二酸化チタン光触媒薄膜の活性支配因子に関する研究
Dominant factors of photocatalytic activity in titanium dioxide thin films
2004 年3 月
早稲田大学大学院理工学研究科
環境資源及材料理工学専攻 応用鉱物学研究
見矢木 崇平
二酸化チタン光触媒薄膜の活性支配因子に関する研究
目次
第1章 序論 1-1はじめに 1-2 本論文の目的 1-3本論文の構成 参考文献
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究 2-1 はじめに
2-2 DLTS法の測定原理及び解析手法 2-3 実験
2-3-1 アナターゼエピタキシャル薄膜の作製 2-3-2 ショットキー電極の作製
2-3-3 DLTS測定 2-4 実験結果及び考察
2-4-1 アナターゼ薄膜のXRDによる評価
2-4-2 RuO2/アナターゼ及びAu/アナターゼ接合の電流−電圧特性 2-4-3 RuO2/アナターゼ接合の容量−電圧特性
2-4-4 DLTS測定結果 2-5 第2章のまとめ 参考文献
1 1 3 3 5
7 7 8 9 9 10 11 12 12 12 13 14 15 16
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究 3-1 はじめに
3-2 実験
3-2-1アナターゼ薄膜の作製
3-2-2 アナターゼ薄膜のDLTS測定 3-2-3 光触媒活性評価
3-3 結果及び考察 3-3-1 DLTS測定結果
3-3-2 0.5eVの深い準位(E1)の起源 3-3-3 0.9eV準位(E2,E3)の起源 3-3-4 光触媒活性評価
3-4第3章のまとめ 参考文献
第4章 各種金属イオンドープアナターゼ薄膜の深い準位と光触媒活性 4-1はじめに
4-2 実験
4-3 結果及び考察
4-3-1 Nbドープアナターゼ薄膜中の深い準位の評価 4-3-2 Znドープアナターゼ薄膜中の深い準位の評価 4-3-3 Coドープアナターゼ薄膜中の深い準位の評価 4-3-4 Cuドープアナターゼ薄膜中の深い準位の評価 4-3-5 光触媒活性
4-4第4章のまとめ
29 29 29 29 31 31 31 31 32 34 35 35 37
56 56 56 57 57 58 58 59 60 60
参考文献
第5章 パルススパッタリング法における酸化チタン薄膜結晶化温度への パルスモードの影響
5-1 はじめに 5-2 実験方法
5-2-1 二酸化チタン薄膜の作製
5-2-2 薄膜X線回折法を用いた二酸化チタン薄膜の結晶構造の評価 5-2-3 光触媒活性評価
5-2-4イオンフラグメント解析 5-3 結果及び考察
5-3-1 酸化チタン薄膜の結晶化温度 5-3-2光触媒活性評価
5-4 第5章まとめ 参考文献
第6章 異なる配向面を有するアナターゼ薄膜の作製と光触媒活性評価 6-1はじめに
6-2実験
6-3結果及び考察
6-3-1異なる配向性を有するアナターゼ薄膜の作製 6-3-2 光触媒活性評価
6-3-3 顕微ラマン測定 6-4第6章のまとめ
61
81 81 82 82 83 83 83 83 83 85 86 87
96 96 96 97 97 98 99 102
参考文献
第7章 結論 謝辞
103
117 121
第1章 序論
- 1 -
第1章 序論
1-1はじめに
TiO2(二酸化チタン)には数多くの多形が知られているが、そのうちの代表的なものに、
ルチルとアナターゼがある。これら二結晶相は白色顔料や塗料として利用されているが [1]、最も注目されている機能は光触媒機能である。1950 年代、この光触媒作用は塗料に 含まれている顔料による塗料の劣化(いわゆるチョーキング現象)の原因として知られて いた。すなわち光触媒作用は長い間マイナスのイメージで捉えられ[2]、当時、顔料によ る塗料の劣化などの光触媒反応を抑えるために、数多くの研究が行われた。1970年代に 入り、二酸化チタン電極に光を照射することにより水素発生が促進される本多・藤嶋効果 と呼ばれる現象が見出された[3,4]。これは、図 1-1 のような二酸化チタン電極(ルチル型) と白金電極からなる電気化学セルを用い、二酸化チタン電極に紫外光を照射すると二酸 化チタン電極から酸素が、白金電極から水素が発生する(実際にはバイアスが必要)とい うものである。このメカニズムは次のように説明される。二酸化チタン表面に紫外線を照射 すると価電子帯の電子が伝導帯に励起され、価電子帯に正孔を生じる。
−
+ 2+ h +e
TiO hv→ (1)
この正孔は次式のように酸化チタン表面で水を酸化し酸素を発生させる。
2
+
+
2 O
4
+1 H O+h
2H
1 → (2)
一方、電子は回路を経て白金電極へ移行し、水素を発生させる。
2
−
+ H
2
+e 1
H → (3)
ここで、e-は紫外線によって伝導帯に励起された電子、 h+は電子の励起によって価電子 帯に生成された正孔を、 h はプランク定数 υ は光の振動数をそれぞれ表している。この
第1章 序論
- 2 -
結果は、電気を使用せず光によって水を酸素と水素に分解できる、すなわち光エネルギ ーを直接水素エネルギーに変換できることを示している。オイルショックで石油に変わる 代替エネルギーが求められていた当時、この発見は光エネルギー利用につながるものと 考えられ脚光を浴び、これを契機として二酸化チタン粉末にPtなどの金属微粒子を担時 した半導体光触媒による水の分解反応に関する研究が世界中で広範になされた。当初 は、水中に懸濁した粉末半導体光触媒により水の完全分解に成功したとの報告もあった が[5-8]、水の定常的な分解による水素と酸素の製造がそれほど簡単ではないことがわか ってきた。その後も光触媒を用いた水の完全分解に関する研究は精力的になされてきた が、未だに実用化には至っていない。
一方、1970年代後半には、Frank らによってTiO2光触媒がシアン化物イオンなどの有 害物質の除去に利用できることが示された[9,10]。これを契機に光触媒が有害物質分解 にも応用できることが判明し、NOxや SOxなどの有害物質除去の研究が勢力的に行われ た。最近では、この有害物質除去能力を生かした光触媒による環境浄化技術が注目を 集めている。現在では、TiO2光触媒はNOxなどの大気汚染物質の除去[11]から、風呂場 の抗菌・防カビ[12]などの生活空間の浄化まで幅広い範囲に応用されている。また、有機 塩素化合物でも炭酸ガスと塩酸にまで完全分解できることから、最近ではダイオキシンな どの分解などの応用も視野にいれた研究がなされている。
以上のように、二酸化チタン光触媒は強い酸化分解力を持ち、分解対象物質を選ば ない。このような光触媒反応を示す物質は二酸化チタンのみでは無いが、物理的・化学 的な安定性、光触媒活性の高さ、無害・無毒性、材料の廉価性などで、二酸化チタンは 他の材料を凌駕する。そのため、二酸化チタンは現在光触媒として最も利用されている 物質であり、今後もその地位を保持すると考えられる。
一方で克服すべき課題も多い。一つは低い量子効率であり、より高活性な二酸化チタ ン材料の作製が求められている。光触媒活性に影響を与える因子として、結晶構造の違
第1章 序論
- 3 -
い、不純物の有無と種類、表面水酸基の密度、表面積の大小などが知られている。特に 結晶構造において、アナターゼはルチルに比べ高活性であると言われ、製品化されてい る光触媒の多くがアナターゼを使用している。しかしながら、反応系や合成条件によって は、ルチルもアナターゼに匹敵、もしくはそれ以上の光触媒活性を示す報告もあり、結晶 構造による光触媒活性の違いについては未解明の部分が多い。また結晶中の不純物は、
TiO2 の禁制帯中に不純物準位をつくり、光励起された電子−正孔の再結合中心として 働き、光触媒活性を低下させることが分かっている。しかしながらアナターゼに関しては、
結晶中の不純物準位の特性や機構について十分に解明されているとは言い難く、光触 媒活性を支配する因子に関してさらなる研究が必要であるとされている。
1-2 本論文の目的
1-1 節に述べたように、二酸化チタン光触媒はすで一部の分野で実用化されているが、
より活性が高く量子効率の良いものが要求されている。この要求に応えるためには、光触 媒活性を支配している因子をひとつひとつ精密に検討していく必要がある。そこで、本研 究では主に有機金属化学気相成長法(MOCVD)及びパルスマグネトロンスパッタリング 法(PMS)の2つの成膜方法を駆使して、アナターゼ構造およびルチル構造をもつ多結晶 薄膜とエピタキシャル薄膜を作製し、二酸化チタンの結晶構造や、再結合中心となる不 純物準位といった光触媒活性を支配する因子に関して研究を行うことを目的とした。
1-3本論文の構成
本論文は全7章で構成されている。
第1章は序論であり、研究背景、目的及び各章の内容に関して述べている。
第2章では、アナターゼ結晶中の深い不純物準位(以下、深い準位)の測定に関する研 究結果について述べる。RuO2がアナターゼの DLTS 測定を行う際に必須な優れた電極
第1章 序論
- 4 -
材料の1つであることを明らかにするとともに、アナターゼ結晶中の深い準位についての 知見を容量過渡応答法(DLTS)によって初めて明らかにした。
第3章では、第2章で述べたアナターゼの深い準位の起源および光触媒活性へ与える 影響に関して述べている。 異なる成膜プロセスを踏むMOCVD法及びPMS法を駆使し 作製したアナターゼ薄膜の深い準位を調べることで、アナターゼの禁制帯中に存在する 深い準位の起源を明らかにした。
第4章では、金属イオンがアナターゼの禁制帯中に形成する深い準位と、その光触媒 活性への影響に関して述べている。 アナターゼ結晶中へドーピングされた、Zn、Co、Cu、
Nbが禁制帯中に形成する深い準位を明らかにした。また、金属ドーピングが光触媒活性 を著しく低下させることを示した。
第5章では、新規に開発したデュアルマグネトロンパルススパッタリング装置を用いた二 酸化チタンの多結晶薄膜の作製と、その光触媒活性に関して述べ、パルスモードの違い が二酸化チタンの結晶化温度と光触媒活性へ与える影響を明らかにした。
第6章では、異なる配向性をもつアナターゼ薄膜の光触媒活性に関して述べている。ア ナターゼ{001}配向膜、アナターゼ{204}配向膜及びアナターゼ無配向多結晶膜の光触 媒活性を比較することによって、配向面の影響、および表面形状の影響に関して述べた。
アナターゼ薄膜中に共生する微量なルチル相の存在が光触媒反応の活性サイトとなっ ていることを明らかにした。ルチルとアナターゼの伝導帯下端の位置の違いが、電荷分離 を効率的に引き起こすと考えられ、光触媒活性を制御する要因であることを明らかにした。
7章は結論であり、本研究より明らかとなった事実が総括されている。
第1章 序論
- 5 -
参考文献
[1] 清野学, “酸化チタン 物性と応用技術”, 技報堂出版 (1991).
[2] 垰田博史 “光触媒の本”, 日刊工業新聞社 (2002).
[3] A. Fujishima and K. Honda, Nature 238 (1972) 37.
[4] A. Fujishima and K. Honda, Bull. Chem. Soc. Jpn. 44 (1971) 1148.
[5] K. Yamaguchi and S. Sato, J. Chem. Soc., Faraday Trans.1 81 (1985) 1237.
[6] T. Kawai and T. Sakata, Chem. Phys. Lett. 72 (1980) 87.
[7] A. Kudo, K.Domen, K. Maruya and T. Onishi, Chem. Phys. Lett. 133 (1987) 517.
[8] E. Borgarello, J. Kiwi, E. Pelizzetti, M. Visca and M. Greatzel, J. Am. Chem. Soc. 103 (1981) 6324.
[9] S. N. Frank and A. J. Bard, J. Am. Chem. Soc. 99 (1977) 303.
[10] S. N. Frank and A. J. Bard, J. Phys. Chem. 81 (1977) 1484.
[11] T. Ibusuki and K. Takeuchi, J. Mol. Catal. 88 (1994) 93.
[12] 藤嶋昭, “光が関わる触媒化学(化学総説 No. 23)”, 学会出版センター (1994), p.129.
第1章 序論
- 6 -
紫外線 二酸化チタン電極 白金電極
酸素 水素
図1-1 本多・藤嶋効果の模式図
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 7 - 第2章
DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
2-1 はじめに
二酸化チタンの光触媒反応は、紫外線によって励起された電子と正孔が表面に拡散 し、吸着物質を酸化還元するものである[1]。しかしながら、結晶中に生成した電子−正 孔対の多くは光触媒反応に関与することなく再結合してしまい、量子効率が低いという問 題があった。電子−正孔対の再結合中心として働くのが、禁制帯中に存在する深い準位 である。深い準位とは室温におけるkTに比べ束縛エネルギーがかなり大きく、バンド端か らある程度以上 (明確な境界はないが、一般に100meV以上の位置)離れた準位である [2]。この深い準位は、結晶内の格子欠陥や金属イオンなどの微量な不純物が結晶の周 期性を乱し、禁制帯中に不純物準位を形成したものである。この深い準位は、光触媒の 活性に影響を与える因子の一つでありながら、これまで、アナターゼの深い準位に関する 評価は十分なものとは言い難かった。
半導体中の深い準位を測定する方法は主に熱刺激容量法(Thermally Stimulated Capacitance: TSCAP)[3] 熱刺激電流法(Thermally Stimulated Current: TSC)[4]、等温 過渡容量法(Isothermal Capacitance Transient Spectroscopy: ICTS) [5]及び過渡容量分 光法(Deep Level Transient Spectroscopy: DLTS) [6]等が知られているが、なかでもDLTS 法は他の測定法に比べ高感度で、かつ温度制御の困難さがなく測定時間が短時間で済 むといった利点から広く用いられている。そこで、本章の研究ではアナターゼの深い準位 の測定をDLTS法によって試みた。
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 8 - 2-2 DLTS法の測定原理及び解析手法
DLTS法は1974年にLangによって発表された手法[6]で、温度掃引をしながら接合容 量の過渡応答の温度依存性を測定することにより、深い準位の密度、深さ及び捕獲断面 積といった深い準位を特徴づける3つのパラメータを計算により求めることができる測定 法である。本節では、n型半導体のショットキー接合を例に、Lang が提案したDLTS測定 原理及び解析手法を説明する。
n 型半導体の仕事関数よりも大きな仕事関数をもつ金属を接合するとショットキー接合 が作製される。このショットキー接合によって形成される空乏層の厚み d は、熱平衡時に おいて外部電圧 Vb(ショットキー電極側を+Vb にする順方向バイアス)が印加されている 場合次式で表される[7]。
2
1
0( )
2 ⎥
⎦
⎢ ⎤
⎣
⎡ −
=
D b D
qN V d εε V
(2-1)
ここで、ε は比誘電率、 ε0 は真空の誘電率、ND はキャリア濃度、 VD は拡散電位を示 している。従ってキャパシタンスCは、単位面積あたり次のように表される。
2
2 1 1 0
0 ( )
2
− −
⎥⎦⎤
⎢⎣⎡
=
= e ND VD Vb
C εεd εε
(2-2)
この式からわかるように、ショットキー接合に電圧を逆方向に印加すると空乏層が広が り、電圧を除くと元の状態に戻る。これは逆方向に電圧を印加すると、フェルミ準位以上 のエネルギーをもった電子が放出され、電圧を除くと電子を捕獲して元の状態に戻るた めである。この電圧印加後のキャパシタンスの時間変化を評価することによって深い準位 への電子注入に伴う情報が、反対に電圧除去後の時間変化から電子放出に伴う情報が 得られる。したがって、表2-1に示すような電子の捕獲、放出を繰り返し、その時の過渡容 測定を行うことにより深い準位の状態を高感度に評価することができる。
深い準位からの電子放出割合(en)は、以下の式のように表すことができる[6]。
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 9 -
⎟⎠
⎜ ⎞
⎝
⎛ −
= kT
E E g
N
en σnvth C exp T C
(2-3)
ここで、σnは捕獲断面積、vthは電子の熱速度、NCは伝導帯の有効状態密度、EC-ETは 深い準位の深さを示している。また容量過渡応答は、電子放出割合を用いて以下の式で 表される[6]。
)]
exp(
1 [ )
(t C0 e t
C = − − n (2-4)
Langは、この過渡容量を検出する時間の長さとしてTw=t2- t1という時間を定義し、その間 の容量変化をΔC=C(t2)-C(t1)とした。温度を変化させながらΔC の測定を行うことによっ て(図2-1)、Twに対応するDLTS スペクトルが得られる。得られたDLTSスペクトルに現わ れるピークは、測定に用いた Twから計算される enの値、実際の準位のenが一致したとき に観察される。したがって、Tw を変化させて数回の温度スキャンを行うことによって、ピー ク温度 Tmaxとenの組(Tmax-en)を数個得ることができる。得られた Tmax-enペアを Arrhenius プロットすることよって、その傾きから深い準位の深さが、また切片から捕獲断面積が計算 できる。以上がLangによって提案されたDLTS法である。
この DLTS 測定は、高抵抗材料には適用できない[8]ことが知られている。二酸化チタ ンは酸素欠損によってn型半導体となるために、その電気伝導度はキャリア濃度ND(つま り酸素欠損量)に依存する。また、式2-1から明らかなように、空乏層幅dはキャリア濃度に 依存する。従って DLTS 法を用いてアナターゼ結晶薄膜の深い準位を評価する場合に は、膜厚に対して空乏層幅 d が狭く、なおかつ電気伝導性を示すようなキャリア濃度をも ったアナターゼ結晶を作製する必要がある。
2-3 実験
2-3-1 アナターゼエピタキシャル薄膜の作製
アナターゼ薄膜の作製は有機金属化学気相成長法(metal-organic chemical vapor deposition: MOCVD)によって行った。基板には SrTiO3(001)単結晶基板を使用した。
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 10 -
SrTiO3は格子定数 0.3905nmの立方晶であり、アナターゼの a 軸の格子定数 0.3785nm と格子不整合が小さい。そのため、適当な結晶成長条件の下で、SrTiO3(001)の基板面 に対してc軸が垂直に配向したアナターゼ結晶がエピタキシャル成長する[9-12]。本研究 では、このSrTiO3のSrイオンの一部をNbイオンで置換し、伝導性を供与したものを使用 した。これは DLTS 測定に必要なアナターゼ薄膜とのオーミック接合を作製するためであ る[13]。成膜前に基板に対して次のような前処理を行った。まず、アルカリ洗浄溶液(セミ コクリーン 22:フルウチ化学)中において 10 分間の超音波洗浄を行い、基板表面の脱脂 を行った後に、イオン交換水中において数回の超音波洗浄を行うことによって、アルカリ 溶液を完全に洗い流した。その後、酸素流通下において、2 時間の加熱保持(1273K)を 行い、原子層レベルで平坦なステップテラス構造を得た[14]。以上のような基板を使用し てアナターゼ薄膜を作製した。詳細なアナターゼ薄膜作製条件を表2-2に示す。
作製したアナターゼ薄膜の結晶構造について薄膜単結晶用X線回折装置(X’pert MRD:Spectris)を用いて、θ/2θ、ロッキングカーブ、極図形測定を行い評価した。
2-3-2 ショットキー電極の作製
2-2 節で述べたように、DLTS 測定は深い準位の荷電状態の変化に伴う容量の変化を 検出する手法であるため、ショットキー接合が必要となる。アナターゼのようなn 型半導体 に対しショットキー接合を形成するには、仕事関数の大きな導電体を電極として使用しな くてはならない。一般に、n型半導体のショットキー電極には Au もしくは Ptといった仕事 関数が大きい金属が用いられる。しかしながら、これら金属と酸化物表面との間では、電 極の酸化などの劣化が起こり、整流特性が低下する。また、DLTS 測定は数百 K までの 温度掃引を繰り返して行う必要があるために、高温時にも良好な整流特性を保ち続ける 電極が要求される。そこで、本研究では、これらの問題を解消し DLTS 測定に適した新し い電極材料とし RuO2に着目した。RuO2はルチル型の結晶構造をもち、酸化物でありな
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 11 -
がら金属的な電気伝導性を示す物質として知られている[15,16]。また、その仕事関数は 5eV と大きく[17]、GaAs のショットキー電極としてその熱安定性なども報告されている[18]。
さらに、酸化物であるため二酸化チタンとの接合においても酸化等による劣化の心配が なく、安定したショットキー電極として機能することが期待できる。
RuO2電極は、反応性DCマグネトロンスパッタリング装置を用いてアナターゼ薄膜上に 作製した。ターゲットは2インチの Ruディスク(純度 99.9%)を用いた。作製した電極の大 きさは1mmφ×250nmである。また、RuO2の結晶化のために、蒸着時にはアナターゼ薄 膜は473Kに加熱してある。詳細なRuO2電極の作製条件を表2-3に示す。
また、比較のため同じアナターゼ薄膜上へ 1mmφ×250nm のAu電極を抵抗加熱真 空蒸着法を用いて作製した。蒸着前の到達真空度は 8×10-6Paである。
以上のように作製した RuO2 及び Au ショットキー接合の電流―電圧特性、容量―電 圧特性を評価した。
2-3-3 DLTS測定
MOCVD法によって作製したアナターゼ薄膜のDLTS測定は、アクセントオプティカル テクノロジー社製 DL-8000 を使用して行った。キャリア注入パルスの条件は、パルス幅 500msec、パルス電圧0V、逆バイアス-2Vである。測定温度領域は200Kから450Kであ る。
2-2 節で述べたように、通常の DLTS では容量の変化を検出する時間の長さとして Tw=t2- t1 という時間を定義し、その間の容量変化をΔC=C(t2)-C(t1)としていた。一方、本 研究で用いた DL-8000 は、上記のような2点間の容量変化ではなく、容量変化の曲線を フーリエ級数に展開して各温度で記憶し、記憶した容量変化曲線の中の周波数成分(電 子放出割合に対応)をいくつかとりだすことにより Tmax-en の対を数個得、これらの Arrhenius プロットから深い準位の深さと捕獲断面積を計算している。したがって、多数の
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 12 -
t1, t2を測定する必要がなく、一回の温度スキャンでArrheniusプロット作成が可能である。
作製したArrheniusプロットから深い準位の深さ及び捕獲断面積を計算する際には、アナ ターゼの比誘電率 ε を 22.8[19]、深い準位の縮退度 g を1、電子の有効質量 m*を 1.0 me[20]と仮定して計算を行った。
2-4 実験結果及び考察
2-4-1 アナターゼ薄膜のXRDによる評価
図2-2(a)はMOCVD法でSrTiO3(100)基板上に作製し二酸化チタン薄膜のXRDの結 果を示している。基板であるSrTiO3(00l)からの回折線以外にはアナターゼ(00l)面に起因 する回折ピークのみが観測された。これは、作製した二酸化チタン薄膜の結晶相が、ア ナターゼ単相であり、また、そのアナターゼ結晶は基板面に対してc軸が垂直に配向して いることを示している。アナターゼの(004)の回折ピークに関してロッキングカーブを測定 した結果を図 2-2(b)に示す。このロッキングカーブの半値幅(FWHM)は 0.3˚ であり、
PLD 法で報告されている値(0.7˚)[21]よりも低い値を示し、高結晶性のアナターゼ薄膜が 合成されたことを確認した。また、極図形測定(図 2-3)から、SrTiO3 基板の(204)回折スポ ットとアナターゼ薄膜の(103)回折スポットが同じ面内回転角度に確認できることから、
アナターゼ薄膜とSrTiO3基板との結晶方位関係は
アナターゼ(100)// SrTiO3(100), アナターゼ(001)// SrTiO3(001),
であり、アナターゼ薄膜がSrTiO3基板上にエピタキシャル成長していることを確認した。
2-4-2 RuO2/アナターゼ及びAu/アナターゼ接合の電流−電圧特性[22]
アナターゼ薄膜に1mmφの大きさのRuO2及びAu電極を作製し、その電流―電圧特 性を調べた。図 2-4(a)は逆バイアス印加時の電流―電圧特性を示している。測定温度は
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 13 -
300Kから450Kである。Au/アナターゼ接合接合の逆方向漏れ電流は、全ての測定温度 で、‐2.0V印加時に 5µA を超えている。特に 350K以上では 10µAを超え、さらに 400K 以上で急激に増大し整流特性の劣化が確認された。一方、 RuO2/アナターゼ接合接合 の逆方向漏れ電流は数µAであり、全ての測定温度でAu/アナターゼ接合に比べて逆方 向漏れ電流が小さかった。特に、測定温度450Kにおいても整流特性を維持し逆方向漏 れ電流が小さいことから、Au 電極に比べて優れた熱安定性を持つことが分った。逆バイ アス印加時の大きな漏れ電流は、深い準位の密度、深さ、捕獲断面積の値に大きな誤差 を引き起こす[23,24]。そのため、この RuO2/アナターゼ接合の高温における安定性はア ナターゼの深い準位を測定する上で優位性を持っていることを示している。
図 2-4 (b)は RuO2/アナターゼ接合の順バイアス印加時の電流−電圧特性を示してい る。ショットキー接合における整流特性は、熱電子放出理論の適用によって以下の式のよ うに表される[25]。
⎥⎦⎤
⎢⎣⎡ −
= exp( ) 1
nkT J qV
J s (2-5)
ここで、Jsは逆方向飽和電流密度、n は理想因子を表している。理想的なショットキー 接合の場合には理想因子は1を示し、トンネル電流等の存在が理想因子を大きくする。
図2-4(b)から、本研究で得られたRuO2/アナターゼ接合の理想因子は1.2~1.4であり、比 較的良好なショットキー接合が作製されたことを確認した。
2-4-3 RuO2/アナターゼ接合の容量−電圧特性
RuO2/アナターゼ接合の及び Au/アナターゼ接合の 300K での容量―電圧特性を 1MHzの ACシグナルを印加して測定を行った(図2-5)。このときの1/C2と電圧の関係は 式2-2から以下の式のように表される。
) 2 (
1
0
2 D b
D
V N V
C = e −
εε (2-6)
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 14 -
式から明らかなように、1/C2 -V プロットの傾きからアナターゼ結晶中のキャリア濃度が計 算できる。また、1/C2 -Vプロットを外挿することによって、電圧軸の切片から拡散電位が計 算できる。作製したアナターゼ薄膜のキャリア濃度 ND は、アナターゼの比誘電率を
ε=22.7として1×1017 cm-3 と求まった。また、RuO2/アナターゼ接合及びAu/アナターゼ接
合の拡散電位はそれぞれ1.6V、0.7Vであった。
2-4-4 DLTS測定結果
図 2-6 は作製したアナターゼ薄膜の DLTS スペクトルを示している。図 2-6(a)、図 2-6(b)はそれぞれ、(a)ショットキー電極として Au 電極を用いた場合のアナターゼ薄膜の DLTSスペクトル、(b)ショットキー電極としてRuO2電極を用いた場合のアナターゼ薄膜の DLTSスペクトルを示している。270K(ピークA)付近のピークは、Au電極使用時において もRuO2電極使用時においても同様に確認できる。一方、400K(ピークB)付近のピークは、
RuO2電極使用時には明瞭なピークとして認識できるが、Au電極使用時には 380K以上 で正常に測定がなされていないことが分かる。これは、図 2-4(a)に示したように、Au 電極 は高温で整流特性が劣化することが原因であると考えられる。以上のように、実際の DLTS測定においてもRuO2電極の優位性が確認された。このRuO2/アナターゼ接合の熱 安定性はRuO2自体が酸化物であるために、金属電極と比較して界面における酸素拡散 などに対して安定であるためであると考えられる。さらに2-4-3節で述べたように、RuO2/ア ナターゼ接合の拡散電位(1.6V)が Au/アナターゼ接合拡散電位(0.7V)よりも大きいことも 逆方向漏れ電流を低減させ、高温におけるDLTS測定を可能にしていると考えられる。
次に、RuO2電極を用いて測定したDLTSスペクトルの解析を行った。準位A、Bの電子 放出割合のArrheniusプロットを図2-7 に示す。2-2節で述べたように、このArrheniusプ ロットの傾きから深い準位の深さが、切片から捕獲断面積が求まる。その結果、表 2-4 に 示すように、MOCVD法で作製したアナターゼ薄膜は、伝導帯の下端からおよそ0.5eVと
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 15 -
0.9eV離れた位置に深い準位を持つことが明らかになった。
2-5 第2章のまとめ
本章では、DLTSによるアナターゼ結晶中の深い準位の評価を行った。はじめにDLTS 測定に必須となるショットキー電極材料として RuO2と Au を選択し比較を行った。その結 果、Au電極は高温においてその特性が著しく劣化するのに対し、RuO2電極は高温にお いても良好な整流特性を維持し、RuO2がアナターゼの DLTS 測定を行う際に必須となる 優れた電極材料の1つであることを明らかにした。 このRuO2電極を用いてMOCVD膜の DLTS測定を行った結果、測定条件Tw=20 msecにおいて270 K及び400 K付近にピー クを確認した。これらのピークを解析した結果、MOCVD膜は、禁制帯中に伝導帯の底から およそ0.5 eV及び0.9 eVだけエネルギー的に離れた位置に、深い準位を持つことが明ら かになった。
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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表2-1 DLTS測定におけるバイアス印加状態と空乏層の状態 バイアス条件 電子および空乏層の動
き
空乏層の様子
(バンドベンディングは省略)
(a)
逆バイアスがかか っている(V=−
V)
初期状態
n
価電子帯 空乏層 伝導帯
深い準位 電極
(b) 逆バイアスを減少 させる(V=0)
空乏層幅の減少とともに 電子が注入され深い準
位に捕獲される n
価電子帯 伝導帯 深い準位 電極
(c) 再び逆バイアスを かける(V=−V)
空 乏 層 幅 の 増 加 と と も に、深い準位に捕獲され ていた電子が熱解離に よって伝導帯へ放出され (a)に戻る
n
価電子帯 伝導帯 深い準位 電極
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
- 19 -
t2 t
t1 0
⊿C(t,T)
S(T)=C(t1,T)-C(t2,T) T
Tmax
図2-1 Langによって提案されたDLTS法の原理
DLTS信号S(T)=C(T, t1)-C(T, t2)は温度を変えながら決まった時刻 t1 t2 で容量のサンプ ル値の差分を取ったものである。 S(T) は温度が低すぎても、高すぎても小さくなり、ある 温度で極値Tmaxをとる。
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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表2-2 MOCVD法によるアナターゼ薄膜作製条件 基板 SrTiO3(Nb0.5wt%)(100)
成膜速度 3 nm/min
O2流量 10 sccm
Ar流量 10 sccm
成膜時真空度 33 Pa
基板温度 973 K
原料 Ti(i-OPr)2(DPM)2
原料温度 383 K
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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表2-3 DCマグネトロンスパッタリング法によるRuO2電極作製条件
ターゲット Ru(99.9%)
成膜速度 ~6 nm/min
O2流量 5 sccm
Ar流量 5 sccm
成膜時真空度 33 Pa
基板温度 473 K
投入電力 40W
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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図2-2 MOCVD法で作製した二酸化チタン薄膜の、(a)θ/2θXRDパターン及び(b)ア ナターゼ(004)回折線のロッキングカーブ
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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(a) アナターゼ(103)
(b) SrTiO3(204)
図 2-3 MOCVD 法を用いて SrTiO3(001)単結晶基板上に作製したアナターゼ薄膜の、
(a)アナターゼ(103)回折スポット、(b) SrTiO3(204)回折スポットに関する極図形
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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図2-4 RuO2/アナターゼ及びAu/アナターゼ接合の電流−電圧特性 (a)逆バイアス印加, (b)順バイアス印加時の電流−電圧特性を示している。
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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図2-5 (a)Au/アナターゼ、(b)RuO2/アナターゼ 接合の容量−電圧特性
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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図2-6 MOCVD法を用いてSrTiO3 (100) (Nb: doped 0.5 wt%)基板上に作製したアナター ゼ薄膜のDLTSスペクトル
(a)、(b)はそれぞれAu、RuO2をショットキー電極として使った場合のDLTSスペクトルであ る。
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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図2-7 MOCVD法を用いて作製したアナターゼ薄膜の禁制帯中に存在する深い準位の Arrheniusプロット
第2章 DLTS法によるアナターゼの深い準位に関する研究
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表 2-4 MOCVD 法を用いて作製したアナターゼ薄膜の深い準位の深さ、捕獲断面積及 び準位濃度
Deep level
EC-ET (eV)
σn (cm2)
NT
(cm-3)
A 0.47 1.8×10-16 2.4×1015
B 0.92 9.9×10-14 3.0×1016
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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第3章
アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
3-1 はじめに
第 2章で述べたように、MOCVD法を用いて作製したアナターゼ薄膜は、禁制帯中に 伝導帯の下端からエネルギー的におよそ0.5eVと0.9eVだけ離れたところに深い準位を 持つことが明らかになった。本章ではその深い準位の起源に関して研究を行った。
一般に、半導体中の深い準位の起源は格子欠陥、不純物の存在、転位などであり、そ れらを同定するためには、あらゆる角度からの検証が不可欠である。
成膜方法を変えて結晶を作製し、その深い準位を評価することは、深い準位が成膜プ ロセスに依存するものかどうかを判別でき極めて有効である。そこで、本章ではパルスマ グネトロンスパッタリング(PMS)法及び MOCVD 法で作製したアナターゼ薄膜に対して DLTS 測定を行い、観測される深い準位に関して比較・検討してその起源を探った。また 深い準位が光触媒活性に与える影響を調べた。
3-2 実験
3-2-1アナターゼ薄膜の作製
本研究では第2章で述べたMOCVD法に加え、PMS法を用いてアナターゼエピタキ シャル薄膜の成長を行った。本章では以下、MOCVD 法で作製したアナターゼエピタキ シャル薄膜を MOCVD 膜、PMS 法で作製したアナターゼエピタキシャル薄膜をスパッタ 膜とする。
MOCVD膜は第2章と同様の手順によって作製した。詳細な薄膜作製条件を表3-1に 示す。
スパッタ膜の作製はフランホーファー電子ビーム・プラズマ研究所(FEP)製 MLC200
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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(MiniLabCoater200)を用いて行った。本装置は金属ターゲットを出発物質とした反応性ス パッタリング装置であり、駆動電源には中波パルス電源を用いてアーキングの少ない安 定した成膜を行える特徴を備えている。さらに、プロセスコントロールユニット(PCU)と呼ば れる成膜中の全圧、酸素分圧、プラズマ等の条件を一定に制御する機構が備えられてい る[1]。PCUの特筆すべき特徴は、放電中のプラズマ発光強度を制御することで遷移領域 での安定した成膜を可能としている点である。一般的な反応性スパッタリング装置では、
遷移領域での安定した放電が不可能であるため、ターゲット表面が酸化膜で覆われた酸 化モードで成膜を行っている。そのため、作製された二酸化チタン膜は化学量論比に近 づき、絶縁性を示すために DLTS測定を行うことができない。一方、遷移領域での安定し た成膜は、作製する酸化膜中の還元具合を制御可能であることを意味し、DLTS 測定が 可能な伝導性を示すアナターゼ結晶を作製することが可能である。PCU は、プラズマ中 のTiからの発光をモニターする発光強度検知器 (OED: Optical Emission Detector)と、
反応ガス流量を制御するピエゾバルブ、またこれらを制御するコンピュータ部分で構成さ れている。プラズマ中の Ti の発光強度を絶えずモニターし、発光強度が常に一定になる ようにピエゾバルブを用いて酸素ガス流量を自動的かつ高速に精密制御を行っている (図3-1)。本研究においては、酸素ガスをチャンバー内へ導入しない時のTi の発光強度 をOED出力9.5Vになる様に調整した。ひとたび酸素ガスをチャンバー内へ導入するとタ ーゲット表面が酸化され、スパッタ速度が減少するために、OED の出力も減少する。例え ば、OED の出力が 2.0V の場合にはプラズマ中の Ti のフラックスが酸素ガスを導入して いない時の2.0/9.5に減少していることを表している。以上のような特徴をもつ反応性パル スマグネトロンスパッタリング装置を用いて、SrTiO3(001)基板上にアナターゼエピタキシャ ル薄膜を作製した。スパッタリングガスには Ar ガス(99.9995%以上)、及び後に述べるよう に原料の影響を調べるために、H2 または CH4を添加した Ar ガスを使用した。詳細なア ナターゼ薄膜作製条件を表3-2に示す。
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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3-2-2 アナターゼ薄膜のDLTS測定
ショットキー電極として、アナターゼ薄膜上に 1mmφのRuO2を DCマグネトロンスパッ タ装置を用いて作製した[2]。作製条件は第2章の表2-3に示したものと同様である。また DLTS測定は第2章と同じくDL-8000を用いて行った。
3-2-3 光触媒活性評価
MOCVD 法及び PMS 法で作製したアナターゼ薄膜の光触媒活性を、Ag+イオンの光 還元によって評価した。アナターゼ薄膜を AgNO3 水溶液(0.01 mol/l) 中へ浸し、Hg-Xe ランプ (100 mW/cm2) を30分間照射した。光照射によって励起された電子と正孔は、以 下の式のようにAg+イオンを還元し[3]、アナターゼ表面にAg析出してくる。
−
+ 2+ h +e
TiO hv→ (1)
2
+
+
2 O
4
+1 H O+h
2H
1 → (2)
Ag Ag
e− + + → (3)
ここで、e-は紫外線によって伝導帯に励起された電子、h+は電子の励起によって価電子 帯に生成された正孔、h はプランク定数、υ は光の振動数をそれぞれ表している。析出し た銀の膜厚を触針膜厚計(Dektak3030: Sloan)によって測定し、析出速度を算出した。
3-3 結果及び考察 3-3-1 DLTS測定結果
図3-2は、MOCVD法を用いて作製したアナターゼ薄膜(MOCVD膜)のDLTSスペク トルである。測定条件はTw=200 msecである。240K(E1)と420K(E2)にピークを確認した。
この2つのピークに関して、Arrhenius プロット(図 3-3)を作成し、深い準位の深さ及び捕 獲断面積を求めた。計算する際には、アナターゼの比誘電率εを22.8[4]、深い準位の縮 退度gを1、電子の有効質量m*を1.0 me[5]と仮定して計算を行った。結果を表3-3にま
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
- 32 -
とめる。
一方、図 3-4は PMS法において Ar(99.9995%以上)をスパッタリングガスとして使用し て作製したアナターゼ薄膜(スパッタ膜)の DLTS スペクトルである。ここでは、370K(E3)付 近にのみピークが認められた。このピークの Arrhenius プロット(図 3-5)を作成し、深い準 位の深さ及び捕獲断面積を求めた結果を、表3-4にまとめる。
MOCVD膜のE2準位とスパッタ膜のE3準位は、表3-3及び表3-4からほぼ等しい深さ をもっていることが分かる。しかしながら、ピーク温度が大きく異なり、また捕獲断面積も大 きく異なることから、これらの深い準位は異なる起源をもった準位であると考えられる。また、
スパッタ膜には MOCVD 膜に観察される E1 準位が観察されなかった。したがって、
MOCVD 膜とスパッタ膜は、同じ起源をもつ深い準位は存在せず、E1、E2、E3ともに成膜 方法に依存した準位である可能性が示唆された。
3-3-2 0.5eVの深い準位(E1)の起源
本節ではこのMOCVD膜に見られたE1に関して考察する。このE1はMOCVD膜に は存在するのに対して、スパッタ膜にはこれに相当する深い準位が確認できなかった。
二酸化チタンが0.5eV付近に表面準位を持つという報告があるが[6-8]、一般に表面準位 は連続的なエネルギーの分布を示すために、DLTS スペクトルはブロードなピークを示す。
また表面準位なら、電圧を変えればピーク温度のシフトが観察される[9]。しかしながら、
図3-6に示すようにピーク温度の電圧依存性は確認できなかった。したがって、本研究で 確認した0.5eVの準位は表面準位ではなく、結晶内に局在した準位であると考えられる。
MOCVD法とPMS法の大きな違いは使用する原料にある。MOCVD法は有機金属の 蒸気と酸素を加熱した基板上で化学反応させ二酸化チタンを基板上へ堆積させるもので あるのに対して、PMS法はArイオンによってスパッタされたターゲットのTiイオンとプラズ マ中に存在する酸素イオンが基板上で反応するものである。したがって、PMS 法が水素
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
- 33 -
や炭素に関して清浄な雰囲気中にて薄膜を作製できるに対して、MOCVD法は成膜プロ セスに水素や炭素が存在するため、不純物として結晶中へ混入しやすい。そこで、PMS 法において、Ar をスパッタリングガス中へCH4, H2を添加し、意図的にスパッタ膜中へ水 素および炭素のドーピングを行うことで、その深い準位との関係を調べた。
図3-7(a)はスパッタリングガスにAr+H2(3%), (b)はスパッタリングガスにAr+CH4(1%)を 使用し作製したスパッタ膜の DLTS スペクトルを示している。スパッタリングガスに H2を添 加することで、スパッタ膜はE3準位とともにMOCVD膜のE1準位に相当する深い準位が 出現した。またCH4を添加して作製したスパッタ膜はE1、E3準位に加えE4準位が確認で きた。E1準位は、H2及びCH4を添加両者に確認できたため、水素に関係している深い準 位であると考えられる。また、E4準位は CH4添加のみに観察されることから炭素に関係し た深い準位であると考えられる。
図3-8はそれぞれH2を(a)0 %、(b)1 %、(c)3 %添加したArガスを用いて作製したス パッタ膜のDLTS スペクトルである。H2添加量0%では 240K 付近にピークは確認できな いが、H2添加量1%では240K付近にわずかにショルダーが確認できる。さらにH2添加量 3%においては、明らかに240Kにピーク(E1’)が形成されることがわかる。以上のように、水 素添加量とE1準位の相関が認められた。
昇温脱離ガス分析(TDS)によって、H2無添加および H2添加量 3%で作製したアナ ターゼ薄膜からのH2の脱離挙動を調べた(図3-9)。その結果、400℃までのH2の脱離に は両者に大きな差異は認められなかったが、1000℃付近の脱離において、H2 添加量 3%のスパッタ膜は H2無添加のスパッタ膜と比べ3 倍以上の脱離量を示した。このH2の 脱離は、結晶内部のOH基がアナターゼ型からルチル型へ相転移した際に分解したもの と考えられ、Arガス中に混入させた水素がアナターゼ結晶内部へ取り込まれていることを 示している。結晶内に存在するOH基が二酸化チタンの禁制帯中に深い準位を形成する 報告[10]があり、このE1準位は結晶内に存在す OH が禁制帯中に生成した深い準位で
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
- 34 -
あると考えられる。
3-3-3 0.9eV準位(E2, E3)の起源
3-3-1節に示したように、MOCVD膜のE2準位とスパッタ膜のE3準位は両者ともその深 さはおよそ0.9eVであった。しかしながら、これらの準位のピーク温度は50K程度異なり、
さらには捕獲断面積が 3.2×10-16 cm2、4.6×10-15 cm2 と一桁異なっていることからも同一 の起源による深い準位とは考えにくい。
これらのピークの形状に着目すると、E2準位のピーク幅は、E3準位のピーク幅と比較し て、ブロードであることがわかる。その半値幅はMOCVD膜で100K、スパッタ膜で40Kで ある。したがって、MOCVD膜に見られるE2準位はいくつかの深い準位が重畳していると 考え、Gaussian 関数を用いてE2準位のピーク分離を試みた。その結果、図 3-10 に示す ように 370Kと430Kにピークをもつ2つの準位に分離が可能であることが分かった。それ ぞれ E2’準位 、E2’’準位とする。E2’準位のピーク温度(370K)はスパッタ膜で観察された E3準位のピーク温度と等しい。そこでE2準位は、E3準位に MOCVD 膜に特有の E2’’準 位が重畳していると仮定した。上述したように、E2準位とE3準位は捕獲断面積が大きく異 なっている。そこで、この捕獲断面積の差を利用して準位を分離することを試みた。捕獲 断面積の異なるピークの場合には、パルス幅を変化させることで一方の準位のみに電子 を捕獲させることが可能であり、ピークの分離が可能である[11]。そこで、パルス幅を変化 させDLTS測定を行った。その結果、図3-11に示すように、パルス幅が短くなるにつれて 低温側へピーク温度が連続的にシフトしたが 2 つのピークに分離することはできなかっ た。
次に、E2準位の起源が界面準位である可能性を考え、逆バイアスを変化させDLTS測 定を行った。その結果、低逆バイアスではピークが低温側へシフトすることが確認できた ことから(図3-12)、E2準位の起源が界面準位であると確認された。
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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一方、スパッタ膜のE3準位は図 3-13 に示すように逆バイアス依存性がなく、結晶内に 局在した不純物による深い準位であることを示している。以上のようにE2準位とE3準位は、
異なる起源に由来する準位であることが明らかになった。
3-3-4 光触媒活性評価
禁制帯中に異なる深い準位を持つアナターゼ薄膜の光触媒活性を、Ag+イオンの光 還元析出によって評価した。図 3-14 は試料とその Ag の析出速度の関係を示している。
いずれのアナターゼ薄膜もAgの析出速度は0.15 nm/ sec 程度であり、試料間の大きな 違いは無かった。一般に、深い準位は光触媒活性を抑えることが分かっているが、この結 果は結晶中の深い準位の起源とは別に光触媒の抑制を支配する要因が存在する可能 性を示唆している。
3-4 第3章のまとめ
本章では、第2章で述べたアナターゼの深い準位の起源及び深い準位が光触媒活性 へ与える影響に関して調べた。MOCVD法とは異なる成膜プロセスを踏む PMS法によっ て作製したアナターゼ薄膜(以下 スパッタ膜)には、伝導帯の底から0.9 eV離れたところ に1つの深い準位が存在し、MOCVD 膜中に存在する 0.5 eV の深い準位が認められな いことが分かった。また、この 0.9 eV の深い準位に関して、MOCVD 膜に見られる深い準 位とは捕獲断面積が大きく異なり、MOCVD 膜と異なる起源をもつ深い準位であることを 明らかにした。これらの結果から、MOCVD膜中の深い準位の起源は成膜プロセスの違い に起因するものと考え、最も影響がありうる原料組成の影響を調べた。その結果、スパッタ リングガス中に水素を添加することで、MOCVD膜中に見られた0.5 eVの深い準位がスパ ッタ膜にも出現することが分かった。また、この深い準位は水素濃度の増加に伴い明瞭な ピークを形成し、含有水素濃度との関係が確認された。MOCVD膜の0.9 eVの深い準位
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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に関しては、パルス幅依存性及び逆バイアス依存性があることから、界面準位であることが 明らかになった。一方、スパッタ膜中の0.9 eVの深い準位には逆バイアス依存性がないこ とから、結晶内の不純物によるものであることが分かった。以上の異なる深い準位をもつア ナターゼ薄膜について光触媒活性を評価したが、いずれの膜も極めて低い光触媒活性 しか示さなかった。一般に不純物準位は光触媒活性を抑えることが分かっているが、これ らの結果は結晶中の深い準位の起源とは別に光触媒活性の抑制を支配する要因が存 在する可能性を示唆している。
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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[11] 宇佐美 晶, 徳田 豊, “半導体デバイス工程評価技術” リアライズ社 (1990) p536.
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
- 38 -
表3-1 MOCVD法によるアナターゼ薄膜の作製条件 基板 SrTiO3(Nb0.5wt%)(001)
成膜速度 3 nm/min
O2流量 1 sccm
Ar流量 10 sccm
成膜時真空度 33 Pa
基板温度 973 K
原料 Ti(i-OPr)2(DPM)2
原料温度 383 K
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
- 39 - Plasma
Target
Monochromator
Photomultiplier Piezoelectric
valve Reactive
gas
PCU
Optical fiber
Optical Signal Gas pipe Electrical signal
図3-1 PCUによる、プラズマ発光モニターと反応性ガス流量調整の模式図
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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表3-2 PMS法によるアナターゼ薄膜の作製条件 基板 SrTiO3(Nb0.5wt%)(100)
成膜速度 4nm/min
OED値 1.3~1.7
スパッタリングガス Ar, Ar+H2(1%), Ar+H2(3%), Ar+CH4(1%),
スパッタリングガス流量 80 sccm
成膜時真空度 0.5 Pa
基板温度 973 K
原料 Ti(99.99%)
投入電力 1000W
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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図3-2 MOCVD膜のDLTSスペクトル
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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図3-3 MOCVD膜中に存在するE1及びE2準位のArrheniusプロット
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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表3-3 MOCVD膜中のE1,E2準位の深さ、捕獲断面積及び準位密度
Deep level
EC-ET
(eV)
σn (cm2)
NT
(cm-3)
E1 0.52 1.6×10-14 2.7×1016
E2 0.85 3.2×10-16 1.3×1017
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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図3-4 PMS法で作製したアナターゼ薄膜のDLTSスペクトル
第3章 アナターゼ薄膜結晶中の深い準位の起源に関する研究
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図3-5 スパッタ膜中に存在するE3準位のArrheniusプロット