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漢語「一向」について−日中対照言語史的考察−
著者 蒋 歩青
雑誌名 奈良教育大学国文 : 研究と教育
巻 16
ページ 47‑57
発行年 1994‑03‑30
URL http://hdl.handle.net/10105/10633
漢語コ向﹂について
ー 日 中 対 照 言 語 史 的 考 察 1
蒋歩青
はじめに
一向に気が乗らない︒(夏目漱石・三四郎)
漢語﹁一向﹂は右のように現代日本語において主に否定表現と呼
応するいわゆる陳述副詞として用いられている︒しかし︑中古.中
世においては下に否定表現を伴わない情態副詞の用法が中心であっ
た︒漢語﹁一向﹂をめぐって︑原卓志氏が対象とする資料を広げて︑
先学の論を検証しながら︑その否定用法の出現する時期及び使用層
ハま について詳細に論じられている︒さらにこれに関連して︑この用法
が日本独自の用法なのか︑中国において既に認められる用法なのか
について︑現代中国語では否定用法は見られないようであるが︑宋
代における時間を指示する﹁一向﹂の下に否定表現を伴う例が存す
ることを指摘されている︒但し︑中国における﹁一向﹂の用法につ
いては詳しく論じていない︒それで︑本稿では漢語﹁一向﹂の否定
用法に限らず︑中国における﹁一向﹂の意味用法を中心に通時的な 考察をしつつ︑漢語﹁一向﹂との関連を検討してみよう︒
二漢語﹁一向﹂の伝来時期と出典
まず日中の代表的辞書から﹁一向﹂の副詞用法の意味記述を引き︑
両国語の用例を対照して考えてみよう︒
﹃日本国語大辞典﹄(第二巻小学館一九七二年)
①一つのことがらに専念して他を考えない意を表わす︒動作性の
語にかかりやすい︒ひたすら︒いちずに︒いこう︒
②物事が完全に一つの傾向にある意を表わす︒形状性の語にかか
りやすい︒すべて︒全部︒もっぱら︒たいそう︒むやみに︒
③下に打消の語を伴って︑程度の完全なことを強める意を表わす︒
まるで︒ちっとも︒さっぱり︒まったく︒
④一つの方面︒ 一如
一
⑤一つのことがらを選び取る意を表わす︒いっそ︒むしろ︒
﹃漢語大詞典﹄(第一巻︑上海辞書出版社一九八六年)
簡体字を日本通行字体に改め︑筆者による日本語訳を加える︒
ω謂朝着一箇目標或一箇方向︒(一つの目標または方向に向かう)
②一直︒(ずっと)
⑧猶一味;一意︒(ひたすら︒専ら︒一意︒一途に)
ω一片;一派︒(一面︒見渡すかぎり)
⑤雲時;片刻︒(わずかの間︒しばらく)
⑥指巳過去的一段時間︒(過去の一時期を指す)
漢語コ向﹂の①の意味は中国語の㈲と同様であり︑②の意味は
中国語のωに最も近い︒③④⑤の用法は申国語にないようであるが︑
①②の意味用法から派生したものと考えられる︒
中国の唐︑宋の詩詞に﹁一向﹂の例をいくつか見出したが︑中国
語の㈲ωの意の具体例を示す︒
○自是君恩薄如紙︑不須一向恨丹青︒
(白居易︿七七二〜八四六﹀昭君怨詩)
○擁鼻悲吟一向愁︑寒更韓垂未回頭︒
(韓催︿八四二〜九二三﹀擁鼻詩)
○画堂南畔見︑}向儂人顛︒
(李短︿九三七〜九七八﹀菩薩蛮詞)
○風翻荷葉一向白︑雨湿蓼花千穂紅︒ (温庭箔︿約八一二〜八八六﹀渓上行詩)
○霜後前林一向疏︑丹楓落尽況黄悟︒
(楊万里︿=二七〜一二〇六﹀暁行東園詩)
○細草孤雲斜日︑一向弄晴天色︒
(陳克︿?﹀金門詞)
前の三例のコ向﹂は動作性の語﹁恨﹂﹁愁﹂﹁儂人顛﹂にかかっ
ていて︑漢語﹁一向﹂の①の意と同じく︑一つの事柄に専念してい
る意である︒後の三例の﹁一向﹂は状態性の語﹁白﹂﹁疏﹂﹁弄晴天
色﹂にかかっていて︑物事が完全に一つの傾向にある意を表し︑漢
語﹁一向﹂の②の意と同じようである︒ここに注目すべきことは両
国語のニュアンスがやや違うことである︒漢語の場合は②の用法で︑
﹁すべて﹂﹁全部﹂の意に中心が移り︑情態副詞というよりむしろ程
度副詞といったほうが適切かと思う︒しかし︑中国語の場合はωの
用法で︑コ面﹂﹁見渡すかぎり﹂の意として︑情態副詞のように使
われている︒
﹃日本国語大辞典﹄では次の例を①と②の例として掲げている︒
但し︑薬師経の例は除いた︒
⑦智者の振舞をせずして︑只一かうに念仏すべし(一枚起請文)
④一向に打坐して大事を明らめ得たり︒
(正法眼蔵随聞記三・七)
◎一かう彼れをうち頼み︑年月を送り給ふ︒ 一
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一
(曽我物語二・頼朝北条へいで給ふ事)
@伏見院は︿略﹀仮名は一向に身つからあそばし出されたり︒
(正徹物語下)
㊥いっかふ刀のせんぎを願ふたがよからふ哉(や)︒
(歌舞伎・幼稚子敵討ー口明)
㊥出雲国杵築社︿略﹀次震動顛倒︑材木一向自中倒臥︒
(左経記長元四年一〇月一七日)
㊥恣(ほしいまま)に我意に任せて悪事をするは︑﹂向の悪人也︒
(正法眼蔵随聞記三・一)
②そなたはさていつかうじゃくはいにましますがしゅしゅのげい
をあそばすとみへた︒(虎清本狂言望月の間)
㊧江戸にてはいっかうといふことは︑わるきことにのみそへてい
へど︑京にてはよきことにもいっかうよい︑いっかうえらいと
いふ︒(随筆・羅旅漫録︑中)
たなご◎一向に文盲だと店子か︑(春色梅美婦禰三・一六回)
㊥他(ひと)が顛へて居ても一向平気なものである︒
(吾輩は猫である︿夏目漱石﹀)
この}二例のうち︑前の六例は①の用例として掲げられ︑⑦〜㊥
例の﹁一向﹂は動作性の語﹁念仏﹂﹁打坐して﹂﹁うち頼み﹂﹁あそ
ばし出されたり﹂﹁願ふた﹂にかかり︑意味用法は中国語の㈲と全
く一致する︒②〜㊥例の﹁一向﹂は︑﹁自中倒臥﹂﹁悪人﹂﹁じやく はい﹂﹁よい﹂﹁えらい﹂﹁文盲﹂﹁平気なもの﹂にかかり︑状態性の
語⑳を除いて︑具象的な概念のものが少ない︒これが中国語のコ
向﹂のωの用法と異なる点である︒﹁一向﹂が抽象的な概念のもの
にかかれば︑その状態の意味あいもひとりでに薄くなり︑いつの間
にか修飾される語の変化によって程度の副詞に転化したのであろう︒
ニュアンスや状態性の語の概念はともかくとして︑漢語﹁一向﹂
の基本用法が中国語のと合致したことは︑このコ向﹂が中国から
伝えられてきたことを証明している︒
次に漢語﹁一向﹂の伝来時期をほりさげてみよう︒原氏はコ向﹂
の伝来時期についてはっきり触れなかったが︑古文書においては平
安時代初期の否定用法の例として︑﹁禅林寺式﹂に用いられた例を
掲げた︒
○冊須雌云余之骨肉旧人︑而元清慎非寛大之上︑多有不宜者︑一
向不可令任事領財︑
(平安遺文︿一五六﹀禅林寺式・貞観一〇年頃)
そして︑﹃日本国語大辞典﹄では示した
○一向莫レ言煩熱孟︒秋風楡逐二地形一催︒
(群書類従本殿上詩合︑藤原季綱作﹁泉石夏中寒﹂)
に見られる平安時代後期の例と合わせて考えて︑﹁一向﹂の否定用
法は予想以上に古く︑平安時代初期から平安時代を通して存在して
いたのであろうと推定されたのである︒しかし︑﹁一向﹂の否定用 一
49
一
法は平安時代にはその例が極めて乏しく︑用例の多くを文献の中に
見出し得るようになるのは鎌倉時代以後となっているとも指摘され
ている︒言うまでもなく︑肯定用法は否定用法より古い例が存する
はずである︒
ところが︑﹃古事記﹄﹃風土記﹄﹃播磨国風土記﹄﹃日本書紀﹄﹃常
陸国風土記﹄﹃懐風藻﹄﹃凌雲集﹄﹃文華秀麗集﹄﹃経国集﹄﹃本朝麗
藻﹄﹃本朝無題詩﹄﹃扶桑集﹄を調べた範囲では︑﹁一向﹂は見当た
らない︒管見に入ったコ向﹂の肯定用法の最も古い例は﹁禅林寺
式﹂(以法事一向任寺者)と﹃日本霊異記﹄(日本古典文学大系)の
○諸高名智者怪之一向問識
(日本霊異記下巻・産生肉團之作女子修善化人緑第十九)
である︒﹃日本霊異記﹄は平安初頭八二二年のものである︒日本の
仏教説話集の始祖にあたるもので︑その由来するところが多種多様
であるが︑﹃冥報記﹄﹃般若験記﹄などの中国の唐から伝来した仏教
書籍の影響を受け︑その内容を日本における場合に置き換えたと見
られるものがある︒これは最も注目すべきところである︒﹃冥報記﹄
は中国では早く散逸して︑伝わらなかったが︑唐の道世の撰した
﹃法苑珠林﹄などにはその本の引用が見られる︒﹃法苑珠林﹄を調査
したところ︑﹁一向﹂の用例が二〇例ほどあることがわかった︒し
たがって︑仏教経典がコ向﹂の出典の一つと考えられる︒﹃法苑
珠林﹄からいくつかの例を挙げる︒ ○今既是凡寧無憂者︒論中無苦者︒以苦相微故説言無︒如食少藍
故説無盤︒非是一向唯樂無苦︒
(巻五六道篇諸天部︑受苦部第三成実論)
○佛法学人若一向廃内尋外則便得罪︒
(巻二十三漸悦篇︑引謹部第二菩薩善戒経)
○到一大空澤中︒見諸禽獣多食血肉一向馳奔︒長者念言︒是諸禽
獣何因縁故一向馳走︒
(巻六十五救厄篇︑流水部第三金光明経)
○非黒者︒離離煩悩垢故︒白者︒︼向清浄故︒
(巻六十八業因篇業因部第二対治論)
○命終之後生於悪趣泥黎之中︑受極苦痛一向無樂︒
(巻七十九︑十悪篇邪見部引謹部第二中阿含経)
日本の古文書では熱田神宮古文書﹁太政官符案﹂の用例が最も古
いものと挙げられる︒
○磨從三位熱田神戸百姓永停公役︑一向修理神社井神宮寺事︒
右︑得神主外正七位下祝部宮麿等解稻︑件社井神宮寺等︑内縁
神願螢作雑事︑鰯類繁多︑神戸百姓須仕一向神事︑
(平安遺文︿八三﹀太政官符案・承和十四年三月七日)
これは﹁禅林寺式﹂八六八年の例よりやや古く︑八四七年のもの
である︒平安遺文においてその二一年の間に他の例が七例あり︑す
べて肯定用法である︒古文書には僧侶によって書かれた上申文書に 一50
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