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(2) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ ‑180ー. 第5 3 巻 第 1号. 1 8 0. れが第 1の問題である。 さて,地方財政論の分野においては,地方財政の本質に関す る武田隆夫教授の問題提起 l. をきっかけに,地方公共団体を「地方政府」と規定するのか「地方自治体」と規定するの. r '. かの論争がある。坂本教授は,つぎにこの論争をとりあげ, われわれの立場は,… わが 園都道府県や市町村などの行財政を,川く地方自治の本旨>の規範性をより多く実現で きる『地方自治体』ないし『民主的地方自治体』への展望においてとらえてゆく視角にあ. 2 1ページ)とする。これは,岩元和秋教授の立論を支持するものと考えられる。 るJ(. こ. の点についてはのちに再び立ちかえる。 財政学と地方財政論?とおけるこつの論争にたいする教授の所説をより一層根拠づけるた めに,つづいて坂本教授は,マルクスの『資本論』の各所にみられる国家に関する言及の 断片を整理する。しかし, マルクスは 独立の財政学ないし地方財政論の著作をのとしてい l. るわけではないので,言及の断片をいくら整理しても未完成交響曲にととまらざるをえな い。そこで,教授は,. r われわれの課題は,とれ〔国家に関する萌芽規定〕をマルクスの. 窓図に沿って可能なかぎりで再構成を試みその基礎的な範鴎や概念規定の豊富イじをはかる ことでなければならない。 J( 4 9ページ)とし,マルクス主主義法学や政治学,歴史学の研究 成果をとり入れながら,その課題に挑戦する。その結論の第 1は,資本主義諸国の国家を 先進国型と後進国裂に二分するととである。そして,前者にはイギリス,ブラシス,アメ リカが入り,後者にはドイツ,イタリア,日本,東南アジア,中国,アフリカ,中南米諸 国が入る ( 5 3ページ)。後者についてこまかいことをいうと,. ロνアがぬけているように. 思うし,わが国を植民地ないし半植民地となったイシドや中国,さらにはアフ. Pカやラテ. シ・アメリカの諸国と一緒にくくるのは問題があるといえよう。 第 2は,国家機関が中央政府と地方政府に分置されるということ。第 3は,歴史上あら われた国家群が「階級社会の国家」と「社会主義国家」に分類されるとともに,前者は共 和伽!と君主制,単ー国家と連邦制国家等に,後者はソビエト型,人民民主義型等に,それ ぞれ区分されるといラこと。第 4(d),第 5(e)は,評者にはよくわからない。. r. 以上の研究を遥じて,坂本教授は, 国家概念そのものを従来の国家り『本質』論の局面. ( 8 3ペー に加えて,国家の機構,類型と形態,機能,政策,内容などの諸範鴎においてとらえ J ジ〉たとし,これによって「財政分析への基礎視角J(向上〉があたえられたという。財政 現象に関するマルクスの断片的な指摘をのりこえ,マルクス主義財政学の体系構築のため に,政治学,歴史学等の成果を積極的にとり入れようとした教授の研究は,一つの大胆な.
(3) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 8 1. ‑181‑. 坂本忠次著『国家と地方自治の行財政論』を読んで. 試みとしては評価されるかもしれないが,評者にはそれが成功しているようにはみえな い。希望をいえば,第 1章の研究成果にもとづく教授自らの財政学. ないし,地方財政. 論一ーの体系を示してほしかった。 第 2章。ここでは地方自治の諸形態が考察される。まず最初に 1 9 世紀の産業資本主義時 代の各国の地方自治が類型化される。それは,一つは,イギリス,北アメリカ,フラシス などにみられる市町村に基盤をおいた住民自治であり,他はドイツ,イタリア等に代表さ れる大陸諸国の団体自治である。そして,前者のうち特にイギリスが,後者のうち特にド. 9世紀を中心に立ち入った叙述がなされる。 イツが典型としてとりあげられ, 1 1 8 世紀のイギリスの地方行政の特徴は, r 中央統制の欠如 J( 1 0 9ページ)であったが, 1 9 世紀I'C入ると「徐々に集権的統一行政 J( 1 1 2ぺ{ジ)へとすすむ。しかし,教授は, r 1 9 世紀中葉までのイギ. Pスの地方行政に対する中央からの統制は全体とし℃は軽微で J(113. ページ)あったとする。ととろが,教授はのちに,イギリスの近代的地方自治制度は 1 9 世. r. 紀の前半におい‑c 中央集権的に編成されつつ成立 J( 2 0 5ページ)したという。この点は, 自由放任か国家干渉かをめくっ℃現在お ζ なわれている学界の論争にも関連しており,興 味ぶかい点であるので,もうすこし論じてほしかった。 ドイツの地方行財政史に暗い評者は,教授の論述を正確にはフ才ローできないが,. ド イ. ツに典型的にみられる図体自治は, 1 8 7 2 年のプロイセシの郡制において成立したもようで ある。(しかし,それの具体的説明はここにはなしどういう理由からか独占資本主義段階 の地方自治を論じる 1 3 6 ‑ 1 3 7ぺ ージにある。) J. そして,以上のイギリスとドイツの 1 9 世紀における地方行財政が独占段階,さらには国 家独占資本主義段階においてどのように変貌をとげたかがつぎに考 察される。 1 9 3 0 年代以 降においてとりあげられる国々は,イギリスとドイツに限定されず,アメリカ,ブラシス, イタリア,日本なども含まれる。そして,大筋は,恐慌と戦争を通じて行財政の集権化が すすめられていくというものである。 第 2章は,評者のみるとこる, 1 9 世紀以降の欧米諸国の地方財政と地方自治ーーただし, 地方財政への言及は多くなし中心は地方自治の変遷であるーーの歴史分析であり,ここ に西洋史専攻の研究者として出発した教授の組警がかたむけられているようにみえる。 第 3章においてはマルクス主議の古典における地方自治論がとりあげられる。まず第ー. 8 5 0 年頃までは地方自治に特別の関心をもたなかった に,マルクスとエシグノレス。両者は1 が , 1 8 7 1年のノリ・コシミューシの経験を還して地方自治にたいする認識を深め,民主的.
(4) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ ‑182‑. 第5 3 巻 第 1号. 1 8 2. 地方自治の役割を評価していたととが紹介される。 1 8 5 0 年代 ‑60 年代のマルクスとエシグ ノレスの自治論の分析はまったくなされていないが,それは別にして,つまに νーニシの地 方自治論がとりあげられる。しかし,教授の整理だけから Vーエシの地方自治論を読者が 頭にえがくととは困難であろう。最後に,グラムジの地方自治論が検討される。坂本教授 は,彼が市町村の相対的独自性を再評価し,市町村を国家の有機的な一環として位置づけ 萄く評価する。しかし,グラム νの分節化論がよくわからない評者 ていたととをきわめて I にはヰ、コ t ヒコノミシであった。 第 4章は,日本の地方自治と地方財政の歴史的特質について考察することが課題であ. 9 7 0 年代の財政危機までの地 る。そのため,教授は,明治初年の大区・小区制の設置以降 1 方行財政の変遷を叙述する。しかし,それはこれまでの通説的研究をなぞったものであ り,特に新しい論点が提示され℃いるようにはみえない。 とこるで,教授は,わが国の地方自治と地方財政を欧米とはことなる「アジア型.J ( 2 0 7 ページ)と規定する。しかし,これにたいし℃は,わが国の地方行財政をインドや中国の それと同列なものとみなすのかという批判がただちにおこるであろう。面白い指摘とは思 うが, I アジア型」について一層展開してほしかった。. 以上で本替の内容紹介を終り,最後lZ:全体的な印象をー,こつけ加えたい。第 1は文章 教科 である。評者は平明達意な文章を尊重するが,教授の文豪は難解であった。教授は, I 議」に「テキスト Jとノレピをふったり (7~ージ), I 市町村Jをいいかえて, i 一一一都市や. 9 6ページ)とするほど初学者むさにこまかい配慮をしているかと息ラと, 町,村一一 J( l. r. 他方「一…『共通利益.i = 共同条件』確保へのへグモニー確立をめぐる『諸闘争Jとそ の『制御』の場J ( 8 5ページ)というような,何度読んでも理解できない表現を使ってい る。この原因の一つは本書:が書き下しであることにあるのかもしれない。それにしても, 言葉だけがうわずべりしているように思われてならない。つぎつまに湧き上る想を一本の ペシにたくすのはもどかしいかもしれないが,読者が理解しやすいように整理したうえで 叙述してほしかった。 第 2は本書の編・章の構成である。これは番庖編集部の手落ちかと思うが,第 1編には 一つの主主しかない。しかも,第 1編と第 1主主の目はよくにている。なぜ第 1編を独立させ 詳の目がまったく同じであるというのも奇妙であ たのであろラか。また,第 2編と第 2i る 。.
(5) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 8 3. 坂本忠次著『国家と地方自治の行財政論』を読んで. ‑183ー. 各家を内容的にみると,先に示唆したように,第 2章が欧米諸国の,そして第 4掌がわ が国の地方行財政の歴史であるとすれば,マルクス主義の古典の地方自治論を論じる第 3 章は第 2編におい℃は若干異質のように恩ち。そして,第 1主主にはたしかに「地方自治体 への視角」がみえかくれするものの中心は財政学の方法論十であるととろから,第 3主主を第. 1編第 2主主とした方がよかったのではないかと息う。 第 3は,地方公共団体を「地方政府」ととらえ るのか「地方自治体」ととらえるのかの I. !ー. 論争に関する坂本教授の見解である。先l'C指摘したように,教授は岩元説を支持するよラ. J( 6 3 にみえる。しかし,本蓄を読みすすむラちに,教授は「地方政府(=地方公共団体) ページ〉といって武田説を支持するかと思うと,つきには「地方政府=地方自治体J( 6 5,. 95ぺージ〉といって武田説と岩元説を一緒にしてしまう。そとで,読者は困惑する。1""地 方政府」か「地方自治体」かの問題は,地方財政のJ 専門家にとっては今日では単なる言葉 の遊び以上の怠味をもっ℃いるように恩うが,どうであろうか。 評者のみるところ,坂本教授の本領は,つぎに予定される地方財政史と現状分析にある ように思う。本書は,それらの研究をまとめるにあたっての「方法的反省と前提 J( 1あと がき J ,2 5 1ページ〉をなすというととであるから,今後の著作に期待したい。妄言を謝 す 。.
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