地教行法 における指導行政機能の改編
一見直 し論議 の検 討 を中心 と して‑
荻 原 克 男
は じめに
本稿 は1
99 0
年代後半期 に進め られた,地方分推進委員会や中央教育審議会 による 地方教育行政 についての大 きな改革論議 と提言の うち, とくに指導助言行政の見直 し問題 に焦点 を当てて,それがいかなる性格 を有す る ものであるか を検討 しようと す るものである。
なお,以下では教育行政における指導 ∴助言 ・援助等の行政形態を総称 して 「指導行政」 とい う用語で表記することにする。
1 99 0
年代後半期 は 「指導行政」が公然 と批判的な再検討 を要す る対象 として浮上 し,かつそれによ り一定の法制的手直 しが行 われた とい う点で,ほ とんど戦後初め て といって よい特徴的な一時期 となった。それをなにより象徴的に表 しているのは, 文部省 に置かれる中央教育審議会 において̲「指導行政」
の見直 し問題が取 り上げ ら れ,答 申文 にそのネガテ ィブな側面 を含めての記述が公式 に表明 されたことである。
中教審答 申 「今後の地方教育行政の在 り方 について
」
(1 9 98
年9月)は,その第1章「教育行政における国,都道府県及び市町村の役割分担の在 り方 について」のなかで,
「 4
国及び都道府県の行 う指導,助言,援助等の在 り方の見直 し」 との‑項 目を起 こ して論 じているが,その文中,いわばこれ までの指導行政の現状評価 にあたる部 分 に次の ような記述がある。
「これ らの指導等 は,その相手方である地方公共団体の判断 を法律上拘束する も のではないが,教育水準の維持 向上 を図 り,あるいは,学校の管理運営の適正 を確 保す る との観点か らその運用が強めに行 われて きたこと, また,国,地方公共団体 の関係者 において指導等の趣 旨,在 り方 についての認識が十分でなかったことなど か ら,あたか も法的拘束力があるかの ような受 け止め方 もなされて きた。 さらに, 指導等 に従 っていた方が不都合が少 ないなどの意識 も見受 け られ, これ らがあい ま
おぎわ ら ・よ しお /上越教育大学
キーワー ド/地方分権 ・教育行政 ・指導行政 ・中央教育審議会
1 4
荻原 /地数行法における指導行政機能の改編
って,特段の判断 を加 え られることな く指導等がその まま受 け入れ られて きた面が あることも否定で きない」。
ここには,両義的でい くらか唆味で もある表現 を通 じてではあれ,本来法的拘束 力のないはずの指導行政が,実態 としてはほ とんどその まま通用 して きたとい う認 識が表明 されている。かつ,その ような実態 を引 き起 こして きた要因の一部 として, 国す なわち文部省 を含めた 「その運用が強めに行 われて きたこと」お よび 「指導の 趣 旨,在 り方 についての認識が十分でなかった」 ことが問題点 として挙げ られてい
る。
この ような指摘 その ものは,ジャーナ リズムあるいは学界 における言説 としては さほ ど新奇 とい うわけではない。 しか し,中教審はもとよ りとして,政府関係の文 書 において,公式 に指導行政の在 り方 についての批判的な言及がなされたのはおそ らくこれが初めての ことである
。 1 98 0
年代の半ばに内閣直属の機関 として設置 され た臨時教育審議会 において も,教育委員会の活性化論 との関連で,現状の教育委貞 会 に対する批判的指摘がなされた ものの,指導行政の問題点が主題 として取 り上げられることはなかったのである
。
これ までの指導行政論 といえば,む しろ教育行政の積極面,ポジティブな側面 を 指 し示す もの として言及 される場合が圧倒的に多かったことか らすれば, この こと は きわめて対照的な事態なのである
。
Ⅰ ・
中教審答 申における主 な改善方策の内容中教審答 申は,指導行政の これ までの状況 に関す る記述の後, これか らの在 り方 として 「今後,都道府県及び市町村の主体性 をよ り一層尊重する観点 にたった見直(1) しを行 う必要がある
」
として,以下の ような具体的改善方策 を提示 している。≪法律上の規定の見直 し≫
a) 地方教育行政の組織及び運営 に関する法律 (以下,‑‑地数行法 と略記)第
48
条 とがで きるとする方向で見直す」。b)
地数行法52条が規定 している措置要求 について,地方 自治法の是正措置要求 の見直 しに合わせて見直す。≪指導通知等の見直 し〉
C) 指導通知等の発 出は 「国 としての施策の遂行上真 に必要な ものに限定す る」o 既出の通知等 について も,法令 に基づかない義務づけを課 しているものは見直 し, また類似の もの を競合する
。
都道府県か ら市町村への通知 について も同様の方向 で 見直す。15
教育経営研究 第6号
2α
X)・3≪指導等についての認識や意識の変革≫
d)
研修等 を通 じて指導等の 「意義,法的性格,形態等 について」理解 を深 め,「指導等 に関する意識の変革 を図るよう努める」。
≪情報提供等の重視≫
e)
指導等 にあたって 「教育内容 ・方法等 に関する実証的な研究の成果や内外 の 情報の提供等の役割 を重視 してい くこと」。そのため,国及び都道府県の調査研究 機能及び情報提供機能 を充実す る。 また,都道府県 と国立教員養成大学 ・学部 と の連携協力 について検討する。
これ らの改善方策の具体化状況について見てみると,お よそ以下のようである
。
a)
とb)
は法律改正 を予定 した項 目であるが,いずれ も1 999
年7
月に成立 した地 方分権の推進 を図るための関係法律 の整備等 に関す る法律 (以下,地方分権一括法と略記) によって決着がつけ られた。法律改正の概要は,次の とお りである。
a)
地数行法第48
条の文部大 臣 ・都道府県教育委員会が指導,助言,援助 を 「行 う もの とする」
として規定 していた点 を 「行 うことがで きる」 と改正。b)地数行法第 52
条 を削除 した一方,地方 自治法第245
条の5
において 「各大 臣」
が (2 )
自治事務の処理 について是正の要求がで きると規走⊃
C)
については,1 9 98
年1 2
月に文部省 における指導通知等の見直 しが行 われた。そこ では既出通知の うち91 3
本が見直 され,その うち251
本 を統合,51
本 を廃止すると している。
また,指導通知のみ を根拠 として,実施すべ き事務 について国が指示 した り,許可 ・認可 ・承認等 を設定す ることは厳 に行 わない ことが確認 されてい る (文部省 ホームページ,お よび文総審第8 0
号文部大臣通知)。同年 同月には
d)
に関連 して,指導等の在 り方 に関す る研修が実施 されている (『教育委員会月報』 1 999
年9
月号,p. 25)
0Ⅰ
地数行法4 8
条の規定す る指導行政法制の見直 し論議前節 までの記述では,地数行法第
48
条の規定見直 しが中教審答 申を受 けて実施 さ れたかの ように見 える。 しか し, この条文改訂の直接的要因は,時間的順序 として も政策構造上の順序 として も,地方分権推進委員会の勧告 にあるのである。1 997
年7
月の分権委第2
次勧告 は,地数行法 について次のように述べていた。「指導 ・助言 ・援助
( 48
条) については,新 たな⊥般 ルール法 に定め られる関与 の類型 に留意 しつつ,・・・‑教育委員会の 自主性 をで きるだけ高める観点 に立って見 直す もの とする。少 な くとも,同条 1項末尾 の 『行 うもの とす る』 との表現 は改め るもの とする」。L 6
荻原 /地数行法 における指導行政機能の改編
これ と同様 の内容が,翌 1 9 9 8
年5 月の地方分権推進計画 ( 閣議決定)に盛 り込 まれ, そ して この推進計画 に基づいて地方分権一括法の立案が行 われたのである 。1 9 9 8
年9 月 に出 された中教審答 申は,先 に見 た とお り同条項末尾 を 「 必要 に応 じて・ ‑・ ・ 行 う ことがで きる とす る方 向で見直す こと 」 と提言 したが,分権委第 2 次勧告お よび推進 計画 で確認 された内容か ら推せ ば, この ような方 向になるのは誰が考 えて もきわめ て当然 の帰結 であ って, この点 に関す るか ぎり同答 申の内容 は分権委勧告の射程内 に とどまっている。
とはいえ この こ とは,中教審が最初か らそれだけの内容 しか検討 で きなか った と い うことを意味す る ものではない。地数行法48 条の見直 し開港 は,なに も第 1 項末尾 の表現改正の範 囲内に初めか ら枠づ け られていたわけではないのである 。 分権委 2 次 勧告が 「 少 な くとも 」 と表現 した ように,それは この時点での最低 限の改正内容 と
して文部省 と分権委が合意 した確認事項だったのである 。
じつ は分権委 お よび中教審 の内部 には, この指導 ・助 言 ・援助 の規定 について, 実現 され た法改正以上 に大 きな見直 しを行 お うとす る動 向が存在 した。以下 では, この ような動 向 について,現時点で利用 で きる範 囲内の資料 に基づいて検討 してお
( 3 ) きたい。
まず,関連す る主 な経緯 を整理 してお こう。
1 997
年7
月分権委第2 次勧告 9
月分権委第 3 次勧告
9
月21 世紀 に向けた地方教育行政の在 り方 に関す る調査研究協力者会議 ( 論 点整理)
9
月今後の地方教育行政の在 り方 について,中教審へ諮問 1 0
月分権委第4次勧告
1 998 年 1
月中教審,地方教育行政 に関す る小委員会 「 教育行政 における国,都道 府県及び市町村 の役割分担の在 り方
」について審議。指導等 について
も集 中審議 ( 第 8 回,第 9 回小委員会) 2
月分権委 と文部省 との折衝 ( 第 1 6 5 回分権委)
*分権委側 : 「 指導 とい う表現が上下関係 を構築 して きた面があるの で 」 「 表現 を工夫で きないか 」
文部省側 : 「 表現 については検討 したい 」
5
月地方分権推進計画,閣議決定
9
月中教審,今後の地方教育行政の在 り方 について,答 申 1 999 年 1
月分権委 と文部省 との折衝 ( 第1 92 回分権委)
*分権委側 : 「 F 指導 』 とい う文言 は,国の強力な関与 をイメージさせ ,
‑ 7 7
教育経営研究 第6号 2a
X )
・3現場で も無条件で受 け入れなければならない印象 を与 えているので」
「使 わない ようにすべ き」
文部省側 :
「 r
指導 ・助言 ・援助』 とい う文言 については,教育行 政の特殊性 を踏 まえる と今後 とも必要である と考 えている」
3
月 地方分権一括法,閣議決定7
月 地方分権一括法,成立 ・公布以上の経緯で まず注 目すべ き点は,分権委 と文部省 との間で行 われた2回の折衝 で ある。1回目は1
998
年2月5日,2回目は翌99年1月22日である。
当時の分権委 は,法令改正の現実化 を担保す るために,各省庁 との膝詰め折衝 を 行 って個別論点 について省庁側 の同意 を取 りつける とい う活動方針 を採 っていた。1
回 目の折衝 は同年5月の推進計画策定 に向けた時期 の ことであ り,2回 目は法案の取 りまとめを目前 に しての交渉であった。
交渉内容 について見てみる と,分権委側 は2度 とも一貫 して,同条項の 「指導
」
と い う文言 を見直すべ きだ との意向で臨んでいることがわか るこ。対す る文部省側 の応 答 は,1
回 目は 「検討 したい」 とい うものであったが,法案確定 を前 に した2
回 目では,見直 しはせず 「指導」の文言は残す との意向で固 まっている
。
Ⅲ
中央教育審議会 における見直 し論議中教審答 申は,分権委 と文部省 によるこの2つの折衝の間に挟 まる時期 に出 されて いる
。
先 にみた とお り,答 申その ものは2
回 目の折衝 における文部省の 「指導」
条項 存置の意向 をオーソライズす る内容であった。しか し,関連の間蓮 を中心 的に論議 した中教審の地方教育行政 に関す る小委員会 では,「指導
」
条項その もの を書 き換 えるべ きだ との意見 も,複数 にわたって出 され ていたのである。 この案件 について集 中的な論議が行 われたのは,上の経過表 に も あるように19 98
年1月の第8
回会議 (1
月16
日) と第9回会議 (1月26
日)であった。第8回会議では,国 と地方 との教育行政制度の見直 しを行 うに際 して,改善すべ き 問題点 について,それ を法制度上 の問題 と捉 えるか,それ とも運用上の問題 として 考 えるのか とい う論点が登場 している
。
ここでは,前者の立場 を法制論派,後者の 意見 を運用論派 として,両 タイプの議論 を紹介 してお きたい。法制論 タイプの意見 は,例 えば次の ようなものである
。
「 ・ ‑・
・日本語のイメージ としま して も,『指導』 とい うのは高い ところか ら低い と ころになされるわけですか ら,高い ことを前提 として地方 は文部省 を見 なければい けない, こうい うス タンスがはっ きり法的に定め られている・‑・ ・ 」
「ですか ら‑‑ こ1 8
荻原 /地数行法 における指導行政機能の改編
の 『指導』 とい う概念 をやっぱ り変 えるべ きではなかろうか
」
「教育行政は他の行政 領域 に比べ まして専 門的であるとい う認識の もとに法の仕組みがで きたんですけれ ども,それ を一般化 してい くだけのフィル ターがな くなって しまっている。 (中略) そ ういった殊 に専 門化 された ものの流れが,府県,市町村 とい うふ うにお りていけ ばい くほど, よ り大 きなもの として作用 して しまう。 こういった法の仕組みが今 あ る とい うふ うに我 々は認識すべ きではなかろうか。決 してこれは運用で改善で きる 問題ではなかろう・・‑・
」。運用論 タイプの意見は,例 えば以下のように展開される。
「制度の問題 と運用の問題 とい うこと」では 「問題 はむ しろ運用面 にあるのでは ないか
」 。
「国で何か指導的なものがあると,都道府県,あるいは市町村, さらには 学校へい く段階で,主体的に自分で判断 して責任 を負 うとい うことでな くて,そ こ を放棄 して,国の指導 に従 っておれば無難であるとい う意識があ りはせ んだろうか とい う気がす るわけです。 これが担当の指導主事 さんその他 だけでな くて,例 えば 議会あた りで問題 になって も,議会の人たち,あるいはその背景 にある県民の意識 とい うものが,‑‑やは り何か国の役割 とか,統一的な基準 とい うものがある とい う意識の もとに, よその県 と違 うことをやると問題があるのではないだろうか とい う意識の もとに,それ を支 えるとい うようなことがあるのではないだろうか」「(
中 略) とするならば,出す側 ももちろん間蓮か もしれ ませ んけれ ども,多 くは受 け と める側の意識改革がない と,運用の問題 はなかなか解決 していかないのではないか」。両 タイプとも,実態認識 として国か らの指導が府県,市町村,学校へ とほぼその まま浸透 している と見 る点で一致 している
。
異 なるのは,その ような実態 になって いる要因, したがって改善の方策 をどこに求めるか とい う点である。法制派では,それが 「法の仕組み」か らくる間蓮 として捉 えられ,「指導
」
とい う 法律上の概念その ものの見直 しが主張 される。
つ ま り 「決 してこれは運用で改善できる問題ではな」い との判断である。
それに対 して,運用派では 「問題 はむ しろ運用面 にある」 と捉 えられる
。
具体的 には 「国の指導 に従 っておれば無難であるとい う意識」
が問題 なのであ り, この よ うな 「受け止める側の意識改革」
が必要だ との提言が引 き出されることになる。次の第9回会議では,地数行法48条の指導 ・助言 ・援助規定の見直 しに関 して, よ り具体的な意見交換が集 中 して行 われている
。
以下,関連す る意見 をすべ て拾 って み よう。
便宜的に発言単位 ごとに番号 をつけてお く。
l
( 1)
「前 回の御論議 もあった と思 うんですけれ ども,特 に 『指導 ・助言』 をめ ぐる問題 としま して,地教行法の第48
条 と第49
条 をどう整理す るのか とい う問題が重要である と 思い ます. (中略)要するに,一般的に国,都道府県,市町村間の F指導 ・助言』 につい、
J タ
教育経営研究 第6号
2 000 ・3
て規定があるわけですが, これはどうい う文言に直す とい うところまでは もちろん踏み 込んでお りませんけれ ども,私個人の意見 としては 『 指導』 とい う言葉 を何 らかの形で 変えていったほうがいいのでは. ないか‑
‑」。
( 2) 「 ・ ‑‑前 にもこの会でお話があった と思いますが,従来 も決 して威圧的あるいは一 方的に F 指導』 とか , 『 助言 ・援助』が強制的 といいましょうか,そういうふ うになされ て きた とは私は考えられないのであ ります。む しろ受けとめるほうの受け とめ方,ある いは受けとめるほうの知識の不十分 さ,それか ら頗 るとい うことが一つあるか と思いま す。一般的には適切 な指導な り助言がなされているわけですけれ どち,それを強制 され た とい うふ うに受け とめる風潮が,昔か ら日本の場合 にはあるのではないか。そ ういっ た面 を十分考慮 してい くべ きであると考 えてお ります」。
( 3) 「
‑‑極めて開かれた とい うか,地方分権的な制度 を詰めていった ときに,『 指導
』とい う言葉はどうもひっかかる。要するに , 『 指導』 とい うのは,教 える上下関係があ り ます し,その制度の中では,いろんな意味で考 えて も上下の関係 になって しまうとい う ことであ ります。ですか ら,選択で きるとい う前提での改革案では,思い切って 『 指導j とい うのを取 って しまって,ルールを決めたら任せて,あ とのフォローの意味で評価す る仕組みをつ くって, きちっと国ない しは県 として しかるべ き形で評価 をするとい うや り方に変える手 もあるのかなと思 います」。
( 4) 「 地教行法の第48 条の 『 指導 ・助言 ・援助』の言葉 をめ ぐっての問題ですけれ ども, 本来 , 『 指導』 とい うのは,相互の影響関係,インタラクティブな考 え方なので,権力的 な作用 として受け とめるはずではない と思われるんですけれ ども,実際はそうい うふ う に受けとめ られるとすれば,この三つの言葉 をひっ くるめて,『 支援』 という言葉 に置 き 換 えていったほうが一番望 ましいのかなという気がいた します。( 中略)相手の主権 とか, 主体 を認めてい く場合 には , 『 援助』ではな く,なるべ く 『 支援』 とい う言葉 を使 うこと が望 ましい と患われます。 しか も , 『 支援』 とい う言葉の内容 としては,助言 とい う内容 が中心的なものであ り, また奨励的な意味 も含 まれてお ります。そういう点では,条件 整備 も含め まして , 『 支援』 とい う言葉のほうが,行政のサポー トとい う点か ら見て も, 適切な言葉になって きているのではないか‑・ ・ ・ 」。
( 5) 「 ・ ‑・ ・ 法律 を実際に書いてい く場合 に,基準 とか,そ ういうものは,たぶん言葉で 言えば 『 何 々することとす る』 とい うような書 きぶ りになるんで しょうけれ ども,その ほかの,例 えば 『 指導 ・助言』にかかわるようなことは,‑‑ 『 何々することがで きる』
とい うようなことで,選択 を認めるとい うか,や らな くて もやって も,それは任 された 自治体が選べるんだとい う観点が必要なのではないか という気が非常 にいた します」。
( 6) 「 ・ ‑・ ・ 結局 , 『 指導 ・助言』 と並 んでいるものですか ら , 『 指導』 というのは,たぶ ん F 助言』 よりもっと強い ものだとい うことになって,それで受け とめ られる。あるい は,その上 を言 えば 『 命令』 とい うことになるのか とい う,そ うい う一つの並びの中で の受 け とめ方 もあるのではないか と思 うので , 『 指導 ・助言』 とい うふ うに並べ ないで, 先ほ どのお話の ように , 『 支援』 と言 うのか何 と言 うのかはともか くとしまして, もう少
し言葉 を整理 してまとめたほうがいいのではないか・ ‑‑」。
( 7) 「 ・ ・ ‑・ 今の指導 ・助言 ・援助でございますが,やは り地方 に主体性 を持 って活躍 し て もらうためには , 『 行 うことがで きる』 とやって しまえば,『うちは支援 は要 らない』
rうちは指導 ・助言は要 らない』 というところは,や らな くて済むのではないか。前回, r 情報提供』 とか,そ うい ういい言葉 も出てお りましたんですが, r 行 うことがで きるj にすれば自主性 もある し,基準 と自主性 とのバ ランスもおのずか ら地域,地域で とって いけるのではないか」。
2( )
.A′.̲/.11̲・‖・‖=レ̲
荻原/地数行法における指導行政機能の改編 (8)
「
・・‑・先 ほ どか らの r指導 ・助割
とい う言葉の とらえ方ですけれ ども, これは現場 は拘束力がある とい うとらえ方 を してお ります。例 えば学習指導要領です。 これは現 行 で も学校の独 自性 をかな り出せ る仕組みになっているんです。 ところが,都道府県で は編成要領 とか,編成基準が学習指導要領 に従 ってつ くられ ます。 さらに,市町村 にい きます と,今度 は諸規則 とか,届 出ですね。そ うい う形で もって,教育課程が縛 られて しまっているんです。 こういったことの見直 しが されれば,学校が主体性 をは ぐくむこ とので きる環境 になってい くのではないか。今,学校の主体性がないではないか とお っ しゃい ますけれ ども,主体性 を出せ る環境づ くりが十分ではないのではないか ととらえ てお ります」。
( 9) 「 r
指導 ・助言 ・援助』 とい う形の中では,最近は 『支割 とい う言葉 を学校の中で も使 ってお ります し,
『指割 と言 うとかな り強制力があるとい うふ うにも受けとめてお ります し,子 どもたちに対 して もその ような考 えでいます。文章の中にも 『意識の改割とい う言葉があ りますけれ ども,指導や助言 を受 けておけば,あ とはその とお りやって おけば大丈夫だ とい うような感覚 といい ますか,そんな ものは改めていかなければな ら ないか と思 ってお ります。実際 に実施 をする ときに,責任 をとる
。
そのため にまた, 自 己評価 ,あるいは他か らの評価 も当然考 えていかなければな らないだろうと思 ってお り ます」。以上の意見 を,指導 ・助言 ・援助 とい う概念 を何 らかの形で変 えるべ きだ との主 蘇 (法改正論) と, これ らの概念その ものは変 えな くて よい との主張 (法存続論)
に大別すれば次のようになる。
改正論 :(l
) ( 3) ( 4) ( 6)
存続論 :( 5) ( 7)
残 りの
( 2) ( 8) ( 9)は明示的にはどちらの主張 とも述べ られていない。発言内容
の趣 旨か ら類推するなら,(2)は存続論 とい うことになろうか。存続論 は,見 られ
るとお り,最終的に答 申として出 されることになる意見 と同 じものである。
改正請 のほうは,4件 の発言の うち具体的な改正点 に触れている ものは3件である。( 3)が
「指導」 とい う文言 を 「思い切 って‑‑取 って しま」 うとい うもの,
( 4)
は指導 ・助 言 ・援助 とい う3
つ を 「ひっ くるめて 『支援』とい う言葉 に置 き換 え」
るとい う主張, そ して( 6)
が 「もう少 し言葉 を整理 してまとめ」るとの意見である。
先述の法制派 と運用派 との対比論 とかかわ らせていえば,論理的には,前者が こ こでの改正論,後者が存続論 に対応するはずである。 もちろん, これはあ くまで考 え方の論理 としてであって,具体的発言がその とお りの対応 になっているか どうか とは別の問題である。
第9
回会議 における意見分布の概況 を見るか ぎり,改正論が少数意見だった とは決 して言 えず,む しろ今後の議論の展 開によっては改正論の線で話が進 んで もなんら 不思議ではない様相であった。分権委 との
1
回目の折衝 において,文部省側が 「表現については検討 したい」
と答 えていたのは, この折衝のわずか10
日ほ ど前 に交わされていた中教審小委でのこう した議論 を踏 まえてのことであった と推測 されるのである。
しか し,実際にはその27
教育経営研究 第6号 20
α)
・3後の中教審小委での取 りまとめは存続の方向で行 われた。
筆者が今 回議事録 を検討 したか ぎりでは, こう した方向へ の決定的転換点 を兄い だす ことはで きなかった。審議録 には表 れていない経緯 によ り,答 申案の方向が決
した とい うべ きだろう。
むすび一法制 と意識のは ざま
指導行政法制の見直 し問題 は,地方の教育委員会そ して学校 の 自律性 を高めるた めの 1 つの措置 として論議 された。それは,主 として消極的意味での措置 として位置 づ け られる。す なわち,現行制度の法制や運用の在 り方のなかに,教育お よび教育 行政の主体の行為 を制限 し, 自由な活動 を制約 している とみ なされる もの をで きる だけ取 り除 く, とい う意味での措置である。 1 990 年代後半期の改革論議 は,その よ うな制約物 の一環 として地数行法の指導行政法制 を批判的 な見直 し対象 にのは らせ た という点で, きわめて注 目すべ きものであった。
1 956 年 に地数行法が策定 されたさいに,同法の基本理念の1 つ として 「 指導行政の 重視
」とい う理念が掲 げ られ,それは次の ように述べ られていた。
「 ‑‑・ 地方 自治の尊重 とい う点か ら見て も,又市 町村 自体が教育の運営 を行 うと い う点 か ら考 えて も,文部大臣,都道府県の教育委員会,市町村 の教育委員会の関 係 は,教育の事業 を営 む ものの主体性 を尊重 した指導,助言,援助 の関係 になるこ とは,蓋 し当然 とい うべ きであろ う 。 全 国の市町村 において,津 々浦 々の学校 にお いて営 まれる教育 に主体性が な く,それがすべ て命令監督の下 に機械 的 に行 われる とい うことは,あ りうべ か らざる ところであ り,又決 して国民の教育の振興発達 を 期す るゆえんではあ りえない。/教育及び教育行政 にあっては,指導,助言,援助
とい う非権力的作用 を中心 として,その運営 を行 うべ きものである」 ( 木田宏 『 逐条 解説 ・地方教育行政の組織及び運営 に関する法律』第‑法規, 1 956 年,p. 9) 。
ここでは, と くに市町村お よび学校 とい う 「 教育の事業 を営 む ものの主体性 を尊 重
」す るゆえんの もの として 「 指導,助言,援助
」法制の重要 さが繰 り返 し述べ ら れている。それか らお よそ 40 年後 に, まさに同 じものの主体性 を,逆 に制約 してい るゆえんの もの として指導行政法制が問い直 されることになったわけである 。
本稿 の検討範 囲か らす る と,その審問結果 は二様 に分 岐 した とい うべ きである。
「 教育の事業 を営 む ものの主体性」が十分 に発揮 されていない, とい う共通の認識か ら出発 して,その ような実態 は法制その もの に起 因す ると捉 える立場 と,その よう な実態 を支 える意識のあ りようが問題だ と捉 える立場である 。
前者の立場か らい えば,元来 は受 け手の主体性 を尊重す る もの として設計 された 制度だ として も,それが まさに受 け手 には拘束的 に受 け止め られている実態がある
22
荻原 /地数行法における指導行政機能の改編
のだ とすれば,その ように受 け止 め られてい る規定 その もの を削除す る, ない し別 の規範 に変 えるのが よい, とい うこ とになるだろ う 。 対 して後者 の立場 で は,本 来 的 に拘 束 的 な意味 を もた ない規定 である以上 ,問題 は文言 その もの に起 因す る もの ではない。 それ をあたか も拘束力が あるかの ように受 け止 める意識が問題であ って, そ う した受 け手側 の意識 を変 えなければ実態 は変 わ らない と捉 え られ る。
中教審答 申の立場 はい わば両論併記 とい うべ きものだが,途 中の審議経過 で表 明 され た意見 の振 り幅 の なか に置 いてみ る ときは,後者 のス タンスが勝 ってい る とい うべ きだろ う。
第 1 6 期 の 中教審委貝 であ り,地方教育行政小委の メ ンバ ーで もあった横 山英一 は, 中教審答 申に よる改革論 は 「ドラステ ィックな転換 で はない
」のであ って,「 部分 的 メニ ュー を組 合せ なが ら,漸進 的 に規制 を緩和 してい こう とす る もの 」 だ と述べ て い る ( 横 山 「 漸進的 に進 んでい く教育 の地方分権 」 『 教育評論』 1 998 年 1 1月号)。
その横 山が答 申文 中の,あ る一節 を引いてそれ に積極 的 な評価 を与 えてい る 。 そ れは 「 指導 」 の意義 を正 当化 す る文脈 で書 かれてい る とはいえ,「これ までの指導行 政 の是正 を行 うための文言 と しての構造 をな してい る」 と 。 横 山が注 目 した一文 と は,次 の箇所 である 。
「 教 育行 政が対 象 と してい る生涯学習,学校教育 ,社会教育 ,文化 ,スポー ツ等 の振 興 を図 るため には,指揮 監督 に よる権力 的 な作用 よ りは,非権力 的 な作用 に よ って 自主的 ・主体 的活動 を促進す ることが重要であ り‑ ‑ 」 ( 中教審答 申,第 1 章 の 4) 0
1 998 年 に記 されてい る この答 申文 と,上 に引いた1 956 年 の木 田の文章 とを比較 し てみ るな ら, どち らも,命令 ・監督 ではな く非権 力 的 な指導行 政 こそが教育 の主体 性 を重 んず る ものだ との趣 旨を述べ てい る点 で, まった く同様 の論理構成 になって い る こ とが わか る 。 さ らに時 間 を遡 ってい うな ら,1 9 40 年代 後半 の戦後改革の さな か において も,やは りこれ とほぼ同様 の趣 旨が語 られていたのである 。
指導行政 について語 られ る,い わばその語 りの形式 ・構造 は基本 的 に変 わってい ない。 しか し,それが語 られ る現実 の文脈 はそれぞれの時期 で異 なって きた。文脈 が異 なれば,そ こで企 図 され る制度改編 の内容 も当然違 って くる。 1 990 年代 後半期 の指導行政 の見直 し論議 は,法改正 としてはご くわず か な変化 に とどまった と して ち,それ をめ ぐる議論 を含 めた広 が りで捉 えるな らば,その変 わ らない形式 と して 理念化 されて きた指導行 政本来 の姿へ近づ くための, まさに漸進 的改革 の‑契機 と
な りうる もの とい って よいだろう。
【 註】
( 1)
以下の事項 は,中教 審答 申第1
章 の4
に記載 された ものの要約である。 しか し,広義の指導23
教育経営研究 第 6
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行政 として,①非権力的作用 とい う意味での行政の作用形態 を指 し示す場合,②教育内容や指 導方法等の行政の内容領域 を指 し示す場合,③指導主事の職能 を指す場合,のすべてを含めて 考えるとすれば,中教審答 申には他の箇所 にも指導行政に開通 した記述がい くつか散見 される。
(2)