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Vol.11 , No.2(1963)086前田 惠學「海外におけるパーリ語文獻を中心とする佛教の研究 -インド・東南アジア-」

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Academic year: 2021

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(1)

一教

究-イ

ア-前

筆 ・者 は 本 誌 前 號 に お い て、 ヨ ー ロ ッ パ に お け る 研 究 事 情 を 見 た。 本 號 は 同 じ 趣 旨 の 下 に、 イ ン ド ・ 東 南 ア ジ ア に 目 を 向 け て 見 た い。 必 要 あ る 場 合 に は、 補 足 的 に ヨ ー ロ ッ パ に も 言 及 す る こ と と す る。 一 イ ン ド 長 く プ ー ナ で 活 躍 し て い たProf. P. V. Ba-pat は、 一 時 デ リ ー 大 學 教 授 の 席 に あ つ た が、 停 年 退 職 後、 ふ た た び プ ー ナ に 蹄 つ た。 氏 の 業 績 と し て、 古 く はSuttanipata の 出 版 (Poona 1924) や、 払醐 文 に の 研 究 が あ る。

Vimuttimagga and

Visud-dhimakjg rtknl kfsadmd adgnk lhjdflg

1 9 3 7 ) に よ つ て 職 前 か ら そ の 名 を 知 ら れ て い る ( 水 野 弘 元 博 士 ﹁ 解 腕 道 論 と 清 浄 道 論 の 比 較 研 究 ﹂ ﹃ 佛 教 研 究 ﹄ 三 の 二、 昭 和 一 四 年 )。

Bhandarkar Oriental Series

と 銘 う つ て、 Prof. R. D. Vadkar と 共 編 し て、Dham-masangabi a ( 1 9 40), Atthasalini ( 19 4 2 ) の よ う な テ キ ス ト を、 デ ー ヴ ァ ナ ー ガ リ ー 文 字 に よ つ て 出 版 し て い る。 特 にAtthaalaini は、 七 論 第 一 に 位 す るDhammasagani の 註 繹 書 と し て 重 要 な 典 籍 で あ る。PTS 本 は 極 め て 不 完 全 で あ る が、 こ れ に は 立 派 な 校 訂 が 施 し て あ る。Maung Tinの 英 課 ( T h e Expo-sitor. PTS 2 vols. 1920-21) も 疑 問 の 鮎 が 多 い が、 佐 々 木 現 順 博 士 の ﹃ 佛 教 心 理 學 の 研 究 は こ のAtthasalini の 醗 課 を 中 心 と し た 着 實 な 註 繹 的 研 究 で あ る。Prof. Bapat の 著 書 の 一 つ

に、The Arthapada Sutra (2 parta

Calcutta 1951)が あ る が、 す で に 詳 し い 紹 介 も な さ れ て い る ( 水 野 博 士 ﹃ 印 度 學 佛 教 學 研 究 ﹄ 一 の 一、 八 七 頁-九 五 頁 )。 論 文 に が あ る。 先 年Buddha Jayanti を 記 念 し て、 イ ン ド で は 2 500 Years of Buddhism. of India, 1959. の 出 版 を 見 た。 こ れ に は、 佛 教 の 歴 史 ・ 文 學 ・ 教 育 ・ 高 僧 ・ 美 術、 等 を 概 説 し、 近 代 に お け る 世 界 の 佛 教 研 究 の 現 状 が 紹 介 さ れ て い る。 イ ン ド 人 學 者 は も ち ろ ん、 外 國 學 者 も 執 筆 し、 日 本 か ら は 佐 々 木 現 順 ・ 高 崎 直 道 爾 氏 も 加 わ つ て い る。 こ の 書 のgeneral editorは Prof. Bapatで あ り、 イ ン ド の 學 界 に お け る 氏 の 位 置 も こ ん な と こ ろ に 見 る こ と が で き る。 プ ー ナ のProf. R. D. vadekar はFergus-son College に あ つ て、Prof. Bapat と 共 編 し てDhammasangani, Atthasahni を 出 版 し た ほ か、Patimokkha, Milindapanha 等 の デ ー ヴ ァ ナ ー ガ リ ー 版 の テ キ ス ト 出 版 も あ る。 Prof. C. V. Joshi は、 長 く バ ロ ー ダBaroda の 大 學 で パ ー リ 語 を 教 授 し て い た が、 今 は 引 退 し プ ー ナ に 佳 ん で い る と い う。A Manual of Pali (6th ed. 1949) の 著 者 で あ り、 ま た 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 鰍 を 中 心 と す る 佛 教 の 研 究 ( 前 田 ) 三 七 七

(2)

海 外 に お け る パ ー リ 語 文 鰍 を 中 心 と す る 佛 教 の 研 究 ( 前 田 ) 三 七 八 の 校 訂 出 版 を 行 な つ た。 プ ー ナ

のBhandar-kar Oriental Research Institute

に はPali Department が あ る が、 目 立 つ た 活 動 は し て い な い と 聞

く。Deccan College Post-Gradu,

ate and Research Institute

に は 敏 授(Prof. of Indo-European Linguistios) と し て 有 名 なDr.S. M. Katre が い ら れ る。 パ ー リ に 關 す る 研 究 と し て は、 が あ る。 ボ ン ベ イ 大 學 に はDepartment of Pali and Buddhism が あ り、Prof. N. K. Bhag-wat が 圭 任 教

授(Prof. and Head of the

Department) を し て い る。 敬 授

はDevana-gari-Pali Texts Series

のHon.-Gen. r で あ る。 こ のSeries は す で に 十 数 冊 の 出 版 を 見 て い る が、 大 學 の テ キ ス ト に 用 い る も の の よ う で あ る。 例 え ば、 を 見 て も、 P TS 本 を そ の ま まDevanagari に 直 し て、 教 科 書 に 使 用 し て い る。 デ リ ー 大 學 文 學

部(Faculty of Arts,

Uni-versity of Delhi) に お い て は、Prof. Bapat 引 退 の あ と、Prof. V. V. Gokhale がHead

of the Department of Buddhiststudies

を し て い ら れ る。 教 授 の 著 書 に

Asoka and Buddhism.

が あ る。 深 い 學 識 と 温 厚 な 風 格 に よ っ て、 信 望 が 厚 い。 日 本 か ら も そ の 門 に 入 る 人 が 少 な く な い。 こ の 學 科 に は、Prof. Gokhale の 下 に D r. B. Jimnanda が 講 師(Reader in and Pali) を し て い る。 こ の 人 は も とNava Nalanda Mahavihara で 講 師(Lecturer in

Pali & Buddhist Sanskrit)

やHead of the Teaching Department を し て い た。 當 時 の 成 果 に、 が あ る。 こ れ は パ ー リvinaya と サ ン ス ク リ ッ トvinaya と を 比 較 す る 意 圖 を 有 す る。 ま た

The Vuttodaya (The

ibid. Vol. II. p. 161-234.

が あ る。vuttodaya は 一 二 世 紀 セ イ ロ ン で Sangharakkhita に よ つ て 作 ら れ た も の。 パ ー リ のProsody に 關 す る 標 準 書 で あ る。 こ の 論 文 は、 そ の 本 文 を か か げ、 詳 し い 醗 繹 的 研 究 を な し た も の で、 貴 重 で あ る。 最 近 は、

Upasampadajnaptih (Crit with

Notes and Introductiou) 1961

を 出 版 し た。 イ ン ド に お け る 原 始 佛 教 研 究 の 成 果 の 一 つ と し て 注 目 す べ き も の に、 が あ る。 本 書 はAncient History Series の 第 二 巻 と せ ら れ、 そ の 内 容 は 三 部 か ら 成 る。 第 一 部 はStudies in Ear Souroes と 題 し、 三 藏 特 に 五 ニ カ ー ヤ の 原 典 批 剣 を 二 五 〇 頁 に わ た つ て 行 な つ て い る。 大 が か り な 研 究 で 學 界 の 一 部 で は 好 評 を 得 て い る が、 そ の 圭 た る 批 剣 の 方 法 は、 教 理 ・ 思 想 内 容 の 獲 達 の 度 合 い に よ っ て テ キ ス ト の 新 古

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を 決 め よ う と す る も の。 こ の 方 法 が い か に 危 瞼 か わ が 國 で は す で に 槍 討 ず み の は ず で あ る。 歴 史 學 を 專 攻 す る 學 者 に し て は、 か な り 圭 観 的 で、 從 い え な い 貼 も 少 な く な い。 第 二 部 は

Studies in the Historical and Cultural

Baokground of Early. Buddhism

で、 佛 数 の 時 代 的 背 景 と 佛 陀 の 生 涯 を 問 題 と し て い る。 第 三 部

はStudies in Early Buddhist

Doc-trines で あ つ て、 佛 教 の 教 理 そ の も の を 取 り 扱 つ て い る。 こ の 成 果 は、Dr. PandeのAl-lahabad 時 代 に も の さ れ た も の で あ る 現 在

vanarasi Sanskrit University

で Research Hnstitute の Direotor を し て い るK. Chat-topadhyaya 氏 な ど は、 當 時 のPande 氏 を 指 導 し た 一 人 で あ る と い う。Dr. Pande は 目

下Prof. of Gorakpur University

で あ る。 ゴ ー ラ ク プ ー ル は 佛 陀 入 滅 の 聖 地、 ク シ ナ ー ラ ー に 近 い。 ラ ク ノ ウ に あ

るBuddha Vihara (Risardar

Park, Lucknow) で は、 佛 教 普 及 の た め の い く 種 か の 印 刷 物 を 獲 行 し て い る。 ラ ク え ウ 大 學 のDr. Herbert V. Guenther は こ こ か ら 一 書 を 出 し た。 著 者 は 哲 學 を 意 味(meaning) に 封 す る 絶 え ざ る 追 及、 心 理 學 を 人 間 が 自 己 を 理 解 す る た め の 理 論 的 理 解(bstract understanding) と い う 立 場 か ら 取 り 扱 う と い う。Atthasalini, Abhidharmakosa, Abhidhamasamuccaya の 三 書 の 上 に、 そ の 立 論 の 根 撮 を 求 め て い る. ベ ナ レ ス のSanskrit University に は、

Central Philosophy of Buddhism

の 著 書 に よ つ て、 日 本 で も よ く 知 ら れ て い るDr. T. R. V. Murti が 學 長 を し て い る。 こ の 大 學 で は B. A. をsastri. M. A. はacarya. Ph. D. は

Vidyavaridhi. D. Litt. はvgaspati

と 構 し て い る。 圖 書 館 は 完 備 し、 豊 富 な 爲 本 の 量 を 誇 つ て い る。 し か し 佛 敢 の 爲 本 は 多 く な い。 學 科 と し て

はDepartments of Pali and

Bud-dhist Philosophy が あ る。 科 長 は B h ik kh u Jagdish Kashyap で あ る。 こ の 人 は 前 に

Nava Nalanda Mahavihara

に あ つ て 所 長 を し、 Nalanda-Devanagari-Pali-Seres の 出 版 を 行 な つ て き た の で 有 名 で あ る。 所 長 の 職 を 鮮 し て ベ ナ レ ス に 移 り、 サ ー ル ナ ー ト の 近 く に 居 を 構 え て い

る。Hindu Univer Sity

の 方 に も 出 講 し て い る と い う。Kashyap 比 丘 に は、 そ の 他、 各 種 パ ー リ 聖 典 の ヒ ン デ ィ ー 課、 等 の 著 書 が あ る。 ナ ー ラ ン ダ ー

のNava Nalanda Mahavihara

and Pali) は 一 九 五 一 年、 ビ ハ ー ル 州 政 府 の 手 に よ つ て 設 立 せ ら れ た。 ビ ハ ー ル 州 政 府 は、 ビ ハ ー ル 傳 統 の 學 問 を 振 興 す る た め に、 こ の ほ か に も、 そ の 他 の 研 究 機 關 を 設 置 し た。 後 二 者 が、 バ ラ モ ン 教 學 な り ジ ャ イ ナ 教 學 な り に 重 鮎 を お く の に 封 し、 ナ ー ラ ン ダ ー で は 佛 教 研 究 に 重 鮎 を お い て い る。 初 代 所 長Kashyap 比 丘 の あ と、 二 代 目 は 現 所 長(Director) kari Mookerjee で あ る。 氏 は か つ て カ ル カ ッ タ 大 學 哲 學 科 敏 授 を し て い た。 筆 者 訪 問 の 際 に な、 敏 授 陣 十 敷 名、 學 生 三 〇 名 位 は い た 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 教 の 研 究 ( 前 田 ) 三 七 九

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海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 教 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 〇 で あ ろ う か。 日 本 か ら も こ こ に 學 ぶ 人 は 少 な く な い。 こ の 研 究 所 は 甚 だ し く 不 便 な と こ ろ に あ り、 こ れ で も ま だ よ く な つ た の だ と 聞 い て、 創 立 間 も な い こ ろ 行 か れ た 人 の 苦 勢 が し の ば れ た。 こ の ほ ど、 研 究 所 の ス タ ッ フ に ょ る 研 究 論 文 集 が 出 版 さ れ た。 T h e N av a N a lan d a M a h a v ih a r a

Re-search Publioation. vol. I

II (1960). Ed. by Satkari Mook

こ の 二 巻 の 書 に、 所 長Dr. は 三 っ の 論 文 を 寄 せ て い る。 こ の 研 究 所 の 敬

授(Prof. of Pali and

hiat. Dr. Nathmal Tatia

は、 の 三 論 文 を 書 い て い る。 論 文 の 第 一 は 縁 起 の 思 想 を 南 方 上 座 佛 敬 の 立 場 か ら と ら え た も の。 第 二 は 有 部 の 哲 學 的 立 場 を 解 明 し た も の。 第 三 は、 世 界 の 常 ・ 無 常 等 の 問 い に 封 す る 無 記 の 問 題 を 取 り 扱 つ た も の で あ る。 ま た 講 師 (

Lecturer in Pali and Buddhist

Philo-sophy) を し て い るDr. U. Dhammaratana に は、 が あ

る。Prof. Ang Rai Chaudhary

は、

Nature in the Theragatha.

3 5 7 ) に お い て、Theragatha を 文 學 作 品 と し て 鑑 賞 し て い る。 日 本 の 梶 山 雄 一、 櫻 部 建 爾 氏 の 論 文 も 掲 載 せ ら れ て い る。 こ こ に 學 ・ぶBhiksu

Thih Minh Chau

( 明 珠 ) 氏 は、 パ ー リ 中 部 と 漢 課 中 阿 含 の 比 較 研 究 に よ つ て、 學 位 論 文 を 書 い て い た。 バ ト ナ の 博 物 館 内 に 事 務 所 を お くBihar Research Society で は、Buddha Jayanti を 記 念 す る 特 輯 號 を 出 し た。 そ れ を 見 る と、 初 期 の 佛 教 に つ い て 獲 言 で き る 人 が、 思 い が け な い と こ ろ に、 も あ る と 驚 く。 中 で も、 は 重 要 な 論 文 で あ る。 最 近Vesali か ら 獲 掘 さ れ た 佛 舎 利 に つ い て 報 告 し て い る。 ビ ハ ー ル 州DarbhangのDr. P. dya は、 か つ て は の よ う な 出 版 を 行 な つ た こ と も あ る。 最 近 は ビ ハ ー ル 州 立 のThe Mithila In of tor と し て、Budddhist 出 版 を 行 な つ て い る。 カ ル カ ッ タ は も と も と パ ー リ 研 究 の 盛 ん な と こ ろ で あ つ た。 現 に 長 老 のDr. Bimala Churn Law は な お 健 在 で あ り、Prof. Nali-naksha Dutr も 國 會 議 員 と し て 活 躍 し て い る。 パ ー リ 學 者 の 中 で も、Dr. Law ほ ど 多 作 な

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人 は 例 が あ る ま い。 こ れ は 氏 が 豊 富 な 財 力 を 有 し、 助 手 を や と つ て 仕 事 を さ せ た か ち で あ る と い う。 カ ル カ ッ タ の 市 内 に 佳 し て い る。 氏 の 最 も 大 き な 功 績 の 一 つ は イ ン ド の 古 代 地 理 を 明 ら か に し た 鮎 に あ る。Mountains of と い つ た 多 数 の 論 考 が あ る。Geography of

Early Buddhism. London 1932

は、 パ ー リ 資 料 に も と つ い て、 地 名 と そ の 位 置 や 歴 史 を ま と め、 便 利 な も の で あ つ た。Dr. Law の 學 風 に はT. W. Rhys Davids のBuddhst India を 獲 展 さ せ た よ う な と こ ろ が あ る。 古 代 イ ン ド の 文 化 や 歴 史 ・ 地 理 に 關 す る 諸 問 題 を 取 り 扱 つ た 論 文 集 に が あ る。 第 一 部 は 古 代 イ ン ド の 歴 史 ・ 社 會 ・ 経 濟 問 題 に 關 す る 論 文 二 つ を 集 め て い る。 第 二 部 は 初 期 佛 敢 に 關 す る 論 文 一 一、 ジ ャ イ ナ 教 に 關 す る 論 文 三、 そ の 他 合 わ せ て 一 九 の 論 文 を 輯 め て い る。 第 三 巻 はDr. Law の 得 意 と す る 古 代 イ ン ド 地 理 上 の 問 題 を 論 じ て い る。 古 代 地 理 の 研 究 成 果 を 最 も 完 成 し た 形 で 示 し た も の は、 で あ る。 一 種 の 古 代 イ ン ド 地 名 群 典 で あ い、 類 書 の ほ と ん ど な い 現 在、 座 右 に 備 え て 便 利 こ の 上 な い。 Dr. Law は 地 理 と 並 ん で 歴 史 と か 民 族 の 研 究 に 大 き な 業 績 遊 残 し た。 は、 量 的 に も 大 き な 研 究 で あ り、Ancient

Law of Gift in British India

と か、 ま た 傳 記 研 究 的 な も の と し

で、Mahavira: His Life

Buddhaghosa(の ち 軍 に. Buddhaghosa、 と 題 し て 改 訂。1946); Asvaghosa が あ る。 論 文 に も あ る。 テ キ ス ト の 出 版 や 醗 課 も 少 な く な い。Pug-galapannatti の 翻

澤(A Designation of

Hu-man Types, PTS Tr. Series),

とCariyapitaka

課(Minor

Antholo-gies. vol. III, SBB)

が あ り、Cariyapitaka に は テ キ ス ト の 出 版 も あ る(Bhandarkar oriental Series)。Katbavatth を 英 課 し

てThe Debates Commentary

と 名 づ け て い る(PTS Tr. Series)。Thupavamsa の テ キ ス ト 出 版(PTS 1935) と と も に そ の 翻 課 も 行 な つ た。

Tbe Legend of the Topes.

1 9 4 5. こ の 塔 史 はParakkamabahu I の 治 下、 セ イ ロ ン に お い て 制 作 さ れ た も の、 著 者 の 名 はVacissara と 傳 え ら れ る。 ま た 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 申 心 と す る 佛 敬 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 一

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海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 敢 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 二 Sasamvamsa の 醗 課 を 行 な つ た。 Sasamvamsa は、 一 八 六 一 年 ビ ル マ の 大 學 者Pannasami 比 丘 に よ つ て 書 か れ た 佛 敏 史 で あ る。 佛 陀 の 生 涯 ・ 三 同 の 結 集 ・ ア ソ ー カ 王 時 代 の 傳 道 師 派 遣 と 派 遣 さ れ た 九 ヶ 國 の 歴 史 に 言 及 し て い る。 Dipavamsa の テ キ ス ト に 英 課 とintrodu-otionを 附 し た 研 究 も 出 し た。 バ ー リ を 中 心 と す る 佛 敏 の 文 學 や 思 想 の 研 究 で は、 の 大 著 が あ

り、The Buddhist Conception

men in Buddhist Litearture

と かA Study of the Mahavastu の 如 き も の が あ る。 み ず か ら 編 纂 し た 論 文 集 にBuddhistio Studies が あ つ て、 貴 重 な 論 文 を 輯 め て い る が、 希 襯 書 に 属 す る。Dr. Law に 封 し て 獄 ぜ ら れ 売 論 文 集 に が あ る。Dr. Law は こ の ほ ど 自 分 の 藏 書 を

The Asiatic Sooiety

に 寄 贈 し た。 次 にProf. Dutt は の 名 著、 そ の 他 多 数 の 論 考 に よ つ て、 す で に 早 く か ら そ の 名 を 知 ら れ て い る。 一 九 六 〇 年 に は、 が 出 た。 こ れ は 一 九 四 一 年 に 出 版 し た 同 名 の 書 を 改 訂 増 補 し た も の で あ る。 良 書 と し て 好 評 で あ る。 カ ル カ ッ タ

のThe Asiatic Society (RAS)

は、 ま れ に 見 る 豊 富 な 文 鰍 資 料 を 揃 え て い る。 一 八 〇 八 年 に 建 設 さ れ た 現 在 の 建 物 は 狭 く て 古 く な つ た の で、 新 し い 建 築 に か か り、 準 備 を し て い

る(The Asiatic Society. Annua

l Report for 1960)。 こ の 協 會 の 會 長(Fresi-dent) はDr. A. C. Ukil で あ る が、Prof. DuttはVice-President を し て い る。 國 會 議 員 と い う 立 場 を 利 し て 豫 算 獲 得 に 努 め、 新 し い 建 設 に 努 力 し て い る。 宿 泊 設 備 を 併 設 し で、 外 國 か ら の 研 究 者 に も 便 に す る 豫 定 で あ る と い う。 氏 は パ ー リ 研 究 に な お 熱 意 を も ち、 一 九 六 一 年 三 月 に は 寸 暇 を さ い て ラ ン グ ー ン に 調 査 に き て い た。Gilgit MSS. や 法 華 経 梵 本 の 出 版 等、 サ ン ス ク リ ッ ト 研 究 に も 大 き な 業 績 を あ げ て い る こ と は、 紹 介 す る ま で も な い。 カ ル カ ッ タ 大 學 ンに お け る パ ー リ 學 はProf. Dutt の あ とDr. Anukul Chandra が 受 け も つ て い る と い う。 カ ル カ ッ タ のDr. Heramba Nath terjeeは、Sanskrit College で 助 教 授(Assit. Prof. of Pali、 ま た カ ル カ ッ タ 大 學 の D

e-partment of Sanskrit and Pali

で 講 師(Lec-turer) を し て い る と い う が、 こ の ほ ど

Comparative Studies &

Alamkaras. Part 1. CalCutta: Sanskrit

Pustak Bhander 1960. の 出 版 を 行 な つ た。 イ ン ド の 學 界 事 情 を 紹 介 し た も の と し て は、 春 日 井 眞 也 博 士 ﹁ イ ン ド に 於 け る 佛 敏 研 究 の 現 況 ﹂ ( ﹃ 佛 教 文 化 研 究 ﹄ 六

(7)

七 號 ) が あ る、 イ ン ド の 項 に 關 し て は、 筆 者 の 手 許 に 確 實 な 資 料 が 少 な く、 非 常 に 多 く を 大 正 大 學 の 佐 藤 良 順 氏 の お 世 話 に な つ た。 氏 は イ ン ド に 留 學、 デ リ ー 大 學 のProf. Gokhale の 指 導 を 受 け ら れ、 こ の ほ ど 蹄 國 さ れ た ば か り で あ る。 秘 藏 の 資 料 を 快 く お 見 せ 下 さ つ た こ と、 深 く 感 謝 い た し ま す。 二 セ イ ロ ン セ イ ロ ン 大 學 のProfessor Emeritus の 肩 書 を もつDr. G. P. Malalasekera は、 も と パ ー リ ・ 佛 敢 文 化 學 科(Department of Pali

and Buddhist Civilization)

の 圭 任 教 授 で あ つ た。 等、 多 数 の 著 書 や 原 典 出 版 に よ つ て 知 ら れ る セ イ ロ ン 切 つ て の 實 力 者 で あ る。 氏 の 圭 著 と も 言 う べ き も の は、 vols. 1937. で あ ろ う。 久 し い 間 入 手 で き な か つ た が、 最 近 リ プ リ ン ト 版 が 出 て 渇 望 が 讐 さ れ た(Lon-don 1960)。 わ が 國 に は 赤 沼 智 善 教 授 の 勢 作 ﹃ 印 度 佛 敏 固 有 名 詞 鮮 典 ﹄ が あ る。 漢 繹 資 料 を 豊 富 に 取 り 入 れ て い る 鮎、 極 め て 便 利 で あ る が、Dr. Malalasekera の 勢 作 は 後 世 の パ ー リ 註 繹 書 に 詳 し く、 爾 者 相 補 つ て 絶 大 な 便 宜 を 與 え て い る。 し か し 最 近 は 政 界 に 入 り、 モ ス ク ワ 駐 ソ 大 使 ( 一 九 五 七-六 一 ) を 経 て、 現 在 は 國 連 大 使 と し て ア メ リ カ に い る。 學 術 活 動 か ら は や や 遠 の い た 感 じ で あ る。 ジ セ イ ロ ン 政 府 は 一 九 五 五 年、Buddba Ja-yanti を 記 念 し

てLanka Bauddha Mandalaya

(Buddhist Counoil of Ceylon)

を 設 立 し、 そ の 事 業 の 一 つ と し てEncyclopaedia of Buddhism の 編 纂 を は じ め た こ と は 周 知 の と お り で あ る。 編 纂 所 は セ イ ロ ン 大 學 の 構 内 に あ り、Dr. D. T. Devendra. Mr. H. G. A. van Zeyst ら がeditorship を と つ て い る。 日 本 か ら 早 島 ・ 金 閉 爾 氏 の あ と 目 下 田 村 晃 砧 氏 が 編 纂 所 員 と し て 赴 い て い る。Dr. Mala-lasekera は こ の 事 業 のChairman で あ り、 editor-in-chief で あ る。 こ の ほ ど そ の 第 一 分 冊 の 出 版 を 見 た。 こ の 中 に は 日 本 の 學 者 の 手 に 成 る 項 目 も 少 な か ら ず 見 出 さ れ るDr. Malalasekera の 近 作 に、 が あ る。 共 著 者Jayatileke 氏 は セ イ ロ シ 大 學 の 哲 學 の 講 師(leoturer) で あ る。 ま た 近 藤 徹 稻 課 マ ラ ラ セ ー カ ラ ﹃ 佛 教 と は 何 か ﹄ ( 弘 文 堂 ア テ ネ 新 書) が あ る。 さ ら にBuddhism in Ceylon. 2500 Buddha 1956 が あ る と 聞 く が 未 見 で あ る。 デ ン マ ー ク 學 士 院 が、 國 際 協 力 盤 制 の も と CPD 第 二 巻 の 編 纂 に と り か か る た め、 一 九 五 八 年 コ ペ ン ハ ー ゲ ン に お い て 會 議 を 開 い た と き、Dr. Malalasekera は こ れ に 出 席 し た。 監 修 委 員 會(Supervisary Committee) の 委 員 の 一 人 と な つ て い る。 Dr. Malalassekera が 政 界 に 進 出 し た あ と、 セ イ ロ ン 大 學 に あ つ て パ ー リ ・ 佛 教 文 化 學 科 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 教 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 三

(8)

海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 敢 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 四 の 圭 任 敢 授 と な つ た の は、Prof. N. A. Jaya-wickmma で あ る。 敢 授 はsuttanipata の 研 究 に よ つ て、 ロ ン ド ン 大 學 か ら 學 位 を 得 た 人 で あ る。 こ の 論 文 は、 十 数 同 に わ た つ てUniversity of Ceylon Review(UCR) に 連 載 さ れ た。 U C R に 載 せ た 論 文 と し て、 ほ か に 等 が あ る。Suttanipata やTherigatha の 言 語 や 文 髄 の 特 質 を こ れ ほ ど 詳 し く 論 じ た も の は 他 に な く、 す ぐ れ た 研 究 で あ る。 最 初 の 著 書 と し て、 が 出 た。 本 書 はSamantapasadika の 序 章 を 英 課 し、 註 と 索 引 と を 附 し た も の。 パ ー リ 語 の 原 文 を も 末 尾 に 加 え て い る。 こ れ は 各 種 の 印 刷 本 を 利 用 し て 校 訂 し た も の で あ る。Sa-mantapasadika の 序 章 は、 日 本、 で は 長 井 眞 琴 博 士 の 國 課 が あ る が、 英 課 は 今 ま で 出 て い な か つ た。 パ ー リ ・ 佛 敏 文 化 學 科 に はProf. Jayawic-krama の も と、 講 師 と し てMr. Jothiya Dhi-rasekera. Dr. W. Pachow(巴 宙).Dr.W. S. Karunaratna ら が い る。Prof.Jayawic-krama が パ ー リ 経 藏 に 重 鮎 を 置 く の に 封 し て、Mr. Dhirasekera は 律 藏 に 中 心 を 置 い て い た。 そ の 論 文 に が あ る。 キ ッ プ の い い 親 切 な 人 で、 筆 者 は 非 常 な お 世 話 に な つ た。Dr. Pachow は、 大 般 浬 繋 経 や 波 羅 提 木 叉 の パ 漢 諸 異 本 の 比 較 研 究 に よ つ て、 そ の 名 を 知 ら れ て い る。 申 國 出 身 者 で あ る が、 現 在 は セ イ ロ ン 國 籍 を 得 て い る。 こ の 人 に も 漱 待 を 受 け た。Dr.Karunaratna は ア ビ ダ ル マ の 研 究 を 行 な つ て い る。 そ れ 故、 経 ・ 律 ・ 論 の 三 分 野 が ほ ぼ 覆 わ れ る こ と に な る。 セ イ ロ ン 大 學 で は 佛 教 の 研 究 は 圭 と し て パ ー リ ・ 佛 教 文 化 學 科 で 行 な わ れ る が、 サ ン ス ク リ ッ ト 學 科 を 圭 宰 す るProf. O. H. de A. Wijesekera も ま た パ ー リ な い し 佛 教 に 封 し て 關 心 を も つ て い る。 そ の 論 文 中、 佛 敏 に 關 係 が あ る も の を あ げ る な ら ば、

(9)

Avaki-Anadarah"UCR (巻 號 不 詳 ) 等 の 研 究 が あ る。 セ イ ロ ン 大 學 は 現 在Kandy の 近 く のPe-radeniya に あ る。 も と は コ ロ ン ボ に あ つ た。 い ま も 大 學 の 一 部 は コ ロ ン ボ に 残 つ て い る。

The Royal Asiatic Sooiety の Ceylon

Branohも コ ロ ン ボ に あ る 大 學 の 建 物 の 一 室 に 居 を 構 え て い

る(Thurstan Road.

Colom-bo3)。 こ こ で は 古 く か らJoumal を 獲 行 し て い る 。newとold の 2 シ リ ー ズ に 分 れ て お り、 バ ッ ク ・ ナ ン バ ー も か な り の も の が 入 手 で き る。 他 に も 少 し 出 版 物 が あ り、Dr. Malalassekera のExtended Mahavamsa も こ こ で 出 し て い る。 セ イ ロ ン 大 學 出 版 部(Ceylon University Press)も ほ、 ど 近 い と こ ろ に あ る。 注 目 す べ き 出 版 は、History of Ceylon で あ る。 こ の 書 物 は、 あ た か も イ ギ リ ス のCambridge His-tory of-ndiaに 見 ら れ る よ う な 髄 裁 の も と、 セ イ ロ ン 最 高 の 椹 威 者 が そ れ ぞ れ 執 筆 分 捲 し て お り、 い わ ば、 セ イ ロ ン 史 の 決 定 版 で あ る。 そ の 第 一 巻 の 出 版 を 見 た が、 二 冊 に 分 け ら れ、 合 す る と 九 〇 〇 頁 を 越 え る。Part 1はAnu-radhapura 時 代 ま で、Part 2 は 一 五 〇 五 年、 ポ ル ト ガ ル の 到 着 ま で を 論 じ て い る。 セ イ ロ ン 大 學 で は、 本 書 の コ ン サ イ ス 版 を 出 版 し た と 聞 く が ま だ 見 て い な い。 そ の 内 容 は こ れ を た だ 簡 約 し た も の で あ る と い う。 コ ロ ン ボ に お い て 逸 す る こ と が で き な い の は、Archaeological Departme 三 で あ る。 こ こ で

はMemoirs of the Archaeological

Survey of Ceylon や Epigraphia

の 如 き、 セ イ ロ ン 史 研 究 上 き わ め て 重 要 な 刊 行 物 を 出 版 し て い る。 所 長 のDr. S. Parana-Vitana は 考 古 學 界 の 重 鎭 で あ り、 非 常 に 高 名 な 人 で あ る。 す ぐ れ た ス タ ッ フ が 多 く い る が、 パ ー リ 研 究 と し て は こ こ のCommissioner を し て い るDr. C. E. Godakumbura の 名 を 逸 す る こ と は で き な い。 氏 は ロ ン ド ン 大 學 で 學 位 を 取 つ た 人 で あ る。M. A. (一 九 三 八 年 )、 Ph. D. (一 九 四 五 年 )、D. Litt. (一 九 五 四 年 )。 多 く の 研 究 をJoumal of RAS やBunetin

of the School of Oriental and African

Studies に 獲 表 し た。 ロ ン ド ン 大 學、 セ イ ロ ン 大 學 の 講 師 も し

た。The Sinhalese

Dicti-onaryのeditor で あ る。 パ ー リ 語 テ キ ス ト を 校 訂 し て P T S よ り 出 版 し た。 一 九 五 六 年、 デ ン マ ー ク に 族 行 し、 コ ペ ン ハ ー ゲ ン

のThe Royal Library

に 存 す る パ ー リ 語 爲 本 を 調 査 し、 そ の 目 録 を こ し ら え て い る。 デ ン マ ー ク 學 士 院 の C P D 編 纂 事 業 に は き わ め て 積 極 的 に 参 加 し て い る。 の 部 分 は、 氏 のarticle で あ る。 ま た ま と ま つ た 最 初 の シ ン ハ リ ー ズ 文 學 概 説 書 と し て、 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 敢 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 五

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海 外 に お け る バ ー リ 語 文 鰍 を 中 心 と す る 佛 教 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 六 を 出 版、 パ ー リ 文 學 と も 連 關 す る と こ ろ 多 く 有 釜 で あ る。 氏 は 五 〇 代 の 働 き 盛 り で、 今 後 に 期 待 す る と こ ろ が 大 き い。 Arohaeological Department で 出 版 し て い るEpigrapbia Zeylanica は 少 な く と も Vol. V. part 1(1955) ま で 出 版 さ れ て い る

が、Vol. II, III

の 一 部 を 除 き 古 い も の は 入 手 不 能 で あ る。 M e m o ir s も す ぐ れ た 叢 書 で あ り、 そ の 中 に は、 な ど が あ る が、 い ず れ も 手 に 入 ら な い。 入 手 で き た の は、 ぐ ら い で あ る。Anuradhapura やPoronnar-uva の よ う な 佛 敏 遺 跡 は、 こ の 考 古 局 の 管 理 下 に あ る。 遺 跡 の 案 内 書 や 絶 葉 書 も こ こ で 費 つ て い る ( 例 え ば、Guide to Anuradhapura 1 Rs.な ど )。 な おDr. Paranavitana に は、 と い つ た 論 文 も あ る。 一 九 五 八 年、 セ イ ロ ン に 二 つ の 佛 教 大 學 の 設 立 が 認 可 せ ら れ た。vidyodaya とVidya-lankara と で あ る。 爾 大 學 は い ず れ も 傳 統 的 なpirivena か ら 昇 格 し た も の で あ る。 シ ン ハ リ ー ズ を も つ て 講 義 の 圭 用 語 と し、 傍 ら に 英 語 を 用 い て い る。 Vidyodaya 大 學(Vidyodaya University of Ceylon) は、 コ ロ ン ボ の 市 内Maligaka-nde Roadに あ り、 一 九 六 一 年 二 月 に は コ ロ ン ボ の 近 郊 に 新 し い 校 舎 を 建 築 中 と の こ と で あ つ た。 同 年 十 一 月 こ こ を 訪 れ た デ ン マ ー ク のProf. L. L. Hammerich の 報 告 に よ れ ば、 す で に 堂 々 た る ビ ル デ ィ ン グ が コ ロ ン ボ の 南 郊Nugegoda に 建 つ た と い う。 こ の 大 學 の 教 授 陣 は ほ と ん ど 長 老 比 丘 で あ り、 セ イ ロ ン で は 有 名 な 人 ば か り で あ ろ う が、 筆 者 が 名 前 を 知 つ て い る 人 は 一 人 も な か つ た。 た だ そ の 學 部 編 成 の 仕 方 は 面 白 い の で、 左 に 掲 げ る。 佛 教 學 部(Faculty of Buddhism) 上 座 佛 教 學 科(Department of Vada Buddhism:) 主 任 教 授 はPalan-noruwe Wimaladhamma Thero で、 佛 教 學 部 長(dean) を 兼 ね て い る。 そ の 下 に 講 師(lecturer) 一 名、 客 員 講 師(visiting lecturer) 五 名、 tutor 一 名。 大 乗 佛 教 學 科 (Dep. of Mahayam dhism:) 圭 任 教 授Balangoda Ananda

Maitriya Nayaka Thero

ほ か 講 師 一 名。 佛 教 文 化 學 科(Dep. of Buddhist lization:) 圭 任 教 授Dehigas

Pepan-nasara Nayaka Thero

と 圭 任 代 理 (aoting head)ほ か 一 名 の ス タ ッ フ が い る。 哲 學 部(Faculty of Philosophy) イ ン ド 哲 學 科(Dep. of Indian sophy:) 圭 任 教 授 はParawahera

Va-jiranana Nayaka Thero

で、 哲 學 部 長 を 兼 ね、 客 員 講 師 二 名、tutor 一 名 が い る。 西 洋 哲 學 科(Dep. of Western

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pby:) 圭 任 は 客 員 講 師 のMr. A. M. M. Sahabdeen で、 ほ か に 客 員 講 師 二 名。 言 語 學 部(Faculty of Uanguagea) シ ン ハ ラ 語 學 科(Dep. of sinhala:) 圭 任 教 擾 はBalagalle Wimalabuddhi Tboroで、 講 師 三 名、 助 講 師(asst. lecturer) 一 名、 客 員 講 師 八 名、tutor 二 名。 パ ー リ ・ プ ラ ー ク リ ッ ト 學 科(Dep. of

Pali and Prakrit:)

はKa-lukondayawe Pannasekhara Maha

Nayaka Thero で、 言 語 學 部 長 を 兼 ね、 講 師 一 名、 助 講 師 二 名、 客 員 講 師 四 名。 サ ン ス ク リ ッ ト ・ 言 語 學 科(Dep. of

San-skrit and Philology:)

圭 任 はDr. Ananda W. P. Gumge で、 講 師 一 名、 助 講 師 一 名、 客 員 講 師 五 名、tutor 二 名。 現 代 東 洋 語 學

科(Dep. of Modem

Ori-ental Languages) タ ミ ー ル 語 學 科 圭 任 代 理 のMr. M. M. Uwaise と 客 員 講 師 二 名。 ヒ ン デ ィ ー 難四 {各 員 講 師 一二 名。 ビ ル マ 語 客 ︻員 講 師 一 名。 西 欧 語 學 科(Dep.of WesternLangua-ges:) 且 下 英 語 の み。 圭 任 教 授Prof. L. L. K. Gunatunga と 助 講 師 一 名、 客 員 講 師 一 名、senior tutor 一, 名、 tutor 一 一 名。 文 學 部(Faoulty of Arts) 歴 史 學 科(Department of History:) 圭 任 教 授Prof. S. F. de Silva は 文 學 部 長 を 兼 ね、 科 長 代 理(deputyhead) と 科 長 代 理

補(acting deputy head)

の 三 名。 專 攻 が 三 つ に 分 れ る。 セ イ ロ ン 史(Ceylon History:) 圭 任 講 師lecturer in charge 一 名、 客 員 講 師 三 名、tutor 二 名。 イ ン ド 史(Indian History:) 圭 任 講 師 一 名、 助 講 師 四 名。 世 界 史(World History:) 主 任 講 師 一 名、 助 講 師 一 名、 客 員 講 師 一 名。 考 古 學 科(Dep. of Archaeology:) 圭 任 敬 授 代 理、 助 講 師 一 名、 客 員 講 師 二 名。 人 類 學 科(Dep. of Anthropology:) 圭 任 教 授 と 客 員 講 師 一 名。 経 濟 實 業 政 治 學 科(Dep. of Economics,

Businessand Public Adminiatration:)

圭 任 敏 授 の ほ か 教 授 一 名、 講 師 三 名、 客 員 講 師 一 三 名。 地 理 學 科(Dep. of Geography:) 圭 任 代 理 講 師、 講 師 一 名、 客 員 講 師 三 名。 敏 育 學 科(Dep. of Education:) 圭 任 敢 授、 講 師 一 名、 客 員 講 師 一 名。 理 學 部(Faoulty of Science) ア ユ ル ヴ ェ ー ダ 學 科 (Dep. of Ayur-veda:) 圭 任 教 授Prof. G. P. maratchi は、 理 學 部 長 を 兼 ね て い る。 数 學 科(Dep. of Mathematics:) 圭 任 代 理 と 客 員 講 師 二 名。 ジ ョ ー テ ィ シ ュ 學 科(Dep. of 客 員 講 師 一 名 の み。 理 學 科(Dep. of Science:) 圭 任 敢 授 と 講 師 一 名。 以 上 の よ う に 大 學 の 構 成 は 五 つ の 學 部 に 分 れ、 各 學 部 は 二 つ 以 上 の 學 科 に 分 れ て い る。 各 學 科 に は 原 則 と し て 圭 任 敏 授 と 数 名 の 講 師 助 講 師 ・ 客 員 講 師 ・tutor 等 が 置 か れ て い る。 い ず れ か の 圭 任 教 授 が 學 部 長 を 兼 ね て い る。 最 後 の 理 學 部 の 内 容 は 面 白 い。 ( 以 上 は 一 九 六 一 年 二 月 現 在。 ) 教 室 は 大 小 さ ま ざ ま で、 高 い 壇 の 上 か ら マ イ ク を 使 用 し て 講 義 し て い る 部 屋 も あ つ た。 中 に は 個 人 教 授 の よ う に 學 生 の 少 な い 部 屋 も 見 う け ら れ た。 在 家 者 に も 入 學 を 許 し、 ・ 僧 俗 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 鰍 を 中 心 と す る 佛 敏 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 七

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海 外 に お け る パ ー リ 語 文 鰍 を 中 心 と す る 佛 敢 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 八 ほ ぼ 牟 ぱ し て い る と い う。 Vidyodaya 大 學 が 保 守 的 傳 統 的 立 場 に 忠 實 で あ る の に 封 し、vidyalankara は む し ろ 進 歩 的 ・ 西 欧 的 な 氣 風 を 強 く も つ て い る よ う に 思 わ れ る。 コ ロ ン ボ の 北 郊Ke-aniya Tem-ple で 名 高 い ケ ラ ニ ヤ に あ る。 筆 者 が 訪 れ た 時 は、 た ま た ま 日 曜 日 で あ つ た が、

K. Pannakitti Thera. Prof. of Sinhala,

Dean of the Faculty of Languaqes

に お 會 い し、 話 を 聞 く こ と が で き た。 こ こ に はFaculty of Languages の ほ かFaculty

of Arts. Faculty of Philooophy. Faoulty of

Buddhistic Studies, 等 が あ る。 Faoulty of Arts の 部 長 はProf. of His-tory. Dr. R. C. Ray で あ る。Faoulty of Bud-dhiatic studies の 部 長 はRev. B. Sibah で あ る。 ま たFacuhy of Phi-osophy の 部 長

は、Prof. of Philosophy, Dr. Rahula

San-krtyayana で あ る。 一 九 二 九 年 ・ 一 九 三 七 年 ・ 一 九 三 八 年 の 三 同 に わ た り チ ベ ッ ト を 放 行 し て 梵 語 爲 本 を 將 來 し た。 バ ト ナ の 博 物 館 内 に あ

るK. P. Jayaswal Research

Insti-tute に 保 管 せ ら れ、Rahula Collegion と し て そ の 名 を 知 ら れ て い る ( 平 川 彰 博 士、 本 誌 第 一 〇 巻 第 一 號、 三 二 二 頁 参 照 )。 氏 は 一 九 三 五 年 に 日 本 に も 來 朝 さ れ た こ と が あ り、 日 本 旅 行 記 も 出 版 さ れ で い る(Japana 1936)。 温 厚 な 人 で、 目 下Pramadavartika のbhasya を 研 究 中 と の こ と で あ つ た。 こ の 大 學 に は Profのof Pali と し て K. Pannasekhara

Thera. Prof. of Abhidhamma

R.

Chand vimala Thera

が い る。 特 にProf. of Buddhist Philosophy と し て は、 現 在 セ イ ロ ン で 最 も 目 ざ ま し い 活 躍 を し て い る A. P. Buddhadatta 長 老 が 來 講 さ れ る と い う。 こ の 大 學 の 若 い 講 師Mr.H.S.Cooray は、 セ イ ロ ン 大 學 に い た 人。Encyclopaedia of Buddhism. Fasc. 1 に は か れ の 手 に 成 る い く つ か の 項 目 が 見 ら れ, る。 ま た か つ て 京 都 で 勉 強 し て い たAnanda 氏 も こ の 大 學 で 敏 え て い る。 セ イ ロ ン に お け る パ ー リ 學 者、 佛 教 學 者 と し て 現 在 最 も 名 を 知 ら れ て い る 一 人 は、 今 も 述 べ たven. A. P. Buddhadatta で あ ろ う。 師 は コ ロ ン ボ の 南 約 三 〇 マ イ ル、Ambalan-goda のAggarama に 佳 し て い る。 そ の 著 書 は き わ め て 多 い。 パ ー リ 語 學 ・ 會 話 に 關 す る も の と し て

は、The New Pali

Parts; The Higher Pali

Pali Conversation and Tr

が あ る。 パ ー リ 語 の 僻 書 と し て、 實 用 的 な Concise Pali-Englisb が あ り、 ま た English-Pali, Colombo ( 5 8 8 p. ) の ﹂ 書 は ロ ー マ 字 に よ る 最 初 の 英 パ 群 典 で あ る。 師 はPali-Sinhalese Digionary も こ し ら え て い る ( 未 見 )。 テ キ ス ト の 校 訂 出 版 も 甚 だ 多 い。

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最 後 のMohavicchedani は、 南 方 七 諦 の 中 か ら 論 母(matika) す べ て を 取 り 出 し て、 註 縄 を 加 え た も の で あ る。 著 者 はKassapa で、 十 二 世 紀 後 牛、 南 イ ン ド の 人 で あ る。 大 寺 派 の 傳 承 に 從 い、 七 論 と そ の 註 繹(attha-katha) の 全 組 織 を、 學 生 の た め に 概 説 し て い る。 イ ン ド ・ セ イ ロ ン に お け る 上 座 部 ア ビ ダ ル マ 研 究 の 獲 展 史 上、 最 後 の 段 階 を 代 表 す る。 ビ ル マ で は、Let-than(小 指 ) と 呼 ば れ る 九 種 の 敏 理 綱 要 書(manual) の 一 に 数 え ら れ て い る。 そ の 爲 本 は セ イ ロ ン に は 見 ら れ ず、 Buddhadatta 長 老 は ピ ル マ に お い て こ れ を 護 見 し た。 苦 心 し て 異 本 を 集 め、 カ ン ボ ジ ャ か ら も 一 本 を 見 つ け 出 し て、 校 訂 し た。Dr. warder が 協 力 じ て お り、 信 頼 で き る 出 版 で 訪 る。 ま たBuddhadatta 長 老 の 論 文 集 に、 が あ る。 こ の 中 に は、Correotions of Gei-Buddhaghosa? 等、 一 六 の モ ノ グ ラ フ を 含 ん で い る。 そ の 他、 セ イ ロ ン の 學 者 の 業 績 と し て は、 Dr. E. W. Adikaram が、 ロ ン ド ン 大 學 に 提 出 し たPh. D. 論 文 が 出 版 さ れ て い る。 本 書 は そ の 副 題 に 示 さ れ た よ う に、 パ ー り 註 繹 書 の 研 究 で あ り、 そ の 中 に は 現 在 の 註 繹 書 の 成 立 以 前 に 古 註 繹 書 の 時 代 が あ っ た こ と を 明 ら か に し て い る。 債 値 あ る 研 究 で あ る。 す ぐ れ た セ イ ロ ン 佛 敢 史 の 研 究 が 出 さ れ た。 こ れ だ け 大 き な 規 模 で セ イ ロ ン 佛 教 史 と 取 り 組 ん だ 研 究 は め ず ら し い。 著 者 は 現 在 パ リ 滞 在 中 と 聞 い て い る。 ソ ー マ 長 老 の、 lombo 1949. は 馬MN. 10 Satipatthamsutta と そ の 葺 ゲ 早 kathaの 英 謬 で あ る。A. P. de Zoysa 氏 の

Indian Culture in the the

Buddha は、 佛 陀 時 代 の 経 濟 ・ 社 會 ・ 宗 教 ・ 哲 學 を 論 じ て い る。 パ ー リ 語 の 文 法 書 と し て、 が あ る。 こ れ は セ イ ロ ン の 學 生 の た め の 敢 科 書 用 文 法 で あ る が、 ロ ン ド ン 大 學 の 入 試 準 備 と い う 意 味 を 含 め て い る の が 面 白 い。 セ イ ロ ン 人 の 學 者 と 並 ん で 注 目 す べ き は、 青 眼 の 比 丘 で あ る。 ド イ ッ 人 で 佛 門 に 入 り 永 く セ イ ロ ソ に 住 し たNyanatiloka は 學 者 と し て も 有 名 で あ る が、 そ の 學 系 にNyanapo-nika. Nanamoli 爾 長 老 が あ る。Nyanapo-nika 長 老 は や は り ド イ ッ 出 身 で、 最 近 は Kandy の 近 く の 原 始 林 中 の 草 庵 に 佳 し て い る と か。 ま たBhikkhu Nanamoli は 一 九 六 〇 年 五 月 五 五 歳 で 急 逝 し た。 長 老 は イ ギ リ ス 人 で オ ク ス フ ォ ー ド の 出 身 で あ る が、 一 九 四 八 年Ambalangoda でVen. Nyanatiloka の 許 に お い て 出 家 し た。 パ ー リ 原 典 の 醗 繹 に 志 し、 既 刊 ・ 未 刊 の 書 を 遺 し た。 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 敢 の 研 究 ( 前 田 ) 三 八 九

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海 外 に お け る バ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 数 の 研 究 ( 前 田 ) 三 九 〇 of Petakopadesa. ( 未 刊 ) 第 一 は 八 八 六 頁 の 大 冊 で、 言 う ま で も な く 大 註 繹 家Buddhaghosa の 圭 著 の 醗 繹 で あ る。 英 課 者 は 序 文 に お い てVisuddhimagga の 著 者、Visuddhimagga とVimuttimagga と の 關 係、 等 に つ い て 論 じ 有 盆 で あ る。 巻 末 に はPali-English Glossary を 附 し、 重 要 語 やP TS の パ ー リ 語 辮 典 に 見 ら れ な い 語 彙 と そ の 英 課 を 集 め て い る。 軍 な る 索 引 と は 違 つ た 債 値 を 有 す る。 第 二

のMinor Readings and nlustrator

は、 パ ー リ 小 部 第 一 経 に 位 す る 小 論Khudda-kapatha と そ の 註 羅Paramatthajotika I の 英 繹 で あ る。 前 者

をThe Minor Readings、

をThe Illustrator of Ulmate Meaning

と 題 し、 合 冊 し た 形 の も の で あ る。 傳 読 に よ れ ば、Paramatthajotika の 原 著 者 は、Bud-dhaghosa と せ ら れ る が、 從 來 こ れ に 疑 問 を も つ 學 者 が 多 か つ た。Nanamoli は こ の 問 題 を 詳 論 し てBuddhaghosa 眞 作 読 の 立 場 に 協 調 し て い る 貼 注 目 さ れ る。 巻 末 に は 本 書 に 見 ら れ る 語 彙 の う ち、PTS の 欝 典 に 見 ら れ な い も の を 指 摘 し、 重 要 術 語 の 意 味 を 明 ら か に し て い る。 繹 者Nanamoli は 本 書 の 完 成 を 見 な い う ち に 急 逝 し た。 第 三 はNanamoli の 捜 後 出 版 さ れ た。Ne-ttiの 最 初 の 翻 課 で あ る。 巻 頭 に は 五 〇 頁 を 超 え る 繹 者 のintroduction を 牧 め て い る。 Nettiの 著 者 ・ 年 代 ・ 歴 史 を 論 じ、Petako-Padesa と の 比 較 を 試 み、Netti の 内 容 と そ の 特 色 を 読 明 し て い る。Nanamoli に よ れ ば Petakopadesa は ア ソ ー カ 王 以 後 紀 元 後 一 世 紀 ま で に、 恐 ら く 南 イ ン ド で 成 立 し た。Netti は さ ら に そ れ よ り 数 世 代 と い う よ り、 数 百 年 遅 れ て、 イ ソ ド の い ず こ か で 製 作 さ れ、 セ イ ロ ン に 傳 え ら れ た も の で あ ろ う と い う。 巻 末 に は グ ロ ッ サ リ ー を 兼 ね た 索 引 を 附 し、PT S の パ ー リ 語 僻 典 に 見 ら れ な い 語 義 ・ 語 形 を 指 示 し て い る。 第 四 は 未 刊 で あ る が、PT S の 會 長、Missg I. B. Homer の 手 許 に 托 さ れ て い る。 い ず れ 印 刷 さ れ る も の と 思 わ れ る。 セ イ ロ ン の 學 界 に つ い て は 金 岡 秀 友 氏 の 詳 し い 報 告 が あ る-﹁ セ イ ロ ン 佛 教 學 界 の 現 況 ﹂(﹃ 佛 教 史 學 ﹄ 第 九 巻 第 一 號 )。 こ こ で は 成 る べ く 重 複 を 避 け て 記 述 し た。 三 ビ ル マ ビ ル マ に お け る 佛 教 研 究 機 關 と し て、 こ こ で は ラ ン グ ー ン 大 學(University of

Ran-goon)とThe International Institutef or

Advanced Buddhistio Studies

を あ げ て お き た い。 ラ ン グ ー ン 大 墨 ・ の 文 學 ・部(Faculty of Arts) は 七 學 科(Department) に 分 れ て い る。 で あ る。 七 學 科 の う ち 二 學 科 が 佛 敏 に あ て ら

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る。Dep. of Buddhistic Studies

に お い て は ピ ル マ で 實 際 に 行 な わ れ て い る 上 座 佛 敏 を 敬 授 す る も の で、 講 義 も ビ ル マ 語 で 行 な わ れ る。 博 士 コ ー ス は も ち ろ んM. A. コ ー ス も な く、B. A. コ ー ス の み の 學 科 で あ る。 Culture と い う 長 い 名 前 を も つ 學 科 が、 ラ ン グ ー ン 大 學 に お け る 佛 教 研 究 の 中 心 で あ る。 こ ち ら で は ビ ル マ 語 ・ 英 語 爾 様 の 講 義 が あ り、 B. A コ ー ス は も ち ろ んM. A. コ ー ス も あ る。 筆 者 訪 問 時 ( 一 九 六 一 年 三 月 ) 圭 任 教 授

はProf. Aung Than

で あ つ た。 講 師 に U Ba Layが い た。 同 年 十 月 に こ こ を 訪 れ た Prof. Hammerich は、U Ba Lay が 圭 任 教 授 で あ る と 報 じ て い る(Report on a

Jour-ney in Some Oriental Countries)。

Prof. Aung Than

は 退 陣 し た の で あ ろ う。 圭 任 教 授 の 下、 講 師(lecturer) 二 名、 助 講 師(assist. lecturer) 三 名、tutor 一 名 と い う 陣 容 で あ る。 こ の 學 科 所 囑 の 部 屋 数 は 七 つ あ り、 二 〇 〇 人 く ら い の 學 生 が い る と い う。 學 科 所 屡 の 圖 書

室(the departmental

Hbra-ry) も あ る が、 公 構 一 五 〇 〇 冊 で 少 な い。 た だ し 別 に か な り 充 實 し た 中 央 圖 書 館 が あ る。 ラ ン ーグ ー ン 大 學 の 助 講 師 の 一 人Mr. Deva-prasad Guha は、Ramaprasad Chaudhuri と 共 同 し て、 ビ ル マ で 珍 重 せ ら れ るSutta-samgahaの 原 典 出 版 を 行 な つ た。 こ れ は カ ル カ ヅ タ に あ

るThe Aaiatio

SocietyのBi-bliotheca Indica の 一 冊 に 牧 め ら れ た。 こ の 叢 書 の パ ー リ 關 係 の も の と し て は、 古 く Francis Mason が 原 典 に 翻 課 を つ け て 出 版 し

たKaccayana's Pali Grammar(1867-69)

が あ る だ け で あ る。 新 し い 出 版 は、 で あ る。 こ の テ キ ス ト は、 圭 と し て パ ー リ ・ ニ カ ー ヤ か ら 短 い 経 典 を 抜 き 集 め た も の で、 こ れ に 律 か ら 三、 論 か ら 一、 註 縄 書 か ら 五 つ の 文 章 を 加 え て い る。 註 繹 書 に 由 來 す る う ち、 一 つ はDhammapada 註 か ら、 一 つ はBud-dhavamsa 註 か ら、 三 つ はVimanavatthu 註 か ら で あ る。 ビ ル マ でSutasamgaha は、 し ば し ば Milindapanha. Petakopadesa や Nettippakarana と と も に 聖 典 と 見 な さ れ る。 本 書 は 恐 ら く ア ヌ ラ ー 夜 プ ラ、 大 寺 派 所 届 の 比 丘Ariyavamsa に よ つ て 一 三 世 紀 ご ろ 編 纂 さ れ た と 思 わ れ る。 そ の 内 容 は 概 し て 短 い 八 五 経 か ら 成 り、 七 章 に 分 れ る。 前 後 に プ ロ ロ ー グ と エ ピ ロ ー グ を 加 え て い る。 第 三 章 は、 そ れ ぞ れ 施 論 ・ 戒 論 ・ 生 天 の 論 に 關 す る も の、 第 四 章 は 欲 の 過 患 に つ い て、 第 五 章 は 在 家 者 向 き の 教 法、 第 六 章 は 雑 の 部、 第 七 章 は 出 離 の 功 徳 に 關 し た も の を 集 め て い る ( 本 文 索 引 三 四 八 頁、 序 文 一 六 頁 )。 ラ ン グ ー ン 大 學 に お い て は 博 士 コ ー ス が な く、 高 度 な 佛 教 研 究 が で き な い。 そ れ を 補 な い、 か つBuddha Jayanti を 記 念 し て 國 際 的、 な 一 大 研 究 セ ン タ ー に し よ う と い う 意 圖 を も つ て 設 立 さ れ た の がThe Interngotion

Hnstitute for Advanoed Buddhistic

Studies で あ る。 將 來 は こ こ で 博 士 の 稔 號 を 與 え ら れ る よ う に し た い と い う。 こ の 研 究 所 は ラ ン グ ー ン 市 の 北 部Kaba-Aye(E) の 構 内 に あ る。Kaba-Aye と い う の は、 や は り 一 九 五 六 年 のBuddha Jayanti を 記 念 し て 建 て ら れ た 通

稻tbe World Peace Pagoda

の こ と で あ る (藤 吉 慈 海 ﹁ ビ ル マ 佛 敬 の 現 歌 ﹂ ﹃ 塚 本 博 士 頽 壽 記 念 佛 教 史 學 論 集 ﹄ 六 七 三 頁 参 照 )。 こ の 研 究 所 は 一 九 五 五 年 以 來 本 格 的 な 活 動 を は じ め た。 そ の 建 築 に あ た つ て は ビ ル マ 政 府 の 支 出 ・ フ ォ ー ド 財 團 の 援 助 を 得 て、 ビ ル マ と し て は 異 常 な ほ ど 早 く そ の 完 成 を 見 る に い た 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 教 の 研 究 ( 前 田 ) 三 九 一

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海 外 に 尉 け る パ ー リ 語 文 鰍 を 中 心 と す る 佛 敏 の 研 究 ( 前 田 ) 三 九 二 つ た。 メ イ ン ・ ビ ル デ ィ ン グ は 圓 形 の 風 攣 り な 建 築 物 で あ る。 こ こ に は 圖 書 館 ・ 講 堂 ・ 研 究 室 ・ 美 術 品 陳 列 室、 等 が お か れ る。 多 数 の 圖 書 や M S が 保 管 さ れ て、 閲 覧 に 供 せ ら れ る。 ま た 宿 泊 の 設 備 が ほ ど こ さ れ、 各 國 か ら 上 座 佛 敬 を 研 究 す る た め に 集 ま つ た 學 徒 や 研 究 者 は、 宿 泊 設 備 を 利 用 し て、 研 究 に い そ し む こ と が で き る。 筆 者 訪 問 の 際 に は、 完 成 間 近 で あ つ た が、 の ち 間 も な く 完 成 し、 現 在 で は 日 本 か ら も こ こ に 留 學 し て 研 究 し て い る 人 が あ る。 研 究 所 の 所 長(director)

はU Hpe Aung

で、 前 ラ ン グ ー ン 大 學 哲 學 講 師 で あ つ た 人。 先

年Prof. Aung Than

ら と と も に 日 本 に 來 ら れ た こ と も あ る。 多 忙 な 人 で、 次 々 と 學 生 の 指 導 や 來 客 の 慮 接 に あ た つ て い た。 次 長

(deputy director)のU Hla Maung

は、 前Moulmein College に い た 人 で、 所 長 ・ 次 長 と も コ ロ ン ビ ヤ 大 學 でMoulmein College administration を 學 ん だ こ と が あ る と い う。 主 事(ourator)

のU Soe Hlahng

も 一 緒 に 日 本 に 來 ら れ た こ と が あ り、 親 切 な 人 で あ る。 圖 書 は 一 九 五 九 年 當 時、 英 語 の も の 五 二 〇 〇 冊、 ビ ル マ 語 の も の 二 〇 〇 〇 冊、 爲 本 が 三 〇 〇 〇 黙 で あ つ た と い う。 東 南 ア ジ ア で 最 良 の 圖 書 館 に し た い と い

う。Librarian はU Tin

O o で あ る。 東 南 ア ジ ア 諸 國 に お け る パ ー リ 研 究 は、 そ の 學 問 的 意 識 と 成 果 の 鮎 に お い て、 や は り セ イ ロ ン の 學 界 が 他 の 諸 國 よ り 一 歩 進 ん で い る よ う に 思 わ れ る。 そ れ は イ ギ リ ス に 傾 注 し、 そ こ か ら 多 く 學 ん で い る か ら で あ ろ う。 ビ ル マ は 旺 盛 な 建 設 意 欲 を も つ て い る が、 ・ そ れ だ け に セ イ ロ ン を 強 く 意 識 し て い る。 封 日 感 情 は よ い。

International Institute for Advgnoed

Buddbistic Studies は な か な か 活 氣 が あ る。 こ の 研 究 所 に はresearch Officer と い う 名 目 で、 若 い 研 究 者 が 研 究 し て い

る。U Han Htey

はBuddhist morality の 研 究、San Myint Aung は ビ ル マ 佛 教 史 を 專 攻 し て い る。 中 に は、 何 を 專 攻 し て い る か と の 問 い に、 d h is t T ex t の 研 究 を し て い る と い う 要 領 を 得 な い 人 も い た。 こ れ ら 若 き ビ ル マ の 學 徒 が 新 し い 學 問 的 方 法 を 確 立 し て、 世 界 の 學 界 に お い て 獲 言 で き る よ う に な る こ と を 願 わ ざ る を 得 な い。 四 タ イ 國 タ イ 國 に は、 バ ン コ ク に 二 つ の 佛 教 大 學 が あ る。 一 つ はMahamakut Rahvidyalaya で あ る。 タ イ 國 佛 教 に 新 落 二 派 あ る う ち 新 派 す な わ ちDhammayuttika Nikai に 所 厩 す る 寺 院Wat Bovoranives の 構 内 に あ る。 今 一 つ はMahachulalongkom javidyalaya で あ る。 醤 汲 す な わ ちMaha Nikgi に 所 屡 す る 寺 院Wat Mahadhatu の 中 に あ る(cf. Kenneth E. Wells:

dhism. its Rites and

14; 16-17; Helen Bruce: Nine Temples of

Bangkok 1960, pp. 77f.; 104 い ず れ も 國 王 の 庇 護 下 に お か れ、 佛 教 侶 侶 ( 比 丘 ・ 沙 彌 ) の た め の 大 學 で あ つ て、 一 般 在 俗 の 子 弟 は は い れ な い。 セ イ ロ ン や ビ ル マ の よ う に 西 欧 の 植 民 地 に な る こ と な く、 濁 立 を 保 つ こ と を 得 た タ イ 國 は、 東 南 ア ジ ア で も 最 も 強 く 保 守 的 傳 統 的 立 場 を 維 持 し て い る よ う で あ る。 い ず れ の 大 學 で もBachelor in Buddhism な い しBuddhasastr Pundit の 総 が 與 え ら れ る。 Mahamakut Rajavidyalaya が 大 學 と し て の 研 究 髄 制 を と っ た の は、 一 九 四 六 年 で あ る。 月 刊 誌Dhammacaksu を 獲 行 し て い る。 バ ン コ ク に は 軍 にChulalongkorn 大 學 と い う の が あ る。 大 き く て 立 派 で、 學 生 も 濃 刺 と し て い る。 こ れ は 一 般 の 総 合 大 學 で あ る。 Faculty of Arts も あ る が、 佛 教 に 關 す る 講

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義 は 何 も な い 僧 俗 の 遜 別 が は つ き り し て い る。Mahachulalongkorn 大 學 の 方 は、 一 八 九 〇 年 王 室 の 保 護 の も とMahadbatu Vid-yalaya. の 名 で も つ て 獲 足 し た。 一 八 九 七 年 に 現 在 の 名 稔 に 攣 じ、 大 學 に 昇 格 し た の は 一 九 四 七 年 で あ る。 月 刊 誌Buddhacakka を 議 刊 し て い る。 こ の 大 學 のSecretary-general,

Bhikkhu Sanan Kamalo

は、 イ ン ド ・ サ ン チ ニ ケ ー タ ン に あ つ て 勉 強 し た 人、 ま た こ こ

のPhra Maha Boonma Mahaviro

は か つ て 日 本 に 留 學 し た が、 不 幸 に し て 病 い に 倒 れ、 中 途 で 露 國 し た 人 で あ る。 こ の 大 學 の 教 育 方 式 は 寺 院 に お け る 僧 院 修 道 の 生 活 を 基 本 と し て、 併 せ て 近 代 的 な 學 問 を 修 得 さ せ る に あ る。 全 國 の 寺 院 か ら 子 弟 が 出 て き て、 ま た 蹄 つ て 行 く。 場 所 が 狭 い た め、 學 生 の 傘 分 は 大 學 内 に 佳 み、 孚 分 は 學 外 か ら 通 學 す る。 こ こ で は

Vice-President, Chao Khun Kawee

vera-yaru 指 導 の 下、Pali-Thai Dictionary 編 纂 の 準 備 を し て い る。 タ イ の 佛 教 史 を 書 い た も の にThe History

of Buddhism in Thailand (Bangkok: Chao

tra Press 1955) と 題 す る 一 書 が あ る と 聞 く が、 未 見 で あ る。Buddha Jayanti を 記 念 し て、 タ イ 國 そ の 他 東 南 ア ジ ア で、Buddhism in Thailand と い つ た 種 類 の 書 物 が い く つ か 出 て い る。 す ご く 豪 華 版 の カ ラ ー 爲 眞 集 で あ つ た り す る の で、 が つ か り す る こ と が あ る。 た だ し サ イ ゴ ン のPresence du

dhisme. sous la diregion de Rene de

Berval (France-Asie: saigon 1959)

も、 こ の 時 流 に 乗 つ た 書 物 で あ ろ う が、 實 用 的 意 味 で 有 釜 で あ る。 ま た 五 四 頁 の 小 冊 子 で あ る が、 は、bibliographyとhdex を つ け て 一 慮 便 利 で あ る。drince Dhanivat

はthe Siam

So-ciety の 會 長(President) で あ る。the Siam Society に はResearch Centre が 附 厩 し、 Mr.J. J. Boeles が そ の 所 長(Director) で あ る. タ イ 國 に お け る 學 術 誌 と し て は、 こ の 協 會 の

The Joumal of the Siam Society. Vols.

1-48, 1904-1960 が 代 表 的 な も の で あ ろ う。 し か し こ れ は 佛 敏 關 係 だ け で な く、 他 の 方 面 の 研 究 が 多 く、 パ ー リ 佛 敢 に 關 す る 論 文 は む し ろ 少 な い。 タ イ 國 人 の 研 究 で は な い が、Kenneth E. Wells

のThai Buddhism. its Ac

tivities (Bangkok 1960) は タ イ 國 に お け る 佛 教 の 現 在 を 知 る に は 便 利 で あ る。 本 書 の 初 版 は す で に 一 九 四 〇 年 に 出 た が、 新 し い 資 料 を 加 え て 面 目 を 一 新 し た。 巻 末 のbibliogra-Phy も 有 釜 で あ る。Reginald le May の

The Culture of south-East

1954. 2nd imp. 1956) は 東 南 ア ジ ア の 文 化 の 総 合 的 研 究 で あ る。 タ イ 國 だ け の も の で は な い が、 参 考 に な る。 著 者 は タ イ 國 を は じ め 東 南 ア ジ ア に 長 く 滞 在 し た 人。 一 九 三 七

年Bud-dhist Art in Siam

の 論 文 で、 ケ ン ブ リ ッ ジ よ りPh. D. の 學 位 を 得

た。The Royal

In-dia. Pakistan and

のvice-President で あ る と い う。、 本 書 は 本 文 二 二 二 頁、 便 利 な 地 圖 と 多 数 の 爲 眞 を 牧 め て い る。 た だfootnote を 省 略 し た こ と が 惜 し ま れ る。 タ イ 國 の 佛 敏 史 は タ イ 國 人 自 身 あ ま り ま と ま つ た 研 究 成 果 を 學 げ て い な い の で、 今 後 十 分 研 究 す る 必 要 が あ る と 思 わ れ る。 五 パ ー リ 語 原 典 等 の 出 版 バ ー リ 語 の 藏 経 は イ ン ド ・ 東 南 ア ジ ア に お い て も 各 種 の 出 版 が 行 な わ れ て き た。 タ イ 國 皇 室 版 が 内 容 的 に す ぐ れ て い る こ と は す で に 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 獄 を 中 心 と す る 佛 敬 の 研 究 ( 前 田 ) 三 九 三

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海 外 に お け る パ ー リ 語 文 鰍 を 中 心 と す る 佛 敏 の 研 究 ( 前 田 ) 三 九 四 定 評 が あ る。 タ イ 皇 室 版 は 一 八 九 三 年 ( 明 治 二 六 年 )Rama 五 世 す な わ ちCbulalongkorn 王 ( 一 八 六 八-一 九 一 〇 ) の 即 位 二 十 五 年 を 記 念 し て 刊 行 さ れ た も の で あ つ た。 は じ め 三 九 巻 で あ つ た が、 の ち に 藏 外 を 加 え 四 五 巻 と し て 再 刊 せ られた(of. 水 野 弘 元 博 士 ﹃ パ ー リ 語 文 法 ﹄ 二 一 二 頁、Kemeth E. Wells:

Thai Buddhism, p. 264 f., esp. p. 267)。

こ の ほ か セ イ ロ ン 版 や ビ ル マ 版 の 藏 経 も あ る。 と こ ろ で 佛 滅 二 五 〇 〇 年 の 記 念 事 業 と し て、 南 方 ア ジ ア 諸 國 で は、 國 家 の 補 助 を 得 て、 パ ー リ 藏 経 の 出 版 が 異 常 な 熱 意 を も っ て 逐 行 さ れ て き た。 今 日 ま で 最 も 進 行 が 早 い の は ビ ル マ で あ り、 次 い で イ ン ド で あ る。 ビ ル マ 版 藏 経 は す で に 経 律 論 三 藏 の 出 版 を 終 え、 藏 外 の 出 版 も 進 ん で い る。 セ イ ロ ン の 傳 読 に よ れ ば 前 二 九 年 セ イ ロ ン 王Vattagamani Abhaya 王 の 治 下 に お い て、 そ れ ま で 口 傳 さ れ て い た 三 藏 が、 は じ め て 書 爲 さ れ た と い う。 ビ ル マ で は こ れ を 第 四 結 集 と 稻 す る。 一 八 七 一 年 高 ビ ル マ ・ マ ン ダ レ ー で、Mindon 王 の 下 で 開 い た 結 集 を 第 五 同 と す る。 そ の 際 パ ー リ 三 藏 ば 七 二 九 枚 の 大 理 石 の 石 板 に 彫 ま れ た。 Vinaya 一 一 一 枚 Sutta 四 一 〇 枚 Abhidhamma二 〇 八 枚 そ の 後 佛 教 の 典 籍 はHanthawaddy Pressと

かP. G. Mmdyne (Myamma) Pitaka Press

と か で、 か な り 組 織 的 に 出 版 さ れ た。 一 九 五 四 年、 第 六 同 結 集(Chattha Sangayana) を ラ ン グ ー ン に お い て 開 催 し た。 市 の 北 郊 Aye Pagoda と 並 ん で 七 葉 窟 に 因 ん だ 大 聖 窟 Pasana Guha を 建 設 し、 世 界 各 國 か ら 二 五 〇 〇 人 の 比 丘 を 集 め た。 同 じ 構 内 に 邸 刷 所 を 設 け た。 二 年 間 結 集 を 纏 績 し、 一 九 五 六 年 Buddha Jayanti と 同 時 に 三 藏 の 印 刷 が 完 結 し た ( 藤 吉 慈 海 ﹁ ビ ル マ 佛 教 の 現 状-第 六 同 結 集 を 中 心 と し て-﹂ ﹃ 塚 本 博 士 頒 壽 記 念、 佛 敬 史 學 論 集 ﹄ 六 六 八 頁-六 八 〇 頁。cf.

Chattha Sangayana, 2500th Buddha

Ja-yanti Celebrations: Souvenir Pubhcation)。

そ の 三 藏 は 四 〇 巻 か ら 成 る。 ビ ル マ の 三 藏 は 小 部 が 一 八 経 よ り 成 り、 セ イ ロ ン 系 の 三 藏 よ りMilindapanha, Netti お よ びPetakopa-desa の 三 経 多 く な っ て い る 貼 に 特 徴 が あ る。 こ の ビ ル マ 三 藏 は、 そ の 刊 行 事 情 か ら 見 て、 東 南 ア ジ ア で は 長 く そ の 樺 威 が 認 め ら れ る に 相 違 な い。 藏 外、 碧 笹akatha に っ い て、 佐 藤 良 順 氏 提 供 の 資 料 に よ れ ば、 す で に 三 十 四 冊 ほ ど 出 版 ず み で あ り、 十 七 冊 ほ ど 印 刷 準 備 中 で あ る。 イ ン ド 政 府 も ま た、 佛 滅 二 五 〇 〇 年 記 念 事 業 と し て、 ヂ ヴ ァ ナ ー ガ リ ー 文 字 に よ る パ ー リ 三 藏 の 出 版 を 計 書 し た。 ナ ー ラ ン ダ ー の

Nava Nalanda Nahavihara

が 圭 宰 す るNa-landa-Devanagar-Pali-Series は そ の 結 果 生 ま れ た も の で あ る。 一 九 五 八 年 以 來、 當 時 Mahavihar ﹃ の 所 長 で あ つ たBhikkhu J. Kashyapがgeneraleditor と な っ て、 早 い 速 度 で 出 版 を 行 な つ て き た。 こ の 出 版 は、 圭 と し て 第 六 同 結 集 に よ つ て 生 ま れ た ビ ル マ 版 を 底 本 と し、 セ イ ロ ン 版 ・ シ ャ ム 版 ・ ロ ー マ 字 版 の 諸 本 を 校 合 し て い る。 す で に 印 刷 さ れ た 諸 本 が 基 礎 と な り、 表 記 法 に 多 少 の 工 夫 を こ ら し て い る Q 東 南 ア ジ ア の 中 で も セ イ ロ ン は 佛 敬 の 研 究 が 進 ん で い る が、Buddha Jayanti を 記 念 す る 三 藏 の 出 版 と い う 鮎 で は 立 ち 遅 れ て い る。 も と も と セ イ ロ ン で は 小 規 模 の 出 版 が 並 立 し、 相 互 に 連 絡 も 組 織 も も た な い。 そ う し た 傾 向 が 今 日 で も 残 つ て い る。 ま た セ イ ロ ン 版 の 三 藏 と し て は、 す で にSimon Hewavitame Buquest Seriesが あ り、 今 日 に お い て も 高 く 評 償 さ れ て い る。 日 本 に 完 全 揃 い が あ る か

(19)

と う か 筆 者 は 端 本 し か 見 た こ と は な い が、 既 刊 行 分 は 五 〇 冊 に も 上 る。 さ ら に、 そ れ ほ ど 灌 威 は な い に し て も、 他 に も 藏 経 が 出 て い る。 こ う し た 事 情 で 出 版 の 進 捗 歌 況 は は か ば か し く な い が、 そ れ で も 政 府 の 事 業 と し

てBudd-hajayanti Tipitaka Series

が 計 書 一さ れ て い

る。Departmgt of Cultural Affairs

に お い て 出 版 し て い る が、 一 九 六 二 年 四 月 現 在

Khuddaka Nikaya. Part 1(内

容 不 明 ) の 八 冊 刊 行 を 見 た だ け で あ る。 こ れ よ り む し ろ 一 九 五 二 年 以 來 行 な わ れ て い るSiripada Tripitaka Series の 出 版 の 方 が 目 立 つ て い る。 こ のSeries は パ ー リ ・ ア ビ ダ ン マ の 出 版 か ら は じ め て い る。 そ の 最 初 の 出 版 は、 Dhammasanganippakarana で あ り、 簡 軍 な 内 容 紹 介 とHndex を 加 え て い る。 一 九 五 二 年 四 月 に 刊 行 さ れ た。 以 下、 と 績 い て い る。 こ の よ う に 一 九 五 二-五 四 年 に 論 藏 の 出 版 を 完 成 し た。 校 訂 者 はPandita

Kirielle Nana wimala Thero

で あ り、Sas-trodaya Pirivena の 所 長(PrinciPal) で あ る。 そ の 言 に よ れ ば 一 九 五 四 年 律 藏 と 経 藏 も 印 刷 中 で あ り、 一 九 五 六 年 のBuddha Jayanti ま で に は 完 成 し た い と 述 べ て い る。 筆 者 は 全 巻 揃 い を 見 て は い な い が、 恐 ら く す で に 完 成 し た も の と 見 ら れ る。 セ イ ロ ン の 學 者 の 中 に は こ の 版 を そ れ ほ ど 高 く 評 慣 し て い な い 人 も あ る が、 セ イ ロ ン 版 の 印 刷 と し て は き れ い な も の で あ る Q 聞 く と こ ろ に よ れ ば、 コ ロ ン ボ の Dhamaduta Vidyalaya に お い て も 新 し い 三 藏 出 版 の 準 備 中 で あ る と い う。 眞 に 信 頼 し う る 決 定 版 を 組 織 的 統 一 的 に 出 し て 欲 し い と、 よ そ ご と な が ら 註 文 し た く な る。 東 南 ア ジ ア に お け る 出 版 は、 從 來 と か く 輕 く 見 ら れ て き た。 し か し 中 に は 重 要 な 刊 行 物 も 少 な く な い。 今 後 こ の 傾 向 は ま す ま す 強 く な る と 思 わ れ る o セ イ ロ ン に お け る 學 術 上 重 要 な 最 初 の 出 版 は、 一 八 六 五 年 のWaskaduwe Subhuti に よ るAbhidhanappadipika で あ ろ う。 本 書 は 十 二 世 紀 ポ ロ ン ナ ル ワ に 都 し た セ イ ロ ン 王 Parakramababu I の 治 世 に 出 たMogqal-lana 編 纂 に か か る 一 種 の パ ー リ 語 辮 典 で あ る。 圭 と し て 同 義 語 ・ 同 形 異 義 語 ・ 不 攣 化 語、 等 を 集 め て い る。 パ ー リ ・ ア ル フ ァ ベ ッ ト の 順 に よ ら ず、 記 憶 の 便 利 の た め に 内 容 別 に 分 類 し て お り、 い わ ゆ る パ ー リ ・ ニ ガ ン ド ゥ (Palinighandu) の 髄 裁 を 整 え て い る。 校 訂 者W. Subhuti は、 そ れ に 英 語 と シ ン ハ リ ー ズ の 読 明 を 加 え て い る。 そ の 初 版 は 二 一 五 頁 の 書 で あ る と さ れ る が、 確 か め え な い。 一 九 〇 〇 年 出 版 の 第 三 版 で は 二 七 二 頁 で あ る。 W. Subhuti は、 一 八 九 三 年 にAbhidhanap-Padipikasuci の 出 版 を し た。 こ れ も ま た 貴 重 な も の で あ る。 と こ ろ でAbhidhanappa-dipika は ビ ル マ ・ ラ ン グ ー ン で も エ デ ィ シ ョ ン が 出 た が、 最 近 ま た セ イ ロ ン で 新 版 が 出 た。 が こ れ で あ る。 し か し こ の 新 版 は 英 語 の 繹 語 海 外 に お け る パ ー リ 語 文 鰍 を 中 心 と す る 佛 敏 の 研 究 ( 前 田 ) 三 九 五

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海 外 に お け る パ ー リ 語 丈 鰍 を 中 心 と す る 佛 教 の 研 究 ( 前 田 ) 三 九 六 を 省 略 し、 パ ー リ と シ ン ハ リ ー ズ の み に し て い る の で、 薯 版 よ り か え つ て 不 便 で あ る。 セ イ ロ ン に お い て ど ん な 重 要 な 出 版 が 行 な わ れ た か、 一 九 一 〇 年 こ ろ ま で の も の に つ い て は、W. A. desilva の リ ス ト で 見 る の が 便 利 で あ る。 た だ し 右 の リ ス ト に は、 リ ス ト 作 成 者 自 身 當 時 す で に 入 手 不 能 の も の が 多 い と 断 つ て い る。 わ れ わ れ の ラ イ ブ ラ リ ー は あ ま り に 貧 弱 で あ り、 充 分 な 知 識 を 持 ち 合 わ せ て い な い。 セ イ ロ ン に 行 つ て も 書 籍 の 入 手 購 入 は 必 ず し も 簡 軍 で は な い。vidyalankara 大 學 を 訪 れ た 時、 筆 者 は 大 學 圖 書 館 でMoggallana Pancika の 寄 贈 を 受 け た。 書 店 で 購 入 で き な い 書 物 が こ う い う 経 路 で 入 手 で き る 可 能 性 が 多 少 あ る か も 知 れ な い。 し か し 多 く 望 む こ と は 無 理 で あ る。 セ イ ロ ン だ け で な く 一 般 に 東 南 ア ジ ア か ら 文 獄 を 輯 集 す る に は、 か な り 努 力 す る 必 要 が あ る。(CPD Epilegomena to Vol. L 1 94 8 が、 セ イ ロ ン に 限 ら ず 一 般 に パ ー リ 語 の テ キ ス ト に 關 す る 今 日 最 善 のbibliography と な っ て い る。 ). vinayavinicchaya の 新 し い 註 繹 書 が 出 版 さ れ た。Vinayavinicchaya は、Buddhadatta の 著 わ し た も の で(Buddhadatta's Manuals vol. II. PTS 1927)、 こ の 人 は パ ー リ 語 文 法 で 有 名 なKaccayana(七 世 紀 ) と 同 時 代 と さ れ る。 今 度 の 註 繹 はVinisccayatthadipani と 名 づ け、 本 文 の パ ー リgatha に 詳 細 なvya-khya を つ け て い, る。 第 二 巻 は 比 丘 の 部、 第 二 巻 は 比 丘 尼 の 部 で、 合 わ せ て 本 文 九 一 七 頁、 巻 末 に は 索 引 二 九 頁 を 附 し て い る。 最 近 の 出 版 の う ち 償 値 の 高 い も の と し て、 vinaya Koshaya が あ る。 四 巻 か ら 成 る 豫 定 と い う が、 そ の う ち 最 初 の 二 巻 が 出 版 さ れ た。 第 一 巻 は す で に 入 手 不 能 で あ る。 本 書 は 律 に 關 係 す る 重 要 語 を シ ン ハ リ ー ズ を も つ て 解 説 し た も の。 デ ン マ ー ク 學 士 院 の CPD 編 纂 に あ た つ て も、 必 見 の 書 の 一 つ と さ れ て い る。 今 一 つ 有 用 と 思 わ れ る の は、Atthakatha-suoi で あ る。 本 書 は'Alphabetioal

relevant annotations of all the head words

occuring in the Pali Co.

と 銘 う つ て い る つ つ ま り パ ー リ のatthakatha は、 そ の 量 は 彪 大 で あ る け れ ど も、 註 繹 の 仕 方 を 見 る に、 同 じ こ と ば に 封 し て は、 ど の 註 繹 に も 同 じ よ う な 説 明 が 見 ら れ る。 こ の 貼 に 着 眼 す れ ば、 註 羅 さ れ る 封 象 と な つ て い る 語 ま た は 句 を 見 出 し 語 と す る 特 徴 あ る 索 引 な い し 語 句 集 が で き る。 本 書 は そ れ で あ る。 シ ン ハ リ ー ズ 文 字 を 用 い、 セ イ ロ ン 版 藏 経 に よ つ て い る の で 不 便 で あ る が、 他 に 類 書 が な く、 興 味 が あ る。 シ ン ハ リ ー ズ の パ ラ フ レ イ ズ を 加 え て、

圖 書 は 一 九 五 九 年 當 時、 英 語 の も の 五 二 〇 〇

参照

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