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教科書における「伊豆の踊子」削除・編集箇所概略表

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Academic year: 2021

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(1)

 本資料は川端康成「伊豆の踊子」が教科書に採録される際、どのような箇所が削 除・編集される傾向にあるのかを示す概略表である。

 教科書における「伊豆の踊子」研究として、森本穫「文学教材としての「伊豆の 踊子」」(『〈川端康成研究叢書 1 〉傷魂の青春』一九七八年八月、教育出版センタ ー)や長谷川明久「少女の言葉「伊豆の踊子」と「富嶽百景」」(『月刊国語教育』

一九九六年七月)、藤本英二「『伊豆の踊子』から教科書を考える」(『高校のひろ ば』一九九六年六月)が挙げられるが、いずれも具体的にどの箇所が削除・編集 されやすいのかに関して調査や検討は行われていない。以上の研究状況に鑑みると、

教科書というメディアにおいて、どのように「伊豆の踊子」が受容されてきたのか を歴史的に明らかにする必要があるのではないだろうか。

 対象となる教科書は阿武泉『読んでおきたい名著案内 教科書掲載作品13000』

(二〇〇八年、日外アソシエーツ株式会社)を参照しつつ、「伊豆の踊子」が採録さ れた四二冊(教科書会社数一五社)とし、それら教科書全てを調査し、表を作成し た。なお、本資料は主要な高等学校国語教科書を対象としており、副読本等は含ん でいない。

 本資料は「教科書会社名」、「教科書名」、「刊行年」、「採録された章」、「削除・編 集の有無①~⑧」から成っている。「削除・編集されやすい箇所」の①~⑧は以下 の通りである。なお、本文引用は全て「伊豆の踊子」(『川端康成全集第二巻』一九 八〇年一〇月、新潮社)に依った。

①「中風」の「爺さん」に関する箇所

「一」

 その部屋は爐が切つてあつて、障子を明けると强い火氣が流れて來た。私は敷居 際に立つて躊躇した。水死人のやうに全身蒼ぶくれの爺さんが爐端にあぐらをかい てゐるのだ。瞳まで黄色く腐つたような眼を物憂げに私の方へ向けた。身の周り に古手紙や紙袋の山を築いて、その紙屑のなかに埋もれてゐると言つてもよかつた。

到底生物と思へない山の怪奇を眺めたまま、私は棒立ちになつてゐた。

「こんなお恥かしい姿をお見せいたしまして……。でも、うちのぢぢいでございま すから御心配なさいますな。お見苦しくても、動けないのでございますから、この

  

西尾 泰貴

(2)

教科書における「伊豆の踊子」削除・編集箇所概略表

ままで堪忍してやつて下さいまし。」

 さう斷わつてから、婆さんが話したところによると、爺さんは長年中風を患つて、

全身が不隨になつてしまつてゐるのださうだ。紙の山は、諸國から中風の養生を教 へて來た手紙や、諸國から取り寄せた中風の藥の袋なのである。爺さんは峠を越え る旅人から聞いたり、新聞の廣告を見たりすると、その一つも洩らさずに、全國か ら中風の療法を聞き、賣藥を求めたのださうだ。そして、それらの手紙や紙袋を一 つも捨てずに身の周りに置いて眺めながら暮らして來たのださうだ。長年の間にそ れが古ぼけた反古の山を築いたのださうだ。

「一」

「お爺さん、お大事になさいよ。寒くなりますからね。」と私は心から言つて立ち 上がつた。爺さんは黄色い眼を重そうに動かして微かにうなづいた。

「旦那さま、旦那さま。」と叫びながら婆さんが追つかけて來た。

「こんなに戴いては勿體なうございます。申譯ございません。」

 そして私のカバンを抱きかかえて渡さうとせずに、幾ら斷わつてもその邊まで送 ると言つて承知しなかった。一町ばかりもちよこちよこついて來て、同じことを繰 り返してゐた。

「勿體なうございます。お粗末いたしました。お顔をよく覺えて居ります。今度お 通りの時にお禮をいたします。この次もきつとお立ち寄り下さいまし。お忘れはい たしません。」

 私は五十錢銀貨を一枚置いただけだつたので、痛く驚いて涙がこぼれさうに感じ てゐるのだったが、踊子に早く追ひつきたいものだから、婆さんのよろよろした足 取りが迷惑でもあった。たうとう峠のトンネルまで來てしまった。

「どうも有難う。お爺さんが一人だから歸つて上げて下さい。」と私が言ふと、婆 さんはやつとのことでカバンを離した。

②旅芸人への差別的表現

「一」

「あんな者、どこで泊るやら分るものでございますか、旦那様。お客があればあり 次第、どこにだつて泊るんでございますよ。今夜の宿のあてなんぞございますもの か。」

「四」

純朴で親切らしい宿のおかみさんが、あんな者に御飯を出すのは勿體ないと言つて、

(3)

「五」

「さあお先きにお飮みなさいまし。手を入れると濁るし、女の後は汚いだらうと思 つて。」とおふくろが言った。

「五」

 途中、ところどころの村の入口に立札があつた。

   物乞ひ旅藝人村に入るべからず。

③踊子を今夜泊まらせたいという「私」の空想に関わる箇所

「一」

 甚だしい輕蔑を含んだ婆さんの言葉が、それならば、踊子を今夜は私の部屋に泊 らせるのだ、と思つた程私を煽り立てた。

「二」

 この意外な言葉で、私はふと自分を省みた。峠の婆さんに煽り立てられた空想が ぽきんと折れるのを感じた。

④大島に関する「私」と旅芸人との会話

「二」

大島のことをいろいろ訊ねた。

「學生が澤山泳ぎに來るね。」と、踊子が連れの女に言つた。

「夏でせう。」と、私が振り向くと、踊子はどぎまぎして、

「冬でも……。」と、小聲で答へたやうに思はれた。

「冬でも?」

 踊子はやはり連れの女を見て笑つた。

「冬でも泳げるんですか。」と、私がもう一度言ふと、踊子は赤くなつて、非常に 眞面目な顔をしながら輕くうなづいた。

「馬鹿だ。この子は。」と、四十女が笑つた。

⑤湯に入ってきた男の身の上話を聞く箇所

「二」

 そこの内湯につかつてゐると、後から男がはいつて來た。自分が二十四になるこ

(4)

教科書における「伊豆の踊子」削除・編集箇所概略表

とや、女房が二度も流産と早産とで子供を死なせたことなぞを話した。彼は長岡温 泉の印半纏を着てゐたので、長岡の人間だと私は思つてゐたのだつた。また顔附も 話振りも相當知識的なところから、物好きか藝人の娘に惚れたかで、荷物を持つて やりながらついて來てゐるのだと想像してゐた。

⑥踊子の今夜が汚れることを懊悩する箇所

「二」

 やがて、皆が追つかけつこをしてゐるのか、踊り廻つてゐるのか、亂れた足音が 暫く續いた。そして、ぴたと靜まり返つてしまつた。私は眼を光らせた。この靜け さが何であるかを闇を通して見ようとした。踊子の今夜が汚れるのであらうかと惱 ましかつた。

 雨戸を閉ぢて床にはいつても胸が苦しかつた。また湯にはいつた。湯を荒々しく 掻き廻した。雨が上つて、月が出た。雨に洗はれた秋の夜が冴え冴えと明るんだ。

跣で湯殿を抜け出して行つたつて、どうとも出來ないのだと思つた。二時を過ぎて ゐた。

⑦旅芸人の死んだ赤ん坊に関する箇所

「四」

「さうなさいましよ。折角お連れになつていただいて、こんな我儘を申しちやすみ ませんけれど  。明日は槍が降つても立ちます。明後日が旅で死んだ赤坊の四十 九日でございましてね、四十九日には心ばかりのことを、下田でしてやりたいと 前々から思つて、その日までに下田へ行けるやうに旅を急いだのでございますよ。

そんなこと申しちや失禮ですけれど、不思議な御緣ですもの、明後日はちよつと拝 んでやつて下さいましな。」

「四」

「さうでしたか。あの上の娘が女房ですよ、あなたより一つ下、十九でしてね、旅 の空で二度目の子供を早産しちまつて、子供は一週間ほどして息が絶えるし、女房 はまだ體がしつかりしないんです。あの婆さんは女房の實のおふくろなんです。踊 子は私の實の妹ですが。」

「四」

 一時間程すると四人一緒に歸つて來た。

「これだけ……。」と、踊子は握り拳からおふくろの掌へ五十錢銀貨をざらざら落

(5)

話をした。水のやうに透き通つた赤坊が生れたのださうである。泣く力もなかつた が、それでも一週間息があつたさうである。

「五」

「東京のどこに家があります。」

「いいや、學校の寄宿舎にゐるんです。」

「私も東京は知つてます、お花見時分に踊りに行つて  。小さい時でなんにも覺 えてゐません。」

 それからまた踊子は、

「お父さんありますか。」とか、

「甲府へ行ったことありますか。」とか、ぽつりぽつりいろんなことを聞いた。下 田へ着けば活動を見ることや、死んだ赤坊のことなぞを話した。

⑧踊子の寝姿が「私」の胸を染める箇所

「四」

 私の足もとの寢床で、踊子が眞赤になりながら兩の掌ではたと顔を抑へてしまつ た。彼女は中の娘と一つの床に寝てゐた。昨夜の濃い化粧が殘つていた。唇と眦の 紅が少しにじんでゐた。この情緒的な寢姿が私の胸を染めた。彼女は眩しさうにく るりと寢返りして、掌で顔で隠したまま蒲團を辷り出ると、廊下に坐り、

「昨晚はありがたうございました。」と、綺麗なお辭儀をして、立つたままの私を まごつかせた。

 男は上の娘と同じ床に寢ていた。それを見るまで私は、二人が夫婦であることを ちつとも知らなかつたのだつた。

 以上が本資料で扱っている削除・編集箇所である。ただし、教科書における「伊 豆の踊子」の削除・編集箇所は教科書会社によってより細かい差異があり、本資料 内で扱いきれなかった箇所もある。

 例えば、光村図書の『現代国語 一』(一九七三年)では、「六」の初めから「百 合子」が「硬くなつてうつむいてしま」う場面までを削除した上で、「下田に着い た。「私」は、明日の朝の船で東京に帰らなければならなかった。旅費がもうなく なっているのだ。明日があかんぼうの四十九日だからせめてもう一日、と言われた が、「私」は、学校の都合があると言って断った。」という一文を教科書会社が作成 し、挿入している。

(6)

教科書における「伊豆の踊子」削除・編集箇所概略表

 また、実教出版の『現代国語 一 改訂版』(一九六七年)、『現代国語 一 三 訂版』(一九七〇年)、『現代国語 一』(一九七三年)、『現代国語 一 改訂版』

(一九七六年)では、「二」の四十女の「まあ!厭らしい。」という台詞から「四」

の終わりまでを削除した上で、「一時間ほど休んでから、私は別の温泉宿へ移った。

その晩は、ひどい雨になった。雨の激しい音の遠くに太鼓の響きが生まれ、踊り子 や芸人たちの声らしいものが聞こえた。私は一行に誘われて、下田へたつときも同 行することになった。」という一文を作成し、挿入している。

 こういった削除箇所を補填するような文章を挿入することは他の教科書でも見ら れる。しかし、こういった編集は各教科書によって多岐にわたる。本資料では紙幅 の都合上、また一定の簡潔さを目指しつつ、おおまかな削除・編集の傾向を示すた め、前述したような細かい編集箇所は挙げていない。そのため、本資料を「概略 表」と称した。前述した細かい削除・編集箇所や、教科書における「伊豆の踊子」

受容の歴史については、別稿にて扱っていきたい。

教科書会社名 教 科 書 名 刊行年 採録された章 削除・編集

の有無① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ 好学社 高等学校国語 一 上(新版) 1956 一、二、五 × × × × ◯ ◯ × × 好学社 新編 高等学校国語 一 1959 一、二、五 × × × × ◯ ◯ × × 好学社 高等学校現代国語 一 1963 一、二、五 × × × × ◯ ◯ × × 好学社 高等学校現代国語 一 1968 一、二、五 × × × × ◯ ◯ × × 好学社 高等学校現代国語 一 改訂版 1971 一、二、五 × × × × ◯ ◯ × × 角川書店 高等学校国語 一 総合 1958 一、二、五 × × × × ◯ ◯ × × 角川書店 高等学校現代国語 一 1963 一、二、五 × × × × ◯ ◯ × × 角川書店 高等学校現代国語 一 改訂版 1967 一、二、五 × × × × ◯ ◯ × × 中央図書 高等学校現代国語 1 1963 一、二、五 × × ◯ × ◯ × × × 中央図書 高等学校現代国語 1 改訂版 1968 一、二、五 × × ◯ × ◯ × × × 中央図書 高等学校現代国語 1 三訂版 1971 一、二、五 × × ◯ × ◯ × × × 秀英出版 国語現代編 二 1964 一、二、四 × ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 秀英出版 現代国語 二 改訂版 1967 一、二、四 × ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 実教出版 現代国語 一 改訂版 1967 一、二、五、六、七 × ◯ × × × × × × 実教出版 現代国語 一 三訂版 1970 一、二、五、六、七 × ◯ × × × × × × 実教出版 現代国語 一 1973 一、二、五、六、七 × ◯ × × × × × × 実教出版 現代国語 一 改訂版 1976 一、二、五、六、七 × ◯ × × × × × × 大原出版 高等学校現代国語 二 1964 一、二、五、六、七 × ◯ × × × × × × 大修館書店 新高等国語 新訂版1 1960 一、二、三、五、六、七 × × ◯ ◯ ◯ × × × 大修館書店 高等学校国語1 1982 一、二、三、五、六、七 × × ◯ ◯ ◯ × × × 大修館書店 高等学校国語1 改訂版 1985 一、二、三、五、六、七 × × ◯ ◯ ◯ × × × 大修館書店 高等学校国語1 三訂版 1988 一、二、三、五、六、七 × × ◯ ◯ ◯ × × × 大修館書店 高等学校国語1 四訂版 1991 一、二、三、五、六、七 × × ◯ ◯ ◯ × × × 大修館書店 高等学校国語1 1994 一、二、三、五、六、七 × × ◯ ◯ ◯ × × × 大修館書店 高等学校国語1 改訂版 1998 一、二、三、五、六、七 × × ◯ ◯ ◯ × × × 大修館書店 国語総合 2003 一、二、三、五、六、七 × × ◯ ◯ ◯ × × × 大日本図書 新版 現代国語 一 1967 一前半、二前半、五、六、七 × ◯ × ◯ × × × × 大日本図書 新訂版現代国語 一 1970 一前半、二前半、五、六、七 × ◯ × ◯ × × × × 教育出版 標準高等国語総合編1 1957 五、六、七 × × × × × × × ×

教育出版 現代国語 一 1973 全章 × ◯ ◯ × × × × ◯

教育出版 新訂 現代国語 一 1976 全章 × ◯ ◯ × × × × ◯

(7)

(にしお・たいき/早稲田大学大学院)

教育出版 最新現代国語1 1979 全章 × ◯ ◯ × × × × ◯

尚学図書 高等学校新選現代国語 一 1967 全章 ◯ ◯ ◯ ◯ × × × 尚学図書 高等学校新選現代国語 一 1970 全章 ◯ ◯ ◯ ◯ × × ×

光村図書 現代国語 一 1973 全章 ◯ ◯ ◯ × × × ◯

第一学習社 高等学校現代国語 一 1973 全章 ◯ ◯ ◯ ◯ × × ×

東京書籍 現代国語 一  1973 全章 × × ◯ ◯ ◯ × × ×

東京書籍 新訂 現代国語 一 1976 全章 × × ◯ ◯ ◯ × × × 東京書籍 改訂 現代国語 一 1979 全章 × × ◯ ◯ ◯ × × ×

明治書院 新編 現代文 1987 全章 × × ◯ ◯ ◯ × × ×

明治書院 新編 現代文 改訂版 1990 全章 × × ◯ ◯ ◯ × × ×

三省堂 新編 現代文 2000 全章 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯

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