文化財の地震被害と復旧状況
大学院先端科学研究部シニア教授 山尾敏孝
1.熊本城の復旧への取組
(1)「熊本城復旧基本計画」の策定
復旧基本計画は、改訂した「特別史跡熊本城跡保存活用計画」を上位計画とする ことで「文化財保護」を担保している。復旧の原則として「地震直前の状態に復旧 する」ことを定め、 「熊本地震からの復興のシンボル」と位置づけられた天守建物・
石垣の復旧を最優先とし、かつ重要文化財建造物とその土台石垣を優先していくこ と、全体の復旧期間を 20 年と算定したことを示した。具体的な施策・取り組みの 概要は以下のとおりである。
①被災した石垣・建造物等の保全: 崩落・倒壊した石垣・建造物など部材を速やかに回収し、適切に保全。
また、崩落・倒壊等の危険性の高い石垣・建造物などへの緊急的防止措置を講じ、最新技術も活用して被害実態 の詳細を把握し復旧手法等へ反映していく。
②復興のシンボル天守閣の早期復旧: 2019 年秋頃の大天守外観復旧、2021 年春頃の天守閣全体の復旧 完了を目指すとともに、耐震化・制振化などによる天守閣の安全性の向上、天守閣のバリアフリー化など。
③石垣・建造物等の文化財的価値保全と計画的復旧: 文化財的価値の保全と円滑な復旧工事を両立さ せるため、学識者らや関係機関との協議に基づいて石垣・建造物等の計画的復旧を進め、工区や復旧過程 の公開などを踏まえた石垣・建造物などの段階的復旧に取り組む。
④復旧過程の段階的公開と活用: 天守閣エリアの早期公開を目指して仮設見学通路の整備に取り組み、
復旧過程の文化・観光資源などとしての活用を図る。
⑤最新技術も活用した安全対策の検討: 石垣の構造計算・解析などにより文化財的価値の保存を踏ま えた石垣・建造物の耐震化、最新技術・現代工法の検討、将来の熊本城全体の安全・防災対策などの検討。
⑥100 年先を見据えた復元への礎づくり: 熊本城調査研究の更なる推進を図り、石工や大工などの技術 者や行政担当職員など熊本城復旧に必要な知識・技術を持つ人材の継続的な確保と育成に取り組む。
⑦基本計画の策定・推進: 国県等関係機関や関係団体と連携して計画の着実な推進を図り、そのため の多様な復旧財源の確保に取り組む。
(2)現在の主な復旧状況
・天守閣 大天守 最上階建替え、屋根瓦葺き替え、耐震補強、石垣上面発掘調査、崩落石材回収、
崩壊石垣解体、石材調査→元位置照合、内装展示設計、構造解析、付櫓解体 小天守 瓦撤去、1階壁床撤去、崩落石材回収・解体、石材調査、
しゃち瓦製作・設置(大天守のみ) 、工事用スロープ建設 など
飯田丸五階櫓 崩落石材回収、受構台設置、仮受構台撤去、櫓建物解体、構造解析 重要文化財建造物 部材回収、構造検査(被害調査)、発掘調査
写真 1 大天守の復旧工事状況 写真 2 小天守の復旧工事状況
2.石橋の復旧状況
熊本地震で被災した石橋は、現地調査等の結果19橋で あった。被災箇所別では、石橋の壁石崩壊やハラミや緩 み、石材の割れ等の損傷があった石橋は10橋であり、ア ーチ輪石に割れ、隙間や欠損等の損傷が発生した石橋は 12橋であった。また、路面被害や高欄損傷の石橋は11橋 であった。なお、これらの石橋の数値は、同じ石橋で多 数損傷が発生し、重複している。主な石橋の被災状況と 補修・復旧状況について述べる(図1)。
(1)通潤橋 (山都町)
国指定の重要文化財である通潤橋は、前震で多数の漏水と橋上の被覆土に数箇所の亀裂が発生した。本 震後、橋面上への漏水箇所数が増え、被覆土の亀裂が拡大した。また、漆喰(通水石管材間の目地を充填・
接着するための材料)が通水石管天端上に浮き上がる状況や通水石管接合部の亀裂が確認され、通水石管 の多くの部分で漆喰破損が推察された。地震後、文化庁の保存修理事業として、手摺石の据え直し、通水 石管の補修及び漆喰の詰め替え工事である。アーチ輪石や壁石の下部には被害状況が見られず、地震以前 より外側に変形していた壁石上部に被害が集中していた。町は「通潤橋保存活用委員会」で修理範囲を検 討し、両端部近くの手摺石を2段目まで据え直して地震前の状態に戻した。同時に、被覆土を掘削して通水 石管が見える状態で通水石管の漏水チェックを行い、ほぼ補修を完了している(写真3)。
(2)二俣福良渡(美里町)
二俣福良渡は 1829 年完成の二俣渡に続き、1830 年に L 字型に架設された町指定文化財の石橋の1つで ある。熊本地震による主な被災状況は、右岸側上下流の壁石・路面・高欄の崩壊の他に、地震の上下左右の 揺れを受けて輪石の断面損傷や連続亀裂・ひび割れ及びアーチ形状の変形、さらには左岸側上下流の壁石 のはらみ出しなどが顕著であり、石橋の機能低下が認められた。地震後、町は全面復旧を目指し、壁石と アーチ輪石を解体し再度積み上げ、足りない壁石は補給した。壁石には控えを長くした石材を要所に使用 し、内部には大小の割石を敷き込んで、ほぼ地震前の状態に補修ができ復旧した(写真 4)。
(3)八勢目鑑橋(御船町)
八勢目鑑橋は県指定の文化財(1855年架設)で、左岸上流側のアーチ基部から橋台側の壁石部分が前震 により小規模な崩壊し、本震後には更に崩壊部が拡大した。また、崩壊部と反対の下流側の壁石も広範囲 にわたって上流側に傾き、欄干の崩落箇所もあった。復旧の補修方法では、崩壊した壁石部分の範囲で中 詰め材も一旦すべて取り除き、再度壁石を積み上げ、中詰め材として割石を敷き固めた。また、アーチ輪
震源
二俣福良渡
通潤橋 八勢目鑑橋 立門橋 永山橋
銭瓶橋