レオナルドとレオナルド派における岩窟モチーフの意味
【翻訳】カルロ・デル・ブラーヴォ
甲斐教行 訳・註解
五 浦 論 叢 第 ₂₁ 号
レオナルドは、一四八二年頃ミラノに到着したとき、大部分はセネカ風の、ただし形而上性を欠いた、ある種のストア思想を信奉してい
た。彼はこの思想によって、己のある種の性向が自然の求める必然であると知った。かくして、女性の誠実さに寄せる彼の愛情はセネカ
がエルヴィアに送った見舞い状という支持を得て、絵の裏面の銘文に﹁美が徳の装いとなる(
V IR T V T E M F O R M A D E C O R A T
(﹂と詠われた︽ジネヴラ︾として具体化された。またレオナルドの無神論はマリアへのお告げを自然法則に基づく反問の瞬間で停止させ、聖霊の介
入を描写させなかった。同様に、レオナルドのさまざまな作中で、聖母が宿した子は単なる人間であり、すべての子供が年相応におこな
う、〔果実などの〕感官や〔動物などとの〕遊びに興じる幼児として描かれた・・・。とはいえ、イエスは上位の霊魂の象徴でもあった。マギの
絵ではイエスはそのような存在として、荘重な面持ちの師を中心とする思いに沈んだグループによって見つめられている。この師は類似作
例で、星の影響の研究者が手にする六分儀を携えたピエルフランチェスコ・デ・メディチとおぼしき人物に相当する。また同じマギの絵に
は、レオナルドと同じく左利きで、画家自身を表す長身の美しい若者が星々を指差している (1
(。星々は、皆がこのようで
美徳の観想者で
あってほしいと望んでいる。レオナルドはフィレンツェからミラノまで、有徳者の崇高性について説いたセネカの一節の記憶をもちこ
んだことであろう。その一節とは︽岩窟の聖母︾としてミラノではじめて具体化された想像力に関わっていた。すべての有徳者の中に(こ
こでウェルギリウスの言葉が用いられる(﹁いずれが神かは不確実ながらも、神は居まし給う﹂と告げる、ルキリウスへの書簡の一節であ る。﹁お前が人の手ではなく自然の力によって広々と掘りひろげられ、浸食された岩で山塊を支える洞穴を眺めるなら、お前の魂は神秘的な
宗教の感覚に捉えられる。(・・・(いったい、お前は﹂より優れた人物と出会うとき、﹁崇拝の感覚に捉えられないだろう ((一(
2
(か﹂。徳高く、己に
対してであれ﹁腹を立て﹂ないとは、悔悛の業をする聖ヒエロニムスが己について記した言葉で (3
(、レオナルドはこの聖人を描いている。怒
りはセネカの思想にそぐわない (4
(。従って、背景の岩とその崇高な性質は、怒りと対置されているのである。
このような神秘の認識、このような崇拝の認識は、後述するように、ミラノの若い画家たちの間で忠実に反復されたに違いない。一
方、一五〇〇年代初頭のフィレンツェに現れ、レオナルドが一五〇六年以後のミラノで啓示した別の性向の認識は、さほど忠実には反復さ
れなかった。プラトンの﹃饗宴﹄におけるディオティマの話の前半部に負うその認識とは、ある人々が肉体上の子孫をつくろうと欲求を抱
くのと同じように、別の人々が精神的な子孫をつくろうと抱く欲求に関わっている。この二つの欲求の認識に、レオナルドはそれぞれ、交
合の相手と当人との相違にも関わらず子沢山な﹁レダ﹂と、﹁〔イエスの〕先駆者﹂〔洗礼者ヨハネ〕、というかたちを与えた。またその認識とは、
精神における息子が、成人となってから不死性の授与者、世界の救世主となるかもしれないと期待する欲求に関わっている (5
(。
ミラノでレオナルドに到来した第一の認識、つまり己の本性の深遠な宿命についての認識は、ゼナーレとベルナルディーノ・デ・コン
ティにおいては、キリスト教の残滓によって混乱した無理解な展開をこうむった。ブレラにあるゼナーレの絵(図₁(の中で、幼児イエス
の人性は、聖母が差し出す乳房〔味覚の快〕や、小さな天使がイエスを見ながら奏でる楽の音〔聴覚の快〕によって、たしかに表されている。
しかし片手に書物
─
聖書であろう─
を携え、片手でその預言を成就する者としてイエスを指差すもう一人の天使の身振りによって、イエスの神性もまた表されている・・・。従って、聖母及びキリスト自身の、思いに沈んだ、遠くを見るようなまなざしによって表されるのは、
その神性に寄せる観想であろう ((
(。また今日デンヴァーにある︽聖会話︾(図₂(では (7
(、その種の観想は、セネカへの参照から崇高の思想と関
連づけられた岩窟の存在によって表されている。ベルナルディーノ・デ・コンティもまた、芳しい花々の傍らに乳飲み子として描くことで
キリストの人性を考察する一方(図₃、₄ (8
((、お告げを受ける聖母の頭上に聖霊を置くことで、その神性をも考察する(図₅ (9
((。従って、
今日ブレラにあるコンティの絵(図₆(の中で (10
(、幼いヨハネがイエスに熱烈に接吻しているのは、神に寄せる愛のためであり、自らの人と
しての行動原則のためではない。 レオナルドがいち早く独力で自覚した諸性向は、むしろ作者不詳の
作品の中で特によく理解されている。 その一例が、今日パヴィアとメトロポリタンにある二点の﹁岩窟
の﹂︽聖母︾である (11
(。花をもち(図₇(、あるいは乳を飲む幼児イエスは(図₈(、もちろん人として表されているが、岩窟が喚起するセ
ネカ思想の説くように、崇高な宿命の担い手でもある。また︽聖母子と聖エリサベツ、洗礼者ヨハネ、聖ミカエル︾を表した作品(図₉(
で (12
(、ヨハネは﹁神の仔羊﹂の識別を待ち望んで、象徴的な仔羊を腕の下にかかえているが、ヨハネの母は彼の頭の向きを変えて、今は幼児 イエスに思いをめぐらすよう促す。イエスは聖ミカエルの天秤の一方の皿から何か取っているが、それはイエスの中には善しか存在しない
からである。そしてその善とは崇高である、と岩窟は類比により示唆する。今日ブダペストにある、やはり作者不詳の板絵(図
10
(では 13((、
幼いヨハネが聖母の後ろから顔を覗かせ、背景の洞窟との類比により神秘的で暗示的とみなされた美徳を認識する様子に、聖母が感嘆して
いる。 ジョヴァン・アントニオ・ボルトラッフィオの場合、レオナルドの
啓示は詩人ジェロラモ・カシオの思想と一体化している。この詩人は画家に少なくとも三点の作品を依頼し、﹁様式と絵筆とによって/万
人を実物より美しくした (14
(﹂と述べるエピグラムを彼のために書いた。だがまたカシオは、美そのものの一時的性質と死についての考察に画
家を導いたようだ。というのは彼はこの画家に、﹁われはジェロラモ・カシオの標象なり﹂(
IN SIG N E S V M IE R O N IM I C A SII
(という銘文を伴った頭蓋骨を、若さ、美しさ、愛、富を表した絵の裏面に描かせたからである(図
11
、12
( 15((。そのうえ、頭蓋骨の上に片手を置いたポー
ズで己の肖像画を描かせている(図
13
( 16((。こうした寂寥ゆえに、カシオは当のボルトラッフィオの生涯を、﹁彼は死し、天は速やかにこの
者を奪い去りぬ (17
(﹂と結んだのである。 このため、ボルトラッフィオの肖像画では、丸々とした顔が闇の示
す﹁先﹂を離れ、一条の光の示す﹁現実態﹂の中に現れる。この〔闇
から光への〕推移により、時の経過を暗示しているのだ (二(。青春の時は
矢の飛翔のように速く過ぎ去り、二度と戻らない。まさしく矢を携えた少年の姿(図
14
(がそのことを表している 18((。同様に、別の少年の姿