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竹幽文庫蔵『香道籬之菊』の紹介 : 和歌を主題と する組香(十二)

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竹幽文庫蔵『香道籬之菊』の紹介 : 和歌を主題と する組香(十二)

著者 矢野 環, 福田 智子

雑誌名 社会科学

巻 49

号 2

ページ 25‑45

発行年 2019‑08‑30

権利 同志社大学人文科学研究所

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000283

(2)

二五 本稿は︑﹁︽資料︾竹幽文庫蔵﹃香道籬之菊﹄の紹介︱和歌を主題

とする組香︵一︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

46巻第

3号︑二〇一六年一一

月︶︑﹁同︱同︵二︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

46巻第

4号︑二〇一七年二

月︶︑﹁同︱同︵三︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

47巻第

1号︑二〇一七年五

月︶︑﹁同︱同︵四︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

47巻第

2号︑二〇一七年八

月︶︑﹁同︱同︵五︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

47巻第

3号︑二〇一七年十一

月︶︑﹁同︱同︵六︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

47巻第

4号︑二〇一八年二

月︶︑﹁同︱同︵七︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

48巻第

1号︑二〇一八年五

月︶︑﹁同︱同︵八︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

48巻第

2号︑二〇一八年八

月︶︑﹁同︱同︵九︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

48巻第

3号︑二〇一八年十一

月︶︑﹁同︱同︵十︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

48巻第

4号︑二〇一九年二

月︶︑﹁同︱同︵十一︶︱﹂︵﹃社会科学﹄第

49巻第

1号︑二〇一九年

五月︶に引き続き︑竹幽文庫蔵﹃香道籬之菊﹄所載の組香について︑

とくに和歌を主題とする組香を対象に︑翻刻と考察をおこなうもの

である︒本稿では︑書の巻から︑三舟香︑小町香の二つの組香を取

り上げる︒資料に関わる基本的な説明は︑﹁︽資料︾竹幽文庫蔵﹃香

道籬之菊﹄の紹介﹂︵﹃社会科学﹄第

46巻第

2号︑二〇一六年八月︶

を参照されたい︒また︑凡例および香道用語解説は︑前掲﹃社会科 学﹄第

46巻第

3号に詳述しているので︑本稿では︑以下にその概略

を記すにとどめる︒

凡例

一︑翻刻本文は︑底本の原態を尊重しつつ︑漢字・仮名ともに

通行の字体を用い︑適宜︑句読点を施す︒また︑朱書きには︑﹁︵朱︶﹂と示し︑一面の終わりには〝﹂〟を付して丁数を記す︒

一︑考察には︑︵

1︶竹幽本組香の方法︑︵

2︶和歌作品との関

わり︑というふたつの観点を設ける︒

一︑︵

1︶の冒頭には︑構造式を記す︒また︑解説を要する香道

用語には﹁*﹂を付す︒それらの用語については︑﹁香道用語

解説﹂︵﹃社会科学﹄第

46巻第

3号︶を参照されたい︒

一︑︵

2︶で引用する和歌作品の本文は︑特に断らない限り﹃新

︽資料︾

竹幽文庫蔵﹃香道籬之菊﹄の紹介 │ 和歌を主題とする組香︵十二︶ │

矢  野    環 福  田  智  子

(3)

二六

編国歌大観﹄Ver.2︵角川書店︑二〇〇三年︶に拠る︒

一︑巻末には影印を付す︒

︽書巻︱二一︾三舟香

︻翻刻︼

   △︵朱︶三舟香

  承保帝︑西河の御遊に詩歌管絃の三舟をうかべをの〳〵

其能ある人分れて乗て出る時︑権帥民部卿源経信正二位大納言なり

くれ参りしに︑舟はや一町ばかりも漕出したる折からな

れは︑汀に蹲て声を揚て︑三つの舟は撰はす︑いつれに

ても便よき舟こぎもどし給へといひて﹂書四六ウそのたよ

りにまかせ︑管絃の舟に乗りて︑詩歌を奉りし故事にす

がりて此香を組侍り︒

一 詩方三人︑歌方三人︑管絃方三人と分つ︒連中九人に限る︒

一 初三包一炷開︑中二包二炷開︑後五包一炷開也︒

一 詩の香三包︑歌の香三包︑管絃の香三包

︑源

の香一包客香都合

十包聞香とす客香には随分わかり安き香を包て組べし  

︒ ﹂

書四七オ

一 地香各外に拵へ試に出す︒客香試なし︒

一 出香の分様左の如く焚出す︒

  初三包一炷開  地香九包の内︑三包取て用

  中二包二炷開  地香残六包の内︑一包取て︑客香を加へ用︒地香は札を打ども聞捨也   後五包一炷開  地香残五包を用

一 盤は

  浪の蒔繪也  竪溝三筋横十間  皆浪の形を以て分つ岸の方に人形立る穴有︒﹂書四七ウ

一 立物は

  源経信の人形  立る様に串附る

       詩の舟

  御座舩三艘歌の舟  と號て︑各䠞に人形を立る︒

       管絃の舟

  穴一つあり︒

  詩の舟  金にて作る︒艫に黄純子の幟を立︑詩と云文字を縫とす︒金の

麾を用ゆ︒鳳凰の頭也︒

  歌の舟  銀にて作る︒艫に白綸子の幟を立︑歌と云文字を縫とす︒銀の

麾を用ゆ︒孔雀の頭也︒書四八オ

  管絃の舟  朱塗也︒艫に緋純子の幟を立て︑楽と云文字を縫とす︒真

紅の麾を用︒白龍頭也︒

一 立物進退左の如し︒

  初三炷の内

   毎組一人聞は二間︑二人聞は四間︑三人聞は六間︑舟

を沖の方へ進むべし︒舟︑沖の方に着たらば︑中二炷

の香出るまで舟を沖につなぎ置べし︒

   一組三人共に三炷終る迄一人も不聞時は︑其舩を﹂

(4)

二七 四八ウ二間目に出置べし︒其後︑客香聞あらば︑聞人の

多少に不構︑舟を二間進すべし此時岸より漸く四間目に至る也︒若又客香一人

も不聞時は︑其幟を伏せ︑舩を取除け︑此組は退座す

べし︒

  中二炷の内

   此香始る前に︑経信の人形を岸に立るべし︒客香を聞

たる組の舟を岸の方へ向け直す﹂書四九オべし聞人数に構なく舟を向け直す斗り也

   初の三炷の内に聞すくなく︑沖に舟着ざる内に客香聞

たりとも︑舟を戻すべからす︒前の進数の如く︑先つ

舟を沖に着け︑其上にて舟を岸の方へ向け直して︑後

に聞次第にて漕戻すべし︒一炷の地香は聞捨成る故に︑

中り不中に構す︑舟の動なし︒﹂書四九ウ

    客香を聞しは経信の声を聞たる故に舟をかへす心なり︒朱︶

   一組三人の内︑一人も客香を不聞時は︑舟を戻べから

す︒其侭その所に置べし︒是にて此組は盤の上は負也︒

香斗は終る迄聞べし︒

    客香にて盤の勝負定る故︑聞安き香を客香に組て︑一組三人の内に

ては必聞中る様に設るべし︒朱︶

  後五炷の内

   毎組一人聞は一間︑二人聞は二間︑三人聞は三間と﹂

五〇オ舟を岸の方へ漕戻すべし︒早く岸に着たる舟に︑ 経信の人形を乗せる︑是勝也︒若し香終ざれは︑又舟を沖の方へ向け︑右の間数のごとく漕出すべし︒是を後興と名付︑至極の勝たるべし︒

    残りの舟は一艘先きへ漕着︑源帥を乗せし事知らずして漕寄る風情

︒勝の舟ははや源帥を乗せて又沖へ漕出る其興甚た多かるべし

︵朱︶

   舟岸に着て︑跡の舟いまだ沖にあらば︑残り﹂書五〇ウ

の聞にて沖の舟は岸に寄すべし︒

一 麾用様

  連中皆聞て︑舟三艘ながら岸へ着けは︑経信の人形を管

絃の舟に乗せ︑金麾を詩の舟の幟にさし︑銀麾を歌の舟

の幟にさし︑真紅麾を管絃の舟の幟にさすべし︒二艘着︑

一艘着は︑其勝たる舟に人形を乗せ︑其舟の麾をさす也︒﹂

書五一オ

   但 し二艘の内に管絃の舟ありて︑外の着舟に経信の人

形あらば︑管絃の舟に乗替るべし︒二艘の内に管絃

の舟なき時はいづれに乗せてもくるしからす︒

一 札数一人前十枚九人分九拾枚也︒

   札表  真文字にて書べし

  大雅 小雅 二南  詩方札也︵朱︶

  旋頭 長歌 短歌  歌方札也︵朱︶

(5)

二八

  玉琴 瑶瑟 龍笛 管絃方札也︵朱︶﹂書五一ウ

   札裏  行文字にて書へし

  詩三枚  歌三枚  管絃三枚  源帥一枚

一 記録は中り斗を記す︒中二炷の内は︑客香の中斗を記す︒地

香の一炷は聞捨故に不記︑丸を画べし︒

一 炷数認様左の如し︒

  皆中を  風流兼達    八炷を  解事伶官

  七炷を  閑雅人物    六炷を  好文雅士﹂書五二オ

  五炷を  筆研良友    四炷を  談笑非俗

  三炷を  握手大噱    二炷を  崑岡一塵

  一炷を  桂林蛛糸    無を   罸杯無算

右の通︑朱を以て認るへし二炷開の内︑地香の一炷は聞捨故に十炷目の変名なし  

一 記録認様左に記す︒﹂書五二ウ

   三舟香之記

    ︹表︺﹂書五三オ

三舟香盤立物の圖

  詩の舟  金にて作る︒黄純子の幟をたて︑詩といふ文字を縫

とす︒金の麾を勝次第に幟の上にさすべし︒矢員香

の麾のごとし︒

      孔雀の頭︒

  歌の舟  銀にて作る︒白綸子の幟をたて︑歌といふ文字を﹂ 五三ウ縫とす︒銀の麾を用ゆ︒

      鳳凰の頭︒   ︹図︺

  管絃の舟  朱ぬり也︒緋純子ののぼりをたて︑楽の文字を縫

とす︒真紅の麾を用ゆ︒

       龍がしら︒﹂書五四オ

  源経信人形   ︹図︺

   盤は   ︹図︺

青海波のごとくにして︑波のうねりにて一間二間をわかつべ

し︒初の方を岸﹂書五四ウと定む︒横三行に竪は十間也︒三行

は舟を出す溝をほるべし︒末の方は波を舟の長さに永くすべ

し︒波は銀にてほり︑上に作る岸の方に源帥を立る︒﹂書五五オ

︻考察︼

                初 中 後 1︶竹幽本組香の方法

⁝ 

⁝ 

       

⁝ 

⁝ 

       

⁝ 

 1

       

⁝  × 

   詩      

        コ      2

 3

=  5

   歌    

3= 9=×+

          1+×

 1+ 

1

   管絃        源帥         

1

本組香は︑上野宗吟﹃香道宿の梅﹄﹇宝暦十一年︵一七六一︶

(6)

二九 跋刊本﹈所収﹁三舟香﹂からの引き写しと見られる︒影印は︑次

の国文学研究資料館のサイトを参照されたい︒

http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917

KTM&C_CODE=0228-007001&IMG_SIZE=&PROC_TYPE=n

ull&SHOMEI=%E3%80%90%E9%A6%99%E9%81%93%E5%A

E%BF%E3%81%AE%E6%A2%85%E3%80%91&REQUEST_

MARK=null&OWNER=null&BID=null&IMG_NO=53

本香には︑地香﹁詩﹂﹁歌﹂﹁管絃﹂の香︑各三包と︑客香﹁源

帥﹂の香一包の︑計十包を用いる︒地香のみ試香を行う︒客香

には聞き分けやすい香を選ぶ︒

構成は︑初段の一炷聞き三回と︑中段の二炷開き一回︑後段

の一炷聞き五回から成る︒初段は︑地香九包から三包を出香と

する︒中段は地香の残り六包のうちの一包に客香を一包を加え

た計二包を用いる︒地香の残り五包は後段で用いる︒

答えには︑特殊な香札を一人分十枚用いる︒札裏は行書体で

記す︒香名の﹁詩﹂﹁歌﹂﹁管絃﹂各三枚と﹁源帥﹂一枚を用意

する︒札表は漢字で︑﹁詩﹂﹁歌﹂﹁管絃﹂方︑それぞれ異なる文

言を記す︒﹁詩﹂方は﹁大雅﹂﹁小雅﹂﹁二南﹂︑﹁歌﹂方は﹁旋

頭﹂﹁長歌﹂﹁短歌﹂︑﹁管絃﹂方は﹁玉琴﹂﹁瑶瑟﹂﹁龍笛﹂と書

く︒

本組香は︑連中を三人ずつ︑詩方・歌方・管絃方に分け︑計 九人で行う盤物である︒盤は︑竪溝三筋と横十間を︑浪の形で区切った蒔絵のものを用いる︒岸辺に︑﹁詩﹂﹁歌﹂﹁管絃﹂の舟

と称する御座船三艘を配置する︒

初段では︑﹁詩﹂﹁歌﹂﹁管絃﹂方︑それぞれに︑一人聞き当て

れば二間︑二人では四間︑三人では六間︑舟を沖の方に進める︒

初段の途中で舟が沖に着いたら︑中段が始まるまで︑舟を沖に

繋いでおく︒各組で誰も初段の香を聞き当てられなかった場合

は︑舟を二間目に置き︑さらに︑中段で客香を聞き当てること

ができれば︑何人聞き当てても舟を二間進める︒そうすると︑岸

から四間目に至ることになる︒もし︑中段の客香を誰も聞き当

てられなかった場合は︑舟に立てた幟を伏せて舟を盤から取り

外し︑その組は退席となる︒

中段は︑始めにまず源経信の人形を岸に立てる︒地香は札を

打っても聞き捨てとし︑初段で沖に着いた舟の組の連中が︑客

香を聞き当てた場合は︑聞き当てた人数に関わらず︑岸の方に

向け直す︒これは︑岸にいる経信の声を聞いて︑舟を漕ぎ返す

という趣向である︒

初段で沖に舟が着かなかった組の連中が客香を聞き当てた時

は︑舟を戻さず︑初段の舟の進め方のとおりに︑まず舟を沖に

着けてから︑岸の方に向け直し︑香を聞き当てた数によって漕

ぎ戻す︒なお︑地香は聞き捨てなので︑聞き当てても舟を進め ***

*

*

* *

*

(7)

三〇

ることはできない︒

一組三人のうち︑一人も客香を聞き当てられなかった時は︑舟

は戻さず︑そのままの位置に置く︒そこでこの組は︑香は最後

まで聞くが︑盤上の負けとなる︒このように︑客香を聞き当て

られるかどうかが盤上の勝負を左右するため︑客香に聞きやす

い香を選び︑一組三人のうち誰かが必ず聞き当てられるように

するのである︒

後段では︑一組のうち独り聞き一間︑二人聞き二間︑三人聞

きは三間というように︑舟を岸の方へ漕ぎ戻す︒最も早く岸に

着いた舟に経信の人形を乗せ︑これを勝ちとする︒まだ十包の

香が焚き終わらなかった場合は︑再び舟を沖の方に向けて漕ぎ

出す︒これを﹁後興﹂と名付け︑最上の勝ちである︒残りの舟

は︑一艘の勝ちの舟が先に岸へ漕ぎ着いて︑経信を乗せて沖に

出たことを知らずに︑岸に漕ぎ寄る様子を表す︒なお︑舟が岸

に着いた後︑他の舟がまだ沖にあったときは︑残りの香の聞き

によって岸に戻す︒

なお︑舟が三艘ともに岸へ着いた場合は︑経信の人形を﹁管

絃﹂の舟に乗せ︑金麾︵きんき︒金のさしずばた︶を﹁詩﹂の

舟の幟︵のぼり︶に︑銀麾を﹁歌﹂の舟の幟に︑真紅麾を﹁管

絃﹂の舟の幟にさす︒また︑岸に着いた舟が二艘︑あるいは一

艘であった場合は︑その勝った舟に人形を乗せ︑その舟の麾を さす︒ただし︑二艘の内に﹁管絃﹂の舟があって︑もう一方の舟に経信の人形が乗っているとき︑人形は﹁管絃﹂の舟に乗り換える︒﹁管絃﹂の舟がないときは︑人形をどちらの舟に乗せて

もよい︒

記録には︑聞き当てた香のみを記す︒中段の二炷は︑当たり

のみの客香を記し︑聞き捨ての地香については﹁◯﹂と記して

おく︒

ところで︑真田宝物館︵長野市松代町︶には︑写真のような

香 道 具 が 所 蔵 さ れ て い る

︹﹃

真 田 宝 物 館 収 蔵 品 目

  録

真田家旧蔵資料目録︱香道

具・遊具︱﹄︵松代文化施設

等 管 理 事 務 所 発

行︑

平 成

二十三年三月︶二〇頁︒

24 三船の香具

香道具

10盤

五二・四×二九・七×一・四︒

また︑宝物館のサイト﹁目

録・資料集﹂に掲載されて

いる

e-book

でも閲覧でき

る︺︒

竹幽本伝書における舟お *

(8)

三一 よび付属の品の色や作りは次のようである︒*﹁詩﹂の舟

作り金

幟黄純子に﹁詩﹂文字の縫い取り

麾金

頭孔雀

*﹁歌﹂の舟

作り銀

幟白綸子に﹁歌﹂の縫い取り

麾銀

頭鳳凰

*﹁管絃﹂の舟

作り朱塗り

幟緋純子に﹁楽﹂の縫い取り

麾真紅

頭龍

はたして︑真田宝物館所蔵品と比較してみると︑﹁詩﹂の舟と

﹁歌﹂の舟の頭が逆になっており︑これは︑﹃香道宿の梅﹄所収

﹁三舟香﹂と一致する︒一方︑﹃香道宿の梅﹄は︑﹁管絃﹂の舟の

幟の縫い取りを﹁管絃﹂とするが︑竹幽本と真田宝物館所蔵品

はともに﹁楽﹂である︒なお︑真田宝物館所蔵品を実見したと ころ︑舟底に取り付けられた部品が盤の溝にぴったりとはまり︑それが回転することで︑舟を盤から外さなくても方向転換することができるようになっている︵二〇一八年九月十日確認︶︒

2︶和歌作品との関わり

本組香は︑権帥︑源経信︵一〇一六〜一〇九七︶の三舟の才

を主題とする︒経信は︑正二位権大納言に至った公卿で︑晩年

に大宰権帥に任じられ︑任地で没した︒漢詩・和歌・管絃のす

べてに堪能なその多才ぶりは︑藤原公任︵九六六〜一〇四一︶

に比肩するという︒鎌倉中期の説話集﹃十訓抄﹄には︑公任の

三舟の才の話に続けて︑経信についても以下のように記されて

いる︵引用は岩波文庫に拠り︑適宜表記を改めた︶︒

  御堂関白︵道長︶︑大井河にて遊覧の時︑詩歌の舟を分か

ちて︑おのおの堪能の人々を乗せられけるに︑四条大納言

︵公任︶に仰せられていはく︑﹁何舟にか乗らるべきや﹂︒大

納言のいはく︑﹁和歌の舟に乗るべし﹂とて乗られけり︒さ

て詠める︑

   朝まだき嵐の山の寒ければ散るもみぢ葉を着ぬ人ぞな

後に言はれけるは︑﹁何舟にのるへきぞ︑とありしこそ︑心

(9)

三二

おごりせられしか﹂︒また言はく︑﹁詩の舟に乗りて︑これ

ほどの詩を作りたらましかば︑名は上げてましを﹂と︑後

悔せられける︒

  この歌︑花山院の﹃拾遺集﹄を撰せられける時︑﹁散るも

みぢ葉﹂を﹁紅葉の錦﹂とかへて入るべきよし仰せられけ

るを︑大納言しかるべからざるよしを申しければ︑もとの

ままにて︑入りにける︒円融院︑大井河逍遥の時︑三の舟

に乗るともあり︒︵第十才能・芸業を庶幾すべき事  三︶

  帥民部卿︵経信︶︑またこの人におとらざりける︒白河院︑

西川に行幸の時︑詩・歌・管絃の三の舟を浮べて︑その道

の人々を分かち乗せられけるに︑経信卿遅参︑ことのほか

に御気色悪しかりけるに︑とばかり待たれて参りたりける

が︑三の事を兼ねたる人にて︑汀にひざまづきて︑﹁や︑ど

の舟まれ︑寄せよ﹂と言はれける︑時にとりていみじかり

けり︒かく言はん料に︑遅参せられたりけるとぞ︒さて︑管

絃の舟に乗りて︑詩歌を献ぜられたりけり︒﹁三舟に乗る﹂

とはこれなり︒︵第十才能・芸業を庶幾すべき事  四︶

前者は︑公任が和歌の舟に乗り﹁朝まだき﹂の歌を披露した後︑

漢詩の舟に乗ればよかったと後悔したというのが主な内容であ る︒これを受けて︑後者では︑経信が︑故意に遅参して︑﹁詩﹂

﹁歌﹂﹁管絃﹂の舟をいずれでもかまわず呼び戻すことで︑自ら

の多才を誇示し︑結局︑﹁管絃﹂の舟に乗り詩歌を献じたという

話である︒

本組香の冒頭は︑この﹃十訓抄﹄の話をもとに書かれたもの

であろう︒﹁承保帝﹂は白川天皇をさす︒組香には︑もちろん︑

経信が三艘の船を呼び戻すという趣向が取り入れられているが︑

舟が三艘ともに岸へ着いた場合︑経信の人形を﹁管絃﹂の舟に

乗せるという点も︑この話の結末に拠って発想されていよう︒

公任の話に比して︑経信の三舟の才の話では︑﹁管絃﹂に力点

が置かれている︒経信は︑音楽の才に秀でていた敦実親王の血

を引く家系で︑琵琶をよくした︵琵琶血脈・胡琴教録︶と伝え

られる︒一方︑本組香にも﹃十訓抄﹄にも︑経信の和歌につい

ての具体的な言及はないが︑経信が︑﹁夕されば門田の稲葉音づ

れて芦の丸屋に秋風ぞ吹く﹂︵百人一首︶でも知られる歌人であ

り︑また︑我が国で初めて勅撰和歌集を批判した﹃難後拾遺﹄

を著した歌学者で︑後期摂関期から院政期にかけての歌壇の重

鎮であったことは︑言を俟たない︒

なお︑﹁本組香で用いる﹁歌﹂方の香札の表に記される﹁旋

頭﹂﹁長歌﹂﹁短歌﹂は︑いずれも和歌の形式である︒旋頭歌は︑

五・七・七・五・七・七の六句から成り︑平安期にはほとんど見られ

(10)

三三 なくなる︒また︑長歌は︑五音句と七音句を交互に三回以上繰り返し︑最後は七・七で終わるのが一般的である︒これも平安期

に入ると徐々に姿を消すが︑複雑な感情や強烈な思いを表現す

る際に用いられる形式である︒と同時に︑長歌を詠むことがで

きるか否かということは︑その歌人の力量を示すひとつの指標

ともなり得る︒短歌は︑五・七・五・七・七の三十一文字︵みそひ

ともじ︶で︑時代を通じて広く用いられた形式である︒

︽書巻︱二二︾小町香

︻翻刻︼

   △︵朱︶小町香

  深草少将善佐︑小野の館へ通ふ︒既に貞観八年閏三月九

日の夜に至て︑九十九夜になりぬ︒今は此夜一夜にて百

夜の数こそ満れと︑小町も心うちうごき其暮を待に︑翌

日三月十日の夜に至れども︑少将如何したりけん︑今宵

ははやくも至べきに初更も過ぎ︑二更もさり︑遠寺の鐘

も聞ゆれども﹂書五五ウ其おとづれもなく︑こはいかに︑今

一夜にて心かわりや︑飛鳥川の人の心や︑とてかくなん

   色見へてうつろふ物は世の中の

    人の心の花にそありける

  此歌によつて組侍りたる香也︒ 一 一炷開也︒

一 十炷香の札を用ゆ︒﹂書五六オ

一 小野方五人︑深草方五人と分る小野方上座也

一 色の香二包︑移の香二包︑世の香二包︑人の香二包︑花の

香二包但し花の香は︑都合十包打交︑其内一包除け︑残り九包聞

香とす︒扨て香終りて後に︑除たる一包を開見て︑花の香

ならば︑連中の内にて炷出たる花の香︑独聞したる人に褒

美に與ふべし︒若又独聞なき時は︑其沙汰に及はす︒又除

たる包︑地香ならば﹂書五六ウ是も遣す事なし︒

一 札打様左のごとし︒

  色の香に  一の札と  月一の札と  二枚

  移の香に  二の札と  月二の札と  二枚

  世の香に  三の札と  月三の札と  二枚

  人の香に  客の札  二枚

  花の香に  花一の札と花二の札と二枚﹂書五七オ

一 盤は︑竪溝一筋︒横界十三間︒

一 立物は

  小野小町人形      松一本

  深草少将人形  作り物  御所車   錺置

一 錺様は︑盤の両方に人形を置︑盤の向に松と車とを並錺り

置く松を少将人形︑車を小町人形の方に成よふに飾るべし

︒ ﹂

書五七ウ

(11)

三四

   此ごとく

   錺るべし   ︵図︶      ﹂書五八オ

一 人形の進は︑双方の當数を引合せ︑一間充進む聞當の多少に拘はらず一間充すゝむ也   

地香客香の差別なし︒客の独聞は二間進む也︒

一 人形双方行合時に︑双方の中り数︑持の時は人形を入替て

進べし︒若又行合たる時に︑一方中り数多き方は︑人形一

間進む︒その時は︑中数少き方の人形一間退べし︒人形向

迄行着たるを﹂書五八ウ勝と定め︑香も是迄にて終る也︒

一 盤終て後に︑負たる方の人形持たる扇を取て︑松の枝に懸

るべし︒

一 記録には中斗を記す︒花の香中りたるは︑各二点充也︒皆

中たるは︑百夜と認べし︒記録左のことく認るべし︒﹂書五九

   小町香之記  世除︵朱︶

︹表︺﹂書五九ウ

︹表︺﹂書六〇オ

︹図︺﹂書六〇ウ

︹図︺﹂書六一オ

明和七庚寅年従  関東  女院御所へ此御香盤を被進たると

いふ沙汰を聞侍る也︒﹂書六一ウ ︻考察︼︵

          移   コ         色             1︶竹幽本組香の方法

       2

   世       

9

      

10−

   人        1=×

1

      花   

2

本香には︑地香﹁色﹂﹁移﹂﹁世﹂﹁人﹂の香︑各二包と︑客香

﹁花﹂の香二包の計十包のうち︑一包を除いた計九包を用いる︒

この除いた一包は︑香席が終わった後に包みを開き︑客香﹁花﹂

の香であった場合は︑本香で﹁花﹂の香を独り聞きした人に︑褒

美として与える︒独り聞きの人がいなかったり︑除いた香が地

香だったりしたときには︑この香一包はそのままにしておく︒

本組香は︑一炷開きで行う︒連中は︑小野方と深草方︑各五

人計十人で︑小野方が上座である︒竪溝一筋︑横界十三間の盤

を用いる盤物で︑盤の両側に︑小野小町人形と深草少将人形を︑

また︑盤の向こう側に松一本と御所車を並べて置く︒松は少将

人形側︑御所車は小町人形側になるように立てる︒

答えには十炷香札を用いる︒﹁色﹂の香には﹁一﹂﹁月一﹂の

札︑﹁移﹂の香には﹁二﹂﹁月二﹂の札︑﹁世﹂の香には﹁三﹂﹁月

三﹂の札︑﹁人﹂の香には﹁客︵ウ︶﹂の札二枚︑﹁花﹂の香には ***

*

*

*

*

*

(12)

三五 ﹁花一﹂﹁花二﹂の札を打つ︒

一炷ごとに︑双方の聞き当てた人数を比較し︑多い方の人形

を一間ずつ進めていく︒地香・客香の区別はないが︑客香の独

り聞きのみ二間進める︒

人形が盤上で行き会った場合︑双方の聞き当てた数が﹁持﹂

︵引き分け︶のときは︑人形を入れ替えて進む︒また︑聞き当て

た数に多寡のある場合は︑多い方が一間進み︑少ない方が一間

退く︒人形が向こう側まで行き着いた方を勝ちと定め︑香席も

その時点で終わる︒

記録には︑聞き当てた香のみを記す︒客香﹁花﹂の香を聞き

当てた場合は二点︑地香は一点である︒すべて聞き当てたとき

は﹁百夜﹂と記す︒

なお︑本伝書の末尾には︑明和七年︵一七七〇︶に︑﹁関東﹂

から﹁女院御所﹂に︑この香盤を差し上げたということを伝え

聞いたと記される︒ここでいう﹁関東﹂とは︑江戸幕府十代将

軍︑徳川家治を指すのであろう︒また︑﹁女院﹂は︑青綺門院

︵藤原舎子︑二条吉忠女︑桃園帝女御︶か︒

2︶和歌作品との関わり

深草少将の小野小町に対する悲恋を描いた︑いわゆる百夜通

いが主題であるが︑次の小町の歌を引用して小町の心情が語ら れるのは︑本組香を﹁小町香﹂と称する所以であろう︒

   ︵題しらず︶        小野小町  

色見えでうつろふ物は世中の人の心の花にぞ有りける

﹃古今集﹄巻第十五恋歌五︑七九七番

小町はあと一夜というところで通って来なくなった深草少将に

ついて︑﹁飛鳥川の人の心﹂という︒これは︑次の﹃古今集﹄の

歌に代表される﹁飛鳥川﹂の本意に拠る表現である︒

   題しらず      読人しらず  

世中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふはせ

になる﹃古今集﹄巻第十八雑歌下︑九三三番

本伝書では︑前掲の小町歌を引用し︑小町が深草少将の心変わ

りを嘆いて話を結ぶ︒

一方︑﹁深草少将善佐﹂︵﹁善佐﹂という人物は︑﹃尊卑分脉﹄

には出てこない︶は︑百夜となる貞観八年︵八六六︶閏三月十

日に︑とうとう通って来なかったが︑実はこの日の夜︑内裏朝

堂院の正門︑応天門が炎上するという応天門の変が起きていた︒

﹃日本紀略﹄には︑﹁◯十日乙卯︒夜應天門火︒延 焼棲鳳︒翔鸞 *

*

(13)

三六

両棲 ︒﹂と記されている︒本伝書が百夜に当たる日を明示した

のは︑深草少将が︑この事件によって︑やむを得ず百夜通いを

達成することができなかったとする解釈を導くものであろう︒

附記  本稿は︑﹁古典籍の保存・継承のための画像・テキストデータベー

スの構築と日本文化の歴史的研究︵同志社大学人文科学研究所第

19

期研究会第

4研究︑および科学研究費助成事業基盤研究︵C︶課題

番号16K00469︑いずれも二〇一六〜二〇一八年度︶におけ

る研究の一部である︒

  なお︑真田宝物館には︑﹁三舟香﹂の香道具の閲覧および写真掲載

をご許可いただき︑また︑山中さゆり氏︵松代文化施設等管理事務

所研究員︶には︑閲覧手続き等のお手を煩わせただけではなく︑所

蔵物についての知見をご教示いただいた︒また︑﹁女院﹂の特定につ

いては︑川崎佐知子氏︵立命館大学︶からのご教示を得た︒ここに

厚く御礼申し上げる︒

(14)

三七 ︻影印︼  綴じ糸を外し︑袋綴じを一丁ずつ開いて撮影したもの︒

︵書・四六丁裏︶ ︵書・四七丁表︶

︵書・四七丁裏︶

(15)

三八

︵書・四八丁表︶

︵書・四八丁裏︶ ︵書・四九丁表︶

︵書・四九丁裏︶

(16)

三九 ︵書・五〇丁表︶︵書・五〇丁裏︶ ︵書・五一丁表︶︵書・五一丁裏︶

(17)

四〇

︵書・五二丁表︶

︵書・五二丁裏︶ ︵書・五三丁表︶

(18)

四一 ︵書・五三丁裏︶︵書・五四丁表︶ ︵書・五四丁裏︶︵書・五五丁表︶

(19)

四二

︵書・五五丁裏︶ ︵書・五六丁表︶

︵書・五六丁裏︶

(20)

四三 ︵書・五七丁表︶︵書・五七丁裏︶ ︵書・五八丁表︶︵書・五八丁裏︶

(21)

四四

︵書・五九丁表︶︵書・五九丁裏︶

︵書・六〇丁表︶

(22)

四五 ︵書・六〇丁裏︶︵書・六一丁表︶︵書・六一丁裏︶

(23)

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