の賃金アップに充てられる。すべての従業員の賃 金を上げる事が可能になれば彼らの収入も安定し、不公平感が無くなるため 従業員同士のチップを巡るわだかまりも解消されるはずだ。
次に、チップ制度を廃止すべき理由は従業員同士だけでなく、従業員と利 用者間にも問題が生じているためである。実はアメリカのチップ文化は人種 者別を助長させてしまっている。チップと人種差別にまつわるエピソードは 沢山あるのだ。Web を検索し、そこに掲載されていたいくつかの事例を以 下に示したい。
(事例 1)ヴァージニア州のレストランでウェイターしているセイディ・
エレッジさんは、接客中にある一組のカップルに最初から不快感を感じたそ
うだ。彼女が言うには「そのカップルは、私と目も合わせようとしませんで
した。注文を取る時も、頷くばかりで。話をするのを避けているといった感
じでした。」そして、そのカップルが会計を済ませた時、セイディさんに渡
したレシートに驚くべきことが書かれてあったのだ。「市民にしかチップは
渡しません。」チップの代わりに渡された差別発言が書かれたレシートを見 て、セイディさんはショックを受けたと語っている。セイディさんは、メキ シコとホンジュラス共和国の血を引いているが、アメリカで生まれ育ってき た。「市民にしかチップは渡さない」というならば、セイディさんも立派な アメリカ市民である。それをカップルは、セイディさんの肌の色や外見で判 断しこのような差別発言を残して去って行った。セイディさんは「私は彼ら に会ったこともないし、何も悪いことはしていません。すごく失礼で侮辱さ れたように感じました。」と米メディアのインタビューで語っている
(注 29)。 セイディさんはいつも通り仕事を真面目にこなしていただけであったのに、
不当な扱いを受けてしまった。チップの代わりにこのような差別発言を残す のは残酷ではないか。悲しい事にこの「アメリカ市民にしかチップを渡さな い」という事例は少なくないのだ
(注 30)。
(事例 2)中国系カナダ人である青年がカナダのケベックシティーに旅行 に行った。彼は見た目はアジア人ではあるが、カナダで生まれ育ったため チップ制度については十分熟知していた。彼はレストランで食事をし、当 たり前のようにチップを支払うつもりだったのだが、会計の際、合計料金 に 15% のサービス料があらかじめ加算されていた。そこまでは特に問題な いのだが彼はある事に気づいたのだ。見た目がアジア系である客の会計には サービス料が加算されていて、白人系の客の会計には加算されていなかった のである。このレストランではアジア系の客にチップの拒否権はなく、白人 系の客は通常通りにサービスの満足度によってチップを支払う事ができるシ ステムになっているといえる。
これに対するレストラン側の言い分は、「ケベックには各国から多くの観 光客がやってくる。日本や中国などチップを払う習慣がない国からの観光客 もいるので、アジア系の客に対してはあらかじめチップ分の 15% を会計に 含めている」のだそうだ
(注 31)。
この言い分のように、チップの習慣がない国からの観光客だと「ついうっ
かり」払い忘れてしまう人もいるのは事実である。日本人の感覚だと、食事
代金と消費税を払って更にチップを支払うとなると、ものすごく値段が高く
ついてしまうように感じ、チップをケチってしまう観光客も多いと推測でき
る。その為、レストラン側の言い分も理解できるし、悪気無くチップ制度
を知らない観光客のため、親切でサービス料を事前加算していたようにも思 える。しかし、人種を見た目で判断するのはあってはならない差別行為であ り、チップ制度に肌の色や、性別、出身地などが影響するべきではない。し かしながらこのようにチップは人種差別の問題にも密接に関わっており、そ れらがトラブルを引き起こしてしまっている事が現実である。
最後に、チップ制度廃止論が高まる 3 つ目の要因は、現代と過去の支払い 方法の移り変わりがあることが挙げられる。現代はキャッシュレス化が進 み、クレジットカードでの支払いが増えている。その際は利用者が請求書の 署名欄にチップの金額を記入するため、現金払いのように直接ウェイターが チップを受け取れるわけではない。その為、チップが店の収入になってしま う場合があることが懸念されている。今後さらにキャッシュレス化が進むと したらこの問題にも向き合っていく必要があるのだ。また、政府の立場から 考えてみると、未申告のチップ収入があったら税収が減少してしまう。現金 のチップの場合、ウェイターが直接手にするため、課税申告されない恐れ があるのだ。チップ労働者達がチップ収入を申告しない一方で、店側がチッ プ金額を集計し売り上げとして申告すれば、売り上げとチップ(給与)支払 いの差異が生まれてしまう。この差異のために、店側は税務署から監査を 受けるケースもある
(注 32)。もしもチップ制度を無くし、代わりにサービス チャージを導入した場合、政府はチップ収入の見なし税の対象というややこ しさが無くなるはずである。サービス料をあらかじめ会計に含めると表面上 はメニューの単価が値上がりしたように思われてしまう事がチップ制度を無 くすデメリットの 1 つである。利用者にこのレストランはとても高い店だと いう印象を与えてしまう恐れがある
(注 33)。しかし、元からあるチップのや やこしい問題が無くなるため従業員や客、税務署にとってシステムがわかり やすくなり、明朗化するだろう。
2. チップに関するインタビュー調査 ~アメリカ人は本当にチップ制 度に反対しているのか?~
これまで、チップ制度の在り方について論じてきたが、実際にチップ文化
圏で生活している人はチップについてどう感じているのかをここで掘り下げ
ていく。
(1)インタビュー調査
今回、この論文を書く上で 5 人にインタビュー調査をした。調査対象者 の詳細は以下である。
・アメリカ人、または日本人。
・アメリカと日本の両方の国に住んだことがある、または現在住んでい る。
・日本に住んだことも来たことも無いアメリカ在住のアメリカ人。
調査方法はアメリカ在住者にはメールで質問書への回答を、日本在住者に は直接会い、インタビューを行った。尚、回答を比較するため質問の内容は 全て同じ設定である。また協力者の実名掲載については、本人の許諾を得て いる。
【協力者】
・Q.Sakamaki(敬称略、以下同じ)(日本人、男性)
日本で生まれ育ったが 1986 年にアメリカのニューヨークに移り住ん だ。現在は同市でカメラマンとして活躍している。
・KenIkeda(アメリカ人、男性、56 歳)
ロサンゼルスで育ち、現在は大妻女子大学で准教授として働いており、
日本に住んでいる。
・JonathonSilvaEng(アメリカ人、男性、25 歳)
アメリカのロサンゼルスに在住していたがカリフォルニア大学リバーサ イド校を卒業後 2018 年 5 月から滋賀県で働き始めた。
・PatrickWood(アメリカ人、男性、)
ロサンゼルス在住。カリフォルニア大学リバーサイド校で講師をしてい る。日本に住んだことは無い。
・DavidMendoza(アメリカ人、男性、22 歳)
アメリカのロサンゼルス出身。カリフォルニア大学リバーサイド校の学 生。2018 年 9 月から 2019 年 9 月まで早稲田大学に留学経験あり。
以下は 5 名に聞いた質問である。
(1)アメリカのチップ制度に対する意見
(2)なぜチップのサジェスチョンが 15%~ 20%という高いレートになっ
てしまったのか?
(3)チップ制度廃止運動がアメリカで広がっているが、実際にアメリカ人 はチップ制度に反対しているのか、それともチップ制度を廃止する必 要は無いと考えている人が多いのか?
(4)日本にはチップ制度が無いが、日本に滞在中それについてはどう感じ たか?(日本に住んだことのある方のみに伺った)
①アメリカのチップ制度に対する意見 チップ制度肯定派
◆ 慣習だから気にしていない。たとえサービスが最低だったとして も 7%程は払う。なぜならチップ労働者はこのくらいの税金を支払っ ているから。またチップ制度は従業員のプロフェッショナルなサービ スを発達させることに一役買っている。口、あるいは容姿が優れてい る者はチップだけで普通の人の何倍もの利益を稼げる⇒アメリカンド リームに対するリスペクト。(アメリカは自分の夢を追う人やリッチに なりたい人を応援する)つまりこの文化がチップ制度を支えている。
(Q.Sakamaki)
◆ チップは昔と比べて簡単になった。なぜならクレジットカードが普及 したため会計にチップを含めるだけで良くなったから。(現金で払う必 要がない)チップはサービスが悪くても 15%は払うべき。サービスを 受けたのにチップを払わなかったら彼らの努力を傷つける事になるから である。もし、悪いサービスを受けたと感じたらそのお店にもう二度と 行けなければいい。(Ikeda)
◆ チップはアメリカにとって重要。たいていの労働者は十分な給料をも らっていないからチップによる報酬は大事になってくる。(Eng)
◆ アメリカのチップ文化を支持する。チップは労働者にとって生活を支 えるものであるから。(Wood)
チップ制度否定派
◆ 日本に来てからアメリカのチップが苦痛だと感じるようになった。
レシートにチップサジェスチョンがあったがそこには 15%より低いサ
ジェスチョンが無かった。これは客にとって選択肢が無く、「チップを
払わなければならない」というプレッシャーの一部に感じるときもあ る。(Ikeda)
◆ チップは考えるべき重要な問題。多くのレストランはサーバーに対し て時給 2 ドルしか払っていない。(国の最低賃金は時給 7.25 ドル)それ に加え全ての労働者がチップをもらっているわけではない。沢山の労働 者が生きる為チップに頼るしかない生活をしているのは本当に大きな問 題である。(Mendoza)
考察
チップ制度の必要性についての質 問はチップに対して不平はあるが、
肯定する意見が多数であった。これ は日本人などチップ文化が無い国と アメリカ人のチップに対する意識の 差があることを明らかにしている。
実際にチップ制度のあるレストラン で働き、チップをもらったことがあ るかないかの経験の違いが大きいの ではないか。また、日本にはチップ 文化の馴染みがないため、チップは
払わなくてもいいと考えることもしばしばあることも影響していると考え る。しかし北米ではたとえサービスが悪い場合でも最低 5%~ 15%のチップ は払うべきで、これが礼儀の一つと考えている。
②なぜチップのサジェスチョンが 15%~ 20%という高いレートになっ てしまったのか?
◆ 単純にニューヨークなどアメリカの大都市にくるチップ文化について よくわかっていない外国人が増えたから。きちんとチップを払わない客 が増え、そのせいで店側もサービスが極めて良いときの 20%まで含め てサジェスチョンするようになってしまった。(Q.Sakamaki)
◆ 大学生だった時(約 35 年前)、サジェスチョンは最低 10%だった。
物価がどんどん上がっていくと共にこのサジェスチョンも高騰していっ
1名 3名 1名
アメリカのチップ制度 に対する意見
肯定 否定 どちらともいえない
た。(Ikeda)
◆ チップのレートが上がっているのは知らなかった。経験上、良くない サービスを受けたら 5%、普通は 10%をウェイターに楽しませてもらっ たと感じたら 20%を払うようにしている。(Eng)
◆ チップのレートが上がっている事には気づいているがサジェスチョン には従いたくない。請求書にチップが加えられているのが本当に嫌であ る。(昔レストランで働いていた時の経験から)なぜならばチップが含 まれている場合、ウェイターは 20%のチップを何の努力も無しにもら えることになるからだ。彼らもそれを知っているから良いサービスを提 供しようと考えなくなる。逆に良いサービスをした労働者には 20%か それ以上を払うのが妥当だ。(Wood)
◆ 実際に行く州やレストランの種類によってチップのレートは違うと思 う。例えば、ニューヨークのレストランでは 25%のチップを払うとす る。しかし、カリフォルニアは生活の物価が最近高くなっている為、大 体の人は 15%のチップを払うようにしている。(Mendoza)
考察
チップのサジェスチョンは昔に比べ上がっているのは確かである。昔は最 低 10%だが今は 15~20%になってしまっている。物価が高騰したことが一 番の理由であり、チップもその分多く受け取らなければ労働者の生活が不可 能になってしまうためチップのレートも上がったのではないか。しかし、州 によってレートが違うため米国全土がこのパーセンテージなわけではない。
さらに、物価も地域によって差異があるため、その州に合わせたチップサ ジェスチョンがあることは支持出来る。
③チップ制度廃止運動がアメリカで広がっているが、実際にアメリカ 人はチップ制度に反対しているのか、それともチップ制度を廃止す る必要は無いと考えている人が多いのか?
◆ 日本で言われているようにはまだ広がっていない。ただ、観光地など
では揉めることがあるため、廃止した方が良いという声もある。個人的
にはチップ制度の存在自体は気にしない。ただ店側の高めの額に設定し
たチップサジェスチョンはやめてほしい。(Q.Sakamaki)
◆ チップ制度廃止運動について初めて聞いたため分からない。しかし、
アメリカ人はチップを人生の一部と考えているためあまりチップ制度の 事は気にしていない。ヨーロッパのようなサービスチャージの制度も良 いと思うが、それを導入するならばお店側はポリシーを変える事をク リアにしてしっかり客に告知しなければならない。食の物価が高いアメ リカでは、料理の単価が上がる事に対して皆敏感である。その為、サー ビス料をメニューに含める場合には正当な理由を説明する必要がある のだ。また、多くのレストランがサービスチャージを導入するなら良い が、少数のレストランだけだと意味を成さない。なぜならば、同じレベ ルでサービスチャージが無い安い店が他にあれば消費者は皆そういうお 店に流れてしまうからだ。(Ikeda)
◆ チップ制度を廃止するならば労働者が正当な賃金をもらえるように なってから廃止すべきだ。そうはいってもチップのシステムは不公平な 賃金体系で働く労働者にとって、いい仕事をしようと努力するのを助 けられる制度であると思う。だからすべての仕事においての不公平さが 無くならない限り廃止する事は難しい。だからチップ制度を支持する。
(Eng)
◆ チップ制度の廃止は完全には難しい。グループの規模が大きなお店は 出来ると思うが、小さな店は不可能なのではないか。もしもアメリカの サービス業界が雇用者に対して高い給料を払う事を保証するならばチッ プ文化を終えることを支持する。時給が 15 ドル以上にならなくては支 持しない。(Wood)
◆ 長く続いてきた文化であるから廃止するのには時間がかかるはず。個
人的にチップに関しては複雑な感情を持っている。ほとんどのアメリカ
人は生きるためにチップ文化を必要としているから今はチップ制度は重
要だと感じる。しかし、私が十分なチップを払わなかった時にサーバー
が明らかに怒りを見せてきたりすることがあるため、そういう点では
チップ文化を支持できない。チップは受け取ったサービスに基づいて客
が払うものなのだから、彼らは常にちゃんとしたチップをもらえると期
待するべきではないと思う。もしもチップ制度廃止するならばチップ
の代わりに何をして利益を得るのか明確にしてからでないと混乱が起こ
る。(Mendoza)
考察
チップ制度廃止問題について反対している方はいなかったが、全面的に賛 成するわけでもなかった。チップを廃止した場合に必要になることは、雇用 者は従業員に対してチップ収入が無くても生活が十分にできる給料を払わな ければならない。また、サービスチャージを導入し、メニューを値上げする 場合には利用者に対して値上げを行った理由を明確にアナウンスメントしな ければならない。アメリカ人は物価に対してとても敏感であるため、しっか りと説明しなければ客が店に来なくなる原因になってしまうからだ。アメリ カ人にとって馴染み深いチップ文化を無くすことは容易ではない。チップ制 度廃止運動も Ikeda 氏のように知らないアメリカ人も多いのが現状である。
④日本にはチップ制度が無いが、日本に滞在中それについてはどう感 じたか?(日本に住んだことのある方のみに伺った)
◆ 特に不平はない。アメリカのチップが重荷だと感じるようになった。
接客はアメリカの方がフレンドリーで良い。(Q.Sakamaki)
◆ 初めはとても驚いた。レストランで良いサービスを受けた時にチップ を渡したくなることが何度もあった。(Ikeda)
◆ 正直に言うと、とても気が楽であったしお金をセーブする事も可能で あった。(Mendoza)
考察
チップの無い日本の生活は気楽だと感じる方が多かった。チップを払う必 要が無いのに良いサービスを受けたため、チップを払いたくてもどかしい気 持ちになったというのはチップ文化で生活をしている人ならではの意見で あった。
(5)インタビュー調査の比較・分析
今回、アメリカと日本の両方に住んだことがあるアメリカ人と日本人を対
象にチップ制度に関するインタビュー調査をしたが、両方の国の文化を経験
した対象者だからこその客観的な意見がほとんどであった。筆者は現在のア
メリカのチップ文化には否定的な見解を持っているが、インタビューに答え
た対象者は米国文化の中で暮らしてきた人々であるが故の肯定的な意見を
持っていた。実際にチップ文化圏での生活が長いとチップに不満を持つこと 以上に、チップがいかに大切かということが分かってくるのではないか。ま た、チップ制度廃止運動に関してはやはり全米で普及していくにはかなりの 年月がかかりそうである。個々のレストランがチップ制度を廃止していって も、国や州のサポートがなければ最低賃金などの給料体系自体を変えること は不可能だ。様々な機関と協力していかなければ、チップ労働者の現状は救 われないはずである。
第三章 これからのチップ制度~結論に代えて~
アメリカにおけるチップ制度は奴隷制度の歴史や人種差別問題、労働賃 金が低さなど昔から米国が抱えている問題と深く絡まりあって存在してい る。レストランにおけるチップ制度はメニュー価格を下げられるため、安く 食事を提供できる。また、従業員は努力次第で高額のチップ収入が期待出来 るため、質の高い接客サービスを提供するウェイターが増えるという利点が ある。反対に、チップ労働者はチップをもらう事を見越して賃金が低く設定 されているにも関わらず、利用者側のサービスの受け止め方によってチップ を渡す金額が変わるため、従業員の収入は安定していない。店によっては チップサジェスチョンを予め指定しており、利用者はチップを払う際にそれ に従う必要があるという問題点があることが分かった。さらにチップ収入の 未申告による税収減少などアメリカの経済に影響を与えていることも懸念さ れている。
チップ文化に慣れていないアメリカに行く旅行客の立場からチップ制度に ついて考えてみると、チップは食事の際に頭を悩ませる要因の一つである。
これまで述べた通り、観光客と店側のチップを巡るトラブルは絶えない。こ のようないざこざを避けるために「サービスチャージの導入」は客・従業員 の双方にとって有効的な方法であると感じる。もしくは、チップ制度が無い 上で良いサービスを受けたと感じる客のために「チップジャー」を設置する ことも一つの方法ではないか。チップジャーとは、主に客にチップを入れて もらうための瓶や容器のことである。これをレジ横に置くだけで、お釣りが 出た場合に積極的にチップジャーへチップを入れてもらえるのだ。さらに、
お釣りが出た時以外にもチップをもらえる機会がある。これに関するエピ
ソードが一つある。
著者が横須賀の米軍基地近くのレストランバーでアルバイトをしていた時 の話で、土地柄もあり米兵をはじめとしたアメリカ人が多く私のアルバイト 先の店に訪れていたため、チップジャーを設置していた。お釣りをチップと して入れるお客様はもちろん、ホリデーの時期にはスタッフへのプレゼント として多めのチップを入れてくれる人もいた。店に来るのが二回目だった お客様が来店した時に、前回好んで飲んでいたカクテルを覚えていたらとて も喜んでくれ、チップをくれたことがある。さらに、会話がはずんだとき は「とても楽しかったよ。」と言って帰り際にチップをくれるお客様も多く、
日本人でも、良い接客をしたらチップジャーにチップを入れてくれる人がい た。お客様と良い関係を築こうと努力をすればするほど、チップとして自分 に返ってくるものは多かった。このようなチップによる従業員のモチベー ションアップは、もっと良いサービスを提供しようという心掛けになるた め、顧客満足度の向上にも繋がるはずである。
チップフリーである日本にも「心づけ」と呼ばれるチップが存在する。心 づけとはお世話になった相手に感謝の気持ちを示す為にお金を渡すことで、
主に冠婚葬祭の場面や高級旅館に宿泊した際に必要になるときがある
(注 34)。 もちろんこれは必ず渡さなければならないものではなく、良い対応をしても らったことによって自分がチップを渡したいと思った時に渡すのが適切だ。
このようなチップこそが義務的でない感謝の気持ちを示す本来のチップの形 なのではないか。第一章で述べたように現在のアメリカにおけるチップの意 味合いは心づけとかけ離れている。チップを渡すに値しない接客を受けてい るのに、チップを一円も払わずに店を出るのは無礼なため、最低でも 10%
ほどのチップを払うのが普通ということがおかしい。この強制力が働くチッ
プ制度よりも、チップのサジェスチョンが決まっていない中で客自身がウェ
イターを評価し、良い接客をしたスタッフには多めのチップを、悪い接客を
したスタッフにはチップを渡さない、もしくはお釣りの小銭程度のチップを
渡すだけにするなどチップフリーへの選択肢を増やすべきである。もしくは
今までの章で論じてきた通り、サービスチャージを導入しあらかじめチップ
の事を考えずに済むようなシステムが適切であろう。しかし、これを実現す
るには従業員の賃金をチップ収入分が無くても生活が出来る分まで賃上げす
る必要がある。
第一章で論じた通り、最低賃金の推移を見ると以前より金額が上がって きてはいるが、チップ収入が無ければ生活が苦しい状況である。サービス チャージを導入し、政府や州、店のオーナーが従業員の労働賃金を上げれ ば、毎回受け取る金額の違うチップに振り回されることなく労働者は毎日安 定した収入を得ることが可能になるのだ。この方法はチップ労働者が抱える 貧困問題の解決への糸口になるのではないかと考えられる。しかし、インタ ビュー調査から分かったようにチップ制度はアメリカで長年の慣習となって しまっている以上完全なる廃止は難しいだろう。だからこそ初めに最低賃 金の底上げなどチップだけに頼らない従業員の雇用待遇の改善を進めなけれ ばならない。そしてチップ労働者の雇用が改善されたら現在のチップ制度か ら、強制力の働いていないチップ制度へと徐々に移行していけばいいのでは ないか。もちろんこれを実行に移すのは容易なことではないが、現にチップ フリーの文化である日本を経験したことがあるアメリカ人はこの文化を煩わ しくなく、むしろ快適だと感じている人が多いのは事実だ。だからこそ従業 員と客がそれぞれ今よりももっと快適に働くことや食事が出来る空間づくり のために、アメリカは現在のチップ制度を見直し、これからのチップ制度に ついて考えるべきだろう。
おわりに
本稿ではアメリカにおけるチップ制度が複雑な文化になっている傾向を論 じてきた。その中でも、不安定なチップ収入がチップ労働者の貧困問題を招 いていることから、雇用者が従業員の賃金を客のチップに頼る風潮は絶対に 無くすべきであり、雇用者自身が従業員に正当な給料を払う必要があるとい う結論に至った。チップ労働者には生活が保証された賃金が支払われている ことを前提にした上で、質の良いサービスを受けた場合のみ客がウェイター にチップを渡すシステムが客と従業員の双方にメリットがあると感じる。
日本人はチップが無くてもきちんとサービスをしようと心掛けている従業
員が多く、最低時給もしっかりと保障されている。そのため、チップが必要
ないかもしれないが、私が経験したように感謝の気持ちで受け取ったチップ
はもっと多くの人に喜んでもらえるような接客をしようという気持ちにさ
せてくれた。日本では客から個人的な現金を受け取ってはならないと決めら
れている店が多いが、サービスに対する感謝の気持ちを伝える機会が少ない
日本にこそチップ制度を取りいれたら意外とマッチするかもしれない。2020 年には東京オリンピックを控えており更なる外国人観光客の増加が見込まれ るため、チップ文化を持つ外国人を接客する機会が増えるであろう。自分が 受けた接客に対して感謝の気持ちとして渡すチップは、客からお店、または ウェイターに対しての感情表現のひとつであるため、素敵な文化であると思 う。だからこそチップ制度自体を完全に無くすのではなく、あらかじめ店側 が決めているチップサジェスチョンのみを廃止すれば良いのではないか。こ のチップスタイルは、感謝の気持ちをお金で示すという本来のチップが持つ 意味合いと重なるはずだ。今後は、現在のアメリカのチップ制度がチップ労 働者と客どちらにも不平が無いシステムへ変わっていくことを期待する。
(注)
1)
Wego. “Wego’s guide to tipping while you travel” 2014/10/13UP
https://www.wego.com/pages/wegos-guide-to-tipping-while-you-travel-infographic 2018/1/30(検査日の日付、以下同)
2)
「アメリカではチップをいくら払えばいい?」チップの常識と英語表現まとめ https://eikaiwa.dmm.com/blog/11802/ 2018/8/10
3)
エジプト人のチップ
http://www.geocities.jp/weathercock8926/egypttip.html 2018/1/30
4)
地球の歩き方編集室(2017 年)『地球の歩き方 B01 アメリカ 2017 ~ 2018 年版』
ダイヤモンド・ビッグ社 .
地球の歩き方編集室(2017 年)『地球の歩き方 B16 カナダ 2017 ~ 2018 年版』ダ イヤモンド・ビッグ社
5)
地球の歩き方編集室(2017 年)『地球の歩き方 A02 イギリス 2017 ~ 2018 年版』
ダイヤモンド・ビッグ社
地球の歩き方編集室(2016 年)『地球の歩き方 A10 イタリア 2017 ~ 2018 年版』
ダイヤモンド・ビッグ社
地球の歩き方編集室(2016 年)『地球の歩き方 A06 フランス 2017 ~ 2018 年版』
ダイヤモンド・ビッグ社
6)
地球の歩き方編集室(2018 年)『地球の歩き方 B19 メキシコ 2019 ~ 2020 年版』
ダイヤモンド・ビッグ社
地球の歩き方編集室(2017 年)『地球の歩き方 B22 アルゼンチン チリ パラグアイ ウルグアイ 2018 ~ 2019 年版』ダイヤモンド・ビッグ社
7)
地球の歩き方編集室(2016 年)『地球の歩き方 E01 ドバイとアラビア半島の国々
2016 ~ 2017 年版』ダイヤモンド・ビッグ社
8)
地球の歩き方編集室(2015 年) 『地球の歩き方 D20 シンガポール 2016 ~ 2017 年版』
ダイヤモンド・ビッグ社
9)
Wego. “Wego’s guide to tipping while you travel” 2014/10/13UP
https://www.wego.com/pages/wegos-guide-to-tipping-while- you-travel- infographic 2018/1/30
10)
Akila McConnell. “A Brief History of Tipping”. Tripsavvy. 2017 年 5 月 16 日 UP https://www.tripsavvy.com/a-brief-history-of-tipping-1329249 2018/8/10
11)
チップに語源は双方向
http://scribble.cocolog-nifty.com/orbium/2004/08/post_7.html 2018/1/30
12)
All about 旅行 イギリス旅行のチップ
https://allabout.co.jp/gm/gc/79349/ 2018/1/28
13)
小林章夫(2000 年)『コーヒー・ハウス』講談社学術文庫
14)
チップの渡し方~相場や習慣について
http://tiptrik.com/contents/history.htm 2018/1/28
15)
田口典男『イギリスにおける賃金審議会の廃止と全国最低賃金制度の導入』大原 社会問題研究所 NO.502、2000 年
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/502/502-2.pdf 2018/1/30
16)
一般(22 歳以上)の場合
17)
OVTA 雇用労働関係法令
http://www.ovta.or.jp/info/northamerica/unitedstates/05laborlaw.html 2018/1/30
18)
Sylvia Allegretto and David Cooper. “Twenty-Three Years and Still Waiting for Change :Why It’s Time to Give Tipped Workers the Regular Minimum Wage.”
2014/7/10UP
http://www.epi.org/publication/waiting-for-change-tipped- minimum-wage/
2018/1/30
19)
ここでいう最低限度額とはチップ労働者だけに適用されている最低賃金の事で 2.13 ドル。
20)
Kathryn Casteel and Charlie Smart, “How Hard Is Your Server Working To Earn MinimumWage?”FiveThirtyEight,2017/3/9UP https://projects.fivethirtyeight.
com/tipping-workers-minimum-wage/ 2020/1/3
21)
Chitose Wada,「カリフォルニア州、最低賃金を時給 1700 円に引き上げ 『経済的正 義』と州知事」. HUFFPOST. 2016/3/29UP
http://www.huffingtonpost.jp/2016/03/29/california-minimum-wage_n_9568150.
html 2018/1/30
22)
チップの渡し方~相場や習慣について
http://tiptrik.com/contents/history.htm 2018/1/31
23)
Emily Cohn, “Shake Shack founder Danny Meyer calls tipping a massive hoax that was born out of slavery” BUSINESS INSIDER, 2017/1/11UP
http://www.businessinsider.com/tipping-is-a-hoax-born-out-of-slavery-danny- meyer-says-2017-1 2018/1/31
24)
Carbonated.TV, “Tipping Has A Racist Origin That Goes Back To Slavery”
Online video. YouTube, 2018 年 1 月 24 日 UP. Web. 2018/1/31
25)
1989 年にアメリカで設立された、食に関する情報を記事や動画を通して伝えてい る出版社。
26)
Food Channel Editor, “2016 Top Ten Food Trends from The Food Channel” The Food Channel, 2015/12/11UP
https://foodchannel.com/2015/2016-top-ten-food-trends-food-channel 2018/11/20
27)
「米国習慣『チップ廃止』の波紋 高級レストランなぜ踏み切った?」. SankeiBiz, 2014/5/19
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/140519/mcb1405190926016-n2.htm 2018/11/20
28)
ALISON FOX, “Danny Meyer eliminates tipping at his restaurants, starting with The Modern”, October 14, 2015
https://www.amny.com/eat-and-drink/danny-meyer-eliminates-tipping-at-his- restaurants-starting-with-the-modern-1.10963475 2018/11/20
29)
Inside Edition, “Instead of Tip This Latina Server Got a Note Saying 'We Only Tip Citizens'” Online video. YouTube, 2016/8/23UP.Web. 2018/1/31
30)
「人種差別でチップを拒否した男が大炎上」.『女性自身』.
2015/11/20 号 https://jisin.jp/serial/ エンタメ /hollywood/22223 2018/1/31
31)
Carlito Pablo, “Vancouver man dinged with 15 percent tip at Quebec restaurant because he looks Asian” THE・GEORGIA straight, 2017/8/24UP
https://www.straight.com/news/955656/vancouver-man-dinged-15-percent-tip- quebec-restaurant-because-he-looks-asian 2018/1/31
32)
ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)から学ぶビジネスのヒン ト http://wsj.ryotarotakao.com/archives/3727/ 2018/11/20
33)
Daily Mail, “An end to America’s tipping culture? US restaurant s abolish gratuities”, 2014/5/8UP
http://www.google/co.jp/amp/s/www.dailymail.co.uk/travel/article-2623130/
amp/An-end-Americas-tipping-culture-US-restaurants-abolish-gratuities.html 2018/11/27
34)