7
1 基本的な知識
1)加齢による不妊症や不育症への影響
(1)女性の年齢の上昇と卵子の数の減少について
ライフスタイルの多様化や女性の社会進出に伴い、福岡県の平均初婚年齢は、平成 25 年で夫が 30.5 歳(全国は 30.9 歳)、妻が 29.2 歳(全国は 29.3 歳)となっており、全国平均と同様に上昇の 傾向を示している。昭和 45 年と比較すると男性は 3.6 歳、女性は 4.7 歳上昇しており、特に女性の 上昇幅が大きくなっている(図3-1)。同時に第1子の出産時の母親の平均年齢も平成 25 年の全 国値は 30.4 歳となっており、昭和 50 年の 25.7 歳から 4.7 歳上昇し、晩産化も進行している(図3 -2)。 図1 男女別平均初婚年齢の推移(H25) 厚生労働省「人口動態統計」より 図2 第1子出生時の母親の平均年齢(全国、H25) 厚生労働省「人口動態統計」より 26.9 27.6 28.3 28.4 29.4 29.8 30.5 (26.9) (27.8) (28.4) (28.8) (29.8) (30.2) (30.9) 24.5 25.5 26.1 27 28 28.3 29.2 (24.2) (25.2) (25.9) (27) (28) (28.5) (29.3) 24 25 26 27 28 29 30 31 S45 50 55 60 H2 7 12 17 18 19 20 21 22 23 24 25 福岡県 夫 (全国 夫) 福岡県 妻 (全国 妻) (歳) (年) 図3-1 男女別平均初婚年齢の推移(H25) 厚生労働省「人口動態統計」より 25.7 26.7 27.5 29.1 29.9 30.1 30.3 30.4 23.0 24.0 25.0 26.0 27.0 28.0 29.0 30.0 31.0 S50 60 H7 17 22 23 24 25 (歳) (年) 図3-2 第1子出生時の母親の平均年齢(全国、H25) 厚生労働省「人口動態統計」より第3章 不妊症・不育症
8
晩婚化・晩産化は、一方で女性の妊娠・出産にリスクをもたらすことが示されており、女性の年 齢と妊娠・出産については、医学的には 35 歳位までが妊娠等の適齢期であるとされている。 女性の卵巣内にある卵子は生まれる前につくられ、その後新たにつくられることはなく、年齢と ともに徐々に減少する。卵子の元になる卵母細胞は、女児がまだ母体内にいる胎生5ヶ月頃に最も 多く、約 700 万個作られるが、出生時には約 200 万個となり、排卵が起こり始める思春期頃には、 30 万個まで減少する(図3-3)。1か月に 1,000 個ずつが失われると1年間に 12,000 個が無くな ることになり、初潮から 25 年経った 40 歳頃には理論的には 30 万個の卵子が無くなることになる。 卵母細胞の数は増加することはなく、37 歳頃を過ぎると急速に減少し、約 1,000 個以下になると閉 経すると言われている。毎月排卵する卵子の年齢は実年齢とほぼ同じである。こうしたことが、加 齢と不妊症が関連する要因となっている。 さらに、40 歳を超えると、妊娠しても妊娠高血圧症候群や前置胎盤のリスクは2倍以上となり、 妊産婦死亡率や周産期死亡率における相対リスクも上昇する。不妊の原因が見つからない場合でも、 女性の年齢そのものが不妊の原因となり、妊娠しても流産のリスクを高めるとともに妊娠中や出産 時のリスク因子ともなる。 より安全な妊娠・出産のためにも、35 歳を過ぎた不妊に悩む方は、適切な検査や治療を受けるこ とができるよう専門医療機関と相談して治療方針を決定できるよう支援することが重要である。 図3-3 年齢による卵細胞数の変化 「生殖医療の必修知識(2014)」より 700 万 200 万 30 万9
(2)女性の年齢の上昇と流産率・染色体異常の頻度の上昇
卵母細胞が排卵する成熟卵子になるまで、2回の分裂(第一・第二減数分裂)を経て23 本の染色 体になる。卵母細胞は排卵周期が開始するまでの間、第一減数分裂の途中で停止している。女性の 年齢の増加に伴い、卵巣内で卵子が老化すると、卵子の第一減数分裂の異常である染色体不分離と いう現象が認められるようになり、染色体異常が増加すると考えられている。女性の年齢が上昇す れば、流産率は上昇し(表3-1)、ダウン症をはじめとする染色体異常の児の生まれる確率も高く なってくる(表3-2)。こうしたことが、加齢と不育症とが関連する要因となっている。 表3-1 女性の年齢別の流産率 表3-2 女性の年齢別のダウン症児が生まれる頻度(3)男性の加齢と不妊や流産との関連
成人男性の精巣では、生涯を通じて精子がつくられるが、加齢とともに少しずつ機能が低下 する。精巣の大きさも少しずつ小さくなり、男性ホルモンをつくる力も低下する。 30 歳代と比較すると 50 歳代では、精液量や精子運動率、精子正常形態率は低下する。 最近の報告の中には女性と同様、男性でも 35 歳を過ぎると生殖補助医療による出産率が低 下すると述べられているものもある。 女性の加齢と関連して、男性の加齢によっても自然流産の確率が上昇する。 女性の年齢 流産の割合 20~34 歳 10~15% 35~39 歳 25% 40~44 歳 50% 女性の年齢 ダウン症の児が生まれる頻度 20 歳 1667 人に 1 人 25 歳 1250 人に 1 人 30 歳 952 人に 1 人 35 歳 385 人に 1 人 40 歳 106 人に 1 人 45 歳 30 人に 1 人10
2 不妊症
1)基本的な知識
(1)不妊症とは
定義
生殖年齢の男女が妊娠を希望し、ある一定期間避妊することなく性交渉を行っているにもかかわ らず、妊娠の成立をみない場合を「不妊症」という。一定期間については1~3年までの諸説があ るが、2年というのが一般的であり、アメリカ生殖医学会(ASRM)では1年、国際産科婦人科連合 (FIGO)では2年となっている。 明らかな不妊原因が存在する場合は、不妊期間の長短にかかわらず検査や治療を始めても差し支 えない。また、近年の晩婚化を考えれば、不妊期間を1年以上も待って検査を開始する必要もない と思われる。以下、不妊症検査を受ける対象について示す(表3-3)。 表3-3 不妊症検査を受ける対象頻度
妊娠を希望している健康な夫婦であれば、妊娠に至る確率は3か月以内で 50%、6か月以内で 70%、 1年以内で 90%と言われている。 わが国では子どもを希望するカップルの 10‐15%が不妊で悩んでおり、国立社会保障人口問題研 究所の 2010 年の調査では、不妊の頻度は6組に1組とも言われている。 また、不妊は女性の加齢と密接に関係し、年齢の上昇に伴い卵子の数の減少や質の低下、染色体 異常をもつ卵子の増加により不妊の頻度も増えてくる(図3-4)。1.
女性の年齢が 35 歳未満で、12 か月以上妊娠が成立しないカップル 2.女性の年齢が 35~40 歳で、6か月以上妊娠が成立しないカップル 3.可能な限り早期の検査が必要なカップル 【女性側のリスク因子を有する場合】 1)年齢が 40 歳以上 2)月経周期の異常 3)骨盤内炎症性疾患 4)子宮筋腫・子宮腺筋症 5)重症の子宮内膜症 6)卵巣の手術既往 7)抗がん剤または放射線治療の既往 【男性側のリスク因子を有する場合】 1)精巣の手術既往 2)成人発症のムンプス 3)性機能障害 4)抗がん剤または放射線治療の既往 5)他のパートナーとの不妊歴 図3-4 年齢別既婚女性の不妊率 「生殖医療の必修知識(2014)」より不
妊
率
(
%
)
(歳)11
原因
不妊の原因は、WHO では女性因子が 41%、男性因子が 24%、男女両方が 24%であるため、約 50%は 男性側にも原因が有ると言える(図3-5)。 不妊原因の種類や頻度については多くの報告がある(図3-6、表3-4)。原因も複数の因子が 存在することもあり、生殖医療の進歩や地域、報告機関によって少しずつ異なるため、割合を正確 に評価することは難しいが、不妊の原因は、女性だけではないことを念頭に置き、検査や治療は、 カップルで受けることが重要であることを説明する。 「生殖医療の必修知識(2014)」より 表3-4 不妊の原因 排卵因子(25~30%) ダイエット、ストレス 高プロラクチン血症 多嚢胞性卵巣症候群 早発卵巣不全 卵管因子(30~35%) 卵管閉塞、狭窄(クラミジア卵管炎など) 卵管周囲癒着(骨盤腹膜炎、子宮内膜症など) 子宮因子(10~15%) 子宮奇形、子宮発育不全 子宮筋腫、内膜ポリープ、内膜炎 アッシャーマン症候群 男性因子(30~35%) 造精機能障害(精索静脈瘤、停留精巣、染色体異常など) 精路障害(輸精管閉塞などの閉塞性無精子症) 射精障害(ED、逆行性射精など) 免疫因子(3~5%) 抗精子抗体など その他 頸管因子(頸管炎、頸管粘液分泌不全など) 膣因子(処女膜閉鎖、膣閉鎖、膣欠損など) 図3-5 WHO の不妊原因の割合 (男女別) 図3-6 日本受精着床学会の不妊原因の割合 (主要因別)12
(2)検査
不妊スクリーニング検査(1~2か月)P.7 表5参照
卵巣予備能(AMH;抗ミュラー管ホルモン)1.0ng/ml 未満の場合は早めのステップアップ *1 36~39 歳で不妊期間 3 年以上の場合は、タイミングを飛び越えて人工授精へステップアップ *2 卵管因子は 40 歳未満の場合、FT を行った上で一般不妊治療も検討が可能不妊スクリーニング検査・治療の流れ
35 歳以下 36~39 歳 40 歳以上 女性の 年齢 治 療 の 流 れ 4~6 回 3~4 回 1 年 (後半は排卵誘発)
半年
体外受精・顕微授精・凍結融解胚移植(ART)
※特定不妊治療に関する治療費助成制度あり人工授精(I U I・AIH)
排 卵 障 害 は 、 排 卵 誘 発 不妊期間 3 年以 ヒューナー テスト不良 男性 因子 抗精子抗体 陽性 子宮内膜症(重症) 40 歳未満 ・選択的卵管 通水 ・卵管鏡下卵 管 形 成 術(FT)
卵管因子タイミング療法
<生殖補助医療(ART)>
<一般不妊治療>
不妊原因
不妊治療
*1 *213
検査は、卵胞発育やホルモンの状況により、月経周期に合わせて下記の①~⑤の検査を行い、全 ての検査が終了するまでに1~2か月かかる。検査項目と時期は表3-5に示す。効率よく検査を 受け、女性の年齢や不妊期間、卵巣予備機能などの状況に応じて適切な治療方法の選択ができるよ う支援する。①排卵の評価
基礎体温(二相性) ホルモン検査(LH、FSH、プロラクチン)などの値を採血により測定 超音波検査での卵胞発育と排卵のチェック 高温相での黄体ホルモン②卵管通過性の評価
子宮卵管造影検査(HSG)、通水検査、クラミジア抗原検査③夫婦間の適合性検査、免疫性不妊の有無の評価
ヒューナーテスト(性交渉後検査) 抗精子抗体④卵巣予備能の評価
AMH(抗ミュラー管ホルモン)(以下、AMH とする)⑤男性因子の評価
表3-6 精液検査の正常値(2010 年に改訂あり) 2010 年 精液 1.5ml 以上 pH 7.2 以上 精子濃度 1ml 中に 1500 万以上 総精子数 1ml 中に 3900 万以上 精子運動率 40%以上 正常形態精子率 4%以上表3-5 スクリーニング検査と時期 基礎体温
××××
月経 4 日目迄 月経 7~11 日目 月経 12~14 日目 高温相 5~7 日目 血液検査 (LH、FSH、プロラクチン) 通水検査 子宮卵管造影検査 (HSG) エコー(卵胞計測) 尿検査(LH) 頚管粘液検査 ヒ ュ ー ナ ー テ ス ト (性交渉後試験) エコー(排卵のチェック、 子宮内膜厚計測) 血液検査(黄体ホルモン) クラミジア抗原 精液検査 抗精子抗体 AMH 抗精子抗体 精液検査 AMH 抗精子抗体 AMH クラミジア抗原 抗精子抗体 精液検査 AMH 月経 卵胞期(低温層) 排卵期 黄体期(高温相) 月経14
~補足~
◆検査や治療で精子を貯めておく目安
精子は射精せず長い間、精巣内に貯まると酸化ストレスに曝され質が低下したり、運動率が落ち ると言われている。禁欲期間は一般的には2日以上7日以内とされているが、最近では2~3日が 推奨されている。◆AMH とは
抗ミュラー管ホルモン(AMH)はこれから発育する予定の前胞状卵胞から分泌され、卵巣の予備能 を見る有力な指標として注目されている。AMH の値が低く0に近づくほど閉経が近づいていることを 示し、早めのステップアップの指標となる。 どのくらいの数の卵胞が発育するか、卵巣の反応を予測することができ、卵巣刺激法を決める重 要な目安となるが、卵子の質とは関係ない。 FSH と比べて月経周期の影響が少なく、採血により、いつでも測定することができる。 AMH は女性の年齢と共に低下し、卵巣手術の既往や抗ガン剤治療、喫煙歴などで卵巣のダメージが予 測される場合も減少する。一方、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の場合は高値となる。◆クラミジア感染症
クラミジアは性感染症の一種で、現在、若い人を中心に罹患率が増加している。クラミジアが子 宮頸管に感染すると、おりものが増え、放置すると卵管から腹腔内にまで感染が及び腹痛の原因に なる。一方で、感染しても自覚症状がない場合も多いため、たとえ無症状でも検査する必要がある。 放置すると卵管が閉塞したり、卵管周囲に癒着を引き起こし、不妊の原因となる。治療は、パート ナーとともに抗生物質を服用することが必要となり、その間は、コンドームによる避妊が必要であ る。◆性感染症予防対策
生殖補助医療については、成人期のライフステージに視点が当てられ不妊治療として語られるが、 もっと身近で早い時期に取り組まなければならない「性」の問題がある。性感染症は不妊の原因と もなるため、思春期から、妊娠・出産と年齢や生活習慣の関係などの基本的な知識とあわせて、性 感染症と不妊との関係や性感染予防策に関する知識の習得も必要である。15
(3)治療法
P.12 の『不妊スクリーニング検査・治療の流れ』のフロー図に応じて、女性の年齢や不妊の原因 に基づき適切とされる治療を進める。① 一般不妊治療
一般不妊治療とは、タイミング療法、人工授精、場合によっては卵管鏡下卵管形成術(以下「FT」 という)を組み合わせて行う治療を言う。自然妊娠に近い方法の治療であり、受精は体内で行われ る。体への負担も少なく、健康保険が適応される部分が多く経済的負担も少ない治療法である。た だし、妊娠率は自然妊娠に近い程度である。 ※自然妊娠率;20 歳代の健康なカップルが排卵日に夫婦生活をした時の妊娠率は約 20%、30 歳代は 約 10%、女性の年齢とともにこの確率は低下する。タイミング療法
排卵日を推定し、夫婦生活指導を行う。 <排卵日の推定> ◆超音波検査(卵胞計測) ◆頸管粘液検査 ◆尿中 LH 検査など <夫婦生活の時期>排卵日の2日前 <目安>年齢にもよるが、通常6回~12 回。後半は、排卵誘発剤を使用して行うことが多い。 年齢の高い人には妊娠率が低く、効果は期待できない。 ※女性の卵子が受精できるのは約 24 時間以内だが、男性の精子は女性の体内で平均して3~4日は 生存するため、排卵日頃に夫婦生活をもたなくても週に1~2回定期的に夫婦生活をもてば妊娠は 可能である。人工授精(IUI・AIH)
マスターベーションによって滅菌カップに採精した精子を洗浄し、運動性の良い精子を集めて(精 子調整)、排卵日に専用のカテーテルを用いて子宮の中に注入する方法。略語は、IUI (intra uterine insemination )とも AIH(Artificial Insemination by Husband)ともいう。<適応> ◆精子・精液の量的・質的異常 ◆機能性不妊(タイミング療法で妊娠に至らない場合) ◆射精障害・性交障害(Sex Less) ◆精子-頸管粘液不適合(ヒューナーテスト不良症例) <成績・目安>1回の人工授精で妊娠できる確率は妊娠適齢期の 35 歳までは 10%前後、それ以降 は年齢とともに低下する。妊娠する場合は、最初の3~4周期が多い。ステップアッ プの時期としては、多くとも4~6回を目途にする。女性の年齢が 38 歳以上であった り、有効な運動精子数が得られない場合などは早めのステップアップを考える。 ※通常の夫婦生活では、精子は膣内に射精されるが、人工授精では精子を直接子宮の中へ送り込む ので、卵管を通って卵子に到達する精子数が夫婦生活の場合に比べ、より多くなるため、受精しや すくなる。
16
卵管鏡下卵管形成術(FT)
バルンカテーテルと卵管鏡を組み合わせた方法で、子宮側からアプローチし、卵管全域の内腔観 察と癒着を剥離して通過性を回復させる。通過回復効果が高いため健康保険が適応されている唯一 の卵管カテーテル治療法である。 <適応> ◆卵管性不妊症で、体外受精をせず自然に近い妊娠を希望される場合 <成績>通過性回復率は卵管別で 95%、治療後の約 30%に妊娠が成立する。 治療後1年以内の妊娠が多い。 <メリット> ◆体に負担の少ない治療法(開腹しない、体外受精のように大量の排卵誘発剤の投与や採卵などの 手術を受けなくても良い) ◆FT を行ったその周期から妊娠が可能 ◆健康保険が適応され、高額医療費控除を受けることができる <デメリット> ◆10%が治療後に再閉塞となる ◆卵管采癒着や卵管周囲癒着、卵管留水症の場合は、第一選択肢は腹腔鏡であり適応しない ◆施術中に卵管穿孔の合併症のリスクがある ◆年齢の高い人には、その後の治療は一般不妊治療となるので、高い妊娠率は期待できない② 殖補助医療(ART)
一般不妊治療までの治療で妊娠できるのは、全体の約4割である。そこから先の治療が生殖補助医 療(ART;Assisted reproductive technology)(以下「ART」という)である。ART は、体外受精や顕 微授精、凍結胚融解胚移植などを総称して言い、症例に応じて胚盤胞移植や補助孵化法(AHA)を組 み合わせて行う。 保険適応外の治療だが、特定不妊治療に関する治療費助成制度がある。現在わが国では,一年間 に ART により3万人以上の赤ちゃんが誕生しており、2012 年のデータでは日本の出生児の 27 人に1 人は ART(体外受精や顕微授精)での出生児である。体外受精(IVF)
体外受精(以下「IVF」という)は、排卵誘発剤を用いて複数の卵胞を発育させ、採卵によって卵 子を体外に取り出し、精子は運動性の良好な精子を選別して、卵子に合わせ(媒精)、受精した後に、 数日間体外で受精卵(胚)を培養し発育したものを子宮内に戻す方法である。 <適応>海外では、子宮内膜症や高齢女性への適応も言及されている。 ◆卵管性不妊 両側卵管閉塞、両側卵管切除後癒着や閉塞 薬物療法並びに卵管形成術によっても治癒不可能と思われる症例 ◆乏精子症・精子無力症 夫に対するホルモン療法・薬物療法・精索静脈瘤手術・配偶者間人工授精が無効時 ◆免疫性不妊症 ◆長期の原因不明の難治性不妊症17
顕微授精(ICSI)
通常の体外受精では受精が困難な場合や重度の男性因子により受精障害が予測されるカップルに 対して行う。現在、一般的に行われているのは、顕微授精の方法の中の卵細胞質内精子注入法(以下 「ICSI」という)と呼ばれる方法で、1個の精子を顕微授精用の注入ピペットを用いて、顕微鏡下で 卵細胞質内に直接注入する方法である。この受精時の方法以外は、体外受精と同じプロセスで行わ れる。 <適応> ◆体外受精で受精しなかった場合 ◆重症精子減少症、精子無力症、精子奇形症、不動精子のみの症例、精巣上体精子あるいは精巣精 子を用いる場合など通常の体外受精では受精が困難と予測される場合 <備考> ◆わが国では、採卵実施あたり 55~60%は ICSI が実施されている。ICSI の適応が拡大されている が、正常精液所見である非男性因子例の ICSI や高齢女性での ICSI、卵子が少ないために行う ICSI の臨床成績の明らかな優位性は認められてはいない。凍結融解胚移植(FET)
採卵後、IVF や ICSI で受精まで行った受精卵(胚)を子宮内に移植し、それ以外に余った受精卵(胚) を凍結保存する。この凍結受精卵(胚)を次回の治療に用いることで毎回採卵を行う患者の身体的 負担を軽減し、1回の採卵あたりの妊娠率を向上させることが可能となった。さらに受精卵(胚) 凍結ができれば、一度に移植する必要もないため移植数を減らすこともでき、多胎妊娠の防止にも 有益である。 凍結技術の普及と成績の向上に伴い、わが国では、移植可能な受精卵(胚)が得られても、3分 の1の周期は新鮮胚移植を行わず全胚凍結をし、別の周期に着床環境を整えて胚移植を行うことで、 より高い成功率を出している。諸外国と比べ全胚凍結率が高いのは、近年のわが国のART の特徴で ある。 <メリット> ◆余剰胚(移植しなかった胚)を次回分に凍結することで、毎回採卵を行う患者の身体的、経済的 負担を軽減できる ◆卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の重症化の予防ができる ◆着床環境の良い時を選んで移植できる <デメリット> ◆凍結に耐えうる受精卵(胚)しか凍結できない ◆融解後に受精卵(胚)が復活せず、胚移植がキャンセルとなることがある18
胚盤胞移植
培養液の改良により、受精卵(胚)を最終発育段階まで培養することが可能となった。IVF や ICSI により受精した受精卵(胚)を体外で5~6日間培養し、子宮に着床する直前の胚盤胞の状態まで 発生させ胚移植する方法。 <メリット> ◆胚盤胞まで到達した、より優れた、着床率の高い受精卵(胚)を選択することができる ◆着床寸前に胚移植を行えるので異所性妊娠(子宮外妊娠)を予防することができる <デメリット> ◆全ての受精卵(胚)が胚盤胞へ到達するわけではない。到達率は受精卵あたり 50%程度である ◆自然妊娠や分割期胚移植と比較し、一絨毛膜性双胎の発症のリスクが高い補助孵化法(AHA)
受精卵(胚)は透明帯を破って外に出て、子宮内膜に着床する。透明帯の硬化などにより、殻を 破れないと受精卵(胚)は着床できないため、それを助ける方法。IVF や ICSI によって受精した受 精卵(胚)に対して、胚移植を行う前に、透明帯が破れやすいようにあらかじめ透明帯に処理を行 い、孵化を助ける方法(補助孵化法、以下「AHA」という)。 <適応> ◆凍結融解胚移植の際、凍結融解による受精卵(胚)の殻の硬化が考えられる場合 ◆女性の年齢が 40 歳以上で受精卵(胚)の殻の硬化が考えられる場合 ◆ART を繰り返し行っているが着床に至っていない場合胚移植の個数
受精卵(胚)を子宮に戻す(胚移植)際に、多胎妊娠を防止するために胚移植個数の制限が推奨 されている。 <生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解> 移植する胚は原則として単一とする。ただし、35 歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成 立であった女性などについては、2胚移植を許容する。 ART による医原的リスクを回避するために胚移植個数について 2008 年に日本産科婦人科学会倫 理委員会より多胎妊娠防止の会告が出た。会告が出る前の2007 年から、会告の出た 2008 年を境に 1個胚移植の実施率は上昇しており、安全な妊娠・出産に向けた取り組みが各施設で励行されてい る。 <多胎妊娠のリスク> ◆母体側:切迫流早産や妊娠中および分娩時の異常、育児負担の増加 ◆胎児側:低出生体重児や新生児異常、NICU への入院率の増加ART の目安と治療成績
◆ARTの回数の目安は6回。 ART治療の結果、分娩に至った方のうち約90%は6回までの治療で妊娠・出産に至っている。累積 分娩割合は、6回までは回数を重ねるごとに明らかに増加する傾向にあるが、6回を超えるとその 増加傾向は緩慢となっている。また、30~34 歳及び35~39歳においては、治療回数を重ねるにつれ て累積分娩割合は増加しているが、40 歳以上では、治療回数を重ねても累積分娩割合はほとんど増 加しない。19
◆ARTにおいても女性の年齢の上昇とともに妊娠率・生産率は低下し、流産率は上昇する。 日本国内の ART を行う施設は日本産科婦人科学会に登録されており、2013 年7月現在で 576 施設。 その登録施設の最新データは日本産科婦人科学会のホームページ上に毎年更新され公開されている (図3-7)。http://plaza.umin.ac.jp/~jsog-art/ (2015 年 1 月 22 日現在) 図3-7 ART 妊娠率・生産率・流産率(2012) 「日本産科婦人科学会ホームページ」より ◆凍結融解胚移植の実施率が上昇し、良好な妊娠率が得られているのはわが国のART の特徴である (図3-8)。 図3-8 年別 新鮮胚と凍結胚の妊娠率(2012) 「日本産科婦人科学会ホームページ」より 流産率/総妊娠 妊娠率/総胚移植 妊娠率/総治療 生産率/総治療 妊娠率(凍結、胚移植あたり) 妊娠率(新鮮、胚移植あたり) 生産率(採卵あたり)20
③ 男性不妊治療
精液検査やホルモン検査、精巣の触診や超音波検査などを行い、精液所見を悪くしている原因を 調べ、原因に応じた治療を行う。原因がわからない場合も多く、その場合は、女性の年齢を考慮し、 精子の状態に応じた治療を行う。治療法
◆精索静脈瘤の手術 精索静脈瘤は、思春期以降の男性に好発する蔓状静脈叢への静脈血の逆流により、精巣の裏に血 液のコブができる。静脈の逆流による精巣内温度の上昇などが、造精機能障害をきたすと考えられ ている。手術は、麻酔下にて精索静脈の結紮を行う。 精索静脈瘤は健康な男性の5人に1人は認められるものなので、不妊との関連を精査した上で、 手術の可否を検討するが、女性の年齢に時間的な制約がある場合は、ART を検討する。 ◆精路再建術 精子の通り道である精管が閉塞して精子が出てこない閉塞性無精子症の場合に、閉塞している部 位を手術により再建し、通過障害を回復させる手術。ART ではなく、より自然に近い妊娠を希望す る場合に行われる。女性の年齢に時間的な制約がある場合は、ART を検討する。 ◆精巣内精子回収術(TESE) 精子の通り道である精管が閉塞して精子が出てこない閉塞性無精子症の場合に、直接精巣を切開 して精子を取り出す手術。日帰り手術で行われる。採取された精子での治療には、顕微授精が必要 となる。 ◆顕微鏡下精巣内精子回収術(MD-TESE) 精管は閉塞していないが、精巣で精子を造る機能が低下し、精子が造られにくくなっている非閉 塞性無精子症の場合は、少しでも多くの精子を採取できるように、全身麻酔をかけて顕微鏡下で精 巣内を観察し、精子がいる可能性が高い精細管をめがけて組織採取を行う方法を MD‐TESE とい う。採取された精子での治療には、顕微授精が必要となる。<精液所見>
低い 女性の年齢 高い
*閉塞性無精子症で、女性の 年齢が 35 歳以下の場合正常値 精子がいない
(無精子症)
精 子 が 少 な い
運 動 率 が悪い
奇形率が高い
タイミング療法
人工授精(IUI・AIH)
顕微授精(ICSI)
薬物療法(漢方)
ホルモン療法
精索静脈瘤の手術
精路再建術
精巣内精子回収術(TESE)
顕微鏡下精巣内精子回収術(MD-TESE)
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(4)倫理的問題
夫婦間での不妊治療が成功しない場合、海外では法的規制のもと、第3者からの助けを得て不妊 治療が行われている。しかし、わが国ではART に関する法的規制や政府省庁レベルのガイドライン、 行政指導、通達レベルによる規制はなく、これは、国際的にみると先進国としては異例の状況であ る。ART において第3者の配偶子の使用を認めるかどうかは、各国の社会文化的な背景や宗教的な 規範が強く関係している(表3-7)。 法的規制がないわが国では、生殖医療の進歩に伴い、技術的に可能となったことを倫理的な問題 をもちながら臨床応用し、課題を残している。その行為に対し、日本産科婦人科学会や日本生殖医 学会は、「会告」や「見解」という形で意見を会員に示しており、これに反した場合に、学会から除 名されることはあるが、罰則規定はない。そのために、「代理出産」が日本で行われたなどの「禁止」 されているはずの方法が行われ、ニュースとなって目にすることになる。日本生殖医学会では、2008 年に夫婦以外の第3者から提供された精子・卵子を用いた非配偶者間のIVF を容認する見解を出し た(表3-8)。 今後は、法整備の必要性が指摘されながら手つかずとなっていた生殖補助医療に関して、自民党 のプロジェクトチームが、これまで日本産科婦人科学会が禁止していた「代理出産」について、生 まれつき子宮がなかったり、子宮を摘出したりした場合に限って認めることや医学的に夫婦の精子 や卵子で妊娠できない場合、第3者が提供した精子による人工授精と体外受精、提供卵子の体外受 精を可能とすることを容認するなどの法案を国会に提出し、法制化することが検討されている。 表3-7 各国の第3者の配偶子使用の状況 国 精子提供人工授精(AID) 精子提供 IVF 卵子提供 胚提供 日本 ○ △容認 △容認 × オーストラリア ○ ○ ○ ○ アメリカ ○ ○ ○ ○ フランス ○ ○ ○ ○ イタリア ○ × × × イギリス ○ ○ ○ ○ 韓国 ○ ○ ○ ○ 表3-8 日本の倫理的問題を含む技術に関する各学会の見解 第3者から提供をうける要素や治療名 名称 日本産科婦人科学会 日本生殖医学会 法制化の検討項目 精子提供人工授精 AID ○ ○ ○ 精子提供 IVF 会告なし ○ ○ 卵子提供(匿名第3者、姉妹、知人) Egg donation 会告なし ○ ○ 胚提供 Embryo donation × 会告なし 着床前診断 PGD ○ 会告なし 代理懐胎 借り腹(子宮) 代理母(卵子・子宮) host mather surrogate mather × × ○ がん治療前の未授精卵子の凍結 ○ ○ 加齢等の要因による未授精卵子の凍結 × ○ 子宮移植 × ×22
◆日本産科婦人科学会の会告
日本産科婦人科学会は、ART を行う施設の登録を義務づけ、毎年、ART 登録施設ごとに報告され る生殖補助医療の成績をまとめ、解析し、その結果を報告するなど、日本のART を統括する権威の ある学会である。以下は、その日本産科婦人科学会の会告の概要を示す。① 非配偶者間精子提供(AID)
無精子症の患者を対象に、夫以外の精子を用いて妻に人工授精を行う。不妊治療として行われる 医療行為として位置づけられている。日本産科婦人科学会に登録された、慶応義塾大学病院をはじ めとする 15 施設で、倫理的・法的・社会的基盤に十分に配慮し、実施されている。 精子提供者は心身とも健康で、感染症がなく自己の知る限り遺伝性疾患を認めず、精液所見が正 常であることを条件とし、治療にあたっては、感染の危険性を考慮し、凍結保存精子を用いる。同 一提供者からの出生児は 10 名以内。精子提供者のプライバシー保護のため精子提供者は匿名とする が、実施医師は精子提供者の記録を保存するものとする。精子提供は営利目的で行われるべきもの ではない。② 第3者からの卵子提供
日本産科婦人科学会には会告はない。 日本生殖医学会では、第3者からの卵子を用いる治療を必要とする夫婦が明らかにわが国に一定数 存在する以上、医学的適応の限定や十分な情報提供および同意の任意性の確保、生まれてくる児の 出自を知る権利の確保など厳密な条件を設定した上で、提供卵子を使用することについて、その合 理性は十分にあるとしている。 卵子の提供を受ける女性は、患者の体内に卵子が存在しないか、存在しても卵巣刺激に反応しな いなど医学的理由が明確で、かつ法律上婚姻している妻。要件として、機能を有する子宮を備え、 妻の年齢は45 歳以下、健康状態が良好であり、出産・育児に支障がないことを提案している。 提供者は匿名の第3者がいない場合は、姉妹や知人からの提供も容認する。③ 第3者からの胚の提供
不妊夫婦以外の第3者から得られた胚の提供を受けること。 胚提供による生殖補助医療は認められていない。精子と卵子の両方の提供により得られた胚はもち ろんのこと、不妊治療の目的で得られた胚で当該夫婦が使用しない胚であっても、それを別の女性 に移植したり、その移植に関与したり、斡旋を行ってはならない。④ 着床前診断(PGD
) 受精卵が子宮に着床して妊娠が成立する前に、受精卵の割球の1部を取り出し、染色体や遺伝子 に異常がないかどうかを調べる検査。臨床研究として位置づけらている。 重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある遺伝子変異や染色体異常を保因する場合に限り適用 される。但し、重篤な遺伝性疾患に加え、均衡型染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産 (反復流産を含む)も流産の反復による身体的・精神的苦痛の回避を強く望む心情や、流産を回避 する手段の選択肢のひとつとして新たな枠組みを設けた。 PGD は、十分な遺伝医学の基礎的・臨床的知識のある専門職(臨床遺伝専門医)による適正な遺伝 カウンセリングが提供できる体制下で、十分なインフォームドコンセントを得て実施される。23
実施する医療機関は、すでに体外受精・胚移植による分娩例を有し、かつ遺伝性疾患に対する遺 伝子・染色体診断の技術に対する業績を有し、日本産科婦人科学会に施設許可申請を受け、さらに 事例ごとに審査を受け、許可の得られた症例に限り実施される。⑤ 代理懐胎
子を望む不妊夫婦の受精卵を妻以外の女性の子宮に移植する場合(いわゆるホストマザー)と依 頼者夫婦の夫の精子を妻以外の女性に人工授精する場合(いわゆるサロゲイトマザー)とがある。 代理懐胎の実施は、生まれてくる子の福祉や家族関係の複雑性、身体的危険性および精神的負担、 社会全体の許容が認められないという理由から、対価の授受の有無を問わず、本会会員が代理懐胎 を望む者のために生殖補助医療を実施したり、その実施に関与してはならない。⑥ 医学的適応による未受精卵子の凍結
がん治療により、卵巣機能が低下し、妊孕性が失われると予測される場合に、あらかじめ、がん 治療前に未受精卵子を採取・凍結・保存すること。 本人が未成年の場合は保護者の同意が必要であり、生殖年齢を超えたり、死亡された場合は破棄 される。本法の実施は、日本産科婦人科学会に登録されたART 実施登録施設であり、かつ本法につ いて倫理委員会において審査を受けていることを要す。⑦ 社会的適応による未受精卵子の凍結
日本産科婦人科学会には会告はない。 日本生殖医学会では、加齢等の要因により性腺機能の低下をきたす可能性を懸念する場合には、未 受精卵子あるいは卵巣組織を凍結保存することをガイドラインに示している。凍結・保存の対象者 は成人した女性で、未受精卵子等の採取時の年齢は、40 歳以上は推奨できない。また凍結保存した 未受精卵子等の使用時の年齢は、45 歳以上は推奨できない。本人の同意に基づき行われ、本人が生 殖可能年齢を過ぎた場合や死亡した場合は、直ちに破棄する。⑧ 子宮移植
生まれつき子宮がなかったり、がん治療などで子宮を摘出した女性に、母親など第三者の子宮を 移植し、あらかじめ体外受精させた受精卵を戻して妊娠、出産させる技術。 移植された子宮を体に生着させるために、拒絶反応を抑える免疫抑制剤を投与する。分娩は帝王 切開で行われ、出産後には子宮を摘出する。 スウェーデン(ヨーテボリ大学)で、15 年という年月を子宮移植の研究と技術の習得に費やし、 2014 年に子宮移植を受けた女性が男児を出産し、世界初となった。 わが国では、子宮移植の実施に関し、慶応大や京都大などのプロジェクトチームが発足し検討を 始めている。24
2)相談対応
不妊相談を受ける上での前提と相談者の役割を表3-9に示す。 表3-9 不妊相談を受ける上での前提と相談者の役割 結婚前の段階から 関係学会【役割】 1.不妊に悩む方が相談しやすい環境づくり 2.専門的な相談対応のための医療機関との連携 3.より安心・安全な妊娠・出産のための妊娠や不妊に関する知識の普及啓発 妊娠・出産に関する知識の啓発は、現に妊娠・出産を考えている方だけでなく、思春期や 結婚前の段階から啓発することが重要である。そのためには、市町村や保健所、医療機 関など地域保健分野だけでなく、学校教育分野など他分野と連携した取り組みが求めら れている。 ◆医学的には20歳くらいから35歳くらいまでが妊娠・出産に適した年齢 ◆妊娠・出産と、年齢、生活習慣(体重・喫煙・飲酒)、性感染症など のリスク因子の関係等 【前提】 妊娠・出産に係る意思決定は、当事者が自らの意思で行うもの 関係学会 地方自治体 (市町村・保健所) 不妊専門相談センター 医療機関 *特定不妊治療制度 *講演会や学習会の開催(妊娠・出産に関する知識の啓発) *職場における適切な知識の普及や理解を促す(仕事との両立) *不妊治療に関する情報提供 *専門医による医学的な相談 *心の悩みの相談 *より専門的な相談支援 治療がうまくいかない場合の相談 男性不妊への対応
連携
連携 思春期 ~ 結婚前 ~ 結婚 学校教育 (特に高校まで)25
(1)不妊の心理
不妊に対する女性の反応は普遍的ではなく、一人一人に生殖の物語があるが、しかし、不妊体験 には、いくつかの一般性が指摘されている。 女性は、自分が不妊であることに驚き、その後、否認、怒り、孤立、悲嘆を経験する。 不妊患者がIVF を体験するまでに2回以上の危機を体験し、精神的にも不安定な状態にある。不妊 体験が10 年を超えても不妊と言う事実は完全に消し去れない(図3-9)。 また、不妊に関連する喪失は、時間を超えて周期的に存在し、悲しみは引き続くとしている。不 妊は、女性だけでなく男性の心理も揺るがすものである。図3-9 不妊に対する情動的反応
Sue Craig:A medical model for infertility counsering(1990) より
◆不妊という「喪失体験」 • 人間関係の喪失 • 子どもを望む気持ちの喪失 • 心理的/精神的健康の喪失 • 社会的地位、あるいは威信の喪失 • 自尊心、アイデンティティーの喪失 • コントロール(統制)感覚の喪失 • プライバシーの喪失 ◆男性にとっての不妊 • 男性にとって「不妊」とは「産ませる性」としての男性性の喪失 • 性能力とすり替えられて、男性性の欠如と思い込む • 自己像を脅かす 驚き 否定 恐れ 怒り フラストレーション 憤慨 憂鬱 罪悪感 自尊心の喪失 順応 解消 制御 恐れと疑いの再来 洗礼 友人の流産 新しい治療法 ART への適応 コントロール 不妊という事実は 消し去れない
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(2)不妊相談における支援者としての役割
1.心に寄り添う(丁寧な傾聴と共感) 2.夫婦の生き方や価値観を尊重する(振り返り) 3.その人らしい選択を応援する視点を持つ(自己肯定感の支援) 不妊の段階 行動や心理 支援のポイント 不妊に 気づく段階 ・女性が不妊の問題があると先に気 づくことが多い ・情報を求めるが、かえって情報に振 り回される ・相談者のニーズに応じた対応をする ・必要に応じて医療機関に関する情報提供をする ・検査についての一般的な情報提供をする ・心の準備が必要なことを伝える 検査から 診断へ ・検査には、心身とも負担がかかる ・夫婦関係を変化させることがある ・アイデンティティが揺らぐ ・「あなただけではない」と伝える ・サポートグループの情報提供 ・「原因がはっきりしないあいまさ」に耐えることの必要性 を伝える ・エビデンスに基づいた情報提供を行う ・妊娠率を提示して治療への過度の期待を防ぐ ・夫婦のコミュニケーションは大切だが、いつもうまくいく とは限らないことを伝える ・不妊治療が夫婦関係に影響を及ぼす場合があることを 伝える ・精子所見と性的能力は関係ないことを伝える 治 療 が 始 ま る段階 ( タ イ ミ ン グ 療法) ・自己コントロール感が欠如する ・「基礎体温表に見られながらのセック ス」 と感じる ・妊婦や子連れの女性に嫉妬する ・過去の自分に原因を求める ・「普通ではない」自分が許せない つらいからこそ、相談していることを再認識し、以下を 踏まえて、話を受け止め、支援する ・ストレスは治療開始後1~2年がピークであること ・女性には男性心理の理解が必要であること ・性交タイミングがプレッシャーになる場合があること ・嫉妬は誰にでも湧き起こりうる感情であること ・不妊であることは、人間性や能力とは関係ないこと 人 工 授 精 や 体 外 受 精 の 段階 ・どの段階まで治療するのかなど治療 のステップアップに迷う ・ステップアップするかどうか、転院す るかどうか迷う ・夫が妻任せで、治療に向き合えない 場合もある ・男性は、採精を繰り返し、勃起障害 になる場合もある ・感情のジェットコースターに陥る ・出口の見えないトンネルにいるような 気持ちになる ・今の治療や病院でよいか、不安を感じているときには、 夫婦ともに、不妊治療について知識を深めてもらう ・必要に応じ、治療を休む選択もあることを伝える ・必要に応じ、夫婦の関係性を調整する 治 療 が 長 期 にわたる時 ・モルモットになったように感じる ・妊娠が成立しなかったことは、子ども を亡くしたのと同じこと感じる ・胚移植から妊娠判定までが最もスト レスが高まる ・悲しみに寄り添う ・がんばっている自分を認めることの大切さを伝える ・「楽しむ」感覚を思い出す提案をする 治療を 中断・終結 する時期 ・残されたわずかな確率に、治療をや める決心がつかない ・夫婦どちらも「やめよう」と言い出せ ない ・情報提供しつつ、一緒に考える ・夫婦が真の思いに気づく支援をする ・夫婦の決断を、夫婦自身がプラス評価できるように支 援する 「不妊相談のためのマニュアル(H18)」より27
(3)不妊治療に関する経済的支援についての情報提供
(不妊に悩む方への特定治療支援事業) 不妊治療の経済的負担の軽減を図るため、高額な治療費がかかる配偶者間の体外受精・顕微授精 に要する費用の一部を助成する制度。都道府県、政令市等が実施主体。 ◆対象者:体外受精及び顕微授精以外の治療法によっては妊娠の見込みがないか、または極めて少 ないと医師に診断された法律上婚姻している夫婦 ◆所得制限:730 万円(夫婦合算の合計所得額から各種控除額を差し引いた額) ◆助成限度額:1回 15 万円 ※凍結胚移植(採卵を伴わないもの)、及び採卵したが卵が得られない等の ため中止したものについては1回 7.5 万円 ◆助成回数等 ・年間助成回数:1年度目は年3回、2年度目以降は年2回まで ・通算助成期間:5年度(年度の間隔があいても良い)まで ・通算助成回数:10 回まで ただし、平成 26 年4月1日以降に、初めて助成制度を利用する方の内、初めて助成制度を利用す る際の治療開始日の妻の年齢が 40 歳未満の場合、年間助成回数及び通算助成期間の制限は廃止し、 通算助成回数は6回まで。 平成 28 年度以降は通算回数を6回、女性の年齢を 43 歳未満にするなど、 制度改正が予定されて いる。 <助成範囲早見表> http://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/134998_50458894_misc.pdf <指定医療機関一覧> 助成金の申請は、都道府県知事等が指定した医療機関において受けた治療に限り申請可能 http://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/funinsitei.html <備考> 申請する場合は、住所地の市区町村を管轄する保健所、又は市区町村に問い合わせが必要。 (各自治体で、不妊治療の助成金の条件や金額、申請方法等が異なる。人工授精や不育症、男性 不妊治療の治療費の助成がある自治体もある。)28
(4) 仕事との両立への支援
近年の晩婚化等を背景に不妊治療を受ける夫婦が増加しており、働きながら不妊治療を受ける方 は増加傾向にある。仕事と不妊治療との両立に悩み、やむを得ず退職する場合も多いと言われてい るが、不妊治療を受ける方は、一定の職務経験を積んだ年齢層の従業員であることも多く、企業の 貴重な戦力である。こうした人材を失うことは、企業にとって大きな損失であるため、仕事と不妊 治療の両立について職場での理解を深め、従業員が働きやすい環境を整えることは、有能な人材の 確保という点で企業にもメリットがある。 職場内で不妊治療への理解を深めるための不妊治療の内容や職場での配慮のポイント、仕事と治 療の両立に役立つ制度などを紹介するリーフレットが厚生労働省からも出ている。 リーフレット:http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30.pdf <支援のポイント> ・すぐに仕事をやめることを奨めない ・治療のスケジュールについて情報提供し、仕事との両立が可能か一緒に考える ・在宅自己注射を行えば、通院負担が軽減できることを情報提供する ・職場の理解を得て、不妊治療を受けることを提案する ・不妊治療を受けることは、知られたら恥ずかしいことなのか一緒に考える ・パーフェクト指向をやめる29
<相談対応>
不妊期間は短いが、加齢による卵子の老化など妊娠や出産にも年齢が影響することを情報提供し た。通常は、検査を行い、一般不妊治療を経て、体外受精などの高度生殖医療へ進むが、年齢や妊 娠率を考えると最初から高度な治療が必要となる可能性について説明し、特定不妊治療に関する治 療費助成制度についても説明した。夫婦で十分に相談して決めるためにも、具体的な見通しは必要 であり、そのためには、夫婦で不妊専門の施設に受診してみることも一つの方法であると説明した。 その後、不妊専門施設を受診し、タイミング療法は時間的な猶予もないため、人工授精を1~2 回行い、妊娠に至らなければ体外受精に進むことになった。<相談対応>
夫の理解が得られない中で不妊治療を行ってきたストレスについてねぎらい、相談者の思いを傾 聴した。夫は忙しいであろうが、不妊治療は夫婦で取り組むべきものであり、不妊の原因の約半数 は男性側に問題があることから、時期を見計らって早めに夫の検査ができるよう、医療機関とも相 談しながら精液検査の日程を組むことを提案した。 その後、夫は仕事に行く前に自宅で精液を採取して、妻に病院に持って行ってもらい精液検査を 受けた。夫に乏精子症が見つかり、二人で治療に取り組むこととなり、顕微授精を受けることにな った。晩婚による妻の高齢を心配した不妊相談事例
妻 40 歳、夫 38 歳、入籍したばかり。避妊はしていないが、妊娠しない。不妊期間は 3 ヵ月な ので、不妊かどうかはわからないが、自分はもう 40 歳なのでゆっくりできない。このまま様子 を見てよいかと相談に来られた。夫が不妊治療に非協力的で、今後の治療について悩んでいる不妊相談事例
妻 34 歳、夫 36 歳、不妊期間 4 年。妊娠歴なし。結婚2年目から妻は不妊を疑い、卵管検査や ホルモン検査を受け、異常は無いと言われた。病院から精液検査をするよう随分前から言われて いたが、夫は営業職で出張も多く、「自分は大きな病気や手術などもしたことはなく、学生のころ からスポーツ万能でどこにも悪いところはない。忙しいし、検査は受ける必要はない」と言う。 夫の理解や協力が得られないので、自分だけが通院し、夫には負担をかけないよう排卵日にタイ ミング療法を行っていた。このままの治療でよいのか、人工授精などのステップアップした治療 を行った方がよいのか相談に訪れた。~ 事 例 ~
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3 不育症
1)基本的な知識
(1)不育症とは
定義
妊娠 22 週未満の流産を繰り返す反復流産、習慣流産に加え、死産・早期新生児死亡を繰り返 す場合を含めて「不育症」と定義する。 定義 不育症 流産 妊娠 22 週未満の胎児が母体から娩出されること。 妊娠 12 週未満の流産を早期流産といい流産全体の約 90%を占め る。 習慣流産 流産を3回以上繰り返した場合 反復流産 流産を2回以上繰り返した場合 死産 妊娠 22 週以降の死亡胎児の出産 早期新生児死亡 生後1週(7日)未満の新生児の死亡 ※生化学的妊娠 尿妊娠検査による妊娠は、不妊症や不育症でない若い健康なカップルにも毎回月経予定日にこ の検査を行うと高率に生化学的妊娠と診断されることが多く、病的な流産と区別するために生化学的 妊娠と呼ばれ、流産回数には含めない頻度
流産は、妊娠の約 15%に起こる妊娠最大の合併症であり、この頻度は女性の加齢とともに増 加する(図3-10)。Nybo Anderson AM:Maternal age and fetal loss(2000)より 図3-10 加齢による流産の頻度