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『怠ける権利!』は, どこから来て, どこへ行くの か? : 「無能の社会学」序説

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か? : 「無能の社会学」序説

著者 小谷 敏

雑誌名 人間関係学研究 : 社会学社会心理学人間福祉学 :  大妻女子大学人間関係学部紀要 

巻 21

ページ 69‑81

発行年 2019

URL http://id.nii.ac.jp/1114/00006822/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

小谷 敏 * Satoshi KOTANI

<キーワード>

若者論,ジェラシー,バッシング,怠ける権利,能力主義,「無能の社会学」

<要   約>

 若者についての語りの分析を行う中で,筆者は1990年代以降の若者論からは,若者のもつ 可能性についての議論が失われ,若者叩き一色に染められていることに気がついた。そこか ら筆者は,日本社会において頻発するバッシングに関する研究へと赴いたのである。小泉政 権下で「自己責任」の観念が広く世の中を覆っていった。小泉純一郎や橋下徹のようなポピュ リズム政治家は,「怠けている」かにみえる公務員や生活保護受給者へのバッシングを扇動し ていったのである。若者バッシングも,フリーターへの攻撃のように,彼らが「怠けている」

という誤解に基づくものであった。怠け者が排撃され,そのために人々が不幸になっている のであれば,怠けることを称揚するという,「価値の転倒」を行うべきなのではないか。そう した問題意識の下に,筆者は『怠ける権利!』を上梓した。水木しげるも言うように,怠け るとは何もしないことだけではなく,役に立たないことに全身全霊を打ち込むことをも意味 している。ところがいまや人々は役に立つことの追求に没頭している。その果てに起こった のが,役にたつことをする「能力」を失った人間はすべて殺せという,あの植松聖の犯罪で はなかったのか。役に立つことを為す,「能力」の追求が人々を不幸にしているのであれば,

無能を讃えるという価値の転倒を今度は行うべきであろう。「無能の社会学」を『怠ける権利!』

以降の自らの課題として,筆者が据える所以である。

*大妻女子大学 人間関係学部 人間関係学科 社会学専攻

『怠ける権利!』は,どこから来て,どこへ行くのか?

―「無能の社会学」序説―

Where does “The Right of Laziness” come from and where is it going to.

An introduction to “Sociology of Incapacity”

(3)

 2018年の夏に筆者は,『怠ける権利!』という 著書を上梓した(小谷2018)。『怠ける権利』は,

19世紀フランスの社会主義者,ポール・ラファル グのパンフレッドのタイトルである。ラファルグ は長時間労働によって人々の健康は損なわれ,そ の結果生じる過剰生産のために商品価格と企業収 益さらには労働者の賃金が下落し続ける恐慌が生 じ,過剰生産物の捌け口を海外植民地に求める列 強の確執によって,戦争が始まると考えていた。

一日3時間以上働くと人間は不幸になる。ラファ ルグはそう喝破し,当時社会主義者たちが提唱し ていた「労働の権利」を否定して,「怠ける権利」

を提唱したのである。生涯安定した職業に就くこ とのなかったラファルグは,「怠ける権利」の実 践者でもあった。それ故に労働を聖なるものとし た義父のカール・マルクスの不興を買ったのであ るが(Lafargue1880=2008)。

 13時間の労働で足りる世界を思い描いたの は,フランスのエキセントリックな社会主義者だ けではなかった。20世紀イギリスの偉大な経済学 者,ジョン・メーナード・ケインズは,1930年に スペインのマドリードで行った有名な講演の中 で,科学技術の発達の結果,100年後の世界を生 きるわが孫たちは,13時間の労働で生活の必 要を満たせるようになると述べている。わが孫た ちにとって,経済は主要な関心事ではなく,彼ら は心の赴くままに,豊かな余暇の時間を過ごして いるともケインズは考えていた(Keynes1930= 2010)。

 1930年の100年後を目前に控えたこの国の現実 を見る限り,ケインズの予言は外れてしまったと 言わざるを得ない。学校の教師をはじめとする多 くの勤労者が,過労死ラインを超える長時間労働 に呻吟している。若者の頭の中は「就活」で一杯。

大人世代は,住宅ローンと子どもの学費に苦しむ。

そして「老後破産」の影におびえる高齢者層…。

ケインズの予言とは裏腹に,経済は相変わらず 人々の最重要の関心事であり続けている。これが 現在の日本社会の現実である。

 『怠ける権利!』においては,死に至るまで働く,

日本人の歪んだ勤労観が形成される過程を戦後史

を辿ることによって跡づけていった。そして,日 本人の中に根強い勤勉至上主義を克服する方途 を,ラファルグ,ラッセル,ケインズ,ヴェブレン,

そして水木しげる等々の思想の中に求めていった のである。

 本稿は,筆者が『怠ける権利!』の次のステッ プに乗り出すための準備作業である。本稿におい ては,筆者が『怠ける権利!』に到達するまでの 過程を明らかにした上で,今後に取り組むべき主 題を提示していきたい。

1.若者論からの出発−『怠ける権利!』は   どこから来たのか①

(1)否定と讃美の併存―1980 年代までの若者論  筆者は長年若者研究を続けてきた。若者研究と 言っても,若者を対象とした計量調査やフィール ドワークを行ってきたわけではない。若者につい て書かれた言説(「若者論」)を集めて読み,それ を分析批判する,いわばメタレベルの若者研究を 行ってきたのである。その最初の成果となったの が,1993年に上梓された『若者論を読む』(小谷

1993)である。筆者は,共著者たちとともに,

1970年代と80年代に書かれた若者論を徹底的に 収集し,分析して,この本を書き上げた。

 この時代の若者論には,若者を否定するものと,

讃美するものという二つのパターンがあった。大 学紛争が終焉した後に青春を迎えた70年代の若 者たちは,「しらけ世代」とも「3無世代」とも呼 ばれていた。精神分析家の小此木啓吾は,いまの 若者は大人になることを忌避してモラトリアムを 永続させようとする「モラトリアム人間」である と喝破したのである。豊かな社会に甘える無気力 な若者。これが70年代に支配的な若者像であった。

 しかし,それとは異なる若者の姿も語られてい た。栗原彬は,酷薄な競争社会の中で傷つく経験 の中から生まれたこの世代の「やさしさ」の中に,

公害と戦争とを生み出す産業社会を超え出る可能 性を見出そうとした。井上俊は,この時代の若者 たちのユーモアに富んだ遊び心の中に,社会への 批評性と文化的創造力とを見出している(小谷編 1993)。

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 バブルへと至る80年代に,若者たちは高級ブ ランド品の収集に象徴される,華やかな消費生活 を享受していた。この時代の若者は「新人類」と 呼ばれていた。テレビがある環境の中で育った「新 人類」たちの行動様式は,当時の大人たちを驚愕 させたのである。「今夜,飲まない?」という上 司の誘いや,残業の依頼よりもデートを優先する,

彼彼女らの自己中心的なふるまい(「ミーイズム」

と呼ばれた)は,大人たちには,「まるで異星人(エ イリアン)」(中野1986)と映じた。他方,この世 代がもつ,情報と消費についての高いセンスもま た,大人たちを驚かせるものがあった。当時,知 識人層に強い影響力をもっていた『朝日ジャーナ ル』誌は,「新人類の旗手たち」という企画記事 を連載し,この世代のセンスエリートたちにス ポットライトを当てていった。

 「若者論」と言うと「いまどきの若者は…」と いうネガティブなトーンの言説を連想してしま う。たしかに7,80年代においてもそうした言説が 多くみられた。しかし,この時代には若者が持つ 様々な可能性に注目する言説も,少なからずみら れたのである。この時代の日本経済は好調で,バ ブルへと至る繁栄を享受していた時代でもある。

若者への理解あるまなざしは,その余裕の反映で あったのかもしれない。しかし,バブルが崩壊し て,「失われた10年」と呼ばれる経済の低迷の時 代を迎えると,若者論の様相も一変してしまう。

若者はネガティブにしか語られなくなってしまっ たのである。

(2)「若者論の失われた 10 年」−たたかれた若 者たち

 「失われた10年」で最も大きな痛手を受けたの は,若者たちであった。経営状態の悪化に伴い,

企業は新規採用を大幅に減らしていった。そのた めフリーターと呼ばれる非正規雇用の仕事にしか 就けない若者が急増していったのである。この時 代に若者だった団塊ジュニア世代は,「ロストジェ ネレーション(失われた世代)」とも呼ばれている。

「フリーター」たちは明らかに経済の変動の犠牲 者であった。しかし,当時の大人たちはそうは考

えなかった。フリーターたちは,正規の仕事に欠 く意欲を欠いた「怠け者」であるという,大人た ちの偏見に晒されていた。

 97年には,神戸市に住む14歳の少年が,近所 に住む小学6年生を殺害し,切断した児童の首を 自分が通う中学校の門柱に晒す,凄惨な「酒鬼薔 薇事件」が起こった。その3年後の2000年には,

17歳になった「酒鬼薔薇世代」による動機不明の 凶悪殺人が連鎖的に生じたのである。少年の凶悪 犯罪は,1960年代のピーク時に比べれば数分の一 にまで減少していたが,マスメディアの過剰報道 は,「少年犯罪急増凶悪化」の印象を人々に与え ていった。メディアに登場する識者たちは,凶悪 犯罪を引き起こす少年の「心の闇」についてまこ としやかに語っていたのである。

 正規雇用の仕事に就くことを忌避する「甘った れ」であり,凶悪犯罪を引き起こす「心の闇」を 抱えた「モンスター」。当時の大人たちは,若者 たちの人間的劣化を自明のこととして論じてい た。若者たちの人間的劣化の元凶として名指しさ れたのが,当時急速に普及していった新しいメ ディアであった。若者たちの脳はゲームのやり過 ぎによって破壊されている(「ゲーム脳」)。携帯 に依存する若者たちの知性は,サルのレベルにま で退行している(「携帯をもったサル」)。理系エ リートたちの荒唐無稽な言説は,若者たちへの偏 見をさらに亢進させていった(1)

 若者たちへの偏見を助長させることに,高名な 社会(科)学者たちまでもが手を貸していた。社 会学者の山田昌弘は,学業を終え,仕事に就いた 後も親の家を出ない若者を「パラサイト・シング ル」と呼んだ。そして十分な収入を得ながら家を 出ないことによって,マンション,自動車,家電 製品等々の「基礎需要」を減少させている「パラ サイト・シングル」こそが,長期不況の元凶であ ると断じたのである。実際には非正規雇用の仕事 にしか付くことができず,「十分な収入」を得る ことができないために,親の家を出ることのでき な若者が増加していたのであるが(山田1999)。

 労働経済学者の玄田有史は,仕事にもつかず,

学校にも行かず,職業訓練も受けていない16

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から34歳までの若者が,この国では60万人もい ると警鐘を鳴らしている。玄田によればニートは,

働く意欲を失った若者たちなのである(玄田・曲 2004)。しかし玄田の言説は本田由紀からの批 判を受ける。玄田がニートにカウントしたものの なかには,病気療養中等,様々な事情を抱えたも のが含まれている。それをひとくくりに働く意欲 を失った人たちとして語ることは,若者について の偏見を助長するものであると本田は言う(本田 2006)。

 1990年代の後半から2000年代の前半にかけて の若者論からは,若者について肯定的に語る部分 が完全に抜け落ちてしまった。大人たちが若者に 未来への期待や不安を仮託して語るのが若者論で あるとすれば,この時代の大人たちはこの国の未 来に何の希望も見出せずにいたということにな る。社会学者の浅野智彦は,この時代を「若者論 の失われた10年」と評している(浅野編2006)。

 経済状態の悪化の中で人々の不安心理は亢進し ていく。それを鎮めるために,この時代には若者 だけではなく,様々な個人や集団がバッシングの 標的にされていた。筆者の関心も若者へのバッシ ングから,バッシングそのものへと広がっていっ た。バッシング研究の成果が2013年に刊行された,

『ジェラシーの支配する国』(小谷2013)である。

2.ジェラシーとバッシングー『怠ける権利!』

  はどこから来たのか②

(1)羨望と嫉妬

 ジェラシー(嫉妬)とは何なのであろうか。そ れは羨望とどう違うのか。ゲオルグ・ジンメルは,

闘争論の文脈のなかに羨望と嫉妬を位置づけてい る。羨望とは,他者が所有している「もの」を羨 む単純な心理である。他方,嫉妬は精神的なもの であれ物質的なものであれ,自分がもっていない ものを所有している「人」に向けられる。本来自 分がもつべきものを,もつべきではない別の誰か が所有しているために,自分の正当な権利が侵害 されているという思いを嫉妬に取りつかれた人は 抱く。嫉妬は近しい関係のなかで生じるが故に,

そのなかには憎悪だけではなく愛情や承認の欲求

が併存していることが多い。「激しい敵対的な興 奮」と「密接な共属性」を結びつける力をもつ嫉 妬は,「社会学的にきわめて重要な事実」である とジンメルは言う(Simmel1908=1994292-4)。

 高度経済成長期から80年代末までの日本社会 は,羨望によってつきうごかされてきた。電化製 品や自動車のような大衆消費財の普及に際して は,それを所有する人々への羨望の念が大きな役 割を果たしている。また,高学歴者たちへの羨望 の念が,中高等教育機関への進学率を押し上げて いった面のあることも否定できない。バブル期の ブランドブームに関しても同様のことがいえる。

この時代の人々は,自分の持たない何かを所有す る人々を羨み,それを獲得するために懸命な努力 払った。そのことが,経済を発展させる原動力と もなっていた。

 90年代初頭のバブル崩壊によって,日本は長い 経済的停滞の時代に突入する。経済の停滞によっ て,人々がより豊かになり,社会的に上昇してい く可能性は極めて小さくなった。人々のなかでは 転落と喪失への恐れが膨らんでいく。社会的上昇 への望みが失われ,経済状況も厳しいものになっ たことによって,人々が自分よりも上の人を羨む ことは少なくなった。人々の比較対象は,自分と 同じか自分よりも下の人たちに向くようになる。

そして比較対象となる人たちが,自分の持たない ものを所有していることを知ると嫉妬の念が生 じ,自分の不遇をもたらしたのも,その所有者の せいだという妄想めいた思いに人々は取り憑かれ ていく。

 90年代以降の日本社会のなかには,ヘイトス ピーチに象徴される排外主義的な傾向が強まって いる。排外主義の標的になってきたのが,中国韓 国等の近隣諸国である。80年代までの日本は,ア ジアのなかで突出した存在であり,近隣諸国に とっては,経済発展の「お手本」であった。とこ ろが90年代以降,近隣諸国の目覚ましい経済成 長と,日本経済の停滞とによって,両者の距離は 大幅に縮小した。中韓両国は,日本の「ライバル」

として浮上してきたのである。日本の排外主義の 根底には,かつて見下していた国々が自国と肩を

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並べ,部分的には自国を凌ぐようにさえなったこ とに対するジェラシーがあることは否定できな い。

 「失われた10年」以降の日本社会においては,

ジェラシーという名のガソリンが注ぎ込まれるこ とによって,バッシングの炎が燃え盛っていった のである。そして国や地方の権力者たちが,弱者 へのバッシングを煽っていったことが,この時代 の特徴でもある。弱者へのバッシングを扇動する ことによって,自らの支持率を高めるという手法 を「発明」したのが,小泉純一郎であった。

(2)イラク人質事件−バッシングを扇動する宰 相①

 2001年に政権を握った小泉純一郎は異色の宰相 であった。彼は霞ヶ関官僚の出身でなければ,元 財界人でもなく,幹事長等の自民党の要職を歴任 した人物でもなかった。政官財の中に強力な権力 基盤を持たない小泉は,圧倒的な国民的な人気と アメリカとの密接な関係によって長期政権を維持 していったのである。2003年にアメリカのジョー ジ・ブッシュ・ジュニア大統領がイラクが大量破 壊兵器を保有していることを理由にイラク戦争を 始めた際,主要国の多くがアメリカを批判する中 で,イギリスのブレア首相と並んで,小泉はいち 早くアメリカに対する支持を表明している。さら に小泉は,憲法上の疑義がもたれるイラクへの自 衛隊の派遣を行っている(小谷2013127-9)。

 イラクの首都のバクダッドがアメリカ軍に制圧 されても,大量破壊兵器は発見されない。小泉政 権が危地に立たされていた20044月。イラク に入り込んでいた日本の若者3人が現地の武装勢 力に捕縛されたのである。この時,小泉首相をは じめとする政府高官は,人質の軽挙を激しく非難 した。武装勢力に捕縛されたことは,人質たちの

「自己責任」であるとして,数十億円とも言われ る人質の救出費用を家族に請求する旨の発言もな されている(小谷2013130)。

 この時マスメディアは,非難の矛先を小泉政権 から,人質たちへと変えていった。3人の出身家 庭には大量の脅迫状が届く。政府が率先して人質

とその家族を非難しているのだから,バッシング にも勢いがつく。人質とその家族は,政府の非難 攻撃と手紙や電話やメール等様々な手段を用いて の強迫,そして度重なる取材攻勢によって心身の 健康を損なっていった。イラクの大量破壊兵器は,

結局発見されなかったが,小泉は3人の人質をス ケープゴートとして世間に差し出すことで,正統 性の疑われるブッシュの戦争を支持したことへの 責任追及を巧みにかわしてしまったのである(小 2013:195-6)。

(3)郵政民営化選挙−バッシングを扇動する宰 相②

 小泉の政治家としてのライフテーマは,郵政民 営化であった。しかし,これは一般の理解を得に くいテーマであった。小泉が民営化のモデルとし た国鉄の場合,自民党議員が地元への利益誘導で 多くの赤字路線を作ったことが影響して,1980 代までに巨大な赤字を抱えていた。他方,郵政事 業は小泉政権当時も黒字であったし,僻地の郵便 局は福祉的な機能も果たすなど,国民の間に郵政 事業への大きな不満は存在しなかったからである

(小谷2013180-1)。

 何より特定郵便局長会は,自民党の有力な支持 基盤でもあった。自民党内にも多数の強力な民営 化反対派の政治家たちがいた。他方,民主党のな かにも新自由主義的な考え方をもち,郵政民営化 に賛成の議員もいた。郵政民営化は,与野党対立 の争点ではなかったのである(小谷2013:182)。

 20058月,郵政民営化法案は,衆議院では可 決されたものの参議院では否決された。すると小 泉は,なんと衆議院を解散したのである。この離 れ業を小泉は自ら「コペルニクス解散」と呼んだ。

 小泉は,郵便局長会を支持基盤とする党内の反 対勢力を公認しなかった。彼らに「抵抗勢力」の レッテルを貼り,その選挙区に「刺客」を送り込 んだのである(女性の「刺客」は「くの一」と呼 ばれていた)。小泉は,本来は選挙でマイナスに 働く自民党内の内紛を一つのドラマ仕立て上げ,

選挙への人々の関心を高めていった。郵政民営化 選挙は,「小泉劇場」となった。この選挙におけ

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る最大野党民主党の存在感は極めて薄かった。

 自民党のテレビコマーシャルで小泉は,「郵政 27万職員の特権(筆者註 公務員的身分保障)を 放置しておいて,どんな改革ができるのですか!」

と叫んだ。郵政民営化というイメージのわきにく い問題を,「郵政職員から公務員的身分保障を奪 い取る」という,非常に人々の関心を引きやすい テーマへと小泉は巧みに変換していった。経済が 不安定な中で,多くの人たちはいつ仕事を失うか もしれないという不安を抱いている。身分の安定 した公務員に対する「ジェラシー」が生じる所以 である。そのジェラシーに小泉は,巧みにつけ込 んでいった。選挙の結果,小泉自民党は,294 席を獲得する歴史的大勝利を収めた(小谷2013:

183)。

(4)たたかれた「怠け者」

 公務員を叩き,彼らが持っている特権の剥奪を 主張した政治家は英雄視され,選挙に勝つことが できる。郵政民営化選挙を通して小泉がもたらし た教訓である。前大阪市長の橋下徹は,小泉のもっ とも忠実な弟子であると言ってよい。彼は政界進 出以来一貫して公務員給与の引き下げと,公務員 数の削減を主張し続けていた。住民投票によって 否決された大阪都構想も,「二重行政」の解消に よる公務員数の削減を企図したものである。「失 われた10年」以降の日本社会は,持てるものの 高みに全体を引き上げようとするのではなく,持 たざるものの低きに持てる者までをも引きずり下 ろそうとする「引き下げ民主主義」の時代となっ た(平井2011)。

 2010年代に入ると,生活保護受給者へのバッシ ングが生じている。元エリート官僚の片山さつき は,年収5000万円のお笑い芸人の母親が,生活 保護を受けていることを国会で「不正受給」と指 弾し,追及した。テレビや週刊誌を中心にマスメ ディアが,無批判にこの発言を取り上げたために,

生活保護の不正受給が急増しているとのイメージ が生まれ,給付水準引き下げの大きな流れが生じ ていったのである。2012911日,当時自民 党幹事長だった石原伸晃は,自らが立候補してい

た自民党総裁選直前のテレビ番組で,「『ナマポ』

(筆者註 生活保護)簡単にゲットできるよ」な どの生活保護の不正受給を示唆するやりとりが巷 では横行しており,こうした不正受給をなくせば,

8000憶円の経費を節減できるとの発言を行ってい る。金銭的な面では何一つ苦労することなく育っ てきた,セレブの政治家が,生活保護を受ける貧 しい人々を鞭打つ発言をする光景は異様なもので ある(小谷2013:247-8)。

 生保の不正受給の比率は,全受給額の0.4%に 過ぎない。もちろん不正受給の中には,表に出て きていないものがある可能性は否定できないもの の, 石 原 の 言 う, 額 で8000億 円, 比 率 に し て 25%という不正受給の見積もりは,どう考えても 過大なものである。

 公務員は,ろくに働いていないのに,高い給料 をもらい,しかも身分が保証されている。生活保 護受給者は,働きもしないで,生活に必要なお金 を受け取っている。公務員バッシングと生保受給 者へのバッシングには,働いていない怠け者(だ と目される人々)が攻撃対象になったという共通 項がある。「失われた10年」のフリーターバッシ ングも,フリーターは,正社員になって働くこと を忌避する,怠け者であるという誤解に端を発し ていた。

 この国では,怠け者が忌み嫌われている。しか し,この国に災いをもたらしているのは,怠惰で あるよりは,過労死が象徴する過剰な勤勉なので はないのか。筆者が,『怠ける権利!』を書いて 怠惰を称揚する必要を痛感した所以である。

3.過労死を生みだす構造−『怠ける権利!』

  が問いかけたもの

(1)「勤勉の罠」にはまった日本人

 勤勉が日本人の「国民性」であるかどうかはさ ておくとしても,近世の初期に起こった「勤勉革 命」によって,日本の農村の生産性が飛躍的に向 上したことは,多くの研究者たちの指摘するとこ ろである。日本の農民や,あるいは町人層の中に 形成された「勤勉のエートス」が,明治以降の近 代化に大きな寄与をなしたという事実も多くの識

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者によって指摘されている。イギリスの文化人類 学者アラン・マクファーレンは,日本とイギリス は人々の勤勉さと島国の有利性を生かして,17 紀にいち早く,食糧増産が人口増加に追いつかな いために,人口と経済の双方が停滞してしまうと いう「マルサスの罠」から抜け出したと述べてい る。日本の目覚ましい近代化も,第二次世界大戦 後の戦災からの復興と経済成長も,日本人の勤勉 さの賜物であるという主張も,一面の真理はつい ている。日本社会には,勤勉さがもたらした成功 体験が根づいている( Macfarlan1997=2001)。

 それだけに日本社会で生きる人々は,勤勉がも たらすデメリットに気づきにくいのではないか。

日本はかつて「土建国家」と呼ばれていた。小さ な国土に多くの土建業者がひしめき,膨大な公共 事業の予算が投下され,国中至る所で土木工事が 行われてきた。そして,日本の公共事業の予算額 と,ヨーロッパ諸国の社会保障費はほぼ等しいと いわれてきた。ヨーロッパのように失業者を社会 保障で守るのではなく,経済的に恵まれない地方 で公共事業を盛んに行うことで,雇用を生み出し,

失業を防いできたのである。

 過剰な土木工事や建設事業は,自然環境に対す る脅威となる。しかし経済が成長していた時代で あれば,こうしたやり方には合理性があった。高 速道路の建設はさらなる自動車の普及を促すな ど,大きな乗数効果を生んでいた。公共事業投資 を上回る税収の伸びが期待できたのである。しか し,自動車の普及が飽和状態に達すれば,乗数効 果は小さくなる。公共事業への投資額を上回る税 収の伸びが期待できないだけではなく,道路や建 物の維持費用が,地元自治体に重くのしかかって いく。失業手当ではなく仕事を与えるという,い わば勤勉さを重視した政策が,今日の巨大な財政 赤字をもたらしたともいえる(小谷201827-9)。

 「失われた10年」と呼ばれた経済の低迷期に街 中で増えていったのが,コンビニをはじめとする 24時間営業の店舗であった。売り上げが伸びない から営業時間を伸ばすという発想だが,あまり客 が来ない時間帯に店を開けていても,光熱費や人 件費が嵩むだけで,営業収支の面ではマイナスに

なる可能性が高い。勤勉を金科玉条とするこの国 の中では,仕事を減らし,営業時間を短縮すると いう考えは出てきにくい。その結果生み出された のが,かのデフレ・スパイラルではなかったのか。

不況でタクシーに乗る人の数が減少する中で,タ クシー事業への参入の規制緩和を行った結果,タ クシーの台数が急増し,タクシー運転手の給与を 激減してしまったのは,小泉政権の時代であった。

 この国のどこかに,フリーライダーとしてうま い汁を吸う「怠け者」が潜んでいて,それが自分 たちの努力を台無しにしているのではないか。そ うした人々の疑心暗鬼に,小泉や橋下のようなポ ピュリスト政治家たちが,巧みにつけ込んでいっ たとみることができる。そして勤勉に働けば,必 ずそれは報われるという考え方が,日本特有のも のとされる過労死を生みだしたのではないか。日 本は,いち早く「マルサスの罠」から脱け出した かもしれないが,「勤勉の罠」にはまってしまっ たのである。

 しかし過労死は日本の伝統などではない。過労 死は1980年代に生まれた新しいことばなのであ る。

(2)「過労死」の誕生

 「過労死」ということばが生まれたのは,日本 がバブル経済の繁栄を謳歌していた1980年代後 半のことであった。1988年には,全国の弁護士た ちが連携して,「過労死ダイヤル」が設置されて いる。生産現場で身体を動かして働く人たちばか りではなく,事務作業を行うホワイトカラーの中 からも多くの「過労死」が報告されるようになっ ていた。働き過ぎの結果もたらされる死は,偶発 的に生じるものではなく,社会構造に起因するも のであるという認識が,バブル期の日本社会には 生じていた(小谷201869-70)。

 「減量経営」によって日本企業は体質改善に成 功し,オイルショックの痛手から世界に先駆けて 立ち直ることに成功した。1980年代に日本の製造 業が,世界を制覇する基が70年代に築かれてい たのである。他方,「減量経営」の結果,労働環 境は過酷なものになっていった。80年代以降の「カ

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ローシ」社会へのレールが70年代にひかれてし まったのである。

 1989年に「勇気のしるし」という,時任三郎が 歌う栄養ドリンクのコマーシャルソングが大きな 話題を呼んだ。「24時間戦えますか」という歌詞 を含むこの歌が,「過労死ダイヤル」開設の翌年 に生まれたことには皮肉を感じる。24時間休まず に働けば,当時世界最強の「ジャパニーズ・ビジ ネスマン」といえども生きていることはできない であろう。1980年代に日本の自動車産業は,北米 市場に集中豪雨的な輸出攻勢を仕掛けてアメリカ の自動車産業を壊滅状態に追いやっている。第二 次世界大戦でアメリカに敗れた日本は,戦後の経 済戦争で見事なリベンジを果たした。しかし,そ の勝利が「企業戦士」たちの夥しい屍の上に築か れたものであることを忘れるべきではない。

 ネットスラングとして,いまも若い人たちの間 で語り継がれている「社畜」ということばは,

1990年代前半に生まれている。社宅につながれ,

住宅ローンと子どもの学費という重い荷物を背負 わされて,有蓋貨車のような満員電車で職場と家 庭を往復する灰色の勤労者の群れ。これが「社畜」

のイメージである。オイルショック後の厳しい経 済状況の中で,日本企業が世界市場の中で独り勝 ちを果たしたのも,生産過程のムダを徹底的に切 り詰める,「減量経営」に成功したからである。

もし自分がムダな人材だと認定されれば,斬られ てしまうかもしれない。その時,経営側と利害を 同じくする企業別組合も,自分を守ってくれない 可能性が高い。もしも会社を解雇されれば,巨額 なローンを抱えたまま,路頭に迷う他はない。そ うなれば身の破滅である。「屠殺」を免れるため に「社畜」は,企業に隷従せざるを得ない(2)

(3)「やりがい搾取」−「自発的隷従」をもたら すもの①

 過労死について考察した在野の歴史か礫川全次 は,人間が死ぬまで働けと命令に服することは考 え難いから,過労死は死をもたらす労働の秩序に 対する勤労者の「自発的隷従」(エティエンヌ・ド・

ラ・ボエシ)によってもたらされると述べている。

礫川は,日本では会社は宗教的な存在になってお り,それに対する奉仕として人々は死に至る労働 をも厭わないのだと述べている。そして礫川は,

会社を宗教的存在に祀り上げた人物として,松下 幸之助の名をあげている(礫川2014)。高度経済 成長期のモーレツサラリーマンは,たしかに会社 を宗教的な存在とみなし,それに対する死に至る までの滅私奉公をも辞さなかったのかもしれな い。しかし,現在は若者たちの過労死のニュース が絶えないのである。彼らが高度経済成長期のサ ラリーマンと同一の心性を保持しているとは考え にくい。若者たちの自発的隷従の源泉は,別のと ころに求められるべきであろう。

 正規雇用の労働市場が収縮する中で育った若者 たちは,学校を終えた時に正社員になれなければ,

いかに惨めな人生を送らなければならないかを 散々すりこまれて育つ。そのため就職活動(就活)

の圧力は大変なものになる。就活がうまくいかず に,心を病む若者も珍しくない。首尾よく正社員 になることができたとしても,その身分を失うこ とを恐れて,過剰な労働を強いる業務命令を拒む ことができないし,働き過ぎのために心身の健康 を損なっても,簡単に仕事を辞めることもできな い。

 中学校から行われている「キャリア教育」にお いては,職業のもつ「自己実現」の側面が過剰に 強調されている。仕事をすることは,経済的な行 為なのに,若者たちは,その心理的側面を強調す る教育を長い年月にわたって受けてきている。こ のことも若者たちが,働く者としての権利意識を 持つことを困難にしている一因なのではないか。

自分のやりたいことをやっているのだから,賃金 や労働時間について,四の五の言うものではない。

そうした意識を若者たちが持たされることによっ て,社会学者が「やりがい搾取」と呼ぶ構造が生 まれている。電通やNHK等のマスコミ産業で過 労死や過労自殺が目立つのも,「やりがい」にひ かれてそこで働くことを目指す人の多い職場だか らであろう。

 日本の教師たちが,部活で子どもたちが「輝く」

姿をみることに「やりがい」を覚えて,長時間労

(10)

働に耐えているであろうことは想像に難くない。

「やりがい」のある仕事に就くことを若者たちに 奨励する風潮も,過労死に至る労働の世界の秩序 への「自発的隷従」を促す一因なのではないか。

(4)消費者としては「王様」。勤労者としては「奴 隷」。−「自発的隷従」をもたらすもの②  筆者の眼前の若者たちは,消費者としての権利 意識は高いけれども,勤労者としてのそれは低い。

そう感じることがしばしばある。自分の能力が足 りないために,時間内に仕事を終えることができ ない。だから残業手当の申請をすることに躊躇を 覚える。卒業間もない元ゼミ生からしばしば聞か される話である。

 高校までの教育課程はもとより,大学の「キャ リア教育」においても,労働基準法や労働組合の 作り方等々,働く者の権利についての教育は,ほ とんどなされていない。若者たちの働く者として の権利意識の低さは,一つにはここに由来してい るのであろう。

 現在の日本社会は,消費者にとってはパラダイ ス。安いお金でおいしいものを心ゆくまで飲み食 いすることができる外食産業。安価で良質でお しゃれな服を買うことのできる「ファストファッ ション」。そしてネットショッピングも充実して いる。マウスをクリックすれば,どんな商品でも 居ながらに購入することができる。

 しかし消費者にとっての快適な生活は,サービ ス産業や宅配業等々で働くひとたちの,過酷な低 賃金労働の上に成り立っている。日本人の多くは,

消費者としては「王様」として快適な日々を享受 している。ところが,生産者としては「奴隷」の ように,死に至るまでの労働を強いられている。

先にみた若者たちの歪な権利意識のありようは,

そうした日本社会の現実を反映している。

 筆者は,授業中にもう寄る年並みで若い人たち の気持ちについていけなくなったとぼやいたこと がある。その時の授業アンケートにおいて,学生 から「いい授業ができなくなったのなら,大学を 辞めてください」と書かれてしまった。

 サービスを供給する側は,「顧客満足度」を極

大化させるために最善を尽くさなければならな い。そしてそれができなくなった時,勤労者は退 場しなければならない。日本社会を覆う,「消費 者ファースト」とも呼ぶべき価値意識と,新自由 主義経済がもたらした能力主義とを内面化した結 果発せられたのが,「いい授業ができなくなった のなら,大学を辞めてください」ということばだっ たのではないのか。しかし,このことばは彼女が 勤労者になった時に,ブーメランのように自らの 元に戻ってくる可能性がある。彼女の信念に基づ けば,「顧客満足度」極大化のために懸命に働け,

それができないのなら辞めてしまえという雇用者 の要求を断ることができないのだから。雇用者側の 要求は,過労死に至るまで,果てしもなくエスカ レートしていく可能性がある(小谷2018312-4)。

4.能力主義を超えて−『怠ける権利!』は   どこへいくのか ?

(1)「怠ける」とはどういうことか?

 そもそも「怠ける」とは一体どういうことなの か。水木しげるには,「なまけ者になりなさい」

という有名なことばがある(水木2007)。しかし 水木が壮絶なまでにマンガに打ち込み,多くの大 傑作を生みだしたことも周知の事実である。それ を思うと「なまけ者になりなさい」という水木の 託宣は,謎めいたものになる。この謎を解く上で 有力な補助線となるのが,ソースタイン・ヴェブ レンの「怠惰な好奇心」という概念であろう。

 「怠惰な好奇心」とは何か。ヴェブレンが活躍 していた時代の心理学者たちは,人間行動に関す る機能主義的な説明を行っていた。人間(あるい は広く生物有機体)は,「役にたつ」活動をする存 在だという前提に当時の心理学は立っていたので ある。ヴェブレンもこの考え方を排斥はしない。

しかし,役に立つ行動を志向するのとは別の性向 も人間のなかにはあるとヴェブレンは言う。それ が「怠惰な好奇心」である。人間は役に立つこと だけではなく,そうではないものに対しても等し く注意を向けている。これは人間だけではなく,

高度に知的な動物にもよくみられる遊び心のよう な も の だ と ヴ ェ ブ レ ン は 言 う(Veblen1914=

(11)

1997)。

 水木の仕事の根底にあるのは,幼い頃から蓄積 されてきた,妖怪についての膨大な知識であった。

妖怪についての知識が「役に立つ」とは,誰も思 わないであろう。水木は,自らの「怠惰な好奇心」

に終生忠実に従っていたからこそ,偉大たりえた のである。「なまけ者になりなさい」ということ ばによって水木は,「怠惰な好奇心に従って生き よ」と言わんとしたのではないか。そう考えれば,

「なまけ者になりなさい」ということばと,水木 が勤勉な生涯を送ったことの間に矛盾はなくな る。

 間宮陽介は,『怠ける権利!』について実に的 確なコメントを付している。「怠けるとは何もし ないことではなく,何々の「ため」にすることを 拒むこと,好奇心の赴くままに何かを追求するこ とである。(中略)。本書の趣旨を理解するために は,勤勉と怠惰の二分法を,目的・手段の連鎖が つくる世界(日常世界)とその枠外にある世界(非 日常世界)という二分法に置き換える必要がある。

非日常世界を「遊び」として論じたホイジンガの

『ホモ・ルーデンス』は,道具的効率性(生産性!)

が遊びの世界の自由を侵食するファシズムへの批 判として書かれた。このことは本書を読むさいに 想起されるべきだろう」(間宮2018)。

  こ の 書 評 が 書 か れ た 当 時, あ る 国 会 議 員 の LGBTは「生産性」がないから,国の予算を使う べきではないという発言が問題になっていた。大 学では,「役に立つ」教育を行うために,「実務家 教員」を増やすことを求められている。「怠惰な 好奇心」を追及する「非日常世界」であるべき大 学が,「目的手段の連鎖がつくる世界(日常世界)」

に飲み込まれようとしている。道具的効率性が金 科玉条のものとされれば,役に立たない,ムダな ものを排除しようとする傾向が支配的になってい く。左右の全体主義は,抽象芸術や同性愛,ホー ムレス等の「役に立たないもの」を排除の対象と してきた。そうした意味での「ファシズム」がい ま到来しつつあるのではないか。

 今日,多くの人間を「役立たず」にしてしまい かねない技術が目覚ましく発達している。人工知

能(AI)である。

(2)機械との競争

 アメリカの経済学者ブリニョルフソンとマカ フィーは,人工知能の発達によって人々は,「機 械との競争』を強いられると述べ,アメリカの現 状を次のように説明している。アメリカは順調な 経済成長を続けており,資本家や各界のスーパー スターたちは巨億の富を手にしている。また高い スキルをもつ労働者たちの所得も上昇している し,肉体労働等に従事する低スキルの労働者たち の雇用も減ってはいない。「機械との競争」に敗れ,

大きなダメージを受けているのが,事務職に代表 される中間的スキルの労働者たちであり,この結 果,順調な経済成長にも関わらず,所得の中央値 が下がり続けている(Erik Brynjolfsson, and Andrew.

McAfee, 2011=2015)。

 今後AIとロボット技術が一層の進歩を遂げれ ば,「機械との競争」に敗れ,仕事を失う労働者 の数は増大し続けるであろう。しかし,人が生き ていくためには,お金が必要である。人工知能や ロボットは生産することはできても,消費はして くれない。仕事を失った勤労者が消費市場から退 場してしまえば,購買力が失われて企業経営は成 り立たなくなる。AIとロボット技術の一層の発達 が予想される未来を見据え,人々の生存と経済シ ステムの存続を可能にするために,勤労と所得と を切り離し,人々に無条件で一定の所得を保障す るベーシックインカム(以下BI)への関心が世界 的に高まってきた。それが2010年代後半の状況 である(3)

 多くの人間が労働から解放され,BIによって生 計を立てている未来は,ケインズの思い描いた「経 済的至福の時」の到来を思わせる。しかし,競争 の勝者がすべてを獲る現行の新自由主義的な経済 システムの下では,機械との競争に敗れ,労働市 場から排除された者は,惨めな状況に陥る可能性 が高い。そのためには,「機械との競争」に勝つ ための「能力」を獲得しなければならない,とい う強迫観念が強まっている。そうした傾向はとり わけ教育の分野において顕著である。

(12)

(3)「スーパー子ども」という倒錯

 2017年に,新しい学習指導要領案が公表された。

この学習指導要領案は,人工知能によってこれま で人々が従事してきた仕事の多くが必要とされな くなる時代においては,従来型の教育では対応で きないという問題意識に立脚している(文部科学 a)。

 新しい指導要領案は,独創性,企画力,異質な 他者との臨機応変な対話を可能にする「能力と資 質」を子どもたちの中に涵養することが目標とし ている。一斉授業より,児童生徒の調べ学習や討 議(アクティブラーニング)を重視しており,子 どもたちが経験の中から学ぶことを重視している 点では,かの「ゆとり教育」と重なるところがある。

 しかし新しい試みを入れるものの,従来型のと りわけ理数系科目の授業時数も維持することをこ の学習指導要領案は求めている。さらにその上で,

英語やコンピュータのプログラミングが正規の授 業として小学校に導入される。まことに貪欲なカ リキュラムである(文部科学省b)。

 多くの教員が過労死ラインの残業をこなしてい る公教育の現場の多忙化は,ますます進むことで あろう。しかし,教職員を増員することで,現場 の負担を減らそうという発想は,文部科学省には ないようである。英語やコンピュータの専門性を もった教員が,小学校に配置されることは期待で きない。この指導要領案では,「カリキュラム・

マネージメント」という耳慣れないことばが使わ れているが,要するに「現場の創意工夫」でなん とかしろと文部科学省は言っている。

 2017317日に放送されたNHK土曜日朝 の報道番組「ニュース深読み」は,新しい学習指 導要領案は,「スーパー子ども」の育成を目指し て い る と 評 し て い た(「 週 刊 ニ ュ ー ス 深 読 み 」 HP)。至言である。超一流大学の学生に求めるべ き「能力と資質」を,新しい学習指導要領案はす べての子どもたちに求めている。機械との競争に 勝利を収めうる人になれあるいは機会を巧みに操 作して,世界の人々と協働しうるスーパーエリー トたれと,この学習指導要領案はすべての子ども たちに求めているのである。そんなことは不可能

である。このプログラムが実施に移されれば,お そらく9割の子どもたちが落ちこぼれてしまうに 違いない。

(4)能力なき者には死を−植松聖の「思想」

 新しい学習指導要領案には,「能力と資質」と いうことばが,呪文のように繰り返されている。

AIが発達した時代には,能力の高い人間だけが生 きていくことができる。生き残りのために人々は 高い「能力」の獲得に狂奔し,教育行政は,新し い学習指導要領案にみられるように,それを次の 世代に強いてさえいる。そうした中で能力を欠い た人間は,生きていてはならないという倒錯した 観念さえ生じている。社会学者の立岩真也は,安 楽死を推進する論理を批判する中で,「できるこ とが人間の存在価値であり,それが失われたから 死ぬ」(立岩2011:88)という印象的なことばを 残している。

 20167月,神奈川県相模原市で凄惨な事件が 起こった。重度の精神障碍者を収容した施設「津 久井山ゆり園」に押し入った元職員の植松聖が,

19人の入所者を殺害したのである。殺害に際して,

植松は入所者の一人一人に呼びかけを行い,わず かでも反応を示した者を殺害することはなかっ た。植松は大島理森衆議院議長に宛てた手紙で次 のように述べている。「障害者は人間としてでは なく,動物として生活を過しております。(略)

私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活,及 び社会的活動が極めて困難な場合,保護者の同意 を得て安楽死できる世界です」。「できることが人 間の存在価値であり,それが失われるから死ぬ」

という思想の冷徹な実践である。

 植松の事件に関しては,優生思想のもたらした 事件だという論評がなされてきた。たしかに障碍 者を敵視する植松の思想は優生思想と呼びうるも のかもしれない。しかし,「不良」な遺伝子の根 絶を謳い,ナチス・ドイツのみならず,第二次世 界大戦後の先進諸国においても,障碍者や特定の 疾病をもつ人たちに強制的な断種を推進してきた のが優生思想である。ところが植松は,大森衆議 院議長に宛てた手紙においても,一言も遺伝には

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