画面理解のための虚像と実像と
小 林 一 仁
(1986年11月5日受理)
一 緒 言
子供を教育するには,大人として求める理想的な人間像(それを虚像と言おう)を想定し,その枠組 みを具体的に描き上げておく必要がある。ここでは取り傷えずそれを,(一)自己形成(物を大切にする。
我慢する。自己中心性を脱する。など),口社会性の獲得(協力し合う。ボランティア活動に参加する。
国際理解を持つ。など),日生命の尊重(死を知る。自然保護。平和を求める。など)としてみた。と ころで,これはコンクール入選作文から抽出したものであり,そうした枠組みを持つ人間像(虚像)に 適う内容を表している作品が好ましいとされていると言えよう。それらから具体例を取り上げ,現代の 子供の虚像を具体的に組み上げてみることにより,逆に生々しく自然である子供の実像が捉えられると 考えた。
二 子供の虚像を透して実像を把握する
私はこの数年(昭和56年以降),小学生・中学生を対象とした全国規模の作品コンクール9に関係し,子 供の作品に接している。全国から隈なく寄せられる作品を,小学校1・2・3学年(以下本稿で低学年 とする),第4・5・6学年(以下本稿で高学年とする)と中学校の三区分に従い,最終的にそれぞれ 15点,計45点,優秀作品として残す。これは後に雑誌2)に掲載される。そこで,この雑誌掲載作品を対 象とし,それらから子供の心や行動などの何が読み取れるかを帰納的に探ってみたい。
ゆ ゆ
コンクール作品は,いわば大人の眼鏡にかなったいい子の作品である。いい子という基準は,大人が 子供に対してどうあってほしいかという願望にかなっているかどうかであろう。そうすると,これは子 供の実態とはかけ離れているかもしれない。かけ離れていても,いわば現代に生きる大人と子供との間 柄にあって,望ましい子供の姿は何かが覗き見られることになる。日々,子供と接するそれぞれの大人 において知ることのできる現実の子供の姿とのずれが出ているとしたら,そのずれに着目することが必 要となる。これは,望ましい虚の姿とありのままの実の姿という捉え方もできる。虚像こそ実像であり たい,ということである。教育は,現代に生きる大人として子供に対し望ましい人間像(虚像)を描い ているからこそ行われる。それに向けての人格を備えるよう,子供を陶冶する。否,子供自身(実像)
が,大人が設定した目標(虚像)をまず自分の目標として据えて,それに向けて自己陶冶を図るという ことであろう。一具体的な資料としては,最近,昭和58・59・60年度の3年間 (第32,33,34回の
3回分)の,各年度45点,計135点を対象とする。
子供の取り上げる題材を所属する環境から「家庭,社会,学校」と三分して配すると,小学校低学年
では大部分が家庭に得ている。社会は殆どなく,学校が若干ある。高学年になると,社会に属するもの
が若干出てきて,その分,家庭が少なくなる。要するに生活環境が広がり,知識が増えるからであろう。
中学生になると,客観的にさまざまなものが見えてくるため,社会環境から題材を得るものが増す。学 校環境によるものは少ない。学校生活は,日常的にパターン化して繰り返すものとなり,マンネり化す るゆえに新鮮味が乏しく,選から漏れることにもなろう。また別に,題材を人間と自然とに分けると,
自然については小学校段階の低学年ほど昆虫や飼育している動物の観察を通し新鮮な驚きを持って取り 上げやすく,また高学年になるほど生命(生と死)に対する眼が開かれ,また中学校段階になると自然 と人間との共存などという伊方が出てくるようである。人間については,小・中を通して母,父,兄弟 姉妹,祖父,祖母といった家族に関するものが多い。これに加えて,友達,先生などといった随次に接 する人々が登場する。折々に最も自分の感情をゆさぶった者が題材となった,ということであろう。
題材は書く契機に過ぎない。その題材を通して表される子供の心や行動の在り方に注目し,何らかの 特徴を見出し,そこに現代の子供の姿(虚像と実像と)を探る。全数調査ではないので全体をきめ細か く分けて漏れなく捉えることはしない。そこで,帰納されたもののうちから,私の眼で特徴あるものと して捉えたところを概括する。全体を,1)自己形成,2)社会性の獲得,3)生命の尊重と枠組みし,
それぞれ若干の要素を挙げて取り上げることとする。漏れるところ多しとしないわけにいかないが。
三 自己形成の視点から
教育は所詮,教育される者の自己の在り方に帰着する。自己を何らかの鏡(基準)に照らして見て自 己を評価し,自己教育を成し遂げるにある。その鏡は子供が自分で発見することもあるが,多くは大人 が生きる指針として与えるものによることとなろう。そういう見地から「物を大切にする」「がまんす る」「自己中心性を脱け出る」「点数にこだわることの是非」などの要素の下に具体例を挙げて検討す
る。
物を大切にする例①(34,小53))食事を済ませ「お茶わんに残していたごはんを,残ばん入れに,
rポイ。』とすてました。r千枝,ばち当たりな事するな。』とつ然祖父がきつい声で言ったのです。」
その祖父はいつもは私が父や母から叱られていると,かばってくれていたのに,今日は「米にかぎらず 今の子は,物が豊富すぎて大切にする心がかけている。」などと母親にも叱責の声が飛ぶ。日常生活で子 供は欲しい物はねだれば.またお金を使えば必ず手に入るし,大方,飢餓感が乏しいからまずここで言 われている「物を大切にする心」を育てることは容易でない。痛みは,このような場面でしか与えよう がない。その痛みの与え方も難しい。H中,この子はスナック菓子を沢山食べたがゆえに,夜食を残し たという具合いだからである。自己制御というか,生活の仕方をどうしつけるかとも絡む。
我慢する 例②(34,小1)洗濯物を箪笥の引き出しにしまうというお手伝いを「宅急便」と称し,
遊びを入れて少年をしつけるが,日常化するといやになる。「rこらっ。きちんとそろえなおしなさい。』
とおかあさんがどなります。だからぼくは,たっきゅうびんがいやになったのです。でもおばあちゃん が,rにんげんはみんな,いやなときでもがまんしておしごとをするんだよ。」とおしえてくれました。
…… サれから,がまんをすると,こころもつよくなるそうです。」いやになってもそれを叱ってやらせる
というだけでなく,それをさせるために,きちんとした理由を挙げてやる。大人の冷めた導きが必要と
なる。子供をちやほや育て,何もさせないで甘やかすというよりも,大人はきちんと教えるべきことは
教えなければならない。例③(33,小6)「食が細くて,体力のない私にとって,毎日のこんな練習は
地ごくだった。」のであるが,特訓が実ると「私だって,やればできるんだ。今まで味わったことのない
うれしさが,胸の奥深くから,ぼっこぼっこ,次から次へとわきでてくるのだった。」と言う。人間,辛
いことから逃れたい。興味のあること,楽しいこと以外で,しなければならない大事なことにつき,我 慢し耐え,集中し持続することが今日は難しくなっている。それ故に,楽しく学ぶ,興味を持たせる,
動機づけるなどの内発的な心の持ちようを誘い出すことが必要となる。
良己申心を脱け出る わがままで我慢ができない心は,言葉に表れる。例④(33,小5)rrうちに は,裕次郎のようなきつい言い方をする子は,だれもおらへんで。』……r裕次郎は,どうして,こんな えらそうに言うねやろな。』……お母さんは,しんけんな顔で,『う一ん,悪いなあ。裕次郎の心は,小 さいみずた二まりと同じやで。小さい石投げても,すぐにごるやろ。裕次郎も,ちょっとの事,言われて もすぐ,どなるやろ。』と,言いました。」直情反応の子は,自分の気に入らないことや言葉にすぐ青く なる。返す言葉もきつい。例⑤(33,小6)「rこうした方がいいんじゃない。』 と助言してくれた人 がいても,rわたしはこうするの。』と断言します。その人が, rでも……。』とまた言いかけても, rう るさい。』ですませてしまうのです。……やっぱり 自分 が先に立って,他の人をおしのけるような状 態になってしまうのです。他人にめいわくをかけるようなことをするなんて,なんていやなわたしだろ う。」このような反省が出たのは,陶冶された結果でもあろう。成長するにつれ,自己中心のままであっ てはならないことが少しずつ分かむ,それが言動に表れてくるようにならなければなるまい。我が身を 冷静に省みる訓練が必要なのである。また,性格によっては,しこることもある。例⑥(33,中3)小 学4年の時,友人とけんかし,自分でも思いもしなかった,そのお父さんへの悪口が出た。「思い出す たびにF君に悪かったという気持ちと,自分がイヤになる気持ちが大きくなる。…」のように。他人の 痛みが分かり,自省が強すぎると,内にこもって自分を見つめすぎ,自己否定に陥る。思春期でこの過 程を経て,やがてバランスのとれた言動がとれるようになるのであろう。また,親子で限定コード
(restricted code)のやり合いのままにうち過ぎると,心の痛みもなく自省もなく,他への配慮も 乏しくなり,洗練コード(elaborated code)の言葉を得ることも難しくなろう。親は子の鏡である べきだし,先生もそうあるべきだろう。
いかに生きるか(生きる目標を持つ) 夏休み中の干る日,親の仕事を手伝った。例⑦(32,中3)
「何よりもよかったことは,父の本当の姿を見ることができたことだ。せりの時の熱気を帯びた真剣な まなざし,引きしまった顔は,見ていておそろしいほどだった。……脱サラの父は,一言も音をあげず,
黙々と働き続けてきたのだ。それを思うと,甘えている自分がはずかしい。ぼくはあらためて父の偉大 さに気づいた。そして働くことの尊さに気づいた。」と言う。父の職業も知らず,一週間のうち顔を合わ せることも殆どないというような家庭が,一方にはあると聞く。父と共に過ごす,共に働くという機会 を持てる家庭は例外か稀か。例⑧(34,小6)「ぼくの家は,佐渡が島の最南端の岬にある。……あご
(トビ魚)がとれる期間は半月足らずと短いので,毎日網を入れている。……ぼくはろを力いっぱいこ いで船を沖へと,出した。おじゃんも船のおもてで,かいをたていっしょに合わせてこぎだした。雨は だんだん強くなり,波も高くなってきた。……ぼくは,おじゃんは九十一歳だけどたいしたものだと感 心した。ぼくもおじゃんのように働く人になりたい。」,また例⑨(33,中3)少年の父は盲目に近いが マッサージ師として働く傍ら,市民バンドで活躍している。母も郷土の物語集作りで活躍している。「私 は,こんな父母の姿を思う時,rよし/』と決意をあらたにするのだ。……チャレンジ精神を忘れずに,
しかも積極的に生きている父のように,私も私なりの生き方を求めて真剣に歩もう。・…・・そしてr自分 にも他人に役立つような……』という母の言葉のように,少しでも充実した人生が歩めるようにがんば
りたい。」と思う。子供は成長しつつ次第に親を客観的に捉えて批判するようになる。実感に立つ批判で
あるだけに,これは重い。テレビドラマや漫画は,上記の例のようなものを映像化して綴って感動的な
シーンを作り上げることは出来ても,一過性のものでしかない。365日を通し,年月を重ねて,祖父,
祖母,父,母の生き方が子供に滲み込む。人間として清く正しく美しく生きるということを分かちせる のは,絵空事では弱いと思う。実感,体感が必要なのである。
なぜ点数にこだわるのか 家庭生活はじかに子供の心や行動,言葉を作る。子供を取り巻く家族一人 一人がそこに存在するままに手本となるとも言える。人間として最も核として持つべき徳性(倫理観)
や生き方,感じ方,考え方の基底は家庭において養われるであろう。学校も教育目標の根幹に徳性の酒 養を据え,徳・知・体のバランスのとれた人間性を育成するとしている。小学校段階では低学年ではそ ういう配慮も十分に行き渡っていようが,高学年ではどうか。まして地域社会での父母達が進学熱に浮 かされており,特定の高校への進学率を云々するような,輸切りの渡しなどとささやかれる中学校段階 ではどうか。駆る子供は次のように訴えている。例⑩(・34,中3)「夏休みになってからぼんやりとし た,しかし確実な不安を,特に感じはじめていたのだ。現在私は中学三年。覚悟はしていたものの,夏 休みが,こんなに暑く長く苦しくなるとは。蒸し暑い部屋の中で黙々と勉強する。……二日も遊んでし まって大丈夫だろうか。来週には模擬テストもひかえているのに,という心配がよぎった。」進学は,学 科の得点によって決まるという気持ちから不安にさいなまれていることが伺われる。次の小学校高学年 の子供の声である魁通信簿を渡された日・例⑪(32・小6)rll Sと3のま.じつ樋信ぼだ漏』と・
ちょっと,はずかしそうに,弟が言っています。……(弟が私)r見せて一。』と,通信ぼに顔を寄せ,
のぞきこみました。rお姉ちゃん,こんなによい成績なの。』……ターちゃん。二学期,がんばってよ。
テレビ見る時間,遊ぶ時間きめようね。お姉ちゃんもがんばるからね。いっしょにやろうね。おうえん するよ。4をつう過して,5をとつちゃいな。∴・…」と反応している。これが子供の一つの実像である。
学校は,建て前としての教育,理想としての教育は人間形成であるけれども,本音,現実としては知識重 視の点取り競争となっているように見える。家庭もそれを支える場のように見えてくる。短期的な知育 に目が行き,長期的な展望が薄れるということでもあろう。つまり,じっくりと読書し思索に耽るとか,
興味ある事柄,追究してみたい問題を何か月もかけて観察したり調べたりするとか,ボランティア活動 を続けるとか,伝統工芸に早くから弟子入りして修行するとか,体育の得意な種目について幼少から鍛 え続けるとかいうことに学習の価値を見出す,人間の生き方を見出すというふうにはなっていない。学 校も家庭も,教育を知育中心に捉え,進学競争の具にしてしまいがちなところに,子供の心の傾斜や悩 みが浮き出てきている。大人の眼から見て,いわゆるいい子とは,学校の勉強をしっかりやってよい成 績をとる,塾にせっせと通ってその地域のいわゆるいい学校と目されているところに入る子であるとす るなら,子供をみじめな状況に追いやっているとしか言いようがないであろう。大人には,子供の真の 虚像が見えていないということになる6大人こそ,教育観人間観(子供観),人生観を変革しなけれ ばなるまい。
四 社会性の獲得の視点から
協力・思いやり 家族の一員として皆から支えられているうちに,やがて成長し,自分もお手伝いな どを通して認められ,存在価値に気づき,人々と共に生きる,人々と協力する,人々を助けるというこ との大切さが分かるようになる。生き行くために家族愛を持つことは何よりも前提となる生の基盤であ ろう。例⑫(32,小3)「おとうさんと,おかあさんは,きのこづくりに全力をだしているみね・です。
やりはじめたしごとは,さいごまでがんばりいいきのこをたくさん作ったり,みんなで,力をあわせて
いける家にしたいといつも話してくれます。だから,わたしたちも,おてつだいを,できるだけやって あげたいと思います。」,例⑬(33,小4)rr修子は,よう手伝ってくれたなあ。仕事が早うできてし まったわ。』 この言葉をきいて,わたしは,つかれがいっぺんにふき飛んでしまったように思いました。」,
例⑭(・34,小4)山の木を育てるための下草刈りなどを手伝い,「お父さんはr+年ほどしまつせなあ かん。大きくなると草もあまり生えんようになるけどな。』といいました。ぼくは両親がとしとってから 生まれた一人子なのでrお父さん,としとってしまうと,ぼく一人でせなあかんのけ。』ときくと,お父
さんもお母さんもうれしそうに『そんなこと,おもってくれるの。ぼくが生まれてよかった。』といって お母さんがわらうと,お父さんもうれしそうにわらっていました。でもお父さんはぼくに大きくなった らしっかり仕事せなあかんぞということはひとこともいいませんでしたが,なんだかぼくにせきにんが あるように思いました。今日は,山の下がりの仕事を手伝い,両親からほめられて楽しい一日でした。」
これら農村や先の例⑧のような漁村など直接労働を必要とする家庭の場合,子供の手も借りるので,こ うした働く辛さ苦しさと共に協力の喜びも体感できる。親がサラリーマンなどの場合は食事作りとか食 後の片付け,部屋掃除など程度のお手伝いであると軽度であるし,協力・協調の必要度も薄かろう。お 手伝いより勉強,お手伝いよりファミコン,テレビなどというタイプが増え,家庭での人間関係の深ま
りも比較にならないぐらい乏しくなる。学校では,どうか。社会では,どうか。
例えば学校で。例⑮(32,中3)「二学期が始まってすぐの国語の時間に,三分スピーチの学習が あった。」緊張したがこなし,次いで校内放送も先生や友達の励ましを得てこなす。ところで12月になっ ても一人,3分スピーチが出来ないでいた友達をクラス全員で励まし,一緒にやり遂げることができた。
「一Aのみんながいだからこそ,助けてあげるすばらしい友がいたからこそ,みんなができたと思う。」
と。例えば,社会で。例⑯(33,小6)道徳の時間に人に親切にしたりされたりの事例を求められ塒,
「あの時のぼくは,ただ席をゆずるだけのことだったのに…。」できなかったことを思い出し,次の機会 には実行した。席を譲ったお婆さんと暖かい心の交流を得る,など。
ボランティア活動 人の痛みが分かる,その人の立場になってものを思い感じることができるという ふうには,なかなかなれない。自己中心的な気持ちを脱け出て,徳性のある社会性のある気持ちを抱く ことが出来るようになるには,長い年月と勇気ある実践とを必要としよう。自らも悩んだり苦しんだり 挫折したりという体験を繰り返すこともあって,他人の悩み,苦しみなどを体感できるのであろう。子 供はまだその過程にいるに過ぎない。しかし,ボランティア精神を持つこと,ボランティア活動を体験 することは望まれる。例⑰(33,中2)「私達の中学校では,毎年二年生がいろいろな施設へ行き,そ
こでお手伝いをさせていただく,rボランティア体験学習』という行事が夏休みに行われている。」そこ で私は特別養護老人ホームに行く。そして人間は何が欲しいかを感じる。「その何かはわずか三日間で は,はっきりとつかむことはできなかったが,人と人とのつながり,つまり人間としての温かみではな いか,そんな気がした。」「人間は物質だけでは満たされない。何よりも大切なのは,心と心との触れ合 いなのだ.」と。例⑱(・34,中3)「わたしがここへ来るのは,初めてのことではない。しかし,破来 てもショックを受ける。……一番辛いのは,相手が心を開いてくれなかった時である。……わたしにと
って一番必要なものであった想いやり を,苦い思いと共にわたしの心に植えつけてくれたのが最大 の収穫である。」と。老齢化社会となりつつあるゆえに,老人をどう見るか,どう扱うかが課題となる。
身障者問題についても同様である。人間として成長するというのは,学校の勉強で知識を豊富に持ち点
数を稼いで誇るというのではなく,人間の心や生き方について理解を深め,どう対処したらよいか,ど
うするかが出来ることにあるようにも思われてくる。しかもこれは,AとBとを比較して点数化して優
劣をつけるというような性質のものではない。そこが現代の教育の在り方,制度などとなじまず,はず されがちになるということなのだろう。
国際理解ドイツで生活した経験から。例⑲(34,中1)「私が最初に不思議に思ったこと1ま,超 人は自分の知らない子供には,なかなか注意をしないのに,ドイツ人はH本人である私達にも注意して
きたことです。」花屋の店先で触ると花が閉じるので面白く,その花の中に紙屑を入れたところ「店の主 人が私の父にものすごくおこって来たのでした。rあなたは,何故,子供に注意をしないのだ。どうし て,花を思う心を子供に教えないのか。』」こうした出来事を通して「すべての物を大切にする」 「思い やりの心」を教えられている。飛躍するけれども,現代を生きる子供には,それぞれの国の人々の風俗
・習慣・考え方・生き方をも抱擁して配慮することのできる心の広さまでもが,その折その折に求めら れることにもなろう。文化ショックによる新しい人間の見方,考え方,感じ方の開眼こそ,21世紀に向 けて,国際化社会に生きる人間を作ることになろう。
五生命の尊重の視点から
愛するものが死ぬという経験 戦争で身近に死を見る,業病を患い死を思わざるを得ないなど,人間 が死を意識しないわけにはいかない環境の時代が遠退き,生命の尊厳が抽象化され観念として理解され るようになってしまっている現代では,却って簡単に人を殺す,自殺するという風潮がなきにしもあら ずという。例⑳(32,小1)傷ついたきじばとを校庭で見付け,保健室で赤ちんを塗ってもらい,家に 持ち帰り餌早し,「きずもなおって,えさもひとりでたべられるようになった」ので再び学校に持って 行き,空へ放つという経験は,子供に生命の大切さをきっと教えたであろう。例⑳(33,小1)養豚業 を営むゆえに「おにくにされる日がちかくなってくると,わたしはとてもかわいそうで,なきたくなり ます。」という生命あるものをいとおしむ気持ちを自然に持ってしまうことも,大切である。しかし,畜 産業にあっては,例@悩,小2)にの牛は,牛にゆうを出すのではなく,にくになってくれる牛で す。……牛はかってほしくないと思いました。でも,だれかのうちでかわなければだめなのです。」とい う痛みある理解が,大切となる。こういう経験を持てるのはしかし,極めて限定された一部の子供でし かない。とすれば長く飼い親んで仲良く遊んだ小鳥や犬などのペットの死を身近に見るということで知 らしめることになろうか。また,飛躍した言い方になるが,三世代で四世代で家族を構成するというこ とは,共に生き,生命の尊厳を知る上で必要な条件でもあろう。
自然保野羊㊧(32,中D「rまだカモシカにトウモwコシやらV・だ。』rやっと出できた大豆の芽 もみんな食ってらっけ。』……ぼく達兄弟は,カモシカをすぐ近くで見た。……ドウダンツツジの新芽を rガリッ,ボりッ。』と音をたてて食べていた。」という自然に恵まれた環境に住むゆえに「人間に害にな るのなら殺してしまえ,いや絶対保護だと両極端な意見についてはよく考えなければならないと思う。」
と慎重に考える。そして「カモシカを見るたびに,これら野生動物と人間が,お互いの領分をおかすこ となく共存する道を,一生考えていきたい。」と思う。本来,生命の尊厳を言うのは人間についてである。
人種,宗教,出身などを越えて,差別なく人間を尊重できる心の持ち主となることにある。それを,更 に敷循すれば,人間を含めて自然の生態系への眼も必要となる,ということであろう。
平和を求める例⑳(32,小5)晦日を,平和でのんびりとくらしている私には,戦争がこんなに
悲しいものだとは,今まで知らなかった。……rこの手紙はの。戦争で死んだお母さんのお父さん,つ
まりあんたのおじいちやんからの手紙や。』母は,その中の一つを取って静かに読み始めた。しかし,母
の声はだんだんとと切れと切れになり,目になみだがあふれて読めなくなってしまった。」子供に何かを 分からせるには,感性に訴えて実感として伝えることである。「……おばあちゃんに子供のことをたの むと便せんに書きつづってある。……生まれた時からお父さんがいない母。どんなにさみしかったかと 思う。」と。このように体で分かってしまう。また,例⑳(33,中2)祖父はなぜ左手がないのか,幼い 頃は知らなかった。その祖父は,右手のみで果樹作りに心血を注ぎ働いている。 「一度だけ,静かにポ ツリポツリと話してくれたことがある。北支の野戦病院の片すみで,目覚めた時,ない左手の傷の痛み,
涙が出ない』くらいの深い悲しみ……。こういう祖父の姿を通して,今の平和の世の中が,尊い命と身体 とをひきかえに,築かれて来たことを伝えられるのは,戦いのみじめさと悲惨さを体験して,今一心に 生きている祖父の姿を通して知っているぼくに与えられた,大切な仕事だと思っている。本当に小さい 力だけれど平和を守りつづける努力をしていきたい。」と。戦争は祖父の代の出来事なのである。遥か 過去の歴史上の出来事である。したがって上記のような体験を得られる子供は稀なのである。大方は,
歴史館のような所で知る以外にない。例⑳(・34,中2)人間魚雷「回天」記念館での矢職力・ら「私は,
回天とともに知った若者達の心のつぶやき,いや,悲しい心の叫びに接した今,平和であることの大切 さを,これまで以上に強くかみしめている。」,例⑳(33,中3)広島の原爆資料館で「今までは,本で 読んだ程度でしか知らなかった。だが,実際にこの目で見て私は驚かされた。……私も叫びたい,祈り たい。今,そう思った。早く世界中から戦争の火が消えるように,早く世界中に平和が訪れるように,
と。」
要するに,生命の尊さを実感として持つことのできる機会が極めて乏しい。ただ何となく日々を生き ているという実状において,問題意識を醸成し,思想として形成するということが難しいということに
なる。