『
諸 法 集 要 経
』 不 放 逸 品 第 六
故林黎光氏校定梵本 の読 みについ て
大 地 原
豊 ・中谷
英 明
Lin Li-Kouang (林黎 光: 1902-1945)氏 は 福 建 省 の 出 身, 厘 門 大 学 に 学 ん だ の ち 北 京 でA. de Stael-Holstein の 助 手 た る こ と 数 年, 1933年 以 降 パ リ国 立 東 洋 語 学 校 中 国 語 科 講 師 と し て 滞 仏 を 続 け る う ち, 第 二 次 大 戦(独 軍 占領 下 の生 活)の 辛 酸 に 会 つ て健 康 を 害 し, 天 寿 を 全 うす る こ と な く平 和 来 復 直 後 の 異 郷 に 物 故 し た 学 者 で あ る。 同 氏 が 生 涯 を か け た も の は, S. Levi が1922年 ネ パ ー ル で 入 手 した 写 本 に よ る((Dharmasamuccaya)), す な わ ち 『諸 法 集 要 経 』 梵 本 の 校 定, 並 び に これ を め ぐ つ て の((Saddharmasmrtyupasthana-Sutra))の 総 合 的 研 究, で あ つ た。 そ し て, 氏 が 逝 去 の 寸 前 に 初 校 を 見 た と い う前 者 の 第 一 輯(5章 を収 め る)は そ の 翌 年 に, ま た 後 者 に 係 る 鷹 大 な 遺 稿 は, P. Demisville 教 授 の 整 理 ・ 編 纂 を 経 て さ ら に3年 後 に, そ れ ぞ れ 公 刊 さ れ て 国 際 学 界 の 注 目 を ひ く所 と な つ た1)。 わ が 国 に お い て は, と くに 本 誌 の 第12巻 第1号(昭39. 1)に お い て, 水 野 弘 元 教 授 が 「正 法 念 処 経 に つ い て 」(38-47頁)と 題 し 当 該 経 典 の 問 題 性 を 論 究 さ れ た 際, Lin氏 の 業 績 に 言 及 し て お ら れ る。 Lin氏 の 余 人 を も つ て し て は 代 え が た い 功 績 は, 前 記 写 本 を 単 に 漢 訳 『諸 法 集 要 経 』 と校 合 す る ば か り で は な く, 浩 潮 な 『正 法 念 処 経 』 全 巻 を 渉 猟 し て 写 本 各 詩 節 へ の 対 応 箇 所 を 発 見, か く て 各 詩 節 と蔵 文 資 料 と の 対 照 を も 可 能 に し て, 恩 師Leviか ら の 負 託 を 十 二 分 に 果 た し 得 た 点 に あ る。 と こ ろ がLin氏 校 定 の 梵 文 テ ク ス ト自 体, 乃 至 そ の 言 語 ・韻 律 に 関 す る 同 氏 の 所 見 に 対 し て は, つ と に F. W. Thomas (BSOAS xii-2, 1948, p. 446-450), つ い でR. Shackelton Bailey (JRAS, 1955, p. 37-54), の 両 氏 か ら 多 分 に 批 判 的 な 論 評 が 寄 せ られ た の で あ つ た。 そ し て, こ の 最 後 の 点 が 考 慮 さ れ て で あ ろ うか, Demleville 教 授 はLin氏 校 本1)
Dharma-Samuccaya:
Compendium de la Loi, Chapitres I-V. Texte sanskrit
avec la version
tibetaine
et les versions
chinoises
et traduit
en francais.
Paris (Adrien-Maisonneuve),
1946.
Introduction
au Compendium de la Loi
(Dharma-Samuccaya)
: L'Aide-Memoire
de la Vraie Loi
(Saddharma-Smrty-upasthana-Sutra).
Paris (Musee Guimet : Bibliotheque
d'etudes,
t. 24), 1949.
-976-『
諸法集 要経』不放 逸品第 六(大 地原 ・中谷)(50)
の 続 篇 の 準備 に, 新 た にA. Bareau, 工W. de Jong両
氏 の協 力 を求 め て慎 重 を
期 され た ご と く, 第 一 輯 にお くれ る こ と20年 余, よ うや く昨 年 に到 つ て 校 定 梵
本 の第 二 輯(7章
を収 める)が 刊 荷 の運 び と なつ た2)。Demieville 教 授 が故 人
厘 門 大学 で の教 え子 に し て, パ リ東 洋 語 学 校 で の 同僚 ・
に 向 け られ る愛 惜 ・追
慕 の 念 の熾 烈 に, あ らた め て感 動 を強 くす る と同時 に, 向 後 な お(残 る14章 に対
す る)続 篇 の 出版 が順 調 に進 展 す る よ う祈 念 して や ま ぬ次 第 で あ る。
この第 二 輯 に は, de Jong教
授 に よ る27頁 の別 冊((Appendices))が
添 付 され,
第 一 ・第 二 輯 に対 す るCorrrgenda
(ただ しThomas, Bailey両 氏 の指摘ずみの もの
を原則 と して除 く)を 収 載 し てい る。 同 教 授 は これ を作 成 す る に 当た り, 蔵 訳 の 検:
討 に は(故Lin氏
が用い たNarthang版
のほか に)北 京 版 を も参 照 す る一方, Levi
写 本 と同 じ筆 写 者 の手 に成 つ た 他 の 一部 の写 本 の写 真 複 製-1953年G.
Tucci
教 授 の入 手 に係 る
を利 用 し得 た の であ つ た。 しか し, Tucci写 本 の質 がLevi
写 本 を さ え下 回 る劣 悪 さ であ る 以 上, 提 示 さ れ たCorrigenda
の 不 充 分 はde
Jong 氏 自身 が 強 く意識 され る所 で あ つ て, 本 書 の読 者
こ と に仏 教 学 者一
に 対 し, 梵 文 テ ク ス トに関 す る修 正 意 見 を寄 せ られ た い 旨 の要 望 が 特 記 され てい
る(Appendices, p. 5, int.)。
本 稿 の筆 者 両名 は, 仏 教 研 究 者 の称 を借 す る とは余 りに遠 い もの で はあ るが,
新 刊第 二 輯 初 頭 の1章, Ch. VI((Apramadavage))-漢
訳 「
不 放 逸 品 第六 」
に徴 して 明 らか な よ うに, 全 巻36章
を通 じ最 長 の 章 で は あ る
の み を 夫 々に
検 討 す る機 会 を もち, つ い で 相互 に所 見 を交 換 しつ つ共 同 の考 察 を試 み る間, す
で にde Jong 氏 のCorrigenda
に対 す る相 当数 の補 正 資 料 を得 た か と 感 ず る に
到 つ た。 取 急 ぎ これ らの 諸 項 を詩節 ・詩荷 の順 を追 つ て報 告 しよ うとす る もの で
あ る が, 先 立 つ て若 干 の 全 般 的 所 感 を提 示 した い3)。
1. DhS. の現 存MS(S).
を, 同書 の 訳DS.
と の み な ら ず, SUS. の 訳 た る
SU., Tib. (および部分的 にはDAS.)
と も校 合 す る こと に よ り, わ れ わ れ は 果 して,
各 詩節 ・詩 荷 ・詩 句 の い ずれ に で あれ, 単 一 のSkt.
テ クス トを定 立 で き るの で
あ ろ うか
あ る い は, 仮 に定 立 し得 た と して, 果 し てそ れ は必 ず 常 にDhS.
章
句 の 名 が妥 当す る もの で あ ろ うか
この 点 に, Lin労 作 に訂 正 を試 み る に当 た
2)
Dharma-Samuccaya:
Compendium
de la Loi, 2e partie
(Chapitres
VI a
XII).
Texte sanskrit
avec...Paris
(Musee Guimet : Bibliotheque
d'etudes,
t.
68), 1969.
-975-(51)『
諸法集要経』不放逸品第六(大 地原 ・中谷)
つ て の, 本 質 的 な問 題 が あ る と考 え る。
SUS. の成 立 年 代 は不 問 に付 す と して, と にか くこれ が筆 写 を重 ね て伝 承 さ れ
る間 に, 二 種 の 全訳SU.
(5世 紀前半)お よびTib. (11-12世 紀 の境)を 見 た。 両
者 の 底 本 が, 写 本 伝 承 の上 で 同一 の系 列 に 属 す る もの で あ つた か は疑 問 で あ り,
よ しや 同 一 系列 を仮 定 して さ え, 両 訳 を隔 て る6世 紀 余 の期 間 を思 え ば, 両 訳 底
本 の 間 に 局 部 的 なVV. ll. が 相 当 数 存 在 し た と し て も, む し ろ 当 然 で あ ろ う。 し か る に, に も拘 わ らず, い や 正 に そ れ ゆ え に, も し両 訳 が 文 意 に お い て 歴 然 た る 一 致 を 示 す な ら ば, そ の 文 旨 はSUS. 原 文 の そ れ で あ つ た と 確 信 す る外 は な く, こ の 場 合, Tib. 訳 出 の 機 械 性 を 利 し て 再 構 さ れ 得 るSkt. 章 句 は, SUS. 原 形 を 指 向 す る も の で あ る こ と 勿 論 で あ る。 他 方DhS. は, こ れ ま た 成 立 年 代 を 不 問 に 付 す と し て, と に か くSUS. 写 本 伝 承 の あ る時 点 で 編 者Avalokitasirphaが あ る 一 つ の 写 本 に よ つ た か, そ れ と も二 種 乃 至 二 系 以 上 の 写 本 を校 合 し 取 捨 選 択 した か, さ ら に は 自 己 自 身 に よ る 手 直 し を 加 え た か 否 か, い ず れ の 可 能 性 も あ り得 る そ こ か ら 一 定 数 の 詩 節 を 抽 出 し, し か も そ れ ら をSUS. と は 全 く別 な 結 構 に 配 置 す る こ と に よ つ て 出 来 た も の で あ る 以 上, そ の と き 以 後 のDhs. 写 本 伝 承 は, も は やSUS. の そ れ と は 完 全 に 無 関 係 な, 独 立 の も の で あ つ た は ず で あ る。 す な わ ち, DS. (1064年)の 底 本 とMS(S). の 原 本(1173年)と が, こ のDhs. 写 本 伝 承 の 上 で 同 系 列 に 立 つ 3)筆 者 の 一 名(大 地 原)は, 第 二 輯 発 刊 直 後, review copy一 部 の寄 贈 に 接 し た。 年余 を経 た い ま, わ ず か に本 稿 を もつ て, 編 者Demieville, Bareau, de Jong三 教 授 に対 す る謝 辞 に代 え た い。 筆 者 間 の分 担 に つ き一 言 す る な ら ば, 漢 ・蔵 訳 の 精 査 (長尾 雅 人教 授 の 示教 に負 う所 が 多 い)お よび平 荷 章 句 の収 集 に よ る問 題 点 の 発 見 は 専 ら中谷 の 労 に属 し, 他 方 そ れ らの所 与 に基 づ く梵 文 形 態 想 定 作 業 の大 半, な らび に 本 稿 の 起 草, を 大地 原 が担 当 した。以下, 敬 称 は省 略 す る。Abreviations:-Lin (Li-Kouang: Texteetabli); (J.
W.) de Jong (: Appendices)-m(etri)
c (ausa);
v (aria) 1 (ectio)
S (ans)
k(ri)t;
B(uddhist)
H(ybrid)
S(anskrit);
M(iddle)
I(ndic)
M(aha)vy
(ut-patti:
ed. Sakaki).
SUS.=Texte
original
(perdu) du Saddharmasmrtyupasthana-Sutra;
Tib.=
Version tibetaine (Kanjour, ed. Narthang) du meme; SU.=『 正 法 念 処 経 』; DAS.=『 妙 法 聖 念 処 経 』
DhS.=Texte original (perdu) du Dharmasamuccaya; MS. (A) = Manuscrit du meme, copie Levi; MS. B=do., photo-copie Tucci; MSS. (A et B, entendu); DS.=『 諸 法 集 要 経 』
-974-『
諸法集要経』不放逸品第六 (大地 原 ・中谷)(52)
た か否 か は 当面 の問 題 では な く, 逆 にMS(S).
か ら読 み 取 れ る章 句 が, も しDS.
に よ り直 接 あ るい は間 接 に裏書 き され る4)-し
か もそれ 自体Skt. 語 形 と し て
正 常, か つ韻 律 ・文 意 の 両面 で妥 当 と見 られ る
場 合 には, わ れ わ れ は そ こに
DhS. 原 形 を認 め て先 ず 過 ちは な い で あ ろ う。
と こ ろが, 上 記 か らす で に充 分 予 想 され る所 で あ ろ うが, 実 は 同 一 箇所 に 関 し
て, 一 方SU. =Tib. の 相 即 か ら再 構 され る(sus・ 平面の)形 態 と, 他 方MS(S).
とDhS.
の校 合 か ら確 認 され る(DhS・ 平面 の)形 態 とが, 明 白 に相 違 す る事 例 し
ば しば な の で あ る。 この よ うな場 合 に は, 両 者 と もを 夫 々別 々の 平面 に属 す る形
態 と して定 立 す る の が至 当 で あつ て, 軽 々に後 者 を前 者 の ゆ え に却 下 す る こと は
Dhs. 原典 校 定 とい う労 作 の 目的 自体 に背 反 し よ う。い わ ん や, 一 詩 節 また は 一
詩 荷 の 内部 に, 上 記 の ご と き形 態 対 立 が 二 箇所 以 上 で見 られ る場 合, あ る箇 所 に
はSUS.
形 態 を優 先, 他 の箇 所 に はDhs.
形 態 を優 先 とい うよ う に し て, そ れ
ら の混 合 に な る単 一 詩 形 を復 元 す る こ とは, 厳 に慎 まれ ね ば な ら ない。
本 稿 の各 所 にお い て, 復 元 形 態 の提 示 にSUS. , DhS. の 平 面 を区 別 す る趣 意 は
以 上 の ご と くな の で あ るが, 関連 して なお 次 き の点 を 指 摘 し た い。 両 平 面 の 形
態 が 対 立 す る場 合, DhS. 的 形 態 はSUS.
写 本 伝 承 内 に お け る 一 つ のv. 1.
一
Avalokitasirphaの
使用 写 本 に は存 在 した が, SU., Tib. い ず れ の底 本 に も見 ら
れ な か つ た 読 み
で あ る可 能 性 を確 か に内蔵 し てい る。 しか ら ば, そ のDhS.
的 形 態 が, 対 立 す るSUS.
的 形 態 を も凌 い で, 実 はSUS.
原 初 の読 み を 伝 え て
い る, とい う可 能 性 もま た あ る の で は ない か?一
理 論 的 確 率 と して は しか りで
あ るが, 事 実上 は先 ず 考 慮 に値 い せ ぬ もの と言 つ て よか ろ う。 す な わ ち, 対 立 す
る 両 形 態 を比 較 検 討 す る と き, DhS. 的 形 態 は 大半 の場 合, SUS. 的 形 態 か ら 二
次 的作 為 に よつ て生 じた もの と推 測 可 能 だか ら であ る。
4)宋 代 の訳 と もな れ ば, DS. の 質 的 な低 さは 当然 予 期 され る所 で あ つ て, Lin所 見 (Aide-Memore, p. 155)は そ れ 自体 と して正 しい。 しか し, 本 稿 の筆 者 の お さ えが たい 印 象 に よれ ば, DS. は複 数 の 訳 経 者 間 の 詩 節分 担 に成 つ た もの で あ り, か れ ら の 少 な くと も1名 は, Skt. に対 し当時 の水 準 を絶 して優 秀 な学 識 を備 え て い た か, と 思 わ れ るの で あ る。 か くてDS. が 時折 に見 せ る適 訳 は, MS. と の全 面 的 な 校合 に 値 い し て後 者 を 「直接 的 に裏 書 き」 す る こ とあ り, 他 方, 珍 訳 ・暴 訳 を事 とす る凡庸 の 訳 者 の場 合 は, 自身 の 貧 弱 なSkt. 語 彙 内 の語(初 歩 的 な単 語, 乃 至 は基 本 的 な 仏教 術 語)を 使 用 写 本 中に-正 し くな り誤 つ て な り, と にか ぐ 認 め た 限 りは, これ を必 ず 訳 出 せ ず に はお か ぬ が ゆ え に, か え つ てMS. と の局 部 的 な 校 合 に 資 し, 「間 接 的 な裏 書 き」 を与 え る こ とな し と しな い の で あ る。-973-(53)『 諸 法集 要 経 』 不 放 逸 品:第六(大 地 原 ・中谷) II. SUS. に お い て, す で に そ の 言 語 は, 原 則 的 に 古 典Skt. で あ つ た と 断 定 し て よ い。MI的, 乃 至BHS的, な る も の を 主 に し て 変 則 語 形 が 現 わ れ る と す れ ば, そ れ は ほ と ん ど常 に 韻 律 上 の 理 由 に よ つ て で あ り, ま た 幾 分 か は 先 立 し た こ と にBHS的 性 格 の 強 い 一 経 典 か ら の 引 用(詩 節 全 体 の借 用, も し くは 特 定 表 現 のcliche的 流 用)の ゆ え で も あ る が, そ れ 以 外 に, 語 間hiatusを 嫌 う 顕 著 な 傾 向 が 看 取 され る。
A. MI 的 sandhi: (i) Elision (cf. de Jong, V 78c. ): 68b 'orata 'bu-dhah' (Skt. orata abudhat); 94c 'sura pi' (Skt. sura api, あ るい はSkt. api> MIpiと む し ろ解 す べ きか)。 両 例 と も に, m. c. と 同 時 に, hiatusの 回 避 に 注 目 を 要 す る。 な お 後 出C(i)を 参 照。-(ii) -m-epenthetique (sandhi consonant:
cf. de Jong, V 194 cd.):
24a (SUS. ?) 'bhava-m-iyam'
(Skt.
bhava iyam);
66c (SUS. ?) 'Omada-m-eva'
(Skt.
mada eva);
144c 'Omada-m-agni'
(Skt.
mado 'gni);
172b (SUS.) 'bharya-m-amitram'
(Skt.
bharyamitram);
192d
(SUS.) 'Osya-m-ime'
(Skt.
syeme);
193a (SUS.) 'harsa-m-uhtah'
(Skt. harsa
mktah)。-m-使 用 の 動 機 は, 3例 に お い てm. c., 他 の3例 で は 単 に hiatus の 回 避, で あ る こ と を 疑 い 得 な い。(た だ し最 後 の点 につ い て は, た だ 一 つ 正 規sandhiに
よ る反 例. 166bsonmada iva一 が存 在 す る。)そ し て, こ の 一m一 に 対 す る 読 者 ・ 筆 写 者 の 認 識 欠 如 が, 写 本 伝 承 の 上 に 少 な か ら ぬ 混 乱 を 誘 起 す る こ と と な つ た。
B. MI的 名 詞 幹(す べ てm. c.): (i) bhont-(Skt. bhavant-): 22a
bhontah'o
(ii)
tirya-
(Skt. tiryanc-):
18a
tiryaih',
57a 'tiryah'o
18c
'tirascam'ほ か 相 当 数 の 正 規 語 形 と 併 存 す る。 -(iii)posa-(Skt. purusa-: cf. de Jong, VI 38a.), posah': 38a (MS. dosa-), 56c (MS. purusa-), 87a (MS. nara-), 88c(MS. ghosa-), 130a (MS. jana-)。Mvy. 4672に 所 収 の 語 で あ り な が
ら, 写 本 伝 承 の 上 に 紛 糾 を もた ら した 点 で は, 上 記A(ii) に 匹 敵 す る。 C. MI的 名 詞 屈 折(す べ てm. c.): (i)-a男 性 幹, N. pl. a(Skt. as): 上 記A(i) を 参 照。(ii)-v男 性 幹, G. sg. ounas (Skt. os): mrtyunah 4b, 41b。 正 規 語 形 多 数 に 対 し て 例 外 的 に 現 わ れ る の は, 当 該 詩 節 ま た はhemisti-che がUdanavarga (乃 至 そ の祖 型) か ら の 借 用 で あ る た め。
D. MI的 動 詞 語 形:. (i) 現 在 語 幹vinda- (Skt. 2√vid-): vindanti 11d, 33c, 48c, 5oc, 94a, 184c; vindata' 178b (後 出E(ii) を 参 照)。 正 規 語 形 vidanti (vetti) の 確 実 な 使 用 例 を 見 ぬ(cf. infra 33c) 以 上, こ のMI的 語 形 の 使 用 は 韻 律 と の 関 連 な く普 遍 的 で あ つ た と 思 わ れ る。(ii) 現 在 語 幹
-972-『諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地 原 ・中谷) (54) (Skt. √mr-): 'miyante' (MS. mriyante) 4c (SUS.?), 8c (SUS. ?)。m. c., か つ 上 記C (ii) と 同 所 見。(iii) Imper., Act., 2. pl. 語 尾 一tha (MS. -thah/
-tha/-tha): 7od'makrrha(?)', 170-172d 'ma…rajyatha'。BHS経 典 か ら の cliche的 章 句 借 用 で あ ろ うか。 た だ し 前 者 に つ い て は, 後 出E(iii)を 参 照。 写 本 伝 承 間 に 正 規 の 語 尾 一如(本 章 中 に確 実 な使 用 例 を見 な い)へ の 改 変 が な か つ た
の は, 2. sg., Mid., Secondary Ending-thas (に成 る Injunctive 乃 至 Optative 語 形)と 錯 覚 さ れ た が ゆ え で あ ろ う。
E. そ の 他 の 変 則 語 形:- (i) sukhitah/sukkhitah (SUS. ?), 171b: m. c.,=sukhitah-(ii) Atmanepada, m. c.: 40c 'nasyate', 43a icchate; 119c 'tisthate', 178b vindate。 後 出IIIcを 参 照。-(iii)'(ma…) krtha, 70d: 主 語 複 数 は 明 瞭 ゆ え, 上 記D(iii)の 一 例 と見 ざ る を 得 な い が, 背 後 に2. sg., Mid., Injunctive makrthah (Ved. 語 形 の残 存 に立 つ Epic cliche) の 連 想 が あ
つ た こ と も, ま た 否 定 し が た い。(iv)虚 辞 sah: 41d sa pascat tapyate
(q. v.)。cliche の 機 械 的 充 用 が, 構 文 上 あ り得 ぬ 所 にsaの 残 存 を も た ら し た. と 信 ぜ ら れ る。 III. 韻 律 に 関 し て は, 文 法 面 に お け る よ り も 以 上 に, 完 全 に 古 典Skt. 的 で あ る。 A. 章 末 の1詩 節 (upajati) を 除 い て193のsloka詩 節 は5), 奇 数 荷 に お い て 正 規pathya型 式 に した が わ ぬ 場 合 と て も, 周 知 のvipula4乃 至5型 式 よ り 逸 脱 す る 例 は 皆 無 と 言 つ て よ い。Lin(Aide-Memoire, p. 231) が 本 書 のslokaに 12型 式 を も数 え る の は, も は や 絶 対 に 信 じ が た く, 他 方, 本 稿 の 対 象 た る193 詩 節 に 関 す る 限 り, Linテ ク ス トに て 韻 律 破 格 の 看 取 さ れ る 約20箇 所 は, de Jong, Corrigenda と本 稿 の 所 論 と を 通 じ て, 一 つ 残 ら ず 解 消 し た も の と 確 信 す る。 B. 本 稿 が 夫 々 に 帰 結 す る 形 態 で の193詩 節 は, 以 下 の ご と きvipula分 布 を 示 す6)。
Vipula 1 (na-vipula), 第2-7音 節-U-UUU: 101c, 112a, (115aDhS. P),
5) 通 称 に した が う。別 称 anustubh, 正 式 に は anustbvaktra (Pihgala) 乃 至va-ktranustup (Vrttaratnakara)。 た だ し詩 型 名称 と して のslokaが, chandasテ ク ス トを通 じて存 在皆 無 と い うわ け で は ない-Brhatsamhita, 104. 58は この名 称 を 明示 す る。
-971-(55)『 諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地 原 ・中 谷) 117a, 122c, 134a, 141c (SUS.), 142c計6(-8)回。
Vipula 1' (na-vipula), 第3-7音 節--UUU: 4a, 33c, 41a, 43c, 45c, 48c, 49a, 60c, 64c, C66cDhS. ?), 78a, 80c, 83a, 10'1a, 110c, 113c, 127a, 149a, 151a, 156c, 175c, 185c計21(一22)回。
Vipula 2 (bha-vipula), 第2-7音 節-U--UU: 44a, 46a, 66c(SUS.), 85c (DhS.), 87a, 96a, 97a, 150c, 153c, 160c, 163c, 171c, 172a計12 (-13)回。
Vipula 3 (ma-vipula), 第2-7音 節-U----: (145csus. ?)-計 0 (-1) 回。
Vipula 4 (repha-vipula), 第4-7音 節--U-: -(4c=8c, DhS.?; 11c SUS. ?); 193a (SUS.)-計1 (-4)回。
SUS. 作 者 自 身 が 真 に 駆 使 し た の は, vipula 1, 1', 2の3種 (土着 分類 で はna-viula とbha-vipula との2種)の み, と い う暫 定 的 印 象 を 禁 じ 得 な い。 残 余 の2 型 式 は あ く ま で 例 外 的, Dhs. 形 態 で は 原 則 的 に 払 拭 さ れ た か と思 わ れ る。 夫 々 当 該 箇 所 に 関 す る 本 稿 の 所 見 を 参 照 さ れ た い。
C. 土 着chandas論 書 は, pathyaに つ い て も各vipulaに つ い て も, 詩 荷 後 半(第5-7一 音節)の 規 定 に お い て 変 わ る所 が な い の に 反 し, 詩 荷 前 半 に 関 し て は 論 書 間 の 奇 妙 な 相 違 が 注 目 さ れ る:-(i)な ん ら の 制 限 を 課 さ な い(e. g. Brhatsamhita, 104. 58); -(ii) 各 荷 第2-3音 節 に ∪Uを 禁 止 す る (e. g. Vrtta-ratnakara, 2. 21); -1 (iii) 前 項 の 禁 制 に 加 え て, 偶 数 荷 に は さ ら に 第2-4音 節
-U-を 禁 止 す る (e. g. Pihgala, 5. 10-11)7)。
と こ ろ で SUS. 作 者 は, (ii) の 禁 制 を 確 実 に 意 識 し て い た: -前 掲IIE (ii) の 変 則 Atmanepada 4語 形 の う ち, 後2者 (tisthate, vindate) が pathya 詩 荷 の 第6長 音 節 を 確 保 せ ん が た め で あ る に 対 し, 前2者 (nastyate, icchate) は, 夫 々 の 詩 荷 に 第3長 音 節 を 確 保 す る こ と に よ り, 明 ら か に2-3UUの 回 避 を 意 図 し た も の に 外 な ら な い。
(iii)で 加 わ る 偶 数 荷2-4-u一 の 禁 制 に つ い て は, 作 者 が これ を 意 識 し た と 帰
6) 以 下 で は Keith, History of Sanskrit Literaturem p. 421お よ びRenou=Fil-liozat, L'Inde classiue II, p. 714に 所 載 の 命 名vipula 1-4に し た が う が, vipula 1の 第 二型 を と くに vipula 1'と 表 示 す る。括 弧 内 は Lin の用 い る 土 着 名 称 (Pihgala 以 来)を 示 す が, 'ma-vipula'だ け は, Vrttaratnakara 2. 30の v. l. に 初 め て登 場 す る。 な おB. C両 項 にわ た つ て は, Weber, Ind. St., 8, S. 331-346 を 参 照。
-970-『諸 法集 要 経 』不 放 逸 品 第 六 (大地 原 ・中谷) (56) 結 す べ き 端 的 な 標 徴 は 見 出 せ な い。 し か し, 193詩 節 の 全 偶 数 荷 を 通 じ て172b (SUS)の 想 定 形 態 に お い て を 唯 一 の 例 外 と し こ の 禁 制 に 抵 触 す る 確 実 な 例
も ま た 見 ら れ な い の で あ る。 か く て, SUS. 作 者 はsloka 詩 荷 の 前 半 に 関 し規 定 (iii)に 則 つ て い た, と 判 断 し て ま ず 大 過 は な い で あ ろ うか8)。
1 (382) c. pramada-visa (Lin: MS., Tib.) に 対 し, SU., DS. 「痴 」 か らv. 1. 'o-moha' (lectio inferior) が認め られよ う。
d. 'duram eva tat' (Lin: MS.) をXI7d tasya duratah に 統 一 す る こ と(de Jong) は, 文 意 上 か ら infra 136dに て不 適 当, 同様 に本 箇 所 で は 不 必 要, と思 わ れ る。
4(385)b. 変 則 語 形 mrtyunah は, 本 詩 節が Udanavarga IV 1, Dhammapada V 21, 乃 至 そ れ ら と共 通 の源, に負 う もの で あ るか ら にす ぎな い。
7) 韻 律 に関 して一 般 に参 照 され る で あ ろ う現 荷 manual の 記 述 も, また 平 荷 的 に 三 大 別 さ れ る (!):-(i) Apte's Dictionary, Appendix I; Kale, Higher Skt. Gr.,
Appendix
I; Thumb =Hauschild,
Handbuch,
II, S. 152f.
(ii) Macdonell,
Skt. Gr. for Students,
Appendix
II (p. 233)
(iii) Stenzler, Elementarbuch,
S. VIII; Lanman, Skt. Reader,
p. 300 (21)
こ の 点 で 特 に 注 意 を 喚 起 した い の は, 最 も よ く参 照 さ れ る で あ ろ うKeith, History お よ びL'Inde classique (前 注 参 照)の 記 述 が, (iii)を 意 図 し つ つ も 奇 異 な 錯 乱 を 見 せ る 事 実 で あ る。 前 者p. 420, 1. 2fr. bottom: save UMUU はsave UU UU and U-U-' に, 後 者p. 714, med.: 'ne saurait etre × ×U×; au premier pada,'は'ne saurait etre×-U-; au premier ainsi qu'au second pada, 'に, 夫こ 訂 正 が 不 可 欠 で あ る。 8) こ の 最 後 の 点 に つ い て は, de Jong, Corrigenda も 同 じ判 断 に 立 つ も の の ご と く で あ る。 な お, 上 記I-IIIの す べ て は, 本 質 的 に 筆 者 自 身 に と つ て の 作 業 仮 説 に す ぎ な い。 す な わ ち 筆 者 両 名 は 向 後 も, 今 回 と 同 様 の 検 討 を他 の 各 章 に つ い て 試 み る 積 り で あ る が, そ の 間 に は 上 記 諸 項 の 一 部 に 修 正, と き に は 放 棄 す ら, が 当 然 に 生 ず る か と 予 想 さ れ る。 本 稿 の 以 下 の 部 分 で は, de Jong修 正 が 論 議 の 余 地 な く正 当 と 感 ぜ ら れ る 場 合, , こ れ へ の 言 及 は 一 切 省 略 す る。 沈 黙 は 完 全 な 賛 同 の し る し と 解 さ れ た い。 読 み の 提 示 に 関 し次 ぎ の よ うな 便 法 を 用 い
る-italiques':
lecon estimee valable (soit definitivement,
soit a titre de v. 1.).
romains':
lecon (anterieurement
adoptee ou proposee, mais ici) estimee
intenable.
*italiques*:
lecon hypothetique
mais plausible
(au moins a titre de v. 1.).
*romains* : mauvaise lecture censee avoir ete commise.
-969-(57)『 諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地 原 ・中 谷)
c. 正 規 語 形 mriyante (de Jong: MS. B) は, Udanavarga に お い て (sic, Ed-Bernhard)と 同 様, vipula 4の 詩 荷 を もた ら す が, に も 拘 わ ら ず, 文 法 ・韻 律 両 面 か ら 不 適 当 なMS. A mriyanteの 背 後 に, (少 な く と も 音 価 に お い て) MI語 形miyante (と し て の 扱 い) を 宿 し たSUS. 形 態 し た が つ てpathya 詩 荷 を 認 め る べ き で あ ろ う。vipula 4使 用 の 確 実 な 例 は, 本 稿 の 範 囲 内 で は, 193a(SUS. )想 定 形 態 に お い て の み だ か ら で あ る。
5(386) d. duhkhad duhaham prayanti に 対 し, DS. 珍 訳 は *durad durarp pacyante* (韻 律 破 格) な る 誤 読 を 窺 わ せ る。 同 じ 錯 誤 はVIII43c duhkhad duhkha-(taram…)'-DS. *durad durarp (tiro/tvara…)*-に 再 出 す る。
6(387) ab. a荷 は Lin テ ク ス トの ま ま, 他 方b荷 に 対 し て は, DS. 「無 為 」 を と くに 考 慮 し て, MSS. か らDhS. 形 態sarvatrakarmasamskrtah'-(((Les mortels
qui...a...,)
n'etant nulle part atteints d'impressions
karmiques, (se dirigent....cd....)))
を 復 元 す べ きで あ る。MS. B prakrama。 は, MS. A prakarma の解 釈 に窮 した 筆 写 者 が, あ らた め てparakrama- ((exploit)) を念 頭 に浮 べ た しる しか と思 わ れ る。
sus. 形 態 は 決定 しが た い。SU. は …yada…sarvatra tada satkrtah を, Tib. は … sada…sarvalokena satkrtah を 示 唆 す る。
7 (388) c. mohavimudha-' (Lin, n. 2: SU., DS. ), dharmavimudha-' (de
Jong: MS., Tib.)は, vv. ll. と し て 同 列 に 認 め る 外 は あ る ま い。
8 (389)c. mriyante' (Lin: MS.) に つ い て は, supra 4cと 同 様。 本 詩 節 後 半 は, 4後 半 をcliche的 に 流 用 し た も の で あ る か ら。
10(391)a. kalohi'(Lin: MS.) に 対 し, SU.「 此 」 とTib. 'diと か ら, SUS-形 態 kalo yam を 復 元 で き る。DhS. と し て も, 恐 ら く こ の lectio superior を 採 る べ き で あ ろ う。
c. ca tau' (Lin: MS. ceto) は 韻 律 破 格 を もた ら し, 当 然caitau に 訂 正 を 要 す る。 d. mrtya-kalo (Lin: MS.) に 対 し, Tib. はmryuk k。 を 示 唆 す る。 両 訓 の 間 に 優 劣 は な い が, い ず れ に し て もkala-を め ぐ る 軽 い 語 戯 が, 本 詩 節 を 通 じ て あ る こ と 勿 論 で あ る:-((Voici le temps (voulu) non de la frivolite, pas plus que d'une joie
quelconque:
(car)...c...
(Seul importe)
le Temps puissant
(qu') est la Mort)),
11 (392)b. SU.「 大 衆 」(sic 大 正!) は, 「天 衆 」 に 訂 正 を 要 す る。
c. visayari mohita mudha (Lin: MS.; pathya) は, infra 12cと の 関 連 の 下 にSU が 支 持 す る所 と信 ぜ られ る に 対 し, Tib. はvisay mohen mudha'(vipula 4) な る v. 1. を 示 唆 す る。
-968-『諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地原 ・中谷) (58) 12 (393)ab. b荷 初 の 要 素 と して, DS. はsamsara-を, MS. は Tib. と と も に samskara-を 与 え る が, SU. に つ い て は, 「荷 」 が 同 じ くsamskara-を 支 持 す る と 見 る (Lin, n. 2) よ り も, む し ろ 「相 続 」 か ら samtana-を 復 元 す べ き で は ない か, そ して, MS. か ら明 らか な 中性(複 数)語 尾 の 正 し く妥 当 し得 るの は, この 最後 の語 の み で あ る こ とを思 え ば, avyucchinnani…samtananai… を 正 訓 と す べ き で あ ろ う。文 意 は
(((Lesdits
dieux stupides,)
ils ne font que regarder (Zit.: plus d') une succession
ininterrompue d'objets corporels))-で し か あ り得 ま い。avyucchinna=nitya (Lin, n. 5) と は 牽 強 の 論 で あ る。
c. MS. に よ る Lin テ ク ス トは 韻 律 破 格。Tib. に 即 せ ばtatha visayasammudha,
SU. (お よ びDS.) か ら は 多 分taha hi visayari mudha, の ご と き pathya 詩 荷 に 訂 一正を 要 す る。 な お 次 項 参 照。
d, Lin テ ク ス トは, SU., Tib. に 基 づ き, SUS. 形 態 と し て は 異 論 の 余 地 は な い。 た だ しMs. 荷 末 の 混 乱(Lin, n. 3: yad・v/dh・isa。?) は, DS.「 不 能 求 解 脱 」 が 窺 わ せ る 著 し く違 つ たDhS. v. l. と, 無 関 係 で は な い の で な か ろ う か。 す な わ ち, も しDS. か らcd. *…mudho 'pavargeccham sa dharsati* ((Ainsi, lui, etant egare par…, fait fi de l'aspiration a la Beatitude))-を 想 定 す る と き, そ し て こ の よ う なv. l. が, し か も√dhrs-≒√dvis-と 教 え る 注 記 を 伴 な い, Lin テ ク ス トど お り の 正 訓 と 虹 ん で 記 載 さ れ あ る 写 本 を 想 像 す る と き, 以 後 の 筆 写 者 が, 正 訓 を 写 し つ つ も 最 後 に 到 つ てv. l. 乃 至 そ の 注 記 に 幻 惑 さ れ, yad dhitam か ら逸 れ て yad dhisao/yad dvisao の ご と き 誤 記 を 犯 すMS. 荷 末 を こ の よ う に 推 測 で き ぬ で あ ろ う か。
14(395) ab. de Jong 示 唆 を 徹 底 し て, 当 然sukhavad drsyate pramado
manda ((Auparavant, les gens a l'esprit lent considerent la Frivolite comme
etant le Bonheur))-と 読 む べ き で あ ろ う。SU. は これ を 意 訳 す る も の, Tib. は 誤 つ て*pramada-manda。*と 合 成 語 に 読 ん だ, と 判 定 す れ ば 足 る。DS. 「如(彼 蜜!)」 に も ovat の 反 映 が 看 取 され る 以 上, MSS. に 即 す るLin テ ク ス トsukha na drsyate…
pramadat... ((...1'esprit lent manquent, par (la force de) la frivolite, a voir
(ce que c'est que) le bonheur))-が 認 め ら る べ き は, DhS. v. 1. の 資 格 に お い て の み で あ ろ う。
c. Lin テ ク ス トは 文 意 を な さ ず, Tib に し た が う な ら phalm praphy
pramadot-tham 乃 至 phale prapt pramadotthe, MS. (cf. Lin, nn. 5-6) に 即 し て は 当 然 こ の 後 者 の 読 み を 採 ら ね ば な ら な い。
d, sa pascat taphyate は 常 套 句 ゆ え, 本 箇 所 に お い て もMS. 荷 初 にsa の 脱 落 を 認 め る (Lin, n. 7) は 至 当 で あ る。 た だ し, sa の 価 値 で あ る が, II 5cd. yo sa pascad anutapyate に お け る が ご と く 明 瞭 に 文 の 主 語 を な す 場 合 と, VII 62 cd. (de Jong)
-967-(59)『 諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地 原 ・中 谷) '
vyasane tu samutpane sa pascat paritapyate こお い て Impersonal Passive (agent; a cata-) の 承 認 が 不 可 避 した が つ て-((sah explefit))(cf. Renou, Gr. sce, § 260, a), n. 2). MI直 接 格se (cf. Pischel, § 423; Geiger, § 105. 2) に 対 応 と な る よ う な 場 合 と が, 区 別 さ れ ね ば な ら な い。 本 箇 所 に お い て は, saに 特 定 の 個 人 を 認 め る よ り も, 後 者-Impersonal Passive (agent: b mandabuddhibhia) に 解 す る の が 遙 か に 自然 と信 ず る。
15 (396)c. DhS. 形 態 と し て は, tatha sa varabhapray (Lin) の ま ま で よ い。 た だ し 文 意 は, thaha, sc. panditair drstah (ab.) ((de meme, celui qui…(l'est) comme (etant) semblable…))-Lin, n. 5(go-の 神 聖 へ の 長 い 言 及 は 見 当 外 れ) を ま つ ま で も な く, DS. はvrsabha-「 牡 牛 一 勇 者 一 英 傑 」 の 語 感 へ の 無 知 を 暴 露 す る が, そ れ だ け にDS. 底 本 の 読 み の. 上 記 と の 一 致 が 確 認 され よ う。
SU. 「常 無 憂 悩 」 とTib. de-ltar (=tatha), de-las gsan (=〔tasama?〕anya-), dge-ba(=subha/sreyas-) と か ら 想 像 し 得 るSUS. 形 態 は, tathavyathah sa ca sreyan
((en sorte que cet excellent homme qui…d…est a l'abri de souffrance))-以 外 に な い で あ ろ う。SU. は 後 半 に*sada*を, Tib. は 前 半 に*anya*を 夫 ヒ誤 認 し, 他 方, 上 記 の 語 順 を た が え た 誤 写*tatha cavyath sa sreyan*(韻 律 破 格)か ら, 二 次 的 にDhS. vrsabhapray が 創 出 さ れ た か と 思 わ れ る。
16 (397)b. SU. 「応 荷 」(Tib. bsten-parbyed も Opt. を 示 唆 す る か), そ し て MS. 自 体nisevatu(MI痕 跡P)と あ る 以 上, 正 規 語 形 を 採 用 す る の な ら ば, 'nisevate' (Lin) よ り む し ろnisevatam に ま で 到 る べ き で あ ろ う。
17(398)d. duhkhitanaya'(前 分duhkhi(m)-ta-!)に, Lin は bahuv. (後 分 a-naya-((mssaventure))) を, DS. はtatp. (後 分anaya-<a√ni-:「 招 」)を 見 る。 い ず れ に し て も不 自然 極 ま る 読 み(解 釈)と 感 ぜ ら れ る が, こ れ を 認 め る 限 り は, MS. Aの
と お りnaraka-duhaの 合 成 語 扱 い を 必 要 と し よ う。 か くてDhS. の 見 地 か ら は, Lin テ ク ス トの ま ま が 可 と思 わ れ る の で あ る が, 韻 律 上2-3UUの 禁 制 に 触 れ る 点 か ら は, de Jong (Levi) の 採 る(MS. Bに 即 し た)narake duhの 読 み が 不 可 避 か と も 思 わ れ る。
DhS. 平 面 に お け る こ の よ う な 不 決 断 に 加 え て, Tib. sdug-bshal (mi) myoh-hoは, 前 分duhkaha-, 後 分a√svad-な るupapada (tatp.) 合 成 語 を 思 わ せ る も の の, SU.「 無 苦 報 」 と さ え 結 び が た く, 成 案 を 得 な い。 単 な る 臆 測 で は あ る が, SUS. 原 初 形 態 は*na-rke duhkha-tanmayah-最 後 の 要 素((imbibe exclusivement dedouleur)) を Tib.
は 意 訳 (?), ま た そ の 無 理 解 か ら(Avalokitasha 以 前 に) lectio inferior duhkhi-tanayahへ の 改 変 が 生 じ た(?)-と 見 る わ け に は い か ぬ だ ろ う か。
18 (399)a. 'sahatirya' (Lin: MS.) は 韻 律 破 格。Tib. dud-'gro mchuhs par に
-966-『諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地 原 ・中 谷) (60)
即 し て Inst. を 伴 な う形 容 詞sama-(cf. infra 90 cd., 94 cd., ubi alia) は 明 瞭, そ し て 音 節 数 の 制 限 か らBHS語 幹tirya-の 使 用 を 疑 え な い。 つ ま り, SUS., DhS. の 両 面 を 通 じ て, samas tiryai (r)'が 唯 一 の 正 訓 と 信 ぜ ら れ る。
SU. 「與 鳥 」 は, こ こ に*sa-tittiryo*と 誤 読 しtittiri-(Mvy. 4891「 沙 鶏 」)を 思 つ た の で あ ろ う か。
19(400)a. Tib. a荷 はkarma-vaicitryati(de Jong 示 唆) を 支 持 す る。 d. Lin を 込 め, す べ て の 訳 者 は, L. sg. bhavisyati (sc. kale/janmani) を 明 識 せ ぬ よ うで あ る。
21 (402)b. 'raksate'をrajyate に 訂 正。
c. 文 脈 上 はAbs. Loc. (ksine subhakarmanet) を 予 想 し た い が, Tib. は bahuv. 'ksina-karmantas' (de Jong) を 明 瞭 に 支 持 す る。 い ず れ に し て も,
karmanta-のanta-を 「終 り 」(Lin, ((fin))) と 解 し て は な ら ぬ:-((…ab…s'apercevra, (seulement) quand l'ensemble de ses bons actes aura ete epuise, que…d…))。
d. MS. か ら得 られ る Lin テ ク ス トは, cyavanantam (sc. devalokam)
vibudhya-te'-((s'apercevra, ...,
que celui-1a (=1e
monde celeste) se termine
par sa
chute (de la-haut)))-の 意 味 でDS. と一 致 し, DhS. 形 態 と し て 承 認 し 得 る。 SUS. 形 態 は 恐 ら く, SU. に 即 す るcyavanatnt vibhdhyate-(((ne) se reveillera (qu') au moment final qu'est sa chute (du monde celeste))) で あ ろ う。Tib. は
*cyavanantam
na budhyate*
((ne connait pas le sort final que sera sa chute))
を指 示 す るが, 文意 い さ さか平 板 に過 ぎ る の で, 誤 訓 と見 た い。
22(403)a. SU. に見 れ ば, 本 詩節 は 鳥 ど もが神 々 に対 してす る言 問 い の 最 後 に当 た つ て い る。 した が つ てSUS. 原 文 は, 代 名 詞bhavat-のMI的 語 形N. p1. (cf. Pali bhonto) を含 むpramadoparama bhontah-((Vous etes livres a la frivolite))-以 外 に な か つ た と 確 信 す る。SU., Tib. と も に, こ れ を*pramadapara ma bhota* (*bhota=bhuta/bhavata) と見 た の で あ ろ うが, 韻 律 破 格 に 加 え て, SUS. に お け る Imper., 2. p1. 語 尾 がMI的-tha で あ つた と 考 え ら れ る(冒 頭 所 見IID (iii) 参 照) 以 上, 誤 読 と断 じて 悸 らな い。 SUS. 文 脈 か ら切 離 され たDhS. 詩 節 と して は, この否 定 命 令 と して の 解 釈 が い よい よ 不 可 避 とな つ て, 結 局Lin再 構 テ ク ス トの ごと き形 態 に到 り着 い た こ とで あ ろ う が, 韻 律 破 格 の 難 は い か ん と も しが た く, か くてDhS. 形 態 と し て さ え, 上 掲SUS原 形 そ の ま まを 定 立 す る外 は な い と考 え る。 23 (404) SU. 欄 の空 白 に は, 一 切 愛 欲 楽 為 放 逸 所 誰 愛楽 報 既 尽 後 堕 地 獄 苦 が 該 当 す る。
-965-(61)『 諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地 原 ・中 谷)
b. pramadena (de Jong) はSU., こ と にTib., か ら 全 く確 実 で あ る。
c. し た が つ てAbs. Loc. は, vigate tasmin (sc. pramade)'-((cette (attaque de) frivolite une fois passee)) と, 順 当 な 意 味 を な す。
d. MS. か ら絶 対 にpratyadesena ranksyate-((rougira par (sentiment d') hu-miliation (de soi-meme))) を 復 元 す べ き で あ る。ranksyate (fut.) はa rajyate (pres.) と 素 晴 ら し い 語 戯 (「愛 著 」/「 赤 面 」) を な す。SU. は 正 に こ の 文 を 見 て, も と よ り文 意 を 捉 え 得 ず, 苦 し ま ぎ れ に*pat-…desa naraka…*の ご と き 当 て ず つ ぼ う か ら, 「堕 地 獄 苦 」 を 捏 造 し た の で あ ろ う。 他 方Tib. がtadanutapena tapyate を 指 示 す る の は, SUS. 伝 承 間 に 生 じ た lectio facilior *tad-anutapaen tapyate*を さ ら に 誤 読 し た も の で あ ろ うか。 前 者 は 偶 数 荷2-4-U-, 後 者 は2-3UU, 夫 韻 律 上 の 禁 制 を 犯 す の で, い ず れ もv. 1. 資 格 を 認 め が た い。DS. 訳 文 は 考 慮 に値 い せ ず, か く て 冒 頭 に 提 示 し た 形 こ そ, SUS. /DhS. の 区 別 な く, 唯 一一 の 正 訓 と信 ぜ られ る。
24(405)a. dosa-(Lin: MS., Tib.) に 対 し て, SU. はvisa-を 示 す。b sa-dvala-と の 関 連 か ら は, 後 者 の 方 が よ り適 切 で あ ろ う か。
合 成 語udhbaa-(de Jong: Tib.) の 存 在 は 否 定 で き ぬ が, 文 意 上 か ら後 分 に は 男 性 名 詞((naissance; source, origine)) (de maux/poison)-が こ こ で は 必 至 で, 決 し て-Tib. が 前 分 をAbl. (dosat) に 置 くか ら と て-形 容 詞 価 値 のupapada合 成 語((qui provient (de…))), す な わ ち 次 ぎ のbhumihに 一 致 す るdbhava (de Jong), と す る わ け に は い く ま い。
か く てMSS. か ら復 元 す べ き は, dosodbhavad iyam bhumih- ((Etant donne la naissance de maux, cette terre a…b…))-か, dosodbhava iyam
bhaumi-((Cette terre est la source de maux, en tant qu'elle a…b…)) か, の い ず れ か で あ ろ う。 前 者 は, 多 分DS. 「依 」 に 間 接 の 支 持 を 受 け, DhS. 形 態 と 認 め て 無 難 な の で は な い か。
後 者 に 関 し て は, MS. Aの 混 乱(cf. Lin, n. 1)に 徴 し て, SUS. 原 形 に:お け る(hiatus 回 避 の た め の)-m epenthetique の 存 在 を 想 像 す る (de Jong) の は 完 全 に 正 し く, か
くてdosodbhava-m-iyam (v. 1. visod) bhumihがSUS. 正 訓 と確 信 さ れ る。 前 者 -DhS. 形 態-が, -m-要 素 の 無 理 解 か ら 二 次 的 に 施 さ れ た 改 変 の 所 産, で あ る こ と は 言 うま で も な い。
d. satkrta-(Lin: MS.) はDS.「 福 業 」 に 裏 書 き さ れ, ま たSU「 愛 」 も先 ず こ れ に 当 た る と見 て よ い。 た だ し, SUS. 平 面 で は, Tib. の 指 示 す るsvakrta-(((ravis
de leurs) propre(s) exploit (s))). を v. 1. と し て 認 め 得 よ う。
25 (406)
ab. visamas...pramadah
kamahetavaz-((Instables,
irregulieres
-964-『諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地 原 ・中 谷) (62)
et intenses, les fantaisies frivoles sont autant de causes du desir)) が, MS. か ら も, 恐 ら くSU., DS. か ら も (た だ し 後 者 はkama-hteu-を bahuv. に 誤 解), 帰 結 さ れ る 読 み で あ り, 事 実 こ の 詩 節 が ((Apramadavarga)) に 収 め られ あ る 以 上, DhS. 編 者 の 理 解 も 同 様 で あ つ た に ち が い な い。
しか し, visamas (de Jong) の 位 置 に, Tib. yul が 指 示 す るvisya-を 考 慮 す る (Lin) 限 りは, む し ろ*…visayas…a-kama-hetavah*-((les objets des sens sont cause de frivolite et de desir)) こ そ がSUS. 形 態 で は な い か と証 か られ よ う。 cd で 「夢 の ご と く, 信 ず べ か らず 」と さ れ るtesam, teに よ り剴 切 な の は, pramadah で は な くvisayah だ と 思 わ れ る か ら で あ る。 と は い え 上 記 の 形 態 は, b荷 で 韻 律 上2-4 -U-の 禁 制 に 抵 触 す る ゆ え, や は り断 念 を 無 難 と し よ う か。
26(407)b. Linテ ク ス トの ま ま で は 文 旨 不 明。Tib. に 即 し てkamasavaps tu (sc. narake) hetavahと 再 構, 文 意 を-((mais les reves relevant de desir (sexuel) en sont autant de causes))-と 解 す る し か 考 え よ う あ る ま い。
27(408)a. krtsnam (Lin: MS.) に 対 し て, Tib. lha kun gyis が 指 示 す る 'krtsnaih (surahi) は, 誤 訓 に あ ら ず と し て も 歴 然 た る lectio inferior で あ る。
30 (411)a. 'tatha' (Lin: MS.) は'yatha' (Tib. 'di-ltar, =yasmat/yatha) に 訂 正-c tadvat (Tib. de-ltar,=tatha) と 呼 応 す る-が 可。
b. 'agnibhanus' (sic, Lin) を, 'agnir bhanus' に 訂 正-'kathyate' (sg.) は 併 列 の 一 方, よ り近 いbhanus, に 一 致(constructio ad synesin: cf. Speijer, Skt. Syntax, § 27f.)。
31 (412)b. 'vicesate' を'vicestyate' に 訂 正。tad (sc. karma, si l'on veut) …yena…'=taha…yatha…: ((un esprit…agit de telle facon qu'egares par la, les sots se dirigent…))。
32 (413)a. Tib. は 合 成 語'pramad-mohita' を 指 示 す る。
33 (414)b. 'patananta-'が, ((qui s'approche de son terme)) の 意 で'jivita-' ((vie)) と 同 格 (Lin: SU. DS. 類 義) に な り得 る と は, い か に し て も 無 理 で あ る。Lin想 定 に 係 る'ca'がMS. Bに よ りhiに 訂 正 さ れ る(de Jong)以 上 は, さ ら にTib. を 考 慮 し て, a行 のAbs. Loc. を 補 足 説 明 す る 挿 入 節maranantam hi jivitam (lectio inferior: patanantam…')-((car la vie, doit fiinir par la mort (chute)))-を 復 元 す べ き で あ ろ う。 文 意 を 全 う し 得 る読 み は, これ 以 外 に あ る ま い。
c. 正 規 語 形'vidanti'(Lin)はvipula 1'詩 荷 を と と の え る ゆ え, こ と さ ら(vipula 1詩 荷 を も た らす) MI的 語 形vindanti (de Jong) に 修 正 の 要 は な い か の ご と く で あ
-963-(63)『 諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地 原 ・ 中 谷)
る。 し か し な が ら, infra 48cで は, 韻 律 上-MS. vidanti で は な く-'vindanti' が 絶 対 必 要 で あ り, か つ 本 章 を 通 じvindantiの 語 形 の み 頻 出 す る 以 上, 本 箇 所 に 限 り例 外 と は な し得 な い。de Jong 修 正 は 至 当 と 認 め ら れ る。
d. 'patanantam sukham' (Lin) は infra 34bに も見 られ る 句, そ し て 本 箇 所 の 文 意 上 か ら も (c√vid-の 目 的 補 語 の 一 つ と し て) Acc. patananatam が 絶 対 に 必 要 で あ る。 MS. B patanante を 採 る (de Jong 示 唆) わ け に は い か な い。
34 (415) d. bahuv. 合 成 語karmanta- ((ayant pour fin des actes)) は, 若 干 技 巧 的 な 趣 き で 用 い ら れ て い る:- ((Tous les hommes (leurs corps ayant peri,) se reduisent enfin a leurs actes (accumules de leur vivant)))-。 虎 は 死 し て 皮 残 す の 類 で, 人 は 死 し て 業 の み 彼 に 残 る と い う意 味, こ れ を(Linを 込 め)す べ て の 訳 が 捉
え そ こ な つ て い る。
36(417)a. baddho yam へ の 修 正 (de Jong) は, Tib. 'dini (=ayam) に も支 持 さ れ て 完 全 に 正 し い。
b. 前 荷 と続 きayam samsaro-((ce monde transmigratoire))-は 事 実 上 ayam lokah と 同 義 で, す で に 近 代 語 に お け るsamasr(a)-(Hindi. "world")の 語 義 を 指 向 し て い る。SU., Tib., DS. と も*sarpsare*と 読 む の は, こ の 語 義 発 展 の 方 向 へ の 無 知 の ゆ え に 外 な ら な い。
38(419)a. de Jong 所 説 は 正 し く, か つ 極 め て 重 要 で あ る。posa-再 構 の 第 一 の 指 標 と し て は-SU. に 「人 」, Tib. にgahzag(pudgala) と 見 え, し か も こ れ に 対 しnara-, purusa-等 々 を 置 くの で は 韻 律 破 格 を 生 ず る と い う場 合 が 挙 げ ら れ よ う。 本 箇 所 お よ び infra 38a, 56cは そ の 例 で あ る が, な お そ れ 以 外 に, infra 87a, 88c, 130a
の ご と く, Tib. gah zag な く し て もposa-復 元 を 必 至 と す る 場 合 が あ る。
MS. dosa はDS. の 支 持 を も 欠 く以 上, 'dosat' (Lin) に は, Dhs. の 見 地 か ら さ え, V. 1. 資 格 を 与 え 得 な い。
b. kadacid api jivati (Lin) は, MS., DS. 双 方 に 支 持 さ れ 文 意 も好 適, し た が つ てDhS. 形 態 と し て は 決 定 的 で あ る。 た だ しsus. 形 態 と し て は, su. 「若 」 とTib. gal-teと か ら(kadacit に 代 え) yadi syat が 窺 わ れ て, yadi syad api jivitah が 復 元 され る べ き も の と 考 え る。
39 (420) ab. de Jong 訂 正 は 両 項 と も正 し い。MS. に 基 づ く Lin テ ク ス トは, 'd
osa-'と'(kada) cit'と に 対 しDS. (「過 失 」,「(無 有)少 」)の 裏 付 け を 認 め 得 た と し て も, 解 釈 の 困 難 は 歴 然-kadcait ((en tout temps)) (!); c tasya sc
prama-dasya (?!)-で あ つ て, DhS. 形 態 と し て も保 持 に 値 い し ま い。
40(421)c. nasyate, Atmanepadam. c.-2-3UUの 禁 制 を 回 避。
-962-『諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六 (大 地 原 ・中 谷) (64) 43 (424)a. 'icchate', 同 上。
44 (425) d. 'duskrtakaraka-' (de Jong) は, Tib. の み な ら ずSU., さ ら に 多 分 DS., が 一 致 し て 支 持 す る 所 で あ り, 他 方'suktakrtatmaka-'(Lin: MSS.) は, sukta-(Lin ((rude))!) な る 形 容 詞 の 使 用 が 甚 だ 奇 妙 で あ る。 前 者 に 対 す る 筆 写 者 の 誤 写 と 作 為 と が 重 畳 し て, 後 者 に 到 りつ い た の で は な か ろ う か:-du. skr. ta. ka. ra. ka->*du. skr. ta. ka. ra. ka-*>*du. ska. kr. ta. ra. ka-*>*suska-krtatzaka-*>sukakrttmaka-??
45(426)c. 文 意 上, ま たTib. お よ びSU. に 徴 し て, 'na pramadena' (Lin) は 'apramadena'に 訂 正 を 要 す る。
46(427)c. Lin テ ク ス トは, SU. 「二 放 逸 」 と Tib. bag med gnis (Narthang) と に 支 持 さ れ, SUS. 形 態 と し て 認 め て よ い。 た だ し'dvih pramadavimudhas
te'-((aveugles deux fois par pramada (soit, par frivolite et par ivresse)))-も 可 能 か と思 わ れ る。
MS. 荷 初 の dhika (Lin, n. 4) は, 'dhik pramada-((helas ! egares par la frivolite)) と見 る べ き こ と 無 論 で あ る が, こ の 読 み 自 体, 前 記dvi(h) pramada'
の 意 味 を 捕 捉 で き な か つ た が ゆ え の 改 鼠 に 属 す る で あ ろ う。 か く てDhS. と し て も, 一 義 的 に はSUS. と 同 一 形 態 を 定 立 す べ き か と 思 わ れ る が, DS. の 珍 訳 「如 禽 」 の 背 後 に 実 は 極 め て 優 秀 なv. 1. を 想 定 で き る の で は な か ろ う か。噛す な わ ち, *dviprakaravimud-has te* ((egares de (ces) deux manieres (sdt, par…)))-で あ つ て, DS. は こ れ を*dvijakara*と 誤 読 し た も の, と 推 測 さ れ て な ら な い の で あ る。
Derge, 北 京 の Tib. 両 版 に 見 ら れ るbag med gnid か ら, pramada-nidar-を 考 慮 す る(Lin, n. 4bis) の は 不 必 要 で あ ろ う。gnid(=nidra)は, gmnis (Narthang) の 誤 り で し か あ る ま い。
d. punah (Lin: MS.) を 的 確 に 反 映 す る 訳 は 見 当 た ら な い。DS. はsada と読 ん だ よ うで あ る。Tibは こ の 位 置 に*narab*を 示 し, こ の 読 み 自 体 はa surahと 相 容 れ ぬ の で 承 認 し 得 ぬ も の の, こ の よ う な 誤 訓 の 由 つ て 来 た る も と と し て, あ る い は*…na-rakam navam*-(((ils errent dans) un nouveau enfer))-の ご と きv. l. を 暗 示 す る か も し れ な い。
48 (429) c. MI語 形'vindanti' (de Jong) に よ り vipula 1'詩 荷 が 成 る に 反 し, 正 規 語 形'vidanti' (Lin) は 韻 律 破 格 を 来 た す。
49(430)cd. '…kamasaukhyena sura na sukhita hi ca'-す な わ ち de Jong 示 唆 の 形 態 に, Tib. bde-ba に 即 す るsaukhya-を も つ てbhoga-'に 代 え る が 唯 一 の 正 訓 と信 ぜ ら れ る: ((insatiables de la felicite d'ambur, les dieux ne sont pour-tant pas heureux))。
-961-(65)『 諸 法 集 要 経 』 不 法 逸 品 第 六 (大 地 原 ・中 谷)
全 文 の 主 語 と し て のd 'sura'の 存 在 は, Tib., DAS., DSに 徴 し て 先 ず 確 実 で あ り, 他 方'na sukhita'は, 'sukhena duhkhita' (Lin) の ご と く偶 数 荷2-4-U-の 禁 制 に 触 れ る こ と が な い。
MS. 自 体 の 読 み は, 恐 ら く'…kamaparena sukhenasukhita (ま た はosukhino)…' で あ つ て, 文 意 は 良 好 で あ る け れ ど も, c荷 の 韻 律 破 格 の ゆ え に 却 下 さ れ ね ばな ら ぬ。 こ の 読 み の 発 端 と し て は, b末'tatapara'に ひ か れ てc末 に*kamapara-*の 誤 写 を 生 じ た, と 想 像 す べ き か。
50(431)a. SUS. は 全 く別 の 形 態'ye kamacarin odevah' を も つ て い た。'ye' は Tib. gah-dag とDAS.「 若 」 に よ り, 以 下 は(DS. を も込 め)す べ て の 訳 か ら, 再 構 可 能 で あ る。 た だ し関 係 詞 のcorrelativeと し て 予 想 さ れ るteは, Tib. も こ れ を 示 さ ず, 事 実bcd. の い ず こ に も これ が 入 り得 る 余 地 は な い。 つ ま りSUS. に お い て は, 本 詩 節 は そ れ 自 体 で 独 立 の 文 を 構 成 せ ず, (恐 ら く先 荷 詩 節 中 の 主 文 に 呼 応 す る)'ye…'関 係 節 の み, と い う性 質 の も の で あ つ た と 判 断 さ れ る。 し た が つ て, MS. が 本 荷 にinfra 51cと 同 一 の 文 を 載 せ る の は, 本 詩 節 に 独 立 性 を 付 与 す べ くDhS. 伝 承 の 間 に 起 き た(む し ろ 至 当 な 動 機 の)改 変 を 物 語 る で あ ろ う。 結 論 と し て, MS. に 即 す るLinテ ク ス トは, DS。 が 前 記SUS. 形 態 に ほ ぼ 符 合 す る 以 上, DhS. 平 面 に お け る 一 つ のv. 1. と し て の み 承 認 す べ き か と 思 わ れ る。
52(433)d. 合 成 語'tatphalam' (Lin)は 不 可, '…tasay tat phalam'と し て 初 め て 文 意 を な す:-cd. ((plus tard, un desastre survenu, il comprend celui-ci en tant que consequence de celle-la (=frivolite)))-。 な お, 上 記 と な ら ん で, Tib. に 即 す る'…tad dhi yat phalam'-((…comprend ce que c'est que la Retribu-tion)) をSUS. v. l. と し て 認 め 得 よ う。
53(434)a. 'prapa-ghna-' (Lin) は 韻 律 破 格。Tib. zad-byed は 合 成 語 後 分 に √ksi-, apa√ci-を 示 唆 す る が, い ず れ も 韻 律 上 の 要 請 を 充 足 し 得 な い。 考 え 得 る 唯 一 の 語 形 はprana-hr・t-(=hara/haraka/harin-) と 思 わ れ, '…pranahrd drstah' を 正 訓 と し て 提 示 し た い。
54(435)b. 'bhavata' (Lin: MS.) に 対 し, Tib. がa荷 と 同 様drsyate と置 く の は lectio inferior, む し ろ誤 訳 で あ ろ う か。
c. Tib. は*sarvadehinarp*と す る が 韻 律 破 格, 誤 訓 と断 じ得 る。
55(436)c. 'pramadah karana drstah' と し て の み 詩 節 は 文 意 を 成 す:-((Pour
les dieux, les Asura, les hommes et les naga, la frivolite est consideree comme etant un tourment par excellence; elle produit, en effet, tous les malheurs)) o
karana- "pain, agony" へ の 無 知 が, 早 くか ら す べ て の 写 本 に 誤 記karapalpを 生 ん で
-960-『諸 法 集 要 経 』 不 法 逸 品 第 六(大 地 原 ・中谷)(66) い た, と信 ぜ られ る。
56(437)c. MS. puruso (音 節 過 剰: Lin, n. 1)な る に 拘 わ ら ず, Tib, は-skyes-bu (cf. infra 87a) で は な くgah-zag(cf. supra 38a) を 用 い るゆ え, 'poso' の復 元(de Jong) は当 然 で あつ て, これ が(SUS./DhS.の 別 な く)唯 一 の 正 訓 で あ る。
57(438)a. Linテ ク ス ト(MS. )は, 皮 肉 に もDS. の珍 訳 「若 … 造 作 傍 生 荷 」 (*vi√dha-・krto・yas・tiryah*P!) に大 半 が 裏 書 き され, DhS. 形 態 と して は 確 実 で あ る。 同 じ読 み は, よ り的 確 にSU. 「畜 生 雑 形 類 」 の 支 持 を 受 け てSUS. に も妥 当 す る か の ご と くで あ るが, SU. は 以 下 の ごと くに し て少 くと も 想 像 可 能 な*vicitra。*の 読 み に も対 応 し得 る の で, 断 定 は差 控 えた い。
す な わ ち, Tib. lha-yilus-mdogは 先 ず*divyakrtayas*を 思 わ せ るが, これ で は一 音 節 不 足 と な り, その 一 音 節 分 に当 た るの がTib. zad(=√nas-) で あ る とす る と, 後 者 は(bahuv. 前 分, す な わ ちvigata-の 意, と誤 解 され た)vi-を 示 唆 す る と しか 考 え ら れ な い。 そ うす れ ば前 記Tib. 1haは, 実 は(divya-と 意 味 上 か な り近 い)citra-に 対 し与 え られ た 自 由訳 で, つ ま りTib. は*vicitrakrtyas*を 見 てい た とま で想 像 を逞 し くは で きぬ で あ ろ うか。
仮 にSUS. *vicitra-*/DhS. 'vividah-の 対 立 を認 め る な らば, 相 違 の 理 由 は 説 明 容 易 で あ る。 す なわ ちSUS. の文 脈 で は, 神 々が 比 喩 的 にtiryac-「 畜 生 」 呼 ば わ りされ る の で あ るが, 同 文 脈 か ら切 離 され たDhS. の独 立 詩 節 と し て は, 賛 美 感 の 伴 う形 容 詞 vicitra-がtiryac-に 宛 て られ るの を読 者 は異 様 と感 じ, した が つ て'vicidha-'へ の改 変 が 当然 に起 り得 た はず で あ ろ う。
d. 'yesam' (Lin: MS.) に対 しTib. は'tesam' を指 示 す るが, ab. が皮 肉 な驚 嘆 感 を強 調 的 に打 出 す 名 詞 文 章 で あ る 点 か らは, ど ち らか とい えばyesamが よ り適 切 か と 感 ぜ られ る。
60 (441)a. 'nayutatas ca, (de Jong)は 韻 律 破 格。Tib. khri-phrag-mid-du に 徴 して, 当 然'sataso 'yutasas caiva' でな けれ ば な らな い。
c. 'samvegajanano' (de Jong 示 唆) は, Tib. に完 全 に支 持 され, 無 条 件 に 認 め ね ば な ら ぬ。 他 方, これ に先 立 ち'na'に 続 く一 要 素-MS. vi (こ れ を'api' と想 定 す る の に Lin, n. 4は 躊 躇 を示 して い る) を, Tib. は訳 出 して い な い。 最 後 の事 実 か ら か え つ て, MS. をna via sam'に 復 元 す る の が穏 当, か つ これ に よ り全 荷 の正 訓 が得
られ た もの と し て よい の で は な か ろ うか。
61 (442)c. 'tivralp' (Lin) をtivaraに 訂 正。cd. tivra-vahni-の 合 成 語 扱 い は, す べ ての 訳 とMS. 自体 とに 明瞭 で あ る。
62(443)ab. Linテ ク ス トで, 関 係 節'…ye…'が 完 結 しな い 点 に本 質 的 な問:題が
-959-(67)『 諸 法 集 要 程 』 不 放 逸 品 第 六(大 地 原 ・中 谷)
あ る。 そ し て 新 資 料MS. Bの sulabdharp は, SU. 「以 善 得 」 と の 一 致 に お い て 解 決 の 鍵 を 提 供 す る も の で あ り, 'sukhavan?'(deJong)の 推 測 は 不 可 解 と い う外 な い。 結 論 を 先 示 す る な ら ば, SUS. /DhS. を 通 じ て 唯 一 の 正 訓 は, 專 らSU. の み よ り 再 構 し 得 る 'sulabdham manusam janma yair labhva te pramadinha -関 係 節 は 文 初 か らb 'yair'ま で-と 信 ず る: ((L
es serieux par qui une naissance humaine aete obtenue a juste titre accomplissent, (meme)aprさs(l')avoir obtenu(e), desactes…c…))。
SU. は, 次 詩 節63a'durlabha-に 対 し て は 「甚 難 得 」 と. Mvy. 2656ど お り の 訳 を 示 し, ま た'sulabha-'に 対 す るMay. 2655ど お りのSU. 訳 出 「甚 易 得 」 はXII25a に 認 め ら れ る(同 箇 所 で は, し た が つ て, de Jong の 示 唆 す るMS. B sulabdhaの 採 用
は 不 可)。 し か も本 箇 所 でSU. が, 「甚 易 得 」 で は な く 「以 善 得 」(か つ 重 ね て 「得 已 」) を 示 す の は, 明 ら か に 使 用 底 本 にsulabha-(…labdhav…)'を 読 ん だ か ら に 外 な る ま い。
64(445)a. 'ratah sattvao' (Lin) に 対 し, SUS. と し て は'rato devah (Tib-lha, =deva-) な る読 み を 認 め る べ き で あ ろ うか。 も し こ れ を 認 め る な ら, SU. 「汝 」 は, 必 ず し も 前 者 に 対 す る 誤 読*rato 'si tvalp*と 解 す べ き で は な く, 後 者 を(deva-自 体 が 対 話 の 相 手 な の で)意 訳 し た も の と見 る べ き 可 能 性 が 生 ず る。 果 し て そ う で あ れ ば, 'satta-'は か え つ てDhS. に お け る 改 変 の 所 産 で あ る の か も しれ な い。
b. 'krpavan' (de Jong: MS. ) はDS。 「憐 慰 」 に 支 持 さ れ, DhS. 形 態 と し て は 確 実 で あ る。 た だ し, SUS. の 見 地 か ら は, krtyay(SU. 「法 」, Tib. bya-ba-rnams-la) が 考 え ら れ, pra√vrt-と の 関 連 か ら は, こ の 方 が lectio superior と な ろ う:-((…ne s'occupe pas de son devoir))-。
65 (446) b. 'vikrntati' (Lin: MS. pi) は, supra 53d, infra 120aの 読 み に 合 わ せ て, nikrntati に 訂 正 す べ き で あ る。
66(447)a-c. 常 識 的 に 見 て, yatha yatha…, …evam…'の 構 文 で あ つ た こ と は 動 か せ ま い。SU. 「如 是 」 がc. evamを 支 持 す る に 対 し, Tib. はayathaを 正 し く写 し つ つ も, c*pramadaseva*(Lin採 用!)の 錯 誤 の ゆ え にevamを 見 失 な い, ひ い て はb*tatha*と の 曲 解 に 立 到 つ た の で あ ろ う。 そ し てc荷 に お け るTib. の 錯 誤 を 誘 起 し た も と は, de Jong. の 示 唆 す る-m- epenthetique (に よ る hiatus 回 避)で あ つ た こ と, 絶 対 確 実 と い つ て よ い。 す な わ ち, SUS. 形 態 と し て は, ab. (bis) 'tatha'を 'yathaに 訂 正,
c 'pramad a-m-evam bhavati' (vipula 2) と す る こ と が 必 至 で あ る:
((Comme un malheur
a (souvent)
fair
d'un bonheur,
comme un ennemi
assume (volontiers)
l'apparence
d'un ami, it en est de meme pour la frivolite))
-。
-958-『諸 法 集 要 経 』 不 放 逸 品 第 六(大 地 原 ・ 中 谷)(68)
DhS. と し て, 上 記 と別 の 正 訓 あ り得 る と す れ ば, か え つ てDS. に 則 す る*…tatha… tatha…pramadad eva…* (c行 vipula 1') で し か な い で あ ろ う:-((Un malheur qui a…, un ennemi qui assume…, tel ne se produit que de la frivolite))-。 MS. はtatha (bis) に お い て これ と一 致 す る 反 面, c荷。sevita (音 節 過 剰)で は, Tib. の 見 た と 同 じ*。seva*に 接 し て 当 惑, な ん と か 文 意 を 得 よ う と し た-*((Le servant
qu'est la frivolite est, pour ainsi dire, soit un malheur...soit un ennemi•...))*-痕 をの ぞ か せ て い る。
b. MS. ripuは, (a)mitra-と の 連 想 か ら-お よびarupamの 同音 反 覆 を実 現 す べ く一 生 じた 作 為 的 な 中 性 の使 用, と見 るべ きか も しれ な い。 で な けれ ば 無 論Lin
テ クス トは, 'mitrarupas (tatha ripuh)'に 訂 正 を 要 す る。
68(449) b. 'rata 'budhah', 変 則sandhiは 否 定 し が た い。Tib. blun-po, DS 「無 智 」, な に よ りも次 詩 節69b pnditah との 対 臆 か らabudha-で な けれ ばな らず, SU. 「天 人 」 は*orata budh的*(正 規sandhi) な る誤 解 を暴 露 す る もの で しか ない。
d. paradrta- (Lin: MS.), vasanuga-(de Jong: Tib. )を 夫DhS. 形 態, SUS. 形 態 と して認 め るべ き で あ る。 た だ し両 者 の 中 間 項 と し て, v. l. *vasikrt-を 想 定 し得 ぬ で あ ろう か。SU。 「見(閻 魔 使)」 は, この 最後 の形 に*pas-in-*を 誤 認 し た
の で ない か, と臆 測 した い。(以 下 次 号)