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ヘ ブレヒトにおける唐人お吉伝 説について

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ヘ  ブレヒトにおける唐人お吉伝 説について

丸   本    隆

はじめに

謡曲『谷行』がブレヒトの手にかかって『イエスマン』になり,『ノーマン』

や『処置』に生まれ変ったという事実は,「ブレヒトと日本」の関係を示す好 例としてよく引合いに出され,その改作のプロセスが子細に検討される。とこ

うが1940年,ブレヒトが日本をはるかに強く意識して取り組んだもう一つの改

●  ●

作物『下田のユーディット』は,一般にその存在を指摘されることがまれであ るばかりか,ブレヒトの日本との比較研究の分野においてすら正当に注目され ることがない。この戯曲改作の試みが中途で放棄されたこと,したがってその 断片的な草稿が,他の多くの未定稿と同じく,舞台で上演されたり,活字化さ れて公表される機会を未だ持つに至っていないことがその主要な原因と言える

だろう。

山本有三の『女人哀詞』の改作をめざし,完成に至らなかったその草稿は,

現在東ベルリンのブレヒト文書館に残されている。もっとも,ブレヒト自身こ の改作計画について述べた文章が,ごく簡単なものではあるが,公刊された

         (1)

w作業日誌』に見出され,さらに20巻全集の補巻として出たText fUr Fi11neに       (2)

は映画脚色用の短文の構想が収められている。

筆者の知る限り,文書館の原典に直接当たり多少とも戯曲草稿に関して価値       (3)

判断を加えているのはユーエンとゼーリガーのみである。残念ながら両者とも ほんの2〜3べ一ジの記述にすぎず,作品分析にまで及んでいないが,ユーエ ンは『下田のユーディット』を,「女性が作品の中でますます重要な役割を演 ずる」ようになってくるこの頃のブレヒトの傾向をより顕著に証するものとし てとらえ,ゼーリガーはその当時の「ブレヒトのアメリカに対する否定的な姿 勢」をあらわす一つの例としてとりあげるなど,従来の資料を補強するものと

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してこの戯曲断片に目を向けている。そのような意味において『下田』は,ほ

ぼ同じ時期に書かれた『セチュアンの善人』や『プンティラの旦那と下僕マッ       (4)

ティ』などの戯曲を解く鍵を与えるものともなりうるだろうし,特にジャンヌ

・ダルク・モチーフを共有する『シモーヌ・マシャールの幻覚』との関連性は 濃厚である。あるいはまた幕間劇で交わされる論議は『亡命者の対話』と無関 係であるとは言えない。もちろんブレヒトの日本観,ブレヒト作品における日 本的モチーフの問題には格好の材料を提供するものである。いずれにせよプレ

ヒトの人と作品の全体像をより鮮明に,より正確にとらえ直して行く上で,こ の改作の試みにメスを入れて見ることもまた何らかの意義があるのではなかろ

うかと思われる。

本稿では『下田のユーディット』を原作の『女人哀詞』との比較を通じて分 析しながら,ブレヒトの改作作業における意図やその問題点を多少とも明らか にしていきたい。ただし原資料が未公刊であることを考慮して,草稿からの直 接的引用は避iけるつもりである。

1.ブレヒトの原作との出合い

ブレヒトは1940年4月から約1年間フィンランドに滞在した。その当時フィ ンランド経済は疲弊の一途をたどり,生活苦を余儀なくされたブレヒトは,同 時にアメリカの入国ビザ取得の手続きや出国準備に追われ,全面的に創作活動 に没頭できたわけではない。しかしフィンランドの女流作家ヘラ・ヴォリヨキ の領地マルレベクで別荘生活を過ごした40年7月はじめより,10月再びヘルシ

ンキに戻るまでの3カ月間は,各地を転々とした亡命者ブレヒトにとって,生 活上の煩雑から解放され,自然の中で悠然たる毎日を過ごすことのできた,比 較的めぐまれた時期であった。この時彼は山本の原作とめぐり合い,その改作 を思いつくが,短期間のうちに100枚近くの原稿を一気に書き進めているのは この余裕とは無関係ではないだろう。「ヘラ・ヴォリヨキが山本有三の『女人 哀詞』を見せてくれる。いい戯曲で,彼女はその版権を持っている。私はさっ

そく(ひどい)英訳をたよりに,大まかな筋の設定と若干の色付けをしてみ 縄とブレヒトは改作の動機を『作業日誌』に記している。『谷行』との出合 いと同じく,今回もまたブレヒトがことさら日本物に興味を抱いて捜し出して

きたのではなく,たまたま協力者の勧めで手にしたところ改作の意欲をそそら

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れることになったというのが実情らしい。しかしよりにもよって現在の日本で もあまり注目されない山本のこの戯曲がフィンランドに亡命中であったブレヒ

トの目に触れたばかりか,改作の対象にまでなったという事実には,さまざま な偶然性の織りなすある種の必然性が貫かれていたとも言えよう。

山本右三はもともと大学で独文学を専攻してハウプトマンの戯曲について卒 業論文鰭き? ある、・はイプセン,ストリンドベリイなどを研究翻訳するこ とによって西洋近代演劇の作劇法を学んだが,当然自作のドラマにもその影響 があらわれている。そのことは彼のドラマが西洋人にとってなじみやすく・受 け入れやすいという意味にも通じるが,事実以前からいくつかの翻訳によって 彼らに親しまれているのである。ドイツのばあい,戦前ドイツ語に翻訳され紹 介された日本の近代戯曲は数えるほどしかない・ところが・山本誇三のものは

『ウミヒコヤマヒコ』,『父親』の二篇がドイツ語になっている。特に前者の 掲載された>DAs JuNGE JAPAN<(1924年12月発行)はブレヒトの旧蔵書 の中に残っており,グリムは,発行当時すでにブレヒトがこの雑誌を手に入れ 読んでいたならそれがブレヒトの日本演劇との最初の出合いだということにな 閨Cその可難は大きいと言って諾1ブレヒトがそれに関して何も書き残し ていないので真偽の程は定かでないが,もしそうであったなら,ブレヒトが

『女人哀詞』の英訳を手にしたとき,原作者山本を特別意識したことであろ

う。

ともかく以上の事実がどうであれ,1940年の山本との出合いそのものはプレ ヒトがはるばるフィンランドの地にやってきたことが,決定的な契機となっ た。フィンランドでヴォリヨキ女史の下に滞在していたことが・必然的にグレ ン・ショウの英訳に触れることを意味していたとさえ言える。1935年に北星堂 書店から出版された・Three Plays と題されたその英訳の戯曲集には・『坂崎 出羽守』,『生命の冠』と並んで『女人哀詞』(The Story of Chink Okichi)

が収録されていた。伝えられるところによると,海外に伝播されたこの英訳は,

北欧,中でもフィンランドで注目を浴びるに至る。当時フィンランドで知名の ハーガル・ウィルソンという女流評論家はこれらの劇を読み,とりわけ『女人 哀詞』を高く評価した一文を新聞紙上に発表した。恐らくそれが引き金となっ て1937年フィンランドから作者へ上演の申し込みがあった。しかし作者の快諾

と日本の劇団の援助にもかかわらず,欧州政情の緊迫化のため,上演の運びに

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至らなかったと言う。

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そういうわけであるから作家のヘラ・ヴォリヨキがこの戯曲のことを知って いたとしても当然であるし,しかも先の『作業日誌』の記述ではその版権を持 っていたというから,彼女が上演計画自体に深く関っていたことも大いに考え られうるであろう。だから彼女は単にブレヒトに英訳を見せただけでなく,内 容を紹介しながら改作を促したのだと推測することもできる。

幕末外交の犠牲者お吉を主人公とする『女人哀詞』は1930年に初めて雑誌に 発表され,1933年から1939年の間に新派,新劇,歌舞伎の形態をとって上演さ

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れた。ちょうどこの頃は現在から見ると想像もつかぬような熱っぼい「お吉ブ 一ム」の絶頂期であったようだ。村松春水の20年来のお吉研究の蓄積を背景

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に,十一谷義三郎の小説『唐人お吉一らしゃめん創生記  』をはじめ,小 説・戯曲の分野で続々と諸作が公刊された。その中で真山青果,川村花菱らの

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戯曲作品が1929年から1932年にかけて新派や歌舞伎の演目にのぼっている。

山本戯曲の上演はそれらを受けたような形ではじまり,その時点から唐人お 吉ものに関して舞台ではもっぱら『女人哀詞』の独壇場のような感を呈するの である。そして新劇でもとりあげられたのは山本のものだけであり,しかもそ

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の上演は大評判をとったという。そのことが『女人哀詞』が一連の唐人お吉も のの中で,より優れたものであることを意味するのか,もしそうならどのよう な点でそう言えるのかと言ったようなことを解明するのは本稿の目的ではな い。ただそれが他の作品群とは異る一つの大きな特徴は次の点であるように思 われる。山本有三は十一谷の『唐人お吉』を優れたものと感じ,創作欲を刺激 されるのであるが,ただ「同君〔=十一谷(引用者。以下同じ)〕が発表した

正続二篇を読んで見ると翁〔=村松〕の『実話』に於いて私がより多く興味を       (14)

感じた彼女の後半生が全然取扱ってないので,自分はひどく惜しいと思った」

といった気持が動機になって執筆された『女人哀詞』は,歴史的大事件の渦中 に投げ込まれた17歳のお吉と,その後50歳の死の直前まで延々と続く彼女の後

日諦を大きく一つの戯曲の中に収めており,しかも作者の関心は後半の落莫の お吉により多く向けられているのである。西洋近代演劇,とくにイプセンらの 自然主義の影響を強く受けた山本有三の戯曲は,劇的な対立や緊張に富み密度 の高い劇的構成を持つ,いわゆる劇的演劇の部類に属するものが多かった。し かし『女人哀詞』は山本の全20篇の戯曲中最後から二番目のもの,すなわち彼 が小説家として立つに至った,戯曲から小説への移行の時期の作品であった。

だから「劇的な構成をはみ出して,小説的発想に近づいている」 (山本健吉)

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        (15)

ネどと言われる通り,叙事的演劇の要素をより濃くあらわしている。すなわち この戯曲は,時間的・空間的な大きな広がりの中に散りばめられた各場面が半 ば独立しながらゆるやかに結びついており,場面と場面の間には飛躍すら見ら れる。戯曲全体の山場というぺきものはなく,むしろ淡々と物語られていくと いった方がよい。そのような構成だからこそ,実際1933年の初演のとき前半・

後半と二度に分けて上演することが可能であったのだろう。

ブレヒトがグレン・ショウの訳を通して読みとったこの作品の特徴も,まさ に叙事的にお吉の後半生をたどってゆくところにあり,そこに改作の対象とし ての価値を見出したのである。彼は原作の改変を通じて,たとえば敵将に貞操 を捧げることによって国を救ったユーディットの後半生について聖書は沈黙し

ているが,果してどうだったのだろうかと問いつつ,「日本のユーディット」       (16)

ィ吉の「英雄行為を後日諄まで辿っていったもの」,つまり彼女は「敵将」の 子を生むのか,婚約者との結婚話はどうなったのか,人々は彼女にどんな態度 で接するようになるのか,彼女の行為を不滅にするような記念碑は立つのか,

微はその碑を見るのか・微は自分のことがでてくる裾の上演を見るの

か,彼女の老後はどうなるかといった点を描き出そうとする。

ところが山本の戯曲をブレヒトに見せたヴォリヨキは,「お吉の英雄的な行 為は第3景でおこるのに,その後破滅ままるまる、炉も続く」ようなこの舳

を,「叙事的すぎ,それで後半は劣る」と批判した。ちょうど同じ頃ヴォリヨ キの原作をもとに『プンティラ』を執筆していたブレヒトは,その前日の『作 業日誌』の記事に, 『プンティラ』は, 「すぺて叙事的すぎてドラマチックに なりえなvlヨ)というヴォリヨキのやはり批判的な見解を紹介している。『プン ティラ』に関してブレヒトは,ヴォリヨキが因襲的な技法に邪魔されドラマの 叙事的展開については理解できないとして,作劇法の根源をめぐる論議を繰り

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ひろげているが,『下田のユーディット』の改作に際しては,原作の叙事的傾 向に敬意を払いつつも,「あまりに叙事的」な点を原作に内在する弱点と見る ヴォリヨキの意見をあえて否定せず,その方向で原作に若干の修正をほどこそ うとしている。この作業の背景には当時ブレヒトが着目していた叙事的演劇の 新たな質的深化の課題が横たわっていたと言うこともできる。

従来ブレヒトは,たとえば「観客の強烈な感駒魏を可能にするため〔 °

…〕,直線の上を無理やり駆けぬけさせる必要のある」ような劇的演劇に対す るアンチテーゼとしての性格を強調するため,叙事的演劇をジグザクと回り道

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していく点に特徴づけていた。それは決して長ったらしくむだの多い冗漫さを 意味するものではない。しかし常にそうなる危険性をはらみ,またそのように誤 解されるばあいも多い。ブレヒトはフィンランド滞在中,『アルトワロ・ウイ』

の創作に関連してではあるが,その点をより明確に問題意識にのぼせて次のよ うに書いている。

僕は叙事的な作品にスピード感をつけられるかどうかに大変興味を覚えてい る一一原則的に叙事的作品は穏やかなものだと思う必要はないのだ。原則的 にいえば,叙事的な作品においても,時間をスローモーション撮影的に引き のばす操作も,スピードモーション的に圧縮する操作も同じように利用でき ていいはずだ。激しい動き,むきだしの葛藤,対立者どおしの衝突といった

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ようなものが,叙事的作品でもく劇〉作品と同じように扱えるのである。

のちほど見るように,ブレヒトが直接手を入れて書き直した部分を原作と比 較してみたばあい,量的に思い切って圧縮し,各場の問により緊密な関連性を もたせ,あるいは部分的に劇的葛藤を高めるなど,叙事的演劇にとっては興味 深いさまざまな試みがうかがわれるのである。

2.ブレヒトの改作計画

グレン・ショウの英訳のタイトル>The Story of Chink Okichi<をプレ ヒトは>Die Geschichte von der Aus1註nderhure Okichi<と呼び,新しく改 稿されるはずのドラマを,はじめ単に>Die Auslanderin Okichi< としてい

たが,お吉を西洋の伝説的英雄ユーディットの日本版と位置づけようとすると ころから,>Die Judith von shimoda<(下田のユーディット)に変えた。こ の作品に関する100枚近くの原稿を内容的に大きく分類してみると①枠筋。こ れには2通りのプロローグ,そのうち1つのプロローグと呼応する幕間劇10場 とエピローグが含まれる。②本筋。原作を手直しした1〜4場と,新しく書き 加えられた第10場の合計5場。③その他原作への疑問点の書き込み,改作構想 の概要,本筋・枠筋の断片的な草稿,改作に関する注解など。

ブレヒトが原作をどのように変えようとしたのかをより具体的に考察してい くために,まず原作『女人哀詞』のファーベルを場を追って要約的に記してみ

たい。

      (23)

k1幕1場〕アメリカ総領事ハリスは,芸者お吉を約束どおり差し出さぬ下田

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奉行の態度に激昂し,武力攻撃を示唆して威嚇する。奉行所はお吉の翻意を 促すため,その婚約者鶴松の買収を画策する。

〔1幕2場〕出世と引き換えにお吉の提供を奉行所に請け合った鶴松はそのこ とをお吉に打ち明ける。お吉,悲嘆にくれ鶴松に駆け落ちを提案するが,鶴 松それを拒絶する。

〔1幕3場〕伊勢善の屋敷で馴染みの客,支配組頭伊佐新次郎に,国の存亡危 急の際に個人のエゴを通してはならぬと巧妙に説得され,お吉は唐人屋敷へ の奉公に同意する。

〔2幕1場〕玉泉寺の米総領事館でハリスに仕えるお吉は,重病のハリスを助 けようと国禁の牛乳を搾ってきて飲ます。ハリス回復し,感謝のあまりお吉

らを朝食に招待せんとするが,米商船の入港により招待は中止になる。

〔2幕2場〕米人に冷くあしらわれて帰途につくお吉らは,見物の群衆に好奇 の目で見られ侮辱を受ける。牛乳の件でとがめ立てした役人を言い負かして 追い返したお吉は,茶屋で飼っている鳥を,かごからふと放してしまう。

〔3幕1場〕横浜海岸通りで,鶴松,新内の流しをやっていたお吉と再会する。

〔3幕2場〕お吉,鶴松と所帯をもちたいと思い,芸者をやめ好きな酒すら断 つ決意をする。

〔3幕3場〕一旦は髪結をはじめたお吉は,ある時芸者に呼ばれたことから泥 酔状態に陥り,醜態をさらして鶴松のもとに連れてこられる。二人の間で過 去の傷跡をえぐりあうような夫婦げんかが始まる。お吉の失態を報告しにき

た曼蔵院のおさいが,鶴松の立場に同情する。

⊂3幕4場〕遠方よりわざわざお吉に髪を結ってもらいにくるおさいが実は鶴 松と懇意にしていることを知って,お吉は鶴松に別れ話を持ち出す。

〔4幕1場〕かつて下田の調べ役としてお吉を唐人に売り渡すのに功のあった 斎藤が,今は明治政府の高官として東京から下田に来ていてお吉と再会す る。お吉,斎藤の投げ与えた紙弊を燃やしてタバコに火をつける。斎藤,悪 態をつき続けるお吉を階段から蹴落す。

〔4幕2場〕シュール・リアリズムを思わせる夢の場面。お吉の不運な境涯が 走馬燈のようにあらわれては消えてゆく。

〔4幕3場〕お吉,酒が過ぎてついに中気の身となる。お吉の将来を案じた篤 志家の亀吉がお吉の家に白米を運ばせてくるが,お吉その俵を裂いて米をつ かみ出し,スズメよ,カラスよ,食えとばかりにばらまく。

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ブレヒトはこのような筋をもった原作の物語を枠構造で囲んでしまおうとす る。「彼女〔=お吉〕の英雄行為はずいぶん抑制して書かれているので,その

話が国民的伝説になっていない国では,その行為は語られるそばから忘れられ   (24)

でしまう」からという理由で,欧米の読者,観客のために,コメントの役割を もった枠筋がつくられるのである。一一般にそのような構造の戯曲においては,

たとえ枠で囲まれた劇中劇が内容的に主体をなすものであっても,その劇を見 物しあるいは演ずるはずの人物で構成される枠の存在によって劇中劇の意味内 容が大きく規定されるばあいが多い。ブレヒトにおいてもこの形式の採用によ

って,原作との間に無視できぬ距離が生じている。

ブレヒトはまた劇中劇として組み込まれることになる,原作を継承すべき部 分に関しても,もとの構成を一定程度組み立て直そうと意図した。いくつかの 資料からすると,ごく短期間になされたと思われる改作作業の間にも,この点 における改変計画は微妙に変化していったと考えられる。今,残された資料を 時間的な順序を推測する形で整理し直して,本筋(劇中劇)の構想の変遷過程 を右頁に図示してみたい。

(この図表に関する注一残された資料の中で,改作構想の概要を記した二 種類のメモを時間的に早いと思われる順にA,Bとし,本筋や枠筋の断片的な 草稿をC,枠筋をD,一応5場完成した本筋をEとする。数字はそれぞれのプ

ランにおける場を示している。ブレヒトは原作を読んだのち,まず二種類のメ モで構想を示し,その後枠筋を一気に書き上げたのち本筋に着手したものの完 成に至らず放置してしまったものと思われる。草稿Cは本筋や枠筋を補足する

ため書かれたのではなく,それらに先立って初稿としてまず執筆されたと考え るのが妥当であろう。なおこの表では本筋の構成のみを問題にしているが,枠 筋は本筋の各場の間に逐一組み込まれるものとしてあったことはいうまでもな い。Cの5〜9場は枠筋しか作られておらず,その部分は枠筋各場の内容から それに対応する本筋を類推したものである。Eが一応残された資料における最 終的なプランであると思われるが,点線で囲んだ場は予定されたが結局は執筆

されなかったものである。そのことは枠筋そのものであるDから推定される。)

ブレヒトが原作をどのように作りかえようとしたのか,この表を見れば一目 瞭然である。原作は12場構成になっているが,ブレヒトが削除したりつけ加え たりして書きあげる予定であった本筋は最終的には11場になるはずであった。

だが完成しているのは合計5場だけである。

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(女人哀詞)     (A)    (B)    (c)    ⑨     (助

11幕1場〔1〕i−一[1二}一一一「1二!−一一[1]一一一[}一[工]       L

i1幕2場〔2」 [2 「2]一一[互]一一[i]一回

11幕3場〔3〕1「一凹巨}一[レ[トー[1

巨醐〔4〕ト圧ト「]一[コー[トー凹i2隷2場〔5むトー「臼トー「重ト[]一・[一一;ll鉱i

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陰叢霧:iト「く十・[<トロilllゴ{

14幕1場〔1・」H1ト・[トー[トー[トーil9一 瞬2場〔11〕・  一[司

14幕3場〔12] 「引ト[トー9 [垂一回

〔ブ_が新しくつけ加えたシーン] 1・ [互ト蒲1i

そのうちの第10場はブレヒトが全く新しく創作したものである。これはお吉 の悲運を美しい英雄行為として歌いあげる大道歌手に熱狂する民衆の中に・当 のお吉が真相を訴えようと割って入るが逆に民衆によって追い返されるという 場面で,はじめは最終景として予定されたが,実際に書かれたものは全11場中 第10場に設定された。ブレヒトは,お吉がアル中患者として中風を病み,友人 の暖かい救いの手をも無残に拒絶してしまうように,肉体的にも精神的にも末 期症状を示す原作4幕3場をそのまま最後においておくことを適当だと思った のであろうことが,枠筋の幕間劇10からも推測される。

さらにもう一つの重要な変更点は,原作1幕の2場と3場の位置を逆転して

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しまったことである。この操作によって,後でも見るようにお吉が唐人屋敷に 出向くのを承諾する気にならた,その決断の動機が大きく変ってしまい,テー マにまで大きな影響が及んでくる。ブレヒトはもちろんそのことを強く意識し たのであろう,比較的早い段階でこの改変を考えている。原作の場面を入れ替 えて新しい劇の流れに組み込むためには,矛盾した表現等を避けるために細部 に至るまで大幅に書き換える必要が生じてくる。

以上2点の重要な改変に比ぺると,内容にそれほど大きくかかわるものでは ないが,その他の変更として目立つのは原作3幕の1場と2場の合体である。

これは正確に言うと,1場が幕間劇5の中に組み込まれてしまっているのであ る。完成された枠筋の幕間劇5の最後の部分では,前に進み出た演出家によっ てまるで無声映画の弁士が語るような調子で,お吉と鶴松の再会の様子が手短 かに語られる。4幕2場の夢の場面は一度梗概で問題にされただけにすぎず,

結局は省略されることになっていたようである。

さてこれらの戯曲全体の基本的な構成と同時に原作を改稿した4つの場面そ れそれが様相を一変しているわけであるが,今,量的な点に限ってそれを原作

と比較してみよう。異質の言語で書かれた複数のテキストを同一レベルにおい て単純に比較してみるのは難しいが,ごく大ざっぱに見てみると,原作とほぼ 同程度の分量が保持されている第4場を別として,その他の場面は改稿される ことによって原作の3分の2,ないしはそれを若干下まわる量に減少してい る。さらにブレヒトのテキストに原作の文章がどの程度忠実に生かされている かという点を見ると,1場は半分近くが原文そのままだと言えるが,3場・4 場になると原文の踏襲された箇所はごく散発的に見られるにすぎず,2場では わずかに原作の1幕2場(改作では3場になるはずの場面)にある一文が,異 ったシチュエーションの下で用いられているにすぎない。

以上見てきたようないくつかの改変を通じて,ブレヒトは原作のテーマを一 新し,あるいは先述の「あまりに叙事的」な傾向を大きく修正して,より自分 の意図に沿った戯曲に仕上げようとしたと思われる。しかしファーベルに関し ては,戯曲全体として見れば,ほぽ原作の線が貫かれているし,また最初は大 幅に短縮・省略を意図された後半部も枠の中に収められ,あるいは省略される ことになる2つの短い場面を除いては原作どおりの劇の進行が図られ,あわせ てその簡略化を補うかのごとく新しい場面が加えられるなど,後半に比重を置 いた原作の精神が受け継がれていることも無視できない。

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3.『女人哀詞』から『下田のユーディット』へ

① 枠筋

『下田のユーディット』の枠構造がともかくも一貫性のあるものとして完結 しているところから見て,ブレヒトは恐らく本筋に手を着ける前にそれを作り 終えてしまっていたと思われる。その枠の要となるぺきプロローグ(Vorspiel)

として,それぞれまとまりのある二つのものが残されている。最初に書かれた と思われるプロローグは,若干ではあるが同一の台詞が不必要に重複している ところから見響なお未完成のま繕き捨てられたものと思われる.このプ・

ロ_グはそもそもそれに続くはずの幕間劇(Zwischenspiel)との必然的な連続 性を欠いている。ブレヒトは一旦これを書いてしまってから急拠方針を変更

し,新しく全く別のプロローグを作り直してそれを幕間劇へとつないでいった と考えるのが自然であろう。

いずれの構想によってもブレヒトは,劇中劇『下田のユーディット』の上演      (26)

主催する側の人物として「新聞王」秋村を,そしてそれを見物するアメリカ のジャーナリストのレイ嬢,イギリスの東洋学者クライヴ,それに日本の作家 を一人登場させ,それらの人物が各場面の短い合い間に,上演されたばかりの シーンについてあれこれ議論していくといった,実際の観客にとって劇中の出 来事や登場人物の言動を批判的に観察する上で有効な方式を採用している。秋 村ははじめのプロローグでは単に新聞王だが,あとのものでは,それに加えて 宮殿のあるじで政治家でもあるとされている。彼はまさにワイマル共和国時 代,マスコミや映画界に君臨したフーゲンベルクを思わせるような,支配者の 側にあって戦闘的に時代精神を組織していくような人物としての役割を担わさ れてい話誓)それに対してレイはプロローグの第1稿では,社会主義的な雑誌だ

とい98 「アメリカン.マーキュリー」の言諸である.(あとの稿では単にジャ 一ナリストとして登場する。)またクライヴは客観的な事実を重視する研究者 であり,日本人の作家も批判精神に富んでいる。

2つのプロローグの問の最大の相違は,最初に登場する作家は山本自身にな っており,第2のものではそれが鬼頭という別人に変えられているという点で ある。最初のプロローグでは,唐人お吉をうたった詩を創作しようとして素材 を探し求めている山本のために,秋村が新聞王の権勢を利用した強引な特別注

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文でお吉を描いた芝居(その芝居は山本作でないことになっている)を上演さ せようとする。秋村は日本の「民族的再興」の時にあたって,お吉伝説を愛国 心高揚のための手段として動員すべく,それにふさわしいお吉像の形象化を山 本に期待しているのである。しかし山本はお吉をむしろ一種のジャンヌ・ダル クと見,彼女が決して外国人によってではなく自国民の手にかかって悲劇的状 況に追いやられた点を強調して,秋村の目論見とは鋭く対立する。この両者の 対決は,秋村が肥満体であり,山本はそうでないという,ブレヒトの好んで用 いた社会的タイプの可視的な様式化の手法を思わせる表現にも暗示されてい

る。ブレヒトのはじめの構想では,山本,それに左翼のレイと秋村の対決を軸 とし,さらに皮肉屋クライヴも一枚かんだ愛国心論争を中心に枠筋が進んでい くはずであったと想像されるが,この線は大筋においてあとの構想にも貫かれ ている。本筋の原作者である山本を享受者に仕立てあげ,自作の批判者の位置 に据えるのは,いかにもブレヒトらしい辛辣な皮肉であり興味深い。しかしブ レヒトはこれを書き換える。が,そのような設定には事実の飛躍があり,作者 への敬意を失することにもなりかねないという点をブレヒトが考慮したからと いうわけでもなかろう。ともかく山本は鬼頭に変わり,上演される戯曲は,当 代きっての若手最急進派の劇作家で秋村とは全く見解の合い入れないと言う山 本の書いたものになる。

ブレヒトが最初の構想を放棄したのは,おそらくドラマトゥルギー上の要請 によるものではなかろうかと思われる。山本の登場するプロローグでは,山本 が東京に一日しか滞在できず,しかも劇場に留まれるのは一時間しかないこと になっている。しかも上演当日の朝に突然要請があったばかりであり,衣裳係 は各場面に応じた着物を揃えるのにあわてふためいているありさまである。こ のような外的条件のために,芝居は最後まで演じられるわけにいかず,演出家 は最初の5場だけで終りにして一応のまとまりをつけようと考えている。しか しこのように設定してしまうと,まさにこの芝居の眼目である後半部を舞台に かけられるようにするためには,何か合理的な理由(たとえば山本があえて東 京滞在をのばす等々)をつくりだしたり,山本が帰ったあとで残りの者がさら に観劇と批評を続けるといったように話をもってこなければならない。ところ が最初の例ではやや牽強付会の印象がぬぐえないし,また途中で山本が欠けて は議論の迫力が一挙に失われてしまいかねない。こうして恐らくドラマの進行 上の理由から別の筋が考えられたのであろうが,その新しい枠筋はその点で随

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分異った展開を見せている。

最初日本式の常設劇場とされたものが,あとのプロローグでは秋村の宮殿の 小広間にしつらえられた仮設の優雅な舞台となる。秋村によるとヒーローの活 躍する悲劇を見るには空気の良い場所で,柔かい椅子に快適に坐っていること が必要だからというわけである。登場人物の会話によってやがて明らかになる のであるが,この上演に先立つ数日前愛国心に関して議論がなされたらしい。

特にその際クライヴが秋村の見解に批判的な意見をさしはさんだので,秋村は 愛国主義が上層階級だけに関係があるのではないことを実例でもって論証しよ

うとして,一座を宮殿に呼び唐人お吉物語を上演させて皆で見物しようとした という筋立てになっている。したがってここには,最初のプロローグに見られ たような時間的な制約は存在しない。ここではむしろ秋村が自ら積極的に物語 の途中で上演を打ち切ってしまおうと意図するといった理由のために,最初先 のプロローグで示されたと同じ前半部分のみが演じられることになる。秋村に とっては,お吉が国のために犠牲に殉じようとして英雄的にふるまう山本戯曲 の前半のみが重要なのである。

そういうわけで第5場までが演じられると,秋村は芝居の完了を告げる(幕 間劇5)。秋村にとっては,ユーディットが敵の陣営に赴き,敵将の寝首を掻 いてきたに他ならないこの場でもって芝居が完結するものとして当然であっ た。ところがレイは中途半端な終り方だと驚き,秋村に不満の意を告げる。彼 女はむしろ,お吉の英雄行為のあとどのような生涯をたどるのか無性に知りた いのだ。この幕間劇は,ほとんど秋村とレイの間での芝居の終了・続行をめぐ る議論で満たされる。秋村にすれば英雄的な行為こそが賞讃の対象になりえて も,お吉は自分が出てきた群衆の中に消えてしまうにすぎず,個人の運命に焦 点があてられることなど思いもよらないのである。それに反論するレイは,英 雄の後半生の追跡に興味を抱くブレヒト自身の見解を代弁するかのように,劇

の不完全性をつく。そこでついに秋村は,そもそもお吉のその後の運命を扱っ たシーンがあることを白状し,俳優にメーキャップを落してしまわぬよう要請 せざるをえない。それを聞いたレイが,お吉の恋人との結婚の件はどうなった か描いたシーンを見せてほしいと懇願するのに応じて,演出家の語りに導かれ てお吉と鶴松の再会の場面が始まり,二人が所帯を持つところへと続いてい

く。さらに幕間劇7で,レイはお吉の生涯のすべてを見せてほしいと要求す る。それに応じてお吉の泥酔の場面が演じられると,秋村は英雄お吉のイメー

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ジ・ダウンになりかねないそのようなシーンまで見せてしまったことを後悔 し,人々がこれ以上客席に留まらず退場するのを待ち受ける。しかしレイが執 拗に食い下って,国家はお吉に何を報いたかという新たな疑問を提出すると,

秋村は仕方なくお吉と役人斎藤の出会いの場を演じさせる。このエピソードも またもや秋村の所説を援護するものとはならなかったが,幕間劇9ではお吉の ような庶民は忘れられこそすれ注目されることはないというレイの悲観論に反 駁しようとして今度は秋村の方から積極的に,人々がお吉の英雄行為を称える 第10場をやらせようとする。だがこの場も秋村の期待に反して,お吉の悲哀を 強調するものであった。レイはさらに,そのように惨めなお吉を救うものとし ての友人がなかったかどうか尋ねる。秋村は,お吉の国民的英雄としての華々

しいイメージがしだいに低下してゆくのに耐えがたい不快感を表明し,いわば 自暴自棄の気持で,お吉が友情の手を払いのける最終場面の上演を依頼する。

こんな風に,お吉の愛国的な行為のさわりのみを見せ後半はむしろ隠しておこ

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うとする秋村に対して,逆に英雄の不遇な後半生に興味を示すレイが熱心に全 貌の開示を要求するというパターンを通じて,一枚一枚べ一ルがはがれるよう にお吉伝説の背後に潜む真相が浮き彫りにされてゆくという形をとって幕間劇 が本筋を導いてゆく。

② 本筋前半部(1〜4場)

ブレヒトが原作に依拠しそれを改変したこれら4場の特徴を,主に原作との 比較によって明らかにしてみたい。

a.まず筋の進行に即してその内容を見てゆこうと思う。

第1場では調ぺ役の斎藤が奉行たちの前に呼び出されるくだりまではほぼ原 作の線が踏襲されているが,後半部はほとんど削除されてしまっている。原作

ではお吉を陥落させる上で重要な鍵を握る斎藤が中心となって劇が進行してゆ く。ところが2場と3場に根底的な改変をほどこしたブレヒトの稿では,斎藤 の鶴松買収工作が2場におけるお吉の決断後はじめて要求されることになるた め,この場での斎藤の登場は必要なくなったのである。ブレヒトはその代りに 新しい筋をつけ加えて場面短縮の埋め合わせをつけている。原作では若菜や松 村と同身分の支配組頭にすぎず,1幕3場で登場するだけの伊佐が下田の最高 権力者たるFUrstとなり,将軍と談合し江戸よリ帰還したばかりのその伊佐が

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奉行所に到着し,それによって奉行所の評定の局面が一変するという筋であ る。それは簡略なものではあるが次の場以降の筋の展開を左右する重要な役割 を担っている。

大抵の唐人お吉もので山場になるという伊勢善の離れ屋敷の場は『女人哀 詞』では第3場に置かれているが,それが『下田のユーディット』ではデフォ ルメされて第2場に据えられる。前場から舞台が一転せず,30分後そのまま奉 行所において伊佐がお吉の説得を始めるというわけだ。

原作ではすでに奉行所の要請を受け入れていた鶴松が,第2場でお吉にその 事実を告白する。そればかりかお吉にも帰順するよう勧告し,お吉の駆け落ち の誘いにも乗らず,ひたすら恋人の犠牲を代価に出世を夢見るのみである。明 確な表現こそないものの,お吉は両者の愛情には深い亀裂が生じてしまったこ とに気づき,当然挫折感に襲われたと言ってよい。そしてそのような感情こそ が,次の場で自らも屈服するという結果を導き出すのである。

2場と3場を逆転したブレヒトのばあい,その点が大きく変っている。お吉 が伊佐に説得されるとき,まだ鶴松の変心はおこっていない。それどころかこ の段階ではまだ頑強な抵抗をすら試みている。伊佐も傷心のお吉を,馨え話を 集中砲火のように浴びせてねじ伏せてしまう原作とは異り,融通のきかぬ小役 人たちと対照的に,賢明かつ老檜な方法でもって巧みにお吉の翻意に成功す

る。そのように素直に同意したのは,もともとお吉自身受動的な態度に終始せ ず,下田の町を救わねばならぬという使命感を抱いていたことも大きく原因し ている。お吉はほとんど愛の感情に左右されずに答を導き出したと言える。こ うしてお吉が了解した今となっては,彼女の決意を再び覆えしうる障害物とし ての鶴松の存在がクローズ・アップされてくる。ブレヒトのばあいは,ここで 初めて愛情問題が意味を持ってくる。

第2場と第3場の間で,鶴松が斎藤に丸め込まれてしまう様子は,山本の作 品のばあいと同じく直接描写されていない。しかしその事実が暗黙の前提とな

って次の鶴松のお吉宅訪問の場へと続いてゆく。この場はお吉と鶴松の会話を 軸に進行してゆく。原作の構造そのものは受けついでいるが,冒頭からすでに 原作とは随分異った様相を呈している。

1お吉は三味線を爪弾きながら落ち着きなく歩き回り,歌を口ずさんでいる。

その歌はブレヒト流の反戦歌であり,帝(Ka三ser)に夫を徴用された銃後の女 の苦しみを歌ったものである。そこには戦争の勃発を防ぐためにこそ唐人に身

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を売る決意をしたお吉の気持が込められている。

この歌とともにお吉は姉おもとに身の上を告白し始める。原作のおもとはお 上の仕打ちを恐れて,志を曲げないお吉の翻意を促すが,お吉がすでに決心し ている改作では彼女は逆にそれによって鶴松との仲に悪影響が及ぼされるので はないかと懸念する。お吉自身も決意こそ固いが,鶴松がそのことで激怒し悲 嘆にくれはせぬかと気がかりでジレンマに陥っている。それゆえお吉は容易に 話が切り出せず,その間に鶴松が奉行所で請け合ったこと打ち明ける。お吉は 鶴松の話が一段落着いたところでようやく自分の話を持ち出す。ところが鶴松 はお吉の予想に反して,怒るどころか,先にお吉の話を聞いておれば,自分が 妥協したことを言わずにすますことができたと言って後悔するばかりで,そそ くさと帰ってゆく。そのような鶴松に対して,お吉は怒るよりはむしろ悲し

む。

『女人哀詞』の1幕2場の終盤で伊勢善より伊佐の迎えの駕籠が来るという 設定を利用してブレヒトは,唐人屋敷に向かう駕籠がお吉を迎えに来ることに

して,それを第4場の米総領事館の場へとつなげている。

そこでは病床のハリスと看護するお吉のことばのやりとりが簡略化され,話 がただちにミルクの一件に及ぶなどの細部の改変を除けば,お吉が苦痛にうめ くハリスに同情し彼のために国法で禁じられている牛乳を取りにゆく危険をあ えて冒すという大筋は原作からそのまま借用している。ただしそのような行為 を目指して突進しようとするお吉が酒の力を借りるというモチーフは原作には ない。そしてブレヒトはそのモチーフに看過しえぬ意味を付与しているように 思われる。

原作でもお吉の飲酒そのものは筋の進行とからみあってたえず前面にあらわ れてくる。1幕2場に初めて登場したとたんもう銚子をあけているお吉は,や がて鶴松と所帯をもつことになった時禁酒を決意するが,ある時酩酊がもとで 夫婦の間に亀裂が生じ,さらに深酒を繰り返してついに晩年には中風を患って しまう。『女人哀詞』で酒と全く無縁の場はほとんどない。酒の出てこない4 幕2場も悪夢の背景として直前の場における泥酔を想定するなら,一切酒と関 係のない場はお吉がまだ登場しない1幕1場,ごく短い3幕1場,それに飲物 は牛乳しかでてこないこの唐人屋敷の場の3つにすぎない。

原作の最初の4場までを改作したブレヒトは,2場と3場で酒に因む描写を 一切消却し,逆に4場では原作にない表現をつけ加えている。お吉は禁制の牛

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乳を目指して出陣せんとする直前,ヒュースケンが日頃嗜んでいるウイスキー を,「声つぶしあ毒」だから飲まぬようにとのお福の忠告をも意に介せず・自 らの勇気を鼓舞するために衝動的に一気にあおる。こうして初めてお吉の善意 が実際的な意味を持つようになる。そもそも善良な意志を持つこととそれを実 践に移すことの問には必ずしも連続性が認められるとは限らない。ブレヒトは

この意志と行動の懸隔を埋めるものとして酒のモチーフを導入しようとする。

原作でもハリスへの奉公の一件がもとで,お吉は酒に浸り込んでいくが,そ もそも憂さ晴らしの手段として酒の助けを借りるようになるのは,お吉自身表 現しているように彼女が父親ゆずりの酒豪であり,また芸者の嗜みとして飲酒 に慣れていたことの必然的な結果でもあった。ところがブレヒトは唐人屋敷で の奉公そのものが将来の飲酒癖の直接的な導火線となるよう作りかえている。

彼は史実を度外視して,牛乳を飲まなかった日本人の間ではもともと飲酒の習 慣もなく,西洋人と接触する機会を持たされたためにお吉は飲酒の体験をする 羽目になったとし,その結果としての飲酒癖に唐人に売られたうレξ砂をお吉 の破滅の特殊な原因を設定しているように思われる。

この場でお吉がミルクを取りに出たあとの後半部を,ブレヒトは入港する黒 船が原作のように商船ではなく実は軍艦であったとすることで一新してしま う。山本の原作は米船の入港による影響を,朝食への招待をキャンセルされ・

せっかくの善意を裏切られるお吉のもの悲しさの漂よう無念の気持といった私 的な感情の次元に生ぜしめているが,ブレヒトのばあいこれが,のちに見るよ

うにさまざまな政治的な波紋を引きおこすことになる。

b.原作の『女人哀詞』はもともと作者の社会派的な姿勢が感じられる戯曲で

ある P9)そしてブレヒトは当然そのような傾向を継承している。ただ原作におけ る社会的な訴えはしばしば情緒的に表現された個人の運命を通して響いてくる

といったものであった。ところがブレヒトの改作では個人の社会的存在として の面がより強調され,往々にして問題の所在が個人的な次元から,より一般的 な政治的・社会的次元へと移されている。もちろんだからと言って個人主体と してのお吉が社会環境の中に解消されてしまっているわけではない。ただファ 一ベル自体が政治的動向を軸に構成されている点が原作とは大きく異るところ である。

第1場では登場人物の一人,通辞森山栄之助がカットされ,この時期の通訳 の方法として一般的であったオランダ語を介しての二重通訳という,われわれ

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坙{人にとっては興味深い歴史的事実が消滅してしまっている。ヒュースケン が英蘭2力国語を操れる貴重な存在として米国内で捜し求められたオランダ人 であったという事実など,ブレヒトの改作においては意味を失っている。しか

しそれはブレヒトが当時の日米関係をめぐる歴史的事実に全く無頓着であった ということを意味しない。というのは,一方で本来原作には見られない事実を 導入し,その事実に筋の展開の上で重要な役割を与えているからである。それ はアメリカ総領事ハリスが将軍と直接談判するため江戸行きを熱望する一件で ある。原作でヒュースケンが,日本側が優柔不断な態度で約束の履行を渋る例 として引き合いに出しているのは,「コンスルの旅行区域の問題」や,「ドル

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レル(弗)の両がえの問題」であったが,ブレヒトはさらに下田奉行が家僕を 何週間も都合してくれない問題とともに,この「謁見」の件をからませたので ある。これらの2つの事実はまさにショウの英訳の解説の中に紹介されてい

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る。ブレヒトがそこから知識を得たと見て間違いあるまい。

原作では結局はお吉の獲得にアメリカ側の最大の関心が向けられているよう に描かれている。お吉の悲劇性をより強調するための伏線としての効果を考え ると当然の筋書きだと言えよう。ブレヒトのばあいお吉問題は諸案件の一つに すぎず,日米トップ会談の成功によって初めて両国間の懸案解決の道が開ける という具合に政治が前面に押し出されている。幕府と米国の間にはさまれた伊 佐にとっては,この問題をいかに処理するかに自らの政治生命が懸っており,

総領事,下田奉行双方の最大の関心事としてこの件は4場まで貫かれてゆくラ イトモチーフとなっている。だからお吉の帰順をもって政治的には一件落着 し,あとはお吉とハリスの個人的な人間関係に収敏されてゆく原作とは違っ て,ハリスがお吉をわがものにすることに成功してからもまだこの重要案件の 難航が問題を複雑にし続けるのである。

原作とは違ってお吉が牛乳を捜しに出た時,すでに米艦入港の事実が知れ渡 っていた。下田の民衆は砲撃されはせぬかと恐怖にかられ大騒ぎしている。

その時おもとが民衆の意を代弁して,戦争勃発を防ぐためには今すぐ妹が総領 事にかけ合う必要のあることを伝えにくる。お吉の存在は相変らず政局の焦点 であり続けていたのだ。すると今度は真夜中にもかかわらず下田奉行の井上が 現われ,将軍との会談の手配が整ったという公式見解を告げる。為政者側は民 衆とは違った次元で,何よりも米艦到着はハリスの出国を意味し,それによっ てその重要な会談が不可能になり日米関係に破局がおとずれることに深刻な不

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安を抱いている。井上ほハリスが病のため即座に出発できぬことを知り一まず 安堵する。ところがお吉がミルクをもって現われ,それを飲んだハリスがたち どころに回復してその日のうちにも出立が可能になり,再び会談の実現は危機 にさらされる。朝食に招待するという約束の不履行に対するやましさからバリ スは,出発を一日のばしてほしいというお吉の懇願を受け入れるが,彼はもは や病身ではない。お吉はまたもや下田の町を破壊から守る。しかし下田の為政 者に対してはこうして二重の罪を犯すことになる。

c.お吉はこのように政治に巻き込まれ,また政局を左右する。そして下田の 民衆を救い,「ご法度」を冒して嫌悪すぺき「唐人」の命を助ける。彼女は最 初の4場において,単にヒューマニストであるはかりか,私欲や私情を振り切

ってすすんで共同体に殉ずる用意のある気高い精神の持ち主として描かれてい る。ジャンヌ・ダルク的な聖女であり,下田で唯一人善行を実践するシェン・

テ的な善人である。もともとお吉の最初の決意が個人的な感情の次元を越えて

いる。

原作ではお吉が伊佐に諭された時,「お上」と妥協した鶴松は彼女にとって すでに愛の対象としての絶対的価値を失っていた。そうである以上「愛人と国

とどちらが大切か?」と言った設問は意味を失い,執拗に愛国心を説く伊佐に 反論しようにもよって立つ基盤が崩壊してしまっている。それゆえ前場の,権

力者の身勝手を難ずる威勢のよい批判の片鱗すらうかがわれず,伊佐の一方的 な話に終始沈黙したまま「あきらめ」て降伏する。つまり最初の頑強な抵抗 は,たしかに誇り高いお吉の反抗精神のしからしむるところでもあったが,鶴 松との仲を裂かれることへの恐怖が何よりも原因している。そして抵抗を放棄

したのは,愛顧にあずかる殿様の難儀に同情したという以上に,鶴松の態度に 幻滅したからであった。いずれにせよお吉の決断の動機にはプライベートな感 情が決定的にかかわっている。

ブレヒトでは,お吉の最初の非妥協的な態度は,鶴松との関係以上に,当時 鬼畜のように忌み嫌われていた「唐人」に対する生理的な拒絶反応に支えられ たものとなっている。だから犠牲的行為を求められた時,そのような嫌悪感を 克服できるかどうかという課題にまず立ち向わねばならなかった。しかし両国 間の交渉決裂によって下田の町衆に難が及ぶことを真剣に案ずるお吉は,自分 さえ唐人のところへ行けば彼らが救われることを確信して犠牲を一身に引き受 けようと決意する。このお吉の決断は,伊佐の巧妙な説得が巧を奏したもので

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もあるが,あくまで内発的な意志でもって貫かれ,同胞の運命を憂うる素朴な 愛国的感情に支えられている。

お吉のこのような無私の善人,崇高な聖女ぶりを,ブレヒトは,他の人物を 原作からは遠く隔った否定的形象に作り変えることでますます増幅させてい

る。たとえば情愛の深いお吉の愛の対象者たる鶴松は,原作でもあまり誉めら れた人物ではないが,どちらかと言えば単に凡俗なだけだ。婚約者を売る羽目 になったのもそれによって貧困状態から脱出できるという淡い期待のために欲 に目がくらんでしまったからだと言え,純真さを完全に失ってしまったわけで はない。ところがブレヒトはその否定的要素を著しく肥大化させ,卑少で俗物 的な面を極立たせる。たとえばお吉の髪形が新しくなったのを見て,誉めるよ

りは,いつものように髪結に銭をやりすぎたのではないかと非難の目を向ける ところなど,ブレヒトの鶴松には日常的な次元での守銭奴的性格が付与されて いると言える。そういう勘定高い習慣が身についているからこそお吉の奉公の 問題にもそれが自然と発揮されることになる。鶴松はこの件を一切損得勘定に 倭少化して,お吉を手段に用いた自分の金儲けを正当化し,お吉にも受諾の返 事を遅らせて値を吊り上げ,できるだけ高く身を売るようアドバイスする。ブ レヒトはまた幕間劇で人物の一人に「お吉はこのような若僧から失うものは多

くない」云々などと痛烈に批判させることも忘れない。

ブレヒトは多くの作品の中でしばしば支配者だけでなく民衆の負の面をも容 赦なく描き出している。そのばあい仮に人道に背く行為であっても,苛酷な階 級社会を巧妙に生き抜いてゆくためのやむを得ない生活の知恵として半ば肯定 的に作者に容認されていると思われる表現も少くない。しかし鶴松のばあい,

人間性破壊のサンプルであるかのごとく,批判の対象として飾り立てられてい る。こうして鶴松がネガティヴな色彩に濃く染め上げられるに従って,対照的 にお吉の肯定的なイメージがますます高まってゆく。

さらに第4場の人物との関係でもそのことは言える。『女人哀詞』では,お 吉はハリスの言うことが理解できなくてヒュースケンとお福に助けを求めよう

とするが二人とも熟睡していて目を醒ます気配すらない。彼らはまたそれゆえ にこそハリスが病気であることを夢にも知らない。『下田のユーディット』で はお吉が,寝ぼけまなごで出てくるお福に,ハリスが欲しがっているらしい「ミ ル」が何を意味するのかをヒュースケンに尋ねるよう頼む。ヒュースケンは自

らは姿を現わさず,お福を介してそれが牛乳のことである旨伝え,さらにバリ

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スはタバコのため胃を悪くしたのだろうと傍観者然として冷たく言い放ったの ち再び眠りに就く。そこには同国人の危機に際して手を差しのぺようとする気 持はみじんも感じられない。お福はお吉の企てを気違いじみたこととして非難 するものの,敢えて制止しようともせずやはり眠そうに部屋に戻ってゆく。原 作のハリスは,ヒュースケンがよく眠って起きようとしないのを若さゆえ当然 のことと寛大にも是認したり,お吉がミルクを取りに出ようとする気配を察し て,Go。hattoに触れやしないかと真剣に気遣うような好々爺である。これが ブレヒトの稿では,お吉の身の上を案ずるどころかかえって掟に逆らうようけ しかける強引で不敵な人物となっている。だがお吉は周りの人間の態度に一切 左右されず,ただひたすら善行に向って突進してゆく。

③ 本筋後半部(第10場)

1940年ブレヒトが新聞やラジオの情報で知り得ていた日本はナチスと手を握 りすでに周辺諸国への侵攻を開始していた軍事強国であった。やがてはそこに 行きつく過程で興隆の道をたどりつつあった時代を枠筋の背景に据えたブレヒ

トは,新聞王秋村に一般国民がより自発的に国家に奉仕するような状態をつく り出すためには,民衆の愛国的行為の賛美すべきモデルたるお吉の物語のよう なものを上演するに限ると言った内容を語らせている。ブレヒトは同時にその ような状態を『ガリレイの生涯』のかの有名な「英雄を必要とする国は不幸

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だ」という台詞と発想を同じくする,「祖国とは何かということが説明される 必要のない国は幸せな国である」と言った表現を別の人物に言わせることで疑 問視する。そしてそのような疑わしい状況を実際に本筋において展開している のが,国家の必要性に応じていかに愛国主義的な英雄の虚像がつくられていく のかをすさまじい描写で表現している,ブレヒトの新しく書き上げた第10場で

ある。

洋服を着た事務員を通りがかりの人々が珍らしげにじろじろながめるような 開国維新の世,造船所では船大工のストライキすら始まっている。一人の大道 歌手がバラードを歌い始めると聴衆が集まってくる。お吉もその中に混ってい る。歌で生計の糧を得ているこの歌い手は,お吉の黒船との戦いをテーマにし た壮大な英雄叙事詩を熱っぽく歌い上げる。その内容を要約的に記せば, 「泰 平の下田に突然7隻の黒船が現れると,兵士も役人も民衆もただただ恐れおの

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