論 説
観光産業 の促進 と開発途上 国の経済発展*
鐵 和 弘
1.はじめ に
韓国、香港、台湾、 シンガポール といった天然資源 に乏 しい国々が、その輸 出志向型政策 と時 代 の流れにうま く乗 り奇跡的な経済発展 を遂 げた一方で、今 日の世界 にはまだ まだ多 くの開発途 上国が存在する。 これ らの開発途上国が経済発展 を目指すためには外貨 を獲得 し、海外か ら多 く の財 を輸入す る必要がある。 しか し、多 くの開発途上国は輸出すべ き財 を持たず、天然資源 にも 乏 しいのが現状である。では、 このような開発途上国が外貨 を獲得す る手段 にはどのような もの が考 えられ るであろうか。本稿では開発途上国が外貨 を獲得することを可能 とし、 また、 それに より経済発展 を促す ことを可能 とす るか もしれない観光産業 に注 目し、その理論的分析 を行 う。
多 くの開発途上国では、美 しい大 自然、古代の遺跡 といつた観光資源力滞U用されずに残 されてい る。 もちろんこれ らの観光資源 を利用 し、海外か らの観光客 を迎 え入れるためには、受 け入れ国側 ではエアライン、空港の整備、宿泊設備の建設、観光地へのアクセスを容易にするための交通網の 整備、さらには、政治的問題 として治安の強化 といつた問題 を解決 してい く必要性がある。そして、
その コス トは開発途上国にとって、かな りの もとなるか もしれない。 しか しなが ら、その多 くが 国内のインフラス トラクチ ュアーの整備であることを考 えれば、長期的 に見た開発戦略 に とって もそれ らの整備 は非常 に重要な もの となるであろう。 また、宿泊施設の建設 という問題 に関 して は、今 日、多 くの国で見 られ るように海外か らの資本の導入 によって解決が可能 となるであろう。
Copeland(1991)が述べているように、 これ までに観光がその経済 に与 える影響 を記述 した文 献 は多 く存在するが、 この問題 を国際貿易のフレームワークで一般均衡分析 した ものはあ ま り多 くない。 そこで、本稿では、 これ といった外貨獲得手段 を持たない開発途上国、特 に低開発途上 国における観光産業の促進が、その国の経済 にどの様 な影響 を与 えるのかを一般均衡分析 を用い
°本研究 は、チ ュラロンコン大学 (タイ王国)での在外研究中(2004年4月〜2005年3月)に行 われた ものである。
この ような機会 を与 えて くだ さった本学部 と、快適 な研究環境 を提供 して くださつた、チユラロンコン大学・ 経 済学部 には心か ら感謝 したい。
て分析 す る。
本稿の特徴 は、 その国の中心 となる都市地域 とそれに対する農村地域の2地域 に、観光産業 を 含 む4つの生産活動が存在 しているモデル を構築 していることである。 この設定の もとで、(1)観
光産業の開発のために一層の外国資本 を引 きつけようとす る政策の結果、受 け入れ国経済 にどの ような影響 を及ぼすか、9)観光需要 を直接、刺激するような政策 を行 った結果、受 け入れ国経済 にどのような影響 を及ぼすか、以上2つの観点か ら、観光産業の促進が開発途上国に及ぼす影響 を考察す る。
最後 に本稿 の流れを説明すると、 まず第2節では、非貿易財 を生産する観光産業部門 を含む2 地域 モデルを示す。第3節では、観光産業部門の拡大 ととらえることがで きる外国資本の この部 門への流入が、受 け入れ国経済 にどの ような影響 を与 えるかを分析す る。その他、観光産業促進 ための政策が海外か らの観光客の増大 をもた らした とき、それが受 け入れ国経済に与 える影響 も 分析す る。そして、第4節で結論 を述べ、本稿 を くくる。
2.基本 モ デル
まず、非常 に貧 しい低開発途上国 を分析 の対象 とする。 この経済には2つの地域 と4つの部門 が存在する。2つの地域 とは、首都 を中心 とす る都市地域 とそれ以外の農村地域である。都市地 域 には、重工業部門 と、 この国が誇 ることがで きる観光名所が存在 しているため観光産業部門が 操業 している1。 また、農村地域 には、軽工業部門 と農業部門が存在 している2。
都市地域の重工業部門 は労働 と国内資本、それに加 えて、 この部門に特有の外国資本 を用いて 貿易財 (為)を生産 している。観光産業部門については、 ここでは、一般均衡分析 を用いて観光 産業の拡大がその国の経済 に与 える影響 を分析 した過去の文献 と同様 に、非貿易財 (X2)を生産 している部門 として取 り扱 う3。 また、本稿 では、観光産業部門 は重工業部門 と同様 に、労働、国 内資本、それ と観光産業 に特有の外国資本 を用いて操業す ると考 える。 さらに、低開発途上国を 分析の対象 としていることか ら、 この部門で生産 された財・ サー ビスは外国か らの観光客のみが 消費で きるとする4。 農村地域 の軽工業部門は、労働 と国内資本 のみを用いて貿易財 (為)を生産 1 0ppermann and Chon(1997)は
、「観光開発 はまず第一 に、首都や途上国の国際的なゲー トウエイである空港 周辺 の大都市 に発生す る」 と述べている。
2同じようなモデル として、HazaH and Sgro(1991)と (1996)が参考 にな る。
3 copeland(1991),Haza五 and Ng(1993),Haza五 and Kaur(1995)で想定 されてい るように観光地の観光資源や サー ビスは現地 に赴 いてのみ消費が可能である。我々 は、ある国で操業 しているホテル、 レス トラン、レジャー 施設 な どを輸入で きない。
4この点 に関 しては、脚注3であげた既存の文献 での想定 と異なる。 それ らの文献 では、観光 に関する財 。サー ビス は国内の旅行者・海外か らの旅行者 の両者 によって需要 され ることになっている。 しか し、実際 には、タイの様 な低開発途上国 とは言 えない国 において も、大規模 なホテルでは、その客の90%以上 は海外か らの旅行者である。
―‑52‑―
してお り、農業部 門 は労働 のみ を用 いて貿易可能 な産 品 (ん)を生産 してい る とす る。
これ らすべての部門が完全競争の状況で生産活動 を行 つてお り、規模 に関 して収穫一定 を仮定 す ると、
夕1=亀lω+%1″十飲1■,
2=亀2"十の
2″
十衡瀕t,九=亀3ωr+αtt γ,
2=%lω
r,
"r(1+γ)=",
γ=υ /(亀lXl十亀2ん),
に)
0) 0) に)
が成立する。ここで、ヵ O=1:重工業部門、2:観光産業部門、3:軽工業部門、4:農業部
Fヨ
)はそれぞれの部門で生産されている財の価格であり、観光産業部門以外の財は貿易財なので国 際価格で固定されている。また、α″(′=ι :労働、力:国内資本、κ :外 国資本)は可変投入係数、万は都市地域で定められた最低賃金法などの理由によつて固定された賃金率を表 し、安 は農村地 域での労働の賃金率である。
また、国内資本は国内で完全に使用され、重工業、観光産業、軽工業の部門間で移動可能なの で、7を 国内資本の賦存量 とすると、
%lXl十%2X2+%3X3=力● (5)
一方、労働 は国内のすべての部門 を移動で きるが、一部、都市失業が存在す るため、
亀lX+亀ダち十銑3X3+のX4+υ=ι. (6)
ここで、=は国内労働の賦存量、υは都市失業者数を表している。都市地域 と農村地域の労働移動 の均衡はHarris―TOdaro(1970)の都市一農村労働移動モデルを用いて、
0) 侶)
となるように決 まる5。 このγは都市雇用者数に対す る都市失業者数の比率 を表 している。(7)式が 意味す るところは、農村地域での賃金 (ωr)と都市地域 に出か けて行 つて得 ることがで きるか も しれない賃金(期待賃金 :"/(1+γ))が等 し くなるまで、労働の移動が続 くとい うことである。
次 に、重工業部門、観光産業部門の各部門で特有 に用い られ る外国資本 に関 してであるが、こ れ らの完全雇用の条件式 は、
5詳細 はHalHs and Todaro(1970)を参照。
Xl=る,
%X2=ん,
0)
001
と示す ことがで きる。ここで、κ 、ん はそれぞれ、重工業部門 と観光産業部門に非弾力的に供給 されている資本量 を表 している。
最後 に、観光産業部門の作 り出す財・ サー ビスに対する需要について考 えてみる。本稿では、
先 に述べた ように、 この部門で生産 された財・ サー ビスは外国か らの観光客のみが消費できると 想定 している。 また、観光産業部門の生産する財 0サ ー ビスに対する需要関数2はその財の価格
Q)と海外か らの旅行者がその土地へ旅行するきっかけとなるであろう様々な要因 を含むパ ラ メータ(β)の関数でD2,<0、 2β>0である と仮定する6。 以上 よ り、観光産業部門 における需要 と供給 は、
2続,β)=れ, llD
によって示 され る。
以上で、 このモデルの体系 を示す ことがで きたので、次の節で実際に分析 を行 うこととする。
3.観光産業拡大が受け入れ国経済 に与 える影響
この節では、(1)ある開発途上国が持つ観光資源の開発のために、海外資本の流入をさらに増加 させる、(2)観光省などの行政機関による、国を挙げた大々的宣伝によって海外からの旅行者を呼 び込む、 といった観光産業を刺激する政策が受け入れ国の経済にどのような影響を与えるかを実 際に分析する。
3‑1.観光産業への資本増加の影響
例 えば、開発途上国の政府が観光産業開発のために、ある種の政策を実行 して、その結果、外 国資本のさらなる誘致に成功 した場合に、いったい受け入れ国経済はどのような影響を受けるの だろうか。 この小節では以上のケースについての分析を行 う7.
このモデルでは、上記のケースは、ん の上昇 してとらえることができる。そこでまず、1〕式より、
6言
鼻iIIttfFゞ杏条寒憲鼈 ふχ菖滋 客憾 :盲繕こ尭i魯3ゴ写 凛 V響蒟
7薬
?肇輝摯211はF舞昌警殊誌嘱貧象礎電食21耽 外国人労働者に対する積極的な入国許可の発行などの政 をる。
‑54‑
一穆 +物β=ん, 021
が得られるが、ん=0と すると、7m2=笏βであるので、九/β>0と なる。また、β=0と すると、
一%九=ん であるので、九/ん<0と なる。さらに、(9)よ り、
ぬ十ス=0。 031
ょって、ス=oが得られる。
次に、(5)〜αD式を全微分して、観光産業部門で特有に用いられる外国資本は、その他の生産要
素 と代替で きない と仮定すれば、モデルの体系 を以下の行列 にまとめることがで きる8。
ここでλJはノ部門で使用されている生産要素グの割合、後 と物はそれぞれ、観光産業の生産する財・
サービスの需要に関する価格弾力性 と、パラメータ(β)で の弾力性 を表 している。 また、変数の 上のハ ットは変化率、例 えば′=″/χを表す。そして、この00の行列をクラーメルの公式を用いて 解けば、以下の解が得 られる。
九=一 腕 , 051
え=(λた2/λ )れ, 00
几=(1/λυλヵ
3λ
){(γ+1)(λυλttλ■2) (λυλι3λ
λ2)}磁, 071 ク=―(γ
えι2/λυ)つあ. 00これらと、C21式から得られた結果によって、九/ん>0、 ス/ム<0、 ∂/ん>0と、次のような 命題が得 られる。
命題1.観光産業部門への外国資本の増加は、観光産業の産出量を増大させ、農村地域の軽工業 部門の産出量を減少 させる。農業部門への影響は、観光産業部門が軽工業部門より労働集約的で あれば、その部門の産出量を減少 させる。 また、観光産業部門への外国資本の流入により都市失 8観光産業 においては、外 国資本 こそが最 も重要かつ特殊 であ り、その他 の国内生産 要素で は、この資本 の代わ り
を務 めることがで きない と考 えている。これを仮定 しない とすれば、モデルの体系はAppendixで示 され るような 行列 とな る。
0 0
″^
十 0 0 0 一 穆
凡 え え
′
λυ O 一λ
0 L 0 0 0 極 れ 0 0 じ L 九
・
業者 は、必ず増大 して しまう。
以上 の命題 に直感的説明を加 えてみよう。まず、 このモデルの設定 においては、(4)式よ り
"″
が 決定 される。そして、
"″が決 まれば、(3)式より″が決定 される。従 って、重工業部門の産出量はそ
の部門 に特有の外国資本の増減のみに影響 を受 けることにな り、観光産業部門への海外からの資 本の増加が、重工業部門の生産 に何 ら影響 を与 えることはない。 また、観光産業部門の外国資本 の増加 はその部門で用いられている国内資本 を農業地域 にある軽工業部門から引きつけ、さらに、
労働 を農業地域か ら引 きつけることで、観光産業部門の産出量 を増大 させる。一方、国内資本 を 持 って行かれた軽工業部門の産出量 は減少する。 もし、観光産業部門が軽工業部門より労働集約 的である とす ると、軽工業部門か ら流出する資本 とともに用いられていた労働では観光産業部門 の外国資本の流入 をまかなうことができない。そのために、農業部門からも労働力が都市地域に 向 けて移動することとな り、当然、 この部門での産出量 は減少する。 また、都市地域での雇用確 率の増大 は、必要以上の労働力 を農村地域か ら引 き出す ことで、都市失業者の増加の原因 となる。
3‑2.観光客の増加 をもた らす政策の与 える影響
この節では、受 け入れ国の観光 キャンペーンが功 を奏 した結果 として、 この国への観光ブーム が起 こった とい う場合 を考 え、それが この国の経済 にどのような影響 を及ぼすかを分析する。
本稿 のモデルにおいては、以上のケースはパ ラメータ (β)の上昇 として考 えることがで きる。
したがつて、第3‑1節の分析でん=0と おき、βを外生変数とすれば、第3‑1節と同様に分析
す る こ とが で き る。
まず、CD式より、ん=oとすると、九/β>0であることはすでに示 した。さらに、α力の行列を クラーメルの公式を用いて解けば、え/β=凡/β=え″=∂″=oとぃう結果が得 られる。
国民所得 (y)は、
y=フlX十九X2+λ為 一沢炉弓―沢りt, oo
と表せ るが、パ ラメー タの変化 に対 す る所得 の変化 は、 ここでは、以下の ような簡単 な形 にまと め られ る。
グy/ι″=X2(a%/ι ″)>0. oo
以上より、次の命題が得られる。
命題2.低開発途上国が観光促進事業のおかげで、直接、外国人観光客の需要を喚起できたとし
―‑56‑―
ても、その国の各部門の生産活動 には何 ら影響 を与 えない。ただ し、観光産業部門の作 り出す財0 サー ビスの価格上昇のため、国民所得 は上昇する。
この場合、外国人観光客の需要の増大 は価格 の上昇 によって完全 に相殺 されて しまうため、受 け入れ国の各生産部門は何 ら影響 を受 けることがない。 したがって、都市失業者数 も変化す るこ とはない。 また、観光産業部門の作 り出す財・サー ビスは海外か らの観光客 しか消費 しないので、
この財・ サー ビスの価格上昇が受 け入れ国の国民 に悪影響 を与 えることはない。
4. Jbオ フリに
本稿で は、特 に これ といった産業や資源 を持たない低開発途上国で も今す ぐに活用で きるか も しれない観光資源 に目を向け、観光産業部門の開発・ 促進がその国の経済 にどの ような影響 を与 えるのかを分析 した。そして、観光産業 においては、外国資本 は重要かつ特殊であ り、その他の 国内生産要素ではこの資本の代わ りを務 めることがで きない とい う強い仮定 の下ではあるが、い
くつかの結論 を得た。
まず、開発途上国政府が観光産業部門へのさらなる海外資本の流入 を促進す るような政策 を実 行 した とすれば、都市地域 に存在す る観光産業 のおか げで都市地域 の発展 は促 され るであろう。
しか しなが ら、 これは、農業地域の軽工業の活動 を低下 させ、場合 によっては農業部門の活動 を も低下 させて しまう。すなわち、観光産業部門への海外資本の流入 による都市地域の発展 は、農 村地域 を完全 に犠牲 にして行われ る可能性がある とい うことを示す ことがで きた。 さらに、都市 地域 において も失業問題の悪化 とい う厄介な問題 を引 き起 こす ことが示 された。
次に、開発途上国政府が海外向 けの観光 キャンペー ンを行 うな ど、直接、観光客 を引 きつける ような政策 を行 つた場合、観光産業部門の作 り出す財・ サー ビスに対す る需要の増加 はその価格 を上昇 させ るだけで、その他の経済活動 には影響 を与 えることな しに、その国の厚生 を高めるこ
とが可能 となることが示 された。
以上の結論 より、資本 をあまり持たない低開発途上国が、例 えば観光産業の開発のために海外 資本 を呼び込む ことは不可欠である と考 えられ るが、それ ばか りに頼 ることは望 ましい姿勢では ない といえるだろう。資本の増加 による、観光 サー ビスの供給増加 と、その価格低下 による需要 の増大 よりも、低開発途上国の政府関係者 は、積極的 にその国の観光地の魅力 を海外 にアピール するな どの方法で、直接、海外か らの需要 を増加 させ ることがで きる政策 を打 ち出す ことが まず 重要 となるであろう。
最後 に、以上の結論 は、 はじめに も述べたが「観光産業 においては、外国資本 は重要かつ特殊
であ り、その他の国内生産要素ではこの資本の代わ りを務 めることができない」 という強い仮定 の下で得 られた ものである。外国資本 とその他の国内生産要素の代替 を認めれば、結論 はもっと 曖味な ものになって しまう。 また、本稿では、観光資源が都市地域 にあると想定 して分析 を行 っ て きたが、観光資源が農村地域 に存在す るケースを想像することは容易である。 このケースにつ いては、今後の研究課題 としたい。
Appendix
λι2 λι3 λL4
λ″ λ 0
7■L2 0 0 1 0 0
λι2σLa
λ″改静2
=′ι2己れ
―笏為 十笏β え
え え
′ 為 0 一λ
0
ここで、イらはノ部門における、生産要素あとらの代替の弾力性を表している。
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