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Vol.33 , No.2(1985)006納富 常天「鎌倉時代の舎利信仰 -鎌倉を中心として-」

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Academic year: 2021

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鎌 倉 時 代 の 舎 利 信 仰 ( 納 富 ) 三 二

-鎌

-納

末 法 に 対 す る 危 機 意 識 は や が て 復 古 思 想 を 醸 成 し、 戒 律 復 興 運 動 や 釈 迦 に 帰 る 運 動=釈 迦 信 仰 と し て 顕 現 す る と 同 時 に、 釈 迦 の 遺 骨 で あ る 舎 利 の 信 仰 を 高 め た。 西 大 寺 ・ 唐 招 提 寺 を は じ め と す る 南 都 諸 寺 院 に お け る 多 く の 舎 利 塔-五 輪 塔 ・ 宝 塔 ・ 宝 簾 印 塔 ・ 火 焔 宝 珠 形 な ど の 舎 利 容 器-や 舎 利 厨 子 は、 南 都 に お け る 舎 利 信 仰 の 盛 行 を 物 語 る も の で あ る。 こ こ で は 鎌 倉 に お け る 舎 利 信 仰 に つ い て 考 察 し た い。 鎌 倉 に お け る 舎 利 信 仰 は 公 家 階 級 や 南 都 仏 教 の 影 響 を う け、 非 常 に 多 様 で あ っ た と 思 わ れ る。 い ま ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ ﹃ 仏 牙 舎 利 記 ﹄ ﹃ 室 生 山 御 舎 利 相 伝 縁 起 ﹄ な ど に よ り、 そ の 実 情 を 探 る こ と に す る。 ま ず ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ の 関 係 記 事 を 列 挙 す る。 ( 一 二 一 二 ) (実 朝 ) (栄 西 ) 建 暦 二 年 六 月 廿 日、 将 軍 家 渡 二 御 寿 福 寺一、 自 二 方 丈 一手 令 レ 相 二 伝 仏 舎 利 一給 云 と ( 一 二 一 四 ) 健 保 二 年 十 月 十 五 日、 於 二大 慈 寺一、 葉 上 僧 正 始 二 行 舎 利 会 一 ( 一 二 一 七 ) (政 子 ) (実 朝 ) 建 保 五 年 九 月 光 日、 永 福 寺 始 被 レ 行 二 舎 利 会一、 尼 御 台 所、 将 軍 家、 (同 夫 人 ) 井 御 台 所 御 出、 法 会 次 第、 舞 楽 已 下、 尽 レ 美 尽 レ 善 ( 一 二 二 〇 ) (政 子 ) (義 時 ) 承 久 二 年 十 二 月 十 五 日、 大 慈 寺 舎 利 会 如 レ例、 二 品 井 京 兆 参 堂 ( 一 二 二 六 ) (泰 時 ) 嘉 禄 二 年 三 月 十 八 日、 大 慈 寺 舎 利 会 如 例、 竹 御 所 井 武 州 御 参 堂 云 と ( 一 二 三 一 ) 寛 喜 三 年 三 月 十 五 日、 永 福 寺 恒 例 舎 利 会、 将 軍 家 渡 御、 御 台 所 御 (時 房 ) ( 泰 時 ) 同 車、 相 州 武 州 被 レ参 建 暦 二 年、 実 朝 が 栄 西 か ら 仏 舎 利 三 粒 を 相 伝 し た こ と、 建 保 二 年 大 慈 寺、 同 五 年 永 福 寺 に お い て、 は じ め て 舎 利 会 が 営 ま れ、 以 後 恒 例 に 行 わ れ た こ と が わ か る が、 こ れ ら は 平 安 時 代、 諸 大 寺 院 に 営 ま れ た 舎 利 会 や、 公 家 階 級 に お け る 舎 利 信 仰 の 影 響 を う け て い る こ と が 推 察 さ れ る。 つ ぎ に ﹃ 仏 牙 舎 利 記 ﹄ で あ る が、 管 見 す る か ぎ り 群 書 類 従 ( 1) 本 の ほ か に 四 種 が あ る。 相 互 に 和 文 ・ 漢 文 の 相 違 や、 内 容 に 多 少 の 出 入 り が あ る が、 大 綱 に お い て は 同 じ で あ る。 こ れ ら は ま た 広 汎 な 受 容 を 示 す も の に ほ か な ら な い が、 い ま も っ と

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も 流 布 し て い る 類 従 本 に よ っ て 考 察 し て み よ う。 巻 末 に 応 安 七 年 ( 一 三 七 四 ) と あ る か ら、 そ の こ ろ 成 立 し た も の で、 円 覚 寺 舎 利 殿 の 由 来 に つ い て 述 べ た も の で あ る。 そ れ に よ る と、 三 代 将 軍 源 実 朝 ( 一 一 九 三-一 二 一 六 ) が 仏 舎 利 を 宋 の 能 仁 寺 か ら 奉 請 し、 大 慈 寺 を 建 立 し て こ れ を 安 置 し、 毎 年 十 月 十 五 日 を 供 養 会 の 日 と 定 め た こ と、 の ち、 円 覚 寺 に 舎 利 殿 を 建 て、 大 慈 寺 の 仏 舎 利 を 遷 し て 国 家 の 安 寧 を 祈 っ た こ と な ど が 記 さ れ て い る。 大 慈 寺 か ら 円 覚 寺 へ 仏 舎 利 を 移 し た 時 期 は、 大 休 正 念 が 円 覚 寺 に 遷 住 し た 弘 安 八 年 ( 一 二 八 五 ) の ﹁ 安 奉 仏 牙 舎 利 上 堂 ﹂ ( ﹃ 仏 源 禅 師 語 録 ﹄ ) と、 ﹃万 年 山 正 続 院 仏 牙 舎 利 略 記 ﹄ の (貞 時 ) 最 勝 園 寺 殿 日、 仏 牙 舎 利、 自 鎮 関 東、 垂 二 百 年、 崇 敬 因 異 他、 我 累 祖 安 穏、 鎌 倉 繁 昌、 実 不 疑 之 所 也、 後 代 有 怠、 必 喪 運 詐、 円 覚 妙 場、 鎌 倉 戌 亥 方 也、 鎮 此 舎 利、 永 代 為 鎌 倉 守 護 之 霊 祠 也、 便 於 円 覚 寺、 特 淑 舎 利 殿、 以 遷 大 慈 寺 仏 牙 此 也 (﹃新 編 鎌 倉 志 ﹄ ) か ら、 弘 安 八 年 で あ っ た こ と が わ か る。 ま た こ れ は 鎌 倉 の 繁 栄 と、 北 条 一 門 の 守 護 の た め で あ っ た。 ま た 大 慈 寺 の 仏 牙 舎 利 に つ い て 大 休 正 念 は、 そ れ が 宋 ・ 能 仁 寺 将 来 の 舎 利 と い う こ と も あ っ て か、 そ の 語 録 に 前 後 三 回 に わ た り ﹁ 舎 利 会 上 堂 ﹂ を 行 っ て お り、 い か に 信 仰 が あ つ か ( 2) っ た か が 伺 わ れ る。 最 後 に ﹃ 室 生 山 御 舎 利 相 伝 縁 起 ﹄ は、 一 般 に 大 日 本 仏 教 全 書 本 ( 続 群 書 類 従 本 は 全 同 )が 知 ら れ て い る が、 新 た に 発 見 し た 金 沢 文 庫 本 ﹃ 舎 利 相 伝 縁 起 ﹄ を 紹 介 し て み よ う。 (端 裏 書 ) 御 舎 利 縁 起 舎 利 相 伝 縁 起 ノ ハ メ ニ ク ヒ ノ ヲ サ ソ カ ノ 右 件 舎 利 者 高 -祖 弘 -法 大 -師 為 下 済 二 濁 -悪 之 迷-徒 一興 中 末-世 之 福-ヲ テ ニ ニ ツ ル シ ヲ バ カ ク シ カ ソ ク ツ ノ ニ ハ ス 田 上 於 二 大 -和 -州 室 生 山 一 所 -と 奉 安 訓 置 舎 利 旧 或 蔵 巖 -窟 之 中 一 或 安 二 ラ ト ウ ノ ソ コ ニ シ テ ノ ノ ヲ タ テ マ ツ ル コ メ ノ ヲ ヨ リ ソ レ コ ノ カ タ 羅 -洞 之 底 一其 内 建 二 立 七 -層 石 塔 一 奉 レ 籠 数 -粒 舎 -利 一徒 レ 余 以 -降 セ イ テ イ ト モ タ リ ト ノ タ ナ ル モ ノ カ ニ 四 -百 余 -歳 之 制 -底 錐 レ 古 一 百 千 万 人 之 信 -敬 尚 新 者 乎 愛 -比 中 リ ヲ ハ フ ト ノ リ フ ル テ テ ツ ツ イ ノ ミ ヤ ウ セ イ ヲ 南 -都 有 レ僧 名 日 二縛 -若 空 -諦 一渇-仰 恋 慕 之 余 奪 二鉄 -鎚 之 猛 勢 一 ヤ ク リ ノ ヲ ト テ ク ノ ヲ テ ス ノ ト ト モ ル ト ヲ 破 二 地 -輪 之 北 -面 唱 即 取 二 多 舎 利 一 以 為 二 自 所 -持 一其 -後 錐 レ 送 二 歳 -月 一 ヘ テ シ タ ツ 子 モ ト ム ル ト モ カ ラ ル ニ ノ 敢 無 二尋 求 之 輩 一 然 文 永 九 年 申壬 三 月 廿 一 日 態 甲 斐 国 僧 覚 日 ノ 滿 ノ ノ シ テ ニ 房 実 名 信 応 戒 壇 院 空 智 房 勝 の 院 一 蓮 坊 其 外 同 行 十 余 輩 参 -詣 室 生 山 一 ス ル ノ ノ ヲ ト-テ カ之 ヲ サ ク ル ニ ノ ヲ ニ タ リ 礼 -拝 二 舎 利 石 塔 一時 覚 日 房 聞 二 空 -諦。 往 -事 一 捜 二 擢 -破 之 穴 一幸 得 二 ア カ、 子 ノ ツ、 ノ サ サ ナ ル ヲ ヨ ロ コ ヒ ノ レ ル ﹁ ヲ ソ ム ナ シ ク ユ イ テ ミ チ テ 銅 筒 高 二 寸 広 一 寸 一 悦 二 感-応 道 -交 之 時 至 一 感 二 虚-往 実 カ ヘ ル ヲ ノ タ ウ ル ヲ シ ヲ ノ ピ コ ル ニ テ フ タ ヲ イ タ セ ハ ヲ 帰 之 喜 事 一随 喜 之 涙 湿 讐 -挟 一帰 -依 之 思 凝 二 一 心 一開 レ 蓋 投 レ 拝 テ リ ニ ノ ニ ヒ ソ カ ニ テ ヲ シ メ ス ニ ノ 舎 -利 満 二 中 一奏 数 -粒 之 中 楡 出 二 七 粒 一示 二 等 輩 二 人 一彼 空 智 房 一 蓮 ノ タ フ ニ ヲ 房 同 志 懇-望 之 間 白 金 二 粒 各 与 両 人 一所 レ 残 三 粒 ( 以 下 紙 背 ) テ ス ニ ノ ノ ハ ヒ ソ カ ニ カ ク メ ニ ス ァ ヘ テ シ メ セ ノ 者 以 擬 二 自 -分 一其 余 数 -粒 者 密 隠 懐 -中 不 二 肯 教 二 他 -見 一 彼 二 人 テ ク ト レ シ ヲ ソ ノ カ ミ ヒ ヤ ク リ ヤ ク ニ ヲ コ リ テ リ タ コ ト ハ 相 -語 云 先 空-諦 取 舎 -利 一当 -時 震 -露 忽 発 恐 今 亦 如 レ 此 言 未 サ ル ニ ヲ ハ ラ テ ニ ニ テ ス ヲ テ ヲ ニ ニ ニ ケ カ ヘ リ ヲ ハ ヌ レ詑 応 レ時 青 天 雲 起 震 -露 動 二 天 -地 一同 -侶 作 二 帆 伊 怖 一忽 速 迩 帰 畢 ニ ノ ノ ス ニ ヒ 然 彼 覚 日 房 関 東 下 向 之 時 相-伝 干 無 量 寿 院 方 丈 法 余 上 人 一耳 云 以-ト ヒ ト シ ニ シ ル ス ヲ ノ 前 一云 当 -時 一奇 -時 神 -変 多 レ 之 別-紙 記 レ 之 矣 此 御 舎 利 之 内 錐 二 為 秘 鎌 倉 時 代 の 舎 利 信 仰 ( 納 富 ) 三 三

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鎌 倉 時 代 の 舎 利 信 仰 ( 納 富 ) 三 四 ナ リ ト ノ ニ ワ タ シ 蔵 一 相 ー 伝 干 信 性 房 宗 明 一奉 レ 渡 之 畢。 建 治 二 年 子丙 九 月 三 日 沙 門 即 是 ノ テ ノ コ ソ キ ヨ ク カ ラ 然 此 御 舎 利 之 内 依 二 多 年 之 懇 棘 不 レ浅 一明 忍 房 劔 阿 奉 渡 之 畢 弘 安 三 年 辰庚 三 月 廿 一 日 沙 門 宗 明 シ テ ノ ヲ リ ケ ニ ヌ 然 此 御 舎 利 之 内 一 粒 感 二 八 千 枚 之 練 行 一奉 レ 授 尼 乗 忍 一畢 永 仁 三 年 処 十 二 月 廿 四 日 沙 門 劔 阿 こ れ は 大 日 本 仏 教 全 書 本 の 資 料 的 価 値 を 裏 付 け る も の で も あ る が、 縦 32cm、 横 50cmか ら な る 一 紙 の 表 裏 に、 金 沢 称 名 寺 第 二 代 劔 阿 ( 一 二 六 一-一 三 三 八 ) が 永 仁 三 年 ( 一 二 九 五 ) 十 二 月 廿 四 日 に 記 し た も の で あ る。 大 日 本 仏 教 全 書 本 と 比 較 す る と、 本 文 に つ い て は 訓 点 な ど を 除 き ほ と ん ど 同 じ で あ る が、 末 尾 の 相 伝 の 部 分 を 異 に し て い る。 大 日 本 仏 教 全 書 本 は 此 御 舎 利 之 内 錐 レ 不 レ 蝋。 依 レ 有 二 深 所 存一。 此 御 舎 利 二 粒 奉 レ 渡 二 幸 尊 上 人 一畢。 正 安 四 年 壬 寅 正 月 廿 三 日 仏 子 宗 明 判 と あ り、 わ ず か に 宗 明 か ら 幸 尊 へ の 相 伝 の み に 限 ら れ て い る。 こ の ﹃ 舎 利 相 伝 縁 起 ﹄ は 室 生 山 仏 舎 利 の 由 来 と 付 属 に つ い て 述 べ た も の で、 空 海 が 濁 悪 の 迷 徒 を 救 済 し、 末 世 の 福 田 を ( 3) 興 さ ん た め、 室 生 山 の 所 々 に 舎 利 を 安 置 し た こ と、 中 頃、 南 都 の 空 諦 が 尋 ね 求 め て 多 く の 舎 利 を 得 た こ と、 文 永 九 年(一 (鬘 ) 二 七 二 )、 甲 斐 の 覚 日 房 信 応 と 戒 壇 院 空 智 房、 勝 満 院 一 蓮 房 そ の 他 が 室 生 山 に 参 詣 し、 七 粒 の 舎 利 を 取 り 出 し 分 配 し た こ と、 覚 日 房 が 関 東 下 向 の と き、 鎌 倉 無 量 寿 院 法 余 上 人 に 相 伝 し た こ と、 即 是 か ら 信 性 房 宗 明、 宗 明 か ら 明 忍 房 劔 阿、 劔 阿 か ら 尼 乗 忍 に 相 伝 し た こ と な ど が 記 さ れ て い る。 こ こ で 注 目 し な け れ ば な ら な い の は、 金 沢 文 庫 本 の 舎 利 相 伝 系 譜 が 覚 日 房 -法 余 上 人 -即 是 -宗 明 -劔 阿 -尼 乗 忍 で あ る の に 対 し、 大 日 本 仏 教 全 書 本 は 覚 日 房 -法 余 上 人 -宗 明 -幸 尊 と な っ て お り、 即 是 が な い。 こ れ は 何 か の 事 情 で 脱 落 し た も の と 思 わ れ る が、 後 考 を 侯 つ こ と に す る。 し か し 宗 明 は 少 な く と も 劔 阿 と 幸 尊 に 相 伝 し た こ と が わ か る。 い ま 本 書 に 登 場 す る 人 物 に つ い て 一 覧 し て み た い。 ま ず 空 諦 は 宋 人 で、 本 名 は 空 諦 房 鍍 也 と い い、 久 安 五 年 ( 一 一 四 九 ) ( 4) に 生 ま れ て い る。 東 大 寺 復 興 に 力 が あ っ た 俊 乗 房 重 源 の 弟 子 で、 建 久 二 年 ( 一 一 九 一 ) こ ろ、 室 生 寺 の 仏 舎 利 数 十 粒 を 盗 掘 し た 事 件 は、 ﹃ 玉 葉 ﹄ ﹃ 明 月 記﹄﹃吾 妻 鏡 ﹄ な ど か ら 余 り に も 有 名 で あ る。 室 生 寺 の 本 寺 で あ る 興 福 寺 か ら の 激 し い 抗 議 ( 5 ) は、 師 の 重 源 も 一 時 逐 電 す る 羽 目 に ま で 陥 っ て い る。 し か し 空 諦 は 事 件 の 前 後 を 通 じ、 九 条 兼 実 や 藤 原 定 家 の 邸 宅 に 親 し く 出 入 り し、 兼 実 か ら は ﹁ 室 生 舎 利 流 布 上 人 ﹂ と 呼 ば れ て い ( 6) ( 7) る。 晩 年 は 伊 勢 に 止 住 し て い た ら し い。 な お ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ に よ る と、 建 久 二 年 七 月 廿 三 日、 生 一 と い う 僧 が、 仏 舎 利 を 深 く 信 仰 し て い る 頼 朝 に 対 し、 鶴 岡 別 当 を 通 じ て、 仏 舎 利 三 粒 の 献 上 を 中 し 出 た が、 頼 朝 は 空 諦 の 盗 掘 し た 舎 利 か も 知 れ な い

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と し て 辞 退 し て い る こ と は 注 目 し な け れ ば な ら な い。 つ ぎ に 覚 旦 房 信 応 に つ い て は、 関 東 下 向 の 折 り、 無 量 寿 院 法 余 上 人 に 舎 利 を 相 伝 し て い る こ と 以 外、 ま っ た く 不 明 で あ る。 ま た 空 智 房 は 法 名 を 忍 空 と い い、 戒 壇 院 円 照、 戒 光 寺 円 悟、 勝 髭 院 相 意 に 師 事 し、 戒 律、 東 密 に 造 詣 が 深 く、 入 壇 伝 ( 8) 法 金 玉 市 を な す ほ ど で あ っ た が、 室 生 寺 の 中 興、 さ ら に は 劔 ( 9) 阿 ・ 乗 忍 ・ 円 海 ( 覚 道 房 ) へ の 付 法 は と く に 注 目 し な け れ ば な ら な い。 つ ぎ に 四 天 王 寺 勝 蜜 院 の 一 蓮 房 は 真 尊 と い い、 憲 静 や 駿 河 智 満 寺 尭 豪 に 付 法 を う け、 忍 空 ・円 海 ・了 禅 ら に 付 法 し て い ( 10) る。 ま た 鎌 倉 幕 府 の 重 臣 と し て 活 躍 し た 安 達 泰 盛 を 壇 越 と す る 鎌 倉 無 量 寿 院 の 長 老 法 余 上 人 は、 金 沢 文 庫 本 ﹃ 伝 法 灌 頂 雑 仁 要 抄 ﹄ 第 五 に、 宏 教 の 弟 子 能 禅 付 法 と し て ﹁ 覚 -無 量 寿 寺 長 老 号 法 余 房 無 三 摩 耶 戒 難 年 留 月 十 三 日 (東 寺 房 ) 所 同 箭 ﹂ と あ る か ら、 法 名 は 覚 仁 と い い、 弘 安 九 年 ( 一 二 八 六 )、 東 寺 で 能 禅 か ら 広 沢 流 の 伝 法 灌 頂 を う け て い る こ と が わ か る。 ま た そ れ よ り 前 の 弘 安 三 年 に は 実 勝 か ら も 伝 法 灌 頂 を う け、 鎌 倉 に お け る 東 密 の 法 匠 と し て 活 躍 し て い る が、 正 和 の は じ め ( 11) こ ろ 没 し て い る。 ま た 法 余 上 人 か ら 仏 舎 利 を 相 伝 し た 即 是、 即 是 か ら 相 伝 し た 信 性 房 宗 明 に つ い て は ま っ た く 知 る こ と が で き な い。 つ ぎ の 明 忍 房 劔 阿 は あ ら ゆ る 法 流 を 相 承 す る と と も に、 ﹃ 釈 摩 詞 衛 論 私 見 聞 ﹄ を 著 わ し て、 称 名 寺 に お け る 東 密 を 大 成 し、 東 国 に お け る 東 密 の 指 導 者 と し て 活 躍 し て い る。 ま た 天 台、 戒 律 ・ 華 厳 の 研 究 に も 努 め て い る ば か り か、 宋 朝 禅 の 積 極 的 受 容 を 行 い、 新 仏 教 に 対 し て も 強 い 関 心 を 示 し て い る。 ま た 声 明 お よ び 唱 導 を 興 隆 す る と と も に、 神 典 ・ 外 典 の 研 究 に も 積 極 的 で、 学 山 称 名 寺 の 確 立 に も っ と も 力 が あ っ た。 ま た 称 名 寺 は 西 大 寺 叡 尊 の 鎌 倉 行 化 以 来、 東 国 に お け る 西 大 寺 流 の 拠 点 で あ っ た か ら、 叡 尊 の 熱 烈 な 舎 利 信 仰 の 影 響 を う け、 愛 染 明 王 坐 像 ( 舎 利 内 蔵 )、 金 銅 装 宝 箇 印 塔 ( 舎 利 殿 安 置 )、 典 籍、 古 文 書 な ど 舎 利 信 仰 関 係 資 料 を 豊 富 に 所 蔵 し て い る。 劔 阿 は こ の よ う な 環 境 下 に あ っ た か ら、 早 く か ら 舎 利 信 仰 に 関 心 を 抱 き、 室 生 寺 の 舎 利 相 伝 に 特 別 の 情 熱 を か け た も の と 思 わ れ る。 ま た 舎 利 相 伝 以 降 も、 ﹃ 如 意 宝 珠 法 ﹄ ﹃ 能 作 国 ﹄ ﹃ 医 王 山 参 詣 一 歩 一 礼 文 ﹄ な ど を 書 写 す る と と も に、 嘉 元 二 年 ( 一 三 〇 四 ) ( 12) に は 室 生 山 に 登 り、 親 し く 舎 利 石 塔 を 礼 拝 し て い る。 な お 虫 (籍 ) 損 な ど の た め 判 然 と し な い が、 ﹁ 延 慶 三 年 七 月 七 日、 竹 木 目 底 ︹︺百 粒、 法 余 上 人 当 寺 令 安 置 賜 之 畢、 奉 請 源 阿 劔 阿 晋 二 粒、 ( 31) 百 粒、 以 孔 子 取 之 処 百 粒、 安 置 頗︹︺大師︹︺大師□□□□二 粒 加 半 ﹂ と あ る ﹃ 舎 利 安 置 記 ﹄ も、 劔 阿 の 室 生 舎 利 信 仰 に 関 係 が あ る こ と は い う ま で も な い。 ま た 劔 阿 か ら 相 伝 し た 尼 乗 忍 は、 わ ず か に 称 名 寺 長 老 ( 劔 阿 ) 宛 の 消 息 ( 懸 紙 の み ) と ﹁ 相 承 次 第 ﹂ が 知 ら れ る の み で あ 鎌 倉 時 代 の 舎 利 信 仰 ( 納 富 ) 三 五

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鎌 倉 時 代 の 舎 利 信 仰 ( 納 富 ) 三 六 る。 懸 紙 は ﹁ か ね さ は の 御 寺 ち や う ら う の か た へ 謹 上 御 返 ( 14) 事 中 さ せ 給 へ く 候 乗 忍 上 ﹂ と あ り、 金 沢 北 条 氏 と 関 係 の 深 い 女 性 と 思 わ れ る。 ま た ﹁ 相 承 次 第 ﹂ は 延 慶 二 年 ( 一 三 一 九 )、 ( 15) 室 生 山 道 場 で 忍 空 か ら う け た も の で あ る か ら、 当 然 室 生 の 舎 利 石 塔 を 礼 拝 し た と き の も の と 思 わ れ る。 こ の よ う に 劔 阿・ 乗 忍 の 室 生 山 参 詣 は、 他 の 舎 利 相 伝 者 も 登 山 礼 拝 し た こ と を 予 想 さ せ る。 ま た 室 生 山 舎 利 相 伝 は、 男 女 に か か わ ら ず 行 な わ れ て お り、 そ の 授 受 に つ い て も、 具 体 的 に は 明 ら か で な い が、 深 い 法 友 関 係 や 師 弟 関 係 に よ っ て い る ら し い。 以 上、 ﹃ 仏 牙 舎 利 記 ﹄ と そ の 広 汎 な 受 容、 さ ら に は 新 出 の ﹃舎 利 相 伝 縁 起 ﹄ に よ り、 鎌 倉 に お け る 舎 利 信 仰 を 概 観 し た が、 公 私 と 新 旧 両 仏 教 に わ た り、 熱 烈 な 舎 利 信 仰 が 行 わ れ た こ と が わ か る。 1 群 書 類 従 所 収 ﹃ 仏 牙 舎 利 記 ﹄、 ﹁鎌 倉 ﹂ 二 十 三 号 所 収 円 覚 寺 蔵 ﹃ 仏 牙 舎 利 縁 起 ﹄ ( 和 文 )・﹃仏 牙 舎 利 記 ﹄ ( 和 文 )、 ﹃ 新 編 鎌 倉 志 ﹄ 所 収 ﹃ 万 年 山 正 続 院 仏 牙 舎 利 記 ﹄、 鎌 倉 英 勝 寺 蔵 ﹃ 仏 牙 舎 利 記 ﹄ (和 文、 末 尾 に ﹁ 妙 蕗 ﹂ と あ る )。 こ れ ら に つ い て は 詳 細 な 比 較 研 究 が 必 要 で あ る が、 後 日 を 期 し た い。 2﹃ 仏 源 禅 師 語 録 ﹄ 参 照。 な お 玉 村 竹 二 氏 は 北 条 貞 時 が 大 休 正 念 と 諮 っ て、 円 覚 寺 内 に 舎 利 殿 を 建 て、 大 慈 寺 の 舎 利 を 移 し た と さ れ て い る。 ノ ノ ノ ル ヘ セ ノ 3﹃ 御 遺 告 ﹄ に も ﹁ 太 唐 大 師 阿 闇 梨 耶 所 レ 被 二 付 属 一能 作 性 如 意 宝 ハ メ リ ニ ハ リ ム ル コ ト ノ ニ ニ ヌ ノ ト 珠 載 頂 渡 二 大 日 本 国 一労 二 籠 名 山 勝 地 一既 畢。 彼 勝 地 者 所 レ 謂 精 (堅 慧 法 ) カ ノ ノ 進 峯 士 心 水 師 修 行 之 舳 東 嶺 而 已 ﹂ と あ る。 4﹃ 明 月 記 ﹄ 寛 喜 元 年 九 月 十 七 月 条 に ﹁今 年 八 十 一 ﹂ と あ る。 5﹃ 玉 葉 ﹄ 建 久 二 年 六 月 十 一 日 条 参 照。 6﹃ 玉 葉 ﹄ 建 久 二 年 六 月 十 九 日 条 参 照。 7﹃ 明 月 記 ﹄ 建 保 元 年 十 一 月 廿 四 日 条 参 照。 8﹃ 戒 壇 院 住 持 次 第 ﹄ ﹁ 了 心 本 無 上 人 ﹂ の 項 参 照。 9﹃ 忍 空 授 劔 阿 ﹄、 金 沢 文 庫 古 文 書 六 五 七 四 ・ 六 五 七 一 号 参 照。 10﹃ 忍 空 授 劔 阿 ﹄、 金 沢 文 庫 古 文 書 六 二 六 四 ・ 六 五 七 七 ・ 識 語 篇 四 五 六 号 参 照。 11 金 沢 文 庫 古 文 書 五 八 五 九 ・ 一 四 八 六 ・ 一 四 九 七 ・ 一 五 一 四 号 参 照。 12﹃ 忍 空 授 劔 阿 ﹄ ( 拙 著 ﹃ 金 沢 文 庫 資 料 の 研 究 ﹄ 所 収 ) 参 照。 13 金 沢 文 庫 古 文 書 六 七 八 七 号 参 照。 14 金 沢 文 庫 古 文 書 一 六 三 七 号 参 照。 15 金 沢 文 庫 古 文 書 六 五 〇 九 号 参 照。 (駒 沢 大 学 講 師 ・ 文 博 )

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