南オーストラリア州における異文化交流事業の一考察
扇 谷 真佐子
はじめに
本稿は,オーストラリアでの取組みを事例として,相互理解に基づいた多文化共生社会を築いてい くために,地域の中での異文化交流事業に着日し,そこでの展開と可能性を考察することが目的であ る。その中から,多様な文化的背景を持つ人びとが理解し合いながら共存していくために,どのよう な活動を創り出していくべきかということを明らかにする。
本稿の背景には,グローバリゼーションによってもたらされた地球規模での人の移動,それに伴う 地域の急速な多文化化がある。同じ言語や習慣を共有していた人びとで構成されていた地域社会の中
に,異なる文化的バックグラウンドを持つ人びとが生活をするようになってきたのである。
日本においても,外国人登録者数は毎年過去最高を更新し続け,まさに多文化社会を迎えようとし ているが,一方で,異文化に対する偏見や差別,摩擦も生じている。そのような問題は,互いの文化 や言語に対する無知や無理解から起きていると思われる。つまり,相手のことを知ろうとせず,最初 から自分たちとは違う存在として距離を置いてしまうことが,見知らぬ文化や言語に対して漠然とし た不安感や差別意識をもたらしているのではないだろうか(1)。このような異文化‑の差別的な意識 を変え,相互理解に基づいた多文化共生の社会を作っていくためには,人びとの間の交流を促進して いく場の設定が必要だ。生活の中で様々な役割に基づく協働関係を迂回路として,その過程で互いの 民族性を尊重しながら共同関係を築いていくことで異文化間の相互理解が深まるという(2)。つまり, 地域の中で多くの住民が気軽に参加出来る交流の場を作り,共通の目的や作業を共有した関わり合い
をしていくことが,異文化理解に基づいた多文化共生社会につながると言うことができる。このよう な異文化交流の場を通じて,人びとは相互の文化への認識を深め,関わり合いによって新たな視点を 得ることができるだろう。
そこで,多文化主義政策を標模し,移民や外国人の受入れ先進国であるオーストラリアでの取組み を参考としていきたい。勿論,国によっても多文化共生の状況は異なっており,オーストラリアで の成功例を単純に日本に当てはめていくことは出来ないだろう。しかしながら,言語や教育,そして 異文化間摩擦など,地域の多文化化にまつわる問題には共通するものも多い。従って,多文化主義を 導入しているオーストラリアの先駆的な取組みを考察し,そこでの展開や可能性を論じることは,今 後一層進行していく日本社会の多文化化への一助となり得るだろう。よって,本稿では,オーストラ
リアでの異文化交流事業を考察していく。また,特に南オーストラリア州のアデレードは,流刑民が 多いオーストラリアの他都市と異なり,自由意志の移民や宗教上の迫害を受けたドイツ系移民によっ て,理想都市計画の元に建設されたという歴史的経緯がある。そのようなことから,アボリジニや女 性,そしてムスリム系住民など,マイノリティに対する人権意識が非常に高いという特徴を持ってい る。よって,オーストラリアの数ある都市の中でもアデレードでの異文化交流事業の事例に焦点を当 てる。
そして異文化交流事業の中でも,学校教育における学齢期の児童生徒を対象としたものではなく, 成人を中心とした地域での教育活動に焦点を絞った。その理由は以下の通りである。そもそも多文化
的な視点での教育活動は主に,学校教育における多文化教育プログラムと,成人移民を対象とした成 人移民英語教育とが挙げられる。まず,学齢期の児童生徒への多文化教育は,カリキュラムとして移 民出身国の歴史や文化,言語を学ぶ機会を保障している。そして同時に,多様な背景を持つ児童生徒 が毎日学校という空間で共に学んでいるということそのものが,異文化交流の場であるといえる。一 方,成人移民への教育は,英語教育や職業訓練として保障されているものの,移民がどれだけ英語が 理解できるようになったとしても,オーストラリア人との間に偏見の意識が存在すれば,両者の壁は 厚いままである(3)。また,このような成人への教育が,移民の文化やアイデンティティの保障とい う観点よりも,経済的な効率を優先させる方向に向かっている。勿論,識字教育は移民のオーストラ リアでの社会的地位の向上には欠かせないものである(4)しかし一方で,やはり,英語教育や職業 訓練だけに偏るのではなく,オーストラリア人も含めた異文化交流の機会が必要である。それにも関 わらずこのような交流の機会は,成人教育の場ではなかなか展開されていないのが現状だ。特に,職 場などでの交流が無い専業主婦や高齢者など,地域の中で孤立しやすい人びとに対して,異文化交流 の機会をより積極的に提供していかなければならないだろう(5)。また,移民だけでなくオーストラ リア人を含めより多くの人びとを惹き付けていく必要がある。よって本稿では,主に成人を対象とし た地域での異文化交流事業に焦点を当てた。
次に,オーストラリアにおける異文化交流や多文化共生のための教育活動に関する先行研究を検 討していく。多文化教育,異文化交流に関しては,水上徹男が(6)メルボルンの2つの日本人学校で
の異文化理解に関するカリキュラムや地域住民との交流事業の検討を行っており,見世千賀子は(7) 初等・中等教育領域に関する多文化政策の変遷を考察している7。このことから,多文化教育や異文 化理解や交流についての研究は学校教育が中心であると言える。しかし,学校教育外,つまり地域の
中で,しかも主に成人に焦点を絞った異文化交流事業の考察は見当たらない。異文化理解を促進する ための交流は学校の中だけで行えばいいものではなく,むしろ生活空間としての地域の中で成人に対 しても機会を提供していかなければならない。このようなことから,本稿は上記の先行研究とは違っ たものである。
また,成人移民に対する教育研究では,笹森健が(8)地域社会の様々な機関で実施されている成人 教育の中でも,職業訓練教育の現状,変遷,法制化を考察している。また,前田耕司は(9)移民の識
字問題の実態を分析し,成人移民教育を通じた識字教育への取組みを考察している。このように,成 人移民教育の研究は,主に識字問題,言語教育や職業訓練というマイノリティの社会参加,自己実現 という観点から言及されている。しかし本稿は,成人の相互理解のための異文化交流の教育活動に着 目している観点から,意義がある。
また,オーストラリア社会にとって重要な存在である先住民族アボリジニについては,その歴史的 変遷や置かれている状況が他の移民などとは明らかに異なるため,本稿においては対象外とした。
1.南オーストラリア州の成り立ちと多文化共生への意識の形成
南オーストラリア州は大陸中央の南端に位置し,日本の約3倍の面積を有している。そして州都は アデレードである。南オーストラリア州の成り立ちは他州とは異なった特徴を持っており,その経緯
をまとめる中で,本稿でアデレードを選択した根拠を示す。
もともとオーストラリアはイギリスからの罪人の流刑地として位置づけられていたが, 1830年代 にイギリス社会の中に自由移民のためのユートピア(理想郷)を作ろうという気運が高まっていった。
その場所として選ばれたのがオーストラリア大陸の南岸であり,その土地は当時の王ウイリアム4世 によってアデレードと名付けられ1836年に最初の入植が開始された。他の州と大きく異なっている 点は,囚人の植民が認められなかったということで,唯一自由移民だけによる移住がなされ自治体と なった。初期の移民はヨーロッパ系が中心であったが,第二次世界大戦後の移民出身国は多様化し, 特にベトナム戦争後にはベトナムを筆頭としたアジア太平洋諸国からの移民が増加していった。この
ように南オーストラリア州はヨーロッパ系の自由移民を中心に計画的に設立されたが,その後徐々に 様々な国から移民が入植し,文化的バックグラウンドは広がりを見せていった。
前述したように,南オーストラリア州は,流刑民を認めず自由移民のみによるユートピアの実現と いう理想のもとで計画的に建設された。このユートピアは,イギリス社会の閉塞的な考え方を打ち破 る文化的で先駆的であることを理念としていたので(10)宗教の違いによる迫害から自由であること, そして市民の自由と平等を約束していた(ll)このような独自の気質が成立当初から根付いており, その人権意識の高さの現れとして,社会的マイノリティ‑の人権を配慮した先進的な事例がいくつも 見受けられる。以下,その例を挙げてみる。
(1) 1890年というオーストラリアで最も早い段階で,ムスリムのアフガニスタン人のために,モ スクが建設された。 (2)アデレード大学は国内で初めて女性の入学を許可している(12)。 (3)ニュー ジーランドに次ぎ,世界で二番目の早さで女性に選挙権を認めた(13)。 (4) 1971年の全国先住民族記 念日に,オーストラリアで初めてアボリジニの旗が掲げられた(14)。 (5) 2000年には中国からの移民 一世であるアルフレッドハン(AlfredHuang)が58%の得票率でアデレード市長として選ばれ,オー ストラリアで初めてのアジア系市長となっている(15)。
このように,女性や有色人種,原住民族に対して早い段階から権利を尊重し,先駆的な取組みを 行っていることが見てとれる。以上のことからも,南オーストラリア州は当初より人権意識が高く,
異なるバックグラウンドを持つ人びと‑の寛容さが根付き,多文化共生‑の理解が深い地域であると
い.¥‑'V.‑
現在,南オーストラリア州人口は152万人で,州人口の7割以上の111万人が集中している(16)。
州人口の約25%が外国の生まれであり,そのうちの半数が非英語圏からの移民である。非英語圏出 身者の出身国は200カ国を超え,信仰する宗教は120種類以上である。また,州人口の14%の外国 人が家庭や日常生活で英語以外の言語を話している(17)筆頭エスニック集団は依然としてイギリス 系であり,次いで古くからの移民が多かったイタリアやドイツといったヨーロッパ系である(18)。ま た南オーストラリア州は,国内で最も深刻な少子高齢化と労働力不足の問題を抱えており,そのた めに州政府はビザの種類を拡大し,労働者としての若年層の誘致に積極的に乗り出している。それに よって人口構成が近年大きく変化してきた。 1947年, 1971年の時点では移民出身国の上位10カ国は アングロサクソン系が占めていたが, 2001年には上位10カ国の中にアジアの2カ国(ベトナムとフィ リピン)が入ってきている(19)。また二世以降になると,アジアのルーツを持つ人は1.8% (1986年) から3% (2001年)に増加している(20)そしてまた, 2004‑2005年の一年間に南オーストラリア州に やってきた移民約6000人強のうち約21%は難民ビザ保持者であり,主な出身国はアフリカ諸国,中 東諸国が約八割を占めている(21)このように,アジアやアフリカ,中東系など,英語圏との文化的 差異の大きい国出身の移民が全体の割合の中では着実に増加していることがわかった 75
以上のことから,南オーストラリア州は歴史的背景から多文化共生‑の意識が高く,また,近年著 しく文化的多様性が広がっているということがわかった。よって,本地域での異文化交流の取組みを 考察することは,今後の多文化共生社会における道標となりえるだろう。そこで次節では,そのよう な南オーストラリア州においてどのような異文化交流事業が行われているのかということを具体的な 事例を交えて検討していく。
2.アデレードにおける成人への異文化交流事業
2‑1成人コミュニティ教育の定義と役割
本節では,地域を基盤として成人への教育活動を行っているコミュニティセンター・近隣ハウ スを考察していく(22)次に,アデレード西南部に位置するアデレード西南コミュニティセンター (Adelaide South West Community Centre,以下ASWCC)を事例として取り上げ,そこでの具体的な プログラムと活動状況を分析し,スタッフや参加者の関わり方や意識,そして異文化交流の実態を, インタビューを通じて明らかにしていく。
オーストラリアにおいてコミュニティセンターの活動の中心を担っているのは成人コミュニティ教 育(Adultand Community Education :以下ACE)という組織であり,州によって組織編成や役割は 異なっている。そこで,南オーストラリア州におけるACEの位置づけや活動内容などを追っていく。
南オーストラリア州のACEは教育訓練省(DepartmentofEducationTraining and Employment)の 管轄として,成人教育推進を目的として設置されている非営利団体である。その構成と各セクション の役割は上の表で示しているように,それぞれのセクションが連携して種々のプログラムやサービス を提供するようになっている ACEのプロバイダーは成人識字団体や女性団体など様々だが,主な ものとしてはコミュニティ・近隣ハウスが挙げられる。それをまとめているのがコミュニティ・近隣 ハウス協会(Community And Neighbourhood House Association:以下CANH)であり, CANHのも
とにそれぞれの施設が各種プログラムを提供している。
表2‑1南オーストラリア州ACEの構成と各セクションの役割 プロバイダー 州政府のA CE 委員 加入連盟 コミュニティ●近隣ハウス A CE 局 A AA CE 注 1) など各種団体や施設 A CE 評議委員 全国連盟 (注1) AAACE: Australia Association of Adult and Community Education
1998年11月よりAdultIjar血IgAustraliaに改称
表2‑2 ACEの役割と他セクションとの関わり
出所: (表2‑1, 2‑2共に) Adult Education Council 『Strategic Plan 2000‑2001』, Department of Education Training and Employment, 2001, pp. 2‑6.より筆者作成.
南オーストラリア州に最初にコミュニティセンター・近隣ハウスが設立されたのは1949年で,当 時は三箇所のみであった。 70年代初期には社会の急激な変化によって多様な成人教育ニーズが増加
し,また80年代には州政府が地域の連帯を図るためにコミュニティ活動を重視し始め,その数は急 増していった。現在ではCANHは州東部,西部,南部,北部,その他地域の五地域に分かれており, 地域のコミュニティセンターや近隣ハウスを運営している。現在その数は83カ所にのぼり(23)その 地域の特色に合せた様々なプログラムが提供されている。
これらのコミュニティセンター・近隣ハウスは専門職員と主にボランティアによって運営されてい る。地域密着型の団体で,営利を目的としない成人のための生涯教育施設である。コミュニティセン ター・近隣ハウスの主な目的は(1)地域住民のネットワークを構築し,孤立や疎外感を防ぐ。 (2) コミュニティ内での情報共有を行う。 (3)健全な家族が形成できるように,その支援プログラムや サービスを提供していく。 (4)コミュニケーションスキルの向上,また保健,福祉,教育に関するプ
ログラムやサービスの提供など,以上の四点に集約される。
資金は州政府や連邦政府だけからではなく,地元企業や他NGO団体からの協賛を得て運営され, 特定の問題に関するプログラムでは,その問題に関する諸団体や企業,省から重点的に補助を受けて
いる場合もある。ボランティアを活用するなどの工夫を凝らしながら,地域に根ざした独自のプログ ラムを提供している。本やCDの貸し出しなどの図書館機能のみを持つもの,料理教室やダンス教室 などのプログラムが充実しているものなど,様々である。次はその中でも,アデレード西南コミュニ ティセンター(Adelaide Sou仇West Community Centre: ASWCC)に注目し,そこでの異文化交流事 業の取組みを考察していく。
2‑2 ASWCCでの異文化交流講座への参加を通じて
ASWCCは南オーストラリア州東部地域の管轄であり, 2005年7月に新設されたばかりのコミュ ニティセンターである。スタッフは常駐の専門職員が一名と,非常勤職員が二名,あとは約30名の ボランティアによって運営されている。ボランティアの大半は退職したオーストラリア人か,または 大学生であり,中でも中国人留学生が多い。一日の利用者は講座にもよるが,平均して23名である。
ASWCC内にはコンピュータースペースがあり,パソコン二台とコピー機が設置してある。また,輿 に職員一人分の作業スペースがある以外は,何のしきりも無い大部屋となっている。部屋の隅には簡 易キッチンがあり,料理教室の際にはそこで調理を行えるようになっている。また,語学教室や室内
スポーツ,ゲームやリクリエーション内容に合せて机を出し入れし,好きな配置に並べることが出来 る。このように,出来るだけあらゆる活動に対応できるような空間になっている。
まず, ASWCCを研究対象として選んだのは以下の二点の理由からである。まず,語学や資格の習 得ではなく,異文化間理解や交流を深めることを最大の目的としている点である。料理やダンスなど といった多彩で誰もが気軽に参加できる魅力的なプログラムを通して,移民などだけでなくホスト住 民も含め,多くの地域住民を巻き込んだ教育活動を行っている。このことから,成人への異文化交 流の場を作ることが相互理解へのきっかけとなるという本稿の主張に沿っている.そしてもうーつの 理由は, ASWCCが設置されたばかりの新しい施設であり,プログラムの作成やスタッフの育成,受 講生の獲得などがまだ手探りの状況の中であるということだ。もちろん,他のコミュニティセンター で培われた運営マニュアルやノウハウは存在している。しかしながら,コミュニティセンターにとっ て重要なことは地域のニーズを汲み取り,地域の実状に合せたプログラムを作り上げていくことであ る。出来たばかりのASWCCでは現在,試行錯誤を繰り返しながら柔軟によりよい異文化交流の場所 作りをおこなっていこうとしている発展途上の段階である。このようなダイナミックな過程を見てい くことは,今後至るところで必要とされてくるであろう成人‑の異文化交流事業を行う際の一助とな るのではなかろうか。以上の二点が, ASWCCに焦点を当てた理由である。
ASWCCでは民族料理や芸術,スポーツまで幅広い分野の講座が設定されており,世代や性別,文 化的背景を問わず,より多くの人の興味に対応している。この中でも特に「調和して生きる(Living
inHarmony)」という講座に注目し,そこでの取り組みや人びとの交流の状況などを分析していく(24) 勿論,断面的に一つの講座を考察するだけでは, ASWCCにおける異文化交流事業の全体的な効果や 課題を述べることは難しく限界があると思われる。しかしながら,本講座はASWCCにおける異文化 交流事業の中核であることから,ここでの観察はASWCCの現状を分析する際の一助となり得る。
本講座は,毎週金曜日の午前中から三時間程行われており,一人の中国人が「中国文化を通じて地 域の人びとと交流がしたい」という要望によって設置されたのが始まりある ASWCCの網羅する地 域が中華街に近く他地域と比べて比較的中国人が多いということもあり,本講座は異文化交流事業の 中心として据えられている。
本講座の受講者は当日筆者を含めて九名で,日本人である筆者,中国出身者が四名,シンガポール とマレーシア出身者が各一名ずつ,残り三名はオーストラリア人であった。学生や主婦など,年齢も 属性も様々であったが,平日の午前中ということもあり,全員が学生か高齢者,あるいは主婦であっ た。講座の進行役は二名の中国人留学生が行っている。職員は側で進行を見守っているのみで,講座 の進行には直接関わっていない。受講者が内容に付いていけないなどの場合のみ,補足的に受講者を サポートしている。受講者は,太極拳や麻雀,また昼になれば簡単な調理実習をなど,様々なグルー プワークを通じて,受講者同士の交流を行っていた。また,今度は向き合って座りながらゲームを進 めていくので,お互いが一歩踏み込んだ話をするようになっていった。具体例として, 60代オース
トラリア人の主婦Aと10代中国人男子学生Aが麻雀をしながら行っていたやりとりを挙げる。
A 「中国ではよく麻雀をするの?」
B 「僕はよく友達と麻雀をしますよ。勉強より好きですね。」
A「あらあら。それは楽しそうね。私も週末は孫が来るから,皆でよくトランプをするのよ。」
B 「それは楽しそうですね。中国人も家族を大事にするからよく家族で集まりますよ。」
A 「そういえば,以前にホストファミリーとして中国人留学生を受入れていたことがあるけれど,一 日おきに母親から電話でその子の様子を事細かに聞かれたわ。余程信頼されていないのかと思って悲 しかったの。」
B 「(笑いながら)そういうことではないですよ。一人っ子が多いので少し過保護なところがあるん です。家族を特別に大事に思い合うことが中国人の特徴でもあるんです。でも,どの民族でも家族を 思い合う気持ちは同じでしょう?」
A 「そうね。 (中略)私達は大学生ほど大きくなればもう干渉しないのが通常だけれど,それはただ 表し方が違うだけなのね。でも,子供を思う気持ちは万国共通ね。その通りだわ。」
これらのやりとりから分かることは,麻雀という手段を通して両者が違う話を展開していること だ。そしてその中から,中国とオーストラリアの家族観の違いに触れながら,オーストラリア人女
性が以前に感じていた違和感がここでの対話によって解消されていることがわかる。メジロ‑ (Jack Mezirow)は,成人の学習機会は意識変容のプロセスであり,古い経験から固定された信念や感情や 態度,価値観から人を解放し,新しい意味付けに基づいた行動を促すものとしている(25)この理論 から考えると,オーストラリア人女性は中国人学生との何気ない会話から,どちらかというと否定的 な目で見ていた過去の事実に対する意識が肯定的なものへと変化し,新しい意味解釈を得ている。そ して講座終了後, ASWCCのプログラムコーディネーターである専属職員に講座の主旨と成果につい てインタビューを行った。そして次に,受講者である中国人学生,オーストラリア人主婦,シンガポー ル人主婦の三名に本講座に参加したきっかけと感想を聞いた。これらのインタビューから,次のこと がわかった。
* <主催者の意図>
(1)多くの人を惹き付ける講座を企画する。 (住民の文化的バックグラウンドになるべく左右されな いよう,誰もが興味を持ちやすい料理や音楽,スポーツなど。)
(2)共同作業や講座での諸活動を通じて,住民同士の連帯を強める。そのためには特に住民間の異文 化交流を促進して,相互理解を基盤とする多文化共生社会を作っていく。
(3)一方的な指導や進行管理ではなく,受講者の経験自体を資源として講座で活かしていく。コー ディネーターは,そのための調整役として位置づけられる。
* <受講者の参加動機>
(1)地域の中で色々な人たちと知り合いたい。
(2)講座内容自体に魅力を感じた。
(3)異なる文化を持つ人たちのことを理解したい。 (異文化の理解) (4)自分のアイデンティティを保ちたい。 (自文化の保持)
* <講座受講後の変化>
(1)自文化の尺度から疑問に思っていたことが,他者の視点を得ることで理解できた。 (例:中国人 留学生とその母親との関わりについてのオーストラリア人女性の気付き)
(2)他者への新たな発見。 (共通点と相違点の気付きと相対化)
(3)講座実施時間内だけではなく,終了後の交流の継続と発展。 (さらに細かい次元での気付きと学 びの機会のきっかけ)
メジロ‑が指摘したように,お互いの違いを相互にコミュニケーションし合いながら理解し,学習 し合う機会を促すことにまさに成人教育の意義がある(26)。そしてそのような関わり合いの中から初 めて,相互の異質性と共通点を兄いだすことは可能になるだろう(27)。そうして,両者の違いや共通 点に気付くことで,認め合うという段階に至る。このような段階を踏んでいくことが,相互理解に基 づいた多文化共生の社会を作っていくためには不可欠である。異文化交流と相互理解を目的とした講 座は,異なる文化的バックグラウンドを持つ住民同士が,共通の目的を持ち共同作業を行う場を持つ
ことで信頼関係を築いていく「バイパス結合」(28)の機能を持っている。それは共同作業の中での役割 を通じて,民族の違いを乗り越えた連帯と信頼関係を生みだすものである。また,どのような内容の 講座であっても,異文化を持つ人びとが共同作業を行っていく限りでは,バイパス結合の役割を果た すと言えよう。しかし,この講座のように中国文化という異質性の体験を枠組みとしているものは, 更に複数の文化を相対化して見ることに役に立っている(29)よって,地域のコミイニティセンター においてこのような異文化交流の講座を設けることは意義がある取組みだということが示された。
しかし一方で,今後の課題として次の二点が挙げられる。まず,新規の参加者の獲得である。現在 はパンフレットの配布と口コミによる利用者獲得方法が主流だが,より多くの住民に認知度を上げて いくためには,積極的なPR活動を行っていかなければならない。次に,受講者の満足度をよりきめ 細かく拾い上げていくことである。現在は,リピーター‑の簡単なヒヤリングと年間受講者数が一つ の目安となっている。しかし,まずリピーターだけではなく参加者全員から毎回の講座修了後にも意 見を集め,それが反映されるシステムを作っていかなければならない。この循環が,よりきめの細か いニーズを汲み取っていく上で重要である。そして,講座に参加することで異文化に対する意識がど のように変化したかを検証していく必要がある。勿論,成人への教育活動の最終的な成果として,輿 文化への意識や行動の変化に即座に結びつくことを期待するのは難しいだろうが(30)少なくともよ
り多くの意見を拾い上げていく姿勢が,より効果的な講座作り,そして相互理解に基づいた多文化共 生社会形成の一助となるだろう。
以上,南オーストラリア州を‑事例とし,コミュニティセンターにおける成人を中心とした地域住 民の異文化交流活動との取組みと課題を考察してきた。総じて,異文化交流事業‑参加することで人 びとの異文化への意識が変化し,相互の理解を探めていくために効果的であることがインタビュー調 査を通じてあきらかになった。つまり,地域の中で様々なバックグラウンドを持つ人びととの異文化 間交流を促進し共同作業や文化活動の場を作っていくことは,多文化共生社会においては欠かすこと が出来ない。
そもそも異文化を理解することとは,自分自身の文化とそれ以外の文化を相対化することで文化や 習慣の違いを乗り越えるものである(31)異文化理解を促進し,ステレオタイプや無知による偏見を 取り除くためには,まずお互いの文化や習慣についての正しい知識を得る場が必要だ。そしてその ような場を地域の実情に合せて作り出していくことが求められる(32)。異文化に対する寛容度は,た だそこに異文化が存在しているだけでは育たない。日常生活の中で意図的に接触頻度を増やしてい き,同時に,異質性の体験をする機会を設けることが重要なのである。そのような積極的な働きか けによって,人びとの中で複数の文化は相対化され,その体験によって異文化への寛容さは養われる のだ(33)。このように,コミュニケーションし合いながら理解し,学習し合う機会を促す中で初めて, 相互の異質性と共通点を兄いだすことは可能になる(34)。そして,このような違いや共通点に気付く ことで,認め合うという段階に至る。このような段階を踏んでいくことが,相互理解に基づいた多文
化共生の社会を作っていくためには不可欠である。今後,日本でも社会の多文化化は進んでいくだろ う。そのような状況への先駆的な取組みの事例として,本稿ではオーストラリアでの異文化交流事業 を考察してきた。ここでの考察は,移民の支援という一方向の関わりだけではなく,地域に共に生き る住民として相互に交流し,共に学び合える場を作っていく際の道標となるだろう。
注(1)鈴木江理子,渡戸一郎「地域における多文化共生に関する基礎調査一日本における多文化主義の実現にむ けてPart2‑」,フジタ未来経営研究所, 2002年, p.95.
(2)谷富夫, 「民族関係の都市社会学」 (谷富夫編著『民族関係における結合と分離』),ミネルヴァ書房, 2002年,
p.721.
(3)関根政美「マルチカルテュラルオーストラリア」成文堂, 1989年 pp.44‑48.
(4)前田耕司「多文化社会における成人移民教育と識字問題‑オーストラT)アの場合‑」 (『国際識字10年とE]
本の識字問題』日本の社会教育第35集,日本社会教育学会, 1993年.)
(5)中西直和「オーストラリアにおける移民労働者の人的資源開発の現状と課題一文化人類学的視点を交えて
‑」 『オーストラl)ア研究第四号』オーストラリア学会編集, 1993年), p.60.
(6)水上徹男「国際交流と多文化教育‑のアプロ‑チー日本人学校の事例‑」 (駒井洋監修,広田康生編「多文 化主義と多文化教育」明石書店, 1996年)
(7)見世千賀子「オーストラリア連邦政府による1983年以降の多文化教育政策の展開」 (筑波大学教育学系, 教育学系論集,第十九巻, 1995年)
(7)見世千賀子「オーストラリア連邦政府による1983年以降の多文化教育政策の展開」 (筑波大学教育学系, 教育学系論集,第十九巻, 1995年)
(8)笹森健「オーストラリアにおける学校外教育‑ヴィクトリア州の成人・地域社会職業教育訓練を中心に‑」
(「学校と地域社会との連携に関する国際比較研究『中間報告書(Ⅱ)』」国立教育研究所, 2000年)
(9)前田耕司「多文化社会における成人移民教育と識字問題」 (「国際識字10年と日本の識字問題‑日本の社会 教育第35集‑」日本社会教育学会, 1991年)
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¢2)コミュニティセンターと近隣ハウスは,明確な意味上の区別があるわけではなく,その施設によって呼び 名が違っているだけである。
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